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2024年11月29日 (金)

行為項分析――なさけない

◆あらすじ

 昔、お爺さんとお婆さんがいた。お婆さんは菜を買いに行った。お爺さんは酒を買いに行った。どちらもなかったので、なさけないと言った。

◆モチーフ分析

・お爺さんとお婆さんがいた
・お婆さんは菜を買いに行った
・お爺さんは酒を買いに行った
・どちらもなかったので、なさけないと言った

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:爺さん
S2:婆さん

O(オブジェクト:対象)
O1:菜
O2:酒

m(修飾語:Modifier)
m1:なさけない

X:どこか

+:接
-:離

・お爺さんとお婆さんがいた
(存在)X:X+(S1爺さん+S2婆さん)
・お婆さんは菜を買いに行った
(買う)S2婆さん:S2婆さん+O1菜
・お爺さんは酒を買いに行った
(買う)S1爺さん:S1爺さん+O2酒
・どちらもなかったので、なさけないと言った
(買えず)S2婆さん:S2婆さん-O1菜
(買えず)S1爺さん:S1爺さん-O2酒
(嘆息)(S1爺さん+S2婆さん):(S1爺さん+S2婆さん)+m1なさけない

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

     聴き手(買えなかった結果どうなるか)
           ↓
送り手(婆さん)→買いに行くが無い(客体)→ 受け手(菜)
           ↑
補助者(なし)→ 婆さん(主体)←反対者(なし)

     聴き手(買えなかった結果どうなるか)
           ↓
送り手(爺さん)→買いに行くが無い(客体)→ 受け手(酒)
           ↑
補助者(なし)→ 爺さん(主体)←反対者(なし)

     聴き手(洒落を含んだ嘆息をどう感じるか)
           ↓
送り手(爺さん、婆さん)→買いに行くが無い(客体)→ 受け手(爺さん、婆さん)
           ↑
補助者(なし)→ 爺さん、婆さん(主体)←反対者(なし)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。お婆さんが菜を買いに、お爺さんが酒を買いに行ったところ、いずれもありませんでした。菜と酒がなかったので「なさけない」と嘆息したという筋立てです。

 爺さん―婆さん、婆さん―菜、爺さん―酒、といった対立軸が見受けられます。菜/酒/なさけないの図式に落胆を洒落のめす爺さんと婆さんのユーモアが暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

爺さん♌♁(-1)♎―婆さん♌♁(-1)♎

 といった風に表記できるでしょうか。望みのものを入手することを価値☉と置くと、爺さんと婆さんはいずれも享受者♁となりますが、ここではいずれも入手できませんので
マイナスの享受者♁(-1)としてもいいでしょうか。それぞれ別行動のようですので、相互に援助者ではありません。最後に「なさけない」と洒落含みの嘆息をしますので、両者とも審判者♎と置けるでしょう。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「爺さんと婆さんは望むものを入手できるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「なさけないと洒落のめした嘆息をすること」でしょうか。「爺さん/婆さん―入手できず/嘆息―菜/酒」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:爺さんと婆さんは望むものを入手できるか
         ↑
発想の飛躍:なさけないと洒落のめした嘆息をすること

・婆さん―入手できず―菜
・爺さん―入手できず―酒
       ↑
・爺さん/婆さん―入手できず/嘆息―菜/酒

◆発想の飛躍と概念の操作

 発想の飛躍を「常識離れした連想」と仮定しますと、上述した図式の/(スラッシュ)の箇所に特にその意図的に飛躍させた概念の操作が見出せそうです。

 呪術的思考に典型的に見られますが、ヒトは本来は繋がりのない切り離されたモノの間にも繋がりを見出すことがあります。それは情報処理におけるエラーです。ですが、科学万能の時代においてもエラーであるはずの呪術的思考が完全には消え去ることがないのは、それが人間特有の思考様式の一部であるからかもしれません。昔話では意図的にエラーを起こすとでも言えるでしょうか。

 「なさけない」では、婆さんは菜を、爺さんは酒を入手できなかったため、合わせて「なさけない」と嘆息しています。

 図式では「爺さん/婆さん―入手できず/嘆息―菜/酒」と表記しています。これを自由連想で細分化して展開すると「婆さん―菜―入手―行動―入手できず―爺さん―酒―入手―行動―入手できず―な―さけ―欠乏―嘆息―洒落―なさけない―情けない」となります。「爺さん/婆さん:菜/酒→入手できず→嘆息/洒落」と図式化すればいいでしょうか。「菜」と「酒」から意味が剥奪されて「な」と「さけ」となります。それらが結合され、欠乏を表す「ない」とも結合され「な+さけ+ない」から「なさけない」「情けない」となります。つまり、何もない状況を洒落のめして「情けない」と表現する訳です。ここでは欠乏による嘆息を洒落に転倒するといった概念の操作がここでは行われています。これらの連想を一瞬で行っていることになります。

 シニフィアンとシニフィエでしたか、どちらがどちらか失念しましたが、記号や言語は「意味するもの」と「意味されるもの」とに分かれます。信号の「赤」が「止まれ」なら「止まれ:意味するもの」と「赤:意味されるもの」といった具合です。ここでは「意味されるもの」は固定でありつつも、それらが結合されることで「意味するもの」の入れ替えが行われている訳です。

 以上のように、本文には現れない概念も重要な要素となっています。形態素解析で抽出したキーワードだけでは解釈を十全に行うことは難しいものと考えられます。可視化されていない文脈を読む、つまりできるだけ可視化するためには連想概念辞書も取り込んだ上で分析する方向に機能改善することが望まれると考えられます。

 転倒は一瞬で価値の逆転をもたらすことを可能とする点で濫用は慎むべき類の概念操作ですが、予想外の驚きをもたらす効果を発揮しますので、昔話では好んで用いられるようです。

 シェーマ分析は物語構造分析や評論において多用されますが、昔話ではこの二項対立で把握される図式の各項の属性を動的に転倒させていく(※必ずしも転倒に成功する訳ではない)ことで物語を転がしていくという技法が多用されると考えられます。むしろ転倒させることで二項対立の図式に持ち込むと見た方がいいでしょうか。静態から動態への認識の転換が求められるとでも言えるでしょうか。

 呪術的思考のような非合理的思考は人間の抱える弱点ですが、昔話においては逆に創造性の源ともなっていると考えることができます。

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「なさけない」ですと「菜も酒もなかったのを洒落のめして『なさけない』と言った」くらいでしょうか。

◆余談

 年末のお話でしょうか。爺さんと婆さんには自分の思い通りにならなくても、その状況を洒落のめす程度の心の余裕はあるということでしょう。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)p.468.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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