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2024年11月

2024年11月30日 (土)

未来社『石見の民話』分析二周目、石西編が終わる。続いて三周目について

未来社『石見の民話』分析二周目、石西編がようやく終わった。これで全163話の分析が一巡した。今年の二月に思い立って始めたので、およそ十か月かかったことになる。石西編は収録話数が他地域に比べて若干多く大変だった。

特に石西編は横浜から浜田への引っ越し作業のピークと重なったので非常に苦しい思いをした。渦中にいたときは心身共に疲弊して「いつになったら終わるのだろう。一刻も早く解放されたい」とばかり願っていた。

書いている最中にかなり考えが変わったので、二巡目というかロールバックして最初から加筆修正を施していかなければならない。まあ、二周目で一番負荷がかかったのが行為項分析だったので(※慣れても毎回これは上手く記述できるだろうか? と疑問に思いながら作業していた)、その点では多少はマシかもしれないが。

大きく変化して方向性を決定づけたのが128話目の「女と蛇」なので、それ以前の127話分についてはかなりの加筆修正をしなければならない。やはり一日一話が限界だろう。順調にいっておよそ半年といったところだろうか。

加えて既に三周目も考えている。三周目ではKH Corderを用いたテキストマイニングを行いたいと考えている。テキストマイニングというのは本来はSNSの書き込みや口コミサイトのレビューといったビッグデータを解析する目的のツールである。要するにとても人力では読み切れないから、統計処理で大雑把な傾向を掴みたいという目的で用いられるのが第一義だろう。

日本の昔話はほとんどが掌編レベルのボリュームで、僕が起こしたあらすじも大体500~2000字くらいに収まるはずなので、目視で十分ではある。敢えてテキストマイニングにかける必要もないのだけど、裏で統計処理を施した結果が図解されるので、そういった意味ではこれまで行ってきた解釈の裏付けにはなるのではないかと考えている。おそらくこの程度のボリュームだと統計処理によって意外な結果が判明するということはないものと予想される。

で、分析の実施に当たってはコーディング・ルールを固めることが肝要となる。これは内容によってケースバイケースでこれといった解決策はないので、個別に試行錯誤するしかない。なので、当初は下準備を進めていき、それが全話終了してから改めてどういう方向性にするか考えたいといった次第である。

……という訳で、これ以降は水面下の作業となる。更新頻度は以前のようにひと月に数記事といったペースに戻るだろう。

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2024年11月29日 (金)

行為項分析――長い話

◆あらすじ

天からへこ(ふんどし)が下がった。

◆モチーフ分析

・天からふんどしが下がった

 『石見の民話』はこの163話目の「長い話」で終わります。今日はもう終わり。これ以上話しないよというニュアンスが込められたお話です。

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)

O(オブジェクト:対象)
O1:天
O2:ふんどし

m(修飾語:Modifier)
m1:下がった

+:接
-:離

・天からふんどしが下がった
(降臨)02ふんどし:O1天-O2ふんどし
(垂下)O2ふんどし:O2ふんどし+m1下がった

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

     聴き手(垂れ下がったふんどしをどう感じるか)
           ↓
送り手(ふんどし)→長く垂れ下がった(客体)→ 受け手(天)
           ↑
補助者(なし)→ ふんどし(主体)←反対者(なし)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。天もへこ(ふんどし)もオブジェクトです。つまり、その点で意思は介在しませんので行為項モデルは成立しないことになります。無理くり描くとこんな感じでしょうか。ふんどしは長い布ですので、タイトルの「長い話」へと繋がっていきます。それはこれまで続けられてきた長い昔話がこれで今日はおしまいという意味を告げています。

 天―ふんどし、といった対立軸が見受けられます。天上/天下という図式に聖なるものが暗喩されているようにも思えますが、垂れ下がるのはふんどしであるという点で尾籠さがおかしみとして暗喩されています。

 「長い話」は短い話ですが、それ故にテキストのみでの解釈は困難で、昔話を語る行為の終わりを意味するという文脈を汲まないと上手く解釈できないタイプの昔話となります。

 「長い話」をテキストのみで解釈するとナンセンスな話となりますが、お終いの昔話という文脈を考慮すると、「もうおしまい」という名残惜しさを笑いで閉めるというニュアンスが込められていることが理解できます。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

ふんどし♌♂☉(-1)―天☉

 といった風に表記できるでしょうか。これらはいずれもオブジェクトですので、意思は持ちません。そういう意味では分析不能と言えるでしょうか。無理くり解釈すると、天上の世界を意味する天そのものが価値☉とおけるでしょう。それに対して天下に垂れ下がるのがふんどしです。聖なる天上に対し、天下に垂れ下がるのは尾籠なふんどしです。マイナスの価値☉(-1)と置けるでしょう。ふんどしは主体♌であると同時に天の権威を下げている時点で対立者♂でもある訳です。それに対して天は何の判断も下していませんから審判者♎とはなり得ない訳です。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点はメタ視点的なもので「今日の昔話はこれで終わり」でしょうか。昔話の終盤を暗示する話です。それに対する発想の飛躍は「天とふんどしを結びつけること」でしょうか。「天上/天下―聖/尾籠―ふんどし」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:今日の昔話はこれで終わり
         ↑
発想の飛躍:天とふんどしを結びつけること

・昔話/語り―終わり/暗示
       ↑
・天上/天下―聖/尾籠―ふんどし

◆発想の飛躍と概念の操作

 発想の飛躍を「常識離れした連想」と仮定しますと、上述した図式の/(スラッシュ)の箇所に特にその意図的に飛躍させた概念の操作が見出せそうです。

 呪術的思考に典型的に見られますが、ヒトは本来は繋がりのない切り離されたモノの間にも繋がりを見出すことがあります。それは情報処理におけるエラーです。ですが、科学万能の時代においてもエラーであるはずの呪術的思考が完全には消え去ることがないのは、それが人間特有の思考様式の一部であるからかもしれません。昔話では意図的にエラーを起こすとでも言えるでしょうか。

 「長い話」では、このお話が始まることで今日の昔話は終わりということが暗示されます。「もう終わり」という名残惜しさに対してふんどしが天から垂れ下がるという尾籠さで笑いを誘う仕掛けとなっています。

 図式では「天上/天下―聖/尾籠―ふんどし」と表記しています。これを自由連想で細分化して展開すると「天―聖―世界―垂れる―ふんどし―下着―長い―尾籠―笑い―昔話―今日―終わり」となります。

 「ふんどし:天上/天下→聖/尾籠→笑い」と図式化すればいいでしょうか。聖なる天上から天下に垂れ下がるのが尾籠なふんどしという図式で聖なるものが尾籠なものとして転倒される、そして笑いに転換される、そういった概念の操作が行われています。これらの連想を一瞬で行っていることになります。

 以上のように、本文には現れない概念も重要な要素となっています。形態素解析で抽出したキーワードだけでは解釈を十全に行うことは難しいものと考えられます。可視化されていない文脈を読む、つまりできるだけ可視化するためには連想概念辞書も取り込んだ上で分析する方向に機能改善することが望まれると考えられます。

 転倒は一瞬で価値の逆転をもたらすことを可能とする点で濫用は慎むべき類の概念操作ですが、予想外の驚きをもたらす効果を発揮しますので、昔話では好んで用いられるようです。

 シェーマ分析は物語構造分析や評論において多用されますが、昔話ではこの二項対立で把握される図式の各項の属性を動的に転倒させていく(※必ずしも転倒に成功する訳ではない)ことで物語を転がしていくという技法が多用されると考えられます。むしろ転倒させることで二項対立の図式に持ち込むと見た方がいいでしょうか。静態から動態への認識の転換が求められるとでも言えるでしょうか。

 呪術的思考のような非合理的思考は人間の抱える弱点ですが、昔話においては逆に創造性の源ともなっていると考えることができます。

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「長い話」ですと「天からふんどしが垂れ下がった」くらいでしょうか。

◆余談

 天使の梯子(はしご)の様なものでしょうか。ここでは、ふんどしという下着を描写することで尾籠(びろう)さを表現して笑いを誘う意図が見えます。ひとしきり笑ったところで今日の昔話は終わりという図式です。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)p.469.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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行為項分析――果てなしばなし

◆あらすじ

 とんとん昔もあった。大きな渕があって、その縁(へり)に大きな栃(とち)の木があった。秋になってその実が落ちはじめた。「からから どんぶり からから どんぶり」

◆モチーフ分析

・大きな渕があって、その縁に大きな栃の木があった
・秋になってその実が落ちはじめた
・からから どんぶり からから どんぶり

 「果てなしばなし」は『石見の民話』に収録された全163話の内、162話目に当たります。つまり、「昔話はそろそろ終わりだよ」と告げるニュアンスが言外に込められているのです。そういった点ではテキストのみでの分析では足りず、文脈を読むことが求められるお話となります。

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)

O(オブジェクト:対象)
O1:渕
O2:栃の木
O3:栃の実

m(修飾語:Modifier)
m1:大きな
m2:秋
m3:からから
m4:どんぶり

X:どこか
T:時

+:接
-:離

・大きな渕があって、その縁に大きな栃の木があった
(存在)X:X+O1渕
(程度)O1渕:O1渕+m1大きな
(隣接)O2栃の木:O2栃の木+O1渕
・秋になってその実が落ちはじめた
(季節)T:T+m2秋
(落下)O3栃の実:O3栃の実-O2栃の木
・からから どんぶり からから どんぶり
(オノマトペ)O3栃の実:O3栃の実+(m3からから+m4どんぶり)

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

     聴き手(オノマトペをどう感じるか)
           ↓
送り手(栃の実)→(客体)→ 受け手(聴き手)
           ↑
補助者(なし)→ 栃の実(主体)←反対者(なし)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。このお話に登場する渕も栃の木も栃の実もいずれもオブジェクトです。つまり、そこにヒトの意思は働いていません。その点で行為項モデルは成立しないことになりますが、無理くり描くとこんな感じでしょうか。栃の実はどんぐりと置き換えられるでしょう。「からから」はどんぐりが風に揺られる様でしょうか。「どんぶり」はよく分かりませんが、地面か渕に落ちる様でしょうか。

 渕―栃の木、栃の木―栃の実、といった対立軸が見受けられます。からから/どんぶりといったオノマトペの対比の図式に静寂さとそこからもたらされる永遠性が暗喩されているでしょうか。そうしてタイトルの「果てなしばなし」へと繋がっていきます。

 「果てなしばなし」は短い話ですが、それ故にテキストのみでの解釈は困難で、昔話を語る行為の終わりを意味するという文脈を汲まないと上手く解釈できないタイプの昔話となります。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

栃の実♌☉―栃の木☾(☉)―渕☾(☾(☉))

 といった風に表記できるでしょうか。これらはいずれもオブジェクトですので、意思は持ちません。そういう意味では分析不能と言えるでしょうか。無理くり解釈すると、秋の実りを価値☉と置けるでしょうか。その点では栃の実は価値☉とおけるでしょう。栃の木はその援助者☾(☉)、渕は更にその援助者☾(☾(☉))とでもおけるでしょうか。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点はメタ視点的なもので「昔話はもう終わってしまうのか」でしょうか。昔話の終盤を暗示する話です。それに対する発想の飛躍は「実が落ちる様を『からから どんぶり』と形容すること」でしょうか。「栃の実―落ちる―どんぶり/からから―静寂/永続」といった図式です。「もう終わり」という感情に対してオノマトペで永続性を表現しています。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:昔話はもう終わってしまうのか
         ↑
発想の飛躍:実が落ちる様を『からから どんぶり』と形容すること

・昔話/語り―終盤/暗示
      ↑
・栃の実―落ちる―どんぶり/からから―静寂/永続

◆発想の飛躍と概念の操作

 発想の飛躍を「常識離れした連想」と仮定しますと、上述した図式の/(スラッシュ)の箇所に特にその意図的に飛躍させた概念の操作が見出せそうです。

 呪術的思考に典型的に見られますが、ヒトは本来は繋がりのない切り離されたモノの間にも繋がりを見出すことがあります。それは情報処理におけるエラーです。ですが、科学万能の時代においてもエラーであるはずの呪術的思考が完全には消え去ることがないのは、それが人間特有の思考様式の一部であるからかもしれません。昔話では意図的にエラーを起こすとでも言えるでしょうか。

 「果てなしばなし」では、このお話が始まることで昔話はそろそろ終わりということが暗示されます。「もう終わり」という名残惜しさに対して「からから どんぶり」と昔話の永続性がオノマトペで表現されます。

 図式では「栃の実―落ちる―どんぶり/からから―静寂/永続」と表記しています。これを自由連想で細分化して展開すると「栃の木―秋―栃の実―実る―落ちる―からから―どんぶり―オノマトペ―無意味―静寂―連想―永続―連想―昔話―終盤―またいずれ」となります。

 「栃の実:オノマトペ→無意味→静寂/永続←語り/終わり」と図式化すればいいでしょうか。オノマトペ自体には意味がありません。受け手によって解釈は異なるでしょう。ここでは静寂と解釈しました。それは永続性へと転換されます。それは語りの終わりに際して提示されることで「またいずれ」と告げるニュアンスを持つことになるでしょう。終わりだから永続性を語る訳です。これらの連想を一瞬で行っていることになります。

 以上のように、本文には現れない概念も重要な要素となっています。形態素解析で抽出したキーワードだけでは解釈を十全に行うことは難しいものと考えられます。可視化されていない文脈を読む、つまりできるだけ可視化するためには連想概念辞書も取り込んだ上で分析する方向に機能改善することが望まれると考えられます。

 転倒は一瞬で価値の逆転をもたらすことを可能とする点で濫用は慎むべき類の概念操作ですが、予想外の驚きをもたらす効果を発揮しますので、昔話では好んで用いられるようです。

 シェーマ分析は物語構造分析や評論において多用されますが、昔話ではこの二項対立で把握される図式の各項の属性を動的に転倒させていく(※必ずしも転倒に成功する訳ではない)ことで物語を転がしていくという技法が多用されると考えられます。むしろ転倒させることで二項対立の図式に持ち込むと見た方がいいでしょうか。静態から動態への認識の転換が求められるとでも言えるでしょうか。

 呪術的思考のような非合理的思考は人間の抱える弱点ですが、昔話においては逆に創造性の源ともなっていると考えることができます。

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「果てなしばなし」ですと「秋になって実った栃の実が静かに落ちた」くらいでしょうか。

◆余談

 栃の木ですので、どんぐりでしょう。秋になって実がなった様を描いています。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)p.469.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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行為項分析――なさけない

◆あらすじ

 昔、お爺さんとお婆さんがいた。お婆さんは菜を買いに行った。お爺さんは酒を買いに行った。どちらもなかったので、なさけないと言った。

◆モチーフ分析

・お爺さんとお婆さんがいた
・お婆さんは菜を買いに行った
・お爺さんは酒を買いに行った
・どちらもなかったので、なさけないと言った

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:爺さん
S2:婆さん

O(オブジェクト:対象)
O1:菜
O2:酒

m(修飾語:Modifier)
m1:なさけない

X:どこか

+:接
-:離

・お爺さんとお婆さんがいた
(存在)X:X+(S1爺さん+S2婆さん)
・お婆さんは菜を買いに行った
(買う)S2婆さん:S2婆さん+O1菜
・お爺さんは酒を買いに行った
(買う)S1爺さん:S1爺さん+O2酒
・どちらもなかったので、なさけないと言った
(買えず)S2婆さん:S2婆さん-O1菜
(買えず)S1爺さん:S1爺さん-O2酒
(嘆息)(S1爺さん+S2婆さん):(S1爺さん+S2婆さん)+m1なさけない

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

     聴き手(買えなかった結果どうなるか)
           ↓
送り手(婆さん)→買いに行くが無い(客体)→ 受け手(菜)
           ↑
補助者(なし)→ 婆さん(主体)←反対者(なし)

     聴き手(買えなかった結果どうなるか)
           ↓
送り手(爺さん)→買いに行くが無い(客体)→ 受け手(酒)
           ↑
補助者(なし)→ 爺さん(主体)←反対者(なし)

     聴き手(洒落を含んだ嘆息をどう感じるか)
           ↓
送り手(爺さん、婆さん)→買いに行くが無い(客体)→ 受け手(爺さん、婆さん)
           ↑
補助者(なし)→ 爺さん、婆さん(主体)←反対者(なし)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。お婆さんが菜を買いに、お爺さんが酒を買いに行ったところ、いずれもありませんでした。菜と酒がなかったので「なさけない」と嘆息したという筋立てです。

 爺さん―婆さん、婆さん―菜、爺さん―酒、といった対立軸が見受けられます。菜/酒/なさけないの図式に落胆を洒落のめす爺さんと婆さんのユーモアが暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

爺さん♌♁(-1)♎―婆さん♌♁(-1)♎

 といった風に表記できるでしょうか。望みのものを入手することを価値☉と置くと、爺さんと婆さんはいずれも享受者♁となりますが、ここではいずれも入手できませんので
マイナスの享受者♁(-1)としてもいいでしょうか。それぞれ別行動のようですので、相互に援助者ではありません。最後に「なさけない」と洒落含みの嘆息をしますので、両者とも審判者♎と置けるでしょう。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「爺さんと婆さんは望むものを入手できるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「なさけないと洒落のめした嘆息をすること」でしょうか。「爺さん/婆さん―入手できず/嘆息―菜/酒」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:爺さんと婆さんは望むものを入手できるか
         ↑
発想の飛躍:なさけないと洒落のめした嘆息をすること

・婆さん―入手できず―菜
・爺さん―入手できず―酒
       ↑
・爺さん/婆さん―入手できず/嘆息―菜/酒

◆発想の飛躍と概念の操作

 発想の飛躍を「常識離れした連想」と仮定しますと、上述した図式の/(スラッシュ)の箇所に特にその意図的に飛躍させた概念の操作が見出せそうです。

 呪術的思考に典型的に見られますが、ヒトは本来は繋がりのない切り離されたモノの間にも繋がりを見出すことがあります。それは情報処理におけるエラーです。ですが、科学万能の時代においてもエラーであるはずの呪術的思考が完全には消え去ることがないのは、それが人間特有の思考様式の一部であるからかもしれません。昔話では意図的にエラーを起こすとでも言えるでしょうか。

 「なさけない」では、婆さんは菜を、爺さんは酒を入手できなかったため、合わせて「なさけない」と嘆息しています。

 図式では「爺さん/婆さん―入手できず/嘆息―菜/酒」と表記しています。これを自由連想で細分化して展開すると「婆さん―菜―入手―行動―入手できず―爺さん―酒―入手―行動―入手できず―な―さけ―欠乏―嘆息―洒落―なさけない―情けない」となります。「爺さん/婆さん:菜/酒→入手できず→嘆息/洒落」と図式化すればいいでしょうか。「菜」と「酒」から意味が剥奪されて「な」と「さけ」となります。それらが結合され、欠乏を表す「ない」とも結合され「な+さけ+ない」から「なさけない」「情けない」となります。つまり、何もない状況を洒落のめして「情けない」と表現する訳です。ここでは欠乏による嘆息を洒落に転倒するといった概念の操作がここでは行われています。これらの連想を一瞬で行っていることになります。

 シニフィアンとシニフィエでしたか、どちらがどちらか失念しましたが、記号や言語は「意味するもの」と「意味されるもの」とに分かれます。信号の「赤」が「止まれ」なら「止まれ:意味するもの」と「赤:意味されるもの」といった具合です。ここでは「意味されるもの」は固定でありつつも、それらが結合されることで「意味するもの」の入れ替えが行われている訳です。

 以上のように、本文には現れない概念も重要な要素となっています。形態素解析で抽出したキーワードだけでは解釈を十全に行うことは難しいものと考えられます。可視化されていない文脈を読む、つまりできるだけ可視化するためには連想概念辞書も取り込んだ上で分析する方向に機能改善することが望まれると考えられます。

 転倒は一瞬で価値の逆転をもたらすことを可能とする点で濫用は慎むべき類の概念操作ですが、予想外の驚きをもたらす効果を発揮しますので、昔話では好んで用いられるようです。

 シェーマ分析は物語構造分析や評論において多用されますが、昔話ではこの二項対立で把握される図式の各項の属性を動的に転倒させていく(※必ずしも転倒に成功する訳ではない)ことで物語を転がしていくという技法が多用されると考えられます。むしろ転倒させることで二項対立の図式に持ち込むと見た方がいいでしょうか。静態から動態への認識の転換が求められるとでも言えるでしょうか。

 呪術的思考のような非合理的思考は人間の抱える弱点ですが、昔話においては逆に創造性の源ともなっていると考えることができます。

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「なさけない」ですと「菜も酒もなかったのを洒落のめして『なさけない』と言った」くらいでしょうか。

◆余談

 年末のお話でしょうか。爺さんと婆さんには自分の思い通りにならなくても、その状況を洒落のめす程度の心の余裕はあるということでしょう。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)p.468.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年11月28日 (木)

行為項分析――八人の座頭

◆あらすじ

 昔、八人の座頭が山路を歩いていた。すると、路の上へ木の切株がにょきっとのぞいていた。真っ先を歩いていた座頭がごつんと切株で頭を打った。座頭は痛いのをこらえて黙っていた。二番目の座頭もごつんと頭を打った。その座頭も痛いのをこらえて黙っていた。三番目の座頭も頭を打った。そして皆ごつんごつんと頭を打った。そのとき一番目の座頭が今何時(なんどき)じゃと言った。すると一番後ろの座頭が八つの頭(かしら)を今打ったと言った。

◆モチーフ分析

・八人の座頭が山路を歩いていた
・すると路の上へ木の切株がにょきっとのぞいていた
・真っ先を歩いていた座頭がごつんと切株で頭を打った
・座頭は痛いのをこらえて黙っていた
・二番目の座頭もごつんと頭を打った
・その座頭も痛いのをこらえて黙っていた
・三番目の座頭も頭を打った
・そして皆ごつんごつんと頭を打った
・一番目の座頭が今何時じゃと言った
・すると一番後ろの座頭が八つの頭を今打ったと言った

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:座頭
S2:座頭
S3:座頭
S4:座頭
S5:座頭
S6:座頭
S7:座頭
S8:座頭

O(オブジェクト:対象)
O1:山路
O2:切株
O3:頭(あたま、かしら)

m(修飾語:Modifier)
m1:ごつんと
m2:無言
m3:耐えて
m4:何時か
m5:八つ
m6:打った
m7:頭

X:どこか
T:時

+:接
-:離

・八人の座頭が山路を歩いていた
(歩行)(S1座頭+S2座頭+……+S8座頭):(S1座頭+S2座頭+……+S8座頭)+O1山路
・すると路の上へ木の切株がにょきっとのぞいていた
(存在)O1山路:O1山路+O2切株
・真っ先を歩いていた座頭がごつんと切株で頭を打った
(ぶつかる)S1座頭:S1座頭+O2切株
(状態)S1座頭:O3頭+m1ごつんと
・座頭は痛いのをこらえて黙っていた
(無言で耐える)S1座頭:S1座頭+(m2無言+m3耐えて)
・二番目の座頭もごつんと頭を打った
(ぶつかる)S2座頭:S2座頭+O2切株
(状態)S2座頭:O3頭+m1ごつんと
・その座頭も痛いのをこらえて黙っていた
(無言で耐える)S2座頭:S2座頭+(m2無言+m3耐えて)
・三番目の座頭も頭を打った
(ぶつかる)S3座頭:S3座頭+O2切株
(状態)S3座頭:O3頭+m1ごつんと
・そして皆ごつんごつんと頭を打った
(ぶつかる)(S4座頭+S5座頭+……+S8座頭):(S4座頭+S5座頭+……+S8座頭)+O2切株
(状態)(S4座頭+S5座頭+……+S8座頭):O3頭+m1ごつんと
・一番目の座頭が今何時じゃと言った
(尋ねる)S1座頭:S1座頭+(S2座頭+S3座頭+……+S8座頭)
(尋ねる)S1座頭:T+m4何時か
・すると一番後ろの座頭が八つの頭を今打ったと言った
(回答)S8座頭:S8座頭+S1座頭
(回答)S8座頭:O3頭(かしら)+(m5八つ+m6打った)
(意味)S8座頭:T+(m5八つ+m7頭)

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

     聴き手(座頭が耐えた結果どうなるか)
           ↓
送り手(座頭)→切株にぶつかるが無言で耐える(客体)→ 受け手(座頭)
           ↑
補助者(なし)→ 座頭(主体)←反対者(なし)

     聴き手(座頭が皆耐えた結果どうなるか)
           ↓
送り手(座頭)→ぶつかるのが連鎖する(客体)→ 受け手(座頭)
           ↑
補助者(なし)→ 座頭(主体)←反対者(なし)

       聴き手(今は何時か)
           ↓
送り手(先頭の座頭)→何時か訊く(客体)→ 受け手(座頭)
           ↑
補助者(なし)→ 座頭(主体)←反対者(なし)

       聴き手(皮肉な回答をどう感じるか)
            ↓
送り手(後ろの座頭)→頭を八つ打ったから八つだと答える(客体)→ 受け手(先頭の座頭)
            ↑
補助者(なし) → 座頭(主体)←反対者(なし)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。八人の座頭が山道を歩いていたところ、切り株に頭をぶつけてしまいます。無言で耐えたため連鎖して皆ぶつけてしまいます。先頭の座頭が今何時か尋ねたところ、しんがりの座頭が頭を八つ打ったから八つだと答えたという筋立てです。

 座頭―座頭、座頭―切株、先頭の座頭―一番後ろの座頭、といった対立軸が見受けられます。あたま/かしらの図式に黙っていたから皆頭をぶつけてしまったという非難が暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

S1座頭♌♁(-1)―S2座頭♁(-1)―S3座頭♁(-1)―……―S8座頭♁(-1)♎

 といった風に表記できるでしょうか。安全に歩くことを価値☉と置くと、座頭たちは皆頭をぶつけてしまいますので、マイナスの享受者♁(-1)と置けるでしょうか。一番後ろの座頭は先頭の座頭の今何時かという問いかけに皮肉で返しますので審判者♎と置けるでしょうか。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「座頭の受忍はどう帰結するか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「痛みを耐えて黙っていたら失敗が連鎖してしまう」「頭をぶつけたことを時刻に置き換えて皮肉を言う」でしょうか。「座頭―ぶつける―連鎖」「しんがりの座頭―あたま/かしら―先頭の座頭」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:座頭の受忍はどう帰結するか
         ↑
発想の飛躍:痛みを耐えて黙っていたら失敗が連鎖してしまう
      頭をぶつけたことを時刻に置き換えて皮肉を言う

・座頭―切株/頭―耐える
     ↑
・座頭―ぶつける―連鎖
・しんがりの座頭―あたま/かしら―先頭の座頭

◆発想の飛躍と概念の操作

 発想の飛躍を「常識離れした連想」と仮定しますと、上述した図式の/(スラッシュ)の箇所に特にその意図的に飛躍させた概念の操作が見出せそうです。

 呪術的思考に典型的に見られますが、ヒトは本来は繋がりのない切り離されたモノの間にも繋がりを見出すことがあります。それは情報処理におけるエラーです。ですが、科学万能の時代においてもエラーであるはずの呪術的思考が完全には消え去ることがないのは、それが人間特有の思考様式の一部であるからかもしれません。昔話では意図的にエラーを起こすとでも言えるでしょうか。

 「八人の座頭」では、先頭の座頭が痛みをこらえて黙っていたため、切株に頭をぶつける失敗が連鎖してしまいます。

 図式では「座頭―ぶつける―連鎖」と表記しています。これを自由連想で細分化して展開すると「座頭―先頭―切株―頭(あたま)―ぶつける―痛み―耐える―無言―次―座頭―ぶつける―切株―連鎖―八つ―問う―何時―頭(かしら)―八つ―打った―皮肉―返す―しんがり―座頭」となります。「座頭:頭→ぶつける→連鎖→あたま/かしら→刻」と図式化すればいいでしょうか。八人の頭(あたま)をぶつけてしまうという連鎖が起きる訳ですが、「あたま」を「かしら」と転換させることで今の時刻は八つだと表す、つまり更に「頭」が「刻」に転換されるといった概念の操作がここでは行われています。これらの連想を一瞬で行っていることになります。

 以上のように、本文には現れない概念も重要な要素となっています。形態素解析で抽出したキーワードだけでは解釈を十全に行うことは難しいものと考えられます。可視化されていない文脈を読む、つまりできるだけ可視化するためには連想概念辞書も取り込んだ上で分析する方向に機能改善することが望まれると考えられます。

 転倒は一瞬で価値の逆転をもたらすことを可能とする点で濫用は慎むべき類の概念操作ですが、予想外の驚きをもたらす効果を発揮しますので、昔話では好んで用いられるようです。

 シェーマ分析は物語構造分析や評論において多用されますが、昔話ではこの二項対立で把握される図式の各項の属性を動的に転倒させていく(※必ずしも転倒に成功する訳ではない)ことで物語を転がしていくという技法が多用されると考えられます。むしろ転倒させることで二項対立の図式に持ち込むと見た方がいいでしょうか。静態から動態への認識の転換が求められるとでも言えるでしょうか。

 呪術的思考のような非合理的思考は人間の抱える弱点ですが、昔話においては逆に創造性の源ともなっていると考えることができます。

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「八人の座頭」ですと「痛いのを我慢していたら、八人とも頭を打ったので、八つの頭を今打ったと皮肉を返した」くらいでしょうか。

◆余談

 不意に頭を打ったときはかなり痛いのですが、皆こらえていたというのも面白みがあります。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)p.467.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年11月27日 (水)

行為項分析――おばあさんと小僧

◆あらすじ

 昔、お婆さんがいた。毎日毎日お寺へ参っては、仏さまの前へ座って、仏さま、この世に自分のようなふ(運)の悪いものはいない。どうぞ早くあの世へ引き取ってくれと言ってお願いしていた。寺にいたずらな小僧がいた。毎日毎日お婆さんがやってきて、同じことをお願いするので、ひとつ悪戯(いたずら)をしてやろうと思った。ある日仏さまの後ろへ隠れて待っていると、お婆さんはいつもの様にやってきて、仏さまの前へ座ってお願いをした。すると小僧が後ろから、よし、お前は毎日きて熱心に頼むから、明日のこの頃には引き取ってやる。安心するがよいと言った。お婆さんはびっくりして、まあ、これの仏さまのような冗談(どうたん)も言えないと言って飛んで帰った。

◆モチーフ分析

・お婆さんがいた
・毎日お寺へ参っては、仏さまの前へ座って、この世に自分ほど運の悪いものはいないから、どうか早くあの世へ引き取ってくれとお願いしていた
・寺にいたずらな小僧がいた
・毎日お婆さんがやってきて同じことをお願いするので、ひとつ悪戯してやろうと思った
・ある日、仏さまの後ろへ隠れて待っていると、お婆さんがいつもの様にやってきて、仏様の前へ座ってお願いをした
・小僧が後ろから、よし、お前は毎日来て熱心に頼むから、明日のこの頃には引き取ってやる。安心するがよいと言った
・お婆さんはびっくりして、まあ、仏さまの様な冗談も言えないと言って飛んで帰った

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:ばあさん
S2:小僧(仏さま)

O(オブジェクト:対象)
O1:寺
O2:仏さま
O3:お迎え
O4:悪戯
O5:冗談

m(修飾語:Modifier)
m1:毎日
m2:不運な
m3:世界一
m4:いたずらな
m5:ある日
m6:明日には
m7:驚いた

X:どこか
T:時

+:接
-:離

・お婆さんがいた
(存在)X:X+S1ばあさん
・毎日お寺へ参っては、仏さまの前へ座って、この世に自分ほど運の悪いものはいないから、どうか早くあの世へ引き取ってくれとお願いしていた
(参拝)S1ばあさん:S1ばあさん+O1寺
(頻度)S1ばあさん:S1ばあさん+m1毎日
(対座)S1ばあさん:S1ばあさん+O2仏さま
(嘆き)S1ばあさん:S1ばあさん+(m2不運な+m3世界一)
(希求)S1ばあさん:S1ばあさん+O3お迎え
・寺にいたずらな小僧がいた
(存在)O1寺:O1寺+S2小僧
(性質)S2小僧:S2小僧+m4いたずらな
・毎日お婆さんがやってきて同じことをお願いするので、ひとつ悪戯してやろうと思った
(着想)S2小僧:S2小僧+S1ばあさん
(着想)S2小僧:S1ばあさん+O4悪戯
・ある日、仏さまの後ろへ隠れて待っていると、お婆さんがいつもの様にやってきて、仏様の前へ座ってお願いをした
(時)T:T+m5ある日
(隠れる)S2小僧:O2仏さま+S2小僧
(待機)S2小僧:S2小僧+S1ばあさん
(参拝)S1ばあさん:S1ばあさん+O2仏さま
(願う)S1ばあさん:S1ばあさん+O3お迎え
・小僧が後ろから、よし、お前は毎日来て熱心に頼むから、明日のこの頃には引き取ってやる。安心するがよいと言った
(なりすまし)S2仏さま:S1ばあさん+O3お迎え
(予告)T:T+m6明日には
・お婆さんはびっくりして、まあ、仏さまの様な冗談も言えないと言って飛んで帰った
(驚愕)S1ばあさん:S1ばあさん+m7驚いた
(慨嘆)S1ばあさん:O3お迎え+O5冗談
(帰る)S1ばあさん:S1ばあさん-O1寺

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

     聴き手(ばあさんの願いをどう思うか)
           ↓
送り手(ばあさん)→お迎えを願う(客体)→ 受け手(仏さま)
           ↑
補助者(なし)→ ばあさん(主体)←反対者(なし)

     聴き手(小僧の思いつきはどんな悪戯か)
           ↓
送り手(小僧)→悪戯を思いつく(客体)→ 受け手(ばあさん)
           ↑
補助者(なし)→ 小僧(主体)←反対者(ばあさん)

    聴き手(ばあさんはどんな反応をするか)
           ↓
送り手(小僧)→仏になりすます(客体)→ 受け手(ばあさん)
           ↑
補助者(仏さま)→ 小僧(主体)←反対者(ばあさん)

     聴き手(ばあさんの掌返しをどう思うか)
            ↓
送り手(ばあさん)→お迎えは冗談だと覆す(客体)→ 受け手(小僧)
            ↑
補助者(仏さま)→ ばあさん(主体)←反対者(小僧)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。熱心にお寺参りして仏さまに自分ほど運の無い人間はいないから早くお迎えに来てくれと祈るばあさんがいました。そんな姿を見た小僧が悪戯を思いつきます。ある日、仏さまの裏に隠れた小僧はばあさんがやって来ると仏さまになりすまして明日には願いを叶えてやるとお告げをします。驚いたばあさんはあれは冗談だと掌返ししてしまったという筋立てです。

 ばあさん―仏さま、小僧―ばあさん、小僧―仏さま、といった対立軸が見受けられます。信心/冗談と掌返しされる図式にいざとなると命惜しくなってしまう人間の性が暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

ばあさん♌♁(-1)―小僧♂―仏さま☉☾(♂)

 といった風に表記できるでしょうか。早くお迎えをという願いを叶えることを価値☉と置くと、ばあさんは享受者♁となります。ところが小僧の悪戯で掌返ししてしまいますので、マイナスの享受者♁(-1)と置けるでしょうか。小僧を対立者と置くと、小僧がなりすました仏さまはその援助者☾(♂)と置けるでしょうか。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「ばあさんの長年の信心は叶えられるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「小僧が仏さまになりすまして悪戯する」「ばあさんがあっさり掌返しする」でしょうか。「ばあさん―信心/冗談―仏さま/小僧」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:ばあさんの長年の信心は叶えられるか
        ↑
発想の飛躍:小僧が仏さまになりすまして悪戯する

・ばあさん―お迎え―仏さま
       ↑
・ばあさん―信心/冗談―仏さま/小僧

◆発想の飛躍と概念の操作

 発想の飛躍を「常識離れした連想」と仮定しますと、上述した図式の/(スラッシュ)の箇所に特にその意図的に飛躍させた概念の操作が見出せそうです。

 呪術的思考に典型的に見られますが、ヒトは本来は繋がりのない切り離されたモノの間にも繋がりを見出すことがあります。それは情報処理におけるエラーです。ですが、科学万能の時代においてもエラーであるはずの呪術的思考が完全には消え去ることがないのは、それが人間特有の思考様式の一部であるからかもしれません。昔話では意図的にエラーを起こすとでも言えるでしょうか。

 「おばあさんと小僧」では、小僧に悪戯されたばあさんは長年の信心をあっさり掌返しして生命への執着を見せてしまいます。

 図式では「ばあさん―信心/冗談―仏さま/小僧」と表記しています。これを自由連想で細分化して展開すると「ばあさん―長年―熱心―お迎え―希求―小僧―悪戯―着想―仏さま―背後―隠れる―なりすます―お告げ―願い―叶える―明日にも―驚愕―信心―掌返し―冗談」となります。「ばあさん:小僧/仏さま→お告げ→信心/冗談」と図式化すればいいでしょうか。小僧が仏さまになりすます、つまり小僧から仏への置換がまず為され、その偽りのお告げによってばあさんは長年の信心と希求をあっさり掌返しして「あれは冗談だ」と言い訳してしまう、つまり信心が冗談に瞬時に転倒されるといった概念の操作がここでは行われています。これらの連想を一瞬で行っていることになります。

 以上のように、本文には現れない概念も重要な要素となっています。形態素解析で抽出したキーワードだけでは解釈を十全に行うことは難しいものと考えられます。可視化されていない文脈を読む、つまりできるだけ可視化するためには連想概念辞書も取り込んだ上で分析する方向に機能改善することが望まれると考えられます。

 転倒は一瞬で価値の逆転をもたらすことを可能とする点で濫用は慎むべき類の概念操作ですが、予想外の驚きをもたらす効果を発揮しますので、昔話では好んで用いられるようです。

 シェーマ分析は物語構造分析や評論において多用されますが、昔話ではこの二項対立で把握される図式の各項の属性を動的に転倒させていく(※必ずしも転倒に成功する訳ではない)ことで物語を転がしていくという技法が多用されると考えられます。むしろ転倒させることで二項対立の図式に持ち込むと見た方がいいでしょうか。静態から動態への認識の転換が求められるとでも言えるでしょうか。

 呪術的思考のような非合理的思考は人間の抱える弱点ですが、昔話においては逆に創造性の源ともなっていると考えることができます。

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「おばあさんと小僧」ですと「願いを叶えてやるとお告げされたところ、それは冗談だとばあさんは掌返しした」くらいでしょうか。

◆余談

 ばあさんが小僧の声を真に受けてしまうところが魅力的です。私自身、死の恐怖は理屈では割り切れないのだなと痛感したことがありますので、生への執着は普遍的なものでしょう。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.465-466.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年11月26日 (火)

行為項分析――和尚さんと小僧

◆あらすじ

 昔、あるお寺に和尚がいた。その弟子に「ええかん」という小僧と「こす」という小僧がいた。和尚は大変酒が好きで、毎晩ちびりちびりと飲んでいたが、小僧たちには少しも飲ませなかった。あるとき和尚は酒が無くなったので、小僧や、一寸(ちょっと)用事に行ってくれないかと言った。そして酒と言っては小僧が知るからと思って、酒はあるまいから「ごまず」を買って来てくれと言った。「ええかん」と「こす」は樽を竿に通して担いでいった。そして酒屋へ入ると、ここに「ごまず」はあるまいから酒をいっぱいくれと言って酒樽をのぞけた。小僧さん、酒はあるまいから「ごまず」をくれというのではないかなと酒屋の主人は言った。樽にいっぱい酒を入れてもらうと、「ええかん」と「こす」は竿に通して担いで、唄を唄いながら帰った。しばらく帰ると、これは重い。しんどくていけない。一口飲んでいこうというので、二人は土手の上へ据えてぐいぐい飲んだ。そして川の水を入れて唄いながら帰った。お寺へ帰ると、もう日がとっぷり暮れていた。和尚さま、今帰りましたと言うと、大儀だった。上がって早く寝ないと、また朝うんうん言うからと和尚は言った。小僧たちは夕飯を食べると、早く床へ潜りこんだ。そして今夜は寝たふりをして、寝ないでいようと相談した。和尚は一人になると酒を沸かして、ちびりちびり飲みはじめた。酒はちょうどいい塩梅に沸いていたので、和尚は思わず、ああ、ええかんと独り言を言った。すると、「ええかん」がはあいと言って起きてきた。和尚さま、何か用事ですかと「ええかん」は言った。和尚はしまったと思ったが仕方ない。いや、お前を呼んだのではなかったがと言いながら、「ええかん」にお酒をついでやった。今度は「ええかん」が和尚についだ。「ええかん」は急に徳利を傾けたので、酒がどぶどぶ出て杯からこぼれた。ああ、こすこす(こぼれる)と和尚が言った。すると、「こす」がはあいといって起きてきた。和尚さま、何か用事ですかと「こす」は言ったので、和尚はまた仕方なしに酒をついでやった。

◆モチーフ分析

・あるお寺に和尚がいた。その弟子に「ええかん」という小僧と「こす」という小僧がいた
・和尚は酒が好きで、毎晩ちびりちびり飲んでいたが、小僧たちには少しも飲ませなかった
・あるとき酒が無くなったので、和尚は小僧や、ちょっと用事に行ってくれないかと言った
・酒と言っては小僧が知るからと思って、酒はあるまいから「ごまず」を買って来てくれと言った
・「ええかん」と「こす」は樽を竿に通して担いでいった
・酒屋へ入ると、「ごまず」はあるまいから酒をくれと言って酒樽をのぞけた
・酒屋の主人は、小僧さん、酒はあるまいから「ごまず」をくれではないかと言った
・樽にいっぱい酒を入れてもらい「ええかん」と「こす」は竿に通して担いで唄いながら帰った
・しばらく帰ると、これは重い。しんどくていけない。一口飲んで行こうと言って、二人は土手の上へ据えてぐいぐい飲んだ
・そして川の水を入れて、唄いながら帰った
・お寺へ帰ると、日がとっぷり暮れていた
・和尚さま、今帰りましたと言うと、大儀だった、上がって早く寝ないと、また朝うんうん言うからと和尚は言った
・小僧たちは夕飯を食べると、早く床へ潜りこんだ
・今夜は寝たふりをして寝ないでいようと相談した
・和尚は一人になると酒を沸かして、ちびりちびり飲み始めた
・酒はちょうどいい塩梅に沸いていたので、和尚は思わず「ああ、ええかん」と独り言を言った
・すると、「ええかん」がはあいと言って起きてきた
・和尚さま、何か用事ですかと「ええかん」は言った
・和尚はしまったと思ったが、仕方なく「ええかん」にお酒をついでやった
・今度は「ええかん」が和尚についだ
・「ええかん」は急に徳利を傾けたので、酒が杯からこぼれた
・和尚は、ああ、こすこす(こぼれる)と言った
・すると「こす」がはあいと言って起きてきた
・和尚さま、何か用事ですかと「こす」は言ったので、和尚はまた仕方なしに酒をついでやった

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:和尚
S2:ええかん
S3:こす
S4:主人

O(オブジェクト:対象)
O1:寺
O2:弟子
O3:小僧
O4:酒(ごまず)
O5:酒屋
O6:ごまず
O7:樽
O8:竿
O9:土手
O10:水
O11:夕飯
O12:床
O13:嘆息
O14:徳利
O15:杯

m(修飾語:Modifier)
m1:毎晩
m2:ちびりちびり
m3:しばらく
m4:重い
m5:しんどい
m6:日暮れ
m7:大儀な
m8:眠った
m9:そぶり
m10:独りの
m11:燗した
m12:いい塩梅
m13:しくじった
m14:傾いた
m15:急に

X:どこか
T:時

+:接
-:離

・あるお寺に和尚がいた。その弟子に「ええかん」という小僧と「こす」という小僧がいた
(存在)O1寺:O1寺+S1和尚
(配下)S1和尚:S1和尚+(S2ええかん+S3こす)
(属性)(S2ええかん+S3こす):(S2ええかん+S3こす)+(O2弟子+O3小僧)
・和尚は酒が好きで、毎晩ちびりちびり飲んでいたが、小僧たちには少しも飲ませなかった
(飲用)S1和尚:S1和尚+O4酒
(頻度)S1和尚:O4酒+(m1毎晩+m2ちびりちびり)
(けち)S1和尚:(S2ええかん+S3こす)-O4酒
・あるとき酒が無くなったので、和尚は小僧や、ちょっと用事に行ってくれないかと言った
(欠乏)S1和尚:S1和尚-O4酒
(言いつけ)S1和尚:(S2ええかん+S3こす)+O5酒屋
・酒と言っては小僧が知るからと思って、酒はあるまいから「ごまず」を買って来てくれと言った
(企み)S1和尚:O4酒-(S2ええかん+S3こす)
(言いつけ)S1和尚:O5酒屋-O4酒
(言いつけ)S1和尚:(S2ええかん+S3こす)+O4ごまず
・「ええかん」と「こす」は樽を竿に通して担いでいった
(運搬)(S2ええかん+S3こす):(S2ええかん+S3こす)+(O7樽+O8竿)
・酒屋へ入ると、「ごまず」はあるまいから酒をくれと言って酒樽をのぞけた
(入店)(S2ええかん+S3こす):(S2ええかん+S3こす)+O5酒屋
(予想)(S2ええかん+S3こす):O5酒屋-O6ごまず
(要求)(S2ええかん+S3こす):(S2ええかん+S3こす)+O4酒
・酒屋の主人は、小僧さん、酒はあるまいから「ごまず」をくれではないかと言った
(訂正)S4主人:O5酒屋-O4酒
(予想)S4主人:(S2ええかん+S3こす)+O4ごまず
・樽にいっぱい酒を入れてもらい「ええかん」と「こす」は竿に通して担いで唄いながら帰った
(用意)(S2ええかん+S3こす):S4主人+(O4酒+O7樽)
(離脱)(S2ええかん+S3こす):(S2ええかん+S3こす)-O5酒屋
・しばらく帰ると、これは重い。しんどくていけない。一口飲んで行こうと言って、二人は土手の上へ据えてぐいぐい飲んだ
(時間経過)T:T+m3しばらく
(状態)(S2ええかん+S3こす):(S2ええかん+S3こす)+(m4重い+m5しんどい)
(置く)(S2ええかん+S3こす):O4酒+O9土手
(飲酒)(S2ええかん+S3こす):(S2ええかん+S3こす)+O4酒
・そして川の水を入れて、唄いながら帰った
(薄める)(S2ええかん+S3こす):O4酒+O10水
(帰宅)(S2ええかん+S3こす):(S2ええかん+S3こす)+O1寺
・お寺へ帰ると、日がとっぷり暮れていた
(時刻)T:T+m6日暮れ
・和尚さま、今帰りましたと言うと、大儀だった、上がって早く寝ないと、また朝うんうん言うからと和尚は言った
(挨拶)(S2ええかん+S3こす):(S2ええかん+S3こす)+S1和尚
(ねぎらい)S1和尚:(S2ええかん+S3こす)+m7大儀な
(命令)S1和尚:(S2ええかん+S3こす)+m8眠った
・小僧たちは夕飯を食べると、早く床へ潜りこんだ
(食事)(S2ええかん+S3こす):(S2ええかん+S3こす)+O11夕飯
(就寝)(S2ええかん+S3こす):(S2ええかん+S3こす)+O12床
・今夜は寝たふりをして寝ないでいようと相談した
(相談)(S2ええかん+S3こす):(S2ええかん+S3こす)+(m8眠った+m9そぶり)
・和尚は一人になると酒を沸かして、ちびりちびり飲み始めた
(小僧排除)S1和尚:S1和尚+m10独りの
(燗)S1和尚:O4酒+m11燗した
(飲酒)S1和尚:S1和尚+O4酒
(飲酒)S1和尚:O4酒+m2ちびりちびり
・酒はちょうどいい塩梅に沸いていたので、和尚は思わず「ああ、ええかん」と独り言を言った
(状態)O4酒:O4酒+(m11燗した+m12いい塩梅)
(嘆息)S1和尚:S1和尚+O13嘆息
・すると、「ええかん」がはあいと言って起きてきた
(起床)S2ええかん:S2ええかん-O12床
(入室)S2ええかん:S2ええかん+S1和尚
・和尚さま、何か用事ですかと「ええかん」は言った
(質問)S2ええかん:S2ええかん+S1和尚
・和尚はしまったと思ったが、仕方なく「ええかん」にお酒をついでやった
(しくじり)S1和尚:S1和尚+m13しくじった
(注ぐ)S1和尚:S2ええかん+O4酒
・今度は「ええかん」が和尚についだ
(注ぎ返す)S2ええかん:S2ええかん+S1和尚
・「ええかん」は急に徳利を傾けたので、酒が杯からこぼれた
(わざとした行為)S2ええかん:O14徳利+(m14傾いた+m15急に)
(こぼれる)O4酒:O15杯-O4酒
・和尚は、ああ、こすこす(こぼれる)と言った
(嘆息)S1和尚:S1和尚+O13嘆息
・すると「こす」がはあいと言って起きてきた
(起床)S3こす:S3こす-O12床
(入室)S3こす:S3こす+S1和尚
・和尚さま、何か用事ですかと「こす」は言ったので、和尚はまた仕方なしに酒をついでやった
(注ぐ)S1和尚:S3こす+O4酒

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

      聴き手(小僧はどうするか)
           ↓
送り手(和尚)→酒を独り占めする(客体)→ 受け手(小僧)
           ↑
補助者(なし)→ 和尚(主体)←反対者(小僧)

      聴き手(小僧はどうするか)
           ↓
送り手(和尚)→酒屋に酒を買いに行かせる(客体)→ 受け手(小僧)
           ↑
補助者(なし)→ 和尚(主体)←反対者(小僧)

     聴き手(符丁の入れ替えでどうなるか)
           ↓
送り手(小僧)→符丁を入れ替えて酒を買う(客体)→ 受け手(酒屋)
           ↑
補助者(なし)→ 小僧(主体)←反対者(なし)

     聴き手(小僧の行為をどう思うか)
           ↓
送り手(小僧)→土手で勝手に飲酒する(客体)→ 受け手(和尚)
           ↑
補助者(なし)→ 小僧(主体)←反対者(和尚)

       聴き手(小僧はどうするか)
           ↓
送り手(和尚)→戻ってきたら就寝を促す(客体)→ 受け手(小僧)
           ↑
補助者(なし)→ 和尚(主体)←反対者(小僧)

     聴き手(小僧の企みはどうなるか)
           ↓
送り手(小僧)→互いに相談する(客体)→ 受け手(小僧)
           ↑
補助者(小僧)→ 小僧(主体)←反対者(和尚)

     聴き手(小僧の行為をどう思うか)
           ↓
送り手(小僧)→寝たふりをする(客体)→ 受け手(和尚)
           ↑
補助者(なし)→ 小僧(主体)←反対者(和尚)

       聴き手(小僧はどうするか)
           ↓
送り手(和尚)→酒を燗して独りで飲む(客体)→ 受け手(小僧)
           ↑
補助者(なし)→ 和尚(主体)←反対者(小僧)

     聴き手(小僧の行為をどう思うか)
           ↓
送り手(小僧)→和尚の嘆息で呼ばれたふりをする(客体)→ 受け手(和尚)
           ↑
補助者(なし)→ 小僧(主体)←反対者(和尚)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。あるお寺の和尚は小僧たちに隠れて酒を独り占めしていました。あるとき和尚は小僧たちを酒屋に使いにやります。小僧たちは和尚から言いつけられた和尚と酒屋との間の符丁を入れ替えて酒を買います。そして勝手に飲酒して水で割ります。寺に戻ると和尚は小僧たちをねぎらいつつも就寝を促します。小僧たちは寝たふりをします。酒がいい塩梅に燗され、和尚は思わず嘆息します。その声を自分が呼ばれたと勝手に解釈して小僧たちは起きて出てきます。仕方なく和尚は小僧たちに酒を注いだという筋立てとなっています。

 和尚―小僧、和尚―酒屋、小僧―酒屋、小僧―小僧、といった対立軸が見受けられます。酒/ごまずの図式に和尚と酒屋との間で結ばれた符丁が暗喩されています。また、嘆息/小僧の名前の図式に小僧たちの機知と機転が暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

和尚♌♎―ええかん♂☾(♌)♁―こす♂☾(♌)♁―酒屋☾(♌)

 といった風に表記できるでしょうか。和尚を出し抜くことを価値☉と置くと、ええかんとこすの二人は享受者♁となります。二人は和尚の弟子であり小僧でありますから普段は援助者☾(♌)として振る舞いますが、飲酒を巡って対立者♂と化します。和尚は思わず嘆息した言葉尻を捉えられてまんまと出し抜かれ仕方なく飲酒を認めますので審判者♎と置けるでしょう。酒屋は和尚と符丁を取り交わしていますので援助者☾(♌)と置けます。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「小僧たちは和尚を出し抜けるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「小僧たちの名前が『ええかん』『こす』であること」でしょうか。「和尚―酒―ええかん/こす」「和尚―酒/ごまず―酒屋―ええかん/こす」「和尚―嘆息/名前―ええかん/こす」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:小僧たちは和尚を出し抜けるか
        ↑
発想の飛躍:小僧たちの名前が「ええかん」「こす」であること

・和尚―酒―ええかん/こす
       ↑
・和尚―酒/ごまず―酒屋―ええかん/こす
・和尚―嘆息/名前―ええかん/こす

◆発想の飛躍と概念の操作

 発想の飛躍を「常識離れした連想」と仮定しますと、上述した図式の/(スラッシュ)の箇所に特にその意図的に飛躍させた概念の操作が見出せそうです。

 呪術的思考に典型的に見られますが、ヒトは本来は繋がりのない切り離されたモノの間にも繋がりを見出すことがあります。それは情報処理におけるエラーです。ですが、科学万能の時代においてもエラーであるはずの呪術的思考が完全には消え去ることがないのは、それが人間特有の思考様式の一部であるからかもしれません。昔話では意図的にエラーを起こすとでも言えるでしょうか。

 「和尚さんと小僧」では、和尚と酒屋の間の符丁を小僧が入れ替えたり、和尚の嘆息を自分が呼ばれたふりをして酒にありつくといった行動が見られます。

 図式では「和尚―嘆息/名前―ええかん/こす」と表記しています。これを自由連想で細分化して展開すると「和尚―小僧―就寝させる―一人きり―酒―燗―飲酒―嘆息―ええかん―名前―呼ばれた―出てくる―仕方なし―酒―注ぐ―注ぎ返す―徳利―傾ける―杯―酒―こぼれる―こすこす―名前―こす―二度―呼ばれた―出てくる―仕方なし―酒―注ぐ」となります。「和尚:ええかん→嘆息/名前+こすこす(こぼれる)→嘆息/名前」と図式化すればいいでしょうか。「ええかん」という嘆息は「ええ燗」ですが、「燗」の意味が剥奪されます。単なる「ええかん」となったところで嘆息に小僧の名前が付与され、別の意味に転換されます。「こすこす」では「こぼれる」という本来の意味が剥奪され、単なる「こす+こす」となります。ここでも嘆息が小僧の名前を二度呼んだ(※急いで呼んだ)ことに転換されます。そういった概念の操作がここでは行われています。これらの連想を一瞬で行っていることになります。

 酒をごまずと言い換える符丁については「酒屋:和尚→酒/ごまず←小僧」と図式化できるでしょうか。小僧は和尚の意図を見抜いて言い訳を逆さに表現して酒を入手します。ここでも酒がごまずに相互に転換される概念の操作が行われています。

 シニフィアンとシニフィエでしたか、どちらがどちらか失念しましたが、記号や言語は「意味するもの」と「意味されるもの」とに分かれます。信号の「赤」が「止まれ」なら「止まれ:意味するもの」と「赤:意味されるもの」といった具合です。ここでは「意味されるもの」は固定でありつつも「意味するもの」の入れ替えが行われている訳です。

 以上のように、本文には現れない概念も重要な要素となっています。形態素解析で抽出したキーワードだけでは解釈を十全に行うことは難しいものと考えられます。可視化されていない文脈を読む、つまりできるだけ可視化するためには連想概念辞書も取り込んだ上で分析する方向に機能改善することが望まれると考えられます。

 転倒は一瞬で価値の逆転をもたらすことを可能とする点で濫用は慎むべき類の概念操作ですが、予想外の驚きをもたらす効果を発揮しますので、昔話では好んで用いられるようです。

 シェーマ分析は物語構造分析や評論において多用されますが、昔話ではこの二項対立で把握される図式の各項の属性を動的に転倒させていく(※必ずしも転倒に成功する訳ではない)ことで物語を転がしていくという技法が多用されると考えられます。むしろ転倒させることで二項対立の図式に持ち込むと見た方がいいでしょうか。静態から動態への認識の転換が求められるとでも言えるでしょうか。

 呪術的思考のような非合理的思考は人間の抱える弱点ですが、昔話においては逆に創造性の源ともなっていると考えることができます。

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「和尚さんと小僧」ですと「酒を独り占めしていた和尚だったが、『ええかん』『こすこす』と嘆息したので、自分たちが呼ばれた振りをして小僧たちが起きてきた」くらいでしょうか。

◆余談

 お寺では酒は般若湯と呼びますが、小僧たちの年齢で飲めたのでしょうか。普段飲み慣れていない者が飲酒すると顔が真っ赤になったりしますが。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.461-464.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年11月25日 (月)

行為項分析――彼岸

◆あらすじ

 昔、たいそう仲の悪い嫁と姑とがいた。あるとき、また二人が喧嘩をはじめた。嫁は彼岸を「ひいがん」だと言った。姑はいや、ひいがんではない、「ひがん」だと言った。何遍言っても、どちらも自分の言うのが本当だと言って聞かない。しまいにはつかみ合いになって叩いたり蹴ったりして喧嘩をしたが、それでも勝負がつかない。それでとうとう、それならお寺へ行って和尚に決めてもらおうということになった。嫁と姑とは二人連れでお寺へ行って、和尚に訳を話した。そして、どちらが本当かと言った。和尚は前の三日がひいがんで、後の三日がひがんで、中に一日(ひてえ)がお中日と言った。それでどちらも勝ち負けはなかった。

◆モチーフ分析

・たいそう仲の悪い嫁と姑がいた
・また二人が喧嘩をはじめた
・嫁は彼岸を「ひいがん」だと言った
・姑はひいがんではない、「ひがん」だと言った
・どちらも自分の言うのが本当だと言って聞かない
・しまいにはつかみ合いになって叩いたり蹴ったりして喧嘩をしたが、勝負がつかない
・それならお寺へ行って和尚に決めてもらおうということになった
・嫁と姑は二人連れでお寺へ行って、和尚に訳を話した
・そしてどちらが本当か尋ねた
・和尚は前の三日がひいがんで、後の三日がひがんで、中に一日がお中日と言った
・それでどちらも勝ち負けはなかった

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:嫁
S2:姑
S3:和尚

O(オブジェクト:対象)
O1:彼岸
O2:ひいがん
O3:ひがん
O4:寺
O5:中日

m(修飾語:Modifier)
m1:険悪な
m2:本当の
m3:決着せず(決着つかず)
m4:前の三日
m5:後の三日
m6:中の一日

X:どこか

+:接
-:離

・たいそう仲の悪い嫁と姑がいた
(存在)X:X+(S1嫁+S2姑)
(険悪)S1嫁:S2姑+m1険悪な
・また二人が喧嘩をはじめた
(喧嘩)S1嫁:S1嫁+S2姑
・嫁は彼岸を「ひいがん」だと言った
(読み)S1嫁:O1彼岸+O2ひいがん
・姑はひいがんではない、「ひがん」だと言った
(読み)S2姑:O1彼岸+O3ひがん
・どちらも自分の言うのが本当だと言って聞かない
(主張)S1嫁:O2ひいがん+m2本当の
(主張)S2姑:O3ひがん+m2本当の
(食い違い)S1嫁:S1嫁-S2姑
・しまいにはつかみ合いになって叩いたり蹴ったりして喧嘩をしたが、勝負がつかない
(喧嘩)S1嫁:S1嫁+S2姑
(決着つかず)S1嫁:S2姑+m3決着せず
・それならお寺へ行って和尚に決めてもらおうということになった
(同意)(S1嫁+S2姑):S3和尚+O1彼岸
・嫁と姑は二人連れでお寺へ行って、和尚に訳を話した
(同行)(S1嫁+S2姑):(S1嫁+S2姑)+O4寺
(事情説明)(S1嫁+S2姑):(S1嫁+S2姑)+S3和尚
・そしてどちらが本当か尋ねた
(訊く)(S1嫁+S2姑):S3和尚+O1彼岸
・和尚は前の三日がひいがんで、後の三日がひがんで、中に一日がお中日と言った
(回答)S3和尚:O2ひいがん+m4前の三日
(回答)S3和尚:O3ひがん+m5後の三日
(回答)S3和尚:O5中日+m6中の一日
・それでどちらも勝ち負けはなかった
(決着つかず)(S1嫁+S2姑):(S1嫁+S2姑)+m3決着つかず

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

     聴き手(両者の争いはどうなるか)
           ↓
送り手(嫁)→彼岸の読みで言い争う(客体)→ 受け手(姑)
           ↑
補助者(なし)→ 嫁(主体)←反対者(姑)

     聴き手(和尚はどう回答するか)
           ↓
送り手(嫁、姑)→和尚に決めてもらうことにする(客体)→ 受け手(和尚)
           ↑
補助者(なし)→ 嫁、姑(主体)←反対者(なし)

     聴き手(和尚の回答をどう思うか)
           ↓
送り手(和尚)→両者の間をとった回答をする(客体)→ 受け手(嫁、姑)
           ↑
補助者(なし)→ 和尚(主体)←反対者(なし)

     聴き手(両者の争いをどう思うか)
           ↓
送り手(嫁)→決着がつかなかった(客体)→ 受け手(姑)
           ↑
補助者(なし)→ 嫁(主体)←反対者(姑)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。「彼岸」の読みを巡って嫁と姑が言い争います。決着がつかず、和尚に裁定してもらおうということになりますが、和尚は両者の中間をとった回答をし、結局勝負はつかなかったという筋立てです。

 嫁―姑、嫁―和尚、姑―和尚という対立軸が見受けられます。ひがん/ひいがんに家族同士の言い争いの無意味さが暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

嫁♌♁(-1)―姑♂♁(-1)―和尚♎

 といった風に表記できるでしょうか。彼岸の読みを決めることを価値☉と置くと、和尚が審判者♎となり、嫁と姑は享受者♁となります。ただ、このお話の場合、決着がつきませんので、マイナスの享受者♁(-1)としてもいいでしょうか。仮に嫁を主体♌と置くと、姑は対立者♂となります。逆もあり得ます。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「嫁姑の言い争いはどう決着するか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「和尚が両者の中間で裁定する」でしょうか。「和尚―彼岸―ひいがん/中日/ひがん―嫁/姑」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:嫁姑の言い争いはどう決着するか
        ↑
発想の飛躍:和尚が両者の中間で裁定する

・嫁―ひいがん/ひがん―姑
       ↑
・和尚―彼岸―ひいがん/中日/ひがん―嫁/姑

◆発想の飛躍と概念の操作

 発想の飛躍を「常識離れした連想」と仮定しますと、上述した図式の/(スラッシュ)の箇所に特にその意図的に飛躍させた概念の操作が見出せそうです。

 呪術的思考に典型的に見られますが、ヒトは本来は繋がりのない切り離されたモノの間にも繋がりを見出すことがあります。それは情報処理におけるエラーです。ですが、科学万能の時代においてもエラーであるはずの呪術的思考が完全には消え去ることがないのは、それが人間特有の思考様式の一部であるからかもしれません。昔話では意図的にエラーを起こすとでも言えるでしょうか。

 「彼岸」では、彼岸の読みを巡って言い争った嫁姑が和尚に裁定してもらうことで話をつけますが、和尚は双方の意見を取り入れた和解案を持ち出して勝敗がつかなかったという展開となっています。

 図式では「和尚―彼岸―ひいがん/中日/ひがん―嫁/姑」と表記しています。これを自由連想で細分化して展開すると「彼岸―嫁―ひいがん―姑―ひがん―言い争い―喧嘩―勝負―つかず―お寺―和尚―裁定―前の三日―ひいがん―後の三日―ひがん―中の一日―中日―勝負―つかず」となります。「和尚:彼岸→ひいがん/ひがん→裁定→ひいがん/中日/ひがん」と図式化すればいいでしょうか。「ひいがん」と「ひがん」という二項対立の不安定な図式を提示し、そこに両者の意見を取り入れて更に中日を設けるという三項鼎立といった安定した図式とする概念の操作が行われています。これらの連想を一瞬で行っていることになります。必ずしも二項対立を逆転させるだけが昔話の技法ではないことが分かります。

 以上のように、本文には現れない概念も重要な要素となっています。形態素解析で抽出したキーワードだけでは解釈を十全に行うことは難しいものと考えられます。可視化されていない文脈を読む、つまりできるだけ可視化するためには連想概念辞書も取り込んだ上で分析する方向に機能改善することが望まれると考えられます。

 転倒は一瞬で価値の逆転をもたらすことを可能とする点で濫用は慎むべき類の概念操作ですが、予想外の驚きをもたらす効果を発揮しますので、昔話では好んで用いられるようです。

 シェーマ分析は物語構造分析や評論において多用されますが、昔話ではこの二項対立で把握される図式の各項の属性を動的に転倒させていく(※必ずしも転倒に成功する訳ではない)ことで物語を転がしていくという技法が多用されると考えられます。むしろ転倒させることで二項対立の図式に持ち込むと見た方がいいでしょうか。静態から動態への認識の転換が求められるとでも言えるでしょうか。

 呪術的思考のような非合理的思考は人間の抱える弱点ですが、昔話においては逆に創造性の源ともなっていると考えることができます。

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「彼岸」ですと「彼岸を何と読むかで和尚に裁定してもらったが、和尚は双方の言い分を聞いて勝負がつかなかった」くらいでしょうか。

◆余談

 私はちょうどお彼岸の日に亡くなった同級生が夢に現れたことがあります。引っ越しするから手伝ってくれといったような夢でしたが、彼はようやく彼岸へ旅立ったのだなと思いました。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)p.460.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年11月24日 (日)

行為項分析――西行法師と小野小町

◆あらすじ
 昔、西行法師が阿波の鳴門があまりに大きな音をたてて鳴るので、これを封じようと思ってやってきた。鳴門の手前のところで小野小町が茶屋を出していた。西行は小野小町とは知らないから茶店へ寄ってお茶を飲んで色々話すうちに、小町がお坊さまはこれからどちらへお出ででございますかと尋ねた。自分は阿波の鳴門があまり大きな音で鳴るので、これを封じようと思ってきたところだと西行が言うと、それではお坊さまは何で封じようと思われますかと小町が言った。自分は「山畑の」でいこうと思うと西行は答えた。小町はそれを聞くと一寸(ちょっと)用事に立ったような振りをして、裏から出て鳴門へ向かって「山畑のつくり荒らしのととこ草 粟になれとは誰がいうたか」と歌を詠んだ。すると、それまで大きな音をたてていた鳴門はぱったり止んだ。しまった、西行は気がついて慌てて鳴門へ飛んでいったが、小町に先を越されて負けてしまった。

◆モチーフ分析

・西行法師が阿波の鳴門があまりに大きな音をたてて鳴るので、これを封じようと思ってやってきた
・鳴門の手前で小野小町が茶屋を出していた
・西行は小野小町とは知らないから茶店へよってお茶を飲んで色々話をした
・小町がお坊さまはこれからどちらへお出ででございますかと尋ねた
・西行法師が阿波の鳴門が大きな音を立てて鳴るのを封じようと思って来たところだと言った
・小町がそれではお坊さまは何で封じようと思われますかと訊いた
・西行は「山畑の」でいこうと思うと答えた
・それを聞いた小町はちょっと用事に立ったような振りをして、裏から出て鳴門へ向かって「山畑のつくり荒らしのととこ草 粟になれとは誰がいうたか」と歌を詠んだ
・すると、それまで大きな音をたてていた鳴門がぱったり止んだ
・西行は気がついて慌てて鳴門へ飛んでいったが、小町に先を越されて負けてしまった

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:西行
S2:小野小町(女)

O(オブジェクト:対象)
O1:阿波
O2:鳴門
O3:茶屋
O4:茶
O5:上の句
O6:和歌

m(修飾語:Modifier)
m1:うるさい
m2:行く先
m3:いかに

X:どこか
T:時

+:接
-:離

・西行法師が阿波の鳴門があまりに大きな音をたてて鳴るので、これを封じようと思ってやってきた
(到来)S1西行:S1西行+(O1阿波+O2鳴門)
(理由)O2鳴門:O2鳴門+m1うるさい
(動機)S1西行:O2鳴門-m1うるさい
・鳴門の手前で小野小町が茶屋を出していた
(出店)S2小野小町:S2小野小町+(O3茶屋+O2鳴門)
・西行は小野小町とは知らないから茶店へよってお茶を飲んで色々話をした
(来店)S1西行:S1西行+O3茶屋
(喫茶)S1西行:S1西行+O4茶
(会話)S1西行:S1西行+S2女
・小町がお坊さまはこれからどちらへお出ででございますかと尋ねた
(質問)S2小野小町:S1西行+m2行く先
・西行法師が阿波の鳴門が大きな音を立てて鳴るのを封じようと思って来たところだと言った
(回答)S1西行:O2鳴門-m1うるさい
・小町がそれではお坊さまは何で封じようと思われますかと訊いた
(質問)S2小野小町:S1西行+m3いかに
・西行は「山畑の」でいこうと思うと答えた
(回答)S1西行:S2女+O5上の句
・それを聞いた小町はちょっと用事に立ったような振りをして、裏から出て鳴門へ向かって「山畑のつくり荒らしのととこ草 粟になれとは誰がいうたか」と歌を詠んだ
(情報入手)S2小野小町:S2小野小町+O5上の句
(離席)S2小野小町:S2小野小町-O3茶屋
(詠歌)S2小野小町:S2小野小町+O6和歌
・すると、それまで大きな音をたてていた鳴門がぱったり止んだ
(静止)O6和歌:O2鳴門-m1うるさい
・西行は気がついて慌てて鳴門へ飛んでいったが、小町に先を越されて負けてしまった
(気づく)S1西行:O2鳴門-m1うるさい
(急行)S1西行:S1西行+O2鳴門
(敗北)S1西行:S2小野小町-S1西行

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

     聴き手(西行の迂闊さをどう思うか)
           ↓
送り手(西行)→鳴門に来た意図を訊かれ、上の句を教えてしまう(客体)→ 受け手(小町)
           ↑
補助者(なし)→ 西行(主体)←反対者(小町)

     聴き手(小町の立ち回りをどう思うか)
           ↓
送り手(小町)→西行の上の句を利用して鳴門を封じる(客体)→ 受け手(鳴門)
           ↑
補助者(西行)→ 小町(主体)←反対者(西行)

     聴き手(西行の迂闊さをどう思うか)
           ↓
送り手(西行)→小町に先を越されてしまう(客体)→ 受け手(小町)
           ↑
補助者(なし)→ 西行(主体)←反対者(小町)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。ここでは受け手に本来はオブジェクトである鳴門を一部採り入れています。

 鳴門の騒音を封じるために西行が阿波の国にやって来ます。途中、立ち寄った茶店で西行が女主人が小野小町であることを知らずにうっかり上の句を教えてしまいます。茶店を抜け出した小町は西行の上の句を利用して詠歌、鳴門を封じてしまいます。西行は小野小町に先を越されてしまったという筋立てです。

 西行―鳴門、西行―小野小町、小野小町―鳴門、といった対立軸が見受けられます。詠歌/封印の図式に名高い歌人の詠む和歌には超自然的な力が込められていることが暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

西行♌♎―小野小町☾(♌)♂♁

 といった風に表記できるでしょうか。鳴門の騒音を封じることを価値☉と置くと、抜け駆けした小野小町が享受者♁となります。小野小町は茶店で西行をもてなしますので、初めは西行の援助者☾(♌)として登場しますが、実は対立者♂であることが明らかとなります。抜け駆けされたことに気づいた西行は審判者♎と置けるでしょう。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「西行と小野小町の関係はどう展開するか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「西行の上の句」でしょうか。「西行―上の句/封印―小町」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:西行と小野小町の関係はどう展開するか
        ↑
発想の飛躍:西行の上の句

・西行―茶店―女/小町
     ↑
・西行―上の句/封印―小町

◆発想の飛躍と概念の操作

 発想の飛躍を「常識離れした連想」と仮定しますと、上述した図式の/(スラッシュ)の箇所に特にその意図的に飛躍させた概念の操作が見出せそうです。

 呪術的思考に典型的に見られますが、ヒトは本来は繋がりのない切り離されたモノの間にも繋がりを見出すことがあります。それは情報処理におけるエラーです。ですが、科学万能の時代においてもエラーであるはずの呪術的思考が完全には消え去ることがないのは、それが人間特有の思考様式の一部であるからかもしれません。昔話では意図的にエラーを起こすとでも言えるでしょうか。

 「西行法師と小野小町」では、うっかり上の句を教えてしまった西行法師がその上の句をちゃっかり利用して小野小町に鳴門の騒音の封印を先んじられてしまう展開となっています。

 図式では「西行―上の句/封印―小町」と表記しています。これを自由連想で細分化して展開すると「西行―名高い―歌人―来訪―阿波―鳴門―騒音―封じる―茶店―休憩―女―上の句―うっかり―教える―小野小町―抜け駆け―詠歌―封印―騒音―鳴門」となります。「小野小町:詠歌→上の句/超自然的力→騒音/封印」と図式化すればいいでしょうか。西行がうっかり漏らした上の句は超自然的な力として転換され、鳴門という大自然の騒音を封印するという転換といった概念の操作が行われています。これらの連想を一瞬で行っていることになります。

 「鳴門:詠歌→超自然的力/大自然→轟音/静止」とも図式化できるでしょうか。和歌に込められた超自然的な力が大自然の働きを凌駕し、轟音が静止するという転倒が起きています。

 以上のように、本文には現れない概念も重要な要素となっています。形態素解析で抽出したキーワードだけでは解釈を十全に行うことは難しいものと考えられます。可視化されていない文脈を読む、つまりできるだけ可視化するためには連想概念辞書も取り込んだ上で分析する方向に機能改善することが望まれると考えられます。

 転倒は一瞬で価値の逆転をもたらすことを可能とする点で濫用は慎むべき類の概念操作ですが、予想外の驚きをもたらす効果を発揮しますので、昔話では好んで用いられるようです。

 シェーマ分析は物語構造分析や評論において多用されますが、昔話ではこの二項対立で把握される図式の各項の属性を動的に転倒させていく(※必ずしも転倒に成功する訳ではない)ことで物語を転がしていくという技法が多用されると考えられます。むしろ転倒させることで二項対立の図式に持ち込むと見た方がいいでしょうか。静態から動態への認識の転換が求められるとでも言えるでしょうか。

 呪術的思考のような非合理的思考は人間の抱える弱点ですが、昔話においては逆に創造性の源ともなっていると考えることができます。

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「西行法師と小野小町」ですと「小町にうっかり上の句を教えたところ、模倣されて先を越されてしまった」くらいでしょうか。

◆余談

 石西の人は西行法師が負ける話が好みなのでしょうか。これも歌心があって魅力的です。名高い歌人の詠む歌には超自然的な力が宿っていて、大自然をも封じてしまうというスケールの大きな話ともなっています。小野小町のちゃっかりした側面も見どころです。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.458-459.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年11月23日 (土)

新嘗祭の日

Xで奥三河の花祭の動画のポストが流れてくる。今日は新嘗祭の日なのでだろう。

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行為項分析――西行歌くらべ

◆あらすじ

 昔、西行法師が諸国修行の旅に出た。ちょうど今日のようなとても暑い日に歩いていったら、あるお宮のところへ行った。そして何と涼しい、いい塩梅だと腰を下ろして休んでいたが、一つここで歌を詠んでやろうと思って「このほどに涼しき森でありながら 熱田が森とは神もいましめ」と読んだ。するとお宮の宮司が出て「西行の西という字は西とかく 東にむいてなぜに行くかな」と詠んだ。それで西行は負けてしまった。それからまた歩いていたら、暑くていけない。困ったことだ。ここはどこか知らないが、喉が渇いていけない。お茶を一杯飲みたいと思って行くと、娘が二階で機を織るのが聞こえてきた。西行はここで一つ、あの娘のところでお茶を貰って飲もうと思って、もしもし姉さん、暑くていけないが、お茶を一杯飲ませてくれないかと言った。すると娘は戸をパチーンとたてて内へ入って下へ下りてしまった。西行はがっかりして、せっかく茶をもらって飲もうと思ったのに戸をたててしまいやがった。親切気のない奴だ。一つ歌を詠んでやろうと思って「パッチリとたった障子が茶になれば 旅する僧ののどはかわかん」と詠んだ。すると娘が家の中から「シャンシャンと煮えたつまでのたて障子 すこし待たんせ 旅の御僧」と詠んだ。西行は歌でやられたので、茶も飲むことができないで歩いていった。それからだいぶ行ったが暑くてかなわないので、谷ばたに木陰があったので、そこでしばらく休むことにした。すると、ほとりに亀が昼寝をしていた。ちょうどその時、糞をしたくなったので、よし、一つこの亀の上にひりかけてやれと思って、亀の背中にひりかけた。すると亀がびっくりして、糞を負って逃げ出した。これは面白いと思って「西行もいくらの修行もしてみたが 生き糞ひったのはこれが始めて」と歌を詠んだ。すると亀が「道ばたに思わずしらず昼寝して 駄賃とらずの重荷負い」と詠んだので、西行がまたやられた。それからしばらく行くと、下の谷川で十二、三の小娘が菜を洗っていた。娘はいかにも思い詰めたように西行を見ているので、この娘は自分に惚れたかと思って「十二や三の小娘が 恋路の道を知ることはなるまい」と歌を詠んだ。すると娘が「おおそれや谷あいのつつじ椿をご覧ない せいは小さいが花は咲きます」と詠んだ。これはまたやられたと思って、それからまた行っていたら広いところへ出た。ここは奥州の鳴滝川という川のほとりであった。西行はお腹がすいたので、粉を出して食べた。粉は口のほとりへまぶれるので、それを拭いては食べていると、馬が菰(こも)を背に乗せて川を向こうへ渡った。ところがその馬がやせていて、骨と皮ばかりであった。これを一つ歌に詠んでやろうと思って、西行は「奥州の鳴瀬川とは音に聞けど 菰のせ馬がやせ渡る」と詠んだ、すると馬追いが「奥州の鳴瀬川とは音には聞けど 粉食い坊主がむせ渡る」と詠んだ。それで、西行はどうしても歌に負けた。

◆モチーフ分析

・西行法師が諸国修行の旅に出た
・暑い日に歩いていったら、あるお宮のところへ行った
・これは涼しいと腰を下ろして休んでいたら、一つここで歌を詠んでやろうと思った
・「このほどに涼しき森でありながら 熱田が森とは神もいましめ」と詠んだ
・するとお宮の宮司が出て「西行の西という字は西とかく 東にむいてなぜに行くかな」と詠んだ
・西行は負けてしまった
・また歩いていたら、暑くていけない。ここはどこか知らないが喉が渇いていけない、お茶を一杯飲みたいと思っていくと、娘が二階で機を織るのが聞こえてきた
・西行は娘に暑くていけないが、お茶を一杯飲ませてくれないかと言った
・すると娘は戸を立てて内へ入って下へ下りてしまった
・西行はがっかりして、せっかく茶を貰って飲もうと思ったのに戸をたててしまいやがった。親切気のない奴だ。一つ歌を詠んでやろうと思った
・「パッチリとたった障子が茶になれば 旅する僧ののどはかわかん」と詠んだ
・すると娘が家の中から「シャンシャンと煮えたつまでのたて障子 すこし待たんせ 旅の御僧」と詠んだ
・歌でやられたので、西行は茶を飲むことができないで歩いていった
・それからだいぶ行ったが暑くてかなわないので木陰でしばらく休むことにした
・すると、ほとりに亀が昼寝をしていた
・西行はちょうどその時、糞をしたくなったので、一つこの亀の上にひりかけてやろうと思って、亀の背中にひりかけた
・すると亀がびっくりして、糞を負って逃げ出した
・これは面白いと思って「西行もいくらの修行もしてみたが 生き糞ひったのはこれが始めて」と詠んだ
・すると亀が「道ばたに思わずしらず昼寝して 駄賃とらずの重荷負い」と詠んだ
・西行はまたやられた
・それからしばらく行くと、下の谷川で十二、三歳の小娘が菜を洗っていた
・娘は思い詰めたように西行を見ているので、この娘は自分に惚れたかと思って「十二や三の小娘が 恋路の道を知ることはなるまい」と詠んだ
・すると娘が「おおそれや谷あいのつつじ椿をご覧ない せいは小さいが花は咲きます」と詠んだので、またやられた
・それからまた行っていたら広いところへ出た
・奥州の鳴滝川という川のほとりであった
・西行はお腹がすいていたので、粉を出して食べた
・粉は口のほとりにまぶれるので、それを拭いては食べていると、馬が菰を背に乗せて川を向こうへ渡った
・その馬は痩せて骨と皮ばかりであった
・これを一つ歌に詠んでやろうと思って、「奥州の鳴瀬川とは音に聞けど 菰のせ馬がやせ渡る」と詠んだ
・すると馬追いが「奥州の鳴瀬川とは音には聞けど 粉食い坊主がむせ渡る」と詠んだ
・それで西行はどうしても歌に負けた

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:西行
S2:宮司
S3:娘
S4:亀
S5:小娘
S6:馬

O(オブジェクト:対象)
O1:修行
O2:旅
O3:お宮
O4:和歌
O5:返歌
O6:お茶
O7:機
O8:木陰
O9:糞
O10:谷川
O11:菜
O12:奥州
O13:鳴滝川
O14:粉
O15:菰

m(修飾語:Modifier)
m1:暑い
m2:涼しい
m3:休んだ
m4:喉が渇いた
m5:失望した
m6:不親切な
m7:先へ
m8:昼寝した
m9:便意を催した
m10:驚いた
m11:面白がった
m12:惚れた
m13:広い
m14:ほとりの
m15:空腹の
m16:痩せた
m17:どうにも
m18:勝てない

X:どこか
T:時
W:天候

+:接
-:離

・西行法師が諸国修行の旅に出た
(出立)S1西行:S1西行+(O1修行+O2旅)
・暑い日に歩いていったら、あるお宮のところへ行った
(気候)W:W+m1暑い
(行き当たる)S1西行:S1西行+O3お宮
・これは涼しいと腰を下ろして休んでいたら、一つここで歌を詠んでやろうと思った
(気候)S1西行:S1西行+m2涼しい
(休憩)S1西行:S1西行+m3休んだ
(構想)S1西行:S1西行+O4和歌
・「このほどに涼しき森でありながら 熱田が森とは神もいましめ」と詠んだ
(詠歌)S1西行:S1西行+O4和歌
・するとお宮の宮司が出て「西行の西という字は西とかく 東にむいてなぜに行くかな」と詠んだ
(返歌)S2宮司:S2宮司+O5返歌
・西行は負けてしまった
(敗北)S1西行:S1西行-S2宮司
・また歩いていたら、暑くていけない。ここはどこか知らないが喉が渇いていけない、お茶を一杯飲みたいと思っていくと、娘が二階で機を織るのが聞こえてきた
(行き当たる)S1西行:S1西行+X
(気候)S1西行:S1西行+m1暑い
(喉の渇き)S1西行:S1西行+m4喉が渇いた
(茶を所望)S1西行:S1西行+O6お茶
(聞く)S1西行:S3娘+O7機
・西行は娘に暑くていけないが、お茶を一杯飲ませてくれないかと言った
(所望)S1西行:S1西行+S2娘
(所望)S1西行:S1西行+O6お茶
・すると娘は戸を立てて内へ入って下へ下りてしまった
(遮断)S3娘:S3娘-S1西行
・西行はがっかりして、せっかく茶を貰って飲もうと思ったのに戸をたててしまいやがった。親切気のない奴だ。一つ歌を詠んでやろうと思った
(失望)S1西行:S1西行+m5失望した
(評価)S1西行:S3娘+m6不親切な
(構想)S1西行:S1西行+O4和歌
・「パッチリとたった障子が茶になれば 旅する僧ののどはかわかん」と詠んだ
(詠歌)S1西行:S1西行+O4和歌
・すると娘が家の中から「シャンシャンと煮えたつまでのたて障子 すこし待たんせ 旅の御僧」と詠んだ
(返歌)S3娘:S3娘+O5返歌
・歌でやられたので、西行は茶を飲むことができないで歩いていった
(敗北)S1西行:S1西行-S3娘
(喫茶できず)S1西行:S1西行-O6お茶
(進む)S1西行:S1西行+m7先へ
・それからだいぶ行ったが暑くてかなわないので木陰でしばらく休むことにした
(行き当たる)S1西行:S1西行+X
(気候)S1西行:S1西行+m1暑い
(休憩)S1西行:S1西行+O8木陰
・すると、ほとりに亀が昼寝をしていた
(存在)S4亀:S4亀+O8木陰
(状態)S4亀:S4亀+m8昼寝した
・西行はちょうどその時、糞をしたくなったので、一つこの亀の上にひりかけてやろうと思って、亀の背中にひりかけた
(便意)S1西行:S1西行+m9便意を催した
(排便)S1西行:S1西行+S4亀
・すると亀がびっくりして、糞を負って逃げ出した
(驚愕)S4亀:S4亀+m10驚いた
(逃走)S4亀:(S4亀+O9糞)-S1西行
・これは面白いと思って「西行もいくらの修行もしてみたが 生き糞ひったのはこれが始めて」と詠んだ
(面白がる)S1西行:S1西行+m11面白がった
(詠歌)S1西行:S1西行+O4和歌
・すると亀が「道ばたに思わずしらず昼寝して 駄賃とらずの重荷負い」と詠んだ
(返歌)S4亀:S4亀+O5返歌
・西行はまたやられた
(敗北)S1西行:S1西行-S4亀
・それからしばらく行くと、下の谷川で十二、三歳の小娘が菜を洗っていた
(進む)S1西行:S1西行+m7先へ
(行き当たる)S1西行:S1西行+O10谷川
(存在)O10谷川:O10谷川+S5小娘
(菜洗い)S5小娘:S5小娘+O11菜
・娘は思い詰めたように西行を見ているので、この娘は自分に惚れたかと思って「十二や三の小娘が 恋路の道を知ることはなるまい」と詠んだ
(見つめる)S5小娘:S5小娘+S1西行
(推測)S1西行:S5小娘+S1西行
(推測)S5小娘:S1西行+m12惚れた
(詠歌)S1西行:S1西行+O4和歌
・すると娘が「おおそれや谷あいのつつじ椿をご覧ない せいは小さいが花は咲きます」と詠んだので、またやられた
(返歌)S5小娘:S5小娘+O5返歌
(敗北)S1西行:S1西行-S5小娘
・それからまた行っていたら広いところへ出た
(進む)S1西行:S1西行+m7先へ
(行き当たる)S1西行:S1西行+X
(状態)X:X+m13広い
・奥州の鳴滝川という川のほとりであった
(位置)X:(O12奥州+O13鳴滝川)+m14ほとりの
・西行はお腹がすいていたので、粉を出して食べた
(空腹)S1西行:S1西行+m15空腹の
(食事)S1西行:S1西行+O14粉
・粉は口のほとりにまぶれるので、それを拭いては食べていると、馬が菰を背に乗せて川を向こうへ渡った
(背負う)S6馬:S6馬+O15菰
(渡河)S6馬:S6馬+O13鳴滝川
・その馬は痩せて骨と皮ばかりであった
(痩身)S6馬:S6馬+m16痩せた
・これを一つ歌に詠んでやろうと思って、「奥州の鳴瀬川とは音に聞けど 菰のせ馬がやせ渡る」と詠んだ
(詠歌)S1西行:S1西行+O4和歌
・すると馬追いが「奥州の鳴瀬川とは音には聞けど 粉食い坊主がむせ渡る」と詠んだ
(返歌)S6馬:S6馬+O5返歌
・それで西行はどうしても歌に負けた
(敗北)S1西行:S1西行-S6馬
(勝ち運なし)S1西行:S1西行+(m17どうにも+m18勝てない)

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

     聴き手(負けた西行の歌をどう思うか)
           ↓
送り手(西行)→歌くらべで負けてしまう(客体)→ 受け手(宮司)
           ↑
補助者(なし)→ 西行(主体)←反対者(宮司)

     聴き手(娘の態度をどう思うか)
           ↓
送り手(西行)→茶を所望するが断られてしまう(客体)→ 受け手(娘)
           ↑
補助者(なし)→ 西行(主体)←反対者(娘)

     聴き手(娘の態度をどう思うか)
           ↓
送り手(西行)→歌くらべで負けてしまう(客体)→ 受け手(娘)
           ↑
補助者(なし)→ 西行(主体)←反対者(娘)

     聴き手(西行の行為をどう思うか)
           ↓
送り手(西行)→亀の背に排便する(客体)→ 受け手(亀)
           ↑
補助者(なし)→ 西行(主体)←反対者(亀)

     聴き手(西行の行為をどう思うか)
           ↓
送り手(西行)→歌くらべで負けてしまう(客体)→ 受け手(亀)
           ↑
補助者(なし)→ 西行(主体)←反対者(亀)

     聴き手(西行の敗北をどう思うか)
           ↓
送り手(西行)→歌くらべで負けてしまう(客体)→ 受け手(小娘)
           ↑
補助者(なし)→ 西行(主体)←反対者(小娘)

     聴き手(どうしても勝てない西行をどう思うか)
           ↓
送り手(西行)→歌くらべで負けてしまう(客体)→ 受け手(馬)
           ↑
補助者(なし)→ 西行(主体)←反対者(馬)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。諸国修行の旅に出た西行はあちこちで様々なものに遭遇し詠歌します。ですが、宮司、娘、亀、小娘、馬といった相手に返歌され歌くらべで負け続けてしまうという筋立てです。

 西行―宮司、西行―娘、西行―亀、西行―小娘、西行―馬、といった対立軸が見受けられます。詠歌/返歌に返歌する相手の機知が暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

西行♌♎♁(-1)―宮司♂―娘♂―亀♂―小娘♂―馬♂

 といった風に表記できるでしょうか。歌くらべで勝つことを価値☉と置くと、負け続ける西行はマイナスの享受者♁(-1)と置けるでしょうか。負けたと感じるのは西行自身ですから審判者♎でもあります。宮司、娘、亀、小娘、馬はいずれも対立者♂と置けるでしょう。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「西行は歌くらべで勝てるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「西行が詠んだ歌」でしょうか。どう詠んでも上手く切り返されてしまう訳です。「西行―詠歌/返歌―敗北」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:西行は歌くらべで勝てるか
        ↑
発想の飛躍:西行が詠んだ歌

・西行―歌くらべ―宮司/娘/亀/小娘/馬
     ↑
・西行―詠歌/返歌―敗北

◆発想の飛躍と概念の操作

 発想の飛躍を「常識離れした連想」と仮定しますと、上述した図式の/(スラッシュ)の箇所に特にその意図的に飛躍させた概念の操作が見出せそうです。

 呪術的思考に典型的に見られますが、ヒトは本来は繋がりのない切り離されたモノの間にも繋がりを見出すことがあります。それは情報処理におけるエラーです。ですが、科学万能の時代においてもエラーであるはずの呪術的思考が完全には消え去ることがないのは、それが人間特有の思考様式の一部であるからかもしれません。昔話では意図的にエラーを起こすとでも言えるでしょうか。

 「西行歌くらべ」では、修行の旅に出た西行はあちこちで詠歌しますが、その度に上手く返歌で切り返されて意趣返しされてしまいます。

 図式では「西行―詠歌/返歌―敗北」と表記しています。これを自由連想で細分化して展開すると「西行―修行―旅―遭遇―宮司/娘/亀/小娘/馬―詠歌―切り返し―返歌―意趣返し―敗北」となります。「西行:詠歌/返歌→歌くらべ/敗北」と図式化すればいいでしょうか。詠歌する度に機知に富んだ返歌で切り返され、勝負は敗北へと転換してしまう。つまり歌の価値が逆転する転倒といった概念の操作が行われています。これらの連想を一瞬で行っていることになります。

 以上のように、本文には現れない概念も重要な要素となっています。形態素解析で抽出したキーワードだけでは解釈を十全に行うことは難しいものと考えられます。可視化されていない文脈を読む、つまりできるだけ可視化するためには連想概念辞書も取り込んだ上で分析する方向に機能改善することが望まれると考えられます。

 転倒は一瞬で価値の逆転をもたらすことを可能とする点で濫用は慎むべき類の概念操作ですが、予想外の驚きをもたらす効果を発揮しますので、昔話では好んで用いられるようです。

 シェーマ分析は物語構造分析や評論において多用されますが、昔話ではこの二項対立で把握される図式の各項の属性を動的に転倒させていく(※必ずしも転倒に成功する訳ではない)ことで物語を転がしていくという技法が多用されると考えられます。むしろ転倒させることで二項対立の図式に持ち込むと見た方がいいでしょうか。静態から動態への認識の転換が求められるとでも言えるでしょうか。

 呪術的思考のような非合理的思考は人間の抱える弱点ですが、昔話においては逆に創造性の源ともなっていると考えることができます。

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「西行歌くらべ」ですと「諸国修行の旅に出た西行だったが、遭う人遭う人に歌で負けてしまう」くらいでしょうか。

◆余談

 西行なのにことごとく詠み負けてしまいます。私は詩心がないので歌のやり取りが魅力的に見えます。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.454-457.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年11月22日 (金)

行為項分析――呼び子

◆あらすじ

 昔、木挽きが二人で山へ仕事に入っていた。深い山の中で小屋に泊まり込んで仕事をしていたが、ある日夕方になって一人が帰ってこなかった。どうしたのだろうと思って待ってみたが、暗くなっても帰ってこないので、おーい、××やーいと大きな声で呼んだ。すると向こうの山から、おういと化物が呼び返してきた。男はしまったと思った。これは呼び子という化物で、これに呼び返しをされると、負けない様にこっちからも呼び返ししないと、呼び負けると死ぬということを聞いているからである。それで男はおういと呼び返した。すると、向こうからもやっぱり、おういと呼び返してくる。男は一生懸命に呼び返しをした。その内に次第次第に喉が痛くなり、声がかすれてきた。それでも負けられない。おうい、おうい、そうして呼び返しをしている内にようやく東が白んで夜が明けてきた。そこでようやく呼び子は呼ぶのを止めた。男はぐったりしてへたばった。そこへ連れの男が帰ってきた。お前はゆうべはどこへ行ってたのか。なんぼ待っても戻らないから大声で叫んだ(ひゃこった)が、お前が声をかけてくれないから、とうとう呼び子が声をかけてきた。呼び負けたら死ぬという話を聞いているから夜が明けるまで呼んでおった。それでとうとう息がきれてしまうところだったと男は言った。こういうことがあるから、山では一人では人を呼ぶものではないということである。

◆モチーフ分析

・木挽きが二人で山へ仕事に入っていた
・深い山の中で小屋に泊まり込んで仕事をしていたが、ある日夕方になって一人が帰ってこなかった
・どうしたのだろうと思って待ってみたが、暗くなっても帰ってこないので、大声で呼んだ
・すると向こうの山から、おういと化物が呼び返してきた
・男はしまったと思った
・呼び子という化物で、これに呼び返されて呼び負けすると死ぬという
・男は、おういと呼び返した
・向こうからもやはり、おういと呼び返してくる
・男は一生懸命に呼び返しをした
・その内に次第に喉が痛くなり、声がかすれてきた
・それでも負けられない
・おうい、おういと呼び返している内にようやく東が白んで夜が明けてきた
・それで呼び子は呼ぶのを止めた
・男はぐったりしてへたばった
・連れの男が帰ってきた
・呼び子の正体は連れの男だった
・こういうことがあるから、山では一人では人を呼ぶものではない

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:木挽き(男)
S2:木挽き(呼び子、連れの男)

O(オブジェクト:対象)
O1:仕事
O2:山
O3:小屋
O4:呼び子

m(修飾語:Modifier)
m1:泊まり込んで
m2:ある日
m3:夕方
m4:暗い
m5:大声で
m6:失敗した
m7:死んだ
m8:懸命に
m9:喉が痛い
m10:声が涸れた
m11:必死
m12:夜明け
m13:へばった
m14:一人で

X:どこか
X2:誰か
X3:他人
T:時

+:接
-:離

・木挽きが二人で山へ仕事に入っていた
(入山)(S1木挽き+S2木挽き):(S1木挽き+S2木挽き)+O2山
・深い山の中で小屋に泊まり込んで仕事をしていたが、ある日夕方になって一人が帰ってこなかった
(泊まり込み)(S1木挽き+S2木挽き):(S1木挽き+S2木挽き)+O3小屋
(泊まり込み)(S1木挽き+S2木挽き):(S1木挽き+S2木挽き)+m1泊まり込んで
(時)T:T+m2ある日
(時間経過)T:T+m3夕方
(帰還せず)S2木挽き:S2木挽き-O3小屋
・どうしたのだろうと思って待ってみたが、暗くなっても帰ってこないので、大声で呼んだ
(待つ)S1木挽き:S1木挽き+S2木挽き
(日没)O2山:O2山+m4暗い
(帰還せず)S2木挽き:S2木挽き-O3小屋
(呼ぶ)S1木挽き:S1木挽き+S2木挽き
(大声)S1木挽き:S1木挽き+m5大声で
・すると向こうの山から、おういと化物が呼び返してきた
(返答)S2化物:S2化物+S1木挽き
・男はしまったと思った
(失敗)S1木挽き:S1木挽き+m6失敗した
・呼び子という化物で、これに呼び返されて呼び負けすると死ぬという
(呼び返す)O4呼び子:O4呼び子+X2
(呼び負ける)X2:X2-O4呼び子
(死ぬ)X2:X2+m7死んだ
・男は、おういと呼び返した
(呼び返す)S1男:S1男+S2呼び子
・向こうからもやはり、おういと呼び返してくる
(返答)S2呼び子:S2呼び子+S1男
・男は一生懸命に呼び返しをした
(懸命)S1男:S1男+m8懸命に
・その内に次第に喉が痛くなり、声がかすれてきた
(痛み)S1男:S1男+m9喉が痛い
(声が涸れる)S1男+m10声が涸れた
・それでも負けられない
(必死)S1男:S1男+m11必死
・おうい、おういと呼び返している内にようやく東が白んで夜が明けてきた
(時間経過)T:T+m12夜明け
・それで呼び子は呼ぶのを止めた
(止める)S2呼び子:S2呼び子-S1男
・男はぐったりしてへたばった
(疲弊)S1男:S1男+m13へばった
・連れの男が帰ってきた
(帰還)S2連れの男:S2連れの男+O3小屋
・呼び子の正体は連れの男だった
(判明)S2呼び子:S2呼び子+S2連れの男
・こういうことがあるから、山では一人では人を呼ぶものではない
(場所)O2山:O2山+X2
(禁止)X2:X2-X3
(禁止)X2:X2+m14一人で

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

     聴き手(男と呼び子の呼びあいはどうなるか)
           ↓
送り手(男)→連れを呼び子を勘違いして呼び続ける(客体)→ 受け手(連れの男)
           ↑
補助者(なし)→ 男(主体)←反対者(連れの男)

     聴き手(勘違いした呼び合いをどう思うか)
           ↓
送り手(連れの男)→戻って来て呼び子の正体が判明(客体)→ 受け手(男)
           ↑
補助者(なし)→ 連れの男(主体)←反対者(なし)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。二人の木挽きが山の中で仕事をしていました。ある日、連れの男が夕暮れになっても帰ってこないので、男は思わず連れを大声で呼びます。連れの男は呼び返しますg、お互いに相手を呼び子だと勘違いして夜明けまで呼び合い続けたという筋立てです。

 男―連れの男(呼び子)という対立軸が見受けられます。連れ/呼び子という図式に勘違いした行為が止まらなくなってエスカレートしてしまうおかしみが暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

男♌♁♎―連れの男(呼び子)♂♎

 といった風に表記できるでしょうか。呼び子との呼び合い合戦に負けない(生き延びる)ことを価値☉と置くと、男は享受者♁となります。ただ、結局は勘違いだったと判明しますので、マイナスの享受者♁(-1)と置けるかもしれません。連れの男は呼び子と勘違いされますので対立者♂として現れます。最後にお互いを呼び子と勘違いしていたことが判明しますので、両者とも審判者♎と置けるでしょうか。なお、連れの男から見ると、男が呼び子に見えますので連れにとっては対立者♂ともなります。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「呼び子との呼び合いはどう帰結するか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「呼び子という化物の存在」「呼び負けると死んでしまう」でしょうか。「男―呼び合い―負け/死―呼び子/連れ」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:呼び子との呼び合いはどう帰結するか
        ↑
発想の飛躍:呼び子という化物の存在
      呼び負けると死んでしまう

・男―負け/死―呼び子
     ↑
・男―呼び合い―呼び子/連れ

◆発想の飛躍と概念の操作

 発想の飛躍を「常識離れした連想」と仮定しますと、上述した図式の/(スラッシュ)の箇所に特にその意図的に飛躍させた概念の操作が見出せそうです。

 呪術的思考に典型的に見られますが、ヒトは本来は繋がりのない切り離されたモノの間にも繋がりを見出すことがあります。それは情報処理におけるエラーです。ですが、科学万能の時代においてもエラーであるはずの呪術的思考が完全には消え去ることがないのは、それが人間特有の思考様式の一部であるからかもしれません。昔話では意図的にエラーを起こすとでも言えるでしょうか。

 「呼び子」では、呼び子に呼び負けると死んでしまうと言い伝えられているため、夜明けまで必死に呼び合いますが、実は互いを呼び子と勘違いしていたという展開となっています。

 図式では「男―呼び合い―負け/死―呼び子/連れ」と表記しています。これを自由連想で細分化して展開すると「男―夜―呼ぶ―返答―呼び子―呼び合い―負け―死―必死―声―涸れる―夜明け―連れ―戻る―判明」となります。「男:負け/死→呼び合い→呼び子/連れ」と図式化すればいいでしょうか。負けは死に転換されてしまいますので必死に呼び合い続けますが、夜明けと共に呼び子と思っていたものが連れの男だったと転換されるという概念の操作が行われています。これらの連想を一瞬で行っていることになります。

 以上のように、本文には現れない概念も重要な要素となっています。形態素解析で抽出したキーワードだけでは解釈を十全に行うことは難しいものと考えられます。可視化されていない文脈を読む、つまりできるだけ可視化するためには連想概念辞書も取り込んだ上で分析する方向に機能改善することが望まれると考えられます。

 転倒は一瞬で価値の逆転をもたらすことを可能とする点で濫用は慎むべき類の概念操作ですが、予想外の驚きをもたらす効果を発揮しますので、昔話では好んで用いられるようです。

 シェーマ分析は物語構造分析や評論において多用されますが、昔話ではこの二項対立で把握される図式の各項の属性を動的に転倒させていく(※必ずしも転倒に成功する訳ではない)ことで物語を転がしていくという技法が多用されると考えられます。むしろ転倒させることで二項対立の図式に持ち込むと見た方がいいでしょうか。静態から動態への認識の転換が求められるとでも言えるでしょうか。

 呪術的思考のような非合理的思考は人間の抱える弱点ですが、昔話においては逆に創造性の源ともなっていると考えることができます。

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「呼び子」ですと「呼び子だと思って呼び合っていたところ、もう一人の呼び声だった」くらいでしょうか。

◆余談

 あっけない結末ですが、呼び負けると死んでしまうという意味では呼び子は山の中に棲む怖い存在です。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.452-453.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年11月21日 (木)

行為項分析――蛙の恩返し

◆あらすじ

 昔、あるところに男がいた。ある日道を歩いていると、蛇が蛙(かえる)をくわえて呑もうとしていた。男はそれを見ると蛙がかわいそうになって、まあ悪いことをする。その蛙を放してやれ。自分の女房にしてやるからと言った。すると蛇はくわえていた蛙を放してするすると草の中へ入ってしまった。自分の言うことを聞いたものだと男は思った。それと共にえらいことを言ったものだと後悔したが、もうどうすることもできない。どうしたものか思案していた。しばらくして、きれいな女が男のところを訪ねてきた。この間約束したが、蛙を許してやったから、あなたの女房にしてくださいと女は言った。それはまあ、ああして約束したのだから、しないとは言えない。困ったことだと思ったが、約束したので女房にした。ところが男は自分の女房は蛇だ。困ったものだのうと思えば思うほど気持ちが悪くてたまらない。とうとう気病みになって床についてしまった。ある日この家へ一人の男がやって来て、ここには病人がいるということだが悪いことだと言った。それで事情を話したところ、ああ、あなたの病気にはいい薬があるがと言った。何だろうか。それは、これの背戸の大きな松の枝へ鷹(たか)が巣をかけている。その卵をとって飲んだら、たちまち良くなると男は言った。それを聞くと、男はいいことを聞いたと思って、鷹の卵をとるというのは容易なことじゃあないがと思って、女房にその話をした。すると女房は、それなら自分がとってあげる。自分なら木へ昇るのは上手だから、必ずとってあげると言った。男は喜んで、それなら取ってきてくれと言って頼んだ。女房は背戸の松の木へ行ってみた。大きな松の木のずっと上に鷹の巣がある。とても高くて女の姿では昇ることはできない。女房は元の蛇になってするすると昇っていった。ところが、巣のところへ行って卵を取ろうとするのを鷹が見つけた。雀のような小さな鳥ならどうすることもできないが、鷹のことである。二羽の鷹は鋭いくちばしと爪で飛びかかって蛇を殺してしまった。これを見たよそから来た男はくっくと笑って草の中へ姿を隠した。それは男が助けてやった蛙であった。

◆モチーフ分析

・あるところに男がいた
・ある日道を歩いていると、蛇が蛙をくわえて呑もうとしていた
・男はかわいそうに思って、その蛇を放してやれ、自分の女房にしてやるからと言った
・蛇はくわえていた蛙を放して草の中へするすると入ってしまった
・えらい事を言ったものだと後悔したが、もうどうすることもできない
・しばらくして、きれいな女が男のところを訪ねてきた
・この間約束したが、蛙を放してやったから、女房にしてくださいと女は言った
・約束したのだから、しないとは言えない
・困ったことだと思ったが、約束したので女房にした
・男は自分の女房は蛇だと思えば思うほど気持ち悪くてたまらない
・とうとう気病みになって床についてしまった
・ある日、この家へ一人の男がやって来て、ここには病人がいるということだが悪いことだと言った
・事情を話したところ、あなたの病気にはいい薬があると言った
・それは、背戸の大きな松の枝へ鷹が巣をかけている。その卵をとって飲んだら、たちまち良くなると男は言った
・いいことを聞いたと思って、鷹の卵をとるのは容易なことではないと思って、女房にその話をした
・女房は、それなら自分がとってあげると言った
・男は喜んで、それなら取ってきてくれと言って頼んだ
・女房は背戸の松の木へ行ってみた
・大きな松のずっと上に鷹の巣がある
・とても高くて女の姿では昇ることができない
・女房は元の蛇になってするすると昇っていった
・巣のところへ行って卵をとろうとするのを鷹が見つけた
・二羽の鷹は鋭いくちばしと爪で飛びかかって蛇を殺してしまった
・これを見た他所から来た男はくっくと笑って草の中へ姿を隠した
・それは男が助けてやった蛙であった

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:男(病人)
S2:蛇(女房、女)
S3:蛙(男)
S4:鷹

O(オブジェクト:対象)
O1:道
O2:草むら
O3:約束
O4:家
O5:良薬
O6:松
O7:巣
O8:卵
O9:妙案

m(修飾語:Modifier)
m1:ある日
m2:かわいそうな
m3:後悔した
m4:後戻りできない
m5:しばらく後
m6:きれいな
m7:困った
m8:気持ち悪い
m9:病んだ
m10:臥せた
m11:悪いこと
m12:喜んだ
m13:大きな
m14:上に
m15:死んだ
m16:笑った

X:どこか
T:時

+:接
-:離

・あるところに男がいた
(存在)X:X+S1男
・ある日道を歩いていると、蛇が蛙をくわえて呑もうとしていた
(時)T:T+m1ある日
(徒歩)S1男:S1男+O1道
(捕食)S2蛇:S2蛇+S3蛙
・男はかわいそうに思って、その蛇を放してやれ、自分の女房にしてやるからと言った
(憐憫)S1男:S3蛙+m2かわいそうな
(命令)S1男:S2蛇-S3蛙
(条件)S1男:S1男+S2女房
・蛇はくわえていた蛙を放して草の中へするすると入ってしまった
(解放)S2蛇:S2蛇-S3蛙
(消える)S2蛇:S2蛇+O2草むら
・えらい事を言ったものだと後悔したが、もうどうすることもできない
(後悔)S1男:S1男+m3後悔した
(覆せない)S1男:S1男+m4後戻りできない
・しばらくして、きれいな女が男のところを訪ねてきた
(時間経過)T:T+m5しばらく後
(訪問)S2女:S2女+S1男
(容貌)S2女:S2女+m6きれいな
・この間約束したが、蛙を放してやったから、女房にしてくださいと女は言った
(約束)S1男:S2女+O3約束
(応じた)S2女:S2蛇-S3蛙
(履行要求)S2女:S1男+S2女
・約束したのだから、しないとは言えない
(拒否不能)S1男:S1男+O3約束
・困ったことだと思ったが、約束したので女房にした
(困惑)S1男:S1男+m7困った
(結婚)S1男:S1男+S2女
・男は自分の女房は蛇だと思えば思うほど気持ち悪くてたまらない
(実態)S1男:S2女+S2蛇
(気味悪い)S1男:S2女+m8気持ち悪い
・とうとう気病みになって床についてしまった
(気病み)S1男:S1男+m9病んだ
(臥せる)S1男:S1男+m10臥せた
・ある日、この家へ一人の男がやって来て、ここには病人がいるということだが悪いことだと言った
(時)T:T+m1ある日
(訪問)S3男:S3男+O4家
(面会)S3男:S3男+S1病人
(感想)S3男:S1病人+m11悪いこと
・事情を話したところ、あなたの病気にはいい薬があると言った
(打ち明ける)S1男:S1男+S3男
(提案)S3男:S3男+O5良薬
・それは、背戸の大きな松の枝へ鷹が巣をかけている。その卵をとって飲んだら、たちまち良くなると男は言った
(営巣)S4鷹:S4鷹+(O6松+O7巣)
(盗む)S1男:S1男+(O8卵+O7巣)
(条件)S1男:S1男+O8卵
(回復)S3男:S1男-m9病んだ
・いいことを聞いたと思って、鷹の卵をとるのは容易なことではないと思って、女房にその話をした
(感心)S1男:S1男+O9妙案
(困難)S1男:S1男-(O8卵+O7巣)
(打ち明ける)S1男:S1男+S2女房
・女房は、それなら自分がとってあげると言った
(応諾)S2女房:S2女房+O8卵
・男は喜んで、それなら取ってきてくれと言って頼んだ
(喜ぶ)S1男:S1男+m12喜んだ
(依頼)S1男:S1男+S2女房
・女房は背戸の松の木へ行ってみた
(対面)S2女房:S2女房+O6松
・大きな松のずっと上に鷹の巣がある
(状態)O6松:O6松+m13大きな
(懸隔)O7巣:O6松+m14上に
・とても高くて女の姿では昇ることができない
(昇れず)S2女:S2女-O6松
・女房は元の蛇になってするすると昇っていった
(昇る)S2女:S2蛇+O6松
・巣のところへ行って卵をとろうとするのを鷹が見つけた
(盗む)S2蛇:S2蛇+(O8卵+O7巣)
(発覚)S4鷹:S4鷹+S2蛇
・二羽の鷹は鋭いくちばしと爪で飛びかかって蛇を殺してしまった
(攻撃)S4鷹:S4鷹+S2蛇
(死亡)S4鷹:S2蛇+m15死んだ
・これを見た他所から来た男はくっくと笑って草の中へ姿を隠した
(視認)S3男:S2蛇+m15死んだ
(ほくそ笑む)S3男:S3男+m16笑った
(隠れる)S3男:S3男+O2草むら
・それは男が助けてやった蛙であった
(正体)S3男:S3男+S3蛙

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

     聴き手(男のした約束でどうなるか)
           ↓
送り手(男)→蛙を解放したら嫁にしてやると約束(客体)→ 受け手(蛇)
           ↑
補助者(なし)→ 男(主体)←反対者(蛇)

     聴き手(男は女の要求にどう対応するか)
           ↓
送り手(蛇の女)→約束通り嫁にしてくれと要求(客体)→ 受け手(男)
           ↑
補助者(なし)→ 蛇の女(主体)←反対者(男)

     聴き手(この結婚生活はどうなるか)
           ↓
送り手(男)→やむを得ず結婚する(客体)→ 受け手(蛇の女)
           ↑
補助者(なし)→ 男(主体)←反対者(蛇の女)

     聴き手(この結婚生活はどうなるか)
           ↓
送り手(男)→やむを得ず結婚する(客体)→ 受け手(蛇の女)
           ↑
補助者(なし)→ 男(主体)←反対者(蛇の女)

     聴き手(蛙の男の提案はどうなるか)
           ↓
送り手(蛙の男)→病身の男に妙案を授ける(客体)→ 受け手(男)
           ↑
補助者(なし)→ 蛙の男(主体)←反対者(男)

     聴き手(この結婚生活はどうなるか)
           ↓
送り手(男)→蛙の男から聴いたことを話す(客体)→ 受け手(蛇の女)
           ↑
補助者(なし)→ 男(主体)←反対者(蛇の女)

     聴き手(蛇の行為はどうなるか)
           ↓
送り手(蛇)→鷹の巣の卵を獲ろうとする(客体)→ 受け手(鷹)
           ↑
補助者(なし)→ 蛇(主体)←反対者(鷹)

     聴き手(蛇の死でどうなるか)
           ↓
送り手(鷹)→卵を狙った蛇を殺す(客体)→ 受け手(蛇)
           ↑
補助者(なし)→ 鷹(主体)←反対者(蛇)

     聴き手(蛙の男の復讐をどう思うか)
           ↓
送り手(蛙の男)→蛇を笑って姿を消す(客体)→ 受け手(蛇)
           ↑
補助者(なし)→ 蛙の男(主体)←反対者(蛇)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。蛇が蛙を捕食しようとしたところを目撃した男は蛙を憐れに思い、蛇を嫁にしてやるから蛙を解放してやれと言います。すると蛇は蛙を解放して姿を消してしまいました。その後、女が約束通り嫁にしてくれと訪ねてきます。約束したので断る訳にもいかず男は女を女房とします。ですが女房の正体が蛇と知っている訳ですから気味が悪くてなりません。とうとう病んで床に臥せてしまいました。そこに男がやって来て、松の木にかかっている鷹の巣の卵を飲めば病気は治ると教えます。男はそれを女房に話し、女房は応じます。松の木は大木でしたので女の姿で登ることはできず元の蛇の姿に戻って登っていきます。ところが蛇に気づいた鷹が卵を守りに蛇を攻撃し蛇は死んでしまいます。それを見た男は含み笑いして消えます。男の正体はこの間の蛙だったという筋立てです。

 蛇(女)―蛙(男)、男―蛇(女)、蛇―鷹、といった対立軸が見受けられます。卵/妙薬の図式に巧妙に蛇の女房を陥れる罠が暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

男♌♁―蛇(女)♂―蛙(男)♎☾(♌)―鷹♂(♂)

 といった風に表記できるでしょうか。男が蛇から解放されることを価値☉と置くと、男は享受者♁となります。その場合は蛙は男に妙案を授けますので審判者♎でありかつ援助者☾(♌)と置けます。鷹は蛇を殺しますので、対立者の対立者♂(♂)と見なすことができるでしょうか。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「男は蛇の女房から解放されるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「鷹の卵を飲めば病気が治ると教える」でしょうか。「女房/蛇―薬/卵―鷹」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:男は蛇の女房から解放されるか
        ↑
発想の飛躍:鷹の卵を飲めば病気が治ると教える

・男―女房/蛇―蛙
     ↑
・女房/蛇―薬/卵―鷹

◆発想の飛躍と概念の操作

 発想の飛躍を「常識離れした連想」と仮定しますと、上述した図式の/(スラッシュ)の箇所に特にその意図的に飛躍させた概念の操作が見出せそうです。

 呪術的思考に典型的に見られますが、ヒトは本来は繋がりのない切り離されたモノの間にも繋がりを見出すことがあります。それは情報処理におけるエラーです。ですが、科学万能の時代においてもエラーであるはずの呪術的思考が完全には消え去ることがないのは、それが人間特有の思考様式の一部であるからかもしれません。昔話では意図的にエラーを起こすとでも言えるでしょうか。

 「蛙の恩返し」では、男の病を治す妙薬は鷹の卵だと吹き込まれた蛇の女房が鷹の巣に近づこうとして鷹に殺されてしまうという展開となっています。

 図式では「女房/蛇―薬/卵―鷹」と表記しています。これを自由連想で細分化して展開すると「男―気病―床―臥す―蛙の男―松―かかる―巣―鷹―卵―病―癒す―薬―話す―女房―応じる―蛇―戻る―木―登る―気づく―攻撃―死ぬ」となります。「病:卵/薬→女房/蛇」と図式化すればいいでしょうか。鷹の卵が病を癒す妙薬であると転換されて女房は蛇の姿に戻る、つまり女房から蛇へと置換されるという概念の操作が行われています。これらの連想を一瞬で行っていることになります。

 「/」が置換であったり転倒であったりと曖昧ですが、その曖昧さが創造性に繋がっていると考えます。

 また、「男:約束→蛇/女房」「蛇:鷹→生/死」とも図式化できるでしょうか。こういった転倒の連続により意外性がもたらされ、物語が展開していきます。

 以上のように、本文には現れない概念も重要な要素となっています。形態素解析で抽出したキーワードだけでは解釈を十全に行うことは難しいものと考えられます。可視化されていない文脈を読む、つまりできるだけ可視化するためには連想概念辞書も取り込んだ上で分析する方向に機能改善することが望まれると考えられます。

 転倒は一瞬で価値の逆転をもたらすことを可能とする点で濫用は慎むべき類の概念操作ですが、予想外の驚きをもたらす効果を発揮しますので、昔話では好んで用いられるようです。

 シェーマ分析は物語構造分析や評論において多用されますが、昔話ではこの二項対立で把握される図式の各項の属性を動的に転倒させていく(※必ずしも転倒に成功する訳ではない)ことで物語を転がしていくという技法が多用されると考えられます。むしろ転倒させることで二項対立の図式に持ち込むと見た方がいいでしょうか。静態から動態への認識の転換が求められるとでも言えるでしょうか。

 呪術的思考のような非合理的思考は人間の抱える弱点ですが、昔話においては逆に創造性の源ともなっていると考えることができます。

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「蛙の恩返し」ですと「男の病を治すために鷹の卵を取りに蛇の姿に戻ったところ、親の鷹に殺されてしまった」くらいでしょうか。

◆余談

 異類婚姻譚ですが、この話では女房が蛇であることを知っていて気味悪がるという点が特徴です。婚姻は解消されますが、望んでのことである点が他の異類婚姻譚とは異なっています。

 蛙の蛇に対する復讐譚と見なすことも可能です。ここでは蛙は知恵者として描かれています。

 私は子供の頃におたまじゃくしから蛙の姿になったばかりの蛙が数匹蛇に捕食される場面を目撃したことがあります。蛙はどういう訳か逃げずにじっとしているのです。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.449-451.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年11月20日 (水)

行為項分析――手水をまわせ

■手水をまわせ

◆あらすじ

 昔、あるところに一人の庄屋がいた。あるとき代官が見回りにきて庄屋の家で泊まることになったので、庄屋はたいそう恐れて取りもった。明くる朝代官が縁側へ出て手を叩いたので、下女が飛んでいってご用を伺うと、代官は手水(ちょうず)をまわせと言った。下女は驚いて庄屋のところへ行って、代官が手水をまわせと言っているがどうしようと言ったので、庄屋はびっくりして、手水をまわせと言われても、厠(かわや)は九尺二間に風呂場がついているから回すことはできないと言って、下男の長吉を呼んで寺へ行って訊いてこいと言った。長吉はさっそく飛んでいって尋ねたので、和尚さんはびっくりして何事だと言うと、長吉が事情を説明した。和尚は字引きを出して調べていたが、分かった。ちょうは長い、ずは頭だ。ちょうずというのは長い頭だ。お前の頭は長いから、それを回せばいいと言った。長吉は飛んで帰ってみると、代官はしきりに手水をまわせと催促していた。そこで長吉は代官の前へ行って、ただ今回しますと言って、長い頭をぎいらりぎいらり回しはじめた。代官はこれを見ておかしな事をする奴だと思って、早く手水をまわせと催促した。長吉はただ今回しているところですと言うので、代官は不思議に思って、どうして頭を回しているのかと問うと、ちょうは長い、ずは頭ですから、私の長い頭を回しているのですと長吉は答えた。代官は笑って、手水とはそうではない。顔を洗う水のことだと言って聞かせた。代官が帰った後で、庄屋が自分もひとつ旅に出て代官の通りにやってみようと思って、ある宿屋に泊まった。朝になって縁側へ出て、手水をまわせと言ったら、下女はたらいに水を入れて塩を持ってきた。庄屋はどうしてよいかさっぱり分からないが、これはこの水に塩を入れて飲むのに違いないと思って、水の中に塩を入れて、飲みにくいのを我慢してみんな飲んでしまった。それから家に帰って話すと、下女が代官さまは塩で歯をすり、水で顔を洗ったと言ったので、庄屋はこれはしまった。やり直してこようと言ってまた旅に出て前の宿屋に泊まった。庄屋は朝になって縁側に出て、手水をまわせと言うと、宿の者が、あのお客はこの前泊まったとき手水を使わずに飲んでしまったから、きっとお腹がすくのであろうと言って、今度は下女が盆に団子をのせて梅干を添えて持ってきた。はあ、水の代わりに団子。塩の代わりに梅干だなと思って、梅干で歯をすり、団子を潰して顔に塗りまわしたので、宿の者はおかしくてたまらず、それは顔につけるものではない、食べるものだと言った。

◆モチーフ分析

・あるところに一人の庄屋がいた
・あるとき代官が見回りにきて庄屋の家で泊まることになった
・庄屋はたいそう恐れて取りもった
・明くる朝、代官が縁側へ出て手を叩いたので、下女がご用を伺うと、代官は手水をまわせと言った
・下女は驚いて庄屋のところへ言って手水をまわせと言っているがどうしようと言った
・庄屋はびっくりして、厠は九尺二間に風呂場がついているから回すことはできないと言って、下男を呼んで寺へ行って尋ねさせた
・和尚が何事だと言うと下男が事情を説明した
・和尚は字引を出して調べていたが、ちょうは長い、ずは頭だ。つまり、ちょうずは長い頭だ。下男の頭は長いから、それを回せばいいと言った
・下男が飛んで帰ってみると、代官はしきりに手水をまわせと催促していた
・下男は代官の前へ行って長い頭を回しはじめた
・代官はおかしな事をする奴だと思って、早く手水をまわせと催促した
・下男はただ今回しているところですと言った
・代官が不思議に思って、どうして頭を回しているのかと問うと、ちょうず、つまり自分の長い頭を回しているのだと下男は答えた
・代官は笑って、手水とは顔を洗う水のことだと言って聞かせた
・代官が帰った後で、庄屋は自分も旅に出て代官の通りにやってみようと思って、ある宿屋に泊まった
・朝になって縁側へ出て、手水をまわせと言ったら、下女はたらいに水を入れて塩を持ってきた
・庄屋はどうしたらよいか分からないが、これはこの水に塩を入れて飲むのだろうと思って、我慢してみんな飲んでしまった
・それから家へ帰って話すと、下女は代官は塩で歯をすり、水で顔を洗ったと言った
・しまった、やり直してこようと思った庄屋はまた旅に出て前の宿屋に泊まった
・朝になって庄屋は縁側に出て手水をまわせと言った
・宿の者はあの客はこの前泊まったとき手水を使わず飲んでしまったから、きっとお腹がすくのだろうと思って、今度は盆に団子と梅干しを載せて持ってきた
・庄屋は梅干で歯をする、団子を潰して顔に塗り回した
・宿の者はおかしくてたまらず、それは顔につけるものではない、食べるものだと言った

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:庄屋
S2:代官
S3:下女
S4:下男
S5:和尚
S6:下女(宿の者)

O(オブジェクト:対象)
O1:庄屋の家
O2:縁側
O3:要求
O4:厠
O5:風呂場
O6:寺
O7:字引き
O8:解釈
O9:手水
O10:意味
O11:旅
O12:宿屋
O13:たらい
O14:水
O15:塩
O16:歯磨き
O17:洗顔
O18:団子
O19:梅干し

m(修飾語:Modifier)
m1:かしこまった
m2:翌朝
m3:驚いた
m4:回せない
m5:しきりに
m6:早く
m7:ただ今
m8:不思議な
m9:苦笑
m10:よく分からない
m11:我慢して
m12:腹が空いた

X:どこか
T:時

+:接
-:離

・あるところに一人の庄屋がいた
(存在)X:X+S1庄屋
・あるとき代官が見回りにきて庄屋の家で泊まることになった
(見回り)S2代官:S2代官+X
(宿泊)S2代官:S2代官+O1庄屋の家
・庄屋はたいそう恐れて取りもった
(かしこまる)S1庄屋:S1庄屋+m1かしこまった
(取り持つ)S1庄屋:S1庄屋+S2代官
(泊める)S1庄屋:S2代官+O1庄屋の家
・明くる朝、代官が縁側へ出て手を叩いたので、下女がご用を伺うと、代官は手水をまわせと言った
(時間経過)T:T+m2翌朝
(呼ぶ)S2代官:S2代官+S3下女
(手水をまわせ)S2代官:S2代官+O3要求
・下女は驚いて庄屋のところへ言って手水をまわせと言っているがどうしようと言った
(驚く)S3下女:S3下女+m3驚いた
(相談)S3下女:S3下女+S1庄屋
(相談)S3下女:S2代官+O3要求
・庄屋はびっくりして、厠は九尺二間に風呂場がついているから回すことはできないと言って、下男を呼んで寺へ行って尋ねさせた
(驚く)S1庄屋:S1庄屋+m3驚いた
(付属)O4厠:O4厠+O5風呂場
(性質)O4厠:O4厠+m4回せない
(呼ぶ)S1庄屋:S1庄屋+S4下男
(使いに出す)S1庄屋:S4下男+O6寺
・和尚が何事だと言うと下男が事情を説明した
(質問)S5和尚:S5和尚+S4下男
(説明)S4下男:S2代官+O3要求
・和尚は字引を出して調べていたが、ちょうは長い、ずは頭だ。つまり、ちょうずは長い頭だ。下男の頭は長いから、それを回せばいいと言った
(調べる)S5和尚:S5和尚+O7字引き
(解釈)S5和尚:S4下男+O8解釈
・下男が飛んで帰ってみると、代官はしきりに手水をまわせと催促していた
(帰宅)S4下男:S4下男+O1庄屋の家
(催促)S2代官:O3要求+m5しきりに
・下男は代官の前へ行って長い頭を回しはじめた
(面会)S4下男:S4下男+S2代官
(披露)S4下男:S2代官+O8解釈
・代官はおかしな事をする奴だと思って、早く手水をまわせと催促した
(不審)S2代官:S2代官-O8解釈
(催促)S2代官:O3要求+m6早く
・下男はただ今回しているところですと言った
(回答)S4下男:O8解釈+m7ただ今
・代官が不思議に思って、どうして頭を回しているのかと問うと、ちょうず、つまり自分の長い頭を回しているのだと下男は答えた
(疑問)S2代官:S2代官+m8不思議な
(訊く)S2代官:S4下男+O8解釈
(解説)S4下男:S4下男+O8解釈
・代官は笑って、手水とは顔を洗う水のことだと言って聞かせた
(苦笑)S2代官:S2代官+m9苦笑
(説明)S2代官:S4下男+(O9手水+O10意味)
・代官が帰った後で、庄屋は自分も旅に出て代官の通りにやってみようと思って、ある宿屋に泊まった
(帰還)S2代官:S2代官-O1庄屋の家
(構想)S1庄屋:S1庄屋+O11旅
(真似)S1庄屋:S1庄屋+S2代官
(宿泊)S1庄屋:S1庄屋+O12宿屋
・朝になって縁側へ出て、手水をまわせと言ったら、下女はたらいに水を入れて塩を持ってきた
(時刻)T:T+m2翌朝
(要求)S1庄屋:S1庄屋+O3要求
(応対)S6下女:S1庄屋+(O13たらい+O14水+O15塩)
・庄屋はどうしたらよいか分からないが、これはこの水に塩を入れて飲むのだろうと思って、我慢してみんな飲んでしまった
(理解できず)S1庄屋:S1庄屋+m10よく分からない
(飲み干す)S1庄屋:S1庄屋+(O14水+O15塩)
(我慢)S1庄屋:S1庄屋+m11我慢して
・それから家へ帰って話すと、下女は代官は塩で歯をすり、水で顔を洗ったと言った
(帰宅)S1庄屋:S1庄屋+O1庄屋の家
(話す)S1庄屋:S1庄屋+S3下女
(回答)S3下女:S2代官+O10意味
(回答)S2代官:S2代官+(O16歯磨き+O17洗顔)
・しまった、やり直してこようと思った庄屋はまた旅に出て前の宿屋に泊まった
(決意)S1庄屋:S1庄屋+(O16歯磨き+O17洗顔)
(宿泊)S1庄屋:S1庄屋+O12宿屋
・朝になって庄屋は縁側に出て手水をまわせと言った
(時刻)T:T+m2翌朝
(要求)S1庄屋:S1庄屋+O3要求
・宿の者はあの客はこの前泊まったとき手水を使わず飲んでしまったから、きっとお腹がすくのだろうと思って、今度は盆に団子と梅干しを載せて持ってきた
(推測)S6宿の者:S1庄屋+m12腹が空いた
(用意)S6宿の者:S1庄屋+(O18団子+O19梅干し)
・庄屋は梅干で歯をする、団子を潰して顔に塗り回した
(歯磨き)S1庄屋:O19梅干し+O16歯磨き
(洗顔)S1庄屋:O18団子+O17洗顔
・宿の者はおかしくてたまらず、それは顔につけるものではない、食べるものだと言った
(苦笑)S6宿の者:S6宿の者+m9苦笑
(説明)S6宿の者:S1庄屋+O10意味

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

     聴き手(代官が泊まったらどうなるか)
           ↓
送り手(代官)→代官が庄屋の家に泊まる(客体)→ 受け手(庄屋)
           ↑
補助者(なし)→ 庄屋(主体)←反対者(なし)

     聴き手(手水を回せの意味は何か)
           ↓
送り手(代官)→翌朝、手水を回せと言う(客体)→ 受け手(下女)
           ↑
補助者(庄屋)→ 代官(主体)←反対者(なし)

     聴き手(庄屋はどう対応するか)
           ↓
送り手(下女)→手水を回せの意味を尋ねる(客体)→ 受け手(庄屋)
           ↑
補助者(なし)→ 下女(主体)←反対者(なし)

     聴き手(和尚はどう対応するか)
           ↓
送り手(庄屋)→下男を遣わして意味を尋ねる(客体)→ 受け手(和尚)
           ↑
補助者(下男)→ 庄屋(主体)←反対者(なし)

     聴き手(説明を受けた下男はどう対応するか)
           ↓
送り手(和尚)→頓珍漢な解釈をする(客体)→ 受け手(下男)
           ↑
補助者(字引き)→ 和尚(主体)←反対者(なし)

     聴き手(代官はどう対応するか)
           ↓
送り手(下男)→長い頭を回す(客体)→ 受け手(代官)
           ↑
補助者(和尚)→ 下男(主体)←反対者(なし)

     聴き手(代官の対応をどう思うか)
           ↓
送り手(代官)→笑って意味を説明する(客体)→ 受け手(下男)
           ↑
補助者(なし)→ 代官(主体)←反対者(なし)

     聴き手(庄屋の行動はどうなるか)
           ↓
送り手(庄屋)→旅に出て真似をする(客体)→ 受け手(宿屋の者)
           ↑
補助者(下男)→ 庄屋(主体)←反対者(なし)

     聴き手(庄屋の行動はどうなるか)
           ↓
送り手(庄屋)→たらいの水を飲み干す(客体)→ 受け手(宿屋の者)
           ↑
補助者(なし)→ 庄屋(主体)←反対者(なし)

      聴き手(庄屋はどうするか)
           ↓
送り手(下女)→帰宅後、正しい意味を伝える(客体)→ 受け手(庄屋)
           ↑
補助者(なし)→ 庄屋(主体)←反対者(なし)

     聴き手(庄屋の行動はどうなるか)
           ↓
送り手(庄屋)→再び旅に出て同じ要求をする(客体)→ 受け手(宿屋の者)
           ↑
補助者(なし)→ 庄屋(主体)←反対者(なし)

     聴き手(庄屋の行動はどうなるか)
           ↓
送り手(庄屋)→梅干しで歯磨き、団子で洗顔する(客体)→ 受け手(宿屋の者)
           ↑
補助者(なし)→ 庄屋(主体)←反対者(なし)

     聴き手(庄屋のうっかりをどう思うか)
           ↓
送り手(宿屋の者)→正しい意味を教える(客体)→ 受け手(庄屋)
           ↑
補助者(なし)→ 宿屋の者(主体)←反対者(なし)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。代官が庄屋の家に泊まりました。翌朝、代官は「手水を回せ」と要求します。下女も庄屋も意味が分かりません。下男を寺に遣わして和尚に訊くと、和尚は和尚で頓珍漢な解釈をします。それを下男が披露すると、代官は笑って「手水を回せ」の意味を説明する。顛末を聴いた庄屋は自分も真似しようと旅に出て宿屋に泊まります。翌朝「手水を回せ」と要求すると、たらい一杯の水を出されました。意味が分からないので我慢して飲み干してしまいます。帰宅後、正しい意味を知った庄屋は再び宿泊します。翌朝、宿の者は庄屋はよほど腹が空くのだろうと梅干しと団子を出します。ところが庄屋はそれで歯磨きと洗顔をして笑われたという筋立てです。農村の知識人層であるはずの庄屋が意味を知らない。同じく知識人層である和尚も頓珍漢な解釈をしてしまいます。

 庄屋―代官、下女―代官、庄屋―下男、下男―和尚、下男―代官、庄屋―宿の者、といった対立軸が見受けられます。手水/長頭の図式に知識人であるはずの庄屋や和尚が慣用句を知らないといったおかしみが暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

1. 庄屋♌―代官♁♎―下女☾(♌)―下男☾(♌)―和尚♎(-1)
2. 庄屋♌♁(-1)―宿屋の者☾(♌)♎

 といった風に表記できるでしょうか。「手水を回せ」の正しい意味を価値☉と置くと、代官は享受者♁となり、また正しい意味を教えますので審判者♎ともなります。下女と下男は庄屋の援助者☾(♌)となります。和尚も字引きを引いて解釈しますので審判者とおけますが、頓珍漢な解釈をしますので、マイナスの審判者♎(-1)と置けるでしょうか。

 一方で、旅に出た庄屋は今度は自身が享受者♁ともなりますが、頓珍漢な行いをしてしまい恥をかいてしまいますので、マイナスの享受者♁(-1)と置けるでしょうか。庄屋をもてなす宿屋の者は援助者☾(♌)であり、正しい意味を教える審判者♎の役割も担っています。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「代官の要求はどんな結果をもたらすか」「意味をちゃんと確認しなかった庄屋はどんな行動をするか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「農村の知識人である庄屋や和尚ですら手水を回すの意味を知らなかった」でしょうか。「和尚―手水/長頭―下男―代官」「庄屋―梅干し/歯磨き―団子/洗顔―宿の者」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:代官の要求はどんな結果をもたらすか
      意味をちゃんと確認しなかった庄屋はどんな行動をするか
        ↑
発想の飛躍:農村の知識人である庄屋や和尚ですら手水を回すの意味を知らなかった

・代官―手水―下女/庄屋
     ↑
・和尚―手水/長頭―下男―代官
・庄屋―梅干し/歯磨き―団子/洗顔―宿の者

◆発想の飛躍と概念の操作

 発想の飛躍を「常識離れした連想」と仮定しますと、上述した図式の/(スラッシュ)の箇所に特にその意図的に飛躍させた概念の操作が見出せそうです。

 呪術的思考に典型的に見られますが、ヒトは本来は繋がりのない切り離されたモノの間にも繋がりを見出すことがあります。それは情報処理におけるエラーです。ですが、科学万能の時代においてもエラーであるはずの呪術的思考が完全には消え去ることがないのは、それが人間特有の思考様式の一部であるからかもしれません。昔話では意図的にエラーを起こすとでも言えるでしょうか。

 「手水をまわせ」では、農村の知識人層であるはずの庄屋や和尚が「手水を回せ」という慣用句の意味を知らなかったため騒動が起きるという筋立てとなっています。

 図式では「和尚―手水/長頭―下男―代官」と表記しています。これを自由連想で細分化して展開すると「和尚―手水―字引き―引く―ちょう―長―ず―頭―下男―長頭―回す―代官―笑う―意味―教える」となります。「和尚:解釈→手水/長頭」と図式化すればいいでしょうか。「手水」から漢字としての意味が剥奪され、「ちょう」は「長」に、「ず」は「頭」へと転換され結合して「長頭」へと全く異なる意味に転換されるという概念の操作が行われています。これらの連想を一瞬で行っていることになります。

 また、「宿の者:庄屋→洗顔/空腹」「庄屋:手水→梅干し/歯磨き+団子/洗顔」とも図式化できるでしょうか。こういった転倒の連続により意外性がもたらされ、物語が展開していきます。

 以上のように、本文には現れない概念も重要な要素となっています。形態素解析で抽出したキーワードだけでは解釈を十全に行うことは難しいものと考えられます。可視化されていない文脈を読む、つまりできるだけ可視化するためには連想概念辞書も取り込んだ上で分析する方向に機能改善することが望まれると考えられます。

 転倒は一瞬で価値の逆転をもたらすことを可能とする点で濫用は慎むべき類の概念操作ですが、予想外の驚きをもたらす効果を発揮しますので、昔話では好んで用いられるようです。

 シェーマ分析は物語構造分析や評論において多用されますが、昔話ではこの二項対立で把握される図式の各項の属性を動的に転倒させていく(※必ずしも転倒に成功する訳ではない)ことで物語を転がしていくという技法が多用されると考えられます。むしろ転倒させることで二項対立の図式に持ち込むと見た方がいいでしょうか。静態から動態への認識の転換が求められるとでも言えるでしょうか。

 呪術的思考のような非合理的思考は人間の抱える弱点ですが、昔話においては逆に創造性の源ともなっていると考えることができます。

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「手水をまわせ」ですと「手水を使う様子を下女に聞かないまま宿を借りた庄屋は恥をかいてしまった」くらいでしょうか。

◆余談

 目の前で頓珍漢な行いをされても笑って許した代官は懐の深い人物かもしれません。村の知識人層であるはずの庄屋や和尚が「手水を回せ」という慣用句を知らなかったことがおかしみに繋がってします。そのため、庄屋は思わぬ恥をかいてしまうことになります。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.445-448.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年11月19日 (火)

行為項分析――弓の名人

◆あらすじ

 昔、ある田舎に百姓の息子がいた。毎日毎日仕事をしていたが、百姓が嫌になったので、一つこれから侍になってやろう。侍になったら威張ることができると思った。そこで刀を二本求めて腰に差し、旅に出た。その内に日が暮れたので宿へ泊まった。部屋に通されたところ、床の間に長刀(なぎなた)が飾ってあった。この長刀は自分がいつも使う鎌とは大分違うと息子はつくづく長刀を見て感心した様につぶやいた。刀かけを見ると刀がかけてある。息子は手にとって抜いて見た。刀はぴかぴか光っている。これが本当の名剣というものだと息子はつぶやいた。ほとりに弓があった。息子は弓を取り上げると、矢をつがえてみた。一生懸命引き絞ってパッと放した。すると矢は障子をぶすっと射ぬいて外へ飛んでいってしまった。しまった。これは大事になった。誰かやかましく言ってくるに違いない。早く出ていこう。息子は慌てて庭へ下りて草鞋(わらじ)を履いていると、隣の家の人がごめんくださいと宿屋へ入ってきた。何を言うかと思って聴いていると、この宿にお侍さんが泊まっているかとその人は宿の者に尋ねた。これはしまった。あの弓を射たのでやられるに違いないと思っていると、それでは今弓を射てくれたのはその人に違いない。実はうちの蔵へ盗人が入って物を盗って出ようとするところへ矢が当たって盗人が倒れたので、おかげで物を盗られずに済んだと言った。息子はそれを聞くと、早速草履を脱いで座敷へ上がってかしこまっていた。するとそこへ、弓を射てくださったお侍というのはあなたかと言ってさっきの隣の人が入ってきた。その人はお礼に沢山の金をくれた。それからこの話が段々伝わって隣の村へ聞こえた。隣の村では猪が出て田畑を荒らす。何とかして退治せねばと言っているところだったので、隣の村に弓の名人がいるということだ。それに頼んで退治してもらおうということになって頼みに来た。息子は引き受けた。馬の用意をせよと言った。馬を連れてきたが、息子は馬に乗ったこともなければ、馬に乗ったのを見たこともないので、大きなことを言ったが困ったと思った。それから馬の上へ這い上がって後ろ向きに乗った。そして尻尾を固く握りしめた。この侍は不思議な侍だと言いながら隣村の百姓たちは馬の後ろへついて行った。その内に川へ来た。馬が川へ下りていくと、尻尾の方が高くなって、とてもいい具合だった。百姓たちは感心した。ところが川を渡ると、今度は向こうの岸へ上がることになった。馬は立った様に前が高くなったので、息子は弓を持ったまま、どぶんと川へ落ちてしまった。百姓たちがたまげると、その方ども、何を騒ぐかと言って息子は鮎を二尾ほど矢へ突き刺して、これを獲りに入ったのだと言って上がってきた。なるほど、名人というものは違ったものだ、百姓たちはまた感心した。それからまた馬に乗って、いよいよ隣村へ着いた。猪はどこに出るかと聞くと、あの向こうの山へ出るとなって、明くる日になると、息子は大きな高い崖のほとりへ行って待っていた。ところがいくら待っても猪が出てこない。退屈になったので、着物を脱いで蚤(のみ)を取りはじめた。そこへ大きな音がしたかと思うと、大きな猪が飛んできた。あまり急に来たので、弓を射る間もありはしない。慌てて蚤をとっていた着物を振ると、猪が真っ直ぐに飛んでいって崖の上から下へ落ちてしまった。息子は急いで下りてみると、猪は足を折って死んでいる。百姓たちが来ては具合が悪い。矢を尻の穴に力いっぱい差し込んでおいた。それから上へあがって着物を着て休んでいると百姓たちがやって来た。あそこの崖の下にいるはずだから行ってみよと言い、一緒に下りてみると、大きな猪が死んでいる。百姓たちは感心して見ていたが、どこにも矢が立っていない。よくよく見ると尻の穴から羽根が覗いている。これは上手なこと。肉を少しも痛めずに射たものだ。これがまことの名人だと百姓たちはますます感心した。この話がどんどん広がって殿さまの耳に入った。殿さまには姫がいたが、いい聟がいなくて困っていた。そういう弓の名人がいるなら、この頃山賊が出て困っているからこれを退治させて、退治したら姫の聟にすることにしようと殿さまは言った。百姓の息子は殿さまの前へ召し出された。姫が見ると出来の悪い百姓の様な男なので、どうもこの男は自分の聟には欲しくないと思って、どうかして殺してやりたいと思った。そこで握飯を沢山こしらえて、その中へ毒を入れて持たせて山賊の出るところへ連れていった。息子はそれがしは弓の名人である。山賊どもが毎晩出て荒らすということを聞いて征伐に参った。すぐに出てこいと大きな声で怒鳴った。すると何をぬかすか、小せがれめと言って五六人の山賊が岩屋から出てきた。息子は弓を射ることも何もできない。これは敵わないと思って、どんどん逃げ出した。山賊たちはどこまでも追っかけてくるので、息子は敵わないので木へ登った。木登りはとても上手なので猿の様に上っていくと、腰に結んでいた握飯の紐が解けてボトボトみな落ちた。山賊たちはこれを見ると、腹が減っていたと見えてわれ勝ちに拾って食べたので皆死んでしまった。息子はこの様を見ると、木の上から下りてきて皆首を切って、殿さまのところへ持って帰った。いいつけ通り、山賊をことごとく退治したから、約束通り姫の聟にしてくれと殿さまに申し上げた。そして殿さまも姫も息子を聟にした。

◆モチーフ分析

・ある田舎に百姓の息子がいた
・百姓が嫌になったので、これから侍になってやろう、侍になったら威張ることできると思った
・そこで刀を二本求めて腰に差し、旅に出た
・日が暮れたので宿へ泊まった
・床の間に長刀や刀が飾ってあったので、これが本物だと感心した
・弓があったので矢をつがえて、一生懸命引き絞ってパッと放した
・矢は障子を射ぬいて外へ飛んでいってしまった
・これは大事になった。早く出ていこうと草鞋を履いていると、隣の家の人が宿屋へ入ってきた
・隣の家の人はうちの蔵に盗人が入って物を盗って出ようとするところへ矢が当たって盗人が倒れたので、おかげで物を盗られずに済んだと言った
・息子は草鞋を脱いで座敷へ上がってかしこまった
・宿の人はお礼に沢山の金をくれた
・この話が段々伝わって隣の村へ聞こえた
・隣の村では猪が出て田畑を荒らすので何とかして退治せねばと言っているところだったので、隣の村の弓の名人に頼んで退治してもらおうと頼みに来た
・息子は馬の用意をさせた
・馬に乗ったことがなく、馬に乗ったのを見たこともなかった
・息子は馬に後ろ向きに乗って尻尾を固く握りしめた
・馬が川を渡ると、馬は立ったように前が高くなったので、息子は弓を持ったまま川へ落ちてしまった
・息子は鮎を二尾ほど矢を突き刺して、これを獲りに入ったのだと言い張った
・隣村に着いた明くる日、息子は高い崖のほとりへ行って村人たちが猪を追い込むのを待っていた
・いくら待っても猪が出てこない
・退屈なので、着物を脱いで蚤を取りはじめた
・そこへ大きな猪が飛んできた
・急に来たので弓を射る間もなかった、着物を振ると、猪は真っ直ぐに飛んでいって崖から下へ落ちてしまった
・息子が急いで下りてみると猪は足を折って死んでいた
・百姓たちが来ては具合が悪いので、猪の尻の穴に差し込んでおいた
・百姓たちがやって来て崖の下に下りてみると、大きな猪が死んでいる
・よく見ると尻の穴から羽根が覗いているので、肉を少しも痛めずに射た、これがまことの名人だと百姓たちは感心した
・この話がどんどん広がって殿さまの耳に入った
・殿さまには姫がいたが、いい聟がいなくて困っていた
・弓の名人がいるなら、このころ山賊が出て困っているから、これを退治させて、退治したら姫の聟にしようと殿さまは言った
・百姓の息子は殿さまの前へ召し出された
・姫が見ると、出来の悪い百姓の様な男なので、この男は聟に欲しくないと思って、どうにかして殺してやりたいと思った
・そこで握飯を沢山こしらえて、その中へ毒を入れて持たせて、山賊の出るところへ連れていった
・息子は自分は弓の名人である。征伐に参った。すぐに出てこいと大声で怒鳴った
・すると、五六人の山賊が岩屋から出てきた
・息子は弓を射ることも何もできない
・これは敵わないと思って、どんどん逃げ出した
・山賊たちはどこまでも追ってくるので、息子は木の上へ登った
・木登りは上手なので猿の様に上って行くと、腰に結んでいた握飯の紐が解けて皆落ちてしまった
・山賊たちは腹が減っていたと見えてわれ勝ちに拾って食べたので皆死んでしまった
・息子はこの様を見ると、木の上から下りてきて皆首を切って殿さまのところへ持って帰った
・言いつけ通り、山賊をことごとく退治したから、約束通り姫の聟にしてくれと殿さまに申し上げた
・殿さまも姫も息子を聟にした

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:息子(弓の名人)
S2:隣家の人
S3:泥棒
S4:宿の人
S5:猪
S6:村人
S7:殿さま
S8:姫
S9:山賊(首)

O(オブジェクト:対象)
O1:ある田舎
O2:百姓
O3:侍
O4:刀
O5:宿
O6:床の間
O7:長刀
O8:弓
O9:矢
O10:障子
O11:草履
O12:蔵
O13:座敷
O14:金
O15:噂
O16:隣村
O17:田畑
O18:馬
O19:尻尾
O20:川
O21:鮎
O22:崖
O23:服
O24:蚤
O25:尻の穴
O26:白羽
O27:聟
O28:握飯
O29:毒
O30:岩屋
O31:木

m(修飾語:Modifier)
m1:百姓の
m2:嫌気した
m3:威張った
m4:日暮れ
m5:本物
m6:感心した
m7:外へ
m8:大事だ
m9:倒れた
m10:かしこまった
m11:後ろ向きに
m12:立った
m13:翌日
m14:退屈した
m15:死んだ
m16:足を折った
m17:不都合な
m18:痛めた
m19:名人
m20:広まった
m21:困惑した
m22:退治された
m23:出来の悪い
m24:得手な
m25:空腹な

X:どこか
T:時

+:接
-:離

・ある田舎に百姓の息子がいた
(存在)O1ある田舎:O1ある田舎+S1息子
(身分)S1息子:S1息子+m1百姓の
・百姓が嫌になったので、これから侍になってやろう、侍になったら威張ることできると思った
(嫌気)S1息子:O2百姓+m2嫌気した
(立志)S1息子:S1息子+O3侍
(振る舞い)O3侍:O3侍+m3威張った
・そこで刀を二本求めて腰に差し、旅に出た
(帯刀)S1息子:S1息子+O4刀
(出立)S1息子:S1息子-O1ある田舎
・日が暮れたので宿へ泊まった
(時刻)T:T+m4日暮れ
(宿泊)S1息子:S1息子+O5宿
・床の間に長刀や刀が飾ってあったので、これが本物だと感心した
(飾る)O6床の間:O6床の間+(O4刀+O7長刀)
(感心)S1息子:(O4刀+O7長刀)+(m5本物+m6感心した)
・弓があったので矢をつがえて、一生懸命引き絞ってパッと放した
(つがえる)S1息子:S1息子+(O8弓+O9矢)
(射る)S1息子:S1息子+O9矢
・矢は障子を射ぬいて外へ飛んでいってしまった
(貫通)O9矢:O9矢+O10障子
(貫通)O9矢:O9矢+m7外へ
・これは大事になった。早く出ていこうと草鞋を履いていると、隣の家の人が宿屋へ入ってきた
(慌てる)S1息子:S1息子+m8大事だ
(逃走準備)S1息子:S1息子-O5宿
(到来)S2隣家の人:S2隣家の人+O5宿
・隣の家の人はうちの蔵に盗人が入って物を盗って出ようとするところへ矢が当たって盗人が倒れたので、おかげで物を盗られずに済んだと言った
(強盗)S2隣家の人:S3泥棒+O12蔵
(命中)O9矢:O9矢+S3泥棒
(倒れる)S3泥棒:S3泥棒+m9倒れた
(被害なし)S2隣家の人:S2隣家の人-S3泥棒
・息子は草鞋を脱いで座敷へ上がってかしこまった
(脱ぐ)S1息子:S1息子-O11草履
(上がる)S1息子:S1息子+O13座敷
(かしこまる)S1息子:S1息子+m10かしこまった
・宿の人はお礼に沢山の金をくれた
(お礼)S4宿の人:S1息子+O14金
・この話が段々伝わって隣の村へ聞こえた
(伝聞)O15噂:O15噂+O16隣村
・隣の村では猪が出て田畑を荒らすので何とかして退治せねばと言っているところだったので、隣の村の弓の名人に頼んで退治してもらおうと頼みに来た
(退治)O16隣村:O16隣村+S5猪
(猪害)S5猪:S5猪+O17田畑
(依頼)O16隣村:O16隣村+S1弓の名人
・息子は馬の用意をさせた
(用意)S1息子:O16隣村+O18馬
・馬に乗ったことがなく、馬に乗ったのを見たこともなかった
(未経験)S1息子:S1息子-O18馬
・息子は馬に後ろ向きに乗って尻尾を固く握りしめた
(乗馬)S1息子:S1息子+O18馬
(乗馬)S1息子:O18馬+m11後ろ向きに
(掴む)S1息子:S1息子+O19尻尾
・馬が川を渡ると、馬は立ったように前が高くなったので、息子は弓を持ったまま川へ落ちてしまった
(渡河)O18馬:O18馬+O20川
(立つ)O18馬:O18馬+m12立った
(落馬)S1息子:O18馬-S1息子
(川に落ちる)S1息子:S1息子+O20川
・息子は鮎を二尾ほど矢を突き刺して、これを獲りに入ったのだと言い張った
(刺す)S1息子:O21鮎+O9矢
(誇示)S1息子:S1息子+O21鮎
・隣村に着いた明くる日、息子は高い崖のほとりへ行って村人たちが猪を追い込むのを待っていた
(時間経過)T:T+m13翌日
(待機)S1息子:S1息子+O22崖
(追い込み)S6村人:S5猪+O22崖
・いくら待っても猪が出てこない
(遭遇せず)S1息子:S1息子-S5猪
・退屈なので、着物を脱いで蚤を取りはじめた
(退屈)S1息子:S1息子+m14退屈した
(脱衣)S1息子:S1息子-O23服
(蚤とり)S1息子:S1息子-O24蚤
・そこへ大きな猪が飛んできた
(遭遇)S1息子:S1息子+S5猪
・急に来たので弓を射る間もなかった、着物を振ると、猪は真っ直ぐに飛んでいって崖から下へ落ちてしまった
(射られず)S1息子:S1息子-(O8弓+O9矢)
(振る)S1息子:S1息子+O23服
(突進)S5猪:S5猪+O23服
(転落)S5猪:O22崖-S5猪
・息子が急いで下りてみると猪は足を折って死んでいた
(下りる)S1息子:S1息子-O22崖
(死亡)S5猪:S5猪+(m15死んだ+m16足を折った)
・百姓たちが来ては具合が悪いので、猪の尻の穴に差し込んでおいた
(不都合)S1息子:S1息子+m17不都合な
(後刺し)S1息子:O9矢+(S5猪+O25尻の穴)
・百姓たちがやって来て崖の下に下りてみると、大きな猪が死んでいる
(到着)S6百姓:S6百姓-O22崖
(死亡)S5猪:S5猪+m15死んだ
・よく見ると尻の穴から羽根が覗いているので、肉を少しも痛めずに射た、これがまことの名人だと百姓たちは感心した
(確認)S5猪:O25尻の穴+O26白羽
(正確な射撃)S1息子:S5猪-m18痛めた
(評価)S6百姓:S1息子+m19名人
・この話がどんどん広がって殿さまの耳に入った
(拡散)O15噂:O15噂+m20広まった
(聴聞)S7殿さま:S7殿さま+O15噂
・殿さまには姫がいたが、いい聟がいなくて困っていた
(存在)S7殿さま:S7殿さま+S8姫
(良縁なし)S8姫:S8姫-O27聟
(困惑)S7殿さま:S7殿さま+m21困惑した
・弓の名人がいるなら、このころ山賊が出て困っているから、これを退治させて、退治したら姫の聟にしようと殿さまは言った
(退治)S7殿さま:S1弓の名人+S9山賊
(条件)S1弓の名人:S9山賊+m22退治された
(聟とり)S7殿さま:S8姫+S1弓の名人
・百姓の息子は殿さまの前へ召し出された
(召しだし)S1息子:S7殿さま+S1息子
・姫が見ると、出来の悪い百姓の様な男なので、この男は聟に欲しくないと思って、どうにかして殺してやりたいと思った
(評価)S8姫:S1息子+(m1百姓の+m23出来の悪い)
(忌避)S8姫:S8姫-S1息子
(殺害願望)S8姫:S1息子+m15死んだ
・そこで握飯を沢山こしらえて、その中へ毒を入れて持たせて、山賊の出るところへ連れていった
(仕込む)S8姫:O28握飯+O29毒
(持たせる)S8姫:S1息子+O28握飯
(連行)S8姫:S1息子+S9山賊
・息子は自分は弓の名人である。征伐に参った。すぐに出てこいと大声で怒鳴った
(威嚇)S1息子:S1息子+S9山賊
(主張)S1息子:S1息子+m19名人
・すると、五六人の山賊が岩屋から出てきた
(出現)S9山賊:S9山賊-O30岩屋
・息子は弓を射ることも何もできない
(敵わず)S1息子:S1息子-(O8弓+O9矢)
・これは敵わないと思って、どんどん逃げ出した
(逃走)S1息子:S1息子-S9山賊
・山賊たちはどこまでも追ってくるので、息子は木の上へ登った
(追跡)S9山賊:S9山賊+S1息子
(登る)S1息子:S1息子+O31木
・木登りは上手なので猿の様に上って行くと、腰に結んでいた握飯の紐が解けて皆落ちてしまった
(得手)S1息子:O31木+m24得手な
(落下)O28握飯:O28握飯-S1息子
・山賊たちは腹が減っていたと見えてわれ勝ちに拾って食べたので皆死んでしまった
(空腹)S9山賊:S9山賊+m25空腹な
(拾い食い)S9山賊:S9山賊+(O28握飯+O29毒)
(死亡)S9山賊:S9山賊+m15死んだ
・息子はこの様を見ると、木の上から下りてきて皆首を切って殿さまのところへ持って帰った
(下りる)S1息子:S1息子-O31木
(首を獲る)S1息子:S1息子+S9山賊
(献上)S1息子:S7殿さま+S9首
・言いつけ通り、山賊をことごとく退治したから、約束通り姫の聟にしてくれと殿さまに申し上げた
(成果)S1息子:S1息子+S9山賊
(要求)S1息子:S1息子+S7殿さま
(要求)S1息子:S1息子+S8姫
・殿さまも姫も息子を聟にした
(応諾)S7殿さま:S8姫+S1息子

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

     聴き手(誤射した結果どうなるか)
           ↓
送り手(息子)→誤射したところ偶然命中する(客体)→ 受け手(泥棒)
           ↑
補助者(なし)→ 息子(主体)←反対者(泥棒)

     聴き手(誤射した結果どうなるか)
           ↓
送り手(隣家の人)→強盗阻止の礼を言う(客体)→ 受け手(息子)
           ↑
補助者(宿の人)→ 隣家の人(主体)←反対者(なし)

     聴き手(猪退治を受け合った結果どうなるか)
           ↓
送り手(隣村の人)→猪退治を依頼(客体)→ 受け手(息子)
           ↑
補助者(なし)→ 隣村の人(主体)←反対者(なし)

     聴き手(猪が転落した結果どうなるか)
           ↓
送り手(息子)→衣を振ったところ崖から転落して死ぬ(客体)→ 受け手(猪)
           ↑
補助者(なし)→ 息子(主体)←反対者(猪)

     聴き手(名人と絶賛された結果どうなるか)
           ↓
送り手(隣村の人)→弓の名人と絶賛(客体)→ 受け手(息子)
           ↑
補助者(なし)→ 隣村の人(主体)←反対者(なし)

     聴き手(山賊退治を請け負った結果どうなるか)
           ↓
送り手(殿さま)→姫の聟になる条件で山賊退治を依頼(客体)→ 受け手(息子)
           ↑
補助者(なし)→ 殿さま(主体)←反対者(なし)

     聴き手(毒入りの握り飯を持たされた結果どうなるか)
           ↓
送り手(姫)→息子が気に入らず握り飯に毒を仕込む(客体)→ 受け手(息子)
           ↑
補助者(なし)→ 姫(主体)←反対者(息子)

     聴き手(山賊を退治した結果どうなるか)
           ↓
送り手(息子)→息子が落とした握り飯を食べて死ぬ(客体)→ 受け手(山賊)
           ↑
補助者(握り飯)→ 息子(主体)←反対者(山賊)

     聴き手(偶然が重なった結果をどう思うか)
           ↓
送り手(殿さま)→姫の聟になることを認める(客体)→ 受け手(息子)
           ↑
補助者(姫)→ 殿さま(主体)←反対者(なし)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。百姓に嫌気が差した息子は侍になると言って帯刀して旅に出ます。宿をとって部屋に飾られていた弓矢を誤射してしまいます。すると偶然その矢が隣家に押し込もうとしていた泥棒に命中して盗みを阻止します。それで隣家の人や宿屋の主人に弓の名人と賞賛されますが、噂が広がり、隣村から猪退治の依頼が来ます。請けたところ、崖の上で待ち伏せすることになりました。中々来ないので服を脱いで蚤とりをしていたところに猪が追い込まれてきます。矢を射ることも叶わず思わず脱いだ服を振ったところ、それに誘導されたのか猪は崖から転落して死んでしまいます。このままでは都合が悪いと息子は矢を猪の尻の穴に刺します。それで更に弓の名人という評判がたち、殿さまの耳に入ります。殿さまは姫の聟にするという条件で山賊退治を命じます。請けた息子ですが、多勢に無勢、逃げ出します。木の上に登ったところ、姫が毒を仕込んだ握り飯が落ちてしまい、それを拾い食いした山賊たちは皆死んでしまいます。易々と首を獲って殿さまに献上し、息子は姫の聟となったという筋立てです。

 息子―泥棒、息子―隣家の人、息子―宿屋の主人、息子―隣村の人、息子―猪、息子―殿さま、殿さま―姫、息子―姫、息子―山賊、といった対立軸が見受けられます。偶然/名人という図式に偶然の結果を自身の成果として成上がっていく様が暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

1. 息子♌―泥棒♂―隣家の人♁―宿屋の主人♎
2. 息子♌―猪♂☉―隣村の人♁☾(♌)♎
3. 息子♌♁―山賊♂―姫♂☉☾(♌)―殿さま♎

 といった風に表記できるでしょうか。泥棒から家財を守ることを価値と置くと、隣家の人は享受者♁となります。泥棒は対立者♂と置けます。宿屋の主人は息子を弓の名人と賞賛しますので審判者♎と置けるでしょう。

 次に猪を退治することを価値☉と置くと、猪そのものが対立者♂であり価値☉となります。隣村の人たちは猪を崖の上まで追い立てますので、その点では息子の援助者☾(♌)となります。また、息子を弓の名人と賞賛しますので審判者ともなります。猪が退治されたことで田畑が守られますので享受者♁ともなります。

 最後に、息子を嫌った姫は価値☉であり、かつ息子を毒殺しようとしますので対立者♂でもあります。ところが、思わぬ形で毒入りの握り飯が山賊の口に入ってしまいますので、その点では息子の援助者☾(♌)ともなっています。山賊は対立者♂です。殿さまは姫を聟にする条件で山賊退治を依頼しますので審判者♎としていいでしょう。息子は最終的に姫を得ることで享受者♁となります。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「百姓の息子はいかにして侍として成上がっていくか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「偶然の結果で抜け目なく難題を解決していく」でしょうか。「息子―誤射/矢―盗人」「息子―鮎/矢―落馬」「息子―衣/転落―猪」「息子―尻の穴/矢―名人」「息子―毒/握飯―山賊」「姫―毒/聟―息子」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:百姓の息子はいかにして侍として成上がっていくか
        ↑
発想の飛躍:偶然の結果で抜け目なく難題を解決していく

・息子―百姓/名人―侍
     ↑
・息子―誤射/矢―盗人
・息子―鮎/矢―落馬
・息子―衣/転落―猪
・息子―尻の穴/矢―名人
・息子―毒/握飯―山賊
・姫―毒/聟―息子

◆発想の飛躍と概念の操作

 発想の飛躍を「常識離れした連想」と仮定しますと、上述した図式の/(スラッシュ)の箇所に特にその意図的に飛躍させた概念の操作が見出せそうです。

 呪術的思考に典型的に見られますが、ヒトは本来は繋がりのない切り離されたモノの間にも繋がりを見出すことがあります。それは情報処理におけるエラーです。ですが、科学万能の時代においてもエラーであるはずの呪術的思考が完全には消え去ることがないのは、それが人間特有の思考様式の一部であるからかもしれません。昔話では意図的にエラーを起こすとでも言えるでしょうか。

 「弓の名人」では、侍を志した百姓の息子が偶然の結果を抜け目なく自身の成果として成上がっていく様が描かれています。

 図式では「息子―百姓/名人―侍」と表記しています。これを自由連想で細分化して展開すると「息子―百姓―嫌気―侍―志す―帯刀―出立―事件―遭遇―偶然―結果―自身―手柄―名人―姫―聟―侍」となります。「息子:偶然/手柄→名人」と図式化すればいいでしょうか。偶然の結果を自身の手柄と転倒させることで名人として成上がっていくという概念の操作が行われています。これらの連想を一瞬で行っていることになります。

 また、「泥棒:誤射/命中→阻止」「逆さに騎乗:川に落ちる→落馬/鮎」「猪:崖の上/崖の下→生/死」「山賊:握り飯→生/死」「姫:握り飯→毒/聟」とも図式化できるでしょうか。こういった転倒の連続により意外性がもたらされ、物語が展開していきます。

 以上のように、本文には現れない概念も重要な要素となっています。形態素解析で抽出したキーワードだけでは解釈を十全に行うことは難しいものと考えられます。可視化されていない文脈を読む、つまりできるだけ可視化するためには連想概念辞書も取り込んだ上で分析する方向に機能改善することが望まれると考えられます。

 転倒は一瞬で価値の逆転をもたらすことを可能とする点で濫用は慎むべき類の概念操作ですが、予想外の驚きをもたらす効果を発揮しますので、昔話では好んで用いられるようです。

 シェーマ分析は物語構造分析や評論において多用されますが、昔話ではこの二項対立で把握される図式の各項の属性を動的に転倒させていく(※必ずしも転倒に成功する訳ではない)ことで物語を転がしていくという技法が多用されると考えられます。むしろ転倒させることで二項対立の図式に持ち込むと見た方がいいでしょうか。静態から動態への認識の転換が求められるとでも言えるでしょうか。

 呪術的思考のような非合理的思考は人間の抱える弱点ですが、昔話においては逆に創造性の源ともなっていると考えることができます。

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「弓の名人」ですと「偶然が重なり、弓の名人と賞賛された結果、様々な難題が課せられるが幸運で切り抜ける」くらいでしょうか。

◆余談

 外国の昔話では若者が姫の聟になってメデタシメデタシで終わる話が多いのですが、日本ではあまり見られないようです。「弓の名人」はそうした数少ない事例です。

 毒入りのおむすびを食べさせて山賊を退治する筋は「怪我の功名」と共通しています。偶然の結果を自身の手柄としてしまう抜け目のなさが特徴でしょうか。運も実力の内なのかもしれません。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.437-444.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年11月18日 (月)

行為項分析――炭焼き長者

◆あらすじ

 昔、京の都にお金持ちの家があって、その家に器量のよい娘がいた。ところが、どうしたことか縁談がない。聟に来てくれる者がないので、とうとう困って、易者のところへ行って見てもらった。すると易者がなんぼここの方で聟を貰おうと思っても、それはないと言うので、どうしたら良いかと訊くと、こっちからずっと西へ向けて五十里ほど行って今度は東北へ向けてずっとまた二十里ほど上がっていったところにお前の聟がいると言って聞かせた。娘はこれは大変なことだと思ったが、聟が欲しくてたまらないので、金もあることだし、財宝をみな売って路銀にして、西へ西へと下っていった。そして易者が言ったところまで行くと大きな川があった。そこから川についてまた何十里という道をよっこらよっこら歩いて上った。しかしなんぼ行っても、まったく聟になりそうな男はいない。ああ、これは何でも嘘だったのだろう。自分があまりに聟を欲しがるから、あんなことを言って聞かせたのだろう。まあ仕方ない、やりかけた事だから、もう少し行ってみようと思って行ったら、山の中へ入った。ところがその内に日が暮れてしまった。真っ暗な中を探りながら歩いていると、向こうの方に灯りが見えてきた。あそこに灯りが見えるから、灯りのあるところには人がいるに決まっているから、行って一つ宿を貸してもらおうと思って訪ねていった。中には炭焼きが一人いた。これこれで難儀をしている者だが、一夜宿を貸して下さいと言うと、炭焼きは、そんなことはできない。大体泊めるといったところで布団が一枚ある訳でもない、自分も寝間着をくるめてこもを着て寝るようなことだから、とてもいけない。こらえてくれ。それから食べさせるものもないと言って断った。何と言っても見たこともないきれいな娘だったから、炭焼きもたまげて、とても人間ではないと思った。それでも娘は今からどこへも行けないから、どうでも泊めて下さいという。炭焼きはいよいよ米が無くなったので、明日は買いに行こうと思うのだが、今食べる米もない。それでどうしようもないのだと言った。それでは米を買いにいってくださいと娘が言うと、買いに行こうと言っても夜だし、それに米のあるところまでは三里もある。とても行かれはいないと炭焼きは答えた。それでは夜が明けてから行きなさい。どうでもいいから今夜は泊めて下さいと言って、とうとうそこで泊めてもらった。夜が明けると娘はこれを持っていって米を買ってきなさいと言って小判を出した。すると、炭焼きはあんなものでは米はくれはしないと言った。それなら何で米を買うのかと娘が訊くと、それは炭を持っていかねば米でも醤油でもくれはしない。味噌でも塩でも皆炭で買うのだ。こんなものなら、ある所にはなんぼでもある。この前窯(かま)を作ろうと思って掘っていたら、この類いが出て邪魔になるから泥をかけておいたと言った。娘は驚いて行って掘ってみると、黄金がざくざく出てきた。それから二人は夫婦になって安楽に暮らした。後には加計(かけ)の炭屋と言う分限者になった。

◆モチーフ分析

・京の都に金持ちの家があって、器量のよい娘がいたが、どうしたことか縁談がない
・聟に来てくれる者がいないので、困って易者のところへ行って見てもらった
・易者がここの方で聟を貰おうと思ってもそれは無いと言った
・どうしたら良いか訊くと、ここから西へ向けて五十里ほど行って、今度は東北へ向けて二十里ほど上がっていったところに聟がいると言って聞かせた
・娘は聟が欲しくてたまらないので、財宝をみな売って路銀にして西へ西へと下っていった
・易者が言ったところまで行くと大きな川があった
・そこから川について何十里という道をよっこらと歩いて上った
・しかし、なんぼ行っても聟になりそうな男はいない
・これは嘘だったのだろう。自分が聟を欲しがるから、あんなことを言って聞かせたのだろうと思った
・やりかけた事だから、もう少し行ってみようと思って行ったら、山の中へ入った
・その内に日が暮れてしまった
・真っ暗な中を探りながら歩いていると、向こうの方に灯りが見えてきた
・灯りのあるところには人がいるに決まっているから、行って宿を貸してもらおうと思って訪ねていった
・中には炭焼きが一人いた
・一夜宿を貸して下さいと言うと、炭焼きは布団はないし食べさせるものもないからと言って断った
・炭焼きは見たこともないきれいな娘だったから、とても人間ではないと思った
・娘は今からどこへも行けないから、どうしても泊めてくださいと言った
・炭焼きは米が無くなったので、明日買いに行こうと思うのだが、今食べる米がないと言った
・娘はそれでは米を買いにいってくださいと言った
・炭焼きは米のあるところまでは三里もある、夜だし、とても行くことができないと答えた
・娘はそれでは夜が明けてから行きなさい、どうでもいいから今夜は泊めて下さいと言って、とうとうそこで泊めてもらった
・夜が明けると娘はこれを持っていって米を買ってきなさいと言って小判を出した
・炭焼きはそんなものでは米をくれはしないと言った
・それなら何で米を買うのか娘が訊くと、炭を持って行かねば、米でも醤油でも味噌でも塩でも買えないのだと炭焼きは言った
・炭焼きは小判の様なものなら、ある所にはなんぼでもある。この前窯を作ろうと思って掘っていたら、この類いが出て邪魔になるから泥をかけておいたと言った
・娘が驚いて行って掘ってみると、黄金がざくざく出てきた
・それから二人は夫婦になって安楽に暮らした
・後に加計の炭屋という分限者になった

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:娘
S2:易者
S3:炭焼き

O(オブジェクト:対象)
O1:京の都
O2:家
O3:縁談
O4:聟
O5:方角
O6:財宝
O7:路銀
O8:川
O9:嘘
O10:山
O11:灯り(炭焼きの家)
O12:誰か
O13:宿
O14:布団
O15:食べ物(米)
O16:小判(黄金)
O17:炭
O18:窯
O19:泥
O20:分限者

m(修飾語:Modifier)
m1:金持ちの
m2:器量よしの
m3:困惑した
m4:西へ
m5:川沿いに
m6:何十里も
m7:もう少し
m8:日暮れの
m9:暗い
m10:人でない
m11:明日
m12:三里離れた
m13:夜
m14:夜明け
m15:偏在した
m16:驚いた
m17:安楽に

X:どこか
T:時

+:接
-:離

・京の都に金持ちの家があって、器量のよい娘がいたが、どうしたことか縁談がない
(存在)O1京の都:O2家+m1金持ちの
(存在)O2家:S1娘+m2器量よしの
(良縁なし)S1娘:S1娘-O3縁談
・聟に来てくれる者がいないので、困って易者のところへ行って見てもらった
(良縁なし)S1娘:S1娘-O4聟
(困惑)S1娘:S1娘+m3困惑した
(占う)S1娘:S1娘+S2易者
・易者がここの方で聟を貰おうと思ってもそれは無いと言った
(占い)S2易者:O1京の都-O4聟
・どうしたら良いか訊くと、ここから西へ向けて五十里ほど行って、今度は東北へ向けて二十里ほど上がっていったところに聟がいると言って聞かせた
(質問)S1娘:S1娘+S2易者
(回答)S2易者:S1娘+O5方角
・娘は聟が欲しくてたまらないので、財宝をみな売って路銀にして西へ西へと下っていった
(欲求)S1娘:S1娘+O4聟
(売却)S1娘:S1娘-O6財宝
(換金)S1娘:S1娘+O7路銀
(西行)S1娘:S1娘+m4西へ
・易者が言ったところまで行くと大きな川があった
(到着)S1娘:S1娘+O5予言の地
(行き当たる)S1娘:S1娘+O8川
・そこから川について何十里という道をよっこらと歩いて上った
(遡行)S1娘:S1娘+m5川沿いに
(歩行)S1娘:S1娘+m6何十里も
・しかし、なんぼ行っても聟になりそうな男はいない
(不在)S1娘:S1娘-O4聟
・これは嘘だったのだろう。自分が聟を欲しがるから、あんなことを言って聞かせたのだろうと思った
(感慨)S1娘:S2易者+O9嘘
・やりかけた事だから、もう少し行ってみようと思って行ったら、山の中へ入った
(諦めず)S1娘:S1娘+m7もう少し
(山入り)S1娘:S1娘+O10山
・その内に日が暮れてしまった
(時間経過)T:T+m8日暮れの
・真っ暗な中を探りながら歩いていると、向こうの方に灯りが見えてきた
(探る)S1娘:S1娘+m9暗い
(逢着)S1娘:S1娘+O11灯り
・灯りのあるところには人がいるに決まっているから、行って宿を貸してもらおうと思って訪ねていった
(予測)O11灯り:O11灯り+O12誰か
(宿借り)S1娘:S1娘+O13宿
・中には炭焼きが一人いた
(存在)O11炭焼きの家:O11炭焼きの家+S3炭焼き
・一夜宿を貸して下さいと言うと、炭焼きは布団はないし食べさせるものもないからと言って断った
(宿借り)S1娘:S1娘+S3炭焼き
(宿借り)S1娘:S1娘+O13宿
(断る)S3炭焼き:S1娘-O13宿
(欠乏)S3炭焼き:S3炭焼き-(O14布団+O15食べ物)
・炭焼きは見たこともないきれいな娘だったから、とても人間ではないと思った
(評価)S3炭焼き:S1娘+m2器量よしの
(誤解)S3炭焼き:S1娘+m10人でない
・娘は今からどこへも行けないから、どうしても泊めてくださいと言った
(動けず)S1娘:S1娘-X
(宿借り)S1娘:S1娘+O13宿
・炭焼きは米が無くなったので、明日買いに行こうと思うのだが、今食べる米がないと言った
(欠乏)S3炭焼き:S3炭焼き-O15米
(予定)S3炭焼き:S3炭焼き+m11明日
・娘はそれでは米を買いにいってくださいと言った
(返答)S1娘:S3炭焼き+O15米
・炭焼きは米のあるところまでは三里もある、夜だし、とても行くことができないと答えた
(距離)O15米:O15米+m12三里離れた
(時刻)T:T+m13夜
(不能)S3炭焼き:S3炭焼き-O15米
・娘はそれでは夜が明けてから行きなさい、どうでもいいから今夜は泊めて下さいと言って、とうとうそこで泊めてもらった
(勧める)S1娘:S3炭焼き+m14夜明け
(要求)S1娘:S1娘+O13宿
(宿泊)S3炭焼き:S1娘+O13宿
・夜が明けると娘はこれを持っていって米を買ってきなさいと言って小判を出した
(夜明け)T:T+m14夜明け
(給付)S1娘:S3炭焼き+O16小判
・炭焼きはそんなものでは米をくれはしないと言った
(否定)S3炭焼き:O16小判-O15米
・それなら何で米を買うのか娘が訊くと、炭を持って行かねば、米でも醤油でも味噌でも塩でも買えないのだと炭焼きは言った
(質問)S1娘:S1娘+S3炭焼き
(回答)S3炭焼き:O17炭+O15食べ物
・炭焼きは小判の様なものなら、ある所にはなんぼでもある。この前窯を作ろうと思って掘っていたら、この類いが出て邪魔になるから泥をかけておいたと言った
(偏在)S3炭焼き:O16小判+m15偏在した
(掘削)S3炭焼き:S3炭焼き+O18窯
(出土)S3炭焼き:S3炭焼き+O16小判
(隠す)S3炭焼き;O16小判+O19泥
・娘が驚いて行って掘ってみると、黄金がざくざく出てきた
(驚愕)S1娘:S1娘+m16驚いた
(掘る)S1娘:S1娘+O19泥
(発見)S1娘:S1娘+O16黄金
・それから二人は夫婦になって安楽に暮らした
(結婚)S1娘:S1娘+S3炭焼き
(安楽な暮らし)(S1娘+S3炭焼き):(S1娘+S3炭焼き)+m17安楽に
・後に加計の炭屋という分限者になった
(成長)(S1娘+S3炭焼き):(S1娘+S3炭焼き)+O20分限者

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

    聴き手(占いを依頼した結果どうなるか)
           ↓
送り手(娘)→良縁を占ってもらう(客体)→ 受け手(易者)
           ↑
補助者(易者)→ 娘(主体)←反対者(なし)

    聴き手(占いの結果はどうなるか)
           ↓
送り手(易者)→適当な占いを返す(客体)→ 受け手(娘)
           ↑
補助者(なし)→ 易者(主体)←反対者(なし)

    聴き手(炭焼きとの関係はどうなるか)
           ↓
送り手(娘)→占いが外れたが、そのまま進むと行き当たる(客体)→ 受け手(炭焼き)
           ↑
補助者(なし)→ 娘(主体)←反対者(なし)

    聴き手(炭焼きとの関係はどうなるか)
           ↓
送り手(娘)→宿を求め、強引に泊まる(客体)→ 受け手(炭焼き)
           ↑
補助者(なし)→ 娘(主体)←反対者(なし)

     聴き手(なぜ小判は無価値なのか)
           ↓
送り手(炭焼き)→娘が渡した小判を無価値とする(客体)→ 受け手(娘)
           ↑
補助者(娘)→ 炭焼き(主体)←反対者(なし)

    聴き手(炭焼きとの関係はどうなるか)
           ↓
送り手(娘)→窯から黄金を発見、結婚する(客体)→ 受け手(炭焼き)
           ↑
補助者(炭焼き)→ 娘(主体)←反対者(なし)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。良縁に恵まれなかった金持ちの娘が易者に占ってもらったところ、遠く離れたところに聟となる相手がいるとの占いを得ます。それを信じた娘は財産を売り払って路銀に換え旅に出ます。ようやく辿り着きましたが、聟にふさわしい人間はいません。実は易者が適当な占いをしていたのでした。それでも娘は一度やりかけたことだからと諦めずに進んでいくと山の中に入り日が暮れてしまいました。灯りが見えたので行くと、そこは炭焼きの住まいでした。一夜の宿を求めると、炭焼きは自分は貧しいのでと断りますが、娘は強引に泊まってしまいます。翌朝、これで米を買うように小判を炭焼きに渡すと、炭焼きはそんなものはそこらにあると価値を認めませんでした。驚いた娘が窯の辺りを掘ると黄金が出てきました。二人は結婚し分限者となったという筋立てです。

 娘―易者、娘―炭焼き、小判―炭、といった対立軸が見受けられます。小判/炭の図式に小判の価値に気づいていない炭焼きの純朴さが暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

娘♌♎♁―炭焼き♂☾(☉)♎(-1)♁―易者♎(-1)

 といった風に表記できるでしょうか。黄金を価値を置くと、それを無価値と見なした炭焼きはマイナスの審判者♎(-1)と置けるでしょうか。黄金の価値を見抜いた娘は審判者♎であり享受者♁となります。炭焼きは初め娘を泊めようとしなかったので、一応対立者♂とも置けるでしょうか。黄金を発見する手がかりを与えますので援助者☾(☉)でもあります。易者は適当な占いをしますので、マイナスの審判者♎(-1)とおけるでしょう。

 良縁を授かることを価値☉と置くと、

娘♌♎♁―炭焼き♂☉♎(-1)―易者♎(-1)

と置けるでしょうか。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「娘は良縁を授かるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「そんなものは幾らでもあると小判の価値を認めない」でしょうか。「娘―小判/炭―炭焼き」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:娘は良縁を授かるか
        ↑
発想の飛躍:そんなものは幾らでもあると小判の価値を認めない

・娘―良縁/占い―易者
     ↑
・娘―小判/炭―炭焼き

◆発想の飛躍と概念の操作

 発想の飛躍を「常識離れした連想」と仮定しますと、上述した図式の/(スラッシュ)の箇所に特にその意図的に飛躍させた概念の操作が見出せそうです。

 呪術的思考に典型的に見られますが、ヒトは本来は繋がりのない切り離されたモノの間にも繋がりを見出すことがあります。それは情報処理におけるエラーです。ですが、科学万能の時代においてもエラーであるはずの呪術的思考が完全には消え去ることがないのは、それが人間特有の思考様式の一部であるからかもしれません。昔話では意図的にエラーを起こすとでも言えるでしょうか。

 「炭焼き長者」では、娘がこれで米を買えと小判を出したところ、炭焼きはそんなものはそこらにある。炭でないと米は買えないと答え、それが黄金発見のきっかけとなります。

 図式では「娘―小判/炭―炭焼き」と表記しています。これを自由連想で細分化して展開すると「娘―小判―渡す―米―買う/買えない―価値/無価値―炭―米―買う―小判―窯―掘る―出てくる―発言―気づく―窯―辺り―掘る―黄金―発見―炭焼き」となります。「炭焼き:小判→無価値/価値」と図式化すればいいでしょうか。小判より炭で米を買うといった無価値的な判断が、続く発言から価値あるものとして転倒される概念の操作が行われています。これらの連想を一瞬で行っていることになります。

 また、「娘:諦めない→外れた占い/良縁」とも図式化できるでしょうか。外れた占いにも関わらず一度始めたことだからと諦めずに行動し続けたことで良縁に転換するといった概念の操作が行われています。

 以上のように、本文には現れない概念も重要な要素となっています。形態素解析で抽出したキーワードだけでは解釈を十全に行うことは難しいものと考えられます。可視化されていない文脈を読む、つまりできるだけ可視化するためには連想概念辞書も取り込んだ上で分析する方向に機能改善することが望まれると考えられます。

 転倒は一瞬で価値の逆転をもたらすことを可能とする点で濫用は慎むべき類の概念操作ですが、予想外の驚きをもたらす効果を発揮しますので、昔話では好んで用いられるようです。

 シェーマ分析は物語構造分析や評論において多用されますが、昔話ではこの二項対立で把握される図式の各項の属性を動的に転倒させていく(※必ずしも転倒に成功する訳ではない)ことで物語を転がしていくという技法が多用されると考えられます。むしろ転倒させることで二項対立の図式に持ち込むと見た方がいいでしょうか。静態から動態への認識の転換が求められるとでも言えるでしょうか。

 呪術的思考のような非合理的思考は人間の抱える弱点ですが、昔話においては逆に創造性の源ともなっていると考えることができます。

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「炭焼き長者」ですと「娘が小判を出したところ、炭焼きはそんなものは幾らでもあると言って価値を認めなかったが、その発言で黄金が発見される」くらいでしょうか。

◆余談

 実際には黄金がそのまま出てくるはずはないのですが、鉱石を見分ける術を娘は知っていたのでしょうか。あるいはそこは古墳だったのかもしれません。夫婦は後に「加計の炭屋」と呼ばれるようになりますので、広島の加計辺りを想定したお話でしょうか。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.433-436.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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転入届を出す

浜田市役所に行く。転入届を出す。途中、以前浜田に住んでいたということで昔の住所(実家の住所)を訊かれる。マイナンバーの暗証番号は4桁の数字の他、英字と数字を組み合わせたパスワードが必要だった。手続き後、国民健康保険と国民年金の手続きを行い終了。マイナンバーカードに新住所が印字され、健康保険証が発行される。

浜田市役所

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2024年11月17日 (日)

式年祭は今年だったらしい

江津市桜江町の市山八幡宮の6年に一度の式年祭は今年だったらしい。Xでポストが流れてきた。大元神楽は見たいと思っているが、どうやら引っ越しと重なってしまったようだ。

桜江町には行ったことがないが、江川の橋を渡って道なりにいけばたどり着くだろう。問題はお祭りの当日に駐車場があるかということ。有名な儀式なので観客も多いだろう。体力的にも問題がある。まあ、神がかり儀式関係なく行ってみたいのではあるが。

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行為項分析――岡田の婆

◆あらすじ

 猟師が山へ猟に行って日が暮れた。それで木の上へ登って夜の明けるのを待とうと思って木の上へ登っていた。すると夜中になって猫が沢山やってきた。一匹の猫が木の下へしゃがんで木に抱きついた。次の猫はその猫の背中から肩車(びんぶく)をした。それから次々に猫が肩車をして木へ登って猟師の足を捕まえようとしたが、ちょっと届かない。その猫は、自分は帰って岡田の婆さんを連れてくると言って、ばらっと崩れ落ちて皆いなくなった。猟師が岡田のばばあと言っていたが、あそこにおるばばあは猫かしらんと思っていると、大きな猫が来て、他の猫も木の下に集まった。それから前の様にして木へ登ってきて、一番終いに後から来た大きな猫があがってきた。そして猟師の足を捕まえたので、猟師はすぐ腰へ差している鉈(なた)を抜いて手を切った。猫は悲鳴をあげて下へ落ちると、どこへともなくいなくなった。夜が明けると猟師は木から下りてきて、岡田のばばあちゅうのは前から居るが、猫だったのかしらんと思って岡田の家へ行って隙間から見ると婆さんが手の傷を舐めて(ねぶって)いる。それで、これは本当に猫じゃなかろうかと思って隙間から鉄砲で撃ち殺してしまった。その家の人は大騒ぎを始めた。近所の人も来て大騒動になった。これは猫の化物だから撃ったのだ。こうしておくと、そのうち正体を現して猫になると言って、猟師は婆さんの足を縛って庭の上に下げておいた。二日ぶりに猟師が行ってみると、やはり婆さんである。三日ぶりに行ってみると、大きな古猫になっていた。それで猟師には何のこともなかった。戸へ背をすりつけるか、柱へ背をすりつけて通る猫は飼ってもよいが、部屋の真ん中を通る様になると踊りを踊る様になる。そうなると化けるから置いてはいけないと言う。

◆モチーフ分析

・猟師が山へ猟に行って日が暮れた
・木の上へ登って夜の明けるのを待った
・夜中になって猫が沢山やってきた
・一匹の猫が木の下へしゃがんで木に抱きついた
・次の猫はその猫の背中から肩車をした
・次々に猫が肩車をして木へ登って、猟師の足を捕まえようとしたが、ちょっと届かない
・その猫は自分は帰って岡田の婆さんを連れてくると言って、ばらっと崩れ落ちて皆いなくなった
・猟師は岡田のばばあは猫かしらんと思った
・大きな猫が来て、他の猫も木の下に集まった
・前の様にして木へ登ってきて、後から来た大きな猫が一番終いに上がってきた
・大きな猫は猟師の足を捕まえたので、猟師は鉈で猫の手を切った
・猫は悲鳴をあげて下へ落ちると、どこへともなくいなくなった
・夜が明けると猟師は木から下りてきて、岡田の家へ行って隙間から見ると婆さんが手の傷を舐めていた
・猟師はこれは本当に猫ではなかろうかと思って、隙間から鉄砲で撃ち殺した
・岡田の家の人は大騒ぎを始め、近所の人も来て大騒動になった
・これは猫の化物だからこうしておくと、そのうち正体を現して猫になると言って、猟師は婆さんの足を縛って庭の上にぶら下げておいた
・二日ぶりに猟師が行ってみると、やはり婆さんである
・三日ぶりに行ってみると、大きな古猫になっていた
・それで猟師には何のこともなかった
・戸へ背をすりつけるか、柱へ背をすりつけて通る猫は飼ってもよい
・部屋の真ん中を通る様になると踊りを踊る様になる
・そうなると猫は化けるから置いてはいけないと言う

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:猟師
S2:猫たち(ある猫、次の猫)
S3:岡田の婆さん
S4:岡田の人
S5:近所の人

O(オブジェクト:対象)
O1:山
O2:猟
O3:木
O4:夜明け
O5:足
O6:鉈
O7:岡田の家
O8:傷
O9:鉄砲
O10:庭
O11:古猫
O12:猫
O13:戸
O14:柱
O15:部屋の真ん中
O16:踊り
O17:家

m(修飾語:Modifier)
m1:日暮れの
m2:夜中
m3:肩車をした
m4:夜明け
m5:死んだ
m6:大騒ぎの
m7:正体を現した
m8:吊るされた
m9:二日後
m10:変化のない
m11:三日後
m12:不問の
m13:飼える
m14:化けた
m15:飼えない

X:どこか
T:時

+:接
-:離

・猟師が山へ猟に行って日が暮れた
(山入り)S1猟師:S1猟師+O1山
(時間経過)T:T+m1日暮れの
・木の上へ登って夜の明けるのを待った
(木登り)S1猟師:S1猟師+O3木
(待機)S1猟師:S1猟師+O4夜明け
・夜中になって猫が沢山やってきた
(時刻)T:T+m2夜中
(登場)S2猫たち:S2猫たち+O3木
・一匹の猫が木の下へしゃがんで木に抱きついた
(接触)S2ある猫:S2ある猫+O3木
・次の猫はその猫の背中から肩車をした
(肩車)S2次の猫:S2次の猫+S2ある猫
(肩車)S2猫たち:S2猫たち+m3肩車をした
・次々に猫が肩車をして木へ登って、猟師の足を捕まえようとしたが、ちょっと届かない
(木登り)S2猫たち:S2猫たち+O3木
(届かず)S2猫たち:S2猫たち-S1猟師
・その猫は自分は帰って岡田の婆さんを連れてくると言って、ばらっと崩れ落ちて皆いなくなった
(宣言)S2ある猫:S2ある猫+S3岡田の婆さん
(崩れる)S2猫たち:S2猫たち-m3肩車をした
・猟師は岡田のばばあは猫かしらんと思った
(推測)S1猟師:S3岡田の婆さん+S2猫たち
・大きな猫が来て、他の猫も木の下に集まった
(登場)S3大きな猫:S3大きな猫+O3木
(集合)(S3大きな猫+S2猫たち):(S3大きな猫+S2猫たち)+O3木
・前の様にして木へ登ってきて、後から来た大きな猫が一番終いに上がってきた
(接近)S2猫たち:S2猫たち+O3木
(接近)S3大きな猫:S3大きな猫+S1猟師
・大きな猫は猟師の足を捕まえたので、猟師は鉈で猫の手を切った
(補足)S3大きな猫:S3大きな猫+O5足
(攻撃)S1猟師:S1猟師+S3大きな猫
・猫は悲鳴をあげて下へ落ちると、どこへともなくいなくなった
(落下)S3大きな猫:S3大きな猫-O3木
(去る)S3大きな猫:S3大きな猫-O1山
・夜が明けると猟師は木から下りてきて、岡田の家へ行って隙間から見ると婆さんが手の傷を舐めていた
(時間経過)T:T+m4夜明け
(下りる)S1猟師:S1猟師-O3木
(訪ねる)S1猟師:S1猟師+O7岡田の家
(覗き見)S1猟師:S1猟師+S3婆さん
(手当)S3婆さん:S3婆さん+O8傷
・猟師はこれは本当に猫ではなかろうかと思って、隙間から鉄砲で撃ち殺した
(断定)S1猟師:S3婆さん+S3猫
(射撃)S1猟師:S1猟師+S3婆さん
(死亡)S3婆さん:S3婆さん+m5死んだ
・岡田の家の人は大騒ぎを始め、近所の人も来て大騒動になった
(大騒動)(S4岡田の人+S5近所の人):(S4岡田の人+S5近所の人)+m6大騒ぎの
・これは猫の化物だからこうしておくと、そのうち正体を現して猫になると言って、猟師は婆さんの足を縛って庭の上にぶら下げておいた
(予告)S1猟師:S3婆さん+m7正体を現した
(縛る)S1猟師:S1猟師+S3婆さん
(吊るす)S1猟師:S3婆さん+m8吊るされた
・二日ぶりに猟師が行ってみると、やはり婆さんである
(時間経過)T:T+m9二日後
(訪問)S1猟師:S1猟師+O7岡田の家
(状態維持)S3婆さん:S3婆さん+m10変化のない
・三日ぶりに行ってみると、大きな古猫になっていた
(時間経過)T:T+m11三日後
(訪問)S1猟師:S1猟師+O7岡田の家
(変化)S3婆さん:S3婆さん+O11古猫
・それで猟師には何のこともなかった
(不問)X:S1猟師+m12不問の
・戸へ背をすりつけるか、柱へ背をすりつけて通る猫は飼ってもよい
(すりつけ)O12猫:O12猫+O13戸
(すりつけ)O12猫:O12猫+O14柱
(正常)X:O12猫+m13飼える
・部屋の真ん中を通る様になると踊りを踊る様になる
(変化)O12猫:O12猫+O15部屋の真ん中
(変化)O12猫:O12猫+O16踊り
・そうなると猫は化けるから置いてはいけないと言う
(変化)O12猫:O12猫+m14化けた
(禁止)X:O12猫+m15飼えない

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

    聴き手(今一歩届かず猫たちはどうするか)
           ↓
送り手(猫たち)→肩車をして近づくが届かない(客体)→ 受け手(猟師)
           ↑
補助者(なし)→ 猫たち(主体)←反対者(猟師)

     聴き手(岡田の婆さんとは何者か)
             ↓
送り手(猫たち)→呼びに行く(客体)→ 受け手(岡田の婆さん)
             ↑
補助者(岡田の婆さん)→ 猫たち(主体)←反対者(猟師)

     聴き手(間近に接近された猟師はどうするか)
             ↓
送り手(大きな猫)→肩車をして接近する(客体)→ 受け手(猟師)
             ↑
補助者(猫たち)→ 大きな猫(主体)←反対者(猟師)

    聴き手(手傷を負わされた大猫はどうするか)
           ↓
送り手(猟師)→鉈で手傷を負わせる(客体)→ 受け手(大きな猫)
           ↑
補助者(なし)→ 猟師(主体)←反対者(大きな猫)

    聴き手(婆さんを射殺した猟師はどうなるか)
           ↓
送り手(猟師)→婆さんを猫と睨んで射殺する(客体)→ 受け手(岡田の婆さん)
           ↑
補助者(なし)→ 猟師(主体)←反対者(岡田の婆さん)

    聴き手(婆さんの正体は何なのか)
             ↓
送り手(岡田の人)→婆さんが殺されて大騒ぎする(客体)→ 受け手(猟師)
             ↑
補助者(近所の人)→ 岡田の人(主体)←反対者(猟師)

    聴き手(不問に付された猟師をどう思うか)
           ↓
送り手(公儀)→婆さんの正体が判明し不問とする(客体)→ 受け手(猟師)
           ↑
補助者(なし)→ 公儀(主体)←反対者(猟師)

    聴き手(古猫にまつわる信仰をどう思うか)
           ↓
送り手(人々)→古猫は飼ってはならない(客体)→ 受け手(人々)
           ↑
補助者(なし)→ 人々(主体)←反対者(古猫)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。猟の途中で日が暮れて木の上で夜を明かすことにした猟師ですが、そこに猫たちが集まってきます。猫たちは次々と肩車をして数珠繋ぎとなって猟師に接近します。今一歩のところで届かないため、岡田の婆さんを呼んできます。岡田の婆さんと呼ばれた大猫が間近まで肉薄しますが、猟師が反撃すると大猫は手傷を負って退散します。その後岡田の家を覗くと、手傷を負った婆さんがいましたので猟師はその婆さんが昨夜の大猫とにらんで射殺します。家族たちが大騒ぎしますが、三日後に大猫の正体が明らかとなり猟師は不問とされたという筋立てです。

 猟師―猫たち、猟師―大猫(岡田の婆さん)、猟師―岡田の人、猟師―近所の人、といった対立軸が見受けられます。婆さん/大猫の図式に本来の岡田の婆さんは猫に喰われて入れ替ってしまったことが暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

猟師♌♁―岡田の婆さん♂―猫たち☾(♂)―岡田の人♎―近所の人☾(♎)

 といった風に表記できるでしょうか。猟師が生き延びることを価値☉と置くと、猟師は享受者♁となります。猟師を狙う大猫(岡田の婆さん)は対立者♂であり、猫たちはその援助者☾(♂)となります。婆さんの家族である岡田の人たちは初めは大騒ぎするものの、その後、正体が判明して沙汰なしとなりますので審判者♎と置けるでしょうか。近所の人たちは岡田の人の援助者☾(♎)と置けるでしょう。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「岡田の婆さんとは何者か」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「猫たちが肩車を組んで接近してくる」でしょうか。「猟師―反撃/肩車―大きな猫/猫たち」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:岡田の婆さんとは何者か
        ↑
発想の飛躍:猫たちが肩車を組んで接近してくる

・猟師―猫の会話―婆さん/大きな猫
・猟師―射殺/不問―婆さん/大きな猫
      ↑
・猟師―反撃/肩車―大きな猫/猫たち

◆発想の飛躍と概念の操作

 発想の飛躍を「常識離れした連想」と仮定しますと、上述した図式の/(スラッシュ)の箇所に特にその意図的に飛躍させた概念の操作が見出せそうです。

 呪術的思考に典型的に見られますが、ヒトは本来は繋がりのない切り離されたモノの間にも繋がりを見出すことがあります。それは情報処理におけるエラーです。ですが、科学万能の時代においてもエラーであるはずの呪術的思考が完全には消え去ることがないのは、それが人間特有の思考様式の一部であるからかもしれません。昔話では意図的にエラーを起こすとでも言えるでしょうか。

 「岡田の婆」では、猫たちの会話から大きな猫が岡田の婆さんその人ではないかと疑い、事実、手に傷を負っていますのでこれは猫が化けたものだと見抜いて射殺するという展開となっています。

 図式では「猟師―反撃/肩車―大きな猫/猫たち」と表記しています。これを自由連想で細分化して展開すると「猟師―木の上―避難―猫―肩車―接近―届かず―会話―岡田の婆さん―呼ぶ―大きな猫―到来―肩車―接近―足―掴む―鉈―反撃―手傷―負う―退散」となります。「大きな猫:肩車→接近/反撃」と図式化すればいいでしょうか。猟師を狙った猫たちは岡田の婆さんと呼ばれる大きな猫を呼んで肩車を組んで肉薄し、逆に反撃を受ける、つまり接近/反撃という転倒が行われています。これらの連想を一瞬で行っていることになります。

 また、ばあさんについては、「岡田の婆さん:猫の会話→婆さん/大きな猫→手傷→射殺/不問」と図式化できるでしょうか。猫たちの会話から大きな猫と岡田の婆さんとの繋がりが示唆され、手傷を負ったことから置換関係にあることが判明します。その結果、射殺しても不問に付されるという転倒といった概念の操作が施されています。

 以上のように、本文には現れない概念も重要な要素となっています。形態素解析で抽出したキーワードだけでは解釈を十全に行うことは難しいものと考えられます。可視化されていない文脈を読む、つまりできるだけ可視化するためには連想概念辞書も取り込んだ上で分析する方向に機能改善することが望まれると考えられます。

 転倒は一瞬で価値の逆転をもたらすことを可能とする点で濫用は慎むべき類の概念操作ですが、予想外の驚きをもたらす効果を発揮しますので、昔話では好んで用いられるようです。

 シェーマ分析は物語構造分析や評論において多用されますが、昔話ではこの二項対立で把握される図式の各項の属性を動的に転倒させていく(※必ずしも転倒に成功する訳ではない)ことで物語を転がしていくという技法が多用されると考えられます。むしろ転倒させることで二項対立の図式に持ち込むと見た方がいいでしょうか。静態から動態への認識の転換が求められるとでも言えるでしょうか。

 呪術的思考のような非合理的思考は人間の抱える弱点ですが、昔話においては逆に創造性の源ともなっていると考えることができます。

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「岡田の婆」ですと「肩車を組んで接近してきた猫に反撃、手傷を負った古猫の正体を見抜いてを射殺した」くらいでしょうか。

◆余談

 一般には狼ばしごと呼ばれる話型です。離島など狼のいない地域では狼が猫に置き換えられるとのことですが、このお話は匹見町の昔話です。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.431-432.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年11月16日 (土)

第7回は出雲のしそ餃子――それぞれの孤独のグルメ

「それぞれの孤独のグルメ」をTVerで視聴。第7話は出雲が舞台だった。冒頭は割子蕎麦が出る。三段重ねでは足りないだろうと思ったら、別の店で釜揚げ蕎麦を食してした。釜揚げは僕は食べたことがない。蕎麦湯に麺が入っていて、それにつゆを入れるようだ。後半は出雲市内の町中華らしき店。しそ餃子が売りのようだ。

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行為項分析――くも女房

◆あらすじ

 昔、後家じいさんがいた。そこへひょっこり、ばあさんが来て、自分は茶でも沸かすから、これに置いてくださいと言って上がり込んだ。そしてそのまま居てもらうことになった。ところがばあさんはご飯をあまり食べないので、じいさんは不思議に思った。ある日、隣の家からぼたもちを持ってきた。じいさんは留守でばあさんが一人いた。それでばあさんがどうするかと思って、隣の人は外へ出て戸の隙間から様子を見ていた。するとばあさんは髪を解いてぼたもちをみな頭の中へすり込んでしまった。隣の人はびっくりして、じいさんが帰るとそっとそのことを知らせた。じいさんはびっくりして、家へ帰るとばあさんに、お前は今日からうちにはいらないから出ていってくれと言った。するとばあさんは出ろというなら出るから、自分が欲しいというものをくれと言った。何がいるかと訊くと、桶をくれと言った。そこでじいさんが桶をやると、ばあさんはその桶に入れと言った。じいさんが桶へ入るとばあさんはそれを軽々と背負って、ひょんひょん山へ入っていった。じいさんはどこへ行くやらと思って、恐ろしくなったので、どうにかして逃げだそうと思った。ちょうどいい具合に頭の上に大きな木の枝が覗いていたので、その下を通るときこれにつかまって桶から出た。ばあさんはそんなことは知らないでひょんひょん行くので、じいさんは送り狼に知られない様に跡をつけていった。そのうちにばあさんの家へついた。ばあさんは、いい肴を持ってきたから皆出ろと言った。すると上から蜘蛛が沢山下りてきた。ばあさんは桶を下ろして中を見たが、じいさんがいない。これはまた、どこで抜け出したものだろうと言ってびっくりしていたが、今夜の晩に行ってお茶の中に入って、あのじいさんがお茶を飲むときに喉へ入って喰い殺してやると言った。じいさんはそれを聞くと一散に家へ帰って近所の若い人を皆雇ってきた。そして囲炉裏に炭の火をかんかんに起こして、今夜蜘蛛が来るから、蜘蛛が来たら誰でもいいからすぐ火の中へくべてくれと言った。みんな火箸を持って火を起こして待っていると、夜遅くなってから大きな蜘蛛が自在鍵を伝って下りて来た。そら来たと言うので皆でその蜘蛛を火の中へ放り込んで焼いてしまった。それから朝蜘蛛は吉相だから殺してはいけない。夜蜘蛛は人を獲るから殺さねばいけないということになった。

◆モチーフ分析

・後家じいさんがいた
・ばあさんがひょっこり来て、自分は茶でも沸かすから、ここに置いてくれと上がり込み、そのまま居てもらうことになった
・ばあさんはご飯をあまり食べないので、じいさんは不思議に思った
・ある日、隣の家からぼたもちを持ってきた
・じいさんは留守でばあさんが一人いた
・ばあさんはどうするか、隣の人は外へ出て戸の隙間から様子を見た
・ばあさんは髪を解いて、ぼたもちを頭の中にすり込んでしまった
・びっくりした隣の人はじいさんが帰るとそっとそのことを知らせた
・びっくりしたじいさんはばあさんに出ていってくれと言った
・ばあさんは出るから、自分が欲しいものをくれと言った
・何が要るか訊くと、桶をくれと言った
・じいさんが桶をやると、ばあさんはその桶に入れと言った
・じいさんが桶へ入ると、ばあさんはそれを軽々と背負って、ひょんひょん山へ入っていった
・じいさんは恐ろしくなったので、逃げだそうと思った
・ちょうどいい具合に頭の上に大きな木の枝が覗いていたので、じいさんは枝につかまって桶から出た
・ばあさんはそんな事は知らずにひょんひょん行くので、じいさんは送り狼に知られない様に跡をつけた
・ばあさんの家に着くと、ばあさんはいい肴を持ってきたから皆出ろと言った
・すると、上から蜘蛛が沢山下りてきた
・ばあさんは桶を下ろして中を見たが、じいさんがいないので、今夜の晩に行ってお茶の中に入ってじいさんが飲むときに喉へ入って喰い殺してやると言った
・じいさんはそれを訊くと一散に家へ帰って、近所の若い人を雇ってきた
・囲炉裏に炭の火をかんかんに起こして、今夜蜘蛛が来るから、来たらすぐ火の中へくべてくれと言った
・みな火箸を持って火を起こして待っていると、夜遅くなってから大きな蜘蛛が自在鍵を伝って下りて来た
・そら来たと皆で蜘蛛を火の中へ放り込んで焼いた
・それから朝蜘蛛は吉相だから殺してはいけない、夜蜘蛛は人を獲るから殺さねばいけないことになった

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:じいさん(肴)
S2:ばあさん(蜘蛛)
S3:隣家の人
S4:子蜘蛛
S5:若者

O(オブジェクト:対象)
O1:家
O2:家事
O3:ご飯
O4:ぼた餅
O5:髪
O6:頭
O7:桶(欲しいもの)
O8:山
O9:木
O10:枝
O11:住処
O12:茶
O13:囲炉裏
O14:火
O15:火箸
O16:自在鍵
O17:朝蜘蛛
O18:夜蜘蛛

m(修飾語:Modifier)
m1:やもめの
m2:不審な
m3:ある日
m4:ほどいた
m5:驚愕した
m6:ひょんひょん
m7:恐怖した
m8:慎重に
m9:夜(深夜)
m10:大きな
m11:吉相
m12:不殺の
m13:人食いの
m14:殺すべし

X:どこか
X2:人々
T:時

+:接
-:離

・後家じいさんがいた
(存在)X:X+S1じいさん
(状態)S1じいさん:S1じいさん+m1やもめの
・ばあさんがひょっこり来て、自分は茶でも沸かすから、ここに置いてくれと上がり込み、そのまま居てもらうことになった
(来訪)S2ばあさん:S2ばあさん+O1家
(提案)S2ばあさん:S2ばあさん+O2家事
(同居)S1じいさん:S1じいさん+S2ばあさん
・ばあさんはご飯をあまり食べないので、じいさんは不思議に思った
(小食)S2ばあさん:S2ばあさん-O3ご飯
(不審)S1じいさん:S2ばあさん+m2不審な
・ある日、隣の家からぼたもちを持ってきた
(時節)T:T+m3ある日
(訪問)S3隣家の人:S3隣家の人+O1家
(持参)S3隣家の人:S3隣家の人+O4ぼた餅
・じいさんは留守でばあさんが一人いた
(不在)S1じいさん:S1じいさん-O1家
(留守番)S2ばあさん:S2ばあさん+O1家
・ばあさんはどうするか、隣の人は外へ出て戸の隙間から様子を見た
(退出)S3隣家の人:S3隣家の人-O1家
(監視)S3隣家の人:S3隣家の人+S1ばあさん
・ばあさんは髪を解いて、ぼたもちを頭の中にすり込んでしまった
(解く)S2ばあさん:O5髪+m4ほどいた
(食事)S2ばあさん:O6頭+O4ぼた餅
・びっくりした隣の人はじいさんが帰るとそっとそのことを知らせた
(驚愕)S3隣家の人:S3隣家の人+m5驚愕した
(帰宅)S1じいさん:S1じいさん+O1家
(告げる)S3隣家の人:S3隣家の人+S1じいさん
・びっくりしたじいさんはばあさんに出ていってくれと言った
(驚愕)S1じいさん:S1じいさん+m5驚愕した
(追い出す)S1じいさん:S1じいさん-S2ばあさん
・ばあさんは出るから、自分が欲しいものをくれと言った
(応諾)S2ばあさん:S2ばあさん+S1じいさん
(要求)S2ばあさん:S2ばあさん+O7欲しいもの
・何が要るか訊くと、桶をくれと言った
(質問)S1じいさん:S2ばあさん+O7欲しいもの
(回答)S2ばあさん:S2ばあさん+O7桶
・じいさんが桶をやると、ばあさんはその桶に入れと言った
(渡す)S1じいさん:S2ばあさん+O7桶
(要求)S2ばあさん:S1じいさん+O7桶
・じいさんが桶へ入ると、ばあさんはそれを軽々と背負って、ひょんひょん山へ入っていった
(入る)S1じいさん:S1じいさん+O7尾k
(背負う)S2ばあさん:S2ばあさん+O7桶
(入山)S2ばあさん:S2ばあさん+O8山
(様子)S2ばあさん:S2ばあさん+m6ひょんひょん
・じいさんは恐ろしくなったので、逃げだそうと思った
(恐怖)S1じいさん:S1じいさん+m7恐怖した
(企て)S1じいさん:S1じいさん-S2ばあさん
・ちょうどいい具合に頭の上に大きな木の枝が覗いていたので、じいさんは枝につかまって桶から出た
(存在)O8山:O8山+(O9木+O10枝)
(移乗)S1じいさん:S1じいさん+O10枝
(脱出)S1じいさん:S1じいさん-O7桶
・ばあさんはそんな事は知らずにひょんひょん行くので、じいさんは送り狼に知られない様に跡をつけた
(進行)S2ばあさん:S2ばあさん+m6ひょんひょん
(追跡)S1じいさん:S1じいさん+S2ばあさん
(様子)S1じいさん:S1じいさん+m8慎重に
・ばあさんの家に着くと、ばあさんはいい肴を持ってきたから皆出ろと言った
(到着)S2ばあさん:S2ばあさん+O11住処
(呼びかけ)S2ばあさん:S2ばあさん+S4子蜘蛛
(持参)S2ばあさん:S2ばあさん+S1肴
・すると、上から蜘蛛が沢山下りてきた
(出現)O11住処:O11住処+S4子蜘蛛
・ばあさんは桶を下ろして中を見たが、じいさんがいないので、今夜の晩に行ってお茶の中に入ってじいさんが飲むときに喉へ入って喰い殺してやると言った
(確認)S2ばあさん:S2ばあさん+O7桶
(確認)S2ばあさん:O7桶-S1じいさん
(予告)T:T+m9夜
(予告)S2ばあさん:S2ばあさん+O1家
(予告)S2ばあさん:S2ばあさん+O12茶
(殺害予告)S2ばあさん:S2ばあさん+S1じいさん
・じいさんはそれを訊くと一散に家へ帰って、近所の若い人を雇ってきた
(帰宅)S1じいさん:S1じいさん+O1家
(雇用)S1じいさん:S1じいさん+S5若者
・囲炉裏に炭の火をかんかんに起こして、今夜蜘蛛が来るから、来たらすぐ火の中へくべてくれと言った
(火起こし)S1じいさん:S1じいさん+(O13囲炉裏+O14火)
(予告)T:T+m9夜
(到来予告)S2蜘蛛:S2蜘蛛+O1家
(退治命令)S5若者:S2蜘蛛+O14火
・みな火箸を持って火を起こして待っていると、夜遅くなってから大きな蜘蛛が自在鍵を伝って下りて来た
(待ち受け)(S1じいさん+S5若者):(S1じいさん+S5若者)+O15火箸
(待ち受け)(S1じいさん+S5若者):(S1じいさん+S5若者)+(O13囲炉裏+O14火)
(時刻)T:T+m9深夜
(到来)S2蜘蛛:S2蜘蛛+O16自在鍵
(状態)S2蜘蛛:S2蜘蛛+m10大きな
・そら来たと皆で蜘蛛を火の中へ放り込んで焼いた
(焼殺)(S1じいさん+S5若者):S2蜘蛛+O14火
・それから朝蜘蛛は吉相だから殺してはいけない、夜蜘蛛は人を獲るから殺さねばいけないことになった
(慣習)O17朝蜘蛛:O17朝蜘蛛+m11吉相
(慣習)X2:O17朝蜘蛛+m12不殺の
(慣習)O18夜蜘蛛:O18夜蜘蛛+m13人食いの
(慣習)X2:O18夜蜘蛛+m14殺すべし

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

    聴き手(居ついたばあさんはどうするか)
           ↓
送り手(ばあさん)→家事をするからと居つく(客体)→ 受け手(じいさん)
           ↑
補助者(なし)→ ばあさん(主体)←反対者(なし)

    聴き手(ばあさんの小食はどんな理由か)
           ↓
送り手(じいさん)→ばあさんの小食を不審がる(客体)→ 受け手(ばあさん)
           ↑
補助者(なし)→ じいさん(主体)←反対者(なし)

    聴き手(ばあさんの正体は何か)
           ↓
送り手(隣家の人)→ばあさんが怪しいと警告する(客体)→ 受け手(じいさん)
           ↑
補助者(なし)→ 隣家の人(主体)←反対者(なし)

    聴き手(ばあさんはどう対応するか)
           ↓
送り手(じいさん)→家から追い出そうとする(客体)→ 受け手(ばあさん)
           ↑
補助者(なし)→ じいさん(主体)←反対者(ばあさん)

    聴き手(桶はどう使われるか)
           ↓
送り手(ばあさん)→応じる代わりに桶を要求する(客体)→ 受け手(じいさん)
           ↑
補助者(なし)→ ばあさん(主体)←反対者(じいさん)

    聴き手(桶に入れて連行されたじいさんはどうなるか)
           ↓
送り手(ばあさん)→じいさんを桶に入れ山に向かう(客体)→ 受け手(じいさん)
           ↑
補助者(なし)→ ばあさん(主体)←反対者(じいさん)

    聴き手(じいさんはどう対応するか)
           ↓
送り手(じいさん)→木の枝につかまって脱出(客体)→ 受け手(ばあさん)
           ↑
補助者(なし)→ じいさん(主体)←反対者(ばあさん)

    聴き手(ばあさんはどこに向かうか)
           ↓
送り手(じいさん)→ばあさんを追跡する(客体)→ 受け手(ばあさん)
           ↑
補助者(なし)→ じいさん(主体)←反対者(ばあさん)

   聴き手(じいさんが消えたことに気づいたらどうなるか)
           ↓
送り手(ばあさん)→じいさんを食えと呼ぶ(客体)→ 受け手(子蜘蛛)
           ↑
補助者(なし)→ ばあさん(主体)←反対者(なし)

   聴き手(襲撃を予告されたじいさんはどうなるか)
           ↓
送り手(ばあさん)→じいさんの殺害予告(客体)→ 受け手(子蜘蛛)
           ↑
補助者(なし)→ ばあさん(主体)←反対者(なし)

    聴き手(どんな形で襲撃されるか)
           ↓
送り手(じいさん)→襲撃に備えて人を集める(客体)→ 受け手(若者)
           ↑
補助者(若者)→ じいさん(主体)←反対者(ばあさん)

    聴き手(待ち受けたじいさんはどうするか)
           ↓
送り手(ばあさん)→蜘蛛となって下りてくる(客体)→ 受け手(じいさん)
           ↑
補助者(なし)→ ばあさん(主体)←反対者(じいさん)

     聴き手(蜘蛛の襲撃をどう思うか)
           ↓
送り手(じいさん)→囲炉裏の火で焼き殺す(客体)→ 受け手(ばあさん)
           ↑
補助者(若者)→ じいさん(主体)←反対者(ばあさん)

      聴き手(夜蜘蛛をどう思うか)
           ↓
送り手(人々)→朝蜘蛛と夜蜘蛛の違いを説明(客体)→ 受け手(人々)
           ↑
補助者(なし)→ 人々(主体)←反対者(なし)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。家事をするからと強引に上がり込んで居ついてしまったばあさんをじいさんは受け入れますが、あまりに小食なので疑いを抱きはじめます。あるときじいさんの外出中に隣人がぼた餅を持って訪ねます。隣人がこっそり覗いたところ、ばあさんは頭に生えた大口でぼた餅を食べてしまいます。隣人がそれをじいさんに告げ、じいさんはばあさんを追い出すことにします。ばあさんは出ていく代わりに桶を要求、じいさんが応じるとじいさんを桶に入れて山に向かって走り出します。身の危険を感じたじいさんは木の枝につかまって脱出します。じいさんはそのまま密かにばあさんを追跡します。ばあさんの住処には大量の子蜘蛛がいました。じいさんが消えたことに気づいたばあさんは今晩じいさんの家に行ってじいさんを殺すと予告します。それを知ったじいさんは近所の若者を集め、囲炉裏の火を焚いて待ち受けます。果たして深夜に大蜘蛛が下りてきました。総がかりで蜘蛛を焼き殺したという筋立てです。

 じいさん―ばあさん、ばあさん―隣人、隣人―じいさん、ばあさん―子蜘蛛、じいさん―若者、若者―ばあさん(大蜘蛛)、といった対立軸が見受けられます。小食/人食いという図式に正体を隠した大蜘蛛の恐ろしさが暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

じいさん♌☉♁―ばあさん☾(♌)♂―隣人☾(♌)―子蜘蛛☾(♂)―若者☾(♌)

 といった風に表記できるでしょうか。蜘蛛に狙われたじいさん自身が価値☉となります。また、じいさんは大蜘蛛を退治することで危機を免れますので享受者♁とも置けます。ばあさんは当初、じいさんの援助者☾(♌)を装って登場しますが、その正体は大蜘蛛で対立者♂です。じいさんに危機を伝える隣人はじいさんの援助者☾(♌)です。じいさんを餌として欲する子蜘蛛たちはばあさんの援助者☾(♂)としていいでしょう。じいさんと協力して大蜘蛛を退治する若者たちはじいさんの援助者☾(♌)と置けます。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「人食い蜘蛛に狙われたじいさんはどうなるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「ばあさんが蜘蛛だったこと」でしょうか。「じいさん―桶/枝―ばあさん/蜘蛛」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:人食い蜘蛛に狙われたじいさんはどうなるか
        ↑
発想の飛躍:ばあさんが蜘蛛だったこと

・じいさん―家事/小食―ばあさん
        ↑
・じいさん―桶/枝―ばあさん/蜘蛛

◆発想の飛躍と概念の操作

 発想の飛躍を「常識離れした連想」と仮定しますと、上述した図式の/(スラッシュ)の箇所に特にその意図的に飛躍させた概念の操作が見出せそうです。

 呪術的思考に典型的に見られますが、ヒトは本来は繋がりのない切り離されたモノの間にも繋がりを見出すことがあります。それは情報処理におけるエラーです。ですが、科学万能の時代においてもエラーであるはずの呪術的思考が完全には消え去ることがないのは、それが人間特有の思考様式の一部であるからかもしれません。昔話では意図的にエラーを起こすとでも言えるでしょうか。

 「くも女房」では、小食のはずのばあさんの頭には大口が開いていて、そこからものを食べることで常人ではないことが示唆されています。

 図式では「じいさん―桶/枝―ばあさん/蜘蛛」と表記しています。これを自由連想で細分化して展開すると「じいさん―追放―代わり―桶―与える―中―入る―拉致―山―連行―木―枝―掴まる―脱出―追跡―住処―餌―到着―子蜘蛛―登場―不在―気づく―今夜―茶―入る―喉―食い破る―殺害―予告―ばあさん―大蜘蛛」となります。「じいさん:木の枝→拉致/脱出→追跡→ばあさん/蜘蛛」と図式化すればいいでしょうか。じいさんは一瞬の機会を逃さず木の枝につかまることで拉致された状態から自由の身へと脱出する価値転倒が行われています。更に慎重に追跡した結果、ばあさんの正体は子蜘蛛たちを束ねる大蜘蛛だったことが明らかとなるといった点でばあさんから蜘蛛への転倒といった概念の操作が行われています。これらの連想を一瞬で行っていることになります。

 また、ばあさんについては、「ばあさん:ぼた餅→小食/大口→怪物」と図式化できるでしょうか。小食が大口の大喰らいと転倒されることで、ばあさんの怪物性が明らかとなるといった概念の操作が施されています。

 以上のように、本文には現れない概念も重要な要素となっています。形態素解析で抽出したキーワードだけでは解釈を十全に行うことは難しいものと考えられます。可視化されていない文脈を読む、つまりできるだけ可視化するためには連想概念辞書も取り込んだ上で分析する方向に機能改善することが望まれると考えられます。

 転倒は一瞬で価値の逆転をもたらすことを可能とする点で濫用は慎むべき類の概念操作ですが、予想外の驚きをもたらす効果を発揮しますので、昔話では好んで用いられるようです。

 シェーマ分析は物語構造分析や評論において多用されますが、昔話ではこの二項対立で把握される図式の各項の属性を動的に転倒させていく(※必ずしも転倒に成功する訳ではない)ことで物語を転がしていくという技法が多用されると考えられます。むしろ転倒させることで二項対立の図式に持ち込むと見た方がいいでしょうか。静態から動態への認識の転換が求められるとでも言えるでしょうか。

 呪術的思考のような非合理的思考は人間の抱える弱点ですが、昔話においては逆に創造性の源ともなっていると考えることができます。

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「くも女房」ですと「ばあさんの正体が蜘蛛だと分かったじいさんは家で待ち構えて蜘蛛を焼き殺した」くらいでしょうか。

◆余談

 食わず女房の類話です。ここでは家に戻ったじいさんが蜘蛛を焼き殺す筋となっています。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.428-430.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年11月15日 (金)

浜田にUターンする 2024.11

浜田市長沢町

2024年11月、横浜から浜田にUターンしました。

11月13日に荷物の搬出作業を行い、その日は横浜市営地下鉄・センター南駅近くのチサンインに一泊、翌朝チェックアウトして新横浜から新幹線で広島駅に向かい、広島駅からは高速バスで浜田駅まで戻りました。荷物の搬入には間に合いませんので、滋賀の義兄がわざわざ浜田まで出向いてきて受け入れ作業を行ってくれました。正直な話、今回の引っ越しは上の姉夫婦がいないと期日までに完了してませんでした。14日は新たな入居先の場所確認と家具の配置を確認した程度で終わらせました。横浜ー浜田間で約900Kmありますので、移動だけで疲れてしまうからです。

現在の体調では車を自分で運転すると危ないので陸送業者に依頼しました。横浜から川崎まで車で移動し、川崎から広島までは船で輸送、広島から浜田までは再び陸送する段取りです。一週間から10日かかるとの見通しで、この間車がない状態となりますので、非常に不便です。住んでいるところは浜田駅から歩いて20分ほどの距離ですので、以前なら歩けたのですが、現状、どれくらいの距離が歩けるのか分からない状況です。

いずれ島根にUターンするのは既定事項だったのですが、いざ実際に引っ越しするとなると、心身ともにストレスのかかる作業でした。

昨年、住んでいたアパートのオーナーが地元の地主さんからとある不動産会社に変わりました。その報告はあったのですが、契約の更新はしないとありました。それで「これは退去だ」とピンときた人がいたそうです。実際にアパートの取り壊しと10月中旬まででの退去を求める通告があったのは三月末のことでした。約半年で退去を迫られることとなった訳です。

ちょうど春先から家族が病気になりまして、それで重たいものは持てない状態となりました。治療もあって実際に動き始めたのは5月に入ってからでしょうか。

アパートは横浜市の港北ニュータウンと呼ばれる地域に位置するのですが、築35~36年くらいでしょうか。バブル期の建築なので耐久性には問題ないと思いますが、5階建てでエレベーターがない古い仕様でしたので、そういう意味では人気が落ちていたようです。他所の建物と比べると間取りには余裕があったそうですが。取り壊しとなった理由については知りません。

それで、結局のところ島根に戻ることとなった訳です。生まれ故郷に戻る訳ですから特に異存はないのですが、一世帯まるごと引っ越しを済ませるには実はぎりぎりのスケジュールでした。家族はアパートの新築時から入居していたのですが、30年以上生活してきて溜まった荷物が大量にある訳です。それらの要/不要を選別して大量に廃棄する必要が出てきました。「どこから手をつけたらいいのだろう?」という状態でした。

家族が重いモノを持てないので、ゴミ出し係は私となりましたが、重いゴミを持って5階から1階への上り下りを繰り返すこととなりました。累計100往復くらいはしたでしょうか。これで心臓に負荷をかけてしまったようです。かなり疲弊してしまって、8月下旬に相模原市で薪能を鑑賞したのですが、このとき会場に向かう電車の中で「精神に余裕がないな」と感じました。また、会場で席についたところ、かなりの疲労感に襲われて「大丈夫かいな」となりました。

私の持ち分は9月上旬でだいたい整理が済んで、以降は必要なときだけ動くモード、言い換えると疲労を抜くモードに入ったのですが、以降も疲弊感は全く抜けませんでした。今思うと、疲労回復の点滴を受けておけばよかったかもしれません。

で、結局荷物の整理は遅々として進まず退去期限を一月延ばしてもらいました。それで10月下旬から体調を崩してしまいました。「これはまずい」と感じたのは思い出作りに(アリバイづくりとも言う)秩父に小旅行したのですが、ちょっと歩いただけですぐに息が上がってしまう状態となってしまい、行きつけの循環器科で受診しようとしたら、そのクリニックが休診となってしまい、二週間ほど気分の悪さを抱えたまま再開を待つ状況となりました。

緊急避難的に他の病院を当たってもよかったのですが、その際はこれまでの経過を知っている先生の方がいいだろうと判断して再開を待つことにした次第です。で、11月1日に受診して血液検査を行い、8日に結果が出ました。血液検査の結果、数値に異状はないとのことでした。なので薬の処方量を増やすことはしませんでした。

で、期限の11月中旬が間近に迫り、切羽詰まった状態となった訳ですが、上の姉の介入でなんとか進捗させることができたというのが正直なところです。上の姉は普段からモノを整理するタイプでしたので、こういうときには力を発揮しました。それで、私も手伝ったのですが、5階から1階の往復を繰り返しているとやはり気分が悪くなってしまいました。なので、やはり蓄積したダメージは大きいものと思われます。

まあ、とにもかくにも引っ越しという一大イベントを終えることはできました。これが心身ともに多大なストレス源となっていましたので、ようやく解放されて一息ついている状況です。

これから転入届など住所変更に伴う諸手続が残っていますし、荷ほどきもしなければなりません。とりあえず実家に送って保管してもらった荷物も大量にあります。なので、まだ重労働が完全に終わった訳ではありませんが、期限を切られる事態からは解放されましたので、多少の心の余裕はできたのではないかと思います。

今はとにかく脱出することができたでホッとしている状態ですが、しばらくしたら「やはり横浜の方がよかった」とはなるかもしれません。住んでいた所は最寄り駅が横浜市営地下鉄・センター南駅で、ここは駅前にショッピングモール、映画館、銀行、区役所、区民ホール、図書館、郵便局、警察署、消防署、大学病院、ホテル、公園と税務署以外の施設がほぼ揃った至便の立地でした。横浜や桜木町へも地下鉄で30分ほどの距離ですし、あざみ野駅に出れば、田園都市線、半蔵門線、東武線と都心に直通しています。横浜市立中央図書館と国会図書館に通いやすい立地だったのです。

なので、このブログの記事執筆はこれらの図書館の存在がなければ成り立たないものでした。今回浜田に引き揚げることで、そういった環境が失われてしまいました。おそらく浜田市立図書館で島根県立図書館の蔵書は借りることができるのではないかと思いますが、未確認です。長沢町によく分からない図書関連の施設がありますので、多分なんとかなるでしょう。

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2024年11月11日 (月)

行為項分析――法事の使い

◆あらすじ

 あるところに馬鹿な息子と父親がいた。あるとき父親が、今年は死んだ母親の三年になるから、法事をしなければならない。お前、ご苦労だが、お寺へ行って和尚さんに頼んでこいと息子に言った。息子は、うん、それは行こうと言った。それでも、自分は和尚さんというものを知らないが、一体どんな着物を着ていなさるかと言うので、いつも黒い衣を着ているから、黒い着物を着ている人に頼めば間違いないと父親は言った。息子はどんどん行くと、木の上に真っ黒いものがいた。そこで、その下へ行って、和尚さん、うちの母の三年の法事をするから、ご苦労だが来てくれないかと言ったら、カー、カーと言って飛んでいった。息子は帰って父親に今頼んできたからと言った。和尚さんはどう言いなさったと父親が訊くと、自分がよく頼んだら、カーカー言って逃げなさったと息子が答えた。お前、それは和尚さんではない、烏だと父親は言った。もういっぺん行ってこい。和尚さんは下へもっていって白い着物を着て、上へもっていって黒い衣を着ているから、今度はそれを目当てに行ってこいと父親は言った。息子はまたどんどん行くと、今度は田んぼの中に下に白いものを着て上に黒いものを着たものがいた。それで側へ行って、和尚さん、今度うちの母の三年の法事をするから、ご苦労だが来てくれないかと言ったらシイガラ、トウガラといって飛んでいった。息子は帰って、よく頼んでおいたからと言った。和尚さんはどう言ったと父親が訊くと、シイガラ、トウガラと言って逃げてしまったと息子が答えた。まあ、この子は。それは四十雀(しじゅうから)という鳥だから、何でもない。それではお前はうちで留守番をしておれ、自分が頼みに行ってくるからと言って、今度は父親がお寺へ行った。父親は帰って、これで和尚さんは来てやると言いなさったから、お経を読んでもらったら、何かご馳走しなければならない。うちではこうして女手もなくて何もないから、二階に柿がこしらえてあるから、あれを下ろしてご馳走しよう。お前、てご(手伝い)をせよと息子に言った。そこで父親は二階へ上がって、息子は真下へ行って待っていた。今、はんどう(水瓶)を下ろすから、お前、けつをよく持っておれよと言って父親ははんどうへ付けた柿を上から除いた。息子は自分のけつを一生懸命押さえていた。お前、けつを持ったかと父親が言った。かとう(固く)持ってるから世話はない、下ろしなさいと息子は言った。そこで父親は安心して手を離したので、はんどうは落ちて壊れてしまった。まあ、お前、何をしているかと言うと、けつを持っておれと言うんだから、自分は固くけつを持っていたと言った。

◆モチーフ分析

・あるところに馬鹿な息子と父親がいた
・父親が今年は死んだ母親の三年になるから法事をしなければらないと言い、息子に和尚さんに頼んでこいと言った
・息子は行こうと言い、自分は和尚というものを知らないが、どんな着物を着ているのかと訊いた
・父親は和尚はいつも黒い衣を着ているから、黒い着物を着ている人に頼めば間違いないと言った
・息子がどんどん行くと木の上に真っ黒いものがいた
・木の下へ行って、和尚さん、うちの母の三年の法事をするから、ご苦労だが来てくれないかと言った
・黒いものはカー、カーといって飛んでいった
・息子は帰って、父親に今頼んできたからと言った
・父親が和尚はどう言ったか訊くと、息子は自分が頼んだら、カーカーいって飛んでいったと答えた
・父親はそれは和尚ではない、烏だと言った
・父親はもういっぺん行ってこい、和尚は下に白い着物を着て、上に黒い衣を着ているから、それを目当てに行ってこいと言った
・息子がまたどんどん行くと、今度は田んぼの中に白いものを来て上に黒いものを着たものがいた
・息子は側へ行って、和尚、今度うちの母の三年の法事をするから、ご苦労だが着てくれと言った
・それはシイガラ、トウガラといって飛んでいった
・息子は帰ってよく頼んでおいたからと言った
・父親が和尚はどう言ったと訊いたところ、シイガラ、トウガラと言って逃げてしまったと息子が言った
・父親はそれは四十雀だ。お前は留守番をしておれ、自分が頼みに行ってくると言ってお寺へ行った
・父親は帰ってきて、和尚が来るからお経を読んでもらったら、ご馳走しなければならない。二階に柿があるから、それを下ろしてご馳走しようと言った
・父親は息子に手伝いをせよと言った
・父親は水瓶を下ろすから、けつをよく持っておれと言った
・息子は自分のけつを一生懸命持っている
・お前、けつを持ったかと父親が言った
・持っていると息子が言ったので、手を離すと、水瓶は落ちて壊れてしまった
・お前、何をしているかと父親が言うと、息子はけつを持っておれと言うんだから、自分はけつを固く持ったと言った

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:息子
S2:父親
S3:和尚

O(オブジェクト:対象)
O1:法事
O2:衣装
O3:人
O4:烏(何か、和尚)
O5:家
O6:田んぼ
O7:四十雀(何か)
O8:お寺
O9:柿
O10:水瓶
O11:我が身
O12:けつ

m(修飾語:Modifier)
m1:馬鹿な
m2:黒い
m3:カーカーと
m4:白い
m5:下に
m6:上に
m7:シイガラ、トウガラと
m8:二階に
m9:落ちた
m10:壊れた
m11:固く

X:どこか
T:時

+:接
-:離

・あるところに馬鹿な息子と父親がいた
(存在)X:X+(S1息子+S2父親)
(性質)S1息子:S1息子+m1馬鹿な
・父親が今年は死んだ母親の三年になるから法事をしなければらないと言い、息子に和尚さんに頼んでこいと言った
(時節到来)S2父親:S2父親+O1法事
(命令)S2父親:S1息子+S3和尚
・息子は行こうと言い、自分は和尚というものを知らないが、どんな着物を着ているのかと訊いた
(応諾)S1息子:S1息子+S2父親
(無知)S1息子:S1息子-S3和尚
(質問)S1息子:S1息子+S2父親
(装束)S3和尚:S3和尚+O2衣装
・父親は和尚はいつも黒い衣を着ているから、黒い着物を着ている人に頼めば間違いないと言った
(説明)S2父親:S2父親+S1息子
(説明)S3和尚:O2衣装+m2黒い
(説明)S1息子:O3人+(O2衣装+m2黒い)
・息子がどんどん行くと木の上に真っ黒いものがいた
(遭遇)S1息子:S1息子+O4何か
(性質)O4何か:O4何か+m2黒い
・木の下へ行って、和尚さん、うちの母の三年の法事をするから、ご苦労だが来てくれないかと言った
(依頼)S1息子:S1息子+O4和尚
(依頼)S1息子:O4和尚+O1法事
・黒いものはカー、カーといって飛んでいった
(飛び去る)O4何か:O4何か-S1息子
(鳴く)O4何か:O4何か+m3カーカーと
・息子は帰って、父親に今頼んできたからと言った
(帰宅)S1息子:S1息子+O5家
(報告)S1息子:S1息子+S2父親
(報告)S1息子:S1息子+O4和尚
・父親が和尚はどう言ったか訊くと、息子は自分が頼んだら、カーカーいって飛んでいったと答えた
(質問)S2父親:S2父親+S1息子
(質問)S2父親:S3和尚+S1息子
(回答)S1息子:O4和尚+m3カーカーと
・父親はそれは和尚ではない、烏だと言った
(否定)S2父親:S1息子-S3和尚
(指摘)S2父親:O4何か+O4烏
・父親はもういっぺん行ってこい、和尚は下に白い着物を着て、上に黒い衣を着ているから、それを目当てに行ってこいと言った
(再訪命令)S2父親:S1息子+S3和尚
(説明)S3和尚:S3和尚+(O2衣装+m4白い+m5下に)+(O2衣装+m2黒い+m6上に)
・息子がまたどんどん行くと、今度は田んぼの中に白いものを来て上に黒いものを着たものがいた
(進む)S1息子:S1息子+O6田んぼ
(遭遇)S1息子:S1息子+(O7何か+m4白い+m6上に+m2黒い)
・息子は側へ行って、和尚、今度うちの母の三年の法事をするから、ご苦労だが着てくれと言った
(接近)S1息子:S1息子+O7何か
(依頼)S1息子:O7和尚+O1法事
・それはシイガラ、トウガラといって飛んでいった
(飛び去る)O7何か:O7何か-S1息子
(鳴く)07何か:O7何か+m7シイガラ、トウガラと
・息子は帰ってよく頼んでおいたからと言った
(帰宅)S1息子:S1息子+O5家
(報告)S1息子:S1息子+S2父親
(報告)S1息子:S1息子+O7和尚
・父親が和尚はどう言ったと訊いたところ、シイガラ、トウガラと言って逃げてしまったと息子が言った
(質問)S2父親:S2父親+S1息子
(質問)S2父親:S3和尚+S1息子
(回答)S1息子:O7和尚+m7シイガラ、トウガラと
・父親はそれは四十雀だ。お前は留守番をしておれ、自分が頼みに行ってくると言ってお寺へ行った
(否定)S2父親:S1息子-S3和尚
(指摘)S2父親:O7何か+O7四十雀
(留守番命令)S2父親:S1息子+O5家
(自分で実行)S2父親:S2父親+S3和尚
(訪問)S2父親:S2父親+O8お寺
・父親は帰ってきて、和尚が来るからお経を読んでもらったら、ご馳走しなければならない。二階に柿があるから、それを下ろしてご馳走しようと言った
(帰宅)S2父親:S2父親+O5家
(条件)S3和尚:S3和尚+O1法事
(ご馳走)S2父親:S3和尚+O9柿
(在処)O9柿:O9柿+m8二階に
・父親は息子に手伝いをせよと言った
(命令)S2父親:S1息子+S2父親
・父親は水瓶を下ろすから、けつをよく持っておれと言った
(下ろす)S2父親:O10水瓶-m8二階に
(命令)S2父親:S1息子+(O10水瓶+O12けつ)
・息子は自分のけつを一生懸命持っている
(状態)S1息子:S1息子+(O11我が身+O12けつ)
・お前、けつを持ったかと父親が言った
(質問)S2父親:S1息子+(O10水瓶+O12けつ)
・持っていると息子が言ったので、手を離すと、水瓶は落ちて壊れてしまった
(回答)S1息子:S1息子+(O11我が身+O12けつ)
(手放す)S2父親:S2父親-O10水瓶
()O10水瓶:O10水瓶+(m9落ちた+m10壊れた)
・お前、何をしているかと父親が言うと、息子はけつを持っておれと言うんだから、自分はけつを固く持ったと言った
(叱責)S2父親:S1息子-(O10水瓶+O12けつ)
(回答)S2父親:S1息子+O12けつ
(回答)S1息子:S1息子+(O11我が身+O12けつ+m11固く)

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

    聴き手(言いつけられた息子はどうするか)
           ↓
送り手(息子)→母の法事を依頼する(客体)→ 受け手(和尚)
           ↑
補助者(なし)→ 父親(主体)←反対者(なし)

    聴き手(教えられた息子はどうするか)
           ↓
送り手(父親)→和尚の見分け方を教える(客体)→ 受け手(息子)
           ↑
補助者(なし)→ 父親(主体)←反対者(なし)

    聴き手(教えられた息子はどうするか)
           ↓
送り手(息子)→和尚と勘違いする(客体)→ 受け手(烏、四十雀)
           ↑
補助者(父親)→ 息子(主体)←反対者(烏、四十雀)

    聴き手(叱られた息子はどうするか)
           ↓
送り手(父親)→間違いと叱る(客体)→ 受け手(息子)
           ↑
補助者(なし)→ 父親(主体)←反対者(息子)

    聴き手(法事はどうなるか)
           ↓
送り手(父親)→自身で法事を依頼(客体)→ 受け手(和尚)
           ↑
補助者(なし)→ 父親(主体)←反対者(なし)

    聴き手(叱られた息子はどうするか)
           ↓
送り手(父親)→柿を二階から降ろすのを手伝わせる(客体)→ 受け手(息子)
           ↑
補助者(なし)→ 父親(主体)←反対者(息子)

    聴き手(息子の勘違いをどう思うか)
           ↓
送り手(息子)→しり違いで水瓶を壊す(客体)→ 受け手(父)
           ↑
補助者(なし)→ 息子(主体)←反対者(父)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。母親の法事を和尚さんに依頼しに行くことになった息子ですが、父親から聞いた和尚さんの装いを勘違いして烏や四十雀に話しかけて事足れりとしてしまいます。同じ間違いを繰り返すので父親は止む無く自分でお寺に出向き依頼して和尚が来ることになります。それで和尚に柿をご馳走することになりますが、今度は柿の入った水瓶を二階から下ろす際、水瓶のしり(底)を持つように言いつけたら、息子は自分のけつ(尻)を持ってしまい、水瓶は落ちて壊れてしまったという筋立てです。

 父親―息子、息子―烏、息子―四十雀、父親―和尚、水瓶のけつ―自分のけつ、といった対立軸が見受けられます。けつ/水瓶/自分という図式に息子の錯誤ぶりが暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

父親♌♁♎―息子☾(♌)♂♁―和尚☉―烏☉(-1)―四十雀☉(-1)

 といった風に表記できるでしょうか。法事を価値☉と置くと、和尚自身を価値☉としてもいいでしょう。父親と息子はその享受者♁となります。息子は父親の使いを務めることになりますので援助者☾(♌)となりますが、悉く期待を裏切りますので対立者♂の位置を占めることにもなります。烏と四十雀はどう位置づけるか難しいところですが、息子は和尚と誤認しますので、マイナスの価値☉(-1)とここでは置きます。父親は息子の馬鹿さ加減に匙を投げますので審判者♎と置けるでしょう。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「息子の錯誤はどういう結果をもたらすか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「息子が父親の言ったことを字面通りに受け取ってしまう」でしょうか。「息子―衣―鳥/和尚」「父親―けつ/水瓶/我が身―息子」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:息子の錯誤はどういう結果をもたらすか
        ↑
発想の飛躍:息子が父親の言ったことを字面通りに受け取ってしまう

・息子―錯誤/用事―父親
     ↑
・息子―衣―鳥/和尚
・父親―けつ/水瓶/我が身―息子

◆発想の飛躍と概念の操作

 発想の飛躍を「常識離れした連想」と仮定しますと、上述した図式の/(スラッシュ)の箇所に特にその意図的に飛躍させた概念の操作が見出せそうです。

 呪術的思考に典型的に見られますが、ヒトは本来は繋がりのない切り離されたモノの間にも繋がりを見出すことがあります。それは情報処理におけるエラーです。ですが、科学万能の時代においてもエラーであるはずの呪術的思考が完全には消え去ることがないのは、それが人間特有の思考様式の一部であるからかもしれません。昔話では意図的にエラーを起こすとでも言えるでしょうか。

 「法事の使い」では、父親はあれこれと説明しますが息子の錯誤によって全て台無しになってしまいます。

 図式では「息子―衣―鳥/和尚」と表記しています。これを自由連想で細分化して展開すると「父親―法事―依頼―和尚―衣装―黒―錯誤―烏―白―錯誤―四十雀―息子」となります。「和尚:装束の色→判別/錯誤→和尚/鳥」と図式化すればいいでしょうか。息子は父親から伝えられた和尚の装束の色だけで判別、錯誤を起こし、鳥を和尚と錯誤する、つまり判別/錯誤から鳥/和尚へと転倒される概念の操作が行われています。これらの連想を一瞬で行っていることになります。

 「父親―けつ/水瓶/我が身―息子」では「父親―柿―和尚―ご馳走―二階―水瓶―下ろす―けつ―底―持つ―尻―我が身―持つ―落とす―壊す―息子」と展開できます。これは「けつ/水瓶/我が身」の三項鼎立で安定しているように見えますが、これは「水瓶―けつ/我が身―けつ」と分解可能です。「水瓶を下ろす:けつ→(水瓶―底)/(我が身―尻)」と図式化できます。息子の錯誤で(水瓶―底)/(我が身―尻)という転倒が起こり、水瓶は壊れてしまうという筋立てとなっています。

 以上のように、本文には現れない概念も重要な要素となっています。形態素解析で抽出したキーワードだけでは解釈を十全に行うことは難しいものと考えられます。可視化されていない文脈を読む、つまりできるだけ可視化するためには連想概念辞書も取り込んだ上で分析する方向に機能改善することが望まれると考えられます。

 転倒は一瞬で価値の逆転をもたらすことを可能とする点で濫用は慎むべき類の概念操作ですが、予想外の驚きをもたらす効果を発揮しますので、昔話では好んで用いられるようです。

 シェーマ分析は物語構造分析や評論において多用されますが、昔話ではこの二項対立で把握される図式の各項の属性を動的に転倒させていく(※必ずしも転倒に成功する訳ではない)ことで物語を転がしていくという技法が多用されると考えられます。むしろ転倒させることで二項対立の図式に持ち込むと見た方がいいでしょうか。静態から動態への認識の転換が求められるとでも言えるでしょうか。

 呪術的思考のような非合理的思考は人間の抱える弱点ですが、昔話においては逆に創造性の源ともなっていると考えることができます。

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「法事の使い」ですと「息子の錯誤で父親は自分の言ったことが伝わっていないと思い知る」くらいでしょうか。

◆余談

 「法事の使い」は笑い話で、息子の錯誤っぷりを楽しむお話ですが、父親は気苦労が絶えないでしょう。

 私自身、錯誤の多い人間でよく失敗しますが、一方で、話が通じない相手に説明を繰り返してそれでも通じないと心底うんざりしますので、近頃では父親に共感してしまいます。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.424-427.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年11月10日 (日)

行為項分析――ひと口なすび

◆あらすじ

 昔、夫婦がいた。お産をすることになって、いよいよ今日明日にも産まれるという日になった。それで主人は、どうぞお産がみやすうに(楽に)済むようにと思って、夜の丑みつ時に氏神さまへ行ってお願いした。ところが雨が酷く降り出して帰れなくなった。早く帰らねばと家のことが気にかかって仕方がないが、どうすることもできない。仕方なしにお宮で雨の止むのを待ちながらおこもりした。そのうちに昼の疲れが出て、男は寝た様な気がした。すると遠くからカッポカッポと蹄(ひづめ)の音がしてきた。そしてお宮の前へ来ると、あんた、今晩何兵衛のところにお産があるのだが行かないかなと言った。すると、お宮の中から、不意にお客さんが一人お泊まりがあるから行けない。済まないが、一人で行ってくれという声が聞こえた。そうか、外の声の主はそう言うと、蹄の音をさせてどこかへ行った。そうして、一時すると、また戻ってきて、やっとまあ行ってきたと外から声をかけた。様子はどうだったと内の声が尋ねた。男はさっき何兵衛のところでお産があると自分の名を言っていたので、何でも安産である様にと祈っていたところだったから、家の女房がお産をしたのだなと思って耳を澄ました。お産はみやすくて、男の子のくりくりした、とても元気な子が産まれた。だが、この子は七つの年の十二月の一日に、この上(かみ)の竜神渕の渕の主の餌になることになっているから可哀想だ。気の毒だが、それまでしか寿命がない、外の声はそういうと帰っていった。男はふと目が覚めてみると、雨も止んで夜がしらじらと明けかけていた。おかしな夢を見たがと思って、それでも確かに自分の名を言ったが、夢だから分からない。ひょっとすると子が産まれたのかもしれない。早く帰ってみようと急いで帰った。すると、家ではくりくりする様な元気な男の子が生まれていた。それで昨夜の夢が気にかかったが、家内には黙っていた。子供は元気にすくすくと大きくなった。しかし父親は夢のことが気にかかって仕方がなかった。あんなに元気にしているが、本当に七つの年の十二月の一日には、竜神渕の主の餌になるのかと思うと可哀想でならない。その内に月日はどんどん過ぎて、とうとう七つの年の十二月の一日になった。今日はどういうことがあっても、どこにもやらない様に内に置かねばと父親は思っていたが、どうしても仕方のない用事ができて、子供を他所へ行かせねばならないことになった。そして行くところは川を向こうへ渡らねばならないところだった。そこで父親は、自分がおこもりをしている時に神さまが話していたが、この子は今日竜神渕の主に食われるのだから、上等の弁当を作ってやろうと思って、家内にいい弁当を作らせ、心いっぱいのご馳走をして出した。そして弁当を渡すとき、この弁当は竜神渕の上を渡ってから食べてはいけない。必ず渡るより前に食べて、それから渡れと言って聞かせた。子供はうんと言って出かけた。父親は子供がどうしただろうか、もうどの辺まで行っただろうか、もう食われる頃だが、どうだろうかと心配していた。とうとう日が暮れた。子供は帰って来ないので、やはり渕の主に食べられてしまったのだと悲しんでいると、遅くなって子供が帰ってきた。お前戻ったのかと言って父親は大喜びをした。そして、竜神渕の上を渡るときに何かありはしなかったかと尋ねた。お父さん、今日は恐ろしかったと子供は話した。お父さんが家を出る時に竜神渕を渡るときには、渡るより前に弁当を食べよと言ったから、川のほとりで弁当を出して食べていた。そうしたら、あの渕から大きな何か知らないおかしげなものが出て、お前は何をすると問うた。自分は弁当を食べていると答えたら、うむ、お前は今日自分の餌になるはずだが、今食べているものは何かと問うたから、これはおかずだと答えた。おかずとは何かと問うたので、これはひと口なすびだと言うと、何といい匂いのするものだな、ひとつくれてみよと言うから、おかずのひと口なすびをやったら、とって食べて、何と美味しいものだ、人間はこういうものを三百六十日食べているのかとい言うから、そうだと言ったら、お前は今日自分の餌になるのだが、こういうものを食べているものを自分が今とって食っては可哀想だから、今日は餌にしない。帰って精を出して、うちの言うことを聞いて仕事をせよ。お前は助けてやるといって渕の中へゴボッといって入ってしまったと話した。それで十二月の一日には必ずひと口なすびを食べるものだということである。

◆モチーフ分析

・夫婦がいた。お産をすることになっていよいよ産まれる日になった
・主人はどうかお産が楽に済むようにと思って、夜の丑みつ時に氏神さまへ行ってお願いしした
・雨が酷く降り出して帰れなくなったので、仕方なくお宮で雨の止むのを待ちながらおこもりした
・昼の疲れが出て、男は寝た様な気がした
・すると遠くから蹄の音がしてきて、お宮の前へ来ると、今晩何兵衛のところにお産があるのだが行かないかと言った
・お宮の中から、お客さんが一人お泊まりがあるから行けない、一人で行ってくれという声が聞こえた
・外の声の主はそうかと言うと蹄の音をさせてどこかへ行った
・一時するとまた戻ってきて、行ってきたと外から声をかけた
・どうだったと内の声が尋ねると、男は自分の名を言っていたので安産である様にと祈っていたところだったから、女房がお産をしたのだと思って耳を澄ました
・お産は楽で、くりくりしたとても元気な男の子が産まれた。だが、この子は七つの年の十二月の一日に竜神渕の主の餌になることになっているから可哀想だと外の声は言って帰っていった
・ふと目が覚めてみると、雨が止んで夜がしらじらと明けかけていた
・男はひょっとすると子が産まれたのかもしれない、早く帰ってみようと急いで帰った
・すると家ではくりくりと元気な男の子が生まれていた
・昨夜の夢が気にかかったが、家内には黙っていた
・子供はすくすくと大きくなった
・父親は本当に七つの年の十二月一日に竜神渕の主の餌になるのかと夢のことが気にかかって仕方がなかった
・月日はどんどん過ぎて、とうとう七つの年の十二月の一日になった
・今日はどういうことがあっても、どこにもやらない様に内に置かねばと思っていたが、どうしても仕方のない用事ができて、子供を他所へ行かせねばならないことになった
・父親は今日竜神渕の主に食われるのだから、上等の弁当を作ってやろうと思って家内にいい弁当を作らせ、心いっぱいのご馳走をして出した
・弁当を渡すとき、この弁当は竜神渕の上を渡ってから食べてはいけない、必ず渡るより前に食べて、それから渡れと言って聞かせた
・子供はうんと言って出かけた
・父親は子供はどうしただろうかと心配していたが、とうとう日が暮れた
・子供は帰って来ないので、やはり渕の主に食べられてしまったのだと悲しんでいると、遅くなって子供が帰ってきた
・お前戻ったのかと言って父親は大喜びした
・そして竜神渕の上を渡るときに何かありはしなかったか尋ねた
・今日は恐ろしかったと子供は話した
・川のほとりで弁当を食べていたら、渕から大きな何かが出て、お前は何をしていると問うた
・自分は弁当を食べていると答えたら、お前は今日自分の餌になるはずだったが、今食べているものは何かと問うた
・これはひと口なすびだと言うと、何といい匂いのするものだ、ひとつくれと言うから、おかずをやったら、とって食べた
・何と美味しいものだ、人間はこういうものを三百六十日食べているのかと言ったからそうだと答えた
・お前は今日自分の餌になるのだが、こういうものを食べているものを今とって食っては可哀想だから今日は餌にしない、お前は助けてやると言って渕の中へ入ってしまったと子供が話した
・それで十二月の一日には必ずひと口なすびを食べるものだという

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:主人(父親)
S2:家内
S3:氏神
S4:運命の神
S5:男の子(子供)
S6:渕の主

O(オブジェクト:対象)
O1:お宮
O2:雨
O3:家(男の家)
O4:蹄の音
O5:お産
O6:用事
O7:弁当
O8:竜神渕
O9:安否
O10:ひと口なすび
O11:人間(人々)

m(修飾語:Modifier)
m1:妊娠した
m2:臨月の
m3:丑みつ時
m4:安産
m5:疲れた
m6:まどろんだ
m7:数刻後
m8:七歳の
m9:十二月一日(今日)
m10:目が覚めた
m11:夜明けの
m12:急いで
m13:成長した
m14:上等の
m15:手前で
m16:日暮れの
m17:悲しんだ
m18:夜遅く
m19:喜んだ
m20:恐ろしい
m21:美味な
m22:常食の
m23:憐れな

X:どこか
T:時
W:天候

+:接
-:離

・夫婦がいた。お産をすることになっていよいよ産まれる日になった
(存在)X:X+(S1主人+S2家内)
(妊娠)S2家内:S2家内+m1妊娠した
(臨月)S2家内:S2家内+m2臨月の
・主人はどうかお産が楽に済むようにと思って、夜の丑みつ時に氏神さまへ行ってお願いしした
(時刻)T:T+m3丑みつ時
(参拝)S1主人:S1主人+O1お宮
(祈願)S1主人:S2家内+m4安産
・雨が酷く降り出して帰れなくなったので、仕方なくお宮で雨の止むのを待ちながらおこもりした
(降雨)S1主人:S1主人+O2雨
(帰宅困難)S1主人:S1主人-O3家
(おこもり)S1主人:S1主人+O1お宮
・昼の疲れが出て、男は寝た様な気がした
(まどろむ)S1主人:S1主人+(m5疲れた+m6まどろんだ)
・すると遠くから蹄の音がしてきて、お宮の前へ来ると、今晩何兵衛のところにお産があるのだが行かないかと言った
(接近)O4蹄の音:O4蹄の音+O1お宮
(声)S4運命の神:S4神+S3氏神
(勧誘)S4運命の神:S3氏神+(O3男の家+O5お産)
・お宮の中から、お客さんが一人お泊まりがあるから行けない、一人で行ってくれという声が聞こえた
(回答)S3氏神:S1客+O1お宮
(回答)S3氏神:S3氏神-O5お産
・外の声の主はそうかと言うと蹄の音をさせてどこかへ行った
(声)S4運命の神:S4運命の神-O1お宮
・一時するとまた戻ってきて、行ってきたと外から声をかけた
(経過)T:T+m7数刻後
(戻る)S4運命の神:S4運命の神+O1お宮
(声)S4運命の神:S4運命の神+S3氏神
・どうだったと内の声が尋ねると、男は自分の名を言っていたので安産である様にと祈っていたところだったから、女房がお産をしたのだと思って耳を澄ました
(聴聞)S1主人:S4運命の神+S3氏神
・お産は楽で、くりくりしたとても元気な男の子が産まれた。だが、この子は七つの年の十二月の一日に竜神渕の主の餌になることになっているから可哀想だと外の声は言って帰っていった
(安産)S2家内:S2家内+m4安産
(誕生)S2家内:S2家内+S5男の子
(予言)S4運命の神:S6渕の主+S5男の子
(予言)S5男の子:S5男の子+(m8七歳の+m9十二月一日)
・ふと目が覚めてみると、雨が止んで夜がしらじらと明けかけていた
(覚醒)S1主人:S1主人+m10目が覚めた
(雨上がり)S1主人:S1主人-O2雨
(時刻)T:T+m11夜明けの
・男はひょっとすると子が産まれたのかもしれない、早く帰ってみようと急いで帰った
(予想)S1主人:S2家内+S5男の子
(帰宅)S1主人:S1主人+O3家
(帰宅)S1主人:S1主人+m12急いで
・すると家ではくりくりと元気な男の子が生まれていた
(誕生)S2家内:S2家内+S5男の子
・昨夜の夢が気にかかったが、家内には黙っていた
(懸念)S1主人:S6渕の主+S5男の子
(他言せず)S1主人:S1主人-S2家内
・子供はすくすくと大きくなった
(成長)S5男の子:S5男の子+m13成長した
・父親は本当に七つの年の十二月一日に竜神渕の主の餌になるのかと夢のことが気にかかって仕方がなかった
(懸念)S1主人:S5男の子+(m8七歳の+m9十二月一日)
・月日はどんどん過ぎて、とうとう七つの年の十二月の一日になった
(時節到来)T:T+(m8七歳の+m9十二月一日)
・今日はどういうことがあっても、どこにもやらない様に内に置かねばと思っていたが、どうしても仕方のない用事ができて、子供を他所へ行かせねばならないことになった
(外出させない)S1主人:S5男の子+O3家
(急用)S1主人:S1主人+O6用事
(外出させる)S1主人:S5男の子-O3家
・父親は今日竜神渕の主に食われるのだから、上等の弁当を作ってやろうと思って家内にいい弁当を作らせ、心いっぱいのご馳走をして出した
(作らせる)S1父親:S2家内+O7弁当
(性質)O7弁当:O7弁当+m14上等の
(持たせる)S1父親:S5男の子+O7弁当
・弁当を渡すとき、この弁当は竜神渕の上を渡ってから食べてはいけない、必ず渡るより前に食べて、それから渡れと言って聞かせた
(指定)S5男の子:O8竜神渕+m15手前で
(指定)S5男の子:S5男の子+O7弁当
・子供はうんと言って出かけた
(応諾)S5子供:S5子供+S1父親
(外出)S5子供:S5子供-O3家
・父親は子供はどうしただろうかと心配していたが、とうとう日が暮れた
(心配)S1父親:S5子供+O9安否
(時間経過)T:T+m16日暮れの
・子供は帰って来ないので、やはり渕の主に食べられてしまったのだと悲しんでいると、遅くなって子供が帰ってきた
(帰宅せず)S5子供:S5子供-O3家
(予想)S1父親:S6渕の主+S5子供
(悲しむ)S1父親:S1父親+m17悲しんだ
(時間経過)T:T+m18夜遅く
(帰宅)S5子供:S5子供+O3家
・お前戻ったのかと言って父親は大喜びした
(喜ぶ)S1父親:S1父親+m19喜んだ
・そして竜神渕の上を渡るときに何かありはしなかったか尋ねた
(質問)S1父親:S5子供+O8竜神渕
・今日は恐ろしかったと子供は話した
(回答)S5子供:S5子供+S1父親
(恐怖)S5子供:S5子供+m20恐ろしい
・川のほとりで弁当を食べていたら、渕から大きな何かが出て、お前は何をしていると問うた
(位置)S5子供:O8竜神渕+m15手前で
(食事)S5子供:S5子供+O7弁当
(出現)S6渕の主:S6渕の主-O8竜神渕
(質問)S6渕の主:S6渕の主+S5子供
・自分は弁当を食べていると答えたら、お前は今日自分の餌になるはずだったが、今食べているものは何かと問うた
(回答)S5子供:S5子供+O7弁当
(捕食)S6渕の主:S6渕の主+S5子供
(予定)T:T+m9今日
(質問)S6渕の主:S5子供+O10ひと口なすび
・これはひと口なすびだと言うと、何といい匂いのするものだ、ひとつくれと言うから、おかずをやったら、とって食べた
(回答)S5子供:S5子供+O10ひと口なすび
(要求)S6渕の主:S6渕の主+O10ひと口なすび
(授与)S5子供:S6渕の主+O10ひと口なすび
・何と美味しいものだ、人間はこういうものを三百六十日食べているのかと言ったからそうだと答えた
(感想)S6渕の主:O10ひと口なすび+m21美味な
(質問)S6渕主:O11人間+m22常食の
(回答)S5子供:S5子供+S6渕の主
・お前は今日自分の餌になるのだが、こういうものを食べているものを今とって食っては可哀想だから今日は餌にしない、お前は助けてやると言って渕の中へ入ってしまったと子供が話した
(予定)S6渕の主:S6渕の主+S5子供
(憐憫)S6渕の主:S5子供+m23憐れな
(破棄)S6渕の主:S6渕の主-S5子供
(消える)S6渕の主:S6渕の主+O8竜神渕
(証言)S5子供:S5子供+S1父親
・それで十二月の一日には必ずひと口なすびを食べるものだという
(慣例)O11人々:O11人々+O10ひと口なすび
(慣例)T:T+m9十二月一日

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

   聴き手(予言を知った父親はどうするか)
           ↓
送り手(運命の神)→生まれる子供の未来を話す(客体)→ 受け手(氏神)
           ↑
補助者(なし)→ 父親(主体)←反対者(なし)

   聴き手(予言を知った父親はどうするか)
           ↓
送り手(家内)→夢の通り出産する(客体)→ 受け手(子供)
           ↑
補助者(なし)→ 父親(主体)←反対者(なし)

   聴き手(予言の当日、父はどうするか)
           ↓
送り手(父親)→せめてもと上等の弁当をもたせる(客体)→ 受け手(子供)
           ↑
補助者(家内)→ 父親(主体)←反対者(なし)

   聴き手(予言の当日、子供はどうなるか)
           ↓
送り手(渕の主)→予言に反して子供を見逃す(客体)→ 受け手(子供)
           ↑
補助者(父親)→ 子供(主体)←反対者(渕の主)

   聴き手(この慣習をどう思うか)
           ↓
送り手(人々)→十二月一日にひと口なすびを食べる(客体)→ 受け手(人々)
           ↑
補助者(なし)→ 人々(主体)←反対者(なし)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。家内の安産を祈願にお宮参りをした父親は大雨でお宮に泊まりますが、その際夢で氏神と運命の神(ないしは産神)とが子供の未来について話しているのを聞きます。帰宅すると夢の通り男児が誕生していました。男の子が成長して予言の当日、父親はせめてもと上等の弁当を持たせて男の子を用事に出します。父親の言いつけ通り竜神渕の手前で弁当を食べた男の子ですが、そこに渕の主が現れます。渕の主は男の子の弁当に興味を示し、ひと口なすびを食べて気に入り、予言に反して男の子を捕食することを止めます。無事帰宅した男の子は一部始終を父親に話したという筋立てです。

 父親―家内、父親―氏神、父親―運命の神(産神)、父親―男の子、家内―男の子、男の子―渕の主、といった対立軸が見受けられます。ひと口なすび/渕の主の図式に美味によって憐憫の情をもよおし定められた運命を回避することが暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

父親♌―男の子☉♁☾(♌)―渕の主♂♎―家内☾(♌)―氏神♎―運命の神♎

 といった風に表記できるでしょうか。命を価値☉と置くと、男の子は価値☉そのものであり享受者♁となります。男の子は急用で家を離れますので、父親の援助者☾(♌)でもあります。また、家内は弁当を作る役割ですので援助者☾(♌)となります。男の子を定められた日に餌としようとする渕の主は対立者♂と置けます。また、男の子を憐れに思い助命しますので審判者♎とも置けます。一方で、父親に子供の運命を示唆する氏神と運命の神も審判者♎と置けるでしょうか。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「定められた運命の子供はその日どうなるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「ひと口なすびが竜神の気にいって助命される」でしょうか。「男の子―なすび/運命回避―渕の主」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:定められた運命の子供はその日どうなるか
        ↑
発想の飛躍:ひと口なすびが竜神の気にいって助命される

・氏神/産神―父親―弁当―子供―竜神渕
        ↑
・男の子―なすび/運命回避―渕の主

◆発想の飛躍と概念の操作

 発想の飛躍を「常識離れした連想」と仮定しますと、上述した図式の/(スラッシュ)の箇所に特にその意図的に飛躍させた概念の操作が見出せそうです。

 呪術的思考に典型的に見られますが、ヒトは本来は繋がりのない切り離されたモノの間にも繋がりを見出すことがあります。それは情報処理におけるエラーです。ですが、科学万能の時代においてもエラーであるはずの呪術的思考が完全には消え去ることがないのは、それが人間特有の思考様式の一部であるからかもしれません。昔話では意図的にエラーを起こすとでも言えるでしょうか。

 「ひと口なすび」では、神同士の会話によって我が子の運命を知った父親が定められた運命を回避することはできないと悟り、せめてもと上等の弁当を持たせて送り出したところ、弁当のおかずのひと口なすびが渕の主に気に入り、餌となるはずだった子供は運命を回避する筋立てとなっています。

 図式では「男の子―なすび/運命回避―渕の主」と表記しています。これを自由連想で細分化して展開すると「父親―七歳―十二月一日―急用―外出―運命―回避―不可―悟り―情け―上等―弁当―竜神渕―食事―子供―なすび―美味―憐憫―助命―渕の主」となります。「男の子:弁当→なすび/美味→感嘆/憐憫→運命→的中/回避」と図式化すればいいでしょうか。子供から分けてもらった弁当のおかずが美味で感嘆し憐憫の情へと変わります。それによって定められた運命が的中/回避と転倒される概念の操作が行われています。これらの連想を一瞬で行っていることになります。

 また、父親のせめてもの情けが渕の主の憐憫をもよおします。渕の主は本来なら人間の事情など斟酌しない非情な超自然的存在と考えられますので、「父親:情け→非情/憐憫」という転倒が起きているとも見ることができます。

 以上のように、本文には現れない概念も重要な要素となっています。形態素解析で抽出したキーワードだけでは解釈を十全に行うことは難しいものと考えられます。可視化されていない文脈を読む、つまりできるだけ可視化するためには連想概念辞書も取り込んだ上で分析する方向に機能改善することが望まれると考えられます。

 転倒は一瞬で価値の逆転をもたらすことを可能とする点で濫用は慎むべき類の概念操作ですが、予想外の驚きをもたらす効果を発揮しますので、昔話では好んで用いられるようです。

 シェーマ分析は物語構造分析や評論において多用されますが、昔話ではこの二項対立で把握される図式の各項の属性を動的に転倒させていく(※必ずしも転倒に成功する訳ではない)ことで物語を転がしていくという技法が多用されると考えられます。むしろ転倒させることで二項対立の図式に持ち込むと見た方がいいでしょうか。静態から動態への認識の転換が求められるとでも言えるでしょうか。

 呪術的思考のような非合理的思考は人間の抱える弱点ですが、昔話においては逆に創造性の源ともなっていると考えることができます。

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「ひと口なすび」ですと「子供が喰われる運命は回避できないと悟った親はせめてもと上等の弁当を持たせて送り出すが、渕の主は弁当のおかずが気に入り、子供を助命した」くらいでしょうか。

◆余談

 運定めの昔話タイプですが、ここでは子供が渕の主に七歳で食べられてしまうといった予知となっています。

 私の場合、茄子を食べられるようになったのは大人になってからですから、これだと渕の主に食べられてしまうことになります。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.418-423.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年11月 9日 (土)

行為項分析――三人兄弟

◆あらすじ

 あるところに子供が三人いた。一番末の子が十になったとき、父親は子供を集めて、お前たちも兄の方は十三になる。弟の方は十二になる。末の方は十になった。ひとつこれから他所へ出て修行してこいと言った。そして三人が出かけるとき、来年の三月には帰ってこいと言った。明くる年の三月になって、子供たちが帰ってきた。何を習ってきたと父親が訊くと、兄は大工を習ったと言った。弟は左官を習ったと言った。中の方は何を習ったとも言わない。そこで父親がお前は何を習った。大方一年も出ていたのに何も習わなくて戻ったということはあるまいと叱った。すると、中の子が言っていいやら悪いやら知らないが、自分は盗人を習ったと言った。ちょうどこの時、父親の兄が家の子供が戻ったから話を聞きに来てくれということで来ていた。この伯父は金持ちであった。父親は盗人を習ってきたと言うのを聞くと、盗人を習ってとんでもない奴だと言って大くじをくった(大変叱った)。まあ待て。盗人と言ってもいい盗人もいれば悪い盗人もいる。どういう盗人か、話を聞いてみなければ分からないと伯父が言った。どういう盗人を習ってきたと訊くと、それは言えないと答えたので、そうか、そうすれば自分が今夜帰るから、うちの駄屋の中で馬に乗って千両箱を下げている。それを持って戻れば偉いものだと伯父が言ったので、それはやろうと息子は言った。そんなことができるもんか。なんぼ金が欲しくても馬へ乗って千両箱を持っているのが盗られる訳がないと父親が言った。伯父は、やってみなければ分からない。子供のすることをむやみにくじをくったり(叱ったり)話を潰したりしてはいけない、自分が一つやらせてみようと言って、駄屋の中で馬に乗って、千両箱を持って、盗りに来るのを待っていた。夜は段々ふけてきたが、息子はなかなかやって来ない。あの小僧、大きなことを言って自分を誤魔化しやがって。これが盗人の種だろうかと思っていた。その内に幾ら経っても来ないので、ついうとうとと眠ってしまった。はっとして目が覚めてみると、乗っていた馬がいない。あらっと思ってみると、駄屋に馬が出られないように丸い木のかんぬきが二本差してある上に鞍を据えて、伯父はその上に乗っていた。たまげたのたまげないのと言って、馬がいつ逃げたのやら、かんぬきの上へいつ乗せられたのか分からない。そこへ父親がやって来た。おい、兄よ。どうした、と父親が問うと、まあ見てくれ。不思議なことに、いつの間にやら、ここへ上がっているのだと伯父は言った。自分は確かにここで馬に乗っていたのだが千両箱はいつの間にか無くなってしまったと。それから父親は伯父と一緒に家へ帰った。息子はいつの間にかちゃんと帰っていた。お前どうだったと伯父が訊くと、伯父さんの持っていた千両箱はもらって帰ったと言った。馬はどうしたと訊くと、ここの駄屋へ入れてあると答えた。行ってみると馬はちゃんと駄屋へ入れてある。まあ、大変な大盗人だ。よくやったと伯父は手を叩いて感心した。そして父親も、お前は偉かったと言って頭を撫でた。

◆モチーフ分析

・あるところに子供が三人いた。兄は十三歳、弟は十二歳、末の子は十歳である
・末の子が十歳になったとき父親が子供に対してこれから他所へ出て修行してこいと言った。
・三人が出かけるとき、来年の三月には帰ってこいと言った
・明くる年の三月になって子供たちが帰ってきた
・何を習ってきたか父親が訊くと、兄は大工を習ったといい、末の弟は左官を習ったと言った
・中の子は何を習ったとも言わない
・父親が一年も出ていたのに何も習わなくて戻ったということはあるまいと叱った
・中の子は言って良いのか分からないが、自分は盗人を習ったと言った
・このとき伯父が子供が戻ったから話を聞きに来てくれというので来ていた
・伯父は金持ちであった
・父親は盗人を習ってきたと聞くと、盗人を習ってとんでもない奴だと叱った
・伯父が良い盗人か悪い盗人か話を聞いてみなければ分からないと言った
・どういう盗人を習ってきたかと訊くと、それは言えないと中の子は答えた
・伯父は自分は今夜帰るから、うちの駄屋の中で馬に乗って千両箱を下げている、それを持ってこいと言った
・中の子はそれはやろうと言った
・そんなことができるものかと父親が言った
・伯父はやってみなければ分からない、ひとつやらせてみようと言った
・伯父は駄屋の中で馬に乗って千両箱を持って盗りに来るのを待った
・夜は段々ふけてきたが息子はやって来ない
・大きなことを言って誤魔化しやがってと伯父は思った
・その内に幾ら経っても来ないので、うとうとと眠ってしまった
・はっと目覚めてみると乗っていた馬がいない。木のかんぬきの上に鞍を据えて、伯父はその上に乗っていた
・馬がいつ逃げたのか、かんぬきの上へいつ乗せられたのか分からない
・そこへ父親がやって来た
・伯父は自分は確かにここで馬に乗っていたのだが、いつの間にかに千両箱が無くなったと語った
・父親と伯父は一緒に家に帰った
・息子はいつの間にかちゃんと帰っていた
・伯父が訊くと、中の子は伯父の持っていた千両箱はもらって帰ったと言った
・馬はどうしたと訊くと、駄屋に入れてあった
・大変な盗人だ、よくやったと伯父は手を叩いて感心した
・父親もお前は偉かったと頭を撫でた

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:兄
S2:中の子
S3:末の子
S4:父
S5:伯父

O(オブジェクト:対象)
O1:家
O2:修行
O3:大工
O4:左官
O5:盗人
O6:伯父の家
O7:駄屋
O8:馬
O9:千両箱
O10:試行
O11:ほら
O12:誤魔化し
O13:かんぬき
O14:鞍
O15:仕掛け

m(修飾語:Modifier)
m1:十三歳
m2:十二歳
m3:十歳
m4:来年の三月(明くる年の三月)
m5:無言の
m6:何もしてない
m7:一年間
m8:金持ちの
m9:とんでもない
m10:良し悪し
m11:今夜
m12:応じた
m13:本人次第
m14:夜更け
m15:うとうとと
m16:目覚めた
m17:大変な(偉い)

X:どこか
T:時

+:接
-:離

・あるところに子供が三人いた。兄は十三歳、弟は十二歳、末の子は十歳である
(存在)X:X+(S1兄+S2中の子+S3末の子)
(年齢)S1兄:S1兄+m1十三歳
(年齢)S2中の子:S2中の子+m2十二歳
(年齢)S3末の子:S3末の子+m3十歳
・末の子が十歳になったとき父親が子供に対してこれから他所へ出て修行してこいと言った。
(時期到来)T:S3末の子+m3十歳
(命令)S4父:S4父+(S1兄+S2中の子+S3末の子)
(命令)S4父:(S1兄+S2中の子+S3末の子)-O1家
(命令)S4父:(S1兄+S2中の子+S3末の子)+O2修行
・三人が出かけるとき、来年の三月には帰ってこいと言った
(時)T:(S1兄+S2中の子+S3末の子)-O1家
(命令)S4父:S4父+(S1兄+S2中の子+S3末の子)
(命令)S4父:(S1兄+S2中の子+S3末の子)+O1家
(帰宅命令)(S1兄+S2中の子+S3末の子):O1家+m4来年の三月
・明くる年の三月になって子供たちが帰ってきた
(時節到来)T:T+m4明くる年の三月
(帰省)(S1兄+S2中の子+S3末の子):(S1兄+S2中の子+S3末の子)+O1家
・何を習ってきたか父親が訊くと、兄は大工を習ったといい、末の弟は左官を習ったと言った
(質問)S4父:S4父+(S1兄+S2中の子+S3末の子)
(回答)S1兄:S1兄+O3大工
(回答)S3末の子:S3末の子+O4左官
・中の子は何を習ったとも言わない
(未回答)S2中の子:S2中の子+m5無言の
・父親が一年も出ていたのに何も習わなくて戻ったということはあるまいと叱った
(叱責)S4父:S4父+S2中の子
(叱責)S4父:S2中の子-(m6何もしてない+m7一年間)
・中の子は言って良いのか分からないが、自分は盗人を習ったと言った
(回答)S2中の子:S2中の子+O5盗人
・このとき伯父が子供が戻ったから話を聞きに来てくれというので来ていた
(来訪)S5伯父:S5伯父+O1家
(招く)S4父:S4父+S5伯父
・伯父は金持ちであった
(状態)S5伯父:S5伯父+m8金持ちの
・父親は盗人を習ってきたと聞くと、盗人を習ってとんでもない奴だと叱った
(知る)S4父:S2中の子+O5盗人
(叱責)S4父:S2中の子+m9とんでもない
・伯父が良い盗人か悪い盗人か話を聞いてみなければ分からないと言った
(反論)S5伯父:S5伯父+S2中の子
(判断)S2中の子:O5盗人+(m10良し悪し)
・どういう盗人を習ってきたかと訊くと、それは言えないと中の子は答えた
(質問)S5伯父:S5伯父+S2中の子
(拒否)S2中の子:S2中の子-S5伯父
・伯父は自分は今夜帰るから、うちの駄屋の中で馬に乗って千両箱を下げている、それを持ってこいと言った
(帰宅予定)S5伯父:S5伯父+O6伯父の家
(条件)T:T+m11今夜
(提案)S5伯父:S5伯父+O7駄屋
(提案)S5伯父:S5伯父+O8馬
(提案)S5伯父:S5伯父+O9千両箱
(提案)S5伯父:S2中の子+O9千両箱
・中の子はそれはやろうと言った
(応諾)S2中の子:S2中の子+m12応じた
・そんなことができるものかと父親が言った
(否定)S4父:S2中の子-O9千両箱
・伯父はやってみなければ分からない、ひとつやらせてみようと言った
(提案)S5伯父:S2中の子+O10試行
(提案)O10試行:O10試行+m13本人次第
・伯父は駄屋の中で馬に乗って千両箱を持って盗りに来るのを待った
(待つ)S5伯父:S5伯父+S2中の子
(準備)S5伯父:S5伯父+(O7駄屋+O8馬+O9千両箱)
・夜は段々ふけてきたが息子はやって来ない
(時間経過)T:T+m14夜更け
(未到来)S2中の子:S2中の子-O7駄屋
・大きなことを言って誤魔化しやがってと伯父は思った
(評価)S5伯父:S2中の子+(O11ほら+O12誤魔化し)
・その内に幾ら経っても来ないので、うとうとと眠ってしまった
(まどろむ)S5伯父:S5伯父+m15うとうとと
・はっと目覚めてみると乗っていた馬がいない。木のかんぬきの上に鞍を据えて、伯父はその上に乗っていた
(覚醒)S5伯父:S5伯父+m16目覚めた
(気づく)S5伯父:O8馬-O7駄屋
(工作)S2中の子:O13かんぬき+O14鞍
(工作)S2中の子:S5伯父+O14鞍
・馬がいつ逃げたのか、かんぬきの上へいつ乗せられたのか分からない
(不覚)S5伯父:S5伯父-O15仕掛け
・そこへ父親がやって来た
(到来)S4父:S4父+O7駄屋
・伯父は自分は確かにここで馬に乗っていたのだが、いつの間にかに千両箱が無くなったと語った
(告白)S5伯父:S5伯父+S4父
(喪失)S5伯父:S5伯父-O9千両箱
・父親と伯父は一緒に家に帰った
(帰宅)(S4父+S5伯父):(S4父+S5伯父)+O1家
・息子はいつの間にかちゃんと帰っていた
(帰宅)S2中の子:S2中の子+O1家
・伯父が訊くと、中の子は伯父の持っていた千両箱はもらって帰ったと言った
(質問)S5伯父:S5伯父+S2中の子
(達成)S2中の子:S2中の子+O9千両箱
・馬はどうしたと訊くと、駄屋に入れてあった
(回収)S2中の子:O8馬+O7駄屋
・大変な盗人だ、よくやったと伯父は手を叩いて感心した
(賞賛)S5伯父:S5伯父+S2中の子
(賞賛)S2中の子:O5盗人+m17大変な
・父親もお前は偉かったと頭を撫でた
(賞賛)S4父:S4父+S2中の子
(賞賛)S2中の子:O5盗人+m17偉い

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

   聴き手(修行に出た兄弟たちはどうなるか)
           ↓
送り手(父)→修行に出す(客体)→ 受け手(三人兄弟)
           ↑
補助者(なし)→ 父(主体)←反対者(なし)

   聴き手(戻ってきた兄弟をどう思うか)
           ↓
送り手(兄と末子)→修行の成果を話す(客体)→ 受け手(父)
           ↑
補助者(なし)→ 兄と末子(主体)←反対者(なし)

   聴き手(盗人となった中の子をどう思うか)
           ↓
送り手(中の子)→盗人の修行をしたと話す(客体)→ 受け手(父)
           ↑
補助者(なし)→ 中の子(主体)←反対者(父)

   聴き手(仲裁に入って伯父はどうなるか)
           ↓
送り手(伯父)→仲裁をする(客体)→ 受け手(父)
           ↑
補助者(なし)→ 伯父(主体)←反対者(父)

   聴き手(中の子の盗人の技をどう思うか)
           ↓
送り手(中の子)→伯父から千両箱を盗る(客体)→ 受け手(伯父)
           ↑
補助者(なし)→ 中の子(主体)←反対者(伯父)

   聴き手(盗人も認めた伯父と父をどう思うか)
           ↓
送り手(伯父と父)→賞賛する(客体)→ 受け手(中の子)
           ↑
補助者(なし)→ 伯父と父(主体)←反対者(なし)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。三人の息子が年頃になったので父親は息子たちを修行に出します。一年経って戻ってくると、兄は大工、末の子は左官となっていましたが、中の子は盗人の修行をしていたと答えたので父親は怒ります。伯父が仲裁に入り、盗人の技がどんなものか伯父に披露することになります。見事、伯父から全く気づかれずに千両箱を奪った中の子は伯父から賞賛され、父も認めたという筋立てです。

 父―兄、父―末の子、父―中の子、父―伯父、伯父―中の子、といった対立軸が見受けられます。馬/かんぬきと鞍の図式に全く気配を悟られることなくすり替えてしまう中の子の盗人の技の巧みさが暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

中の子♌♁―父♂―伯父♎☾(♂)―兄♁―末の子♁

 といった風に表記できるでしょうか。修行の成果を価値☉と置くと、三兄弟はそれぞれ修行の成果を身につけていますので享受者♁と置けます。兄弟たちを修行に送り出す父は盗人となった中の子に立腹しますので対立者♂と置けます。それを仲裁し、中の子の技を試す伯父は審判者♎であり、父の援助者☾(♂)と置けるでしょうか。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「中の子の盗人の技はどんなものか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「中の子が盗人の修行をしてしまう」「中の子が実際に伯父の千両箱を盗んでしまう」でしょうか。「父―修行/盗人―中の子」「中の子―千両箱―馬/(かんぬき+鞍)―伯父」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:中の子の盗人の技はどんなものか
        ↑
発想の飛躍:中の子が盗人の修行をしてしまう
      中の子が実際に伯父の千両箱を盗んでしまう

・中の子―技/千両箱―伯父
      ↑
・父―修行/盗人―中の子
・中の子―千両箱―馬/(かんぬき+鞍)―伯父

◆発想の飛躍と概念の操作

 発想の飛躍を「常識離れした連想」と仮定しますと、上述した図式の/(スラッシュ)の箇所に特にその意図的に飛躍させた概念の操作が見出せそうです。

 呪術的思考に典型的に見られますが、ヒトは本来は繋がりのない切り離されたモノの間にも繋がりを見出すことがあります。それは情報処理におけるエラーです。ですが、科学万能の時代においてもエラーであるはずの呪術的思考が完全には消え去ることがないのは、それが人間特有の思考様式の一部であるからかもしれません。昔話では意図的にエラーを起こすとでも言えるでしょうか。

 「三人兄弟」では、伯父の家の駄屋で馬に乗って待ち構えていた伯父ですが、まどろんだ隙に馬から降ろされ、かんぬきに鞍を掛けてその上に座らされて千両箱を奪われてしまったという展開となっています。


 図式では「中の子―千両箱―馬/かんぬき+鞍―伯父」と表記しています。これを自由連想で細分化して展開すると「中の子―盗人―技―発揮―馬/かんぬき+鞍―伯父―移す―まどろむ―隙―奪う―千両箱―喪失」となります。「伯父:まどろむ→馬/(かんぬき+鞍)→千両箱→手中/喪失」と図式化すればいいでしょうか。馬に乗っていたのが鞍に移し替えられることに転倒され、更に手中にあった千両箱が奪われる、つまり、手中/喪失と転倒される概念の操作が行われています。これらの連想を一瞬で行っていることになります。

 「中の子:修行→子供/盗人」という風に解釈することも可能でしょう。修行するとは通常は堅気の技術を身につけることですが、ここでは普通の子供に過ぎなかった中の子が盗人の技を習得するといった「転倒」が行われているとも解釈することができるでしょう。

 以上のように、本文には現れない概念も重要な要素となっています。形態素解析で抽出したキーワードだけでは解釈を十全に行うことは難しいものと考えられます。可視化されていない文脈を読む、つまりできるだけ可視化するためには連想概念辞書も取り込んだ上で分析する方向に機能改善することが望まれると考えられます。

 転倒は一瞬で価値の逆転をもたらすことを可能とする点で濫用は慎むべき類の概念操作ですが、予想外の驚きをもたらす効果を発揮しますので、昔話では好んで用いられるようです。

 シェーマ分析は物語構造分析や評論において多用されますが、昔話ではこの二項対立で把握される図式の各項の属性を動的に転倒させていく(※必ずしも転倒に成功する訳ではない)ことで物語を転がしていくという技法が多用されると考えられます。むしろ転倒させることで二項対立の図式に持ち込むと見た方がいいでしょうか。静態から動態への認識の転換が求められるとでも言えるでしょうか。

 呪術的思考のような非合理的思考は人間の抱える弱点ですが、昔話においては逆に創造性の源ともなっていると考えることができます。

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「三人兄弟」ですと「甥が盗人の修行をしたと言うので、それでは自分の千両箱を盗んでみよと言ったところ、実際に盗んでしまったので、これは大した奴だとなった」くらいでしょうか。

◆余談

 三人兄弟が登場する話では、中の子が活躍することは少ないです。語りから抜け落ちてしまうことが多いのですが、この話では中の子が活躍する話となっています。中の子が義賊となるのか、それとも大悪党となるのか、その未来は明らかとされていません。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.414-417.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年11月 8日 (金)

行為項分析――馬鹿むこ

◆あらすじ

 昔、馬鹿な聟がいた。あるとき嫁さんの親元へ行ったら団子をこしらえてご馳走した。聟は団子を食べたのは初めてで、あまりに美味かったので腹いっぱい食べた。そして家へ帰ったらこしらえてもらおうと思って、これは大変美味いものだが、何というものかのと尋ねた。これは団子というものだとお母さんがいった。団子、団子と言って聟はしきりにうなずいていたが、忘れてはいけないと思って、帰る道々で団子、団子と言いながら歩いた。家の近くまで帰ったとき。小さな溝があった。聟はうんとこしょと言って飛び渡った。それから今度はうんとこしょ、うんとこしょと言いながら帰った。聟は家に帰ると早速嫁さんに、うんとこしょをこしらえてくれと言った。嫁さんは何のことか分からないので、うんとこしょとは何かと尋ねた。今日お前のところへ行ったら、お母さんがこしえらえてご馳走しなさった。とても美味かったからこしらえてくれと聟は言った。それでもうんとこしょと言っても何やら分からないと嫁さんが言うと、分からないことはない。すぐこしらえよと聟は言った。それでも嫁さんは分からないのでどうしようもない。いくら聞いても分からないので押問答をする内に聟は腹を立てて、そこにあった火吹竹で嫁さんの頭を叩いた。嫁さんはびっくりして額を押さえた。額はみるみる内に団子の様に腫れ上がった。何を無茶なことをするのか。これを見なさい。団子のようなこぶが出来たと嫁さんが言うと、おう、そうだ、団子だった。すぐ団子をこしらえてくれと聟は言った。

◆モチーフ分析

・馬鹿な聟がいた
・嫁の親元へ言ったら団子をこしらえてご馳走した
・聟は団子を食べるのは初めてで、美味かったので腹一杯食べた
・家へ帰ったらこしらえてもらおうと思って、これは何というものかと尋ねた
・義母がこれは団子だと答えた
・聟は忘れてはいけないと思って帰る道々で団子、団子と言いながら歩いた
・家の近くまで帰ったとき、小さな溝があった。聟はうんとこしょと言って飛び渡った
・それから今度はうんとこしょ、うんとこしょと言いながら帰った
・聟は家に帰ると早速嫁にうんとこしょをこしらえてくれと言った
・嫁は何のことか分からず、うんとこしょとは何かと尋ねた
・今日嫁の家に行ったら義母がこしらえてご馳走した、美味しかったからこしらえてくれと聟は言った
・それでもうんとこしょとは何か分からないと嫁が言った
・分からないことはない。すぐこしらえよと聟は言った
・嫁は分からないので、どうしようもない
・いくら聞いても分からないので押問答をする内に聟は腹をたてて、火吹竹で嫁の頭を叩いた
・嫁がびっくりして額を押さえると、額はみるみる内に団子の様に腫れ上がった
・無茶なことをする、団子のようなこぶが出来たと嫁が言うと、そうだ団子だった、団子をこしらえてくれと聟は言った

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:聟
S2:義母
S3:嫁

O(オブジェクト:対象)
O1:嫁の実家
O2:団子(うんとこしょ)
O3:家
O4:溝
O5:火吹竹
O6:こぶ

m(修飾語:Modifier)
m1:馬鹿な
m2:初めて
m3:美味な
m4:忘却した
m5:団子と連呼しながら
m6:うんとこしょと
m7:お手上げな
m8:立腹した
m9:団子のような

X:どこか

+:接
-:離

・馬鹿な聟がいた
(存在)X:X+S1聟
(性質)S1聟:S1聟+m1馬鹿な
・嫁の親元へ言ったら団子をこしらえてご馳走した
(訪問)S1聟:S1聟+O1嫁の実家
(ご馳走)S2義母:S1聟+O2団子
・聟は団子を食べるのは初めてで、美味かったので腹一杯食べた
(感想)S1聟:O2団子+(m2初めて+m3美味な)
(完食)S1聟:S1聟+O2団子
・家へ帰ったらこしらえてもらおうと思って、これは何というものかと尋ねた
(質問)S1聟:S1聟+S2義母
・義母がこれは団子だと答えた
(回答)S2義母:S1聟+O2団子
・聟は忘れてはいけないと思って帰る道々で団子、団子と言いながら歩いた
(用心)S1聟:S1聟-m4忘却した
(歩く)S1聟:S1聟+m5団子と連呼しながら
・家の近くまで帰ったとき、小さな溝があった。聟はうんとこしょと言って飛び渡った
(接近)S1聟:S1聟+O3家
(遭遇)S1聟:S1聟+O4溝
(飛び越す)S1聟:S1聟-O4溝
(掛け声)S1聟:S1溝+m6うんとこしょと
・それから今度はうんとこしょ、うんとこしょと言いながら帰った
(連呼)S1聟:S1聟+m6うんとこしょと
・聟は家に帰ると早速嫁にうんとこしょをこしらえてくれと言った
(帰宅)S1聟:S1聟+O3家
(要求)S1聟:S3嫁+O2うんとこしょ
・嫁は何のことか分からず、うんとこしょとは何かと尋ねた
(不知)S3嫁:S3嫁-O2うんとこしょ
(質問)S3嫁:S3嫁+S1聟
・今日嫁の家に行ったら義母がこしらえてご馳走した、美味しかったからこしらえてくれと聟は言った
(ご馳走)S2義母:S1聟+O2うんとこしょ
(美味)O2うんとこしょ:O2うんとこしょ+m3美味な
(要求)S1聟:S3嫁+O2うんとこしょ
・それでもうんとこしょとは何か分からないと嫁が言った
(理解不能)S3嫁:S3嫁-O2うんとこしょ
・分からないことはない。すぐこしらえよと聟は言った
(分かるはず)S1聟:S3嫁+O2うんとこしょ
(要求)S1聟:S3嫁+O2うんとこしょ
・嫁は分からないので、どうしようもない
(お手上げ)S3嫁:S3嫁+m7お手上げな
・いくら聞いても分からないので押問答をする内に聟は腹をたてて、火吹竹で嫁の頭を叩いた
(立腹)S1聟:S1聟+m8立腹した
(殴打)S1聟:S3嫁+O5火吹竹
・嫁がびっくりして額を押さえると、額はみるみる内に団子の様に腫れ上がった
(腫れる)S3嫁:S3嫁+O6こぶ
・無茶なことをする、団子のようなこぶが出来たと嫁が言うと、そうだ団子だった、団子をこしらえてくれと聟は言った
(文句)S3嫁:O6こぶ+m9団子のような
(思い出す)S1聟:S1聟+O2団子
(要求)S1聟:S3嫁+O2団子

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

   聴き手(団子を気に入った聟はどうするか)
           ↓
送り手(義母)→団子をご馳走(客体)→ 受け手(聟)
           ↑
補助者(なし)→ 聟(主体)←反対者(なし)

   聴き手(間違って記憶した聟はどうするか)
           ↓
送り手(聟)→団子をうんとこしょと取り違える(客体)→ 受け手(聟)
           ↑
補助者(なし)→ 聟(主体)←反対者(なし)

   聴き手(意味不明の要求に嫁はどうするか)
           ↓
送り手(聟)→うんとこしょを作ってくれと要求(客体)→ 受け手(嫁)
           ↑
補助者(なし)→ 聟(主体)←反対者(嫁)

   聴き手(こぶが出来て聟はどうするか)
           ↓
送り手(聟)→訳が分からない嫁を殴打(客体)→ 受け手(嫁)
           ↑
補助者(なし)→ 聟(主体)←反対者(嫁)

   聴き手(馬鹿な聟の理不尽をどう思うか)
           ↓
送り手(聟)→ようやく団子だったと思い出す(客体)→ 受け手(嫁)
           ↑
補助者(なし)→ 聟(主体)←反対者(嫁)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。嫁の実家でご馳走された団子が気に入った聟は帰宅途中に「団子、団子」と連呼しながら歩きます。ところが溝を飛び越える際に「うんとこしょ」と掛け声をして団子がうんとこしょにすり替わってしまいます。それで聟は嫁にうんとこしょを作ってくれと要求します。嫁は訳が分からず押し問答となり、聟は嫁を殴打してしまいます。団子のようなこぶが出来たと嫁が文句を言うと、ようやく聟は思い出したという筋立てです。

 聟―義母、団子―うんとこしょ、聟―嫁、こぶ―団子、といった対立軸が見受けられます。団子/うんとこしょの図式はちょっとしたことで記憶がすり替わってしまう可笑しみと聟の馬鹿さ加減を暗喩しています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

聟♌♎(±)♁―嫁☾(☉)♂―義母☾(♁)

 といった風に表記できるでしょうか。団子を価値☉と置くと、聟はその享受者♁となります。聟に団子をご馳走した義母はその援助者☾(♁)と置けるでしょうか。嫁は本来は婿の援助者☾(☉)となるはずのところが、聟の記憶違いで団子が作れず対立者♂となってしまいます。団子をうんとこしょと記憶違いする聟はプラスマイナスの審判者♎と置けるでしょうか。

◆フェミニズム分析

 「馬鹿むこ」では聟の馬鹿な記憶違いによって嫁は殴打されてこぶが出来るという理不尽な被害を負います。これは知能の足りない男子であっても現代よりも結婚のハードルが低かったことの裏返しとなっています。恋愛結婚が主流となった現代では知能の低い男子は女性から忌避されて結婚できないでしょう。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「聟の馬鹿な記憶違いでどういう結末となるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「溝を跳び越えた際にうんとこしょと間違って記憶してしまう」「団子のようなこぶで思い出す」でしょうか。「聟―団子/うんとこしょ―嫁」「嫁―こぶ/団子―聟」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:聟の馬鹿な記憶違いでどういう結末となるか
        ↑
発想の飛躍:溝を跳び越えた際にうんとこしょと間違って記憶してしまう
      団子のようなこぶで思い出す

・聟―団子/ご馳走―義母
     ↑
・聟―団子/うんとこしょ―嫁
・嫁―こぶ/団子―聟

◆発想の飛躍と概念の操作

 発想の飛躍を「常識離れした連想」と仮定しますと、上述した図式の/(スラッシュ)の箇所に特にその意図的に飛躍させた概念の操作が見出せそうです。

 呪術的思考に典型的に見られますが、ヒトは本来は繋がりのない切り離されたモノの間にも繋がりを見出すことがあります。それは情報処理におけるエラーです。ですが、科学万能の時代においてもエラーであるはずの呪術的思考が完全には消え去ることがないのは、それが人間特有の思考様式の一部であるからかもしれません。昔話では意図的にエラーを起こすとでも言えるでしょうか。

 「馬鹿むこ」では、初めて食べた団子が美味しいと忘れないように「団子、団子」と連呼しながら歩いていたら、溝を飛び越えるはずみで「うんとこしょ」とすり替わってしまい、その記憶違いで嫁とひと悶着起こすという展開となっています。

 図式では「聟―団子/うんとこしょ―嫁」と表記しています。これを自由連想で細分化して展開すると「聟―団子―美味―気に入る―記憶―保持―連呼―溝―超える―掛け声―うんとこしょ―すり替わる―帰宅―要求―意味不明―悶着―殴打―こぶ―額―団子―思い出す―嫁」となります。「聟:掛け声→団子/うんとこしょ→悶着→こぶ/団子」と図式化すればいいでしょうか。団子が掛け声でうんとこしょに転倒されることで更に嫁の額のこぶが団子へと転倒される概念の操作が行われています。これらの連想を一瞬で行っていることになります。

 「溝:飛び越える/跳躍→記憶/跳躍→掛け声/記憶→団子/うんとこしょ」という風に解釈することも可能でしょう。飛び超えるは跳躍とも転換可能です。溝を超えることで記憶が跳躍し、掛け声が記憶に転換されてしまう、といった「転換」といった概念の操作が行われているとも解釈することができるでしょう。

 以上のように、本文には現れない概念も重要な要素となっています。形態素解析で抽出したキーワードだけでは解釈を十全に行うことは難しいものと考えられます。可視化されていない文脈を読む、つまりできるだけ可視化するためには連想概念辞書も取り込んだ上で分析する方向に機能改善することが望まれると考えられます。

 転倒は一瞬で価値の逆転をもたらすことを可能とする点で濫用は慎むべき類の概念操作ですが、予想外の驚きをもたらす効果を発揮しますので、昔話では好んで用いられるようです。

 シェーマ分析は物語構造分析や評論において多用されますが、昔話ではこの二項対立で把握される図式の各項の属性を動的に転倒させていく(※必ずしも転倒に成功する訳ではない)ことで物語を転がしていくという技法が多用されると考えられます。むしろ転倒させることで二項対立の図式に持ち込むと見た方がいいでしょうか。静態から動態への認識の転換が求められるとでも言えるでしょうか。

 呪術的思考のような非合理的思考は人間の抱える弱点ですが、昔話においては逆に創造性の源ともなっていると考えることができます。

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「馬鹿むこ」ですと「団子、団子と復唱していたところを、はずみでうんとこしょと言い間違ってしまい、嫁に大迷惑をかけた」くらいでしょうか。

◆余談

 子供の頃ははったい粉をまぶしたお団子が好きでした。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.412-413.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年11月 7日 (木)

連番を振るのをミスる

三周目に備えてフォルダを作成、その下に各エピソード毎にフォルダを作成する。連番を振ったが、ミスったので修正が面倒だった。現在は空の状態。12月くらいから下ごしらえにとりかかれればというくらいの段取りである。

全部で163話あるのだが、これまではどれくらいまで進んでいるのか把握しづらかった。連番を振ることで進捗状況は把握しやすくなったと思う。

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行為項分析――猿の嫁さん

◆あらすじ

 昔、あるところにお爺さんがいた。ある日山へ行って畑をうっていたが、何分年をとっているので骨が折れて仕方ない。少しうっては休み、少しうっては休みしていた。その内にとうとうくたびれ込んでしまって、ああ、何ともしんどくていけない。誰か来てうってくれないかと独り言を言った。すると、ほとりの山から猿が一匹出てきた。お爺さん、あんたの娘をわしの嫁にくれ。畑をうってあげるからと言った。お爺さんはもうすっかりくたびれてしんどくていけないので喜んで、それはありがたい。娘はやるからうってくれと言った。猿は大喜びで、お爺さんの鍬をとると一寸(ちょっと)の間にその畑をうってしまった。夕方になってお爺さんは猿を連れて家へ帰ってきた。二人の娘たちは湯を沸かして待っていた。お爺さんは足を洗ってあがると、今日のことを詳しく話して、姉娘にこういう訳だから、お前猿の嫁に行ってくれと言った。姉娘はすっかり腹をたてて、馬鹿を言うな、自分は一生涯嫁にいかなくても猿の嫁になど行きはしないと言った。お爺さんは仕方がないので、今度は妹娘に頼むと、それでは自分が行くから、鏡と大きな水瓶(はんどう)を一つ買ってくださいと言った。お爺さんが鏡と大きな水瓶を買ってやると、娘は鏡を懐に入れて、猿の婿に水瓶を負わせた。そして婿と花嫁は連れだって猿の家へ行った。途中に川があって橋がかかっていた。橋の中ほどまで行くと、嫁の鏡が川の中へ落ちた。早く行って取ってきてください。早く行かないと流れると言って大騒ぎをした。猿はびっくりして大きな水瓶を背負ったまま川へ入ったので、水瓶の中へ水が入って上がることができない。とうとう溺れ死んでしまった。そこで娘は家へ帰ってきた。姉娘はとうとう一生涯嫁入りをしなかった。

◆モチーフ分析

・あるところにお爺さんがいた
・ある日山へ行って畑をうっていたが、年をとっているので骨が折れる
・少しうっては休み、少しうっては休みしていたが、その内にくたびれてしまった
・しんどくていけない、誰か来てうってくれないかと独り言を言った
・すると、ほとりの山から猿が一匹出てきた
・猿は畑をうってあげるから、爺さんの娘を自分の嫁にくれと言った
・爺さんはすっかりくたびれているので、それはありがたい、娘はやると言った
・猿は大喜びで畑をうった
・夕方になってお爺さんは猿を連れて家へ帰ってきた
・今日のことを詳しく話して、姉娘に猿の嫁に行ってくれないかと言った
・姉娘は腹をたてて、自分は一生涯嫁に行かなくとも猿の嫁になど行きはしないと言った
・仕方ないので、お爺さんは妹娘に頼んだ
・妹娘はそれでは自分が行くから鏡と大きな水瓶を買ってくれと言った
・爺さんが買ってやると、妹娘は鏡を懐に入れ、猿の婿に水瓶を負わせた
・婿と花嫁は連れだって猿の家へ行った
・途中に川があって橋がかかっていた
・橋の中ほどまで行くと、嫁は鏡が川の中へ落ちた、早く行って取ってきてくれと大騒ぎした
・猿はびっくりして大きな水瓶を背負ったまま川へ入った
・水瓶の中に水が入ってきて上がることができず、猿は溺れ死んでしまった
・娘は家へ帰ってきた
・姉娘は一生涯嫁入りをしなかった

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:爺さん
S2:猿(婿)
S3:姉
S4:妹(嫁)

O(オブジェクト:対象)
O1:山
O2:畑仕事
O3:独り言
O4:娘
O5:嫁
O6:家
O7:水瓶
O8:鏡
O9:猿の家
O10:川
O11:橋
O12:水

m(修飾語:Modifier)
m1:疲れた
m2:休み休み
m3:大喜びで
m4:夕方
m5:立腹した
m6:未婚の
m7:生涯
m8:溺死した

X1:どこか
X2:誰か

+:接
-:離

・あるところにお爺さんがいた
(存在)X1:X1+S1爺さん
・ある日山へ行って畑をうっていたが、年をとっているので骨が折れる
(山行き)S1爺さん:S1爺さん+O1山
(耕す)S1爺さん:S1爺さん+O2畑仕事
(疲労)S1爺さん:S1爺さん+m1疲れた
・少しうっては休み、少しうっては休みしていたが、その内にくたびれてしまった
(休憩しながら労働)S1爺さん:O2畑仕事+m2休み休み
(疲弊)S1爺さん:S1爺さん+m1疲れた
・しんどくていけない、誰か来てうってくれないかと独り言を言った
(独り言)S1爺さん:S1爺さん+O3独り言
(依頼)X2:X2+O2畑仕事
・すると、ほとりの山から猿が一匹出てきた
(登場)S2猿:S2猿+S1爺さん
・猿は畑をうってあげるから、爺さんの娘を自分の嫁にくれと言った
(提案)S2猿:S2猿+O2畑仕事
(要求)S2猿:S2猿+O4娘
・爺さんはすっかりくたびれているので、それはありがたい、娘はやると言った
(応諾)S1爺さん:S2猿+O4娘
・猿は大喜びで畑をうった
(代理)S2猿:O2畑仕事+m3大喜びで
・夕方になってお爺さんは猿を連れて家へ帰ってきた
(夕暮れ)T:T+m4夕方
(同道)S1爺さん:S1爺さん+S2猿
(帰宅)S1爺さん:S2猿+O6家
・今日のことを詳しく話して、姉娘に猿の嫁に行ってくれないかと言った
(説明)S1爺さん:S1爺さん+(S3姉+S4妹)
(依頼)S1爺さん:S3姉+S2猿
・姉娘は腹をたてて、自分は一生涯嫁に行かなくとも猿の嫁になど行きはしないと言った
(立腹)S3姉:S3姉+m5立腹した
(仮定)S3姉:S3姉+(m6未婚の+m7生涯)
(拒否)S3姉:S3姉-S2猿
・仕方ないので、お爺さんは妹娘に頼んだ
(依頼)S1爺さん:S1爺さん+S4妹
・妹娘はそれでは自分が行くから鏡と大きな水瓶を買ってくれと言った
(承諾)S4妹:S4妹+S2猿
(要求)S4妹:S1爺さん+O7水瓶
・爺さんが買ってやると、妹娘は鏡を懐に入れ、猿の婿に水瓶を負わせた
(購入)S1爺さん:S4妹+O7水瓶
(忍ばせる)S4妹:S4妹+O8鏡
(背負わせる)S4妹:S2猿+O7水瓶
・婿と花嫁は連れだって猿の家へ行った
(出立)(S2婿+S4嫁):(S2婿+S4嫁)+O9猿の家
・途中に川があって橋がかかっていた
(存在)X:X+O10川
(存在)O10川:O10川+O11橋
・橋の中ほどまで行くと、嫁は鏡が川の中へ落ちた、早く行って取ってきてくれと大騒ぎした
(渡る)(S2婿+S4嫁):(S2婿+S4嫁)+O11橋
(落とす)S4嫁:S4嫁-O8鏡
(落とす)O8鏡:O8鏡+O11川
(騒ぐ)S4嫁:S2婿+O8鏡
・猿はびっくりして大きな水瓶を背負ったまま川へ入った
(飛び込む)S2猿:S2猿+O11川
(状態)S2猿:S2猿+O7水瓶
・水瓶の中に水が入ってきて上がることができず、猿は溺れ死んでしまった
(満たされる)O7水瓶:O7水瓶+O12水
(上がれない)S2猿:S2猿-O11川
(溺死)S2猿:S2猿+m8溺死した
・娘は家へ帰ってきた
(帰宅)S4妹:S4妹+O6家
・姉娘は一生涯嫁入りをしなかった
(生涯未婚)S3姉:S3姉+(m6未婚の+m7生涯)

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

    聴き手(爺さんの独り言でどうなるか)
           ↓
送り手(爺さん)→誰か畑を代わりに打ってくれ(客体)→ 受け手(猿)
           ↑
補助者(なし)→ 爺さん(主体)←反対者(なし)

    聴き手(猿の要求はどうなるか)
           ↓
送り手(猿)→娘を嫁にくれと要求(客体)→ 受け手(爺さん)
           ↑
補助者(なし)→ 猿(主体)←反対者(なし)

    聴き手(爺さんの要求でどうなるか)
           ↓
送り手(爺さん)→猿の嫁に行ってくれと要求(客体)→ 受け手(姉)
           ↑
補助者(なし)→ 爺さん(主体)←反対者(姉)

    聴き手(拒否した姉はどうなるか)
           ↓
送り手(姉)→嫁入りを拒否(客体)→ 受け手(爺さん)
           ↑
補助者(なし)→ 姉(主体)←反対者(爺さん)

    聴き手(爺さんの要求でどうなるか)
           ↓
送り手(爺さん)→猿の嫁に行ってくれと要求(客体)→ 受け手(妹)
           ↑
補助者(なし)→ 爺さん(主体)←反対者(なし)

    聴き手(水瓶を背負った猿はどうなるか)
           ↓
送り手(妹)→水瓶を背負わせて溺死させる(客体)→ 受け手(猿)
           ↑
補助者(なし)→ 妹(主体)←反対者(猿)

    聴き手(妹の知恵をどう思うか)
           ↓
送り手(妹)→無事帰宅する(客体)→ 受け手(爺さん)
           ↑
補助者(なし)→ 妹(主体)←反対者(なし)

   聴き手(嫁入りできなくなった姉をどう思うか)
           ↓
送り手(姉)→生涯嫁入りせず(客体)→ 受け手(爺さん)
           ↑
補助者(なし)→ 姉(主体)←反対者(なし)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。畑を耕すのがしんどくなった爺さんが思わず漏らした独り言を聞きつけた猿が娘を嫁にもらう代わりに畑打ちをやると提案し、爺さんは承諾してしまいます。帰宅して二人の娘に話すと姉は怒ってしまいます。妹は冷静に受け入れ嫁入りしますが、婿となった猿に水瓶を背負わせて鏡を拾えと川に潜らせます。水瓶の重みで猿は溺死し、妹は無事帰宅、姉は宣言した通り生涯結婚しなかったという筋立てです。

 爺さん―猿、爺さん―姉、爺さん―妹、妹―猿、といった対立軸が見受けられます。水瓶が空/満たされるの図式に妹の狡知が暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

妹♌☉―猿♁(±)♂―爺さん♎―姉☾(♎)(-1)

 といった風に表記できるでしょうか。嫁をもらうことを価値☉と置くと、爺さんの約束を守るため嫁入りを承諾した妹は価値☉となります。猿は対立者♂であり享受者♁となります。猿は結局騙されて溺死してしまいますので、プラスマイナスの享受者♁(±)としましょうか。嫁入りの決定権を持っている爺さんは審判者♎と置けるでしょうか。姉は嫁入りを拒否しますので、マイナスの援助者☾(♎)と置けるでしょうか。

◆フェミニズム分析

 「猿の嫁さん」では爺さんが不用意な独り言を漏らしたため、それを聞きつけた猿と異類婚姻の約束を結ばなければならなくなります。爺さんは二人の娘に話を持ち掛けますが、姉は断固として拒否、妹は約束を守るため応じる振りを見せますが、狡知で猿を溺死させる展開となっています。

 見方によっては家長である爺さんが取り決めた約束は必ず果たさなければならないもので、娘二人のいずれかが果たさなければならなくなります。爺さんは娘の結婚相手を独断で決めるまでの決定権までは持っていないようですが、強い束縛となって二人の娘の行動を誘導します。

 姉については生涯未婚だったとしていますが、それが不幸だったか否かについては語られていません。聴き手の想像力に委ねられています。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「爺さんの約束を守って嫁入りした妹はどうなるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「猿に水瓶を背負わせ川に潜らせる」でしょうか。「猿―水瓶/溺死―妹」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:爺さんの約束を守って嫁入りした妹はどうなるか
        ↑
発想の飛躍:猿に水瓶を背負わせ川に潜らせる

・爺さん―畑打ち/嫁―猿
     ↑
・猿―水瓶/溺死―妹

◆発想の飛躍と概念の操作

 発想の飛躍を「常識離れした連想」と仮定しますと、上述した図式の/(スラッシュ)の箇所に特にその意図的に飛躍させた概念の操作が見出せそうです。

 呪術的思考に典型的に見られますが、ヒトは本来は繋がりのない切り離されたモノの間にも繋がりを見出すことがあります。それは情報処理におけるエラーです。ですが、科学万能の時代においてもエラーであるはずの呪術的思考が完全には消え去ることがないのは、それが人間特有の思考様式の一部であるからかもしれません。昔話では意図的にエラーを起こすとでも言えるでしょうか。

 「猿の嫁さん」では、嫁入りの際に妹は婿となった猿に水瓶を背負わせ、橋を渡る途中で鏡を落としたと騒いで猿をそのまま川に潜らせます。空だった水瓶には川の水が満たされ、その重みで猿は浮上できなくなり溺死してしまう展開となります。

 図式では「猿―水瓶/溺死―妹」と表記しています。これを細分化して展開すると「猿―婿入り―水瓶―背負う―橋―渡る―鏡―落とす―拾う―川―潜る―水―満ちる―重み―浮上―不可能―溺死―妹―解放」となります。「水瓶:川に入る→空/満ちる→生/死」と図式化すればいいでしょうか。水瓶が空から水で満ちた状態に転倒されることで更に猿の生死が転倒される概念の操作が行われています。一方で「妹:猿の死→嫁入り/解放」とも図式化できます。嫁から再び未婚の状態へと解放される転倒がなされる訳です。これらの連想を一瞬で行っていることになります。

 姉に関しては怒りで宣言した通りに未婚の状態が継続されることとなります。ここでは転倒は起きません。

 猿は猿で「爺さん:代理→畑打ち/嫁とり」と転倒させる約束を結ばせます。これで爺さんの娘たちは「未婚/嫁」と転倒する可能性を帯びる訳ですが、妹の狡知によりその転倒は寸前で阻止されることとなります。

 以上のように、本文には現れない概念も重要な要素となっています。形態素解析で抽出したキーワードだけでは解釈を十全に行うことは難しいものと考えられます。可視化されていない文脈を読む、つまりできるだけ可視化するためには連想概念辞書も取り込んだ上で分析する方向に機能改善することが望まれると考えられます。

 転倒は一瞬で価値の逆転をもたらすことを可能とする点で濫用は慎むべき類の概念操作ですが、予想外の驚きをもたらす効果を発揮しますので、昔話では好んで用いられるようです。

 シェーマ分析は物語構造分析や評論において多用されますが、昔話ではこの二項対立で把握される図式の各項の属性を動的に転倒させていく(※必ずしも転倒に成功する訳ではない)ことで物語を転がしていくという技法が多用されると考えられます。むしろ転倒させることで二項対立の図式に持ち込むと見た方がいいでしょうか。静態から動態への認識の転換が求められるとでも言えるでしょうか。

 呪術的思考のような非合理的思考は人間の抱える弱点ですが、昔話においては逆に創造性の源ともなっていると考えることができます。

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「猿の嫁さん」ですと「爺さんの約束を守って嫁入りした妹娘だったが、婿の猿に水瓶を背負わせて川の中に入らせることで溺れ死にさせた」くらいでしょうか。

◆余談

 知恵で動物の嫁になることを回避します。姉は生涯嫁に行かないと宣言したためか、生涯未婚で終わります。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.409-411.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年11月 6日 (水)

行為項分析――本光寺の説教

◆あらすじ

 昔、日原の本光寺に、説教の上手な和尚さんがいた、ある晩、和尚さんが説教をすることになった。近所の人たちは、これはありがたいと我も我もみなお寺へ出かけた。そのうちに和尚さんが出てきて、法座へあがって説教を始めた。みんなは一生懸命お説教を聞いていたが、その内に一人帰り、二人帰り、みんなこそこそと帰ってしまった。そして源十という男がたった一人残った。和尚さんは感心して、何という信心深い男だ。他の者はああして皆帰ってしまったのに、お前は一人になってもちゃんと聞いている。自分は一人になっても説教を止めはしない。お前にありがたいお話を終いまで聞かせてやると言った。そして長いことお説教をしてようやく終わった。源十はその間じっと黙って聞いていたが、和尚さま、実は私もとうから帰ろうと思っていましたが、草履を和尚さまの座っていなさる法座の下へ入れておきましたので帰ることができませんでしたと言った。

◆モチーフ分析

・日原の本光寺に説教の上手な和尚がいた
・ある日、和尚が説教することになったので、我も我もとみなお寺へ出かけた
・和尚が出てきて法座へ上がって説教を始めた
・皆一生懸命にお説教を聞いていたが、その内に一人帰り、二人帰りと皆こそこそと帰ってしまった
・源十という男がたった一人残った
・和尚は感心して、何という信心深い男だ。自分は一人になっても説教を終いまで聞かせてやると言った
・長いこと説教をして、ようやく終わった
・源十は黙って聞いていたが、実は自分もとうから帰ろうと思っていたが、草履を法座の下へ入れておいたので帰ることができなかったと言った

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:和尚
S2:皆
S3:源十

O(オブジェクト:対象)
O1:日原
O2:本光寺
O3:説教
O4:法座
O5:草履

m(修飾語)
m1:上手な
m2:熱心に
m3:散発的に
m4:こそこそと
m5:一人で
m6:感心した
m7:信心深い
m8:最後まで
m9:長々と
m10:黙って
m11:下に

+:接
-:離

・日原の本光寺に説教の上手な和尚がいた
(存在)O1日原:O1日原+O2本光寺
(存在)O2本光寺:O2本光寺+S1和尚
(能力)S1和尚:O3説教+m1上手な
・ある日、和尚が説教することになったので、我も我もとみなお寺へ出かけた
(予定)S1和尚:S1和尚+O3説教
(集合)S2皆:S2皆+O2本光寺
・和尚が出てきて法座へ上がって説教を始めた
(座に着く)S1和尚:S1和尚+O4法座
(説教開始)S1和尚:S1和尚+O3説教
・皆一生懸命にお説教を聞いていたが、その内に一人帰り、二人帰りと皆こそこそと帰ってしまった
(聴講)S2皆:S2皆+O3説教
(状態)S2皆:S2皆+m2熱心に
(退席)S2皆:S2皆-O2本光寺
(ばらばらに行動)S2皆:S2皆+m3散発的に
(目立たぬように行動)S2皆:S2皆+m4こそこそと
・源十という男がたった一人残った
(居残り)S3源十:S3源十+m5一人で
・和尚は感心して、何という信心深い男だ。自分は一人になっても説教を終いまで聞かせてやると言った
(感心)S1和尚:S1和尚+m6感心した
(評価)S1和尚:S3源十+m7信心深い
(継続)S1和尚:S1和尚+O3説教
(継続)S1和尚:O3説教+m8最後まで
・長いこと説教をして、ようやく終わった
(長時間継続)S1和尚:O3説教+m9長々と
(終了)S1和尚:S1和尚-O3説教
・源十は黙って聞いていたが、実は自分もとうから帰ろうと思っていたが、草履を法座の下へ入れておいたので帰ることができなかったと言った
(聴講)S3源十:S3源十+O3説教
(態度)S3源十:S3源十+m10黙って
(告白)S3源十:S3源十+S1和尚
(退席意図)S3源十:S3源十-O2本光寺
(障害)S3源十:O5草履+O4法座
(障害)O5草履:O4法座+m11下に
(退席不能)S3源十:S3源十-O3説教

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

    聴き手(説教を長々と続けるとどうなるか)
           ↓
送り手(和尚)→長い説教をはじめる(客体)→ 受け手(皆)
           ↑
補助者(なし)→ 和尚(主体)←反対者(なし)

    聴き手(説教を長々と続けるとどうなるか)
           ↓
送り手(皆)→こそこそと退席していく(客体)→ 受け手(和尚)
           ↑
補助者(なし)→ 皆(主体)←反対者(和尚)

    聴き手(源十の態度に和尚はどうするか)
           ↓
送り手(源十)→一人だけ聴いている(客体)→ 受け手(和尚)
           ↑
補助者(なし)→ 源十(主体)←反対者(和尚)

    聴き手(説教を長々と続けるとどうなるか)
           ↓
送り手(和尚)→更に長々と説教をする(客体)→ 受け手(源十)
           ↑
補助者(なし)→ 和尚(主体)←反対者(源十)

    聴き手(源十の告白を和尚はどう思うか)
           ↓
送り手(源十)→草履がとれなかったので退席できなかったと告白(客体)→ 受け手(和尚)
           ↑
補助者(なし)→ 源十(主体)←反対者(和尚)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。本光寺の和尚が信徒に説教を始めましたが非常に長い説教で、そのうち皆こそこそと退席していきました。最後まで源十が残りましたので、和尚は感心して更に長々と説教をしますが、源十は草履を法座の下に隠していたので退席できなかっただけだったという筋立てです。

 和尚―皆、和尚―源十、法座―草履、といった対立軸が見受けられます。説教/退席の図式に有難い教えでも長々と続けると我慢できなくなってしまうことが暗喩されているでしょうか。また、法座/草履の図式には源十のこうむった有難迷惑さが暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

和尚♌☉♎―源十♁(±)♂―皆♁(±)♂

 といった風に表記できるでしょうか。和尚の説教を価値☉と置くと、源十を含めた信徒の皆は享受者♁となります。が、説教があまりに長く続くので退席していくことになり、対立者♂となっていきます。享受者としてはプラスマイナスの存在ということで♁(±)とします。最後まで残った源十に感心した和尚は審判者♎となりますが、源十も法座から草履を除けることができなかったに過ぎず、対立者♂であることが明らかとなります。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「聴かれもしない説教を長々と続けるとどうなるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「源十のために更に長々と説教を続ける」「草履が法座の下に隠してあったため退席できなかった」でしょうか。「和尚―説教/聴講―長々と―源十」「和尚―法座/草履―源十」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:聴かれもしない説教を長々と続けるとどうなるか
        ↑
発想の飛躍:源十のために更に長々と説教を続ける
      草履が法座の下に隠してあったため退席できなかった

・和尚―説教―皆/源十
     ↑
・和尚―説教/聴講―長々と―源十
・和尚―法座/草履―源十

◆発想の飛躍と概念の操作

 発想の飛躍を「常識離れした連想」と仮定しますと、上述した図式の/(スラッシュ)の箇所に特にその意図的に飛躍させた概念の操作が見出せそうです。

 呪術的思考に典型的に見られますが、ヒトは本来は繋がりのない切り離されたモノの間にも繋がりを見出すことがあります。それは情報処理におけるエラーです。ですが、科学万能の時代においてもエラーであるはずの呪術的思考が完全には消え去ることがないのは、それが人間特有の思考様式の一部であるからかもしれません。昔話では意図的にエラーを起こすとでも言えるでしょうか。

 「本光寺の説教」では、説教を得意とする和尚が信徒に説教をはじめますが、長々と続けますので一人二人と退席し始めます。最後まで残った源十の態度に感心した和尚は更に長々と説教としますが、源十も草履がとれなかったために退席できなかったためで、有難いはずの説教が有難迷惑となってしまいます。


 図式では「和尚―説教/聴講―長々と―源十」「和尚―法座/草履―源十」と表記しています。これを細分化して展開すると「和尚―説教―得意―長々と―続ける―退席―続く―源十―一人―残る―更に―長々と―説教―終わる―告白―草履―法座―隠す―取れず―退席できず―有難い―説教―判明―有難迷惑」となります。「和尚の説教:長々と続ける→有難さ/有難迷惑」と図式化すればいいでしょうか。有難いはずの和尚の説教が実は有難迷惑だったと転倒させる概念の操作が行われています。これらの連想を一瞬で行っていることになります。

 以上のように、本文には現れない概念も重要な要素となっています。形態素解析で抽出したキーワードだけでは解釈を十全に行うことは難しいものと考えられます。可視化されていない文脈を読む、つまりできるだけ可視化するためには連想概念辞書も取り込んだ上で分析する方向に機能改善することが望まれると考えられます。

 転倒は一瞬で価値の逆転をもたらすことを可能とする点で濫用は慎むべき類の概念操作ですが、予想外の驚きをもたらす効果を発揮しますので、昔話では好んで用いられるようです。

 シェーマ分析は物語構造分析や評論において多用されますが、昔話ではこの二項対立で把握される図式の各項の属性を動的に転倒させていく(※必ずしも転倒に成功する訳ではない)ことで物語を転がしていくという技法が多用されると考えられます。むしろ転倒させることで二項対立の図式に持ち込むと見た方がいいでしょうか。静態から動態への認識の転換が求められるとでも言えるでしょうか。

 呪術的思考のような非合理的思考は人間の抱える弱点ですが、昔話においては逆に創造性の源ともなっていると考えることができます。

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「本光寺の説教」ですと「和尚が長説法を続けたが、草履が法座の下に隠してあったため源十だけ帰れなかった」くらいでしょうか。

◆余談

 人の集中力が保つのが九十分くらいと言いますので、和尚の説教はそれより長かったのかもしれません。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)p.408.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年11月 5日 (火)

行為項分析――子より孫はかわいい

◆あらすじ

 昔は年がよっても死ぬことがなかった。それで、年がよると山へ捨てることにしていた。あるとき親が年をとったので山へ捨てようと思って息子と孫と二人で担いでいった。そしていよいよ山へ連れていって帰る時、息子は担いできた天秤棒をそこにおいたまま帰りかけた。すると孫がこれは持って帰ろうと言った。息子はこれはいらないから持って帰らなくてもいいと言った。すると孫は、それでも今度はお前を担いでくるのに要るから持って帰ろうと言った。息子はそれを聞いて、やがて自分もこうして捨てられるのだと思うと、そのまま帰ることができなくなった。そこで捨てた親をまた担いで帰って、床の下に隠して養った。それで子より孫は可愛いと言うのだそうだ。

◆モチーフ分析

・昔は年をとっても死ぬことがなく、年をとると山へ捨てていた
・親が年をとったので山へ捨てようと息子と孫が担いでいった
・いよいよ山へ連れていって帰るとき、息子は担いできた天秤棒をそこに置いたまま帰りかけた
・孫がこれは持って帰ろうと言った
・息子はこれは要らないから持って帰らなくてもいいと言った
・孫は今度は息子を担いでくるのに要るから持って帰ろうと言った
・息子はそれを聞いて、やがて自分もこうして捨てられるのだと思うと、そのまま帰ることができなくなった
・そこで捨てられた親をまた担いで帰って床の下に隠して養った
・それで子より孫は可愛いと言う

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:親
S2:息子
S3:孫

O(オブジェクト:対象)
O1:年寄り
O2:山
O3:天秤棒
O4:床の下

m(修飾語)
m1:昔
m2:老いた
m3:不要
m4:必要
m5:可愛い

T:時
X:人

+:接
-:離

・昔は年をとっても死ぬことがなく、年をとると山へ捨てていた
(過去)T:T+m1昔
(姥捨て)X:O1年寄り+O2山
・親が年をとったので山へ捨てようと息子と孫が担いでいった
(老化)S1親:S1親+m2老いた
(運搬)(S2息子+S3孫):(S2息子+S3孫)+S1親
(運搬)(S2息子+S3孫):S1親+O2山
・いよいよ山へ連れていって帰るとき、息子は担いできた天秤棒をそこに置いたまま帰りかけた
(帰還)(S2息子+S3孫):(S2息子+S3孫)-O2山
(置き去り)S2息子:S2息子-O3天秤棒
・孫がこれは持って帰ろうと言った
(反論)S3孫:S3孫+O3天秤棒
・息子はこれは要らないから持って帰らなくてもいいと言った
(不要論)S2息子:O3天秤棒+m3不要
・孫は今度は息子を担いでくるのに要るから持って帰ろうと言った
(必要論)S3孫:O3天秤棒+m4必要
(理由)S3孫:S3孫+S2息子
・息子はそれを聞いて、やがて自分もこうして捨てられるのだと思うと、そのまま帰ることができなくなった
(予期)S2息子:S3孫-S2息子
(帰れず)S2息子:S2息子+O2山
・そこで捨てられた親をまた担いで帰って床の下に隠して養った
(返す)S2息子:S1親-O2山
(隠す)S2息子:S1親+O4床
(養育)S2息子:S2息子+S1親
・それで子より孫は可愛いと言う
(由来)S1親:S3孫+m5可愛い
(優越)S1親:S3孫-S2息子

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

    聴き手(親はどうなるか)
           ↓
送り手(息子)→親を山に遺棄する(客体)→ 受け手(親)
           ↑
補助者(孫)→ 息子(主体)←反対者(親)

    聴き手(息子はどう思うか)
           ↓
送り手(孫)→息子を捨てるのに天秤棒が必要と言う(客体)→ 受け手(息子)
           ↑
補助者(親)→ 孫(主体)←反対者(息子)

    聴き手(息子をどう思うか)
           ↓
送り手(息子)→親を山から返して養育する(客体)→ 受け手(親)
           ↑
補助者(孫)→ 息子(主体)←反対者(なし)

    聴き手(この由来をどう思うか)
           ↓
送り手(親)→息子より可愛い(客体)→ 受け手(孫)
           ↑
補助者(孫)→ 親(主体)←反対者(息子)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。親を山に遺棄した息子が天秤棒を置き去りにしようとすると、孫が息子を捨てる際にまた必要だと反論したため、息子は思い直して親を山から戻して養育した。それで孫は息子より可愛いというといった筋立てです。

 息子―親、息子―孫、親―孫、といった対立軸が見受けられます。天秤棒の廃棄/回収に再利用の可能性、つまり因果が巡ることが暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

息子♌―孫☾(♌)♂―親♁♎

 といった風に表記できるでしょうか。山から生還することを価値☉と置くと、年老いた親はその享受者♁となります。孫は息子の援助者☾(♌)として親を山まで運搬しますが、いずれ自分が息子を山に遺棄することになることを示唆します。その点で対立者♂ともなります。命拾いした親は孫を可愛いと思うようになりますので審判者♎と置けるでしょう。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「捨てられた親は生き延びられるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「死なないため老いたら山に捨てる」「孫がいずれ息子を捨てるときに要ると言う」でしょうか。「人―老化/不死/捨てる―山」「孫―天秤棒/山―息子」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:捨てられた親は生き延びられるか
        ↑
発想の飛躍:孫がいずれ息子を捨てるときに要ると言う

・息子―親/山―孫
     ↑
・人―老化/不死/捨てる―山
・孫―天秤棒/山―息子

◆発想の飛躍と概念の操作

 発想の飛躍を「常識離れした連想」と仮定しますと、上述した図式の/(スラッシュ)の箇所に特にその意図的に飛躍させた概念の操作が見出せそうです。

 呪術的思考に典型的に見られますが、ヒトは本来は繋がりのない切り離されたモノの間にも繋がりを見出すことがあります。それは情報処理におけるエラーです。ですが、科学万能の時代においてもエラーであるはずの呪術的思考が完全には消え去ることがないのは、それが人間特有の思考様式の一部であるからかもしれません。昔話では意図的にエラーを起こすとでも言えるでしょうか。

 「子より孫はかわいい」では、いずれ因果は巡って息子も年老いたら孫に捨てられる運命だと気づいて改心するという展開となっています。「親/息子/孫」の三項鼎立の構図です。鼎立ですので安定していますが、「親/息子」「孫/息子」「親/孫」と分解可能ではあります。

 図式では「孫―天秤棒/山―息子」と表記しています。これを細分化して展開すると「息子―天秤棒―廃棄―山―孫―回収―将来―再利用―遺棄―老化―息子―山」となります。「息子の老化:天秤棒→廃棄/再利用」と図式化すればいいでしょうか。廃棄するつもりだった天秤棒を将来再利用すると転倒させる概念の操作が行われています。これらの連想を一瞬で行っていることになります。

 「人―老化/不死/捨てる―山」を展開すると「人―不死―存在―消えず―老化―捨てる―山―排除」となります。「人:老化→不死/排除」と図式できるでしょうか。不死ゆえに排除されるという論理の短絡が生じています。

 以上のように、本文には現れない概念も重要な要素となっています。形態素解析で抽出したキーワードだけでは解釈を十全に行うことは難しいものと考えられます。可視化されていない文脈を読む、つまりできるだけ可視化するためには連想概念辞書も取り込んだ上で分析する方向に機能改善することが望まれると考えられます。

 転倒は一瞬で価値の逆転をもたらすことを可能とする点で濫用は慎むべき類の概念操作ですが、予想外の驚きをもたらす効果を発揮しますので、昔話では好んで用いられるようです。

 シェーマ分析は物語構造分析や評論において多用されますが、昔話ではこの二項対立で把握される図式の各項の属性を動的に転倒させていく(※必ずしも転倒に成功する訳ではないが)ことで物語を転がしていくという技法が多用されると考えられます。静態から動態への認識の転換が求められるとでも言えるでしょうか。

 呪術的思考のような非合理的思考は人間の抱える弱点ですが、昔話においては逆に創造性の源ともなっていると考えることができます。

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「子より孫はかわいい」ですと「親を捨てようとした息子だったが、因果は巡って自分もいずれ捨てられると気づいて考えを改める」くらいでしょうか。

◆余談

 実際に山に姥捨てしていた証拠はないそうですが、心性としてはあったのでしょう。現代では社会保障費の削減と尊厳死とが結びつけて論じられるように変化してきましたので、老人の存在を疎ましく思う若者の心境の変化は注目に値します。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)p.407.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年11月 4日 (月)

行為項分析――宗丹

◆あらすじ

 昔、宗丹という坊主が青野ヶ原を焼いたため津和野の殿さまに捕らえられた。取調べがあって、お仕置きを受けることになったが、何かこれについていい歌を詠んだら生命だけは助けてやろうと殿さまが言った。宗丹はそこで歌を詠んだ。「うるしももたん宗丹が 一夜のうちに 青野ヶ原を墨ぬりにした」。しかしこの歌は殿さまの気に入らなかったので、宗丹はやはりお仕置きを受けることになった。宗丹はいよいよ殺されるとき、殿さまに向かって糞を食らえと言った。

◆モチーフ分析

・宗丹という坊主が青野ヶ原を焼いたため、津和野の殿さまに捕らえられた
・取調べがあって、お仕置きを受けることになったが、何かこれについていい歌を詠んだら生命だけは助けてやろうと殿さまが言った
・宗丹は「うるしももたん宗丹が 一夜のうちに 青野ヶ原を墨ぬりにした」と歌を詠んだ
・この歌は殿さまの気に入らなかったので、やはりお仕置きを受けることになった
・宗丹はいよいよ殺されるとき、殿さまに向かって糞を食らえと言った

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:宗丹
S2:殿さま
S3:家来

O(オブジェクト:対象)
O1:坊主
O2:青野ヶ原
O3:津和野
O4:お仕置き(処刑)
O5:歌
O6:捨て台詞

m(修飾語)
m1:良い

+:接
-:離

・宗丹という坊主が青野ヶ原を焼いたため、津和野の殿さまに捕らえられた
(放火)S1宗丹:S1宗丹+O2青野ヶ原
(属性)S1宗丹:S1宗丹+O1坊主
(捕縛)S2殿さま:S2殿さま+S1宗丹
・取調べがあって、お仕置きを受けることになったが、何かこれについていい歌を詠んだら生命だけは助けてやろうと殿さまが言った
(取調べ)S2殿さま:S3家来+S1宗丹
(断罪)S2殿さま:S1宗丹+O4お仕置き
(条件)S1宗丹:S1宗丹+O5歌
(条件)O5歌:O5歌+m1良い
(助命)S2殿さま:S1宗丹-O4お仕置き
・宗丹は「うるしももたん宗丹が 一夜のうちに 青野ヶ原を墨ぬりにした」と歌を詠んだ
(詠歌)S1宗丹:S1宗丹+O5歌
・この歌は殿さまの気に入らなかったので、やはりお仕置きを受けることになった
(低評価)S2殿さま:S2殿さま-O5歌
(決定)S2殿さま:S1宗丹+O4お仕置き
・宗丹はいよいよ殺されるとき、殿さまに向かって糞を食らえと言った
(実行)S3家来:S1宗丹+O4処刑
(捨て台詞)S1宗丹:S2殿さま+O6捨て台詞

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

    聴き手(捕らえられた宗丹はどうなるか)
           ↓
送り手(殿さま)→青野ヶ原を焼いた宗丹を捕らえる(客体)→ 受け手(宗丹)
           ↑
補助者(家来)→ 殿さま(主体)←反対者(宗丹)

    聴き手(歌を詠むことになった宗丹はどうするか)
           ↓
送り手(殿さま)→よい歌を詠めば助命すると条件づけ(客体)→ 受け手(宗丹)
           ↑
補助者(家来)→ 殿さま(主体)←反対者(宗丹)

    聴き手(歌が不評だった宗丹はどうなるか)
           ↓
送り手(宗丹)→歌を詠むが気に入られず(客体)→ 受け手(殿さま)
           ↑
補助者(なし)→ 宗丹(主体)←反対者(殿さま)

    聴き手(宗丹の捨て台詞をどう思うか)
           ↓
送り手(宗丹)→処刑の際、捨て台詞を吐く(客体)→ 受け手(殿さま)
           ↑
補助者(なし)→ 宗丹(主体)←反対者(殿さま)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。青野ヶ原を焼いた罪で捕らえられた僧の宗丹は処刑されることになりますが、良い歌を詠むことを助命の条件とされます。そこで宗丹は一首詠みますが、それは殿さまの気に入るところとならず処刑が決定してしまいます。処刑の際、宗丹は糞くらえと捨て台詞を吐いたという筋立てです。

 宗丹―殿さま、宗丹―家来、宗丹―歌、歌―殿さま、といった対立軸が見受けられます。歌は辞世の句と見なせるでしょうか。辞世の句/捨て台詞の図式に辞世の句を残すよりも殿さまへの恨み言を吐くことを選ぶ宗丹の切羽詰まった心情が暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

宗丹♌♁(-1)―殿さま♂♎―家来☾(♎)

 といった風に表記できるでしょうか。良い歌を詠んで助命されることを価値☉と置くと、津和野の殿さまはその審判者♎であり、主体となる宗丹にとっての対立者♂となります。家来の存在は明確に描かれませんが殿さまの命令を実行する役割を担っているでしょう。殿さまの援助者☾(♎)と置きます。宗丹は助命の享受者♁となり得る地位にありますが、結局その歌は気に入るところとなりませんからマイナスの享受者♁(-1)とでも置けるでしょうか。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「宗丹が詠んだ歌はどんな結果をもたらすか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「歌を詠むものの殿さまの気に入らなかった」「最後に捨て台詞を残す」でしょうか。「宗丹―歌/お仕置き―殿さま」「宗丹―処刑/捨て台詞―殿さま」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:宗丹が詠んだ歌はどんな結果をもたらすか
        ↑
発想の飛躍:歌を詠むものの殿さまの気に入らなかった
      最後に捨て台詞を残す

・宗丹―歌/助命―殿さま
      ↑
・宗丹―歌/お仕置き―殿さま
・宗丹―処刑/捨て台詞―殿さま

◆発想の飛躍と概念の操作

 発想の飛躍を「常識離れした連想」と仮定しますと、上述した図式の/(スラッシュ)の箇所に特にその意図的に飛躍させた概念の操作が見出せそうです。

 呪術的思考に典型的に見られますが、ヒトは本来は繋がりのない切り離されたモノの間にも繋がりを見出すことがあります。それは情報処理におけるエラーです。ですが、科学万能の時代においてもエラーであるはずの呪術的思考が完全には消え去ることがないのは、それが人間特有の思考様式の一部であるからかもしれません。昔話では意図的にエラーを起こすとでも言えるでしょうか。

 「宗丹」では、宗丹は良い歌を詠むことを助命の条件とされますが、詠んだ歌は殿さまの気に入るところとならず、結局助命はされずに処刑されます。処刑の際に宗丹は捨て台詞を吐きます。これは詠んだ歌を辞世の句と解釈すると、辞世の句を残すよりも捨て台詞を優先させたことになります。歌を詠むことに一縷の希望を賭けた宗丹ですが、その希望は打ち砕かれ捨て台詞を吐いてしまうのです。それは殿さまへの呪詛を孕んだものだったでしょう。

 図式では「宗丹―歌/お仕置き―殿さま」「宗丹―処刑/捨て台詞―殿さま」と表記しています。これを細分化して展開すると「宗丹―助命―条件―提示―歌―詠む―不評―処刑―実行―絶望―辞世の句―放棄―捨て台詞―吐く―殿さま―呪詛」となります。「宗丹の歌:良し/悪し→助命/処刑→歌/辞世の句→辞世の句/捨て台詞」と図式化すればいいでしょうか。処刑の決定により詠んだ歌は辞世の句へと転換され、更に辞世の句を捨て台詞へと転倒させる概念の操作が行われています。これらの連想を一瞬で行っていることになります。

 あるいは「宗丹:希望/絶望→捨て台詞/呪詛」とも図式化できます。希望が絶望へと転倒されることで捨て台詞が呪詛となるという更なる転倒が起きるとも解釈できます。

 以上のように、本文には現れない概念も重要な要素となっています。形態素解析で抽出したキーワードだけでは解釈を十全に行うことは難しいものと考えられます。可視化されていない文脈を読む、つまりできるだけ可視化するためには連想概念辞書も取り込んだ上で分析する方向に機能改善することが望まれると考えられます。

 転倒は一瞬で価値の逆転をもたらすことを可能とする点で濫用は慎むべき類の概念操作ですが、予想外の驚きをもたらす効果を発揮しますので、昔話では好んで用いられるようです。

 シェーマ分析は物語構造分析や評論において多用されますが、昔話ではこの二項対立で把握される図式の各項の属性を動的に転倒させていく(※必ずしも転倒に成功する訳ではないが)ことで物語を転がしていくという技法が多用されると考えられます。静態から動態への認識の転換が求められるとでも言えるでしょうか。

 呪術的思考のような非合理的思考は人間の抱える弱点ですが、昔話においては逆に創造性の源ともなっていると考えることができます。

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「宗丹」ですと「助命の条件として歌を詠んだ宗丹だったが、殿さまの気にいらず、捨て台詞を吐いた」くらいでしょうか。

◆余談

 青野ヶ原は青野山の周辺でしょうか。青野山には父が登ったことがあると言っていたのですが、体力が落ちた現在ではとても登ることは叶いません。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)p.406.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年11月 3日 (日)

―で表記するか/で表記するか

竹野真帆、高田明典「コンピュータゲームの訴求構造分析――物語構造分析の応用として」という論文を読む。先日の高田論文と同系統の内容。高田本以降に執筆されたものか、高田本より分かりやすくなっているように感じる。

日本語訳された文献があるか不明だが、トドロフは物語を「属性の変化」と捉えたようだ。属性も二項対立の図式で記述できる場合が多々あり、昔話においては属性の変化のみならず「属性の転倒」がしばしば用いられると指摘できるか。

たとえばプログラミングではオブジェクトの属性は多数設定可能である。もしくはパソコンのファイルのプロパティでもいいか。

高田本/論文は対立の構図を「―」で結んで表記している(対立軸)。どう表記しようが決まったルールはないのだから構わないのだけど、それ故に転倒がもたらす動的な逆転の構図に思い至らなかったものと想像される。軸で表記することにはそれはそれで別のメリット(平面/立体として図式化できる)もあるのだが。

分析していけば対立軸は幾つか列挙されることになる。それらの内からどれをピックアップして分析するか選ぶ段階で主観が働くことになる。これを恣意的と捉えるかどうか。そういう批判もあるようだ。

……いや、あの難解な内容をよく使えるように落とし込んだものだと思いますよ。

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行為項分析――作蔵庄屋

◆あらすじ

 昔、柿木に作蔵という庄屋がいた。この庄屋は知恵者であった。あるとき、津和野の殿さまが屋形舟で高津参りをするのへお供をして先触れをして行った。高津へ着いて人丸さまへ参って、徳城の峠を越して柳まで戻ると、お宮があった。殿さまが先触れ、この社(やしろ)は何という社かと訊いたので、はい、弥四郎は三年前の飢饉で逃げましたと作蔵は答えた。それから商人(あきんど)まで戻ると、またお宮があった。殿さまが先触れ、このお宮は何というお宮かと訊くと、はい、お宮は弥四郎の女房で、弥四郎と連れて逃げましたと作蔵は言った。津和野の四本松へ戻ると、大きな松があった。先触れ、この松は何年経っているかと殿さまが訊いた。はい、千三年経っておりますと作蔵が答えたので、殿さまがどうしてそれがわかると訊くと、はい、松は千年経つと逆枝を打ちます、この松は三年前に逆枝を打ちましたと作蔵は答えた。

 津和野で庄屋の集まりがあって、作蔵がこれからひとつ松茸を採って飲もうと言った。他の庄屋たちが松茸をどこで採ると訊いた。それはお城山へ行って採ると作蔵は答えた。お城山には山番がいるから採られはしないと他の庄屋が言うと、それは自分が採ってくると言って、作蔵は顔に鍋炭を塗って、浅葱(あさぎ)の手ぬぐいで頬かむりをして、鎌竿と袋を持って出かけた。作蔵はお城山へ上がって松茸をとっては柴の下へ隠し、鎌竿を持って松の上の方の枝をがさがさやり、また松茸をとって柴の下へ隠しては、鎌竿で松の上の方の枝をがさがさ揺すぶった。こうして段々登って行くと、山番が見つけた。何をしていると山番が叱ると、松茸を採りに来たと作蔵が言った。この馬鹿たれ、松茸が木の上にあるものか、帰れ帰れと山番は言った。それで作蔵は帰った。そうして隠しておいた松茸をみな袋へ入れて帰って、皆と食べた。

 津和野の城下には度々火事があって、その度に殿さまから木を出せということがあった。ある時また火事があって、木を出せと言ってきたので、作蔵は茂右衛門という百姓に木を出させた。津和野へ持って行くと、殿さまはこの木はどこで伐ったか訊いた。これは火の浦の燃えあがりの茂右衛門の山で伐ったと作蔵が答えた。殿さまはそんな縁起の悪い木はいらないと言って、それから木を出させなかった。

◆モチーフ分析

・柿木に作蔵という知恵者の庄屋がいた
・あるとき津和野の殿さまが高津参りするのに先触れを務めた
・高津の人丸さまに参って、徳城の峠を越して柳まで戻るとお宮があった
。殿さまがこの社は何という社か訊いたので、作蔵は弥四郎は三年前の飢饉で逃げたと答えた
・商人まで戻ると、またお宮があった。殿さまが何というお宮か訊くと、作蔵はお宮は弥四郎の女房で弥四郎と連れて逃げたと答えた
・四本松へ戻ると大きな松があった。殿さまがこの松は何年経っているかと訊いたので、作蔵は松は千年経つと逆枝を打つ。この松は三年前に逆枝を打ったので千三年経っていると答えた
・庄屋の集まりがあって、作蔵がこれから松茸を採って飲もうと言った
・他の庄屋たちが松茸をどこで採るのか訊いた
・作蔵はお城山へ行って採ると答えた
・他の庄屋がお城山には山番がいるから採られないと言うと、作蔵は自分で採ってくると言って、顔に炭を塗って浅葱の手ぬぐいで頬かむりをして鎌竿と袋を持って出かけた
・作蔵はお城山へ上がって松茸を採っては柴の下に隠し、鎌竿を持って松の上の方の枝をがさがさ揺すぶった
・それを繰り返して段々登って行くと、山番が見つけた
・山番が叱ると、松茸を採りに来たと作蔵は答えた
・松茸が木の上にあるものか、帰れと山番が言ったので作蔵は帰った
・隠しておいた松茸をみな袋へ入れて帰って皆と食べた
・津和野の城下には度々火事があって、その度に殿さまから木を出せと言われた
・また火事があって木を出せと言ってきたので、作蔵は茂右衛門という百姓に木を出させた
・津和野へ持っていくと、この木はどこで伐ったか殿さまが訊いた
・これは火の浦の燃えあがりの茂右衛門の山で伐ったと答えたところ、殿さまはそんな縁起の悪い木はいらないと言って、それから木を出させなかった

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:作蔵
S2:殿さま
S3:弥四郎
S4:お宮
S5:庄屋
S6:山番
S7:茂右衛門

O(オブジェクト:対象)
O1:柿木
O2:庄屋
O3:津和野
O4:高津
O5:先触れ
O6:徳城
O7:峠
O8:柳
O9:お宮
O10:商人
O11:女房
O12:四本松
O13:松
O14:逆枝
O15:松茸
O16:酒宴
O17:採集場所
O18:城山
O19:柴
O20:鎌竿
O21:袋
O21:城下町
O22:火事
O23:材木
O24:百姓
O25:産地
O26:火の浦
O27:燃えあがり

T:時

m(修飾語)
m1:知恵者の
m2:飢饉の
m3:大きな
m4:経年の
m5:千三年
m6:三年前
m7:千年に一度
m8:集まった
m9:変装した
m10:樹上に
m11:度々
m12:縁起の悪い

+:接
-:離

・柿木に作蔵という知恵者の庄屋がいた
(存在)O1柿木:O1柿木+S1作蔵
(人柄)S1作蔵:O2庄屋+m1知恵者の
・あるとき津和野の殿さまが高津参りするのに先触れを務めた
(参拝)S2殿さま:S2殿さま+O4高津
(先導)S1作蔵:S2殿さま+O5先触れ
・高津の人丸さまに参って、徳城の峠を越して柳まで戻るとお宮があった
(参拝)(S2殿さま+S1作蔵):(S2殿さま+S1作蔵)+O4高津
(峠超え)(S2殿さま+S1作蔵):(S2殿さま+S1作蔵)+(O6徳城+O7峠)
(至る)(S2殿さま+S1作蔵):(S2殿さま+S1作蔵)+O8柳
(至る)(S2殿さま+S1作蔵):(S2殿さま+S1作蔵)+O9お宮
。殿さまがこの社は何という社か訊いたので、作蔵は弥四郎は三年前の飢饉で逃げたと答えた
(質問)S2殿さま:S1作蔵+O9お宮
(回答)S1作蔵:S3弥四郎-O8柳
(回答)T:T+m2飢饉の
・商人まで戻ると、またお宮があった。殿さまが何というお宮か訊くと、作蔵はお宮は弥四郎の女房で弥四郎と連れて逃げたと答えた
(至る)(S2殿さま+S1作蔵):(S2殿さま+S1作蔵)+O10商人
(至る)(S2殿さま+S1作蔵):(S2殿さま+S1作蔵)+O9お宮
(質問)S2殿さま:S1作蔵+O9お宮
(回答)S1作蔵:S4お宮+(S3弥四郎+O11女房)
(回答)(S4お宮+S3弥四郎):(S4お宮+S3弥四郎)-O8柳
・四本松へ戻ると大きな松があった。殿さまがこの松は何年経っているかと訊いたので、作蔵は松は千年経つと逆枝を打つ。この松は三年前に逆枝を打ったので千三年経っていると答えた
(至る)(S2殿さま+S1作蔵):(S2殿さま+S1作蔵)+O12四本松
(存在)O12四本まつ:O13松+m3大きな
(質問)S2殿さま:S2殿さま+S1作蔵
(経過年数)O13松:O13松+m4経年の
(回答)S1作蔵:O13松+m5千三年
(理由)O13松:O13松+O14逆枝
(理由)O13松:O14逆枝+m6三年前
(理由)O13松:O14逆枝+m7千年に一度
・庄屋の集まりがあって、作蔵がこれから松茸を採って飲もうと言った
(集会)S5庄屋:S5庄屋+m8集まった
(提案)S1作蔵:S1作蔵+(O15松茸+O16酒宴)
・他の庄屋たちが松茸をどこで採るのか訊いた
(質問)S5庄屋:S5庄屋+S1作蔵
(意図)S1作蔵:O15松茸+O17採集場所
・作蔵はお城山へ行って採ると答えた
(回答)S1作蔵:S1作蔵+(O15松茸+O18城山)
・他の庄屋がお城山には山番がいるから採られないと言うと、作蔵は自分で採ってくると言って、顔に炭を塗って浅葱の手ぬぐいで頬かむりをして鎌竿と袋を持って出かけた
(反論)S5庄屋:O18城山+S6山番
(見張り)S6山番:O15松茸-S5庄屋
(出かける)S1作蔵:S1作蔵+(O15松茸+O18城山)
(変装)S1作蔵:S1作蔵+m9変装した
・作蔵はお城山へ上がって松茸を採っては柴の下に隠し、鎌竿を持って松の上の方の枝をがさがさ揺すぶった
(登山)S1作蔵:S1作蔵+O18城山
(茸狩り)S1作蔵:S1作蔵+O15松茸
(隠す)S1作蔵:O20柴-O15松茸
(揺さぶる)S1作蔵:S1作蔵+O13松
・それを繰り返して段々登って行くと、山番が見つけた
(露見)S6山番:S6山番+S1作蔵
・山番が叱ると、松茸を採りに来たと作蔵は答えた
(回答)S1作蔵:S1作蔵+O15松茸
・松茸が木の上にあるものか、帰れと山番が言ったので作蔵は帰った
(不存在)O15松茸:O13松-m10樹上に
(退去命令)S6山番:S1作蔵-O18城山
(退去)S1作蔵:S1作蔵-O18城山
・隠しておいた松茸をみな袋へ入れて帰って皆と食べた
(入れる)S1作蔵:O15松茸+O21袋
(帰宅)S1作蔵:S1作蔵+S5庄屋
(食事)(S1作蔵+S5庄屋):(S1作蔵+S5庄屋)+O15松茸
・津和野の城下には度々火事があって、その度に殿さまから木を出せと言われた
(火事)(O21城下町+O3津和野):(O21城下町+O3津和野)+O22火事
(頻度)O22火事:O22火事+m11度々
(供出命令)S2殿さま:S5庄屋-O23材木
・また火事があって木を出せと言ってきたので、作蔵は茂右衛門という百姓に木を出させた
(火事発生)O21城下町:O21城下町+O22火事
(供出)S1作蔵:S7茂右衛門-O23材木
・津和野へ持っていくと、この木はどこで伐ったか殿さまが訊いた
(献上)S1作蔵:S2殿さま+O23材木
(質問)S2殿さま:S2殿さま+S1作蔵
()O23材木:O23材木+O25産地
・これは火の浦の燃えあがりの茂右衛門の山で伐ったと答えたところ、殿さまはそんな縁起の悪い木はいらないと言って、それから木を出させなかった
(回答)O23材木:O25産地+(O26火の浦+O27燃えあがり)
(忌避)S2殿さま:S2殿さま-m12縁起の悪い
(供出停止)S2殿さま:S2殿さま-O23材木

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

    聴き手(作蔵はどんな働きをするか)
           ↓
送り手(作蔵)→高津参りの先触れを務める(客体)→ 受け手(殿さま)
           ↑
補助者(なし)→ 作蔵(主体)←反対者(なし)

    聴き手(作蔵の機知をどう感じるか)
           ↓
送り手(作蔵)→殿さまの質問に領民の窮状を示唆する(客体)→ 受け手(殿さま)
           ↑
補助者(なし)→ 作蔵(主体)←反対者(なし)

    聴き手(作蔵はどうやって松茸を採るのか)
           ↓
送り手(作蔵)→城山の松茸で酒宴を提案(客体)→ 受け手(庄屋)
           ↑
補助者(なし)→ 作蔵(主体)←反対者(なし)

    聴き手(作蔵の知恵をどう思うか)
           ↓
送り手(作蔵)→変装して出し抜く(客体)→ 受け手(山番)
           ↑
補助者(なし)→ 作蔵(主体)←反対者(山番)

    聴き手(殿さまの命令をどう思うか)
           ↓
送り手(殿さま)→火事で材木を供出させる(客体)→ 受け手(庄屋)
           ↑
補助者(なし)→ 殿さま(主体)←反対者(領民)

    聴き手(作蔵の機知をどう感じるか)
           ↓
送り手(作蔵)→縁起の悪い木であると回答する(客体)→ 受け手(殿さま)
           ↑
補助者(なし)→ 作蔵(主体)←反対者(殿さま)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。柿木の庄屋である作蔵は知恵者で津和野の殿さまの高津参りの先触れを務めるなどしていましたが、殿さまの突然の質問に領民の窮状をそれとなく訴えるなどの知恵働きをしました。あるときは城山に変装して登って山番を出し抜いて松茸を採り庄屋仲間で食べあったりもしました。津和野の城下町で火事が起きた際、殿さまは材木を供出するよう命じましたが、作蔵はそれは縁起の悪い木だと答えて材木の供出を止めさせましたという筋立てです。

 作蔵―殿さま、作蔵―領民、殿さま―領民、作蔵―庄屋仲間、作蔵―山番、といった対立軸が見受けられます。お宮/お宮の図式に建物の宮と女性の名前とをすり替えることで領民の窮状を訴える作蔵の機知が暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

作蔵♌―殿さま♂♎―領民(弥四郎、お宮)♁

 といった風に表記できるでしょうか。善政を価値☉と置くと領民たちはその享受者♁となります。殿さまに領民の窮状を示唆しますので、殿さまは対立者♂でありつつ審判者♎の地位に置かれるでしょう。

作蔵♌♁―山番♂♎―庄屋仲間☾(♌)♁

 松茸も価値☉と置けますが、その場合は庄屋仲間が享受者♁となります。松茸を守る山番は対立者♂であり審判者♎となります。

作蔵♌―殿さま♂♎―領民(茂右衛門他)♁(±)

 材木を価値☉と置くと、火事で供出を命じられる茂右衛門はマイナスの享受者となるでしょうか。火事での供出ですから茂右衛門以外にはメリットとなりますので、ここではまとめてプラスマイナスとしておきます。殿さまは対立者♂であり、作蔵の機知に富んだ回答に材木の供出を止めさせますので審判者♎とも置けます。

◆元型分析

 作蔵はユングの提唱した元型(アーキタイプ)だとトリックスターに近い存在とも考えられます。作蔵自身は庄屋で領民を守る存在ですが、その知恵で殿さまをたしなめたり、城山の山番を出し抜いたりします。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「作蔵と殿さまとの駆け引きはどうなるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「作蔵の数々の知恵」でしょうか。「作蔵―回答/窮状―殿さま」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:作蔵と殿さまとの駆け引きはどうなるか
        ↑
発想の飛躍:作蔵の数々の知恵

・作蔵/庄屋―領民―殿さま
       ↑
・作蔵―回答/窮状―殿さま
・殿さま―お宮/お宮―作蔵
・作蔵/変装―松/揺する―樹上/松茸―山番
・作蔵―燃えあがり/材木―殿さま

◆発想の飛躍と概念の操作

 発想の飛躍を「常識離れした連想」と仮定しますと、上述した図式の/(スラッシュ)の箇所に特にその意図的に飛躍させた概念の操作が見出せそうです。

 呪術的思考に典型的に見られますが、ヒトは本来は繋がりのない切り離されたモノの間にも繋がりを見出すことがあります。それは情報処理におけるエラーです。ですが、科学万能の時代においてもエラーであるはずの呪術的思考が完全には消え去ることがないのは、それが人間特有の思考様式の一部であるからかもしれません。昔話では意図的にエラーを起こすとでも言えるでしょうか。

 「作蔵庄屋」では、柿木の庄屋である作蔵は知恵働きで殿さまに対して巧みに要求を通します。殿さまの質問に機知で切り返すことで領民の窮状を訴えるのです。

 図式では「殿さま―お宮/お宮―作蔵」と表記しています。これを細分化すると「殿さま―質問―お宮―建物―お宮―弥四郎―女房―飢饉―逃亡―回答―作蔵」となります。ここでは「お宮→おみや」と建物を意味する「お宮」から意味が剥奪されて「おみや」となり、更にそれを飢饉で逃亡したお宮という女性の名前にすり替える「おみや→お宮」といった転換がなされる、つまり、意味の剥奪による転化という概念の操作がなされます。これらの連想を一瞬で行っていることになります。

 松茸については「松茸:木を揺する→根本/樹上」「変装:素性を隠す→庄屋/間抜け」「山番:松茸の番→警戒/放免」と松茸の生える場所を転倒させ、変装した作蔵を間抜けと山番に誤認させて出し抜くという展開となっています。

 材木については「材木―産地―火の浦―燃えあがり―縁起―悪し―忌避―供出―停止」つまり、「材木:縁起悪し→供出/忌避」といった転倒がなされています。それは「領民:負担/免除」といった転倒ともなります。

 以上のように、本文には現れない概念も重要な要素となっています。形態素解析で抽出したキーワードだけでは解釈を十全に行うことは難しいものと考えられます。連想概念辞書も取り込んだ上で分析する方向に機能改善することが望まれると考えられます。

 転倒は一瞬で価値の逆転をもたらすことを可能とする点で濫用は慎むべき類の概念操作ですが、予想外の驚きをもたらす効果を発揮しますので、昔話では好んで用いられるようです。

 シェーマ分析は物語構造分析や評論において多用されますが、昔話ではこの二項対立で把握される図式の各項の属性を動的に転倒させていく(※必ずしも転倒に成功する訳ではないが)ことで物語を転がしていくという技法が多用されると考えられます。静態から動態への認識の転換が求められるとでも言えるでしょうか。

 呪術的思考のような非合理的思考は人間の抱える弱点ですが、昔話においては逆に創造性の源ともなっていると考えることができます。

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「作蔵庄屋」ですと「作蔵という知恵者の庄屋が津和野の殿さまと駆け引きをして巧みに要求を通した」くらいでしょうか。

◆余談

 津和野は火事が多いという話は別の伝説で読んだことがあります。「弥九郎霧」に類似した伝説でした。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.402-405.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年11月 2日 (土)

シーケンス分析のあらましについて理解する

ネットで検索してヒットした高田明典「物語構造分析による娯楽作品の訴求構造分析」という論文を読むことで、シーケンス分析についてはおおよそが分かった。シーケンス分析は一話完結形式の連続ドラマなど同じフォーマットの話が繰り返される形式の物語(ex. ヒーロー番組など)が適しているのではないか。また高田本に助けられたという印象。

レヴィ=ストロースの神話分析はおおよそ、シェーマ(スキーマ)分析とシークエンス分析からなると考えていいだろう。シェーマ分析は乱暴だが、二項対立の図式に持ち込むことと見ていいだろう。シークエンス分析は時代劇や刑事ドラマのように毎回特定のパターンでストーリーが進行するタイプのドラマが典型的だが、そういったシーケンス(※シーンの幾つかのまとまりをシーケンスと呼ぶ)の連なりをマトリクス化して、そこに個々の事例を当てはめていくと考えればよいか。

社会学者の橋爪大三郎氏はレヴィ=ストロースの神話分析を名人芸的で余人には真似しがたいと評した。僕自身、『神話論理』の一巻や『アスディワル武勲詩』は読んだがいま一つ理解できなかった。どうやったかは分からないが、高田氏はそこら辺を明快に解説している。

残るはレヴィ=ストロースに見られる連想の飛躍だろうか。『神話論理』では新大陸の先住民の神話を北米、中米、南米と特に区別することなく扱っている。そこが批判されるらしい。新大陸の先住民の多くはアリューシャン列島経由で渡ってきた古モンゴロイドをルーツに持つだろうから、物語の古層の部分では共通していてもおかしくはないはと思うが。

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行為項分析――椛谷の次郎

◆あらすじ

 昔、吉賀の椛谷(かばたに)に椛谷の次郎という百姓がいた。次郎は大した力持ちで、人の大勢集まるところへ行ったときには、人が取り違えないように履き物を脱いで柱を抱え上げてその下へ入れておいた。次郎は毎年、津和野の殿さまのところへ山芋を納めることになっていた。あるとき山芋を納めに行くと山芋が折れていたので、役人はこんな折れた山芋は受け取られないと言ってどうしても受け取ってくれない。次郎は仕方ないので遠い道を帰って、掘って折らさない様に気をつけて持っていった。役人は今度は何とも言わないで受け取った。ところが次郎は納めが済んでも役所へ座り込んで、いつまでも帰ろうとしない。役人が変に思って、納めが済んだのにどうして帰らないのかと言った。すると次郎は、この前お役人さまは折れた山芋は受け取られないと言って受け取らせませんでした。殿さまは山芋をあのまま丸呑みにしなさるのだろうから、今日持ってきたのを丸呑みにしなさるのを見ねば帰らないと言った。役人は腹をたてて、大きな縄で次郎をそこの柱へ縛りつけてしまった。次郎は平気な顔をして、せられるままにしていた。役人たちはどうするかと思って見ていると、次郎はもぞもぞと動き出した。そして身体を一ゆすり、一ゆすり、ゆすりあげる度に柱がついて上がって家がぐらぐら動く。次郎はその度に、その周りに脱いであった役人たちの草履や雪駄を柱の下へかき込んだ。役人たちはそれを見ると、慌てて大騒ぎしはじめた。殿さまは次郎の力の強いのに感心して、もうよい。早く縄を解いてやれと言った。

 次郎はあるとき女竹のいっぱい茂った藪を畠にしようと思って女竹を片っ端から根ごと引き抜いていった。女竹は根が互いに繋がっていて、鍬で掘ってもなかなか掘り上げるのが大変なものだが、次郎は力が強いのでどんどん手で引き抜いた。そうして立派な畠が出来上がった。次郎は畠へ種子を播いたが、作物はさっぱり出来なかった。底の苦土(にがつち)が畠いっぱいに散らばったからであった。

◆モチーフ分析

・吉賀の椛谷に椛谷の次郎という百姓がいた
・次郎は大した力持ちで、人の大勢集まるところへ行ったときには履き物を脱いで柱を抱え上げてその下へ入れておいた
・次郎は毎年、津和野の殿さまのところへ山芋を納めることになっていた
・あるとき山芋を納めに行くと、山芋が折れていたので、役人は受け取らなかった
・仕方ないので、次郎は遠い道を帰って、掘って折れないように気をつけて持っていった
・役人は今度は何も言わずに受け取った
・次郎は納めが済んでも役所へ座り込んでいつまでも帰ろうとしない
・変に思った役人が納めが済んだのにどうして帰らないのかと尋ねた
・次郎は、この前お役人さまは折れた山芋は受け取らなかった。殿さまは山芋を丸呑みになさるだろうから、それを見なければ帰らないと言った
・腹をたてた役人は次郎を柱へ縄で縛りつけてしまった
・次郎は平気な顔をして、されるままにしていた
・どうするかと思っていた役人たちが見ていると、次郎はもぞもぞと動きだした
・身体をゆすりあげる度に柱がついて上がって家がぐらぐら動いた
・次郎はその度に、周りに脱いであった役人たちの草履や雪駄を柱の下へかき込んだ
・役人たちはそれを見て、慌てて大騒ぎしはじめた
・殿さまは次郎の力の強いのに感心して、もうよい、早く縄を解いてやれと言った
・次郎は女竹の茂った藪を畠にしようと思って、女竹を片っ端から根を引き抜いていった
・女竹は根が互いに繋がっていて掘り上げるのが大変だが、次郎は力が強いので、どんどん引き抜いた
・立派な畠ができあがった
・次郎は種を播いたが、作物はさっぱり出来なかった
・底の苦土が畠いっぱいに散らばったからだった

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:次郎
S2:人々
S3:殿さま
S4:役人

O(オブジェクト:対象)
O1:吉賀
O2:椛谷
O3:百姓
O4:集会
O5:柱
O6:履き物
O7:津和野
O8:山芋
O9:役所
O10:理由
O11:草履
O12:雪駄
O13:藪
O14:女竹
O15:畠
O16:種
O17:作物
O18:苦土

m(修飾語)
m1:力持ちの
m2:折れた
m3:折れていない
m4:座り込んだ
m5:不審な
m6:丸呑みに
m7:立腹した
m8:平気な
m9:もぞもぞと
m10:揺らいだ
m11:慌てた
m12:感心した
m13:根が絡み合った
m14:困難な

+:接
-:離

・吉賀の椛谷に椛谷の次郎という百姓がいた
(存在)(O1吉賀+O2椛谷):(O1吉賀+O2椛谷)+S1次郎
(属性)S1次郎:S1次郎+O3百姓
・次郎は大した力持ちで、人の大勢集まるところへ行ったときには履き物を脱いで柱を抱え上げてその下へ入れておいた
(属性)S1次郎:S1次郎+m1力持ちの
(条件)S1次郎:S1次郎+O4集会
(持ち上げる)S1次郎:S1次郎+O5柱
(隠す)S1次郎:O5柱+O6履き物
(隠す)S1次郎:O6履き物-S2人々
・次郎は毎年、津和野の殿さまのところへ山芋を納めることになっていた
(年貢)S1次郎:S3殿さま+O8山芋
・あるとき山芋を納めに行くと、山芋が折れていたので、役人は受け取らなかった
(貢納)S1次郎:S4役人+O8山芋
(状態)O8山芋:O8山芋+m2折れた
(拒否)S4役人:S4役人-O8山芋
・仕方ないので、次郎は遠い道を帰って、掘って折れないように気をつけて持っていった
(帰る)S1次郎:S1次郎-O7津和野
(掘る)S1次郎:S1次郎+O8山芋
(掘る)S1次郎:O8山芋+m3折れていない
(貢納)S1次郎:S4役人+O8山芋
・役人は今度は何も言わずに受け取った
(受領)S4役人:S4役人+O8山芋
・次郎は納めが済んでも役所へ座り込んでいつまでも帰ろうとしない
(座り込み)S1次郎:S1次郎+m4座り込んだ
(退去せず)S1次郎:S1次郎+O9役所
・変に思った役人が納めが済んだのにどうして帰らないのかと尋ねた
(不審)S4役人:S1次郎+m5不審な
(質問)S4役人:S4役人+S1次郎
(質問)S4役人:S1次郎+O10理由
・次郎は、この前お役人さまは折れた山芋は受け取らなかった。殿さまは山芋を丸呑みになさるだろうから、それを見なければ帰らないと言った
(仮定)S3殿さま:O8山芋+m6丸呑みに
(条件)S1次郎:S3殿さま+m6丸呑みに
(回答)S1次郎:O9役所-S1次郎
・腹をたてた役人は次郎を柱へ縄で縛りつけてしまった
(立腹)S4役人:S4役人+m7立腹した
(縛りつけ)S4役人:O5柱+S1次郎
・次郎は平気な顔をして、されるままにしていた
(平気)S1次郎:S1次郎+m8平気な
(放置)S1次郎:S4役人+S1次郎
・どうするかと思っていた役人たちが見ていると、次郎はもぞもぞと動きだした
(監視)S4役人:S4役人+S1次郎
(動き出す)S1次郎:S1次郎+m9もぞもぞと
・身体をゆすりあげる度に柱がついて上がって家がぐらぐら動いた
(揺るがす)S1次郎:S1次郎+O5柱
(揺るがす)S1次郎:O9役所+m10揺らいだ
・次郎はその度に、周りに脱いであった役人たちの草履や雪駄を柱の下へかき込んだ
(隠す)S1次郎:(O11草履+O12雪駄)+O5柱
(隠す)S1次郎:(O11草履+O12雪駄)-S4役人
・役人たちはそれを見て、慌てて大騒ぎしはじめた
(狼狽)S4役人:S4役人+m11慌てた
・殿さまは次郎の力の強いのに感心して、もうよい、早く縄を解いてやれと言った
(感心)S3殿さま:S1次郎+m12感心した
(解放)S3殿さま:S3殿さま+S4役人
(解放)S4役人:O5柱-S1次郎
・次郎は女竹の茂った藪を畠にしようと思って、女竹を片っ端から根を引き抜いていった
(状態)O13藪:O13藪+O14女竹
(開墾)S1次郎:O13藪-O14女竹
・女竹は根が互いに繋がっていて掘り上げるのが大変だが、次郎は力が強いので、どんどん引き抜いた
(困難)O14女竹:O14女竹+(m13根が絡みあった+m14困難な)
(引き抜く)S1次郎:S1次郎+O14女竹
・立派な畠ができあがった
(完成)S1次郎:S1次郎+O15畠
・次郎は種を播いたが、作物はさっぱり出来なかった
(種まき)S1次郎:O15畠+O16種
(不作)S1次郎:O15畠-O17作物
・底の苦土が畠いっぱいに散らばったからだった
(理由)S1次郎:O18苦土+O15畠

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

    聴き手(貢納を拒否された次郎はどう振る舞うか)
           ↓
送り手(役人)→次郎の山芋が折れていたため拒否する(客体)→ 受け手(次郎)
           ↑
補助者(なし)→ 役人(主体)←反対者(次郎)

    聴き手(受領された次郎はどう振る舞うか)
           ↓
送り手(役人)→今度は折れていない山芋だったので受領する(客体)→ 受け手(次郎)
           ↑
補助者(なし)→ 役人(主体)←反対者(次郎)

    聴き手(抗議された役人はどう振る舞うか)
           ↓
送り手(次郎)→座り込んで抗議する(客体)→ 受け手(役人)
           ↑
補助者(なし)→ 次郎(主体)←反対者(役人)

    聴き手(縛られた次郎はどう振る舞うか)
           ↓
送り手(役人)→次郎を柱に縛りつける(客体)→ 受け手(次郎)
           ↑
補助者(なし)→ 役人(主体)←反対者(次郎)

    聴き手(抗議された役人はどう振る舞うか)
           ↓
送り手(次郎)→柱ごと役所を揺るがす(客体)→ 受け手(役人)
           ↑
補助者(なし)→ 次郎(主体)←反対者(役人)

    聴き手(解放された次郎をどう思うか)
           ↓
送り手(殿さま)→次郎の怪力に感心した解放する(客体)→ 受け手(次郎)
           ↑
補助者(役人)→ 殿さま(主体)←反対者(次郎)

    聴き手(開墾された畠はどうなったか)
           ↓
送り手(次郎)→女竹を引き抜いて畠にする(客体)→ 受け手(藪)
           ↑
補助者(なし)→ 次郎(主体)←反対者(なし)

    聴き手(不作となった畠をどう思うか)
           ↓
送り手(苦土)→苦土が広がったため不作となる(客体)→ 受け手(畠)
           ↑
補助者(なし)→ 次郎(主体)←反対者(なし)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。畠のエピソードは必ずしも人間が行為者とは限りません。

 椛谷の次郎は家の柱を持ち上げてそこに履き物を仕舞うほど力が強い男でした。あるとき次郎が折れた山芋を貢納したところ、受け取りを拒否されたため、やり直しとなります。今度は折れていない山芋を納めた次郎でしたが役所に座り込んで、殿さまが山芋を丸呑みにするを見るまで帰らないと抗議します。怒った役人たちは次郎を柱に縛りつけますが、次郎は柱ごと役所を揺るがして役人たちを慌てさせます。次郎の怪力に感心した殿さまは次郎を解放したという筋立てです。

 次郎―柱、次郎―履き物、次郎―山芋、次郎―役人、次郎―殿さま、次郎―藪、次郎―女竹、次郎―畠、苦土―畠、といった対立軸が見受けられます。柱/履き物の図式に柱をも持ち上げてしまう次郎の怪力が暗喩されています。そしてそれは権力者にも臆することのない次郎の胆力をも暗喩しています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

次郎♌―役人♂☾(♎)―殿さま♎♁

 といった風に表記できるでしょうか。年貢の山芋を価値☉と置くと、藩主の殿さまが最大の享受者♁となります。役人はその援助者☾となります。殿さまは次郎の怪力に感心して次郎を解放しますので審判者♎と置けます。役人は年貢の山芋を巡って次郎と諍いを起こしますので対立者♂となります。また、

次郎♌♁(-1)―畠☉―藪☉(☉)―女竹♂―苦土♂

とでも置けるでしょうか。開墾された畠を価値☉と置くとその元となった藪は☉(☉)と入れ子構造で表記できるでしょうか。生い茂った女竹が障害となりますので対立者♂と置けます。また、開墾の際、畠に散らばった苦土が不作の原因となりますのでこれも対立者♂と置けるでしょうか。次郎は畠の享受者となるはずですが、不作となりますので、マイナスの享受者♁(-1)としてもいいかもしれません。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「次郎の抗議の結果はどうなるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「殿さまが山芋を丸呑みにせよと抗議する」「次郎が怪力で柱ごと役所を揺する」「次郎が持ち上げた柱の下に履き物を隠す」でしょうか。「次郎―柱/役所―役人」「次郎―柱/履き物―役人」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:次郎の抗議の結果はどうなるか
        ↑
発想の飛躍:次郎が怪力で柱ごと役所を揺する
      次郎が持ち上げた柱の下に履き物を隠す

・次郎―山芋―折れた/折れてない―抗議―役人
       ↑
・次郎―山芋/丸呑み―役人/殿さま
・次郎―柱/役所―役人
・次郎―柱/履き物―役人

◆発想の飛躍と概念の操作

 発想の飛躍を「常識離れした連想」と仮定しますと、上述した図式の/(スラッシュ)の箇所に特にその意図的に飛躍させた概念の操作が見出せそうです。

 呪術的思考に典型的に見られますが、ヒトは本来は繋がりのない切り離されたモノの間にも繋がりを見出すことがあります。それは情報処理におけるエラーです。ですが、科学万能の時代においてもエラーであるはずの呪術的思考が完全には消え去ることがないのは、それが人間特有の思考様式の一部であるからかもしれません。昔話では意図的にエラーを起こすとでも言えるでしょうか。

 「椛谷の次郎」では、折れた山芋の貢納を拒否された次郎が折れていない山芋を納め直して受領されると役所に座り込んで殿さまが丸呑みにするのを見るまでは帰らないと抗議します。もちろんそんな屈辱は飲めません。それで柱に縛りつけられてしまいますが、次郎は怪力を発揮することで柱ごと役所を揺るがし、許されるという展開となっています。

 図式では「次郎―山芋―折れた/折れてない―抗議―役人」と表記しています。これを細分化すると「次郎―山芋―貢納―折れた/折れてない―受領―丸呑み―抗議―柱―束縛―持ち上げ―役所―揺るがす―慌てる―感心―解放―役人―殿さま」となります。ここでは「次郎:自由/束縛―怪力―束縛/解放」と抗議によって身体の自由を束縛されるという転倒がなされ、更にそれを次郎自身の怪力によって役人を慌てふためかせ束縛を脱し解放されるという転倒がなされる、つまり、転倒が更なる転倒によって逆転されるいう概念の操作がなされます。これらの連想を一瞬で行っていることになります。

 山芋については「山芋:折れた/拒否→折れていない/受領」と状態を転倒させることで貢納の正当性を得ています。

 役所については「役所:怪力→安定/揺らぎ」と状態を次郎によって転倒されています。

 履き物についても「履き物:柱の下→支配/離脱→移動→自由/束縛」と履き物を奪われることで移動の自由を奪われるという価値の転倒が行われていることになります。

 以上のように、本文には現れない概念も重要な要素となっています。形態素解析で抽出したキーワードだけでは解釈を十全に行うことは難しいものと考えられます。連想概念辞書も取り込んだ上で分析する方向に機能改善することが望まれると考えられます。

 転倒は一瞬で価値の逆転をもたらすことを可能とする点で濫用は慎むべき類の概念操作ですが、予想外の驚きをもたらす効果を発揮しますので、昔話では好んで用いられるようです。

 シェーマ分析は物語構造分析や評論において多用されますが、昔話ではこのシェーマで把握される図式の各項の属性を動的に転倒させていく(※必ずしも転倒に成功する訳ではないが)ことで物語を転がしていくという技法が多用されると考えられます。静態から動態への認識の転換が求められるとでも言えるでしょうか。

 呪術的思考のような非合理的思考は人間の抱える弱点ですが、昔話においては逆に創造性の源ともなっていると考えることができます。

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「椛谷の次郎」ですと「椛谷の次郎は山芋の折れた/折れないで口答えして役人に縛られたが、怪力で柱ごと役所をぐらぐらと揺すり、殿さまに許された」くらいでしょうか。

◆余談

 縛られているのに草履や雪駄を拾ってしまうというところはわずかに引っかかります。他の民話集では、山芋は長いので持って歩くのに障りになる。次郎はどうせ細かく切って食べるのだからと言って山芋を折ってしまうという筋になっています。

 畠の開墾に失敗してしまうエピソードは怪力で胆力のある次郎でも失敗することはあるといった裏話的なものでしょうか。

 『石見の民話』を読むと、津和野藩の殿さまはよく登場するのですが、浜田藩についてはそうでもありません。浜田藩も松平氏の施政が長く続いたのですが、この差は何によって生じたのでしょう。ちなみに、石東地方は天領だった期間が長いです。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.399-401.
・『夕陽を招く長者 山陰民話語り部シリーズ1』(民話の会「石見」/編, ハーベスト出版, 2013)pp.32-34.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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