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2025年8月

2025年8月30日 (土)

法然~親鸞~蓮如まで――小山聡子『浄土真宗とは何か――親鸞の教えとその系譜』

小山聡子『浄土真宗とは何か――親鸞の教えとその系譜』を読む。僕自身は禅宗なのだけど、浄土真宗が強いとされる広島県の山間部、中国道沿いの地域のとある郷土芸能系のイベントで、どうも土着/土俗的なものに関心が薄いような印象を受け、とりあえず入門書として手にとった次第。

本書は歴史学の立場から書かれたとある。平安時代の浄土思想では臨終の際に意識が正常を保っていないと極楽往生できないとの観念があったとのことで、臨終の際の儀式およびそこで見られるとされる奇瑞が重視されていたとしている。他力本願の境地に完全に至ることは教祖自身でも難しく、また親鸞自身の教えにも揺れがあることが記されている。

当時は浄土宗も浄土真宗も天台宗の一派とされており、まず天台宗(顕教)を学んでから他力の道に入るといったルートをとっていたことも背景にあるかもしれない。

親鸞の師に当たる法然から筆が起こされているが、本書では呪術を祈祷による治療行為としている。また、親鸞の神祇不拝は要するに神は仏の垂迹なのだから敢えて参拝する必要はないというニュアンスだったようだ。こういった呪術の否定や神祇不拝の姿勢は呪術的思考が当然のものとしてあった当時としてはある種の合理性を感じさせる。そのため近代以降、そういった側面が高く評価されたとのこと。本書ではその見方に若干の修正を施す試みがされている。

もう少し理解が深まったら、親戚に真宗の人がいる(※近畿在住だが)ので何か訊けないかと考えている。

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2025年8月28日 (木)

9月20日(土)グラントワ小ホールにて地元劇団の公演があります

9月20日(土)17:00- グラントワ小ホールにて

・市民演劇集団ドリームカンパニー(益田市)
・創作てんからっと(浜田市)

の二劇団による公演が催されるとのことです。チケットはグラントワのプレイガイド(ないし事務室)で当日の午前中まで購入可能とのこと。観劇料は1000円。

メールや電話での予約も可能ですけれど、ここに書くのははばかられます(※画像は掲示しておきます)。市内各所にポスターが掲示されているはずなので、そちらを当たってみてください。

宣伝ポスター
宣伝ポスター・問い合わせ先

小ホールといっても460人くらいの収容人数なので実質的には中ホールです。

<追記>
9月20日は森英恵展の初日だった。早めに行くつもりではあるが、駐車場が空いているか心配である。

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2025年8月27日 (水)

神話/伝説の成立過程が窺える――佐藤健寿『カーゴ・カルト』

佐藤健寿『カーゴ・カルト』を読む。バヌアツのタンナ島を取材した写真集。タンナ島にはカーゴカルトと呼ばれる類のジョン・フラム信仰が現存しているとのこと。バヌアツ自体は第二次大戦で戦場となることはなかったが、ソロモン諸島に近く、米軍が基地を築いて廃棄した後はリゾート地となった。が、タント島は開発から免れ、現在でもプリミティブな生活様式を守る人たちが多く暮らしている。その風景を撮影したもの。

バヌアツは英仏の共同統治下にあったが抑圧的で、基地建設の労働者を求めた米軍の方が雇用関係に基づく対応で、却って住民に歓迎されたらしい。タンナ島では米軍を模した祭りが現在も続いている。

ジョン・フラムは白人でも黒人でもない精霊とされる。英側の記録によると、ジョン・フラムに扮して扇動したとされる男の名前が記録されているが、島民の間では伝説ないし現代の神話と化した。ジョン・フラムはカスタムと現地語で呼ばれる島民の従来通りの生活様式を肯定する存在なのである。

タンナ島には18世紀にクック船長が上陸し、火山に登山しようとしたところ、聖地のため住民に拒否されたとのこと。バヌアツが植民地化されるのは遅く、20世紀に入ってからだった。そのため、プリミティブな暮らしだった島民にとって文明と接触したのはつい最近のこととなる。そして大戦中には米軍の巨大な物量を目の当たりとすることとなる。

バヌアツは1980年に独立を果たしたとのこと。タンナ島の教育状況については触れられていないので分からない。初等教育くらいは施されているのだろうか。

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質的分析と量的分析の融合はなるか――内田諭, 大賀哲, 中藤哲也/編『知を再構築する 異分野融合研究のためのテキストマイニング』

内田諭, 大賀哲, 中藤哲也/編『知を再構築する 異分野融合研究のためのテキストマイニング』を読む。主として基礎編と実践編とに分かれていて、実践編では言語学、情報学、図書館情報学、政治学、教育学、社会学、看護学、社会調査、デジタル・ヒューマニティーの分野での活用事例がそれぞれの著者によって語られている。

特に難しい数式などは掲載されていない。実践編ではKH Corderを用いた事例が多い。使用頻度の高いキーワードを一覧化して、Jaccard係数を付記した表が案外分かりやすい印象だった。

「テキストマイニング」と「計量テキスト分析」は使い分けられる傾向にあった。計量テキスト分析は質的分析と量的分析の融合として期待されていることが分かった。ただ、表記ゆれの問題や、コンピュータは文脈を読めないという課題は残さていると指摘あり。

社会調査ではライフヒストリーが取り上げられるのだけど、人生のステージによって同じキーワードでも共起関係が異なってくることが指摘されていた。デジタル・ヒューマニティーは膨大な仏典のデータベース化の話で、漢字の場合、古典だと異体字に悩まされたりするけれど、まさにそういった内容であった。Unicodeになってかなり改善されたそうだが、それでもまだ改善点は残されているとのことである。

あまり関係ないのだけど、政治学は国際政治に関してのものだったのだけど、近年ではイズム論は忌避され折衷的な傾向にあるとされていた。イズム論は解釈の枠組みや行動規範といった形で実践されるので無くなることはないとは思うが、言ってしまえば「べき論」であり、つまり当為である。べき論ありきでモノを見てしまいがちになってしまうことが忌避される背景にあるのだと思う。

ただ、アンケートの質問事項を読んで、実際には状況に応じてそれぞれのイズムを使い分けている人が多いのではないかという印象を抱いた。リベラリズムは社会に余裕があることが背景にあるだろう。リアリズムは社会に余裕がなくなってきている証でもあるし、近隣諸国とはとかく利害が対立しがちである。

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2025年8月25日 (月)

グラントワに行く 2025.08

午前10時前に出て益田に向かう。山陰道は西村以西で工事のため終日通行止めだった。11時過ぎにグラントワにつく。

グラントワで加藤泉展をみる。安来出身でほぼ同世代の人。「人がた」というモチーフを主軸に据えているため、現代美術としては分かりやすいか。赤子のような胎児のような宇宙人のような仏像のような、といった感じ。

瞳と瞳の間がリアルより離れているのが異形感を醸し出している。性器はデフォルメされて描かれているので性別はあるらしい。乳房を持つものもあり年齢とは無関係のようだ。髪の流し方でこれは大人の男性なんだなというものもあり。

ソフビで造った、子供が遊んでいたら壊れてそのままになってしまったという感じの造形物がよかった。透明なソフビに内臓のような何かを入れて展示する、あれは僕らの世代だとミクロマンを連想させる。

外国のプラモデルは動物が題材だったりするのだなと知る。日本だとメカニカルなものがほとんどだろう。僕も海洋堂のチョコエッグは結構買ったけど、あれはプラモではないし。

高校生のときに描いた写実的な油絵がまず目に入るのだけど、美大に入るにはこれくらいの才能がないとダメなんだなと感じる。他のアーティストたちと組んでバンド活動も行っているらしい。即興演奏かどうかは分からないけど、バンドの演奏するインストゥルメンタルに合わせて詩を朗読するのは面白いと思った。

人がたに仮面を被せた絵があったのだけど、ジブリというか宮崎アニメを連想してしまった。宮崎作品にも元ネタがあるはずで、ある意味先祖返りしているのだろうかと思ったりもした。

……セルフ出版されたとある電子書籍で村上隆氏の発言が引用されていたのを思い出す。現代美術にはあるコンテクストがあって、それに沿った作品でないと欧米では評価されないのだと。本来なら自由に解釈していいはずなのだが、お金が絡むとそうなってしまうのだろう。見る人が見れば一発で分かる世界というのは確かにあって(※身近なところで言えば神社の狛犬。見る人が見れば産地が分かるそうだ)、そういう審美眼の上に現代美術の市場は成り立っているということだろうか。

石州和紙の展示も行われていた。津和野藩では二代目藩主が九州から楮(こうぞ)だったか、苗を数万本も購入して植え、後の特産品となったとのこと。三隅の石州和紙は浜田藩の系譜で、江津市桜江町の和紙が津和野藩の系譜とのこと。那賀郡と美濃郡は旧浜田藩領と旧津和野藩領とが混在していてよく分からない。紙で作られた下着が展示されていた。防寒具として用いられたらしい。そういえば、今でも新聞紙を緊急時にそういった使い方をしたりするんだったと思い出す。

浜田藩領は沿岸部だったこともあり、たたら製鉄など他の特産品もあり、和紙が特産品となったのはかなり後のこととあった。

映像を見ていた時間が長かったのだけど、展示を見終えたら午後2時を過ぎていた。喫茶店で休憩して帰る。

グラントワ・中庭
グラントワ・中庭の水面
パナソニックTX1で撮影。

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2025年8月22日 (金)

隠岐も訪問――クロード・レヴィ=ストロース『構造・神話・労働 クロード・レヴィ=ストロース日本講演集』

クロード・レヴィ=ストロース『構造・神話・労働 クロード・レヴィ=ストロース日本講演集』(三好郁朗, 松本カヨ子, 大橋寿美子/訳, 大橋保夫/編)を読む。レヴィ=ストロースが国際交流基金の招きで訪日、6週間滞在した際の講演や対談を収録したもの。

レヴィ=ストロースは精力的に国内を歩き回り、伝統工芸の職人や農山漁村の住民たちと接触している。中には隠岐の島も含まれている。裏表紙の写真は隠岐で撮影されたもの。

翻訳だから本来の調子は分からないものの、読んだ限りでは、多大な業績を挙げた知の巨人にも関わらず尊大な側面は見られず、出来得る限りニュートラルに物事を把握しようと努めていることが感じ取られた。

レヴィ=ストロースの業績として、親族構造、トーテミズム、神話論の三つが挙げられている。親族構造に関しては、婚姻を女性の交換とみる…というと語弊があるか、別に男性の交換でもいいのだろうけれど、そういう観点からの分析。神話は新大陸の無文字社会のもの。神話と民話の違いが挙げられていた。トーテミズムの解明については知らなかった。いずれ読んでみたい。

労働に関しては次なるテーマで、前述したように日本でも精力的に地方の働き手と接触していた。

これもレヴィ=ストロースの入門書として適当な本だろう。難解な語句もほとんど用いられていない。

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2025年8月19日 (火)

未来社『石見の民話』三周目の下準備にかかる

未来社『石見の民話』三周目の下準備、個別エピソードについては二周目のロールバック作業と並行して行っていたのだけど、これから対応分析を想定して類話の下準備にとりかかるつもりである。

類話といっても細部が異なるものではなく、主人公が同じだけど別のシチュエーションとか、同じ話型の話だけど登場人物や舞台などは異なっているといったケースを想定している。

何話か試してみたのだけど、コーディングルールの記述をかなり間引かないと、図上で文字が重なって読めなくなってしまうと気づいた段階である。

そもそも昔話でやって意味があるのかという考えもあるのだけど、やってみないと分からない、数をこなさないと見えてこない場合もあるというのがこれまでで得た経験なので、とりあえず下準備は進めるつもりである。

対応分析や共起ネットワークに関する論文を何本か取り寄せて読んでみたのだけど、「ここはこうなっているから、こういう風に解釈できる」といったような解説は意外とされていなかった。図示して「御覧の通り」といった感じであった。

<追記>
対応分析のコーディングルールは一から作り直した方が早いと判断を切り替える。他、彦八が主人公の彦八話でも内容が異なるものでクロス集計をかけると、カイ二乗値で※、要するに相関関係を示すマークがつかない。

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2025年8月18日 (月)

ある意味では入門編――クロード・レヴィ=ストロース『神話と意味』

クロード・レヴィ=ストロース『神話と意味』(大橋保夫/訳)を読む。カナダのラジオ局で英語で講演したものを書籍化したもの。英語で語られているため、フランス人の学者にありがちな難しい言い回しがなく却って分かりやすいとの評もあるようだ。

ここでの神話は主に無文字社会の神話についてのもの。レヴィ=ストロース自身は南米でフィールドワークしたそうだが、『神話論理』では南米のみならず北米や中米の先住民の神話も区別なく取り上げたため、その点について批判が起きたそうだ。本人の言によると、過去の新大陸の人口は考えられていたよりも多く、人々の交流が活発で広く伝播していたと考えられるとしている。

個人的に神話を呪術的思考に置き換えて考えたい。呪術的思考、たとえば祈祷で病気が治るとか雨乞いで雨が降るといった前近代的な思考である。たとえば南洋のカーゴカルトは第二次大戦中の頃らしいので80年ほど前の話でしかない。植民地のそれも孤島の住人たちが当時国民皆教育を受けていたとも考えにくいのだけど、それにしても物事の因果関係があっさり逆転してしまっていることに驚かされる。

外形だけ見れば実にばかばかしく、実際、そういうニュアンスで取り上げられることが多いのだけど、当事者たちは別に脳に異常があった訳でもなさそうだ。我々は幼少期から近代的教育を施されているからある程度の規制が働いているだけかもしれない。

で、僕自身は神楽が好きなのだけど、ある地域の神楽はある意味では時代の先端を走っている。が、僕自身にはどうも神楽を合理化しようとしている、つまり神楽から呪術的思考の「名残り」を取り除こうという志向性が無意識レベルで働いているのではないかという気がしている。ただ、神楽からそういった「名残り」を取り除いてしまうと、神楽本来の魅力が大幅に損なわれてしまうような気がするのである。

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石央~石西地域の潜在的なポテンシャル――認識が変わる可能性あり

江津道は浜田道と繋がる高速道路である。思うに、この道路はいっそのこと益田まで延伸して石央~石西間の移動を早い段階でスムーズにさせた方がよかったのかもしれない。とはいえ、益田の人が浜田道経由で中国道に向かうことはまず考えられない。六日市ICまで行って中国道に乗る選択をするだろう。

六日市ICまでは確か吉賀川沿いのルートで、線形や起伏はさほど悪くなかったと記憶している。冬場の積雪時は知らないが。国道9号線にしても山口方面もそこまで悪い線形ではないはずだ。なので、中国地方の地域高規格道路の構想で益田廿日市道路という案は一応あるものの、実質的には未着手である。

江津には江川という一級河川があり、江津道路というインフラがある。浜田には三隅に火力発電所がある。浜田商港や三隅港もある。益田には高津川という一級河川があり、萩石見空港がある。今年度末か来年度中には三隅益田道路が全通して石央~石西間は自動車専用道路で繋がる(※益田市街の一部では地上を走るが)。つまり、インフラは予定された分は来年度には揃い、即応体勢に入る訳である。なので、石央~石西に関しては実はある種のポテンシャルに恵まれた地域だったと認識が変わる可能性がある。

<追記>
山形県の庄内地方が規模は異なるが似ているかもしれない。庄内平野に酒田市と鶴岡市とがあり、空港は以前からあったが、山形市(更に仙台市)方面へのアクセスが悪く、山形道が開通してようやく改善された。日本海東北道は鶴岡―酒田間は既に結ばれているが、新潟県との接続はまだである。山形新幹線の終点は新庄駅だけど、新庄駅~酒田駅を結ぶ鉄道がローカル線で不便だったりもする。

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2025年8月15日 (金)

未来社『石見の民話』ロールバック二周目の作業が終了

未来社『石見の民話』ロールバック作業二周目が終わる。これでひと段落。去年の二月頃から手をつけ始めて、今夏でようやく基礎の部分が終わった。一年半かかったことになる。後は解説記事とあとがきを書けばだいたい終わり。出そうと思えばすぐに出せなくもないのだけど、未読の関連書籍がたまっていて、それを読破しなければならない。読書に関しては本との相性もあるので、どれくらいかかるか時間が読めない。一応、年度末くらいを想定しているけど、それ以上かかるかもしれない。

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戦後80周年

今年で戦後80周年とのこと。すると、芸北神楽の新舞もおよそ80年の歴史を持つこととなる。一部の演目は戦中に完成していたようだ。

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2025年8月10日 (日)

礼服で行くべきだったか

安国寺で父の三十三回忌で施餓鬼に出席する。黒っぽいのを選んだとはいえ、カジュアルな服装で行ったら、礼服の人が多かった。上着はさすがに着てなかったが。

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2025年8月 7日 (木)

未来社『石見の民話』二周目ロールバック作業――石西編終了

未来社『石見の民話』分析二周目のロールバック作業、石西編まで終わる。163/163。最後ら辺は軽めの内容だったのでラストスパートをかけて一気に終わらせた。約半年かかった。行為項分析の見直しとコーディングルール作成が特にしんどい作業だった。

コーディングルールは基本的には単語を拾っていくだけなのだけど、そうは言っても163話もあればさすがにきつい。

実はロールバックの二周目がまだあって、90話以上処理しなければならない。これは一日数話は処理できそうなので、できるだけ早めに終わらせたい。

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2025年8月 2日 (土)

実質的に日本仏教史概説――島田裕巳『浄土真宗はなぜ日本でいちばん多いのか』

島田裕巳『浄土真宗はなぜ日本でいちばん多いのか 仏教宗派の謎』を読む。内容的には日本仏教史概説といったところだが、それだとタイトルが固すぎるので現在のタイトルとなったというところだろうか。「浄土真宗」で検索したところヒットしたので、それもご縁なのだろう。

「色即是空 空即是色」だけ押さえていれば何とかなる……と考えている。

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