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2024年11月23日 (土)

行為項分析――西行歌くらべ

◆あらすじ

 昔、西行法師が諸国修行の旅に出た。ちょうど今日のようなとても暑い日に歩いていったら、あるお宮のところへ行った。そして何と涼しい、いい塩梅だと腰を下ろして休んでいたが、一つここで歌を詠んでやろうと思って「このほどに涼しき森でありながら 熱田が森とは神もいましめ」と読んだ。するとお宮の宮司が出て「西行の西という字は西とかく 東にむいてなぜに行くかな」と詠んだ。それで西行は負けてしまった。それからまた歩いていたら、暑くていけない。困ったことだ。ここはどこか知らないが、喉が渇いていけない。お茶を一杯飲みたいと思って行くと、娘が二階で機を織るのが聞こえてきた。西行はここで一つ、あの娘のところでお茶を貰って飲もうと思って、もしもし姉さん、暑くていけないが、お茶を一杯飲ませてくれないかと言った。すると娘は戸をパチーンとたてて内へ入って下へ下りてしまった。西行はがっかりして、せっかく茶をもらって飲もうと思ったのに戸をたててしまいやがった。親切気のない奴だ。一つ歌を詠んでやろうと思って「パッチリとたった障子が茶になれば 旅する僧ののどはかわかん」と詠んだ。すると娘が家の中から「シャンシャンと煮えたつまでのたて障子 すこし待たんせ 旅の御僧」と詠んだ。西行は歌でやられたので、茶も飲むことができないで歩いていった。それからだいぶ行ったが暑くてかなわないので、谷ばたに木陰があったので、そこでしばらく休むことにした。すると、ほとりに亀が昼寝をしていた。ちょうどその時、糞をしたくなったので、よし、一つこの亀の上にひりかけてやれと思って、亀の背中にひりかけた。すると亀がびっくりして、糞を負って逃げ出した。これは面白いと思って「西行もいくらの修行もしてみたが 生き糞ひったのはこれが始めて」と歌を詠んだ。すると亀が「道ばたに思わずしらず昼寝して 駄賃とらずの重荷負い」と詠んだので、西行がまたやられた。それからしばらく行くと、下の谷川で十二、三の小娘が菜を洗っていた。娘はいかにも思い詰めたように西行を見ているので、この娘は自分に惚れたかと思って「十二や三の小娘が 恋路の道を知ることはなるまい」と歌を詠んだ。すると娘が「おおそれや谷あいのつつじ椿をご覧ない せいは小さいが花は咲きます」と詠んだ。これはまたやられたと思って、それからまた行っていたら広いところへ出た。ここは奥州の鳴滝川という川のほとりであった。西行はお腹がすいたので、粉を出して食べた。粉は口のほとりへまぶれるので、それを拭いては食べていると、馬が菰(こも)を背に乗せて川を向こうへ渡った。ところがその馬がやせていて、骨と皮ばかりであった。これを一つ歌に詠んでやろうと思って、西行は「奥州の鳴瀬川とは音に聞けど 菰のせ馬がやせ渡る」と詠んだ、すると馬追いが「奥州の鳴瀬川とは音には聞けど 粉食い坊主がむせ渡る」と詠んだ。それで、西行はどうしても歌に負けた。

◆モチーフ分析

・西行法師が諸国修行の旅に出た
・暑い日に歩いていったら、あるお宮のところへ行った
・これは涼しいと腰を下ろして休んでいたら、一つここで歌を詠んでやろうと思った
・「このほどに涼しき森でありながら 熱田が森とは神もいましめ」と詠んだ
・するとお宮の宮司が出て「西行の西という字は西とかく 東にむいてなぜに行くかな」と詠んだ
・西行は負けてしまった
・また歩いていたら、暑くていけない。ここはどこか知らないが喉が渇いていけない、お茶を一杯飲みたいと思っていくと、娘が二階で機を織るのが聞こえてきた
・西行は娘に暑くていけないが、お茶を一杯飲ませてくれないかと言った
・すると娘は戸を立てて内へ入って下へ下りてしまった
・西行はがっかりして、せっかく茶を貰って飲もうと思ったのに戸をたててしまいやがった。親切気のない奴だ。一つ歌を詠んでやろうと思った
・「パッチリとたった障子が茶になれば 旅する僧ののどはかわかん」と詠んだ
・すると娘が家の中から「シャンシャンと煮えたつまでのたて障子 すこし待たんせ 旅の御僧」と詠んだ
・歌でやられたので、西行は茶を飲むことができないで歩いていった
・それからだいぶ行ったが暑くてかなわないので木陰でしばらく休むことにした
・すると、ほとりに亀が昼寝をしていた
・西行はちょうどその時、糞をしたくなったので、一つこの亀の上にひりかけてやろうと思って、亀の背中にひりかけた
・すると亀がびっくりして、糞を負って逃げ出した
・これは面白いと思って「西行もいくらの修行もしてみたが 生き糞ひったのはこれが始めて」と詠んだ
・すると亀が「道ばたに思わずしらず昼寝して 駄賃とらずの重荷負い」と詠んだ
・西行はまたやられた
・それからしばらく行くと、下の谷川で十二、三歳の小娘が菜を洗っていた
・娘は思い詰めたように西行を見ているので、この娘は自分に惚れたかと思って「十二や三の小娘が 恋路の道を知ることはなるまい」と詠んだ
・すると娘が「おおそれや谷あいのつつじ椿をご覧ない せいは小さいが花は咲きます」と詠んだので、またやられた
・それからまた行っていたら広いところへ出た
・奥州の鳴滝川という川のほとりであった
・西行はお腹がすいていたので、粉を出して食べた
・粉は口のほとりにまぶれるので、それを拭いては食べていると、馬が菰を背に乗せて川を向こうへ渡った
・その馬は痩せて骨と皮ばかりであった
・これを一つ歌に詠んでやろうと思って、「奥州の鳴瀬川とは音に聞けど 菰のせ馬がやせ渡る」と詠んだ
・すると馬追いが「奥州の鳴瀬川とは音には聞けど 粉食い坊主がむせ渡る」と詠んだ
・それで西行はどうしても歌に負けた

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:西行
S2:宮司
S3:娘
S4:亀
S5:小娘
S6:馬

O(オブジェクト:対象)
O1:修行
O2:旅
O3:お宮
O4:和歌
O5:返歌
O6:お茶
O7:機
O8:木陰
O9:糞
O10:谷川
O11:菜
O12:奥州
O13:鳴滝川
O14:粉
O15:菰

m(修飾語:Modifier)
m1:暑い
m2:涼しい
m3:休んだ
m4:喉が渇いた
m5:失望した
m6:不親切な
m7:先へ
m8:昼寝した
m9:便意を催した
m10:驚いた
m11:面白がった
m12:惚れた
m13:広い
m14:ほとりの
m15:空腹の
m16:痩せた
m17:どうにも
m18:勝てない

X:どこか
T:時
W:天候

+:接
-:離

・西行法師が諸国修行の旅に出た
(出立)S1西行:S1西行+(O1修行+O2旅)
・暑い日に歩いていったら、あるお宮のところへ行った
(気候)W:W+m1暑い
(行き当たる)S1西行:S1西行+O3お宮
・これは涼しいと腰を下ろして休んでいたら、一つここで歌を詠んでやろうと思った
(気候)S1西行:S1西行+m2涼しい
(休憩)S1西行:S1西行+m3休んだ
(構想)S1西行:S1西行+O4和歌
・「このほどに涼しき森でありながら 熱田が森とは神もいましめ」と詠んだ
(詠歌)S1西行:S1西行+O4和歌
・するとお宮の宮司が出て「西行の西という字は西とかく 東にむいてなぜに行くかな」と詠んだ
(返歌)S2宮司:S2宮司+O5返歌
・西行は負けてしまった
(敗北)S1西行:S1西行-S2宮司
・また歩いていたら、暑くていけない。ここはどこか知らないが喉が渇いていけない、お茶を一杯飲みたいと思っていくと、娘が二階で機を織るのが聞こえてきた
(行き当たる)S1西行:S1西行+X
(気候)S1西行:S1西行+m1暑い
(喉の渇き)S1西行:S1西行+m4喉が渇いた
(茶を所望)S1西行:S1西行+O6お茶
(聞く)S1西行:S3娘+O7機
・西行は娘に暑くていけないが、お茶を一杯飲ませてくれないかと言った
(所望)S1西行:S1西行+S2娘
(所望)S1西行:S1西行+O6お茶
・すると娘は戸を立てて内へ入って下へ下りてしまった
(遮断)S3娘:S3娘-S1西行
・西行はがっかりして、せっかく茶を貰って飲もうと思ったのに戸をたててしまいやがった。親切気のない奴だ。一つ歌を詠んでやろうと思った
(失望)S1西行:S1西行+m5失望した
(評価)S1西行:S3娘+m6不親切な
(構想)S1西行:S1西行+O4和歌
・「パッチリとたった障子が茶になれば 旅する僧ののどはかわかん」と詠んだ
(詠歌)S1西行:S1西行+O4和歌
・すると娘が家の中から「シャンシャンと煮えたつまでのたて障子 すこし待たんせ 旅の御僧」と詠んだ
(返歌)S3娘:S3娘+O5返歌
・歌でやられたので、西行は茶を飲むことができないで歩いていった
(敗北)S1西行:S1西行-S3娘
(喫茶できず)S1西行:S1西行-O6お茶
(進む)S1西行:S1西行+m7先へ
・それからだいぶ行ったが暑くてかなわないので木陰でしばらく休むことにした
(行き当たる)S1西行:S1西行+X
(気候)S1西行:S1西行+m1暑い
(休憩)S1西行:S1西行+O8木陰
・すると、ほとりに亀が昼寝をしていた
(存在)S4亀:S4亀+O8木陰
(状態)S4亀:S4亀+m8昼寝した
・西行はちょうどその時、糞をしたくなったので、一つこの亀の上にひりかけてやろうと思って、亀の背中にひりかけた
(便意)S1西行:S1西行+m9便意を催した
(排便)S1西行:S1西行+S4亀
・すると亀がびっくりして、糞を負って逃げ出した
(驚愕)S4亀:S4亀+m10驚いた
(逃走)S4亀:(S4亀+O9糞)-S1西行
・これは面白いと思って「西行もいくらの修行もしてみたが 生き糞ひったのはこれが始めて」と詠んだ
(面白がる)S1西行:S1西行+m11面白がった
(詠歌)S1西行:S1西行+O4和歌
・すると亀が「道ばたに思わずしらず昼寝して 駄賃とらずの重荷負い」と詠んだ
(返歌)S4亀:S4亀+O5返歌
・西行はまたやられた
(敗北)S1西行:S1西行-S4亀
・それからしばらく行くと、下の谷川で十二、三歳の小娘が菜を洗っていた
(進む)S1西行:S1西行+m7先へ
(行き当たる)S1西行:S1西行+O10谷川
(存在)O10谷川:O10谷川+S5小娘
(菜洗い)S5小娘:S5小娘+O11菜
・娘は思い詰めたように西行を見ているので、この娘は自分に惚れたかと思って「十二や三の小娘が 恋路の道を知ることはなるまい」と詠んだ
(見つめる)S5小娘:S5小娘+S1西行
(推測)S1西行:S5小娘+S1西行
(推測)S5小娘:S1西行+m12惚れた
(詠歌)S1西行:S1西行+O4和歌
・すると娘が「おおそれや谷あいのつつじ椿をご覧ない せいは小さいが花は咲きます」と詠んだので、またやられた
(返歌)S5小娘:S5小娘+O5返歌
(敗北)S1西行:S1西行-S5小娘
・それからまた行っていたら広いところへ出た
(進む)S1西行:S1西行+m7先へ
(行き当たる)S1西行:S1西行+X
(状態)X:X+m13広い
・奥州の鳴滝川という川のほとりであった
(位置)X:(O12奥州+O13鳴滝川)+m14ほとりの
・西行はお腹がすいていたので、粉を出して食べた
(空腹)S1西行:S1西行+m15空腹の
(食事)S1西行:S1西行+O14粉
・粉は口のほとりにまぶれるので、それを拭いては食べていると、馬が菰を背に乗せて川を向こうへ渡った
(背負う)S6馬:S6馬+O15菰
(渡河)S6馬:S6馬+O13鳴滝川
・その馬は痩せて骨と皮ばかりであった
(痩身)S6馬:S6馬+m16痩せた
・これを一つ歌に詠んでやろうと思って、「奥州の鳴瀬川とは音に聞けど 菰のせ馬がやせ渡る」と詠んだ
(詠歌)S1西行:S1西行+O4和歌
・すると馬追いが「奥州の鳴瀬川とは音には聞けど 粉食い坊主がむせ渡る」と詠んだ
(返歌)S6馬:S6馬+O5返歌
・それで西行はどうしても歌に負けた
(敗北)S1西行:S1西行-S6馬
(勝ち運なし)S1西行:S1西行+(m17どうにも+m18勝てない)

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

     聴き手(負けた西行の歌をどう思うか)
           ↓
送り手(西行)→歌くらべで負けてしまう(客体)→ 受け手(宮司)
           ↑
補助者(なし)→ 西行(主体)←反対者(宮司)

     聴き手(娘の態度をどう思うか)
           ↓
送り手(西行)→茶を所望するが断られてしまう(客体)→ 受け手(娘)
           ↑
補助者(なし)→ 西行(主体)←反対者(娘)

     聴き手(娘の態度をどう思うか)
           ↓
送り手(西行)→歌くらべで負けてしまう(客体)→ 受け手(娘)
           ↑
補助者(なし)→ 西行(主体)←反対者(娘)

     聴き手(西行の行為をどう思うか)
           ↓
送り手(西行)→亀の背に排便する(客体)→ 受け手(亀)
           ↑
補助者(なし)→ 西行(主体)←反対者(亀)

     聴き手(西行の行為をどう思うか)
           ↓
送り手(西行)→歌くらべで負けてしまう(客体)→ 受け手(亀)
           ↑
補助者(なし)→ 西行(主体)←反対者(亀)

     聴き手(西行の敗北をどう思うか)
           ↓
送り手(西行)→歌くらべで負けてしまう(客体)→ 受け手(小娘)
           ↑
補助者(なし)→ 西行(主体)←反対者(小娘)

     聴き手(どうしても勝てない西行をどう思うか)
           ↓
送り手(西行)→歌くらべで負けてしまう(客体)→ 受け手(馬)
           ↑
補助者(なし)→ 西行(主体)←反対者(馬)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。諸国修行の旅に出た西行はあちこちで様々なものに遭遇し詠歌します。ですが、宮司、娘、亀、小娘、馬といった相手に返歌され歌くらべで負け続けてしまうという筋立てです。

 西行―宮司、西行―娘、西行―亀、西行―小娘、西行―馬、といった対立軸が見受けられます。詠歌/返歌に返歌する相手の機知が暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

西行♌♎♁(-1)―宮司♂―娘♂―亀♂―小娘♂―馬♂

 といった風に表記できるでしょうか。歌くらべで勝つことを価値☉と置くと、負け続ける西行はマイナスの享受者♁(-1)と置けるでしょうか。負けたと感じるのは西行自身ですから審判者♎でもあります。宮司、娘、亀、小娘、馬はいずれも対立者♂と置けるでしょう。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「西行は歌くらべで勝てるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「西行が詠んだ歌」でしょうか。どう詠んでも上手く切り返されてしまう訳です。「西行―詠歌/返歌―敗北」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:西行は歌くらべで勝てるか
        ↑
発想の飛躍:西行が詠んだ歌

・西行―歌くらべ―宮司/娘/亀/小娘/馬
     ↑
・西行―詠歌/返歌―敗北

◆発想の飛躍と概念の操作

 発想の飛躍を「常識離れした連想」と仮定しますと、上述した図式の/(スラッシュ)の箇所に特にその意図的に飛躍させた概念の操作が見出せそうです。

 呪術的思考に典型的に見られますが、ヒトは本来は繋がりのない切り離されたモノの間にも繋がりを見出すことがあります。それは情報処理におけるエラーです。ですが、科学万能の時代においてもエラーであるはずの呪術的思考が完全には消え去ることがないのは、それが人間特有の思考様式の一部であるからかもしれません。昔話では意図的にエラーを起こすとでも言えるでしょうか。

 「西行歌くらべ」では、修行の旅に出た西行はあちこちで詠歌しますが、その度に上手く返歌で切り返されて意趣返しされてしまいます。

 図式では「西行―詠歌/返歌―敗北」と表記しています。これを自由連想で細分化して展開すると「西行―修行―旅―遭遇―宮司/娘/亀/小娘/馬―詠歌―切り返し―返歌―意趣返し―敗北」となります。「西行:詠歌/返歌→歌くらべ/敗北」と図式化すればいいでしょうか。詠歌する度に機知に富んだ返歌で切り返され、勝負は敗北へと転換してしまう。つまり歌の価値が逆転する転倒といった概念の操作が行われています。これらの連想を一瞬で行っていることになります。

 以上のように、本文には現れない概念も重要な要素となっています。形態素解析で抽出したキーワードだけでは解釈を十全に行うことは難しいものと考えられます。可視化されていない文脈を読む、つまりできるだけ可視化するためには連想概念辞書も取り込んだ上で分析する方向に機能改善することが望まれると考えられます。

 転倒は一瞬で価値の逆転をもたらすことを可能とする点で濫用は慎むべき類の概念操作ですが、予想外の驚きをもたらす効果を発揮しますので、昔話では好んで用いられるようです。

 シェーマ分析は物語構造分析や評論において多用されますが、昔話ではこの二項対立で把握される図式の各項の属性を動的に転倒させていく(※必ずしも転倒に成功する訳ではない)ことで物語を転がしていくという技法が多用されると考えられます。むしろ転倒させることで二項対立の図式に持ち込むと見た方がいいでしょうか。静態から動態への認識の転換が求められるとでも言えるでしょうか。

 呪術的思考のような非合理的思考は人間の抱える弱点ですが、昔話においては逆に創造性の源ともなっていると考えることができます。

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「西行歌くらべ」ですと「諸国修行の旅に出た西行だったが、遭う人遭う人に歌で負けてしまう」くらいでしょうか。

◆余談

 西行なのにことごとく詠み負けてしまいます。私は詩心がないので歌のやり取りが魅力的に見えます。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.454-457.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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