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2024年10月 7日 (月)

行為項分析――なれあい観音

◆あらすじ

 昔、伊源谷(いげんだに)の奥に高くそびえている安蔵寺山に禅寺があって、坊さんが修行をしていた。ある年酷い雪が降って、寺は雪に閉じ込められた。しまいには食物がなくなってしまったが、何しろ高い山に深い雪で、麓の家のあるところへ下りることができない。もう飢え死にするより仕方ないと覚悟を決めていた。そうして何日も物を食べることができず弱りきっているところへ、一匹の鹿が姿を現した。和尚は喜んで鹿に向かって自分はもう長いこと何も食わずに、ひもじくて死ぬのを待つばかりになっている。まことに済まないが、お前のももの肉(み)を少し食べさせてはくれまいかと言った。すると鹿はこっくりうなずいたので和尚は喜んで南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏と唱えて鹿のももの肉をもらい、それを煮て食べてようやく命を繋いだ。春になって、ようやく伊源谷辺りでは雪が溶け、鶯(うぐいす)も鳴く季節になった。村の人たちは長い雪の下で和尚はさぞかし困ったことだろうと言って、色々な食物を持って安蔵寺山へ登った。そして和尚を訪ねたところ、和尚が案外元気でいるのを見てびっくりした。長い雪の下でさぞ難儀だったろうと思ったが、ことのほか元気でよかったと言うと、和尚は実は鹿のものの肉を食べて、それでこんなに元気だったと得意そうに話した。そしてお前たちもひとつその鹿の肉を食べてみないかなと言って戸棚から出してきたのを見ると、それはこけら(木の削りかす)だった。和尚はびっくりして、ご本尊の観音の前へ行って拝んだ。ところが不思議なことに、観音のももから血がたらたらと流れているのである。ああ、あの鹿は観音さまであったのかと和尚は初めてそのことに気づくと、あまりのもったいなさに涙を流しながら、なれあい、なれあいと唱えながら震える手でももを撫でると元の通りになった。

◆モチーフ分析

・安蔵寺山に禅寺があって坊さんが修行していた
・ある年雪が酷く降って、寺は雪に閉じ込められてしまった
・食料が無くなってしまったが、深い雪で麓の家のあるところまで下りられない
・飢え死にするより仕方ないと覚悟を決めて何日も物を食べることができずに弱りきっていた
・そこへ一匹の鹿が姿を現した
・和尚は鹿にひもじくて死ぬのを待つばかりになっているので、ももの肉を少し食べさせてくれないかと言った
・鹿はうなずいたので和尚は喜んで南無阿弥陀仏と唱えて鹿のもも肉をもらい、それを食べて命を繋いだ
・春になってようやく雪が溶けた
・村人たちは長い雪の下で和尚はさぞかし困っただろうと言って、食物を持って安蔵寺山へ登った
・村人たちは和尚が案外元気でいるのを見てびっくりした
・和尚は実は鹿の肉を食べたのだと言って、村人たちに食べてみないかと戸棚から取り出すと、それはこけら(木の削りかす)だった
・和尚はびっくりして、ご本尊の観音の前へ行って拝んだ
・不思議なことに観音のももから血がたらたらと流れてした
・あの鹿は観音さまであったかと和尚は気づいた
・もったいなさに涙を流しながら、なれあいと唱えながらももを撫でると元通りになった

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:坊さん(和尚)
S2:鹿(観音)
S3:村人

O(オブジェクト:対象)
O1:伊源谷
O2:安蔵寺山
O3:禅寺
O4:修行
O5:雪
O6:麓
O7:食糧
O8:もも肉(こけら)
O9:感涙

m(修飾語)
m1:飢えた
m2:覚悟した
m3:同意した
m4:春の
m5:驚いた
m6:流血した

T:時

+:接
-:離

・安蔵寺山に禅寺があって坊さんが修行していた
(存在)O2安蔵寺山:O3禅寺+S1坊さん
(修行)S1坊さん:S1坊さん+O4修行
・ある年雪が酷く降って、寺は雪に閉じ込められてしまった
(積雪)O5雪:O5雪+O2安蔵寺山
(閉じ込め)O3禅寺:O5雪-O6麓
・食料が無くなってしまったが、深い雪で麓の家のあるところまで下りられない
(備蓄枯渇)O3禅寺:O3禅寺-O7食糧
(孤立)S1坊さん:S1坊さん-O6麓
・飢え死にするより仕方ないと覚悟を決めて何日も物を食べることができずに弱りきっていた
(飢え)S1坊さん:S1坊さん+m1飢えた
(覚悟)S1坊さん:S1坊さん+m2覚悟した
・そこへ一匹の鹿が姿を現した
(登場)S2鹿:S2鹿+S1坊さん
・和尚は鹿にひもじくて死ぬのを待つばかりになっているので、ももの肉を少し食べさせてくれないかと言った
(飢え)S1和尚:S1和尚+m1飢えた
(要望)S1和尚:S2鹿-O8もも肉
(要望)S1和尚:S1和尚+O8もも肉
・鹿はうなずいたので和尚は喜んで南無阿弥陀仏と唱えて鹿のもも肉をもらい、それを食べて命を繋いだ
(同意)S2鹿:S2鹿+m3同意した
(採取)S1和尚:S2鹿-O8もも肉
(飢えをしのぐ)S1和尚:S1和尚-m1飢えた
・春になってようやく雪が溶けた
(季節)T:T+m4春の
(融雪)O2安蔵寺山:O2安蔵寺山-O5雪
・村人たちは長い雪の下で和尚はさぞかし困っただろうと言って、食物を持って安蔵寺山へ登った
(持参)S3村人:S3村人+O7食糧
(登山)S3村人:S3村人+O2安蔵寺山
・村人たちは和尚が案外元気でいるのを見てびっくりした
(面会)S3村人:S3村人+S1和尚
(生存)S1和尚:S1和尚-m1飢えた
(驚愕)S3村人:S3村人+m5驚いた
・和尚は実は鹿の肉を食べたのだと言って、村人たちに食べてみないかと戸棚から取り出すと、それはこけら(木の削りかす)だった
(説明)S1和尚:S1和尚+O8もも肉
(提示)S1和尚:S3村人+O8こけら
・和尚はびっくりして、ご本尊の観音の前へ行って拝んだ
(驚愕)S1和尚:S1和尚+m5驚いた
(拝む)S1和尚:S1和尚+S2観音
・不思議なことに観音のももから血がたらたらと流れてした
(流血)S2観音:S2観音+m6流血した
・あの鹿は観音さまであったかと和尚は気づいた
(認識)S1和尚:S2鹿+S2観音
・もったいなさに涙を流しながら、なれあいと唱えながらももを撫でると元通りになった
(感涙)S1和尚:S1和尚+O9感涙
(撫でる)S1和尚:S1和尚+S2観音
(回復)S2観音:S2観音-m6流血した

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

   聴き手(孤立して飢えた和尚はどうするか)
           ↓
送り手(雪)→積雪で孤立させる(客体)→ 受け手(和尚)
           ↑
補助者(なし)→ 雪(主体)←反対者(和尚)

   聴き手(飢えをしのいだ和尚はどうするか)
           ↓
送り手(和尚)→もも肉をもらう(客体)→ 受け手(鹿)
           ↑
補助者(鹿)→ 和尚(主体)←反対者(なし)

   聴き手(村人の救助に和尚はどうするか)
           ↓
送り手(村人)→食糧を持参(客体)→ 受け手(和尚)
           ↑
補助者(なし)→ 村人(主体)←反対者(なし)

  聴き手(肉がこけらだったと気づいた和尚はどうするか)
           ↓
送り手(和尚)→提示した肉がこけらだった(客体)→ 受け手(村人)
           ↑
補助者(なし)→ 和尚(主体)←反対者(なし)

  聴き手(鹿は観音の化身と知ってどう思うか)
           ↓
送り手(和尚)→感謝を捧げる(客体)→ 受け手(観音)
           ↑
補助者(観音)→ 和尚(主体)←反対者(なし)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。豪雪で麓から孤立した禅寺の和尚は食糧が尽きて飢えてしまいます。が、そこに鹿が現れ、和尚は鹿のもも肉を削いで分けてもらうことで飢えをしのぎます。春になって雪が溶け、ようやく麓の村人たちが救助に向かいます。和尚は案外元気でした。和尚は飢えをしのいだもも肉を提示しますが、それは肉ではなく観音のももを削ったこけらでした。鹿は観音の化身だったと気づいた和尚は観音のももを撫で、観音のももは元通りになったという筋立てです。

 禅寺―麓、安蔵寺山―雪、雪―和尚、和尚―鹿(観音)、和尚―村人、といった対立軸が見受けられます。ここでは雪も行為項モデルにおける送り手と見なします。もも肉/こけらの図式に木くずで飢えをしのぐ奇跡が暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

和尚♌♁―鹿/観音☉♎―村人☾(♌)―雪♂

 といった風に表記できるでしょうか。飢えをしのぐことを価値☉と置くと、和尚は享受者♁となります。鹿は観音の化身ですが、和尚の救済のために自らを犠牲としますので、価値☉であり審判者♎と置けます。村人は和尚の救助に向かいますので援助者☾と置けるでしょう。雪は登場人物ではなく自然に過ぎませんが、和尚を麓の村から孤立させ飢えさせる点で対立者♂の役割を果たしています。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「豪雪で孤立した和尚は飢えをしのいで生き延びられるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「鹿が観音の化身だった」でしょうか。「和尚―もも肉/こけら―鹿=観音」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:豪雪で孤立した和尚は飢えをしのいで生き延びられるか
        ↑
発想の飛躍:鹿が観音の化身だった

・禅寺/和尚―飢え/孤立/雪―麓/村人/食糧
       ↑
・和尚―もも肉/こけら―鹿=観音

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「なれあい観音」ですと「雪に閉じ込められ餓死寸前だった和尚は鹿のもも肉で命を繋ぐが、鹿は観音の化身だった」くらいでしょうか。

◆余談

 この伝説では僧侶が肉食することは特にとがめられていません。舞台は石見地方西部ですが匹見町辺りは雪深い土地だそうです。ちなみに匹見町はわさびの産地です。つまり、冷たい清浄な水が豊富に湧き出る土地ということです。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.352-353.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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