帰省

2025年11月 1日 (土)

引っ越しから約一年経過

11月になった。去年の11月に横浜からUターンして約一年が経過した。引っ越しのあれこれで疲弊しきっていて、その疲れが抜けるのに一年近くかかったという印象である。栄養ドリンクや養命酒などを飲んでみたりクエン酸のタブレットを舐めてみたりしたけど効果は特に感じられなかった。未だ完全には復調していない。引っ越しを契機に体調を崩してしまった感がある。定期的に通院はしていて血液検査での数値には特に異常は認められないのだけど。近距離でも(寒かったり酷暑だったりで)車で移動していることあって以前にも増して運動不足となり疲れやすくなった。今年は執筆の下準備を進めていたこともあって遠出しづらい状況にあった。下準備は年内には終わるペースで進んでいるけど、来年はその記事化と積読本の消化に注力しようと考えていて、やはり遠出はあまりしないかもしれない。それでもグラントワや石央文化ホールには割と通った方だとは思う。

今後、再度引っ越しするとしても市内だろうし、廃棄すべきものはあらかた処分済で再度段ボールに積み直せばいいだけではあるので前回のようなことにはならないだろう。とはいえ、しばらくはご免である。

……この一年ほどで体調を二度崩して「ひょっとして残りの寿命、少ないかも」と思ったりもしたので(※実際にはそこまで深刻ではないはずですが)今進めていることは何としても形にしたいというのが正直なところである。

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2025年5月14日 (水)

引っ越しから半年経過

引っ越しから半年が経過した。住所変更に伴う諸手続きは年度末までに済ませた。去年は引っ越しのごたごたで健康診断が受けられなかった。先日、胃の内視鏡検査は受けて大きな問題はなかった。後は特定検診で肺がんと前立腺がんの検査が残っているが、これは浜田市のスケジュールだと六月以降になりそうだ。肺に問題がなければ大腸は年末以降の予定としている。ということでやるべきことは粛々と進めている感じ。

体調に関しては「疲弊感」から「だるい」くらいまでには戻ってきた。血液検査の数値は特に問題ないのだけど、疲れやすくなっている。車でちょこちょこ出かけるので運動不足は否めない。

問題は自家用車。今乗っているのは3ドアハッチバックなので家族を乗せる際に不都合が発生している。年間1000㎞も走らないはずで中古車で十分なのだけど、中古はめぐり合わせというか選別の難しさがある。

特急や高速バスが停まる駅から歩いて20分ほどなので、田舎といっても本当のド田舎ではない。今はネットで大抵のことができるしそこまで不便は感じていないけど、観劇だけはどうにもならないとは感じる。これは首都圏が圧倒的に有利。

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2024年8月 5日 (月)

急遽浜田市に戻る 2024.08

母方の叔父が亡くなった。市の収入役を務めた人で、我が一族の中では出世した人である。叔母と会話していて「惣領」という言葉が出た。うちは名家でも資産家でもないが、親族のまとめ役が務まる人がいなくなったという感慨はある。

いくら親戚とは言え、そこまでする義理はなかったはずなのだが、姉の子である僕ら兄弟を何かと気にかけてくれた人だった。物心両面で支えて頂いた。叔母も理解のある人だった。結局何も恩返しができないままだったという無念さがある。

金曜日に横浜を出て浜田の実家に帰る。新幹線で広島駅まで行き、そこから浜田駅行きの高速バスに乗る。戻ってみると、居間のエアコンが故障していて、熱がこもっていてこれでは熱中症になってしまうと感じる。応接間のエアコンは生きているので、そちらに退避する。

土曜日、昼前に長沢町のキヌヤに行く。行ってみると建て替えの工事をしていて、プレハブの仮設店舗で営業していた。公民館が傍に建てられるそうである。

タクシーを呼んで式場に向かう。以前は陸軍墓地で話が通じたのだが、最近は住所と名前を伝えれば、そこまで来てくれるようになっているようだ。IT技術による進歩といえば進歩である。土曜の夜は花火大会が催されるとのことで、帰りのタクシーは呼ぶのに時間がかかるだろうとのことだった。

午後3時過ぎに竹迫町の典礼閣に入り、親族の控室に入る。長男である従弟や千葉の叔父たちが帰っていたので彼らと少しだけ会話を交わす。長女である従姉夫妻は叔父の家で用事があるとのことで合流したのは夕方になってからだった。滋賀の姉夫婦と山口の兄も夕方に合流した。

日曜は午前11時から葬儀がはじまった。上府出身の同郷の県会議員さんが出席していた。既に引退して久しいので出席者は関係者のみだったが、市長や市議会議長、市議会議員さんたちから弔電が届いていた。

喪主である従弟の挨拶によると、一年ほど前から体調を崩し、入退院を繰り返していたとのことだった。もともとは10年ほど前に体調を崩し、浜田の病院で検査したのだが原因が分からず、出雲の大学病院で検査したところ癌が見つかり摘出手術をしたという流れだった。既に転移していると聞いたので、もしかしたら長くないかもと危惧したが、抗がん剤治療が体質に合っていたのか、それからの病状は安定していた。ただ、性格は明らかに暗くなった。

いつかこの日が来ることは分かっていたのだが、せめて一度お見舞いに行っておきたかったという思いはある。

姉夫婦と兄は葬儀のみで退席した。自分たちは火葬場に向かった。火葬には1時間40分ほどかかるとのことだった。以前に来たときは火葬場の待合室で待機したが、今回は典礼閣に引き返して会食となった。なので、火葬場の裏にある崖(万年が鼻)を見る時間はなかった。それから再度火葬場に向かい、お骨を骨壺に納める。再び典礼閣に戻って解散となる。

考えてみれば、竹迫町に入ったのはこれが初めてかもしれない。山陰道より奥には入ったことがなかったはずである。

月曜の朝、浜田を出る。浜田駅の一階の裏の壁にツバメが巣を作っていた。既に雛たちは巣立っていて、寝に戻っているように見受けられた。ツバメは福をもたらすと歓迎する人と、糞で汚れるので嫌う人とがいる。長く子育てができるといいが。

帰りは伯備線経由で岡山に出た。新型やくもに乗りたかったからである。少し前にJR東日本がみどりの窓口を減らしたことが社会問題となったが、JR西日本でも人手で切符を売ることは止め、券売機のみでの販売となっていた。スーパーまつかぜからスーパーやくもに乗り換えるのだが、なぜか出雲市駅ではなく宍道駅で乗り換える選択肢しか出なかった。車掌さんと交渉するのも迷惑そうなので宍道駅で乗り換えする。岡山に着いたら着いたで、乗り換え時間が10分しかなく、慌てて新幹線口に向かう。どういうアルゴリズムなのか理解に苦しむ。本当は終点のホームでのんびりとやくもを撮影したかったのだが、それは時間の関係で叶わなかった。そんなこんなで新幹線に乗る。

そういえば姉たちが話していたが、浜田市の市内循環バス、土日はほとんど便がないそうである。バス運転手の人手不足がここでも露わとなっているということだろう。

新幹線の車内では、どこからだったろうか、同じ列に咳が止まらない若い女性がいた。そういう人に限ってマスクを着用していないのである。この酷暑に咳が止まらないのだから、おそらくコロナだろう。6月にワクチンは接種しているのだが、感染してもおかしくない状況だった。

新横浜からは市営地下鉄に乗り換え、センター南駅まで戻る。バスの時間には合わなかったので、タクシーで帰る。ひと月ほど前に空足を踏んで左足を剥離骨折しており、まだ治りきっていないので長距離を歩きたくないのである。

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2020年9月23日 (水)

急遽、帰省 2020.09

昼1時半ののぞみ35号で広島まで行く。滋賀在住の姉から実家の電話機が壊れたかもしれないから行ってくれと頼まれて。コロナ禍の影響か室内は空いていて、窓側の席が取れた。窓側の席なのでシグマdp1 Quattroで車窓の風景を写真に撮りながら時間を潰した。ところで、なぜのぞみ号は新山口に停車しないのだろうか。広島駅で一時間ほどバスを待った後、18時20分の浜田行きに乗る。広島バスセンターの近くに原爆ドームがあることに気づく。今回、頻尿は無かった。夜9時過ぎに実家に着く。電話機の異常はなかった。結局、母の耳が遠くなっているだけだった(それも困ったことなのだが)。

ノートパソコンの再起動を繰り返す。ようやく最新の状態になった。メモリは4GB積んでいるのだが、どうやらHDDの仮想メモリを頻繁に読みに行っているらしい。メモリ増設が必要だ。

午後から外出。長沢神社から外浦湾を経由して金刀比羅神社、厳島神社、浜田護国神社、浜田城、石神社、出雲大社浜田分祠を経由して行く。途中の公園に橋本明治の像あり。かなり疲れた。
浜田城の石垣

長沢の服部タイヨーはキヌヤに変わっていた。店の中はスペース的にゆとりをもって陳列されている印象。鮮魚コーナーを覗いてみたが、服部時代の方が魚が多彩であった。キヌヤだとサクになっている身が多かったが、服部時代は丸のままの魚が多かった。港町だけど、魚が捌けない人が増えているのかもしれない。服部タイヨーはDIY店でもあり薬コーナーなどもあったのだけど、その点では不便になった。

松原の叔母が訪ねてくる。母と姉不在だったので応対する。ぼべご飯を貰う。
ぼべ貝の炊き込みご飯

駅裏のJUSTで石見神楽のDVDを買う。演目を見るに、石見神楽にも芸北神楽の新舞が浸透してきたようだ。朝日町商店街を歩く。地球堂(模型店)は現在でも営業していた。

鏡山から見た浜田市街
地球堂模型店

珍しく朝4時に起きたので一本速い特急で帰ることにする。朝6時11分のスーパーまつかぜ4号に乗って出雲市駅へ。そこで一時間ほど待った後でゆったりやくも10号に乗って岡山へ行く。それからのぞみ22号に乗って新横浜まで帰る。連休中だが車内には空きがあった。サンドイッチを注文する。1420円ですと言われて随分高くなったなと思ったら420円に修正される。
JR西・ゆったりやくも

できれば益田のグラントワに行きたかったが、横浜はコロナが流行している地域なので諦めた。なお、公式サイトによると、現在首都圏からの来客制限は解除されている。

帰って撮った写真を確認する。シグマdp1 Quattroは順光だと良い写真が撮れる。逆光だとレンズフードが必要かもしれない。

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2020年8月23日 (日)

今年はコロナ禍で帰省できず 2020.08

今年の夏はコロナ禍で帰省できなかった。コロナがいつになったら収束するのか不明であり、先の見通しは立たない。

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2020年1月17日 (金)

帰省 2020正月

今年は日付けをずらして帰省する。去年くらいからずっと頻尿気味で移動中に困る。

広島駅の回転寿司で生ガキを注文したところ、シーズン外なのですが、蒸しガキならできますとのことなので、蒸しガキを注文する。美味しかった。そういえば、高速バス、広島市内のルートが変更になっていた。でもやっぱり広島駅を出て高速に乗るまでに40分くらい掛かるのは変わらない。

浜田市の三宮神社で催された石見の夜神楽定期公演を鑑賞する。今回は岡見神遊座の「十羅」「大蛇」。かぶりつきで鑑賞する。今回はできるだけ肉眼で鑑賞する様心がける。浜田で「十羅」は珍しいと思うが、岡見は益田市の隣なので、そういう影響もあるのだろう。

浜田市・三宮神社・石見の夜神楽定期公演
浜田市・三宮神社・石見の夜神楽定期公演
三宮神社・拝殿内・ストーブで暖をとる
三宮神社・拝殿内・ストーブで暖をとる
石見の夜神楽定期公演・岡見神遊座・十羅
石見の夜神楽定期公演・岡見神遊座・十羅
大蛇を眠らせる酒は環日本海
大蛇を眠らせる酒は環日本海
大蛇にまかれるスサノオ命
大蛇にまかれるスサノオ命

発熱する。インフルエンザではなかったようだが、風邪薬を飲んで休む。今回は車も無いしあまり外出していない。行っても出雲大社浜田分祀まで。おみくじによると今年の運気は悪いらしい。慎むべし慎むべし。

益田市のグラントワで「富野由悠季の世界」展を鑑賞する。今回帰省した理由の半分がこれ。安彦良和氏の原画が印象的である。CGでは出せない味かもしれない。手書きの企画書などはちょっと離れていると読み難くて読み飛ばしたものもある。2ブロックに渡る展示で、見ているだけで疲れて椅子で休憩する。館員さんから大丈夫ですか? と尋ねられる。そんなに顔色が悪かっただろうか。途中で喉が渇いて喫茶店で休憩する。時間の都合で行きも帰りもスーパーまつかぜだった。

益田市・グラントワ
益田市・グラントワ・内庭

帰りはスーパーまつかぜで鳥取まで行き、そこからスーパーはくとで智頭線を通るプラン。ただ、乗り継ぎが悪く(実際、そんな客は滅多にいないだろう)二時間近く待たされる。この時も頻尿気味で困る。スーパーはくとは倉吉発だとは知らなかった。ただ、倉吉で時間を潰すより待合室のある鳥取の方が良かっただろう。智頭線は真っすぐでトンネルが多い印象。上郡についてから山陽本線を走るのだけど、そこからが意外と長い印象。岡山で乗り換え前提のやくもとは異なる。終点の京都まで乗れば良かったかと思ったが、新大阪駅は場内に有人のチケット売り場があって、一旦場外に出なくてもそのまま乗り継ぎできた。結果オーライ。新幹線で新横浜まで戻る。

スーパーまつかぜ
スーパーはくと

山陰に帰省して思うことは冬の朝が暗いこと。横浜だと午前5時くらいには明るくなりだすのだが、浜田だとまだ暗いから早い時間だろうと思っていると、実は朝8時過ぎだったりする。

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2018年9月11日 (火)

帰省2018.夏

外出。外浦湾経由で浜田城から広小路へと歩く。3時間ほど歩いたのだけど、暑くてペットボトルを4本消費する。最後にはかなり疲労して実家に辿り着く。熱中症になるかと思った。

三宮神社の夜神楽を見に行く。三隅の両谷神楽社中。笛は女性だった。恵比寿と大蛇。動画を視聴するのと違ってライブだと太鼓の迫力が違う。激しいリズムはやはりロックの影響を受けているのではないか。恵比須は口元に手を当ててウププと笑うのが気に入った。大蛇、アシナヅチとテナヅチが酒を醸すのだけど、発光して煙が立ってずっこけるという滑稽な演出だった。二演目でおよそ一時間という上演時間だったが、姉に好評だった。演目終了後に抽選会が行われ、ミニタオルが当たった。

益田市の佐毘売山神社にお参り。今回は無事辿りつけた。「正史狭姫伝説」が拝殿前にプラスチックのケースに収められて売っていた。二冊買う。一冊は浜田市立中央図書館に寄贈した。子供にも読んで貰えるように二冊寄贈すればよいかと思ったのだけど、中々行くチャンスがないので一冊は自分の分とする。

三瓶山麓浮布池のほとりの神社目指して細い道をてくてく歩いていると、突然ブホッという鳴き声がして何事かと思ったら猪の親子だった。ウリ坊は一匹しか見なかったが。草むらがカサカサいってまだ近くにいそうだったので、神社はあきらめて引き返す。

実家がノートパソコンを買ったことを知る。光回線も引いてネットができるようになっている。大丈夫か。老人だからタブレットの方がいいんじゃないかと思う。とりあえずドライバのアップデートとBIOSのアップデートは済ませておく。

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2016年9月 3日 (土)

帰省 2016.夏

帰省する。夏に帰省するのは3年ぶり。
今回は調子が悪いのか、既に一度訪ねたことがある場所に行くのに難儀した。益田市乙子の佐比売山神社は道が分からなくなって、結局あきらめた。
石見銀山に行く。石見銀山世界遺産センターからバスに乗らず遊歩道を歩いて町内へ行く。が、山吹城だけで力尽きる。急な階段が長く続いて、足下が悪い箇所もあり、高所恐怖症なこともあって慎重に足を運ぶ。頂上に無事辿りついたが、主郭だけ見て帰る。途中、通り雨でカメラが濡れる。一応無事だった。夏場なので汗びっしょりになり、蚊に悩まされる。
島根県立図書館に行く。朝山晧「石見国式社考」を読んで、一部、テキストに起こす。これは著作権の関係でコピーできないため。内容は理解したとは言い難い。今年の城上神社をもって一応、石見国に現存する式内社(厳密にいうと式内社として比定されている神社)はお参りしたことになる。
パナソニックG3+12-35mmF2.8とペンタックスK-01+タムロン17-50mmF2.8のダブルメイン体勢で写真を撮る。帰省から戻って画像を確認。画質はAPS-Cの方が良いと思うが、別にがっかりする程の差がある訳でもない。K-01の方が色味が濃いと思うが、それは画像エンジンの味付けの差かもしれない。どちらもそれなりのレンズなので解像感は特に変わらないと思う。

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2015年1月11日 (日)

帰省 2015.正月

今年の正月は帰省する。新幹線+高速バスで帰った。レンタカーは借りず、自由に動けなかった。カメラを何台か持って帰ったのだけど、市内を歩く程度で一部しか活躍せず。
浜田市立中央図書館は初めてだったが、広くなっていた。郷土資料コーナーも充実している。
浜田川にいたカルガモ
浜田川で越冬中のカルガモを目撃。浜田川は流れが速いので、子育ては流れの緩やかな支流でしょうか。
遠出したのは出雲弥生の森博物館と西谷墳墓群。これは実際に見てその大きさを確認できたのが大きかった。

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2013年9月15日 (日)

帰省 2013.夏

今年は帰省したものの、ほとんど外出せず。デジカメよりポメラが活躍した。
旧浜田市立図書館
旧浜田市立図書館
旧浜田市立図書館・閉館の案内
旧浜田市立中央図書館。一月で閉鎖されていた。
浜田市立中央図書館
浜田市立中央図書館
新浜田市立中央図書館。
浜田警察署・移転予定地
向かい側の空き地には警察署が移転するらしい。
浜田市立石見小学校・改修後
浜田市立石見小学校・改修後
浜田市立石見小学校・改修前
とある小学校のビフォー&アフター。耐震基準の関係だとか。
数十年ぶりの集中豪雨で山陰本線(須佐)、山口線(津和野)、三江線(江津)で鉄橋が流される異常事態となった。ただ、県外で暮らす人間にとっては、浜田道や松江道が全通して、とりあえず高速バスで広島まで出られるという安心感もある。

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