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2024年11月22日 (金)

行為項分析――呼び子

◆あらすじ

 昔、木挽きが二人で山へ仕事に入っていた。深い山の中で小屋に泊まり込んで仕事をしていたが、ある日夕方になって一人が帰ってこなかった。どうしたのだろうと思って待ってみたが、暗くなっても帰ってこないので、おーい、××やーいと大きな声で呼んだ。すると向こうの山から、おういと化物が呼び返してきた。男はしまったと思った。これは呼び子という化物で、これに呼び返しをされると、負けない様にこっちからも呼び返ししないと、呼び負けると死ぬということを聞いているからである。それで男はおういと呼び返した。すると、向こうからもやっぱり、おういと呼び返してくる。男は一生懸命に呼び返しをした。その内に次第次第に喉が痛くなり、声がかすれてきた。それでも負けられない。おうい、おうい、そうして呼び返しをしている内にようやく東が白んで夜が明けてきた。そこでようやく呼び子は呼ぶのを止めた。男はぐったりしてへたばった。そこへ連れの男が帰ってきた。お前はゆうべはどこへ行ってたのか。なんぼ待っても戻らないから大声で叫んだ(ひゃこった)が、お前が声をかけてくれないから、とうとう呼び子が声をかけてきた。呼び負けたら死ぬという話を聞いているから夜が明けるまで呼んでおった。それでとうとう息がきれてしまうところだったと男は言った。こういうことがあるから、山では一人では人を呼ぶものではないということである。

◆モチーフ分析

・木挽きが二人で山へ仕事に入っていた
・深い山の中で小屋に泊まり込んで仕事をしていたが、ある日夕方になって一人が帰ってこなかった
・どうしたのだろうと思って待ってみたが、暗くなっても帰ってこないので、大声で呼んだ
・すると向こうの山から、おういと化物が呼び返してきた
・男はしまったと思った
・呼び子という化物で、これに呼び返されて呼び負けすると死ぬという
・男は、おういと呼び返した
・向こうからもやはり、おういと呼び返してくる
・男は一生懸命に呼び返しをした
・その内に次第に喉が痛くなり、声がかすれてきた
・それでも負けられない
・おうい、おういと呼び返している内にようやく東が白んで夜が明けてきた
・それで呼び子は呼ぶのを止めた
・男はぐったりしてへたばった
・連れの男が帰ってきた
・呼び子の正体は連れの男だった
・こういうことがあるから、山では一人では人を呼ぶものではない

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:木挽き(男)
S2:木挽き(呼び子、連れの男)

O(オブジェクト:対象)
O1:仕事
O2:山
O3:小屋
O4:呼び子

m(修飾語:Modifier)
m1:泊まり込んで
m2:ある日
m3:夕方
m4:暗い
m5:大声で
m6:失敗した
m7:死んだ
m8:懸命に
m9:喉が痛い
m10:声が涸れた
m11:必死
m12:夜明け
m13:へばった
m14:一人で

X:どこか
X2:誰か
X3:他人
T:時

+:接
-:離

・木挽きが二人で山へ仕事に入っていた
(入山)(S1木挽き+S2木挽き):(S1木挽き+S2木挽き)+O2山
・深い山の中で小屋に泊まり込んで仕事をしていたが、ある日夕方になって一人が帰ってこなかった
(泊まり込み)(S1木挽き+S2木挽き):(S1木挽き+S2木挽き)+O3小屋
(泊まり込み)(S1木挽き+S2木挽き):(S1木挽き+S2木挽き)+m1泊まり込んで
(時)T:T+m2ある日
(時間経過)T:T+m3夕方
(帰還せず)S2木挽き:S2木挽き-O3小屋
・どうしたのだろうと思って待ってみたが、暗くなっても帰ってこないので、大声で呼んだ
(待つ)S1木挽き:S1木挽き+S2木挽き
(日没)O2山:O2山+m4暗い
(帰還せず)S2木挽き:S2木挽き-O3小屋
(呼ぶ)S1木挽き:S1木挽き+S2木挽き
(大声)S1木挽き:S1木挽き+m5大声で
・すると向こうの山から、おういと化物が呼び返してきた
(返答)S2化物:S2化物+S1木挽き
・男はしまったと思った
(失敗)S1木挽き:S1木挽き+m6失敗した
・呼び子という化物で、これに呼び返されて呼び負けすると死ぬという
(呼び返す)O4呼び子:O4呼び子+X2
(呼び負ける)X2:X2-O4呼び子
(死ぬ)X2:X2+m7死んだ
・男は、おういと呼び返した
(呼び返す)S1男:S1男+S2呼び子
・向こうからもやはり、おういと呼び返してくる
(返答)S2呼び子:S2呼び子+S1男
・男は一生懸命に呼び返しをした
(懸命)S1男:S1男+m8懸命に
・その内に次第に喉が痛くなり、声がかすれてきた
(痛み)S1男:S1男+m9喉が痛い
(声が涸れる)S1男+m10声が涸れた
・それでも負けられない
(必死)S1男:S1男+m11必死
・おうい、おういと呼び返している内にようやく東が白んで夜が明けてきた
(時間経過)T:T+m12夜明け
・それで呼び子は呼ぶのを止めた
(止める)S2呼び子:S2呼び子-S1男
・男はぐったりしてへたばった
(疲弊)S1男:S1男+m13へばった
・連れの男が帰ってきた
(帰還)S2連れの男:S2連れの男+O3小屋
・呼び子の正体は連れの男だった
(判明)S2呼び子:S2呼び子+S2連れの男
・こういうことがあるから、山では一人では人を呼ぶものではない
(場所)O2山:O2山+X2
(禁止)X2:X2-X3
(禁止)X2:X2+m14一人で

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

     聴き手(男と呼び子の呼びあいはどうなるか)
           ↓
送り手(男)→連れを呼び子を勘違いして呼び続ける(客体)→ 受け手(連れの男)
           ↑
補助者(なし)→ 男(主体)←反対者(連れの男)

     聴き手(勘違いした呼び合いをどう思うか)
           ↓
送り手(連れの男)→戻って来て呼び子の正体が判明(客体)→ 受け手(男)
           ↑
補助者(なし)→ 連れの男(主体)←反対者(なし)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。二人の木挽きが山の中で仕事をしていました。ある日、連れの男が夕暮れになっても帰ってこないので、男は思わず連れを大声で呼びます。連れの男は呼び返しますg、お互いに相手を呼び子だと勘違いして夜明けまで呼び合い続けたという筋立てです。

 男―連れの男(呼び子)という対立軸が見受けられます。連れ/呼び子という図式に勘違いした行為が止まらなくなってエスカレートしてしまうおかしみが暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

男♌♁♎―連れの男(呼び子)♂♎

 といった風に表記できるでしょうか。呼び子との呼び合い合戦に負けない(生き延びる)ことを価値☉と置くと、男は享受者♁となります。ただ、結局は勘違いだったと判明しますので、マイナスの享受者♁(-1)と置けるかもしれません。連れの男は呼び子と勘違いされますので対立者♂として現れます。最後にお互いを呼び子と勘違いしていたことが判明しますので、両者とも審判者♎と置けるでしょうか。なお、連れの男から見ると、男が呼び子に見えますので連れにとっては対立者♂ともなります。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「呼び子との呼び合いはどう帰結するか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「呼び子という化物の存在」「呼び負けると死んでしまう」でしょうか。「男―呼び合い―負け/死―呼び子/連れ」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:呼び子との呼び合いはどう帰結するか
        ↑
発想の飛躍:呼び子という化物の存在
      呼び負けると死んでしまう

・男―負け/死―呼び子
     ↑
・男―呼び合い―呼び子/連れ

◆発想の飛躍と概念の操作

 発想の飛躍を「常識離れした連想」と仮定しますと、上述した図式の/(スラッシュ)の箇所に特にその意図的に飛躍させた概念の操作が見出せそうです。

 呪術的思考に典型的に見られますが、ヒトは本来は繋がりのない切り離されたモノの間にも繋がりを見出すことがあります。それは情報処理におけるエラーです。ですが、科学万能の時代においてもエラーであるはずの呪術的思考が完全には消え去ることがないのは、それが人間特有の思考様式の一部であるからかもしれません。昔話では意図的にエラーを起こすとでも言えるでしょうか。

 「呼び子」では、呼び子に呼び負けると死んでしまうと言い伝えられているため、夜明けまで必死に呼び合いますが、実は互いを呼び子と勘違いしていたという展開となっています。

 図式では「男―呼び合い―負け/死―呼び子/連れ」と表記しています。これを自由連想で細分化して展開すると「男―夜―呼ぶ―返答―呼び子―呼び合い―負け―死―必死―声―涸れる―夜明け―連れ―戻る―判明」となります。「男:負け/死→呼び合い→呼び子/連れ」と図式化すればいいでしょうか。負けは死に転換されてしまいますので必死に呼び合い続けますが、夜明けと共に呼び子と思っていたものが連れの男だったと転換されるという概念の操作が行われています。これらの連想を一瞬で行っていることになります。

 以上のように、本文には現れない概念も重要な要素となっています。形態素解析で抽出したキーワードだけでは解釈を十全に行うことは難しいものと考えられます。可視化されていない文脈を読む、つまりできるだけ可視化するためには連想概念辞書も取り込んだ上で分析する方向に機能改善することが望まれると考えられます。

 転倒は一瞬で価値の逆転をもたらすことを可能とする点で濫用は慎むべき類の概念操作ですが、予想外の驚きをもたらす効果を発揮しますので、昔話では好んで用いられるようです。

 シェーマ分析は物語構造分析や評論において多用されますが、昔話ではこの二項対立で把握される図式の各項の属性を動的に転倒させていく(※必ずしも転倒に成功する訳ではない)ことで物語を転がしていくという技法が多用されると考えられます。むしろ転倒させることで二項対立の図式に持ち込むと見た方がいいでしょうか。静態から動態への認識の転換が求められるとでも言えるでしょうか。

 呪術的思考のような非合理的思考は人間の抱える弱点ですが、昔話においては逆に創造性の源ともなっていると考えることができます。

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「呼び子」ですと「呼び子だと思って呼び合っていたところ、もう一人の呼び声だった」くらいでしょうか。

◆余談

 あっけない結末ですが、呼び負けると死んでしまうという意味では呼び子は山の中に棲む怖い存在です。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.452-453.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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