抽象化がキーか――小澤俊夫『昔話の語法』
小澤俊夫『昔話の語法』を読む。同じ言葉で繰り返すといった昔話特有の語りについて重点を置いて解説している。第5章では音楽理論と対比しながら説明されるのだけど、生憎と楽譜が読めず、何となくといった程度に留まってしまう。
本書ではグリム兄弟を昔話研究の嚆矢と位置づけている。というのは昔話を採集した際に話者の名前、生育歴なども記録していったからである。そしてグリム兄弟からマックス・リュティに至るまでの昔話研究の歴史が語られていく。
小澤氏はリュティと親交があり、その理論を積極的に取り入れている。本書では昔話の様式理論と記述している。個人的には昔話の現象学といった趣に感じられる。昔話には特有の様式があり、リアリズム的な描写とは対称的な側面があることを提示した画期的な研究なのだけど、そのリュティも突然変異的にその理論に到達したのではなく、背景に美学の進展、感情移入説から抽象衝動説への展開があったことが解説されている。
抽象化、西欧では写真技術の発展が背景にあるだろう。カメラオブスキュラだったか、早い段階から初歩的なカメラの原理を応用したりもして写実的な描写をよしとしていた西欧美術が写真の登場で価値が揺らぎ、抽象的な方向性へと転回をはじめた。それと軌を一にしていると思われる。
美学はバウムガルテンの著作を嚆矢とするのだけど、元々は詩を対象としたものだった。そして詩は朗読されるものという前提があったのである。朗読/朗誦するといった点では語りとの近縁性を見出すことが可能だろう。また、「自己修正の法則」が働くことも背景にあるだろう。文章で記述されると次第に描写が細密なものとなっていくが、語りではそうして複雑化していくと聴き手の理解が及ばなくなってしまうこともあり簡略化されていく傾向が認められるそうだ。
日本での昔話の採集は昭和30~40年代くらいがピークだろうか。当時は明治生まれの老人たちが多く生存していたのである。現在はお年寄りといっても多くは戦後生まれだ。メディアの発達で語りの場はほとんど失われてしまった。現在は書物を読んでそれを語るといった書承的な語り手がほとんどだろう。
再話についても語られる。地元の言葉で語る/標準語で語るといった選択肢がある。方言風の言葉づかい――たとえばアニメ「まんが日本昔ばなし」は東北弁っぽい語りだったが、あれは実際にはどこの地方の言葉という訳でもないだろう――だと却って地元の言葉に変換しづらく語りにくくなってしまうのだとか。
甑島(こしきじま)という鹿児島県の離島の民話を採集した本を借りたことがあるが、九州南部の方言そのもので採録されていて、読もうとしてもさっぱり意味がとれなかったりしたことがある。
小澤氏は昔話の研究に注力されていたようで、たとえば日本昔話通観といった大著の編纂にも関与されている。そのためか、神話学については目配りされていないように思える。神話は体系化されている神話(※つまり知識層によって編纂された)と体系化されていない神話とに大別されるが、体系化されていない、無文字社会の神話――これは神話と民話を区別するのが難しい側面もあるが、話者の中では区別がついているらしい――を参照しながらリュティの著書を再読してみたいと考えている。
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