カーゴカルトは見下されるべき事象なのか?
1. 磯忠幸「南洋の奇妙な事態:「カーゴカルト」から鏡としての「カーゴカルト」へ」『文学・芸術・文化:近畿大学文芸学部論集』25(2)(近畿大学文芸学部/編, 近畿大学文芸学部, 2014)pp.17-40.
2. Plilip B. Stark, Andrea Saltelli, 柴田卓也/訳「英国王立統計学会Significanceから カーゴカルト統計学、そして科学の危機」『統計』71(7)(「統計」編集委員会/編, 日本統計協会, 2020)pp.64-70.
3. 「近頃健康事情――カーゴカルト・サイエンス」『食生活』81(4)(922)(カザン, 1987)pp.138-141.
「カーゴカルト(積み荷信仰)」に関する論文を国会図書館の遠隔複写サービスで取り寄せて読んでみる。3は雑誌の宣伝記事で著者が明らかとなっていない。
1論文が本来のカーゴカルトに関する論文である。南洋、メラネシアの島々で第二次大戦前後に植民地支配下のネイティブたちによって起こされた宗教運動の一種である。船によるものと飛行機によるものとに分かれるらしいが、飛行機の方が分かりやすいか。
白人たちが大量の物資を積んだ輸送機を離発着させているのを見たネイティブたちが、森を切り開いて飛行場もどきを作り、先祖たちが飛行機で様々な価値のある積み荷をもたらしてくれると信じ、飛行機を招くための儀式を繰り広げる……といったような外形となる。
物資の輸送、飛行機の離発着のために空港を作る訳であるが、因果関係が逆転して、飛行場のようなものを作れば飛行機が飛んできてくれるといった認知のエラーが生じている。
2と3論文はそれから着想を得た高名な物理学者のファインマンが「研究のいちおうの法則と形式に完全に従ってはいるが南洋の孤島にかんじんの飛行機がやって来ないように、何か一番大事な本質がポカっと抜けている」と似非科学を「カーゴカルト・サイエンス」と自身の著書で形容したことに由来するものである。
実は1論文でカーゴカルト研究史が取り上げられていて、カーゴカルトという概念のなかった当初は支配者層である白人からみると奇妙で不合理な儀式が繰り広げられるという見方がされていた。実際、参加者たちは興奮状態に入り日常を放棄してしまうため生活が荒廃してしまうといった弊害が生じたとしている。
それからそれらは被支配者であるネイティブたちなりの支配者である白人への反植民地的な抵抗運動であると解釈されるようになっていった。実際、ネイティブたちはカーゴ(積み荷)の獲得から自分たちは疎外されていると感じていたようだ。
だが、更に研究が進むと、思った程抵抗運動的な側面は強くないとした事例が報告されるようになっていった。むしろネイティブの世界観に沿った形での秩序の再編(疎外されなくなる)を願う、そういう意味でカーゴカルトという概念というよりもむしろ伝統的な宗教儀礼の変奏形態ではないかと見られるようになっていったとしている。
……という訳で、研究はかなり進んでいるのだけど、世間一般には2,3論文に見受けられるようにある意味バカにした見方が広まってしまったようである。まあ、外形だけ見れば愚かしいのは確かだ。
思うに、どこかで認知のエラーが生じ、それらの錯誤が重大な影響を及ぼしてしまっている。だが、それ自体は感染呪術などもそうと言える。僕自身は群集心理についてはよく知らないのだけど、では彼らネイティブが精神に病理的な異常をきたしていたかというとそうではないのではと思う。ネイティブたちの近代化レベルが分からないが(※プランテーションなどに従事していたとある)、おそらく、日常では普通の近代化された人たちと変わらない人たちだろう。
むしろ、機械文明に対する概念が確立されていないため、因果関係の逆転、端的に言えば転倒が機制されないため重大な錯誤が生じたのではないか。カーゴカルトを安易に見下すのは得策ではなく、認知や創造性に関するヒントになり得るのではないか……というようなことを考えている。
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