神楽

2022年5月14日 (土)

ひろしま神楽大阪公演をライブ動画配信で視聴する

ひろしま安芸高田神楽大阪公演をYouTubeのライブ配信でみる。「神降ろし」「戻り橋」「滝夜叉姫」「大蛇」の四演目が羽佐竹神楽団によって舞われる。司会は斉藤裕子さん。まず安芸高田市長と広島県副知事の挨拶から始まる。アンバサダーとしてケミストリーの堂珍嘉邦氏が紹介される。堂珍氏は安芸高田市出身だが神楽を見るのは初めてとのこと。生まれて間もなく都会に引っ越しでもしたのだろうか……と思ったら違った。会場はメルパルクホールOSAKA。1010名収容。ひろしま神楽では毛利元就を題材にした新作神楽が創られているとのことであった。

芸北神楽では神楽のライブ動画配信が定着した。動画を見ていて感じたのは音声レベルが高くて口上が聞き取れたこと。これができている動画は多くないと思う。高い技術水準を示した。

一演目40分ということもあってか「戻り橋」の傘売り善兵衛はあまりおしゃべりしなかった。「滝夜叉姫」の配下はコミカルな役柄ではなかった。「大蛇」は八頭登場した。そのため一頭あたりのバトルは短めだった。

なお、近年では夜神楽が減っているともコメントされていた。

視聴している人数については全画面表示で見ていたので見落とした。「大蛇」の上演が終わった後で380人くらいだったか。

ツイートしたらインプレッションが1890まで伸びた。自己最高記録。リツイートされると違うんだなと思わされる。

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2022年4月15日 (金)

オープンフォーラム第6号が送られてくる

斉藤先生からオープンフォーラム第6号が送られてくる。文教大学の冊子で多分学内でしか流通していないと思う。国会図書館にも無いかもしれない。

第5号から引き続きコロナ禍の諸相についての論考集である。民俗学では神奈川の神楽社中へのインタビューが掲載されている。社中によっては神社への奉納が0件であったりする。ある社中でも1~2件といった水準である。非常に危機的な状況である。コロナはいつ収束するのか先が見えない。普通の感染症なら数年で収束するはずだが、コロナもそうなるとは思えない。

厚木市の垣澤社中では神楽のリモート稽古を取り入れたとある。垣澤社中では家元の娘さん(次期家元)が積極的に動いており、創作神楽の映像化などに取り組んでいる。

その垣澤瑞貴さんへのインタビューが今号の注目記事だろう。神事芸能だけでなく興業舞台へ挑んでいこうとしている。そういう意味でも積極的な発想をされている。そして、そのためには芸の質を高めなければならないとの認識である。

思うに、瑞貴さんがやりたい方向性は石見神楽や芸北神楽が先行しているそれかも知れない。似て非なるものかもしれないが、そこの区別は僕にはつかない。

舞台で伝統芸能を演じることの是非については大正末年の日本青年館での上演が嚆矢となる。実は当時の意見と現在のそれとはほとんど変わらないのである。永遠の課題なのか100年進歩がないのか分からないが、興業に重きを置くと「ショー化している」という常套句がまた繰り返されることになる可能性も否定できないのではないか。そういう意味でも動向には要注目である。垣澤瑞貴さんはTwitterでアカウントを開設しているので、興味のある人は検索してみるといいだろう。

他、コロナで稽古ができない時間を活用してビデオのデジタル化作業も行っているとのこと。そういうアーカイブズが公開されるといいのだけど。

武蔵小杉の神輿を調査したレポートもある。

ちなみに巻頭記事は僕の書いたものである。石見神楽と芸北神楽はなぜ人気があるのかという小論考。巻頭においてもらったのは名誉なことである。

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2022年4月10日 (日)

最悪のケースを想定

今日は鷲宮神社の神楽の日だが、コロナ感染者が高止まりしているので行くのを見合わせた。ちょうど今電子書籍のPOD化作業に入っているところで、このタイミングで感染して最悪ブレインフォグになったりすると作業ができなくなってしまう……という最悪のケースを想定した。

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2022年4月 3日 (日)

これが最後のチャンスだったかもしれないが

今日は大宮住吉神社の例大祭の日だったが、コロナで行くのを見合わせた。BA2という新株が増えているという情報もあり、安全を優先した。大宮住吉神楽を見るチャンスはこれが最後かもしれないので残念である。

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2022年4月 1日 (金)

岩戸神楽に限らず――泉房子『<岩戸神楽>その展開と始原 周辺の民俗行事も視野に』

泉房子『<岩戸神楽>その展開と始原 周辺の民俗行事も視野に』を読んだ。岩戸神楽に限らず、山形県、島根県、岡山県、福岡県、大分県の神楽が取り上げられている。神楽面の写真が多い。神楽だけでなく仏教の修正会の追儺や傀儡子も取り上げられていて参考になる。演劇的な神楽はやはり江戸時代に演じられる様になった。これが吉田神道の裁許状と相関関係にあるのかまでは分からないが、関連があるかもしれないと思わせる。中央で取り入れられた修正会が全国に伝播して、そこから鬼のイメージが広がったのかもしれない。

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2022年3月31日 (木)

Amazonで電子書籍をセルフ出版しました その7

AmazonのKindleストアで下記の電子書籍をセルフ出版しました。

神楽と文芸(各論3)
https://www.amazon.co.jp/dp/B09WW1R6N6/

価格は250円。アンリミテッド会員なら無料で読めます。4/1(金)17:00~4/4(月)16:59まで無料キャンペーンを行っています。

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2022年3月16日 (水)

100年前から変わっていない――芸能を舞台で上演することに関しての芸能観

山﨑達哉「佐陀神能の変化とその要因に関する研究―神事と芸能の二面性―」『待兼山論叢 50 文化動態論篇』(大阪大学大学院研究科, 2016)pp.1-34 という論文がある。

佐太神社の佐陀神能についての論文なのだけど、大正15年(1926年)の日本青年館における第二回全国郷土舞踊民謡大会に出演した。

この全国郷土舞踊民謡大会の反響なのだけど、

・郷土舞踊や民謡を素人が行う素朴で田舎風のものと考え、出演した芸能が技巧に奔ったり、演芸風・都会風だったりすると厳しい批判を加える(柳田国男)
・新調した衣装や派手な衣装に不快感を示し、禁止の指示を出す
・この種の芸能は郷土を離れて舞台上で再現することは不可能と考え、他の芸能との比較や芸能そのものにある郷土色などある特殊なおもしろさを狙う。こうしたおもしろさが舞台上に現れるように適宜アレンジする(小寺融吉)
・郷土舞踊や民謡は純粋で素朴かつ田舎風で、昔からのやり方を無闇に変え趣向を凝らすべきではない
・一度舞台に出てしまえばある意味芸術化し、変化していくことを認識し肯定する
・郷土舞踊や民謡について、研究資料としての価値を認めながらも、芸術的・技術的な面で質が低いとする

……といった見解が列挙されている。郷土芸能がステージ上で演じられるようになるのは大正末の日本青年館での公演が嚆矢となるのだけど、当時も現在も見解はあまり変わらないのではないか。永遠の問題とも言えるが、100年近く経過した現代でも進歩がないとも言えるだろう。

郷土芸能は変わらないことに価値を見いだすのだけど、一方で八調子石見神楽や芸北神楽の様に積極的に新しい演出を取り入れる芸能については手厳しい批判が向けられるのである。

しかし、本来、芸能というものは長い目で見れば時代に応じて変化するものではないかとも考えられる。変わらないことに価値を見いだすのは文化財保護行政がそういう指針だからとも言えるだろう。その文化財保護法にしても保存から活用へ軸足が移っているのである。

また、「明治期の神楽への影響で最も顕著であったのは、「神職演舞禁止令」と一般的に言われているものである。これは、明治四(一八七一)年二月十四日の太政官達にある、「是迄心願ト称シ猥ニ社頭ニ於テ神楽奉納之儀自今禁止之事」を指す。」(18P)と神職演舞禁止令の根拠についても記述がある。

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2022年3月 8日 (火)

島根県立図書館に遠隔複写サービスはない

島根県立図書館に所蔵されている「島根評論」という戦前の雑誌記事が読みたくなる。佐陀神能が東京のステージで舞われたときの反響について書かれているらしい。それは伝統芸能をステージ上で演じさせることの是非についての議論なので読みたいのだが、生憎と島根県立図書館に遠隔複写サービスはない。

伊原青々園「佐陀神能所感」『島根評論 第3巻6号』島根評論社、1926年

がそれである。

山﨑達哉「佐陀神能の変化とその要因に関する研究―神事と芸能の二面性―」『待兼山論叢 50 文化動態論篇』(大阪大学大学院研究科, 2016)pp.1-34によった。

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2022年3月 7日 (月)

各論2は星三つ

神楽と文芸(各論2)に星三つがついていた。これは無駄に長いので仕方ないか。感覚的なものだが、わずかながらも固定読者がついているのかもしれない。辛口の読者だが。

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2022年3月 1日 (火)

岩戸神楽が五行神楽――結城司「大宮住吉神楽に隠れた陰陽五行説の影響 ~神楽師としての視座から~」

結城司「大宮住吉神楽に隠れた陰陽五行説の影響 ~神楽師としての視座から~」を読む。電子書籍。アンリミテッドで読む。

埼玉県坂戸市の大宮住吉神楽の岩戸神楽を五行神楽と解釈する新説について解説した本である。自分は関東の里神楽について、鷲宮神社の催馬楽神楽、品川神社の太々神楽、横浜の神代神楽、相模の神代神楽、大宮住吉神楽(一度だけ)を鑑賞したことがある。

管見の限りだが、関東の里神楽には天蓋、神楽歌、五郎王子(五行神楽)の三要素が欠如している様に見える。なので、関東の里神楽は修験の影響が薄いのかなと推測させるものとなっている。

本書では大宮住吉神楽の五行神楽について岩戸神楽を当てる形となる訳である。大宮住吉神楽の神前には五色の幣束が飾られており、陰陽五行思想を感じさせるものとなっている。

また、「倉稲魂命種蒔の座」「山幸海幸交易の座」でも陰陽五行思想が見られると指摘し、更に進んで「剣玉誓剣サガシの座」の出典に仏教説話が認められることに言及している。

実際に舞っている神楽師の方が執筆されていて、説得力が高い。

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