このところ、東浩紀、大塚英志、宮台真司といった批評家の本を読んでいる。いずれもその世界では名を知られた著者たちである。東はポストモダニストだが現在では観光客の哲学を提唱している。大塚は漫画畑の評論家だが、民俗学研究のメッカである筑波大学出身ということもあって柳田国男の経世済民の思想の啓蒙を行っている。宮台は社会学の社会システム理論を援用した日本社会の分析を行っている。
システムとは企業の基幹情報システムを連想する人もいるかもしれない。正確な定義は分からないが、ここでは流転する世界の仕組みを指してシステムと呼称している。
宮台理論だと社会システム理論を援用して社会をシステム世界(市場・行政etc)とその外部にある生活世界(共同体)とに分けている。この内日本ではシステムが高度に発達し利便性・快適性・安全性を追求した結果、システムが生活世界を浸食し、共同体の空洞化が生じることになったとしている。
宮台は郊外化というキーワードで共同体の空洞化を説明している。第一段階の郊外化は郊外の団地化である。これで専業主婦化したともしている。第二段階の郊外化はコンビニ化である。ここでは家族の空洞化が起きたとしている。
共同体が空洞化した結果、相互扶助の仕組みが失われた。例えば高齢男性の孤独死が目立つようになった。また、かつての工場城下町では工場が撤退した後で男性の自殺率の上昇と女性の売春の比率が高くなっていることなどが挙げられる。
共同体の空洞化はネットの発達によって補われているとも見られるけれども、リアルな社会でのコミュニケーションから疎外された結果、上記のような社会の枠組みから外れた人たちへのセーフティネットが欠如している状態となっている。
昔は良かったで過去にロールバックをすることはできないが、生活世界の再構築の核として伝統芸能を置くことはできないだろうか。
柳田国男は官僚であり農政学者だった。民俗学が経世済民の学と呼ばれることがピンと来なかったのだが、こういった生活世界という文脈であれば豊かな世界を提供できる。
ただ、子供のいる家庭では近所づきあいが生じるけれど、問題となるのは独身の特に男性である。これを巻き込むのは難しい。
ひろしま神楽のセミナーにおける高島知佐子氏の講演によると、現在では教育に伝統芸能が取り入れられて一定の成果を挙げている。一方で、高校・大学進学で地元を離れる若者が多い、また継承者の高齢化が進んでいるとして10代後半から50代の後継者獲得が課題となっているとしている。
例えば石見神楽では子供神楽があって、児童から中学三年生までの年齢層が神楽を演じている。俵木悟氏はそういう自分より少し年上のお兄ちゃんお姉ちゃんが舞っているのをみれば格好いい、自分もやってみたいと感化されるのではないかと語っている。
ただ、石見神楽の場合、激しい舞なので舞手は若い層主体で高齢者は奏楽に回ることになる。高齢者のリクルートは機能しない。
関東の里神楽はゆったりした舞なので、仕事を引退してから始める層もあるとのことである。これであれば高年齢層の後継者獲得にも繋がるのではないか。
島根県石見地方の石見神楽は日本遺産に認定された。それで何かが劇的に変わったということはないだろうが、現在では週末になればどこかで神楽公演を行っているという地域へ変化している。こういった神楽公演は奉納神楽とは異なる観光神楽である。民俗学者たちの中では神楽のショー化として批判的なスタンスの人もいるだろう。例えば浜田市の三宮神社では拝殿で観光神楽が舞われる。観光神楽だが奉納神楽に近い感覚が味わえるということでもあり、奉納神楽と観光神楽の融合が見られると言ってもいいのではないか。
2022年10月に埼玉県久喜市の鷲宮神社で神楽を見学した。巫女さん二人が舞う杓舞のとき、幼い女の子が舞台にかぶりつきで見ようとしていた。それは舞うお姉さん達に惹かれたということでもある。
石見神楽の動画を見ていると、子供たちが舞台にかぶりつきで見ている場面がしばしばある。子供は先天的な審美眼で素直に魅力を感じているのだ。バウムガルテンは『美学』で審美眼には先天的なものと後天的なものがあるとしている。
なので神楽に限らず伝統芸能は子供に見せることが肝要であると思う。他の地域の伝統芸能は初めから真正性をアピールするのでとっつきにくくなっているのではと俵木氏は指摘する。幼い内に見せることで心理的な壁を低くすることが可能である。
別に舞手にならなくてもいいのである。観客として参加するだけでも違うだろう。
祭りには、一年に一度、その開放的な(今日だけは休んでいい)空気に触れることで精神をリフレッシュさせる作用があるだろう。そういった精神面でのケアも重要だと思われる。
僕自身、横浜市の港北ニュータウンで生活しているが、近所づきあいはない。町内会長さんには顔を憶えてもらっているくらいである。うちの町内では正月にとんど焼きを行う。また、コロナ禍で中止されているが7月末には盆踊り大会が催される。
◆参考文献
・宮台真司/野田智義『経営リーダーのための社会システム論~構造的問題と僕らの未来~』(光文社、2022)
・宮台真司『日本の難点』(幻冬舎、2014)
・大塚英志『社会をつくれなかったこの国がそれでもソーシャルであるための柳田國男入門』(KADOKAWA、2014)
・東浩紀『ゲンロン0 観光客の哲学』(ゲンロン、2017)