行為項分析――おばあさんと小僧
◆あらすじ
昔、お婆さんがいた。毎日毎日お寺へ参っては、仏さまの前へ座って、仏さま、この世に自分のようなふ(運)の悪いものはいない。どうぞ早くあの世へ引き取ってくれと言ってお願いしていた。寺にいたずらな小僧がいた。毎日毎日お婆さんがやってきて、同じことをお願いするので、ひとつ悪戯(いたずら)をしてやろうと思った。ある日仏さまの後ろへ隠れて待っていると、お婆さんはいつもの様にやってきて、仏さまの前へ座ってお願いをした。すると小僧が後ろから、よし、お前は毎日きて熱心に頼むから、明日のこの頃には引き取ってやる。安心するがよいと言った。お婆さんはびっくりして、まあ、これの仏さまのような冗談(どうたん)も言えないと言って飛んで帰った。
◆モチーフ分析
・お婆さんがいた
・毎日お寺へ参っては、仏さまの前へ座って、この世に自分ほど運の悪いものはいないから、どうか早くあの世へ引き取ってくれとお願いしていた
・寺にいたずらな小僧がいた
・毎日お婆さんがやってきて同じことをお願いするので、ひとつ悪戯してやろうと思った
・ある日、仏さまの後ろへ隠れて待っていると、お婆さんがいつもの様にやってきて、仏様の前へ座ってお願いをした
・小僧が後ろから、よし、お前は毎日来て熱心に頼むから、明日のこの頃には引き取ってやる。安心するがよいと言った
・お婆さんはびっくりして、まあ、仏さまの様な冗談も言えないと言って飛んで帰った
◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である
S(サブジェクト:主体)
S1:ばあさん
S2:小僧(仏さま)
O(オブジェクト:対象)
O1:寺
O2:仏さま
O3:お迎え
O4:悪戯
O5:冗談
m(修飾語:Modifier)
m1:毎日
m2:不運な
m3:世界一
m4:いたずらな
m5:ある日
m6:明日には
m7:驚いた
X:どこか
T:時
+:接
-:離
・お婆さんがいた
(存在)X:X+S1ばあさん
・毎日お寺へ参っては、仏さまの前へ座って、この世に自分ほど運の悪いものはいないから、どうか早くあの世へ引き取ってくれとお願いしていた
(参拝)S1ばあさん:S1ばあさん+O1寺
(頻度)S1ばあさん:S1ばあさん+m1毎日
(対座)S1ばあさん:S1ばあさん+O2仏さま
(嘆き)S1ばあさん:S1ばあさん+(m2不運な+m3世界一)
(希求)S1ばあさん:S1ばあさん+O3お迎え
・寺にいたずらな小僧がいた
(存在)O1寺:O1寺+S2小僧
(性質)S2小僧:S2小僧+m4いたずらな
・毎日お婆さんがやってきて同じことをお願いするので、ひとつ悪戯してやろうと思った
(着想)S2小僧:S2小僧+S1ばあさん
(着想)S2小僧:S1ばあさん+O4悪戯
・ある日、仏さまの後ろへ隠れて待っていると、お婆さんがいつもの様にやってきて、仏様の前へ座ってお願いをした
(時)T:T+m5ある日
(隠れる)S2小僧:O2仏さま+S2小僧
(待機)S2小僧:S2小僧+S1ばあさん
(参拝)S1ばあさん:S1ばあさん+O2仏さま
(願う)S1ばあさん:S1ばあさん+O3お迎え
・小僧が後ろから、よし、お前は毎日来て熱心に頼むから、明日のこの頃には引き取ってやる。安心するがよいと言った
(なりすまし)S2仏さま:S1ばあさん+O3お迎え
(予告)T:T+m6明日には
・お婆さんはびっくりして、まあ、仏さまの様な冗談も言えないと言って飛んで帰った
(驚愕)S1ばあさん:S1ばあさん+m7驚いた
(慨嘆)S1ばあさん:O3お迎え+O5冗談
(帰る)S1ばあさん:S1ばあさん-O1寺
◆行為項モデル
送り手→(客体)→受け手
↑
補助者→(主体)←反対者
というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。
聴き手(関心)
↓
送り手→(客体)→受け手
↑
補助者→(主体)←反対者
この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。
聴き手(ばあさんの願いをどう思うか)
↓
送り手(ばあさん)→お迎えを願う(客体)→ 受け手(仏さま)
↑
補助者(なし)→ ばあさん(主体)←反対者(なし)
聴き手(小僧の思いつきはどんな悪戯か)
↓
送り手(小僧)→悪戯を思いつく(客体)→ 受け手(ばあさん)
↑
補助者(なし)→ 小僧(主体)←反対者(ばあさん)
聴き手(ばあさんはどんな反応をするか)
↓
送り手(小僧)→仏になりすます(客体)→ 受け手(ばあさん)
↑
補助者(仏さま)→ 小僧(主体)←反対者(ばあさん)
聴き手(ばあさんの掌返しをどう思うか)
↓
送り手(ばあさん)→お迎えは冗談だと覆す(客体)→ 受け手(小僧)
↑
補助者(仏さま)→ ばあさん(主体)←反対者(小僧)
といった行為項モデルが作成できるでしょうか。熱心にお寺参りして仏さまに自分ほど運の無い人間はいないから早くお迎えに来てくれと祈るばあさんがいました。そんな姿を見た小僧が悪戯を思いつきます。ある日、仏さまの裏に隠れた小僧はばあさんがやって来ると仏さまになりすまして明日には願いを叶えてやるとお告げをします。驚いたばあさんはあれは冗談だと掌返ししてしまったという筋立てです。
ばあさん―仏さま、小僧―ばあさん、小僧―仏さま、といった対立軸が見受けられます。信心/冗談と掌返しされる図式にいざとなると命惜しくなってしまう人間の性が暗喩されています。
◆関係分析
スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。
♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者
という六つの機能が挙げられます。
☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。
これらを元に関係分析をすると、
ばあさん♌♁(-1)―小僧♂―仏さま☉☾(♂)
といった風に表記できるでしょうか。早くお迎えをという願いを叶えることを価値☉と置くと、ばあさんは享受者♁となります。ところが小僧の悪戯で掌返ししてしまいますので、マイナスの享受者♁(-1)と置けるでしょうか。小僧を対立者と置くと、小僧がなりすました仏さまはその援助者☾(♂)と置けるでしょうか。
◆物語の焦点と発想の飛躍
グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。
この物語の焦点は「ばあさんの長年の信心は叶えられるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「小僧が仏さまになりすまして悪戯する」「ばあさんがあっさり掌返しする」でしょうか。「ばあさん―信心/冗談―仏さま/小僧」といった図式です。
◆昔話の創発モデル
下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。
物語の焦点:ばあさんの長年の信心は叶えられるか
↑
発想の飛躍:小僧が仏さまになりすまして悪戯する
・ばあさん―お迎え―仏さま
↑
・ばあさん―信心/冗談―仏さま/小僧
◆発想の飛躍と概念の操作
発想の飛躍を「常識離れした連想」と仮定しますと、上述した図式の/(スラッシュ)の箇所に特にその意図的に飛躍させた概念の操作が見出せそうです。
呪術的思考に典型的に見られますが、ヒトは本来は繋がりのない切り離されたモノの間にも繋がりを見出すことがあります。それは情報処理におけるエラーです。ですが、科学万能の時代においてもエラーであるはずの呪術的思考が完全には消え去ることがないのは、それが人間特有の思考様式の一部であるからかもしれません。昔話では意図的にエラーを起こすとでも言えるでしょうか。
「おばあさんと小僧」では、小僧に悪戯されたばあさんは長年の信心をあっさり掌返しして生命への執着を見せてしまいます。
図式では「ばあさん―信心/冗談―仏さま/小僧」と表記しています。これを自由連想で細分化して展開すると「ばあさん―長年―熱心―お迎え―希求―小僧―悪戯―着想―仏さま―背後―隠れる―なりすます―お告げ―願い―叶える―明日にも―驚愕―信心―掌返し―冗談」となります。「ばあさん:小僧/仏さま→お告げ→信心/冗談」と図式化すればいいでしょうか。小僧が仏さまになりすます、つまり小僧から仏への置換がまず為され、その偽りのお告げによってばあさんは長年の信心と希求をあっさり掌返しして「あれは冗談だ」と言い訳してしまう、つまり信心が冗談に瞬時に転倒されるといった概念の操作がここでは行われています。これらの連想を一瞬で行っていることになります。
以上のように、本文には現れない概念も重要な要素となっています。形態素解析で抽出したキーワードだけでは解釈を十全に行うことは難しいものと考えられます。可視化されていない文脈を読む、つまりできるだけ可視化するためには連想概念辞書も取り込んだ上で分析する方向に機能改善することが望まれると考えられます。
転倒は一瞬で価値の逆転をもたらすことを可能とする点で濫用は慎むべき類の概念操作ですが、予想外の驚きをもたらす効果を発揮しますので、昔話では好んで用いられるようです。
シェーマ分析は物語構造分析や評論において多用されますが、昔話ではこの二項対立で把握される図式の各項の属性を動的に転倒させていく(※必ずしも転倒に成功する訳ではない)ことで物語を転がしていくという技法が多用されると考えられます。むしろ転倒させることで二項対立の図式に持ち込むと見た方がいいでしょうか。静態から動態への認識の転換が求められるとでも言えるでしょうか。
呪術的思考のような非合理的思考は人間の抱える弱点ですが、昔話においては逆に創造性の源ともなっていると考えることができます。
◆ログライン≒モチーフ
ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。
「おばあさんと小僧」ですと「願いを叶えてやるとお告げされたところ、それは冗談だとばあさんは掌返しした」くらいでしょうか。
◆余談
ばあさんが小僧の声を真に受けてしまうところが魅力的です。私自身、死の恐怖は理屈では割り切れないのだなと痛感したことがありますので、生への執着は普遍的なものでしょう。
◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.465-466.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)
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