書籍・雑誌

2020年3月25日 (水)

魅惑の花祭――早川孝太郎「花祭」

早川孝太郎「花祭」(角川ソフィア文庫)を読む。電子書籍版。講談社学術文庫版と両方あったが、角川が約370ページで講談社が約420ページだった。50ページの差がどこから来ているのかは分からない。

奥三河の花祭を取り上げた論考。祭りの式次第をモノグラフを加えて極めて詳細に記述している。実際に花祭を見たことがある訳ではないので到底理解したとは言い難いが、魅惑の祭であった。

早川は画家だったとのことで、その観察力がモノグラフに活かされている。現代なら写真を撮るところだが、写真だと被写体の全てを描写するのに対し、絵だと描きたい、強調したいところだけを描写することになるから、却って分かりやすいものとなっている。

現在の神楽研究でも「花祭」ほどに詳細に祭のあれこれを記述したものは無いと言えるだろう。発表された当時、民俗学者たちに衝撃を与えたというのも頷ける。

一方、読んでいて思い出したのだが、確か岩田勝の指摘だったと思うが、榊鬼、山見鬼の裏で土公祭文が読誦されていたそうなのだが、早川の注意は土公祭文には向かわないのだ。土公祭文は竈祓いの祭文でもあり、また、花祭で読誦される土公祭文では五郎王子が五郎の姫宮となっているといった特徴もあるのだが、本書ではほとんど取り上げられていない。今入手できる「花祭」は抄縮版であり、元の「花祭」では記述があったのかもしれない。

花祭に登場する榊鬼、山見鬼は年齢争いで負けて反閇を踏んで大地を鎮めるなど、敬愛される存在であり、同じ鬼でも悪鬼しか登場しない中国地方の神楽とは異なっている。

花祭見学ツアーなど催されていないのだろかと検索したところ、過去にそういうツアーがあったことは確認できた。徹夜で舞う祭なので、宿泊はしないのだろう。そういう意味ではあまり地元にお金が落ちないのかもしれない。

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2020年3月 6日 (金)

悪霊鎮送的解釈――三村泰臣「中国地方民間神楽祭祀の研究」

三村泰臣「中国地方民間神楽祭祀の研究」(岩田書院)を読み終える。神田神保町の古書店街のデータベースサイトで通販しているもの。約一万円と高価だったが、定価を確認すると8,400円で、Amazonのぼったくり出品に比べれば、ずっと良心的だった。本当は国会図書館に通って読もうかと思っていたのだけど、新型コロナウイルスが蔓延しているので、都心方面への遠征は避けた。

著者は広島県出身で広島在住の民俗学者。現役の先生である。地の利を活かし、安芸十二神祇や比婆荒神神楽、備後神楽、芸予諸島の神楽、周防地方の山代神楽などが議論の中心となっている。

中国地方の神楽祭祀について論じたもので、そういう点では専ら人に見せる演劇に特化した芸北神楽の扱いは非常に少ないものとなっている。

基本的な論調は、柳田・折口の神座鎮魂論―籠ることで善神を身に付着させ生命の再生を図るとするもの―の善神的な認識だけでは中国地方の神楽祭祀は説明できないとし、悪霊を依代に憑依せしめて攘却する悪霊鎮送的な認識で分析したものとなっている。

その点では悪霊強制説を展開した岩田勝に近い方向性である。後発ゆえの有利さもあって、広島県を中心とし、美作から周防にまたがる荒神信仰ベルトの神楽―これまであまり光が当てられていなかった安芸十二神祇、芸予諸島の名荷神楽、周防地方の山代神楽など―を紹介し、荒神神楽の意図するものを分析している。

例えば、神楽で天蓋は必須の舞台装置と言えるが(※修験との関係が薄いのか関東地方の里神楽では天蓋を使用しない)、元々は棺を覆うものだったとして、死霊鎮送的な意味を見出している。その点で荒神神楽の過去の資料を読み解き、今では無くなった浄土神楽はどのような内容だったのか考察している。

先に演劇に特化した芸北神楽については記述が少ないとしたが、なぜ中国地方の神楽はテンポが速く鬼退治を好むのかといった疑問に対し

このように中国地方の神楽には悪神・悪霊と関わる「悪神=鎮送」の神楽の伝統がある。悪神を鎮送するために激しいテンポの奏楽で悪鬼や大蛇などを退治する舞が展開されてきたのではなかろうか。この地方の人々が異常なまでに速いテンポの舞や悪鬼退治の舞を好むのは、中国地方の神楽が悪神・悪霊と密接に関わりながら展開してきたからに他ならない。(344P)

としている。祭祀から庶民の娯楽としての神楽の変遷を考えると、悪霊鎮送と現代の鬼退治人気をダイレクトに結びつけるのは短絡的な議論にも感じるが、とにかくそういう解釈がここではなされている。

岩田勝の死後、神楽とは何なのか追及する研究の潮流は絶えたかに見えたが、三村氏が広島で継承していた。これは中国地方をフィールドワークした強みと言えるだろう。最近の若手研究者は神楽周辺の環境を取り上げた研究が多いようなので、一方で神楽の本質を追求する研究する路線があってもよい様に思う。

なお、出版元の岩田書院のサイトに書評が掲載されている。

神田より子
http://www.iwata-shoin.co.jp/shohyo/sho1124.htm
藤原宏夫
http://www.iwata-shoin.co.jp/shohyo/sho1157.htm

 

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2020年1月 8日 (水)

記述自体は平易だが――山内志朗「普遍論争 近代の源流としての」

山内志朗「普遍論争 近代の源流としての」(平凡社)電子版を読み終える。本質主義/構築主義の対立はスコラ哲学の実在論/唯名論にまで遡るということで、参考になるかと思って読んでみたが、記述自体は平易なものの、初学者で一読では難しかった。

電子版で読んだが、書籍版だと約480ページ。その内後半がスコラ哲学関係の学者名小辞典となっている。本文は4章まであるが、3章までが難解というところだろうか。

本質主義というのは不変のエッセンス(神髄)が存在するという立場だが、構築主義もそれが時代の潮流によって影響を受けているとするだけで、エッセンスの存在自体は否定していないだろう。

芸において神髄が存在していないという人は多分いないだろう。言ってしまえば個々の芸、スキルつまり下部構造を統括する上位のスキル、上部構造となるが、それが何層にも渡って形成されているのだろう。それは脳の神経回路というところにまで帰せられるか。それは個々人の持って生まれたセンスと経験によって獲得した何物かということになるか。

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2020年1月 2日 (木)

今なら読める

http://www.iwata-shoin.co.jp/shohyo/sho1157.htm

三村泰臣「中国地方民間神楽祭祀の研究」という本の書評を藤原宏夫氏が「民俗芸能研究」52号で行っているのがネットに掲示されている。

昔テキストファイルのスクラップブックにコピペしたのを今読んでみると、中身が大分理解できる。少しは成長したということか。「中国地方民間神楽祭祀の研究」は一部分(将軍舞に関するところを)僕も読んでいるが、これなら国会図書館に通って読んでみても悪くないかもしれない。

Amazonで確認したら、中古本が55,000円と高騰している。5,000円くらいならと思ったけれど、あまりに馬鹿馬鹿しい値付けなので無理。

<追記>
神田より子氏も「山岳修験」47で書評を行っている。
http://www.iwata-shoin.co.jp/shohyo/sho1124.htm

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2019年12月29日 (日)

90年代の大学では

米沢穂信「さよなら妖精」という推理小説を読んでいる。ユーゴスラビアから来た少女をホームステイさせる話なのだけど(作中ではまだユーゴ紛争は起こっていない)途中「わざとでない伝統の創造ですね」というセリフが出る。「さよなら妖精」は2000年代の初め頃に出版された推理小説である。作者の米沢穂信と僕は十歳くらい違うのだけど、米沢の時代、90年代の大学だと「伝統の創造」という用語が教えられていたということになるだろうか。

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2019年12月24日 (火)

東北と南アルプスの神楽――久保田裕道「神楽の芸能民俗的研究」

久保田裕道「神楽の芸能民俗的研究」を読み終える。東北の山伏神楽(早池峰神楽)と南アルプス周辺(天竜川、大井川、安倍川流域)の湯立神楽についての研究書。

芸能民俗と民俗芸能とは逆さまの用語を使っている。柳田国男が芸能を民俗として取り扱わなかったこととも関連しているようだ(折口信夫に任せたとも解釈できるが)。

早池峰神楽については大償神楽と岳神楽とが交替で冬場に巡業していたとする。冬場は炭焼きをしていたが、炭焼きより実入りがよいのだとか。

南アルプスの鬼は出雲流神楽の鬼が悪役であるのに対し、そうではなくマレビト的性格を持つとする。反閇を踏んで大地を鎮めたりもするのだ。

また、南アルプス圏の神楽の共通要素として、願果たし、神送り、御霊信仰等を挙げている。

著者は僕より三歳年上のほぼ同世代の人。この本はもともと博士論文として書かれたものだったとのこと。

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2019年12月17日 (火)

音楽家が書いた神楽本――三上敏視「新・神楽と出会う本 歌・楽器・お囃子」

三上敏視「新・神楽と出会う本」を読み終える。全国の神楽を幅広く見て回っている人で、後半では全国50か所の神楽が紹介される。二次元バーコードが添付されていて、スマートホン経由で動画にアクセスできるようになっている。

前半は神楽の基本的な知識について語られるので入門用の本としても読める。音楽家が書いた本だけに、音楽面の記述が充実している。

著者のポリシーとして、神楽歌の無い神楽は神楽と認めないそうだが、関東の里神楽では神楽歌は歌われない(あるにはあるらしいが)。広島県の芸北神楽の新舞もどうだったか。旧舞には台本にあるのだけど、新舞では台本に記述が無かったような気がする。

せり歌というのもあって、お囃子に合わせて観客が歌うのだとか。昔は若い男女の出会いの場ともなっていたそうである。意中の人めがけて恋の歌を歌うのだとか。

後半では全国50か所の神楽が紹介されるのだけど、八調子石見神楽は取り上げられなかった。音楽性については大元神楽の項で触れられている。BPM200に達するとのこと。ロックに近いノリだとし、若者に人気の一因だろうとしている。

芸北神楽に関しては取り上げられなかった。極めて現代的な神楽なので取り上げる意義はあると思うのだが。

他、石見神楽の笛はリコーダーの様に誰でも音が出せるように改良されているとのこと。ヒーロー笛という商標らしい。

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2019年11月16日 (土)

江戸里神楽公演学生実行委員会のパンフレットを読む

国会図書館に行く。今回はダブル盛り蕎麦といなり寿司を食す。今回は江戸里神楽公演学生実行委員会のパンフレットを読むのが主な目的。主要な部分はコピーしてまだ読んでいない。

<追記>
コピーした部分を読んだが、江戸里神楽公演学生実行委員会という組織は外からは正体不明の組織と映るようである。全貌を把握するには、全パンフレットに目を通した方がいいか。

岩竹美加子/訳「民俗学の政治性―アメリカ民俗学100年目の省察から ニュー・フォークロア双書27」(未来社)の冒頭部分を読む。著作権の関係で半分しかコピーできなかったが、読み返してみると、かなり構築主義を匂わせた構成であった。

川野裕一朗「民俗芸能を取り巻く視線―広島県の観光神楽をいかに理解すべきなのか」「森羅万象のささやき 民俗宗教研究の諸相」の前半部分を読んだが、芸北神楽を評価しようという心意気は立派だが、やはり梶矢手の解釈で変な箇所がある。阿須那系梶矢手というのは石見神楽系としか考えられないからである。

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2019年10月 4日 (金)

歩く・見る・聞く――石塚尊俊「顧みる八十余年―民俗採訪につとめて―」

石塚尊俊「顧みる八十余年―民俗採訪につとめて―」を読む。出雲の碩学と言える著者の自伝的作品。生い立ちから中学校卒業までは普通の自叙伝風に描かれるが、大学に上がって民俗学を専攻するようになってからはテーマ別に分かれる。日記、採訪ノートをこまめにつけていたようで、何月何日、何時何分の特急で移動し、誰と会い、どこそこに泊まった等細かに記録されている。

民俗採訪七十年の章では、サエの神に始まって/タタラ・金屋子神をたずねて/納戸神との出会い/俗信の由縁を探る/イエの神・ムラの神、年頭行事/離島を訪ねて/奥所の神楽/民俗の地域差を考える―北陸同行地帯と安芸門徒地帯―と節が分かれる。また、各節に関連する論文が引用されている。

神楽については、離島を訪ねて/奥所の神楽といった節で言及される。中四国・九州と丹念に見て回っている。その成果が「西日本諸神楽の研究」としてまとまっていて博士論文ともなっているのだけど、郷土史の執筆等、神楽だけに専念する時間的余裕が無かったようで、東北、関東、中部など東日本の神楽には奥三河の花祭り以外言及されない。これがいかにも惜しく思われる。

「サエの神に始まって」では境界の神である塞の神を考察している。してみると、僕のルーツである浜田市下府町の才ヶ峠は塞の神と地獄の閻魔様の眷属を祀る十王堂が共存していることが特徴か。いわば生の世界と死の世界とを分かつ境界でもある訳だ。

戦時中は出征していて、中国戦線にいたようだ。満州や南方戦線だと生きて帰れなかっただろうと述懐している。中国では国境警備などに従事していたようで、激しい戦闘には遭遇していないようである。それでも、牛尾三千夫に対しては出征していない癖にといった複雑な感情があるのを別の論文(講演)で読んだことがある。

大正生まれの人であり、戦後、高度経済成長で民俗が失われ始めるまでの言わば民俗学の絶頂期を歩く・見る・聞くといった行為に費やしている。そういう意味では地方在住の民俗学者としての務めを忠実に果たしている。

<追記>
石塚は雑誌「山陰民俗」を主宰していたが、山陰民俗学会発足の経緯については語られていない。それは他の講演などで説明されたことだからかもしれない。

 

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2019年9月28日 (土)

体制転覆的――シェクナー「パフォーマンス研究 : 演劇と文化人類学の出会うところ」

「パフォーマンス研究 : 演劇と文化人類学の出会うところ」(リチャード・シェクナー, 高橋雄一郎/訳, 人文書院, 1998)を読み終える。

パフォーマンスというと演劇におけるパフォーマンスなどが狭義の意味でそうである。一方で、広義にとると、我々は日常生活において家庭では家庭人として、職場では職業人としてパフォームしているということになり、パフォーマンスは極めて広範囲な領域をカバーするのである。

また、演劇においては上演だけをパフォーマンスとするのではなく、稽古、上演、上演後のクールダウンに至るまで全ての過程がパフォーマンスだとしている。

演技と儀式に関する論考。演技も通過儀礼も<私>から<私でないもの>へと円環的に変化していくという点で共通しているとする。ギリシャ悲劇を手本として発展してきた西洋演劇に対して東洋の演劇を研究することで新風を吹き込もうとしている。

演技の場合、円環的にまた元の<私>にクールダウンされるのであるが、通過儀礼の場合は子供から大人の成員として変化を遂げることとなる。また、西洋の演劇ではクール・ダウンの方法論が確立されていないとしている。

インドのラーマーヤナの劇を大きく取り上げていて、日本の能についても触れられている。ラーマーヤナの劇は数十日にもおよぶ長大な内容を複数の劇場で移動しながら上演するという形式で、数万人もの観客がそれに従って移動するのである。一種の巡礼に近い。西洋演劇は三幕構成法によって物語のうねりが作られているが、インドの劇はそれとは異なり複数の筋が絡まり合いながら進行していく。

インドのラーマーヤナの事例の次はジャワ島の影絵劇(ワヤン)についてだった。オランダの植民地支配が長く続いた土地で(オランダ人はジャワ人に広く教育を施さなかった)、オランダの影響を受けて古典への回帰が図られたが(規範的期待)、シェクナーはそれは白人から見た古典としてお墨付きを与えるもので、構築主義的観点から異論を述べている。

最後の章では、トランス状態に入ることを目的とした研究者のワークショップの事例が紹介される。その宗教の内面を信じるのではなく、あくまで体のポーズ等にトランス状態に入り易い姿勢があるとのこと。トランス状態に入ることで一種の神秘体験をすることになる。神秘体験を経ることでそれまでの自分とは異なる自分となる。ただし、ここではそれは宗教的信仰とは結び付かない。

巻末の訳者あとがきでパフォーマンス理論について触れられていた。以前は演劇というと大学の文学部で学ぶもので、それも戯曲の解釈が中心だったという。その限界を超えたところでパフォーマンス理論は発展してきた。また、英国のカルチュラル・スタディーズと結びつき、内容を深化させてきた。ジェンダー理論などもそうである。東洋の演劇には植民地主義による支配-被支配の問題があるとしている(ポストコロニアル)。故にその内容は体制転覆的でもあるという。いわば既存の価値観を破壊的に乗り越えるのである。そういう点では日本では受け入れ難いのかもしれない。僕が感じたところだと、1980年代頃から盛んになってきた構築主義が根底にある。そういう意味では何でもありなのである。

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