行為項分析――子より孫はかわいい
◆あらすじ
昔は年がよっても死ぬことがなかった。それで、年がよると山へ捨てることにしていた。あるとき親が年をとったので山へ捨てようと思って息子と孫と二人で担いでいった。そしていよいよ山へ連れていって帰る時、息子は担いできた天秤棒をそこにおいたまま帰りかけた。すると孫がこれは持って帰ろうと言った。息子はこれはいらないから持って帰らなくてもいいと言った。すると孫は、それでも今度はお前を担いでくるのに要るから持って帰ろうと言った。息子はそれを聞いて、やがて自分もこうして捨てられるのだと思うと、そのまま帰ることができなくなった。そこで捨てた親をまた担いで帰って、床の下に隠して養った。それで子より孫は可愛いと言うのだそうだ。
◆モチーフ分析
・昔は年をとっても死ぬことがなく、年をとると山へ捨てていた
・親が年をとったので山へ捨てようと息子と孫が担いでいった
・いよいよ山へ連れていって帰るとき、息子は担いできた天秤棒をそこに置いたまま帰りかけた
・孫がこれは持って帰ろうと言った
・息子はこれは要らないから持って帰らなくてもいいと言った
・孫は今度は息子を担いでくるのに要るから持って帰ろうと言った
・息子はそれを聞いて、やがて自分もこうして捨てられるのだと思うと、そのまま帰ることができなくなった
・そこで捨てられた親をまた担いで帰って床の下に隠して養った
・それで子より孫は可愛いと言う
◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である
S(サブジェクト:主体)
S1:親
S2:息子
S3:孫
O(オブジェクト:対象)
O1:年寄り
O2:山
O3:天秤棒
O4:床の下
m(修飾語)
m1:昔
m2:老いた
m3:不要
m4:必要
m5:可愛い
T:時
X:人
+:接
-:離
・昔は年をとっても死ぬことがなく、年をとると山へ捨てていた
(過去)T:T+m1昔
(姥捨て)X:O1年寄り+O2山
・親が年をとったので山へ捨てようと息子と孫が担いでいった
(老化)S1親:S1親+m2老いた
(運搬)(S2息子+S3孫):(S2息子+S3孫)+S1親
(運搬)(S2息子+S3孫):S1親+O2山
・いよいよ山へ連れていって帰るとき、息子は担いできた天秤棒をそこに置いたまま帰りかけた
(帰還)(S2息子+S3孫):(S2息子+S3孫)-O2山
(置き去り)S2息子:S2息子-O3天秤棒
・孫がこれは持って帰ろうと言った
(反論)S3孫:S3孫+O3天秤棒
・息子はこれは要らないから持って帰らなくてもいいと言った
(不要論)S2息子:O3天秤棒+m3不要
・孫は今度は息子を担いでくるのに要るから持って帰ろうと言った
(必要論)S3孫:O3天秤棒+m4必要
(理由)S3孫:S3孫+S2息子
・息子はそれを聞いて、やがて自分もこうして捨てられるのだと思うと、そのまま帰ることができなくなった
(予期)S2息子:S3孫-S2息子
(帰れず)S2息子:S2息子+O2山
・そこで捨てられた親をまた担いで帰って床の下に隠して養った
(返す)S2息子:S1親-O2山
(隠す)S2息子:S1親+O4床
(養育)S2息子:S2息子+S1親
・それで子より孫は可愛いと言う
(由来)S1親:S3孫+m5可愛い
(優越)S1親:S3孫-S2息子
◆行為項モデル
送り手→(客体)→受け手
↑
補助者→(主体)←反対者
というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。
聴き手(関心)
↓
送り手→(客体)→受け手
↑
補助者→(主体)←反対者
この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。
聴き手(親はどうなるか)
↓
送り手(息子)→親を山に遺棄する(客体)→ 受け手(親)
↑
補助者(孫)→ 息子(主体)←反対者(親)
聴き手(息子はどう思うか)
↓
送り手(孫)→息子を捨てるのに天秤棒が必要と言う(客体)→ 受け手(息子)
↑
補助者(親)→ 孫(主体)←反対者(息子)
聴き手(息子をどう思うか)
↓
送り手(息子)→親を山から返して養育する(客体)→ 受け手(親)
↑
補助者(孫)→ 息子(主体)←反対者(なし)
聴き手(この由来をどう思うか)
↓
送り手(親)→息子より可愛い(客体)→ 受け手(孫)
↑
補助者(孫)→ 親(主体)←反対者(息子)
といった行為項モデルが作成できるでしょうか。親を山に遺棄した息子が天秤棒を置き去りにしようとすると、孫が息子を捨てる際にまた必要だと反論したため、息子は思い直して親を山から戻して養育した。それで孫は息子より可愛いというといった筋立てです。
息子―親、息子―孫、親―孫、といった対立軸が見受けられます。天秤棒の廃棄/回収に再利用の可能性、つまり因果が巡ることが暗喩されています。
◆関係分析
スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。
♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者
という六つの機能が挙げられます。
☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。
これらを元に関係分析をすると、
息子♌―孫☾(♌)♂―親♁♎
といった風に表記できるでしょうか。山から生還することを価値☉と置くと、年老いた親はその享受者♁となります。孫は息子の援助者☾(♌)として親を山まで運搬しますが、いずれ自分が息子を山に遺棄することになることを示唆します。その点で対立者♂ともなります。命拾いした親は孫を可愛いと思うようになりますので審判者♎と置けるでしょう。
◆物語の焦点と発想の飛躍
グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。
この物語の焦点は「捨てられた親は生き延びられるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「死なないため老いたら山に捨てる」「孫がいずれ息子を捨てるときに要ると言う」でしょうか。「人―老化/不死/捨てる―山」「孫―天秤棒/山―息子」といった図式です。
◆昔話の創発モデル
下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。
物語の焦点:捨てられた親は生き延びられるか
↑
発想の飛躍:孫がいずれ息子を捨てるときに要ると言う
・息子―親/山―孫
↑
・人―老化/不死/捨てる―山
・孫―天秤棒/山―息子
◆発想の飛躍と概念の操作
発想の飛躍を「常識離れした連想」と仮定しますと、上述した図式の/(スラッシュ)の箇所に特にその意図的に飛躍させた概念の操作が見出せそうです。
呪術的思考に典型的に見られますが、ヒトは本来は繋がりのない切り離されたモノの間にも繋がりを見出すことがあります。それは情報処理におけるエラーです。ですが、科学万能の時代においてもエラーであるはずの呪術的思考が完全には消え去ることがないのは、それが人間特有の思考様式の一部であるからかもしれません。昔話では意図的にエラーを起こすとでも言えるでしょうか。
「子より孫はかわいい」では、いずれ因果は巡って息子も年老いたら孫に捨てられる運命だと気づいて改心するという展開となっています。「親/息子/孫」の三項鼎立の構図です。鼎立ですので安定していますが、「親/息子」「孫/息子」「親/孫」と分解可能ではあります。
図式では「孫―天秤棒/山―息子」と表記しています。これを細分化して展開すると「息子―天秤棒―廃棄―山―孫―回収―将来―再利用―遺棄―老化―息子―山」となります。「息子の老化:天秤棒→廃棄/再利用」と図式化すればいいでしょうか。廃棄するつもりだった天秤棒を将来再利用すると転倒させる概念の操作が行われています。これらの連想を一瞬で行っていることになります。
「人―老化/不死/捨てる―山」を展開すると「人―不死―存在―消えず―老化―捨てる―山―排除」となります。「人:老化→不死/排除」と図式できるでしょうか。不死ゆえに排除されるという論理の短絡が生じています。
以上のように、本文には現れない概念も重要な要素となっています。形態素解析で抽出したキーワードだけでは解釈を十全に行うことは難しいものと考えられます。可視化されていない文脈を読む、つまりできるだけ可視化するためには連想概念辞書も取り込んだ上で分析する方向に機能改善することが望まれると考えられます。
転倒は一瞬で価値の逆転をもたらすことを可能とする点で濫用は慎むべき類の概念操作ですが、予想外の驚きをもたらす効果を発揮しますので、昔話では好んで用いられるようです。
シェーマ分析は物語構造分析や評論において多用されますが、昔話ではこの二項対立で把握される図式の各項の属性を動的に転倒させていく(※必ずしも転倒に成功する訳ではないが)ことで物語を転がしていくという技法が多用されると考えられます。静態から動態への認識の転換が求められるとでも言えるでしょうか。
呪術的思考のような非合理的思考は人間の抱える弱点ですが、昔話においては逆に創造性の源ともなっていると考えることができます。
◆ログライン≒モチーフ
ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。
「子より孫はかわいい」ですと「親を捨てようとした息子だったが、因果は巡って自分もいずれ捨てられると気づいて考えを改める」くらいでしょうか。
◆余談
実際に山に姥捨てしていた証拠はないそうですが、心性としてはあったのでしょう。現代では社会保障費の削減と尊厳死とが結びつけて論じられるように変化してきましたので、老人の存在を疎ましく思う若者の心境の変化は注目に値します。
◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)p.407.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)
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