行為項分析――手水をまわせ
■手水をまわせ
◆あらすじ
昔、あるところに一人の庄屋がいた。あるとき代官が見回りにきて庄屋の家で泊まることになったので、庄屋はたいそう恐れて取りもった。明くる朝代官が縁側へ出て手を叩いたので、下女が飛んでいってご用を伺うと、代官は手水(ちょうず)をまわせと言った。下女は驚いて庄屋のところへ行って、代官が手水をまわせと言っているがどうしようと言ったので、庄屋はびっくりして、手水をまわせと言われても、厠(かわや)は九尺二間に風呂場がついているから回すことはできないと言って、下男の長吉を呼んで寺へ行って訊いてこいと言った。長吉はさっそく飛んでいって尋ねたので、和尚さんはびっくりして何事だと言うと、長吉が事情を説明した。和尚は字引きを出して調べていたが、分かった。ちょうは長い、ずは頭だ。ちょうずというのは長い頭だ。お前の頭は長いから、それを回せばいいと言った。長吉は飛んで帰ってみると、代官はしきりに手水をまわせと催促していた。そこで長吉は代官の前へ行って、ただ今回しますと言って、長い頭をぎいらりぎいらり回しはじめた。代官はこれを見ておかしな事をする奴だと思って、早く手水をまわせと催促した。長吉はただ今回しているところですと言うので、代官は不思議に思って、どうして頭を回しているのかと問うと、ちょうは長い、ずは頭ですから、私の長い頭を回しているのですと長吉は答えた。代官は笑って、手水とはそうではない。顔を洗う水のことだと言って聞かせた。代官が帰った後で、庄屋が自分もひとつ旅に出て代官の通りにやってみようと思って、ある宿屋に泊まった。朝になって縁側へ出て、手水をまわせと言ったら、下女はたらいに水を入れて塩を持ってきた。庄屋はどうしてよいかさっぱり分からないが、これはこの水に塩を入れて飲むのに違いないと思って、水の中に塩を入れて、飲みにくいのを我慢してみんな飲んでしまった。それから家に帰って話すと、下女が代官さまは塩で歯をすり、水で顔を洗ったと言ったので、庄屋はこれはしまった。やり直してこようと言ってまた旅に出て前の宿屋に泊まった。庄屋は朝になって縁側に出て、手水をまわせと言うと、宿の者が、あのお客はこの前泊まったとき手水を使わずに飲んでしまったから、きっとお腹がすくのであろうと言って、今度は下女が盆に団子をのせて梅干を添えて持ってきた。はあ、水の代わりに団子。塩の代わりに梅干だなと思って、梅干で歯をすり、団子を潰して顔に塗りまわしたので、宿の者はおかしくてたまらず、それは顔につけるものではない、食べるものだと言った。
◆モチーフ分析
・あるところに一人の庄屋がいた
・あるとき代官が見回りにきて庄屋の家で泊まることになった
・庄屋はたいそう恐れて取りもった
・明くる朝、代官が縁側へ出て手を叩いたので、下女がご用を伺うと、代官は手水をまわせと言った
・下女は驚いて庄屋のところへ言って手水をまわせと言っているがどうしようと言った
・庄屋はびっくりして、厠は九尺二間に風呂場がついているから回すことはできないと言って、下男を呼んで寺へ行って尋ねさせた
・和尚が何事だと言うと下男が事情を説明した
・和尚は字引を出して調べていたが、ちょうは長い、ずは頭だ。つまり、ちょうずは長い頭だ。下男の頭は長いから、それを回せばいいと言った
・下男が飛んで帰ってみると、代官はしきりに手水をまわせと催促していた
・下男は代官の前へ行って長い頭を回しはじめた
・代官はおかしな事をする奴だと思って、早く手水をまわせと催促した
・下男はただ今回しているところですと言った
・代官が不思議に思って、どうして頭を回しているのかと問うと、ちょうず、つまり自分の長い頭を回しているのだと下男は答えた
・代官は笑って、手水とは顔を洗う水のことだと言って聞かせた
・代官が帰った後で、庄屋は自分も旅に出て代官の通りにやってみようと思って、ある宿屋に泊まった
・朝になって縁側へ出て、手水をまわせと言ったら、下女はたらいに水を入れて塩を持ってきた
・庄屋はどうしたらよいか分からないが、これはこの水に塩を入れて飲むのだろうと思って、我慢してみんな飲んでしまった
・それから家へ帰って話すと、下女は代官は塩で歯をすり、水で顔を洗ったと言った
・しまった、やり直してこようと思った庄屋はまた旅に出て前の宿屋に泊まった
・朝になって庄屋は縁側に出て手水をまわせと言った
・宿の者はあの客はこの前泊まったとき手水を使わず飲んでしまったから、きっとお腹がすくのだろうと思って、今度は盆に団子と梅干しを載せて持ってきた
・庄屋は梅干で歯をする、団子を潰して顔に塗り回した
・宿の者はおかしくてたまらず、それは顔につけるものではない、食べるものだと言った
◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である
S(サブジェクト:主体)
S1:庄屋
S2:代官
S3:下女
S4:下男
S5:和尚
S6:下女(宿の者)
O(オブジェクト:対象)
O1:庄屋の家
O2:縁側
O3:要求
O4:厠
O5:風呂場
O6:寺
O7:字引き
O8:解釈
O9:手水
O10:意味
O11:旅
O12:宿屋
O13:たらい
O14:水
O15:塩
O16:歯磨き
O17:洗顔
O18:団子
O19:梅干し
m(修飾語:Modifier)
m1:かしこまった
m2:翌朝
m3:驚いた
m4:回せない
m5:しきりに
m6:早く
m7:ただ今
m8:不思議な
m9:苦笑
m10:よく分からない
m11:我慢して
m12:腹が空いた
X:どこか
T:時
+:接
-:離
・あるところに一人の庄屋がいた
(存在)X:X+S1庄屋
・あるとき代官が見回りにきて庄屋の家で泊まることになった
(見回り)S2代官:S2代官+X
(宿泊)S2代官:S2代官+O1庄屋の家
・庄屋はたいそう恐れて取りもった
(かしこまる)S1庄屋:S1庄屋+m1かしこまった
(取り持つ)S1庄屋:S1庄屋+S2代官
(泊める)S1庄屋:S2代官+O1庄屋の家
・明くる朝、代官が縁側へ出て手を叩いたので、下女がご用を伺うと、代官は手水をまわせと言った
(時間経過)T:T+m2翌朝
(呼ぶ)S2代官:S2代官+S3下女
(手水をまわせ)S2代官:S2代官+O3要求
・下女は驚いて庄屋のところへ言って手水をまわせと言っているがどうしようと言った
(驚く)S3下女:S3下女+m3驚いた
(相談)S3下女:S3下女+S1庄屋
(相談)S3下女:S2代官+O3要求
・庄屋はびっくりして、厠は九尺二間に風呂場がついているから回すことはできないと言って、下男を呼んで寺へ行って尋ねさせた
(驚く)S1庄屋:S1庄屋+m3驚いた
(付属)O4厠:O4厠+O5風呂場
(性質)O4厠:O4厠+m4回せない
(呼ぶ)S1庄屋:S1庄屋+S4下男
(使いに出す)S1庄屋:S4下男+O6寺
・和尚が何事だと言うと下男が事情を説明した
(質問)S5和尚:S5和尚+S4下男
(説明)S4下男:S2代官+O3要求
・和尚は字引を出して調べていたが、ちょうは長い、ずは頭だ。つまり、ちょうずは長い頭だ。下男の頭は長いから、それを回せばいいと言った
(調べる)S5和尚:S5和尚+O7字引き
(解釈)S5和尚:S4下男+O8解釈
・下男が飛んで帰ってみると、代官はしきりに手水をまわせと催促していた
(帰宅)S4下男:S4下男+O1庄屋の家
(催促)S2代官:O3要求+m5しきりに
・下男は代官の前へ行って長い頭を回しはじめた
(面会)S4下男:S4下男+S2代官
(披露)S4下男:S2代官+O8解釈
・代官はおかしな事をする奴だと思って、早く手水をまわせと催促した
(不審)S2代官:S2代官-O8解釈
(催促)S2代官:O3要求+m6早く
・下男はただ今回しているところですと言った
(回答)S4下男:O8解釈+m7ただ今
・代官が不思議に思って、どうして頭を回しているのかと問うと、ちょうず、つまり自分の長い頭を回しているのだと下男は答えた
(疑問)S2代官:S2代官+m8不思議な
(訊く)S2代官:S4下男+O8解釈
(解説)S4下男:S4下男+O8解釈
・代官は笑って、手水とは顔を洗う水のことだと言って聞かせた
(苦笑)S2代官:S2代官+m9苦笑
(説明)S2代官:S4下男+(O9手水+O10意味)
・代官が帰った後で、庄屋は自分も旅に出て代官の通りにやってみようと思って、ある宿屋に泊まった
(帰還)S2代官:S2代官-O1庄屋の家
(構想)S1庄屋:S1庄屋+O11旅
(真似)S1庄屋:S1庄屋+S2代官
(宿泊)S1庄屋:S1庄屋+O12宿屋
・朝になって縁側へ出て、手水をまわせと言ったら、下女はたらいに水を入れて塩を持ってきた
(時刻)T:T+m2翌朝
(要求)S1庄屋:S1庄屋+O3要求
(応対)S6下女:S1庄屋+(O13たらい+O14水+O15塩)
・庄屋はどうしたらよいか分からないが、これはこの水に塩を入れて飲むのだろうと思って、我慢してみんな飲んでしまった
(理解できず)S1庄屋:S1庄屋+m10よく分からない
(飲み干す)S1庄屋:S1庄屋+(O14水+O15塩)
(我慢)S1庄屋:S1庄屋+m11我慢して
・それから家へ帰って話すと、下女は代官は塩で歯をすり、水で顔を洗ったと言った
(帰宅)S1庄屋:S1庄屋+O1庄屋の家
(話す)S1庄屋:S1庄屋+S3下女
(回答)S3下女:S2代官+O10意味
(回答)S2代官:S2代官+(O16歯磨き+O17洗顔)
・しまった、やり直してこようと思った庄屋はまた旅に出て前の宿屋に泊まった
(決意)S1庄屋:S1庄屋+(O16歯磨き+O17洗顔)
(宿泊)S1庄屋:S1庄屋+O12宿屋
・朝になって庄屋は縁側に出て手水をまわせと言った
(時刻)T:T+m2翌朝
(要求)S1庄屋:S1庄屋+O3要求
・宿の者はあの客はこの前泊まったとき手水を使わず飲んでしまったから、きっとお腹がすくのだろうと思って、今度は盆に団子と梅干しを載せて持ってきた
(推測)S6宿の者:S1庄屋+m12腹が空いた
(用意)S6宿の者:S1庄屋+(O18団子+O19梅干し)
・庄屋は梅干で歯をする、団子を潰して顔に塗り回した
(歯磨き)S1庄屋:O19梅干し+O16歯磨き
(洗顔)S1庄屋:O18団子+O17洗顔
・宿の者はおかしくてたまらず、それは顔につけるものではない、食べるものだと言った
(苦笑)S6宿の者:S6宿の者+m9苦笑
(説明)S6宿の者:S1庄屋+O10意味
◆行為項モデル
送り手→(客体)→受け手
↑
補助者→(主体)←反対者
というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。
聴き手(関心)
↓
送り手→(客体)→受け手
↑
補助者→(主体)←反対者
この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。
聴き手(代官が泊まったらどうなるか)
↓
送り手(代官)→代官が庄屋の家に泊まる(客体)→ 受け手(庄屋)
↑
補助者(なし)→ 庄屋(主体)←反対者(なし)
聴き手(手水を回せの意味は何か)
↓
送り手(代官)→翌朝、手水を回せと言う(客体)→ 受け手(下女)
↑
補助者(庄屋)→ 代官(主体)←反対者(なし)
聴き手(庄屋はどう対応するか)
↓
送り手(下女)→手水を回せの意味を尋ねる(客体)→ 受け手(庄屋)
↑
補助者(なし)→ 下女(主体)←反対者(なし)
聴き手(和尚はどう対応するか)
↓
送り手(庄屋)→下男を遣わして意味を尋ねる(客体)→ 受け手(和尚)
↑
補助者(下男)→ 庄屋(主体)←反対者(なし)
聴き手(説明を受けた下男はどう対応するか)
↓
送り手(和尚)→頓珍漢な解釈をする(客体)→ 受け手(下男)
↑
補助者(字引き)→ 和尚(主体)←反対者(なし)
聴き手(代官はどう対応するか)
↓
送り手(下男)→長い頭を回す(客体)→ 受け手(代官)
↑
補助者(和尚)→ 下男(主体)←反対者(なし)
聴き手(代官の対応をどう思うか)
↓
送り手(代官)→笑って意味を説明する(客体)→ 受け手(下男)
↑
補助者(なし)→ 代官(主体)←反対者(なし)
聴き手(庄屋の行動はどうなるか)
↓
送り手(庄屋)→旅に出て真似をする(客体)→ 受け手(宿屋の者)
↑
補助者(下男)→ 庄屋(主体)←反対者(なし)
聴き手(庄屋の行動はどうなるか)
↓
送り手(庄屋)→たらいの水を飲み干す(客体)→ 受け手(宿屋の者)
↑
補助者(なし)→ 庄屋(主体)←反対者(なし)
聴き手(庄屋はどうするか)
↓
送り手(下女)→帰宅後、正しい意味を伝える(客体)→ 受け手(庄屋)
↑
補助者(なし)→ 庄屋(主体)←反対者(なし)
聴き手(庄屋の行動はどうなるか)
↓
送り手(庄屋)→再び旅に出て同じ要求をする(客体)→ 受け手(宿屋の者)
↑
補助者(なし)→ 庄屋(主体)←反対者(なし)
聴き手(庄屋の行動はどうなるか)
↓
送り手(庄屋)→梅干しで歯磨き、団子で洗顔する(客体)→ 受け手(宿屋の者)
↑
補助者(なし)→ 庄屋(主体)←反対者(なし)
聴き手(庄屋のうっかりをどう思うか)
↓
送り手(宿屋の者)→正しい意味を教える(客体)→ 受け手(庄屋)
↑
補助者(なし)→ 宿屋の者(主体)←反対者(なし)
といった行為項モデルが作成できるでしょうか。代官が庄屋の家に泊まりました。翌朝、代官は「手水を回せ」と要求します。下女も庄屋も意味が分かりません。下男を寺に遣わして和尚に訊くと、和尚は和尚で頓珍漢な解釈をします。それを下男が披露すると、代官は笑って「手水を回せ」の意味を説明する。顛末を聴いた庄屋は自分も真似しようと旅に出て宿屋に泊まります。翌朝「手水を回せ」と要求すると、たらい一杯の水を出されました。意味が分からないので我慢して飲み干してしまいます。帰宅後、正しい意味を知った庄屋は再び宿泊します。翌朝、宿の者は庄屋はよほど腹が空くのだろうと梅干しと団子を出します。ところが庄屋はそれで歯磨きと洗顔をして笑われたという筋立てです。農村の知識人層であるはずの庄屋が意味を知らない。同じく知識人層である和尚も頓珍漢な解釈をしてしまいます。
庄屋―代官、下女―代官、庄屋―下男、下男―和尚、下男―代官、庄屋―宿の者、といった対立軸が見受けられます。手水/長頭の図式に知識人であるはずの庄屋や和尚が慣用句を知らないといったおかしみが暗喩されています。
◆関係分析
スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。
♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者
という六つの機能が挙げられます。
☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。
これらを元に関係分析をすると、
1. 庄屋♌―代官♁♎―下女☾(♌)―下男☾(♌)―和尚♎(-1)
2. 庄屋♌♁(-1)―宿屋の者☾(♌)♎
といった風に表記できるでしょうか。「手水を回せ」の正しい意味を価値☉と置くと、代官は享受者♁となり、また正しい意味を教えますので審判者♎ともなります。下女と下男は庄屋の援助者☾(♌)となります。和尚も字引きを引いて解釈しますので審判者とおけますが、頓珍漢な解釈をしますので、マイナスの審判者♎(-1)と置けるでしょうか。
一方で、旅に出た庄屋は今度は自身が享受者♁ともなりますが、頓珍漢な行いをしてしまい恥をかいてしまいますので、マイナスの享受者♁(-1)と置けるでしょうか。庄屋をもてなす宿屋の者は援助者☾(♌)であり、正しい意味を教える審判者♎の役割も担っています。
◆物語の焦点と発想の飛躍
グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。
この物語の焦点は「代官の要求はどんな結果をもたらすか」「意味をちゃんと確認しなかった庄屋はどんな行動をするか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「農村の知識人である庄屋や和尚ですら手水を回すの意味を知らなかった」でしょうか。「和尚―手水/長頭―下男―代官」「庄屋―梅干し/歯磨き―団子/洗顔―宿の者」といった図式です。
◆昔話の創発モデル
下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。
物語の焦点:代官の要求はどんな結果をもたらすか
意味をちゃんと確認しなかった庄屋はどんな行動をするか
↑
発想の飛躍:農村の知識人である庄屋や和尚ですら手水を回すの意味を知らなかった
・代官―手水―下女/庄屋
↑
・和尚―手水/長頭―下男―代官
・庄屋―梅干し/歯磨き―団子/洗顔―宿の者
◆発想の飛躍と概念の操作
発想の飛躍を「常識離れした連想」と仮定しますと、上述した図式の/(スラッシュ)の箇所に特にその意図的に飛躍させた概念の操作が見出せそうです。
呪術的思考に典型的に見られますが、ヒトは本来は繋がりのない切り離されたモノの間にも繋がりを見出すことがあります。それは情報処理におけるエラーです。ですが、科学万能の時代においてもエラーであるはずの呪術的思考が完全には消え去ることがないのは、それが人間特有の思考様式の一部であるからかもしれません。昔話では意図的にエラーを起こすとでも言えるでしょうか。
「手水をまわせ」では、農村の知識人層であるはずの庄屋や和尚が「手水を回せ」という慣用句の意味を知らなかったため騒動が起きるという筋立てとなっています。
図式では「和尚―手水/長頭―下男―代官」と表記しています。これを自由連想で細分化して展開すると「和尚―手水―字引き―引く―ちょう―長―ず―頭―下男―長頭―回す―代官―笑う―意味―教える」となります。「和尚:解釈→手水/長頭」と図式化すればいいでしょうか。「手水」から漢字としての意味が剥奪され、「ちょう」は「長」に、「ず」は「頭」へと転換され結合して「長頭」へと全く異なる意味に転換されるという概念の操作が行われています。これらの連想を一瞬で行っていることになります。
また、「宿の者:庄屋→洗顔/空腹」「庄屋:手水→梅干し/歯磨き+団子/洗顔」とも図式化できるでしょうか。こういった転倒の連続により意外性がもたらされ、物語が展開していきます。
以上のように、本文には現れない概念も重要な要素となっています。形態素解析で抽出したキーワードだけでは解釈を十全に行うことは難しいものと考えられます。可視化されていない文脈を読む、つまりできるだけ可視化するためには連想概念辞書も取り込んだ上で分析する方向に機能改善することが望まれると考えられます。
転倒は一瞬で価値の逆転をもたらすことを可能とする点で濫用は慎むべき類の概念操作ですが、予想外の驚きをもたらす効果を発揮しますので、昔話では好んで用いられるようです。
シェーマ分析は物語構造分析や評論において多用されますが、昔話ではこの二項対立で把握される図式の各項の属性を動的に転倒させていく(※必ずしも転倒に成功する訳ではない)ことで物語を転がしていくという技法が多用されると考えられます。むしろ転倒させることで二項対立の図式に持ち込むと見た方がいいでしょうか。静態から動態への認識の転換が求められるとでも言えるでしょうか。
呪術的思考のような非合理的思考は人間の抱える弱点ですが、昔話においては逆に創造性の源ともなっていると考えることができます。
◆ログライン≒モチーフ
ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。
「手水をまわせ」ですと「手水を使う様子を下女に聞かないまま宿を借りた庄屋は恥をかいてしまった」くらいでしょうか。
◆余談
目の前で頓珍漢な行いをされても笑って許した代官は懐の深い人物かもしれません。村の知識人層であるはずの庄屋や和尚が「手水を回せ」という慣用句を知らなかったことがおかしみに繋がってします。そのため、庄屋は思わぬ恥をかいてしまうことになります。
◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.445-448.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)
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