NHK+で「ザ・バックヤード 知の迷宮の裏側探訪 国立国会図書館」を見る。蔵書数日本一。4700万点を誇る国会図書館。国会議事堂の隣に国会図書館・東京本館はある。1948年(昭和23年)以降の日本で発行された全ての出版物を収集。
ナレーターは中村倫也。案内人はラパルフェの都留拓也。総務部広報担当の女性がガイド役。
バックヤードを探検。国内資料課(収集書誌部国内資料科)で納本受付の業務を見学。毎朝、出版取次から送られてきた書籍を受け入れる(※出版取次が出版社に代わって一括納本する)。国立国会図書館法では日本国内で発行された全ての出版物はその出版社が国立国会図書館に納める義務があるとされている。
1948年に設立、国会活動の補佐を目的の一つとして設立された。他、資料・情報の収集・整理・保存、情報資源の利用提供、各種機関と連携協力にあたっている。本・新聞・雑誌・地図、CD、DVDなどが対象。一日に届く資料は約3,000点。一年で約80万点が届く。
本が届くとすぐに汚れや破れがないかを一冊一冊手作業でチェックする。落丁があった場合は完全な状態の本を納め直してもらう。完全な形で未来へ残すため。
膨大な資料の整理にはデータの作成が欠かせない。膨大な蔵書の中から利用したい本にたどり着くにはデータ作りが大切。利用する際に端末で検索するが、その際にデータが必要となる。
データ作りには記述と主題という二つの作業がある。記述は本のタイトル、作者、出版社など基礎的な情報。主題は本のテーマを表す件名を入力する。件名が検索に役立つ。件名は目的の本にたどり着くために本の内容をわかりやすくキーワードで表したもの。
たとえば「広辞苑」なら「日本語―辞書」と表す。気になるテーマの本が見つけやすくなる。テーマを要約して的確に過不足なく表現するのが難しい。本によって異なるが、一冊で5分から15分くらいかける。経験を積むと本を全部読まなくても短時間で件名がつけられるようになる。秘訣としてタイトル・目次・序文・後書きなどを読んで判断している。
たとえば「食べる経済学」という本だと経済学という件名もあるが、それだと広すぎるので絞り込んだ件名を考えていく。前書きや目次から農業経済学と判断、食べることにまつわる社会問題を扱っていると判断する。件名は「食料問題」となった。
1語で表せないときは3語・4語で表しより幅広い検索に対応する。困ったときは職員同士で話し合い適切な言葉(件名)を考える。国内資料課の約30人の職員で膨大な本を整理、データ作成をしている。
次に書庫に向かう。新館は地下1階から地下8階までが書庫になっている。地下8階分が全て書庫。新館の書庫は東西に約135m、南北で約43mある。ワンフロアの面積や約1800坪。本館と新館の書庫に置かれた本棚を繋ぎ合わせると約412㎞。東京から大阪までの直線距離に匹敵する。
書庫の中は資料を管理するため、年間を通じ温度約22℃・湿度約55%を目安に大きな変化がないように調整されている。地下に書庫を作る理由は地上に比べて地震の揺れが少ないから資料の落下などの被害を抑えることができるため。
資料を守るための仕組みとして外壁と書庫の間にスペースを設けた二重構造になっている。外壁との間にスペースをつくることで書庫内の温度・湿度が外気からの影響を受けない。万が一外壁から雨水が入り込んでもこの空間でストップさせる造りとなっている。大切な資料を守るため徹底管理して保存している。
雑誌「女性自身」が紹介される。そのままの状態のものと表紙がつけられたものとがある。出版物が痛むのを防ぐため、硬い表紙をつけて保存している。継続して収集することで時代の証が見えてくる。「女性自身」1963年(昭和38年)11月25日号ではオフィスレディ、略称OLという今ではおなじみの和製英語が投票で決定、誕生したことが分かる。1963年は東京オリンピックを翌年に控え日本では好景気で女性の社会進出が進んだ。時代の空気感まで伝わる。
1979年(昭和54年)11月に出た雑誌「ムー」の創刊号も紹介される。1979年にはアメリカの惑星探査機ボイジャー1号が木星の撮影に成功、当時は空前のUFOブームだった。
古い時代の資料も数多く所蔵されている。国会図書館は明治時代の帝国議会内貴族院・衆議院の図書館と国立の帝国図書館を源流とするため1948年より前の資料も数多く所蔵している。
1906年(明治39年)発売の「美観画報」という雑誌が紹介される。100年以上前の本が完全な状態で残っている。明治末期の雑誌に載っているのは芸者のグラビア写真。
レコードや楽譜も所蔵している。例としてドラマ「ブギウギ」のモデルとなった笠置シズ子の楽譜(スヰングアルバム:1948年発売)が紹介される。SPレコードの復刻盤(アナログレコード)も紹介される。
国会図書館は日本の文化的資産の宝庫でもある。
書庫の主役は資料。人間にとって必要なトイレがない。書庫への浸水を防ぐため。トイレは地上階まで行かなければならない。水分の持ち込みも禁止。水分補給も地上階へ。
職員のことも考え、書庫中央には地下1階から8階まで吹き抜けになったスペースがある。自然光が差し込んでいる。この空間をつくった理由として、地下で働くスタッフのストレス軽減、停電時の備えが挙げられる。
東京本館の他、京都の関西館、上野の国際子ども図書館の三館がある。関西館は2002年(平成14年)に開館した。膨大に増え続ける資料の保管にも役立つ。2020年(令和2年)に完成した書庫棟には資料を守る最新の機能を備わっている。書庫には通気性を良くしてカビなどを防止するための穴が開いている。本の大敵であるカビの発生を防ぐ。他に、震度4以上の揺れを感知すると自動的にストッパーが跳ね上がり本の落下を防止する書棚となっている。
関西館の書庫には研究者が博士の学位を取得する際に大学などに提出する博士論文が所蔵されている。博士論文は1974年度(昭和49年)まで文部省(当時)に提出していた。その論文が国立国会図書館に移管された。1975年度(昭和50年)以降は大学から直接論文を収集、関西館で60万人以上の論文を所蔵している。手塚治虫(医学博士)の論文を入れた封筒が紹介される。日本で初めてノーベル賞を受賞した湯川秀樹の博士論文(1938年/昭和13年)も紹介される。日本の知の財産を継承している。
未来へ引き継ぐ一大プロジェクトとして資料を末永く保存し未来へ引き継ぐ取り組みが行われている。暗幕で仕切られた薄暗い部屋の中へ入ると資料を撮影する機械が紹介される。
資料を永く保存し次の世代に引き継げるようにデジタル化を進めている。電子情報部電子情報企画課資料デジタル化推進室の女性が案内する。
地道な作業。カメラで1ページずつ撮影して保存する。真ん中(ノド)に文字や絵がある資料は撮影することが難しい。普通に読もうとしてもなかなか読むことができなかったりする。本のページの内側は曲がって見えにくい。ガラス板で押さえるだけでは文字が読めない。
このようなときは定規などを使って撮影する。定規を使う前に真ん中の中央部分の凹んでいる部分に板を差し込んで真ん中部分を浮き上がらせる。そしてページ数の少ない左側を浮かせるために下にスポンジを敷く。スポンジの板を使い左右のページの高さを調整する。水平にしたら定規を当てて文字が見えるように紙を伸ばす。ガラス板で平らな状態にしてようやく準備完了。撮影すると真ん中の文字が見えるようになる。調整後は文字が隠れずに映っている。
全部のページでこの作業を行う。デジタル化は情報の漏れがないように全ページを正確に撮影する。
デジタル化の工夫としてVの字の機械が紹介される。機械には2台のカメラが装着されており、Vの形をした撮影台となっている。用途として劣化した資料、背の部分が壊れる可能性があるものを撮影するのに使う。開き切らずに資料を置くことができる。2台のカメラで撮影して見開き1枚の画像に合成する。資料の状態に合わせたデジタル化の設備が整えられている。
大きな資料を撮影するための大型の機械も紹介される。地図などかなり大きな資料でもページ全体を一回で撮影できる。デジタル化を行うことで資料原本を書庫から出す必要がなくなり良い状態で後世に残せる。また、インターネットで資料がどこからでも便利に見られる。2023年11月末現在、約365万点のデジタル化作業が終了している。資料の保存と利用のために日々作業を行っている。国立国会図書館ならではの使命に大きく貢献。