未来社の民話シリーズ、電子書籍化されていた
未来社の民話シリーズ、電子書籍化されていたことに気づく。固定レイアウトなので、大きめでFHDのタブレットでないと読みづらいと想像されるが。一部の本しか読んでいないけれど、文字コード的には問題はなさそうだから、リフロー型にして欲しいところではある。全部で何冊あるのか把握していないけれど、結構な冊数があるので紙の本だと収集が難しい面があったが、電子書籍なら……とは感じた。
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未来社の民話シリーズ、電子書籍化されていたことに気づく。固定レイアウトなので、大きめでFHDのタブレットでないと読みづらいと想像されるが。一部の本しか読んでいないけれど、文字コード的には問題はなさそうだから、リフロー型にして欲しいところではある。全部で何冊あるのか把握していないけれど、結構な冊数があるので紙の本だと収集が難しい面があったが、電子書籍なら……とは感じた。
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小島寛之『文系のための数学教室』を読む。講談社現代新書のシリーズなのだが、数式を表記するためか、固定レイアウトとなっている。Fire HD10で読んだが、これなら紙の本の方が軽いなとは感じた。これは数式に対応した新たな電子書籍の仕様を策定してもらう他ないが。
文系の数学なのでか三角関数は出てこない。三角関数とはつまり波であるが、それ故に中学数学に毛が生えた程度の記述で済んでいて分かりやすさにつながっているのかもしれない。
冒頭の40ページほどで積分が紹介される。難解な数式はこういう風に読むのかと分かったような気分にはなった。積分から微分に至る過程はよく分かっておらず、再読が必要かもしれない。
論理には「セマンティックス/シンタックス」といった違いがあるとのこと。形式論理はときに日常的な感覚と齟齬をきたすが、そこから推論規則の考察へと論を進めている。
他、距離の新たな概念、民主主義(完全な投票制度はあり得るのか?)、神の存在証明から「私」の存在へ、子供の持つ先天的な数学力といった題材を取り上げつつ論は進んでいく。
著者の小島氏の場合は東大の数学科に進んで、そこで周囲が天才だらけという状況となって挫折感を抱いたそうだ。後に経済学に転身することによって数式という言語との接し方が変わり克服されたとのこと。
僕は高校数学で挫折した口である。なんというか基礎問は頑張れば式の展開くらいはできるかもしれないが、模試で応用問題が出題されて、出題意図がさっぱり把握できなかった記憶が残っている。今の大学入試共通試験だと歯が立たないだろう。で、数学ができないと途端に選択肢が狭まってしまう。消去法で進路を選択する他なかった。で、選択した先でミスマッチを起こしてしまいドツボにはまってしまった次第。そこから長く迷走を続けた。
……自分の強みは理数系にはなかったということなのだろうけど、もう少しできていれば出来ることの幅が広がったのになあ……と遠い眼差しとなる。
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1. 磯忠幸「南洋の奇妙な事態:「カーゴカルト」から鏡としての「カーゴカルト」へ」『文学・芸術・文化:近畿大学文芸学部論集』25(2)(近畿大学文芸学部/編, 近畿大学文芸学部, 2014)pp.17-40.
2. Plilip B. Stark, Andrea Saltelli, 柴田卓也/訳「英国王立統計学会Significanceから カーゴカルト統計学、そして科学の危機」『統計』71(7)(「統計」編集委員会/編, 日本統計協会, 2020)pp.64-70.
3. 「近頃健康事情――カーゴカルト・サイエンス」『食生活』81(4)(922)(カザン, 1987)pp.138-141.
「カーゴカルト(積み荷信仰)」に関する論文を国会図書館の遠隔複写サービスで取り寄せて読んでみる。3は雑誌の宣伝記事で著者が明らかとなっていない。
1論文が本来のカーゴカルトに関する論文である。南洋、メラネシアの島々で第二次大戦前後に植民地支配下のネイティブたちによって起こされた宗教運動の一種である。船によるものと飛行機によるものとに分かれるらしいが、飛行機の方が分かりやすいか。
白人たちが大量の物資を積んだ輸送機を離発着させているのを見たネイティブたちが、森を切り開いて飛行場もどきを作り、先祖たちが飛行機で様々な価値のある積み荷をもたらしてくれると信じ、飛行機を招くための儀式を繰り広げる……といったような外形となる。
物資の輸送、飛行機の離発着のために空港を作る訳であるが、因果関係が逆転して、飛行場のようなものを作れば飛行機が飛んできてくれるといった認知のエラーが生じている。
2と3論文はそれから着想を得た高名な物理学者のファインマンが「研究のいちおうの法則と形式に完全に従ってはいるが南洋の孤島にかんじんの飛行機がやって来ないように、何か一番大事な本質がポカっと抜けている」と似非科学を「カーゴカルト・サイエンス」と自身の著書で形容したことに由来するものである。
実は1論文でカーゴカルト研究史が取り上げられていて、カーゴカルトという概念のなかった当初は支配者層である白人からみると奇妙で不合理な儀式が繰り広げられるという見方がされていた。実際、参加者たちは興奮状態に入り日常を放棄してしまうため生活が荒廃してしまうといった弊害が生じたとしている。
それからそれらは被支配者であるネイティブたちなりの支配者である白人への反植民地的な抵抗運動であると解釈されるようになっていった。実際、ネイティブたちはカーゴ(積み荷)の獲得から自分たちは疎外されていると感じていたようだ。
だが、更に研究が進むと、思った程抵抗運動的な側面は強くないとした事例が報告されるようになっていった。むしろネイティブの世界観に沿った形での秩序の再編(疎外されなくなる)を願う、そういう意味でカーゴカルトという概念というよりもむしろ伝統的な宗教儀礼の変奏形態ではないかと見られるようになっていったとしている。
……という訳で、研究はかなり進んでいるのだけど、世間一般には2,3論文に見受けられるようにある意味バカにした見方が広まってしまったようである。まあ、外形だけ見れば愚かしいのは確かだ。
思うに、どこかで認知のエラーが生じ、それらの錯誤が重大な影響を及ぼしてしまっている。だが、それ自体は感染呪術などもそうと言える。僕自身は群集心理についてはよく知らないのだけど、では彼らネイティブが精神に病理的な異常をきたしていたかというとそうではないのではと思う。ネイティブたちの近代化レベルが分からないが(※プランテーションなどに従事していたとある)、おそらく、日常では普通の近代化された人たちと変わらない人たちだろう。
むしろ、機械文明に対する概念が確立されていないため、因果関係の逆転、端的に言えば転倒が機制されないため重大な錯誤が生じたのではないか。カーゴカルトを安易に見下すのは得策ではなく、認知や創造性に関するヒントになり得るのではないか……というようなことを考えている。
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「連想」というキーワードで国会図書館に所蔵された雑誌を検索し、とりあえず下記の論文の遠隔複写サービスを申し込む。
1. 山愛美「連続連想にみられる反応パターンの特徴」『心理学研究』57(5)(日本心理学会編集委員会/編, 日本心理学会, 1986)pp.287-292.
2. 深尾誠, 大河内茂美「言語連想における刺激語と反応語の線形変換モデルの検証」『心理学研究』64(2)(日本心理学会編集委員会/編, 日本心理学会, 1993)pp.91-98.
3. 鍋田智広, 目久田純一, 神垣彬子, 松井剛太, 朴信永, 山崎晃「幼児の連想的記憶における意味的知識の発達」『心理学研究』78(6)(日本心理学会編集委員会/編, 日本心理学会, 2008)pp.591-598.
4. 松田崇志, 松川順子「連想構造を持つリストにおける検索誘導性忘却への加齢の影響」『心理学研究』81(5)(日本心理学会編集委員会/編, 日本心理学会, 2010)pp.517-522.
5. 月元敬, 橋本剛明, 唐沢かおり「間接的連想関係による虚記憶」『心理学研究』82(1)(日本心理学会編集委員会/編, 日本心理学会, 2011)pp.49-55.
・西田勇樹, 服部雅史, 織田涼「遠隔連想テストは何を測るか」『心理学研究』94(5)(日本心理学会編集委員会/編, 日本心理学会, 2003)pp.392-401.
……これらの論文はタイトルにあるような実験の結果に統計処理を施して分析したもので、統計学は未履修なので内容まで理解した訳ではない。
心理学というか認知科学で連想がどのような模式図で描かれているのかと考えたのだけど、基本的には語句と語句とを線分で結ぶ形式でよさそうだった。
連想とは一つの言葉や観念が別の言葉や観念を呼び起こすことと定義できる。そのため、刺激語とそれに対する反応語とに区別されている。心理学の実験では連想の反応時間に着目したり制限時間を設けたりするケースが多いようだ。
1の論文では連想を
・分離的自由連想
・継続的自由連想
・分離的制限連想
・継続的制限連想
と分類している。
・継続的方法はある一つの刺激語に対して連鎖的に反応語を求める
・分離的方法は反応語を一語だけに制限する
・制限的方法は反応語をたとえば「動物の中から選びなさい」等と制限する
また、反応語については、ポジティブ/ニュートラル/ネガティブと三分類している。
2の論文では、
・間接連続連想:刺激語に対する反応語が次の反応語を出すための刺激語となりその語に対する反応語が次の反応語を引き出すための刺激語となるような連想法
・直接連続連想:最初に与えた刺激語に対して思い浮かぶ限り反応語を出してもらうような連想法
の二つを挙げている。ざっくりとだが、2論文では連想を行列と捉える。線形代数の世界である。ただし、2論文では連想構造の線形性を仮定しているが、非線形性のモデルがあり得ることも想定している。
また、因子として、
・明暗の因子……“暗い―明るい”“ねっとりとした―さっぱりした”
・情緒的評価の因子……“嫌な―好ましい”“親しみにくい―親しみやすい”
・緊張・弛緩の因子……“硬い―柔らかい”“力強い―弱々しい”
・興奮・沈静の因子……“重々しい―軽やかな”“落ちついた―にぎやかな”
・一般的評価の因子……“醜い―美しい”“冷たい―暖かい”
といった風に五つに分類した因子分析を行っている。
3の論文では虚偽記憶を取り上げている。虚偽記憶とは、実際には生じていない出来事を誤って想起することとしている。要するに勘違いである。虚偽記憶を調べる手法としてDRM法と呼ばれる実験手法がある。ちなみにDRMとは三人の人名の頭文字からとられている。
DRM法においては、学習時に呈示されたリスト内の単語(学習語)と共に呈示されていないクリティカル・ルアーと呼ばれる単語までも誤って再生、再認してしまうことが発生するとのことである。
3論文では、DRM法における虚偽記憶が意味的知識の構造を反映する点で注目が集まっているとしている。
4の論文では、虚記憶と呼称しているが、DRM法を用いた検索誘導性忘却について実験/検証が行われている。
検索誘導性忘却とは、記憶からある項目(ターゲット項目)を検索すると、その検索行為により、後のターゲット自身の検索可能性は増加するが、一方で、ターゲット項目と関連した項目は抑制され、検索可能性が低下することとしている。
4論文では、連想的な関係性を持つ項目は連想関係によって結びついており、連想ネットワーク構造を持っている。そのような連想ネットワーク構造の中から特定のターゲット項目を検索するとき、ターゲット項目と連想的な関係性にある項目も同時に活性化され、活性化資源を奪い合うこととなる。ターゲット項目を適切かつ迅速に検索するため、この競合状態を解消するよう抑制機能が働くとの仮説を立てている。
5の論文では、たとえば「消防士は男性的職業」といったステレオタイプが媒介する間接的連想関係について実験/検証している。
連想関係を、
・直接的連想関係
・間接的連想関係
とに分類している。たとえば、「りんご」と「赤い」、「赤い」と「ポスト」は直接的連想関係にある一方、「りんご」と「ポスト」は直接的連想関係ではなく「赤い」が媒介した間接的連想関係となる。
5論文ではDRM法をDRMパラダイムと呼称し、ルア語の他、学習語と意味的関連のない新奇語も取り上げている。
6の論文は、洞察問題について実験/検証を行った論文である。洞察問題とは、解決するために特別な知識を必要としないが、すぐに思いつくような方法では解決できないことが多い問題としている。
洞察問題解決を研究するため遠隔連想テスト(RAT)がよく用いられているとのこと。日本語版RATだと、たとえば「住」「在」「汚」といった三つの問題語がある。正解語は「職」である。固着語(三つのうち二つだけと単語を構成する語)は「宅」である。
実験はクラウドソーシングサイトで被験者を募り、WEB上で回答させる形式となっている。
……といった内容だった。6論文だけ少し離れた内容となっている。
「連想」に関して、認知科学でどのような定義づけがされているか調べたもの。NDL-OPACで検索してヒットしたものの上位から選んだもので、『心理学研究』に絞って取り寄せた。他にも掲載論文はあったのだけど、他との兼ね合いでこの程度の数字に留めた。右も左も分からない状態だったので万全とは言えないが、とりあえずのとっかかりとはなったのではないか。
こうしてみると、数学を避けていたツケがのしかかってくる。僕の母校の学部では一般教養の理系科目に心理学があったのでそれを履修したのだけど、それは基礎的な内容で、こういった統計学を駆使したような内容では当然なかった。
ちなみに、若き日の西垣通氏も講師としていらした。そちらは教職課程とバッティングしたため履修できなかった。
僕が漠然と考えているのは昔話における話の展開を何か連想的なものと捉えられないかというもの。それらに対する何らかの手がかりが得られないかと思った次第。たとえば、レヴィ=ストロースの神話分析などはかなり飛躍した連想がされているように感じる。間接的、継続的な連想と言えるかもしれない。
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小島寛之『完全独習 統計学入門』を読む。電子書籍版はリフロー形式で、スマホでも読めた。中学数学までで統計学のエッセンスを伝えるというコンセプトの本。相乗平均(幾何平均)√xy が分かれば何とかなるのではないか。本書には出てこないが、最小二乗法とか、そういうことなのかとなんとなくは感じた。数学が苦手な人間にとっては数式の細部のもつ意味が感覚的に掴めなかったりするのだけど、そこら辺にかなり配慮されていた。
統計学は未履修。質的分析については独学でも何とかなると思うけど、量的分析についてはそうもいかずどうしたものかと思っていた。とっかかりを得ることはできたかもしれない。
……推薦入学で大学への進学を早めに決めた人は空いた時間でこの本を読んでみればいいかもしれない。文系でも社会学や心理学、あるいは政治学や経営学でも統計学は量的分析に必要となる。その動機づけとなり得る本と評価できる。よほどの数学アレルギーでない限り履修しておいて損はしないだろう。数字に強い人材は何かと重宝されるから。
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樋口耕一『社会調査のための計量テキスト分析 内容分析の継承と発展を目指して』を読む。テキストマイニングのツールであるKH Corderの公式本。初学者は『動かして学ぶ!はじめてのテキストマイニング』→『社会調査のための計量テキスト分析』の順で読むといいだろう。
前半はKH Corder構想の経緯、具体的な分析事例などが掲載されている。後半はKH Corderのレファレンスとなっている。
残念ながら統計学は未履修で分析事例に掲載されたデータは読めなかった。レファレンスは「こういう仕様上の制限があるのか」「この機能はこういう手順で使えばいいのか」となった。難しい数式は少ししか掲載されていなかった。
個人的にはそれっぽい図を何とか出力できるようになったという段階で、実際にどういう風に分析していくかはこれからの課題である。コーディングルールの作成が肝で、これは試行錯誤する他ない。そういう意味では自身で何か適当なデータを複数用意して実際に分析してみるのが望ましい。手持ちの資料がない場合、たとえばnoteの記事なんかでもいいかもしれない。
量的分析のスキルのない人間でも裏で統計処理を施した質的分析を行えるという点で、何か行きつ戻りつ試みることはできないかなとは期待している。
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鳥取県立図書館に月刊ドラマ2007年2月号(映人社)を寄贈しました。既にOPACに登録されています。確認したところ、郷土資料に分類されていました。
寄贈した理由ですが、この号には水木洋子「灯の橋」という大山山麓を舞台にしたドラマの脚本が収録されているからです。
「灯(ともしび)の橋」は単発ドラマ枠だった時代の東芝日曜劇場で放送されたもので、山陰放送も制作協力としてクレジットされています。芸術祭大賞受賞作品ですが、読み物としても優れています。
ストーリーは大山山麓に移住してきた眼科の女医夫婦が一家殺人事件の生き残りの少年を書生として迎え入れる……といった形で展開していきます。私には判別できないのですが、一部の登場人物のセリフは雲伯方言で書かれているものと思われます。
寄贈したこの号ですが、実は瑕疵のある物です。購入したきっかけが、とあるアニメ脚本コンクールの存在を知ったからでして、その応募券が必要だったので当該の号を購入、応募要項が記されたページの一部を切り取って……という経緯です。見返したら、要項に赤線を引いたりしていました。また、何度も読み返しましたので、表紙がよれてしまいました。これがドラマ誌を購読するきっかけともなったのですが、そんな訳で傷んだものしか手元になかった次第です。事前に相談したのですが、受け入れる旨返信をもらったときはホッとしました。
なお、切り取ったページは表裏とも広告のページで収録されたコンテンツには影響ありません。また、表紙以外は比較的きれいな状態です。
……という訳で鳥取県在住で脚本を書いてみたい/読んでみたい方は一度読んでみたらいいのではないでしょうか。ちなみに「水木洋子」では検索でヒットしないようです。出版者の欄で「映人社」で検索すればヒットします。
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ロラン・バルト『S/Z バルザック「サラジーヌ」の構造分析』(沢崎浩平/訳)を読む。
本書はバルト自身が物語の構造分析を行ったものであり、バルザックの中編小説「サラジーヌ」の分析に充てられている。巻末に「サラジーヌ」が収録されている。ネタバレ要素を含むので、先にこちらから読んだ方がよいだろう。
僕自身は初読では内容がさっぱり理解できなかったが、後で『S/Z』本文を読んで、一文一文詳細な解説が施されているので「ああ、こういう話なのか」と概略は理解でき、本文を読み終えた後で再読した。
芸術の神に愛された若者であるサラジーヌが旅行先のイタリアでラ・ザンビネッラに逢いその虜となってしまう……といった内容である。
構造分析と標記されていて、下記の五大コードで項目分けされているが、大部分は修辞学の技法(換喩、提喩など)で分析されているように思える。特にコノテーションが重要なキーワードだろうか。ちなみに、下記の項目を押さえておけば理解がスムーズとなると思われる。
・サンタグム(連辞)ex. 「サクラ・ガ・サイタ」
・パラディグム(範列)ex. サクラ/バラ/チューリップ
・デノテーション(表示的意味作用、外示):「サクラ」←桜の花という対象の概念(内容)を示す
・コノテーション(伴示的意味作用、共示):「サクラ」→日本人にとって「大和心」「はかなさ」などを示す
五大コード:
・HER:解釈学的コード
・SEM:記号内容あるいは意味素といった諸単位の注記
・SYM:象徴の場の単位
・ACT:そのシークエンスを構成する諸項
・REF:参照のコード
先に記事を書いたトドロフとバルトとは師弟関係にあり、『小説の記号学』と本書は近い関係にあるように思われる。いずれも西洋の分厚い修辞学の蓄積があった上で展開される分析と見える。
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T.トドロフ『小説の記号学 文学と意味作用』(菅野昭正/保苅瑞穂 訳注)を読む。トドロフは東欧から西欧に亡命した人で、東欧と西欧の人文知を結びつける役割を果たしたとのこと。解説によると、この本はトドロフがバルトの指導を受けて執筆した博士論文に相当するらしい。
読んでみると、西洋には修辞学の厚い蓄積があって、これらの研究が成り立っているようだ。
本書は小説『危険な関係』を題材としている。巻末に登場人物表と粗筋が掲載されているが、書簡形式で描写された作品で複雑な筋らしく、一読では理解できない。実際に小説を読んだ方がいいかもしれない。岩波文庫であるとのこと。登場人物自体、既婚女性は夫人と記載されているので判別できるが、名前によっては男女いずれか判別できない登場人物もいる。
しかしそうした関係は、欲する、伝達する、協力するという三つの関係に簡単に還元されるものであることに直ちに気がつく。(84P)
……といったところがとりあえずメモした箇所である。
人称との関連で、本書では話者と作中の登場人物とは区別されている。もちろん、話者=登場人物のこともある。話者が物語の背景全てを見通している場合もあれば、逆に登場人物よりも知らない場合もある。話者>作中の登場人物、話者<作中の登場人物、いずれも成り立つ。
トドロフは日本語訳された著書も多く、とりあえずどれから読んだらよいのか分からず『小説の記号学』を選んだ。高田本ではトドロフも物語構造分析の事例として取り上げられているのだけど、具体的な書名は挙げられていなかった。
読んだ限りではトドロフのテキスト分析は長編小説を射程に入れており、昔話の分析にダイレクトに導入できるツール的な手法ではなさそうだ。
現在、バルトの『S/Z』を読んでいるが、師弟とも、修辞学の技法をベースに分析を進めているように見える。『小説の記号学』の177~178ページに修辞学の技法が一覧表として掲載されている。
ラクロ『危険な関係』は現在では角川書店から刊行されている。電子書籍版もあり。
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アラン・ダンダス『民話の構造 アメリカ・インディアンの民話の形態論』(池上嘉彦他/訳)を読む。
ダンダス(ダンデス)はアメリカ民俗学会の重鎮だそうだが、言語学にも通じていて、言語学の概念を民俗学に援用して解釈している。僕は言語学の知識はほとんど無いのでピンとこない箇所も多かった。イーミックとエティックといった区分の持つニュアンスは特にピンと来ない。
プロップが『昔話の形態学』で機能と名づけた概念をモチーフ素として、その連鎖で北米先住民の神話/民話の構造を分析している。レヴィ=ストロースに対しては批判的なスタンスだ。
モチーフ素の連鎖の事例としては、
・欠乏/欠乏の解消
・禁止/違反
・欺瞞/成功
これらが中核となる。そして、
・禁止/違反―結果―脱出の試み
・欠乏―欺瞞/成功―欠乏の解消
・欠乏/欠乏の解消―禁止/違反―結果―脱出の試み
といった組み合わせが挙げられている。
北米先住民の神話/民話は西欧の民話と比較して深み(depth)がないと分析されているとのこと。深みと訳すと誤読される怖れがなきにもしもあらずな気がする。深度とした方がいいような気もする。
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