九州

2020年1月 5日 (日)

(番外編)神道の知識を競い合う――荒神柴問答

◆はじめに
 本田安次「日本の伝統芸能」に収録された九州の神楽に「三宝荒神」が幾つか収録されていた。そのうち幾つかには荒平の名が記されていたので、荒平の系統に属する神楽かもしれない。

◆銀鏡神楽
 本田安次「日本の伝統芸能」第三巻に宮崎県の銀鏡神楽の荒神柴問答が収録されていた。神主と荒神の神道の知識を競い合う問答が中心となるが、これが神道流になった三宝荒神の最も進んだ形態と言えるのではないか。

唯一神道荒神柴問答

神主詞
維時(このとき)良辰(あした)に謹請再拝し俯伏して掛まくも畏き天照太神及八百萬の神達の広前に、恐み恐み申す
抑(そもそも)旧例に任せ、百種最上の神酒(みき)を備へ、三才の源を動かし、平けく安らけく聞しめせと申す。彼の三才の源と云は、混沌未分、一圑の元気陽気は清(すん)で登り、陰気は濁って降り、二つに別れて天地の位を定む。其の別るゝの初め、天に化生なる神を號(号)(なづ)けて天の御中主尊と申し奉る、是即ち天地の全体にして、本源の神明なり、天上の御中(みなか)にましまして天を主(つかさ)どりたまふ。是名有つて像(かたち)なし、天地自然萬化の源なれば、是を造化の神と云ふ。凡そ神道は天地開闢の本源を語るに理儀前後を論ぜず、神明を称して道の躰とす、亦理儀妙合して陰陽を道とす。天に在つては天の霊徳を称して天神の神号とし、地に在つては地の霊徳を称して地神の祗号(しんごう)とす。故(かるがゆへ)に神号を深く貴み、篤く重んじ奉り、神号によつて道を説く、大抵神道は天神唯一を以て語るに、天道を説いては人事に移し、人事を以て天道を配合す。神と人と亦唯一なり。是神道の要義にして、天御中主尊是れ神道の本源なりと承つて候
荒神怒つて曰く
抑(そもそも)汝は何者にて吾が御前に差寄せ、誰ぞとは怪しみ申すぞや、吾即ち天地陰陽不思議の始め、混沌の堺より天地和合の淳気をきざし、一霊の神姓既に像を成して、一大三千界をなす。新羅萬像悉くわが御前の所為にあり、三界の棟梁とは吾が事なり、汝事の所以早々申せ、聞ん
神主曰
されば今月今日吉日良辰を撰んで当社壇に於て天神地祇八百萬の神達を勧請し奉り、なかんづく当処鎮守大明神及今宮八幡太神宮、若宮大明神を専一に共敬し奉り、神代の遺法御神楽不信懈怠なく興行し、一天泰平四海静謐五穀豊饒の御祈祷を為し奉る折柄、御神明のかの柴榊に御出現ましまして御柴(みしば)をことゆえなく御免し下さるでござらふ
荒神曰
如何にも神主申さる通り、此の霊場に於て天津神地(くに)津神群処(あらゆる)諸々の神等及当処鎮守大明神、今宮八幡太神宮、若宮大明神均く専要(せんよう)に招請致され、神代の古風御神楽申さるの段殊勝千萬なり、是によつて朕(われ)柴榊(しばさかき)に示現を為す、神主願うる通り大願成就の段免し取らするであらうず、併(しか)しながら朕御前かの御柴に争い浮きたれば、柴榊の本儀一件悉く神主ひろめ申されよ
神主曰
然ればあらまし柴榊の義申し上ぐるでござらふ。夫れかの御柴とござるは、天照太神天の磐戸に籠り賜ふ節、御怒りを解き奉らんがため、天児屋根命、太玉命計略(はかりごと)を以て香護山の五百箇眞坂樹を根こじにして天磐戸の御前に植え、三種を餝(かざ)り(飾り)給ふとござる。上津枝には八坂瓊に曲玉を懸、中津枝には八咫の鏡を懸け、下津枝には青幣白幣を懸玉ふとござる。而して天鈿女の命、手力雄の神、思兼神及び八十(やそ)よろづの神たち御神楽を始め玉ふと承つてござる。かの御鏡及び曲玉青幣白幣を飾りたまふは如何なることを以て飾りたまふや、御託宣なされよかし、聴聞仕らん
荒神曰
如何にも神主よきところの不審なり。夫れこの三器を眞坂樹に餝(かざ)り(飾り)玉ふは、榊は寶(宝)器本記に曰く、四時凋(しぼ)まず、夏冬別て葉茂る故に眞坂樹の義あり、御鏡は日神の躰を表し、曲玉は月神の相を表す、宝剣は星宿の理を現はす、かくの如し、然るに第三青白の和幣の説異議あれども、本より幣帛を天津金木と称するときは金なり剣なり、是を以て御帯剣(みはかせ)をかけたまふとも謂なり、この三神三天の表相、なかんづく三通の頌文あり、神主演談致されよ
神主
御託宣殊勝千萬に聴聞仕り、御神徳のほど驚き奉つてござる。かの三天の表相、三種につき三通の頌文とござる。あらまし申上ぐるでござらふ。夫れ曲玉は仁恩淳和の徳を表す、御鏡は清明神通の徳を表す、御剣は正直決断の徳を表す、一書(あるふみ)に曰く、皇天(すめらみかど)盟て宣く、八坂瓊の曲玉の如く妙なるを以て御宇(くに)ををさめ、まつた眞経津(まふつ)の鏡の如く分明(あきらか)なるを以て山河海原をみそなはす、則ち霊剣を携へて天下(あめがした)を平げ、萬民(をたから)をかゝやかせよと言寿(ことぶき)たまふ、かくのごとくでござる。さてまた三種神宝につき三箇の御神詠ござると承つて御坐る、事の序でに御示し下されよかし、用心仕りたふござる。
荒神曰
尤もの願ひ、信心千萬に思ひはんべる。まことに甚深微妙の神歌なれども、吟じ授くるであらうず、慎んで聞得(もんとく)召されよ
神霊 憐みの深きこゝろの玉なれば 天の御孫にそへて降しつ
宝剣 これはまた国を治むるしるしとて 同じ御床に奉りきや
内侍所 宿すかげ一つの塵も残らぬを こゝろにせよと送る鏡を
かくの如くかの御神詠を唱ふるときんば、天人地三歳ともに清明にして、国家泰平ならん、神代のむかし、太神(をんがみ)の御慍(いか)りをやすめたまひて再び溫(温)潤の仁徳を以て天下泰平ならむ。また八咫の鏡の如く明かに照り給ひて、諸神のねんごろにのみ祈り給う心をみそなはし、鈿女の命は茅(ちまき)の矟(ほこ)を以て戯れ舞ひ遊びたまひしもこの所以なり。今託宣して、日神の至徳を讃嘆するもの也。また三種を三歳に配当したる融通の神語あり、神主演説申されよ
神主曰
御託宣ありがたく得心仕つてござる。然れば三歳和同の神語、天人地配当の訣(わけ)あらまし申上ぐるでござらう。曲玉は水徳にして一靈(霊)の元、これ天也、御鏡は陽物火徳にして土を生ず、これ地也、青白の幣帛(にぎて)を一津(ひつ)にかけたまふはこれ陰陽の躰、人倫の運命にして、魂魄はこれ也、かるがゆへに日月は天地の魂魄也、魂魄は日月二神の霊姓なり、本文に曰く、元気圓(円)満神変加持、一礼感応神通加持、清明成就神力加持、三歳和同の神語かくの如し、怠慢なくかの神語を唱ふるときんば、元気萬世に享通して絶えず、一霊末世に阜(ふ)然たり、性命は天地山海に均しく、草木器財まで時をたがへず、人物も断絶せず、是神道の太極也と承つてござる。また柴と云ふは三種の題号、榊の題目なり、譬へば歌の言葉に、久方とは天と読む枕詞、神とは千早振、柴とは榊の異名を申すでござる。最早御柴の義大概相済んでござれば、御免し下されよかし、大願成就仕りたふござる。
荒神曰
成程殊勝なり、神主恭敬再拝して祝詞申されよ。朕(われ)御前託宣を以てゆるしとらするであらうず
神主祝詞曰
然れば祝詞申し奉るでござらふ。掛巻も綾に畏こき天照太神を根本の御𨕫(しめ)に勧請法楽奉り、古例に任せ、種々の礼奠(れいてん)を備え、御神楽を奏し、天津祝詞太祝詞の言(こと)を以て称辞竟(お)へ奉る、彌々一天泰平四海静謐、風雨順時五穀豊饒、別而は今日の本願主 藤原重好公御家内均しく御廷寿生福、御子孫繁栄、上下一繞、寿は亀鶴よりも永く、栄は松柏に論じ、惣屋安穏、常磐堅磐に守護り幸へ賜へと惶み惶みも申す。
荒神曰
抑々(そもそも)汝能く聞け、自己の心を観ぜざる故に、或は鬼神の猛形と現じ、一切の苦患を觸(触)れ行ふことぞかし、また正直淳和にして自己の心を祭る時は、智福自在にして、諸願成就の徳を与えん、汝恭敬するところの殊勝によつて、終にゆるしとらせん
榊葉をいつの時にか植初めて
神主曰
天の磐戸の口となるらん
 柴問答 終

※旧字体を一部新字体に改めた

神道荒神綱問答

神主曰

今年今月今日吉日良辰(あした)を撰み、新たに斎潔無礙の道場を構へて、天神地祇を請入し奉り、御注連を八針にとりさいて、天津金木を御神屋にかざり、種々の礼幣を備え、五大所成の霊壇、三十二相八々の変神天地一圏に荘厳し、終夜宴楽(とよのあかり)を奏し、内外清浄の玉籤を取り、祝詞し稱(称)辭(辞)竟(お)へ奉るところに、忿怒極悪の形相にて浮き立まします神明、幽明事理、神祇正伝、業統の極意、千里の神交、符節を合するが如く、御託宣精微を以て暁(さと)し給へ、慎んで聴聞仕らん
荒神曰
殊勝なる敬白古今に獨歩する、神主肅然たり、まことに吾が神道の大底は正直なり。正直を體(体)認して意念の煩を去り、清浄豁(かつ)達なるときんば皥(さわやか)に、皥なるときんば熙(いちじるしく)して天地同根、萬物一体となり、神明(かみ)と人倫(ひと)と和楽す、故に神秘不測(ふしぎ)を悟らずといふことなし、目に經(経)(ふれ)て意(こころ)に達し、口に誦して坦明なり、譬ば時雨の化するが如し、事の所以早々申し聞かん
神主曰
神主固より浩渺(びょう)にして解し難し、ひそかに以て是を痛み申す、誤を正し、教を下し玉へ、されば大願成就として舊(旧)例に任せて御綱を飾り奉ってござる、御綱を事故なく御免し下され、まつたかの御綱の本儀こまやかに、事相のわけ一々御示しなされよかし、大願成就仕りたうござる。
荒神曰
如何にも神主、尤もの願ひなり、あらまし御綱の儀、演(の)べ聞かせん。夫れ綱と云つば、序でを絶へず、次第々々に相續(続)(つ)ぐを綱と云ふ。太祖伊弉諾伊弉册尊滄溟を國(国)となし、瓊矛を以て自凝嶋(をのころしま)に降りまして共に夫婦となりたまふ。これ形体の上にて交合(まくばへ)の道自然に出て人爲(為)の私に非ず、天地陰陽の理是甚深の意味、猶口授祕(秘)訣あり、よつて天下の主宰政を修めたまふ、寶(宝)祚窮(きわま)りなく、聖業日月に配し、鬼神(神)をもとめ、神道の根元、綱の極位是也、さてまたこの兩(両)頭龍神の儀、神主演説申されよ
神主曰
御託宣聴聞仕り、神秘不測の御綱驚き入り奉つてござる。誠に五百名世の御示現、億兆として躋(せい)壽(寿)の夢を覺(覚)し、煩惱(悩)の塵埃を斷(断)じ、一旦(しばらく)これをさしをく、聊(いささ)かわが神道宗源の奥儀極め難し、猶顕露(あらは)の事幽冥(かくれ)たる事、誠に深い哉、何れ両頭の明鏡に向ふが如く示し受け申さん
荒神曰
然らば一通り示すであらう。去ればこの両頭龍神といつぱ、かの彦龍命、比咩龍命の両躰なり、則ち變(変)化するときんば陰魄(はく)陽魂と現じ、或はまた難陀跋難陀と示現する所也、すべて変作無量無邊(辺)の躰也、然ればこの両儀本文に曰く、太陽龍王は伊弉諾尊の変化神なり、大陰龍王は伊弉册尊の変化神なり、かの両儀の棟梁朕(われ)御前にあり、神主思慮のほど申されよ
神主曰
去れば右両神の御変作無量の神躰、就中此の霊場に於て両頭龍神とあらはれ給ふ事不審に存じ奉る、併(しか)しながら、伊弉諾伊弉册尊の変作の霊と承るときは、この両神は生死清濁のはじめ、一切萬行の根元、とりわけ男女(みとの)和合(まくはへ)を初めたまへば、これ則ち生死のはじめと存じ申す、まつたこの綱に於て、三津の津奈と云ふ傅(伝)へござる、かの三條の儀、御託宣ましませかし、聴聞仕りたふござる
荒神曰
いかにもその意儀さとし難し、神主辭(辞)して朕(わが)御前に需(もと)めらるに於ては、私情にこれを説く、かの三品の綱と云つぱ、天人地三才に亘つて妙術あり、人に有ては三業三熱の起源なり、人倫もし心念清浄にして三毒の穢なき時は、神明に通和し、天の三光に融通するもの也、これ則ち変通力の三妙是にあり、三元自らあきらかなり、然れば常住不変の神躰といふかくの如し
神主曰
御綱の霊験掲焉の儀、御託宣聴聞仕り、邪談妄雑をはらひ、安心仕つてござる。さてまた御綱切断の儀式あり、その所以一々御示し下されかし、則ち御綱切断仕り、大願成就仕りたうござる。再住の願に任せ、事故なく御ゆるしなされよかし、綱切断仕り、大願成就仕るでござらう。併しながら古今希なる御出現なれば、切断の儀微細に御示し下され、聴聞仕るでござらう
荒神曰
神主再住の願によつて、秘訣ながら殊に恭敬法樂(楽)せらるの段殊勝に思ひ侍る間、切断の儀あらまし示し聞するであらう。夫れ切断と云つぱ、最初両頭につき三業三熱三段の儀相濟(済)たれども、未だ凡意煩悩の氣(気)綱離れ難し、切れ難し、よつて切断の儀願ふるところ尤も也、先づ神主、三業の頌文を解せられよ
神主曰
成程御託宣御尤もに存じ奉る。三業の頌文とある上は、唱え奉るでござらう。身業清浄拜(拝)供印口業清浄読誦唱意業清浄觀(観)念相かくの如くでござる。かの頌文を以て礼拝恭敬するときんば、その功徳に依て一切の業因煩悩を離れ、是等の業識離るるときんば、生きては楽しみ、死しては神なり、加之(しかのみならず)、聖祖の考神宗源の暉(ひかり)を重ね、明徳を積み、洞天の禍(禍)を治め、長鯨爪牙の災孽(げつ)なく、一天安全ならん、最早切断の儀示し下されよかし
荒神曰
いかにも神主、願ふる通り此上は切断の儀示し聞せん。夫れ祓に曰く、朝の御霧夕の御霧を朝風夕風の吹拂(払)ふことの如くとあり、誠に雲たなびき重るといへども、風しきりに吹ときは忽ち跡形もなく吹払ふて、清天白日顯(顕)れ、これ風神の妙徳なり、また凡天の心に妄念の雲、胸中に充ち、暫時も明かなることなし、然れども自己の神は天御中主尊と同根なり、更に業識何かあらん、よつてもう妄相の雲忽ちに消失せん、かくの如し。綱切斷(断)劒(剣)の威徳を神主申せ、聞ん
神主曰
然らば素懐愼(慎)まず申し演(のべ)ん、夫れ形體(体)兼備するものをば眞(真)剣を以て切断し、人意猛志邪念をば理剣を以て切断す、これをまた利剣智剣とも申すなり、夫れ祓に曰く、繁木が本を燒(焼)鎌の敏鎌を以て打払ふことの如くと御座る、焼鎌は真剣、敏鎌は智剣なり、譬ば繁れる山林の草木を真剣を以て切払ふが如く、人の心中の惡(悪)念妄想の繁気をば智恵の眼を開き、智剣を以て切払ふ、かくの如くなるときんば、妄想のたなびくことなく、必ず丹心潔白成らん、最初より切断の儀、條數(数)の御託宣承つてござれども、此上切断決定の極位聽(聴)聞仕りたうござる
荒神曰
いかにも神主申さる段神妙なり、切断の問答数箇條と云へども未だ九牛の一毛にして有增(増)の事なり、然れども願に任せ、切断をゆるし、切断決定の神詠を授けん、歌に曰く
思ふ事皆盡(尽)(つき)ねとて麻の葉を切々切りて流れつるかな
身は社 己が心を神としれ あらためてまた餘(余)處(処)な尋ねそ
礒の神ふるの木綿(ゆたすき)かけまくも 国を治むる剣なりけり
神主曰
御示を受け得心仕つてござる。然れば伊弉諾伊弉册の両神御出生なされて、初めて夫婦となり玉ふ、これ天下の男女夫婦婚礼の初め也、天地開闢し、陰陽二気変化和合して人物生ず、二神其の道理を見給ひ、人は夫婦の別なく好合の道なければ父子兄弟なく、誰か子兄弟という別なければ人倫明かならず、禽獣(きんじゅう)同然なり、然るを二神先づ夫婦の礼を立賜ひ、天下の人々を教へて夫婦配偶の礼儀を立てゝ男女の道戲(戯)れ亂(乱)れぬ法を立教へ玉ふ所以也と承つてござる、この二柱の神の敎(教)に依つて天下の人倫を正し玉ふは如何か、聴聞仕らん
荒神曰
殊勝なり惣じて神道は陰陽流行を以て道とす、天地の間日月星辰風雨雪霜寒熱の所作山川草木に至るまで、一物として陰陽の所為に非ずといふ事なし、この陰陽を則ち未生の伊弉諾伊弉册尊と云ふ。陰陽の精霊化生して、躰生の神と成つて出現し玉ふを人躰と云うて可なり、己生の伊弉諾伊弉册と宗統なり、天地の功用を為し始めて大八洲を開き萬民の安居を定め、衣食の用を足はし、夫婦父子君臣五倫の道を建てたまふ。その神の功、あげて計(かぞ)ふべからず、是を以て吾国に生るゝ人は、貴賤上下均しく二尊の神恩を貴み敬はざる事なし、朕(われ)御前託宣をなし免しとらせん
神主祝曰
掛巻も畏き陰陽二(ふたはしら)の神を始め奉り、天照太神を根本の御𨕫に勸(勧)請し奉りて、山川海原に群生種々の礼奠(てん)を備へ御神楽を奏し、天津祝詞太祝詞を以て稱(称)辞竟奉る。殊にまた貴賤老若均しく群集し祝禱(祷)(はぎいの)り奉る、これによつていよまし一天泰平四海靜(静)謐風雨順時五穀豊饒、別しては今日の大願主(誰名)延寿生福子孫繁栄、寿は亀鶴よりも永く、栄は松拍に倍し、壹(壱)統安穩(穏)常磐堅磐に守り幸へ賜へと恐れみ恐れみも申す
荒神曰
如何に汝よく聞け、自己の神を観ぜざれば則ち正直の本源を失ふことぞかし、故に神明の心穢き時は、鬼神の妄形と現じ、毒蛇の三悪をなし、一切の苦患を流行す。亦正直淳和にして、自己の神明を祭り、神心清く潔きときんば三毒の邪念を切断し、或は智福自在にして大願成就の徳を與(与)へん、今汝尊敬する事殊勝千萬なり、これによつて終に免し取らせん
千早振るわが心より成す業を
神主曰
何れの神か余処に見るべき
 綱問答畢

◆参考文献
・「本田安次著作集 日本の伝統芸能 第三巻 神楽Ⅲ」(本田安次, 錦正社, 1994)pp.183-196
・「新・神楽と出会う本 歌・楽器・お囃子」(三上敏視, アルテスパブリッシング, 2017)

記事を転載→「広小路

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2019年3月10日 (日)

(番外編)あぜかけ姫――盲僧琵琶の語り物

◆あらすじ

 九州の盲僧の語り物の一つに「あぜかけ姫」がある。錦や綾を織るのが得意なサヨテル姫が結婚して河内の長者の家に入るが、その腕を妬んだ姑が丑の刻参りを行い、その所為で姫は綾を織る四十八手のうち最後の一手を忘れてしまう。姑、小姑、夫から恥ずかしめを受けた姫は出家してしまう……という内容。

◆内容

 駿河の国の長者の末娘サヨテル姫は七夕御前の申し子で、五つの歳から筆をとり始め、六つで法華経を読み通し、七つでおおをうみそろえ、八つでころばたを織った。九つで金襴緞子を織り、十歳で綾も錦も織りそろえ、一切経まで読み通し、十三歳で河内の国のあさむら長者のアサワカ丸と縁を結び、吉日を選んで河内の国から迎えの駕籠が参ったので、サヨテル姫の母親は姫をひと間に招いて、のういかにサヨテルよ、母の教えを忘れるな。そうたい(総体か)女と申すものは一度、縁づきしたならば、死して我が家に帰るとも、生きて再び我が家には帰るなよ。向こう三軒両隣、これを大事に守れ。近い中には垣をせよとの例えあり、堪忍という二字を忘れるな。なる堪忍は誰もする。ならぬ堪忍するがまことの武士の妻。よいか承知かサヨテルよ。母の教えを忘れるな。仰せを受けてサヨテルは仏間の中に入られてご先祖様に別れを告げて、母上の前に両手をつかえ、長くお世話になりました。これから河内の国に参ります。さらばでござる母上さま。おさらばでござる、サヨテルと互いに暇をなされては、河内の国の迎えの駕籠に身を乗せて駿河の国を後にして河内の国へと旅だたれ、つつじ椿は野山を照らす。サヨテル姫は籠照らす。夜ごとの道中ははや過ぎて、もはや河内の国に着いた。

 河内の国になったので、高砂や、三々九度の盃もめでたく相済んで月日の経つのは早いもの、ある日のこと、サヨテルは夫アサワカ様に綾で裃を織って差し上げようと五色の糸を取り出し、績(う)んだり継いだりなさった。それを聞いて姑母親は、我が子小菊があぜ(綜:機はたの経糸を上下に分け、緯糸を通す隙間を作る用具。綜絖:広辞苑)のかけ様を知らずに、嫁が知って済むものか、何の咎もないあの嫁に恥を一恥与えようと、木の葉も眠る丑三つどきに二反続きの白木綿を二重にとっては吹き流し、口にはあばら串を咥え、額にはロウソクを照らし、正八幡に願参り。裏門から静かに立ち出で、はや御社になったので、鰐口半鐘打ち鳴らし、南無や申さん正八幡大菩薩さま、この度、私の嫁のサヨテルが四十八手の綾のあぜをかけて綾を織る様子、娘小菊が知らずに嫁が知って済むものか。なに咎なしのあの嫁に恥を一恥与えて給われや、御願成就となれば、御願ほどきに致すには、姿見鏡が七面、真澄の鏡が十三み、金の灯籠が千灯籠。かなたの庭に水池掘らせ、池の中には浦島太郎の舟を浮かし、金魚銀魚も泳がせてにり立て切り立て上げまする。再び御社を後にして我が家を指してたち帰り、素知らぬ振りでいた。哀れと言うも中々に申すばかりではなかった。裏門指して入られる。何食わぬ顔で姑母親はひと間の内に入った。

 話変わってサヨテルは五色の糸を取り出し、績んだり継いだりなさる。早く縦をも継ぎそろえ、しからばあぜ(綜)をかけ始め、一手一場のはじめあぜ、二手は二場の並びあぜ、三手は見事に飾るあぜ、四手は夜深き空のあぜ、五手は出雲の忍ぶあぜ、六手は昔の例えあぜ、七手は難儀のはじめあぜ、八手は屋敷に座るあぜ、九手ここで分別のあぜ、十手と欲の忘れあぜとは申すけれど、四十八手の綾のあぜ、四十七手は掛けたけれど、残る一手をつゆ忘れ、立てば憶える座れば忘れ、サヨテル姫はわっとばかりに泣き出し、しばしのことにサヨテルは国を出るとき母上があれほどまでも厳しき仰せあり、知らないことや忘れたものは姑母さまに尋ねよとの仰せなので、しからば母上さまに尋ねようと泣く泣く綾を抱き上げ、涙は道の友として、姑の一間に急がれた。

 姑の一間になったので、傍らに綾を下ろして、遥か下に両手をつかえ、恥ずかしながら母上さま、私は四十八手の綾のあぜ、四十七手は掛けられるけれど、残る一手をつゆ忘れ、立てば憶える座れば忘れ、掛け替え掛け替えいたしたけれども、決してその甲斐なかったのです。ご存じ遊ばせば教えて給われ母上さまと申し上げれば、母上はのう、いかにサヨテル殿、あなたは四十八手の綾のあぜを知らずして、西や東の財産が取られようか、長者の家が継がれようかと教えはせずに恥ずかしめられ、恥ずかしめられてサヨテルは、我が身は何となるべきかと天に声を上げ地に伏して、しばし涙にくれた。

 漸うのことにサヨテルはしからば小姑さまに尋ねようと泣く泣く綾を抱き上げ、姑の一間を後にして、小姑の一間に急いだ。小姑の一間になったので、綾を下ろしてサヨテルは遥か下に両手をつかえ、恥ずかしながら小菊さま、私は四十八手の綾のあぜ、四十七手は掛けたけれど、残る一手をつゆ忘れ、立てば憶え座れば忘れ、掛け替え掛け替えいたしたけれども、決してその甲斐がなかったのです。姑母上様に尋ねたところ、教えはせずに恥ずかしらめられ、あなたがご存じ遊ばせば、教えてくだされと涙とともに物語れば、小姑小菊さまが申すには、あたしは四月頃ではないけれども、新茶新茶で古茶は知らない。教えはせずに恥ずかしめられ、恥ずかしめられてサヨテルは、我が身は何となるべきかと天に声を上げ地に伏せて、しばし涙にくれた。

 もうこの上はわが夫に尋ねようと、泣く泣く綾を抱き上げ、小姑一間を後にして、涙は道の友として。夫アサワカ様の部屋に参り、持った綾を横に置き、両手をついて頭(こうべ)を下げ、申し上げます、我がつま様。自らは四十八手の綾のあぜ、四十七手は掛けたけれど、残る一手をつゆ忘れ、立てば憶える座れば忘れ、掛け替え掛け替え致せども、決してその甲斐がないだろう。姑母上様に尋ねれば、教えはせずに恥ずかしめられ、小姑様に尋ねれば、小姑様も教えはせずに恥ずかしめられ、もしやあなたがご存じあそばせば、教えて下され我がつま様と申し上げたところ、夫アサワカは腹を立て、そりゃ何と申すサヨテルよ。武芸・剣術・槍なぎなたのことならば夫が教えることもあるけれど、女の身の上で夫にあぜの掛けようを尋ねるとは何事と。持ったあぜ竹を引き抜いて二打ち三打ち打擲なさる。打ち据えられてサヨテルはまたもや我が身は何となるべきと天に声上げ地に伏して、しばし涙に暮れた。

 漸うのことにサヨテルは泣く泣く綾を抱き上げ、涙は道の友として我が身の部屋に立ち帰り、国を出るとき母さまが、そうたい(総体か)女と申するは一度縁づき致すなら、死して我が家に帰るとも、生きて再び我が家には帰るなとの仰せなので、家に帰るに帰られず。この屋におるにおられぬ身となったので、この上は尼となって日本六十余州の神々に札打ち納め、父上さまや母上さまの菩提のため、我が身のために尼となって世を暮らそうと。

 もんじしろおの剃刀を出し四方浄土に髪を剃りこぼす。一剃り剃っては父親のため、二剃り剃っては母親のため、三剃り剃っては我が身のためと四方浄土に髪をとりこぼし、墨の衣に墨の袈裟、持ったあぜ竹を杖につき、我が身の部屋を立ちあがり夫の部屋と急ぐ。

 アサワカ様の部屋に参り、両手をついて頭(こうべ)を下げ、申し上げます我がつま様、自らは長のお暇を給わりますようにと申し上げたところ、夫アサワカ君はそりゃ何と申すサヨテルよ。そなたは予が先ほど当てた杖の腹立ちか、先ほど当てられた杖と申すのは、先ず一番に当てたその杖は母上様に当てた杖だぞ。二番に当てたその杖は妹小菊に当てた杖だぞ。三番に当てたその杖は私とそなたの相の合われぬ杖だぞ。そのことを思い直せと叱った。

 サヨテル姫は物語り、申し上げます我がつま様、この屋の姑母さまと小姑様を物によくよく例えれば、姑母さまは雲の上の雷さま。小姑小菊さまは雲の下の稲妻さま。互いに親子が鳴り光るときは、いかなる嫁も務まらない。長のお暇給われと申し上げればアサワカ君は、そうならばお前の良いように致せとおっしゃったので、これにこの屋の別れかと、涙とともにサヨテルはアサムラ長者を後にして、諸国行脚の旅に出た。

 夫アサワカさまは最早女房もいない身となったので、我もこの屋にいて最早この世に用は無い。そうならば我が身も六十六部となり果てて諸国行脚の旅に出ようと。

 紫檀黒檀唐木を寄せて、辺りほとりの大工を招いて、六尺三寸の笈口(背に負う箱)刻む。中にあるのは弘法大師、両の脇立ちに両親を刻み、最早笈口も成就となったので、白装束に身をやつし、笈口を背負ってアサワカ様も諸国行脚の旅に出られた。

 後に残った姑母親と小菊さまは、神に御願をかけておいて、御願ほどきを致さないため、天より天火が天下り、万の長者の家蔵も、天は霞と焼き払った。跡に残った母親と小姑さまは物乞いとなり果てて姑母親さまが八十八歳まで世にながらえた。小姑小菊さまが八十三まで世にながらえた。善は栄えて末永く、悪は滅びる種とかか、サヨテル姫の物語はこれにて止める次第である。

 サヨテル姫とアサワカが出家した後、二人が道で行き合い、二人は互いにそれと見知るも、尼と行者の身の上ゆえ、二人は言葉を交わさずに行き過ぎる、という後日譚もあるとのこと。

◆語りの生成

 九州なので座頭のテリトリーではなく盲僧のテリトリーだと思われるが、語り物の伝承者達は物語を丸暗記するのではなく、節をつけて憶え、決まり文句、定型句によってそれを想起するとのこと。そのため、語りの内容は一字一句同じという訳ではなく、その日の聴衆の反応によって話を省略したり、引き延ばしたりするとのこと。

◆余談

 この物語が収録されていた「課題としての民俗芸能研究」という本は橋本裕之という気鋭の若手(当時)が主催した第一民俗芸能学会の二年間の活動の成果である。それまで本質主義的立場が有力であった民俗芸能学会に構築主義的な視点を取り入れていった意欲的な活動である。

◆参考文献

・兵藤裕己「語りの場と生成するテクスト―九州の座頭(盲僧)琵琶を中心に―」「課題としての民俗芸能研究」(民俗芸能研究の会/第一民俗芸能学会/編, ひつじ書房, 1993)pp.327-368

記事を転載→「広小路

 

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2019年2月 9日 (土)

神楽を題材にしたオーディオドラマ

NHK FMシアター「夜明けの舞」。オーディオドラマで神楽を題材とした内容。宮崎(高千穂)が舞台。神楽を舞う人を「法者どん(ほしゃどん)」と呼んでいる。村の最長老の法者どんが亡くなって、神楽が継続できなくなる。主人公は最も若い法者どん。主人公が出会う母子は熊本地震の被災者。一度はやめることになった神楽をまたやろう……という粗筋。制作はNHK宮崎放送局。

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2017年9月 2日 (土)

(番外編)島広――地神盲僧の創世神話

◆はじめに

 地神経という正式の仏典ではないお経がある。その思想は修験道や陰陽道にも重なるが、その内容を平易に説いた釈文と呼ばれるものがある。「島広経」はその釈文の一つで、創世神話だ。そこでは国産みにはじまり、木々の起源、人の起源、五穀の起源、火と水の起源が語られる。

◆地神盲僧

 地神盲僧(じじんもうそう)と呼ばれる宗教家の一団がある。西日本、九州から山口・島根にかけて分布しており、福岡(筑前)の成就院を本拠とする玄清法流と鹿児島と宮崎(薩摩・大隈・日向)の常楽院法流の二つに大別される。島根県石見地方にも地神盲僧がいたそうである。

 地神盲僧は四季の土用の節に檀家を回って、竈(かまど)祓いや荒神祓いをする。その際に読誦されるのが「仏説地神大陀羅尼経」(以下、地神経と略)とその内容を平易に説いた釈文である。

 釈文の中に「島広(しまひろめ)」という段があって、これが魅力的な創世神話なのである。「伝承文学資料集成 第19輯 地神盲僧資料集」に収録されたものは「長久寺文書」とあるので、日南市飫肥町の長久寺と思われる。なので、薩摩・日向系の常楽院法流の釈文であるが、西岡陽子「地神盲僧の伝承詞章――『地神経』および釈文について――」によると、薩摩の釈文には島広は収録されていないとのことである。なお、国東半島の地神盲僧の釈文に島広があるようだ。

◆粗筋

 昔、天竺に喜良(きりょう)国があった。王の名は四国の大王といった。大王には四人の王子がいた。大王は王子たちを召して、中つ国という島があるという、行って島を領地とせよと言った。
 太郎、次郎、三郎の王子たちがそれぞれ飛び立った。長い旅だったが、翼を休める島も無く、引き返した。
 四郎の王子が飛び立った。十三万里を渡ったけれど、翼を休める島も無く、引き返そうとしたところ、烏がいた。烏はそなたがまこと天竺の大王の末子であるならば、島の在り処を教えようと言った。
 そこで更に二十万七千里旅をして島に辿り着いた。島には翁が二人いて(翁と媼か)、何事か、立ち退き給えと言った。王子はそこで自分は天竺の大王の末子であると答えたところ、それならばと翁は納得した。
 中つ国が見つかったとの知らせに天竺の大王は経を送った。木を植えて、地神経を七日七晩読誦すると、島が広がって六十六国が沸き上がってきた。速秋津島という。
 次に人が百七人生まれた。生まれてきた子たちの後の世のために天竺から五穀の種が下賜された。
 翁は暇(いとま)請いし、火と水の行方を言い残して岩戸に伏した。火は火炎と燃え上り、水は大海となった。
 正月十五日に粥を煮て、日本を治め奉るという。

◆創世神話

 末子である四郎の王子が活躍するところが特徴だ。
 地神経の釈文では四季の土用の由来を語った五郎王子譚が有名であるが、島広も五郎王子譚と並ぶ創世神話である。島広では単に日本の島が生まれたというのではなく、木々の発生や、人(青民草)の誕生や、それを食べて生きていく五穀の種の由来、火と水の行方なども説いていて、それらの要素が一つの神話にパッケージされているのが特徴だろうか。
 また、百七人生まれた子のうち三人が障害児であるとして、盲僧の起源譚ともなっている。

・天竺に大王がいて四人の王子がいる
・末子の四郎の王子が長旅の果てに島(中つ国)に辿り着く
・島には翁が二人いる。翁と媼か
・翁は背丈が十六丈もある巨人である
・島はイザナギ・イザナミ命の鉾の滴りが堅まったもの
・地神経を七日七晩読誦したところ、島が広がり、六十六国が湧き出る。国産み
・木の種を天竺からもってきて植える。樹々の起源譚
・人の種、百七人の子を産む。イザナギ・イザナミの法
・三人は障害児である。盲僧の起源譚
・五穀の種を天竺から持ってくる。五穀の起源譚
・火と水の行方を探る。火と水の起源譚
・粥を煮て供えること
・粥で地神を鎮めること
などのモチーフが見られる。

 鳥を飛ばして島の在り処を探らせるというくだりは、土佐の民間宗教であるいざなぎ流の土公祭文に見られる日本の滅亡と再生を語る物語とどことなく似ている。

◆要約

 粗い訳だが、ざっと見てみる。

 昔、天竺に喜良国という国があった。王の名は四国の大王といった。大王には四人の王子がいた。大王は王子たちを召して、中つ国という島があるという、行って島を領地とせよと言った。

 太郎の王子は十五歳。オウムの翼に乗って東に向かった。三万三千里も渡ったけれど翼を休める島も無く、万里の波に翼を休めて天竺に飛び戻った。

 次郎の王子は十三歳。孔雀の翼に乗って南に向かった。五万五千里も渡ったけれど、翼を休める島も無く、大河の波に翼を休めて、天竺に飛び戻った。

 三郎の王子は十一歳。オジロの翼に乗って西に向かった。七万七千里も渡ったけれど、翼を休める島もなくダイゴの波に翼を休めて、天竺に飛び戻った。

 四郎の王子は九歳。嘉良便(カラベンか)という翼に乗って北に向かった。十三万里を渡ったけれど、翼を休める島も無く、万里の波に翼を休めて、天竺に飛び戻ろうとしたところ、沖合に烏の翼があった。そこで休もうとしたところ、翼は怒って早々に立ち去れと言った。王子は自分は天竺の大王の末子であり、中つ国へ下って領地とせよとの使いであって、十三万里も渡ってみたけれど、翼を休める島もなく、万里の波に翼を休めて天竺に戻ろうとしたところだと述べた。

 烏は答えて、天竺四国の大王の末子であるならば、島の在り処を教えて進ぜようと言った。島を求め、国を求め、神を崇め、仏を供養するならば、神の清酒をとらせよう。

 ここから西に向かい二十万七千里飛べば、その西東北南に百六十六里の島がある。古くはイザナギ・イザナミの命の鉾の滴りが堅まって出来た島だ。水が堅まった国なので、水の尾の国、粟屋島という。相方の島というのは、この島のことである。翁が二人いるぞ。背丈が十六丈もある巨人である。

 四郎の王子は、それならばと急ぎ渡って二十万七千里を超えた。西東北南に確かに島があった。島の南側に降り立ったところ、翁が二人(翁と媼か)、やあやあ、翼に乗ってくるとは不審である。早々に立ち去らないと、餌食にしてしまうぞと言った。

 王子は答えて、我は天竺四国の大王の末子であり、中つ国へ下って島を領地とせよとの仰せであると答えた。まことに四国の大王の末子でいらっしゃるならばと答えたので、それならばと、四郎の王子は扇子を三間開いて扇いだ。すると扇いだ羽風が天竺四国の大王の御門(みかど)に届いた。

 大王はそうと知って、四郎の王子が島を求めたか。早々に七十五禅の使いの経を取らせよと言って、経を中つ国相方の島に下らせた。

 翁はまこと天竺四国の大王の末子でいらしたかと言って、この島は狭いので急いで種を下され、島を拡げて見せましょうと言った。

 王子はそれならば急いで天竺に登り、木の種を求めよと言った。翁は自分は三万三千歳で歳を経てはいるけれど、天竺がどこか知りませんと答えた。

 王子はそれならばと扇子を七間開いて、翁を扇いだ。翁は扇子の羽風に吹き上げられて天竺の御門に辿り着いた。

 大王はこの様を見て、やあやあ、汝はどこから渡ってきたのかと問うた。

 翁は私は四国の大王の四郎の王子の使いで、木の種を下されるよう中つ国からやって来ました。先ず一番に葦(あし)、葦(よし)、榎、柳、藤を申し下されと言った。

 翁は木の種を賜って、それを中つ国に植えた。東に葦(あし)、南に葦(よし)、西に榎、北に藤、中央に枝を万合植えた。
 王子はさて、木は植え終わったが、島を拡げられないかと言った。
 翁は承知しました。地神経を読誦すればいいでしょうと言った。
 王子はそれならばと急ぎ天竺に登り、二人の聖(ひじり)を召して七日七晩地神経を読誦させた。すると伊予・讃岐をはじめとして六十六国が湧き出てきた。

 王子は、翁の言った通り島は広がったが、この島は古の時代にイザナギ・イザナミの命の鉾の滴りが堅まってできた島で、水の尾の島、粟屋島と名づけた。当代の日本の速秋津島とはこの島のことだ。この島には人の種が無い。人の種を産みなさいと言った。
 翁は人の種は気が成るがごとく、茅が繁るがごとくで存じ上げませんと答えた。
 翁は七日七晩、古のイザナギ・イザナミの法を行なったので、懐胎した。生まれた子は百四人だった。

 百七人生まれたと聞いたのに、百四人とは不審だと王子が言った。翁は百七人生まれたが、三人は障害をもって生まれたので、不憫に思って引き取ったと答えた。

 王子はそれならば、目の見えない者は天竺に上げて釈迦の弟子として四方の衆生のために祈らせようと言った。

 王子は生まれてきた子の上中(下)を定めた。天上人、臣下大臣、聖(ひじり)、国司、地頭、郡司などに分けた。このような因縁である。

 王子は生まれた子を六十六国にばらりと撒いた。木の熊の庄、火の熊の庄などに分けた。源平藤橘が分かれた。木性、火性、土性、金性、水性の五性に分けた。

 王子は翁の産んだ子らの末の世までのために、五穀の種を下されよと言った。

 翁は急いで天竺に登り、五穀の種を求めた。先ず一番に麦米大豆粟小豆を、それから四十二の草の種を下賜され、六十六国にばらりと撒いた。こちらでは百二十草に分かれたといって、大日本という。

 翁は暇(いとま)請いをした。

 王子はそれならば翁の産んだ子らの末の世までのために、火と水の行方を教えよと言った。
 翁は答えて、火と水の行方は、自分が(死んで)伏した岩戸を割って御覧なさいと言った。それから大地を七丈割って(死んで)伏した。魚と現じて十二のヒレを動かすと日本国が動いた。

 王子は翁の教えた通りに翁が伏した岩戸を割ってみたが、長さ三寸の黄金のアブが三匹でてきた。一つは東へ、一つは西へ行き、残りの一つをとって火と水の行方を尋ねたところ、アブは火は私は翁の時代に見たこと聞いたことを答えましょう、石の中に納められている。水は木の中に納められていると申し上げた。

 それならばと石を割ってみると火が出た。木を割ってみると中から水が出た。火は火炎のごとく燃え上がった。水は余海、質海、無質海、九千の海となって八海の船をも浮かべた。

 木の氏の庄は譲葉(ゆづるは)を迎えて歳をとり、田の氏の庄はタラの木を迎えて門に立つ。榎を迎えて年木(としぎ)とする。葦(よし)を割り、菅(すげ)を入れるのも、これ平氏とも言う。

 正月十五日に粥を煮て、日本を治め奉る。

 家を造って煮る粥で地神を治め奉る。

 亀は蓋し千年。鶴は蓋し千年。鶴になぞらえて千年守り給え。亀になぞらえて万合与え給え。大檀那の御祈祷には四節、四土用、戌亥の方の荒神に。夏三月の災難を祓いこれを御祈祷に。地神経二十五巻の内、島広一巻、速やかに幸読誦し奉る。

◆島広経

 「伝承文学資料集成 第19輯 地神盲僧資料集」に収録された内容に読み易いよう手を入れてみる。読んでみると何となく意味は通じるのだけど、現代語に訳せと言われたら困ってしまう。

 それ昔、木を結い、縄を結び、金(カネ)を屈め、かの地を堅める御節(ヲンゼツ)という。聞し召され候、それ昔、海中の天筑(天竺か)に国あり。国の名をば気良国(キリョウコク)と申す。かの喜良国に王まします。王の御名をば四国の大王と申す。然るにや、大王は王子四人まします。四人の王子を御前に召して宣うは、やあやあ、人々聞き給うぞ。是より中つ国へ、島の有ると覚ゆるぞ。東々下り島領ぜよと、丸下る。王子、かの由聞し召し、召されて、其の儀にて候は、急ぎ渡りて見候らわんとて。

 太郎の王子は十五歳の歳、オウムと言える翼に源じ(現じ?)給いて、是より東に打ち向かわさせ給い候いて、三万三千里渡りてご覧じめ候えど、三万三千里の内に翼を休めるべき島無くして、万里の波に翼を休め、本の天筑に飛び戻り候。

 次郎の王子な十三歳、孔雀と言える翼に源じ給いて、是より南に打ち向かわさせ給い候いて、五万五千里渡りてご覧候えど、五万五千里の内に翼を休むべく島無くして、大河の波に翼を休め、本の天筑に飛び戻り候。

 三郎の大人な十一歳。尾白と言える翼に源じ給いて、これより西に打ち向かわさせ給い候いて、七万七千里渡りてご覧候えど、七万七千里の内に翼を休むべく島無くしてダイゴ(大五)の波に翼を休め、本の天筑に飛び戻り候。

 四郎の大人な九つの歳、嘉良便と言える翼に源じ給いて、是より北に打ち向かわさせ給い候いて、十三万里を渡りてご覧候えど、十三万里の内に翼を休むべく島無くして万里の波に翼を休め、本の天筑に飛び戻り候うが、沖中にて翼、夫婦よき、あったりける。彼の翼のコウ(甲か?)に翼を休め給えば、翼、多きに怒って申す。やあやあ我はいかなる翼にてまします候が、丸ガコウ(港か?)に翼を休めたるぞや。早々立ち(発ち)給えと詮議する。

 王子、彼の由聞し召されて、翼の義にて候えば、聞き給うぞ。我は中天筑、四国の大王の乙子(末子)の四郎の王子にてまします候が、父大王より中つ国へ下り、島を領ぜよとの使いにて、是より北に向かって十三万里渡りて見ては候えど、十三万里の内に翼を休めべく島無くして、万里の波に翼を休め、本の天筑に飛び戻り候うが、あまりはだれて脇見が港に翼を休めたるぞや。

 いった。くな、怒った翼と宣え。翼仰せ承り、我此の島にて住まいせし、住まいせじが子には様王、様王が子には、バイソウが子にはスミタ。スミタが子には権が(恒河か?)と申して、代々、伝わったる烏にて候が、普通の烏にも似ざり。立ち丈は九尺五寸。尾羽は四尺四寸。ハスは二尺三寸。三つ色は五色の烏にて候うが、まこと中天筑四国の大王の乙子の四郎の王子にてまします候えば、未だ島の有る所を教え参らせんと申す。

 王子かの由聞し召されて、其の儀にて候えば、島をも求む。国をも広め、神をも崇め、仏をも供養しての其の後に汝らをば神の前なるサヘビトと名づけ奉り候いて、神の前なる清酒(キヨザケ)、清し祀(トギ)をば汝らに取らするべくと宣い、翼、仰せ承り、ナノメニ喜び其の義にて候えば、島の有る所を教え参らせんと申す。

 是より西に向かわさせ給い候いて、二十万七千里渡りてご覧候えばや。まこと是こそ西東北南に百六十六里の島候が、、此の島と申すは古(いにしえ)イザナギ・イザナミの命の鉾の滴りが凍り堅まって島と源じ給えば、本より水より堅まったる島にて水の尾の国、粟屋島と名づけ奉り候えて、相方の島と申すは、この島の事なりけり。主候うが覧ばび覧ばとて、に二の翁の候うぞ。立ったる丈(たけ)が十六丈、至る丈は十二丈、節丈六丈。手に十八足三十六。八方の面、八つの口よりも、もの申さんや。

 矢わ川領ぜよと宣い、王子、彼の由聞し召されて、其の義にて候えば、急ぎ渡って見候わんとて、四郎の王子な、是より西に打ち向かわさせ給い候い。二十万七千里渡りて、ご覧じ候えば、まこと是にこそ、西東北南に百六十六里の島候うが、此の島の南表に飛びつき給えば、翁、二人、立ち出て(立ちふさがって)、やあやあ、古(いにしえ)より此の島に世の楽人な(の)渡り給わんに、翼の渡り給うはフジン(不審か?)なり。早々早々立ち(発ち)給わん程の事ならば、翁が一時のえぜき(餌食か)にして失わんと申す。

 王子、彼の由聞し召されて、やあやあ、翁、聞き給うぞ。我は中天筑四国の大王の乙子の四郎の王子にてまします候うが、父大王より中つ国へ下り島を領ぜよとの使いにて、これまで仰せ承り。まこと中天筑四国の大王の乙子の四郎の王子にてまします候えば、今日、□時の内にし手給われ。我王人とモチヘ(申し)参らせんと申す。王子、彼の由聞し召されて、其の義にて候えば、易き間の事ぞとて、扇を三間(さんげん)開き、中天筑にを三度扇がせ給えば、四郎の王子の扇の葉(羽か)風は中天筑四国の大王の御門(ミカド)に参り候。

 大王、彼の由ご覧じて、すはすは、四郎の王子は島をも求めたるぞや。覚ゆる事の候ぞ、扇の葉風を登せたるぞや。早々早々七十五(ゴン)禅の使いの経を取らせ下さんと思召されて、七十権禅の使いの経は中つ国相方の島に振り下る。

 王子、彼の由ご覧じて、是とうとう行ない申せ、翁と宣い。翁仰せ承り、まこと中天筑四国の大王の乙子の四郎の王子にてまします候かや。綾タッド、佐屋タッド、ケツジョウ、此の島と申すは、翁が為に猪の之島(命の尾の島)、外(殿)の為には島狭く候えば、王の位が薄くご座まします候。急ぎの種を申し下し給え。我、上(ウエ)拡げて参らせんと申す。

 王子彼の由聞し召されて、其の義にて候えば、急ぎ天筑に登り、木の種を申し下し給え、翁と宣い、翁承り。我はこの島にて歳を振る(経る)こと三万三千年。歳を得ては候えど、其の内、火の雨、火の風にも三百一度相申し候えど、天筑とやらんな、いづくも存じんと辞退する。

 王子、彼の由聞し召されて、其の義にて候えば、何ぞや、行きて登る様に登りござらん。翁とて扇子を七間開き、翁を三度扇がせ給えば、勢(セイ)多きなる。翁とは申せども、四郎の王子の扇子の葉風にあき揚げられて中天筑四国の大王の御門に参る。

 大王、彼の由ご覧じて、やあやあ、我何処(いづく)より渡り給うぞ。

 翁と宣え、翁仰せ請け給わり、我は中つ国相方の島より四郎の王子の使いにて木の種を取らせ下さん思し召されて、先一番に葦(アシ)の根三本、葦(ヨシ)の根三本、榎の木、柳木三本、藤の根三本。枝万合(グウ、ごう)、十一万合(グウ)、千代五万歳と言える。

 木の種を賜り下りて、中つ国相方の島にて先一番に東に葦(アシ)の根三本、南に葦(ヨシ)の根三本、西に榎の木柳三本、北に藤の根三本、中央に枝万合(グウ)、十一万合(グウ)、千代五万歳と言える。木の種を給わり下りて植えたりける。

 王子宣わく、去りて(さて?)翁の教えの如く、木は終わりて候うが、此の島を広まらん事の候ぞ。島のソウガワ(総曲輪?)シクワ(敷くは?)、何の因縁ぞ。

 翁と宣う。翁仰せ請け給わり。是はいつしか殿の屋が為に地神経を遊ばされたる事の候ぞ。是は地神の勢い候(ゾウロウ)と申す。

 王子、彼の由聞し召されて、其の義に而して候わば、急天筑に登り、天筑の父イバシイと言える二人の聖(ヒジリ)を申し下し、新敷所は白金の繙(ハン)に小金(黄金)の三枚、寿命の尾、桂の御水(コスイ)、御幣の神、綾の天上に、二敷の居り、筵(ムシロ)を敷き、千の供物を取り調えてまさ、日月、三神の法に向かって、南無や、仏節(ふっせつ)地神大状大火(ダイジョウダイヒ)、陀羅尼経と彼の紋を七日七夜が間延びとき給えば、中らわ山中らわ野参屋(三夜か?)六幕、引け田の郡(コオリ)、伊予讃岐を始めとして六十六ヶ国は余間に湧き出でたり。

 王子は一ヶ国と思し召されて、上げてご覧候えば、六十六国は、余間に湧き出たり。王子宣わく、去り而して、翁の教えの如く島広がって候うが、此の島と申すは古(イニシエ)イザナギ・イザナミの命の鉾の滴りが氷となり凍り堅まって、島と源じ給えば、本より水より堅まりたる島にて、水の尾の国、粟屋島と名づけ奉り候いて、日本、トウダイ(当代か)速秋津(ハヤアキツ)島と申わ此の島の事なりけり。此の島に任言(人の種)無うては如何あるべく。任(人)の種を産み給え。

 翁と宣わく、人の種と申すは、気が成りて嘉屋(茅か?)成る者やらん。嘉屋が成りて気が成る者やらんも、存じんと辞退する。

 王子、彼の由聞し召されて、其の義に而して候えば、何そや、行き而して、馬(ムマ)ショウに生まれ(ムマレ)ござらん。

 翁とて七長(シチチョウ)の内に荒コモウ、樒(シキミ)、黄金のミシメ縄を七重に引く(敷く)。古(イニシエ)イザナギ・イザナミの命の法を七日七夜が間、行ない申せば懐胎(クワイタイ)となる。懐胎積もりて産む子は育(イク)たり。百四人と申す。
 王子、彼の由聞し召されて、何そや。行きて而して、百七人と申し立てたるに、百四人とは不審なり。その儀に而して候えば、一々に無知差(ムチザシ)にして失わんと申す。

 翁、仰せ請け給い、まこと百七人の子は生み候えど、三人の〇〇〇(※障害のある子)にて翁が膝元にて不憫に当たらんが為。

 何そや、角板と申す。王子、彼の由聞し召されて、其の義に而して候えば、三人の〇〇〇(※障害のある子)成るには、先ず見参せんとて、両眼暗からざる者をば急ぎ天筑に召し登らせ、釈迦の仏弟子となして四方の衆生を祈らするべし。堅ミ(カタミ)、堅腰(カタコシ)成らん者をば十三の王の御門に備ゆるべし。名あらん者をば、五セク(節句か)、初セク、十二セクの者初穂を取りて過ぎるべしと。訳(ワキ)置かれたるも此の因縁なり。

 王子宣わく、去りて、翁の産んだる子供の末之よに上中を定めんと思し召されて、先ず一番に比叡山成らば、十禅の君、次にご参な供下(クゲ:公家か)天上人(テンジョウビト)、其の以後生まれたるをば臣下大臣、惣聖(ヒジリ)、国に下りて百官の職(ツカサ)、国子(コクシ)も下り、申し口、肥伊の取次、地頭郡司、弁差累師。九万タンミ(丹身か?)、草刈り、水シトネ(褥か?)りと訳(ワキ)置かれたるも、此の因縁なり。

 王子宣わく、去りて翁の産んだる子供を六十六国にばらりと撒き渡らうずるをば小(ショ)氏(諸子か?)と定めんと思し召しられて、先ず一番に木の上に落ちたるをば木の熊の庄、火の上に落ちたるをば火の熊の庄、池の上に落ちたるをば池田池氏の庄、船の上に落ちたるをば売島(ウルシマ)福島(フクシマ)、阿間(アマ:天か)本の庄、橋の上に落ちたるをば大倉、小倉、高橋の庄、田の皆口に落ちたるをば丹身(タンミ)、平良(タイラ)、皆本の庄、寸下(スゲ:菅か)の上に落ちたるをば菅原氏、フチ(藤か)の上に落ちたるをば藤原氏、マッコウ(抹香か)、幸付(こうづけ)人夫の庄と訳(ワキ)置かれたるも、此の因縁なり。

 仏の庄は上盆上庄、中盆中庄、下盆下庄。神の御(ヲン)庄は丹治藤原、屋衛(八重か)立花。大中任(タイチュニン)の庄は木性、火性、土性、金性、水性、五性是なり。源平藤橘、四家(シケ)の別かされとは此の事なりけり。

 王子宣わく、去りて、翁の産んだる子供の末の代(ヨ)に作り設けて過ぎるべし。者種(モノタメ)無うては、如何なる者べし。五穀の種を申し下し給え。

 翁、仰せ請け給わり、其の義にて候えば、急ぎ天筑に登り、五穀の種を申すに。先ず一番に麦米大豆(マメ)粟小豆、任の惣(人の草)とて四十ニ草(クサ)の草の種を給わり下りて、六十六国にばらりと撒き、今より此方は百二十草に別れたるを申して、大日本国とは申すなり。
 翁は日本国、暇(イトマ)申す。何時までか。浮無田の如く候うが、我訳け入てモタエテ(悶えてか?)、参らせんと申す。

 王子、彼の由聞し召されて、其の義にて候えば、翁の産んだる子供の末の夜(ヨ)に火水の成衛(ユクエ:行方か)を教え給え。

 翁と宣う。翁答えて曰く、火水の行衛(行方か)は、翁が伏したる岩戸の口を七壇半割りて而してご覧じ候えとて、大地を七丈割りて而して、伏しけるが、マカ(魔訶か?)ダイゲと言える。魚(ウヲ)に源じ給いて一つのヒレは大砂(タイシャ)近藤(金剛)火神藤(道)流神藤(道)近藤藤(金剛道か)とて。十二のヒレを次第次第に動かし給えば、大日本国は大なへ(苗か?)と成りて動き渡るよりし。ギンバ。長者二人の親の教養の為に妙法経を六万九千三百二十九本、此の島に治め(収めか)られたるを以て、ナエ(苗か)の緩き時の寿門(呪文)には、南命(ナンミョウ)法蓮花経、京(キョ)の束とは申す也。

 王子宣わく、去りて、翁の教えの如く火水の行を尋ねて見んとて、翁が伏したる岩戸の口を七丹(壇か)半に割りて、ご覧じめ候えば、まこと是にこそ長さ三寸の小金(黄金)の虻(アブ)が三つ候うが、一つの虻は東へ飛行、一つの虻は西へ逸れて行く。末一つの虻を取りて火水の行方(イクエ)を尋ぬるに、虻承り、我、翁の代に目は良うて見ること聞く事申すなり。とて先ず(マツ)両眼をま抜き脇の下にも告げおかれ候えど、我は越には見給えど、火は石の中にも治め(収め)られたり。水は木の中にも治め(収め)られたりとて、斯くの次第に申しける。

 去らばと金(カネ)をドンジ(鈍じ?呑じ?)、石を割りて而して見給えば、石の中より火は出る。木を割りて而して見給えば、木の中より水出る。石の中より出る。火は正火とは申せども火炎(クエン)の如く(ゴトモ)燃え上る。木の中より出る水は小さきとは申せども、余海、質海、無質海、九千、八海の船をも浮かみ、行くからせんと申すは、是限りなし。

 木の氏の正(庄か?)は譲葉(ユヅルハ)を迎えて年(歳)をとり、田の氏の正(庄か)は、タラ(タラの木か?)を迎えて門に立つ。榎の木を迎えて年義(年木)にする。葦(ヨシ)を割り、管を入れ候うも、皆これ平良氏ともこれ末ゾウロウ(候か?)。

 正月十五日煮る粥(カイ)はヲウドロ(黄泥?)粥とて粥を煮て、二本(日本)を治め奉る。

 家を造りて煮る粥をば九千八海(カイ)とて、海をにて地神を治め奉る。

 食うたる(空たる?)亀は千年蓋しなり。鶴は何(ナン)鶴。一丁が田の隅に咥えたるクワエヅラ(咥え面か?)を食うたる。鶴は千年蓋しなり。鶴に比えて(ヨソエテ)千年衛(へへ)給え、亀に比えて万合(グウ)衛(エ)給うと。今日、大檀那の御祈祷には四節、四土用、六八千、夜の方、戸の方、御座の方。惣達(ダチ)の方、戌亥の方の荒神に。夏三月の災難。払いこれを御祈祷に、地神経。二十五巻の内、台重(ダイジュウ)、島広一巻、速やかに幸独寿(奉?読誦)し奉る。

島広経終

◆余談

 島根にも筑前の玄清法流に連なるお寺があるとのことで、ひょっとすると島広も読誦されているかもしれない。

◆参考文献

・「伝承文学資料集成 第19輯 地神盲僧資料集」(三弥井書店, 荒木博之/編, 1997)pp.261-268
・西岡陽子「地神盲僧の伝承詞章――「地神経」および釈文について――」「講座日本の伝承文学 第八巻 在地伝承の世界【西日本】」(岩瀬博, 福田晃, 渡邊昭五/編, 三弥井書店, 2000)

記事を転載 →「広小路

 

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