広島

2020年3月30日 (月)

虫送り終了――佐藤両々「カグラ舞う!」

月刊ヤングキングアワーズ5月号を買う。佐藤両々「カグラ舞う!」今回も二話構成。虫送りで「土蜘蛛」を無事舞い終える。前のエピソードであったが、壬生の花田植えと同じ日程とのことなので、舞台は北広島町かもしれない。

神楽甲子園は虫送りと同じ土蜘蛛でいくと決まっており、話に何か変化をつけるとしたら、瞳に怪我をさせるとかだろうか。

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2020年3月14日 (土)

アキレスと亀

広島県の神楽を題材にした(他、天文、野鳥など)ブログ「斉藤裕子でごじゃるよ~」を最初の記事まで遡って読む。読み始めたのは確か2018年8月からだから、600ページ近く読むのに一年半近く掛かってしまった。

これで全部読んだといいたいところだけど、2018年8月以降の記事は未読なので、また遡らなければならない。このサイクルを何回か繰り返さないと最新記事に追いつかない。

どういう理屈か忘れたが、アキレスと亀というパラドキシカルな話があって、アキレスは永久に亀に追いつけないのだけど、それに似た感想である。

創作神楽のあらすじ等、結構、重要なことも書いてあったりするのだけど、ログ形式なので体系的に並べられている訳ではない。ブログの欠点の一つだと思う。

<追記>

ブログ「斉藤裕子でごじゃるよ~」を最新記事から2018年8月まで遡って読む。最初に読み始めたとき、いつの時点から読み始めたか記録していなかったので、曖昧ではあるが、一応全記事を読んだことにする。

2009年にブログがスタートしているので10年以上の歴史がある。読み進めていくと、当初高校生だった娘さんが若返って小学生になってしまう。ペットも何代か入替っている。

添付される写真はニコンP1000で撮っているはずだが、屋内のステージでも奇麗に撮れているのが意外だ。

競演大会関連の記事が多いのだけど、大朝の競演大会は浜田から高速道路で行けるので、機会があったら行ってみたい。

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2020年3月 6日 (金)

悪霊鎮送的解釈――三村泰臣「中国地方民間神楽祭祀の研究」

三村泰臣「中国地方民間神楽祭祀の研究」(岩田書院)を読み終える。神田神保町の古書店街のデータベースサイトで通販しているもの。約一万円と高価だったが、定価を確認すると8,400円で、Amazonのぼったくり出品に比べれば、ずっと良心的だった。本当は国会図書館に通って読もうかと思っていたのだけど、新型コロナウイルスが蔓延しているので、都心方面への遠征は避けた。

著者は広島県出身で広島在住の民俗学者。現役の先生である。地の利を活かし、安芸十二神祇や比婆荒神神楽、備後神楽、芸予諸島の神楽、周防地方の山代神楽などが議論の中心となっている。

中国地方の神楽祭祀について論じたもので、そういう点では専ら人に見せる演劇に特化した芸北神楽の扱いは非常に少ないものとなっている。

基本的な論調は、柳田・折口の神座鎮魂論―籠ることで善神を身に付着させ生命の再生を図るとするもの―の善神的な認識だけでは中国地方の神楽祭祀は説明できないとし、悪霊を依代に憑依せしめて攘却する悪霊鎮送的な認識で分析したものとなっている。

その点では悪霊強制説を展開した岩田勝に近い方向性である。後発ゆえの有利さもあって、広島県を中心とし、美作から周防にまたがる荒神信仰ベルトの神楽―これまであまり光が当てられていなかった安芸十二神祇、芸予諸島の名荷神楽、周防地方の山代神楽など―を紹介し、荒神神楽の意図するものを分析している。

例えば、神楽で天蓋は必須の舞台装置と言えるが(※修験との関係が薄いのか関東地方の里神楽では天蓋を使用しない)、元々は棺を覆うものだったとして、死霊鎮送的な意味を見出している。その点で荒神神楽の過去の資料を読み解き、今では無くなった浄土神楽はどのような内容だったのか考察している。

先に演劇に特化した芸北神楽については記述が少ないとしたが、なぜ中国地方の神楽はテンポが速く鬼退治を好むのかといった疑問に対し

このように中国地方の神楽には悪神・悪霊と関わる「悪神=鎮送」の神楽の伝統がある。悪神を鎮送するために激しいテンポの奏楽で悪鬼や大蛇などを退治する舞が展開されてきたのではなかろうか。この地方の人々が異常なまでに速いテンポの舞や悪鬼退治の舞を好むのは、中国地方の神楽が悪神・悪霊と密接に関わりながら展開してきたからに他ならない。(344P)

としている。祭祀から庶民の娯楽としての神楽の変遷を考えると、悪霊鎮送と現代の鬼退治人気をダイレクトに結びつけるのは短絡的な議論にも感じるが、とにかくそういう解釈がここではなされている。

岩田勝の死後、神楽とは何なのか追及する研究の潮流は絶えたかに見えたが、三村氏が広島で継承していた。これは中国地方をフィールドワークした強みと言えるだろう。最近の若手研究者は神楽周辺の環境を取り上げた研究が多いようなので、一方で神楽の本質を追求する研究する路線があってもよい様に思う。

なお、出版元の岩田書院のサイトに書評が掲載されている。

神田より子
http://www.iwata-shoin.co.jp/shohyo/sho1124.htm
藤原宏夫
http://www.iwata-shoin.co.jp/shohyo/sho1157.htm

 

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2020年3月 1日 (日)

そろそろ2巻――佐藤両々「カグラ舞う!」

月刊ヤングキングアワーズ4月号を買う。佐藤両々「カグラ舞う!」今回は二話掲載。虫送りで「土蜘蛛」の途中まで。今回で39話らしいが、コミックス一巻が18話掲載なので、そろそろ2巻の話が出てもおかしくないのだが。

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2020年2月23日 (日)

岩戸と天香具山

◆はじめに
 天の岩戸神話はスサノオ命の暴虐を恐れた天照大神が岩戸に閉じこもってしまい、世界が常夜となってしまった。そこで困った神々は相談して、鏡や勾玉、榊など様々なものを取り揃えて、天鈿女(うずめ)命が神がって踊り、半裸の姿となったので神々は笑う。岩戸の外が賑やかだと不思議に思った天照大神は岩戸をそっと開けて見る。すると鈿女命が鏡を出して、あなたより尊い神が誕生したのですと告げる。ますます不審に思った天照大神はもう少しだけ岩戸を開いてよく見ようとしたところを手力男命が岩戸を強引に開け、天照大神の手をとって外に出したので、世界に元の明かりが戻った……という内容である。ちなみに、岩戸には注連縄が張られ(結界)、天照大神が再び隠れることの無い様にされている。

◆神楽の源流
 天の岩戸神話は神楽の源流とされており、全国で神楽化されている。宮崎県の岩戸神楽が有名だが、夜明けの最後の段として岩戸を舞う。夜が明けるとともに神楽は終わるので、まさしく天の岩戸神話に相応しい締めくくりとなる。

 島根県石見地方でも「岩戸」は重要な演目であるが、まず岩戸から始めて能舞を舞っていく構成となっている。

◆鎮魂説
 神楽の本義を「鎮魂」と捉える見方がある。鎮魂説が多数説と言ってよいかと思われるが、鎮魂説に従うと天の岩戸神話の解釈は次の様になる。

 西角井正慶「神楽研究」は戦前の神楽本であるが、師である折口信夫の説に従って論旨を展開している。要するに神楽を鎮魂と解釈する説と言ってよいだろうか。天の岩戸神話の解釈に顕著である。天の岩戸神話を自然神話(戦前に既に日食説があったことが分かる)と葬祭説との解釈に別れるとし、一方で折口信夫の鎮魂論で解釈、古代の死の観念は生と死の境が曖昧なもので、一種の眠りと捉えていた。そして天照大神の身体から離れた魂を鎮魂(たまふり)で再び身体に付着させ蘇らせたとする。

◆神が神がかり?
 天の岩戸神話では天鈿女命が神がかって踊るのだが、よくよく考えてみると神が神がかるというのは自己矛盾ではないかとも思われる。まあ、日本の神様は遠いご先祖さま達のことでもあるから矛盾はないのかもしれない。

 では、どんな神が鈿女命に憑依したのかつらつら考えると
・天御中主神の様なより高位の神
・天照大神
・スサノオ命
といったところが考えられる。スサノオ説は岩田勝の悪霊強制説(悪霊を憑坐[よりまし]に憑依させ、悪霊として攘却するか、善神に転化させて祀る)がとる所であるけれど、自分にはアクロバティックな解釈としか思えない。

 岩田勝は「神楽新考」で、日本の神がかりは神がかる者と神がからせる者とのペアであると指摘し、神話では言及されないが、背後に奏楽を担当する神々がいた可能性を指摘している。だが、鈿女命は自ら桶を踏み鳴らして神がかったとある。単独で神がかったとも解釈可能なのだ。

 また、天鈿女命が女陰を見せて舞うことで神々の笑いを誘ったが、女陰は生命力の根源であり、悪霊を払う力があるのだとも指摘している。確かに、馬の蹄鉄を魔除けに飾る風習が欧米にはあったりする。

 しかし、悪霊であるスサノオ命を憑依させて攘却させるという発想はアクロバティックな解釈にしか思えない。

◆動画
 YouTubeで浜田商業高校の「岩戸」を見る。第三回神楽甲子園で演じられたもの。写真撮影は後方でしか許可されないのか、一貫して引いた画だった。天児屋根命に続いて太玉命が登場、さらに天鈿女命が登場する。そして鈿女命がひとしきり舞ったところで手力男命が登場、連れ舞となる。それから手力男命の一人舞となり天照大神を引き出して喜びの舞となる。見方によっては鈿女命の舞ではなく手力男命の舞に連れられて出て来た様な印象もある。

 YouTubeで谷住郷神楽社中の「岩戸」を見る。天照大神は鏡を持って登場、照明の反射で鏡が光る演出となっている。天児屋根命と太玉命はいずれも翁の姿だった。古事記であれば思金神が取り仕切っているけれど、神楽には登場しないから老臣という姿になるのだろうか。

 出雲神楽・唐川社中の「山の神」をYouTubeで見る。途中、天の岩戸が閉じられて闇夜になったことを示すためか舞台の照明が消される。榊を持った神がしきりに山の神にちょっかいをかける。神と山の神が追いつ追われつとなって客席に乱入すると、観客がどっと沸く。最後に神が宝剣を山の神(大山祇命)に授けて悪斬りをする。

◆関東の里神楽
 垣澤社中と亀山社中の「天之磐扉」を鑑賞する。基本的なストーリーは神話と同じだが、手力男命が岩戸を強引にこじ開けようとするも岩戸は開かない。それを繰り返した後、小川の水を飲み、さわやかな気分となった手力男命は見事、岩戸をこじ開けた……という内容。天照大神がちらりと外を覗いた隙にではなく、強引に岩戸をこじ開ける印象だった。

亀山社中・天の岩戸・太玉命1
亀山社中・天の岩戸・太玉命
亀山社中・天の岩戸・天鈿女命
亀山社中・天の岩戸・天鈿女命
亀山社中・天の岩戸・思金命
亀山社中・天の岩戸・思金命
亀山社中・天の岩戸・天鈿女命の舞
亀山社中・天の岩戸・天鈿女命の舞
亀山社中・天の岩戸・手力男命
亀山社中・天の岩戸・手力男命
亀山社中・天の岩戸・暗闇の中、天鈿女命に手引きされる手力男命
亀山社中・天の岩戸・暗闇の中、天鈿女命に手引きされる手力男命
亀山社中・天の岩戸・岩戸に跳ね返される手力男命
亀山社中・天の岩戸・岩戸に跳ね返される手力男命
亀山社中・天の岩戸・手力男命、小川の水を飲むと力がみなぎってくる
亀山社中・天の岩戸・手力男命、小川の水を飲むと力がみなぎってくる
亀山社中・天の岩戸・岩戸をこじ開けようとする手力男命
亀山社中・天の岩戸・岩戸をこじ開けようとする手力男命
亀山社中・天の岩戸・岩戸をこじ開けた手力男命
亀山社中・天の岩戸・岩戸をこじ開けた手力男命
亀山社中・天の岩戸・天照大神
亀山社中・天の岩戸・天照大神

 関東では天の岩戸神話は目出度い時にしか舞わないそうで、ちょうど去年が令和元年だったので、上演されたらしい。

◆岩戸神話の裏ストーリー:「山の神」と「天香山」

 出雲神楽に「山の神」という天の岩戸神話にちなんだ演目があり、神話の裏ストーリーとでも呼ぶべきものである。天照大神が天の岩戸に籠ってしまったので世界は闇にとざされる。天照大神を何とか復活させようとして八百万の神々は相談し、鏡や勾玉など様々なアイテムを並べてお祭りをする。その中に天香具山の榊もあるのだが、神が天香具山の榊を根こじにしようとして、それを見とがめた山の神が詰問する。そこで追いつ追われつとなるのだが、神が自分は何者で天照大神を天の岩戸から出すためにこうしているのだと説明し、山の神はひれ伏す。そこで代わりに宝剣を授けて、山の神は悪切、つまり四方を剣で薙ぎ払い、悪魔祓いをするという内容が「山の神」である。

 これは神事性の高いものだが、これを元にしたと思われる広島県の芸北神楽の新舞「天香山(あめのかぐやま)」では最後に魔神とのバトルが付加されており、蛇足と言わざるを得ない。

 YouTubeで中川戸神樂団の「天香具山」を視聴した。「中川戸神樂団 天香具山」でヒットする。視聴してみたのだが、結果は想像と異なっていた。調べてみると中川戸神樂団の「天香具山」は創作演目で、天照大神を天の岩戸から復活させるべくというところは同じだが、その後の展開が異なり、天の香具山に榊を取りにきた弥生姫を悪神が殺して榊を奪ってしまう(神が殺される)。そこで山祇神と娘のアタツ姫(コノハナサクヤヒメ)が榊を奪い返す、といった内容だった。内容が改変されている。

 中川戸神樂団はスーパーカグラなるものを主催する団体であり、創作神楽をよくする広島では有名な神楽団である。

 「天香具山」は芸北神楽の新舞では唯一神事性を感じさせる演目だが、肝心の悪切がカットされてしまっている。つまり神事性が損なわれてしまったということだ。元々あった神事性を失わせてしまうのだから改悪としか言いようがないのだけど、どうしてこんな内容になったのかとつらつらと考えるに、要するに元ネタを知らないからリスペクトのない内容にしてしまったというところか。よく取材している団体なので別の理由があるのかもしれない。

◆漫画
 佐藤両々「カグラ舞う!」という四コマ漫画がある。広島県に引っ越してきたヒロインの神楽が高校で神楽部に入部する。初めての舞がデイサービスでの「岩戸」で天照大神役だったのだけど、トップバッターなので緊張して舞がぎこちなくなってしまう……という様な内容。

◆宮崎県の狭野神楽
 「本田安次著作集 日本の伝統芸能 第三巻 神楽Ⅲ」より「弐拾四 龍蔵うた」260-261Pをピックアップしてみる。

 宮崎県の狭野神楽「弐拾四 龍蔵うた」では、天照大神と須佐之男命が国を争い、天照大神が先に生まれたけれど、女子に生まれたので、日本のソシと成り給う。スサノオ命は男にて以後に生まれたけれども男子なので、日本の総社となる。その時天照大神は女子が男子に劣ること遺恨なりとお考えになり、日月の光を奪い取り、天の岩戸に籠ったので、天下は昼夜の闇となった……という風に中世日本神話風の一風変わった異伝となっている。

貮拾四 龍蔵うた

一只今是にけんしたるハ、いか成神とやおほしめせ、紀(の)国かんのくら、龍蔵権現とハミつからが事也
一いすゝ川 神よの鏡かけてよ いつも曇らん冬の夜の月
一其時天照大神殿ハ、そさのをのミことと国をあらそい玉ふて、天照大神ハ先に生れさせたまへとも、女子にて生れさせたまへハ、日本のそしと成玉ふ、そさのおのミことは以後にて生れさせたまへとも、男子に而ましませハ、日本のさう社と成玉ふ
一其時天照大神ハ、女子か男子におとる事いこん成よとをほしめし、日月の光をむばい(取り)、天の岩戸にとちこもらせたまへハ、天下は昼夜のやみと成(後略)
※旧字体は直した

◆古事記
 古事記の該当部分を直訳調ではあるが現代語訳してみた。

 そうして、速須佐之男命は天照大神に「我が心が清く明らかな故に、自分が生んだ子は手弱女(たわやめ)を得た。これで言わば、自ずから自分が勝った」と言って勝者らしく振る舞い、天照大神の作った田の畔を壊し、その溝を埋め、またその大嘗(おほにえ)をなさる神殿に糞を排泄して散らした。そこで、そうだけれども、天照大神はとがめずに「糞の様なものは酔って吐き散らしたと、私の弟の命はこのようにしたのだろう。また、田の畔を壊し、溝を埋めたのは、土地を惜しんで、我が弟の命が、このようにしたのだろう」と仰せ直したけれども、猶もその悪しき仕業は止まらず一層甚だしくなった。天照大神は忌服屋(いみはたや)に居て、神の着る御衣(みそ)を織っていたときに、その服屋(はたや)の頂(天井)に穴を開けて、天の斑馬(ふちうま)の皮を逆さまに剥いで落とし入れたところ、天の服織女(はとりめ)が(これを)見て驚いて、梭(ひ:機織りの際に機の横糸を通すための舟型の器具)で女陰を突いて死んだ。

 そこでここに天照大神は恐ろしいと見て思い、天の石屋の戸を開いて、さし籠った。そうして高天原は皆暗く、葦原の中つ国も悉く暗くなった。これによって常夜の状態が続いた。ここに数多くの神の(騒ぐ)声は群がる五月頃むらがるハエの如くに満ち、全ての災いが悉く起こった。これを以て八百万(やおよろず)の神は天の安の河原に集って、高御産巣日神(たかみむすびのかみ)の子である思金神(おもいかねのかみ)に思考させて、常世の長鳴鳥(ながなきどり)を集めて鳴かせ、天の安の河の河上の天の堅石(かたしは:堅い岩石)を取って、天の金山の鉄(くろがね)を取って、鍛冶の天津麻羅(あまつまら)を探し求めて、伊斯許理度売命(いしこりどめのみこと)に仰せになって鏡を作らせて、玉祖命(たまのおやのみこと)に仰せになって、八尺(やさか)の勾玉(まがたま)で五百もの沢山の珠が集まっているその珠を作らせて、天児屋命(あめのこやのみこと)と布刀玉命(ふとだまのみこと)を召して、天(あめ)の香山(かぐやま)の牡鹿の肩をそっくり抜いて、天の香山のははか(カニワ桜)の皮を取って焼いて占いをさせて、天の香山の五百もの真榊を根こじに掘り取って、上の枝に八尺の勾玉の五百もの珠が集まっているその珠を取り付けて、中の枝に八尺(やあた)の鏡を取り掛けて、下の枝に白幣と青幣を垂らさせ、これらの種々の者は布刀玉命がたちまち幣を取り持って、天児屋命がたちまち祝詞を寿いで、天手力男神(あめのたぢからをのかみ)が岩戸の脇に隠れて立って、天宇受売命(あめのうずめのみこと)が襷に天の香山の天の日影(ヒカゲノカヅラ)を掛けて天の真析(まさき:蔓草)をかずら(髪飾り)として手草(採り物)として天の香山の笹の葉を結って、天の石屋の戸に桶を伏せて踏み轟かせ神懸りして、胸の乳房をかき出して、裳(も:スカート)の紐を女陰に押し垂らした。そうしうて高天原はどよんで、八百万の神は共に咲(わらっ)た。

 ここで天照大神は怪しいと思い、天の石屋の戸を細く開いて、内側から告げて「我が籠り居ることによって天(あま)の原は自ずと暗く、また葦原の中つ国も皆暗いと思うのに、どういう訳で天宇受売は歌舞音曲を奏し、また八百万の神は皆咲う(笑う)のだ」と仰せになった。天宇受売が曰く「あなたに増して貴い神がいらっしゃる故に皆喜び咲い(笑い)遊ぶのです」とこう言う間に天児屋命と布刀玉命はその鏡を差しだし天照大神に示し奉るに、天照大神は一層怪しいと思って次第に戸から出て臨んだところ、その隠れ立つ手力男神がその御手を取って引き出すと、ただちに布刀玉命は注連縄でその後方(石戸)に引き渡して曰く「これより内に還り入ることはできません」と申した。そこで、天照大神のお出ましになった時に高天原と葦原の中つ国は自ずから照り明るくなることができた。

◆日本書紀
 日本書紀の該当部分を現代語訳してみた。

 また、天照大神の方に神の衣を織って斎服殿(いみはたどの:神聖な機織りの御殿)にいらっしゃるのを見て、ただちに天斑駒(あまのふちこま)の皮を逆さに剥いで、御殿の瓦に穴を開けて投げ入れた。そのときに天照大神は驚いて梭(ひ:機織りの道具)で身体を傷つけた。これによって怒ってただちに天石窟(あまのいはや)にお入りになる、磐戸(いわと)を閉ざしてお籠りになった。

……とある。日本書紀では天照大神自身が傷を負ってしまうのである。傷を負った天照大神が岩屋に籠るというのは太陽神の死を連想させる。

◆余談
 天の岩戸神話の天照大神の死と復活を描いたとも読める。死と再生のモチーフである。もともとは冬至の日にまつわる神話だったのかもしれない。

◆参考文献
・「古事記 新編日本古典文学全集1」(山口佳紀, 神野志隆光/校注・訳, 小学館, 1997)
・「日本書紀1 新編日本古典文学全集2」(小島憲之, 直木孝次郎, 西宮一民, 蔵中進, 毛利正守/校注・訳, 小学館, 1994)
・「校定石見神楽台本」(篠原實/編, 石見神楽振興会, 1954)pp.107-116
・「口語訳 古事記 完全版」(三浦佑之, 文芸春秋, 2002)
・「古事記講義」(三浦佑之, 文藝春秋, 2007)
・「本田安次著作集 日本の伝統芸能 第三巻 神楽Ⅲ」(本田安次, 錦正社, 1994)pp.260-261「弐拾四 龍蔵うた」
・「神楽新考」(岩田勝, 名著出版, 1992)pp.17-69, pp.96-165, pp.166-205
・「歴史民俗学論集1 神楽」(岩田勝/編, 名著出版, 1990)
・「神楽研究」(西角井正慶, 壬生書院, 1934)
・「現代語訳 古語拾遺」(菅田正昭, KADOKAWA, 2014)pp.33-58
・「出雲神楽 出雲市民文庫17」(石塚尊俊著, 出雲市教育委員会, 2001)

記事を転載→「広小路

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2020年1月30日 (木)

一人二役は無理――佐藤両々「カグラ舞う!」

月刊ヤングキングアワーズ3月号を買う。「カグラ舞う!」今回は土蜘蛛(葛城山)の配役が決定するまで。瞳が胡蝶と鬼と二役やりたいのだけど、真夏の暑い神楽甲子園では一人二役は体力的に無理と説得される。

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2020年1月 3日 (金)

備後東城荒神神楽能本――鐘の供養(金ノクヨウ)

◆はじめに
 広島県比婆郡東城町戸宇の栃木家蔵本に収録された「金ノクヨウ(鐘の供養)」は、紀の国牟婁(むろ)郡日高の住持が鐘の供養を行おうとするが、そこに白拍子が現れ、強力に供養の聴聞に来たと告げる。強力は女人の結界が張ってあるからと断る。それでも白拍子はそれなら我が舞を見よと舞う。強力は断ることができないが、鐘は誇らしげな白拍子を打ち据える。その鐘はかつて蛇体となった姫を成仏させたものだった。白拍子は住持に説得されて都へ帰り、鐘の供養は成る……といった内容である。同じ寛文本の「熊野の日高の鐘巻の子細」の後日譚の様な形となっている。

◆寛文本
 「金ノクヨウ(鐘の供養)」に手を入れてみた。詞章が崩れて意味がとれない箇所はそのままとした。カタカナはひらがなに改めた。

金ノクヨウ(鐘の供養)

一 身(み)を捨(す)てて菩提(ほたい)を求(もと)むる行(きやう)人も 小笹(をさゝ)の露(つゆ)に濡(ぬ)るる衣(ころも)かな

一 抑々(そもそも)御前に罷立たる愚僧(ぐそう)は何成出家とや思召(をぼしめ)す 是(これ)は紀(き)の国の牟婁(むろ)の郡(こうり)日高(ひたか)の住持(ちうぢ)とは拙者(せつしや)が事にて候

一 然(しか)れば此(こ)の寺の鐘(金)を鋳(い)させ候が 未だ供養(くよう)申さず候間 程(ほと)なく供養整えばやと存じ候 如何に新発意(しんぼつ)この由を披露(ひろう)申や

○承りて(うけ玉わりて)候里(さと)に出 この由鐘(金)の供養の聴聞(ちやうもん)に参給え(玉へ) 然れども 女人は結界(けつかい)と申けるに 都(みやこ)より白拍子(しらびやうし)此(こ)の由聞きて供養の(くよう)の聴聞(ちやうもん:長文)に参り候 この由を強力(ごうりき)見るより 早く咎め申せば 時(とき)に白拍子(しらひやうし)と云(ゆ)う女人とは 我が身わ定(さた)め無しとて 水干(すいか)に鎧(よろい)立烏帽子(たてえぼし)白金にて蛭巻(ひるまき)したる刀を差し 都(みやこ)方の男の舞(まい)と名付て 只見せて給われ(玉われ)と申ける時に強力(ごうりき)力に及(をよ)ばず さらば一目(ひとめ)見て早く帰(かヱ)れと申しける時に白拍子(しらひやうし)誇りて金を拝みければ 彼の金は空より降りて かの白拍子(しらひやうし)を打ち伏せるなり これはいかがども住持(じうじ)にこの由を申は 住持(ちうじ)宣(のたも)うはこの寺に置き文(をきぶみ)ありしを見るに 其の昔マナゴの長者(ちやうぢや)が娘この寺に参り候を祈て蛇体(たい)を逃れて成仏なしてあると書物(かきもの)の有り あれをも 焼(しやう)真言を以て祈に本(もと)の都に帰(かヱ)し可申と宣う(の玉う) その時御僧立ち帰り宣(の玉)へば 金(鐘)連ねどもしゆ女をに上(あ)がるなり 白拍子(しらひやうし)は御僧たちを拝み本の都に帰(かヱ)り申も 焼(しやく)真言の功力(くりき)なり 其の時金(鐘)供養(くよう)の文きに曰く且之思くと付けん菩提(ぼたい)と見たりとて 諸行無常是生滅法生滅巳寂滅為楽と唱(とな)えて 金(鐘)の供養成就(ぢやぢう)申か

◆参考文献
・「日本庶民文化史料集成 第1巻 神楽・舞楽」(芸能史研究会/編, 三一書房, 1974)pp.188-189

記事を転載→「広小路

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備後東城荒神神楽能本――熊野の日高の鐘巻の子細

◆はじめに
 広島県比婆郡東城町戸宇の栃木家蔵本に所蔵された「クマノノ日タカノ金マキノシサイ(熊野の日高の鐘巻の子細)」は道成寺に似た話で、ある長者の許に姫が一人いた。姫は成長するに従ってある山伏を自分の夫と思い込む。そのことに気づいた強力はその気がなく日高の川を超えて逃れる。蛇となって追ってきた姫だが、山伏は日高の寺の鐘の中に身を隠した。姫は蛇体で鐘を七重に巻き、鐘を砕いてしまった……という内容である。

◆寛文本
 「クマノノ日タカノ金マキノシサイ(熊野の日高の鐘巻の子細)」に手を入れてみた。詞章が崩れて意味がとれない箇所はそのままとした。カタカナはひらがなに改めた。

クマノノ日タカノ金マキノシサイ

一 旅(たび)の衣(ころも)は篠懸(すずかき)の露けき袖を絞るらん

一 抑(そも)御前に罷立たる愚僧をば 如何な僧とや思召(おほしめ)す これは諸国一見(いつけ)と心掛(が)くる行人に御座候 それいかようの迷(まよ)いの衆生罪(さい)人に 業(こう)人にある所を助(たす)け浮(う)かべんが為なり それいも(芋か)山長者(ちゃうぢや)が本(もと)に宿を取り仕り候 然れば宿(やと)に歳三歳程(ほと)なる姫を一人持(も)ち候(そろ)えば 毎年(まいねん)もて遊(あそ)びの土産(みやけ)を取らせ候 次第に成人(せいじん)し十ニ三の時に父母に向(む)かいて申ける あの御山伏は何処(いづく)の人ぞと申ければ 父母一人(ひとり)子の寵愛(ちやうわい)の余り言葉にあれば姫(ひめ)が夫妻(ふさい)よと申けば 姫わ真(まこと)と思(をも)い 又其の以後(いご)某(それがし)泊り申 夜中の事なるに 姫わ強力(こうりき)に近づき 密かに申けば あの御山伏は姫をば何時で親(をや)に預(あつ)け給う(玉う)ぞと申けば 強力(ごうりき)ははつたと合点(けてん)申 さて密かにこの由(よし)を愚僧に申ける さてさて現世(げんぜ)は夢(ゆめ)幻(まぼろし)の如く 又は娑婆(しやば)の奔(はし)るにも譬えたり 未(み)来速やかに成(ちやう)仏と心掛くる仏体(たい)の拙者(せつちや)に 女房(ぼん)の心掛くるわ是非に及ばず 然らばや問え暇(いとま)乞(こい)申 夜深(よふか)くに出可申 急(いそ)ぎ参れや強力(こうりき)それ日高(ひだか)の川に着き急(いそ)ぎ 大河(が)を渡(わた)りてそれおもん見るに姫(ひめ)わ右の父母の言葉(ことは)を本と思(をも)いて 早(はや)追(をつ)かくると見え候

脇立より忍びて見候へば 渡(わた)りに参りて 上下ヱ揺(ゆ)らされ悩(なや)む心が はや大蛇となりて追(をつ)かくると見え候 然らば愚僧は日高の寺に参て住持(ぢうじ)を頼(たの)み この由を申頼(たの)みければ その時撞(つ)き金を下ろし彼の内に御弟子(みでし)隠れ給(玉)を 姫わ程なく追(をつ)かけ参 住持(ぢうじ)は立出でそれマナゴの長者(ちゃうぢや)の姫と見えてこの寺に来るは不思議とて咎めける

○さん候 御山伏を見送(をく)りて参りて候が 撞(つ)き金は釣りて本に御座候は不思議(ふしき)に候

○さん候 ほをきやうし(法教旨か)再建立(さいこんりやう)の為下ろして候 不審(ふしん)あるまじく候

しかしながら自(みずか)らめくり見申とて 七重(なゝヱ)に身巻て尾はたを以て打ち締めければ 鐘(金)ははや締(し)め砕(くた)くと見え候 住持(ぢうじ)宣(のたも)うは行人も諸真言の以(もつ)て祈り給へ(玉へ)

彼の手には余興に口伝(くでん)可ある

日高(ひだか)の渡(わた)りの水は尽(つ)きるとも 拙者(せつちや)が法(ほう)は尽(つ)きざりけりと云(ゆ)う事もあり

◆参考文献
・「日本庶民文化史料集成 第1巻 神楽・舞楽」(芸能史研究会/編, 三一書房, 1974)p.188

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2020年1月 2日 (木)

備後東城荒神神楽能本――帝釈天の能

◆はじめに
 広島県比婆郡東城町戸宇の栃木家蔵本の「たいしやく天ノ能(帝釈天の能)」は帝釈天が現前し、天竺の長者に塔を建立されて本尊とされている由を語る。そして修羅が攻め上るも相戦い、神通の矢に方便の弓で修羅を易々と退治、三界の衆生を守護する……という内容である。

◆寛文本
 「たいしやく天ノ能(帝釈天の能)」に手を入れてみた。詞章が崩れて意味がとれない箇所はそのままにした。カタカナはひらがなに改めた。

たいしやく天ノ能

一 抑々(そもそも)御前に罷立る神化(しんか)をば何成物(者)とや思召(をほしめ)す 是天竺三十三天の主(あるじ)帝釈(たいしやく)天とはそれがしが事にて候

一 某(それがし)天竺に長者(ちやうぢや)多(をゝ)くも候ゑ共 中にもしんたつちやうと申すは 四方に四万の倉にあき充ちて 何(なに)を乏(とぼ)しと思(をも)うこともなし 万の宝(たから)は たゝ現世(けんぜ)の明しん栄華(ゑいくわ)栄耀(ゑいよう)はさらふ(攫ふか)うとう(善知鳥か)の為に非らず こし□□(不明)の謡いには何(なに)を貸すべし 高さ四十四丈(てう)の金(こかね)の光堂(ひかりとう)を建(た)て いかにも位豊(ゆたか)なる仏う この塔(とう)お本尊(ぞん)と祝わんと申と承って候

一 されば某(それかし)神通を以て此の由を悟り 丈(たき)十丈(でう)に伸び上がり 此の塔(とう)本尊と祝わればやと存候所に 下界(かい)の修羅(しゆら)は此の由聞き 高(たか)さ 十六丈(ぢやう)に伸び上がり 此の塔(とう)本尊と祝わんとする 修羅(しゆら)が攻め上る事程も(ほと)もなし 陣(ちん)を取事須弥(しゆみ)七分に陣(ちん)を取修羅(しゆら)が毒矢を放す事は 真砂(まさこ)を撒くが如(こと)くなり 合戦(あいたゝかい)申事七日七夜 如何に攻め上るとも 某(それかし)神通の矢に方便(ほうへん)の弓を以て修羅(しゆら)をば易々退治(たいじ)し 三界(かい)衆(しゆ)生を穏(をた)やかに守護せばやと存じ候

◆参考文献
・「日本庶民文化史料集成 第1巻 神楽・舞楽」(芸能史研究会/編, 三一書房, 1974)p.185

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備後東城荒神神楽能本――清盛之能

◆はじめに
 広島県比婆郡東城町戸宇の栃木家蔵本の「清盛之能」は平家の棟梁である平清盛が厳島神社など諸寺諸社を建立して篤く信仰したところ、厳島明神が現前して薙刀を与え天下を治めさせる……という内容である。

◆寛文本
 「清盛之能」に手を入れてみた。詞章が崩れて意味がとれない箇所はそのままとした。カタカナはひらがなに改めた。

清盛之能

一 抑(そも)御前に罷立る某(それがし)をば如何なる物とや思召す 神武(ぢんむ)天皇より五十代 桓武(くわんむ)天皇より平家始まり給い(玉い)候 其の以後に王代八十一代高倉(たかくら)の末に平家の大将(たいしやう)清盛とは某がしが事にて候

されば某がし弓矢のぢんすを射てば他の将軍(しやうぐん)ひげ(卑下か)功名(こうめう)名を万天(ばんてん)に上げ 武運(ぶをん)長久ため現世(げんせ)未来(みらい)の為に諸塔(とう)を建て 諸社を建立(こんりやう)申します 東大寺を建て 次に大塔(とう)を建て又越前(えちせん)の気比(けい)の社を立 たいそかい(胎蔵界か)の大日を崇め奉 又をうぼう(王法か)元年に辛(かのと)の歳に兵庫(ひをこ)の築島(つきしま)を整(とゝの)え 名をば経島山(きやうどさん)と名付け某(その)以後(いこ)安芸の国厳島(いつくしま)を建立(こんりやう)申 百八十間(けん)の回廊(くわいろう)を整(とゝの)え 某上長床(ながとこ)に一夜の参篭(さんろう)申さばやと存(ぞん)候

 さて神(しん)出給う(玉う)

一 抑々(そもそも)御前に罷立る神化(か)をば何成神(しん)とや見給(たも)う これはせんよう(宣揚か)とう(塔か)はけか国の内 安芸(あき)の国の主(あるじ)厳島(いつくしま)の明神とは我事なり

一 さればごんせん(御前)か御社を磨き立 百八十間(け)の回廊(くわいろう)を整え現世(げんせ)未来(みらい)の願(くわん)成就(ちやう)の其の為に真(まこと)の神(しん)これまで現れたり

一 ならとこれにて白金(しろかね)の蛭巻(ひるまき)したる薙刀(なきなた)を 汝に得さするぞ これを以て天下(か)を治むるべし

○さて神(しん)は人給う(玉う)

○また清盛(きよもり)曰く

一 波の上出ひの花わ残らね共 験(しるし)は残るこれぞ目出度き

一 長床(なかとこ)参篭(さんろう)申新たさよ 白柄(しらゑ)の薙刀長く久しく

◆参考文献
・「日本庶民文化史料集成 第1巻 神楽・舞楽」(芸能史研究会/編, 三一書房, 1974)p.184

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