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2024年11月18日 (月)

行為項分析――炭焼き長者

◆あらすじ

 昔、京の都にお金持ちの家があって、その家に器量のよい娘がいた。ところが、どうしたことか縁談がない。聟に来てくれる者がないので、とうとう困って、易者のところへ行って見てもらった。すると易者がなんぼここの方で聟を貰おうと思っても、それはないと言うので、どうしたら良いかと訊くと、こっちからずっと西へ向けて五十里ほど行って今度は東北へ向けてずっとまた二十里ほど上がっていったところにお前の聟がいると言って聞かせた。娘はこれは大変なことだと思ったが、聟が欲しくてたまらないので、金もあることだし、財宝をみな売って路銀にして、西へ西へと下っていった。そして易者が言ったところまで行くと大きな川があった。そこから川についてまた何十里という道をよっこらよっこら歩いて上った。しかしなんぼ行っても、まったく聟になりそうな男はいない。ああ、これは何でも嘘だったのだろう。自分があまりに聟を欲しがるから、あんなことを言って聞かせたのだろう。まあ仕方ない、やりかけた事だから、もう少し行ってみようと思って行ったら、山の中へ入った。ところがその内に日が暮れてしまった。真っ暗な中を探りながら歩いていると、向こうの方に灯りが見えてきた。あそこに灯りが見えるから、灯りのあるところには人がいるに決まっているから、行って一つ宿を貸してもらおうと思って訪ねていった。中には炭焼きが一人いた。これこれで難儀をしている者だが、一夜宿を貸して下さいと言うと、炭焼きは、そんなことはできない。大体泊めるといったところで布団が一枚ある訳でもない、自分も寝間着をくるめてこもを着て寝るようなことだから、とてもいけない。こらえてくれ。それから食べさせるものもないと言って断った。何と言っても見たこともないきれいな娘だったから、炭焼きもたまげて、とても人間ではないと思った。それでも娘は今からどこへも行けないから、どうでも泊めて下さいという。炭焼きはいよいよ米が無くなったので、明日は買いに行こうと思うのだが、今食べる米もない。それでどうしようもないのだと言った。それでは米を買いにいってくださいと娘が言うと、買いに行こうと言っても夜だし、それに米のあるところまでは三里もある。とても行かれはいないと炭焼きは答えた。それでは夜が明けてから行きなさい。どうでもいいから今夜は泊めて下さいと言って、とうとうそこで泊めてもらった。夜が明けると娘はこれを持っていって米を買ってきなさいと言って小判を出した。すると、炭焼きはあんなものでは米はくれはしないと言った。それなら何で米を買うのかと娘が訊くと、それは炭を持っていかねば米でも醤油でもくれはしない。味噌でも塩でも皆炭で買うのだ。こんなものなら、ある所にはなんぼでもある。この前窯(かま)を作ろうと思って掘っていたら、この類いが出て邪魔になるから泥をかけておいたと言った。娘は驚いて行って掘ってみると、黄金がざくざく出てきた。それから二人は夫婦になって安楽に暮らした。後には加計(かけ)の炭屋と言う分限者になった。

◆モチーフ分析

・京の都に金持ちの家があって、器量のよい娘がいたが、どうしたことか縁談がない
・聟に来てくれる者がいないので、困って易者のところへ行って見てもらった
・易者がここの方で聟を貰おうと思ってもそれは無いと言った
・どうしたら良いか訊くと、ここから西へ向けて五十里ほど行って、今度は東北へ向けて二十里ほど上がっていったところに聟がいると言って聞かせた
・娘は聟が欲しくてたまらないので、財宝をみな売って路銀にして西へ西へと下っていった
・易者が言ったところまで行くと大きな川があった
・そこから川について何十里という道をよっこらと歩いて上った
・しかし、なんぼ行っても聟になりそうな男はいない
・これは嘘だったのだろう。自分が聟を欲しがるから、あんなことを言って聞かせたのだろうと思った
・やりかけた事だから、もう少し行ってみようと思って行ったら、山の中へ入った
・その内に日が暮れてしまった
・真っ暗な中を探りながら歩いていると、向こうの方に灯りが見えてきた
・灯りのあるところには人がいるに決まっているから、行って宿を貸してもらおうと思って訪ねていった
・中には炭焼きが一人いた
・一夜宿を貸して下さいと言うと、炭焼きは布団はないし食べさせるものもないからと言って断った
・炭焼きは見たこともないきれいな娘だったから、とても人間ではないと思った
・娘は今からどこへも行けないから、どうしても泊めてくださいと言った
・炭焼きは米が無くなったので、明日買いに行こうと思うのだが、今食べる米がないと言った
・娘はそれでは米を買いにいってくださいと言った
・炭焼きは米のあるところまでは三里もある、夜だし、とても行くことができないと答えた
・娘はそれでは夜が明けてから行きなさい、どうでもいいから今夜は泊めて下さいと言って、とうとうそこで泊めてもらった
・夜が明けると娘はこれを持っていって米を買ってきなさいと言って小判を出した
・炭焼きはそんなものでは米をくれはしないと言った
・それなら何で米を買うのか娘が訊くと、炭を持って行かねば、米でも醤油でも味噌でも塩でも買えないのだと炭焼きは言った
・炭焼きは小判の様なものなら、ある所にはなんぼでもある。この前窯を作ろうと思って掘っていたら、この類いが出て邪魔になるから泥をかけておいたと言った
・娘が驚いて行って掘ってみると、黄金がざくざく出てきた
・それから二人は夫婦になって安楽に暮らした
・後に加計の炭屋という分限者になった

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:娘
S2:易者
S3:炭焼き

O(オブジェクト:対象)
O1:京の都
O2:家
O3:縁談
O4:聟
O5:方角
O6:財宝
O7:路銀
O8:川
O9:嘘
O10:山
O11:灯り(炭焼きの家)
O12:誰か
O13:宿
O14:布団
O15:食べ物(米)
O16:小判(黄金)
O17:炭
O18:窯
O19:泥
O20:分限者

m(修飾語:Modifier)
m1:金持ちの
m2:器量よしの
m3:困惑した
m4:西へ
m5:川沿いに
m6:何十里も
m7:もう少し
m8:日暮れの
m9:暗い
m10:人でない
m11:明日
m12:三里離れた
m13:夜
m14:夜明け
m15:偏在した
m16:驚いた
m17:安楽に

X:どこか
T:時

+:接
-:離

・京の都に金持ちの家があって、器量のよい娘がいたが、どうしたことか縁談がない
(存在)O1京の都:O2家+m1金持ちの
(存在)O2家:S1娘+m2器量よしの
(良縁なし)S1娘:S1娘-O3縁談
・聟に来てくれる者がいないので、困って易者のところへ行って見てもらった
(良縁なし)S1娘:S1娘-O4聟
(困惑)S1娘:S1娘+m3困惑した
(占う)S1娘:S1娘+S2易者
・易者がここの方で聟を貰おうと思ってもそれは無いと言った
(占い)S2易者:O1京の都-O4聟
・どうしたら良いか訊くと、ここから西へ向けて五十里ほど行って、今度は東北へ向けて二十里ほど上がっていったところに聟がいると言って聞かせた
(質問)S1娘:S1娘+S2易者
(回答)S2易者:S1娘+O5方角
・娘は聟が欲しくてたまらないので、財宝をみな売って路銀にして西へ西へと下っていった
(欲求)S1娘:S1娘+O4聟
(売却)S1娘:S1娘-O6財宝
(換金)S1娘:S1娘+O7路銀
(西行)S1娘:S1娘+m4西へ
・易者が言ったところまで行くと大きな川があった
(到着)S1娘:S1娘+O5予言の地
(行き当たる)S1娘:S1娘+O8川
・そこから川について何十里という道をよっこらと歩いて上った
(遡行)S1娘:S1娘+m5川沿いに
(歩行)S1娘:S1娘+m6何十里も
・しかし、なんぼ行っても聟になりそうな男はいない
(不在)S1娘:S1娘-O4聟
・これは嘘だったのだろう。自分が聟を欲しがるから、あんなことを言って聞かせたのだろうと思った
(感慨)S1娘:S2易者+O9嘘
・やりかけた事だから、もう少し行ってみようと思って行ったら、山の中へ入った
(諦めず)S1娘:S1娘+m7もう少し
(山入り)S1娘:S1娘+O10山
・その内に日が暮れてしまった
(時間経過)T:T+m8日暮れの
・真っ暗な中を探りながら歩いていると、向こうの方に灯りが見えてきた
(探る)S1娘:S1娘+m9暗い
(逢着)S1娘:S1娘+O11灯り
・灯りのあるところには人がいるに決まっているから、行って宿を貸してもらおうと思って訪ねていった
(予測)O11灯り:O11灯り+O12誰か
(宿借り)S1娘:S1娘+O13宿
・中には炭焼きが一人いた
(存在)O11炭焼きの家:O11炭焼きの家+S3炭焼き
・一夜宿を貸して下さいと言うと、炭焼きは布団はないし食べさせるものもないからと言って断った
(宿借り)S1娘:S1娘+S3炭焼き
(宿借り)S1娘:S1娘+O13宿
(断る)S3炭焼き:S1娘-O13宿
(欠乏)S3炭焼き:S3炭焼き-(O14布団+O15食べ物)
・炭焼きは見たこともないきれいな娘だったから、とても人間ではないと思った
(評価)S3炭焼き:S1娘+m2器量よしの
(誤解)S3炭焼き:S1娘+m10人でない
・娘は今からどこへも行けないから、どうしても泊めてくださいと言った
(動けず)S1娘:S1娘-X
(宿借り)S1娘:S1娘+O13宿
・炭焼きは米が無くなったので、明日買いに行こうと思うのだが、今食べる米がないと言った
(欠乏)S3炭焼き:S3炭焼き-O15米
(予定)S3炭焼き:S3炭焼き+m11明日
・娘はそれでは米を買いにいってくださいと言った
(返答)S1娘:S3炭焼き+O15米
・炭焼きは米のあるところまでは三里もある、夜だし、とても行くことができないと答えた
(距離)O15米:O15米+m12三里離れた
(時刻)T:T+m13夜
(不能)S3炭焼き:S3炭焼き-O15米
・娘はそれでは夜が明けてから行きなさい、どうでもいいから今夜は泊めて下さいと言って、とうとうそこで泊めてもらった
(勧める)S1娘:S3炭焼き+m14夜明け
(要求)S1娘:S1娘+O13宿
(宿泊)S3炭焼き:S1娘+O13宿
・夜が明けると娘はこれを持っていって米を買ってきなさいと言って小判を出した
(夜明け)T:T+m14夜明け
(給付)S1娘:S3炭焼き+O16小判
・炭焼きはそんなものでは米をくれはしないと言った
(否定)S3炭焼き:O16小判-O15米
・それなら何で米を買うのか娘が訊くと、炭を持って行かねば、米でも醤油でも味噌でも塩でも買えないのだと炭焼きは言った
(質問)S1娘:S1娘+S3炭焼き
(回答)S3炭焼き:O17炭+O15食べ物
・炭焼きは小判の様なものなら、ある所にはなんぼでもある。この前窯を作ろうと思って掘っていたら、この類いが出て邪魔になるから泥をかけておいたと言った
(偏在)S3炭焼き:O16小判+m15偏在した
(掘削)S3炭焼き:S3炭焼き+O18窯
(出土)S3炭焼き:S3炭焼き+O16小判
(隠す)S3炭焼き;O16小判+O19泥
・娘が驚いて行って掘ってみると、黄金がざくざく出てきた
(驚愕)S1娘:S1娘+m16驚いた
(掘る)S1娘:S1娘+O19泥
(発見)S1娘:S1娘+O16黄金
・それから二人は夫婦になって安楽に暮らした
(結婚)S1娘:S1娘+S3炭焼き
(安楽な暮らし)(S1娘+S3炭焼き):(S1娘+S3炭焼き)+m17安楽に
・後に加計の炭屋という分限者になった
(成長)(S1娘+S3炭焼き):(S1娘+S3炭焼き)+O20分限者

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

    聴き手(占いを依頼した結果どうなるか)
           ↓
送り手(娘)→良縁を占ってもらう(客体)→ 受け手(易者)
           ↑
補助者(易者)→ 娘(主体)←反対者(なし)

    聴き手(占いの結果はどうなるか)
           ↓
送り手(易者)→適当な占いを返す(客体)→ 受け手(娘)
           ↑
補助者(なし)→ 易者(主体)←反対者(なし)

    聴き手(炭焼きとの関係はどうなるか)
           ↓
送り手(娘)→占いが外れたが、そのまま進むと行き当たる(客体)→ 受け手(炭焼き)
           ↑
補助者(なし)→ 娘(主体)←反対者(なし)

    聴き手(炭焼きとの関係はどうなるか)
           ↓
送り手(娘)→宿を求め、強引に泊まる(客体)→ 受け手(炭焼き)
           ↑
補助者(なし)→ 娘(主体)←反対者(なし)

     聴き手(なぜ小判は無価値なのか)
           ↓
送り手(炭焼き)→娘が渡した小判を無価値とする(客体)→ 受け手(娘)
           ↑
補助者(娘)→ 炭焼き(主体)←反対者(なし)

    聴き手(炭焼きとの関係はどうなるか)
           ↓
送り手(娘)→窯から黄金を発見、結婚する(客体)→ 受け手(炭焼き)
           ↑
補助者(炭焼き)→ 娘(主体)←反対者(なし)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。良縁に恵まれなかった金持ちの娘が易者に占ってもらったところ、遠く離れたところに聟となる相手がいるとの占いを得ます。それを信じた娘は財産を売り払って路銀に換え旅に出ます。ようやく辿り着きましたが、聟にふさわしい人間はいません。実は易者が適当な占いをしていたのでした。それでも娘は一度やりかけたことだからと諦めずに進んでいくと山の中に入り日が暮れてしまいました。灯りが見えたので行くと、そこは炭焼きの住まいでした。一夜の宿を求めると、炭焼きは自分は貧しいのでと断りますが、娘は強引に泊まってしまいます。翌朝、これで米を買うように小判を炭焼きに渡すと、炭焼きはそんなものはそこらにあると価値を認めませんでした。驚いた娘が窯の辺りを掘ると黄金が出てきました。二人は結婚し分限者となったという筋立てです。

 娘―易者、娘―炭焼き、小判―炭、といった対立軸が見受けられます。小判/炭の図式に小判の価値に気づいていない炭焼きの純朴さが暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

娘♌♎♁―炭焼き♂☾(☉)♎(-1)♁―易者♎(-1)

 といった風に表記できるでしょうか。黄金を価値を置くと、それを無価値と見なした炭焼きはマイナスの審判者♎(-1)と置けるでしょうか。黄金の価値を見抜いた娘は審判者♎であり享受者♁となります。炭焼きは初め娘を泊めようとしなかったので、一応対立者♂とも置けるでしょうか。黄金を発見する手がかりを与えますので援助者☾(☉)でもあります。易者は適当な占いをしますので、マイナスの審判者♎(-1)とおけるでしょう。

 良縁を授かることを価値☉と置くと、

娘♌♎♁―炭焼き♂☉♎(-1)―易者♎(-1)

と置けるでしょうか。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「娘は良縁を授かるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「そんなものは幾らでもあると小判の価値を認めない」でしょうか。「娘―小判/炭―炭焼き」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:娘は良縁を授かるか
        ↑
発想の飛躍:そんなものは幾らでもあると小判の価値を認めない

・娘―良縁/占い―易者
     ↑
・娘―小判/炭―炭焼き

◆発想の飛躍と概念の操作

 発想の飛躍を「常識離れした連想」と仮定しますと、上述した図式の/(スラッシュ)の箇所に特にその意図的に飛躍させた概念の操作が見出せそうです。

 呪術的思考に典型的に見られますが、ヒトは本来は繋がりのない切り離されたモノの間にも繋がりを見出すことがあります。それは情報処理におけるエラーです。ですが、科学万能の時代においてもエラーであるはずの呪術的思考が完全には消え去ることがないのは、それが人間特有の思考様式の一部であるからかもしれません。昔話では意図的にエラーを起こすとでも言えるでしょうか。

 「炭焼き長者」では、娘がこれで米を買えと小判を出したところ、炭焼きはそんなものはそこらにある。炭でないと米は買えないと答え、それが黄金発見のきっかけとなります。

 図式では「娘―小判/炭―炭焼き」と表記しています。これを自由連想で細分化して展開すると「娘―小判―渡す―米―買う/買えない―価値/無価値―炭―米―買う―小判―窯―掘る―出てくる―発言―気づく―窯―辺り―掘る―黄金―発見―炭焼き」となります。「炭焼き:小判→無価値/価値」と図式化すればいいでしょうか。小判より炭で米を買うといった無価値的な判断が、続く発言から価値あるものとして転倒される概念の操作が行われています。これらの連想を一瞬で行っていることになります。

 また、「娘:諦めない→外れた占い/良縁」とも図式化できるでしょうか。外れた占いにも関わらず一度始めたことだからと諦めずに行動し続けたことで良縁に転換するといった概念の操作が行われています。

 以上のように、本文には現れない概念も重要な要素となっています。形態素解析で抽出したキーワードだけでは解釈を十全に行うことは難しいものと考えられます。可視化されていない文脈を読む、つまりできるだけ可視化するためには連想概念辞書も取り込んだ上で分析する方向に機能改善することが望まれると考えられます。

 転倒は一瞬で価値の逆転をもたらすことを可能とする点で濫用は慎むべき類の概念操作ですが、予想外の驚きをもたらす効果を発揮しますので、昔話では好んで用いられるようです。

 シェーマ分析は物語構造分析や評論において多用されますが、昔話ではこの二項対立で把握される図式の各項の属性を動的に転倒させていく(※必ずしも転倒に成功する訳ではない)ことで物語を転がしていくという技法が多用されると考えられます。むしろ転倒させることで二項対立の図式に持ち込むと見た方がいいでしょうか。静態から動態への認識の転換が求められるとでも言えるでしょうか。

 呪術的思考のような非合理的思考は人間の抱える弱点ですが、昔話においては逆に創造性の源ともなっていると考えることができます。

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「炭焼き長者」ですと「娘が小判を出したところ、炭焼きはそんなものは幾らでもあると言って価値を認めなかったが、その発言で黄金が発見される」くらいでしょうか。

◆余談

 実際には黄金がそのまま出てくるはずはないのですが、鉱石を見分ける術を娘は知っていたのでしょうか。あるいはそこは古墳だったのかもしれません。夫婦は後に「加計の炭屋」と呼ばれるようになりますので、広島の加計辺りを想定したお話でしょうか。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.433-436.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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