行為項分析――蛙の恩返し
◆あらすじ
昔、あるところに男がいた。ある日道を歩いていると、蛇が蛙(かえる)をくわえて呑もうとしていた。男はそれを見ると蛙がかわいそうになって、まあ悪いことをする。その蛙を放してやれ。自分の女房にしてやるからと言った。すると蛇はくわえていた蛙を放してするすると草の中へ入ってしまった。自分の言うことを聞いたものだと男は思った。それと共にえらいことを言ったものだと後悔したが、もうどうすることもできない。どうしたものか思案していた。しばらくして、きれいな女が男のところを訪ねてきた。この間約束したが、蛙を許してやったから、あなたの女房にしてくださいと女は言った。それはまあ、ああして約束したのだから、しないとは言えない。困ったことだと思ったが、約束したので女房にした。ところが男は自分の女房は蛇だ。困ったものだのうと思えば思うほど気持ちが悪くてたまらない。とうとう気病みになって床についてしまった。ある日この家へ一人の男がやって来て、ここには病人がいるということだが悪いことだと言った。それで事情を話したところ、ああ、あなたの病気にはいい薬があるがと言った。何だろうか。それは、これの背戸の大きな松の枝へ鷹(たか)が巣をかけている。その卵をとって飲んだら、たちまち良くなると男は言った。それを聞くと、男はいいことを聞いたと思って、鷹の卵をとるというのは容易なことじゃあないがと思って、女房にその話をした。すると女房は、それなら自分がとってあげる。自分なら木へ昇るのは上手だから、必ずとってあげると言った。男は喜んで、それなら取ってきてくれと言って頼んだ。女房は背戸の松の木へ行ってみた。大きな松の木のずっと上に鷹の巣がある。とても高くて女の姿では昇ることはできない。女房は元の蛇になってするすると昇っていった。ところが、巣のところへ行って卵を取ろうとするのを鷹が見つけた。雀のような小さな鳥ならどうすることもできないが、鷹のことである。二羽の鷹は鋭いくちばしと爪で飛びかかって蛇を殺してしまった。これを見たよそから来た男はくっくと笑って草の中へ姿を隠した。それは男が助けてやった蛙であった。
◆モチーフ分析
・あるところに男がいた
・ある日道を歩いていると、蛇が蛙をくわえて呑もうとしていた
・男はかわいそうに思って、その蛇を放してやれ、自分の女房にしてやるからと言った
・蛇はくわえていた蛙を放して草の中へするすると入ってしまった
・えらい事を言ったものだと後悔したが、もうどうすることもできない
・しばらくして、きれいな女が男のところを訪ねてきた
・この間約束したが、蛙を放してやったから、女房にしてくださいと女は言った
・約束したのだから、しないとは言えない
・困ったことだと思ったが、約束したので女房にした
・男は自分の女房は蛇だと思えば思うほど気持ち悪くてたまらない
・とうとう気病みになって床についてしまった
・ある日、この家へ一人の男がやって来て、ここには病人がいるということだが悪いことだと言った
・事情を話したところ、あなたの病気にはいい薬があると言った
・それは、背戸の大きな松の枝へ鷹が巣をかけている。その卵をとって飲んだら、たちまち良くなると男は言った
・いいことを聞いたと思って、鷹の卵をとるのは容易なことではないと思って、女房にその話をした
・女房は、それなら自分がとってあげると言った
・男は喜んで、それなら取ってきてくれと言って頼んだ
・女房は背戸の松の木へ行ってみた
・大きな松のずっと上に鷹の巣がある
・とても高くて女の姿では昇ることができない
・女房は元の蛇になってするすると昇っていった
・巣のところへ行って卵をとろうとするのを鷹が見つけた
・二羽の鷹は鋭いくちばしと爪で飛びかかって蛇を殺してしまった
・これを見た他所から来た男はくっくと笑って草の中へ姿を隠した
・それは男が助けてやった蛙であった
◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である
S(サブジェクト:主体)
S1:男(病人)
S2:蛇(女房、女)
S3:蛙(男)
S4:鷹
O(オブジェクト:対象)
O1:道
O2:草むら
O3:約束
O4:家
O5:良薬
O6:松
O7:巣
O8:卵
O9:妙案
m(修飾語:Modifier)
m1:ある日
m2:かわいそうな
m3:後悔した
m4:後戻りできない
m5:しばらく後
m6:きれいな
m7:困った
m8:気持ち悪い
m9:病んだ
m10:臥せた
m11:悪いこと
m12:喜んだ
m13:大きな
m14:上に
m15:死んだ
m16:笑った
X:どこか
T:時
+:接
-:離
・あるところに男がいた
(存在)X:X+S1男
・ある日道を歩いていると、蛇が蛙をくわえて呑もうとしていた
(時)T:T+m1ある日
(徒歩)S1男:S1男+O1道
(捕食)S2蛇:S2蛇+S3蛙
・男はかわいそうに思って、その蛇を放してやれ、自分の女房にしてやるからと言った
(憐憫)S1男:S3蛙+m2かわいそうな
(命令)S1男:S2蛇-S3蛙
(条件)S1男:S1男+S2女房
・蛇はくわえていた蛙を放して草の中へするすると入ってしまった
(解放)S2蛇:S2蛇-S3蛙
(消える)S2蛇:S2蛇+O2草むら
・えらい事を言ったものだと後悔したが、もうどうすることもできない
(後悔)S1男:S1男+m3後悔した
(覆せない)S1男:S1男+m4後戻りできない
・しばらくして、きれいな女が男のところを訪ねてきた
(時間経過)T:T+m5しばらく後
(訪問)S2女:S2女+S1男
(容貌)S2女:S2女+m6きれいな
・この間約束したが、蛙を放してやったから、女房にしてくださいと女は言った
(約束)S1男:S2女+O3約束
(応じた)S2女:S2蛇-S3蛙
(履行要求)S2女:S1男+S2女
・約束したのだから、しないとは言えない
(拒否不能)S1男:S1男+O3約束
・困ったことだと思ったが、約束したので女房にした
(困惑)S1男:S1男+m7困った
(結婚)S1男:S1男+S2女
・男は自分の女房は蛇だと思えば思うほど気持ち悪くてたまらない
(実態)S1男:S2女+S2蛇
(気味悪い)S1男:S2女+m8気持ち悪い
・とうとう気病みになって床についてしまった
(気病み)S1男:S1男+m9病んだ
(臥せる)S1男:S1男+m10臥せた
・ある日、この家へ一人の男がやって来て、ここには病人がいるということだが悪いことだと言った
(時)T:T+m1ある日
(訪問)S3男:S3男+O4家
(面会)S3男:S3男+S1病人
(感想)S3男:S1病人+m11悪いこと
・事情を話したところ、あなたの病気にはいい薬があると言った
(打ち明ける)S1男:S1男+S3男
(提案)S3男:S3男+O5良薬
・それは、背戸の大きな松の枝へ鷹が巣をかけている。その卵をとって飲んだら、たちまち良くなると男は言った
(営巣)S4鷹:S4鷹+(O6松+O7巣)
(盗む)S1男:S1男+(O8卵+O7巣)
(条件)S1男:S1男+O8卵
(回復)S3男:S1男-m9病んだ
・いいことを聞いたと思って、鷹の卵をとるのは容易なことではないと思って、女房にその話をした
(感心)S1男:S1男+O9妙案
(困難)S1男:S1男-(O8卵+O7巣)
(打ち明ける)S1男:S1男+S2女房
・女房は、それなら自分がとってあげると言った
(応諾)S2女房:S2女房+O8卵
・男は喜んで、それなら取ってきてくれと言って頼んだ
(喜ぶ)S1男:S1男+m12喜んだ
(依頼)S1男:S1男+S2女房
・女房は背戸の松の木へ行ってみた
(対面)S2女房:S2女房+O6松
・大きな松のずっと上に鷹の巣がある
(状態)O6松:O6松+m13大きな
(懸隔)O7巣:O6松+m14上に
・とても高くて女の姿では昇ることができない
(昇れず)S2女:S2女-O6松
・女房は元の蛇になってするすると昇っていった
(昇る)S2女:S2蛇+O6松
・巣のところへ行って卵をとろうとするのを鷹が見つけた
(盗む)S2蛇:S2蛇+(O8卵+O7巣)
(発覚)S4鷹:S4鷹+S2蛇
・二羽の鷹は鋭いくちばしと爪で飛びかかって蛇を殺してしまった
(攻撃)S4鷹:S4鷹+S2蛇
(死亡)S4鷹:S2蛇+m15死んだ
・これを見た他所から来た男はくっくと笑って草の中へ姿を隠した
(視認)S3男:S2蛇+m15死んだ
(ほくそ笑む)S3男:S3男+m16笑った
(隠れる)S3男:S3男+O2草むら
・それは男が助けてやった蛙であった
(正体)S3男:S3男+S3蛙
◆行為項モデル
送り手→(客体)→受け手
↑
補助者→(主体)←反対者
というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。
聴き手(関心)
↓
送り手→(客体)→受け手
↑
補助者→(主体)←反対者
この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。
聴き手(男のした約束でどうなるか)
↓
送り手(男)→蛙を解放したら嫁にしてやると約束(客体)→ 受け手(蛇)
↑
補助者(なし)→ 男(主体)←反対者(蛇)
聴き手(男は女の要求にどう対応するか)
↓
送り手(蛇の女)→約束通り嫁にしてくれと要求(客体)→ 受け手(男)
↑
補助者(なし)→ 蛇の女(主体)←反対者(男)
聴き手(この結婚生活はどうなるか)
↓
送り手(男)→やむを得ず結婚する(客体)→ 受け手(蛇の女)
↑
補助者(なし)→ 男(主体)←反対者(蛇の女)
聴き手(この結婚生活はどうなるか)
↓
送り手(男)→やむを得ず結婚する(客体)→ 受け手(蛇の女)
↑
補助者(なし)→ 男(主体)←反対者(蛇の女)
聴き手(蛙の男の提案はどうなるか)
↓
送り手(蛙の男)→病身の男に妙案を授ける(客体)→ 受け手(男)
↑
補助者(なし)→ 蛙の男(主体)←反対者(男)
聴き手(この結婚生活はどうなるか)
↓
送り手(男)→蛙の男から聴いたことを話す(客体)→ 受け手(蛇の女)
↑
補助者(なし)→ 男(主体)←反対者(蛇の女)
聴き手(蛇の行為はどうなるか)
↓
送り手(蛇)→鷹の巣の卵を獲ろうとする(客体)→ 受け手(鷹)
↑
補助者(なし)→ 蛇(主体)←反対者(鷹)
聴き手(蛇の死でどうなるか)
↓
送り手(鷹)→卵を狙った蛇を殺す(客体)→ 受け手(蛇)
↑
補助者(なし)→ 鷹(主体)←反対者(蛇)
聴き手(蛙の男の復讐をどう思うか)
↓
送り手(蛙の男)→蛇を笑って姿を消す(客体)→ 受け手(蛇)
↑
補助者(なし)→ 蛙の男(主体)←反対者(蛇)
といった行為項モデルが作成できるでしょうか。蛇が蛙を捕食しようとしたところを目撃した男は蛙を憐れに思い、蛇を嫁にしてやるから蛙を解放してやれと言います。すると蛇は蛙を解放して姿を消してしまいました。その後、女が約束通り嫁にしてくれと訪ねてきます。約束したので断る訳にもいかず男は女を女房とします。ですが女房の正体が蛇と知っている訳ですから気味が悪くてなりません。とうとう病んで床に臥せてしまいました。そこに男がやって来て、松の木にかかっている鷹の巣の卵を飲めば病気は治ると教えます。男はそれを女房に話し、女房は応じます。松の木は大木でしたので女の姿で登ることはできず元の蛇の姿に戻って登っていきます。ところが蛇に気づいた鷹が卵を守りに蛇を攻撃し蛇は死んでしまいます。それを見た男は含み笑いして消えます。男の正体はこの間の蛙だったという筋立てです。
蛇(女)―蛙(男)、男―蛇(女)、蛇―鷹、といった対立軸が見受けられます。卵/妙薬の図式に巧妙に蛇の女房を陥れる罠が暗喩されています。
◆関係分析
スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。
♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者
という六つの機能が挙げられます。
☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。
これらを元に関係分析をすると、
男♌♁―蛇(女)♂―蛙(男)♎☾(♌)―鷹♂(♂)
といった風に表記できるでしょうか。男が蛇から解放されることを価値☉と置くと、男は享受者♁となります。その場合は蛙は男に妙案を授けますので審判者♎でありかつ援助者☾(♌)と置けます。鷹は蛇を殺しますので、対立者の対立者♂(♂)と見なすことができるでしょうか。
◆物語の焦点と発想の飛躍
グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。
この物語の焦点は「男は蛇の女房から解放されるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「鷹の卵を飲めば病気が治ると教える」でしょうか。「女房/蛇―薬/卵―鷹」といった図式です。
◆昔話の創発モデル
下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。
物語の焦点:男は蛇の女房から解放されるか
↑
発想の飛躍:鷹の卵を飲めば病気が治ると教える
・男―女房/蛇―蛙
↑
・女房/蛇―薬/卵―鷹
◆発想の飛躍と概念の操作
発想の飛躍を「常識離れした連想」と仮定しますと、上述した図式の/(スラッシュ)の箇所に特にその意図的に飛躍させた概念の操作が見出せそうです。
呪術的思考に典型的に見られますが、ヒトは本来は繋がりのない切り離されたモノの間にも繋がりを見出すことがあります。それは情報処理におけるエラーです。ですが、科学万能の時代においてもエラーであるはずの呪術的思考が完全には消え去ることがないのは、それが人間特有の思考様式の一部であるからかもしれません。昔話では意図的にエラーを起こすとでも言えるでしょうか。
「蛙の恩返し」では、男の病を治す妙薬は鷹の卵だと吹き込まれた蛇の女房が鷹の巣に近づこうとして鷹に殺されてしまうという展開となっています。
図式では「女房/蛇―薬/卵―鷹」と表記しています。これを自由連想で細分化して展開すると「男―気病―床―臥す―蛙の男―松―かかる―巣―鷹―卵―病―癒す―薬―話す―女房―応じる―蛇―戻る―木―登る―気づく―攻撃―死ぬ」となります。「病:卵/薬→女房/蛇」と図式化すればいいでしょうか。鷹の卵が病を癒す妙薬であると転換されて女房は蛇の姿に戻る、つまり女房から蛇へと置換されるという概念の操作が行われています。これらの連想を一瞬で行っていることになります。
「/」が置換であったり転倒であったりと曖昧ですが、その曖昧さが創造性に繋がっていると考えます。
また、「男:約束→蛇/女房」「蛇:鷹→生/死」とも図式化できるでしょうか。こういった転倒の連続により意外性がもたらされ、物語が展開していきます。
以上のように、本文には現れない概念も重要な要素となっています。形態素解析で抽出したキーワードだけでは解釈を十全に行うことは難しいものと考えられます。可視化されていない文脈を読む、つまりできるだけ可視化するためには連想概念辞書も取り込んだ上で分析する方向に機能改善することが望まれると考えられます。
転倒は一瞬で価値の逆転をもたらすことを可能とする点で濫用は慎むべき類の概念操作ですが、予想外の驚きをもたらす効果を発揮しますので、昔話では好んで用いられるようです。
シェーマ分析は物語構造分析や評論において多用されますが、昔話ではこの二項対立で把握される図式の各項の属性を動的に転倒させていく(※必ずしも転倒に成功する訳ではない)ことで物語を転がしていくという技法が多用されると考えられます。むしろ転倒させることで二項対立の図式に持ち込むと見た方がいいでしょうか。静態から動態への認識の転換が求められるとでも言えるでしょうか。
呪術的思考のような非合理的思考は人間の抱える弱点ですが、昔話においては逆に創造性の源ともなっていると考えることができます。
◆ログライン≒モチーフ
ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。
「蛙の恩返し」ですと「男の病を治すために鷹の卵を取りに蛇の姿に戻ったところ、親の鷹に殺されてしまった」くらいでしょうか。
◆余談
異類婚姻譚ですが、この話では女房が蛇であることを知っていて気味悪がるという点が特徴です。婚姻は解消されますが、望んでのことである点が他の異類婚姻譚とは異なっています。
蛙の蛇に対する復讐譚と見なすことも可能です。ここでは蛙は知恵者として描かれています。
私は子供の頃におたまじゃくしから蛙の姿になったばかりの蛙が数匹蛇に捕食される場面を目撃したことがあります。蛙はどういう訳か逃げずにじっとしているのです。
◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.449-451.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)
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