書籍・雑誌

2024年2月25日 (日)

次なる産業構造へのトランスフォームが求められている――野口悠紀雄『平成はなぜ失敗したのか 「失われた30年」の分析』

野口悠紀雄『平成はなぜ失敗したのか 「失われた30年」の分析』を読む。僕の20代は平成とともに始まった。確かにあの頃、住専への公的資金の注入についてマスコミはどうして金融業界だけ特別扱いされるんだとネガティブキャンペーンを張っていた。結局不良債権処理は遅れに遅れ小泉政権まで持ち越されてしまった。

日本経済の抱える問題は金融緩和では解消せず、製造業主体の産業構造から次世代のそれにトランスフォームしなければならないと説く。ただ、日本の製造業の場合、現場の持っているノウハウというのは容易に捨てられないだろう。まあ、若い世代のスタートアップ企業に期待する他ない。

気が重いのは現在は高齢者1人を現役世代2人で支えているが将来的には1.5人で支えることになるという予測。この予測は確実に現実化する。現在でも重い負担なのに将来は更に重くなる。野口教授は消費税は15%以上になると予測している。もちろん他にも資産課税といった手段はあるのだが、これも既得権者の抵抗が強くて進んでいない。

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2024年の目標

このところネタ切れだと書いてきた。で、昔話の行為項分析に手をつけはじめた。あと、未到着だがスーリオの古本を注文した。
・昔話の行為項分析+α
・美学関連で購入した書籍の読破
辺りを今年の目標としたい。

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2024年2月23日 (金)

閃きは狙って起こせない――兎野卵

兎野卵というKindle作家の電子書籍を読み漁る。この人は漫画家として商業デビューしたものの単行本を一冊出した段階で商業活動は終わってしまったという経歴を持つ。難関大学の建築学科を卒業したらしく思考は明晰である。

兎野氏は売れなくてもいいからとにかく面白い漫画が描きたいと願っている。しかし、その面白い作品の核となる、つまりブレイクスルーとなるアイデアが閃かずに苦しんでいる。閃きというのは意思の力で狙って起こせるものではないからだ。狙って閃きを起こせるのはミステリーの探偵だけである。現在では一歩引いた視線で自分を見つめている。その視線で執筆したものが兎野氏の創作論シリーズとなる。

僕も現在ネタ切れを起こしているので、ブレイクスルーとなる閃きを渇望している。そういう点で自分と似ているなと思って読み進めた。

読んでいる内に、兎野氏は商業作家になりきれない自分を合理化しようとしているのではという思いが浮かんできた。それはそれで合理化の罠に囚われていることになる。解脱しようとしたつもりが別の罠に囚われてしまっている。

今は出版社を通さずともSNS等で漫画を発表することは可能だ。実際、漫画を発表してバズる漫画家も少なくない。ただ、そうなると更なるバズを狙って執筆していくこととなり、いつしか疲れてしまうのだとか。僕もSNSは少々利用しているがバズったことはないのでそこら辺の感覚は分からない。

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2024年2月14日 (水)

高田式行為項分析ができないか

見田宗弘「ごんは、なぜ、土間に栗を置いたのか?―グレマス『行為項モデル』に基づく『ごんぎつね』の解釈―」と高田明典「物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として」の行為項に関する部分を再読する。

行為項とはグレマスというフランスの構造主義記号学者が提示した概念で行為者とも訳される。グレマスの著作は『構造意味論 方法の探求』『意味について』の二冊を読んだ。非常に難解な本で(※フランス人自身が難解と言っているらしい)これに何の意味があるのかよく分からなかった。記号論の記号が使われているのだが独自に拡張されていてパソコンで表記するのはそのままでは難しい。

高田本ではプロップの提示した物語の機能(ファンクション)というかツークというかを関数で表し、関数を入れ子にすることでそこから論理関係を見出している。また、記号を∪∩から+-と変更し、手を入れることで分析しやすくしている。

まあ、物語を関数で表しても微分できる訳じゃないしなとも思うのだが。

見田論文は『ごんぎつね』を高田本で解説された手法で行為項分析している。高田式行為項分析としようか。論文末に行為項分析の具体的内容が示されているのだが、記号だけを見せられても「これは分析した本人しか意味がとれないだろう」となってしまう。

Sがサブジェクト(主体)、Oがオブジェクト(対象)、+がポジティブ、-がネガティブくらいの想像はつくのだが、記号の羅列だけでは何のことか分からない。

……ということで、当ブログには未来社『石見の民話』をモチーフ分析した記事がある。それらである程度下処理はできているので、それらをベースに実際に行為項分析ができないかと考えているところである。ネタ切れの今、できることと言ったらこれくらいしかない。

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東大の先生でも途方に暮れることがある――柳川範之「東大教授が教える独学勉強法」

柳川範之「東大教授が教える独学勉強法」を読む。独学は自分のペースでできるというメリットがある。高校生のとき自分のペースで勉強できたらと思ったことがある。

東大の先生でも若い頃に理解できない本に当たって途方に暮れてしまう経験をしたことがあるというのが収穫だった。そういう本は自分に合わない本として他に合う本が無いか探すのだそうである。

普段本をあまり批判的には読まないのだけど、批判的に読むことが大事だということは分かった。

自分は島根県石見地方の口承文芸や神楽をテーマとしたニッチなブログ記事を書いてきたのだけど、狭い地域の話なのでネタが尽きてしまった。かといって他地域に足を伸ばすほどの行動力はない。この状況をどう打開すればいいのかなと思って本書を読んでみたのだが、期待していたものとは少しずれていた。

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2024年2月13日 (火)

16年後の話――野口悠紀雄「2040年の日本」

野口悠紀雄「2040年の日本」を読む。前半は2040年頃の経済予測となる。現在、引退した老齢世代一人を現役世代が二人で支える図式となっているが、将来的には1.5人で支えることになると予測する。これはほぼ確実な予測である。なので、将来的に更に重い負担がのしかかることになる。後半は最新のテクノロジーを解説し、将来の社会の在り方がどのように変わっていくか予測している。

僕が若い頃から日本はハードは強いけどソフトは弱いと言われてきた。それは現在に至って大きく響いている。デジタル化によってアナログを得意としてきた日本の優位性が失われたからだ。

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2024年2月11日 (日)

ある程度は達成した、これからどうしよう?

自作の電子書籍の紹介文と目次を一覧にしてChatGPTに新しい企画のアイデアがないか質問してみた。返ってきた回答は中々に難しいものだった。僕はライターではないので取材の経験がない。フィールドワークの経験もない。できれば机上で実現できる範囲でやりたいのだが、そういう虫のいい話はない。

僕は島根県石見地方に題材を絞ってブログを運営してきた。いわばニッチ戦略であるが、これは要するに僕自身は天下国家を語る器ではないということである。自分のこととして認識できるのが石見地方くらいまでということである。

で、当初抱えていたテーマはある程度達成した。つまり、石見地方という狭い地域の話なのでネタ切れを起こしてしまった。で、これから先どうしようという話である。ちょうど野口悠紀雄教授の超シリーズを読んだところだが、テーマを見つけることが8割の重要性を持つとのことである。パレートの法則である。

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2024年2月10日 (土)

スマホで音声入力――野口悠紀雄『「超」創造法 生成AIで知的活動はどう変わる?』

野口悠紀雄『「超」創造法 生成AIで知的活動はどう変わる?』を読む。現状のAIは創作はできず(できても凡庸な出来となる)またデータを直接引き出すことも怪しい。データに関してはAPIを経由してデータベースやシステムに接続することで可能となっていくだろうとしている。ウェブスクレイピングと呼ばれる技術が発達したら状況は変わってくる。

AIには創造性が無いと見ている。話の何が「面白い」のかはAIには理解できない。着想を得るためには考え続けることが大事だとしている。その際のふとしたきっかけが閃きを生むとしている。例えばアルキメデスやニュートンなど。

あらゆる組み合わせを試すのは無駄で、無意味なものはどんどん捨てて絞っていくことの重要性が説かれる。

AIによって学びや仕事のあり方も変わってくるとしている。AIによって仕事を奪われるというよりむしろAIに適応した人に仕事を奪われる形になるだろうとしている。

著者は現在ではスマートホンに音声入力でメモを取っていると語る。ふとした思いつきは短期記憶なので憶え続けることが難しい。そこでスマホで音声入力することで効率を上げたとのこと。Googleドキュメントでクラウド上に保存することで、どの端末からでもアクセスできるとしている。

……確かにスマホでは音声入力に慣れることが必要なようだ。タッチパネルでの文字入力は非常にかったるい。

<追記>
ChatGPTに未来社『石見の民話』の民話を行為項分析した記事を読ませたが、あたかも僕より深く漏れなく解釈しているという印象で、昔話の分析であれば十分に使えるという印象。数字が絡んでくるものについてはまだ使えないようだが、人文科学系ならかなり使えるのではないか。

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2024年2月 1日 (木)

国会図書館のバックヤードではどのような業務が行われているか――NHK「ザ・バックヤード 知の迷宮の裏側探訪 国立国会図書館」

NHK+で「ザ・バックヤード 知の迷宮の裏側探訪 国立国会図書館」を見る。蔵書数日本一。4700万点を誇る国会図書館。国会議事堂の隣に国会図書館・東京本館はある。1948年(昭和23年)以降の日本で発行された全ての出版物を収集。

ナレーターは中村倫也。案内人はラパルフェの都留拓也。総務部広報担当の女性がガイド役。

バックヤードを探検。国内資料課(収集書誌部国内資料科)で納本受付の業務を見学。毎朝、出版取次から送られてきた書籍を受け入れる(※出版取次が出版社に代わって一括納本する)。国立国会図書館法では日本国内で発行された全ての出版物はその出版社が国立国会図書館に納める義務があるとされている。

1948年に設立、国会活動の補佐を目的の一つとして設立された。他、資料・情報の収集・整理・保存、情報資源の利用提供、各種機関と連携協力にあたっている。本・新聞・雑誌・地図、CD、DVDなどが対象。一日に届く資料は約3,000点。一年で約80万点が届く。

本が届くとすぐに汚れや破れがないかを一冊一冊手作業でチェックする。落丁があった場合は完全な状態の本を納め直してもらう。完全な形で未来へ残すため。

膨大な資料の整理にはデータの作成が欠かせない。膨大な蔵書の中から利用したい本にたどり着くにはデータ作りが大切。利用する際に端末で検索するが、その際にデータが必要となる。

データ作りには記述と主題という二つの作業がある。記述は本のタイトル、作者、出版社など基礎的な情報。主題は本のテーマを表す件名を入力する。件名が検索に役立つ。件名は目的の本にたどり着くために本の内容をわかりやすくキーワードで表したもの。

たとえば「広辞苑」なら「日本語―辞書」と表す。気になるテーマの本が見つけやすくなる。テーマを要約して的確に過不足なく表現するのが難しい。本によって異なるが、一冊で5分から15分くらいかける。経験を積むと本を全部読まなくても短時間で件名がつけられるようになる。秘訣としてタイトル・目次・序文・後書きなどを読んで判断している。

たとえば「食べる経済学」という本だと経済学という件名もあるが、それだと広すぎるので絞り込んだ件名を考えていく。前書きや目次から農業経済学と判断、食べることにまつわる社会問題を扱っていると判断する。件名は「食料問題」となった。

1語で表せないときは3語・4語で表しより幅広い検索に対応する。困ったときは職員同士で話し合い適切な言葉(件名)を考える。国内資料課の約30人の職員で膨大な本を整理、データ作成をしている。

次に書庫に向かう。新館は地下1階から地下8階までが書庫になっている。地下8階分が全て書庫。新館の書庫は東西に約135m、南北で約43mある。ワンフロアの面積や約1800坪。本館と新館の書庫に置かれた本棚を繋ぎ合わせると約412㎞。東京から大阪までの直線距離に匹敵する。

書庫の中は資料を管理するため、年間を通じ温度約22℃・湿度約55%を目安に大きな変化がないように調整されている。地下に書庫を作る理由は地上に比べて地震の揺れが少ないから資料の落下などの被害を抑えることができるため。

資料を守るための仕組みとして外壁と書庫の間にスペースを設けた二重構造になっている。外壁との間にスペースをつくることで書庫内の温度・湿度が外気からの影響を受けない。万が一外壁から雨水が入り込んでもこの空間でストップさせる造りとなっている。大切な資料を守るため徹底管理して保存している。

雑誌「女性自身」が紹介される。そのままの状態のものと表紙がつけられたものとがある。出版物が痛むのを防ぐため、硬い表紙をつけて保存している。継続して収集することで時代の証が見えてくる。「女性自身」1963年(昭和38年)11月25日号ではオフィスレディ、略称OLという今ではおなじみの和製英語が投票で決定、誕生したことが分かる。1963年は東京オリンピックを翌年に控え日本では好景気で女性の社会進出が進んだ。時代の空気感まで伝わる。

1979年(昭和54年)11月に出た雑誌「ムー」の創刊号も紹介される。1979年にはアメリカの惑星探査機ボイジャー1号が木星の撮影に成功、当時は空前のUFOブームだった。

古い時代の資料も数多く所蔵されている。国会図書館は明治時代の帝国議会内貴族院・衆議院の図書館と国立の帝国図書館を源流とするため1948年より前の資料も数多く所蔵している。

1906年(明治39年)発売の「美観画報」という雑誌が紹介される。100年以上前の本が完全な状態で残っている。明治末期の雑誌に載っているのは芸者のグラビア写真。

レコードや楽譜も所蔵している。例としてドラマ「ブギウギ」のモデルとなった笠置シズ子の楽譜(スヰングアルバム:1948年発売)が紹介される。SPレコードの復刻盤(アナログレコード)も紹介される。

国会図書館は日本の文化的資産の宝庫でもある。

書庫の主役は資料。人間にとって必要なトイレがない。書庫への浸水を防ぐため。トイレは地上階まで行かなければならない。水分の持ち込みも禁止。水分補給も地上階へ。

職員のことも考え、書庫中央には地下1階から8階まで吹き抜けになったスペースがある。自然光が差し込んでいる。この空間をつくった理由として、地下で働くスタッフのストレス軽減、停電時の備えが挙げられる。

東京本館の他、京都の関西館、上野の国際子ども図書館の三館がある。関西館は2002年(平成14年)に開館した。膨大に増え続ける資料の保管にも役立つ。2020年(令和2年)に完成した書庫棟には資料を守る最新の機能を備わっている。書庫には通気性を良くしてカビなどを防止するための穴が開いている。本の大敵であるカビの発生を防ぐ。他に、震度4以上の揺れを感知すると自動的にストッパーが跳ね上がり本の落下を防止する書棚となっている。

関西館の書庫には研究者が博士の学位を取得する際に大学などに提出する博士論文が所蔵されている。博士論文は1974年度(昭和49年)まで文部省(当時)に提出していた。その論文が国立国会図書館に移管された。1975年度(昭和50年)以降は大学から直接論文を収集、関西館で60万人以上の論文を所蔵している。手塚治虫(医学博士)の論文を入れた封筒が紹介される。日本で初めてノーベル賞を受賞した湯川秀樹の博士論文(1938年/昭和13年)も紹介される。日本の知の財産を継承している。

未来へ引き継ぐ一大プロジェクトとして資料を末永く保存し未来へ引き継ぐ取り組みが行われている。暗幕で仕切られた薄暗い部屋の中へ入ると資料を撮影する機械が紹介される。
資料を永く保存し次の世代に引き継げるようにデジタル化を進めている。電子情報部電子情報企画課資料デジタル化推進室の女性が案内する。

地道な作業。カメラで1ページずつ撮影して保存する。真ん中(ノド)に文字や絵がある資料は撮影することが難しい。普通に読もうとしてもなかなか読むことができなかったりする。本のページの内側は曲がって見えにくい。ガラス板で押さえるだけでは文字が読めない。

このようなときは定規などを使って撮影する。定規を使う前に真ん中の中央部分の凹んでいる部分に板を差し込んで真ん中部分を浮き上がらせる。そしてページ数の少ない左側を浮かせるために下にスポンジを敷く。スポンジの板を使い左右のページの高さを調整する。水平にしたら定規を当てて文字が見えるように紙を伸ばす。ガラス板で平らな状態にしてようやく準備完了。撮影すると真ん中の文字が見えるようになる。調整後は文字が隠れずに映っている。

全部のページでこの作業を行う。デジタル化は情報の漏れがないように全ページを正確に撮影する。

デジタル化の工夫としてVの字の機械が紹介される。機械には2台のカメラが装着されており、Vの形をした撮影台となっている。用途として劣化した資料、背の部分が壊れる可能性があるものを撮影するのに使う。開き切らずに資料を置くことができる。2台のカメラで撮影して見開き1枚の画像に合成する。資料の状態に合わせたデジタル化の設備が整えられている。

大きな資料を撮影するための大型の機械も紹介される。地図などかなり大きな資料でもページ全体を一回で撮影できる。デジタル化を行うことで資料原本を書庫から出す必要がなくなり良い状態で後世に残せる。また、インターネットで資料がどこからでも便利に見られる。2023年11月末現在、約365万点のデジタル化作業が終了している。資料の保存と利用のために日々作業を行っている。国立国会図書館ならではの使命に大きく貢献。

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2024年1月29日 (月)

暗黙の前提は何か――篠原信「ひらめかない人のためのイノベーションの技法」

篠原信「ひらめかない人のためのイノベーションの技法」を読む。著者は農業研究者で水耕栽培に有機肥料を使用する方法を開発した人らしい。イノベーションにおいては「暗黙の枠組み」に気づき、そこからズレた思考の枠組みを設定し直すことが大事だとしている。また、市場においてはガラケーからスマートホンへの急激な移行が起こったように「評価軸」が変わることがある。それもイノベーションの種となる。教科書には「暗黙の前提条件」がある。その前提条件を変えてみることで新たな発見が生まれることがあるという。

筆者は学生時代に「朝生」をまともに見られなかった記憶がある。朝4時まで起きていられなかったということもあるが、一人のゲストが発言している途中に他のゲストが茶々を入れて何を言っているか分からなくなってしまうからだった。そこが人気の一因だったとは思うが。あの場をまとめていた田原総一朗氏は聖徳太子のような人だったのかもしれない。マイケル・サンデル氏の番組も見たことがあるが、頭の回転が極めて速くてついていけないと感じたこともある。

筆者は文系かつ事務系なので発明発見とは無縁だが、ブログの記事を書くのにまだ手をつけられていない沃野がないか無意識に希求している。そういう意味では参考になる本だった。

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