« ―で表記するか/で表記するか | トップページ | 行為項分析――子より孫はかわいい »

2024年11月 4日 (月)

行為項分析――宗丹

◆あらすじ

 昔、宗丹という坊主が青野ヶ原を焼いたため津和野の殿さまに捕らえられた。取調べがあって、お仕置きを受けることになったが、何かこれについていい歌を詠んだら生命だけは助けてやろうと殿さまが言った。宗丹はそこで歌を詠んだ。「うるしももたん宗丹が 一夜のうちに 青野ヶ原を墨ぬりにした」。しかしこの歌は殿さまの気に入らなかったので、宗丹はやはりお仕置きを受けることになった。宗丹はいよいよ殺されるとき、殿さまに向かって糞を食らえと言った。

◆モチーフ分析

・宗丹という坊主が青野ヶ原を焼いたため、津和野の殿さまに捕らえられた
・取調べがあって、お仕置きを受けることになったが、何かこれについていい歌を詠んだら生命だけは助けてやろうと殿さまが言った
・宗丹は「うるしももたん宗丹が 一夜のうちに 青野ヶ原を墨ぬりにした」と歌を詠んだ
・この歌は殿さまの気に入らなかったので、やはりお仕置きを受けることになった
・宗丹はいよいよ殺されるとき、殿さまに向かって糞を食らえと言った

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:宗丹
S2:殿さま
S3:家来

O(オブジェクト:対象)
O1:坊主
O2:青野ヶ原
O3:津和野
O4:お仕置き(処刑)
O5:歌
O6:捨て台詞

m(修飾語)
m1:良い

+:接
-:離

・宗丹という坊主が青野ヶ原を焼いたため、津和野の殿さまに捕らえられた
(放火)S1宗丹:S1宗丹+O2青野ヶ原
(属性)S1宗丹:S1宗丹+O1坊主
(捕縛)S2殿さま:S2殿さま+S1宗丹
・取調べがあって、お仕置きを受けることになったが、何かこれについていい歌を詠んだら生命だけは助けてやろうと殿さまが言った
(取調べ)S2殿さま:S3家来+S1宗丹
(断罪)S2殿さま:S1宗丹+O4お仕置き
(条件)S1宗丹:S1宗丹+O5歌
(条件)O5歌:O5歌+m1良い
(助命)S2殿さま:S1宗丹-O4お仕置き
・宗丹は「うるしももたん宗丹が 一夜のうちに 青野ヶ原を墨ぬりにした」と歌を詠んだ
(詠歌)S1宗丹:S1宗丹+O5歌
・この歌は殿さまの気に入らなかったので、やはりお仕置きを受けることになった
(低評価)S2殿さま:S2殿さま-O5歌
(決定)S2殿さま:S1宗丹+O4お仕置き
・宗丹はいよいよ殺されるとき、殿さまに向かって糞を食らえと言った
(実行)S3家来:S1宗丹+O4処刑
(捨て台詞)S1宗丹:S2殿さま+O6捨て台詞

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

    聴き手(捕らえられた宗丹はどうなるか)
           ↓
送り手(殿さま)→青野ヶ原を焼いた宗丹を捕らえる(客体)→ 受け手(宗丹)
           ↑
補助者(家来)→ 殿さま(主体)←反対者(宗丹)

    聴き手(歌を詠むことになった宗丹はどうするか)
           ↓
送り手(殿さま)→よい歌を詠めば助命すると条件づけ(客体)→ 受け手(宗丹)
           ↑
補助者(家来)→ 殿さま(主体)←反対者(宗丹)

    聴き手(歌が不評だった宗丹はどうなるか)
           ↓
送り手(宗丹)→歌を詠むが気に入られず(客体)→ 受け手(殿さま)
           ↑
補助者(なし)→ 宗丹(主体)←反対者(殿さま)

    聴き手(宗丹の捨て台詞をどう思うか)
           ↓
送り手(宗丹)→処刑の際、捨て台詞を吐く(客体)→ 受け手(殿さま)
           ↑
補助者(なし)→ 宗丹(主体)←反対者(殿さま)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。青野ヶ原を焼いた罪で捕らえられた僧の宗丹は処刑されることになりますが、良い歌を詠むことを助命の条件とされます。そこで宗丹は一首詠みますが、それは殿さまの気に入るところとならず処刑が決定してしまいます。処刑の際、宗丹は糞くらえと捨て台詞を吐いたという筋立てです。

 宗丹―殿さま、宗丹―家来、宗丹―歌、歌―殿さま、といった対立軸が見受けられます。歌は辞世の句と見なせるでしょうか。辞世の句/捨て台詞の図式に辞世の句を残すよりも殿さまへの恨み言を吐くことを選ぶ宗丹の切羽詰まった心情が暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

宗丹♌♁(-1)―殿さま♂♎―家来☾(♎)

 といった風に表記できるでしょうか。良い歌を詠んで助命されることを価値☉と置くと、津和野の殿さまはその審判者♎であり、主体となる宗丹にとっての対立者♂となります。家来の存在は明確に描かれませんが殿さまの命令を実行する役割を担っているでしょう。殿さまの援助者☾(♎)と置きます。宗丹は助命の享受者♁となり得る地位にありますが、結局その歌は気に入るところとなりませんからマイナスの享受者♁(-1)とでも置けるでしょうか。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「宗丹が詠んだ歌はどんな結果をもたらすか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「歌を詠むものの殿さまの気に入らなかった」「最後に捨て台詞を残す」でしょうか。「宗丹―歌/お仕置き―殿さま」「宗丹―処刑/捨て台詞―殿さま」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:宗丹が詠んだ歌はどんな結果をもたらすか
        ↑
発想の飛躍:歌を詠むものの殿さまの気に入らなかった
      最後に捨て台詞を残す

・宗丹―歌/助命―殿さま
      ↑
・宗丹―歌/お仕置き―殿さま
・宗丹―処刑/捨て台詞―殿さま

◆発想の飛躍と概念の操作

 発想の飛躍を「常識離れした連想」と仮定しますと、上述した図式の/(スラッシュ)の箇所に特にその意図的に飛躍させた概念の操作が見出せそうです。

 呪術的思考に典型的に見られますが、ヒトは本来は繋がりのない切り離されたモノの間にも繋がりを見出すことがあります。それは情報処理におけるエラーです。ですが、科学万能の時代においてもエラーであるはずの呪術的思考が完全には消え去ることがないのは、それが人間特有の思考様式の一部であるからかもしれません。昔話では意図的にエラーを起こすとでも言えるでしょうか。

 「宗丹」では、宗丹は良い歌を詠むことを助命の条件とされますが、詠んだ歌は殿さまの気に入るところとならず、結局助命はされずに処刑されます。処刑の際に宗丹は捨て台詞を吐きます。これは詠んだ歌を辞世の句と解釈すると、辞世の句を残すよりも捨て台詞を優先させたことになります。歌を詠むことに一縷の希望を賭けた宗丹ですが、その希望は打ち砕かれ捨て台詞を吐いてしまうのです。それは殿さまへの呪詛を孕んだものだったでしょう。

 図式では「宗丹―歌/お仕置き―殿さま」「宗丹―処刑/捨て台詞―殿さま」と表記しています。これを細分化して展開すると「宗丹―助命―条件―提示―歌―詠む―不評―処刑―実行―絶望―辞世の句―放棄―捨て台詞―吐く―殿さま―呪詛」となります。「宗丹の歌:良し/悪し→助命/処刑→歌/辞世の句→辞世の句/捨て台詞」と図式化すればいいでしょうか。処刑の決定により詠んだ歌は辞世の句へと転換され、更に辞世の句を捨て台詞へと転倒させる概念の操作が行われています。これらの連想を一瞬で行っていることになります。

 あるいは「宗丹:希望/絶望→捨て台詞/呪詛」とも図式化できます。希望が絶望へと転倒されることで捨て台詞が呪詛となるという更なる転倒が起きるとも解釈できます。

 以上のように、本文には現れない概念も重要な要素となっています。形態素解析で抽出したキーワードだけでは解釈を十全に行うことは難しいものと考えられます。可視化されていない文脈を読む、つまりできるだけ可視化するためには連想概念辞書も取り込んだ上で分析する方向に機能改善することが望まれると考えられます。

 転倒は一瞬で価値の逆転をもたらすことを可能とする点で濫用は慎むべき類の概念操作ですが、予想外の驚きをもたらす効果を発揮しますので、昔話では好んで用いられるようです。

 シェーマ分析は物語構造分析や評論において多用されますが、昔話ではこの二項対立で把握される図式の各項の属性を動的に転倒させていく(※必ずしも転倒に成功する訳ではないが)ことで物語を転がしていくという技法が多用されると考えられます。静態から動態への認識の転換が求められるとでも言えるでしょうか。

 呪術的思考のような非合理的思考は人間の抱える弱点ですが、昔話においては逆に創造性の源ともなっていると考えることができます。

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「宗丹」ですと「助命の条件として歌を詠んだ宗丹だったが、殿さまの気にいらず、捨て台詞を吐いた」くらいでしょうか。

◆余談

 青野ヶ原は青野山の周辺でしょうか。青野山には父が登ったことがあると言っていたのですが、体力が落ちた現在ではとても登ることは叶いません。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)p.406.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

|

« ―で表記するか/で表記するか | トップページ | 行為項分析――子より孫はかわいい »

昔話」カテゴリの記事