行為項分析――猿の嫁さん
◆あらすじ
昔、あるところにお爺さんがいた。ある日山へ行って畑をうっていたが、何分年をとっているので骨が折れて仕方ない。少しうっては休み、少しうっては休みしていた。その内にとうとうくたびれ込んでしまって、ああ、何ともしんどくていけない。誰か来てうってくれないかと独り言を言った。すると、ほとりの山から猿が一匹出てきた。お爺さん、あんたの娘をわしの嫁にくれ。畑をうってあげるからと言った。お爺さんはもうすっかりくたびれてしんどくていけないので喜んで、それはありがたい。娘はやるからうってくれと言った。猿は大喜びで、お爺さんの鍬をとると一寸(ちょっと)の間にその畑をうってしまった。夕方になってお爺さんは猿を連れて家へ帰ってきた。二人の娘たちは湯を沸かして待っていた。お爺さんは足を洗ってあがると、今日のことを詳しく話して、姉娘にこういう訳だから、お前猿の嫁に行ってくれと言った。姉娘はすっかり腹をたてて、馬鹿を言うな、自分は一生涯嫁にいかなくても猿の嫁になど行きはしないと言った。お爺さんは仕方がないので、今度は妹娘に頼むと、それでは自分が行くから、鏡と大きな水瓶(はんどう)を一つ買ってくださいと言った。お爺さんが鏡と大きな水瓶を買ってやると、娘は鏡を懐に入れて、猿の婿に水瓶を負わせた。そして婿と花嫁は連れだって猿の家へ行った。途中に川があって橋がかかっていた。橋の中ほどまで行くと、嫁の鏡が川の中へ落ちた。早く行って取ってきてください。早く行かないと流れると言って大騒ぎをした。猿はびっくりして大きな水瓶を背負ったまま川へ入ったので、水瓶の中へ水が入って上がることができない。とうとう溺れ死んでしまった。そこで娘は家へ帰ってきた。姉娘はとうとう一生涯嫁入りをしなかった。
◆モチーフ分析
・あるところにお爺さんがいた
・ある日山へ行って畑をうっていたが、年をとっているので骨が折れる
・少しうっては休み、少しうっては休みしていたが、その内にくたびれてしまった
・しんどくていけない、誰か来てうってくれないかと独り言を言った
・すると、ほとりの山から猿が一匹出てきた
・猿は畑をうってあげるから、爺さんの娘を自分の嫁にくれと言った
・爺さんはすっかりくたびれているので、それはありがたい、娘はやると言った
・猿は大喜びで畑をうった
・夕方になってお爺さんは猿を連れて家へ帰ってきた
・今日のことを詳しく話して、姉娘に猿の嫁に行ってくれないかと言った
・姉娘は腹をたてて、自分は一生涯嫁に行かなくとも猿の嫁になど行きはしないと言った
・仕方ないので、お爺さんは妹娘に頼んだ
・妹娘はそれでは自分が行くから鏡と大きな水瓶を買ってくれと言った
・爺さんが買ってやると、妹娘は鏡を懐に入れ、猿の婿に水瓶を負わせた
・婿と花嫁は連れだって猿の家へ行った
・途中に川があって橋がかかっていた
・橋の中ほどまで行くと、嫁は鏡が川の中へ落ちた、早く行って取ってきてくれと大騒ぎした
・猿はびっくりして大きな水瓶を背負ったまま川へ入った
・水瓶の中に水が入ってきて上がることができず、猿は溺れ死んでしまった
・娘は家へ帰ってきた
・姉娘は一生涯嫁入りをしなかった
◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である
S(サブジェクト:主体)
S1:爺さん
S2:猿(婿)
S3:姉
S4:妹(嫁)
O(オブジェクト:対象)
O1:山
O2:畑仕事
O3:独り言
O4:娘
O5:嫁
O6:家
O7:水瓶
O8:鏡
O9:猿の家
O10:川
O11:橋
O12:水
m(修飾語:Modifier)
m1:疲れた
m2:休み休み
m3:大喜びで
m4:夕方
m5:立腹した
m6:未婚の
m7:生涯
m8:溺死した
X1:どこか
X2:誰か
+:接
-:離
・あるところにお爺さんがいた
(存在)X1:X1+S1爺さん
・ある日山へ行って畑をうっていたが、年をとっているので骨が折れる
(山行き)S1爺さん:S1爺さん+O1山
(耕す)S1爺さん:S1爺さん+O2畑仕事
(疲労)S1爺さん:S1爺さん+m1疲れた
・少しうっては休み、少しうっては休みしていたが、その内にくたびれてしまった
(休憩しながら労働)S1爺さん:O2畑仕事+m2休み休み
(疲弊)S1爺さん:S1爺さん+m1疲れた
・しんどくていけない、誰か来てうってくれないかと独り言を言った
(独り言)S1爺さん:S1爺さん+O3独り言
(依頼)X2:X2+O2畑仕事
・すると、ほとりの山から猿が一匹出てきた
(登場)S2猿:S2猿+S1爺さん
・猿は畑をうってあげるから、爺さんの娘を自分の嫁にくれと言った
(提案)S2猿:S2猿+O2畑仕事
(要求)S2猿:S2猿+O4娘
・爺さんはすっかりくたびれているので、それはありがたい、娘はやると言った
(応諾)S1爺さん:S2猿+O4娘
・猿は大喜びで畑をうった
(代理)S2猿:O2畑仕事+m3大喜びで
・夕方になってお爺さんは猿を連れて家へ帰ってきた
(夕暮れ)T:T+m4夕方
(同道)S1爺さん:S1爺さん+S2猿
(帰宅)S1爺さん:S2猿+O6家
・今日のことを詳しく話して、姉娘に猿の嫁に行ってくれないかと言った
(説明)S1爺さん:S1爺さん+(S3姉+S4妹)
(依頼)S1爺さん:S3姉+S2猿
・姉娘は腹をたてて、自分は一生涯嫁に行かなくとも猿の嫁になど行きはしないと言った
(立腹)S3姉:S3姉+m5立腹した
(仮定)S3姉:S3姉+(m6未婚の+m7生涯)
(拒否)S3姉:S3姉-S2猿
・仕方ないので、お爺さんは妹娘に頼んだ
(依頼)S1爺さん:S1爺さん+S4妹
・妹娘はそれでは自分が行くから鏡と大きな水瓶を買ってくれと言った
(承諾)S4妹:S4妹+S2猿
(要求)S4妹:S1爺さん+O7水瓶
・爺さんが買ってやると、妹娘は鏡を懐に入れ、猿の婿に水瓶を負わせた
(購入)S1爺さん:S4妹+O7水瓶
(忍ばせる)S4妹:S4妹+O8鏡
(背負わせる)S4妹:S2猿+O7水瓶
・婿と花嫁は連れだって猿の家へ行った
(出立)(S2婿+S4嫁):(S2婿+S4嫁)+O9猿の家
・途中に川があって橋がかかっていた
(存在)X:X+O10川
(存在)O10川:O10川+O11橋
・橋の中ほどまで行くと、嫁は鏡が川の中へ落ちた、早く行って取ってきてくれと大騒ぎした
(渡る)(S2婿+S4嫁):(S2婿+S4嫁)+O11橋
(落とす)S4嫁:S4嫁-O8鏡
(落とす)O8鏡:O8鏡+O11川
(騒ぐ)S4嫁:S2婿+O8鏡
・猿はびっくりして大きな水瓶を背負ったまま川へ入った
(飛び込む)S2猿:S2猿+O11川
(状態)S2猿:S2猿+O7水瓶
・水瓶の中に水が入ってきて上がることができず、猿は溺れ死んでしまった
(満たされる)O7水瓶:O7水瓶+O12水
(上がれない)S2猿:S2猿-O11川
(溺死)S2猿:S2猿+m8溺死した
・娘は家へ帰ってきた
(帰宅)S4妹:S4妹+O6家
・姉娘は一生涯嫁入りをしなかった
(生涯未婚)S3姉:S3姉+(m6未婚の+m7生涯)
◆行為項モデル
送り手→(客体)→受け手
↑
補助者→(主体)←反対者
というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。
聴き手(関心)
↓
送り手→(客体)→受け手
↑
補助者→(主体)←反対者
この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。
聴き手(爺さんの独り言でどうなるか)
↓
送り手(爺さん)→誰か畑を代わりに打ってくれ(客体)→ 受け手(猿)
↑
補助者(なし)→ 爺さん(主体)←反対者(なし)
聴き手(猿の要求はどうなるか)
↓
送り手(猿)→娘を嫁にくれと要求(客体)→ 受け手(爺さん)
↑
補助者(なし)→ 猿(主体)←反対者(なし)
聴き手(爺さんの要求でどうなるか)
↓
送り手(爺さん)→猿の嫁に行ってくれと要求(客体)→ 受け手(姉)
↑
補助者(なし)→ 爺さん(主体)←反対者(姉)
聴き手(拒否した姉はどうなるか)
↓
送り手(姉)→嫁入りを拒否(客体)→ 受け手(爺さん)
↑
補助者(なし)→ 姉(主体)←反対者(爺さん)
聴き手(爺さんの要求でどうなるか)
↓
送り手(爺さん)→猿の嫁に行ってくれと要求(客体)→ 受け手(妹)
↑
補助者(なし)→ 爺さん(主体)←反対者(なし)
聴き手(水瓶を背負った猿はどうなるか)
↓
送り手(妹)→水瓶を背負わせて溺死させる(客体)→ 受け手(猿)
↑
補助者(なし)→ 妹(主体)←反対者(猿)
聴き手(妹の知恵をどう思うか)
↓
送り手(妹)→無事帰宅する(客体)→ 受け手(爺さん)
↑
補助者(なし)→ 妹(主体)←反対者(なし)
聴き手(嫁入りできなくなった姉をどう思うか)
↓
送り手(姉)→生涯嫁入りせず(客体)→ 受け手(爺さん)
↑
補助者(なし)→ 姉(主体)←反対者(なし)
といった行為項モデルが作成できるでしょうか。畑を耕すのがしんどくなった爺さんが思わず漏らした独り言を聞きつけた猿が娘を嫁にもらう代わりに畑打ちをやると提案し、爺さんは承諾してしまいます。帰宅して二人の娘に話すと姉は怒ってしまいます。妹は冷静に受け入れ嫁入りしますが、婿となった猿に水瓶を背負わせて鏡を拾えと川に潜らせます。水瓶の重みで猿は溺死し、妹は無事帰宅、姉は宣言した通り生涯結婚しなかったという筋立てです。
爺さん―猿、爺さん―姉、爺さん―妹、妹―猿、といった対立軸が見受けられます。水瓶が空/満たされるの図式に妹の狡知が暗喩されています。
◆関係分析
スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。
♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者
という六つの機能が挙げられます。
☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。
これらを元に関係分析をすると、
妹♌☉―猿♁(±)♂―爺さん♎―姉☾(♎)(-1)
といった風に表記できるでしょうか。嫁をもらうことを価値☉と置くと、爺さんの約束を守るため嫁入りを承諾した妹は価値☉となります。猿は対立者♂であり享受者♁となります。猿は結局騙されて溺死してしまいますので、プラスマイナスの享受者♁(±)としましょうか。嫁入りの決定権を持っている爺さんは審判者♎と置けるでしょうか。姉は嫁入りを拒否しますので、マイナスの援助者☾(♎)と置けるでしょうか。
◆フェミニズム分析
「猿の嫁さん」では爺さんが不用意な独り言を漏らしたため、それを聞きつけた猿と異類婚姻の約束を結ばなければならなくなります。爺さんは二人の娘に話を持ち掛けますが、姉は断固として拒否、妹は約束を守るため応じる振りを見せますが、狡知で猿を溺死させる展開となっています。
見方によっては家長である爺さんが取り決めた約束は必ず果たさなければならないもので、娘二人のいずれかが果たさなければならなくなります。爺さんは娘の結婚相手を独断で決めるまでの決定権までは持っていないようですが、強い束縛となって二人の娘の行動を誘導します。
姉については生涯未婚だったとしていますが、それが不幸だったか否かについては語られていません。聴き手の想像力に委ねられています。
◆物語の焦点と発想の飛躍
グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。
この物語の焦点は「爺さんの約束を守って嫁入りした妹はどうなるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「猿に水瓶を背負わせ川に潜らせる」でしょうか。「猿―水瓶/溺死―妹」といった図式です。
◆昔話の創発モデル
下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。
物語の焦点:爺さんの約束を守って嫁入りした妹はどうなるか
↑
発想の飛躍:猿に水瓶を背負わせ川に潜らせる
・爺さん―畑打ち/嫁―猿
↑
・猿―水瓶/溺死―妹
◆発想の飛躍と概念の操作
発想の飛躍を「常識離れした連想」と仮定しますと、上述した図式の/(スラッシュ)の箇所に特にその意図的に飛躍させた概念の操作が見出せそうです。
呪術的思考に典型的に見られますが、ヒトは本来は繋がりのない切り離されたモノの間にも繋がりを見出すことがあります。それは情報処理におけるエラーです。ですが、科学万能の時代においてもエラーであるはずの呪術的思考が完全には消え去ることがないのは、それが人間特有の思考様式の一部であるからかもしれません。昔話では意図的にエラーを起こすとでも言えるでしょうか。
「猿の嫁さん」では、嫁入りの際に妹は婿となった猿に水瓶を背負わせ、橋を渡る途中で鏡を落としたと騒いで猿をそのまま川に潜らせます。空だった水瓶には川の水が満たされ、その重みで猿は浮上できなくなり溺死してしまう展開となります。
図式では「猿―水瓶/溺死―妹」と表記しています。これを細分化して展開すると「猿―婿入り―水瓶―背負う―橋―渡る―鏡―落とす―拾う―川―潜る―水―満ちる―重み―浮上―不可能―溺死―妹―解放」となります。「水瓶:川に入る→空/満ちる→生/死」と図式化すればいいでしょうか。水瓶が空から水で満ちた状態に転倒されることで更に猿の生死が転倒される概念の操作が行われています。一方で「妹:猿の死→嫁入り/解放」とも図式化できます。嫁から再び未婚の状態へと解放される転倒がなされる訳です。これらの連想を一瞬で行っていることになります。
姉に関しては怒りで宣言した通りに未婚の状態が継続されることとなります。ここでは転倒は起きません。
猿は猿で「爺さん:代理→畑打ち/嫁とり」と転倒させる約束を結ばせます。これで爺さんの娘たちは「未婚/嫁」と転倒する可能性を帯びる訳ですが、妹の狡知によりその転倒は寸前で阻止されることとなります。
以上のように、本文には現れない概念も重要な要素となっています。形態素解析で抽出したキーワードだけでは解釈を十全に行うことは難しいものと考えられます。可視化されていない文脈を読む、つまりできるだけ可視化するためには連想概念辞書も取り込んだ上で分析する方向に機能改善することが望まれると考えられます。
転倒は一瞬で価値の逆転をもたらすことを可能とする点で濫用は慎むべき類の概念操作ですが、予想外の驚きをもたらす効果を発揮しますので、昔話では好んで用いられるようです。
シェーマ分析は物語構造分析や評論において多用されますが、昔話ではこの二項対立で把握される図式の各項の属性を動的に転倒させていく(※必ずしも転倒に成功する訳ではない)ことで物語を転がしていくという技法が多用されると考えられます。むしろ転倒させることで二項対立の図式に持ち込むと見た方がいいでしょうか。静態から動態への認識の転換が求められるとでも言えるでしょうか。
呪術的思考のような非合理的思考は人間の抱える弱点ですが、昔話においては逆に創造性の源ともなっていると考えることができます。
◆ログライン≒モチーフ
ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。
「猿の嫁さん」ですと「爺さんの約束を守って嫁入りした妹娘だったが、婿の猿に水瓶を背負わせて川の中に入らせることで溺れ死にさせた」くらいでしょうか。
◆余談
知恵で動物の嫁になることを回避します。姉は生涯嫁に行かないと宣言したためか、生涯未婚で終わります。
◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.409-411.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)
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