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2024年11月19日 (火)

行為項分析――弓の名人

◆あらすじ

 昔、ある田舎に百姓の息子がいた。毎日毎日仕事をしていたが、百姓が嫌になったので、一つこれから侍になってやろう。侍になったら威張ることができると思った。そこで刀を二本求めて腰に差し、旅に出た。その内に日が暮れたので宿へ泊まった。部屋に通されたところ、床の間に長刀(なぎなた)が飾ってあった。この長刀は自分がいつも使う鎌とは大分違うと息子はつくづく長刀を見て感心した様につぶやいた。刀かけを見ると刀がかけてある。息子は手にとって抜いて見た。刀はぴかぴか光っている。これが本当の名剣というものだと息子はつぶやいた。ほとりに弓があった。息子は弓を取り上げると、矢をつがえてみた。一生懸命引き絞ってパッと放した。すると矢は障子をぶすっと射ぬいて外へ飛んでいってしまった。しまった。これは大事になった。誰かやかましく言ってくるに違いない。早く出ていこう。息子は慌てて庭へ下りて草鞋(わらじ)を履いていると、隣の家の人がごめんくださいと宿屋へ入ってきた。何を言うかと思って聴いていると、この宿にお侍さんが泊まっているかとその人は宿の者に尋ねた。これはしまった。あの弓を射たのでやられるに違いないと思っていると、それでは今弓を射てくれたのはその人に違いない。実はうちの蔵へ盗人が入って物を盗って出ようとするところへ矢が当たって盗人が倒れたので、おかげで物を盗られずに済んだと言った。息子はそれを聞くと、早速草履を脱いで座敷へ上がってかしこまっていた。するとそこへ、弓を射てくださったお侍というのはあなたかと言ってさっきの隣の人が入ってきた。その人はお礼に沢山の金をくれた。それからこの話が段々伝わって隣の村へ聞こえた。隣の村では猪が出て田畑を荒らす。何とかして退治せねばと言っているところだったので、隣の村に弓の名人がいるということだ。それに頼んで退治してもらおうということになって頼みに来た。息子は引き受けた。馬の用意をせよと言った。馬を連れてきたが、息子は馬に乗ったこともなければ、馬に乗ったのを見たこともないので、大きなことを言ったが困ったと思った。それから馬の上へ這い上がって後ろ向きに乗った。そして尻尾を固く握りしめた。この侍は不思議な侍だと言いながら隣村の百姓たちは馬の後ろへついて行った。その内に川へ来た。馬が川へ下りていくと、尻尾の方が高くなって、とてもいい具合だった。百姓たちは感心した。ところが川を渡ると、今度は向こうの岸へ上がることになった。馬は立った様に前が高くなったので、息子は弓を持ったまま、どぶんと川へ落ちてしまった。百姓たちがたまげると、その方ども、何を騒ぐかと言って息子は鮎を二尾ほど矢へ突き刺して、これを獲りに入ったのだと言って上がってきた。なるほど、名人というものは違ったものだ、百姓たちはまた感心した。それからまた馬に乗って、いよいよ隣村へ着いた。猪はどこに出るかと聞くと、あの向こうの山へ出るとなって、明くる日になると、息子は大きな高い崖のほとりへ行って待っていた。ところがいくら待っても猪が出てこない。退屈になったので、着物を脱いで蚤(のみ)を取りはじめた。そこへ大きな音がしたかと思うと、大きな猪が飛んできた。あまり急に来たので、弓を射る間もありはしない。慌てて蚤をとっていた着物を振ると、猪が真っ直ぐに飛んでいって崖の上から下へ落ちてしまった。息子は急いで下りてみると、猪は足を折って死んでいる。百姓たちが来ては具合が悪い。矢を尻の穴に力いっぱい差し込んでおいた。それから上へあがって着物を着て休んでいると百姓たちがやって来た。あそこの崖の下にいるはずだから行ってみよと言い、一緒に下りてみると、大きな猪が死んでいる。百姓たちは感心して見ていたが、どこにも矢が立っていない。よくよく見ると尻の穴から羽根が覗いている。これは上手なこと。肉を少しも痛めずに射たものだ。これがまことの名人だと百姓たちはますます感心した。この話がどんどん広がって殿さまの耳に入った。殿さまには姫がいたが、いい聟がいなくて困っていた。そういう弓の名人がいるなら、この頃山賊が出て困っているからこれを退治させて、退治したら姫の聟にすることにしようと殿さまは言った。百姓の息子は殿さまの前へ召し出された。姫が見ると出来の悪い百姓の様な男なので、どうもこの男は自分の聟には欲しくないと思って、どうかして殺してやりたいと思った。そこで握飯を沢山こしらえて、その中へ毒を入れて持たせて山賊の出るところへ連れていった。息子はそれがしは弓の名人である。山賊どもが毎晩出て荒らすということを聞いて征伐に参った。すぐに出てこいと大きな声で怒鳴った。すると何をぬかすか、小せがれめと言って五六人の山賊が岩屋から出てきた。息子は弓を射ることも何もできない。これは敵わないと思って、どんどん逃げ出した。山賊たちはどこまでも追っかけてくるので、息子は敵わないので木へ登った。木登りはとても上手なので猿の様に上っていくと、腰に結んでいた握飯の紐が解けてボトボトみな落ちた。山賊たちはこれを見ると、腹が減っていたと見えてわれ勝ちに拾って食べたので皆死んでしまった。息子はこの様を見ると、木の上から下りてきて皆首を切って、殿さまのところへ持って帰った。いいつけ通り、山賊をことごとく退治したから、約束通り姫の聟にしてくれと殿さまに申し上げた。そして殿さまも姫も息子を聟にした。

◆モチーフ分析

・ある田舎に百姓の息子がいた
・百姓が嫌になったので、これから侍になってやろう、侍になったら威張ることできると思った
・そこで刀を二本求めて腰に差し、旅に出た
・日が暮れたので宿へ泊まった
・床の間に長刀や刀が飾ってあったので、これが本物だと感心した
・弓があったので矢をつがえて、一生懸命引き絞ってパッと放した
・矢は障子を射ぬいて外へ飛んでいってしまった
・これは大事になった。早く出ていこうと草鞋を履いていると、隣の家の人が宿屋へ入ってきた
・隣の家の人はうちの蔵に盗人が入って物を盗って出ようとするところへ矢が当たって盗人が倒れたので、おかげで物を盗られずに済んだと言った
・息子は草鞋を脱いで座敷へ上がってかしこまった
・宿の人はお礼に沢山の金をくれた
・この話が段々伝わって隣の村へ聞こえた
・隣の村では猪が出て田畑を荒らすので何とかして退治せねばと言っているところだったので、隣の村の弓の名人に頼んで退治してもらおうと頼みに来た
・息子は馬の用意をさせた
・馬に乗ったことがなく、馬に乗ったのを見たこともなかった
・息子は馬に後ろ向きに乗って尻尾を固く握りしめた
・馬が川を渡ると、馬は立ったように前が高くなったので、息子は弓を持ったまま川へ落ちてしまった
・息子は鮎を二尾ほど矢を突き刺して、これを獲りに入ったのだと言い張った
・隣村に着いた明くる日、息子は高い崖のほとりへ行って村人たちが猪を追い込むのを待っていた
・いくら待っても猪が出てこない
・退屈なので、着物を脱いで蚤を取りはじめた
・そこへ大きな猪が飛んできた
・急に来たので弓を射る間もなかった、着物を振ると、猪は真っ直ぐに飛んでいって崖から下へ落ちてしまった
・息子が急いで下りてみると猪は足を折って死んでいた
・百姓たちが来ては具合が悪いので、猪の尻の穴に差し込んでおいた
・百姓たちがやって来て崖の下に下りてみると、大きな猪が死んでいる
・よく見ると尻の穴から羽根が覗いているので、肉を少しも痛めずに射た、これがまことの名人だと百姓たちは感心した
・この話がどんどん広がって殿さまの耳に入った
・殿さまには姫がいたが、いい聟がいなくて困っていた
・弓の名人がいるなら、このころ山賊が出て困っているから、これを退治させて、退治したら姫の聟にしようと殿さまは言った
・百姓の息子は殿さまの前へ召し出された
・姫が見ると、出来の悪い百姓の様な男なので、この男は聟に欲しくないと思って、どうにかして殺してやりたいと思った
・そこで握飯を沢山こしらえて、その中へ毒を入れて持たせて、山賊の出るところへ連れていった
・息子は自分は弓の名人である。征伐に参った。すぐに出てこいと大声で怒鳴った
・すると、五六人の山賊が岩屋から出てきた
・息子は弓を射ることも何もできない
・これは敵わないと思って、どんどん逃げ出した
・山賊たちはどこまでも追ってくるので、息子は木の上へ登った
・木登りは上手なので猿の様に上って行くと、腰に結んでいた握飯の紐が解けて皆落ちてしまった
・山賊たちは腹が減っていたと見えてわれ勝ちに拾って食べたので皆死んでしまった
・息子はこの様を見ると、木の上から下りてきて皆首を切って殿さまのところへ持って帰った
・言いつけ通り、山賊をことごとく退治したから、約束通り姫の聟にしてくれと殿さまに申し上げた
・殿さまも姫も息子を聟にした

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:息子(弓の名人)
S2:隣家の人
S3:泥棒
S4:宿の人
S5:猪
S6:村人
S7:殿さま
S8:姫
S9:山賊(首)

O(オブジェクト:対象)
O1:ある田舎
O2:百姓
O3:侍
O4:刀
O5:宿
O6:床の間
O7:長刀
O8:弓
O9:矢
O10:障子
O11:草履
O12:蔵
O13:座敷
O14:金
O15:噂
O16:隣村
O17:田畑
O18:馬
O19:尻尾
O20:川
O21:鮎
O22:崖
O23:服
O24:蚤
O25:尻の穴
O26:白羽
O27:聟
O28:握飯
O29:毒
O30:岩屋
O31:木

m(修飾語:Modifier)
m1:百姓の
m2:嫌気した
m3:威張った
m4:日暮れ
m5:本物
m6:感心した
m7:外へ
m8:大事だ
m9:倒れた
m10:かしこまった
m11:後ろ向きに
m12:立った
m13:翌日
m14:退屈した
m15:死んだ
m16:足を折った
m17:不都合な
m18:痛めた
m19:名人
m20:広まった
m21:困惑した
m22:退治された
m23:出来の悪い
m24:得手な
m25:空腹な

X:どこか
T:時

+:接
-:離

・ある田舎に百姓の息子がいた
(存在)O1ある田舎:O1ある田舎+S1息子
(身分)S1息子:S1息子+m1百姓の
・百姓が嫌になったので、これから侍になってやろう、侍になったら威張ることできると思った
(嫌気)S1息子:O2百姓+m2嫌気した
(立志)S1息子:S1息子+O3侍
(振る舞い)O3侍:O3侍+m3威張った
・そこで刀を二本求めて腰に差し、旅に出た
(帯刀)S1息子:S1息子+O4刀
(出立)S1息子:S1息子-O1ある田舎
・日が暮れたので宿へ泊まった
(時刻)T:T+m4日暮れ
(宿泊)S1息子:S1息子+O5宿
・床の間に長刀や刀が飾ってあったので、これが本物だと感心した
(飾る)O6床の間:O6床の間+(O4刀+O7長刀)
(感心)S1息子:(O4刀+O7長刀)+(m5本物+m6感心した)
・弓があったので矢をつがえて、一生懸命引き絞ってパッと放した
(つがえる)S1息子:S1息子+(O8弓+O9矢)
(射る)S1息子:S1息子+O9矢
・矢は障子を射ぬいて外へ飛んでいってしまった
(貫通)O9矢:O9矢+O10障子
(貫通)O9矢:O9矢+m7外へ
・これは大事になった。早く出ていこうと草鞋を履いていると、隣の家の人が宿屋へ入ってきた
(慌てる)S1息子:S1息子+m8大事だ
(逃走準備)S1息子:S1息子-O5宿
(到来)S2隣家の人:S2隣家の人+O5宿
・隣の家の人はうちの蔵に盗人が入って物を盗って出ようとするところへ矢が当たって盗人が倒れたので、おかげで物を盗られずに済んだと言った
(強盗)S2隣家の人:S3泥棒+O12蔵
(命中)O9矢:O9矢+S3泥棒
(倒れる)S3泥棒:S3泥棒+m9倒れた
(被害なし)S2隣家の人:S2隣家の人-S3泥棒
・息子は草鞋を脱いで座敷へ上がってかしこまった
(脱ぐ)S1息子:S1息子-O11草履
(上がる)S1息子:S1息子+O13座敷
(かしこまる)S1息子:S1息子+m10かしこまった
・宿の人はお礼に沢山の金をくれた
(お礼)S4宿の人:S1息子+O14金
・この話が段々伝わって隣の村へ聞こえた
(伝聞)O15噂:O15噂+O16隣村
・隣の村では猪が出て田畑を荒らすので何とかして退治せねばと言っているところだったので、隣の村の弓の名人に頼んで退治してもらおうと頼みに来た
(退治)O16隣村:O16隣村+S5猪
(猪害)S5猪:S5猪+O17田畑
(依頼)O16隣村:O16隣村+S1弓の名人
・息子は馬の用意をさせた
(用意)S1息子:O16隣村+O18馬
・馬に乗ったことがなく、馬に乗ったのを見たこともなかった
(未経験)S1息子:S1息子-O18馬
・息子は馬に後ろ向きに乗って尻尾を固く握りしめた
(乗馬)S1息子:S1息子+O18馬
(乗馬)S1息子:O18馬+m11後ろ向きに
(掴む)S1息子:S1息子+O19尻尾
・馬が川を渡ると、馬は立ったように前が高くなったので、息子は弓を持ったまま川へ落ちてしまった
(渡河)O18馬:O18馬+O20川
(立つ)O18馬:O18馬+m12立った
(落馬)S1息子:O18馬-S1息子
(川に落ちる)S1息子:S1息子+O20川
・息子は鮎を二尾ほど矢を突き刺して、これを獲りに入ったのだと言い張った
(刺す)S1息子:O21鮎+O9矢
(誇示)S1息子:S1息子+O21鮎
・隣村に着いた明くる日、息子は高い崖のほとりへ行って村人たちが猪を追い込むのを待っていた
(時間経過)T:T+m13翌日
(待機)S1息子:S1息子+O22崖
(追い込み)S6村人:S5猪+O22崖
・いくら待っても猪が出てこない
(遭遇せず)S1息子:S1息子-S5猪
・退屈なので、着物を脱いで蚤を取りはじめた
(退屈)S1息子:S1息子+m14退屈した
(脱衣)S1息子:S1息子-O23服
(蚤とり)S1息子:S1息子-O24蚤
・そこへ大きな猪が飛んできた
(遭遇)S1息子:S1息子+S5猪
・急に来たので弓を射る間もなかった、着物を振ると、猪は真っ直ぐに飛んでいって崖から下へ落ちてしまった
(射られず)S1息子:S1息子-(O8弓+O9矢)
(振る)S1息子:S1息子+O23服
(突進)S5猪:S5猪+O23服
(転落)S5猪:O22崖-S5猪
・息子が急いで下りてみると猪は足を折って死んでいた
(下りる)S1息子:S1息子-O22崖
(死亡)S5猪:S5猪+(m15死んだ+m16足を折った)
・百姓たちが来ては具合が悪いので、猪の尻の穴に差し込んでおいた
(不都合)S1息子:S1息子+m17不都合な
(後刺し)S1息子:O9矢+(S5猪+O25尻の穴)
・百姓たちがやって来て崖の下に下りてみると、大きな猪が死んでいる
(到着)S6百姓:S6百姓-O22崖
(死亡)S5猪:S5猪+m15死んだ
・よく見ると尻の穴から羽根が覗いているので、肉を少しも痛めずに射た、これがまことの名人だと百姓たちは感心した
(確認)S5猪:O25尻の穴+O26白羽
(正確な射撃)S1息子:S5猪-m18痛めた
(評価)S6百姓:S1息子+m19名人
・この話がどんどん広がって殿さまの耳に入った
(拡散)O15噂:O15噂+m20広まった
(聴聞)S7殿さま:S7殿さま+O15噂
・殿さまには姫がいたが、いい聟がいなくて困っていた
(存在)S7殿さま:S7殿さま+S8姫
(良縁なし)S8姫:S8姫-O27聟
(困惑)S7殿さま:S7殿さま+m21困惑した
・弓の名人がいるなら、このころ山賊が出て困っているから、これを退治させて、退治したら姫の聟にしようと殿さまは言った
(退治)S7殿さま:S1弓の名人+S9山賊
(条件)S1弓の名人:S9山賊+m22退治された
(聟とり)S7殿さま:S8姫+S1弓の名人
・百姓の息子は殿さまの前へ召し出された
(召しだし)S1息子:S7殿さま+S1息子
・姫が見ると、出来の悪い百姓の様な男なので、この男は聟に欲しくないと思って、どうにかして殺してやりたいと思った
(評価)S8姫:S1息子+(m1百姓の+m23出来の悪い)
(忌避)S8姫:S8姫-S1息子
(殺害願望)S8姫:S1息子+m15死んだ
・そこで握飯を沢山こしらえて、その中へ毒を入れて持たせて、山賊の出るところへ連れていった
(仕込む)S8姫:O28握飯+O29毒
(持たせる)S8姫:S1息子+O28握飯
(連行)S8姫:S1息子+S9山賊
・息子は自分は弓の名人である。征伐に参った。すぐに出てこいと大声で怒鳴った
(威嚇)S1息子:S1息子+S9山賊
(主張)S1息子:S1息子+m19名人
・すると、五六人の山賊が岩屋から出てきた
(出現)S9山賊:S9山賊-O30岩屋
・息子は弓を射ることも何もできない
(敵わず)S1息子:S1息子-(O8弓+O9矢)
・これは敵わないと思って、どんどん逃げ出した
(逃走)S1息子:S1息子-S9山賊
・山賊たちはどこまでも追ってくるので、息子は木の上へ登った
(追跡)S9山賊:S9山賊+S1息子
(登る)S1息子:S1息子+O31木
・木登りは上手なので猿の様に上って行くと、腰に結んでいた握飯の紐が解けて皆落ちてしまった
(得手)S1息子:O31木+m24得手な
(落下)O28握飯:O28握飯-S1息子
・山賊たちは腹が減っていたと見えてわれ勝ちに拾って食べたので皆死んでしまった
(空腹)S9山賊:S9山賊+m25空腹な
(拾い食い)S9山賊:S9山賊+(O28握飯+O29毒)
(死亡)S9山賊:S9山賊+m15死んだ
・息子はこの様を見ると、木の上から下りてきて皆首を切って殿さまのところへ持って帰った
(下りる)S1息子:S1息子-O31木
(首を獲る)S1息子:S1息子+S9山賊
(献上)S1息子:S7殿さま+S9首
・言いつけ通り、山賊をことごとく退治したから、約束通り姫の聟にしてくれと殿さまに申し上げた
(成果)S1息子:S1息子+S9山賊
(要求)S1息子:S1息子+S7殿さま
(要求)S1息子:S1息子+S8姫
・殿さまも姫も息子を聟にした
(応諾)S7殿さま:S8姫+S1息子

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

     聴き手(誤射した結果どうなるか)
           ↓
送り手(息子)→誤射したところ偶然命中する(客体)→ 受け手(泥棒)
           ↑
補助者(なし)→ 息子(主体)←反対者(泥棒)

     聴き手(誤射した結果どうなるか)
           ↓
送り手(隣家の人)→強盗阻止の礼を言う(客体)→ 受け手(息子)
           ↑
補助者(宿の人)→ 隣家の人(主体)←反対者(なし)

     聴き手(猪退治を受け合った結果どうなるか)
           ↓
送り手(隣村の人)→猪退治を依頼(客体)→ 受け手(息子)
           ↑
補助者(なし)→ 隣村の人(主体)←反対者(なし)

     聴き手(猪が転落した結果どうなるか)
           ↓
送り手(息子)→衣を振ったところ崖から転落して死ぬ(客体)→ 受け手(猪)
           ↑
補助者(なし)→ 息子(主体)←反対者(猪)

     聴き手(名人と絶賛された結果どうなるか)
           ↓
送り手(隣村の人)→弓の名人と絶賛(客体)→ 受け手(息子)
           ↑
補助者(なし)→ 隣村の人(主体)←反対者(なし)

     聴き手(山賊退治を請け負った結果どうなるか)
           ↓
送り手(殿さま)→姫の聟になる条件で山賊退治を依頼(客体)→ 受け手(息子)
           ↑
補助者(なし)→ 殿さま(主体)←反対者(なし)

     聴き手(毒入りの握り飯を持たされた結果どうなるか)
           ↓
送り手(姫)→息子が気に入らず握り飯に毒を仕込む(客体)→ 受け手(息子)
           ↑
補助者(なし)→ 姫(主体)←反対者(息子)

     聴き手(山賊を退治した結果どうなるか)
           ↓
送り手(息子)→息子が落とした握り飯を食べて死ぬ(客体)→ 受け手(山賊)
           ↑
補助者(握り飯)→ 息子(主体)←反対者(山賊)

     聴き手(偶然が重なった結果をどう思うか)
           ↓
送り手(殿さま)→姫の聟になることを認める(客体)→ 受け手(息子)
           ↑
補助者(姫)→ 殿さま(主体)←反対者(なし)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。百姓に嫌気が差した息子は侍になると言って帯刀して旅に出ます。宿をとって部屋に飾られていた弓矢を誤射してしまいます。すると偶然その矢が隣家に押し込もうとしていた泥棒に命中して盗みを阻止します。それで隣家の人や宿屋の主人に弓の名人と賞賛されますが、噂が広がり、隣村から猪退治の依頼が来ます。請けたところ、崖の上で待ち伏せすることになりました。中々来ないので服を脱いで蚤とりをしていたところに猪が追い込まれてきます。矢を射ることも叶わず思わず脱いだ服を振ったところ、それに誘導されたのか猪は崖から転落して死んでしまいます。このままでは都合が悪いと息子は矢を猪の尻の穴に刺します。それで更に弓の名人という評判がたち、殿さまの耳に入ります。殿さまは姫の聟にするという条件で山賊退治を命じます。請けた息子ですが、多勢に無勢、逃げ出します。木の上に登ったところ、姫が毒を仕込んだ握り飯が落ちてしまい、それを拾い食いした山賊たちは皆死んでしまいます。易々と首を獲って殿さまに献上し、息子は姫の聟となったという筋立てです。

 息子―泥棒、息子―隣家の人、息子―宿屋の主人、息子―隣村の人、息子―猪、息子―殿さま、殿さま―姫、息子―姫、息子―山賊、といった対立軸が見受けられます。偶然/名人という図式に偶然の結果を自身の成果として成上がっていく様が暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

1. 息子♌―泥棒♂―隣家の人♁―宿屋の主人♎
2. 息子♌―猪♂☉―隣村の人♁☾(♌)♎
3. 息子♌♁―山賊♂―姫♂☉☾(♌)―殿さま♎

 といった風に表記できるでしょうか。泥棒から家財を守ることを価値と置くと、隣家の人は享受者♁となります。泥棒は対立者♂と置けます。宿屋の主人は息子を弓の名人と賞賛しますので審判者♎と置けるでしょう。

 次に猪を退治することを価値☉と置くと、猪そのものが対立者♂であり価値☉となります。隣村の人たちは猪を崖の上まで追い立てますので、その点では息子の援助者☾(♌)となります。また、息子を弓の名人と賞賛しますので審判者ともなります。猪が退治されたことで田畑が守られますので享受者♁ともなります。

 最後に、息子を嫌った姫は価値☉であり、かつ息子を毒殺しようとしますので対立者♂でもあります。ところが、思わぬ形で毒入りの握り飯が山賊の口に入ってしまいますので、その点では息子の援助者☾(♌)ともなっています。山賊は対立者♂です。殿さまは姫を聟にする条件で山賊退治を依頼しますので審判者♎としていいでしょう。息子は最終的に姫を得ることで享受者♁となります。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「百姓の息子はいかにして侍として成上がっていくか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「偶然の結果で抜け目なく難題を解決していく」でしょうか。「息子―誤射/矢―盗人」「息子―鮎/矢―落馬」「息子―衣/転落―猪」「息子―尻の穴/矢―名人」「息子―毒/握飯―山賊」「姫―毒/聟―息子」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:百姓の息子はいかにして侍として成上がっていくか
        ↑
発想の飛躍:偶然の結果で抜け目なく難題を解決していく

・息子―百姓/名人―侍
     ↑
・息子―誤射/矢―盗人
・息子―鮎/矢―落馬
・息子―衣/転落―猪
・息子―尻の穴/矢―名人
・息子―毒/握飯―山賊
・姫―毒/聟―息子

◆発想の飛躍と概念の操作

 発想の飛躍を「常識離れした連想」と仮定しますと、上述した図式の/(スラッシュ)の箇所に特にその意図的に飛躍させた概念の操作が見出せそうです。

 呪術的思考に典型的に見られますが、ヒトは本来は繋がりのない切り離されたモノの間にも繋がりを見出すことがあります。それは情報処理におけるエラーです。ですが、科学万能の時代においてもエラーであるはずの呪術的思考が完全には消え去ることがないのは、それが人間特有の思考様式の一部であるからかもしれません。昔話では意図的にエラーを起こすとでも言えるでしょうか。

 「弓の名人」では、侍を志した百姓の息子が偶然の結果を抜け目なく自身の成果として成上がっていく様が描かれています。

 図式では「息子―百姓/名人―侍」と表記しています。これを自由連想で細分化して展開すると「息子―百姓―嫌気―侍―志す―帯刀―出立―事件―遭遇―偶然―結果―自身―手柄―名人―姫―聟―侍」となります。「息子:偶然/手柄→名人」と図式化すればいいでしょうか。偶然の結果を自身の手柄と転倒させることで名人として成上がっていくという概念の操作が行われています。これらの連想を一瞬で行っていることになります。

 また、「泥棒:誤射/命中→阻止」「逆さに騎乗:川に落ちる→落馬/鮎」「猪:崖の上/崖の下→生/死」「山賊:握り飯→生/死」「姫:握り飯→毒/聟」とも図式化できるでしょうか。こういった転倒の連続により意外性がもたらされ、物語が展開していきます。

 以上のように、本文には現れない概念も重要な要素となっています。形態素解析で抽出したキーワードだけでは解釈を十全に行うことは難しいものと考えられます。可視化されていない文脈を読む、つまりできるだけ可視化するためには連想概念辞書も取り込んだ上で分析する方向に機能改善することが望まれると考えられます。

 転倒は一瞬で価値の逆転をもたらすことを可能とする点で濫用は慎むべき類の概念操作ですが、予想外の驚きをもたらす効果を発揮しますので、昔話では好んで用いられるようです。

 シェーマ分析は物語構造分析や評論において多用されますが、昔話ではこの二項対立で把握される図式の各項の属性を動的に転倒させていく(※必ずしも転倒に成功する訳ではない)ことで物語を転がしていくという技法が多用されると考えられます。むしろ転倒させることで二項対立の図式に持ち込むと見た方がいいでしょうか。静態から動態への認識の転換が求められるとでも言えるでしょうか。

 呪術的思考のような非合理的思考は人間の抱える弱点ですが、昔話においては逆に創造性の源ともなっていると考えることができます。

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「弓の名人」ですと「偶然が重なり、弓の名人と賞賛された結果、様々な難題が課せられるが幸運で切り抜ける」くらいでしょうか。

◆余談

 外国の昔話では若者が姫の聟になってメデタシメデタシで終わる話が多いのですが、日本ではあまり見られないようです。「弓の名人」はそうした数少ない事例です。

 毒入りのおむすびを食べさせて山賊を退治する筋は「怪我の功名」と共通しています。偶然の結果を自身の手柄としてしまう抜け目のなさが特徴でしょうか。運も実力の内なのかもしれません。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.437-444.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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