行為項分析――西行法師と小野小町
◆あらすじ
昔、西行法師が阿波の鳴門があまりに大きな音をたてて鳴るので、これを封じようと思ってやってきた。鳴門の手前のところで小野小町が茶屋を出していた。西行は小野小町とは知らないから茶店へ寄ってお茶を飲んで色々話すうちに、小町がお坊さまはこれからどちらへお出ででございますかと尋ねた。自分は阿波の鳴門があまり大きな音で鳴るので、これを封じようと思ってきたところだと西行が言うと、それではお坊さまは何で封じようと思われますかと小町が言った。自分は「山畑の」でいこうと思うと西行は答えた。小町はそれを聞くと一寸(ちょっと)用事に立ったような振りをして、裏から出て鳴門へ向かって「山畑のつくり荒らしのととこ草 粟になれとは誰がいうたか」と歌を詠んだ。すると、それまで大きな音をたてていた鳴門はぱったり止んだ。しまった、西行は気がついて慌てて鳴門へ飛んでいったが、小町に先を越されて負けてしまった。
◆モチーフ分析
・西行法師が阿波の鳴門があまりに大きな音をたてて鳴るので、これを封じようと思ってやってきた
・鳴門の手前で小野小町が茶屋を出していた
・西行は小野小町とは知らないから茶店へよってお茶を飲んで色々話をした
・小町がお坊さまはこれからどちらへお出ででございますかと尋ねた
・西行法師が阿波の鳴門が大きな音を立てて鳴るのを封じようと思って来たところだと言った
・小町がそれではお坊さまは何で封じようと思われますかと訊いた
・西行は「山畑の」でいこうと思うと答えた
・それを聞いた小町はちょっと用事に立ったような振りをして、裏から出て鳴門へ向かって「山畑のつくり荒らしのととこ草 粟になれとは誰がいうたか」と歌を詠んだ
・すると、それまで大きな音をたてていた鳴門がぱったり止んだ
・西行は気がついて慌てて鳴門へ飛んでいったが、小町に先を越されて負けてしまった
◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である
S(サブジェクト:主体)
S1:西行
S2:小野小町(女)
O(オブジェクト:対象)
O1:阿波
O2:鳴門
O3:茶屋
O4:茶
O5:上の句
O6:和歌
m(修飾語:Modifier)
m1:うるさい
m2:行く先
m3:いかに
X:どこか
T:時
+:接
-:離
・西行法師が阿波の鳴門があまりに大きな音をたてて鳴るので、これを封じようと思ってやってきた
(到来)S1西行:S1西行+(O1阿波+O2鳴門)
(理由)O2鳴門:O2鳴門+m1うるさい
(動機)S1西行:O2鳴門-m1うるさい
・鳴門の手前で小野小町が茶屋を出していた
(出店)S2小野小町:S2小野小町+(O3茶屋+O2鳴門)
・西行は小野小町とは知らないから茶店へよってお茶を飲んで色々話をした
(来店)S1西行:S1西行+O3茶屋
(喫茶)S1西行:S1西行+O4茶
(会話)S1西行:S1西行+S2女
・小町がお坊さまはこれからどちらへお出ででございますかと尋ねた
(質問)S2小野小町:S1西行+m2行く先
・西行法師が阿波の鳴門が大きな音を立てて鳴るのを封じようと思って来たところだと言った
(回答)S1西行:O2鳴門-m1うるさい
・小町がそれではお坊さまは何で封じようと思われますかと訊いた
(質問)S2小野小町:S1西行+m3いかに
・西行は「山畑の」でいこうと思うと答えた
(回答)S1西行:S2女+O5上の句
・それを聞いた小町はちょっと用事に立ったような振りをして、裏から出て鳴門へ向かって「山畑のつくり荒らしのととこ草 粟になれとは誰がいうたか」と歌を詠んだ
(情報入手)S2小野小町:S2小野小町+O5上の句
(離席)S2小野小町:S2小野小町-O3茶屋
(詠歌)S2小野小町:S2小野小町+O6和歌
・すると、それまで大きな音をたてていた鳴門がぱったり止んだ
(静止)O6和歌:O2鳴門-m1うるさい
・西行は気がついて慌てて鳴門へ飛んでいったが、小町に先を越されて負けてしまった
(気づく)S1西行:O2鳴門-m1うるさい
(急行)S1西行:S1西行+O2鳴門
(敗北)S1西行:S2小野小町-S1西行
◆行為項モデル
送り手→(客体)→受け手
↑
補助者→(主体)←反対者
というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。
聴き手(関心)
↓
送り手→(客体)→受け手
↑
補助者→(主体)←反対者
この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。
聴き手(西行の迂闊さをどう思うか)
↓
送り手(西行)→鳴門に来た意図を訊かれ、上の句を教えてしまう(客体)→ 受け手(小町)
↑
補助者(なし)→ 西行(主体)←反対者(小町)
聴き手(小町の立ち回りをどう思うか)
↓
送り手(小町)→西行の上の句を利用して鳴門を封じる(客体)→ 受け手(鳴門)
↑
補助者(西行)→ 小町(主体)←反対者(西行)
聴き手(西行の迂闊さをどう思うか)
↓
送り手(西行)→小町に先を越されてしまう(客体)→ 受け手(小町)
↑
補助者(なし)→ 西行(主体)←反対者(小町)
といった行為項モデルが作成できるでしょうか。ここでは受け手に本来はオブジェクトである鳴門を一部採り入れています。
鳴門の騒音を封じるために西行が阿波の国にやって来ます。途中、立ち寄った茶店で西行が女主人が小野小町であることを知らずにうっかり上の句を教えてしまいます。茶店を抜け出した小町は西行の上の句を利用して詠歌、鳴門を封じてしまいます。西行は小野小町に先を越されてしまったという筋立てです。
西行―鳴門、西行―小野小町、小野小町―鳴門、といった対立軸が見受けられます。詠歌/封印の図式に名高い歌人の詠む和歌には超自然的な力が込められていることが暗喩されています。
◆関係分析
スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。
♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者
という六つの機能が挙げられます。
☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。
これらを元に関係分析をすると、
西行♌♎―小野小町☾(♌)♂♁
といった風に表記できるでしょうか。鳴門の騒音を封じることを価値☉と置くと、抜け駆けした小野小町が享受者♁となります。小野小町は茶店で西行をもてなしますので、初めは西行の援助者☾(♌)として登場しますが、実は対立者♂であることが明らかとなります。抜け駆けされたことに気づいた西行は審判者♎と置けるでしょう。
◆物語の焦点と発想の飛躍
グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。
この物語の焦点は「西行と小野小町の関係はどう展開するか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「西行の上の句」でしょうか。「西行―上の句/封印―小町」といった図式です。
◆昔話の創発モデル
下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。
物語の焦点:西行と小野小町の関係はどう展開するか
↑
発想の飛躍:西行の上の句
・西行―茶店―女/小町
↑
・西行―上の句/封印―小町
◆発想の飛躍と概念の操作
発想の飛躍を「常識離れした連想」と仮定しますと、上述した図式の/(スラッシュ)の箇所に特にその意図的に飛躍させた概念の操作が見出せそうです。
呪術的思考に典型的に見られますが、ヒトは本来は繋がりのない切り離されたモノの間にも繋がりを見出すことがあります。それは情報処理におけるエラーです。ですが、科学万能の時代においてもエラーであるはずの呪術的思考が完全には消え去ることがないのは、それが人間特有の思考様式の一部であるからかもしれません。昔話では意図的にエラーを起こすとでも言えるでしょうか。
「西行法師と小野小町」では、うっかり上の句を教えてしまった西行法師がその上の句をちゃっかり利用して小野小町に鳴門の騒音の封印を先んじられてしまう展開となっています。
図式では「西行―上の句/封印―小町」と表記しています。これを自由連想で細分化して展開すると「西行―名高い―歌人―来訪―阿波―鳴門―騒音―封じる―茶店―休憩―女―上の句―うっかり―教える―小野小町―抜け駆け―詠歌―封印―騒音―鳴門」となります。「小野小町:詠歌→上の句/超自然的力→騒音/封印」と図式化すればいいでしょうか。西行がうっかり漏らした上の句は超自然的な力として転換され、鳴門という大自然の騒音を封印するという転換といった概念の操作が行われています。これらの連想を一瞬で行っていることになります。
「鳴門:詠歌→超自然的力/大自然→轟音/静止」とも図式化できるでしょうか。和歌に込められた超自然的な力が大自然の働きを凌駕し、轟音が静止するという転倒が起きています。
以上のように、本文には現れない概念も重要な要素となっています。形態素解析で抽出したキーワードだけでは解釈を十全に行うことは難しいものと考えられます。可視化されていない文脈を読む、つまりできるだけ可視化するためには連想概念辞書も取り込んだ上で分析する方向に機能改善することが望まれると考えられます。
転倒は一瞬で価値の逆転をもたらすことを可能とする点で濫用は慎むべき類の概念操作ですが、予想外の驚きをもたらす効果を発揮しますので、昔話では好んで用いられるようです。
シェーマ分析は物語構造分析や評論において多用されますが、昔話ではこの二項対立で把握される図式の各項の属性を動的に転倒させていく(※必ずしも転倒に成功する訳ではない)ことで物語を転がしていくという技法が多用されると考えられます。むしろ転倒させることで二項対立の図式に持ち込むと見た方がいいでしょうか。静態から動態への認識の転換が求められるとでも言えるでしょうか。
呪術的思考のような非合理的思考は人間の抱える弱点ですが、昔話においては逆に創造性の源ともなっていると考えることができます。
◆ログライン≒モチーフ
ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。
「西行法師と小野小町」ですと「小町にうっかり上の句を教えたところ、模倣されて先を越されてしまった」くらいでしょうか。
◆余談
石西の人は西行法師が負ける話が好みなのでしょうか。これも歌心があって魅力的です。名高い歌人の詠む歌には超自然的な力が宿っていて、大自然をも封じてしまうというスケールの大きな話ともなっています。小野小町のちゃっかりした側面も見どころです。
◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.458-459.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)
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