昔話の計量テキスト分析――浮布の池
◆はじめに
以下はKH Coder(無償版:version 3.Beta.08e)を用いた昔話の計量テキスト分析である。昔話の類話の比較にツールを利用できないか試行してみた。
手持ちの資料が限られるため、分析の対象となる元データの文字数が少ないものの(※本来であれば5000字以上は欲しい)、分析自体は正常に処理されていると判断した。
KH Coderの操作に慣れる目的も兼ねて行った作業で、コーディングルールの記述の事例集、あるいは速習用のチュートリアルとしてでも読んで頂ければ……といったところである。
なお、KH Coderでよく用いられるのは共起ネットワークと対応分析とのことで、それ以外はおまけパートと思って頂いて構わない。操作に習熟するにはコーディングルールの記述に慣れるのが第一である。
◆ファイル
各ファイルをダウンロードしてKH Coderに読み込ませれば同様の分析が再現可能である。
ダウンロード - ca_pb_039_ukinunonoike.xlsx
ダウンロード - ca_pb_039_codingrules.txt
ダウンロード - kh_coder_startingedition_sagyotejunsho.txt (※作業手順書)
※「H5」とはHTMLでいうところのヘッダー(見出し)・レベル5で本文に相当すると考えればよい。
※[コーディング単位]は「文/段落/H5」から選べるが、状況に応じて適切と思われるものを選択する必要がある。処理が上手くいかないと感じた場合、コーディング単位を切り替えると上手く処理されるケースがままある。
※公式マニュアルでは「集計単位」という用語が使われている。共起関係について、
・「文」では一文単位での分析
・「段落」では段落単位の分析
・「H5」では表計算ソフトのセル単位とされ、改行を含めた一セルの中身全体が分析単位となる
※レファレンスでも索引で「コーディング単位」の項目は設けられていない。操作性に関わる重要項目であるものの、その仕様について不明瞭な感はある。
※当ブログの場合、表計算ソフトのフォーマットで読み込ませているからH5固定でいいだろうと思い込んでいたら、さにあらずだった。
◆あらすじ
・「浮布の池」(未来社『石見の民話』)
三瓶山の麓にある浮布の池はもとは浮沼池という。昔、池の原の長者の子ににえ姫という美しい姫がいた。古くから池に住む池の主がいつしか姫に思いを寄せるようになった。姫は池のほとりで美しい若者と出会った。姫は若者に心を惹かれた。姫は若者の誘いで池に行くと気を失ってしまう。そして空を飛ぶ夢を見る。気づくと一人で池のほとりに座っていた。着物は濡れていなかった。このようなことが度重なって、姫の顔に生気が無くなってきた。人々の心配を他所に姫は池のほとりを歩く。ある日、通りかかった武士が大蛇に巻き付かれた姫を見た。武士は弓で大蛇を射る。浮布の池はざわめいたが、池の主の姿はなかった。意識を取り戻した姫だったが、池に身を投げて死んでしまった。姫が着ていた衣の裾が白く帯のように池の中央に浮かんでいた。この日は六月一日で、それから毎年六月一日にはこの白い波の道が光って池の表に現れるところからこの池を浮布の池と呼ぶようになった。にえ姫を祀るにえ姫神社は池の東側の中ノ島にある。
・「池の主とむすめ」(日本標準『島根の伝説』)
昔、三瓶山の麓に池の原長者という長者がいた。そこには気立ての優しいきれいな娘がいた。ある夕方のこと、娘が池の傍にいると、身なりの立派な若者が通りかかった。見たことのない若者だったが、二人は話し合う仲となった。それからというもの、二人は逢うことを楽しんだ。ある日のこと、弓の上手な武士が池の側を通ると、大蛇に巻きつかれた娘がいた。これは大変と矢を射ると見事当たった。大蛇は池に逃げたが、娘には大蛇が若者に見えていたので、自分も跡を追った。やがて、娘の着物が布を流したように浮いてきた。人々は浮布の池と呼んだ。若者は池の主の大蛇だった。
◆コーディングルール
※コーディングルールのキーワードは重要と判断したものを人力でピックアップしている。そのため、恣意性を伴う分析となる。
※活用形でなく基本形で入力する。
※[前処理]→[語の抽出結果を確認]でキーワードがどのように分節されているか検索すると結果の一覧[語の抽出結果]が表示される。
※[Result]から確認したい行をクリックして選択、画面下の[詳細表示]ボタンをクリックするとサブ画面が表示され、活用形や基本形が確認できる。
※昔話では「否定/肯定」「肯定/否定」と属性が変化することが多いと考え、否定詞「ない」「まい」「ぬ」「ん」、また禁止を意味する「な」を共通のコードとして設定している。
※[関連語検索]で否定詞の共起語の一覧を表示させたところ、日本の昔話のように掌編レベルのボリュームだと、物語の動因となる箇所に関する語句が上位に表示される傾向が強いのではないか……といった印象があり、検証作業中である。
※無償版では強制抽出語の指定が機能制限で事実上使用できないため以下のような手法をとっている。
*三瓶山
三瓶山
*浮布池
'浮布池' or '浮布の池' or 池
*にえ姫
'にえ姫' or 姫
*惹かれる
惹かれる or ( 思い and 寄せる )
*衣
着物 or 衣
*気絶
気 and 失う
*巻き付く
巻き付く or 巻きつく
*身投げ
( 身 and 投げる ) or ( 跡 and 追う )
*六月一日
'六月一日'
*池の原
'池の原'
*美しい
美しい or きれい
*ない
ない
*ぬ
ぬ
*ん
ん
*るな
'るな'
*るまい
'るまい'
*長者
長者
*主
主
*若者
若者
*濡れる
濡れる
*生気
生気
*武士
武士
*大蛇
大蛇
*射る
射る
*死ぬ
死ぬ
*浮かぶ
浮かぶ
*神社
神社
*娘
娘
*見える
見える
*身なり
身なり
*立派
立派
◆共起ネットワーク
・[コーディング単位]を[H5]に設定する。
※[描画する共起関係(edge)の選択]で「係数」を「0.2」から「0.3」に修正する。
※[強い共起関係ほど濃い線に]にチェックを入れる。
Jaccard係数が0.3以上はかなり強い共起関係にあることを示しているが、分析対象となる元データの文字数が少ないため係数が高めに出てしまう傾向にあるため、こうしている。
※Jaccard係数は共起関係(※ある言葉に続いて出てくる関係)の強さを表し 0≦係数≦1 の範囲の値をとる。
【Jaccard係数】
・0.1 →関連あり
・0.2 →強い関連あり
・0.3以上 →とても強い関連あり
※ただし、あくまで目安であって絶対ではない。
ざっと確認したところ、共通するキーワードが中央のサブグラフ(バブルが島状に集まった一塊)に表示され、類話によって異なるキーワードがそれぞれのサブグラフとして周辺に表示される形となっている。
※なお、各バブル間の距離や配置に意味はない。
◆対応分析
・[コーディング単位]を[H5]に設定する。
※[外部変数]は[タイトル]のまま続行。
※[差異が顕著なコードを分析に使用]で上位「40」とした。また[バブルプロット]にチェックを入れている。これらは文字の重なりを極力避けるためである。
※文字が重なって読みづらい場合、オプション画面の[コード選択]で不要なコードのチェックを外してもよい。
x、y軸上の原点(0.0)から点線が伸び交差した箇所が原点となる。原点から離れるほど特徴的なキーワードだと分析される。
原点付近には「若者」「大蛇」「身投げ」といったキーワードがプロットされている。未来社版では「にえ姫」「死ぬ」「浮かぶ」といったキーワードが原点から離れてプロットされている。日本標準版では「娘」「身なり」「立派」といったキーワードが特徴的とされている。
◆解釈
ほとんど同じ内容で、言葉選びの違いに過ぎない。「にえ姫」は「にべ姫」とされることが多い。
◆階層的クラスター分析
・[コーディング単位]を[文]に変更、実行するとデンドログラム(樹状図)で可視化される。
※キーワード指定しても可。
概ねストーリーに沿った内容でクラスター化されている。
※当ブログの場合、[コーディング単位]が[段落][H5]だと、コードを全て選択するとエラーが返される結果となった。
◆クロス集計
・[コーディング単位]を[文]に変更、[集計]する。
※「タイトル」で集計をかけた。
クロス集計をかけたところ、「にえ姫」「娘」といったキーワードでカイ(χ)2乗値で相関関係を示す結果(※マーク)が得られた。
マップとして描画したところ、「見える」「娘」といったキーワードの残差が大きく(濃く)表示される結果となった。バブルとしては「浮布池」「にえ姫」が大きく描画された。
◆KWICコンコーダンス
現状ではテキストマイニングのツールに文脈を読む性能はないため実際に該当箇所を読んで人力で判断する他ない。KWICコンコーダンスでキーワード指定すれば指定したキーワードがどのような文脈で用いられているか一覧で抽出される。
◆関連語検索
・[集計単位]を[文]に変更、[集計]する。
・[Search Entry:]の一覧からキーワードを選択してダブルクリックすると[Result]に指定したキーワードの品詞や共起関係が表示される。
※[Result:]から行指定してダブルクリックするとKWICコンコーダンスに遷移する。
※[Result:]の一覧から範囲指定して[コピー]したものを表計算ソフトやテキストファイルにペーストすることも可能である。
[#直接入力]を指定して「投げる」といったキーワードで検索すると関連語が一覧で表示される。
◆属性の転倒
・「ない」の結果上位一覧
| N | 抽出語 | 品詞 | 全体 | 共起 | Jaccard |
| 1 | 姿 | 名詞C | 1 (0.034) | 1 (0.333) | 0.3333 |
| 2 | 仲 | 名詞C | 1 (0.034) | 1 (0.333) | 0.3333 |
| 3 | 濡れる | 動詞 | 1 (0.034) | 1 (0.333) | 0.3333 |
| 4 | 話し合う | 動詞 | 1 (0.034) | 1 (0.333) | 0.3333 |
| 5 | 着物 | 名詞 | 2 (0.069) | 1 (0.333) | 0.25 |
| 6 | 見る | 動詞 | 3 (0.103) | 1 (0.333) | 0.2 |
| 7 | 主 | 形容動詞 | 3 (0.103) | 1 (0.333) | 0.2 |
| 8 | 浮 | 未知語 | 4 (0.138) | 1 (0.333) | 0.1667 |
| 9 | 布 | 名詞C | 5 (0.172) | 1 (0.333) | 0.1429 |
| 10 | 若者 | 名詞 | 7 (0.241) | 1 (0.333) | 0.1111 |
池の主に誘惑された姫は武士によって大蛇から一旦解放されるものの、その跡を追って入水してしまう……といった粗筋となっている。
短いお話の中で属性の転倒を多用するのが昔話の特徴の一つと考えられる。
ここで「/」(スラッシュ)を「転倒」を意味する記号として用いる。スラッシュは様々な場面で用いられていて文脈依存的な記号という欠点もあるが、視覚的にはイメージしやすいと判断した。
・[姫|恋:成就/死]
・[姫|武士:阻止/入水]
・[大蛇|若者:誘惑/退散]
こういった風にお話を転がしていると分析できる。
姫の運命は恋を成就させることで却って「生/死」へと転倒されてしまう。
◆類似度行列
・[コーディング単位]を[文]に変更して[集計]。Jaccard係数がマトリクス形式で確認できる。
・ある列を選択して画面右下の[コピー(選択列)]をクリックすると、当該のキーワードに関するJaccard係数がコピーされるので、それを表計算ソフトにペーストするといった利用が可能となる。
※当ブログでは[コーディング単位]が[段落][H5]の場合、Jacccard係数が1.0~0.5といった結果がほとんどで、意味のない結果となった。
◆多次元尺度構成法
・[コーディング単位]を[文]に変更して実行。
・共起関係を確認したいキーワードを指定。
・次元を「2」から「3」に変更して実行、三次元のマップとした。
姫が身投げしてしまうくだりに関連したキーワードを指定したところ、「娘」が離れた位置にプロットされた。
※選択するキーワードによって相対的な位置関係は変わり得る。
※実行すると指定したキーワードの幾つかが除外されるとメッセージが表示される。テキストのボリューム不足のためか無償版の仕様によるものか判断がつかない。
※当ブログの事例では「文」以外、「段落」と「H5」では除外されるキーワードが増える傾向となった。
◆自己組織化マップ
[コーディング単位]を[文]に変更して実行。
記述内容が視覚的に整理され、類似性の高い内容が近くに配置される。概ねストーリーに沿った形で各クラスターが表示される。
※当ブログの事例では「文」以外、「段落」と「H5」ではエラーが返される結果となった。
※クラスター化の計算を繰り返すため処理に時間がかかるので要注意。
※クラスターの配置、距離に意味はない。
◆トピックの推定
・[ツール]→[文書]→[トピックモデル]→[トピックの推定]を選択。
・[集計単位]を[文]に変更。
・[OK]ボタンをクリックすると、[トピックの推定結果]画面が表示される。
・各トピックで高い確率で出現する語句がリストアップされる。
・[#1]といった欄をクリックすると、文書検索画面が表示される。
◆ベイズ学習による分類
・[ツール]→[文書]→[ベイズ学習による分類]→[外部変数から学習]を選択。
・[分類の単位]を[文]に変更。
・[学習する外部変数]は[書名]に変更する。
※「タイトル」のままでもよし。
・[OK]ボタンをクリックすると、ファイルの保存画面が表示されるので、任意のファイル名を記述して保存する。
・[ツール]→[文書]→[ベイズ学習による分類]→[学習結果ファイルの内容を確認]を選択。ファイル選択画面が開くので、先ほど保存したファイルを指定して開く。すると[学習結果ファイル]画面が開くので内容の確認を行う。
※[学習結果を用いた自動分類]については割愛する。
※[トピックの推定]と[ベイズ学習による分類]は固有名詞などを強制抽出語としてあらかじめ指定しておかないと正確に分析されないケースが生じる。正式に利用したい際は有償版の購入をお勧めする。当ブログのはあくまでテストケースとしてのものである。
※[トピックの推定]と[ベイズ学習による分類]はコーディング・ルールに依らない分析手法となるが、筆者の能力的に追及はしない。
◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.21-23.
・『島根の伝説』(島根県小・中学校国語教育研究会/編, 日本標準, 1978)p.93.
・『動かして学ぶ!はじめてのテキストマイニング』(樋口耕一, ナカニシヤ出版, 2022)
・『社会調査のための計量テキスト分析 【第2版】 内容分析の継承と発展を目指して』(樋口耕一, ナカニシヤ出版, 2020)
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