行為項分析――ひと口なすび
◆あらすじ
昔、夫婦がいた。お産をすることになって、いよいよ今日明日にも産まれるという日になった。それで主人は、どうぞお産がみやすうに(楽に)済むようにと思って、夜の丑みつ時に氏神さまへ行ってお願いした。ところが雨が酷く降り出して帰れなくなった。早く帰らねばと家のことが気にかかって仕方がないが、どうすることもできない。仕方なしにお宮で雨の止むのを待ちながらおこもりした。そのうちに昼の疲れが出て、男は寝た様な気がした。すると遠くからカッポカッポと蹄(ひづめ)の音がしてきた。そしてお宮の前へ来ると、あんた、今晩何兵衛のところにお産があるのだが行かないかなと言った。すると、お宮の中から、不意にお客さんが一人お泊まりがあるから行けない。済まないが、一人で行ってくれという声が聞こえた。そうか、外の声の主はそう言うと、蹄の音をさせてどこかへ行った。そうして、一時すると、また戻ってきて、やっとまあ行ってきたと外から声をかけた。様子はどうだったと内の声が尋ねた。男はさっき何兵衛のところでお産があると自分の名を言っていたので、何でも安産である様にと祈っていたところだったから、家の女房がお産をしたのだなと思って耳を澄ました。お産はみやすくて、男の子のくりくりした、とても元気な子が産まれた。だが、この子は七つの年の十二月の一日に、この上(かみ)の竜神渕の渕の主の餌になることになっているから可哀想だ。気の毒だが、それまでしか寿命がない、外の声はそういうと帰っていった。男はふと目が覚めてみると、雨も止んで夜がしらじらと明けかけていた。おかしな夢を見たがと思って、それでも確かに自分の名を言ったが、夢だから分からない。ひょっとすると子が産まれたのかもしれない。早く帰ってみようと急いで帰った。すると、家ではくりくりする様な元気な男の子が生まれていた。それで昨夜の夢が気にかかったが、家内には黙っていた。子供は元気にすくすくと大きくなった。しかし父親は夢のことが気にかかって仕方がなかった。あんなに元気にしているが、本当に七つの年の十二月の一日には、竜神渕の主の餌になるのかと思うと可哀想でならない。その内に月日はどんどん過ぎて、とうとう七つの年の十二月の一日になった。今日はどういうことがあっても、どこにもやらない様に内に置かねばと父親は思っていたが、どうしても仕方のない用事ができて、子供を他所へ行かせねばならないことになった。そして行くところは川を向こうへ渡らねばならないところだった。そこで父親は、自分がおこもりをしている時に神さまが話していたが、この子は今日竜神渕の主に食われるのだから、上等の弁当を作ってやろうと思って、家内にいい弁当を作らせ、心いっぱいのご馳走をして出した。そして弁当を渡すとき、この弁当は竜神渕の上を渡ってから食べてはいけない。必ず渡るより前に食べて、それから渡れと言って聞かせた。子供はうんと言って出かけた。父親は子供がどうしただろうか、もうどの辺まで行っただろうか、もう食われる頃だが、どうだろうかと心配していた。とうとう日が暮れた。子供は帰って来ないので、やはり渕の主に食べられてしまったのだと悲しんでいると、遅くなって子供が帰ってきた。お前戻ったのかと言って父親は大喜びをした。そして、竜神渕の上を渡るときに何かありはしなかったかと尋ねた。お父さん、今日は恐ろしかったと子供は話した。お父さんが家を出る時に竜神渕を渡るときには、渡るより前に弁当を食べよと言ったから、川のほとりで弁当を出して食べていた。そうしたら、あの渕から大きな何か知らないおかしげなものが出て、お前は何をすると問うた。自分は弁当を食べていると答えたら、うむ、お前は今日自分の餌になるはずだが、今食べているものは何かと問うたから、これはおかずだと答えた。おかずとは何かと問うたので、これはひと口なすびだと言うと、何といい匂いのするものだな、ひとつくれてみよと言うから、おかずのひと口なすびをやったら、とって食べて、何と美味しいものだ、人間はこういうものを三百六十日食べているのかとい言うから、そうだと言ったら、お前は今日自分の餌になるのだが、こういうものを食べているものを自分が今とって食っては可哀想だから、今日は餌にしない。帰って精を出して、うちの言うことを聞いて仕事をせよ。お前は助けてやるといって渕の中へゴボッといって入ってしまったと話した。それで十二月の一日には必ずひと口なすびを食べるものだということである。
◆モチーフ分析
・夫婦がいた。お産をすることになっていよいよ産まれる日になった
・主人はどうかお産が楽に済むようにと思って、夜の丑みつ時に氏神さまへ行ってお願いしした
・雨が酷く降り出して帰れなくなったので、仕方なくお宮で雨の止むのを待ちながらおこもりした
・昼の疲れが出て、男は寝た様な気がした
・すると遠くから蹄の音がしてきて、お宮の前へ来ると、今晩何兵衛のところにお産があるのだが行かないかと言った
・お宮の中から、お客さんが一人お泊まりがあるから行けない、一人で行ってくれという声が聞こえた
・外の声の主はそうかと言うと蹄の音をさせてどこかへ行った
・一時するとまた戻ってきて、行ってきたと外から声をかけた
・どうだったと内の声が尋ねると、男は自分の名を言っていたので安産である様にと祈っていたところだったから、女房がお産をしたのだと思って耳を澄ました
・お産は楽で、くりくりしたとても元気な男の子が産まれた。だが、この子は七つの年の十二月の一日に竜神渕の主の餌になることになっているから可哀想だと外の声は言って帰っていった
・ふと目が覚めてみると、雨が止んで夜がしらじらと明けかけていた
・男はひょっとすると子が産まれたのかもしれない、早く帰ってみようと急いで帰った
・すると家ではくりくりと元気な男の子が生まれていた
・昨夜の夢が気にかかったが、家内には黙っていた
・子供はすくすくと大きくなった
・父親は本当に七つの年の十二月一日に竜神渕の主の餌になるのかと夢のことが気にかかって仕方がなかった
・月日はどんどん過ぎて、とうとう七つの年の十二月の一日になった
・今日はどういうことがあっても、どこにもやらない様に内に置かねばと思っていたが、どうしても仕方のない用事ができて、子供を他所へ行かせねばならないことになった
・父親は今日竜神渕の主に食われるのだから、上等の弁当を作ってやろうと思って家内にいい弁当を作らせ、心いっぱいのご馳走をして出した
・弁当を渡すとき、この弁当は竜神渕の上を渡ってから食べてはいけない、必ず渡るより前に食べて、それから渡れと言って聞かせた
・子供はうんと言って出かけた
・父親は子供はどうしただろうかと心配していたが、とうとう日が暮れた
・子供は帰って来ないので、やはり渕の主に食べられてしまったのだと悲しんでいると、遅くなって子供が帰ってきた
・お前戻ったのかと言って父親は大喜びした
・そして竜神渕の上を渡るときに何かありはしなかったか尋ねた
・今日は恐ろしかったと子供は話した
・川のほとりで弁当を食べていたら、渕から大きな何かが出て、お前は何をしていると問うた
・自分は弁当を食べていると答えたら、お前は今日自分の餌になるはずだったが、今食べているものは何かと問うた
・これはひと口なすびだと言うと、何といい匂いのするものだ、ひとつくれと言うから、おかずをやったら、とって食べた
・何と美味しいものだ、人間はこういうものを三百六十日食べているのかと言ったからそうだと答えた
・お前は今日自分の餌になるのだが、こういうものを食べているものを今とって食っては可哀想だから今日は餌にしない、お前は助けてやると言って渕の中へ入ってしまったと子供が話した
・それで十二月の一日には必ずひと口なすびを食べるものだという
◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である
S(サブジェクト:主体)
S1:主人(父親)
S2:家内
S3:氏神
S4:運命の神
S5:男の子(子供)
S6:渕の主
O(オブジェクト:対象)
O1:お宮
O2:雨
O3:家(男の家)
O4:蹄の音
O5:お産
O6:用事
O7:弁当
O8:竜神渕
O9:安否
O10:ひと口なすび
O11:人間(人々)
m(修飾語:Modifier)
m1:妊娠した
m2:臨月の
m3:丑みつ時
m4:安産
m5:疲れた
m6:まどろんだ
m7:数刻後
m8:七歳の
m9:十二月一日(今日)
m10:目が覚めた
m11:夜明けの
m12:急いで
m13:成長した
m14:上等の
m15:手前で
m16:日暮れの
m17:悲しんだ
m18:夜遅く
m19:喜んだ
m20:恐ろしい
m21:美味な
m22:常食の
m23:憐れな
X:どこか
T:時
W:天候
+:接
-:離
・夫婦がいた。お産をすることになっていよいよ産まれる日になった
(存在)X:X+(S1主人+S2家内)
(妊娠)S2家内:S2家内+m1妊娠した
(臨月)S2家内:S2家内+m2臨月の
・主人はどうかお産が楽に済むようにと思って、夜の丑みつ時に氏神さまへ行ってお願いしした
(時刻)T:T+m3丑みつ時
(参拝)S1主人:S1主人+O1お宮
(祈願)S1主人:S2家内+m4安産
・雨が酷く降り出して帰れなくなったので、仕方なくお宮で雨の止むのを待ちながらおこもりした
(降雨)S1主人:S1主人+O2雨
(帰宅困難)S1主人:S1主人-O3家
(おこもり)S1主人:S1主人+O1お宮
・昼の疲れが出て、男は寝た様な気がした
(まどろむ)S1主人:S1主人+(m5疲れた+m6まどろんだ)
・すると遠くから蹄の音がしてきて、お宮の前へ来ると、今晩何兵衛のところにお産があるのだが行かないかと言った
(接近)O4蹄の音:O4蹄の音+O1お宮
(声)S4運命の神:S4神+S3氏神
(勧誘)S4運命の神:S3氏神+(O3男の家+O5お産)
・お宮の中から、お客さんが一人お泊まりがあるから行けない、一人で行ってくれという声が聞こえた
(回答)S3氏神:S1客+O1お宮
(回答)S3氏神:S3氏神-O5お産
・外の声の主はそうかと言うと蹄の音をさせてどこかへ行った
(声)S4運命の神:S4運命の神-O1お宮
・一時するとまた戻ってきて、行ってきたと外から声をかけた
(経過)T:T+m7数刻後
(戻る)S4運命の神:S4運命の神+O1お宮
(声)S4運命の神:S4運命の神+S3氏神
・どうだったと内の声が尋ねると、男は自分の名を言っていたので安産である様にと祈っていたところだったから、女房がお産をしたのだと思って耳を澄ました
(聴聞)S1主人:S4運命の神+S3氏神
・お産は楽で、くりくりしたとても元気な男の子が産まれた。だが、この子は七つの年の十二月の一日に竜神渕の主の餌になることになっているから可哀想だと外の声は言って帰っていった
(安産)S2家内:S2家内+m4安産
(誕生)S2家内:S2家内+S5男の子
(予言)S4運命の神:S6渕の主+S5男の子
(予言)S5男の子:S5男の子+(m8七歳の+m9十二月一日)
・ふと目が覚めてみると、雨が止んで夜がしらじらと明けかけていた
(覚醒)S1主人:S1主人+m10目が覚めた
(雨上がり)S1主人:S1主人-O2雨
(時刻)T:T+m11夜明けの
・男はひょっとすると子が産まれたのかもしれない、早く帰ってみようと急いで帰った
(予想)S1主人:S2家内+S5男の子
(帰宅)S1主人:S1主人+O3家
(帰宅)S1主人:S1主人+m12急いで
・すると家ではくりくりと元気な男の子が生まれていた
(誕生)S2家内:S2家内+S5男の子
・昨夜の夢が気にかかったが、家内には黙っていた
(懸念)S1主人:S6渕の主+S5男の子
(他言せず)S1主人:S1主人-S2家内
・子供はすくすくと大きくなった
(成長)S5男の子:S5男の子+m13成長した
・父親は本当に七つの年の十二月一日に竜神渕の主の餌になるのかと夢のことが気にかかって仕方がなかった
(懸念)S1主人:S5男の子+(m8七歳の+m9十二月一日)
・月日はどんどん過ぎて、とうとう七つの年の十二月の一日になった
(時節到来)T:T+(m8七歳の+m9十二月一日)
・今日はどういうことがあっても、どこにもやらない様に内に置かねばと思っていたが、どうしても仕方のない用事ができて、子供を他所へ行かせねばならないことになった
(外出させない)S1主人:S5男の子+O3家
(急用)S1主人:S1主人+O6用事
(外出させる)S1主人:S5男の子-O3家
・父親は今日竜神渕の主に食われるのだから、上等の弁当を作ってやろうと思って家内にいい弁当を作らせ、心いっぱいのご馳走をして出した
(作らせる)S1父親:S2家内+O7弁当
(性質)O7弁当:O7弁当+m14上等の
(持たせる)S1父親:S5男の子+O7弁当
・弁当を渡すとき、この弁当は竜神渕の上を渡ってから食べてはいけない、必ず渡るより前に食べて、それから渡れと言って聞かせた
(指定)S5男の子:O8竜神渕+m15手前で
(指定)S5男の子:S5男の子+O7弁当
・子供はうんと言って出かけた
(応諾)S5子供:S5子供+S1父親
(外出)S5子供:S5子供-O3家
・父親は子供はどうしただろうかと心配していたが、とうとう日が暮れた
(心配)S1父親:S5子供+O9安否
(時間経過)T:T+m16日暮れの
・子供は帰って来ないので、やはり渕の主に食べられてしまったのだと悲しんでいると、遅くなって子供が帰ってきた
(帰宅せず)S5子供:S5子供-O3家
(予想)S1父親:S6渕の主+S5子供
(悲しむ)S1父親:S1父親+m17悲しんだ
(時間経過)T:T+m18夜遅く
(帰宅)S5子供:S5子供+O3家
・お前戻ったのかと言って父親は大喜びした
(喜ぶ)S1父親:S1父親+m19喜んだ
・そして竜神渕の上を渡るときに何かありはしなかったか尋ねた
(質問)S1父親:S5子供+O8竜神渕
・今日は恐ろしかったと子供は話した
(回答)S5子供:S5子供+S1父親
(恐怖)S5子供:S5子供+m20恐ろしい
・川のほとりで弁当を食べていたら、渕から大きな何かが出て、お前は何をしていると問うた
(位置)S5子供:O8竜神渕+m15手前で
(食事)S5子供:S5子供+O7弁当
(出現)S6渕の主:S6渕の主-O8竜神渕
(質問)S6渕の主:S6渕の主+S5子供
・自分は弁当を食べていると答えたら、お前は今日自分の餌になるはずだったが、今食べているものは何かと問うた
(回答)S5子供:S5子供+O7弁当
(捕食)S6渕の主:S6渕の主+S5子供
(予定)T:T+m9今日
(質問)S6渕の主:S5子供+O10ひと口なすび
・これはひと口なすびだと言うと、何といい匂いのするものだ、ひとつくれと言うから、おかずをやったら、とって食べた
(回答)S5子供:S5子供+O10ひと口なすび
(要求)S6渕の主:S6渕の主+O10ひと口なすび
(授与)S5子供:S6渕の主+O10ひと口なすび
・何と美味しいものだ、人間はこういうものを三百六十日食べているのかと言ったからそうだと答えた
(感想)S6渕の主:O10ひと口なすび+m21美味な
(質問)S6渕主:O11人間+m22常食の
(回答)S5子供:S5子供+S6渕の主
・お前は今日自分の餌になるのだが、こういうものを食べているものを今とって食っては可哀想だから今日は餌にしない、お前は助けてやると言って渕の中へ入ってしまったと子供が話した
(予定)S6渕の主:S6渕の主+S5子供
(憐憫)S6渕の主:S5子供+m23憐れな
(破棄)S6渕の主:S6渕の主-S5子供
(消える)S6渕の主:S6渕の主+O8竜神渕
(証言)S5子供:S5子供+S1父親
・それで十二月の一日には必ずひと口なすびを食べるものだという
(慣例)O11人々:O11人々+O10ひと口なすび
(慣例)T:T+m9十二月一日
◆行為項モデル
送り手→(客体)→受け手
↑
補助者→(主体)←反対者
というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。
聴き手(関心)
↓
送り手→(客体)→受け手
↑
補助者→(主体)←反対者
この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。
聴き手(予言を知った父親はどうするか)
↓
送り手(運命の神)→生まれる子供の未来を話す(客体)→ 受け手(氏神)
↑
補助者(なし)→ 父親(主体)←反対者(なし)
聴き手(予言を知った父親はどうするか)
↓
送り手(家内)→夢の通り出産する(客体)→ 受け手(子供)
↑
補助者(なし)→ 父親(主体)←反対者(なし)
聴き手(予言の当日、父はどうするか)
↓
送り手(父親)→せめてもと上等の弁当をもたせる(客体)→ 受け手(子供)
↑
補助者(家内)→ 父親(主体)←反対者(なし)
聴き手(予言の当日、子供はどうなるか)
↓
送り手(渕の主)→予言に反して子供を見逃す(客体)→ 受け手(子供)
↑
補助者(父親)→ 子供(主体)←反対者(渕の主)
聴き手(この慣習をどう思うか)
↓
送り手(人々)→十二月一日にひと口なすびを食べる(客体)→ 受け手(人々)
↑
補助者(なし)→ 人々(主体)←反対者(なし)
といった行為項モデルが作成できるでしょうか。家内の安産を祈願にお宮参りをした父親は大雨でお宮に泊まりますが、その際夢で氏神と運命の神(ないしは産神)とが子供の未来について話しているのを聞きます。帰宅すると夢の通り男児が誕生していました。男の子が成長して予言の当日、父親はせめてもと上等の弁当を持たせて男の子を用事に出します。父親の言いつけ通り竜神渕の手前で弁当を食べた男の子ですが、そこに渕の主が現れます。渕の主は男の子の弁当に興味を示し、ひと口なすびを食べて気に入り、予言に反して男の子を捕食することを止めます。無事帰宅した男の子は一部始終を父親に話したという筋立てです。
父親―家内、父親―氏神、父親―運命の神(産神)、父親―男の子、家内―男の子、男の子―渕の主、といった対立軸が見受けられます。ひと口なすび/渕の主の図式に美味によって憐憫の情をもよおし定められた運命を回避することが暗喩されています。
◆関係分析
スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。
♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者
という六つの機能が挙げられます。
☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。
これらを元に関係分析をすると、
父親♌―男の子☉♁☾(♌)―渕の主♂♎―家内☾(♌)―氏神♎―運命の神♎
といった風に表記できるでしょうか。命を価値☉と置くと、男の子は価値☉そのものであり享受者♁となります。男の子は急用で家を離れますので、父親の援助者☾(♌)でもあります。また、家内は弁当を作る役割ですので援助者☾(♌)となります。男の子を定められた日に餌としようとする渕の主は対立者♂と置けます。また、男の子を憐れに思い助命しますので審判者♎とも置けます。一方で、父親に子供の運命を示唆する氏神と運命の神も審判者♎と置けるでしょうか。
◆物語の焦点と発想の飛躍
グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。
この物語の焦点は「定められた運命の子供はその日どうなるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「ひと口なすびが竜神の気にいって助命される」でしょうか。「男の子―なすび/運命回避―渕の主」といった図式です。
◆昔話の創発モデル
下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。
物語の焦点:定められた運命の子供はその日どうなるか
↑
発想の飛躍:ひと口なすびが竜神の気にいって助命される
・氏神/産神―父親―弁当―子供―竜神渕
↑
・男の子―なすび/運命回避―渕の主
◆発想の飛躍と概念の操作
発想の飛躍を「常識離れした連想」と仮定しますと、上述した図式の/(スラッシュ)の箇所に特にその意図的に飛躍させた概念の操作が見出せそうです。
呪術的思考に典型的に見られますが、ヒトは本来は繋がりのない切り離されたモノの間にも繋がりを見出すことがあります。それは情報処理におけるエラーです。ですが、科学万能の時代においてもエラーであるはずの呪術的思考が完全には消え去ることがないのは、それが人間特有の思考様式の一部であるからかもしれません。昔話では意図的にエラーを起こすとでも言えるでしょうか。
「ひと口なすび」では、神同士の会話によって我が子の運命を知った父親が定められた運命を回避することはできないと悟り、せめてもと上等の弁当を持たせて送り出したところ、弁当のおかずのひと口なすびが渕の主に気に入り、餌となるはずだった子供は運命を回避する筋立てとなっています。
図式では「男の子―なすび/運命回避―渕の主」と表記しています。これを自由連想で細分化して展開すると「父親―七歳―十二月一日―急用―外出―運命―回避―不可―悟り―情け―上等―弁当―竜神渕―食事―子供―なすび―美味―憐憫―助命―渕の主」となります。「男の子:弁当→なすび/美味→感嘆/憐憫→運命→的中/回避」と図式化すればいいでしょうか。子供から分けてもらった弁当のおかずが美味で感嘆し憐憫の情へと変わります。それによって定められた運命が的中/回避と転倒される概念の操作が行われています。これらの連想を一瞬で行っていることになります。
また、父親のせめてもの情けが渕の主の憐憫をもよおします。渕の主は本来なら人間の事情など斟酌しない非情な超自然的存在と考えられますので、「父親:情け→非情/憐憫」という転倒が起きているとも見ることができます。
以上のように、本文には現れない概念も重要な要素となっています。形態素解析で抽出したキーワードだけでは解釈を十全に行うことは難しいものと考えられます。可視化されていない文脈を読む、つまりできるだけ可視化するためには連想概念辞書も取り込んだ上で分析する方向に機能改善することが望まれると考えられます。
転倒は一瞬で価値の逆転をもたらすことを可能とする点で濫用は慎むべき類の概念操作ですが、予想外の驚きをもたらす効果を発揮しますので、昔話では好んで用いられるようです。
シェーマ分析は物語構造分析や評論において多用されますが、昔話ではこの二項対立で把握される図式の各項の属性を動的に転倒させていく(※必ずしも転倒に成功する訳ではない)ことで物語を転がしていくという技法が多用されると考えられます。むしろ転倒させることで二項対立の図式に持ち込むと見た方がいいでしょうか。静態から動態への認識の転換が求められるとでも言えるでしょうか。
呪術的思考のような非合理的思考は人間の抱える弱点ですが、昔話においては逆に創造性の源ともなっていると考えることができます。
◆ログライン≒モチーフ
ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。
「ひと口なすび」ですと「子供が喰われる運命は回避できないと悟った親はせめてもと上等の弁当を持たせて送り出すが、渕の主は弁当のおかずが気に入り、子供を助命した」くらいでしょうか。
◆余談
運定めの昔話タイプですが、ここでは子供が渕の主に七歳で食べられてしまうといった予知となっています。
私の場合、茄子を食べられるようになったのは大人になってからですから、これだと渕の主に食べられてしまうことになります。
◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.418-423.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)
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