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2024年11月25日 (月)

行為項分析――彼岸

◆あらすじ

 昔、たいそう仲の悪い嫁と姑とがいた。あるとき、また二人が喧嘩をはじめた。嫁は彼岸を「ひいがん」だと言った。姑はいや、ひいがんではない、「ひがん」だと言った。何遍言っても、どちらも自分の言うのが本当だと言って聞かない。しまいにはつかみ合いになって叩いたり蹴ったりして喧嘩をしたが、それでも勝負がつかない。それでとうとう、それならお寺へ行って和尚に決めてもらおうということになった。嫁と姑とは二人連れでお寺へ行って、和尚に訳を話した。そして、どちらが本当かと言った。和尚は前の三日がひいがんで、後の三日がひがんで、中に一日(ひてえ)がお中日と言った。それでどちらも勝ち負けはなかった。

◆モチーフ分析

・たいそう仲の悪い嫁と姑がいた
・また二人が喧嘩をはじめた
・嫁は彼岸を「ひいがん」だと言った
・姑はひいがんではない、「ひがん」だと言った
・どちらも自分の言うのが本当だと言って聞かない
・しまいにはつかみ合いになって叩いたり蹴ったりして喧嘩をしたが、勝負がつかない
・それならお寺へ行って和尚に決めてもらおうということになった
・嫁と姑は二人連れでお寺へ行って、和尚に訳を話した
・そしてどちらが本当か尋ねた
・和尚は前の三日がひいがんで、後の三日がひがんで、中に一日がお中日と言った
・それでどちらも勝ち負けはなかった

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:嫁
S2:姑
S3:和尚

O(オブジェクト:対象)
O1:彼岸
O2:ひいがん
O3:ひがん
O4:寺
O5:中日

m(修飾語:Modifier)
m1:険悪な
m2:本当の
m3:決着せず(決着つかず)
m4:前の三日
m5:後の三日
m6:中の一日

X:どこか

+:接
-:離

・たいそう仲の悪い嫁と姑がいた
(存在)X:X+(S1嫁+S2姑)
(険悪)S1嫁:S2姑+m1険悪な
・また二人が喧嘩をはじめた
(喧嘩)S1嫁:S1嫁+S2姑
・嫁は彼岸を「ひいがん」だと言った
(読み)S1嫁:O1彼岸+O2ひいがん
・姑はひいがんではない、「ひがん」だと言った
(読み)S2姑:O1彼岸+O3ひがん
・どちらも自分の言うのが本当だと言って聞かない
(主張)S1嫁:O2ひいがん+m2本当の
(主張)S2姑:O3ひがん+m2本当の
(食い違い)S1嫁:S1嫁-S2姑
・しまいにはつかみ合いになって叩いたり蹴ったりして喧嘩をしたが、勝負がつかない
(喧嘩)S1嫁:S1嫁+S2姑
(決着つかず)S1嫁:S2姑+m3決着せず
・それならお寺へ行って和尚に決めてもらおうということになった
(同意)(S1嫁+S2姑):S3和尚+O1彼岸
・嫁と姑は二人連れでお寺へ行って、和尚に訳を話した
(同行)(S1嫁+S2姑):(S1嫁+S2姑)+O4寺
(事情説明)(S1嫁+S2姑):(S1嫁+S2姑)+S3和尚
・そしてどちらが本当か尋ねた
(訊く)(S1嫁+S2姑):S3和尚+O1彼岸
・和尚は前の三日がひいがんで、後の三日がひがんで、中に一日がお中日と言った
(回答)S3和尚:O2ひいがん+m4前の三日
(回答)S3和尚:O3ひがん+m5後の三日
(回答)S3和尚:O5中日+m6中の一日
・それでどちらも勝ち負けはなかった
(決着つかず)(S1嫁+S2姑):(S1嫁+S2姑)+m3決着つかず

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

     聴き手(両者の争いはどうなるか)
           ↓
送り手(嫁)→彼岸の読みで言い争う(客体)→ 受け手(姑)
           ↑
補助者(なし)→ 嫁(主体)←反対者(姑)

     聴き手(和尚はどう回答するか)
           ↓
送り手(嫁、姑)→和尚に決めてもらうことにする(客体)→ 受け手(和尚)
           ↑
補助者(なし)→ 嫁、姑(主体)←反対者(なし)

     聴き手(和尚の回答をどう思うか)
           ↓
送り手(和尚)→両者の間をとった回答をする(客体)→ 受け手(嫁、姑)
           ↑
補助者(なし)→ 和尚(主体)←反対者(なし)

     聴き手(両者の争いをどう思うか)
           ↓
送り手(嫁)→決着がつかなかった(客体)→ 受け手(姑)
           ↑
補助者(なし)→ 嫁(主体)←反対者(姑)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。「彼岸」の読みを巡って嫁と姑が言い争います。決着がつかず、和尚に裁定してもらおうということになりますが、和尚は両者の中間をとった回答をし、結局勝負はつかなかったという筋立てです。

 嫁―姑、嫁―和尚、姑―和尚という対立軸が見受けられます。ひがん/ひいがんに家族同士の言い争いの無意味さが暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

嫁♌♁(-1)―姑♂♁(-1)―和尚♎

 といった風に表記できるでしょうか。彼岸の読みを決めることを価値☉と置くと、和尚が審判者♎となり、嫁と姑は享受者♁となります。ただ、このお話の場合、決着がつきませんので、マイナスの享受者♁(-1)としてもいいでしょうか。仮に嫁を主体♌と置くと、姑は対立者♂となります。逆もあり得ます。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「嫁姑の言い争いはどう決着するか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「和尚が両者の中間で裁定する」でしょうか。「和尚―彼岸―ひいがん/中日/ひがん―嫁/姑」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:嫁姑の言い争いはどう決着するか
        ↑
発想の飛躍:和尚が両者の中間で裁定する

・嫁―ひいがん/ひがん―姑
       ↑
・和尚―彼岸―ひいがん/中日/ひがん―嫁/姑

◆発想の飛躍と概念の操作

 発想の飛躍を「常識離れした連想」と仮定しますと、上述した図式の/(スラッシュ)の箇所に特にその意図的に飛躍させた概念の操作が見出せそうです。

 呪術的思考に典型的に見られますが、ヒトは本来は繋がりのない切り離されたモノの間にも繋がりを見出すことがあります。それは情報処理におけるエラーです。ですが、科学万能の時代においてもエラーであるはずの呪術的思考が完全には消え去ることがないのは、それが人間特有の思考様式の一部であるからかもしれません。昔話では意図的にエラーを起こすとでも言えるでしょうか。

 「彼岸」では、彼岸の読みを巡って言い争った嫁姑が和尚に裁定してもらうことで話をつけますが、和尚は双方の意見を取り入れた和解案を持ち出して勝敗がつかなかったという展開となっています。

 図式では「和尚―彼岸―ひいがん/中日/ひがん―嫁/姑」と表記しています。これを自由連想で細分化して展開すると「彼岸―嫁―ひいがん―姑―ひがん―言い争い―喧嘩―勝負―つかず―お寺―和尚―裁定―前の三日―ひいがん―後の三日―ひがん―中の一日―中日―勝負―つかず」となります。「和尚:彼岸→ひいがん/ひがん→裁定→ひいがん/中日/ひがん」と図式化すればいいでしょうか。「ひいがん」と「ひがん」という二項対立の不安定な図式を提示し、そこに両者の意見を取り入れて更に中日を設けるという三項鼎立といった安定した図式とする概念の操作が行われています。これらの連想を一瞬で行っていることになります。必ずしも二項対立を逆転させるだけが昔話の技法ではないことが分かります。

 以上のように、本文には現れない概念も重要な要素となっています。形態素解析で抽出したキーワードだけでは解釈を十全に行うことは難しいものと考えられます。可視化されていない文脈を読む、つまりできるだけ可視化するためには連想概念辞書も取り込んだ上で分析する方向に機能改善することが望まれると考えられます。

 転倒は一瞬で価値の逆転をもたらすことを可能とする点で濫用は慎むべき類の概念操作ですが、予想外の驚きをもたらす効果を発揮しますので、昔話では好んで用いられるようです。

 シェーマ分析は物語構造分析や評論において多用されますが、昔話ではこの二項対立で把握される図式の各項の属性を動的に転倒させていく(※必ずしも転倒に成功する訳ではない)ことで物語を転がしていくという技法が多用されると考えられます。むしろ転倒させることで二項対立の図式に持ち込むと見た方がいいでしょうか。静態から動態への認識の転換が求められるとでも言えるでしょうか。

 呪術的思考のような非合理的思考は人間の抱える弱点ですが、昔話においては逆に創造性の源ともなっていると考えることができます。

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「彼岸」ですと「彼岸を何と読むかで和尚に裁定してもらったが、和尚は双方の言い分を聞いて勝負がつかなかった」くらいでしょうか。

◆余談

 私はちょうどお彼岸の日に亡くなった同級生が夢に現れたことがあります。引っ越しするから手伝ってくれといったような夢でしたが、彼はようやく彼岸へ旅立ったのだなと思いました。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)p.460.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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