行為項分析――二人の焼物屋
◆あらすじ
二人の焼物屋が雪道を天秤棒の後先に茶碗をいっぱい担いで歩いていた。その内に前の男がつるりと滑って転んだので、茶碗はみんな壊れてしまった。男は後ろの男に、これはどうも仕方ない。自分が親の言うことを聞かなかったばかりにこういうことになった。自分が家を出る時、親父は雪道を歩くには、上り坂では爪先きで歩け、下り坂ではかかとで歩けとあれだけ言ってくれたのに。こんなことになるのも、親の言うことを聞かなかった罰だと言った。後ろの男はそれを聞いて、なるほどそういう具合に歩かねばいけないのだなと思った。そして次に下り坂へ向いた時、かかとで歩く様にすると、つるりと滑って茶碗をみんな壊してしまった。前の男は上り坂と下り坂の時をわざと反対に言ったので、そうすると滑る筈だった。
◆モチーフ分析
・二人の焼物屋が天秤棒に沢山の茶碗を担いで歩いていた
・前の男がつるりと滑って転んだので、茶碗はみんな壊れてしまった
・男は後ろの男に、自分が親の言うことを聞かなかったばかりにこういうことになったと言った
・男の親父は雪道を歩くには、上り坂では爪先で歩け、下り坂ではかかとで歩けと言った
・男はこんなことになるので、親の言うことを聞かなかった罰だと言った
・後ろの男はそれを聞いて、なるほどそういう具合に歩かねばいけないのかと思った
・後ろの男は次の下り坂へ向いたとき、かかとで歩く様にすると、つるりと滑って茶碗をみんな壊してしまった
・前の男は上り坂と下り坂の時をわざと反対に言ったのだった
◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である
S(サブジェクト:主体)
S1:前の男
S2:後ろの男
S3:親父
O(オブジェクト:対象)
O1:天秤棒
O2:茶碗
O3:親の言いつけ
O4:雪道
O5:上り坂
O6:下り坂
O7:罰
m(修飾語)
m1:滑った
m2:転んだ
m3:壊れた
m4:全部
m5:爪先で
m6:かかとで
m7:聞いた通りに
m8:あべこべに
m9:わざと
+:接
-:離
・二人の焼物屋が天秤棒に沢山の茶碗を担いで歩いていた
(運搬)S1前の男+S2後ろの男:(S1前の男+S2後ろの男)+(O1天秤棒+O2茶碗)
・前の男がつるりと滑って転んだので、茶碗はみんな壊れてしまった
(滑る)S1前の男:S1前の男+m1滑った
(転ぶ)S1前の男:S1前の男+m2転んだ
(壊す)S1前の男:O2茶碗+(m3壊れた+m4全部)
・男は後ろの男に、自分が親の言うことを聞かなかったばかりにこういうことになったと言った
(会話)S1前の男:S1前の男+S2後ろの男
(親不孝)S1前の男:S1前の男-O3親のいいつけ
・男の親父は雪道を歩くには、上り坂では爪先で歩け、下り坂ではかかとで歩けと言った
(言いつけ)S3親父:S3親父+S1前の男
(言いつけ)S3親父:S1前の男+O4雪道
(言いつけ)S3親父:O5上り坂+m5爪先で
(言いつけ)S3親父:O6下り坂+m6かかとで
・男はこんなことになるので、親の言うことを聞かなかった罰だと言った
(因果)S1前の男:S1前の男+O7罰
・後ろの男はそれを聞いて、なるほどそういう具合に歩かねばいけないのかと思った
(聞く)S2後ろの男:S2後ろの男+S1前の男
(納得)S2後ろの男:O4雪道+m7聞いた通りに
・後ろの男は次の下り坂へ向いたとき、かかとで歩く様にすると、つるりと滑って茶碗をみんな壊してしまった
(真似)S2後ろの男:O6下り坂+m6かかとで
(転ぶ)S2後ろの男:S2後ろの男+m1滑った
(壊す)S2後ろの男:O2茶碗+(m3壊れた+m4全部)
・前の男は上り坂と下り坂の時をわざと反対に言ったのだった
(嘘)S1前の男:S1前の男+(m8あべこべに+m9わざと)
◆行為項モデル
送り手→(客体)→受け手
↑
補助者→(主体)←反対者
というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。
聴き手(関心)
↓
送り手→(客体)→受け手
↑
補助者→(主体)←反対者
この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。
聴き手(後ろの男はどう振る舞うか)
↓
送り手(前の男)→父の言いつけを守らなかったため滑った(客体)→ 受け手(後ろの男)
↑
補助者(親父)→ 前の男(主体)←反対者(後ろの男)
聴き手(後ろの男はどう振る舞うか)
↓
送り手(後ろの男)→言う通りにしたら滑って茶碗を壊した(客体)→ 受け手(前の男)
↑
補助者(なし)→ 後ろの男(主体)←反対者(前の男)
といった行為項モデルが作成できるでしょうか。雪に日に二人の焼物屋が天秤棒で茶碗を担いでいましたが、前の男が滑って茶碗を壊してしまいます。前の男は親の言いつけを守らなかった罰だと話ます。それを聞いた後ろの男は前の男の言った通りにしたら滑って茶碗を壊してしまった。前の男はあべこべに話して聞かせていたという筋立てです。
前の男―後ろの男、前の男―男の親父、といった対立軸が見受けられます。あべこべ/滑るという図式に後ろの男にも茶碗を壊した責任を負わせようとする前の男のずるさが暗喩されています。
◆関係分析
スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。
♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者
という六つの機能が挙げられます。
☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。
これらを元に関係分析をすると、
後ろの男♌♁(-1)―前の男♂♁(-1)―親父☾(♂)
といった風に表記できるでしょうか。茶碗を価値☉と置くと二人の焼物屋はいずれも享受者♁ですが、どちらも滑って壊してしまいますのでマイナスの享受者♁(-1)とも解釈できるでしょうか。後ろの男を主体♌とすると、騙した前の男は対立者♂となります。前の男の父は本来は正しい助言を与えているのですから援助者☾(♂)と置けるでしょう。
◆物語の焦点と発想の飛躍
グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。
この物語の焦点は「前の男の助言で後ろの男はどうなるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「親から言われた事を正反対に伝える」でしょうか。「親父―上り坂/下り坂―前の男―下り坂/上り坂―後ろの男」といった図式です。
◆昔話の創発モデル
下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。
物語の焦点:前の男の助言で後ろの男はどうなるか
↑
発想の飛躍:親から言われた事を正反対に伝える
・前の男―言いつけ/助言―後ろの男
↑
・親父―上り坂/下り坂―前の男―下り坂/上り坂―後ろの男
◆発想の飛躍と概念の操作
発想の飛躍を「常識離れした連想」と仮定しますと、上述した図式の/(スラッシュ)の箇所に特にその意図的に飛躍させた概念の操作が見出せそうです。
呪術的思考に典型的に見られますが、ヒトは本来は繋がりのない切り離されたモノの間にも繋がりを見出すことがあります。それは情報処理におけるエラーです。ですが、科学万能の時代においてもエラーであるはずの呪術的思考が完全には消え去ることがないのは、それが人間特有の思考様式の一部であるからかもしれません。昔話では意図的にエラーを起こすとでも言えるでしょうか。
「二人の焼物屋」では、二人の焼物屋の内、前の男は雪で滑って茶碗を壊してしまいます。それで述懐する風を装って後ろの男に間違った情報を与えます。果たして後ろの男は言われた通りにしてすべって茶碗を壊してしまいます。前の男が親の言いつけをあべこべに伝えていたからですが、これは前の男が責任を後ろの男にも負わせようとしたものと考えられます。
図式では「親父―上り坂/下り坂―前の男―下り坂/上り坂―後ろの男」と表記しています。これを細分化すると「親父―雪道―(上り坂―かかと)/(下り坂―爪先)―前の男―伝達―(下り坂―かかと)/(上り坂―爪先)―後ろの男―真似る―滑る―茶碗―壊れる―後ろの男―責任―分担」となります。つまり、「雪道:かかと/爪先」を転倒させて「茶碗:元/壊れる」と転倒させ、更に「責任:一端/分担」へと転化(転嫁)させるという概念の操作がなされます。これらの連想を一瞬で行っていることになります。
以上のように、本文には現れない概念も重要な要素となっています。形態素解析で抽出したキーワードだけでは解釈を十全に行うことは難しいものと考えられます。連想概念辞書も取り込んだ上で分析する方向に機能改善することが望まれると考えられます。
転倒は一瞬で価値の逆転をもたらすことを可能とする点で濫用は慎むべき類の概念操作ですが、予想外の驚きをもたらす効果を発揮しますので、昔話では好んで用いられるようです。
呪術的思考のような非合理的思考は人間の抱える弱点ですが、昔話においては逆に創造性の源ともなっていると考えることができます。
◆ログライン≒モチーフ
ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。
「二人の焼物屋」ですと「前の男の言ったことを真似したところ、嘘だったので、後ろの男も滑って転んで茶碗を壊してしまった」くらいでしょうか。
◆余談
前の男は後ろの男も滑って転ばせることで、自分だけが転んで茶碗を壊したのではないと既成事実を作ってしまった訳です。
◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)p.398.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)
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