出雲・隠岐・鳥取

2024年2月12日 (月)

心の癒し効果――「NHKスペシャル 驚異の庭園 ~美を追い求める 庭師たちの四季~」

「NHKスペシャル 驚異の庭園 ~美を追い求める 庭師たちの四季~」をNHK+で視聴する。安来市の足立美術館と京都市の桂離宮の一年が取り上げられる。米国の日本庭園雑誌で1,2位を競い合う庭園。足立美術館は5人の庭師たちが庭園を管理する。自分たちは影の存在で本来なら取材されたくないと言う。桂離宮では宮内省の技官が師弟関係を組んで技術を継承している。庭師は毎年入札で入れ替わるとのこと。米国では日本庭園を取り入れる施設が増えているとのこと。心の癒し効果が評価されているらしい。

足立美術館には行ったことがあるのだけど、月山富田城には行ったことがない。安来はちょっと遠いと感じる。

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2024年1月21日 (日)

一畑百貨店特集

NHK+で「さんいんスペシャル 島根“唯一”の百貨店 ~最後の日々」を見る。JR松江駅前の一畑百貨店が65年の歴史に幕を閉じた。閉店日には約12,000人の来客があった。閉店でシャッターを下す際に専務からの挨拶があったが、専務は涙で声を詰まらせていた。番組では百貨店の各階に置かれたクスノキ製の椅子が取り上げられる。椅子は市内在住の工芸家?によって製作された。待ち合わせの場所となったり会話の場所となったり思い出が語られる。店内でカフェを運営していたオーナーは松江市内のショッピングモールのフードコートへの出店を決めた。再雇用を希望する社員は雇用するとのこと。オーナーにはフードコート運営のノウハウは無く、コンサルタントがアドバイスしていた。百貨店社長によると跡地の利用は賃貸と売却の両にらみを検討しているとのこと。売却の交渉はしているものの簡単には決まらないとのこと。一方で立地面から大手デベロッパーやホテルチェーンが関心を示しているとのこと。閉店で大きな影響を受ける企業は少ないとの松江市の見解だが、閉店による売上高の減少は20億円ほどが見込まれている。決して少なくない数字である。従業員の再雇用だが、最終日まで勤めたいと希望する人が多く、これからの話となる。600社あまりの企業から求人が寄せられている。約160名いる従業員の多くは50代で再就職先とのマッチングが問題となる。経済担当記者は駅前で買い物をする時代ではなくなっているとして、病院や図書館、大学のサテライトオフィスといった活用法を挙げていた。

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2024年1月14日 (日)

今日で閉店 一畑百貨店、時代の流れに抗えず

松江市の一畑百貨店が今日で営業終了、閉店とのニュースが。もう百貨店の時代ではないということなのだろう。僕は松江は記憶にないが、出雲市の一畑百貨店には入ったことがある。高校入学前の春休みに東京に行った帰りに出雲市駅で下車した。ちょうどそのとき百貨店では十字軍の遺物の展示を行っていたことを記憶している。

<追記>
NHK+で「しまねっとNEWS610」を見る。9期連続赤字ではいかんともし難いか。印象に残ったのは回転台にお菓子を陳列する売り場。お菓子は前日までに売り切れてしまい空になっていた。常連客の男性が子連れで訪れたが子供さんは泣き出してしまった。

従業員は閉店の日まで勤務する人が多く再就職の話はこれからとのこと。従業員の多くは50代で再就職先とのマッチングが問題となる。跡地の活用法は未定。賃貸を模索しているが決まらないとのこと。駅前の立地ということもあり大手デベロッパーやホテルチェーンが関心を示しているとのこと。

僕自身、デパートで買い物をしたことはほとんど無い。若かった頃、姫路のデパートでコートを買ったくらいである。今住んでいる横浜の港北ニュータウンはロードサイドの実験店舗が置かれるような立地である。市営地下鉄の駅前に109があるが、映画を見には行くが、後はユニクロで買い物をするくらいである。たまにカメラのキタムラも利用する。

……NHK+で島根のニュースが見られるのは気づかなかった。これからはチェックしてみるか。

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2023年7月26日 (水)

第12回高校生の神楽甲子園 一日目 演目に異変が ver3.0

(2024.04.05改訂)

まず説明を挟む。芸北神楽は学問上は石見神楽に分類される。ここでは石見神楽と芸北神楽を併せて論じる場合、石見系神楽と表記する。

結論から述べると、神楽甲子園は新舞の新舞による新舞のための大会であると言わざるを得ない。

高校生の神楽甲子園は実態は中国大会+αであるが建前上は神楽の全国大会である。ところで、神楽という芸能は一意で定義できない多様性を持つ。その多様性を表現するのが神楽甲子園の望ましいあり方であると考えられる。

だが、参加する高校生たちは芸北神楽の特に新舞に惹かれてしまっているように見える。新舞は若い感性に訴える力を有していると評価できるので理解できなくもないのだが、いつの間にか芸石神楽競演大会に目的がすり替わってしまったように見える。

以下、くどくどと述べる。

第12回高校生の神楽甲子園一日目をYouTubeで視聴する。矢上高校の「子持山姥」、これは芸北神楽の新舞(戦後の創作神楽)の演目である。島根県邑智郡矢上は矢上から芸北に神楽が伝わったとの言い伝えがある土地であり、いわば芸北神楽のルーツと言える。矢上手と呼ばれている。その矢上の高校生が新舞を舞うということで、時代の変遷を感じた。

飯南高校の演じた「山姥」、これも芸北神楽の新舞である。これは背景の文脈が動画だけでは分からないのだが、表面的な事実だけを確認すると、奥出雲の高校がひろしま神楽の演目で神楽甲子園に出場し、日芸選賞を獲ったということになる。

日芸選賞は当日の最優秀校に与えられる。日大芸術学部の演劇専攻の教授が審査員を務める。

ということで時代の変化を予感させる回となった。時代の潮流の変化が起きている兆しが見られるのである。今の時代を生きる人なら痛感しているはずだが、大抵の場合、時代の流れに逆らっても碌なことにはならない。時代の変化に取り残されるだけだ。

だが、芸能に関しては「ちょっと待て。よく考えろ」と言うこともできるのだ。芸能は必ずしも新しいものが正義とは言えないからだ。

ここで問題点を指摘する。結果的にではあるが、神楽甲子園の主催者(安芸高田市)が出雲の高校生に新舞を舞わせ受賞させた、つまり新舞を奨励しているようにも見えるのである。図らずも、そういう構図になっている。これは文化と文化のせめぎ合いである。全国大会の主催者ならば中立的でなければならないのではないか。

もちろん、審査員の教授は日芸のプライドにかけて恣意的な審査はしていないとは思うが、演劇専攻の教授ということもあって、演劇性が評価軸になっていると感じる。結果的に評価軸から漏れてしまう高校が出ている。つまり、能舞有利で儀式舞不利な傾向にあるように見える。

筆者はネット配信された三回の内五日分しか見ていないが、その内新舞が三回受賞している。益田東の「鞨鼓・切目」も迷うところだが本来は口上台本があるから能舞に区分していいだろう。つまり石見系神楽が五回中四回受賞しているのである。参加校が多いのを考慮しても極めて高い受賞確率である。

例えば一日目には岩手の権現舞が披露された。東北の山伏神楽で西日本の高校の参加が多い神楽甲子園の中では特異な位置づけである。神楽的な価値では新舞が束になっても敵わない。それが見過ごされてしまったのである。もちろん、神楽の格で勝負が決まるなら、それはプロレスと同じになってしまうが。

権現舞は早池峰神楽ではトリの演目である。上演順をどうやって決めているのか知らないが、配慮に欠けたのではないか。

あと、四国といった周縁部の神楽を見ると「洗練はされていないな」と感じることがあるが、それは昔のまま変化していない芸態が残されているということであって、土着的なものは評価ポイントとなり得るのである。洗練/土着という対立軸があるとして、一方しか評価されていない。

少なくとも能舞と儀式舞は部門を分けて評価するべきだろう。そうしないと、いずれ儀式舞で出場する高校が無くなってしまう。

それと二日目は地元の吉田高校が受賞した。吉田高校はネット配信された三回で二回受賞している(※第12回の二日目は制限時間をオーバーした高校が続出したという事情もあるのだが)。神楽甲子園における強豪校という位置づけだが、これも穿った見方をするとだが、ホスト校がお手盛り受賞しているように見られる危険性がある。もちろん吉田高校の生徒たちは地元として勝つ意識で取り組んでいるだろう。神楽甲子園ではホストがゲストを正当に扱っているかという問題である。

こういったことから神楽甲子園の評価軸は新舞に有利であると言える。大会の主催者が審査基準を定めるのは当然といえば当然だが、自分たちに有利な審査をしてそれで面白くなるのかよく分からない。どこが勝つか分からないから面白いのではないか。

あと、広島の山間部では芸能を競わせるという風土があることも指摘しておこう。芸北地域では神楽の競演大会が盛んである。島根県では隣接する山間部では競演大会が催されているようだが沿岸部では共演大会が催される。

ここで目を転じて出雲神楽と芸北神楽の関係に話を移す。飯南高校神楽愛好会について動画で確認できたのは以下の点である。

・奥出雲の高校が芸北神楽の新舞で出場し日芸選賞を受賞した
・代表者生徒は上演前の挨拶で特に芸北神楽で出場する狙いを解説しなかった。おそらく当然のこととして出場した

また、YouTubeのコメントで分かったのは下記の通りである。
・飯南高校の生徒には出雲神楽の指導を受けている生徒もいる
・飯南高校は過去に新舞で出場したことがある

更に追加で分かったのが、
・飯石郡飯南町に飯南神楽団という団体が存在する

ということである。神楽団という名称から芸北神楽系の団体であると推測できる。保持演目を確認すると芸北神楽の団体だった。肝心のこの情報が欠けていたため大いに混乱させられた。

当初、「山姥」とは出雲神楽にそういう演目があるのかと思った。上演前に代表者生徒の挨拶があるのだが何の説明もなかったからである。上演が始まってしばらくして「これは新舞の山姥ではないか」と気づいた。また、動画を見終えた時点では飯南高校神楽愛好会は新舞専門のクラブではないかと考えた。その方が話の筋が通るからである。既にそこまで事態は進行していたのかと。

が、YouTubeのコメントで飯南高校神楽愛好会は出雲神楽もやり、地元の社中の指導を受けていると聞いて混乱した。動画中の代表者挨拶では新舞で出場する意図、狙いは特に何の説明もなかったので(当然のごとく新舞で出て、観客もそれを受け入れた)、筆者のような一見さんには何が起きているのかさっぱり分からなくなってしまったのである。

そこで、飯南高校は神楽甲子園で他校の新舞を見て感銘を受け、自分たちでもぜひ新舞を舞いたいと願ったのではないかと考えた。神楽甲子園に出場した生徒が芸石の派手な神楽に影響されてしまうといった話は聞いたことがあるからだ。

新舞の身体パフォーマンス性の高さが若い感性を魅了するということは否めないだろう。

たとえば、神楽文化のない関西の高校生が感化されて新舞を舞いますという話なら素直に応援する。しかし、この件は出雲神楽という確たるバックボーンがあるはずの高校の話なのである。なぜ出雲神楽で勝負しない? となる。

ところが、飯南高校は過去に新舞で出場したことがあると聞いて更に混乱した。なのだが、筆者はコメント欄で不用意な発言をしてしまったため、初動に失敗、情報収集できないまま憶測に憶測を重ねることになってしまったのである。大失敗であった。

結局、かなり後になってだが、飯南神楽団の存在を知った。これである程度説明がつくようになった。飯南神楽団は平成10年代から現在の名称で活動しているようだ。20年近く活動していることになるか。さすがに奥出雲に神楽団が存在するとは考えもしなかった。

つまり、新舞は思ったより早く奥出雲に浸透していて、生徒たちは幼少期から新舞を見て育ったと考えられる。

おそらく同好会の部費では高価な衣装代を賄えないだろう。飯南高校神楽愛好会は飯南神楽団から衣装を借りていると推測することができるだろう。

こうなると、飯南高校神楽愛好会は芸北神楽の新舞に完全にシフトしたクラブなのかとなる。出雲神楽を習っている生徒もいるというコメントもあったので、そこは判断し難い。おそらくは新舞を重点的に舞っているのではないか。

とにかく混乱しつつも、奥出雲の高校がひろしま神楽の演目で出場する意味を考えた。

こういう場合には思考の優先順位をつけなければならない。筆者自身も体系的に教わった訳ではないのだが、大命題>中命題>小命題といった順で考えるのである。大前提>小前提でもいいか。こうして優先順位をつけないと重箱の隅をつつくような議論になってしまうのである。ここではできるだけ原則論で論じたい。

まず、郷土芸能系のクラブの設立趣旨について考えてみたいと思う。浜田商業高校・郷土芸能部を例として挙げよう。浜商は総文常連の強豪校であるが、郷土芸能部の創部は平成に入ってからである。おそらく他校の郷土芸能系のクラブの設立も同時期だろう。文科省の何らかの指導が背景にあるものと推察される。おそらくは後継者不足が懸念される郷土芸能の継承を念頭に置いているものと考えられる。人材のプールである。浜商の場合は郷土芸能部という名称で示されている。「郷土」の芸能をやる部活動なのである。飯南高校の場合は同好会だから、そこまで厳密でない。

ただ、将来、正式な部活動に昇格という話がでたら、地元の芸能である出雲神楽主体にするよう求められるかもしれない。

こういう風に考えると、郷土色の重視という指針が浮かび上がってくる。

また、観光的な側面からも考えてみたいと思う。平成の初期から「おまつり法」という通称の法律があって、郷土芸能を観光に活用するという方針が打ち出されている。つまり郷土芸能を地域の特色と見なし観光客を誘致するのである。これは観光立国化を打ち出した近年でも方針に変わりない。

文化財保護法も近年改正され、文化財の総合的な活用の方針が打ち出されている。

つまり、郷土芸能を演じる人たちに求められているのは、別に明文化されている訳ではないが「郷土」の芸能をできるだけ昔のままに上演することである。言ってしまえば、新しいことは特に求められていないのである。

とはいえ、ある芸能が他所の地域の芸能の影響を受けることは普通にあることである。今回の件は若者が他所の地域の芸能を受け入れたということで、歴史的にはよくあることである。

もちろん、新しいことをやってはいけないと禁じるルールもない。だから、そこは自己判断になるが、それには自身でリスクを背負ってということになる。批判されることもリスクの内である。

芸能でも新しいことに挑戦している人はいる。が、それは自分たちでリスクをとっているから許されているのである。

そもそも芸能というものは、上達していくにつれ、その奥深さに目覚めていくという性質のものではなかろうか。

次に、神楽甲子園の大会趣旨、コンセプトについて考えてみたい。神楽甲子園の趣旨については想像でしかないが、おそらくは芸北地方の観客に全国の多様な神楽を見せて、自分たちの地域の神楽とは異なる神楽があることの気づきを得る機会を提供するもの……と推察できるだろう。全国の多様な神楽の表現の場と言える。

これは生徒についても同様で、全国から集まる生徒たちに自分たちの地域の神楽とは異なる神楽を見せることで教育上の効果を得る……と推察できる。

この観点からすると、飯南高校が新舞で出場したことは不可解に映るのである。結果的に芸北地域の観客に芸北神楽を見せていることになる。これはナンセンスである。

神楽ドームに来場する観客たちの多くは普段から芸北神楽を浴びるほど見ているだろう。そういう人たち、言わば芸北神楽通にほんのわずかな違いをアピールすることは本当に意味のあることだろうか。

これはおそらく、自分たち出雲の新舞を本場・芸北の観客に見てもらいたかったということだろう。達成度を測る点では最適の舞台かもしれない。また、観客側としても、保守的な出雲の人たちが新舞を認めてくれたということで嬉しいだろう。win-winの関係なのである。でも、それは自己満足でしかない。

また、今回は日芸選賞を受賞した。そういう点で疑問はあるものの挑戦は達成された。

こうも言える。芸北神楽を舞う高校は何校もある。出雲の新舞は今はレアかもしれない。だが、いずれその中に埋没してしまうのである。また、出雲地方の出場校は今回飯南高校のみである。実質的に出雲枠なのである。出雲の高校に期待されるのは、常識的に考えれば出雲神楽だろう。

高校生ならば自分たちに何が期待されているのか察してそれに応えるといった振る舞いもできなければならないのではないか。

芸北神楽は宣伝に熱心で、見ようと思えばいつでも好きなだけ見られる。一方、出雲神楽はそうではない。

だから、合理的に考えれば出雲神楽で出場した方が希少性があってよほど差別化になるし、大会趣旨にも準じているのである。

出雲神楽を演じればオンリーワンでいられるのである。ナンバーワンよりオンリーワンという歌が流行った。個性重視が近年の教育方針でなかったか。

子供の頃から新舞が好きだったというのなら、それは変えようがない。しかし、身近に出雲神楽もあるはずだ。出雲神楽と芸北神楽とを見比べて相対化することは可能なはずである。自分の基準となる神楽を相対化して見ることができるようになったら、それは神楽の鑑賞において進歩である。

神楽甲子園は高校生の神楽の全国大会である。全国の多様な神楽の表現の場であるべきで、芸石地区神楽競演大会ではないのである。全国の神楽が一堂に会するという意味を一度考えてみることだ。

出雲地方で神楽を舞うクラブを有する高校が何校あるか知らない。もし、飯南高校だけだとしたら、神楽甲子園において今後は出雲神楽は見られないことになってしまう。

あと、新舞は言い換えれば現代神楽である。現代に至るまでに失われてしまったものがあるので、観客的にも他所の地域の昔ながらの神楽を見てバランスをとった方がいいのである。

この一件は、これまで水面下で進行していた事態がネット配信されることで表面化したということである。マクロな視点で言えば、奥出雲の出雲神楽の芸北神楽化である。だから、長期的な視点で観察する必要があるのだ。

一歩引いた視点で見ると、芸北神楽の新舞が奥出雲に橋頭堡を築いたということである。これから出雲地方に新舞の進出がはじまっていくのではないか。

新舞が奥出雲に伝わった経緯は分からない。が、新舞を出雲でやるのは当然出雲に新舞を広めたいということだろう。だが、それは釣り客がブラックバスを川に放流するようなものではないか?

筆者は出雲神楽をやる人たちは内心石見系神楽を好ましく思っていないのではないかと思っていたが、実際にはその盛況ぶりをうらやましく思っているのかもしれない。少なくとも若い世代に偏見はないと言えそうだ。

あと、一応これも指摘しておくか。出雲神楽に元締め的な存在がいるとは思わないが、出雲の保守本流の人たちが今回の件を知ったら、おそらく好ましく思わないだろう。表立って言うことはないだろうが、そういった偉い人たちの静かな怒りを買ってしまう危険性があるのだ。

別系統の神楽が新舞をレパートリーに加えた事例は既にあって、広島県の安芸十二神祇の一部の社中が新舞をレパートリーに加えているそうである。ただ、これは後継者不足による社中存続の危機に際して止むなく取り入れたという消極的な理由である。普段は新舞を舞って、奉納神楽では十二神祇を舞うのだとか。

一方、奥出雲では積極的に新舞が取り入れられている。消極的か積極的かという違いはあるが、出雲地方でも似た様な展開となるのではなかろうか。出雲神楽と新舞が融合するとは思えない。つまり、状況に応じて神楽を使い分けるのである。

ただ、問題が生じる可能性がある。将来的に観光客が出雲神楽を見に奥出雲を訪ねたら、やっていたのは芸北神楽だったということが起こりうる。話が違うではないかとなってしまう。

芸石のテンポの速い神楽は幼い先天的な感性にも訴える力を持っているから安易に入れない方が後々のためである。現に新舞好きな生徒たちを育ててしまった。

おそらく、生徒も顧問も主催者もルーチンで処理したのだと思う。前回も新舞で出場して特に問題なかったから今回も新舞で出たというだけの話だろう。要するに、深く考えていなかったのだろう。

前述したが、上演前の挨拶で生徒代表は芸北神楽で出場する狙いを説明しなかった。これは要するに周知のこととしていたのである。だが、彼らはこの回がネット配信されることが頭からすっぽり抜け落ちていた。全世界に発信されるのだから誰が見ているか分からない。事実、たった一人ではあるが筆者のような新舞に懐疑的な人間も見ていたのである。

彼らは同好会なのだから好きにやらせるべきだとも考え得る。が、生徒たちはいずれ卒業していく。あと10年もすれば彼らの世代が主力になる。

そんなに芸北神楽が好きなら高校を卒業してから芸北地域に移住してそこで思う存分芸北神楽をやればいいではないかとも言いうる。

要約すると、もし石塚尊俊(出雲の民俗学者で神楽の権威)が存命であったら、卒倒する事例であるとは言える。

まあ、三十年前であれば「馬鹿もん、新舞なんぞ本物の神楽ではないわ」と説教されて終わる話である。

今回の件では神楽甲子園主催者に確固たるポリシーがないと感じさせられた。(あくまで仮定だが)大会趣旨などあって無きがごときである。加えて神楽甲子園の審査員には神楽研究者がいない。いざというときのブレーキ役がいないのである。

結局のところ、神楽甲子園は、新舞の新舞による新舞のためのイベントであると指摘せざるを得ない。

こうも言える。安芸高田市は酷いことをした。出雲の高校生に新舞を舞わせて賞まで与えて奨励した。限りなく茶番劇に近い。

この件を好ましく思わないのは、要するに新舞が出雲神楽のテリトリーを荒らしているように筆者には見えるからである。

今回の件は出雲神楽にとっては大きな変化であるから、そのうち民俗学者が聞き取り調査に来るのではないか。全国大会という晴れの舞台に出雲神楽ではなく芸北神楽で臨むといった点で出雲神楽の衰退を予感させるのである。

基本的な情報収集に失敗したため、飯南高校神楽愛好会の活動実態の全貌が見えない。たとえば神楽甲子園には新舞で出場し、総文予選には出雲神楽で出場しているかもしれないが、そこまでは知り得ない。その点で適切な論評が難しくなってしまったことに関しては反省している。

ここで筆者の立ち位置を書いておくと、島根県浜田市出身である。なので八調子石見神楽寄りのスタンスである。芸北神楽の新舞とはさほど違いがないと思っている。石見神楽より演劇に近づいているとは見ていて思う。そして中学生のときに「本物の神楽は大元神楽のようなものをいうんだ」と怒られたことがある。そのときはそれに反発したが、長い時間が経って今回のような出来事が起きてみると、自分でも予想しなかったことに極めて保守的な見解となった。

牛尾三千夫や岩田勝といった神楽の権威たちは八調子石見神楽や新舞を激しく嫌ったが、その気持ちが理解できたように感じたのである。

筆者は別に全国の神楽を見て回っている訳ではない。横浜に在住しているので首都圏の神楽は集中的に見る機会があった。それから2024年2月に東北の早池峰神楽を鑑賞することができた。その程度である。それでも時折「新舞は神楽であって神楽でない別の何かではないか?」という思いが浮かぶことがあるのである。

ちなみに、出雲神楽については唐川神楽の動画をいくつか見た程度であるが、出雲神楽には独特のユーモアがあると感じる。

さて、ここで新舞に目を転じてみる。

中国地方で暮らしていると気づかないかもしれないが、芸北神楽の新舞は神楽の中では異端なのである。芸北石見の神楽人口は多いから、メインストリームと勘違いしてしまうかもしれないが、むしろ例外的な神楽である。

たとえば出雲神楽だと江戸時代以前から続く400年以上の歴史のある神楽である。出雲流神楽という分類があったように、出雲神楽は神楽能(能舞)の発祥の地とされ中国地方の神楽の中では正統と言っても過言ではないだろう。

対する新舞は戦後の七十数年ほどの歴史しかない。それでも三世代分くらいの歴史はある。

今回の件で、筆者は一部とはいえ、正統が異端に呑み込まれたような印象を受けたのである。

神楽を学問として研究しているのは民俗学である。民俗学者は基本的に古い神楽に価値を見いだしている。特に神仏習合的な要素を残す神楽が高評価される(※広島県だと比婆荒神神楽)。そこに死生観が見られるからだ。

一方で、新しい新舞にはほとんど関心が払われない。ある意味最先端の神楽ではあるのだから注目する人がいてもよさそうなものだが、新舞に関する論文は非常に少ない。

嘘だと思うなら、国会図書館のOPACで「新舞」と検索してみるといい。480件ほどヒットするが、神楽の新舞については一件しか該当しない。「芸北神楽」でも10件ほどしかヒットしないが。

神楽甲子園の審査員に神楽研究者がいないのは、こういった事情と推測される。広島には中国地方の神楽に詳しい研究者がいるが、そういった人材を確保できていない。また、そういった人は芸北神楽や石見神楽を高評価したりしないだろう。

また、全国の神楽を隈なく見て回っている神楽通が全国で何人いるか知らないが、そういった人たちは新舞を神楽と見なさないだろう。

もちろん神楽研究者や神楽通と世間一般の評価とがずれていることは指摘できる。だが、ここで言う世間とは要するに芸北の観客である。広島県には五系統の神楽があるとされ、古い神楽も残っている。が、それらを積極的に見て回っているのは少数派だろう。神楽とは一言で定義しきれない多様性を持っている。多様性を実体験しているかいないかで大きな差が出るのだ。

新舞には二面性がある。人気があり、観客動員力があり、観光神楽でも期待される一面と、神楽研究の対象と見なされず、「ショーである」「見世物である」「歌舞伎化している」といった殺し文句/キラーワードで一刀両断されてしまうはかない一面と。

言わば、人気はあるが権威はない。権威は望んで得られるものではない。

こういった二面性が新舞関係者のコンプレックスとなっていると想像する。だから、彼らは人気をテコに勢力拡大を図るのである。神楽甲子園もその一環である。

日芸選賞も権威のない新舞に箔づけさせるための賞といった穿った見方も可能である。

安芸高田市は神楽甲子園や大阪公演といった大きなイベントを成功させている。関係者に有能な人がいるのだろう。

新舞の欠点を挙げておく。成り立ち上仕方ないのだが、説話ベースで神話劇でないのである(※一部、神武天皇やヤマトタケル命の演目はあるが)。神話劇を神様に奉納するなら分かるが、源頼光の鬼退治を奉納して意味はあるのだろうか。神様はそんなことは気にしないか。

源頼光とその四天王たちはヒーローではあるが信仰の対象ではないのである。新舞ではそれらがメインディッシュとなってしまっている。

なお、筆者は芸北神楽の奉納神楽を見たことがないので実際には新舞/旧舞のいずれがトリの演目となっているかは知らない。

飯南高校の場合なら、出雲という神話の舞台の住人が源頼光の鬼退治を演じても神楽の文脈的に格別な意義は生じない。

また、ほとんどの演目がバトル中心の構成で、それ以外の展開がない。たとえば関東の里神楽では男神と女神の連れ舞が見せ場だ。ある一面で表現の幅が狭いのである。言ってしまえば「全部バトル」だ。

関東の神代神楽では能楽師と交流するなどして芸北神楽とは正反対の方向で神楽を洗練させていっている。つまり、進化の方向性は一つではないのである。

出典は失念してしまったが、こんな逸話がある。ある民俗学者の偉い先生が「中国地方の神楽は鬼退治ばかりだ」と笑ったというのである。おそらく比婆荒神神楽が知られるようになる以前の話である。芸北石見の人たちは否定できないだろう。

新舞には祝福する演目がないことも指摘できる。石見神楽なら「恵比須」があるが海釣りをモチーフとした演目なので山間部の芸北ではあまり舞われていないように見える。「悪狐伝」で珍斉和尚が飴か餅を撒く動画なら見たことがあるが、それで代用しているのだろうか。芸能には祝福するという側面もあるのでこの欠落は気になる。関東だと神楽師たちは正月の獅子舞も演じる。石見神楽ではおそらく獅子舞はやらないのではないか。

それと新舞からは神楽の呪術性の名残が消え去ってしまっているのである。石見神楽ですら「鍾馗」という演目が悪疫退散の神楽と重視されているように、呪術的思考の名残が未だにある(※芸北神楽の旧舞にも鍾馗はある)。新舞では戦後の創作演目ということもあって、そういった呪術的思考の名残を感じさせる演目がほとんどないのである。「天香具山」はおそらく出雲神楽「山の神」をベースにした演目で、それには呪術性が見いだせるが、これはあまり演じられていないようである。

呪術的思考自体は現代では排除されるべき思考法だろう。特に医学分野においては。しかし、科学万能の現代においても呪術的思考が完全に消え去ってしまうようなこともないのである。

神楽経験のない筆者には何が神楽を神楽たらしめているのか分からない。たとえば、関東の里神楽では神楽歌と天蓋は無い。が、はじめの住吉三神と締めの山神の舞には神楽らしさを感じる。一方、新舞では神楽歌と天蓋はある。ただ、娯楽に振り切っていて、神事性が薄れているのは確かである。

新舞には誕生当初から「こんなものは神楽ではない」という批判があったようだ。説話を題材とすることで神話劇から一段幅を広げたと見ることもできる。裏を返せば逸脱である。ただ、やはり中心に据えるのは神話劇の方が望ましいのではないか。

一方で、強みを挙げると、演劇化されたストーリー性のある劇であるということである。ライブの一回性もあり、繰り返しの鑑賞に耐えるのである。儀式舞だと、ほとんどの人が一度見ればいいかとなってしまうところだ。

ストーリーが勧善懲悪であることも重要だろう。子供に勧善懲悪のストーリーを与えるのは未知の恐怖に対する抵抗力をつけることに繋がる。

また、前述したように、身体パフォーマンス性の高さも挙げられる。プリミティブな魅力があるのだ。

仮面劇という性格は損なわれるが、神が直面で口上が聞き取り易いのも挙げられるだろう。より分かりやすく進化していることが分かる。

「本物」という言葉は安易に使いたくないのだが、幸いなことに神楽甲子園にも「本物」と評することのできる神楽は出演している。新舞を舞う生徒たちには、自分たちの神楽とどこが違うのか比較してじっくり考えて欲しい。

新舞を嫌いになれと言っている訳ではない。三つ子の魂百までという。子供の頃に好きだったものを嫌いになるのは無理である。だが、相対化して見ることはできるようになるはずである。そのためには他所の地域の昔ながらの神楽を見ることが有益なのである。相対化できれば、より豊かな神楽鑑賞ができるようになる。

これは生徒たちが趣味でやっていることに外野がケチをつけるという構図である。「好きでやっているのに何で一々腐すの?」となるだろう。誰だって自分が好きなものが批判されたら面白くない。筆者もそうだった。

また、時代の流れには抗えないかもしれない。だが、これは芸能の問題なのである。必ずしも新しいもの、広く普及したものが正しいという世界ではないのである。

こういうことを書くと、老害が若い人の挑戦を封殺したと見なされてしまうだろう。だが、神楽で真に新しいことがやりたいのであれば、中国地方以外の神楽をじっくり見てからでも遅くはない。そうすれば、いかに芸石の神楽が偏っているかが分かるだろう。新しいとは奇抜な演出をすることではない。

後、生まれは変えられない。筆者が石見人であるように飯南高校の生徒たちは出雲人である。自分たちの領分を守る意識も必要なのである。

筆者は今回は二日目をライブ配信で視聴してそれから一日目を録画で見たのである。二日目までは何とも思っていなかった。夏のイベントとして素直に楽しんでいた。一日目の結果を見て「これってありなの?」と思ったのである。

筆者も普段は攻撃的な発言はしない(※辛口のブログだと言われたことはある)。が、今回の神楽甲子園を見てスイッチが入ってしまったのである。攻撃性をむき出しにしているのはそういうことである。だから今後は神楽甲子園は見ないだろう。もう楽しめないから。SNSで安芸高田市関連のアカウントはミュートした。情報は入ってこないから見ることもない。

ある意味で神楽甲子園主催者の裏の本音が浮き彫りになった回であるとは言える。

筆者自身、石見神楽を見て育ったから生得的に神楽を田舎のエンタメとして見ている。そういう点では芸北の人たちと違わない。ただ、首都圏の奉納神楽を見ていて神楽研究者と知り合いになる機会を得たのでアカデミックな見方も一応知ってはいる。

頭の回転が速い方ではないので時間がかかったが、筆者は筆者の持てる知識を総動員してどこに問題点が潜んでいるのか切り分け提示した。良い点も悪い点も挙げた。筆者は過去に神楽の権威がそうしたように問答無用で一刀両断した訳ではない。どうして新舞が若い人を惹きつけるのかについても自分なりに解釈して提示している。どう解釈するかは自由である。後は好きにしてください。

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2023年1月14日 (土)

隠岐の海、現役引退

隠岐の海、現役引退へ 九州場所から脚の痛み
https://www.sanin-chuo.co.jp/articles/-/325195

大相撲の力士である隠岐の海が現役引退との報道が。横綱、大関も期待される大器だった。

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2022年8月28日 (日)

「ブラタモリ」境港・米子編を見る

NHKプラスで「ブラタモリ」境港・米子編を見る。弓ヶ浜は川から自然に流れてた砂だけではなく、たたら製鉄によって流された砂によっても形成されていたとのこと。また、対岸の島根半島には断層が走っていて隆起したとのこと。皆生温泉は元々は海中に温泉が湧いていたのだが、砂が堆積して今のようになったそうだ。

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2022年6月18日 (土)

意外と採集話数が少ない――未来社「出雲の民話」

未来社「日本の民話 12 出雲の民話」(石塚尊俊/編)を読む。まえがきにもあるが、出雲の昔話は案外少なく「出雲の民話」一冊だけしか出版されていない。出雲弁で書かれているので石見人の自分にとっては注記なしでは意味がとれない箇所もあった。神話の宝庫でもあるので、神話に題材をとった話も多い。

出雲と言えば、民俗の宝庫とも言え、なぜ昔話の採集話数が少ないのか、これも謎のひとつである。

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2022年3月18日 (金)

国鉄カラー

特急やくもが国鉄カラーに塗装され直して運行をはじめた。Twitterで動画や写真が公開されている。

気動車の時代のやくもは益田発の編成があった。益田からだと小郡に出た方が早いのだけど、出雲・松江方面の需要も担っていたのだろう。

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2022年3月16日 (水)

100年前から変わっていない――芸能を舞台で上演することに関しての芸能観

山﨑達哉「佐陀神能の変化とその要因に関する研究―神事と芸能の二面性―」『待兼山論叢 50 文化動態論篇』(大阪大学大学院研究科, 2016)pp.1-34 という論文がある。

佐太神社の佐陀神能についての論文なのだけど、大正15年(1926年)の日本青年館における第二回全国郷土舞踊民謡大会に出演した。

この全国郷土舞踊民謡大会の反響なのだけど、

・郷土舞踊や民謡を素人が行う素朴で田舎風のものと考え、出演した芸能が技巧に奔ったり、演芸風・都会風だったりすると厳しい批判を加える(柳田国男)
・新調した衣装や派手な衣装に不快感を示し、禁止の指示を出す
・この種の芸能は郷土を離れて舞台上で再現することは不可能と考え、他の芸能との比較や芸能そのものにある郷土色などある特殊なおもしろさを狙う。こうしたおもしろさが舞台上に現れるように適宜アレンジする(小寺融吉)
・郷土舞踊や民謡は純粋で素朴かつ田舎風で、昔からのやり方を無闇に変え趣向を凝らすべきではない
・一度舞台に出てしまえばある意味芸術化し、変化していくことを認識し肯定する
・郷土舞踊や民謡について、研究資料としての価値を認めながらも、芸術的・技術的な面で質が低いとする

……といった見解が列挙されている。郷土芸能がステージ上で演じられるようになるのは大正末の日本青年館での公演が嚆矢となるのだけど、当時も現在も見解はあまり変わらないのではないか。永遠の問題とも言えるが、100年近く経過した現代でも進歩がないとも言えるだろう。

郷土芸能は変わらないことに価値を見いだすのだけど、一方で八調子石見神楽や芸北神楽の様に積極的に新しい演出を取り入れる芸能については手厳しい批判が向けられるのである。

しかし、本来、芸能というものは長い目で見れば時代に応じて変化するものではないかとも考えられる。変わらないことに価値を見いだすのは文化財保護行政がそういう指針だからとも言えるだろう。その文化財保護法にしても保存から活用へ軸足が移っているのである。

また、「明治期の神楽への影響で最も顕著であったのは、「神職演舞禁止令」と一般的に言われているものである。これは、明治四(一八七一)年二月十四日の太政官達にある、「是迄心願ト称シ猥ニ社頭ニ於テ神楽奉納之儀自今禁止之事」を指す。」(18P)と神職演舞禁止令の根拠についても記述がある。

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2022年3月 8日 (火)

島根県立図書館に遠隔複写サービスはない

島根県立図書館に所蔵されている「島根評論」という戦前の雑誌記事が読みたくなる。佐陀神能が東京のステージで舞われたときの反響について書かれているらしい。それは伝統芸能をステージ上で演じさせることの是非についての議論なので読みたいのだが、生憎と島根県立図書館に遠隔複写サービスはない。

伊原青々園「佐陀神能所感」『島根評論 第3巻6号』島根評論社、1926年

がそれである。

山﨑達哉「佐陀神能の変化とその要因に関する研究―神事と芸能の二面性―」『待兼山論叢 50 文化動態論篇』(大阪大学大学院研究科, 2016)pp.1-34によった。

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