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2024年11月 8日 (金)

行為項分析――馬鹿むこ

◆あらすじ

 昔、馬鹿な聟がいた。あるとき嫁さんの親元へ行ったら団子をこしらえてご馳走した。聟は団子を食べたのは初めてで、あまりに美味かったので腹いっぱい食べた。そして家へ帰ったらこしらえてもらおうと思って、これは大変美味いものだが、何というものかのと尋ねた。これは団子というものだとお母さんがいった。団子、団子と言って聟はしきりにうなずいていたが、忘れてはいけないと思って、帰る道々で団子、団子と言いながら歩いた。家の近くまで帰ったとき。小さな溝があった。聟はうんとこしょと言って飛び渡った。それから今度はうんとこしょ、うんとこしょと言いながら帰った。聟は家に帰ると早速嫁さんに、うんとこしょをこしらえてくれと言った。嫁さんは何のことか分からないので、うんとこしょとは何かと尋ねた。今日お前のところへ行ったら、お母さんがこしえらえてご馳走しなさった。とても美味かったからこしらえてくれと聟は言った。それでもうんとこしょと言っても何やら分からないと嫁さんが言うと、分からないことはない。すぐこしらえよと聟は言った。それでも嫁さんは分からないのでどうしようもない。いくら聞いても分からないので押問答をする内に聟は腹を立てて、そこにあった火吹竹で嫁さんの頭を叩いた。嫁さんはびっくりして額を押さえた。額はみるみる内に団子の様に腫れ上がった。何を無茶なことをするのか。これを見なさい。団子のようなこぶが出来たと嫁さんが言うと、おう、そうだ、団子だった。すぐ団子をこしらえてくれと聟は言った。

◆モチーフ分析

・馬鹿な聟がいた
・嫁の親元へ言ったら団子をこしらえてご馳走した
・聟は団子を食べるのは初めてで、美味かったので腹一杯食べた
・家へ帰ったらこしらえてもらおうと思って、これは何というものかと尋ねた
・義母がこれは団子だと答えた
・聟は忘れてはいけないと思って帰る道々で団子、団子と言いながら歩いた
・家の近くまで帰ったとき、小さな溝があった。聟はうんとこしょと言って飛び渡った
・それから今度はうんとこしょ、うんとこしょと言いながら帰った
・聟は家に帰ると早速嫁にうんとこしょをこしらえてくれと言った
・嫁は何のことか分からず、うんとこしょとは何かと尋ねた
・今日嫁の家に行ったら義母がこしらえてご馳走した、美味しかったからこしらえてくれと聟は言った
・それでもうんとこしょとは何か分からないと嫁が言った
・分からないことはない。すぐこしらえよと聟は言った
・嫁は分からないので、どうしようもない
・いくら聞いても分からないので押問答をする内に聟は腹をたてて、火吹竹で嫁の頭を叩いた
・嫁がびっくりして額を押さえると、額はみるみる内に団子の様に腫れ上がった
・無茶なことをする、団子のようなこぶが出来たと嫁が言うと、そうだ団子だった、団子をこしらえてくれと聟は言った

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:聟
S2:義母
S3:嫁

O(オブジェクト:対象)
O1:嫁の実家
O2:団子(うんとこしょ)
O3:家
O4:溝
O5:火吹竹
O6:こぶ

m(修飾語:Modifier)
m1:馬鹿な
m2:初めて
m3:美味な
m4:忘却した
m5:団子と連呼しながら
m6:うんとこしょと
m7:お手上げな
m8:立腹した
m9:団子のような

X:どこか

+:接
-:離

・馬鹿な聟がいた
(存在)X:X+S1聟
(性質)S1聟:S1聟+m1馬鹿な
・嫁の親元へ言ったら団子をこしらえてご馳走した
(訪問)S1聟:S1聟+O1嫁の実家
(ご馳走)S2義母:S1聟+O2団子
・聟は団子を食べるのは初めてで、美味かったので腹一杯食べた
(感想)S1聟:O2団子+(m2初めて+m3美味な)
(完食)S1聟:S1聟+O2団子
・家へ帰ったらこしらえてもらおうと思って、これは何というものかと尋ねた
(質問)S1聟:S1聟+S2義母
・義母がこれは団子だと答えた
(回答)S2義母:S1聟+O2団子
・聟は忘れてはいけないと思って帰る道々で団子、団子と言いながら歩いた
(用心)S1聟:S1聟-m4忘却した
(歩く)S1聟:S1聟+m5団子と連呼しながら
・家の近くまで帰ったとき、小さな溝があった。聟はうんとこしょと言って飛び渡った
(接近)S1聟:S1聟+O3家
(遭遇)S1聟:S1聟+O4溝
(飛び越す)S1聟:S1聟-O4溝
(掛け声)S1聟:S1溝+m6うんとこしょと
・それから今度はうんとこしょ、うんとこしょと言いながら帰った
(連呼)S1聟:S1聟+m6うんとこしょと
・聟は家に帰ると早速嫁にうんとこしょをこしらえてくれと言った
(帰宅)S1聟:S1聟+O3家
(要求)S1聟:S3嫁+O2うんとこしょ
・嫁は何のことか分からず、うんとこしょとは何かと尋ねた
(不知)S3嫁:S3嫁-O2うんとこしょ
(質問)S3嫁:S3嫁+S1聟
・今日嫁の家に行ったら義母がこしらえてご馳走した、美味しかったからこしらえてくれと聟は言った
(ご馳走)S2義母:S1聟+O2うんとこしょ
(美味)O2うんとこしょ:O2うんとこしょ+m3美味な
(要求)S1聟:S3嫁+O2うんとこしょ
・それでもうんとこしょとは何か分からないと嫁が言った
(理解不能)S3嫁:S3嫁-O2うんとこしょ
・分からないことはない。すぐこしらえよと聟は言った
(分かるはず)S1聟:S3嫁+O2うんとこしょ
(要求)S1聟:S3嫁+O2うんとこしょ
・嫁は分からないので、どうしようもない
(お手上げ)S3嫁:S3嫁+m7お手上げな
・いくら聞いても分からないので押問答をする内に聟は腹をたてて、火吹竹で嫁の頭を叩いた
(立腹)S1聟:S1聟+m8立腹した
(殴打)S1聟:S3嫁+O5火吹竹
・嫁がびっくりして額を押さえると、額はみるみる内に団子の様に腫れ上がった
(腫れる)S3嫁:S3嫁+O6こぶ
・無茶なことをする、団子のようなこぶが出来たと嫁が言うと、そうだ団子だった、団子をこしらえてくれと聟は言った
(文句)S3嫁:O6こぶ+m9団子のような
(思い出す)S1聟:S1聟+O2団子
(要求)S1聟:S3嫁+O2団子

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

   聴き手(団子を気に入った聟はどうするか)
           ↓
送り手(義母)→団子をご馳走(客体)→ 受け手(聟)
           ↑
補助者(なし)→ 聟(主体)←反対者(なし)

   聴き手(間違って記憶した聟はどうするか)
           ↓
送り手(聟)→団子をうんとこしょと取り違える(客体)→ 受け手(聟)
           ↑
補助者(なし)→ 聟(主体)←反対者(なし)

   聴き手(意味不明の要求に嫁はどうするか)
           ↓
送り手(聟)→うんとこしょを作ってくれと要求(客体)→ 受け手(嫁)
           ↑
補助者(なし)→ 聟(主体)←反対者(嫁)

   聴き手(こぶが出来て聟はどうするか)
           ↓
送り手(聟)→訳が分からない嫁を殴打(客体)→ 受け手(嫁)
           ↑
補助者(なし)→ 聟(主体)←反対者(嫁)

   聴き手(馬鹿な聟の理不尽をどう思うか)
           ↓
送り手(聟)→ようやく団子だったと思い出す(客体)→ 受け手(嫁)
           ↑
補助者(なし)→ 聟(主体)←反対者(嫁)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。嫁の実家でご馳走された団子が気に入った聟は帰宅途中に「団子、団子」と連呼しながら歩きます。ところが溝を飛び越える際に「うんとこしょ」と掛け声をして団子がうんとこしょにすり替わってしまいます。それで聟は嫁にうんとこしょを作ってくれと要求します。嫁は訳が分からず押し問答となり、聟は嫁を殴打してしまいます。団子のようなこぶが出来たと嫁が文句を言うと、ようやく聟は思い出したという筋立てです。

 聟―義母、団子―うんとこしょ、聟―嫁、こぶ―団子、といった対立軸が見受けられます。団子/うんとこしょの図式はちょっとしたことで記憶がすり替わってしまう可笑しみと聟の馬鹿さ加減を暗喩しています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

聟♌♎(±)♁―嫁☾(☉)♂―義母☾(♁)

 といった風に表記できるでしょうか。団子を価値☉と置くと、聟はその享受者♁となります。聟に団子をご馳走した義母はその援助者☾(♁)と置けるでしょうか。嫁は本来は婿の援助者☾(☉)となるはずのところが、聟の記憶違いで団子が作れず対立者♂となってしまいます。団子をうんとこしょと記憶違いする聟はプラスマイナスの審判者♎と置けるでしょうか。

◆フェミニズム分析

 「馬鹿むこ」では聟の馬鹿な記憶違いによって嫁は殴打されてこぶが出来るという理不尽な被害を負います。これは知能の足りない男子であっても現代よりも結婚のハードルが低かったことの裏返しとなっています。恋愛結婚が主流となった現代では知能の低い男子は女性から忌避されて結婚できないでしょう。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「聟の馬鹿な記憶違いでどういう結末となるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「溝を跳び越えた際にうんとこしょと間違って記憶してしまう」「団子のようなこぶで思い出す」でしょうか。「聟―団子/うんとこしょ―嫁」「嫁―こぶ/団子―聟」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:聟の馬鹿な記憶違いでどういう結末となるか
        ↑
発想の飛躍:溝を跳び越えた際にうんとこしょと間違って記憶してしまう
      団子のようなこぶで思い出す

・聟―団子/ご馳走―義母
     ↑
・聟―団子/うんとこしょ―嫁
・嫁―こぶ/団子―聟

◆発想の飛躍と概念の操作

 発想の飛躍を「常識離れした連想」と仮定しますと、上述した図式の/(スラッシュ)の箇所に特にその意図的に飛躍させた概念の操作が見出せそうです。

 呪術的思考に典型的に見られますが、ヒトは本来は繋がりのない切り離されたモノの間にも繋がりを見出すことがあります。それは情報処理におけるエラーです。ですが、科学万能の時代においてもエラーであるはずの呪術的思考が完全には消え去ることがないのは、それが人間特有の思考様式の一部であるからかもしれません。昔話では意図的にエラーを起こすとでも言えるでしょうか。

 「馬鹿むこ」では、初めて食べた団子が美味しいと忘れないように「団子、団子」と連呼しながら歩いていたら、溝を飛び越えるはずみで「うんとこしょ」とすり替わってしまい、その記憶違いで嫁とひと悶着起こすという展開となっています。

 図式では「聟―団子/うんとこしょ―嫁」と表記しています。これを自由連想で細分化して展開すると「聟―団子―美味―気に入る―記憶―保持―連呼―溝―超える―掛け声―うんとこしょ―すり替わる―帰宅―要求―意味不明―悶着―殴打―こぶ―額―団子―思い出す―嫁」となります。「聟:掛け声→団子/うんとこしょ→悶着→こぶ/団子」と図式化すればいいでしょうか。団子が掛け声でうんとこしょに転倒されることで更に嫁の額のこぶが団子へと転倒される概念の操作が行われています。これらの連想を一瞬で行っていることになります。

 「溝:飛び越える/跳躍→記憶/跳躍→掛け声/記憶→団子/うんとこしょ」という風に解釈することも可能でしょう。飛び超えるは跳躍とも転換可能です。溝を超えることで記憶が跳躍し、掛け声が記憶に転換されてしまう、といった「転換」といった概念の操作が行われているとも解釈することができるでしょう。

 以上のように、本文には現れない概念も重要な要素となっています。形態素解析で抽出したキーワードだけでは解釈を十全に行うことは難しいものと考えられます。可視化されていない文脈を読む、つまりできるだけ可視化するためには連想概念辞書も取り込んだ上で分析する方向に機能改善することが望まれると考えられます。

 転倒は一瞬で価値の逆転をもたらすことを可能とする点で濫用は慎むべき類の概念操作ですが、予想外の驚きをもたらす効果を発揮しますので、昔話では好んで用いられるようです。

 シェーマ分析は物語構造分析や評論において多用されますが、昔話ではこの二項対立で把握される図式の各項の属性を動的に転倒させていく(※必ずしも転倒に成功する訳ではない)ことで物語を転がしていくという技法が多用されると考えられます。むしろ転倒させることで二項対立の図式に持ち込むと見た方がいいでしょうか。静態から動態への認識の転換が求められるとでも言えるでしょうか。

 呪術的思考のような非合理的思考は人間の抱える弱点ですが、昔話においては逆に創造性の源ともなっていると考えることができます。

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「馬鹿むこ」ですと「団子、団子と復唱していたところを、はずみでうんとこしょと言い間違ってしまい、嫁に大迷惑をかけた」くらいでしょうか。

◆余談

 子供の頃ははったい粉をまぶしたお団子が好きでした。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.412-413.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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