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2024年10月

2024年10月31日 (木)

行為項分析――二人の焼物屋

◆あらすじ

 二人の焼物屋が雪道を天秤棒の後先に茶碗をいっぱい担いで歩いていた。その内に前の男がつるりと滑って転んだので、茶碗はみんな壊れてしまった。男は後ろの男に、これはどうも仕方ない。自分が親の言うことを聞かなかったばかりにこういうことになった。自分が家を出る時、親父は雪道を歩くには、上り坂では爪先きで歩け、下り坂ではかかとで歩けとあれだけ言ってくれたのに。こんなことになるのも、親の言うことを聞かなかった罰だと言った。後ろの男はそれを聞いて、なるほどそういう具合に歩かねばいけないのだなと思った。そして次に下り坂へ向いた時、かかとで歩く様にすると、つるりと滑って茶碗をみんな壊してしまった。前の男は上り坂と下り坂の時をわざと反対に言ったので、そうすると滑る筈だった。

◆モチーフ分析

・二人の焼物屋が天秤棒に沢山の茶碗を担いで歩いていた
・前の男がつるりと滑って転んだので、茶碗はみんな壊れてしまった
・男は後ろの男に、自分が親の言うことを聞かなかったばかりにこういうことになったと言った
・男の親父は雪道を歩くには、上り坂では爪先で歩け、下り坂ではかかとで歩けと言った
・男はこんなことになるので、親の言うことを聞かなかった罰だと言った
・後ろの男はそれを聞いて、なるほどそういう具合に歩かねばいけないのかと思った
・後ろの男は次の下り坂へ向いたとき、かかとで歩く様にすると、つるりと滑って茶碗をみんな壊してしまった
・前の男は上り坂と下り坂の時をわざと反対に言ったのだった

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:前の男
S2:後ろの男
S3:親父

O(オブジェクト:対象)
O1:天秤棒
O2:茶碗
O3:親の言いつけ
O4:雪道
O5:上り坂
O6:下り坂
O7:罰

m(修飾語)
m1:滑った
m2:転んだ
m3:壊れた
m4:全部
m5:爪先で
m6:かかとで
m7:聞いた通りに
m8:あべこべに
m9:わざと

+:接
-:離

・二人の焼物屋が天秤棒に沢山の茶碗を担いで歩いていた
(運搬)S1前の男+S2後ろの男:(S1前の男+S2後ろの男)+(O1天秤棒+O2茶碗)
・前の男がつるりと滑って転んだので、茶碗はみんな壊れてしまった
(滑る)S1前の男:S1前の男+m1滑った
(転ぶ)S1前の男:S1前の男+m2転んだ
(壊す)S1前の男:O2茶碗+(m3壊れた+m4全部)
・男は後ろの男に、自分が親の言うことを聞かなかったばかりにこういうことになったと言った
(会話)S1前の男:S1前の男+S2後ろの男
(親不孝)S1前の男:S1前の男-O3親のいいつけ
・男の親父は雪道を歩くには、上り坂では爪先で歩け、下り坂ではかかとで歩けと言った
(言いつけ)S3親父:S3親父+S1前の男
(言いつけ)S3親父:S1前の男+O4雪道
(言いつけ)S3親父:O5上り坂+m5爪先で
(言いつけ)S3親父:O6下り坂+m6かかとで
・男はこんなことになるので、親の言うことを聞かなかった罰だと言った
(因果)S1前の男:S1前の男+O7罰
・後ろの男はそれを聞いて、なるほどそういう具合に歩かねばいけないのかと思った
(聞く)S2後ろの男:S2後ろの男+S1前の男
(納得)S2後ろの男:O4雪道+m7聞いた通りに
・後ろの男は次の下り坂へ向いたとき、かかとで歩く様にすると、つるりと滑って茶碗をみんな壊してしまった
(真似)S2後ろの男:O6下り坂+m6かかとで
(転ぶ)S2後ろの男:S2後ろの男+m1滑った
(壊す)S2後ろの男:O2茶碗+(m3壊れた+m4全部)
・前の男は上り坂と下り坂の時をわざと反対に言ったのだった
(嘘)S1前の男:S1前の男+(m8あべこべに+m9わざと)

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

    聴き手(後ろの男はどう振る舞うか)
           ↓
送り手(前の男)→父の言いつけを守らなかったため滑った(客体)→ 受け手(後ろの男)
           ↑
補助者(親父)→ 前の男(主体)←反対者(後ろの男)

    聴き手(後ろの男はどう振る舞うか)
           ↓
送り手(後ろの男)→言う通りにしたら滑って茶碗を壊した(客体)→ 受け手(前の男)
           ↑
補助者(なし)→ 後ろの男(主体)←反対者(前の男)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。雪に日に二人の焼物屋が天秤棒で茶碗を担いでいましたが、前の男が滑って茶碗を壊してしまいます。前の男は親の言いつけを守らなかった罰だと話ます。それを聞いた後ろの男は前の男の言った通りにしたら滑って茶碗を壊してしまった。前の男はあべこべに話して聞かせていたという筋立てです。

 前の男―後ろの男、前の男―男の親父、といった対立軸が見受けられます。あべこべ/滑るという図式に後ろの男にも茶碗を壊した責任を負わせようとする前の男のずるさが暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

後ろの男♌♁(-1)―前の男♂♁(-1)―親父☾(♂)

 といった風に表記できるでしょうか。茶碗を価値☉と置くと二人の焼物屋はいずれも享受者♁ですが、どちらも滑って壊してしまいますのでマイナスの享受者♁(-1)とも解釈できるでしょうか。後ろの男を主体♌とすると、騙した前の男は対立者♂となります。前の男の父は本来は正しい助言を与えているのですから援助者☾(♂)と置けるでしょう。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「前の男の助言で後ろの男はどうなるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「親から言われた事を正反対に伝える」でしょうか。「親父―上り坂/下り坂―前の男―下り坂/上り坂―後ろの男」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:前の男の助言で後ろの男はどうなるか
        ↑
発想の飛躍:親から言われた事を正反対に伝える

・前の男―言いつけ/助言―後ろの男
        ↑
・親父―上り坂/下り坂―前の男―下り坂/上り坂―後ろの男

◆発想の飛躍と概念の操作

 発想の飛躍を「常識離れした連想」と仮定しますと、上述した図式の/(スラッシュ)の箇所に特にその意図的に飛躍させた概念の操作が見出せそうです。

 呪術的思考に典型的に見られますが、ヒトは本来は繋がりのない切り離されたモノの間にも繋がりを見出すことがあります。それは情報処理におけるエラーです。ですが、科学万能の時代においてもエラーであるはずの呪術的思考が完全には消え去ることがないのは、それが人間特有の思考様式の一部であるからかもしれません。昔話では意図的にエラーを起こすとでも言えるでしょうか。

 「二人の焼物屋」では、二人の焼物屋の内、前の男は雪で滑って茶碗を壊してしまいます。それで述懐する風を装って後ろの男に間違った情報を与えます。果たして後ろの男は言われた通りにしてすべって茶碗を壊してしまいます。前の男が親の言いつけをあべこべに伝えていたからですが、これは前の男が責任を後ろの男にも負わせようとしたものと考えられます。

 図式では「親父―上り坂/下り坂―前の男―下り坂/上り坂―後ろの男」と表記しています。これを細分化すると「親父―雪道―(上り坂―かかと)/(下り坂―爪先)―前の男―伝達―(下り坂―かかと)/(上り坂―爪先)―後ろの男―真似る―滑る―茶碗―壊れる―後ろの男―責任―分担」となります。つまり、「雪道:かかと/爪先」を転倒させて「茶碗:元/壊れる」と転倒させ、更に「責任:一端/分担」へと転化(転嫁)させるという概念の操作がなされます。これらの連想を一瞬で行っていることになります。

 以上のように、本文には現れない概念も重要な要素となっています。形態素解析で抽出したキーワードだけでは解釈を十全に行うことは難しいものと考えられます。連想概念辞書も取り込んだ上で分析する方向に機能改善することが望まれると考えられます。

 転倒は一瞬で価値の逆転をもたらすことを可能とする点で濫用は慎むべき類の概念操作ですが、予想外の驚きをもたらす効果を発揮しますので、昔話では好んで用いられるようです。

 呪術的思考のような非合理的思考は人間の抱える弱点ですが、昔話においては逆に創造性の源ともなっていると考えることができます。

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「二人の焼物屋」ですと「前の男の言ったことを真似したところ、嘘だったので、後ろの男も滑って転んで茶碗を壊してしまった」くらいでしょうか。

◆余談

 前の男は後ろの男も滑って転ばせることで、自分だけが転んで茶碗を壊したのではないと既成事実を作ってしまった訳です。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)p.398.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年10月30日 (水)

行為項分析――茶碗売りのお爺さん

◆あらすじ

 冬の寒いみぞれの降る日に一人のお爺さんが天秤棒の後先に茶碗を沢山つけて町の中を売り歩いていた。お爺さんはこんな雪の降る日にまで商いをして歩かないでも困るほどではなかったが、働くことの好きなお爺さんは寒い中を出かけたのだった。その内にみぞれはだんだん激しくなって、どうにもこうにも外は歩けないほど酷く降り出した。お爺さんはほとりに大きな呉服屋があったので、軒下に荷を下ろして少し休ませてもらうことにした。店へ入ってみると、ちょうど客もいないので、広い店先に番頭が一人ぽつねんと火鉢に寄りかかっていた。お爺さんは訳を話して少し休ませてくれと頼むと、どうぞ、こっちへ来て手をあぶりなさいと番頭が言った。お爺さんはお礼を言って火鉢で手をあぶりながら番頭と色々な話をした。しばらくして番頭はお前さんはまことに感心にこんな寒い日に商いをして歩くが、滑って茶碗を壊してしまったらどうするかと言った。それはどうも仕方ない。また仕入れて売るとお爺さんは答えた。それではその荷も滑って壊してしまったらどうするか、番頭はにやにや笑いながら言った。仕方ない、もう一度いって貸してもらって売る。では、その荷も壊してしまったらどうする。お爺さんはこいつは人を馬鹿にして、しつこく同じことを訊く奴だと思った。そして、そうなったら仕方ない。あなたの様に人に使ってもらうと言った。番頭は赤い顔をして黙ってしまった。

◆モチーフ分析

・冬の寒いみぞれの降る日に一人のお爺さんが天秤棒に茶碗を沢山つけて町の中を売り歩いていた
・お爺さんはこんな雪の降る日にまで商いをして歩かないでも困らなかったが、働くことが好きなのだった
・みぞれが激しくなって、どうにもこうにも外は歩けない程に酷く降り出した
・ほとりに大きな呉服屋があったので、軒下に荷を下ろして、少し休ませてもらうことにした
・店へ入ってみると、ちょうど客もおらず、店先に番頭が一人ぽつねんと火鉢に寄りかかっていた
・お爺さんは訳を話して少し休ませてくれと頼むと、番頭はこちらへ来て手をあぶりなさいと言った
・お爺さんは礼を言って火鉢で手をあぶりながら番頭と色々な話をした
・番頭はこんな寒い日に商いをして歩くが、滑って茶碗を壊してしまったらどうするかと訊いた
・それは仕方ない、また仕入れて売るとお爺さんは答えた
・それではその荷も壊してしまったらどうするかと番頭は訊いた
・お爺さんはもう一度いって貸してもらって売ると答えた
・では、その荷も壊してしまったらどうすると番頭は訊いた
・お爺さんは、こいつは人を馬鹿にして同じことをしつこく訊く奴だと思った
・お爺さんはそうなったら仕方ない、あなたの様に人に使ってもらうと答えた
・番頭は顔を赤くして黙ってしまった

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:爺さん
S2:番頭

O(オブジェクト:対象)
O1:天秤棒
O2:茶碗
O3:町
O4:商い
O5:みぞれ
O6:呉服屋
O7:客
O8:店先
O9:火鉢

m(修飾語)
m1:冬の
m2:みぞれの降る
m3:寒い
m4:困窮しない
m5:好き
m6:激しい
m7:外出できない
m8:滑った
m9:壊れた
m10:繰り返し
m11:馬鹿にした態度の
m12:しつこい
m13:被用者の
m14:赤面した
m15:沈黙した

T:時

+:接
-:離

・冬の寒いみぞれの降る日に一人のお爺さんが天秤棒に茶碗を沢山つけて町の中を売り歩いていた
(季節)T:T+m1冬の
(天候)T;T+m2みぞれの降る
(物売り)S1爺さん:S1爺さん+(O1天秤棒+O2茶碗)
(所在)S1爺さん:S1爺さん+O3町
・お爺さんはこんな雪の降る日にまで商いをして歩かないでも困らなかったが、働くことが好きなのだった
(気候)T:T+m3寒い
(条件)S1爺さん:S1爺さん-O4商い
(裕福)S1爺さん:S1爺さん+m4困窮しない
(労働志向)S1爺さん:O4商い+m5好き
・みぞれが激しくなって、どうにもこうにも外は歩けない程に酷く降り出した
(天候)T:O5みぞれ+m6激しい
(天候)T:T+m7外出できない
・ほとりに大きな呉服屋があったので、軒下に荷を下ろして、少し休ませてもらうことにした
(存在)O3町:O3町+O6呉服屋
(荷下ろし)S1爺さん:S1爺さん-(O1天秤棒+O2茶碗)
(休憩)S1爺さん:S1爺さん+O6呉服屋
・店へ入ってみると、ちょうど客もおらず、店先に番頭が一人ぽつねんと火鉢に寄りかかっていた
(状態)O6呉服屋:O6呉服屋-O7客
(暖をとる)S2番頭:S2番頭+(O8店先+O9火鉢)
・お爺さんは訳を話して少し休ませてくれと頼むと、番頭はこちらへ来て手をあぶりなさいと言った
(事情説明)S1爺さん:S1爺さん+S2番頭
(暖をとらせる)S2番頭:S1爺さん+O9火鉢
・お爺さんは礼を言って火鉢で手をあぶりながら番頭と色々な話をした
(暖をとる)S1爺さん:S1爺さん+O9火鉢
(会話)S1爺さん:S1爺さん+S2番頭
・番頭はこんな寒い日に商いをして歩くが、滑って茶碗を壊してしまったらどうするかと訊いた
(質問)S2番頭:S2番頭+S1爺さん
(条件)S1爺さん:S1爺さん+m8滑った
(条件)S1爺さん:O2茶碗+m9壊れた
・それは仕方ない、また仕入れて売るとお爺さんは答えた
(諦める)S1爺さん:S1爺さん-O2茶碗
(仕入れ)S1爺さん:S1爺さん+O2茶碗
・それではその荷も壊してしまったらどうするかと番頭は訊いた
(質問)S2番頭:S2番頭+m10繰り返し
・お爺さんはもう一度いって貸してもらって売ると答えた
(回答)S1爺さん:S1爺さん+m10繰り返し
・では、その荷も壊してしまったらどうすると番頭は訊いた
(質問)S2番頭:S2番頭+m10繰り返し
・お爺さんは、こいつは人を馬鹿にして同じことをしつこく訊く奴だと思った
(印象)S1爺さん:S2番頭+m11馬鹿にした態度の
(印象)S1爺さん:S2番頭+m12しつこい
・お爺さんはそうなったら仕方ない、あなたの様に人に使ってもらうと答えた
(諦める)S1爺さん:S1爺さん-O2茶碗
(仮定)S1爺さん:S1爺さん+m13被用者
(指摘)S1爺さん:S2番頭+m13被用者
・番頭は顔を赤くして黙ってしまった
(赤面)S2番頭:S2番頭+m14赤面した
(沈黙)S2番頭:S2番頭+m15沈黙した

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

   聴き手(番頭は爺さんをどう受け入れるか)
           ↓
送り手(爺さん)→天候が悪化して呉服屋で休憩(客体)→ 受け手(番頭)
           ↑
補助者(なし)→ 爺さん(主体)←反対者(なし)

   聴き手(番頭は爺さんをどう受け入れるか)
           ↓
送り手(番頭)→中に入れ暖をとらせる(客体)→ 受け手(爺さん)
           ↑
補助者(なし)→ 番頭(主体)←反対者(なし)

   聴き手(爺さんは番頭の態度をどう思うか)
           ↓
送り手(番頭)→しつこく同じ質問を繰り返す(客体)→ 受け手(爺さん)
           ↑
補助者(なし)→ 番頭(主体)←反対者(爺さん)

   聴き手(番頭は爺さんの切り返しをどう受け入れるか)
           ↓
送り手(爺さん)→番頭のように他人に使われると回答(客体)→ 受け手(番頭)
           ↑
補助者(なし)→ 爺さん(主体)←反対者(番頭)

   聴き手(番頭の態度をどう思うか)
           ↓
送り手(番頭)→赤面して沈黙する(客体)→ 受け手(爺さん)
           ↑
補助者(なし)→ 番頭(主体)←反対者(爺さん)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。冬のみぞれが酷く降る日に商いに出かけた茶碗売りの爺さんは呉服屋で休憩します。呉服屋の番頭は爺さんを迎え入れ暖をとらせます。ところが、番頭は爺さんを下に見て同じ質問をしつこく繰り返してきます。そこで、爺さんは困ったら番頭のように他人に使われると切り返して番頭は黙り込んでしまうという筋立てです。番頭は呉服屋では出世頭ですが、あくまで使われる者に過ぎません。たとえ一人親方であっても自分の方が上と爺さんはマウントを取り返したことになります。

 爺さん―番頭、といった対立軸が見受けられます。同じ仮定/繰り返しの図式に相手を見下した態度が暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

爺さん♌♁―番頭♂♎(-1)

 といった風に表記できるでしょうか。自立することを価値☉と置くと、爺さんはその享受者♁となります。爺さんに対しマウント行為を繰り返す番頭は対立者♂ですが、爺さんの切り返しに己が被用者でしかないことに気づき沈黙します。その点ではマイナスの審判者♎と置けるでしょうか。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「爺さんと番頭のマウント合戦はどう決着するか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「同じ仮定の質問を何度も繰り返して馬鹿にする」「売り物が無くなったら番頭のように他人に使って貰う」でしょうか。「爺さん―茶碗/壊れる―一人親方/被用者―番頭」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:爺さんと番頭のマウント合戦はどう決着するか
        ↑
発想の飛躍:同じ仮定の質問を何度も繰り返して馬鹿にする
      売り物が無くなったら番頭のように他人に使って貰う

・番頭―質問/茶碗―爺さん
      ↑
・番頭―質問/繰り返し/見下す―爺さん
・爺さん―茶碗/壊れる―一人親方/被用者―番頭

◆発想の飛躍と概念の操作

 発想の飛躍を「常識離れした連想」と仮定しますと、上述した図式の/(スラッシュ)の箇所に特にその意図的に飛躍させた概念の操作が見出せそうです。

 呪術的思考に典型的に見られますが、ヒトは本来は繋がりのない切り離されたモノの間にも繋がりを見出すことがあります。それは情報処理におけるエラーです。ですが、科学万能の時代においてもエラーであるはずの呪術的思考が完全には消え去ることがないのは、それが人間特有の思考様式の一部であるからかもしれません。昔話では意図的にエラーを起こすとでも言えるでしょうか。

 「茶碗売りのお爺さん」では、悪天候のため呉服屋で休憩した爺さんを番頭は初めは親切にもてなしますが、やがて同じ質問をしつこく繰り返して馬鹿にした態度をとります。いわばマウント合戦です。そこで、爺さんは幾ら番頭が出世頭でも所詮は被用者に過ぎないと番頭の急所を突いて黙らせます。

 図式では「爺さん―茶碗/壊れる―一人親方/被用者―番頭」と表記しています。これを細分化すると「爺さん―茶碗―仕入れ―売る―雪―滑る―壊れる―売り物―無くなる―一人親方―独立―止める―被用者―番頭―出世頭―呉服屋」となります。つまり、「独立」から廃業して「被用者」つまり「一人親方/使用人」への転倒という概念の操作がなされます。これは「他人に使われるより独立した方がいい」というテーマを生みだします。図式化すると「茶碗が壊れる:売り物/売り物にならない→商売/廃業→独立/使用人」となります。これらの連想を一瞬で行っていることになります。

 「番頭―呉服/茶碗―質問/繰り返し/見下す―爺さん」を展開すると、「番頭―出世頭―呉服屋―仮定―質問―繰り返し―見下す―爺さん―一人親方」となります。出世頭の番頭が一人親方の爺さんを馬鹿にする構図となります。ここで「呉服/茶碗」「出世頭/一人親方」の対立が生じます。

 番頭は「対立」図式を煽ることでマウントをとってきますが、爺さんはこれを「独立/使用人」と転倒させてしまいます。概念操作による逆転劇です。

 以上のように、本文には現れない概念も重要な要素となっています。形態素解析で抽出したキーワードだけでは解釈を十全に行うことは難しいものと考えられます。連想概念辞書も取り込んだ上で分析する方向に機能改善することが望まれると考えられます。

 転倒は一瞬で価値の逆転をもたらすことを可能とする点で濫用は慎むべき類の概念操作ですが、予想外の驚きをもたらす効果を発揮しますので、昔話では好んで用いられるようです。

 呪術的思考のような非合理的思考は人間の抱える弱点ですが、昔話においては逆に創造性の源ともなっていると考えることができます。

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「茶碗売りのお爺さん」ですと「番頭に茶碗が壊れたらどうすると、しつこく訊かれた爺さんはお前の様に他人に使ってもらうと答えると番頭は黙った」くらいでしょうか。

◆余談

 いくら番頭が出世頭と言っても所詮は他人に使ってもらっている立場だ。それより、小規模でも独立した方がいいくらいの意味でしょうか。現代ではフリーランスには新法が制定されるくらい立場が弱いとされていますが。

 よく知りもしない相手を安易に見下すと思わぬしっぺ返しを喰らうという教訓話でもあるでしょうか。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.396-397.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年10月29日 (火)

行為項分析――隅の庄九郎

◆あらすじ

 昔、隅の庄九郎という男が上方へ行った帰りに三隅の辺りで日が暮れた。どこか宿を借りる様な所はないかと思って探したが、家が一軒もない。これは困ったものだと思って仕方なしに歩いていると、川のほとりに一軒の家があった。これはいいことだと思って、日が暮れて泊まるところがないので困っているが、ひとつ泊めてくれないかと言うと、泊めてあげようと言うので泊めてもらった。上へあがって食事を済ませて休んでいると、しばらく経ってから、前の川の中から、今夜も漁に行こうと言うものがある。今夜はどこへ行くかと宿の主人が言うと、今夜は寺の土井の又三郎を取りに行こうと川の中から言った。庄九郎はこれを聞くとびっくりした。どうもこの様子を見ると、この家の主人は人間ではなくえんこうらしいのである。庄九郎は恐ろしくなってぶるぶる震えだした。主人はそれを見ると、お前はそんなに恐れなくてもいい。何、お前は隅の庄九郎といって人のよい男だから取ったりしない。安心して寝るがよい。寺の土井の又三郎という男は川のほとりをびっしり歩き回って川を荒らすから、それで取ってくるというのだと言った。寺の土井の又三郎は津和野の殿さまの言いつけで、いつも堤防を直したり、井堰を作って水を上げたりしていたので、えんこうのいる所が壊されて住みにくくなるので、えんこうたちが取りにいこうとしたのであった。男はそう言って出ていった。しかし、取ることはできなかった模様で、又三郎が川で死んだという話はなく、長生きして沢山の仕事をした。

◆モチーフ分析

・隅の庄九郎という男が上方へ行った帰りに三隅の辺りで日が暮れた
・どこか宿を借りる所はないかと探したが、家が一軒もない
・仕方なしに歩いていると、川のほとりに一軒の家があった
・これはいいと思って、日が暮れて泊まるところがないので困っている、ひとつ泊めてくれないかと頼むと泊めてあげようと言うので泊めてもらった
・上へあがった食事を済ませて休んでいると、前の川の中から今夜も漁に行こうというものがある
・宿の主人が今夜はどこへ行くかと言うと、今夜は寺の土井の又三郎を取りに行こうと川の中から言った
・庄九郎はこれを聞いてびっくりした
・どうもこの家の主人は人間ではなくえんこうらしい
・恐ろしくなった庄九郎はぶるぶる震えだした
・宿の主人はお前は良い男だから取ったりしない、そんなに恐れなくてもいいと答えた
・宿の主人は寺の土井の又三郎は川のほとりを歩き回って川を荒らすから、それで取ってくるのだと言った
・又三郎は津和野の殿さまの言いつけで堤防を直したり井堰を作って水を上げたりしていたので、えんこうのいる所が壊されて住みにくくなって、えんこうたちが取りにいこうとしたのだと言って男は出ていった
・しかし、取ることはできなかった模様で、又三郎が川で死んだという話はなく、長生きして沢山の仕事をした

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:庄九郎
S2:主人(えんこう)
S3:えんこう
S4:又三郎
S5:殿さま

O(オブジェクト:対象)
O1:上方
O2:三隅
O3:宿
O4:家(宿)
O5:川のほとり
O6:川の中(川)
O7:目的
O8:改修

m(修飾語)
m1:日が暮れた
m2:くつろいだ
m3:驚いた
m4:震えた
m5:善良な
m6:荒れた
m7:長命の
m8:多くの

T:時

+:接
-:離

・隅の庄九郎という男が上方へ行った帰りに三隅の辺りで日が暮れた
(帰路)S1庄九郎:S1庄九郎-O1上方
(差し掛かる)S1庄九郎:S1庄九郎+O2三隅
(日没)T:T+m1日が暮れた
・どこか宿を借りる所はないかと探したが、家が一軒もない
(探す)S1庄九郎:S1庄九郎+O3宿
(見当たらず)S1庄九郎:S1庄九郎-O4家
・仕方なしに歩いていると、川のほとりに一軒の家があった
(歩く)S1庄九郎:S1庄九郎+O5川のほとり
(行き当たる)S1庄九郎:S1庄九郎+O4家
・これはいいと思って、日が暮れて泊まるところがないので困っている、ひとつ泊めてくれないかと頼むと泊めてあげようと言うので泊めてもらった
(交渉)S1庄九郎:S1庄九郎+S2主人
(要求)S1庄九郎:S1庄九郎+O4宿
(許可)S2主人:S1庄九郎+O4宿
・上へあがった食事を済ませて休んでいると、前の川の中から今夜も漁に行こうというものがある
(休憩)S1庄九郎:S1庄九郎+m2くつろいだ
(登場)S3えんこう:S3えんこう+O6川の中
・宿の主人が今夜はどこへ行くかと言うと、今夜は寺の土井の又三郎を取りに行こうと川の中から言った
(質問)S2主人:S2主人+S3えんこう
(質問)S2主人:S3えんこう+O7目的
(回答)S3えんこう:S3えんこう+S4又三郎
・庄九郎はこれを聞いてびっくりした
(驚愕)S1庄九郎:S1庄九郎+m3驚いた
・どうもこの家の主人は人間ではなくえんこうらしい
(推測)S1庄九郎:S2主人+S2えんこう
・恐ろしくなった庄九郎はぶるぶる震えだした
(恐怖)S1庄九郎:S1庄九郎+m4震えた
・宿の主人はお前は良い男だから取ったりしない、そんなに恐れなくてもいいと答えた
(評価)S2主人:S1庄九郎+m5善良な
(評価)S2主人:S3えんこう-S1庄九郎
(評価)S2主人:S1庄九郎-m4震えた
・宿の主人は寺の土井の又三郎は川のほとりを歩き回って川を荒らすから、それで取ってくるのだと言った
(評価)S2主人:S4又三郎+O5川のほとり
(評価)S4又三郎:O6川+m6荒れた
(狙う)S2主人:S3えんこう+S4又三郎
・又三郎は津和野の殿さまの言いつけで堤防を直したり井堰を作って水を上げたりしていたので、えんこうのいる所が壊されて住みにくくなって、えんこうたちが取りにいこうとしたのだと言って男は出ていった
(命令)S5殿さま:S5殿さま+S4又三郎
(行動)S4又三郎:O6川+O8改修
(結果)S4又三郎:O6川+m6荒れた
(狙う)S2主人:S3えんこう+S4又三郎
(去る)S2主人:S1庄九郎-S2主人
・しかし、取ることはできなかった模様で、又三郎が川で死んだという話はなく、長生きして沢山の仕事をした
(不発)S3えんこう:S3えんこう-S4又三郎
(長寿)S4又三郎:S4又三郎+m7長命の
(業績)S4又三郎:(O6川+O8改修)+m8多くの

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

   聴き手(宿をとった庄九郎はどうなるか)
           ↓
送り手(庄九郎)→日が暮れたので宿を求める(客体)→ 受け手(主人)
           ↑
補助者(なし)→ 庄九郎(主体)←反対者(なし)

   聴き手(宿をとった庄九郎はどうなるか)
           ↓
送り手(主人)→庄九郎を泊める(客体)→ 受け手(庄九郎)
           ↑
補助者(なし)→ 主人(主体)←反対者(なし)

    聴き手(えんこうの宿だったがどうなるか)
           ↓
送り手(庄九郎)→主人がえんこうと話しているのを聴く(客体)→ 受け手(主人)
           ↑
補助者(なし)→ 庄九郎(主体)←反対者(主人公)

    聴き手(狙われた又三郎ははどうなるか)
           ↓
送り手(えんこう)→又三郎をとろうと話す(客体)→ 受け手(主人)
           ↑
補助者(主人)→ えんこう(主体)←反対者(なし)

    聴き手(主人の発言をどう思うか)
           ↓
送り手(主人)→庄九郎の命はとらないと明言する(客体)→ 受け手(庄九郎)
           ↑
補助者(なし)→ 主人(主体)←反対者(庄九郎)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。三隅の川の話ですので三隅川ではないかと考えられますが、上方から戻ってきた庄九郎が一夜の宿を求めたところ、そこはえんこう(河童)の家でした。川の改修工事を行ってえんこうの住処を荒らす又三郎を獲りに行こうとえんこうが会話をしているのを庄九郎は聴いてしまいますが、宿の主人は庄九郎は無関係だから命はとらないと保証します。その後、えんこうが又三郎の命を獲るのは失敗したようで、又三郎は長生きして多くの改修工事を行ったという筋立てです。

 庄九郎―主人(えんこう)、主人―えんこう、えんこう―又三郎、又三郎―殿さま、といった対立軸が見受けられます。宿/えんこうの家という図式に異界に迷い込んでしまった庄九郎の恐怖が暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

庄九郎♌―主人♂♎―えんこう♁☾(♂)―又三郎☉―殿さま☾(☉)

 といった風に表記できるでしょうか。川の改修工事を行ってえんこうの住処を荒らす又三郎の命を獲ることを価値☉と置くと、えんこうはその享受者♁となります。一方で、えんこうの家という異界に足を踏み入れてしまった庄九郎に対する宿の主人は対立者♂ということになりますが、庄九郎は無関係だからと命をとりません。その点で審判者♎の役割を果たしています。また、えんこうは宿の主人の援助者☾(♂)という面も持ちます。又三郎自身は津和野の殿さまの命で動いていますので、殿さまは又三郎を使役している、ここでは又三郎の援助者☾(☉)と置けます。

 異界に足を踏み入れた庄九郎が生き延びることを価値☉とも置けます。その場合、庄九郎自身が享受者♁ともなります。

 又三郎をえんこうの対立者と置くと、対立者の対立者♂(♂)とも置けるでしょう。その場合、殿さまはその援助者☾(♂(♂))となるといった入れ子構造を描くこともできるかもしれません。

◆ブレモンの複数のシークエンス

 この話は庄九郎の話の筋と又三郎の話の筋が並行的に語られます。その点ではブレモンが指摘するように、複数のシークエンスからなる物語であると指摘できるでしょう。

 日本の昔話は掌編程度のボリュームなので問題になりませんが、長編となるとメインストーリーとサブストーリーが同時並行的に進行します。メインストーリーとサブストーリーとが有機的に絡み合っていると優れた物語と評価される訳です。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「異界に足を踏み入れた庄九郎は生き延びることができるか」「えんこうに命を狙われた又三郎はどうなるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「宿をとったらそこはえんこうの家だった」「川の改修をする又三郎をえんこうが獲りに行こうとする」でしょうか。「庄九郎―宿/異界―主人/えんこう」「又三郎―改修/川―えんこう」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:異界に足を踏み入れた庄九郎は生き延びることができるか
      えんこうに命を狙われた又三郎はどうなるか
        ↑
発想の飛躍:宿をとったらそこはえんこうの家だった
      川の改修をする又三郎をえんこうが獲りに行こうとする

・庄九郎―宿―えんこう
・又三郎―命/狙う―えんこう
      ↑
・庄九郎―宿/異界―主人/えんこう
・又三郎―改修/川―えんこう

◆発想の飛躍と概念の操作

 発想の飛躍を「常識離れした連想」と仮定しますと、上述した図式の/(スラッシュ)の箇所に特にその意図的に飛躍させた概念の操作が見出せそうです。

 呪術的思考に典型的に見られますが、ヒトは本来は繋がりのない切り離されたモノの間にも繋がりを見出すことがあります。それは情報処理におけるエラーです。ですが、科学万能の時代においてもエラーであるはずの呪術的思考が完全には消え去ることがないのは、それが人間特有の思考様式の一部であるからかもしれません。昔話では意図的にエラーを起こすとでも言えるでしょうか。

 「隅の庄九郎」では、一夜の宿をとったつもりが、えんこうの家、つまり異界に足を踏み入れてしまった庄九郎はえんこうたちの企みを聴いてしまいます。そこで庄九郎は無事異界から脱出できるかが物語の焦点となります。また、えんこうが命を狙う又三郎は津和野藩の殿さまの命で三隅の河川の改修工事を手掛けていました。この又三郎の命運も物語の焦点となります。

 図式では「庄九郎―宿/異界―主人/えんこう」と表記しています。これを細分化すると「庄九郎―日―暮れる―川―ほとり―歩く―家―宿―とる―異界―入る/脱出―主人―えんこう―異界―住人」となります。つまり、「主人=えんこう」「宿=えんこうの家」から「日常/異界」への転倒という概念の操作がなされます。これは「異界からの脱出」というテーマを生みだします。図式化すると「一夜の宿:主人/えんこう→えんこう/又三郎→生/死→異界/脱出」となります。これらの連想を一瞬で行っていることになります。

 「又三郎―改修/川―えんこう」の図式は展開すると「津和野藩―殿さま―命令―又三郎―川―堤―堰―改修―えんこう―住処―荒らす―反撃―命―狙う―失敗―長命―多大―業績」となります。又三郎の行った河川の改修工事は異界への干渉となってしまいます。そのため又三郎は命を狙われることとなってしまうのです。「河川の改修工事:異界/干渉→住処/荒れる→生/死」と図示化されるでしょうか。業務として行った工事が「異界/日常」と転倒されて「日常→異界」と異界への日常の浸食となり、又三郎の「生/死」の転倒の危険をもたらすのです。つまり、転倒の連鎖という概念操作によって物語が組み立てられていく訳です。または、「河川の改修工事:自然/人為→反撃→生/死」でもいいでしょうか。自然と人為の「対立」がカウンターとなる反撃を生み、生が死へと「転倒」される危機を生むのです。

 以上のように、本文には現れない概念も重要な要素となっています。形態素解析で抽出したキーワードだけでは解釈を十全に行うことは難しいものと考えられます。連想概念辞書も取り込んだ上で分析する方向に機能改善することが望まれると考えられます。

 転倒は一瞬で価値の逆転をもたらすことを可能とする点で濫用は慎むべき類の概念操作ですが、予想外の驚きをもたらす効果を発揮しますので、昔話では好んで用いられるようです。

 呪術的思考のような非合理的思考は人間の抱える弱点ですが、昔話においては逆に創造性の源ともなっていると考えることができます。

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「隅の庄九郎」ですと「又三郎は川の改修工事でえんこうに恨まれていたが、長生きして業績を残した」くらいでしょうか。

◆余談

 人間にとっては有益な又三郎の仕事も、えんこうにとっては川を荒らす行為だったのです。ここでは又三郎が陰の主役でしょうか。三隅川が舞台の伝説と考えられますが、『石見の民話』では昔話に分類されているようです。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.394-395.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年10月28日 (月)

行為項分析――七人小屋

◆あらすじ

 昔、七人の者が山の奥へ入って、小屋をかけて仕事をしていた。年の暮れになって、皆は年をとりに家へ帰ることになった。しかし、誰かあとに残って小屋番する者がいなければならないので、一人が残った。しかし皆が帰ってしまってたった一人になると心細くなった。その内に夕方になった。人里離れた山の中の小屋にたった一人いると、四十ばかりくらいの女の人がやって来た。山小屋のことだから戸は無いので、戸口にはただむしろが下げてあるばかりだった。女はそれを上げて内へ入ると、ぼた餅をこしらえてきたから食べなさいと言ってぼた餅をのぞけた。男はぼた餅が大好きであった。しかし、こんな山の奥へ見たこともない者がぼた餅を持ってくるのはおかしいと思って、自分はぼた餅はいらないから持って帰ってくれと言って、とうとう食べなかったので、女は帰っていった。しばらくすると、女は今度は茄子(なす)を持ってきて、それではこれを買ってくださいと言う。正月だから茄子のある頃ではないので、これは本当の茄子ではあるまいと思って、いらないと言った。ところが女はどうでも買ってくれと言って聞かない。そこで言い争いをしているところへ、大きな目玉をした、長い髪の真っ白い老人がやってきて、ドサッと座った。そして大きな目玉でギョロギョロ睨みまわしたので、女は出ていってしまった。自分はお前の氏神だ。今ついて帰れ。今きた女はこの奥に堤(つつみ)があるが、その主が化けてきたのだから、自分について帰れば助かるとその人は言った。男はホッとして何もかもほったらかしたまま、すぐその老人について帰った。老人の後ろは明るくて道がよく見えた。一気に家の側まで帰ったとき、氏神さまはパッと見えなくなってしまった。それから男はそこへ氏神さまの祠をこしらえて、お祀りした。

◆モチーフ分析

・七人の者が山奥へ入って小屋をかけて仕事をしていた
・年の暮れになって皆は家へ帰ることになった
・誰かあとに残って小屋番する者がいなければならないので、一人が残った
・皆が帰って一人きりになると心細くなった
・人里離れた山の中の小屋にたった一人でいると、四十くらいの女の人がやって来た
・女は戸口のむしろを上げて中へ入ると、ぼた餅をこしらえたから食べなさいと言った
・男はぼた餅が大好きであったが、こんな山奥へ見たこともない者がぼた餅を持ってくるのはおかしいと思って、自分はぼた餅はいらないから持って帰ってくれと言った
・男はとうとう食べなかったので、女は帰っていった
・女は今度は茄子を持ってきて、これを買ってくださいと言う
・正月だから茄子のある頃ではないので、これも本当の茄子ではないと思っていらないと言った
・女はどうしても買ってくれと言って聞かない
・言い争いしているところへ大きな目玉をした長い髪の真っ白い老人が来てドサッと座った
・老人が大きな目玉でギョロギョロ睨みまわすと女は出ていってしまった
・老人は自分はお前の氏神だが、今ついて帰れ。今来た女はこの奥の堤の主が化けてきた。自分について帰れば助かると言った
・男はホッとして何もかもほったらかしたまま、すぐ老人について帰った
・老人の後ろは明るく道がよく見えた
・一気に家の側まで帰ったとき、氏神はパッと見えなくなった
・男はそこへ氏神の祠をこしらえてお祀りした

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:七人
S1':男
S2:女(堤の主)
S3:老人(氏神)

O(オブジェクト:対象)
O1:山奥
O2:小屋
O3:仕事
O4:家
O5:小屋番
O6:むしろ
O7:ぼた餅
O8:茄子
O9:道
O10:祠

m(修飾語)
m1:年の暮れ
m2:一人きり
m3:心細い
m4:四十くらいの
m5:中へ
m6:不審な
m7:白い
m8:座った
m9:睨まれた
m10:安堵した
m11:周囲が明るい
m12:よく見える
m13:見えない

T:時

+:接
-:離

・七人の者が山奥へ入って小屋をかけて仕事をしていた
(入山)S1七人:S1七人+O1山奥
(小屋がけ)S1七人:S1七人+O2小屋
(働く)S1七人:S1七人+O3仕事
・年の暮れになって皆は家へ帰ることになった
(年末)T:T+m1年の暮れ
(帰省)S1七人:S1七人+O4家
・誰かあとに残って小屋番する者がいなければならないので、一人が残った
(居残り)S1'男:S1七人-S1'男
(留守番)S1'男:S1'男+O5小屋番
・皆が帰って一人きりになると心細くなった
(孤独)S1'男:S1'男+m2一人きり
(不安)S1'男:S1'男+m3心細い
・人里離れた山の中の小屋にたった一人でいると、四十くらいの女の人がやって来た
(滞在)S1'男:O2小屋+m2一人きり
(来訪)S2女:S2女+O2小屋
(年齢)S2女:S2女+m4四十くらいの
・女は戸口のむしろを上げて中へ入ると、ぼた餅をこしらえたから食べなさいと言った
(入室)S2女:O2小屋+m5中へ
(勧める)S2女:S1'男+O7ぼた餅
・男はぼた餅が大好きであったが、こんな山奥へ見たこともない者がぼた餅を持ってくる
のはおかしいと思って、自分はぼた餅はいらないから持って帰ってくれと言った
(好物)S1'男:S1'男+O7ぼた餅
(不審)S1'男:S2女+m6不審な
(拒否)S1'男:S1'男-O7ぼた餅
(要求)S1'男:S2女-O2小屋
・男はとうとう食べなかったので、女は帰っていった
(去る)S2女:S2女-O2小屋
・女は今度は茄子を持ってきて、これを買ってくださいと言う
(持参)S2女:S2女+O8茄子
(要求)S2女:S1'男+O8茄子
・正月だから茄子のある頃ではないので、これも本当の茄子ではないと思っていらないと言った
(不審)S1'男:O8茄子+m6不審な
(拒否)S1'男:S1'男-O8茄子
・女はどうしても買ってくれと言って聞かない
(強要)S2女:S1'男+O8茄子
・言い争いしているところへ大きな目玉をした長い髪の真っ白い老人が来てドサッと座った
(言い争い)S1'男:S1'男+S2女
(来訪)S3老人:S3老人+O2小屋
(居座る)S3老人:S3老人+(m5中へ+m8座った)
(状態)S3老人:S3老人+m7白い
・老人が大きな目玉でギョロギョロ睨みまわすと女は出ていってしまった
(睨む)S3老人:S3老人+S2女
(睨む)S3老人:S2女+m9睨まれた
(去る)S2女:S2女-O2小屋
・老人は自分はお前の氏神だが、今ついて帰れ。今来た女はこの奥の堤の主が化けてきた。自分について帰れば助かると言った
(正体を明かす)S3老人:S3老人+S3氏神
(同道要求)S3老人:S1'男+S3老人
(正体を明かす)S3老人:S2女+S2堤の主
(逃がす)S3老人:S1'男-S2堤の主
・男はホッとして何もかもほったらかしたまま、すぐ老人について帰った
(安堵)S1'男:S1'男+m10安堵した
(同道)S1'男:S1'男-O2小屋
(同道)S1'男:S1'男+S3老人
・老人の後ろは明るく道がよく見えた
(状態)S3老人:S3老人+m11周囲が明るい
()S1'男:O9道+m12よく見える
・一気に家の側まで帰ったとき、氏神はパッと見えなくなった
(到着)S1'男:S1'男+O4家
(消失)S1'男:S1'男-S3老人
(消失)S1'男:S3老人+m13見えない
・男はそこへ氏神の祠をこしらえてお祀りした
(祭祀)S1'男:S1'男+O10祠
(祭祀)S1'男:O10祠+S3氏神

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

   聴き手(独りで居残った男はどうなるか)
           ↓
送り手(七人)→一人を番として小屋に残す(客体)→ 受け手(男)
           ↑
補助者(男)→ 七人(主体)←反対者(なし)

      聴き手(女は何者か)
           ↓
送り手(女)→ぼた餅や茄子を勧める(客体)→ 受け手(男)
           ↑
補助者(なし)→ 女(主体)←反対者(男)

      聴き手(女の狙いは何か)
           ↓
送り手(男)→拒否して揉める(客体)→ 受け手(女)
           ↑
補助者(なし)→ 男(主体)←反対者(女)

      聴き手(老人は何者か)
           ↓
送り手(老人)→女を追い返す(客体)→ 受け手(女)
           ↑
補助者(なし)→ 老人(主体)←反対者(女)

      聴き手(狙われた男は助かるか)
           ↓
送り手(老人)→小屋から連れ出し帰宅させる(客体)→ 受け手(男)
           ↑
補助者(なし)→ 老人(主体)←反対者(なし)

     聴き手(氏神の祭祀をどう思うか)
           ↓
送り手(男)→祠を建てて祭祀する(客体)→ 受け手(老人)
           ↑
補助者(老人)→ 男(主体)←反対者(なし)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。山奥で仕事をしていた七人の男たちが年末に帰省することになりました。小屋の番で男が一人だけ残ることとなりました。するとm知らぬ女が訪ねてきて、ぼた餅や茄子を勧めます。不審に思った男は拒否しますが、女と言い争いになります。そこに老人が入って来て女を睨むと女は退散します。老人は氏神で女は堤の主が化けたものでした。老人の案内に従って男は無事家まで辿りつきます。男は祠を建てて氏神を祀ったという筋立てです。

 七人―男、男―女(堤の主)、女―老人(氏神)、男―老人(氏神)、といった対立軸が見受けられます。ぼた餅/茄子の図式に見知らぬ者からモノを安易に受け取ってはならないという教えが暗喩されているでしょうか。白/老人という図式には老人がその地の氏神であり、善なる超自然的存在であることが暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

男♌♁―女♂―老人♎☾(☉)―七人☾(♌)

 といった風に表記できるでしょうか。女(堤の主)の魔の手から逃れることを価値☉と置くと、小屋番の男はその享受者♁となります。男にあれこれとモノを勧める女は堤の主が化けて命を狙ったものですから対立者♂となります。それを阻止する老人は全体の状況を把握しており男の逃亡を助けますので、審判者♎および援助者☾(☉)と置けるでしょう。仲間の七人(六人)は直接物語に関わってきませんが、ここでは男の援助者☾(♌)としておきます。

◆元型分析

 氏神はユングの元型(アーキタイプ)として解釈すると老賢者(the old wise man)とおけるでしょうか。西洋では老賢者は森の隠者としてしばしば描かれます。氏神は超自然的な力の象徴でありますが、ここでは長髪で白い姿と描写されています。白はおそらく善性を象徴するものでしょう。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「山奥で独り小屋番をしている男はどうなるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「阻止に入ってきた老人が男の氏神だった」でしょうか。「男―老人/氏神―女/堤の主」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:山奥で独り小屋番をしている男はどうなるか
        ↑
発想の飛躍:阻止に入ってきた老人が男の氏神だった

・男―ぼた餅/茄子―女
      ↑
・男―老人/氏神―女/堤の主

◆発想の飛躍と概念の操作

 発想の飛躍を「常識離れした連想」と仮定しますと、上述した図式の/(スラッシュ)の箇所に特にその意図的に飛躍させた概念の操作が見出せそうです。

 呪術的思考に典型的に見られますが、ヒトは本来は繋がりのない切り離されたモノの間にも繋がりを見出すことがあります。それは情報処理におけるエラーです。ですが、科学万能の時代においてもエラーであるはずの呪術的思考が完全には消え去ることがないのは、それが人間特有の思考様式の一部であるからかもしれません。昔話では意図的にエラーを起こすとでも言えるでしょうか。

 「七人小屋」では、年の暮れに山奥の小屋で独り番をすることになった男の許に見知らぬ女が訪ねてきてぼた餅や茄子といったものをあれこれと勧めます。不審に思って拒否すると言い争いになります。そこに老人が入ってくると、女を睨んで退散させます。老人は氏神で女は堤の主でした。堤の主の狙いは男を捕食することでしょう。ただ、「捕食」という概念そのものは作中に出てきません。隠された意図なのです。ぼた餅や茄子そのものに特殊性は感じられませんから、どう解釈したものか難しいところです。毒でも仕込まれていたのでしょうか。

 図式では「男―ぼた餅/茄子―女」と表記しています。これを細分化すると「男―年の暮れ―山奥―独り―小屋―番―来訪―ぼた餅―好物―茄子―勧める―不審―拒否―言い争い―老人―闖入―睨む―退散―女―堤の主」となります。つまり、これらの連想を一瞬で行っていることになります。

 山奥という周囲から隔絶された状況で年の暮れとい旧年と新年とをまたぐ境界上の時刻が訪れます。「年の暮れ―旧年―境/曖昧―秩序/乱れ―新年―魔性―跋扈―女―来訪」という風に連想が展開できます。そのときを狙って女(堤の主)が現れ、男の好物を差し出して男を誘惑します。年の暮れという境界上の時刻で「秩序/乱れ」という「転倒」を行い、魔性のものを来訪させ、男の抱える孤独につけこんで誘惑する、つまり男の感情を揺り動かすことで男の生を死へと「転倒」させようとする試み、つまり、操作された概念で状況設定することで次なる概念の操作の着手とその阻止が見受けられます。図式化すると「年の暮れ:境界上の時刻/来訪→孤独/誘惑→生/死」となります。

 氏神の救出とその後については「氏神―守り神―睨む―女―堤の主―退散―男―小屋―脱出―到着―家―祠―建立」と展開できるでしょうか。「氏神/堤の主」の図式で善なる超自然的存在と悪の超自然的存在を対比させています。その点では「善/悪―阻止/誘惑―救出/捕食」という図式とも見ることができるでしょう。超自然的存在には善なる存在も悪の存在もいて、不幸にも悪の存在に遭遇した際には信仰心が救いとなるという教えを含んでいるとも考えられます。また、祠を建立して祀ることで氏神に感謝を捧げる行為も語られています。祠の祭祀の起源を説明した由来譚とも見なせます。

 以上のように、本文には現れない概念も重要な要素となっています。形態素解析で抽出したキーワードだけでは解釈を十全に行うことは難しいものと考えられます。連想概念辞書も取り込んだ上で分析する方向に機能改善することが望まれると考えられます。

 転倒は一瞬で価値の逆転をもたらすことを可能とする点で濫用は慎むべき類の概念操作ですが、昔話では好んで用いられるようです。

 呪術的思考のような非合理的思考は人間の抱える弱点ですが、昔話においては逆に創造性の源ともなっていると考えることができます。

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「七人小屋」ですと「山奥で独り小屋番をしていて堤の主に狙われた男だったが、氏神の導きで無事だった」くらいでしょうか。

◆余談

 私だと口が卑しいですので、ぼた餅を食べてしまうところですが、そうしたらどうなるのでしょう。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.391-393.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年10月27日 (日)

行為項分析――五人小屋

◆あらすじ

 昔、奥山に仕事に入ってはいけないという山があった。ところが五人の木挽(こび)きが、何故人が入ってはいけないというのか、そんな馬鹿なことはないと言うので、五人連れでその山へ入って行った。木挽きたちはどんどん入って、そこで仕事をすることになり、小屋をかけて泊まった。夕飯を炊いて食べ、そま(斧)を枕元において寝た。その内に四人の木挽きはいびきをぐうぐうかいて寝入ってしまった。ところが一人の男はどうした訳かなかなか寝つかれない。すると、どこからともなく蝶々が一羽飛んできた。蝶は一人の男の鼻の周りをくるくる廻りはじめた。これはどうしたことだろうと思って見ている内に、その男の鼻からぷうっと血が出てきた。すると蝶は次の男のところへ行って、また鼻のほとりをくるくる廻りはじめた。見ていると、また鼻からぷうっと血が噴き出した。そして、とうとう四人とも鼻から血を出してしまった。男はこれはいけないと思って、他の男を起こしてみると、皆死んでいた。男は恐ろしくなって逃げ出さねばいけないと思ったが、そまを持って蝶を切ってやろうと思って、そまを振り回して蝶々に切ってかかった。しかし蝶々はひらひら身をかわして、なかなかそまが当たらない。その内にくたびれて息が弾んできた。そこで外へ逃げだそうとすると、戸口から御弊をかついだお爺さんが入ってきた。やれしもうた、自分は所の氏神だが、もう少し早く来ようと思ったが、他のところへ出かけていて一足遅れたばかりに四人を死なせてしまった。済まないことをしたが、お前は自分について来い。自分について来れば助かると言ってお爺さんが先に立って歩き出した。男はお爺さんについて山を出たので助かった。それで、所の氏神さまというのは大事にしなければいけない。

◆モチーフ分析

・奥山に仕事に入ってはいけない山があった
・五人の木挽きが何故人が入ってはいけないのか、そんな馬鹿なことはないと言って五人連れでその山へ入った
・そこで仕事をすることになり、小屋をかけて泊まった
・夕飯を炊いて食べ、そまを枕元に置いて寝た
・四人の木挽きはぐうぐういびきをかいて寝入ってしまった
・一人の男はどうした訳かなかなか寝付かれない
・どこからともなく蝶々が一羽飛んできた
・蝶は一人の男の鼻の周りをくるくる廻りはじめた
・その男の鼻からぷうっと血が出てきた
・蝶は次の男のところへ行って、また鼻のほとりをくるくる廻りはじめた
・またぷうっと鼻血が噴き出した
・とうとう四人とも鼻から血を出してしまった
・これはいけないと思った男は他の四人を起こしてみると、皆死んでいた
・男は逃げ出さねばいけないと思ったが、そまを振り回して蝶々に切ってかかった
・蝶はひらひら身をかわして、なかなかそまが当たらない
・くたびれて息が弾んできた
・外へ逃げだそうとすると、戸口から御弊をかついだお爺さんが入ってきた
・自分は所の氏神だが、他所へ出かけていて一足遅れたばかりに四人を死なせてしまった。お前は自分について来いとお爺さんは言った
・お爺さんが先に立って歩きだした
・男はお爺さんについて山を出たので助かった
・ところの氏神さまは大事にしなければいけない

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:五人の木挽き
S1':四人の木挽き
S1'':男
S2:蝶
S3:爺さん(氏神)

O(オブジェクト:対象)
O1:山奥
O2:ある山
O3:仕事
O4:小屋
O5:宿泊
O6:夕食
O7:斧
O8:鼻血
O9:御幣

m(修飾語)
m1:禁足地の
m2:枕元に
m3:寝た
m4:寝付けない
m5:くるくると
m6:まずい
m7:死んだ
m8:疲弊した
m9:遅参した
m10:先頭に立って
m11:生還した
m12:大事に

X:人々

+:接
-:離

・奥山に仕事に入ってはいけない山があった
(禁足地)O1山奥:O1山奥+O2ある山
(禁足地)O2ある山:O2ある山+m1禁足地の
・五人の木挽きが何故人が入ってはいけないのか、そんな馬鹿なことはないと言って五人連れでその山へ入った
(禁止の侵犯)S1五人の木挽き:S1五人の木挽き-m1禁足地の
(入山)S1五人の木挽き:S1五人の木挽き+O2ある山
・そこで仕事をすることになり、小屋をかけて泊まった
(労働)S1五人の木挽き:S1五人の木挽き+O3仕事
(小屋掛け)S1五人の木挽き:S1五人の木挽き+O4小屋
(宿泊)S1五人の木挽き:S1五人の木挽き+O5宿泊
・夕飯を炊いて食べ、そまを枕元に置いて寝た
(夕食)S1五人の木挽き:S1五人の木挽き+O6夕食
(用心)S1五人の木挽き:O7斧+m2枕元に
(就寝)S1五人の木挽き:S1五人の木挽き+m3寝た
・四人の木挽きはぐうぐういびきをかいて寝入ってしまった
(就寝)S1'四人の木挽き:S1'四人の木挽き+m3寝た
・一人の男はどうした訳かなかなか寝付かれない
(寝付けず)S1''男:S1''男+m4寝付けない
・どこからともなく蝶々が一羽飛んできた
(来訪)S2蝶:S2蝶+O4小屋
・蝶は一人の男の鼻の周りをくるくる廻りはじめた
(旋回)S2蝶:S2蝶+S1'四人の木挽き
(旋回)S2蝶:S1'四人の木挽き+m5くるくると
・その男の鼻からぷうっと血が出てきた
(出血)S1'四人の木挽き:S1'四人の木挽き+O8鼻血
・蝶は次の男のところへ行って、また鼻のほとりをくるくる廻りはじめた
(旋回)S2蝶:S2蝶+S1'四人の木挽き
(旋回)S2蝶:S1'四人の木挽き+m5くるくると
・またぷうっと鼻血が噴き出した
(出血)S1'四人の木挽き:S1'四人の木挽き+O8鼻血
・とうとう四人とも鼻から血を出してしまった
(出血)S1'四人の木挽き:S1'四人の木挽き+O8鼻血
・これはいけないと思った男は他の四人を起こしてみると、皆死んでいた
(危機感)S1''男:S1''男+m6まずい
(起こす)S1''男:S1''男+S1'四人の木挽き
(全員死亡)S1''男:S1'四人の木挽き+m7死んだ
・男は逃げ出さねばいけないと思ったが、そまを振り回して蝶々に切ってかかった
(危機感)S1''男:S1''男-S2蝶
(装備)S1''男:S1''男+O7斧
(攻撃)S1''男:O7斧+S2蝶
・蝶はひらひら身をかわして、なかなかそまが当たらない
(回避)S2蝶:S2蝶-O7斧
・くたびれて息が弾んできた
(疲弊)S1''男:S1''男+m8疲弊した
・外へ逃げだそうとすると、戸口から御弊をかついだお爺さんが入ってきた
(脱出)S1''男:S1''男-O4小屋
(闖入)S3爺さん:S3爺さん+O4小屋
(持参)S3爺さん:S3爺さん+O9御幣
・自分は所の氏神だが、他所へ出かけていて一足遅れたばかりに四人を死なせてしまった。お前は自分について来いとお爺さんは言った
(説明)S3爺さん:S3爺さん+S3氏神
(外出)S3爺さん:S3爺さん-O1山奥
(遅参)S3爺さん:S3爺さん+m9遅参した
(死なせた)S3爺さん:S1'四人の木挽き+m7死んだ
(誘導)S3爺さん:S3爺さん+S1''男
・お爺さんが先に立って歩きだした
(脱出)S3爺さん:S3爺さん+m10先頭に立って
・男はお爺さんについて山を出たので助かった
(追う)S1''男:S3爺さん+S1''男
(脱出)S1''男:S1''男-O2ある山
(解放)S1''男:S1''男+m11生還した
・ところの氏神さまは大事にしなければいけない
(教訓)X:S3氏神+m12大事に

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

   聴き手(禁じられた山に入った木挽きたちはどうなるか)
           ↓
送り手(木挽き)→禁足地の山に入る(客体)→ 受け手(木挽き)
           ↑
補助者(なし)→ 木挽き(主体)←反対者(なし)

    聴き手(生き残りの木挽きはどうなるか)
           ↓
送り手(蝶)→鼻の周りを飛び回って命を奪う(客体)→ 受け手(四人の木挽き)
           ↑
補助者(なし)→ 蝶(主体)←反対者(木挽き)

    聴き手(木挽きの反撃でどうなるか)
           ↓
送り手(木挽き)→斧で反撃する(客体)→ 受け手(蝶)
           ↑
補助者(なし)→ 木挽き(主体)←反対者(蝶)

    聴き手(生き残った木挽きはどうなるか)
           ↓
送り手(氏神)→木挽きを導いて脱出(客体)→ 受け手(木挽き)
           ↑
補助者(なし)→ 氏神(主体)←反対者(蝶)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。禁足地とされた山に入った五人の木挽きたちは小屋を建てて仕事を始めます。その夜、寝入ったところに蝶が飛んできて木挽きたちの鼻の周りを飛び回ると、鼻血が出てそのまま死んでしまいました。生き残った一人は斧で反撃しますが、蝶はひらひらと飛び回るため当たりません。そこに氏神がやって来て、遅参したことを詫びながらも生き残りの木挽きを連れて脱出するという筋立てです。

 五人の木挽き―禁足地の山、四人の木挽き―蝶、生き残りの木挽き―蝶、生き残りの木挽き―氏神、といった対立軸が見受けられます。鼻血/死という図式には鼻の穴から魂を抜かれて絶命するという魔物の恐ろしさが暗喩されているでしょうか。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

生き残りの木挽き♌♁―蝶♂―四人の木挽き☾(♌)♁(-1)―氏神☾(♌)♎

 といった風に表記できるでしょうか。魔性の蝶から逃れて生き残ることを価値☉と置くと、生き残りの木挽きは享受者♁となります。一方で命を奪われた四人の木挽きたちはマイナスの享受者♁(-1)と置けるでしょうか。木挽きたちは仕事仲間なので援助者☾(♌)とも置けるでしょう。正体不明の蝶は対立者♂と置けます。救出に現れる氏神は援助者☾(♌)と置けますし、生き残りの木挽きを無事脱出させますので審判者♎とも置けるでしょうか。

◆元型分析

 氏神はユングの元型(アーキタイプ)として解釈すると老賢者(the old wise man)とおけるでしょうか。西洋では老賢者は森の隠者としてしばしば描かれます。氏神は超自然的な力の象徴でありますが、ここでは魔性の蝶に襲われた木挽きたちを救出するために登場します。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「正体不明の蝶に襲われた木挽きたちはどうなるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「蝶が鼻のまわりをくるくる回ると鼻血が出て死んでしまう」「氏神が救出に入る」でしょうか。「蝶―鼻血/死―木挽き」「氏神―御幣/蝶―木挽き」といった図式です。御幣で蝶を制したとは語られていませんが、そう解釈しても大きく的外れではないでしょう。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:正体不明の蝶に襲われた木挽きたちはどうなるか
        ↑
発想の飛躍:蝶が鼻のまわりをくるくる回ると鼻血が出て死んでしまう

・木挽き―小屋/蝶―山/禁足地
      ↑
・蝶―鼻血/死―木挽き
・氏神―御幣/蝶―木挽き

◆発想の飛躍と概念の操作

 発想の飛躍を「常識離れした連想」と仮定しますと、上述した図式の/(スラッシュ)の箇所に特にその意図的に飛躍させた概念の操作が見出せそうです。

 呪術的思考に典型的に見られますが、ヒトは本来は繋がりのない切り離されたモノの間にも繋がりを見出すことがあります。それは情報処理におけるエラーです。ですが、科学万能の時代においてもエラーであるはずの呪術的思考が完全には消え去ることがないのは、それが人間特有の思考様式の一部であるからかもしれません。昔話では意図的にエラーを起こすとでも言えるでしょうか。

 「五人小屋」では、「入るな」と禁じられた山に五人の木挽きたちが入って仕事をします。ところが、その晩、木挽きたちは正体不明の蝶に襲われて四人までもが落命してしまいます。生き残った木挽きは反撃するも当たらず、遅参した氏神に導かれてようやく脱出します。

 図式では「蝶―鼻血/死―木挽き」と表記しています。これを細分化すると「蝶―正体―不明―鼻―周り―飛ぶ―魂―抜かれる―鼻血―出る―死ぬ―四人―木挽き」となります。倒置しますと、鼻血は魂が抜かれたことの証となります。つまり、これらの連想を一瞬で行っていることになります。

 ここでは、「入るな」という禁止の概念を侵犯という概念により「破綻」させ、正体不明つまり魔性の蝶を登場させることで禁を破った木挽きたちを死に至らしめます。つまり、禁止という概念を破綻させることにより木挽きたちの生を死へと転倒させるという概念の操作を行っている訳です。まとめると「ある概念を破綻させることで別の概念を転倒させる」技法が用いられていることとなります。図式化すると「禁足地:禁止/侵犯→生/死」となります。これは強烈な教訓となります。

 氏神の救出については「氏神―守り神―遅参―御幣―牽制―魔性―蝶―導く―生き残り―木挽き―脱出」と展開できるでしょうか。「氏神/蝶」の図式で善なる超自然的存在と悪の超自然的存在を対比させています。その点では「善/悪―超自然/存在―救出/襲撃」という図式とも見ることができるでしょう。超自然的存在には善なる存在も悪の存在もいて、不幸にも悪の存在に遭遇した際には信仰心が救いとなるという教えを含んでいるとも考えられます。

 以上のように、本文には現れない概念も重要な要素となっています。形態素解析で抽出したキーワードだけでは解釈を十全に行うことは難しいものと考えられます。連想概念辞書も取り込んだ上で分析する方向に機能改善することが望まれると考えられます。

 転倒は一瞬で価値の逆転をもたらすことを可能とする点で濫用は慎むべき類の概念操作ですが、昔話では好んで用いられるようです。

 呪術的思考のような非合理的思考は人間の抱える弱点ですが、昔話においては逆に創造性の源ともなっていると考えることができます。

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「五人小屋」ですと「禁足地で人を殺す蝶に遭遇した五人の木挽きたちは四人までが殺されてしまった」くらいでしょうか。

◆余談

 石見の民話では珍しく怖い話です。蝶の正体は明らかにされません。その山に入ることが禁じられていたという理由づけになっています。蝶は思いのほか飛ぶのが速く、カメラでは上手く追えません。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.389-390.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年10月26日 (土)

行為項分析――うぐいす

◆あらすじ

 昔、娘がいた。何遍も婿をもらったが皆じきに帰ってしまう。ところが、また婿に来ようという男があった。娘は自分は月に一度ずつ町へ遊びに行くが、それが承知ならもらおうと言った。男はそれを承知で来た。娘は初めの話の様に毎月一度、町へ行くといって出ていったが、出る時、自分の留守に土蔵の二階を見てはいけないと言った。男は一体何があるのだろうと思うと見たくてたまらなくなった。そして壁に梯子(はしご)を立てかけ、そっと窓から覗いてみた。中には色々な木の花がいっぱい咲いていて、うぐいすが一羽、ほうほけきょう、ほうほけきょうと鳴きながら枝から枝へ飛んでいた。娘は町から帰ると、お前は自分があれだけ言っておいたのに、土蔵の二階を見てしまった。すぐ出ていけと言った。男は仕方なしに帰っていった。娘は町へ行くといって土蔵の二階へ上がって、うぐいすになって遊んでいたのだ。娘はやがてうぐいすになってしまった。うぐいすは元は娘であったそうだ。

◆モチーフ分析

・娘がいて何遍も婿をもらったが皆じきに帰ってしまう
・また婿に来ようという男があった
・娘は月に一度町へ遊びに行くが、それを承知ならもらおうと言った
・男は承知で来た
・娘は初めの話の様に毎月一度、町へ行くといって出ていった
・出る時、自分の留守に土蔵の二階を見てはいけないと言った
・男は見たくてたまらなくなった
・壁に梯子を立てかけ、窓からそっと覗いた
・中には色々な木の花が咲いていて、うぐいすが一羽、ほうほけきょうと鳴きながら枝から枝へ飛んでいた
・娘は町から帰ると、あれだけ言っておいたのに土蔵の二階を見た。すぐ出ていけと言った
・男は仕方なしに帰った
・娘は町へ行くといって土蔵の二階へ上がって、うぐいすになって遊んでいた
・娘はやがてうぐいすになってしまった
・うぐいすは元は娘であった

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:娘
S2:婿
S3:男

O(オブジェクト:対象)
O1:結婚
O2:離縁
O3:町
O4:土蔵
O5:梯子
O6:窓
O7:木の花

m(修飾語)
m1:何度も
m2:月一で
m3:説明通りに
m4:不在時に
m5:元は

+:接
-:離

・娘がいて何遍も婿をもらったが皆じきに帰ってしまう
(結婚)S1娘:S1娘+S2婿
(結婚)S1娘:O1結婚+m1何度も
(離縁)S2婿:S1娘-S2婿
(離縁)S1娘:O2離縁+m1何度も
・また婿に来ようという男があった
(縁談)S3男:S1娘+S3男
・娘は月に一度町へ遊びに行くが、それを承知ならもらおうと言った
(習慣)S1娘:S1娘+O3町
(習慣)S1娘:O3町+m2月一で
(条件)S3男:S1娘+O3町
(条件)S1娘:S1娘+S3男
・男は承知で来た
(承諾)S3男:S3男+S1娘
・娘は初めの話の様に毎月一度、町へ行くといって出ていった
(外出)S1娘:S1娘+O3町
(外出)S1娘:O3町+m2月一で
(外出)S1娘:O3町+m3説明通りに
・出る時、自分の留守に土蔵の二階を見てはいけないと言った
(禁止)S1娘:S1娘+m4不在時に
(禁止)S1娘:S3男-O4土蔵
・男は見たくてたまらなくなった
(欲求)S3男:S3男+O4土蔵
・壁に梯子を立てかけ、窓からそっと覗いた
(覗き)S3男:S3男+O4土蔵
・中には色々な木の花が咲いていて、うぐいすが一羽、ほうほけきょうと鳴きながら枝から枝へ飛んでいた
(光景)O4土蔵:O4土蔵+O7木の花
(光景)O4土蔵:S1うぐいす+O7木の花
・娘は町から帰ると、あれだけ言っておいたのに土蔵の二階を見た。すぐ出ていけと言った
(帰宅)S1娘:S1娘-O3町
(指摘)S1娘:S3男+O4土蔵
(離縁)S娘:S3男-S1娘
・男は仕方なしに帰った
(承諾)S3男:S3男-S1娘
・娘は町へ行くといって土蔵の二階へ上がって、うぐいすになって遊んでいた
(説明)S1娘:S1娘+O3町
(説明)S1娘:S1娘+O4土蔵
(説明)S1娘:S1うぐいす+O4土蔵
・娘はやがてうぐいすになってしまった
(変身)S1娘:S1娘+S1うぐいす
・うぐいすは元は娘であった
(由来)S1うぐいす:S1娘+m5元は

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

    聴き手(娘の行動の動機は何か)
           ↓
送り手(娘)→幾人もの婿を追い返す(客体)→ 受け手(婿)
           ↑
補助者(なし)→ 娘(主体)←反対者(婿)

    聴き手(婿入りした男はどうなるか)
           ↓
送り手(男)→土蔵を覗かないことを条件に婿入り(客体)→ 受け手(娘)
           ↑
補助者(なし)→ 男(主体)←反対者(なし)

    聴き手(婿入りした男はどうなるか)
           ↓
送り手(男)→土蔵を覗いてしまう(客体)→ 受け手(うぐいす)
           ↑
補助者(なし)→ 男(主体)←反対者(娘)

    聴き手(離縁した娘はどうなるか)
           ↓
送り手(娘)→約束を破ったので離縁する(客体)→ 受け手(男)
           ↑
補助者(なし)→ 娘(主体)←反対者(男)

    聴き手(うぐいすと化した娘をどう思うか)
           ↓
送り手(娘)→変身したままとなる(客体)→ 受け手(うぐいす)
           ↑
補助者(なし)→ 娘(主体)←反対者(なし)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。何人もの婿をとっては離縁してしまう娘がいました。新たに男が娘の外出中に土蔵を覗かないことを条件に婿入りします。果たして月に一度の町への外出の日、男は娘の留守中に土蔵の二階を覗いてしまいます。そこには別世界が広がっており、うぐいすが飛んでいました。娘は町から戻ってくると、約束を破ったことを理由に男を離縁してしまいます。うぐいすの正体は娘でした。娘はとうとううぐいすと化してしまったという筋立てです。

 娘―婿、娘(うぐいす)―男、娘―うぐいす、といった対立軸が見受けられます。土蔵/木の花という図式に土蔵を覗いた男は異界を垣間見たことが暗喩されています。娘/うぐいすという図式には、娘はやがて異界の住民として取り込まれてしまったことが暗喩されているでしょうか。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

男♌♁(±)―娘♂☉♎―婿♁(±)

 といった風に表記できるでしょうか。娘との婚姻を価値☉と置くと、男や婿たちは享受者となります。ただ、いずれも禁止を侵犯して離縁されてしまいますので、マイナスの享受者♁ともおけるかもしれません。ここではプラスマイナス(±)と置きます。結婚に条件をつけて、その違反で離縁する娘は対立者♂でもあり審判者♎ともなります。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「土蔵を覗かないという約束を破った男はどうなるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「土蔵の二階に異界が広がっている」「娘がうぐいすになる」でしょうか。「男―土蔵/別世界―うぐいす/娘」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:土蔵を覗かないという約束を破った男はどうなるか
        ↑
発想の飛躍:土蔵の二階に異界が広がっている
      娘がうぐいすになる

・娘―禁止/土蔵―男
     ↑
・男―土蔵/別世界―うぐいす/娘

◆発想の飛躍と概念の操作

 発想の飛躍を「常識離れした連想」と仮定しますと、上述した図式の/(スラッシュ)の箇所に特にその意図的に飛躍させた概念の操作が見出せそうです。

 呪術的思考に典型的に見られますが、ヒトは本来は繋がりのない切り離されたモノの間にも繋がりを見出すことがあります。それは情報処理におけるエラーです。ですが、科学万能の時代においてもエラーであるはずの呪術的思考が完全には消え去ることがないのは、それが人間特有の思考様式の一部であるからかもしれません。昔話では意図的にエラーを起こすとでも言えるでしょうか。

 「うぐいす」では、娘の不在中には土蔵の二階を決して見ないことを条件に婿となることを許された男が禁止を破って覗いてしまいます。そこには別世界が広がっており、男はうぐいすが飛んでいるのを目撃します。うぐいすの正体は娘だったため、禁止を侵犯した男は離縁されてしまいます。娘はその内うぐいすと化してしまったという、うぐいすの由来譚となっています。

 図式では「男―土蔵/別世界―うぐいす/娘」と表記しています。これを細分化すると「娘―外出―不在―土蔵―二階―出入り―少ない―覗く―別世界―木の花―うぐいす―禁止―侵犯―離縁―娘」となります。つまり、これらの連想を一瞬で行っていることになります。

 ここでは、「見るな」という禁止の概念を侵犯により「破綻」させ、婚姻という概念を破綻という概念に転倒させてしまっています(※「破綻」という言葉を一文の中で異なる用法で使っているので紛らわしいですが)。つまり、概念を破綻させることにより転倒させている訳です。図式化すると「うぐいす+土蔵:禁止/侵犯→婚姻/破綻」となります。

 また、娘はうぐいすと化してヒトに戻ることはなかったとされています。これは「娘―美しい―美声―鳥―うぐいす―異界―遊ぶ―戻れなくなる―変身」という連想によるものでしょうか。故にうぐいすでなければならない訳です。娘はやがて異界の住人となり、うぐいすと化してしまう訳です。「娘―異界―うぐいす」から「娘=うぐいす」へと転換されてしまう訳です。

 土蔵は普段は人が出入りしない場所で、その二階に異界が広がっている描写は「土蔵―人―出入り―少ない―空間―異界」と連想され、「土蔵≒異界」と転換される形で概念が操作されます。異界へ滞在し続けることで、やがて異界に取り込まれてしまうのです。

 以上のように、本文には現れない概念も重要な要素となっています。形態素解析で抽出したキーワードだけでは解釈を十全に行うことは難しいものと考えられます。連想概念辞書も取り込んだ上で分析する方向に機能改善することが望まれると考えられます。

 転倒は一瞬で価値の逆転をもたらすことを可能とする点で濫用は慎むべき類の概念操作ですが、昔話では好んで用いられるようです。

 呪術的思考のような非合理的思考は人間の抱える弱点ですが、昔話においては逆に創造性の源ともなっていると考えることができます。

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「うぐいす」ですと「見るなの禁止を破った婿は娘から追放された」くらいでしょうか。

◆余談

 見るなの座敷型の話です。ここでは旅人ではなく婿が登場します。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.387-388.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年10月25日 (金)

行為項分析――みんみん蝉

◆あらすじ

 昔、嫁と姑があった。あるとき針が無くなったので姑は嫁にお前は知らないかと言った。嫁は「見ん」と言った。それでも姑はお前が取ったのだろうといって、とうとう責め殺した。嫁は死んで蝉(せみ)になった。それで今でも、みん、みん、と言って鳴くのだそうである。

◆モチーフ分析

・嫁と姑がいた
・あるとき針が無くなったので、姑は嫁に知らないかと言った
・嫁は見んと言った
・姑は嫁が取ったのだろうと言って責め殺した
・嫁は死んで蝉になった
・それで今でも、みん、みんと言って鳴く

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:嫁(蝉)
S2:姑

O(オブジェクト:対象)
O1:針

m(修飾語)
m1:死んだ
m2:みんみんと

X:どこか

+:接
-:離

・嫁と姑がいた
(存在)X:S1嫁+S2姑
・あるとき針が無くなったので、姑は嫁に知らないかと言った
(紛失)S2姑:S2姑-O1針
(質問)S2姑:S2姑+S1嫁
・嫁は見んと言った
(不知)S1嫁:S1嫁-O1針
・姑は嫁が取ったのだろうと言って責め殺した
(決めつけ)S2姑:S1嫁+O1針
(責め殺す)S2姑:S2姑+S1嫁
・嫁は死んで蝉になった
(変身)S1嫁:S1蝉+m1死んだ
・それで今でも、みん、みんと言って鳴く
(習性)S1蝉:S1蝉+m2みんみんと

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

    聴き手(嫁はどう答えるか)
           ↓
送り手(姑)→紛失した針の在処を訊く(客体)→ 受け手(嫁)
           ↑
補助者(なし)→ 姑(主体)←反対者(嫁)

    聴き手(嫁の回答に姑はどうするか)
           ↓
送り手(嫁)→見ないと答える(客体)→ 受け手(姑)
           ↑
補助者(なし)→ 嫁(主体)←反対者(姑)

    聴き手(死んだ嫁はどうなるか)
           ↓
送り手(姑)→針を奪ったと責め殺す(客体)→ 受け手(嫁)
           ↑
補助者(なし)→ 姑(主体)←反対者(嫁)

    聴き手(みんみん蝉の由来をどう思うか)
           ↓
送り手(嫁)→みんみん蝉となる(客体)→ 受け手(蝉)
           ↑
補助者(なし)→ 嫁(主体)←反対者(なし)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。嫁と姑がいましたが、姑は疑り深かったようです。あるとき姑が針を紛失してしまい、嫁に在処を訊きます。嫁は「見ん(見ない)」と答えますが、姑は嫁が盗ったのだろうと決めつけて責め殺してしまいます。嫁は蝉に転生し、みんみんと鳴くようになったという筋立てです。

 嫁―姑、姑―針、嫁―針、嫁―蝉、といった対立軸が見受けられます。見ん/蝉の図式に死んで転生した後も己の無実を訴える嫁の姿が暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

嫁♌♁(-1)―姑♂♁♎

 といった風に表記できるでしょうか。針を価値☉と置くと、姑は享受者♁となります。嫁を主体♌と置くと、姑は対立者となりますが♂、嫁が盗ったと決めつけて責め殺してしまいますので、審判者♎とも置けます。嫁は本来なら姑の援助者☾のポジションのはずですが、逆に責め殺されてしまいますので、マイナスの享受者♁(-1)と置くこともできるでしょう。

◆フェミニズム分析

 フェミニズムで嫁姑の問題をどう扱っているか知りませんが、このお話では姑が優位に立っているものと考えられます。姑は無くした針を嫁が盗ったと決めつけますので、認知症かもしれません。対する嫁は蝉に転生して「見ん」と無実を訴えることしかできないところに置かれた立場の弱さが窺えます。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「姑の理不尽に嫁はどうなるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「嫁が蝉に転生する」でしょうか。「姑―責め殺す/転生―蝉/嫁」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:姑の理不尽に嫁はどうなるか
        ↑
発想の飛躍:嫁が蝉に転生する

・姑―針―紛失/見ん―嫁
       ↑
・姑―責め殺す/転生―蝉/嫁

◆発想の飛躍と概念の操作

 発想の飛躍を「常識離れした連想」と仮定しますと、上述した図式の/(スラッシュ)の箇所に特にその意図的に飛躍させた概念の操作が見出せそうです。

 呪術的思考に典型的に見られますが、ヒトは本来は繋がりのない切り離されたモノの間にも繋がりを見出すことがあります。それは情報処理におけるエラーです。ですが、科学万能の時代においてもエラーであるはずの呪術的思考が完全には消え去ることがないのは、それが人間特有の思考様式の一部であるからかもしれません。昔話では意図的にエラーを起こすとでも言えるでしょうか。

 「みんみん蝉」では、疑り深い姑は無くした針を嫁が盗ったと決めつけて責め殺してしまいます。殺された嫁は蝉に転生して「みんみん」と無実を訴え続けるという由来譚となっています。「見ん(見ない)」が「みんみん」に転化されている訳です。

 図式では「姑―針―紛失/見ん―嫁」「姑―責め殺す/転生―蝉/嫁」と表記しています。これを細分化すると「姑―針―紛失―詰問―嫁―見ん―盗った―決めつけ―殺害―転生―蝉―みんみん―鳴く」となります。つまり、これらの連想を一瞬で行っていることになります。

 「見ん」から「みんみん」となります。「見ん」から意味が剥奪され「みん」となり、それが繰り返されて「みん+みん」となり「みんみん」となる。つまり、意味の剥奪と繰り返しおよび結合を表す概念の操作が見出せます。

 「姑―責め殺す/転生―蝉/嫁」からは「責める―殺害―人間―転生―蝉―みんみん―見ん見ん―無実―訴え」と展開されます。「殺害/転生=人間/蝉」の図式となり、「殺害:死→別の生」つまり「死/転生」と転倒する概念操作も行われています。

 以上のように、本文には現れない概念も重要な要素となっています。形態素解析で抽出したキーワードだけでは解釈を十全に行うことは難しいものと考えられます。連想概念辞書も取り込んだ上で分析する方向に機能改善することが望まれると考えられます。

 転倒は一瞬で価値の逆転をもたらすことを可能とする点で濫用は慎むべき類の概念操作ですが、昔話では好んで用いられるようです。

 呪術的思考のような非合理的思考は人間の抱える弱点ですが、昔話においては逆に創造性の源ともなっていると考えることができます。

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「みんみん蝉」ですと「疑り深い姑に針をとったと責め殺された嫁はミンミンゼミに転生して無実を訴え続けた」くらいでしょうか。

◆余談

 亡くなった母方の祖母が呆けて疑り深くなりました。財布がないと言って叔母を責めたのだそうです。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)p.386.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年10月24日 (木)

行為項分析――猿と蟹

◆あらすじ

 昔、猿と蟹(かに)がいた。餅が食べたいと言うので二人で相談して、猿は臼と杵(きね)を借りに行き、蟹は餅米を貰ってくることにした。蟹は約束どおりに餅米を貰ってきた、猿は臼をかついで帰ってきたが、杵は無かったから、ひとつ今度は蟹がいって借りてきてくれと言った。蟹が杵を借りに行くと、猿はその間に杵をとり出して、自分だけで餅をついて、それを持って逃げてしまった。蟹はあちこち歩いて、ようやく杵を借りて帰った。みると臼と杵があるばかりで餅米は無くなり、猿の姿は見えない。どこに行ったのだろうと思って探してみると、猿は高い木の上に登って、一人で美味そうに餅を食べていた。餅をおくれ。一人でとって逃げてはずるいと蟹が言った。やるからここへ登って来いと猿は言った。蟹は木に登ろうと思って一生懸命やってみたが、どうしても登ることができない。猿は笑いながらむしゃむしゃ食べて見せた。蟹は悔しくてたまらない。しかし幾らやっても滑って登ることができないので困っていると、ちょうどそこへ酷い風がどっと吹いてきた。そして猿が持っていた餅をみな吹き飛ばしてしまった。蟹は大急ぎで餅を拾って穴の中へ入った。猿は下りて来て穴の前から餅をおくれ、自分一人で食べてしまってはずるいと言った。蟹はこの中へ入って来いと言った。そして美味そうに餅を食べて見せた。猿は穴の中へ入ろうとしたが、穴が小さいので入ることができない。顔から入ろうとすると蟹が挟んだので、猿はびっくりして顔を引っ込めた。それで猿の顔は真っ赤になった。猿は今度は尻の方から入ろうと思って尻をのぞけた。蟹はまた尻を挟んだ。あいたた、猿はびっくりして尻を引っ込めた。それで尻も真っ赤になった。

◆モチーフ分析

・猿と蟹がいた
・餅が食べたいので猿は臼と杵を借り、蟹は餅米を貰ってくることにした
・蟹は約束どおり餅米を貰ってきた
・猿が臼をかついで帰ってきたが杵が無かったから、蟹が借りてきてくれと言った
・猿は蟹が杵を借りに行くと、その間に杵を取り出して一人で餅をついて、餅を持って逃げてしまった
・蟹はあちこち歩いてようやく杵を借りて帰った
・みると臼と杵があるばかりで猿の姿は見えない
・探してみると、猿は木の上に登って一人で餅を食べていた
・一人で取って逃げてはずるい、餅をおくれと蟹は言った
・やるからここへ登ってこいと猿は言った
・蟹は木に登ろうとしたが、どうしても登ることができない
・そこへ風がどっと吹いて、猿が持っていた餅をみな吹き飛ばしてしまった
・蟹は大急ぎで餅を拾って穴の中へ入った
・猿は木から下りて穴ノ前から餅をおくれと言った
・蟹は穴の中へ入ってこいと言って、餅を美味しそうに食べてみせた
・猿は穴の中へ入ろうとしたが、穴が小さいので入ることができない
・顔から入ろうとするとかにが挟んだので、猿はびっくりして顔を引っ込めた
・それで猿の顔は真っ赤になった
・今度は尻の方から入ろうとしたが、蟹が尻を挟んだ
・猿はびっくりして尻を引っ込めた
・それで尻も真っ赤になった

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:猿
S2:蟹

O(オブジェクト:対象)
O1:餅
O2:臼
O3:杵
O4:餅米
O5:木の上
O6:風
O7:穴
O8:顔
O9:尻

m(修飾語)
m1:約束を守った
m2:ずるい
m3:小さい
m4:びっくりした
m5:真っ赤な

X:どこか

+:接
-:離

・猿と蟹がいた
(存在)X:S1猿+S2蟹
・餅が食べたいので猿は臼と杵を借り、蟹は餅米を貰ってくることにした
(食欲)(S1猿+S2蟹):(S1猿+S2蟹)+O1餅
(貸借)S1猿:S1猿+(O2臼+O3杵)
(貸借)S2蟹:S2蟹+O4餅米
・蟹は約束どおり餅米を貰ってきた
(貰う)S2蟹:S2蟹+O4餅米
(状態)S2蟹:S2蟹+m1約束を守った
・猿が臼をかついで帰ってきたが杵が無かったから、蟹が借りてきてくれと言った
(接触)S1猿:S1猿+S2蟹
(入手)S1猿:S1猿+O2臼
(入手できず)S1猿:S1猿-O3杵
(依頼)S1猿:S2蟹+O3杵
・猿は蟹が杵を借りに行くと、その間に杵を取り出して一人で餅をついて、餅を持って逃げてしまった
(離脱)S2蟹:S1猿-S2蟹
(取り出し)S1猿:S1猿+O3杵
(餅つき)S1猿:(O2臼+O3杵+O4餅米)+O1餅
(入手)S1猿:S1猿+O1餅
(離脱)S1猿:S2蟹-S1猿
・蟹はあちこち歩いてようやく杵を借りて帰った
(貸借)S2蟹:S2蟹+O3杵
・みると臼と杵があるばかりで猿の姿は見えない
(確認)S2蟹:S2蟹+(O2臼+O3杵)
(不在)S2蟹:S2蟹-S1猿
・探してみると、猿は木の上に登って一人で餅を食べていた
(探す)S2蟹:S2蟹+S1猿
(隔離)S2蟹:S1猿+O5木の上
(独占)S1猿:S1猿+O1餅
・一人で取って逃げてはずるい、餅をおくれと蟹は言った
(非難)S2蟹:S1猿+m2ずるい
(要求)S2蟹:S2蟹+O1餅
・やるからここへ登ってこいと猿は言った
(譲渡)S1猿:S2蟹+O1餅
(要求)S1猿:S2蟹+O5木の上
・蟹は木に登ろうとしたが、どうしても登ることができない
(登れず)S2蟹:O5木の上-S2蟹
・そこへ風がどっと吹いて、猿が持っていた餅をみな吹き飛ばしてしまった
(突風)O6風:S1猿-O1餅
・蟹は大急ぎで餅を拾って穴の中へ入った
(拾う)S2蟹:S2蟹+O1餅
(退避)S2蟹:S2蟹+O7穴
・猿は木から下りて穴ノ前から餅をおくれと言った
(降りる)S1猿:S1猿-O5木の上
(覗く)S1猿:S1猿+O7穴
(要求)S1猿:S1猿+O1餅
・蟹は穴の中へ入ってこいと言って、餅を美味しそうに食べてみせた
(要求)S2蟹:S1猿+O7穴
(食す)S2蟹:S2蟹+O1餅
・猿は穴の中へ入ろうとしたが、穴が小さいので入ることができない
(入れず)S1猿:O7穴-S1猿
(状態)O7穴:O7穴+m3小さい
・顔から入ろうとするとかにが挟んだので、猿はびっくりして顔を引っ込めた
(接近)S1猿:O7穴+O8顔
(攻撃)S2蟹:S2蟹+O8顔
(離脱)S1猿:O7穴-O8顔
(状態)S1猿:S1猿+m4びっくりした
・それで猿の顔は真っ赤になった
(状態)S1猿:O8顔+m5真っ赤な
・今度は尻の方から入ろうとしたが、蟹が尻を挟んだ
(接近)S1猿:O7穴+O9尻
(攻撃)S2蟹:S2蟹+O9尻
・猿はびっくりして尻を引っ込めた
(離脱)S1猿:O7穴-O9尻
・それで尻も真っ赤になった
(状態)S1猿:O9尻+m5真っ赤な

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

   聴き手(猿と蟹の餅つきはどうなるか)
           ↓
送り手(猿)→餅つきを提案(客体)→ 受け手(蟹)
           ↑
補助者(なし)→ 猿(主体)←反対者(なし)

   聴き手(騙された蟹はどうなるか)
           ↓
送り手(猿)→杵がないと騙す(客体)→ 受け手(蟹)
           ↑
補助者(なし)→ 猿(主体)←反対者(蟹)

   聴き手(餅を独占された蟹はどうするか)
           ↓
送り手(猿)→木に登って餅を独占(客体)→ 受け手(蟹)
           ↑
補助者(なし)→ 猿(主体)←反対者(蟹)

   聴き手(偶然、餅を入手した蟹はどうするか)
           ↓
送り手(猿)→風で餅を落としてしまう(客体)→ 受け手(蟹)
           ↑
補助者(なし)→ 猿(主体)←反対者(風)

   聴き手(餅を奪われた猿はどうするか)
           ↓
送り手(蟹)→餅を持ちを拾って穴に隠れる(客体)→ 受け手(猿)
           ↑
補助者(なし)→ 蟹(主体)←反対者(猿)

   聴き手(爪で挟まれた猿はどうなるか)
           ↓
送り手(蟹)→穴に入ろうとした猿を挟む(客体)→ 受け手(猿)
           ↑
補助者(なし)→ 蟹(主体)←反対者(猿)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。餅つきをすることにした猿と蟹ですが、猿は臼と杵を調達した後で、餅米を携えて戻ってきた蟹に杵がないと嘘をついて餅米を奪い、杵を借りにいった蟹の不在の間に餅をついて木の上に登って独占してしまいます。猿に騙された蟹は文句をつけますが、猿は木の上にいるので手が出せません。ところがそこに風が吹いて状況は逆転します。風で落ちた餅を拾った蟹は穴の中に逃げてしまいます。猿が穴の中に入ろうとすると、蟹は爪で猿の顔や尻を挟んで妨害します。そのため猿の顔や尻は赤くなったという筋立てです。

 猿―蟹、臼と杵―餅米、猿―餅、蟹―餅、木の上―穴の中、といった対立軸が見受けられます。木の上/風という図式は優位な状況だったのが突然の出来事で一瞬にして形勢逆転してしまう状況を暗喩しています。木に登った故に風によって餅を落としてしまう訳です。

※グレマスは行為者の意思が物語を駆動すると考えていた節があって、行為項分析では意思に関わりのない自然現象などは除外されます。ここでは、偶然の風が状況の逆転をもたらしたということで、猿にとっては反対者、蟹にとっては補助者と見ることも可能だという視点を提示します。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

猿♌♁―蟹♂♁☾(♌)

 といった風に表記できるでしょうか。餅を食べることを価値☉と置くと、猿も蟹も享受者♁となります。猿を主体♌と置くと、蟹は対立者♂となりますが、餅つきを分担するという点では援助者☾という側面も持つと考えられます。審判者♎は登場しないと考えてよいでしょうか。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「猿と蟹との餅の争奪戦はどうなるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「風が吹いて餅がみな落ちてしまう」「猿の顔と尻が赤くなってしまう」でしょうか。「餅―独占/落下―風」「猿―顔/尻―赤/挟む―蟹」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:猿と蟹との餅の争奪戦はどうなるか
        ↑
発想の飛躍:風が吹いて餅がみな落ちてしまう
      猿の顔と尻が赤くなってしまう

・猿―餅―蟹
    ↑
・餅―独占/落下―風
・猿―顔/尻―赤/挟む―蟹

◆発想の飛躍と概念の操作

 発想の飛躍を「常識離れした連想」と仮定しますと、上述した図式の/(スラッシュ)の箇所に特にその意図的に飛躍させた概念の操作が見出せそうです。

 呪術的思考に典型的に見られますが、ヒトは本来は繋がりのない切り離されたモノの間にも繋がりを見出すことがあります。それは情報処理におけるエラーです。ですが、科学万能の時代においてもエラーであるはずの呪術的思考が完全には消え去ることがないのは、それが人間特有の思考様式の一部であるからかもしれません。昔話では意図的にエラーを起こすとでも言えるでしょうか。

 「猿と蟹」では、穴の中に隠れた蟹によって猿は顔と尻を挟まれてしまい、そのために猿の顔と尻は真っ赤になってしまったと結論づけています。本来であれば、一時的に赤くなるだけのはずですが、それ以降、猿の顔と尻は常に赤くなったと常態化を説明した由来譚となっています

 図式では「猿―顔/尻―赤/挟む―蟹」と表記しています。これを細分化すると「猿―穴―入れず―顔―尻―差し込む―挟む―真っ赤―爪―蟹―穴―隠れた―餅―独占」となります。つまり、これらの連想を一瞬で行っていることになります。

 「猿―穴―入れず―顔―尻―差し込む―挟む―真っ赤―爪―蟹―穴―隠れた―餅―独占」から「猿:顔/尻→真っ赤:一時/常態」と状態の転倒を表す概念の操作が見出せます。

 つまり、由来譚においては本来は一時的な変化だったものが常態化する風に状況が転倒してしまう。そういった概念の操作がなされることで物事の成り立ちを説明しようとしていることとなります。

 以上のように、本文には現れない概念も重要な要素となっています。形態素解析で抽出したキーワードだけでは解釈を十全に行うことは難しいものと考えられます。連想概念辞書も取り込んだ上で分析する方向に機能改善することが望まれると考えられます。

 呪術的思考のような非合理的思考は人間の抱える弱点ですが、昔話においては逆に創造性の源ともなっていると考えることができます。

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「猿と蟹」ですと「餅を独占しようと木に登った猿だったが、風が吹いて落ちて蟹に拾われてしまい、穴の中に隠れられたので餅をみな失ってしまった」くらいでしょうか。

◆余談

 猿と蟹なので猿蟹合戦を連想しましたが、猿と蟹だけのお話でした。風が突発的に吹くことで餅が落下し、一発逆転の状況となるのも面白さの源となっています。

 「転倒」という概念操作は価値観の逆転を一瞬でもたらす効果を発揮しますので、安易に用いるべきものではないのですが、それ故に昔話の発想の飛躍においては好んで用いられると考えることができます。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.383-385.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年10月23日 (水)

行為項分析――雀とけら

◆あらすじ

 昔々、雀(すずめ)とけら(きつつき)は姉妹であった。親が病気で危篤になったので早く来いという知らせがあった。雀はそれを聞くと着の身着のまま飛んでいった。しかし、けらは自分は今着物がないから、着物をおってからでないといけないと言って着物をおってから行った。それで親の死に目にあうことができなかった。雀はすぐ飛んでいったので、親は喜んで、お前はよく早くきてくれたから、下の原に人がいれば上の原へ行って食え、上の原に人がいれば下の原へ行って食えと言った。それで雀は今でも地味な着物を着ているが、百姓の作ったつくり初穂を食っている。けらは派手な着物を着ているが、そういうことをした罰(ばち)で、枯れ木をコンコンコーンとつついて、虫をとって食べている。

◆モチーフ分析

・雀とけらは姉妹であった
・親が病気で危篤なので早く来いという知らせがあった
・雀は着の身着のままで飛んでいった
・けらは今着物がないから、着物をおってから行った
・それで親の死に目にあうことができなかった
・雀はすぐ飛んでいったので、親は喜んだ
・雀は地味な着物を着ているが、百姓の作った初穂を食べている
・けらは派手な着物を着ているが、枯れ木をコンコンつついて虫をとって食べている

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:雀
S2:けら
S3:親

O(オブジェクト:対象)
O1:着物
O2:死に目
O3:初穂
O4:虫

m(修飾語)
m1:姉妹の
m2:危篤の
m3:着の身着のまま
m4:喜んだ
m5:地味な

X:誰か

+:接
-:離

・雀とけらは姉妹であった
(関係)S1雀:S2けら+m1姉妹の
・親が病気で危篤なので早く来いという知らせがあった
(状態)S3親:S3親+m2危篤の
(召喚)X:S3親+(S1雀+S2けら)
・雀は着の身着のままで飛んでいった
(見舞い)S1雀:S1雀+S3親
(状態)S1雀:S1雀+m3着の身着のまま
・けらは今着物がないから、着物をおってから行った
(欠如)S2けら:S2けら-O1着物
(織る)S2けら:S2けら+O1着物
(見舞い)S2けら:S2けら+S3親
・それで親の死に目にあうことができなかった
(立ち会えず)S2けら:S2けら-O2死に目
・雀はすぐ飛んでいったので、親は喜んだ
(立ち会う)S1雀:S1雀+O2死に目
(喜び)S3親:S3親+m4喜んだ
・雀は地味な着物を着ているが、百姓の作った初穂を食べている
(状態)S1雀:O1着物+m5地味な
(美食)S1雀:S1雀+O3初穂
・けらは派手な着物を着ているが、枯れ木をコンコンつついて虫をとって食べている
(粗食)S2けら:S2けら+O4虫

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

   聴き手(姉妹の関係はどうなるか)
           ↓
送り手(雀)→姉妹である(客体)→ 受け手(けら)
           ↑
補助者(なし)→ 雀(主体)←反対者(なし)

   聴き手(非常事態に姉妹はどうするか)
           ↓
送り手(誰か)→親が危篤と伝達(客体)→ 受け手(雀、けら)
           ↑
補助者(なし)→ 誰か(主体)←反対者(なし)

   聴き手(雀の行動はどういう結果となるか)
           ↓
送り手(雀)→着の身着のまま駆けつける(客体)→ 受け手(親)
           ↑
補助者(なし)→ 雀(主体)←反対者(なし)

   聴き手(けらの行動はどういう結果となるか)
           ↓
送り手(けら)→着物をおってから見舞う(客体)→ 受け手(親)
           ↑
補助者(なし)→ けら(主体)←反対者(なし)

   聴き手(雀の親孝行をどう感じるか)
           ↓
送り手(親)→初穂を食べることを許す(客体)→ 受け手(雀)
           ↑
補助者(なし)→ 親(主体)←反対者(なし)

   聴き手(けらの親不孝をどう感じるか)
           ↓
送り手(親)→虫を食べることを命じる(客体)→ 受け手(けら)
           ↑
補助者(なし)→ 親(主体)←反対者(けら)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。雀とけら(キツツキ)は姉妹だった。親の危篤が伝えられ、雀は着の身着のままで駆けつけます。一方で、けらは着物をおってから見舞います。結果、雀は親の死に目に会えましたが、けらは間に合いませんでした。それで親は雀には稲の初穂を食べてもよいとし、けらには木をつついて虫を食べることを命じたという筋立てです。

 雀―けら、雀―けら―誰か、雀―親、けら―親、といった対立軸が見受けられます。初穂/虫の図式に親孝行/親不孝のもたらす結末が暗喩されています。身なりにこだわらなかった雀と身なりにこだわったけらとで結末が異なる訳です。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

雀♌♁―けら♂♁(-1)―親♎―誰か☾(♎)

 といった風に表記できるでしょうか。親孝行を価値☉と置くと、親の死に目に会えた雀は身なりは質素なものの稲の初穂を食べることを許されますので享受者♁となります。一方で親不孝により木をつついて虫を食べることを決められたけらはマイナスの享受者♁(-1)とも置けるでしょうか。親孝行/親不孝を判断するのは危篤状態の親ですから、親が審判者♎となります。名前は言及されませんが、親の危篤を雀とけらの姉妹に伝達した登場人物の存在が考えられますので、それは親の援助者☾(♎)と置けるでしょう。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「雀けら姉妹の親孝行/親不孝のもたらす結末はどうなるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「けらが着物をおる」でしょうか。「けら―着物/おる―危篤/親」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:雀けら姉妹の親孝行/親不孝のもたらす結末はどうなるか
        ↑
発想の飛躍:けらが着物をおる

・雀/けら―親孝行/親不孝―親
       ↑
・けら―着物/おる―危篤/親

◆発想の飛躍と概念の操作

 発想の飛躍を「常識離れした連想」と仮定しますと、上述した図式の/(スラッシュ)の箇所に特にその意図的に飛躍させた概念の操作が見出せそうです。

 呪術的思考に典型的に見られますが、ヒトは本来は繋がりのない切り離されたモノの間にも繋がりを見出すことがあります。それは情報処理におけるエラーです。ですが、科学万能の時代においてもエラーであるはずの呪術的思考が完全には消え去ることがないのは、それが人間特有の思考様式の一部であるからかもしれません。昔話では意図的にエラーを起こすとでも言えるでしょうか。

 「雀とけら」では、親の危篤という非常事態に姉妹で死に目に立ち会う/立ち会わないという親不孝/親不孝の図式が対比されます。そしてそれは姉妹の身なりへのこだわりとその後の食べ物に関わってくる訳です。

 図式では「けら―着物/おる―危篤/親」と表記しています。これを細分化すると「けら―報せ―危篤―身なり―こだわる―着物―おる―身なり―整える―死に目―立ち会えず―親不孝―親―決める―けら―身なり―立派―食べ物―虫」となります。つまり、これらの連想を一瞬で行っていることになります。

 「身なり―整える―親不孝―親―決定―けら―その後―食べ物―虫」から「身なり→虫:身なり/虫」と身なりのよさが虫をもたらしたと連想の短絡と置換関係を表す概念の操作が見出せます。

 これは、けら(キツツキ)が虫を食べることになった由来譚ですが、身なりの良さと引き換えに虫を食べるという貧しさをもたらしたとする連想の短絡がなされています。

 以上のように、本文には現れない概念も重要な要素となっています。形態素解析で抽出したキーワードだけでは解釈を十全に行うことは難しいものと考えられます。連想概念辞書も取り込んだ上で分析する方向に機能改善することが望まれると考えられます。

 呪術的思考のような非合理的思考は人間の抱える弱点ですが、昔話においては逆に創造性の源ともなっていると考えることができます。

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「雀とけら」ですと「雀とけらは姉妹だったが、親の死に目に立ち会う/立ち会わないでその後の身なりと食べ物が異なった」くらいでしょうか。

◆余談

 私も二十代の頃、父が胃がんで倒れたのですが、報せを受けて病院に到着したときには既に脳死状態でした。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)p.382.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年10月22日 (火)

思考能力が落ちた最中に思い至る

呪術的思考について考えを巡らせていて、転倒という概念操作に思い至る。概念の意味内容をひっくり返してしまうものなので濫用するのは好ましくないのだが、呪術的思考ひいては昔話の発想の飛躍の根幹にはこういった類の概念操作のテクニックが幾つか潜んでいるように思われる。

それを思いついたのが、断捨離を数か月実行し続けて肉体的に消耗、加えて脳も疲労感が強く読書もままならない状態下であったということである。疲弊感が強いため、早朝に起きてルーチンワーク的、ローラー作戦的な記事執筆を繰り返していたのだけど、思考能力の落ちたその中で自分にとっては大きな進歩を見出せたというのが皮肉である。

記録につけていないので、いつからだったかは記憶していないが、発想の飛躍を一次元のテキストで図式化していて「/」の部分が要所だなとぼやっと考えたのが始まりである。それを明確化していったのが最近の記事である。

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行為項分析――女と蛇

◆あらすじ

 昔、三渡(みわたり)八幡宮の神主に美しい女房があった。神主は主税(ちから)という人だったとも言うが、確かなことは分からない。ある年のこと、神主の女房は青原祭へ行ったが、その帰りに穴ノ口まで帰ると不浄があった。下は青黒い水をたたえた大きな渕だったから、女房は渕へのぞいてそれを洗った。ところが、その下に一匹の小さな蛇がいて、その水をぺろぺろと舐めた。そうではなく、女房が小便をしたらそこに小さな蛇がいて、それを舐めたのだとも言う。ともかく、その晩から、女房は夜中になるとどこへともいなくなった。神主は不審に思ったが、朝になると女房は何事もなかった様に寝ていた。そして庭先に、びっしょり濡れた紙緒の草履が脱ぎそろえてあった。そういうことが幾夜も続いた。神主が密かに様子を調べてみると、女房は夜中になると一キロもある川下の穴ノ口の渕へ、たった一人で暗い夜道を通うのであった。神主はびっくりした。そして、これはただ事ではない、何か魔性のもののさせることに違いないと思った。そこで神主は八幡宮に一口の刀を供えて、この刀で魔性のものを打ち取らせてくださいと、火のもの断ちの祈願をたてて一心不乱に祈った。いよいよ七日七夜が過ぎて、満願の日の夜明け方、神主が連日連夜の祈願に疲れて燭にもたれたまま、うとうととまどろむと神主の前に八幡さまが現れて、今家へ帰ってみよとお告げがあった。神主ははっと目を覚ますと、刀をとって家へ飛んで帰った。家には烏帽子(えぼし)直垂(ひたたれ)の立派な男が来て女房と寝ていた。男は神主を見ると正体を現し、大きな蛇になって自在鍵に巻きついて破風(はふ)から出ようとした。神主は刀を抜いて一打ちに打ち落とした。蛇は七つに切って前の戸隠谷へ棄てた。頭はほとりの畠へ埋めた。それでその畠を蛇頭畠と呼ばれるようになり、戸隠谷の水は日に七度変わるという。女房はしばらく経って子を産んだ。蛇は女房が子をはらんでから、自分は人間でない。蛇体であるから、お前の腹にいる子はみんな蛇である。産むときにはたらいに水を入れてその中へ産むがよいと言ったので、その通りにして産んだ。子供は七たらい半あったが、遠く離れた川端に埋めた。そこでここをこずと呼ぶ様になった。また、一つの話では子は紙洗い笊(ぞうけ)に三杯あったのを、ほとりの竹藪へ捨てた。それからその竹藪には首に白い環のある蛇がいるようになったと言う。女房は子を産むと間もなく死んだと言うことである。だから女というものは道端へ小便をしたり、蛇をまたいだりしてはいけない。年よりたちはこの話をした後では、必ずこういって若い娘たちをいましめた。

◆モチーフ分析

・三渡八幡宮の神主に美しい女房がいた
・ある年、神主の女房は青原祭へ行ったが、その帰り道に道端で小便をした
・そこに蛇がいて、小便を舐めた
・その晩から女房は夜中になると、どこへともいなくなった
・神主は不審に思ったが、朝になると女房は何事もなかった様に寝ていた
・庭先にびっしょり濡れた草履が脱ぎそろえてあった
・そういうことが幾夜も続いた
・神主が密かに調べてみると、女房は夜中になると川下の穴ノ口の渕へ、一人で夜道を通っていた
・神主はこれは魔性のものの仕業に違いないと思い、八幡宮に一口の刀を供えて、この刀で魔性のものを打ち取らせてくださいと祈願して一心不乱に祈った
・七日七夜が過ぎて満願の日の夜明け方、神主が疲れてうとうとしていると八幡さまが現れて、今家へ帰ってみよとお告げがあった
・はっと目を覚ました神主は刀をとって家へ飛んで帰った
・家には烏帽子直垂の立派な身なりの男が女房と寝ていた
・男は神主を見ると正体を現し、大蛇となって破風から出ようとした
・神主は刀を抜いて一打ちに打ち落とした
・蛇は七つに斬って戸隠谷に捨てた
・頭はほとりの畠に埋めた
・女房はしばらく経って子を産んだ
・蛇は自分は蛇体であるから、お腹にいる子はみんな蛇である。たらいに水を入れてその中へ産むがよいと言ったので、その通りにして産んだ
・子供は七たらい半あったが、遠く離れた川端に埋めた
・女というものは道端へ小便をしたり、蛇をまたいだりしてはいけない
・年よりたちはこの話をした後で必ずこう言って若い娘たちをいましめた

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:神主
S2:女房
S3:蛇(魔性のもの、男、大蛇)
S4:八幡さま
S5:年より
S6:娘たち

O(オブジェクト:対象)
O1:三渡八幡宮(八幡宮)
O2:青原祭
O3:小便
O4:家
O5:庭先
O6:草履
O7:穴ノ口
O8:渕
O9:刀
O10:破風
O11:戸隠谷
O12:頭
O13:畠
O14:子
O15:たらい
O16:川端
O17:女
O18:道端
O19:蛇

m(修飾語)
m1:美しい
m2:夜中
m3:不審な
m4:朝
m5:眠った
m6:濡れた
m7:揃った
m8:幾夜も
m9:川下の
m10:七日七夜
m11:満願の
m12:うとうとした
m13:目を覚ました
m14:立派な身なりの
m15:七つに
m16:切断した
m17:しばらく
m18:蛇体の
m19:七たらい半

T:時

+:接
-:離

・三渡八幡宮の神主に美しい女房がいた
(存在)O1三渡八幡宮:S1神主+S2女房
(美貌)S2女房:S2女房+m1美しい
・ある年、神主の女房は青原祭へ行ったが、その帰り道に道端で小便をした
(遠出)S2女房:S2女房+O2青原祭
(帰る)S2女房:O2青原祭-S2女房
(小用)S2女房:S2女房+O3小便
・そこに蛇がいて、小便を舐めた
(舐める)S3蛇:S3蛇+O3小便
・その晩から女房は夜中になると、どこへともいなくなった
(時刻)T:T+m2夜中
(行方をくらます)S2女房:O1八幡宮-S2女房
・神主は不審に思ったが、朝になると女房は何事もなかった様に寝ていた
(不審)S1神主:S2女房+m3不審な
(時刻)T:T+m4朝
(帰宅)S2女房:S2女房+O4家
(就寝)S2女房:S2女房+m5眠った
・庭先にびっしょり濡れた草履が脱ぎそろえてあった
(状態)O5庭先:O6草履+(m6濡れた+m7揃った)
・そういうことが幾夜も続いた
(経過)T:T+m8幾夜も
・神主が密かに調べてみると、女房は夜中になると川下の穴ノ口の渕へ、一人で夜道を通っていた
(調査)S1神主:S1神主+S2女房
(時刻)T:T+m2夜中
(通う)S2女房:S2女房+(O7穴ノ口+O8渕)
・神主はこれは魔性のものの仕業に違いないと思い、八幡宮に一口の刀を供えて、この刀で魔性のものを打ち取らせてくださいと祈願して一心不乱に祈った
(推測)S1神主:S1神主+S3魔性のもの
(奉納)S1神主:O1八幡宮+O9刀
(祈願)S1神主:O9刀+S3魔性のもの
・七日七夜が過ぎて満願の日の夜明け方、神主が疲れてうとうとしていると八幡さまが現れて、今家へ帰ってみよとお告げがあった
(経過)T:T+m10七日七夜
(到来)T:T+(m11満願の+m4朝)
(疲労)S1神主:S1神主+m12うとうとした
(お告げ)S4八幡さま:S1神主+O4家
・はっと目を覚ました神主は刀をとって家へ飛んで帰った
(覚醒)S1神主:S1神主+m13目を覚ました
(帯刀)S1神主:S1神主+O9刀
(帰宅)S1神主+O4家
・家には烏帽子直垂の立派な身なりの男が女房と寝ていた
(共寝)O4家:S3男+S2女房
(状態)S3男:S3男+m14立派な身なりの
・男は神主を見ると正体を現し、大蛇となって破風から出ようとした
(正体露見)S3男:S3大蛇+S1神主
(脱出)S3大蛇:S3大蛇+O10破風
・神主は刀を抜いて一打ちに打ち落とした
(抜刀)S1神主:S1神主+O9刀
(斬首)S1神主:S1神主+S3大蛇
・蛇は七つに斬って戸隠谷に捨てた
(切断)S1神主:S3大蛇+(m15七つに+m16切断した)
(遺棄)S1神主:O11戸隠谷+S3蛇
・頭はほとりの畠に埋めた
(埋葬)S1神主:O12頭+O13畠
・女房はしばらく経って子を産んだ
(経過)T:T+m17しばらく
(出産)S2女房:S2女房+O14子
・蛇は自分は蛇体であるから、お腹にいる子はみんな蛇である。たらいに水を入れてその中へ産むがよいと言ったので、その通りにして産んだ
(助言)S3蛇:S3蛇+S2女房
(性質)O14子:O14子+m18蛇体の
(出産)S2女房:O14子+O15たらい
・子供は七たらい半あったが、遠く離れた川端に埋めた
(状態)O14子:O14子+m19七たらい半
(埋葬)S1神主:O14子+O16川端
・女というものは道端へ小便をしたり、蛇をまたいだりしてはいけない
(禁忌)O17女:O18道端-O3小便
(禁忌)O17女:O17女-O19蛇
・年よりたちはこの話をした後で必ずこう言って若い娘たちをいましめた
(いましめ)S5年より:S5年より+S6娘たち

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

   聴き手(夫婦の関係はどうなるか)
           ↓
送り手(神主)→妻帯する(客体)→ 受け手(女房)
           ↑
補助者(なし)→ 侍(主体)←反対者(なし)

   聴き手(排泄物を舐められた女房はどうなるか)
           ↓
送り手(蛇)→不浄を洗った水/小便を舐める(客体)→ 受け手(女房)
           ↑
補助者(なし)→ 蛇(主体)←反対者(女房)

   聴き手(行方をくらます女房はどうしているのか)
           ↓
送り手(女房)→毎晩のように行方をくらます(客体)→ 受け手(神主)
           ↑
補助者(なし)→ 女房(主体)←反対者(神主)

   聴き手(判明した事実に神主はどうするのか)
           ↓
送り手(神主)→女房の行方を探る(客体)→ 受け手(女房)
           ↑
補助者(なし)→ 神主(主体)←反対者(女房)

    聴き手(祈願の結果、どうなるか)
           ↓
送り手(神主)→刀を奉納し祈願する(客体)→ 受け手(八幡さま)
           ↑
補助者(八幡さま)→ 神主(主体)←反対者(なし)

    聴き手(お告げを受けた神主はどうするか)
           ↓
送り手(八幡さま)→夢のお告げ(客体)→ 受け手(神主)
           ↑
補助者(なし)→ 八幡さま(主体)←反対者(なし)

   聴き手(判明した事実に神主はどうするのか)
           ↓
送り手(神主)→男が女房と共寝している(客体)→ 受け手(男)
           ↑
補助者(なし)→ 神主(主体)←反対者(男)

   聴き手(蛇を斬った神主はどうするのか)
           ↓
送り手(神主)→正体を現した蛇を斬る(客体)→ 受け手(蛇)
           ↑
補助者(なし)→ 神主(主体)←反対者(蛇)

   聴き手(出産した女房はどうなるのか)
           ↓
送り手(女房)→蛇体の子を出産(客体)→ 受け手(子)
           ↑
補助者(蛇)→ 女房(主体)←反対者(神主)

   聴き手(神主と女房の運命をどう思うか)
           ↓
送り手(神主)→蛇体の子を埋葬する(客体)→ 受け手(子)
           ↑
補助者(なし)→ 神主(主体)←反対者(子)

   聴き手(女房の教訓をどう思うか)
           ↓
送り手(年より)→いましめる(客体)→ 受け手(娘)
           ↑
補助者(なし)→ 年より(主体)←反対者(なし)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。三渡八幡宮の神主の妻は美しい女房でしたが、あるとき祭りの帰りに不浄があり、不浄を洗った水を蛇に舐められてしまいます。それから女房は毎晩のように行方をくらますようになります。不審に思った神主が探ったところ、女房は川下の渕へ通っていました。魔性のものの仕業に違いないと思った神主は刀を奉納して八幡さまに祈願します。満願の日、お告げがあり、家に帰ってみると、身なりの立派な男が女房と共寝していました。男の正体は蛇でした。神主は蛇を斬り、埋葬します。その後、女房は蛇体の子を出産し亡くなってしまいます。蛇体の子も埋葬されました。それで女は道端で小便をしてはならないと年寄りは娘にいましめたという筋立てです。

 神主―女房、女房―蛇(男)、神主―八幡、神主―蛇、女房―子、神主―子、年より―娘といった対立軸が見受けられます。不浄/舐めるの図式に排泄物に触れられることで相手の影響下に入ってしまうという呪術的思考的な暗喩が見られます。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

神主♌♁(-1)♎―女房☉―蛇(男)♂♁―八幡♎―子☉(-1)

 といった風に表記できるでしょうか。女房を価値☉と置くと、本来の享受者♁は神主ですが、対立者♂となる蛇がそれを奪ってしまいますので蛇も享受者♁と置けます。神主はむしろマイナスの享受者♁(-1)と置けるでしょうか。神主に夢のお告げを与える八幡は審判者♎と置けるでしょう。女房が出産した蛇体の子はマイナスの価値☉(-1)と置けるでしょうか。それを埋葬する決断をする神主は審判者♎ともなります。

◆心理学的分析

 蛇は男根の象徴とも解釈できます。女房が夫以外の男性の男根を受け入れてしまうという不貞に対する不信を物語ったとも解釈可能でしょう。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「蛇に魅入られた女房の運命はどうなるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「蛇が女房の排泄物を舐める」「女房が蛇の子を産む」でしょうか。「女房―不浄/舐める―蛇」「女房―子/蛇体―蛇」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:蛇に魅入られた女房の運命はどうなるか
        ↑
発想の飛躍:蛇が女房の排泄物を舐める
      女房が蛇の子を産む

・蛇/男―女房―神主
      ↑
・女房―不浄/舐める―蛇
・女房―子/蛇体―蛇

◆飛躍した連想

 発想の飛躍を「常識離れした連想」と仮定しますと、上述した図式の/(スラッシュ)の箇所に特にその意図的に飛躍させた概念の操作が見出せそうです。

 呪術的思考に典型的に見られますが、ヒトは本来は繋がりのない切り離されたモノの間にも繋がりを見出すことがあります。それは情報処理におけるエラーです。ですが、科学万能の時代においてもエラーであるはずの呪術的思考が完全には消え去ることがないのは、それが人間特有の思考様式の一部であるからかもしれません。昔話では意図的にエラーを起こすとでも言えるでしょうか。

 「女と蛇」では、女房は祭りの帰りに不浄があり、渕の水で洗ったところ、その水を蛇に舐められた。あるいは道端にした小便を蛇に舐められたとあります。身体から切り離されたはずの排泄物に触れられることで相手の支配下に入ってしまうという呪術的思考が見られます。

 図式では「女房―不浄/舐める―蛇」と表記しています。これを細分化すると「女房―不浄―排泄―身体から分離―洗う―渕―水―舐める―身体の一部―獲る―蛇―毎晩―通う―渕」となります。また「女房―子/蛇体―蛇」は「女房―共寝―男―化身―蛇―妊娠―出産―子―蛇体」と細分化されます。つまり、これらの連想を一瞬で行っていることになります。

 「男―化身―蛇」から「男=蛇」と置換関係を表す呪術的思考が見出せます。

 「不浄―舐める―行動―変化」から「排泄物―身体―分離/結合―一部―身体―触れる―支配」つまり「排泄物=支配」といった身体から分離したものを再び身体の一部と転倒する概念の操作による呪術的思考を見出すことができます。不浄は排泄物と置き換えられますし、舐めるは触れると置き換えられます。行動の変化は相手の支配下に置かれたと置き換えられます。感染呪術の一種と考えてよいでしょう。

 転倒といった概念の操作は創作では普通に意図的に行われているでしょう。では、それがなぜ自然と受け入れられるのかとなるとよく分かりません。

 以上のように、本文には現れない概念も重要な要素となっています。形態素解析で抽出したキーワードだけでは解釈を十全に行うことは難しいものと考えられます。連想概念辞書も取り込んだ上で分析する方向に機能改善することが望まれると考えられます。

 呪術的思考のような非合理的思考は人間の抱える弱点ですが、昔話においては逆に創造性の源ともなっていると考えることができます。

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「女と蛇」ですと「蛇に魅入られた妻の様子を追った神主は大蛇と遭遇、大蛇を斬った。その後、妻は蛇の子を産んだ」くらいでしょうか。

◆余談

 苧環(おだまき)型の話では蛇の子も人として生まれてきますが、ここでは蛇の姿のまま生まれてきます。故に女房は出産とともに死んでしまうのです。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.380-381.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年10月21日 (月)

行為項分析――下瀬加賀守

◆あらすじ

 昔、下瀬山の上に城があって、下瀬加賀守という強い大将がいた。とても力が強かったので、この噂を聞いて、力自慢の侍が加賀守のところへ力比べにやってきた。加賀守はそのことを知って、家来の様な風をして土間で草履を作っていた。何も知らぬ侍は加賀守を見ると、自分は加賀守が大層力持ちという事を聞いて、はるばる力比べをしてみようと思って来た。加賀守はいるかと尋ねた。加賀守は主人は折悪しく今朝がた出たきりまだ帰ってこないとすまして答えた。侍はこのまま帰るのも残念だからしばらく待とうと言ったが、ふと戸口に立てかけてある大きな鉄の棒を見つけて、これは何にするのかと尋ねた。それは加賀守が平素持ち歩く杖だと答えた。侍は鉄の棒を取り上げた。そして棒の真ん中へ膝を当てると精一杯の力を込めて、くの字に曲げてしまった。侍がどうだという顔をして加賀守を見ると、加賀守は平気で、主人が戻ったらさぞ叱られることであろう。早く直しておかねばと独り言を言いながら、鉄の棒を取り上げると、さっと一遍すこいだ。すると鉄の棒は元の様に真っ直ぐになった。これを見て侍は驚いた。家来でさえこれだけの力がある。大将の加賀守はどれだけ力があるか知れたものではない。早く帰った方がよさそうだと思って、こそこそと帰っていった、加賀守はまた弓の名人だった。ある日下瀬山のてっぺんから四方の景色を眺めていた。するとはるか川下の川端に舟を据えて百姓の女が蕨粉(せん)を踏んでいた。ところが女は小便がしたくなったと見え、いきなり裾をまくると、舟の中から川へ小便をしはじめた。加賀守はこれを見て、ひとつ懲らしめてやろうと思って、弓に矢をつがえると切ってはなした。矢はあやまたず蕨粉踏み舟に突き刺さってぽっきりと折れた。それでこの辺りを矢折れと呼ぶ様になり、弓を射たところを一の矢と呼ぶようになった。

◆モチーフ分析

・下瀬山に城があって、下瀬加賀守という強い大将がいた
・力が強かったので、噂を聞いて力自慢の侍が力比べにやって来た
・加賀守は家来のふりをして土間で草履を作っていた
・侍は加賀守と力比べをしようと思って来た。加賀守はいるかと尋ねた
・加賀守は主人は今朝がた出たきりでまだ帰ってこないとすまして答えた
・侍は待つことにしたが、鉄の棒を見つけて、これは何かと尋ねた
・加賀守が平素持ち歩く杖だと答えた
・侍は精一杯の力を込めて鉄の棒をくの字に曲げてしまった
・加賀守は主人が戻ったらさぞ叱られることだろうと言いながら鉄の棒をすこぐと真っ直ぐになった
・侍は家来でさえこれだけの力がある。大将はどれだけ力があるか知れたものではないと思って、こそこそ帰っていった
・加賀守はまた弓の名人だった
・下瀬山のてっぺんから四方の景色を眺めていると、川下の川端で舟に乗った百姓の女が裾をまくると小便をしはじめた
・懲らしめてやろうと思った加賀守は弓をつがえると矢を放った
・矢はあやまたず舟に突き刺さってぽっきり折れた
・それでこの辺りを矢折れと呼ぶ様になり、弓を射たところを一の矢と呼ぶ様になった

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:下瀬加賀守(加賀守、家来)
S2:侍
S3:女

O(オブジェクト:対象)
O1:下瀬山(射撃地)
O2:城
O3:大将
O4:噂
O5:家来
O6:土間
O7:草履
O8:家
O9:鉄棒(杖)
O10:弓術(弓矢、矢)
O11:景色
O12:川
O13:舟
O14:放尿
O15:懲罰
O16:矢折れ
O17:一の矢

m(修飾語)
m1:強い
m2:力自慢の
m3:曲がった
m4:真っすぐな
m5:怪力の
m6:得体の知れない
m7:名人の
m8:折れた

+:接
-:離

・下瀬山に城があって、下瀬加賀守という強い大将がいた
(存在)O1下瀬山:O1下瀬山+O2城
(存在)O1下瀬山:S1加賀守+m1強い
・力が強かったので、噂を聞いて力自慢の侍が力比べにやって来た
(剛力)S1加賀守:S1加賀守+m2力自慢の
(来訪)S2侍:S2侍+S1加賀守
(剛力)S2侍:S2侍+m2力自慢の
・加賀守は家来のふりをして土間で草履を作っていた
(偽装)S1加賀守:S1加賀守+O5家来
(作成)S1加賀守:S1加賀守+O7草履
・侍は加賀守と力比べをしようと思って来た。加賀守はいるかと尋ねた
(質問)S2侍:S2侍+S1家来
・加賀守は主人は今朝がた出たきりでまだ帰ってこないとすまして答えた
(不在回答)S1家来:O8家-S1加賀守
・侍は待つことにしたが、鉄の棒を見つけて、これは何かと尋ねた
(待機)S2侍:S2侍+O8家
(認識)S2侍:S2侍+O9鉄棒
(質問)S2侍:S2侍+S1家来
・加賀守が平素持ち歩く杖だと答えた
(回答)S1家来:S1加賀守+O9杖
・侍は精一杯の力を込めて鉄の棒をくの字に曲げてしまった
(曲げる)S2侍:O9鉄棒+m3曲がった
・加賀守は主人が戻ったらさぞ叱られることだろうと言いながら鉄の棒をすこぐと真っ直ぐになった
(直す)S1家来:O9鉄棒+m4真っすぐな
・侍は家来でさえこれだけの力がある。大将はどれだけ力があるか知れたものではないと思って、こそこそ帰っていった
(驚嘆)S2侍:S1家来+m5怪力
(驚嘆)S2侍:S1加賀守+m6得体の知れない
(退散)S2侍:O8家-S2侍
・加賀守はまた弓の名人だった
(状態)S1加賀守:O10弓術+m7名人の
・下瀬山のてっぺんから四方の景色を眺めていると、川下の川端で舟に乗った百姓の女が裾をまくると小便をしはじめた
(位置)S1加賀守:S1加賀守+O1下瀬山
(眺める)S1加賀守:S1加賀守+O11景色
(乗船)S3女:S3女+O13舟
(放尿)S3女:S3女+O14放尿
(企図)S1加賀守:S3女+O15懲罰
・懲らしめてやろうと思った加賀守は弓をつがえると矢を放った
(射撃)S1加賀守:O10弓矢+S3女
・矢はあやまたず舟に突き刺さってぽっきり折れた
(命中)O10矢:O10矢+O13舟
(折れる)O10矢:O10矢+m8折れた
・それでこの辺りを矢折れと呼ぶ様になり、弓を射たところを一の矢と呼ぶ様になった
(地名由来)O12川:O12川+O16矢折れ
(地名由来)O1射撃地:O1射撃地+O17一の矢

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

   聴き手(加賀守はどう応対するか)
           ↓
送り手(侍)→力比べで訪問(客体)→ 受け手(加賀守)
           ↑
補助者(なし)→ 侍(主体)←反対者(加賀守)

   聴き手(加賀守は不在と騙された侍はどうするか)
           ↓
送り手(加賀守)→家来を装って様子見(客体)→ 受け手(侍)
           ↑
補助者(なし)→ 加賀守(主体)←反対者(侍)

   聴き手(侍に対し加賀守はどうするか)
           ↓
送り手(侍)→鉄棒を曲げて力を誇示(客体)→ 受け手(加賀守)
           ↑
補助者(なし)→ 侍(主体)←反対者(加賀守)

   聴き手(加賀守の怪力に侍はどうするか)
           ↓
送り手(加賀守)→曲がった鉄棒を軽々と直す(客体)→ 受け手(侍)
           ↑
補助者(なし)→ 加賀守(主体)←反対者(侍)

   聴き手(加賀守の機知と怪力をどう思うか)
           ↓
送り手(侍)→家来ですらと退散する(客体)→ 受け手(加賀守)
           ↑
補助者(なし)→ 侍(主体)←反対者(加賀守)

     聴き手(女はどうするか)
           ↓
送り手(加賀守)→山上から目撃する(客体)→ 受け手(女)
           ↑
補助者(なし)→ 加賀守(主体)←反対者(女)

   聴き手(女の振る舞いに加賀守はどうするか)
           ↓
送り手(女)→舟の上から放尿する(客体)→ 受け手(加賀守)
           ↑
補助者(なし)→ 女(主体)←反対者(加賀守)

     聴き手(射撃した結果どうなるか)
           ↓
送り手(加賀守)→山上から矢を射る(客体)→ 受け手(女)
           ↑
補助者(なし)→ 加賀守(主体)←反対者(女)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。下瀬山の城主は下瀬加賀守と言って力自慢の大将でした。あるとき加賀守の許に侍が力試しに来訪します。家来を装って様子見した加賀守でしたが、侍は渾身の力を込めて鉄棒を曲げてしまいます。それを見た加賀守は軽々と撫でるようにして真っすぐに直してしまいます。家来ですら怪力と怖れをなした侍は退散します。他のあるとき加賀守が下瀬山から川べりを眺めていると、舟に乗った女が不意に放尿しました。懲らしめてやろうと思った加賀守は弓矢で射ます。矢は的を過たず舟に命中しました。それが地名の由来となったという筋立てです。

 加賀守(家来)―侍、加賀守―女、といった対立軸が見受けられます。鉄の棒の曲がる/真っすぐという図式に怪力比べの構図が暗喩されています。また、矢/舟の図式には加賀守の弓の名人ぶりが暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

加賀守♌♁♎☾(♌)―侍♂―女♂

 といった風に表記できるでしょうか。加賀守の能力の高さを証明することを価値☉と置くと、加賀守自身が享受者♁となります。また、加賀守は侍の力を見極めたり、女のぶしつけさを懲らしめたりしますので、審判者♎とも置けます。侍との力比べでは家来を装いますので援助者☾(♌)を演じているとも見ることができます。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「加賀守の能力の高さは如何にして証明されるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「鉄の棒をすこぐと曲がった鉄棒が真っ直ぐになる」「山上から射た矢が見事舟に命中する」でしょうか。「加賀守―鉄棒/すこぐ―侍」「加賀守―矢―舟/女」といった図式です。

 「女が舟の上から放尿する」というのもエロチックであります。「女/舟―放尿―川」の図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:加賀守の能力の高さは如何にして証明されるか
        ↑
発想の飛躍:鉄の棒をすこぐと曲がった鉄棒が真っ直ぐになる
      山上から射た矢が見事舟に命中する

・下瀬山―城主/優れた―加賀守
       ↑
・加賀守―鉄棒/すこぐ―侍
・女/舟―放尿―川
・加賀守―矢―舟/女

◆飛躍した連想

 発想の飛躍を「常識離れした連想」と仮定しますと、上述した図式の/(スラッシュ)の箇所に特にその意図的に飛躍させた概念の操作が見出せそうです。

 呪術的思考に典型的に見られますが、ヒトは本来は繋がりのない切り離されたモノの間にも繋がりを見出すことがあります。それは情報処理におけるエラーです。ですが、科学万能の時代においてもエラーであるはずの呪術的思考が完全には消え去ることがないのは、それが人間特有の思考様式の一部であるからかもしれません。昔話では意図的にエラーを起こすとでも言えるでしょうか。

 「下瀬加賀守」では、加賀守は単に怪力なだけでなく、機転が利いて相手を様子見して応対するといったこともできる、また、女のぶしつけさに舟こそ射たものの女を射殺する意図は無かったと解釈できます。


 図式では「加賀守―鉄棒/すこぐ―侍」と表記しています。これを細分化すると「加賀守―家来―装う―曲げる―鉄棒―すこぐ―真っすぐ―怪力―優越―侍」となります。また「加賀守―矢―舟/女」は「加賀守―山上―射る―矢―命中―舟―女―放尿―川―ぶしつけ―懲らしめ」と細分化されます。つまり、これらの連想を一瞬で行っていることになります。

 「加賀守―家来―装う―曲げる―鉄棒―すこぐ―真っすぐ―怪力―優越―侍」から「すこぐ=怪力」で並外れた能力、また「加賀守―山上―射る―矢―命中―舟―女―放尿―川―ぶしつけ―懲らしめ」から「山上=舟」といった距離を超越した呪術的思考を見出すことができます。

 以上のように、本文には現れない概念も重要な要素となっています。形態素解析で抽出したキーワードだけでは解釈を十全に行うことは難しいものと考えられます。連想概念辞書も取り込んだ上で分析する方向に機能改善することが望まれると考えられます。

 呪術的思考のような非合理的思考は人間の抱える弱点ですが、昔話においては逆に創造性の源ともなっていると考えることができます。

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「下瀬加賀守」ですと「下瀬加賀守は曲がった鉄棒を軽々と真っすぐにしたり、山上から舟を射て命中させる有能な城主だった」くらいでしょうか。

◆余談

 力自慢に来たものを家来のふりをして迎えるという筋は「怪力尾車」にも見られます。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.378-379.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年10月20日 (日)

昔話における概念の操作 /(スラッシュ)の使い方について

昔話の面白さとは何に起因するのか、つらつらと考えていて、候補の一つが「発想の飛躍」ではないかと考えて、未来社『石見の民話』に収録された昔話/伝説を精読している訳ですが、その最中にモチーフ分析した文章(※余計な情報は落としている)を形態素解析にかけてみたりしました。そしてそれをテキスト、つまり一次元の情報で表現する試みを行いました。

たとえば「桃太郎」ですと、

・桃太郎―きび団子―犬/猿/雉

といった風に記述しています。『石見の民話』にはありませんが「鶴女房」なら

・男―女房/鶴

としています。ちなみに「―」(ダッシュ)は概念と概念との繋がりを表しています。他、「=」や「≠」なども使用しています。

ここで二つの事例を挙げたのですが、何かお気づきでしょうか? 実は「/」(スラッシュ)の使い方が異なっているのです。

桃太郎の場合の「/」は犬と猿と雉とが併存していること、または分岐を表現していますし、一方で鶴女房の場合は、当初、別々の存在として現れた鶴と女房とが実は同一の存在で化けていたということで、つまり置換可能な関係であることを表現しています。

他で「/」がよく用いられる事例を挙げますと、二項対立の図式を表す場合もそうでしょう。「正統/異端」「洗練/土着」といった対立の図式です。

スラッシュには混沌を切り分けるという印象が伴います。

このように同じ記号を使っているのに、使用法が文脈によって異なっている訳です。文脈に依存するとでも言いますか、これは厳密さを重視する場合には重大な欠点となります。

「―」の場合は、たとえばテキストマイニングにおける共起ネットワーク図においても、キーワード間の繋がりを表すものとして使用されています。図の場合、線分の太さで繋がりの強さの度合いを表したりもしています。

無意識に使用していまして、これは私個人の我流な用法なのか気になりましたので、手っ取り早い手段として生成AIに確認してみました。すると、

・選択肢や対立を表すスラッシュ
・併存や同時存在を表すスラッシュ
・置換可能性や同一性を表すスラッシュ
・分数や比率を表すスラッシュ
・パスやディレクトリの区切りを表すスラッシュ

といった事例を列挙しました。「スラッシュは多義的に使われることが多く、文脈によって意味が決まる」としています。まあ、AIの回答なので、どこまで信頼できるか分かりませんが。

「犬/猿/雉」といった場合ですが、これは本来は二次元で図解すべきところを無理くり一次元のテキストに落とし込んだためこうなったという側面もあります。「犬&猿&雉」としてもいいのかもしれません。

ただ、そうすると、元の「犬/猿/雉」がはらむ置換可能性が損なわれてしまう気がするのです。たとえば「犬/猿/雉」の図式を応用して「陸/海/空のロボット」といった風に発想することもあるでしょう。厳密に記述することでそういった可能性が失われてしまうのです。

「/」は併存から置換による同化(ex. 鶴→女房→鶴)をも意味しますので、発想の飛躍、また呪術的思考とも見なし得る訳です。

そこら辺の昔話の持ついい加減さ、曖昧さは学問の指向する厳密さとは対極に位置するものですが、そのいい加減さが創造力の源とも見なし得ますので、排除できない訳です。

筆者はこのスラッシュによって置換、同化などが行われている箇所に概念を操作する昔話特有の特異さがあるのではないかと考えております。

当ブログの記事中ですと、連想の短絡によって本来繋がっていない概念同士を繋がったものとすることで呪術的思考が生じるような説明を行っていますが、それだけではなく、また別の特異な概念操作が潜んでいるような気がするのです。

パッと思いついたところだと、

・連想の短絡
・置換
・倒置 によるニュアンスの変化
・単位の超越
・転倒、あるいは転倒の阻止
・転換
・意味の剥奪と連結
・概念の破綻
・並立

などが挙げられるでしょうか。

……プロップが昔話の機能をアルファベット化して数式のように表記したのを見て、「でもそれで微分できる訳じゃないしな」と思ったのですが、こういう方向性ならあるいは……という気もしないでもないです。まあ、突き詰めると脳科学の領域とかに行ってしまいそうなので、そこで壁にぶつかりそうですが。

……「感染呪術」という言葉があります。未開社会の部族で、呪いたい相手の爪や髪を入手して呪ったりする行為がそう呼ばれたりします。日本でも呪いの藁人形には相手から取った髪の毛が必要だとされていたりします。

抜けた爪や髪の毛は身体から分離したものです。ところがなぜかそれを入手することで相手に対する影響力を行使できるようになってしまうという呪術的思考です。

図式化すると「身体―一部―分離―切断―入手―再結合―相手―影響力―行使」といったところでしょうか。「身体の一部―分離/結合―影響力」と要約します。分離という概念が転倒して結合という概念となり、再び身体の一部となり、それを入手した者は相手への影響力を行使可能となるとでも説明したらいいでしょうか。

この転倒という概念の操作によって価値が逆転してしまう訳です。なので「転倒」は昔話における重要な概念の操作法であると考えられます。

批評家/思想家である柄谷行人氏は著書でよく「転倒」という言葉を用います。私はそれは濫用ではないかと感じたのですが、あっさり価値を逆転させてしまうことを可能とする便利なテクニックと言えるでしょう。

では、なぜそれが自然と受け入れられるのかとなると、よく分かりません。それは哲学や心理学のテーマとなるかもしれません。

昔話においては二項対立の図式が多用されます。それは転倒といった概念の操作を施しやすいからではないでしょうか。もちろん人間はもっと複雑な思考も行えます。ですが、二項対立のシンプルな図式は理解しやすくまたひっくり返すのも容易ということで好まれるのでしょう。

二項対立の図式の各項の属性もまた二項対立で捉えられる場合が多いです。それらの属性を転倒させて更にそこから転倒させていき、物語に意外性をもたらす技法も多用されているようです。

たとえば桃太郎ですと、「桃太郎/鬼」という二項対立の図式がまず提示されるでしょう。ここで桃太郎の属性について見てみると、「桃太郎―生/死」と見ることも可能です。桃太郎は鬼が島に攻め込む訳ですから生/死という属性をも可能性として背負っている訳です。物語では桃太郎の勝利で終わりますから、この生/死という二項対立は転倒が阻止される訳です。一方で鬼の属性について見てみると「鬼―略奪/成敗」としましょうか。略奪者だった鬼たちは桃太郎によって成敗される対象へと転倒されてしまうのです。

別に二項対立でなくともいいのです。犬/猿/雉のように三項鼎立もあり得るでしょう。

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行為項分析――三好藤左衛門

◆あらすじ

 昔、日原は天領で、川向こうの枕瀬は津和野の殿さまの領分であった。日原の庄屋三好藤左衛門は大金持ちで、津和野の殿さまへ一万二千両の金を貸していた。それで殿さまを馬鹿にしていた。殿さまは年に何回も高津の人丸さまへ参詣に行ったが、その時には枕瀬の庄屋のところまで駕籠で出て、そこから高瀬舟に乗って川を下った。あるとき殿さまが高津参りをするとき、藤左衛門は川へ出ていたが、川べりの柳の間から殿さまの舟へ向けて、尻をまくってぺちゃぺちゃと叩いて見せた。家来たちは腹をたてて、斬ってしまいましょうと言ったが、殿さまはそれが藤左衛門だと聞くと、そのまま知らぬ顔をして通った。それからすぐ殿さまから馬へ何匹にもつけて藤左衛門のところへ金を返してきた。その金は貸したときのまま、封も切らずにあった。藤左衛門は殿さまといっても俺のところへ金を借りにくるくらいだから貧乏なものだと馬鹿にしていたが、それを見ると、殿さまというものは大したものだ、馬鹿にできんと言って返ってきた金に伏しついて泣いた。殿さまは藤左衛門の無礼を幕府へ訴えたので、藤左衛門は江戸へ呼び出された。そして毎日毎日役所へ呼び出されたが、一向に取調べがない。そうして千日経ってから、お前は打首にするところだが、こらえてやるから帰れという言い渡しがあった。

 吉賀川と津和野川の出合いの少し上に、日原の側の川端に大きな枦(はぜ)の木が一本あった。その下へ日原の者が二三人で網をたてていた。ちょうど魚がかかったようなので、その者たちは尻をまくって川の中ほどまで入って見ていると、津和野の殿さまが舟で下って来た。網の者たちはそんなことは知らないから、一心に川の底を覗いていると、殿さまは舟に向かって尻をまくっているのを見て大層腹をたてた。そして無礼な奴だ、斬ってしまえと家来に言いつけた。網の者たちはそれを聞くとびっくりして命からがら庄屋の三好藤左衛門の屋敷へ逃げ込んだ。家来たちは藤左衛門のところへやって来て、ここへ逃げてきた奴を出せと言った。藤左衛門はそれを聞くとお前たちがいくら騒いでも出すことはならない。用事があるなら殿さまに直々来いと言え。自分はお前たちの殿さまへ三万六千両の大金を貸しているのだと門の内から怒鳴った。家来たちは腹が立ってたまらないが、どうすることもできない。仕方なしにすごすご帰っていった。殿さまはその話を聞くと、地団駄を踏んで悔しがった。そして明くる日には千両箱を三十六、馬につけて返した。しかし金ではどうしても藤左衛門に頭が上がらないので、どうしてかやっつけてやろうと思い、枕瀬の寺尾山の中腹に庵寺を立て、朝に夕に藤左衛門が貧乏になるように祈らせた。それで庵寺は今でも藤左衛門の屋敷へ真向きに向いている。

◆モチーフ分析

・昔、日原は天領で、川向こうの枕瀬は津和野の殿さまの領分だった
・日原の庄屋三好藤左衛門は津和野の殿さまへ一万二千両の大金を貸しており、殿さまを馬鹿にしていた
・殿さまは年に何回か高津の人丸さまへ参詣に言ったが、その時には枕瀬の庄屋のところまで駕籠で出て、そこから高瀬舟に乗って川を下った
・あるとき殿さまが高津参りするとき。藤左衛門は川へ出ていたが、川べりから殿さまの舟に向けて尻をまくって叩いて見せた
・家来たちは腹をたて、斬ってしまおうと進言したが、殿さまはそれが藤左衛門だと聞くと、知らぬ顔をして通った
・それからすぐ殿さまから馬へ何匹もつけて藤左衛門へ金を返してきた
・その金は貸したときのまま、封も切らずにあった
・藤左衛門は殿さまを馬鹿にしていたが、それを見て殿さまというものは大したものだと言って返ってきた金に伏しついて泣いた
・殿さまは藤左衛門の無礼を幕府へ訴えたので、藤左衛門は江戸へ呼び出された
・毎日役所へ呼び出されたが、一向に取調べがない
・千日経ってから、お前は打首にするところだが、こらえてやるから帰れという言い渡しがあった
・吉賀川と津和野川の出合いの少し上、日原の側の川端に大きな枦の木があって、その下で日原の者が二三人で網をたてていた
・魚がかかったので、その者たちが尻をまくって川の中ほどまで入って見ていると、津和野の殿さまが舟で下って来た
・網の者たちはそれとは気づかず一心に川の底を覗いていると、殿さまが尻をまくっているのを見て腹をたて、無礼な奴だ、斬ってしまえと家来に命じた
・びっくりした網の者たちは命からがら三好藤左衛門の屋敷へ逃げ込んだ
・家来たちは藤左衛門のところへやって来て、ここに逃げた奴を出せと言った
・それを聞いた藤左衛門はいくら騒いでも出すことはならない。用事があるなら殿さまに直々に来いと言え、自分は殿さまへ三万六千両の大金を貸していると門の内から怒鳴った
・家来たちはどうすることもできないので、仕方なくすごすご帰っていった
・殿さまはその話を聞いて地団駄を踏んで悔しがった
・明くる日には千両箱を三十六、馬につけて返した
・金ではどうしても藤左衛門に頭が上がらないので、どうにかしてやっつけてやろうと思い、枕瀬の寺尾山の中腹に庵寺を立て、朝に夕に藤左衛門が貧乏になるように祈らせた
・それで庵寺は今でも藤左衛門の屋敷へ真向きに向いている

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:三好藤左衛門(藤左衛門)
S2:津和野の殿さま(殿さま)
S3:家来
S4:幕府
S5:日原の者

O(オブジェクト:対象)
O1:日原
O2:天領
O3:枕瀬
O4:津和野藩領
O5:庄屋
O6:大金(千両箱)
O7:高津
O8:人丸さま
O9:駕籠
O10:高瀬舟
O11:川
O12:尻
O13:江戸
O14:役所
O15:取調べ
O16:打首
O17:吉賀川
O18:津和野川
O19:川の合流箇所
O20:枦の木
O21:網
O22:屋敷
O23:庵寺

m(修飾語)
m1:馬鹿にした
m2:下った
m3:立腹した
m4:手討ちにされた
m5:開封されていない
m6:見直した
m7:千日
m8:赦免された
m9:驚愕した
m10:地団太を踏む
m11:頭が上がらない
m12:貧乏な
m13:真向きに

T:時

+:接
-:離

・昔、日原は天領で、川向こうの枕瀬は津和野の殿さまの領分だった
(支配)O1日原:O1日原+O2天領
(支配)O3枕瀬:O3枕瀬+O4津和野藩領
・日原の庄屋三好藤左衛門は津和野の殿さまへ一万二千両の大金を貸しており、殿さまを馬鹿にしていた
(管理)S1藤左衛門:O1日原+O5庄屋
(貸付)S1藤左衛門:S2殿さま+O6大金
(内心)S1藤左衛門:S2殿さま+m1馬鹿にした
・殿さまは年に何回か高津の人丸さまへ参詣に言ったが、その時には枕瀬の庄屋のところまで駕籠で出て、そこから高瀬舟に乗って川を下った
(参詣)S2殿さま:S2殿さま+(O7高津+O8人丸さま)
(経由)S2殿さま:S2殿さま+O3枕瀬
(乗船)S2殿さま:S2殿さま+O10高瀬舟
(川下り)S2殿さま:O11川+m2下った
・あるとき殿さまが高津参りするとき。藤左衛門は川へ出ていたが、川べりから殿さまの舟に向けて尻をまくって叩いて見せた
(参詣)S2殿さま:S2殿さま+(O7高津+O8人丸さま)
(乗船)S2殿さま:S2殿さま+O10高瀬舟
(存在)S1藤左衛門:S1藤左衛門+O11川
(挑発)S1藤左衛門:S2殿さま+O12尻
・家来たちは腹をたて、斬ってしまおうと進言したが、殿さまはそれが藤左衛門だと聞くと、知らぬ顔をして通った
(立腹)S3家来:S3家来+m3立腹
(進言)S2家来:S2家来+S1殿さま
(斬殺の意図)S2家来:S1藤左衛門+m4手討ちにされた
(察知)S2殿さま:S2殿さま+S1藤左衛門
(不問)S2殿さま:S2殿さま-S1藤左衛門
・それからすぐ殿さまから馬へ何匹もつけて藤左衛門へ金を返してきた
(返金)S2殿さま:S1藤左衛門+O6大金
・その金は貸したときのまま、封も切らずにあった
(手をつけていない)O6大金:O6大金+m5開封されていない
・藤左衛門は殿さまを馬鹿にしていたが、それを見て殿さまというものは大したものだと言って返ってきた金に伏しついて泣いた
(見直す)S1藤左衛門:S2殿さま+m6見直した
(泣く)S1藤左衛門:S1藤左衛門+O6大金
・殿さまは藤左衛門の無礼を幕府へ訴えたので、藤左衛門は江戸へ呼び出された
(訴え)S2殿さま:S2殿さま+S4幕府
(召喚)S4幕府:S1藤左衛門+O13江戸
・毎日役所へ呼び出されたが、一向に取調べがない
(呼び出し)S4幕府:S1藤左衛門+O14役所
(沙汰なし)S1藤左衛門:S1藤左衛門-O15取調べ
・千日経ってから、お前は打首にするところだが、こらえてやるから帰れという言い渡しがあった
(経過)T:T+m7千日
(赦免)S4幕府:S1藤左衛門+m8赦免された
(免れる)S1藤左衛門:S1藤左衛門-O16打首
・吉賀川と津和野川の出合いの少し上、日原の側の川端に大きな枦の木があって、その下で日原の者が二三人で網をたてていた
(所)O19川の合流箇所:O17吉賀川+O18津和野川
(存在)O20枦の木:O20枦の木+O19川の合流箇所
(網打ち)S5日原の者:S5日原の者+O21網
・魚がかかったので、その者たちが尻をまくって川の中ほどまで入って見ていると、津和野の殿さまが舟で下って来た
(川に入る)S5日原の者:S5日原の者+O11川
(尻をまくる)S5日原の者:S5日原の者+O12尻
(通過)S2殿さま:S2殿さま+O19川の合流箇所
・網の者たちはそれとは気づかず一心に川の底を覗いていると、殿さまが尻をまくっているのを見て腹をたて、無礼な奴だ、斬ってしまえと家来に命じた
(気づかず)S5日原の者:S5日原の者-S2殿さま
(無礼)S5日原の者:S2殿さま+O12尻
(立腹)S2殿さま:S2殿さま+m3立腹した
(命令)S2殿さま:S2殿さま+S3家来
(斬殺命令)S3家来:S5日原の者+m4手討ちにされた
・びっくりした網の者たちは命からがら三好藤左衛門の屋敷へ逃げ込んだ
(驚愕)S5日原の者:S5日原の者+m9驚愕した
(逃げ込み)S5日原の者:S5日原の者+S1藤左衛門
・家来たちは藤左衛門のところへやって来て、ここに逃げた奴を出せと言った
(来訪)S3家来:S3家来+(S1藤左衛門+O22屋敷)
(引き渡し要求)S3家来:S1藤左衛門-S5日原の者
・それを聞いた藤左衛門はいくら騒いでも出すことはならない。用事があるなら殿さまに直々に来いと言え、自分は殿さまへ三万六千両の大金を貸していると門の内から怒鳴った
(拒否)S1藤左衛門:S3家来-S5日原の者
(直接要求)S1藤左衛門:S2殿さま+O22屋敷
(債権あり)S1藤左衛門:S2殿さま+O6大金
・家来たちはどうすることもできないので、仕方なくすごすご帰っていった
(退散)S3家来:S3家来-S1藤左衛門
・殿さまはその話を聞いて地団駄を踏んで悔しがった
(報告)S3家来:S3家来+S2殿さま
(地団太)S2殿さま:S2殿さま+m10地団太を踏む
・明くる日には千両箱を三十六、馬につけて返した
(返金)S2殿さま:S1藤左衛門+O6千両箱
・金ではどうしても藤左衛門に頭が上がらないので、どうにかしてやっつけてやろうと思い、枕瀬の寺尾山の中腹に庵寺を立て、朝に夕に藤左衛門が貧乏になるように祈らせた
(劣後)S2殿さま:S1藤左衛門+m11頭が上がらない
(建立)S2殿さま:O3枕瀬+O23庵寺
(祈念)S2殿さま:S1藤左衛門+m12貧乏な
・それで庵寺は今でも藤左衛門の屋敷へ真向きに向いている
(方向)O23庵寺:O22屋敷+m13真向きに

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

   聴き手(藤左衛門と殿さまの力関係はどんなものか)
           ↓
送り手(藤左衛門)→大金を貸す(客体)→ 受け手(殿さま)
           ↑
補助者(なし)→ 藤左衛門(主体)←反対者(殿さま)

   聴き手(馬鹿にした態度を見せた藤左衛門はどうなるか)
           ↓
送り手(藤左衛門)→尻を叩いて馬鹿にする(客体)→ 受け手(殿さま)
           ↑
補助者(なし)→ 藤左衛門(主体)←反対者(殿さま)

   聴き手(殿さまの心情はどんなものか)
           ↓
送り手(殿さま)→不問に処す(客体)→ 受け手(藤左衛門)
           ↑
補助者(なし)→ 殿さま(主体)←反対者(藤左衛門)

   聴き手(債権が消えた藤左衛門の心情はどんなものか)
           ↓
送り手(殿さま)→借金を即返済する(客体)→ 受け手(藤左衛門)
           ↑
補助者(なし)→ 殿さま(主体)←反対者(藤左衛門)

   聴き手(訴えられた藤左衛門はどうなるか)
           ↓
送り手(殿さま)→幕府に訴える(客体)→ 受け手(藤左衛門)
           ↑
補助者(幕府)→ 殿さま(主体)←反対者(藤左衛門)

   聴き手(藤左衛門の運命はどうなるか)
           ↓
送り手(幕府)→結局不問に処す(客体)→ 受け手(藤左衛門)
           ↑
補助者(殿さま)→ 幕府(主体)←反対者(藤左衛門)

   聴き手(殿さまの怒りを買った者たちはどうなるか)
           ↓
送り手(日原の者)→裸の尻を見せてしまう(客体)→ 受け手(殿さま)
           ↑
補助者(なし)→ 日原の者(主体)←反対者(殿さま)

   聴き手(藤左衛門はどういう態度に出るか)
           ↓
送り手(日原の者)→保護を求める(客体)→ 受け手(藤左衛門)
           ↑
補助者(藤左衛門)→ 日原の者(主体)←反対者(殿さま)

   聴き手(またも殿さまを刺激した藤左衛門はどうなるか)
           ↓
送り手(藤左衛門)→借金を盾に家来を追い返す(客体)→ 受け手(殿さま)
           ↑
補助者(なし)→ 藤左衛門(主体)←反対者(殿さま)

   聴き手(殿さまの行いをどう思うか)
           ↓
送り手(殿さま)→庵を建てて呪詛する(客体)→ 受け手(藤左衛門)
           ↑
補助者(なし)→ 殿さま(主体)←反対者(藤左衛門)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。日原の庄屋である三好藤左衛門は津和野藩の殿さまに巨額の金を貸し付けていたため精神的に優位に立っていました。津和野藩の殿さまは面白く思っていませんでしたが、あるとき舟で川を下っている際に藤左衛門に尻を叩いて挑発されても不問に処すことしかできませんでした。意趣返しとしてできたのは、借金を即金で返済することくらいでした。また、殿さまは幕府に訴えますが、幕府の役人も藤左衛門を取り調べた挙句、不問に処すことしかできませんでした。あるとき日原の者が漁の際に通りかかった殿さまに裸の尻を向けてしまいます。無礼だと怒った殿さまは手討ちにしようとします。日原の者たちは藤左衛門の屋敷に逃げ込んで保護を求めます。藤左衛門は借金を盾に家来たちを追い返します。またもや殿さまに地団太を踏ませた藤左衛門で、殿さまは庵寺を建てて呪詛するくらいしかできませんでしたという筋立てです。

 藤左衛門―殿さま、殿さま―幕府、幕府―藤左衛門、日原の者―殿さま、日原の者―家来、日原の者―藤左衛門、藤左衛門―家来、といった対立軸が見受けられます。裸の尻/無礼という図式に支配者に無礼を働くことは死をも招きかねないといった危険性が暗喩されています。また、その無礼を敢えて働く藤左衛門の傲慢さも暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

藤左衛門♌♁―殿さま♂♁―幕府♎―家来☾(♂)―日原の者☾(♌)(-1)

 といった風に表記できるでしょうか。藤左衛門が貸し付けた巨額の金を価値と置くと、それを借りた津和野の殿さまは対立者♂でありながら享受者♁ともなります。藤左衛門自身も貸し付けた大金を盾に自分の身を守りますので享受者♁となります。幕府は殿さまの訴えで藤左衛門を召喚して取り調べますので審判者♎と置けるでしょうか。家来は殿さまの援助者☾(♂)となります。日原の者は藤左衛門の庇護下にあります。適当な役割が見当たりませんので、藤左衛門のマイナスの援助者☾(♌)とします。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「藤左衛門と殿さまの力関係はどのように推移するか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「藤左衛門が借金を盾に殿さまに地団太を踏ませる」「殿さまが庵寺を建てて藤左衛門の没落を祈念する」でしょうか。「藤左衛門―大金/地団太―殿さま」「殿さま―庵寺/祈念/没落―藤左衛門」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:藤左衛門と殿さまの力関係はどのように推移するか
        ↑
発想の飛躍:藤左衛門が借金を盾に殿さまに地団太を踏ませる

・藤左衛門―日原の者/家来/幕府―殿さま
        ↑
・藤左衛門―大金/地団太―殿さま
・殿さま―庵寺/祈念/没落―藤左衛門

◆飛躍した連想

 発想の飛躍を「常識離れした連想」と仮定しますと、上述した図式の/(スラッシュ)の箇所に特にその意図的に飛躍させた概念の操作が見出せそうです。

 呪術的思考に典型的に見られますが、ヒトは本来は繋がりのない切り離されたモノの間にも繋がりを見出すことがあります。それは情報処理におけるエラーです。ですが、科学万能の時代においてもエラーであるはずの呪術的思考が完全には消え去ることがないのは、それが人間特有の思考様式の一部であるからかもしれません。昔話では意図的にエラーを起こすとでも言えるでしょうか。

 「三好藤左衛門」では、津和野藩の殿さまは藤左衛門や日原の網の者たちに裸の尻を向けられるという無礼を働かれますが、藤左衛門に巨額の借金をしていることもあって、結局不問に処することしかできず何度も地団太を踏むという展開となっています。

 図式では「藤左衛門―大金/地団太―殿さま」と表記しています。これを細分化すると「藤左衛門―裸―尻―無礼―手討ち―大金―盾―拒絶―地団太―殿さま」となります。また「殿さま―庵寺/祈念/没落―藤左衛門」は「殿さま―地団太―庵寺―建立―向ける―日原―祈念―没落―藤左衛門」と細分化されます。つまり、これらの連想を一瞬で行っていることになります。

 「藤左衛門―裸―尻―無礼―手討ち―大金―盾―拒絶―地団太―殿さま」から「裸の尻=無礼=手討ち=死」「裸の尻=死」、また「殿さま―地団太―庵寺―建立―向ける―日原―祈念―没落―藤左衛門」から「庵寺=没落」といった呪術的思考を見出すことができます。

 以上のように、本文には現れない概念も重要な要素となっています。形態素解析で抽出したキーワードだけでは解釈を十全に行うことは難しいものと考えられます。連想概念辞書も取り込んだ上で分析する方向に機能改善することが望まれると考えられます。

 呪術的思考のような非合理的思考は人間の抱える弱点ですが、昔話においては逆に創造性の源ともなっていると考えることができます。

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「三好藤左衛門」ですと「津和野の殿さまに大金を貸し付けていた藤左衛門は殿さまへの無礼も許された。後に日原の網の者たちが咎められたときも藤左衛門の庇護で逃げ切った」くらいでしょうか。

◆余談

 上方の豪商ならともかく日原の庄屋が一万両もの大金を貸し付けることができるでしょうか。桁が一桁多いのではないかという気がします。

 権力者も巨額の借金を盾にされると思いのままにはならず、呪詛に訴える他ないという点で当時の聴き手である民衆の溜飲を下げる話であったのかもしれません。

 現在でも相撲部屋では横綱に尻を向けるなという厳しい指導が行われているそうですが、この時代では支配者に裸の尻を見せることは無礼に当たり、死をも覚悟せざるを得ないと言えるでしょう。その無礼を敢えて働いてみせる藤左衛門は一面においては傲慢とも見えますが、一方で日原の者たちが庇護を求めて逃げ込んできたりもしますので、民からは慕われていたとも受け止められます。

 高津の人丸さまとは柿本神社のことですが、津和野藩主が年に数回参詣していたということが分かりました。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.375-377.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年10月19日 (土)

行為項分析――汗かき地蔵

◆あらすじ

 木ノ口に小さなお堂があって、お地蔵さまが祀ってある。壇の向こうに胸から上が見えているが、蓮台の上に地から立っておられるのだから、高さが二メートルもある大きなお地蔵さまである。顔や胸の方は真っ黒くすすけているが、下は真っ白い花崗岩で、衣の襞(ひだ)なども実に立派に掘ってある。このお地蔵さまは昔この上にあった宝泉寺の門のところにあったもので、紀伊国から来られたものだった。宝泉寺が脇本へ移るとき、お地蔵さまも一緒に持っていこうとしたが、お地蔵さまは何人かかっても動かすことができない。それで伺ってみると、どうしても脇本へは行かぬと言われるので、少し上へあげて祀ろうということにした。すると、お地蔵さまは軽々と動かされて、誰か一人で今のところへ背負っていったということである。このお地蔵さまはたいそう霊験あらたかで、昔から村に何か変わったことがある時は、汗をかいて知らされた。汗というのは首から上だけであるが、数珠の玉よりももっと大きな汗が目も口も分からないほどどんどん流れるのであった。あるとき村の人が皆でお堂へお参りに行っていると、急にお地蔵さまの顔の様子が変わって、みるみるうちに汗が流れ出た。お地蔵さまが汗をかいていらっしゃると言って村の人たちが一生懸命拝むと、その内に汗が止んだ。その後で村の人がもの知りにみてもらうと、この先村に悪い風邪が流行る。それには一命を落とす人があるかもしれないから気をつけるがよいと言うことであった。ところが一人変わった男がいて、村の人が皆お地蔵さまのところへ集まっているところへ酔っ払ってきて、そんな馬鹿なことがあるもんか。あるものならわしにその風邪をつけてみるがよいと言っていばった。ところがその男はあくる日山から頭痛がするといって帰ったが、酷い熱が出て、生きたり死んだり十四五日も患った。男は人に知られないように、こっそりお地蔵さまに謝りにいって、こらえてもらったということであった。木ノ口の大庭新次郎さんは昭和十年頃六十を少し過ぎていたが、お地蔵さまが汗をかかれたのを三回見たといった。近ごろ汗をかかれたのは昭和九年の一月二十日で、大寒の入りであった。ちょうど宝泉寺の方丈も来ており、村の人も大勢集まっていたが、いきなり汗をかきはじめられたので、方丈が一心にお経を読むとしばらくして止んだ。その後で堂守の尼さんが、あんなに酷い汗をかかれたのだからお袈裟がびたびたに濡れているだろうと思って触ってみると、ちっとも濡れてはいなかったそうである。

◆モチーフ分析

・木ノ口に小さなお堂があって、高さ二メートルある大きなお地蔵さまが祀ってある
・このお地蔵さまは昔この上にあった宝泉寺の門のところにあったもので、紀伊国から来たものだった
・宝泉寺が脇本へ移るとき、お地蔵さまも一緒に持っていこうとしたが、何人かかっても動かすことができなかった
・伺ってみると、どうしても脇本へは行かぬと言われるので、少し上へあげて祀ろうとなった
・するとお地蔵さまは軽々と動かされて、誰か一人で今のところへ背負って行ったという
・お地蔵さまはたいそう霊験あらたかで、昔から村に何か変わったことがある時は、汗をかいて知らされた
・首から上だけだが、数珠の玉より大きな汗がどんどん流れるのだった
・あるとき村人が皆でお堂へお参りに行くと、急にお地蔵さまの顔の様子が変わってみるみる内に汗が流れ出た
・お地蔵さまが汗をかいていると言って村の人たちが一生懸命拝むと、その内に汗が止んだ
・もの知りにみてもらうと、この先村に悪い風邪が流行るから気をつけるとよいと言うことであった
・一人変わった男がいて村人がお地蔵さまのところへ集まっているところに酔っ払ってきて、そんな馬鹿なことがあるか、あるものなら自分につけてみるがよいと言っていばった
・ところが、その男は明くる日頭痛がすると言って山から帰ったが、酷い熱が出て十四五日も患った
・男は人に知られない様にこっそりお地蔵さまに謝りにいってこらえてもらった
・木ノ口の大庭新次郎さんは昭和十年頃六十を少し過ぎていたが、お地蔵さまが汗をかくのを三回見たと言った
・近ごろ汗をかかれたのは昭和九年の大寒の入りだった
・宝泉寺の方丈も来ており、村人も大勢集まっていたが、いきなり汗をかきはじめたので、方丈が一心にお経を読むとしばらくして止んだ
・堂守の尼さんがあんなに酷い汗をかいたのだから袈裟が濡れているだろうと思って触ってみると、ちっとも濡れていなかったそうである

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:地蔵
S2:村人
S3:もの知り
S4:変人
S5:大庭氏
S6:方丈
S7:尼

O(オブジェクト:対象)
O1:木ノ口(村)
O2:お堂
O3:宝泉寺
O4:門
O5:紀伊国
O6:脇本
O7:祭祀
O8:異変
O9:汗
O10:はやり病
O11:山
O12:読経
O13:袈裟

m(修飾語)
m1:大きな
m2:上の
m3:軽い
m4:霊験あらかた
m5:首から上
m6:変化した
m7:酔った
m8:頭痛がする
m9:発熱した
m10:長期間
m11:六十代の
m12:三回
m13:昭和九年
m14:大寒の入り
m15:濡れていない

X:誰か
X2:誰か一人

T:時

+:接
-:離

・木ノ口に小さなお堂があって、高さ二メートルある大きなお地蔵さまが祀ってある
(存在)O1木ノ口:O1木ノ口+O2お堂
(祭祀)X:O2お堂+S1地蔵
(状態)S1地蔵:S1地蔵+m1大きな
・このお地蔵さまは昔この上にあった宝泉寺の門のところにあったもので、紀伊国から来たものだった
(移設)X:O3宝泉寺-S1地蔵
(移設)X:S1地蔵+O2お堂
(移動)X:O5紀伊国-S1地蔵
・宝泉寺が脇本へ移るとき、お地蔵さまも一緒に持っていこうとしたが、何人かかっても動かすことができなかった
(移転)X:O3宝泉寺+O6脇本
(移設試み)X:S1地蔵+O6脇本
(動かせず)X:S1地蔵-O1木ノ口
・伺ってみると、どうしても脇本へは行かぬと言われるので、少し上へあげて祀ろうとなった
(伺う)X:X+S1地蔵
(拒否)S1地蔵:S1地蔵-O6脇本
(移動)X:S1地蔵+m2上の
(祭祀)X:S1地蔵+O7祭祀
・するとお地蔵さまは軽々と動かされて、誰か一人で今のところへ背負って行ったという
(移動)X:S1地蔵+m3軽い
(個で移設)X2:X2+S1地蔵
・お地蔵さまはたいそう霊験あらたかで、昔から村に何か変わったことがある時は、汗をかいて知らされた
(霊験)S1地蔵:S1地蔵+m4霊験あらかた
(異変)O1木ノ口:O1木ノ口+O8異変
(発汗)S1地蔵:S1地蔵+O9汗
(予知)S1地蔵:S2村人+O8異変
・首から上だけだが、数珠の玉より大きな汗がどんどん流れるのだった
(大汗)S1地蔵:O9汗+m1大きな
(限定)O9汗:O9汗+m5首から上
・あるとき村人が皆でお堂へお参りに行くと、急にお地蔵さまの顔の様子が変わってみるみる内に汗が流れ出た
(参拝)S2村人:S2村人+O2お堂
(変化)S1地蔵:S1地蔵+m6変化した
(発汗)S1地蔵:S1地蔵+O9汗
・お地蔵さまが汗をかいていると言って村の人たちが一生懸命拝むと、その内に汗が止んだ
(拝む)S2村人:S2村人+S1地蔵
(汗が引く)S1地蔵:S1地蔵-O9汗
・もの知りにみてもらうと、この先村に悪い風邪が流行るから気をつけるとよいと言うことであった
(相談)S2村人:S2村人+S3もの知り
(解釈)S3もの知り:O1村+O10はやり病
・一人変わった男がいて村人がお地蔵さまのところへ集まっているところに酔っ払ってきて、そんな馬鹿なことがあるか、あるものなら自分につけてみるがよいと言っていばった
(来訪)S4変人:S4変人+S2村人
(酩酊)S4変人:S4変人+m7酔った
(挑発)S4変人:S1地蔵+S4変人
(挑発)S1地蔵:S4変人+O10はやり病
・ところが、その男は明くる日頭痛がすると言って山から帰ったが、酷い熱が出て十四五日も患った
(頭痛)S4変人:S4変人+m8頭痛がする
(帰宅)S4変人:S4変人-O11山
(発熱)S4変人:S4変人+m9発熱した
(患い)S4変人:S4変人+(m9発熱した+m10長期間)
・男は人に知られない様にこっそりお地蔵さまに謝りにいってこらえてもらった
(単独行動)S4変人:S4変人-S2村人
(謝罪)S4変人:S4変人+S1地蔵
・木ノ口の大庭新次郎さんは昭和十年頃六十を少し過ぎていたが、お地蔵さまが汗をかくのを三回見たと言った
(在住)S5大庭氏:S5大庭氏+O1木ノ口
(年齢)S5大庭氏:S5大庭氏+m11六十代
(頻度)S5大庭氏:O9汗+m12三回
・近ごろ汗をかかれたのは昭和九年の大寒の入りだった
(直近の出来事)S1地蔵:O9汗+m13昭和九年
(季節)T:T+m14大寒の入り
・宝泉寺の方丈も来ており、村人も大勢集まっていたが、いきなり汗をかきはじめたので、方丈が一心にお経を読むとしばらくして止んだ
(参集)O2お堂:S6方丈+S2村人
(発汗)S1地蔵:S1地蔵+O9汗
(読経)S6方丈:S6方丈+O12読経
(汗が引く)S1地蔵:S1地蔵-O9汗
・堂守の尼さんがあんなに酷い汗をかいたのだから袈裟が濡れているだろうと思って触ってみると、ちっとも濡れていなかったそうである
(触れる)S7尼:S7尼+O13袈裟
(乾燥)O13袈裟:O13袈裟+m15濡れていない

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

    聴き手(地蔵の願いは何か)
           ↓
送り手(誰か)→別の村に移そうとすると動かない(客体)→ 受け手(地蔵)
           ↑
補助者(なし)→ 誰か(主体)←反対者(地蔵)

    聴き手(地蔵の願いは何か)
           ↓
送り手(誰か)→門の上だと軽々と運べた(客体)→ 受け手(地蔵)
           ↑
補助者(地蔵)→ 誰か(主体)←反対者(なし)

   聴き手(汗で異変を予知した村人はどうするか)
           ↓
送り手(地蔵)→汗をかいて予知する(客体)→ 受け手(村人)
           ↑
補助者(なし)→ 地蔵(主体)←反対者(なし)

   聴き手(はやり病を予知した村人はどうするか)
           ↓
送り手(もの知り)→はやり病を予知(客体)→ 受け手(村人)
           ↑
補助者(地蔵)→ もの知り(主体)←反対者(なし)

   聴き手(酔って地蔵を挑発した男はどうなるか)
           ↓
送り手(変人)→地蔵を挑発するが謝罪する(客体)→ 受け手(地蔵)
           ↑
補助者(なし)→ 変人(主体)←反対者(地蔵)

   聴き手(方丈が読経した結果どうなるか)
           ↓
送り手(方丈)→汗をかいた地蔵に読経する(客体)→ 受け手(地蔵)
           ↑
補助者(なし)→ 方丈(主体)←反対者(なし)

   聴き手(地蔵がかくという汗は何なのか)
           ↓
送り手(尼)→袈裟を触るが濡れていない(客体)→ 受け手(地蔵)
           ↑
補助者(なし)→ 尼(主体)←反対者(なし)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。木ノ口のお堂に祀られているお地蔵さまは紀伊国から来たものだが木ノ口から動こうとしなかった。お地蔵さまは汗をかくことで村人に異変を伝えた。あるとき汗をかいたときは、もの知りが流行り病の兆候だと解釈した。それを酔った変人がそんなことがあるものかと挑発したところ、男自身が病にかかってしまい、男は地蔵さまに謝罪することで病気が平癒した。近年では戦前に汗をかいた。方丈が読経すると汗は引いた。尼僧が袈裟に触れたところ、汗をかいたのに全く濡れていなかったという筋立てです。

 誰か(村人か)―地蔵、地蔵―村人、地蔵―汗、汗―村人、村人―もの知り、変人―地蔵、方丈―地蔵、尼―地蔵、といった対立軸が見受けられます。汗/異変の図式に通常では起こりえない変化に異変を見出す村人の心性が暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

地蔵♌☉―誰か☾(♌)―村人♁―もの知り☾(♁)―変人♂―大庭氏―方丈☾(♌)―尼☾(♌)

 といった風に表記できるでしょうか。地蔵は汗をかくことで村人に異変を知らせますので価値☉であり主体と置きます。地蔵を移設しようと試みる誰かは地蔵の援助者☾と置けるでしょう。村人は地蔵の霊験によって異変を予知しますので享受者♁と置けます。村人に汗の解釈を伝えるもの知りは村人の援助者☾と置けるでしょう。地蔵を挑発する変人は対立者と置けます。近年における汗かきの目撃者である大庭氏は村人の一人なので享受者♁と置けるでしょう。方丈や尼は地蔵の援助者☾と置けるでしょう。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「地蔵の予知によって村人には何がもたらされるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「お地蔵さまが汗をかいて村人に異変を知らせる」「地蔵を挑発した変人が流行り病にかかってしまう」でしょうか。「地蔵―汗/異変―村人」「地蔵―挑発―変人/流行り病/謝罪」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:地蔵の予知によって村人には何がもたらされるか
        ↑
発想の飛躍:お地蔵さまが汗をかいて村人に異変を知らせる
      地蔵を挑発した変人が流行り病にかかってしまう

・地蔵―汗―村人―もの知り―変人
       ↑
・地蔵―汗/異変―村人
・地蔵―挑発―変人/流行り病/謝罪

◆飛躍した連想

 発想の飛躍を「常識離れした連想」と仮定しますと、上述した図式の/(スラッシュ)の箇所に特にその意図的に飛躍させた概念の操作が見出せそうです。

 呪術的思考に典型的に見られますが、ヒトは本来は繋がりのない切り離されたモノの間にも繋がりを見出すことがあります。それは情報処理におけるエラーです。ですが、科学万能の時代においてもエラーであるはずの呪術的思考が完全には消え去ることがないのは、それが人間特有の思考様式の一部であるからかもしれません。昔話では意図的にエラーを起こすとでも言えるでしょうか。

 「汗かき地蔵」では石像である地蔵に結露して水滴がつくことを地蔵が汗をかくと村人は解釈します。そしてそれは流行り病などの異変を予知すると考えられているという話となっています。

 図式では「地蔵―汗/異変―村人」「地蔵―挑発―変人/流行り病/謝罪」と表記しています。これを細分化すると「地蔵―霊験―石像―結露―汗―異変―予知―村人―もの知り―解釈―流行り病―変人―酔う―挑発―り患―仏罰―謝罪」となります。つまり、これらの連想を一瞬で行っていることになります。

 地蔵が汗をかいたことを流行り病と解釈したもの知りに対し酔った変人がその解釈を否定し挑発しますが、却って自身がり患してしまい、こっそり地蔵に謝罪します。一種の仏罰と考えられます。

 「地蔵―発汗―解釈―流行り病―予知―恩恵―否定―挑発―り患―仏罰―謝罪」から「発汗=恩恵」「地蔵=挑発=仏罰」といった呪術的思考を見出すことができます。

 以上のように、本文には現れない概念も重要な要素となっています。形態素解析で抽出したキーワードだけでは解釈を十全に行うことは難しいものと考えられます。連想概念辞書も取り込んだ上で分析する方向に機能改善することが望まれると考えられます。

 呪術的思考のような非合理的思考は人間の抱える弱点ですが、昔話においては逆に創造性の源ともなっていると考えることができます。

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「汗かき地蔵」ですと「異変を予知するお地蔵さまを信じなかった男がいざ病気になってお地蔵さまに謝りに行った」くらいでしょうか。

◆余談

 お地蔵さまが汗をかくということは、結露して石に水滴がつくということですが、自然現象でそういうことが起こりうるのでしょうか。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.372-374.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年10月18日 (金)

行為項分析――野の池

◆あらすじ

 須川谷(すごう)は匹見川のほとりにある、たった七軒ほどの村であった。後ろは切り立った険しい山で、この上に野の池という大きな池があった。川向こうの舟つけの喜左衛門という男が猟に行って、この池のほとりへ来ると、お婆さんが洗い物をしていた。喜左衛門はこんな人里はなれた山の中にお婆さんがいるのはおかしいので、きっと化物に違いない、撃ってやろうと思った。ところが持っている玉は普通の猟に使う玉なので、家へ帰って鉄の二重玉を込めてきた。喜左衛門が池のほとりへ来てみると、お婆さんはいなくなって、向こうから大きな蛇が箕の様な口を開けて池の上を波立たせながらやってきた。喜左衛門はその口めがけて鉄砲を一発撃ち込むと、家へ帰ってはんどうに一杯水を飲んだが、すぐ死んでしまった。蛇はもがき苦しんで池の中をのたうちまわり、とうとう池の縁を破って下の谷底へずり落ちて死んだが、誰も知らなかった。それから何年か経った後のことである。須川谷の川向こうの家へ毎年のように広島の方から来て宿を借りる反物屋がいた。あるとき反物屋がその家の子供が白い石の様なものを持って遊んでいるのでよく見ると、大きな蛇の骨だった。反物屋はびっくりして、これはどこで拾ったかと尋ねると、向こうの谷へ行けば幾らでもあると子供は言う。そこで向こうの谷へ行ってみると沢山ごろごろと転がっていた。反物屋は大喜びでそれを皆拾い、反物はその家へ預けて帰った。蛇の骨は薬になり、とてもいい値で売れるので反物屋は大儲けをした。そこの家では何時まで経っても反物屋が来ないので、預けていった反物を一反出し二反出しとうとう皆使ってしまった。ところがそこへひょっこり反物屋がやってきた。反物屋は思いがけない大儲けをしたので、この家へ礼を言ったり、蛇の骨の残りでもあれば拾って帰ろうと思ったのである。しかしその家ではびっくりした。あんまり来ないので、置いていった反物をきれいに使ってしまったところに来たのだから、これはきっと反物を取りに来たのに違いない、大変なことになったと思った。そして反物屋を前の池へ突っ込んで殺してしまった。それからこの池はいつも血の様に赤く濁っていて、その家では良くないことが絶えないということである。蛇がずり落ちて死んだ谷は蛇落谷と呼ばれている。野の池は今でも雨の降った後などには水がたまって、葦(あし)が茂っている。

◆モチーフ分析

・須川谷は匹見川のほとりにある七軒ほどの村だった
・後ろは切り立った険しい山で、この上に野の池という大きな池があった
・喜左衛門という男が猟に行って、池のほとりへ来るとお婆さんが洗い物をしていた
・喜左衛門は人里はなれた山の中にお婆さんがいるのはおかしい。化物に違いない、撃ってやろうと思った
・持っているのは普通の玉なので、家へ帰って鉄の二重玉を込めてきた
・喜左衛門が池のほとりに来てみると、お婆さんはいなくなって、向こうから蛇が口を開けて池の上をやってきた
・喜左衛門はその口めがけて鉄砲を一発撃ち込むと家へ帰って一杯水を飲んだが、すぐ死んでしまった
・蛇はもがき苦しんで池の中をのたうちまわり、池の縁を破って下の谷底へずり落ちて死んだ
・それから何年か経った後、須川谷の川向こうの家へ毎年のように宿を借りる反物屋がいた
・あるとき反物屋がその家の子供が白い石の様なもので遊んでいるのでよく見ると大きな蛇の骨だった
・びっくりした反物屋はどこで拾ったか尋ねると、谷へ行けば幾らでもあると子供は言った
・向こうの谷へ行ってみると沢山転がっていた
・反物屋は大喜びでそれを拾い、反物はその家へ預けて帰った
・蛇の骨は薬になり、いい値で売れるので大儲けした
・その家では反物屋は何時まで経っても来ないので、預けた反物を皆使ってしまった
・そこにひょっこり反物屋がやって来た
・反物屋は思いがけない大儲けをしたので礼を言ったり、残りの骨を拾って帰ろうと思った
・これは反物を取りに来たに違いない、大変なことになったと思い、反物屋を池へ突っ込んで殺してしまった
・それから池はいつも血の様に赤く濁って、その家では良くないことが絶えなかった
・蛇が落ちて死んだ谷は蛇落谷と呼ばれている
・野の池は今でも雨の降った後には水がたまって葦が茂っている

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:喜左衛門
S2:お婆さん
S3:蛇
S4:反物屋
S5:子供
S6:家

O(オブジェクト:対象)
O1:須川谷
O2:匹見川
O3:村
O4:山
O5:野の池
O6:猟
O7:洗濯
O8:化物
O9:家
O10:二重玉
O11:水
O12:谷底(蛇落谷)
O13:白い石(蛇の骨)
O14:反物
O15:利益
O16:礼
O17:雨
O18:葦

m(修飾語)
m1:ほとりの
m2:七軒の
m3:後ろに
m4:上に
m5:不審な
m6:死んだ
m7:苦しんだ
m8:時が経過した
m9:川向こうの
m10:喜んだ
m11:薬効のある
m12:赤く濁った
m13:不幸の続く

T:時
X:人々

+:接
-:離

・須川谷は匹見川のほとりにある七軒ほどの村だった
(存在)O1須川谷:O2匹見川+m1ほとりの
(存在)O1須川谷:O3村+m2七軒の
・後ろは切り立った険しい山で、この上に野の池という大きな池があった
(存在)O1須川谷:O4山+m3後ろに
(存在)O5野の池:O4山+m4上に
・喜左衛門という男が猟に行って、池のほとりへ来るとお婆さんが洗い物をしていた
(猟)S1喜左衛門:S1喜左衛門+O6猟
(来訪)S1喜左衛門:S1喜左衛門+O5野の池
(目撃)S1喜左衛門:S2お婆さん+O7洗濯
・喜左衛門は人里はなれた山の中にお婆さんがいるのはおかしい。化物に違いない、撃ってやろうと思った
(不審)S1喜左衛門:S2お婆さん+m5不審な
(断定)S1喜左衛門:S2お婆さん+O8化物
(攻撃の意思)S1喜左衛門:S1喜左衛門+S2お婆さん
・持っているのは普通の玉なので、家へ帰って鉄の二重玉を込めてきた
(帰宅)S1喜左衛門:S1喜左衛門-O5野の池
(帰宅)S1喜左衛門:S1喜左衛門+O9家
(装備)S1喜左衛門:S1喜左衛門+O10二重玉
・喜左衛門が池のほとりに来てみると、お婆さんはいなくなって、向こうから蛇が口を開けて池の上をやってきた
(再訪)S1喜左衛門:S1喜左衛門+O5野の池
(不在)S1喜左衛門:O5野の池-S2お婆さん
(襲撃)S3蛇:S3蛇+S1喜左衛門
・喜左衛門はその口めがけて鉄砲を一発撃ち込むと家へ帰って一杯水を飲んだが、すぐ死んでしまった
(銃撃)S1喜左衛門:S3蛇+O10二重玉
(帰宅)S1喜左衛門:S1喜左衛門-O5野の池
(帰宅)S1喜左衛門:S1喜左衛門+O9家
(補水)S1喜左衛門:S1喜左衛門+O11水
(死亡)S1喜左衛門:S1喜左衛門+m6死んだ
・蛇はもがき苦しんで池の中をのたうちまわり、池の縁を破って下の谷底へずり落ちて死んだ
(苦悶)S3蛇:S3蛇+m7苦しんだ
(転落)S3蛇:S3蛇-O5野の池
(転落)S3蛇:S3蛇+O12谷底
(死亡)S3蛇:S3蛇+m6死んだ
・それから何年か経った後、須川谷の川向こうの家へ毎年のように宿を借りる反物屋がいた
(経過)T:T+m8時が経過した
(存在)S6家:O1須川谷+m9川向こうの
(存在)S4反物屋:S4反物屋+S6家
・あるとき反物屋がその家の子供が白い石の様なもので遊んでいるのでよく見ると大きな蛇の骨だった
(目撃)S4反物屋:S5子供+O13白い石
(判別)S4反物屋:O13白い石+O13蛇の骨
・びっくりした反物屋はどこで拾ったか尋ねると、谷へ行けば幾らでもあると子供は言った
(質問)S4反物屋:S4反物屋+S5子供
(回答)S5子供:S5子供+O12谷底
(回答)S5子供:S5子供+O13白い石
・向こうの谷へ行ってみると沢山転がっていた
(訪問)S4反物屋:S4反物屋+O12谷底
(確認)S4反物屋:S4反物屋+O13蛇の骨
・反物屋は大喜びでそれを拾い、反物はその家へ預けて帰った
(喜色)S4反物屋:S4反物屋+m10喜んだ
(取得)S4反物屋:S4反物屋+O13蛇の骨
(預ける)S4反物屋:S6家+O14反物
(帰宅)S4反物屋:S4反物屋-S6家
・蛇の骨は薬になり、いい値で売れるので大儲けした
(薬効)O13蛇の骨:O13蛇の骨+m11薬効のある
(儲け)S4反物屋:S4反物屋-O13蛇の骨
(儲け)S4反物屋:S4反物屋+O15利益
・その家では反物屋は何時まで経っても来ないので、預けた反物を皆使ってしまった
(未訪問)S4反物屋:S6家-S4反物屋
(消費)S6家:S6家+O14反物
・そこにひょっこり反物屋がやって来た
(訪問)S4反物屋:S4反物屋+S6家
・反物屋は思いがけない大儲けをしたので礼を言ったり、残りの骨を拾って帰ろうと思った
(意図)S4反物屋:S6家+O16礼
(意図)S4反物屋:S4反物屋+O13蛇の骨
・これは反物を取りに来たに違いない、大変なことになったと思い、反物屋を池へ突っ込んで殺してしまった
(勘違い)S6家:S4反物屋+O14反物
(殺害)S6家:S4反物屋+O5野の池
(死亡)S4反物屋:S4反物屋+m6死んだ
・それから池はいつも血の様に赤く濁って、その家では良くないことが絶えなかった
(濁り)O5野の池:O5野の池+m12赤く濁った
(不幸)S6家:S6家+m13不幸の続く
・蛇が落ちて死んだ谷は蛇落谷と呼ばれている
(呼称)X:O12谷底+O12蛇落谷
・野の池は今でも雨の降った後には水がたまって葦が茂っている
(降雨)O5野の池:O5野の池+O17雨
(溜まる)O5野の池:O5野の池+O11水
(生育)O5野の池:O5野の池+O18葦

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

   聴き手(婆さんの正体は何者か)
           ↓
送り手(喜左衛門)→化物ではないかと疑う(客体)→ 受け手(婆さん)
           ↑
補助者(なし)→ 喜左衛門(主体)←反対者(婆さん)

   聴き手(蛇と喜左衛門はどうなるか)
           ↓
送り手(喜左衛門)→射殺する(客体)→ 受け手(蛇)
           ↑
補助者(なし)→ 喜左衛門(主体)←反対者(蛇)

   聴き手(蛇の骨の存在を知った反物屋はどうするか)
           ↓
送り手(子供)→蛇の骨の情報を入手(客体)→ 受け手(反物屋)
           ↑
補助者(家)→ 反物屋(主体)←反対者(なし)

   聴き手(反物を預かった家の者はどうするか)
           ↓
送り手(反物屋)→反物を預けて帰宅(客体)→ 受け手(家)
           ↑
補助者(家)→ 反物屋(主体)←反対者(なし)

   聴き手(反物屋を殺害した家の者はどうなるか)
           ↓
送り手(家)→勘違いして野の池で殺害(客体)→ 受け手(反物屋)
           ↑
補助者(なし)→ 家(主体)←反対者(反物屋)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。野の池で見知らぬ婆さんに遭遇した喜左衛門は婆さんを不審に思い、特別な銃弾を用意します。野の池に戻ったところ、婆さんはおらず、蛇が襲ってきます。蛇を撃退した喜左衛門ですが、毒に当たったのか帰宅後死んでしまいます。銃撃された蛇も谷底へ落ちて死んでしまい白骨化します。その骨で遊んでいた子供を認めた反物屋はそれが薬効のある蛇の骨と見抜きます。蛇の骨の在処を聞き出した反物屋は骨を拾い、反物は子供の家に預けて帰宅します。蛇の骨を売って大儲けした反物屋は家の者に礼をしに再訪しますが、預かっていた反物を使い切っていた家の者は勘違いして反物屋を野の池で殺害してしまいます。それから野の池は赤く濁るようになり、その家は不幸が続くようになったという筋立てです。喜左衛門の話と反物屋の話とが蛇の骨で結びついている構成となっています。

 喜左衛門―婆さん、喜左衛門―蛇、反物屋―子供、反物屋―蛇の骨、反物屋―家の者、といった対立軸が見受けられます。蛇の骨/反物を入れ替えることで不幸が起こることが暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

喜左衛門♌―蛇♂☉―反物屋♌♁―家の者♂―子供☾(♁)―婆さん☾(♂)

 といった風に表記できるでしょうか。主体♌は喜左衛門と反物屋の二人と見なすことができます。薬効のある蛇の骨を価値☉と置くと、骨を拾う反物屋は享受者♁となります。その情報を偶然教えることになる子供は援助者☾と置けるでしょう。蛇は喜左衛門にとって対立者♂であり、子供の家の者も反物屋にとって対立者♂となります。婆さんの正体は明らかとなりません。これは物語の欠落とも考えらえますが、ここでは喜左衛門を蛇に引き合わせる役割を果たすため援助者☾と置きます。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「殺された蛇は関わる人にどんな運命をもたらすか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「蛇の骨は薬になる」「殺された反物屋の血で野の池が赤く濁る」でしょうか。「反物屋―大儲け/薬効/骨―子供」「家の者―勘違い/殺害―反物屋―祟り/血/濁る―野の池」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:殺された蛇は関わる人にどんな運命をもたらすか
        ↑
発想の飛躍:蛇の骨は薬になる

・喜左衛門/反物屋―死―蛇/蛇の骨
        ↑
・反物屋―大儲け/薬効/骨―子供
・家の者―勘違い/殺害―反物屋―祟り/血/濁る―野の池

◆飛躍した連想

 発想の飛躍を「常識離れした連想」と仮定しますと、上述した図式の/(スラッシュ)の箇所に特にその意図的に飛躍させた概念の操作が見出せそうです。

 呪術的思考に典型的に見られますが、ヒトは本来は繋がりのない切り離されたモノの間にも繋がりを見出すことがあります。それは情報処理におけるエラーです。ですが、科学万能の時代においてもエラーであるはずの呪術的思考が完全には消え去ることがないのは、それが人間特有の思考様式の一部であるからかもしれません。昔話では意図的にエラーを起こすとでも言えるでしょうか。

 「野の池」では蛇もしくは白骨化した蛇と関わることとなった喜左衛門と反物屋の運命が語られています。

 図式では「喜左衛門/反物屋―死―蛇/蛇の骨」と表記しています。これを細分化すると「喜左衛門―遭遇―婆さん―二重玉―射殺―蛇―白骨化―遊ぶ―子供―反物屋―薬効―儲け―家―預ける―反物―消費―勘違い―殺害―野の池―濁る―赤―祟り」となります。つまり、これらの連想を一瞬で行っていることになります。

 蛇の骨に薬効があることを見抜いた反物屋は売り物の反物を子供の家の者に預けて帰路につきます。ここで蛇の骨と反物の入れ替えが行われる訳ですが、これが後の不幸に繋がります。「蛇の骨/反物―反物屋/家の者―殺害/野の池―濁る/祟り」から「蛇の骨≒祟り」といった呪術的思考を見出すことができます。

 伝説では明言されていませんが、射殺された蛇が骨となって関わった者に不幸をもたらす、また、舞台となった野の池に変化をもたらすといった説話となっていると考えられます。

 以上のように、本文には現れない概念も重要な要素となっています。形態素解析で抽出したキーワードだけでは解釈を十全に行うことは難しいものと考えられます。連想概念辞書も取り込んだ上で分析する方向に機能改善することが望まれると考えられます。

 呪術的思考のような非合理的思考は人間の抱える弱点ですが、昔話においては逆に創造性の源ともなっていると考えることができます。

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「野の池」ですと「喜左衛門によって退治された蛇の骨を拾った反物屋は大儲けしたが、誤解した家の者に野の池で殺されてしまった」くらいでしょうか。

◆余談

 喜左衛門の話と反物屋の話とが蛇を橋渡しすることで連続し、舞台となる野の池に変化をもたらす伝説となっています。冒頭で登場する婆さんは途中で消えてしまい、その後は登場しません。そのため正体は明らかになりません。これは語られないことによって却って魅力が引き立つこともあると言えるでしょう・

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.370-371.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年10月17日 (木)

行為項分析――ぶんぶん岩

◆あらすじ

 須川にぶんぶん岩という岩があった。今では道路ができて岩もなくなったが、昔は夜など気味の悪い寂しいところであった。昔、若い女が夜糸をつむいで帰りにここで殺された。女は十九であった。それから夜に人がここを通ると「去年も十九 今年も十九 ぶうん ぶうん」と唄を唄って糸車を廻す音が聞こえた。それでここを「ぶんぶん岩」という様になった。ぶんぶん岩の下の田の畔(あぜ)は夜になると白い鶏が歩くということであった。横道に十九原というところがある。ここへは夜は若い女が出て「去年も十九 今年も十九」と言って踊りを踊ると言う。

◆モチーフ分析

・須川にぶんぶん岩という岩があった。夜は気味の悪い寂しいところであった
・昔、十九歳の女が夜に糸をつむいだ帰りにここで殺された
・それから夜にここを通ると「去年も十九 今年も十九 ぶうん ぶうん」と唄を唄って糸車を廻す音が聞こえた
・それでここをぶんぶん岩と言う様になった
・ぶんぶん岩の下の田の畔は夜になると白い鶏が歩くという
・横道に十九原というところがあって、夜に若い女が出て「去年も十九 今年も十九」と言って踊りを踊ると言う

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:女
S2:鶏

O(オブジェクト:対象)
O1:須川
O2:ぶんぶん岩(岩)
O3:糸
O4:唄
O5:糸車
O6:田の畔
O7:十九原
O8:踊り

m(修飾語)
m1:夜
m2:気味の悪い
m3:昔
m4:十九歳の
m5:死んだ
m6:齢をとらない
m7:下の
m8:白い
m9:横道の

T:時

X1:何者か
X2:人々

+:接
-:離

・須川にぶんぶん岩という岩があった。夜は気味の悪い寂しいところであった
(存在)O1須川:O1須川+O2ぶんぶん岩
(状態)O2ぶんぶん岩:O2ぶんぶん岩+(m1夜+m2気味の悪い)
・昔、十九歳の女が夜に糸をつむいだ帰りにここで殺された
(過去)T:T+m3昔
(年齢)S1女:S1女+m4十九歳の
(紡ぐ)S1女:S1女+O3糸
(殺害)X1:X1+S1女
(犯行場所)O2ぶんぶん岩:S1女+m5死んだ
・それから夜にここを通ると「去年も十九 今年も十九 ぶうん ぶうん」と唄を唄って糸車を廻す音が聞こえた
(時刻)(過去)T:T+m1夜
(通過)X2:X2+O2ぶんぶん岩
(聴こえる)X2:X2+O4唄
(内容)O4唄:S1女+m6齢をとらない
(内容)S1女:S1女+O5糸車
・それでここをぶんぶん岩と言う様になった
(地名由来)X2:X2+O2ぶんぶん岩
・ぶんぶん岩の下の田の畔は夜になると白い鶏が歩くという
(存在)O6田の畔:O2ぶんぶん岩+m7下の
(時刻)T:T+m1夜
(出現)S2鶏:S2鶏+O6田の畔
(状態)S2鶏:S2鶏+m8白い
・横道に十九原というところがあって、夜に若い女が出て「去年も十九 今年も十九」と言って踊りを踊ると言う
(存在)O7十九原:O2ぶんぶん岩+m9横道の
(時刻)T:T+m1夜
(踊る)S1女:S1女+O8踊り
(内容)O8踊り:O8踊り+m6齢をとらない

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

   聴き手(殺された若い女はどうなるか)
           ↓
送り手(何者か)→ぶんぶん岩で殺害する(客体)→ 受け手(女)
           ↑
補助者(なし)→ 何者か(主体)←反対者(女)

   聴き手(女の唄をどう感じるか)
           ↓
送り手(女)→ぶんぶん岩で唄う(客体)→ 受け手(人々)
           ↑
補助者(なし)→ 女(主体)←反対者(なし)

    聴き手(謎の鶏は何ものか)
           ↓
送り手(鶏)→夜になると畔に出没する(客体)→ 受け手(人々)
           ↑
補助者(なし)→ 鶏(主体)←反対者(なし)

   聴き手(女の踊りをどう感じるか)
           ↓
送り手(女)→十九原で踊る(客体)→ 受け手(人々)
           ↑
補助者(なし)→ 女(主体)←反対者(なし)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。須川のぶんぶん岩は昔、十九歳の女が糸を紡いだ帰りに殺されてしまった所だと言う。それからは夜に通りかかると女の幽霊が永遠に齢をとらないことを嘆く唄が聴こえるようになった。また、岩の下の田の畔には夜になると白い鶏が出ると言う。横道の十九原では夜になると女の幽霊が永遠に齢をとらないことを嘆きながら踊るという筋立てです。

 ぶんぶん岩―女、女―唄、畔―鶏、十九原―女、女―踊り、といった対立軸が見受けられます。唄/十九歳の図式に永遠に齢を重ねることのない哀しみが、唄/糸車の図式に若い女の果たす務めが暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

女♌♁(-1)♎

 といった風に表記できるでしょうか。齢を重ねて生きていくことを価値☉と、殺された若い女はマイナスの享受者♁(-1)と置けるでしょうか。その哀しみを唄や踊りとして人々に訴えますので、審判者♎とも置けるでしょうか。女を殺した何者かは登場しません。鶏も登場するだけで何も為しませんので外しました。

◆フェミニズム分析

 糸を紡ぐのは女性の役割です。その勤めを終えた帰りにぶんぶん岩で殺されてしまいます。その犯人は明らかにはされません。復讐することも叶わず、永遠に齢をとることのない悲哀を訴える他ない女性の弱い立場が描かれているとも解釈可能です。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「ぶんぶん岩で女が訴えようとしているのは何か」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「『去年も十九 今年も十九 ぶうん ぶうん』という唄」でしょうか。「女―唄/十九歳/糸車―岩」「去年=今年=十九歳=永遠」といった図式です。「ぶうん ぶうん」というオノマトペで「ぶんぶん岩」に引っ掛けている訳です。「唄―ぶんぶん/オノマトペ―岩」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:ぶんぶん岩で女が訴えようとしているのは何か
        ↑
発想の飛躍:『去年も十九 今年も十九 ぶうん ぶうん』という唄

・ぶんぶん岩/夜―女/幽霊―唄/踊り
      ↑
・女―唄/十九歳/糸車―岩
・去年=今年=十九歳=永遠
・唄―ぶんぶん/オノマトペ―岩

◆飛躍した連想

 発想の飛躍を「常識離れした連想」と仮定しますと、上述した図式の/(スラッシュ)の箇所に特にその意図的に飛躍させた概念の操作が見出せそうです。

 呪術的思考に典型的に見られますが、ヒトは本来は繋がりのない切り離されたモノの間にも繋がりを見出すことがあります。それは情報処理におけるエラーです。ですが、科学万能の時代においてもエラーであるはずの呪術的思考が完全には消え去ることがないのは、それが人間特有の思考様式の一部であるからかもしれません。昔話では意図的にエラーを起こすとでも言えるでしょうか。

 「ぶんぶん岩」では明言されていませんが、女は幽霊と解釈していいでしょう。糸を紡ぐのを務めとしていた女の幽霊が糸車を回す音に合わせて永遠に齢をとることのない哀しみを唄う構図となっています。

 図式では「唄/十九歳/糸車」と表記しています。これを細分化すると「女―十九歳―殺害―年齢―永遠に―止まる―哀しみ―唄―音―糸車―務め―女―オノマトペ―ぶんぶん―岩―須川」となります。つまり、これらの連想を一瞬で行っていることになります。

 「去年も十九 今年も十九」というフレーズから「去年=今年=十九歳=永遠」これを倒置すると「永遠=十九歳」といった呪術的思考を見出すことができます。

 「去年=今年=十九歳=永遠」から「永遠=十九歳」と倒置させることでニュアンスの変化をも生じさせてもいます。故に発想が飛躍していると感じられる訳です。

 以上のように、本文には現れない概念も重要な要素となっています。形態素解析で抽出したキーワードだけでは解釈を十全に行うことは難しいものと考えられます。連想概念辞書も取り込んだ上で分析する方向に機能改善することが望まれると考えられます。

 呪術的思考のような非合理的思考は人間の抱える弱点ですが、昔話においては逆に創造性の源ともなっていると考えることができます。

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「ぶんぶん岩」ですと「若い女がここで殺されてから、幽霊の唄が聞こえるようになったのが岩の名の由来だとする」くらいでしょうか。

◆余談

 複数の伝説からなるお話です。オノマトペが岩の名の由来となったという説話であり、齢をとれない幽霊の悲哀です。

 「ぶんぶん」といったオノマトペはそれ自体では意味を持ちませんが、それを共有する者との間でのニュアンスの伝達が可能となります。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)p.369.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年10月16日 (水)

行為項分析――千八尋渕

◆あらすじ

 円ノ谷から鍛冶屋谷に沿って登ると、大津に千八尋渕(せんやひろぶち)という有名な渕がある。直径三、四メートルくらいの丸い渕で、そう大きいことはないが、はんどう(水瓶)を上から覗く様に周囲の岩が下になるほど広がり、青黒い水をたたえている。この渕は底が円ノ谷の蛇渕へ続いているということで、この渕へ手杵を落としたところ蛇渕へ浮いたとか、籾殻(すくも)を流しこんだところ蛇渕へ出たとかいう話がある。昔、大津の長九郎という人が日原から塩を買って帰りに千八尋渕の上で休んでいた。すると渕から一匹の蜘蛛(くも)が上がってきて、長九郎の膝の頭へ糸をつけて渕へ下りていった。長九郎はおかしなことをすると思って、糸を外してほとりの松の切株へつけておいた。しばらくすると、下から糸をぐいぐい引っ張りはじめた。すると、大きな松の切株がぐっさぐっさと動き出して、とうとう下の渕へどぶんと落ち込んでしまった。長九郎は危ないところだった。もう少しで渕へ引っ張り込まれるところだったと思いながら家へ帰った。その晩、長九郎の家の床の間にあった刀が一人働きをして何か斬ったので、明くる朝見るとべっとりと血がついていた。ある時長九郎が外から帰ってみると、昔から家伝の刀のしまってある箪笥(たんす)の引き出しを百足(むかで)がぞろぞろ這い回っていた。不思議に思って刀を出してみると、刀の刃を百足が這っていた。その話が伝わって、あっちこっちから人が見にくるようになった。とうとうそれが津和野の殿さまの耳に入って、そういう刀があるならば差し出すようにという沙汰があった。長九郎は仕方なしに刀を差しだした。ところがその晩から、刀は毎晩のようにかたかたと鍔(つば)を鳴らせて長九へ帰る、長九へ帰ると言う。殿さまは気味が悪くなって、とうとう長九郎へ返した。そののち長い間、刀は長九郎の家にあって、抜いてみるといつでもこうこうとした刃の上を百足が這っていた。そしてあっちこっちから見にくる人が絶えなかった。けれども長九郎は決して女には見せなかった。長九郎の女房はそれを見て、いくら女だからと言って自分の家にあるものを見ることができないというのは情けない話だと思った。そしてある日長九郎が留守の間にそっと刀を出してみた。ところがそれから刀に百足がいなくなり、赤い錆(さび)がくるようになった。ある時長九郎が千八尋渕へ行くと、向こうの岸からこっちの岸へとてつもない大きな蟹(かに)が爪をかけていた。長九郎はびっくりして火縄銃に青銅の一つ玉を込めてズドンと一発大きな甲をめがけて撃つと蟹は渕へ落ちた。長九郎は家へ帰ると手桶に三杯水を飲んだがすぐ死んでしまった。

◆モチーフ分析

・大津に千八尋渕という有名な渕があって、円ノ谷の蛇渕へ続いていると言う
・大津の長九郎が日原からの帰りに千八尋渕の上で休んでいた
・渕から一匹の蜘蛛が上がって来て、長九郎の膝頭へ糸をつけて渕へ下りていった
・不審に思った長九郎が糸を松の切株へつけておくと、松の切株が動き出して渕の中へ落ちた
・もう少しで渕へ引っ張り込まれるところだったと思いながら長九郎は家へ帰った
・その晩、長九郎の家の床の間にあった刀がひとりでに動いて何かを斬った
・明くる朝見ると血がべっとりと付いていた
・あるとき長九郎が帰ってみると、家伝の刀のしまってある箪笥の引き出しを百足がぞろぞろと這っていた
・その話が伝わってあちこちから人が見にくるようになり、とうとう津和野の殿さまに召し上げられてしまった
・その晩から刀がかたかたと鍔を鳴らせて長九へ帰ると言ったので、気味悪くなった殿さまは長九郎へ帰した
・その後、刀は長九郎の家にあって抜いてみるといつでも刃の上を百足が這っていた
・あちこちから見にくる人が絶えなかったが、長九郎は女には決して見せなかった
・長九郎の妻はいくら女だからといって自分の家にあるものを見ることができないのは情けないと思い、長九郎が留守の間に刀をそっと出してみた
・それから刀に百足がいなくなり、赤錆が出るようになった
・あるとき長九郎が千八尋渕へ行くと向こう岸にとてつもなく大きな蟹が爪をかけていた
・びっくりした長九郎が火縄銃で甲をめがけて撃つと、蟹は渕へ落ちた
・長九郎は家へ帰ると手桶に水を三杯飲んだがすぐに死んでしまった

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:長九郎
S2:蜘蛛(何か)
S3:百足
S4:人々
S5:殿さま
S6:妻
S7:大蟹

O(オブジェクト:対象)
O1:大津
O2:千八尋渕(渕)
O3:円ノ谷
O4:蛇渕
O5:日原
O6:糸
O7:切株
O8:家
O9:床の間
O10:刀
O11:血
O12:箪笥
O13:女
O14:水

m(修飾語)
m1:有名な
m2:不審な
m3:鳴動した
m4:不気味な
m5:不満な
m6:錆びた
m7:驚いた
m8:死んだ

+:接
-:離

・大津に千八尋渕という有名な渕があって、円ノ谷の蛇渕へ続いていると言う
(存在)O1大津:O2千八尋渕+m1有名な
(繋がり)O2千八尋渕:O2千八尋渕+(O3円ノ谷+O4蛇渕)
・大津の長九郎が日原からの帰りに千八尋渕の上で休んでいた
(帰路)S1長九郎:O5日原-S1長九郎
(休憩)S1長九郎:S1長九郎+O2千八尋渕
・渕から一匹の蜘蛛が上がって来て、長九郎の膝頭へ糸をつけて渕へ下りていった
(浮上)S2蜘蛛:O2千八尋渕-S2蜘蛛
(仕掛け)S2蜘蛛:S1長九郎+O6糸
(沈下)S2蜘蛛:S2蜘蛛+O2渕
・不審に思った長九郎が糸を松の切株へつけておくと、松の切株が動き出して渕の中へ落ちた
(不審)S1長九郎:O6糸+m2不審な
(付け替え)S1長九郎:O6糸+O7切株
(引き込まれ)O6糸:O7切株+O2渕
・もう少しで渕へ引っ張り込まれるところだったと思いながら長九郎は家へ帰った
(危機からの脱出)S1長九郎:O2渕-S1長九郎
(帰還)S1長九郎:S1長九郎+O8家
・その晩、長九郎の家の床の間にあった刀がひとりでに動いて何かを斬った
(所有)S1長九郎:O10刀+O9床の間
(自律的に斬る)O10刀:O10刀+S2何か
・明くる朝見ると血がべっとりと付いていた
(付着)S1長九郎:O10刀+O11血
・あるとき長九郎が帰ってみると、家伝の刀のしまってある箪笥の引き出しを百足がぞろぞろと這っていた
(帰宅)S1長九郎:S1長九郎+O8家
(這う)S3百足:S3百足+O12箪笥
・その話が伝わってあちこちから人が見にくるようになり、とうとう津和野の殿さまに召し上げられてしまった
(見物)S4人々:S4人々+O10刀
(召し上げ)S5殿さま:S1長九郎-O10刀
・その晩から刀がかたかたと鍔を鳴らせて長九へ帰ると言ったので、気味悪くなった殿さまは長九郎へ帰した
(鳴動)O10刀:O10刀+m3鳴動した
(不気味)S5殿さま:O10刀+m4不気味な
(返却)S5殿さま:S1長九郎+O10刀
・その後、刀は長九郎の家にあって抜いてみるといつでも刃の上を百足が這っていた
(存置)S1長九郎:O10刀+O8家
(這う)O10刀:O10刀+S3百足
・あちこちから見にくる人が絶えなかったが、長九郎は女には決して見せなかった
(見物)S4人々:S4人々+O10刀
(忌避)S1長九郎:O10刀-O13女
・長九郎の妻はいくら女だからといって自分の家にあるものを見ることができないのは情けないと思い、長九郎が留守の間に刀をそっと出してみた
(忌避)S1長九郎:O10刀-S6妻
(不満)S6妻:S6妻+m5不満な
(留守)S1長九郎:O8家-S1長九郎
(盗み見)S6妻:S6妻+O10刀
・それから刀に百足がいなくなり、赤錆が出るようになった
(消滅)S3百足:O10刀-S3百足
(錆びる)O10刀:O10刀+m6錆びた
・あるとき長九郎が千八尋渕へ行くと向こう岸にとてつもなく大きな蟹が爪をかけていた
(来訪)S1長九郎:S1長九郎+O2千八尋渕
(遭遇)S1長九郎:S1長九郎+S7大蟹
・びっくりした長九郎が火縄銃で甲をめがけて撃つと、蟹は渕へ落ちた
(驚愕)S1長九郎:S1長九郎+m7驚いた
(狙撃)S1長九郎:S1長九郎+S7大蟹
(落下)S7大蟹:S7大蟹+O2渕
・長九郎は家へ帰ると手桶に水を三杯飲んだがすぐに死んでしまった
(帰宅)S1長九郎:S1長九郎+O8家
(給水)S1長九郎:S1長九郎+O14水
(死亡)S1長九郎:S1長九郎+m8死んだ

※長九郎を家で襲った何かはS2蜘蛛と解釈した。

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

   聴き手(蜘蛛がかけた糸を長九郎はどうするか)
           ↓
送り手(蜘蛛)→長九郎を渕に引きずり込もうとする(客体)→ 受け手(長九郎)
           ↑
補助者(なし)→ 蜘蛛(主体)←反対者(長九郎)

   聴き手(長九郎を襲ったものの正体は何か)
           ↓
送り手(長九郎)→刀がひとりでに斬る(客体)→ 受け手(何か)
           ↑
補助者(刀)→ 長九郎(主体)←反対者(何か)

   聴き手(召し上げられた刀はどうなるか)
           ↓
送り手(殿さま)→刀を召し上げるが返却する(客体)→ 受け手(長九郎)
           ↑
補助者(刀)→ 殿さま(主体)←反対者(長九郎)

   聴き手(女に見られた刀はどうなるか)
           ↓
送り手(妻)→女性を忌避していた刀を盗み見る(客体)→ 受け手(長九郎)
           ↑
補助者(刀)→ 妻(主体)←反対者(長九郎)

   聴き手(刀の守護を失った長九郎はどうなるか)
           ↓
送り手(長九郎)→渕の大蟹を撃つ(客体)→ 受け手(蟹)
           ↑
補助者(火縄銃)→ 長九郎(主体)←反対者(蟹)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。千八尋渕で休憩していた長九郎の脚に蜘蛛が糸をかけます。不審に思った長九郎が糸を切り株に付け替えたところ、切り株が糸に引っ張られて渕に沈んでしまいます。長九郎は危うく難を逃れました。その後、帰宅した長九郎を何かが襲撃しますが、家伝の刀がひとりでに動いて何かを斬り撃退します。その家伝の刀には百足が浮かんでみえましたので評判となりました。それを知った津和野の殿さまが刀を召し上げてしまいますが、刀は夜になると鳴動し、不気味に思った殿さまは長九郎に返却します。そういったことがあって人に知られるようになり、見物に来る人が増えましたが、長九郎は女性には刀を決して見せませんでした。そのことを不満に思った妻が刀を盗み見たところ、刀から百足は消え、錆が浮かんできました。その後、千八尋渕で長九郎は大きな蟹と遭遇します。蟹を銃撃して渕に落としますが、帰宅した長九郎は水を飲むとそのまま亡くなってしまったという筋立てです。

 女性が刀を見ることで刀の持つ呪力が失われてしまい、長九郎を守護するものが無くなり、蟹を退治するものの長九郎はその影響で死んでしまったと解釈できるでしょうか。

 千八尋渕―蛇渕、長九郎―蜘蛛(何か)、刀―百足、長九郎―殿さま、殿さま―刀、長九郎―人々、長九郎―妻、妻―刀、長九郎―蟹、といった対立軸が見受けられます。刀/百足に長九郎の家を守護する呪力が暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

長九郎♌♁♎―蜘蛛♂―殿さま♂―妻♂―蟹♂―人々☾(♁)

 といった風に表記できるでしょうか。長九郎を守護する刀を価値☉と置くと、長九郎はその享受者♁となります。長九郎を襲う蜘蛛(何か)や蟹は対立者♂となります。津和野の殿さまも長九郎から刀を召し上げてしまいますので、長九郎にとっては対立者♂となります。また、長九郎の妻も女性を忌避していた刀を盗み見て刀の呪力を失わせてしまいますので対立者♂と置けるでしょう。刀を女性から遠ざけていた長九郎は審判者♎と置けます。刀の見物に来る人々は物語に直接関わりませんが、ここでは長九郎の援助者☾としておきます。

◆フェミニズム分析

 「千八尋渕」では長九郎の妻が女性を忌避していた刀身を盗み見ることで刀の持つ呪力が失われる展開としています。これは女性を不浄の者と見なす思考から生まれた発想ではないでしょうか。不浄の者が触れることによって呪力を喪失する、それは長九郎の妻の軽率な行為によってもたらされた結果ともしています。これらの点に当時の女性観の一端をうかがい知ることができます。

 百足が血を嫌うという民間信仰は寡聞にして知りませんし、刀は必然的に血を伴います。生理で体外へと排出された血を穢れとして嫌うのでしょう。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「刀の呪力を失った長九郎はどうなるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「長九郎の家伝の百足が這う刀」「長九郎の妻が盗み見ることで刀の百足が消える」でしょうか。「長九郎―百足/刀―妻」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:刀の呪力を失った長九郎はどうなるか
        ↑
発想の飛躍:長九郎の家伝の百足が這う刀
      長九郎の妻が盗み見ることで刀の百足が消える

・長九郎―刀/呪力―蜘蛛/大蟹―千八尋渕
      ↑
・長九郎―百足/刀―妻

◆飛躍した連想

 発想の飛躍を「常識離れした連想」と仮定しますと、上述した図式の/(スラッシュ)の箇所に特にその意図的に飛躍させた概念の操作が見出せそうです。

 呪術的思考に典型的に見られますが、ヒトは本来は繋がりのない切り離されたモノの間にも繋がりを見出すことがあります。それは情報処理におけるエラーです。ですが、科学万能の時代においてもエラーであるはずの呪術的思考が完全には消え去ることがないのは、それが人間特有の思考様式の一部であるからかもしれません。昔話では意図的にエラーを起こすとでも言えるでしょうか。

 「千八尋渕」では、渕には人を引きずり込む蜘蛛や大蟹といった魔物が潜んでいます。長九郎は百足が這う刀を所持することでその刀の呪力によって守護されていたと解釈できます。ところが、妻が盗み見たことで呪力は失われてしまい、長九郎も落命したという結末となっています。

 刀に呪力が込められていることを伝説では刀の刀身に百足が這うと表現しています。図式では「百足/刀」と表記しています。これを細分化すると「百足―毒―刀―呪力―守護―長九郎」となります。更に「百足―毒―刀―呪力―忌避―不浄―生理―女性―妻―見る―喪失―長九郎―死」と展開されます。つまり、これらの連想を一瞬で行っていることになります。故に発想が飛躍していると感じられる訳です。

 ここで「百足―毒―刀―呪力」から「百足=呪力」、また「呪力―忌避―不浄―生理―女性」から「呪力≠女性」といった呪術的思考を見出すことができます。

 以上のように、本文には現れない概念も重要な要素となっています。形態素解析で抽出したキーワードだけでは解釈を十全に行うことは難しいものと考えられます。連想概念辞書も取り込んだ上で分析する方向に機能改善することが望まれると考えられます。

 呪術的思考のような非合理的思考は人間の抱える弱点ですが、昔話においては逆に創造性の源ともなっていると考えることができます。

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「千八尋渕」ですと「長九郎は家伝の刀を女には決して見せなかったが、女房がこっそり見たので呪力を失った」くらいでしょうか。

◆余談

 渕で蜘蛛が足につけた糸を切株に移すと切株が渕に引きずり込まれてしまったという伝説は各所にあります。渕と長九郎にまつわる複数の伝説が融合した作品です。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.366-368.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年10月15日 (火)

ようやく読了する――野口悠紀雄『ブロックチェーン革命』

野口悠紀雄『ブロックチェーン革命 分散自立型社会の出現』を読む。この本は読了まで時間がかかった。馴染みのないジャンルだったのと、断捨離で疲弊してしまったため、夏の間は読書が困難となっていた。

ブロックチェーンはP2P技術を用いた分散型電子台帳で改ざんが困難とされる(※改ざん自体は可能だが非常に手間がかかり割に合わないので改ざんしようとする者が出ないとされる)。また、仮想通貨、DAOなどについて語られる。引用される資料が2010年代のものなので、現在では更に技術が進歩してベネフィット/デメリットの解像度が上がっているのではないか。

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行為項分析――十郎ガ原

◆あらすじ

 十郎ガ原は昔は川端のぼうぼうとした草原だった。この辺りに十郎という独り者の真面目な男がいた。十郎ガ原は畳の蔵方の土地であったが、蔵方は十郎が働き者であることを見込んで十郎ガ原を開いてみないか。田ができたらお前の一代はただで作らせてやると言った。十郎は喜んで一生懸命開墾して立派な田を作り上げた。そして田にはよい稲ができるようになった。ところがこうなってみると、蔵方はその田を十郎に一代ただで作らせるのが惜しくなった。ある晩蔵方は十郎を連れて近くの天狗岩(てんぐだき)の渕へ鮎を獲りに行った。そして舟で網を入れていたが、蔵方は手を止めて、下の岩へ網がかかった。お前は川に強いから一つ入って外してくれないかと言った。何も知らぬ十郎は着物を脱ぐと暗い渕の底へ潜った。蔵方はその上へ一条また一条と投網を打ちかけた。十郎は渕の底で網に絡まれて上がることができない。とうとう溺れ死んでしまった。蔵方はこうして巧く田地を取り上げたが、それだけでは済まなかった。田を植えようと思って人を連れて舟で渡っていくと、どんないい天気でも空が雲って酷い雨になり田を植えることができない。辺りが真っ暗になって、舟がどこにあるのか分からない様になった。また川端の大きな田のあるところへは、十郎の幽霊がよく出た。そればかりではなく、蔵方のところへは色々な祟りがあるので、蔵方は家のほとりへお宮を建てて十郎を祀った。このお宮を村人は若宮さまと呼んだ。今でもこの辺りでは今日も十郎ガ原に田を植えるから雨が降ると言う。

◆モチーフ分析

・後に十郎ガ原と呼ばれるは草原は川端の草原だったが、この辺りに十郎という独り者の真面目な男がいた
・草原は畳の蔵方の土地だったが、蔵方が十郎が働き者であることを見込んで草原を開いてみないか、田ができたらお前の一代はただで作らせてやると言った
・十郎は喜んで一生懸命に開墾して立派な田を作り上げた
・田にはよい稲が実るようになった
・そうなると、蔵方は十郎に一代ただで作らせるのが惜しくなった
・ある晩蔵方は十郎を連れて近くの渕へ鮎を獲りに行った
・舟で網を入れていたが、下の岩へ網がかかったから外してくれないかと十郎へ言った
・何も知らない十郎は渕の底に潜った
・蔵方はその上へ投げ網を一条また一条と打ちかけた
・十郎は渕の底で網に絡められて溺れ死んでしまった
・蔵方はこうして巧く田地を取り上げたが、それだけで済まなかった
・田を植えようとすると天気の日でも酷い雨が降って田植えできない
・また川端の大きな田のあるところへは十郎の幽霊がよく出た
・蔵方のところでは色々な祟りがあった
・蔵方は家のほとりにお宮を建てて十郎を祀った
・今でも十郎ガ原に植えると雨が降ると言う

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:十郎(幽霊)
S2:蔵方

O(オブジェクト:対象)
O1:十郎ガ原(草原、田)
O2:畳
O3:稲
O4:渕
O5:鮎
O6:舟
O7:網
O8:岩
O9:雨
O10:若宮

m(修飾語)
m1:川べりの
m2:独身の
m3:真面目な
m4:小作料を一代免除された
m5:立派な
m6:溺死した
m7:祟られた

X:誰か

+:接
-:離

・後に十郎ガ原と呼ばれるは草原は川端の草原だったが、この辺りに十郎という独り者の真面目な男がいた
(状況)O1十郎ガ原:O1草原+m1川べりの
(存在)O1十郎ガ原:S1十郎+(m2独身の+m3真面目な)
・草原は畳の蔵方の土地だったが、蔵方が十郎が働き者であることを見込んで草原を開いてみないか、田ができたらお前の一代はただで作らせてやると言った
(所有)S2蔵方:S2蔵方+O1草原
(要請)S2蔵方:S1十郎+O1草原
(報償提示)S1十郎:O1草原+m4小作料を一代免除された
・十郎は喜んで一生懸命に開墾して立派な田を作り上げた
(開墾)O1草原:S1十郎+O1田
(状態)O1田:O1田+m5立派な
・田にはよい稲が実るようになった
(収穫)S1十郎:S1十郎+O3稲
・そうなると、蔵方は十郎に一代ただで作らせるのが惜しくなった
(変心)S2蔵方:O1田-S1十郎
・ある晩蔵方は十郎を連れて近くの渕へ鮎を獲りに行った
(連行)S2蔵方:S1十郎+O4渕
(漁)S2蔵方:S1十郎+O5鮎
・舟で網を入れていたが、下の岩へ網がかかったから外してくれないかと十郎へ言った
(網打ち)S2蔵方:O4渕+O7網
(依頼)S2蔵方:S2蔵方+S1十郎
(除去)S1十郎:O8岩-O7網
・何も知らない十郎は渕の底に潜った
(潜水)S1十郎:S1十郎+O4渕
・蔵方はその上へ投げ網を一条また一条と打ちかけた
(網打ち)S2蔵方:S1十郎+O7網
・十郎は渕の底で網に絡められて溺れ死んでしまった
(絡まる)S1十郎:S1十郎+O7網
(溺死)S1十郎:S1十郎+m6溺死した
・蔵方はこうして巧く田地を取り上げたが、それだけで済まなかった
(入手)S2蔵方:S2蔵方+O1田
・田を植えようとすると天気の日でも酷い雨が降って田植えできない
(田植え)S2蔵方:O1田+O3稲
(降雨で妨害)O9雨:O1田-O3稲
・また川端の大きな田のあるところへは十郎の幽霊がよく出た
(出現)S1十郎:S1幽霊+O1田
・蔵方のところでは色々な祟りがあった
(祟り)S2蔵方:S2蔵方+m7祟られた
・蔵方は家のほとりにお宮を建てて十郎を祀った
(建立)S2蔵方:S2蔵方+O10若宮
(祭祀)S2蔵方:S2蔵方+S1十郎
・今でも十郎ガ原に植えると雨が降ると言う
(田植え)X:O1十郎ガ原+O3稲
(降雨)X:O1十郎ガ原+O9雨

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

   聴き手(蔵方の条件提示に十郎はどうするか)
           ↓
送り手(蔵方)→小作料免除で開墾させる(客体)→ 受け手(十郎)
           ↑
補助者(なし)→ 蔵方(主体)←反対者(なし)

   聴き手(十郎の努力に蔵方はどうするか)
           ↓
送り手(十郎)→開墾して良田に変える(客体)→ 受け手(草原)
           ↑
補助者(なし)→ 蔵方(主体)←反対者(なし)

   聴き手(蔵方の裏切りはどう帰結するか)
           ↓
送り手(蔵方)→渕で網を打って溺死させる(客体)→ 受け手(十郎)
           ↑
補助者(なし)→ 蔵方(主体)←反対者(十郎)

   聴き手(若宮として祀られた十郎をどう思うか)
           ↓
送り手(蔵方)→祟りが続いたので祭祀する(客体)→ 受け手(十郎)
           ↑
補助者(なし)→ 蔵方(主体)←反対者(十郎)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。畳の蔵方は川べりの草原を十郎という真面目な男に小作料一代免除で開墾させます。十郎は見事に草原を開墾して良田に作り変えますが、その稲田が惜しくなった蔵方は十郎を渕に誘い出して溺死させます。その後、十郎の幽霊が現れるようになり、祟りが続いたため蔵方は若宮を建立して十郎を祭祀したという筋立てです。

 蔵方―十郎、十郎―草原(田)、十郎―網、田植え―雨、蔵方―若宮、といった対立軸が見受けられます。田植え/雨という図式に田植えを妨害しようとする十郎の霊魂の意思が暗喩されており、それは裏切られた十郎の怒りをも暗喩しています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

蔵方♌♁♎―十郎☾(♌)♁♂

 といった風に表記できるでしょうか。草原を開墾して良田を得ることを価値と置くと、十郎が享受者♁となりますが、後に蔵方に奪われてしまいます。蔵方も享受者♁と置けるでしょう。十郎は当初蔵方の援助者☾として草原を開墾しますが、開墾後に蔵方に裏切られて溺死させられることで対立者♂へと転化します。十郎の祟りを怖れた蔵方は若宮を建立して十郎の霊魂を祀りますので審判者♎と置けます。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「十郎に開墾させた田が惜しくなった蔵方はどう振る舞うか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「渕に潜った十郎に網を打ちかけて溺れ死にさせる」「十郎ガ原で田植えをしようとすると酷い雨が降る」「若宮を建立して十郎の霊魂を祀る」でしょうか。「十郎―溺死/網―蔵方」「十郎ガ原―雨/酷い―田植え」「蔵方―若宮/祭祀―十郎」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:十郎に開墾させた田が惜しくなった蔵方はどう振る舞うか
        ↑
発想の飛躍:渕に潜った十郎に網を打ちかけて溺れ死にさせる

・蔵方―草原/開墾/良田―十郎
      ↑
・十郎―溺死/網―蔵方
・十郎ガ原―雨/酷い―田植え
・蔵方―若宮/祭祀―十郎

◆飛躍した連想

 発想の飛躍を「常識離れした連想」と仮定しますと、上述した図式の/(スラッシュ)の箇所に特にその意図的に飛躍させた概念の操作が見出せそうです。

 呪術的思考に典型的に見られますが、ヒトは本来は繋がりのない切り離されたモノの間にも繋がりを見出すことがあります。それは情報処理におけるエラーです。ですが、科学万能の時代においてもエラーであるはずの呪術的思考が完全には消え去ることがないのは、それが人間特有の思考様式の一部であるからかもしれません。昔話では意図的にエラーを起こすとでも言えるでしょうか。

 「十郎ガ原」では十郎を騙し打ちで殺すために蔵方は舟で渕に誘い出し、渕の底の岩に網が引っかかったという虚言で十郎を渕に潜らせて、その隙に網を何枚も打ちかけて十郎を絡ませて溺死させてしまいます。こうして蔵方は十郎に小作料一代免除という好条件を付けて開墾させた良田を奪いますが、そのことが十郎の怒りとなって幽霊が出現、祟りが続くという結果となります。

 田植えの際に酷い雨が降って田植えができない、十郎の幽霊が現れる、祟りが続くといた事象をこの伝説では蔵方によるだまし討ちと結びつけて解釈しています。十郎ガ原で田植えをしようとすると必ず酷い雨が降って田植えができない、これは十郎の祟りに違いない、すなわち「雨=祟り=十郎」から「雨=十郎」と結びつける呪術的思考が働いているとも考えられないでしょうか。

 「十郎―溺死/網―蔵方」「蔵方―若宮/祭祀―十郎」と図式化しましたが、この連想を更に細分化させると、「蔵方―渕―潜る―網打ち―溺死―田―入手―幽霊―雨―田植え―祟り―若宮―祀る―十郎」となるでしょうか。つまり、これらの連想を一瞬で行っていることになります。故に発想が飛躍していると感じられる訳です。

 以上のように、本文には現れない概念も重要な要素となっています。形態素解析で抽出したキーワードだけでは解釈を十全に行うことは難しいものと考えられます。連想概念辞書も取り込んだ上で分析する方向に機能改善することが望まれると考えられます。

 呪術的思考のような非合理的思考は人間の抱える弱点ですが、昔話においては逆に創造性の源ともなっていると考えることができます。

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「十郎ガ原」ですと「計略で十郎を溺れ死にさせ開墾した田を入手した蔵方だったが、祟りが続き、若宮を建てて祀った」くらいでしょうか。

◆余談

 若宮とはここでは不慮の死を遂げた者を祀る祠の意味です。実際に伝説のような事件があったかは定かではありませんが、開墾にあたって何らかの理由で死者が出たことは考えられます。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.364-365.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年10月14日 (月)

行為項分析――座頭の呪い

◆あらすじ

 昔、畳の長走りに大きな酒屋があった。山の手にずらりと酒蔵が並んでおり、高瀬舟を二杯持っていて舟の者が五六軒もあった。ある年の大歳の晩に座頭が来て宿を貸してくれと頼んだ。しかし酒屋では大切な大歳の晩だから赤乞食(あかぼいとう)には宿は貸せないと言って追い出してしまった。もっともそうではなく酒を飲ませてくれといってきたので、酒を飲ませると酒癖の悪い男でごねて何時までも帰ろうとしない、仕方がないので舟の者を呼んだ。舟の者たちは外へ出そうとしたがなかなか言うことを聞かないので、殴ったり蹴ったり散々痛めつけて下の川端へ引きずり出したのだとも言う。座頭は出る時、屋根小口の萱を三本抜いて琵琶を逆さまにして弾いて、今に見ておれ、この酒屋を潰してやると言って呪った。それからどうも事業が上手くいかなくなって、一度は天気のいい日であったが、酒をいっぱい造りこんである五尺の酒桶の樋(とい)がひとりでに抜けて、中の酒がみんな流れてしまった。酒は下の川へ流れて、ずっと川下の方まで酒の匂いがした。また作った酒がみんな腐って、さっぱり酒にならないこともあった。こうして酒屋は潰れてしまった。

◆モチーフ分析

・畳の長走りに大きな酒屋があって、高瀬舟を二杯持っていて舟の者が五六軒あった
・ある年の大歳の晩に座頭が来て宿を貸してくれと頼んだ
・酒屋は大切な大歳の晩だから宿は貸せないといって追い出した
・もしくは座頭が酒を飲ませてくれと言ってきた
・酒癖の悪い男でごねて何時までも帰ろうとしない
・舟の者を呼んで、外へ出そうとしたが言うことを聞かない
・殴ったり蹴ったり散々痛めつけて川端へ引きずり出した
・座頭は出る時に屋根小口の萱を三本抜いて琵琶を逆さまに弾いて、今に見ておれ、この酒屋を潰してやると呪った
・それからどうも事業が上手くいかなくなった
・天気のいい日に五尺の酒桶の樋がひとりでに抜けて中の酒がみんな流れてしまった
・作った酒がみんな腐って、酒にならないこともあった
・こうして酒屋は潰れてしまった

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:酒屋
S2:舟の者
S3:座頭

O(オブジェクト:対象)
O1:畳
O2:高瀬舟
O3:宿
O4:酒
O5:川端
O6:屋根
O7:萱
O8:琵琶
O9:樽

m(修飾語)
m1:五六軒
m2:大歳の
m3:酒癖の悪い
m4:痛めつけられた
m5:逆さまに
m6:潰れた
m7:不振の
m8:腐った

T:時

+:接
-:離

・畳の長走りに大きな酒屋があって、高瀬舟を二杯持っていて舟の者が五六軒あった
(存在)O1畳:O1畳+S1酒屋
(所有)S1酒屋:S1酒屋+O2高瀬舟
(支配)S1酒屋:S1酒屋+S2舟の者
(支配)S1酒屋:S2舟の者+m1五六軒
・ある年の大歳の晩に座頭が来て宿を貸してくれと頼んだ
(季節)T:T+m2大歳の
(来訪)S3座頭:S3座頭+S1酒屋
(要請)S3座頭:S3座頭+O3宿
・酒屋は大切な大歳の晩だから宿は貸せないといって追い出した
(拒否)S1酒屋:S3座頭-O3宿
(追い出し)S1酒屋:S1酒屋-S3座頭
・もしくは座頭が酒を飲ませてくれと言ってきた
(要求)S3座頭:S3座頭+O4酒
・酒癖の悪い男でごねて何時までも帰ろうとしない
(性質)S3座頭:S3座頭+m3酒癖の悪い
(居座り)S3座頭:S3座頭+S1酒屋
・舟の者を呼んで、外へ出そうとしたが言うことを聞かない
(呼び出し)S1酒屋:S1酒屋+S2舟の者
(追い出し)S2舟の者:S3座頭-S1酒屋
(居座り)S3座頭:S3座頭+S1酒屋
・殴ったり蹴ったり散々痛めつけて川端へ引きずり出した
(打擲)S2舟の者:S2舟の者+S3座頭
(状態)S3座頭:S3座頭+m4痛めつけられた
(引き出し)S2舟の者:S3座頭+O5川端
・座頭は出る時に屋根小口の萱を三本抜いて琵琶を逆さまに弾いて、今に見ておれ、この酒屋を潰してやると呪った
(引き抜く)S3座頭:O6屋根-O7萱
(弾奏)S3座頭:O8琵琶+m5逆さまに
(呪う)S3座頭:S1酒屋+m6潰れた
・それからどうも事業が上手くいかなくなった
(不振)S1酒屋:S1酒屋+m7不振の
・天気のいい日に五尺の酒桶の樋がひとりでに抜けて中の酒がみんな流れてしまった
(流出)O4酒:O9樽-O4酒
・作った酒がみんな腐って、酒にならないこともあった
(腐敗)O4酒:O4酒+m8腐った
・こうして酒屋は潰れてしまった
(倒産)S1酒屋:S1酒屋+m6潰れた

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

   聴き手(繁盛した酒屋だがどうなるか)
           ↓
送り手(酒屋)→配下に置く(客体)→ 受け手(舟の者)
           ↑
補助者(なし)→ 酒屋(主体)←反対者(なし)

   聴き手(座頭を拒否した酒屋はどうなるか)
           ↓
送り手(酒屋)→泊めることを拒否する(客体)→ 受け手(座頭)
           ↑
補助者(舟の者)→ 酒屋(主体)←反対者(座頭)

   聴き手(座頭の呪詛で酒屋はどうなるか)
           ↓
送り手(座頭)→呪う(客体)→ 受け手(酒屋)
           ↑
補助者(なし)→ 座頭(主体)←反対者(酒屋)

   聴き手(潰れてしまった酒屋をどう思うか)
           ↓
送り手(酒屋)→事業の不振(客体)→ 受け手(酒屋)
           ↑
補助者(なし)→ 酒屋(主体)←反対者(座頭)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。高瀬舟を二艘所有し、舟の者も五六軒傘下に置く繁盛した酒屋ですが、大歳の晩に訪ねてきた座頭を拒否して暴力を振ってまで追い出させます。怒り心頭に発した座頭は奇妙なまじないをかけ酒屋を呪詛します、結果、酒屋は酒造りが上手くいかなくなり結局潰れてしまったという筋立てです。

 酒屋―舟の者、酒屋―座頭、舟の者―座頭、といった対立軸が見受けられます。琵琶/逆さ/弾く、もしくは屋根/萱/抜くという図式に本来は霊魂を鎮める座頭が逆に霊魂をざわめかせて呪詛する恐ろしさが暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

酒屋♌♁♎―座頭♂♎―舟の者☾(♌)

 といった風に表記できるでしょうか。家業の繁盛を価値☉と置くと、酒屋は享受者♁と見なすことができます。高瀬舟を操る舟の者はそれをサポートする援助者☾の役割です。酒屋にたかってくる座頭は対立者♂と置けます。酒屋は座頭を手に負えない相手として舟の者を使って追い出します。その点で審判者♎と置くことができます。一方で、座頭も酒屋の行為に怒って呪詛し酒屋を潰れさせますのでもう一方の審判者♎と解釈することも可能でしょうか。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「手に負えない座頭を手荒に追い出した酒屋はどうなるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「座頭が萱を三本抜いて琵琶を逆さまに弾いて呪う」でしょうか。「座頭―屋根/萱/抜く―酒屋」「座頭―琵琶/逆さ/弾く―酒屋」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:手に負えない座頭を手荒に追い出した酒屋はどうなるか
        ↑
発想の飛躍:座頭が萱を三本抜いて琵琶を逆さまに弾いて呪う

・酒屋―舟の者/追い出す―宿/酒―座頭
      ↑
・座頭―屋根/萱/抜く―酒屋
・座頭―琵琶/逆さ/弾く―酒屋

◆飛躍した連想

 発想の飛躍を「常識離れした連想」と仮定しますと、上述した図式の/(スラッシュ)の箇所に特にその意図的に飛躍させた概念の操作が見出せそうです。

 呪術的思考に典型的に見られますが、ヒトは本来は繋がりのない切り離されたモノの間にも繋がりを見出すことがあります。それは情報処理におけるエラーです。ですが、科学万能の時代においてもエラーであるはずの呪術的思考が完全には消え去ることがないのは、それが人間特有の思考様式の一部であるからかもしれません。昔話では意図的にエラーを起こすとでも言えるでしょうか。

 「座頭の呪い」では大歳の晩に手に負えない座頭を泊めることを手荒に拒絶した酒屋が呪詛によって没落することが描かれています。その際、座頭は屋根の小口の萱を三本抜いて琵琶を逆さまにして弾いて呪詛するという奇行を見せます。萱は屋根から引き抜かれてしまいますから、屋根とは切り離されて無関係になってしまうはずなのですが、逆にこの話では呪詛の対象となる訳です。また、前述しましたように、本来は霊魂を鎮める役割を果たす座頭が琵琶を逆さに持って弾く、つまり霊魂をざわめかせていると解釈できます。

 「座頭―仕返し―屋根/萱/抜く―酒屋」「座頭―仕返し―琵琶/逆さ/弾く―酒屋」と図式化しましたが、この連想を更に細分化させると、「座頭―屋根―抜く―萱=酒屋」「座頭―琵琶―逆さ―弾く―呪詛―没落―酒屋」となるでしょうか。この「萱=酒屋」の部分に呪術的思考が認められます。「これは昔話だ」と分かり切っているから受け入れられるのでしょう。

 大歳の晩の出来事と語られていることにも意味があるでしょう。歳神を迎える大切な時節に手に負えない座頭がいたのでは豊穣をもたらす神を迎えることができないと酒屋は判断したのかもしれません。「大歳―歳神―迎える―豊穣―阻害―座頭―手に負えない―排除―暴力―舟の者―傘下―酒屋―繁盛」という連想も成り立ちます。

 つまり、これらの連想を一瞬で行っていることになります。故に発想が飛躍していると感じられる訳です。

 以上のように、本文には現れない概念も重要な要素となっています。形態素解析で抽出したキーワードだけでは解釈を十全に行うことは難しいものと考えられます。連想概念辞書も取り込んだ上で分析する方向に機能改善することが望まれると考えられます。

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「座頭の呪い」ですと「大歳の晩に手荒に拒絶された座頭が呪ったところ、事業が上手くいかなくなった酒屋は潰れてしまった」くらいでしょうか。

◆余談

 座頭の呪力の高さを説明したお話です。座頭の呪詛で繁盛していた酒屋もあっという間に没落してしまいます。呪力を持つ者に対する怖れを語ったお話かもしれません。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.362-363.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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行為項分析――血の池

◆あらすじ

 島は左鐙から四キロ近く入った山中の寂しいところである。昔、畳へ出た平家の一族のものか、それとも別のものか、ここへ落ちていった平家の落人があった。途中の家で道を教えてもらい、追手が来ても言ってくれるなと口止料を置いていったが、その中に病人が一人いて、それをいたわりながら下島まで辿りついたとき、追手が来た。そこで病人をほとりのケヤキの大木に隠して戦ったが、皆討たれてしまった。ところが病人もケヤキの木の下の池に影が映ったため追手に見つかり、槍で刺し殺されてしまった。その時したたり落ちた血で真っ赤に染まったため、その池は血の池と呼ばれている。落人たちが哀れな最後を遂げたのは、口止料まで貰いながら落人の行き先を教えた途中の家の者のせいであった。そのためこの家では代々よくないことが続いたという。

◆モチーフ分析

・畳へ出た平家の落人が途中の家で道を教えてもらい、追手が来ても言うなと口止料を置いていった
・落人の中に病人が一人いて、それをいたわりながら下島まで辿りついたとき追手が来た
・病人をケヤキの大木に隠して戦ったが、皆討たれてしまった
・病人もケヤキの木の下の池に影が映ったため追手に見つかり、槍で刺し殺されてしまった
・そのときしたたり落ちた血で池が真っ赤に染まったため、血の池と呼ばれている
・落人たちが哀れな最後を遂げたのは口止料をもらいながら落人の行き先を教えた途中の家の者のせいであった
・そのため、この家では代々よくないことが続いたという

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:平家の落人(落人)
S2:家の者
S3:病人(影)
S4:追手

O(オブジェクト:対象)
O1:畳
O2:家
O3:道
O4:口止料
O5:下島
O6:ケヤキ
O7:池(血の池)
O8:血

m(修飾語)
m1:討ち死にした
m2:真っ赤な
m3:不幸が続く

X:人々

+:接
-:離

・畳へ出た平家の落人が途中の家で道を教えてもらい、追手が来ても言うなと口止料を置いていった
(到達)S1平家の落人:S1落人+O1畳
(到達)S1落人:S1落人+O2家
(案内)S1落人:S1落人+O3道
(口止め)S1落人:S2家の者+O4口止料
・落人の中に病人が一人いて、それをいたわりながら下島まで辿りついたとき追手が来た
(存在)S1落人:S1落人+S3病人
(到達)(S1落人+S3病人):(S1落人+S3病人)+O5下島
(到来)S4追手:S4追手+(S1落人+S3病人)
・病人をケヤキの大木に隠して戦ったが、皆討たれてしまった
(隔離)S1落人:S1落人-S3病人
(隠す)S1落人:S3病人+O6ケヤキ
(戦闘)S1落人:S1落人+S4追手
(討ち死に)S1落人:S1落人+m1討ち死にした
・病人もケヤキの木の下の池に影が映ったため追手に見つかり、槍で刺し殺されてしまった
(映り込み)S3病人:O7池+S3影
(発見)S4追手:S4追手+S3病人
(刺殺)S4追手:S3病人+m1討ち死にした
・そのときしたたり落ちた血で池が真っ赤に染まったため、血の池と呼ばれている
(流血)O8血:S3病人-O8血
(染める)O8血:O7池+m2真っ赤な
(地名由来)X:O7池+O7血の池
・落人たちが哀れな最後を遂げたのは口止料をもらいながら落人の行き先を教えた途中の家の者のせいであった
(責任)S2家の者:(S1落人+S3病人)+m1討ち死にした
・そのため、この家では代々よくないことが続いたという
(因縁)S2家の者:S2家の者+m3不幸が続く

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

   聴き手(口止料を払った落人は助かるか)
           ↓
送り手(落人)→口止料を払う(客体)→ 受け手(家の者)
           ↑
補助者(なし)→ 平家の落人(主体)←反対者(追手)

   聴き手(裏切りで落人たちはどうなるか)
           ↓
送り手(家の者)→落人の行先を教える(客体)→ 受け手(追手)
           ↑
補助者(なし)→ 家の者(主体)←反対者(追手)

   聴き手(隠された病人は助かるか)
           ↓
送り手(落人)→ケヤキの木に隠す(客体)→ 受け手(病人)
           ↑
補助者(なし)→ 平家の落人(主体)←反対者(追手)

   聴き手(生き残った病人は助かるか)
           ↓
送り手(追手)→落人を掃討する(客体)→ 受け手(落人)
           ↑
補助者(なし)→ 追手(主体)←反対者(落人)

   聴き手(病人が殺された結果どうなるか)
           ↓
送り手(追手)→池に映った影で見つける(客体)→ 受け手(病人)
           ↑
補助者(なし)→ 追手(主体)←反対者(病人)

   聴き手(報いを受けた家の者をどう思うか)
           ↓
送り手(家の者)→不幸が続く(客体)→ 受け手(家の者)
           ↑
補助者(なし)→ 家の者(主体)←反対者(なし)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。落ち延びた平家の落人は畳の家の者に口止料を払ってその場を逃れますが、家の者は裏切って追手に行先を告げてしまいます。追いつかれた落人たちは病人をケヤキの木の穴に隠して戦うも討ち死にし、隠された病人も影が池に映って見つかってしまい殺されてしまいます。その後、落人たちを裏切った家には不幸が続いたという筋立てです。

 落人―家の者、家の者―追手、落人―追手、落人―病人、追手―病人、といった対立軸が見受けられます。池/赤という図式に流血で池が染まった凄惨さが暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

落人♌♁―追手♂―家の者☾(♂)☾(♌)(-1)―病人♁☾(♌)(-1)

 といった風に表記できるでしょうか。追手から逃げ延びることを価値☉とすると、落人と病人は享受者♁となります。病人は落人によって隠される存在ですので、マイナスの援助者☾と見ることも可能でしょうか。追手は対立者♂であり、また家の者も対立者♂です。家の者は落人から口止料を受け取っていますので、落人を裏切ったことになります。マイナスの援助者☾と置いてもいいでしょうか。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「隠された病人は追手の追撃から逃れられるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「病人の姿が池に映った」「池が血で真っ赤に染まった」「家の者は代々不幸が続いた」でしょうか。「病人―姿/池―追手」「病人/血―真っ赤/染める―池」「落人/病人―口止料/裏切り/不幸―家の者」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:隠された病人は追手の追撃から逃れられるか
        ↑
発想の飛躍:病人の姿が池に映った
      池が血で真っ赤に染まった
      家の者は代々不幸が続いた

・落人―隠す/ケヤキ―病人
      ↑
・病人―姿/池―追手
・病人/血―真っ赤/染める―池
・落人/病人―口止料/裏切り/不幸―家の者

◆飛躍した連想

 発想の飛躍を「常識離れした連想」と仮定しますと、上述した図式の/(スラッシュ)の箇所に特にその意図的に飛躍させた概念の操作が見出せそうです。

 呪術的思考に典型的に見られますが、ヒトは本来は繋がりのない切り離されたモノの間にも繋がりを見出すことがあります。それは情報処理におけるエラーです。ですが、科学万能の時代においてもエラーであるはずの呪術的思考が完全には消え去ることがないのは、それが人間特有の思考様式の一部であるからかもしれません。昔話では意図的にエラーを起こすとでも言えるでしょうか。

 「血の池」では島の家の者は落人から口止料を貰ったにも関わらず裏切り、追手に行方を教えてしまいます。その結果、落人たちは見つかり討ち死にしていまいます。ケヤキの洞に隠されていた病人も姿が池に映ることで見つかってしまい殺されます。ところが、その後、家の者には代々不幸が続いたと結ばれています。

 これは因果応報と説明され納得しますが、本来、裏切り行為と家の不幸とは直接の関係性はないはずです。それなのに何故そう思ってしまうのでしょうか。

 「落人/病人―口止料/裏切り/不幸―家の者」と図式化しましたが、この連想を更に細分化させると、「滅亡―平家―落人/病人―逃走―口止―対価―裏切り―家の者―行方―対価―追撃―追手―源氏―勝者」となるでしょうか。つまり、家の者は落人と追手の双方から対価を得たことになります。対価の多寡を比べることでどちらの味方をするか決めたものと考えられます。

 また、背景には源氏と平家との大きな対立があることが浮かんできます。壇ノ浦の戦いで滅亡した平家一門の強い恨みが金額の多寡で行動を翻した島の家の者へ強い怒りとなって襲ったと考えられるでしょう。

 また「ケヤキ―洞―隠す―病人―姿―映る―池―討ち死に―流血―鮮血―染まる―池」という風に連想を細分化することも可能でしょう。病人の不運が鮮血によって池が染まることで強調されています。

 つまり、「滅亡―平家―落人/病人―逃走―口止―対価―裏切り―家の者―行方―対価―追撃―追手―源氏」「ケヤキ―洞―隠す―病人―姿―映る―池―見つかる―討ち死に―流血―鮮血―染まる―池」といった連想を一瞬で行っていることになります。故に発想が飛躍していると感じられる訳です。

 以上のように、本文には現れない概念も重要な要素となっています。形態素解析で抽出したキーワードだけでは解釈を十全に行うことは難しいものと考えられます。連想概念辞書も取り込んだ上で分析する方向に機能改善することが望まれると考えられます。

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「血の池」ですと「落人が病人をケヤキの木に隠したが、池に姿が映ったため見つかってしまい討たれた。そのときの血で池が真っ赤に染まった。落人を裏切った島の家の者には代々不幸が続いた」くらいでしょうか。

◆余談

 左鐙には行ったことがありません。分かれ道までは通ったことがありますが。現在、左鐙では左鐙社中が石見神楽を盛んに舞っています。島は左鐙から四キロほど離れたところと記述されています。車ですと大した距離ではありませんが、道路事情はよくないかもしれません。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)p.361.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年10月13日 (日)

秩父は遠かった 20204.10

秩父に行く。朝6時44分のバスで家を出て西武秩父駅についたのは午前11時過ぎ。池袋駅から西武秩父駅まで約2時間の行程。西東京にお住いの方なら割と手軽な観光コースなのだろうが、横浜からだと片道4時間のコースとなり、結構大変であった。

池袋駅から西武池袋線に乗る。

西武池袋駅・急行飯能行き

車窓の風景は平坦な大地が続き、住宅が密集している。関東平野らしい光景。入間市駅は高台にあるらしく、一瞬であるが見晴らしがよかった。ほどなく飯能に到着する。

西武池袋線・飯能駅にて西武秩父駅行きに乗り換え

飯能から西武秩父線に乗り換え。飯能市は割と栄えた地方都市の雰囲気。飯能あたりで関東平野は終わり、そこからは山間を縫って走る形となる。秩父の辺りで広めの盆地が見えてくる。西武秩父駅に到着。

西武秩父駅ホームから見た武甲山

そこから秩父線にどうやって乗り換えるか分からずしばらくうろうろする。三峯神社行きのバスがあったが、神社は山奥なので到底無理であった。少し歩いて御花園駅まで行く。

秩父線・御花園駅
秩父線・御花園駅ホームと羽生行き電車

そこから秩父駅まで行き(※徒歩でも700mくらいらしい)、秩父神社にお参りする。

秩父神社・拝殿
秩父神社・拝殿
秩父神社・左甚五郎作・子育ての虎
秩父神社・左甚五郎作・つなぎの龍

拝殿と本殿の彩色された彫刻類が見事であった。中には左甚五郎作のものもあるらしい。神社を出て秩父まつり会館に入る。

秩父まつり会館
秩父まつり会館

ここでは山車や神楽面を見ることができた。秩父神社の神楽は神代神楽らしい。ここらで完全に息切れしてしまう。肉汁うどんの看板が目に入るが、秩父でも結局知らない飲食店には入れなかった。しばらく休憩して秩父駅まで引き返し、再び秩父線に乗って長瀞(ながとろ)駅まで向かう。長瀞駅から宝登山(ほどさん)神社にお参りする。

宝登山神社・拝殿
宝登山神社・拝殿

こちらも拝殿の彩色された彫刻がよかった。再び長瀞駅まで引き返し、帰りの電車まで時間があったので休憩する。

秩父線・長瀞駅
秩父線・長瀞駅

完全に息があがってしまい、秩父美術館は断念する。電車に乗ってしばらくすると、SLとすれ違った。反対方向を見ていたので、見えたのは石炭を積んだ荷台のほんのわずかな部分のみ。一本ずらせば長瀞駅でSLを見ることができたのだが、そのためにまた数十分遅れるのも嫌で見合わせた。御花園駅まで戻ると、再び歩いて西武秩父駅まで戻る。

西武秩父駅
西武秩父駅

ここでソフトクリームを食べて休憩。それから飯能駅行きに乗って飯能まで引き返す。

西武秩父線・飯能行き

一旦飯能駅で下車し、北口と南口のロータリーを撮影する。

西武鉄道・飯能駅北口と商店街
西武鉄道・飯能駅北口
西武鉄道・飯能駅南口

疲れていて早く帰りたかったので商店街まで足を延ばすことはできなかった。駅ビルに「ヤマノススメ」のあおいちゃんのプレートというのかアニメの絵を拡大した像が置いてあるスポーツショップがあった。飯能から池袋行の急行に乗る。案外空いていた。

西武池袋線・池袋駅

池袋駅からは埼京線に乗り換える。渋谷から新宿、池袋に行くには埼京線に乗った方が楽というのに今頃になって気づく。渋谷で乗り換える。一瞬、ハチ公前の広場に出たので夜景を撮影してみたが、後で確認してみると手振れしていた。1型センサーでF2.8のレンズでは気をつけないと手振れしてしまうようだ。渋谷から田園都市線に乗る、各駅停車で幸い座れた。あざみ野駅で降車、横浜市営地下鉄に乗り換える。センター南駅で降車する。アクエリアスを飲んで水分補充。しばらく地下一階で休憩する。大阪王将で中華そばでも食べて帰るかと思っていたら、時間帯的に混んでいて(午後7時過ぎ)、諦める。江田駅行きのバス停まで行き、30分ほど待つ。それからバスに乗って帰宅する。

しかし、日帰りの小旅行で完全に息があがってしまったので、今後は小旅行すら厳しいかもしれない。

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2024年10月12日 (土)

呪術的思考と飛躍した連想

「晩越峠」から「飛躍した連想」という項目を付け加えることにした。分析が終了したらロールバックする予定なので、内容はその際に洗い替えするつもりである。

前日に神楽の写真の選定中にトイレに入ったら、呪術的思考についてふと思い浮かんだのである。科学万能の時代においても呪術的思考がなぜ消えないのか、本来繋がりのないものの間に繋がりを見出してしまうのは、人間の思考様式の一部だからではないか。天才と狂気は紙一重というが、その曖昧な領域にこそ創造性の源があるのではないか。

形態素解析で抽出したキーワードのみで分析しようと考えていたのだけど、それだけでは不足で、そのキーワード、概念に関連する概念も追っていかないと詳細に分析できないと思い至る。

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行為項分析――晩越峠

◆あらすじ

 屋島や壇ノ浦の戦いで敗れた平家の一門の人々は安徳天皇を奉じて山陽山陰の山々を越え、吉賀川沿いに落ち延びてきた。柿木まで辿りついてほっとしたところへ追手が来て夜討ちに遭い、おおかた討たれてしまった。それでそこを夜討原と言う様になった。わずかに生き残った人々は天皇を守りながら馬を走らせて左鐙の里を通った。そのとき道ばたの胡瓜垣に馬の左の鐙が引っかかって落ちたが、それを拾う暇もなく通り過ぎたので、ここを左鐙(さぶみ)と呼ぶようになった。長い戦いで落人になって破れた馬の沓(くつ)を畳で打ち替えた。そこでここを沓打場と言う様になった。追手の者が落人のことを尋ねたが、そこの人は落人に同情して、そんなものは見んがと言ったので民ヶ谷(みんがたに)と言う様になった。そのおかげで僅かに追手の手が緩んだ間に一同が集まって評定をしたところを集義(しゅうぎ)と言う様になった。落人の一行は畳石で一夜を明かすことになった。畳石は吉賀川のほとりにある広い平らな岩で、その上に御殿岩という高い岩の壇がある。天皇をこの上でお休め申し上げ、馬は川向こうの岩の穴に入れて夜を明かした。それで岩の壇を御殿岩または一夜城と呼ぶようになり、岩穴は馬の駄屋と言う様になった。畳石には大小様々なくぼみがあるが、これを馬のたらいとか馬の足跡とかいって、この時できたものと言っている。少し川上に風呂ガ原という所があるが、ここはその時民家に野風呂をたてていたので、頼んで天皇を入れたところだという。追手は執念深く追ってきて、畳石の奥で激しい戦いになった。そこを軍場(ぐんば)と言い、そこから流れる谷を軍場谷と言う様になった。ようやく生き残った人々が晩越峠(おそごえだお)に辿りついたときはもう日が暮れようとしていた。晩越峠は晩く越したのでこう呼ぶ様になったが、追っ手に追われて辿り着いたのは暮れ方で、峠の上へあがって遙か川下を見るとびっくりした。川下には源氏の白旗が幾筋も風にはためいている。せっかくここまで落ち延びてきたのに行く手には既に敵の手がまわったのか、われわれの運命も最早これまでだと天を仰いで嘆息したが、よくよく見ると白旗と思ったのは白い鷺(さぎ)で、何十羽とも知れぬ鷺が頭の上をかすめて、峠を越えようとして飛んできた。それが分かるとほっとするとともに、鷺に驚かされて肝をつぶした憤りが一時に爆発して、おのれ鳥畜生の分際で、畏れ多くも主上のおん頭の上を通るとは何事か。未来永劫この峠を越すことはならぬと叱ると、鷺は引き返して川の上を廻っていった。ここは低い峠で越えればほんのわずかであるが、川は突き出た山裾を三キロばかりも廻っている。それから鷺は決して峠を越えず、川の上を廻っていくので、ここを鷺が廻りと呼ぶ様になった。

◆モチーフ分析

・屋島や壇ノ浦の戦いで敗れた平家の一門の人々が安徳天皇を奉じて吉賀川沿いに落ち延びてきた
・柿木まで辿り着いてほっとしたところを追手に夜討ちされ、おおかた討たれてしまった。それでそこを夜討原と言う様になった
・生き残った人々は天皇を守りながら馬を走らせて道ばたの垣に左の鐙が引っかかって落ちたが、それを拾う暇もなく通り過ぎたので左鐙と呼ぶようになった
・長い戦いで落人になって破れた馬の沓を畳で打ち替えたので沓打場と言う様になった
・追手が落人のことを尋ねたが、村人は落人に同情して、そんなものは見んと言ったので民ヶ谷と言う様になった
・追手の手が緩んだ間に一同が集まって評定したところを集義と言う様になった
・天皇を吉賀川のほとりにある畳石でお休め申し上げ、馬は川向こうの岩の穴に入れて夜を明かした。それで岩の壇を御殿岩または一夜城と呼ぶようになり、岩穴は馬の駄屋と言う様になった
・畳石には大小のくぼみがあるが、これを馬のたらいとか馬の足跡という
・民家で野風呂をたてていたので頼んで天皇を入れたところを風呂ガ原という
・畳石の奥で激しい戦いになったので、そこを軍場と言い、そこから流れる谷を軍場谷と言う様になった
・生き残った人々が晩越峠に辿りついたときは日が暮れようとしていた。遅く越したので晩越峠と呼ぶ様になった
・峠を上がって川下を見ると、源氏の白旗が風にはためいていてびっくりした
・最早これまでと嘆息したが、よく見ると白い鷺で何十羽もの鷺が頭上を越え峠を越えようと飛んできた
・ほっとしたら、鷺に肝をつぶされたことに憤って、主上の上を通るとは何事か、未来永劫この峠を越すことはならぬと叱った
・鷺は引き返して川の上を廻っていった
・低い峠だが、鷺はそれから決して峠を越えず、川の上を廻っていく様になった。そこでここを鷺が廻りと呼ぶ様になった

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:平家一門(落人、生存者)
S2:安徳天皇(天皇)
S3:追手
S4:村人

O(オブジェクト:対象)
O1:屋島
O2:壇ノ浦
O3:吉賀川
O4:柿木
O5:夜討原
O6:馬
O7:鐙
O8:垣
O9:左鐙
O10:沓
O11:沓打場
O12:民ヶ谷
O13:評定
O14:集義
O15:畳石(御殿岩)
O16:岩穴(馬の駄屋)
O17:くぼみ(馬のたらい)
O18:風呂
O19:風呂ガ原
O20:軍場
O21:谷
O22:軍馬谷
O23:峠(晩越峠)
O24:川下
O25:白旗(白鷺)
O26:川の上(鷺が廻り)

m(修飾語)
m1:敗走した
m2:討ち死にした
m3:疾駆した
m4:打ち替えた
m5:同情した
m6:緩んだ
m7:休んだ
m8:日が暮れた
m9:驚愕した
m10:覚悟した
m11:安心した
m12:憤った
m13:不敬である
m14:低い

X1:人々
X2:ある土地

T:時

+:接
-:離

・屋島や壇ノ浦の戦いで敗れた平家の一門の人々が安徳天皇を奉じて吉賀川沿いに落ち延びてきた
(敗走)S1平家一門:S1落人+m1敗走した
(同道)S1落人:S1落人+S2安徳天皇
(落ち延びる)S1落人:S1落人+O3吉賀川
・柿木まで辿り着いてほっとしたところを追手に夜討ちされ、おおかた討たれてしまった。それでそこを夜討原と言う様になった
(到着)S1落人:S1落人+O4柿木
(夜討)S3追手:S3追手+S1落人
(掃討)S3追手:S1落人+m2討ち死にした
(地名由来)X2:X2+O5夜討原
・生き残った人々は天皇を守りながら馬を走らせて道ばたの垣に左の鐙が引っかかって落ちたが、それを拾う暇もなく通り過ぎたので左鐙と呼ぶようになった
(守護)S1生存者:S1生存者+S2天皇
(疾駆)S1落人:O6馬+m3疾駆した
(引っかかる)O7鐙:O7鐙+O8垣
(放置)S1落人:O6馬-O7鐙
(地名由来)X2:X2+O9左鐙
・長い戦いで落人になって破れた馬の沓を畳で打ち替えたので沓打場と言う様になった
(交換)S1落人:O10沓+m4打ち替えた
(地名由来)X2:X2+O11沓打場
・追手が落人のことを尋ねたが、村人は落人に同情して、そんなものは見んと言ったので民ヶ谷と言う様になった
(尋問)S3追手:S3追手+S4村人
(同情)S4村人:S1落人+m5同情した
(虚言)S4村人:S1落人-S3追手
(地名由来)X2:X2+O12民ヶ谷
・追手の手が緩んだ間に一同が集まって評定したところを集義と言う様になった
(追走が緩む)S3追手:S3追手+m6緩んだ
(評定)S1落人:S1落人+O13評定
(地名由来)X2:X2+O14集義
・天皇を吉賀川のほとりにある畳石でお休め申し上げ、馬は川向こうの岩の穴に入れて夜を明かした。それで岩の壇を御殿岩または一夜城と呼ぶようになり、岩穴は馬の駄屋と言う様になった
(存在)O3吉賀川:O3吉賀川+O15畳石
(休息)S1落人:S2天皇+O15畳石
(休息)S1落人:S2天皇+m7休んだ
(秘匿)S1落人:O6馬+O16岩穴
(地名由来)X1:O15畳石+O15御殿岩
(地名由来)X1:O16岩穴+O16馬の駄屋
・畳石には大小のくぼみがあるが、これを馬のたらいとか馬の足跡という
(存在)O15畳石:O15畳石+O17くぼみ
(地名由来)X1:O17くぼみ+O17馬のたらい
・民家で野風呂をたてていたので頼んで天皇を入れたところを風呂ガ原という
(依頼)S1落人:S4村人+O18風呂
(入浴)S1落人:S2天皇+O18風呂
(地名由来)X2:X2+O19風呂ガ原
・畳石の奥で激しい戦いになったので、そこを軍場と言い、そこから流れる谷を軍場谷と言う様になった
(戦闘)S1落人:S1落人+S3追手
(地名由来)X1:O15畳石+O20軍場
(地名由来)X1:O21谷+O22軍場谷
・生き残った人々が晩越峠に辿りついたときは日が暮れようとしていた。遅く越したので晩越峠と呼ぶ様になった
(到達)S1生存者:S1生存者+O23峠
(日没)T:T+m8日が暮れた
(地名由来)X1:O23峠+O23晩越峠
・峠を上がって川下を見ると、源氏の白旗が風にはためいていてびっくりした
(目撃)S1落人:O24川下+O25白旗
(驚愕)S1落人:S1落人+m9驚愕した
・最早これまでと嘆息したが、よく見ると白い鷺で何十羽もの鷺が頭上を越え峠を越えようと飛んできた
(覚悟)S1落人:S1落人+m10覚悟した
(誤認)S1落人:O25白鷺+O25白旗
(峠超え)O25白鷺:O25白鷺+O23峠
・ほっとしたら、鷺に肝をつぶされたことに憤って、主上の上を通るとは何事か、未来永劫この峠を越すことはならぬと叱った
(安堵)S1落人:S1落人+m11安心した
(憤り)S1落人:O25白鷺+m12憤った
(指摘)S1落人:O25白鷺+m13不敬である
(禁止)S1落人:O25白鷺-O23峠
・鷺は引き返して川の上を廻っていった
(回避)O25白鷺:O25白鷺-O23峠
(迂回)O25白鷺:O25白鷺+O26川の上
・低い峠だが、鷺はそれから決して峠を越えず、川の上を廻っていく様になった。そこでここを鷺が廻りと呼ぶ様になった
(状態)O23晩越峠:O23峠+m14低い
(習慣)O25白鷺:O25白鷺+O26川の上
(地名由来)X1:O26川の上+O26鷺が廻り

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

   聴き手(落人となった平家一門はどうなるか)
           ↓
送り手(落人)→天皇を奉じて落ち延びる(客体)→ 受け手(天皇)
           ↑
補助者(なし)→ 平家の落人(主体)←反対者(追手)

   聴き手(落人たちは追手から逃れられるか)
           ↓
送り手(追手)→追撃から逃れる(客体)→ 受け手(落人)
           ↑
補助者(なし)→ 落人(主体)←反対者(追手)

   聴き手(村人たちの助けで落人たちは逃れられるか)
           ↓
送り手(村人)→虚言で落人たちに時間的猶予を与える(客体)→ 受け手(追手)
           ↑
補助者(なし)→ 村人(主体)←反対者(追手)

   聴き手(落人たちは遂に追い詰められてしまったのか)
           ↓
送り手(白鷺)→源氏の白旗と誤認させる(客体)→ 受け手(落人)
           ↑
補助者(なし)→ 落人(主体)←反対者(追手)

   聴き手(ヒトの命令を白鷺たちはどう受け止めるか)
           ↓
送り手(落人)→不敬として峠越えを禁じる(客体)→ 受け手(白鷺)
           ↑
補助者(なし)→ 落人(主体)←反対者(追手)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。壇ノ浦の戦いで敗れ平家一門は滅亡しますが、残党が石見地方西部に落ち延びてきます。安徳天皇を奉じた一同は追手の夜討で数を減らしながらも、村人の協力もあって晩超峠まで到達します。ところが、峠の頂上で白鷺の一群を源氏の白旗と見間違えてしまい驚愕します。誤認と気づいた落人たちは怒り、天皇の頭上を飛び越えるのは不敬であるとして、白鷺が峠を越えて飛ぶことを禁じます。それから白鷺たちは峠を迂回して吉賀川の上を飛ぶようになったという筋立てです。

 落人―天皇、落人―追手、追手―村人、落人―白鷺、といった対立軸が見受けられます。白鷺/白旗の図式に追撃されて追い詰められて心の余裕を失った平家の落人たちの焦りが暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

落人♌♁♎―天皇☉♁―追手♂―白鷺♂―村人☾(♌)

 といった風に表記できるでしょうか。天皇の生き残りを価値☉と置くと天皇自身も享受者♁と置けるでしょうか。平家の落人も享受者♁となります。追手は対立者♂と置けます。源氏の白旗と誤認することになる白鷺も対立者♂と置けるでしょう。村人は落人の逃走を手助けしますので援助者☾と置けます。白鷺を源氏の白旗と誤認した平家の落人は白鷺に峠超えをすることを禁止し、白鷺もそれに従いますので、ここでは審判者♎とも置けるでしょうか。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「平家の落人たちは追手の追撃から逃れられるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「白鷺を源氏の旗と見間違える」「白鷺は落人の禁止に従う」でしょうか。「落人―白旗/白鷺―追手」「落人―峠/禁止―白鷺」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:平家の落人たちは追手の追撃から逃れられるか
        ↑
発想の飛躍:白鷺を源氏の旗と見間違える
      白鷺は落人の禁止に従う

・落人/天皇―吉賀川―追手
       ↑
・落人―旗/白/鷺―追手
・天皇/落人―峠/禁止―白鷺

◆飛躍した連想

 発想の飛躍を「常識離れした連想」と仮定しますと、上述した図式の/(スラッシュ)の箇所に特にその意図的に飛躍させた概念の操作が見出せそうです。

 呪術的思考に典型的に見られますが、ヒトは本来は繋がりのない切り離されたモノの間にも繋がりを見出すことがあります。それは情報処理におけるエラーです。ですが、科学万能の時代においてもエラーであるはずの呪術的思考が完全には消え去ることがないのは、それが人間特有の思考の働きにおける様式の一部であるからかもしれません。意図的にエラーを起こすとでも言えるでしょうか。

 「晩越峠」では白鷺の一群を源氏の白旗と誤認してしまいます。それは追撃から必死に逃れてきたが、遂に敵の大軍に取り囲まれてしまったかという焦りの心境から生じたものです。「白」という概念を介することで「鷺」と「旗」という本来繋がりのない概念が結びついてしまうのです。「鷺―白―旗―源氏―敵」の図式です。見間違えるはずのないものを「白繋がり」で焦りから見間違えてしまうという展開が面白さを生みだします。

 また、落人の命令は即ち天皇の勅命であり、それを畜生である白鷺も受け入れたという展開も意外性のある展開です。人語を解することのない鳥類だが天皇の勅命だけは絶対で従属させた、つまり「勅命」という概念に含まれる「絶対」という概念が人語を解する能力のない鳥類に「従属」という概念を結びつけるのです。「命令―天皇―勅命―絶対―従属―鳥類―鷺」という図式です。そういう点で常識外れの、いわば昔話ならではの展開となっています。

 つまり、「鷺―白―旗―源氏―敵」「命令―天皇―勅命―絶対―従属―畜生―鷺」という連想を一瞬で行っていることになります。本来であればこれだけの過程を経ている訳ですが、その過程をすっ飛ばして一瞬で概念の操作が行われている訳ですから「飛躍」となるのです。

 以上のように、本文には現れない概念も重要な要素となっています。形態素解析で抽出したキーワードだけでは解釈を十全に行うことは難しいものと考えられます。連想概念辞書も取り込んだ上で分析する方向に機能改善することが望まれると考えられます。

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「晩越峠」ですと「平家の落人たちにまつわるエピソードが吉賀川流域の地名の由来となった」くらいでしょうか。

◆余談

 平家の落人にまつわる石西地方の地名説話です。ここでは安徳天皇を奉じてとありますが、天皇は壇ノ浦で入水しています。他の貴人の話が転化したものかもしれません。

 地名説話が延々と続くので、行為項分析が手間でした。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.359-360.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年10月10日 (木)

鷲宮神社の奉納神楽を鑑賞 2024.10

10月10日の鷲宮神社の秋祭りの奉納神楽を鑑賞する。

・天照国照太祝詞神詠之段
・天心一貫本末神楽歌催馬楽段
・天神地祇感応納受之段
・鎮悪神発弓靭負之段
・端神楽
・磐戸昭開諸神大喜之段
・端神楽
・祓除清浄杓大麻之段
・折紙の舞

が上演された。

天照国照太祝詞神詠之段
天照国照太祝詞神詠之段
天心一貫本末神楽歌催馬楽段
天心一貫本末神楽歌催馬楽段
天神地祇感応納受之段
天神地祇感応納受之段
鎮悪神発弓靭負之段
鎮悪神発弓靭負之段
磐戸昭開諸神大喜之段
磐戸昭開諸神大喜之段
祓除清浄杓大麻之段
祓除清浄杓大麻之段
折紙の舞
折紙の舞

4月は家族の病気で見合わせた。7月末の夏祭りは断捨離で疲弊していたのと左足の剥離骨折で行ける状況ではなかった。10月に入って若干の余裕があるので(※本当は尻に火がついた状況だが)久しぶりに訪問することができた。

岩戸神楽、複数の演者が同時に鈴を鳴らすと神秘的な響きとなるのだが、今回は鈴の響きがいま一つだった。巫女さんは以前いた子が成長したとかそんなところか。今回出演した巫女さんは四名で以前より人数が減っていた。

コロナが5類になったからだと思うが、観客向けの椅子とテントが復活した。コロナ禍の最中は椅子がなかったため、立ちっぱなしで鑑賞しなければならなかった。これでマスクを着用していると非常に息苦しく、耐えられなくて鑑賞を諦めたこともあった。今回もマスクはしていたのだが。

上演が終わって隣の老女に話しかけられた。近所の人らしい。お神楽が好きとのことであった。石見神楽に関しては知らないようだった。「今回が最後の鑑賞になる」と告げた。

神社の拝殿は一部改修が施されていた。

今回の撮影に使ったのはペンタックスKP+シグマ18-200㎜。一年半ぶりの稼働。使い方を忘れかけていた。「光学ファインダーってこんなに見えづらかったっけ?」と思う。シャッターボタンを半押ししてもAFが迷うとでもいうのか合焦マークがなかなか出ない場合があった。途中でカード残量が無くなって急遽パナソニックTX1に切り替えたが、TX1の方が補正された画像を背面液晶に表示してくれて扱い易かった(※後で確認したら手振れを連発していた。ミラーレスや一眼レフに比べると望遠域での手振れ補正が弱いようだ)。背面液晶でみるのはモニターで鑑賞するのと変わらないので、レンズ素通しの光学ファインダーの方がライブパフォーマンスを撮影するのには合っていると思う。

KPは累計7800枚くらい撮っていた。今回撮影したのは2200枚ほど。稼働率が低い割にはまあまあの枚数か。一万枚にはさほど時間をかけずに到達するだろうし、それくらい撮れれば一応元をとれたことにはなるだろう。

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2024年10月 9日 (水)

創造も守破離――佐宗邦威『模倣と創造 13歳からのクリエイティブの教科書』

佐宗邦威『模倣と創造 13歳からのクリエイティブの教科書』を読む。創造も守破離のプロセスを踏むことが必要で、守の段階としてまずは模倣から入ることが説かれている。

著者は広告代理店の提示するCM案に対する審美眼を持ち合わせておらず苦労されたとのこと。出世していざ企画をたてる段になってある種の審美眼を積極的に培ってこなかったという課題に直面したことになる。

本書ではセンスという言葉で語られているが、審美眼をいかに培ってきたか、著者の成育歴がよく見えてこない。あとがきでわずかに触れられているが、中学受験して東大に入学したようなので、都市部出身で中高一貫校卒と想像される。

都市部の中高一貫校からと地方の公立校から進学したのでは同じ大学でも中身の成分がかなり違うだろう。もちろん人によって穴となる欠如があることは避けられないのだが、著者の場合、受験勉強や専門分野の学習で忙しかったのかも知れない。人間、割けるリソースには限界がある。

審美眼にも先天的なものと後天的なものとがあるという。後天的な審美眼を培っていく上で、幼少期から思春期に触れたものがどれくらい影響してくるのか興味深いところである。

その後、デザインを学んだり、ファッションに気を配ったり、旅をすることでリカバリーを図っているように見受けられる。実は意外と後天的にリカバリーできるのかもしれない。

文化資本という概念があって、むしろ都市部の富裕層の方が有利にみえるのだが、必ずしもハイカルチャーの摂取だけで決まるものでもないのだろう。

映像に対する審美眼であれば、それまでに例えば映画を何本くらい鑑賞したかがある程度目安となるかもしれない。また、ライブパフォーマンスを生でどれだけ鑑賞しているかも大きいはず。他、絵は描かずとも写真を撮る人は多い。どんなカメラ、レンズを所有しているかの情報も欲しかったところだ(※機材自慢になりかねないが)。

デフォルトモードネットワークに対置される用語はセントラルエグゼクティブネットワークだそうだ。

……久しぶりに本を読了することができた。だいぶ脳の疲労が抜けてきたようだ。書籍・雑誌カテゴリの記事は6月以来である。

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行為項分析――大膳と治部

◆あらすじ

 昔、左鐙に大膳と治部という兄弟がいた。大膳は左鐙に、治部は川向こうに住んでいた。大膳はよく治部のところへ遊びに行った。すると治部のところでは、どんな雪の日でも雨風の日でも必ず生魚を出してご馳走した。大膳は不審に思って、いったいどうして手に入れるのかと尋ねた。治部の家の近くにえんこうわいと言って渕の底の岩に一間四角くらいな穴がある。ある晩治部が寝ていると誰か起こすものがある。目を開けて見ると美しい女が枕元へ来ていた。女は自分はえんこうわいにおるえんこうだが、この間の大水で金馬鍬が穴の口へ流れかかって通ることができない。それで子供を養うことが出来ずに困っている。どうか鍬を除けて下さらないか。ご恩は決して忘れないからと言った。治部は、それは除けてやらないことはないが、これからは左鐙の内で子供が一人でもえんこうに取られたという様なことがあったら承知しない。そういうことがあったら馬鍬を除けるどころか三尺の釜をもって塞いでやると言った。女はそういうことは決してしない。どうか除けてくださいと頼むので、それなら除けてやろうと言うと、女はたいそう喜んで、このことは誰にも言ってくださるなと言って帰った。明くる日、治部がえんこうわいへ行ってみると、女が言った通り馬鍬がかかっているので取りのけてやった。えんこうは金物に触ると身体が腐るので金物を恐れるのだった。ところがそれからと言うものは、夏は鮎、冬はいだという様に、朝起きてみると毎日の様に必ず魚が軒下へ吊ってあった。そういう訳でいつも生魚があるのだったが、えんこうに誰にも言わないという約束がしてあるので、言う訳にはいかない。それで大膳が尋ねても、それには訳があって言われないと治部は言った。大膳は兄弟の間で言われないということはない、言えと言う。治部はどういう事があっても言われぬと言う。そうして争っている内に大喧嘩になって、大膳はぷんぷんして帰っていった。大膳が家へ帰って昼寝をしていると治部が抜身を下げてやって来て、いきなり切りかかった。大膳は初めの内は扇子であしらっていたが、危なくなったので、女房に槍をとってくれと言った。女房は慌てて長押の槍をとって差し出す調子に、間違えて治部へ渡した。治部はその槍で大膳を突き殺してしまった。治部は家へ帰ると腹を切って死んだ。大膳は「大膳さま」と言って今も小さな祠に祀ってあるが、大膳さまは女というものはこのようにあさはかなもので、そのために自分は殺されたと言って、女をひどく嫌うので、女は参ってはいけないと言うことである。治部の墓は川向こうの田の中にあるが、そこに田を植えるときにはどんないい天気でも、雨の三粒でも降らないことはないと言う。

◆モチーフ分析

・昔、左鐙に大膳と治部という兄弟がいた
・大膳はよく治部のところへ遊びにいった
・治部のところではどんな雪や雨の日でも必ず生魚を出してご馳走した
・大膳は不審に思って、いったいどうして手に入れるのか尋ねた
・治部の家の近くにえんこうわいという渕の底の岩に一間四角くらいの穴がある
・ある晩治部が寝ていると美しい女が枕元へ来ていた
・女は自分はえんこうわいに棲むえんこうだが、大水で鍬が穴の口へ流れかかて困っている。どうか鍬を除けてくださいと頼んだ
・治部はそれなら左鐙で子供が一人のえんこうに取られないようにしろと言った
・女はそういうことは決してない。ご恩は忘れないと言った
・治部が応じると女は喜んで、このことは誰にも言うなと言って帰った
・明くる日、治部がえんこうわいへ行ってみると、女が言った通り鍬がかかっていたので取りのけてやった
・えんこうは金物が身体に触れると身体が腐るので金物を恐れる
・それからは毎日の様に魚が軒下へ吊ってあった
・えんこうに誰にも言わない約束をしているので言う訳にいかない
・それで大膳が尋ねても言う訳にはいかないと治部は言った
・大膳は兄弟の間で言えぬことないと言い、治部はどうあっても言われぬと返し、大喧嘩になって大膳は帰った
・大膳が家へ帰って昼寝をしていると、治部が抜身を下げて切りかかった
・大膳は扇子であしらっていたが、女房に槍をとってくれと言った
・女房は間違えて槍を治部へ渡してしまう、治部はその槍で大膳を突き殺した
・治部は家へ帰ると腹を切って死んだ
・大膳は小さな祠に祀ってあるが、女を嫌うので、女は参ってはいけないと言われている
・治部の墓は川向こうの田の中にあるが、田を植えるときは少しでも雨が降るという

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:大膳
S2:治部
S3:女(えんこう)
S4:女房

O(オブジェクト:対象)
O1:左鐙
O2:川向こう
O3:兄弟
O4:生魚
O5:治部の家
O6:渕
O7:岩穴
O8:鍬
O9:子供
O10:他言
O11:金物
O12:大膳の家
O13:扇子
O14:槍
O15:自害
O16:祠
O17:女
O18:墓
O19:田
O20:雨

m(修飾語)
m1:悪天候の
m2:眠った
m3:感謝した
m4:祀った
m5:田植えの

T:時

+:接
-:離

・昔、左鐙に大膳と治部という兄弟がいた
(存在)O1左鐙:S1大膳+S2治部
(存在)O3兄弟:S1大膳+S2治部
・大膳はよく治部のところへ遊びにいった
(訪問)S1大膳:S1大膳+S2治部
・治部のところではどんな夢や雨の日でも必ず生魚を出してご馳走した
(天候)O2川向こう:O2川向こう+m1悪天候の
(ご馳走)S2治部:S1大膳+O4生魚
・大膳は不審に思って、いったいどうして手に入れるのか尋ねた
(質問)S1大膳:S1大膳+S2治部
(質問)S1大膳:S2治部+O4生魚
・治部の家の近くにえんこうわいという渕の底の岩に一間四角くらいの穴がある
(存在)O5治部の家:O5治部の家+(O6渕+O7岩穴)
・ある晩治部が寝ていると美しい女が枕元へ来ていた
(就寝)S2治部:S2治部+m2眠った
(来訪)S3女:S3女+S2治部
・女は自分はえんこうわいに棲むえんこうだが、大水で鍬が穴の口へ流れかかて困っている。どうか鍬を除けてくださいと頼んだ
(説明)S3女:S3えんこう+(O6渕+O7岩穴)
(塞ぐ)O8鍬:O8鍬+O7岩穴
(邪魔)O8鍬:O7岩穴-S3えんこう
(依頼)S2治部:O7岩穴-O8鍬
・治部はそれなら左鐙で子供が一人のえんこうに取られないようにしろと言った
(回答)S2治部:S2治部+S3女
(条件提示)S2治部:S3えんこう-O9子供
・女はそういうことは決してない。ご恩は忘れないと言った
(約束)S3女:S3えんこう-O9子供
(感謝)S3女:S2治部+m3感謝した
・治部が応じると女は喜んで、このことは誰にも言うなと言って帰った
(応諾)S2治部:S2治部+S3女
(禁止)S3女:S2治部-O10他言
(去る)S3女:S2治部-S3女
・明くる日、治部がえんこうわいへ行ってみると、女が言った通り鍬がかかっていたので取りのけてやった
(確認)S2治部:O8鍬+O7岩穴
(除去)S2治部:O7岩穴-O8鍬
・えんこうは金物が身体に触れると身体が腐るので金物を恐れる
(忌避)S3えんこう:O11金物-S3えんこう
・それからは毎日の様に魚が軒下へ吊ってあった
(謝礼)S3えんこう:O5治部の家+O4生魚
・えんこうに誰にも言わない約束をしているので言う訳にいかない
(制約)S2治部:S1大膳-O10他言
・それで大膳が尋ねても言う訳にはいかないと治部は言った
(拒否)S2治部:S2治部-S1大膳
・大膳は兄弟の間で言えぬことないと言い、治部はどうあっても言われぬと返し、大喧嘩になって大膳は帰った
(喧嘩)S1大膳:S1大膳+S2治部
(帰宅)S1大膳:O5治部の家-O5治部の家
・大膳が家へ帰って昼寝をしていると、治部が抜身を下げて切りかかった
(帰宅)S1大膳:S1大膳+O12大膳の家
(就寝)S1大膳:S1大膳+m2眠った
(襲撃)S2治部:S2治部+S1大膳
・大膳は扇子であしらっていたが、女房に槍をとってくれと言った
(あしらう)S1大膳:O13扇子-S2治部
(依頼)S1大膳:S1大膳+S4女房
(依頼)S4女房:S1大膳+O14槍
・女房は間違えて槍を治部へ渡してしまう、治部はその槍で大膳を突き殺した
(間違い)S4女房:S2治部+O14槍
(殺害)S2治部:O14槍+S1大膳
・治部は家へ帰ると腹を切って死んだ
(帰宅)S2治部:S2治部+O5治部の家
(自害)S2治部:S2治部+O15自害
・大膳は小さな祠に祀ってあるが、女を嫌うので、女は参ってはいけないと言われている
(祭祀)O16祠:S1大膳+m4祀った
(忌避)S1大膳:S1大膳-O17女
(禁止)O17女:O17女-O16祠
・治部の墓は川向こうの田の中にあるが、田を植えるときは少しでも雨が降るという
(存在)O18墓:O18墓+(O2川向こう+O19田)
(季節)T:T+m5田植えの
(降雨)O19田:O19田+O20雨

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

   聴き手(恩を受けたえんこうはどうするか)
           ↓
送り手(治部)→渕の岩穴の鍬を除去する(客体)→ 受け手(えんこう)
           ↑
補助者(なし)→ 治部(主体)←反対者(なし)

   聴き手(えんこうの恩返しに治部はどうするか)
           ↓
送り手(えんこう)→毎日生魚を届ける(客体)→ 受け手(治部)
           ↑
補助者(なし)→ えんこう(主体)←反対者(なし)

   聴き手(不思議に思った大膳はどうするか)
           ↓
送り手(治部)→生魚でもてなす(客体)→ 受け手(大膳)
           ↑
補助者(なし)→ 治部(主体)←反対者(なし)

  聴き手(回答を拒否された大膳はどうするか)
           ↓
送り手(治部)→回答を拒否(客体)→ 受け手(大膳)
           ↑
補助者(なし)→ 治部(主体)←反対者(大膳)

   聴き手(兄を殺した治部はどうするか)
            ↓
送り手(治部)→襲撃して殺害する(客体)→ 受け手(大膳)
            ↑
補助者(大膳の女房)→ 治部(主体)←反対者(大膳)

   聴き手(兄弟が死んだ結果どうなったか)
           ↓
送り手(治部)→自害する(客体)→ 受け手(治部)
           ↑
補助者(なし)→ 治部(主体)←反対者(なし)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。治部の家の近くの渕の岩穴に鍬が引っかかってしまったため、そこを住処をするえんこうが困って治部に助けを求めます。治部は今後は子供をとらないことを条件に鍬を取り除きます。えんこうはその恩返しとして毎日のように生魚を治部の家に届けるようになります。その生魚で治部は兄の大膳をもてなしますが、いつ行っても生魚が供されるのを不思議に思って尋ねると、治部はえんこうとの約束を盾に回答を拒否します。仲の良い兄弟でしたが、この件で仲が破綻してしまいます。結果、治部は大膳を襲撃します。大膳は女房から槍を受け取ろうとしますが、女房は誤って槍を治部に渡してしまい、治部はその槍で大膳を殺害してしまいます。治部自身も自害してしまいます。女の浅はかさを嫌った大膳は死後も女性を嫌うといった筋立てです。

 大膳―治部、治部―女/えんこう、大膳―女房、女房―治部、といった対立軸が見受けられます。生魚/槍の図式に、善意でした思わぬことが悲劇に繋がることがあると暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

治部♌♁―えんこう♎☾(♌)☉―大膳♂♎―女房☾(♂)(±)

 といった風に表記できるでしょうか。えんこうの秘密を価値☉と置くと、治部は享受者♁と置けます。その秘密を知りたがった兄の大膳は対立者と置けます。大膳の女房は本来は大膳の援助者☾ですが誤って槍を治部に渡してしまい大膳の殺害に繋がってしまいますので、ここではプラスマイナスの援助者と仮定します。えんこうは治部に生魚をもたらしますので援助者☾と置けるでしょう。審判者を誰とするか、治部の行為を恩とするえんこうとも置けますし、殺害された女を忌避する大膳もそう置けるでしょうか。

◆フェミニズム分析

 女房が誤って槍を弟の治部に手渡してしまった結果、兄の大膳は治部に殺害されてしまいます。その後、大膳の霊は祠に祀られますが、女の浅はかさを嫌い、女には参拝させないという筋立てとなっています。これは見方によっては女性蔑視的な観点を含んでいると指摘することができるでしょう。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「ささいなことから諍いを起こした兄弟の運命はどうなるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「えんこうが金物が苦手で鍬を取り除けられない」「大膳の女房が槍を間違えて治部に手渡す」でしょうか。「えんこう―岩穴/鍬―治部」「女房―槍―治部/大膳」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:ささいなことから諍いを起こした兄弟の運命はどうなるか
        ↑
発想の飛躍:えんこうが金物が苦手で鍬を取り除けられない
      大膳の女房が槍を間違えて治部に手渡す

・大膳―生魚/えんこう―治部
      ↑
・えんこう―岩穴/鍬―治部
・女房―槍―治部/大膳

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「大膳と治部」ですと「元々は仲が良かったが、えんこうの課した禁止を守った結果、言え言わないの喧嘩から殺し合いとなってしまった兄弟だった」くらいでしょうか。

◆余談

 えんこうがお礼に魚を持ってくるという筋ですが、持ってくるところをこっそり見たら、それから来なくなったという伝説があります。

 弟の治部はえんこうに恩を施しますが、その恩返しの生魚がきっかけとなって兄の大膳と諍いを起こし、双方の死に繋がってしまいます。善意をかけた結果が思わぬ結果に繋がるという点で教訓含みの結末となっています。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.356-358.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年10月 8日 (火)

行為項分析――牛首

◆あらすじ

 牛首は下横道から三キロほど登った山の上で、昔はここに田が七反ほどあって家が一軒あった。少し行くと峠があって、向こうは匹見の内谷である。昔、年の暮れの大雪の日にこの家では正月餅をついていた。すると、雪の中を赤い毛布(けっと)を着た男が下から上がってきた。男は寒くはあるし、雪道を歩いてくたびれたので、家へ立ち寄って少し休ませてくださいと言った。それは寒かったろう。中へ入って火に当たりなさいと家の人たちは上へ上げて当たらせ、搗き立ての餅をご馳走した。男は馬喰だった。ゆっくり暖まり、餅をご馳走になったのでたいそう喜んだ。しばらくすると首にくくりつけていた風呂敷包みをあけて金を勘定した。中には家の人が見たこともないような、沢山の金が入っていた。この家には若い者が二人いたが、それを見ると、火縄筒を持って上の山へ上がっていった。馬喰はやがて礼を言って外へ出た。そして峠を上がると左へ曲がって、尾道を下左鐙(しもさぶみ)の方へ歩いていった。すると途中に若い者が待ち伏せをしていて、鉄砲で撃ち殺し、金をとって死体は下の谷へ蹴落としてしまった。こうして思いがけない大金を手に入れたが、それからこの家には良くないことが続き、生まれる子供は皆障害者で、とうとう絶えてしまった。その後、田は内谷から来て作ったが、家で昼寝をしていると必ず若い者が二人で餅をついて見せるので、気味が悪くなって家を解いてしまった。

◆モチーフ分析

・峠に近い牛首にある家では年の暮れの大雪の日に餅をついていた
・雪の中を赤い毛布を着た男が下から上がってきた
・男は寒く、くたびれたので家へ立ち寄って休ませて欲しいと言った
・家の人たちは男を上へ上げて火に当たらせ、餅をご馳走した
・男は馬喰で、風呂敷包みには家の者が見たこともないような大金が入っていた
・家の若い者が二人、それを見て火縄筒を持って上の山へ上がっていった
・馬喰は礼を言って外へ出た
・そして峠を上がると下左鐙の方へ歩いていった
・途中で若者が待ち伏せしていて鉄砲で馬喰を撃ち殺し金をとった
・大金を手に入れたが、この家には良くないことが続き絶えてしまった
・その後、匹見から人が田を作っていたが、昼寝をすると若い者が二人で餅をついて見せるので気味が悪くなって家を解いてしまった

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:家の者
S2:馬喰(男)
S3:家の若者(若者)
S4:匹見の人

O(オブジェクト:対象)
O1:峠
O2:牛首
O3:家
O4:大雪
O5:餅
O6:赤い毛布
O7:休憩
O8:火
O9:大金
O10:火縄筒
O11:山
O12:下左鐙
O13:匹見
O14:耕作
O15:昼寝

m(修飾語)
m1:年の暮れの
m2:疲れた
m3:不幸が続く
m4:断絶した
m5:薄気味悪い
m6:解体された

T:時

+:接
-:離

・峠に近い牛首にある家では年の暮れの大雪の日に餅をついていた
(季節)T:T+m1年の暮れの
(天候)O2牛首:O2牛首+O4大雪
(存在)O2牛首:O2牛首+O3家
(餅つき)S1家の者:S1家の者+O5餅
・雪の中を赤い毛布を着た男が下から上がってきた
(訪問)S2男:S2男+O2牛首
(衣装)S2男:S2男+O6赤い毛布
・男は寒く、くたびれたので家へ立ち寄って休ませて欲しいと言った
(疲労)S2男:S2男+m2疲れた
(依頼)S2男:S2男+S1家の者
(依頼)S2男:S2男+O7休憩
・家の人たちは男を上へ上げて火に当たらせ、餅をご馳走した
(招き入れ)S1家の者:S2馬喰+O3家
(暖房)S1家の者:S2男+O8火
(ご馳走)S1家の者:S2男+O5餅
・男は馬喰で、風呂敷包みには家の者が見たこともないような大金が入っていた
(判明)S1家の者:S2男+S2馬喰
(判明)S2馬喰:S2馬喰+O9大金
・家の若い者が二人、それを見て火縄筒を持って上の山へ上がっていった
(目撃)S3家の若者:S2馬喰+O9大金
(準備)S3家の若者:S3家の若者+O10火縄筒
(離脱)S3家の若者:S3家の若者-O3家
(隠れる)S3家の若者:S3家の若者+O11山
・馬喰は礼を言って外へ出た
(礼)S2馬喰:S2馬喰+S1家の者
(出発)S2馬喰:S2馬喰-O3家
・そして峠を上がると下左鐙の方へ歩いていった
(進行)S2馬喰:S2馬喰+O1峠
(進行)S2馬喰:S2馬喰+O12下左鐙
・途中で若者が待ち伏せしていて鉄砲で馬喰を撃ち殺し金をとった
(待ち伏せ)S3若者:S3若者+S2馬喰
(射殺)S3若者:S2馬喰+O10火縄筒
(奪取)S3若者:S2馬喰-O9大金
・大金を手に入れたが、この家には良くないことが続き絶えてしまった
(入手)S1家の者:S1家の者+O9大金
(不幸)S1家の者:S1家の者+m3不幸が続く
(断絶)S1家の者:S1家の者+m4断絶した
・その後、匹見から人が田を作っていたが、昼寝をすると若い者が二人で餅をついて見せるので気味が悪くなって家を解いてしまった
(人の入替り)S4匹見の人:S4匹見の人+(O2牛首+O3家)
(耕作)S4匹見の人:O2牛首+O14耕作
()S4匹見の人:S4匹見の人+O15昼寝
(登場)S3若者:S4匹見の人+S3若者
(餅つき)S3若者:S3若者+O5餅
(不安)S4匹見の人:S4匹見の人+m5薄気味悪い
(解体)S4匹見の人:O3家+m6解体された

※途中までは牛首の家の者の視点で語られているらしく、男の素性が馬喰であることは後で判明します。

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

   聴き手(もてなしを受けた馬喰はどうするか)
           ↓
送り手(家の者)→休憩させる(客体)→ 受け手(馬喰)
           ↑
補助者(なし)→ 家の者(主体)←反対者(なし)

  聴き手(大金の所持を知られた馬喰はどうなるか)
           ↓
送り手(馬喰)→金勘定を見られる(客体)→ 受け手(若者)
           ↑
補助者(なし)→ 馬喰(主体)←反対者(若者)

   聴き手(大金を奪取した若者はどうなるか)
           ↓
送り手(若者)→待ち伏せして殺害(客体)→ 受け手(馬喰)
           ↑
補助者(なし)→ 若者(主体)←反対者(馬喰)

   聴き手(馬喰を殺害した結果どうなるか)
           ↓
送り手(家の者)→不幸の連続、家の断絶(客体)→ 受け手(家の者)
           ↑
補助者(若者)→ 家の者(主体)←反対者(馬喰)

   聴き手(幻視した匹見の人はどうするか)
           ↓
送り手(若者)→若者の餅つきの幻視(客体)→ 受け手(匹見の人)
           ↑
補助者(なし)→ 匹見の人(主体)←反対者(若者)

 

といった行為項モデルが作成できるでしょうか。年の暮れの大雪の日に牛首の家に馬喰が休息を求めて訪ねてきます。家の者は馬喰をもてなしますが、馬喰が金勘定したところを家の若者が目撃してしまいます。馬喰が大金を所持していることを知った若者は馬喰が家を出て峠を越えようとしたところで待ち伏せし、射殺して金を奪ってしまいます。大金を得た牛首の家ですが、その後不幸が続き、家は断絶してしまいます。その後、匹見から来た人が家を引き継ぎますが、若者の餅つきを幻視するなどして気味悪くなり、家を解体してしまったという筋立てです。

 家の者―馬喰、若者―馬喰、匹見の人―若者、といった対立軸が見られます。餅つきのもてなし/幻視の図式に見せかけの好意と悪意の報いが暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

若者♌♎―馬喰♂☉―家の者♁(±)―匹見の人☾(♌)(-1)

 といった風に表記できるでしょうか。馬喰が所持する大金を価値☉と置くと、それを手に入れた家の者は享受者♁となります。ただ、その結果、家が断絶してしまいますので、プラスマイナス両面で結果を享受していると解釈できます。若者は犯行に及ぶ実行犯ですので、ここでは主体♌とします。馬喰が大金を所持しているのに気づき、奪うことを決めるのも若者ですので、審判者♎とも置けるでしょうか。馬喰は家の者、若者にとって大金をもたらすも、不幸ももたらしますので対立者♂としていいでしょうか。匹見の人は事件に直接関与はしていません。匹見の人が見たという若者の餅つきは幻視と解釈することができますので、若者のマイナスの援助者☾とでも置きましょうか。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「大金を所持していることを知られた馬喰はどうなるか」「大金を奪った牛首の家はどうなるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「くつろいだ馬喰が迂闊にも金を勘定する」でしょうか。「馬喰―勘定/大金―若者―家の者」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:大金を所持していることを知られた馬喰はどうなるか
      大金を奪った牛首の家はどうなるか
        ↑
発想の飛躍:くつろいだ馬喰が迂闊にも金を勘定する

・馬喰―殺害/待ち伏せ―若者
・家の者―不幸/断絶―馬喰
      ↑
・馬喰―勘定/大金―若者―家の者

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「牛首」ですと「思わぬことで大金を得た牛首の家の者だが、それから良くないことが続いて家が絶えてしまった」くらいでしょうか。

◆余談

 馬喰は見られてはいけない場面で油断してしまいます。うっかり大金を人の目に晒してしまうことで不幸を招き寄せてしまうのです。牛首の家が見舞われた不幸は馬喰殺害の報いと解釈できるでしょう。

 若者は大金に目がくらんで馬喰を殺害して金を奪ってしまうという過ちを犯します。一時的には豊かになったでしょうが、その後、不幸が続いて家が断絶してしまうという永続的な結果をもたらしてしまうのです。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.354-355.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年10月 7日 (月)

行為項分析――なれあい観音

◆あらすじ

 昔、伊源谷(いげんだに)の奥に高くそびえている安蔵寺山に禅寺があって、坊さんが修行をしていた。ある年酷い雪が降って、寺は雪に閉じ込められた。しまいには食物がなくなってしまったが、何しろ高い山に深い雪で、麓の家のあるところへ下りることができない。もう飢え死にするより仕方ないと覚悟を決めていた。そうして何日も物を食べることができず弱りきっているところへ、一匹の鹿が姿を現した。和尚は喜んで鹿に向かって自分はもう長いこと何も食わずに、ひもじくて死ぬのを待つばかりになっている。まことに済まないが、お前のももの肉(み)を少し食べさせてはくれまいかと言った。すると鹿はこっくりうなずいたので和尚は喜んで南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏と唱えて鹿のももの肉をもらい、それを煮て食べてようやく命を繋いだ。春になって、ようやく伊源谷辺りでは雪が溶け、鶯(うぐいす)も鳴く季節になった。村の人たちは長い雪の下で和尚はさぞかし困ったことだろうと言って、色々な食物を持って安蔵寺山へ登った。そして和尚を訪ねたところ、和尚が案外元気でいるのを見てびっくりした。長い雪の下でさぞ難儀だったろうと思ったが、ことのほか元気でよかったと言うと、和尚は実は鹿のものの肉を食べて、それでこんなに元気だったと得意そうに話した。そしてお前たちもひとつその鹿の肉を食べてみないかなと言って戸棚から出してきたのを見ると、それはこけら(木の削りかす)だった。和尚はびっくりして、ご本尊の観音の前へ行って拝んだ。ところが不思議なことに、観音のももから血がたらたらと流れているのである。ああ、あの鹿は観音さまであったのかと和尚は初めてそのことに気づくと、あまりのもったいなさに涙を流しながら、なれあい、なれあいと唱えながら震える手でももを撫でると元の通りになった。

◆モチーフ分析

・安蔵寺山に禅寺があって坊さんが修行していた
・ある年雪が酷く降って、寺は雪に閉じ込められてしまった
・食料が無くなってしまったが、深い雪で麓の家のあるところまで下りられない
・飢え死にするより仕方ないと覚悟を決めて何日も物を食べることができずに弱りきっていた
・そこへ一匹の鹿が姿を現した
・和尚は鹿にひもじくて死ぬのを待つばかりになっているので、ももの肉を少し食べさせてくれないかと言った
・鹿はうなずいたので和尚は喜んで南無阿弥陀仏と唱えて鹿のもも肉をもらい、それを食べて命を繋いだ
・春になってようやく雪が溶けた
・村人たちは長い雪の下で和尚はさぞかし困っただろうと言って、食物を持って安蔵寺山へ登った
・村人たちは和尚が案外元気でいるのを見てびっくりした
・和尚は実は鹿の肉を食べたのだと言って、村人たちに食べてみないかと戸棚から取り出すと、それはこけら(木の削りかす)だった
・和尚はびっくりして、ご本尊の観音の前へ行って拝んだ
・不思議なことに観音のももから血がたらたらと流れてした
・あの鹿は観音さまであったかと和尚は気づいた
・もったいなさに涙を流しながら、なれあいと唱えながらももを撫でると元通りになった

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:坊さん(和尚)
S2:鹿(観音)
S3:村人

O(オブジェクト:対象)
O1:伊源谷
O2:安蔵寺山
O3:禅寺
O4:修行
O5:雪
O6:麓
O7:食糧
O8:もも肉(こけら)
O9:感涙

m(修飾語)
m1:飢えた
m2:覚悟した
m3:同意した
m4:春の
m5:驚いた
m6:流血した

T:時

+:接
-:離

・安蔵寺山に禅寺があって坊さんが修行していた
(存在)O2安蔵寺山:O3禅寺+S1坊さん
(修行)S1坊さん:S1坊さん+O4修行
・ある年雪が酷く降って、寺は雪に閉じ込められてしまった
(積雪)O5雪:O5雪+O2安蔵寺山
(閉じ込め)O3禅寺:O5雪-O6麓
・食料が無くなってしまったが、深い雪で麓の家のあるところまで下りられない
(備蓄枯渇)O3禅寺:O3禅寺-O7食糧
(孤立)S1坊さん:S1坊さん-O6麓
・飢え死にするより仕方ないと覚悟を決めて何日も物を食べることができずに弱りきっていた
(飢え)S1坊さん:S1坊さん+m1飢えた
(覚悟)S1坊さん:S1坊さん+m2覚悟した
・そこへ一匹の鹿が姿を現した
(登場)S2鹿:S2鹿+S1坊さん
・和尚は鹿にひもじくて死ぬのを待つばかりになっているので、ももの肉を少し食べさせてくれないかと言った
(飢え)S1和尚:S1和尚+m1飢えた
(要望)S1和尚:S2鹿-O8もも肉
(要望)S1和尚:S1和尚+O8もも肉
・鹿はうなずいたので和尚は喜んで南無阿弥陀仏と唱えて鹿のもも肉をもらい、それを食べて命を繋いだ
(同意)S2鹿:S2鹿+m3同意した
(採取)S1和尚:S2鹿-O8もも肉
(飢えをしのぐ)S1和尚:S1和尚-m1飢えた
・春になってようやく雪が溶けた
(季節)T:T+m4春の
(融雪)O2安蔵寺山:O2安蔵寺山-O5雪
・村人たちは長い雪の下で和尚はさぞかし困っただろうと言って、食物を持って安蔵寺山へ登った
(持参)S3村人:S3村人+O7食糧
(登山)S3村人:S3村人+O2安蔵寺山
・村人たちは和尚が案外元気でいるのを見てびっくりした
(面会)S3村人:S3村人+S1和尚
(生存)S1和尚:S1和尚-m1飢えた
(驚愕)S3村人:S3村人+m5驚いた
・和尚は実は鹿の肉を食べたのだと言って、村人たちに食べてみないかと戸棚から取り出すと、それはこけら(木の削りかす)だった
(説明)S1和尚:S1和尚+O8もも肉
(提示)S1和尚:S3村人+O8こけら
・和尚はびっくりして、ご本尊の観音の前へ行って拝んだ
(驚愕)S1和尚:S1和尚+m5驚いた
(拝む)S1和尚:S1和尚+S2観音
・不思議なことに観音のももから血がたらたらと流れてした
(流血)S2観音:S2観音+m6流血した
・あの鹿は観音さまであったかと和尚は気づいた
(認識)S1和尚:S2鹿+S2観音
・もったいなさに涙を流しながら、なれあいと唱えながらももを撫でると元通りになった
(感涙)S1和尚:S1和尚+O9感涙
(撫でる)S1和尚:S1和尚+S2観音
(回復)S2観音:S2観音-m6流血した

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

   聴き手(孤立して飢えた和尚はどうするか)
           ↓
送り手(雪)→積雪で孤立させる(客体)→ 受け手(和尚)
           ↑
補助者(なし)→ 雪(主体)←反対者(和尚)

   聴き手(飢えをしのいだ和尚はどうするか)
           ↓
送り手(和尚)→もも肉をもらう(客体)→ 受け手(鹿)
           ↑
補助者(鹿)→ 和尚(主体)←反対者(なし)

   聴き手(村人の救助に和尚はどうするか)
           ↓
送り手(村人)→食糧を持参(客体)→ 受け手(和尚)
           ↑
補助者(なし)→ 村人(主体)←反対者(なし)

  聴き手(肉がこけらだったと気づいた和尚はどうするか)
           ↓
送り手(和尚)→提示した肉がこけらだった(客体)→ 受け手(村人)
           ↑
補助者(なし)→ 和尚(主体)←反対者(なし)

  聴き手(鹿は観音の化身と知ってどう思うか)
           ↓
送り手(和尚)→感謝を捧げる(客体)→ 受け手(観音)
           ↑
補助者(観音)→ 和尚(主体)←反対者(なし)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。豪雪で麓から孤立した禅寺の和尚は食糧が尽きて飢えてしまいます。が、そこに鹿が現れ、和尚は鹿のもも肉を削いで分けてもらうことで飢えをしのぎます。春になって雪が溶け、ようやく麓の村人たちが救助に向かいます。和尚は案外元気でした。和尚は飢えをしのいだもも肉を提示しますが、それは肉ではなく観音のももを削ったこけらでした。鹿は観音の化身だったと気づいた和尚は観音のももを撫で、観音のももは元通りになったという筋立てです。

 禅寺―麓、安蔵寺山―雪、雪―和尚、和尚―鹿(観音)、和尚―村人、といった対立軸が見受けられます。ここでは雪も行為項モデルにおける送り手と見なします。もも肉/こけらの図式に木くずで飢えをしのぐ奇跡が暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

和尚♌♁―鹿/観音☉♎―村人☾(♌)―雪♂

 といった風に表記できるでしょうか。飢えをしのぐことを価値☉と置くと、和尚は享受者♁となります。鹿は観音の化身ですが、和尚の救済のために自らを犠牲としますので、価値☉であり審判者♎と置けます。村人は和尚の救助に向かいますので援助者☾と置けるでしょう。雪は登場人物ではなく自然に過ぎませんが、和尚を麓の村から孤立させ飢えさせる点で対立者♂の役割を果たしています。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「豪雪で孤立した和尚は飢えをしのいで生き延びられるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「鹿が観音の化身だった」でしょうか。「和尚―もも肉/こけら―鹿=観音」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:豪雪で孤立した和尚は飢えをしのいで生き延びられるか
        ↑
発想の飛躍:鹿が観音の化身だった

・禅寺/和尚―飢え/孤立/雪―麓/村人/食糧
       ↑
・和尚―もも肉/こけら―鹿=観音

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「なれあい観音」ですと「雪に閉じ込められ餓死寸前だった和尚は鹿のもも肉で命を繋ぐが、鹿は観音の化身だった」くらいでしょうか。

◆余談

 この伝説では僧侶が肉食することは特にとがめられていません。舞台は石見地方西部ですが匹見町辺りは雪深い土地だそうです。ちなみに匹見町はわさびの産地です。つまり、冷たい清浄な水が豊富に湧き出る土地ということです。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.352-353.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年10月 6日 (日)

行為項分析――そばの登城

◆あらすじ

 昔、津和野の城主亀井隠岐守の家中に豊田平内という百二十石取りの侍がいた。平内は蕎麦(そば)が大変好きだった。ある年の夏、用事があって供を一人連れて隣の長門国徳佐へ行った。津和野の町を出はずれると野坂の峠へ差しかかった。この峠は約一里半、片側は木がいっぱい茂り、片側は切り立った絶壁である。ちょうど夏の暑い日中のことで、しばらく登ると一人の樵夫(きこり)がふんどし一つになって道ばたの木陰で昼寝をしていた。すると、さっと生臭い風が吹いて上から大きな蛇が下りてきて樵夫を頭から呑みはじめた。平内も供のものもびっくりした。あまり恐ろしいので身体がすくんで樵夫を助けることも逃げることもできない。ただ、物陰から様子を見ているばかりであった。その内に蛇は樵夫をすっかり呑み込んでしまった。大きな蛇ではあったが、なにしろ一人呑んだので腹がはち切れるばかりに膨らみ、いかにも苦しそうであった。しばらくすると蛇はするすると谷底へ下りていった。平内もようやく元気を出して、その跡をつけていった。蛇は谷底へ下りると水のほとりに茂っている青草を喰いはじめた。すると腹はだんだん小さくなって元のようになり、蛇はするすると山の中へ入って見えなくなった。平内はこれを見て、蛇の食べた草は腹がいっぱいになったときこれを治す神薬であろうと思って、そこらにある蛇が食べた草をとって、腰の印籠(いんろう)に入れた。それから峠を登り、徳佐へ行って用事を済ませて帰った。その年の大晦日になった。平内の家でも年越しの蕎麦を祝った。平内は大好きなので、歩くこともできないほど食べた。一夜明けると元旦である。平内はお正月のお礼にお城へ登らなければならないので麻上下(かみしも)をつけて御殿へ行ったが、まだ早いので誰も来ていない。そこで控えの間で待っていた。ところが昨晩の蕎麦が腹いっぱいで苦しくてたまらない。ふと思い出したのは印籠に入れておいた、野坂の峠の薬草のことであった。さっそく腰の印籠からつまみ出して一口頬張った。しばらくたって第二番目に登場した椋(むく)五郎左衛門が控えの間へ入って見ると、一人の侍が座っている。挨拶をしたがいっこうに返事がない。不思議に思ってよく見ると、九枚笹の定紋の麻上下をつけて、大小を差してきちんと座っているのは人間ではなくて蕎麦であった。大勢集まってよく調べてみると、神薬の効き目が強くて身体が溶け、蕎麦だけが残ったのだった。

◆モチーフ分析

・津和野の城主亀井隠岐守の家中に豊田平内という百二十石取りの侍がいた
・平内は蕎麦が大好きだった
・ある年の夏、用事があって供を一人連れて長門国徳佐に行った
・津和野の町外れにある野坂の峠へ差しかかった
・この峠は一里半、片側は木がいっぱいで片側は切り立った絶壁である
・一人の樵夫がふんどし一丁になって木陰で昼寝をしていた
・生臭い風が吹いて大きな蛇が下りてきて樵夫を頭から呑みはじめた
・あまりに恐ろしいので身体がすくんで樵夫を助けることも逃げることもできない
・大きな蛇ではあったが、人を一人呑んだので腹がはち切れんばかりに膨らみ、いかにも苦しそうであった
・蛇はするすると谷底へ下りていった
・平内が跡をつけていくと、蛇は谷底に下り水のほとりに茂っている青草を喰いはじめた
・すると腹はだんだん小さくなって元のようになり、山の中へ入って見えなくなった
・平内はこれを見て蛇の食べた草は腹がいっぱいになったときにこれを治す神薬だろうと思った
・平内は蛇が食べた草をとって、腰の印籠に入れた
・その年の大晦日になった
・平内の家でも年越しを祝い、平内は歩くこともできないほど蕎麦を食べた
・元旦は正月のお礼に城へ登らなければならないので、上下をつけて御殿へ行ったが、まだ早いので誰も来ていなかった
・そこで控えの間で待っていた
・昨晩の蕎麦が腹いっぱいで苦しくてたまらない
・ふと薬草のことを思い出し、腰の印籠からつまみ出して一口頬張った
・しばらく経って二番目に登場した侍が控えの間へ入ってみると、一人の侍が座っている
・挨拶をしたが、いっこうに返事がない
・不思議に思ってよく見ると、上下をつけて大小を差してきちんと座っているのは人間ではなくて蕎麦であった
・よく調べてみると、神薬の効き目が強くで身体が溶け、蕎麦だけが残ったのだった

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:豊田平内(侍)
S2:樵夫
S3:大蛇
S4:二番手の侍

O(オブジェクト:対象)
O1:津和野藩
O2:侍
O3:蕎麦
O4:供
O5:徳佐
O6:津和野
O7:野坂峠
O8:谷底
O9:青草
O10:神薬
O11:印籠
O12:年越し
O13:裃
O14:御殿
O15:控えの間

m(修飾語)
m1:百二十石取りの
m2:一里半の
m3:木が生い茂った
m4:絶壁の
m5:ふんどし一丁の
m6:昼寝をした
m7:身がすくんだ
m8:腹が膨れた(満腹の)
m9:苦しい
m10:元通りの
m11:大晦日の
m12:誰もいない
m13:蕎麦と化した
m14:溶けた

T:時

+:接
-:離

・津和野の城主亀井隠岐守の家中に豊田平内という百二十石取りの侍がいた
(存在)O1津和野藩:S1豊田平内+m1百二十石取りの
・平内は蕎麦が大好きだった
(好物)S1平内:S1平内+O3蕎麦
・ある年の夏、用事があって供を一人連れて長門国徳佐に行った
(外出)S1平内:S1平内+O4供
(外出)S1平内:S1平内+O5徳佐
・津和野の町外れにある野坂の峠へ差しかかった
(経過)S1平内:S1平内-O6津和野
(経過)S1平内:S1平内+O7野坂峠
・この峠は一里半、片側は木がいっぱいで片側は切り立った絶壁である
(行程)O7野坂峠:O7野坂峠+m2一里半の
(状態)O7野坂峠:O7野坂峠+m3木が生い茂った
(状態)O7野坂峠:O7野坂峠+m4絶壁の
・一人の樵夫がふんどし一丁になって木陰で昼寝をしていた
(状態)S2樵夫:S2樵夫+m5ふんどし一丁の
(状態)S2樵夫:S2樵夫+m6昼寝をした
・生臭い風が吹いて大きな蛇が下りてきて樵夫を頭から呑みはじめた
(出現)S3大蛇:S3大蛇+O7野坂峠
(捕食)S3大蛇:S3大蛇+S2樵夫
・あまりに恐ろしいので身体がすくんで樵夫を助けることも逃げることもできない
(恐怖)S1平内:S1平内+m7身がすくんだ
(救出不可能)S1平内:S1平内-S2樵夫
(逃走不可能)S1平内:S1平内-S3大蛇
・大きな蛇ではあったが、人を一人呑んだので腹がはち切れんばかりに膨らみ、いかにも苦しそうであった
(満腹)S3大蛇:S3大蛇+m8腹が膨れた
(苦しい)S3大蛇:S3大蛇+m9苦しい
・蛇はするすると谷底へ下りていった
(下降)S3大蛇:S3大蛇+O8谷底
・平内が跡をつけていくと、蛇は谷底に下り水のほとりに茂っている青草を喰いはじめた
(追跡)S1平内:S1平内+S3大蛇
(食餌)S3大蛇:S3大蛇+O9青草
・すると腹はだんだん小さくなって元のようになり、山の中へ入って見えなくなった
(回復)S3大蛇:S3大蛇+m10元通りの
(離脱)S3大蛇:S3大蛇-O7野坂峠
・平内はこれを見て蛇の食べた草は腹がいっぱいになったときにこれを治す神薬だろうと思った
(解釈)S1平内:O9青草+O10神薬
・平内は蛇が食べた草をとって、腰の印籠に入れた
(採取)S1平内:O9青草+O11印籠
・その年の大晦日になった
(時間経過)T:T+m11大晦日の
・平内の家でも年越しを祝い、平内は歩くこともできないほど蕎麦を食べた
(祝う)S1平内:S1平内+O12年越し
(食事)S1平内:S1平内+O3蕎麦
(満腹)S1平内:S1平内+m8満腹の
・元旦は正月のお礼に城へ登らなければならないので、上下をつけて御殿へ行ったが、まだ早いので誰も来ていなかった
(正装)S1平内:S1平内+O13裃
(登城)S1平内:S1平内+O14御殿
(不在)O14御殿:O14御殿+m12誰もいない
・そこで控えの間で待っていた
(待機)S1平内:S1平内+O15控えの間
・昨晩の蕎麦が腹いっぱいで苦しくてたまらない
(満腹)S1平内:S1平内+m8満腹の
(苦痛)S1平内:S1平内+m9苦しい
・ふと薬草のことを思い出し、腰の印籠からつまみ出して一口頬張った
(取り出し)S1平内:O11印籠-O9青草
(服用)S1平内:S1平内+O9青草
・しばらく経って二番目に登場した侍が控えの間へ入ってみると、一人の侍が座っている
(先客)S4二番手の侍:S4二番手の侍+S1侍
・挨拶をしたが、いっこうに返事がない
(挨拶)S4二番手の侍:S4二番手の侍+S1侍
(反応なし)S1侍:S1侍-S4二番手の侍
・不思議に思ってよく見ると、上下をつけて大小を差してきちんと座っているのは人間ではなくて蕎麦であった
(認識)S4二番手の侍:S1侍+m13蕎麦と化した
・よく調べてみると、神薬の効き目が強くで身体が溶け、蕎麦だけが残ったのだった
(溶解)O9青草:S1平内+m14溶けた
(残存)S1平内:S1平内+m13蕎麦と化した

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

   聴き手(大蛇に遭遇した平内はどうするか)
           ↓
送り手(大蛇)→大蛇が捕食するのを目撃(客体)→ 受け手(樵夫)
           ↑
補助者(供)→ 平内(主体)←反対者(大蛇)

   聴き手(神薬を入手した平内はどうするか)
           ↓
送り手(平内)→大蛇を追跡、青草を入手(客体)→ 受け手(大蛇)
           ↑
補助者(供)→ 平内(主体)←反対者(大蛇)

    聴き手(満腹となった平内はどうするか)
           ↓
送り手(平内の家)→蕎麦で満腹する(客体)→ 受け手(平内)
           ↑
補助者(なし)→ 平内(主体)←反対者(なし)

  聴き手(神薬と思って服用した平内はどうなるか)
           ↓
送り手(平内)→青草を服用(客体)→ 受け手(平内)
           ↑
補助者(なし)→ 平内(主体)←反対者(なし)

  聴き手(溶けてしまった平内をどう思うか)
            ↓
送り手(二番手の侍)→蕎麦と化した平内を目撃(客体)→ 受け手(平内)
            ↑
補助者(なし) → 二番手の侍(主体)←反対者(なし)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。津和野藩の藩士である豊田平内は徳佐に出張した際、途中の野坂峠で大蛇が樵夫を捕食する場面に遭遇します。人を丸ごと呑み込んで腹が膨れた大蛇ですが、谷底の青草を食べると元通りになります。青草を満腹状態を癒す薬と勘違いした平内は草を採取、持ち帰ります。大晦日に年越し蕎麦をたらふく食べた平内は満腹した状態で翌朝登城します。御殿の控えの間に一番乗りした平内でしたが腹が苦しく、例の青草を服用してしまいます。その後、二番手で登城した侍が来たところ、平内の身体は溶けて蕎麦が裃を着ている状態となっていたという筋立てです。

 平内―蕎麦、平内―樵夫、平内―大蛇、大蛇―樵夫、平内―青草、平内―二番手の侍、といった対立軸が見受けられます。青草/蕎麦の図式に人の身体をも溶かしてしまう恐ろしい薬効が暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

平内♌♁(-1)―大蛇♂♁―樵夫☾(♂)―供☾(♌)―二番手の侍♎

 といった風に表記できるでしょうか。人をも溶かす青草をマイナスの価値☉(-1)と置くと大蛇はその享受者♁と置けるでしょうか。それを模倣する平内はマイナスの享受者♁(-1)となります。樵夫は大蛇の犠牲となりますので対立者の援助者☾と置けるでしょうか。平内の供は物語に関与しませんが、平内の援助者☾と置けるでしょう。二番手の侍は平内の身体が溶けて蕎麦と化してしまったことに気づきますので、ここでは審判者♎と置けるでしょうか。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「人をも溶かす青草を神薬と勘違いした平内はどうなるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「人をも溶かす恐ろしい薬草」「平内が裃を着た蕎麦と化す」でしょうか。「大蛇―薬草/溶かす―樵夫」「平内―青草/服用―蕎麦/裃」といった図式です。模倣が思わぬ不幸な結果を招いてしまいます。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:人をも溶かす青草を神薬と勘違いした平内はどうなるか
        ↑
発想の飛躍:人をも溶かす恐ろしい薬草

・平内―神薬/青草―大蛇
      ↑
・大蛇―薬草/溶かす―樵夫
・平内―青草/服用―蕎麦/裃

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「そばの登城」ですと「人をも溶かす薬草を知らずに服用した平内だったが、自身の身体が溶かされて蕎麦と化してしまった」くらいでしょうか。

◆余談

 津和野の伝説の体裁をとっていますが、内容は「とろかし草」です。この話はとろかし草の話があって成立したものと思われますので、津和野藩の蕎麦好きの侍という設定ととろかし草との組み合わせが着想の源かもしれません。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.350-351.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年10月 5日 (土)

行為項分析――湯の谷

◆あらすじ

 畑迫(はたがさこ)街道を市ノ尾から分かれて戸谷道を嘉年(かね)に向かっていくと湯谷(ゆだに)という所がある。ここには少しばかり温度の低い温泉が出ているが、これが見つかったのは元禄時代のことだった。この辺りは寂しい山の中の雪の深いところだった。ところが湯谷の辺りはいくら雪が降ってもすぐ消えて、雪の間から湯気が出ていた。この辺りに一人の山伏がいた。ある時一匹の鹿が湯気の出るところにうずくまっていた。鹿は山伏を見ると逃げ出したが、びっこを引いていた。ところが明くる日になると、鹿はまた同じところへ来てうずくまっている。山伏は不思議に思って、そこへ行ってみると湯が湧き出ているのだった。鹿はそれから二三日続けて来ていたが、その内にびっこもすっかり治って来なくなった。山伏はそのことを村の人たちに知らせたので、だんだん人が入りに来るようになった。とうとうそのことが津和野の殿さまの耳に入った。殿さまは一般の者の入るのを禁止して、殿さまの湯治場として時々入りにくることにした。そして、この湯は色々な病によく効くことが分かってきた。そこで殿さまはこんなに病気によく効く湯を自分だけで使うのはもったいないと、元のように一般の人も入られるようにしたので、ますます繁昌し、大勢の人が入浴に来るようになった。そのうちに山伏は湯を見つけたのは自分だというので、湯に入る人から湯銭をとることにした。そしてどんどん金を儲けたので、その土地を持っている百姓は、湯は自分の土地にあるのだから湯銭は土地の持主である自分が取るのが本当だと言った。山伏は土地はお前の土地だが、これを見つけたのは自分だから、それで取っているのだと言った。しかし百姓は承知しない。そこで山伏はそれでは湯銭は半分半分にとることにしようと言ったが、百姓はどこまでも土地の持主がとると言って聞かない。そこで山伏は腹を立てて、そういうことなら、これは自分が見つけたものだから、真言秘密の法力によって湯を封じてやると言った。山伏は一匹の猿を可愛がって飼っていたが、その首を斬って湯の中へ投げ込み、一心に祈った。猿の生首は湯の中を浮きつ沈みつ歯を食いしばり白い眼玉を向いて、天の一方をにらんだ。それから湯は急にぬるくなって、ほんの少ししか出なくなった。そして繁昌した温泉も来る人もなく、湯の谷、猿の谷という名だけが残った。

◆モチーフ分析

・湯谷には少しばかり温度の低い温泉が出ている
・これが見つかったのは元禄時代のことだった
・この辺りは雪の深いところだったが、湯谷の辺りは幾ら雪が降ってもすぐ消えて、雪の間から湯気が出ていた
・この辺りの一人の山伏がいた
・ある時一匹のびっこを引いた鹿が湯気の出るところにうずくまっていた
・鹿は山伏を見ると逃げ出したが、明くる日になるとまた同じところへ来てうずくまっていた
・山伏が不思議に思ってそこへ行ってみると、湯が湧き出ていた
・鹿はそれからも来ていたが、その内にびっこもすっかり治って来なくなった
・山伏がそのことを村人たちに知らせたので、だんだん人が入りに来るようになった
・そのことが殿さまの耳に入って、一般の者が入るのを禁止して、殿さまの湯治場として時々入りにくることにした
・この湯は色々な病によく効くことが分かってきた
・殿さまは自分だけで使うのはもったいないと元のように一般の人も入られるようにした
・湯治場はますます繁昌し、大勢の人が入浴に来るようになった
・山伏は湯を見つけたのは自分だと言って、湯に入る人から湯銭を取ることにして金を儲けた
・その土地を持っている百姓は湯は自分の土地にあるのだから、湯銭は土地の持主である自分が取るべきだと言った
・山伏はそれでは湯銭を半分半分にとることにしようと言った
・百姓はどこまでも土地の持ち主が取ると言って聞かない
・腹を立てた山伏はそういうことなら真言秘密の法力によって湯を封じてやると言った
・山伏は可愛がっていた猿の首を斬って湯の中へ投げ込み一心に祈った
・それから湯は急にぬるくなって、ほんの少ししか出なくなった
・繁昌した温泉も来る人もなく湯の谷、猿の谷という名だけが残った

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:山伏
S2:鹿
S3:村人
S4:殿さま
S5:入湯者
S6:百姓
S7:猿

O(オブジェクト:対象)
O1:湯谷
O2:温泉
O3:雪
O4:湯気
O5:湯銭
O6:法力
O7:首
O8:湯
O9:湯の谷
O10:猿の谷


m(修飾語)
m1:温度の低い
m2:発見された
m3:元禄時代の
m4:雪深い
m5:すぐ溶ける
m6:立ちのぼる
m7:一人の
m8:びっこを引いた
m9:うずくまった
m10:不思議に思った
m11:治癒した
m12:万病に効く
m13:繁盛した
m14:折半した
m15;立腹した
m16:封印された

T:時代

+:接
-:離

・湯谷には少しばかり温度の低い温泉が出ている
(存在)O1湯谷:O2温泉+m1温度の低い
・これが見つかったのは元禄時代のことだった
(背景)O2温泉:O2温泉+m2発見された
(背景)T:T+m3元禄時代の
・この辺りは雪の深いところだったが、湯谷の辺りは幾ら雪が降ってもすぐ消えて、雪の間から湯気が出ていた
(気候)O1湯谷:O1湯谷+m4雪深い
(環境)O1湯谷:O3雪+m5すぐ溶ける
(環境)O1湯谷:O4湯気+m6立ちのぼる
・この辺りの一人の山伏がいた
(存在)O1湯谷:S1山伏+m7一人の
・ある時一匹のびっこを引いた鹿が湯気の出るところにうずくまっていた
(怪我をした)O1湯谷:S2鹿+m8びっこを引いた
(伏せる)O1湯谷:S2鹿+m9うずくまった
・鹿は山伏を見ると逃げ出したが、明くる日になるとまた同じところへ来てうずくまっていた
(逃走)S2鹿:S1山伏-S2鹿
(再来)S2鹿:S2鹿+O1湯谷
(伏せる)O1湯谷:S2鹿+m9うずくまった
・山伏が不思議に思ってそこへ行ってみると、湯が湧き出ていた
(不可解)S1山伏:S1山伏+m10不思議に思った
(発見)S1山伏:S1山伏+O2温泉
・鹿はそれからも来ていたが、その内にびっこもすっかり治って来なくなった
(治癒)S2鹿:S2鹿+m11治癒した
(消える)S2鹿:O1湯谷-S2鹿
・山伏がそのことを村人たちに知らせたので、だんだん人が入りに来るようになった
(告知)S1山伏:S3村人+O2温泉
(繁盛)S3村人:S3村人+O2温泉
・そのことが殿さまの耳に入って、一般の者が入るのを禁止して、殿さまの湯治場として時々入りにくることにした
(認知)S4殿さま:S4殿さま+O1湯谷
(禁止)S4殿さま:O2温泉-S3村人
(独占)S4殿さま:S4殿さま+O2温泉
・この湯は色々な病によく効くことが分かってきた
(判明)O2温泉:O2温泉+m12万病に効く
・殿さまは自分だけで使うのはもったいないと元のように一般の人も入られるようにした
(独占解除)S4殿さま:O2温泉-S4殿さま
(解禁)S4殿さま:S3村人+O2温泉
・湯治場はますます繁昌し、大勢の人が入浴に来るようになった
(繁盛)O2温泉:O2温泉+m13繁盛した
・山伏は湯を見つけたのは自分だと言って、湯に入る人から湯銭を取ることにして金を儲けた
(儲ける)S1山伏:S5入湯者-O5湯銭
・その土地を持っている百姓は湯は自分の土地にあるのだから、湯銭は土地の持主である自分が取るべきだと言った
(所有)S6百姓:S6百姓+O1湯谷
(主張)S6百姓:S1山伏-O5湯銭
(主張)S6百姓:S6百姓+O5湯銭
・山伏はそれでは湯銭を半分半分にとることにしようと言った
(提案)S1山伏:O5湯銭+m14折半した
・百姓はどこまでも土地の持ち主が取ると言って聞かない
(独占主張)S6百姓:S6百姓+O5湯銭
・腹を立てた山伏はそういうことなら真言秘密の法力によって湯を封じてやると言った
(立腹)S1山伏:S1山伏+m15立腹した
(宣言)S1山伏:S1山伏+O6法力
(宣言)S1山伏:O2温泉+m16封印された
・山伏は可愛がっていた猿の首を斬って湯の中へ投げ込み一心に祈った
(切断)S1山伏:S7猿-O7首
(投棄)S1山伏:O7首+O2温泉
(行使)S1山伏:O2温泉+O6法力
・それから湯は急にぬるくなって、ほんの少ししか出なくなった
(温くなる)O2温泉:O2温泉+m1温度の低い
(湯量低下)O2温泉:O2温泉-O8湯
・繁昌した温泉も来る人もなく湯の谷、猿の谷という名だけが残った
(没落)O2温泉:O2温泉-m13繁盛した
(地名の由来)O1湯谷:O1湯谷+(O9湯の谷+O10猿の谷)

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

   聴き手(温泉を発見した山伏はどうするか)
           ↓
送り手(山伏)→湯が湧いているのを発見する(客体)→ 受け手(鹿)
           ↑
補助者(鹿)→ 山伏(主体)←反対者(なし)

   聴き手(温泉を独占した殿さまはどうするか)
           ↓
送り手(殿さま)→温泉を独占(客体)→ 受け手(村人)
           ↑
補助者(なし)→ 殿さま(主体)←反対者(なし)

   聴き手(温泉が解放されたらどうなるか)
           ↓
送り手(殿さま)→温泉を解放(客体)→ 受け手(村人)
           ↑
補助者(なし)→ 殿さま(主体)←反対者(なし)

   聴き手(温泉を発見した山伏はどうするか)
           ↓
送り手(山伏)→湯銭をとって儲ける(客体)→ 受け手(入湯者)
           ↑
補助者(なし)→ 山伏(主体)←反対者(なし)

   聴き手(提案が拒絶された山伏はどうするか)
           ↓
送り手(百姓)→湯銭の取り分を奪う(客体)→ 受け手(山伏)
           ↑
補助者(なし)→ 百姓(主体)←反対者(山伏)

   聴き手(法力をかけられた温泉はどうなるか)
           ↓
送り手(山伏)→法力で湯が出なくする(客体)→ 受け手(入湯者)
           ↑
補助者(猿)→ 山伏(主体)←反対者(百姓)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。鹿が傷を癒していたのを見かけた山伏は湯谷に温泉が湧くことを発見します。温泉は一時的に津和野の殿さまに独占されますが、その後温泉の効能が知れ、温泉は一般に開放されます。発見者である山伏は湯銭を入湯者から徴収して儲けますが、土地の持ち主である百姓がクレームをつけます。湯銭の取り分を巡ってもめた山伏は法力をかけて温泉の湯が出ないようにして湯谷の温泉は廃れてしまったという筋立てです。

 鹿―山伏、山伏―温泉、山伏―村人、温泉―殿さま、山伏―入湯者、山伏―百姓、山伏―猿、といった対立軸が見受けられます。猿/首切断に山伏の強い怒りと法力の威力、つまり超自然的な力が暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

山伏♌♁―鹿☾(♌)―百姓♂―猿☾(♌)☾(☉)(-1)―村人♁―殿さま♁♎―入湯者♁

 といった風に表記できるでしょうか。温泉を価値と置くと、湯銭で儲ける山伏は享受者♁となります。他に村人、入湯者、殿さまも享受者♁となります。鹿は山伏に温泉の存在を示唆しますので、山伏の援助者☾と置けるでしょうか。猿も山伏の法力の生贄となりますので援助者☾と置けます。猿は湯量の低下をもたらしますので、価値のマイナスの援助者☾と見なすことも可能でしょうか。殿さまは一旦は温泉を独占するも、その後一般に開放しますので審判者♎と置けるでしょうか。百姓は湯銭の取り分を巡って山伏と争いますので対立者♂と置けます。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「湯銭を巡る山伏と百姓の争いはどう帰結するのか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「山伏の法力」でしょうか。「山伏―猿の首/法力―温泉」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:湯銭を巡る山伏と百姓の争いはどう帰結するのか
        ↑
発想の飛躍:山伏の法力

・山伏/発見者―湯銭/入湯者―百姓/土地主
       ↑
・山伏―猿の首/法力―温泉

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「湯の谷」ですと「湯銭の取り分を巡って発見者の山伏と土地の持ち主の百姓が争い、腹を立てた山伏が法力で封印してしまった」くらいでしょうか。

◆余談

 切られた猿の首の苦悶の表情の描写が見事です。辺りを掘ればまだ温泉が湧いてくるかもしれません。山伏は湯銭の取り分を折半にすることを提案していますので、むしろ話の分かる人物として描かれています。それだけに法力を行使する際の怒りの強さが強調されています。百姓は欲をかくことで全てを失ってしまう結果に終わります。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.348-349.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年10月 4日 (金)

行為項分析――八畔の鹿

◆あらすじ

 昔、人皇四十二代文武(もんむ)天皇の御代に筑紫(ちくし)の国に悪い鹿がいた。足は八本あり、赤い毛は一尺以上もあり、眼は鏡の様に輝き、口は裂けて箕(み)の様であった。竜や虎の様に天を駆け地を走り、鳥や獣や人間までとって食った。これを八足八畔(やくろ)の鹿といった。そのため人々は恐ろしくて田畑も作れなくなった。このことが朝廷へ聞こえて朝廷では藤原実方、藤原為方の二人に鹿を退治するように命じた。二人は江熊太郎という北面の武士の中でも最も武勇の優れた侍を連れて筑紫へ下った。江熊は深い山の中へ分け入って鹿を探し、退治しようとしたが、なかなか退治することができない。鹿は小倉から山口へ渡り、長門の国、周防の国へ入り、都濃郡鹿野の庄を通って石見の国の奥にある志賀の庄の大岡山に向かった。そして大岡山の西側の三つ岩に立て籠もった。太郎はこれを追って田少の金五郎岩に迫り毒矢を放った。矢はあやまたず悪鹿に当たった。鹿が竜になって金五郎岩に取りすがるところを、江熊は次の矢で射止めた。すると四方を雲霧が覆い、天地が激しく揺れ動き、この悪気に触れて江熊は死んでしまった。実方、為方はこれを聞いて駆けつけ、悪鹿の死骸を調べて埋めた。角は落として死骸は田の畦(あぜ)に埋めた。鹿の姿を写して名目を記して祭礼をし、墨の余りをそこの滝に流した。それで墨流れといって黒い墨の筋が岩に残っている。また、鹿は柚(ゆず)の木の下で解いたので、ここでは柚の木が生えないと言う。村の人たちは勇士江熊太郎の霊を金五郎岩に祀った。これを荒神明神と言う。また、鹿の霊を神に祀った。この社を鹿大明神と言って、立戸と七日市にある。立戸の鹿大明神は後に八幡宮に合祀されたが、八幡宮には社宝として八畔鹿の角がある。鹿大明神は霊験あらたかで、村人の願い事を叶えるので、はじめ悪鹿(あしか)といったのを吉鹿(よしか)と言う様になった。それからこの地方を吉鹿と言う様になった。

◆モチーフ分析

・文武天皇の御代に筑紫の国に八本足の悪い鹿がいた
・鳥や獣や人間までとって食った
・八足八畔の鹿という
・悪鹿を恐れた人々は田畑も作れなくなった
・朝廷では藤原実方、藤原為方の二人に鹿を退治するように命じた
・江熊太郎という北面の武士を連れて筑紫へ下った
・江熊は山の中へ分け入って鹿を探し退治しようとしたが、なかなか退治することができなかった
・鹿は小倉から長門、周防の国に入り、石見の国の志賀の庄の大岡山へ向かった
・鹿は大岡山の三つ岩に立て籠もった
・太郎は鹿を追って金五郎岩に迫り毒矢を放った
・毒矢はあやまたず悪鹿に当たった
・鹿が竜になって金五郎岩に取りすがったところを江熊は次の矢で射止めた
・四方を雲霧が覆い、天地が激しく揺れ動き、悪気に触れて江熊は死んでしまった
・実方、為方はこれを聞いて駆けつけ、悪鹿の死骸を調べて埋めた
・角は落として死骸は田の畦に埋めた
・鹿の姿を写して名目を記して祭礼をし、墨の余りを滝に流した
・鹿は柚の木の下で解体したので、ここでは柚の木が生えない
・村人たちは江熊太郎の霊を金五郎岩に祀った
・また鹿の霊を神に祀った
・鹿大明神は霊験あらたかだったので、悪鹿を改め吉鹿と言う様になった

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:文武天皇(朝廷)
S2:悪鹿(八畔鹿、竜、鹿大明神)
S3:人間(人々)
S4:実方
S5:為方
S6:江熊太郎
S7:村人

O(オブジェクト:対象)
O1:筑紫国
O2:鳥
O3:獣
O4:耕作
O5:山中
O6:長門国
O7:周防国
O8:石見国
O9:大岡山
O10:三つ岩
O11:金五郎岩
O12:毒矢
O13:霧
O14:天地
O15:悪気
O16:角
O17:畦
O18:書写
O19:記録
O20:墨
O21:滝
O22:柚の木
O23:吉鹿

m(修飾語)
m1:在位の
m2:八本足の
m3:恐ろしい
m4:仕留められた
m5:鳴動した
m6:死んだ
m7:埋葬された
m8:祀られた
m9:解体された
m10:生育
m11:霊験あらたか

+:接
-:離

・文武天皇の御代に筑紫の国に八本足の悪い鹿がいた
(在位)S1文武天皇:S1文武天皇+m1在位の
(存在)S2悪鹿:S2悪鹿+O1筑紫国
(状態)S2悪鹿:S2悪鹿+m2八本足の
・鳥や獣や人間までとって食った
(捕食)S2悪鹿:S2悪鹿+(O2鳥+O3獣+S3人間)
・八足八畔の鹿という
(呼称)S3人々:S2悪鹿+S2八畔鹿
・悪鹿を恐れた人々は田畑も作れなくなった
(恐怖)S3人々:S2悪鹿+m3恐ろしい
(耕作放棄)S3人々:S3人々-O4耕作
・朝廷では藤原実方、藤原為方の二人に鹿を退治するように命じた
(勅命)S1朝廷:(S4実方+S5為方)+S2悪鹿
・江熊太郎という北面の武士を連れて筑紫へ下った
(起用)(S4実方+S5為方):(S4実方+S5為方)+S6江熊太郎
(下向)(S4実方+S5為方):(S4実方+S5為方+S6江熊太郎)+O1筑紫国
・江熊は山の中へ分け入って鹿を探し退治しようとしたが、なかなか退治することができなかった
(捜索)S6江熊太郎:S6江熊太郎+O5山中
(苦戦)S6江熊太郎:S6江熊太郎-S2悪鹿
・鹿は小倉から長門、周防の国に入り、石見の国の志賀の庄の大岡山へ向かった
(移動)S2悪鹿:S2悪鹿+O6長門国
(移動)S2悪鹿:S2悪鹿+O7周防国
(移動)S2悪鹿:S2悪鹿+O8石見国
(移動)S2悪鹿:S2悪鹿+O9大岡山
・鹿は大岡山の三つ岩に立て籠もった
(立て籠もり)S2悪鹿:S2悪鹿+O10三つ岩
・太郎は鹿を追って金五郎岩に迫り毒矢を放った
(接近)S6江熊太郎:S6江熊太郎+O11金五郎岩
(射撃)S6江熊太郎:O12毒矢+S2悪鹿
・毒矢はあやまたず悪鹿に当たった
(命中)O12毒矢:O12毒矢+S2悪鹿
・鹿が竜になって金五郎岩に取りすがったところを江熊は次の矢で射止めた
(変化)S2悪鹿:S2悪鹿+S2竜
(抵抗)S2竜:S2竜+O11金五郎岩
(射止める)S6江熊太郎:S2悪鹿+m4仕留められた
・四方を雲霧が覆い、天地が激しく揺れ動き、悪気に触れて江熊は死んでしまった
(濃霧)O9大岡山:O9大岡山+O13霧
(天地鳴動)O14天地:O14天地+m5鳴動した
(触穢)S6江熊太郎:S6江熊太郎+O15悪気
(死亡)S6江熊太郎:S6江熊太郎+m6死んだ
・実方、為方はこれを聞いて駆けつけ、悪鹿の死骸を調べて埋めた
(出向く)(S4実方+S5為方):(S4実方+S5為方)+O9大岡山
(検死)(S4実方+S5為方):(S4実方+S5為方)+S2死骸
(埋葬)(S4実方+S5為方):S2死骸+m7埋葬された
・角は落として死骸は田の畦に埋めた
(切断)(S4実方+S5為方):S2死骸-O16角
(埋葬)(S4実方+S5為方):S2死骸+O17畦
・鹿の姿を写して名目を記して祭礼をし、墨の余りを滝に流した
(書写)(S4実方+S5為方):S2悪鹿+O18書写
(記録)(S4実方+S5為方):S6江熊太郎+O19記録
(祭祀)(S4実方+S5為方):S2悪鹿+m8祀られた
(放流)(S4実方+S5為方):O20墨+O21滝
・鹿は柚の木の下で解体したので、ここでは柚の木が生えない
(移動)(S4実方+S5為方):S2悪鹿+O22柚の木
(解体)(S4実方+S5為方):S2悪鹿+m9解体された
(生育せず)S2悪鹿:O22柚の木-m10生育
・村人たちは江熊太郎の霊を金五郎岩に祀った
(祭祀)S7村人:(S6江熊太郎+O11金五郎岩)+m8祀られた
・また鹿の霊を神に祀った
(祭祀)S7村人:S2鹿大明神+m8祀られた
・鹿大明神は霊験あらたかだったので、悪鹿を改め吉鹿と言う様になった
(霊験)S2鹿大明神:S2鹿大明神+m11霊験あらたか
(由来)S3人々:O23吉鹿-S2悪鹿

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

   聴き手(悪鹿の出現に人々はどうするか)
           ↓
送り手(悪鹿)→捕食する(客体)→ 受け手(人々)
           ↑
補助者(なし)→ 悪鹿(主体)←反対者(なし)

   聴き手(勅命を受けた藤原氏はどうするか)
           ↓
送り手(朝廷)→悪鹿退治の勅命(客体)→ 受け手(実方、為方)
           ↑
補助者(なし)→ 朝廷(主体)←反対者(悪鹿)

   聴き手(悪鹿と対峙した江熊太郎はどうなるか)
           ↓
送り手(江熊太郎)→悪鹿退治(客体)→ 受け手(悪鹿)
           ↑
補助者(実方、為方)→ 江熊太郎(主体)←反対者(悪鹿)

   聴き手(悪鹿を退治した結果どうなるか)
           ↓
送り手(悪鹿)→天地鳴動(客体)→ 受け手(江熊太郎)
           ↑
補助者(なし)→ 悪鹿(主体)←反対者(江熊太郎)

     聴き手(悪鹿の死骸はどうなるか)
             ↓
送り手(実方、為方)→検死、解体、埋葬(客体)→ 受け手(悪鹿)
             ↑
補助者(実方、為方)→ 実方、為方(主体)←反対者(悪鹿)

    聴き手(良い鹿に転化した結果どうなるか)
           ↓
送り手(人々)→神として祭祀(客体)→ 受け手(悪鹿)
           ↑
補助者(なし)→ 人々(主体)←反対者(なし)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。文武天皇の御代に筑紫国に八畔鹿と呼ばれる悪鹿が出現、人々を捕食するといった被害をもたらします。朝廷の勅命が下り、藤原実方、為方が派遣されます。配下の武士である江熊太郎は悪鹿を追い、石見国の大岡山で悪鹿を追い詰め、射殺します。しかし、悪鹿の死は天地の鳴動をもたらし、触穢した江熊太郎は死んでしまいます。その後、実方、為方は悪鹿の死骸を検死し、解体、埋葬します。人々が鹿を神として祀ったところ、悪鹿は鹿大明神と転化し、吉兆となります。それが吉鹿の地名の由来となったという筋立てです。

 悪鹿―人々、悪鹿―実方、為方、実方、為方―江熊太郎、江熊太郎―悪鹿、悪鹿―鹿大明神、といった対立軸が見受けられます。悪鹿/吉鹿の転化の図式に祟り神であっても祭祀することで善神へと転化させるという思想が暗喩されています。また、鹿/鹿大明神の図式に鹿の持つ神聖さが暗喩されてもいます。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

悪鹿♌☉―江熊太郎♂―藤原実方、為方☾(♂)―朝廷♎―人々♁☾(☉)

 といった風に表記できるでしょうか。悪鹿を退治することを価値☉と置くと、人々が享受者♁となります。また人々は悪鹿を祭祀して善神に転化させますので援助者☾とも置けます。江熊太郎を直接の対立者♂と置くと、藤原実方、為方は太郎の援助者☾と見ることができるでしょうか。実方、為方に悪鹿退治の勅命を下す朝廷は審判者♎としての役割を果たしています。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「強力な悪鹿を退治することはできるのか」あるいは「天地をも鳴動させる悪鹿を鎮めることはできるのか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「八畔の鹿自体」でしょうか。「悪鹿=死―鳴動―天地」「八足―鹿―捕食―鳥/獣/人」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:強力な悪鹿を退治することはできるのか
     天地をも鳴動させる悪鹿を鎮めることはできるのか
         ↑
発想の飛躍:八畔の鹿自体

・朝廷――実方/為方/江熊太郎―悪鹿
・悪鹿=死―鳴動―天地
      ↑
・八足―鹿―捕食―鳥/獣/人

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「八畔の鹿」ですと「北面の武士によって退治されても尚天地を鳴動させる程の悪鹿だったが、神として祀ったところ善神と転化した」くらいでしょうか。

◆余談

 鹿大明神を祀る奇鹿神社は鹿足郡七日市と旧柿木村にあります。同様の伝説が岩国市側にもあるとのことです。貴人の反乱を悪鹿に例えたのかもしれません。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.346-347.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年10月 3日 (木)

面芝居の資料

三一書房『大衆芸能資料集成 第八巻 舞台芸Ⅰ 俄・万作・神楽芝居』の神楽芝居関連のページは下記の通りである。

神楽芝居

里神楽の面芝居 181-205P
・曽我茶屋場
・絵本太功記九段目
・御所桜堀川夜討弁慶上使之段
・源三位頼政鵺退治
・白浪五人男引立之場
・勧進帳――安宅新関之場

備後豊栄神楽 206-291P
・播州皿屋敷
・毛谷村六助
・滝夜叉鬼人
・羅生門
・大江山
・小夜の中山
・市賀団七
・源義経
・上り屋島
・夜盗
・天草軍記
・和霊記
・山中鹿之助
・佐々木厳流
・猫退治
・山猫お六の舞
・油屋忠兵衛
・入唐事蹟

解説 295-339P
・民俗劇と郷土劇 295-300P
・神楽芝居 330-339P

※解説の著者は西角井正大、福岡博とある。国会図書館では共著の場合、著作権の関係で全体の半分までしかコピーできない。神楽芝居の項だけ複写する等の対策が必要かと。

今はやらなくなったようだが、首都圏の神代神楽では面芝居という芸能も上演していたとのこと。収録された台本は厚木市の垣澤社中の提供によるようだ。神代神楽は口上のほとんどない黙劇だが、面芝居の台本をざっと確認するとセリフのある劇である。タイトルから判断するに、地芝居、農村歌舞伎に近いのだろうか。ただ、着面すると、セリフがくぐもって聞き取りにくくなると予想されるのだが、そこら辺どうしていたのか(※解説を読むと、面の口のところに穴を空けていたとある)。

映像資料が残されているか不明。台本はあるので復活上演は可能だろう。解説によると、台本は収録されていないが「魚屋宗五郎」も上演されたらしい。たまたま歌舞伎で見る機会があったのだけど、酒癖の悪い宗五郎がつい酒を飲んでしまって止まらなくなる展開が面白かった。

備後神楽に関しては、歌舞伎、講談に由来するものを収録したとのこと。

現在、疲弊していて本文まで読むことが難しい。疲れが抜けたら、いずれ読みたい。

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2024年10月 2日 (水)

江の島に行く 2024.10

江の島に行く。10時40分のバスで家を出て、JR横浜駅で横須賀線に乗り換え、鎌倉に向かう。JR鎌倉駅には昼過ぎに到着した。鎌倉には二度行ったことがあるのだけど、鶴岡八幡宮しか行っていない。実は横浜から横須賀線で行けると知らなかったのである。藤沢から乗り換えるものだと長年思い込んでいた。鎌倉からは江ノ電に乗る。

江ノ電・鎌倉駅
江ノ電・鎌倉駅ホーム

平日の昼間だったが、ホームは観光客で混雑していた。四両編成なので収容能力も知れているのだけど、本数は多いみたいで特に待たされはしなかった。深く考えずに先頭車両に乗ったのだが、先頭車両は前面展望を見たい客で混雑していた。ただ、シェードのようなもので覆われていたので、そこまでよく見えるかは分からない。鎌倉駅を出た時点ではかなり混雑していたのだけど、長谷駅辺りで乗客はかなり降車して、以降は割と空いていた。車窓の風景として七里ガ浜の海岸線を見ることも一応できた。座席の関係で進行方向とは逆方向でだったけど。横浜の近くにきれいな海岸線があって、周辺は歴史のある地区である。映画やドラマなどのロケ地として好まれる理由が理解できた。江ノ島駅で降車する。

江ノ電・江ノ島駅

立ち入り禁止区域に入ってしまって注意される。駅を出て江の島方面に向かう。弁天橋の手前でしばらく休憩する。それから再び歩きはじめる。橋を渡る途中で、ピットブルかどうかは知らないが、テリア系と思われる大型犬を連れた人とすれ違う。口輪をはめていた。噛み癖のある犬は口輪を付けたりするのだけど、おそらくテリアに嚙まれると危険なので予め付けているのだろう。橋の長さは600mくらいか。

弁天橋から見た江の島

渡り切ったところでまた休憩する。それから仲見世通りを歩いて江島神社の辺津宮まで上る。

青銅の鳥居・仲見世通り入口
江の島・仲見世通り
江島神社・辺津宮

手水所の辺りで息が切れてしまう。何とか拝殿まではたどり着いたが、これ以上は無理と判断して、お参りだけして引き返す。事前に調べていなかったのだが、エスカーというのは辺津宮から先に進むためのエスカレーターらしい。計画段階では中津宮や奥津宮まで行ければと考えていたのだけど、やはり長距離を歩けなくなっていて、江の島駅から辺津宮まで片道1.5㎞くらいだろうか、その程度で限界に達してしまった。以前のようには歩けなくなっている。帰りも当然仲見世通りを通ったのだけど、生しらす丼は諦めた。「孤独のグルメ」のように知らない店にふらっと入るのができない性質なのである。橋の手前で再び休憩して、それから橋を渡る。それから片瀬海岸(東側)に入ってまた休憩する。

江の島・片瀬海岸
片瀬海岸から見た江の島

僕自身は時々海が見たくなる性分なのだが、この歳になるまでそれなら江の島に来ればいいと知らなかったのは残念なことである。午後3時くらいまで休んで引き返す。帰りは湘南モノレールに乗る。

湘南モノレール・湘南江の島駅
湘南モノレール

モノレールは見晴らしが良くて乗っていて楽しかった。狭く曲がりくねった空間を進むので、モノレールでなければならないのだろう。大船駅まで出て、JR根岸線に乗る。根岸線自体が初めてか。横浜駅に戻り、それから地下鉄で引き返す。

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行為項分析――邯鄲夢の枕

◆あらすじ

 美濃郡高城村の薄原(すすきばら)にある薄原城は平家の落武者という斎藤隠岐守の居城であった。斎藤家には家重代の宝として世にも名高い邯鄲(かんたん)夢の枕があった。これを枕にあてて眠ると、それから三日後におこる出来事まで分かるという貴い宝で、戦争をするにもこれを使って計略を進めることができた。それで周囲の城主と戦っても一度も負けたことがなく、その豪勇は近隣に鳴り響いていた。同じく高城村の三星にある三星城の城主には初音姫という世にも稀な美しい姫があった。隣国の城主たちから妻に迎えたいという申し入れが引きも切らずにあったが、父の城主はなかなか許さなかった。ところが斎藤隠岐守は最愛の奥方が亡くなったので、その後添えに初音姫を頂きたいと申し込んだ。三星城主はこれを聞くと、いいことができたと内心喜んだが、中々首を縦には振らなかった。ある日初音姫を一室に呼んで、斎藤家には家重代の宝邯鄲夢の枕という世にも珍しい宝がある。あの鬼の様な隠岐守のところへ嫁ぐのは気が進まないであろうが、ひとつ嫁いで、機会をみて枕を取り出し父に渡してくれないかと頼んだ。姫には密かに思っている若い武士がいたが、父のたっての願いに仕方なく嫁ぐことにした。こうして初音姫は薄原城に輿(こし)入れをしたが、夫の隠岐守は片時もその枕を離さず、奪いとる機会がなかった。そうして六年の年月が流れた。真夏の焼けるような暑い日であった。隠岐守は土用干しをしようというので、自分で名器や書物などを城の櫓に晒してから居間にかえって昼寝をしていた。しばらくして隠岐守は慌ただしく姫に揺り起こされた。夕立が来る。虫干しの品を早く片づけよ。見ると向こうの峯から黒い雲が空を覆って今にも雨が落ちてきそうな気配だ。隠岐守は跳ね起きると、枕にしていた邯鄲夢の枕をそのままにして高い櫓へ登っていった。姫はその枕を手にとると、六年間夫として仕えた隠岐守に心で詫びながら城を抜け出て無事に三星城へ帰った。枕を手にいれた三星城主は間もなく隠岐守を攻めたが、これまで威勢が並ぶ者がなかった隠岐守も力がなく、遂に落城し立浪山に立て籠もって戦う内に刺客に刺されてはかない最後を遂げた。薄原には隠岐園さまという小さな祠がある。これは隠岐守を祀ったもので、津和野の城主を隠岐守と言ったのでこれをはばかって隠岐園さまと改めたということである。このことがあってから薄原と三星では縁組をしない様になった。

◆モチーフ分析

・薄原城の城主斎藤隠岐守には家宝として邯鄲夢の枕があった
・この枕をあてて眠ると、三日後におこる出来事までが予知できた
・戦争をする際には夢の枕を使って計略を進めることができた
・枕のおかげで周囲の城主たちと戦っても一度も負けたことがなかった
・同じ高城村の三星城の城主には初音姫という美しい姫がいた
・妻に迎え入れたいという申し入れが引きも切らずにあったが、父の城主はなかなか許さなかった
・斎藤隠岐守の奥方が亡くなり、後添えに初音姫を所望した
・城主は初音姫を呼んで斎藤家には家宝の邯鄲夢の枕がある。機会をみて枕を奪取してくれと頼んだ
・姫は仕方なく嫁ぐことになった
・初音姫は薄原城に輿入れしたが、斎藤隠岐守は枕を片時も離そうとせず奪い取る機会がなかった
・そうして六年が経った
・真夏の暑い日、土用干しをするため、名器や書物などを櫓に晒して、隠岐守は昼寝をしていた
・夕立がきたと初音姫が隠岐守を慌ただしく揺り起こした
・隠岐守は跳ね起きると、夢の枕をそのままにして櫓へ登っていった
・姫は夢の枕を手に取ると、城を抜け出し三星城へ帰った
・三星城主は隠岐守を攻めたが、隠岐守は力がなく落城した
・隠岐守は刺客に刺されてはかない最後を遂げた
・このことがあってから薄原と三星では縁組みをしないようになった

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:斎藤隠岐守
S2:初音姫
S3:姫の父(三星城主)
S4:隠岐守の奥方
S5:刺客

O(オブジェクト:対象)
O1:薄原
O2:薄原城
O3:夢の枕
O4:予知夢
O5:計略
O6:敗北
O7:三星
O8:三星城
O9:求婚
O10:道具類
O11:虫干し
O12:夕立
O13:櫓

m(修飾語)
m1:美しい
m2:死んだ
m3:身辺に置いた
m4:六年が経過した
m5:眠った
m6:起きた
m7:無力の
m8:落城した

T:時間

+:接
-:離

・薄原城の城主斎藤隠岐守には家宝として邯鄲夢の枕があった
(存在)O1薄原:S1斎藤隠岐守+O2薄原城
(所有)S1斎藤隠岐守:S1斎藤隠岐守+O3夢の枕
・この枕をあてて眠ると、三日後におこる出来事までが予知できた
(能力)O3夢の枕:S1斎藤隠岐守+O4予知夢
・戦争をする際には夢の枕を使って計略を進めることができた
(能力)S1斎藤隠岐守:O3夢の枕+O5計略
・枕のおかげで周囲の城主たちと戦っても一度も負けたことがなかった
(不敗)S1斎藤隠岐守:S1斎藤隠岐守-O6敗北
・同じ高城村の三星城の城主には初音姫という美しい姫がいた
(存在)O7三星:O8三星城+S2初音姫
(美女)S2初音姫:S2初音姫+m1美しい
・妻に迎え入れたいという申し入れが引きも切らずにあったが、父の城主はなかなか許さなかった
(求婚)S3姫の父:S2初音姫-O9求婚
・斎藤隠岐守の奥方が亡くなり、後添えに初音姫を所望した
(死亡)S4隠岐守の奥方:S4隠岐守の奥方+m2死んだ
(求婚)S1斎藤隠岐守:S1斎藤隠岐守+S2初音姫
・城主は初音姫を呼んで斎藤家には家宝の邯鄲夢の枕がある。機会をみて枕を奪取してくれと頼んだ
(依頼)S3姫の父:S2初音姫+O3夢の枕
・姫は仕方なく嫁ぐことになった
(結婚)S2初音姫:S2初音姫+S1斎藤隠岐守
・初音姫は薄原城に輿入れしたが、斎藤隠岐守は枕を片時も離そうとせず奪い取る機会がなかった
(防御)S1斎藤隠岐守:O3夢の枕+m3身辺に置いた
(奪取不能)S2初音姫:S2初音姫-O3夢の枕
・そうして六年が経った
(時間経過)T:T+m4六年が経過した
・真夏の暑い日、土用干しをするため、名器や書物などを櫓に晒して、隠岐守は昼寝をしていた
(虫干し)S1斎藤隠岐守:O10道具類+O11虫干し
(昼寝)S1斎藤隠岐守:S1斎藤隠岐守+m5眠った
・夕立がきたと初音姫が隠岐守を慌ただしく揺り起こした
(夕立)O2薄原城:O2薄原城+O12夕立
(注意)S2初音姫:S1斎藤隠岐守-m5眠った
・隠岐守は跳ね起きると、夢の枕をそのままにして櫓へ登っていった
(覚醒)S1斎藤隠岐守:S1斎藤隠岐守+m6起きた
(目を離す)S1斎藤隠岐守:S1斎藤隠岐守-O3夢の枕
(離脱)S1斎藤隠岐守:S1斎藤隠岐守+O13櫓
・姫は夢の枕を手に取ると、城を抜け出し三星城へ帰った
(入手)S2初音姫:S2初音姫+O3夢の枕
(脱出)S2初音姫:S2初音姫-O2薄原城
(帰還)S2初音姫:S2初音姫+O8三星城
・三星城主は隠岐守を攻めたが、隠岐守は力がなく落城した
(攻撃)S3三星城主:S3三星城主+S1斎藤隠岐守
(無力)S1斎藤隠岐守:S1斎藤隠岐守+m7無力の
(攻略)S3三星城主:O2薄原城+m8落城した
・隠岐守は刺客に刺されてはかない最後を遂げた
(暗殺)S5刺客:S1斎藤隠岐守+m2死んだ
・このことがあってから薄原と三星では縁組みをしないようになった
(疎遠化)O1薄原:O1薄原-O7三星

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

   聴き手(無敵の隠岐守に他の城主はどう対抗するか)
           ↓
送り手(斎藤隠岐守)→夢の枕による予知夢(客体)→ 受け手(城主)
           ↑
補助者(なし)→ 斎藤隠岐守(主体)←反対者(なし)

   聴き手(隠岐守に嫁いだ初音姫はどうするか)
           ↓
送り手(三星城主)→初音姫(客体)→ 受け手(斎藤隠岐守)
           ↑
補助者(初音姫)→ 三星城主(主体)←反対者(斎藤隠岐守)

   聴き手(夢の枕を失った隠岐守はどうなるか)
           ↓
送り手(初音姫)→夢の枕を奪取(客体)→ 受け手(斎藤隠岐守)
           ↑
補助者(なし)→ 初音姫(主体)←反対者(斎藤隠岐守)

   聴き手(敗れた斎藤隠岐守の運命はどうなるか)
            ↓
送り手(三星城主)→薄原城を落城させる(客体)→ 受け手(斎藤隠岐守)
            ↑
補助者(なし)→ 三星城主(主体)←反対者(斎藤隠岐守)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。薄原城の城主である斎藤隠岐守は予知夢をもたらす夢の枕で無敗を誇っていました。斎藤隠岐守の奥方が亡くなったことをきっかけに三星城主は娘の初音姫を嫁がせます。時間は掛かりましたが、初音姫は巧く状況を見計らい、夢の枕を奪取、三星城に持ち帰ります。夢の枕を失った隠岐守は力を失い弱体化、薄原城は落城してしまったという筋立てです。

 斎藤隠岐守―他の城主、斎藤隠岐守―奥方、斎藤隠岐守―三星城主、三星城主―初音姫、斎藤隠岐守―初音姫、といった対立軸が見受けられます。邯鄲/枕/予知夢の図式に勝利をもたらす強力な呪物という存在が暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

斎藤隠岐守♌☉―初音姫☾(♂)☾(♌)―三星城主♂♎♁―奥方☾(♌)(-1)―刺客☾(♂)

 といった風に表記できるでしょうか。邯鄲夢の枕を価値☉と置くと、三星城主は対立者♂であり、その享受者♁となります。背後で薄原城攻略の謀を進めますので審判者♎とも置けるかもしれません。初音姫は隠岐守の後妻として六年間仕えますので隠岐守の援助者☾として振る舞いつつも実際にはスパイですから三星城主の援助者☾でもあります。隠岐守を暗殺する刺客は三星城主の援助者☾と置けるでしょう。隠岐守の奥方はその死が背景として語られるのみですが、初音姫が送り込まれるきっかけを作りますので、隠岐守にとってはマイナスの援助者☾と置くこともできるかもしれません。

初音姫♌☾(♎)―斎藤隠岐守♂☉―三星城主♎♁

 初音姫を主体♌と置くと、隠岐守が対立者♂となり、三星城主は審判者♎と置けるでしょうか。

◆フェミニズム分析

 フェミニズム的な観点で伝説を分析すると、初音姫は父である三星城主の命令によって心ならずも斎藤隠岐守と結婚させられてしまいます。これは城主の姫であっても婚姻は己の思い通りにはできないという当時の女性に課せられた制約です。隠岐守に嫁いだ初音姫は六年間は妻として問題なく振る舞いますが、隠岐守が隙を見せた瞬間、夢の枕を奪取して三星城に持ち帰ります。このように武家社会では城主に嫁いだ女性が実家のスパイ的な役割を果たすことは普通にあったことです。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「初音姫は夢の枕を奪取できるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「三日先まで分かるという邯鄲夢の枕」でしょうか。「枕―夢/予知―勝利」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:初音姫は夢の枕を奪取できるか
         ↑
発想の飛躍:三日先まで分かるという邯鄲夢の枕

・斎藤隠岐守/夢の枕―初音姫―三星城主
      ↑
・枕―夢/予知―勝利

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「邯鄲夢の枕」ですと「予知夢をもたらす夢の枕のおかげで無敵だった斎藤隠岐守も枕を奪取されると力なく落城してしまった」くらいでしょうか。

◆余談

 向横田城の邯鄲夢の枕の伝説です。背景には南北朝の騒乱があるようです。日本標準『島根の伝説』にも邯鄲夢の枕の伝説が収録されていますが、こちらは兄弟の骨肉の争いを描いたものとなっています。史実的には日本標準の方が近い様です。

 夢の枕があるのだから盗まれるのも予知できたのではないかとも考えられますが、戦に使うもので普段は使っていなかったのかもしれません。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.343-345.
・『島根の伝説』(島根県小・中学校国語教育研究会/編, 日本標準, 1978)pp.42-48.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年10月 1日 (火)

2024年4月から9月の本館の実績

2024年4月から9月の実績

4月 PV:2299 Visit:2015 UU:1946
5月 PV:2193 Visit:1896 UU:1812
6月 PV:1682 Visit:1319 UU:1255
7月 PV:1648 Visit:1315 UU:1264
8月 PV:3604 Visit:1929 UU:1852  ←(not proveided)のアクセス多数
9月 PV:1351 Visit:1085 UU:1015

9月はGoogleのアルゴリズムの変更の影響を被ったのか、減少している。というか、本来はSEOに最適化された低質のサイトを排除するためのアップデートのはずだが。

8月は正体不明のアクセスが多かった。Google Analyticsでは除外されていたが、ココログではカウントされている。一ページ当たりの閲覧時間は数秒ほどなので、AIにでも学習させていたのかもしれない。

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行為項分析――長者ガ原

◆あらすじ

 昔、高角(たかつの)の港が次第に繁華になってきた頃、この地方に名を知られた斎藤忠右衛門という長者がいた。数十町歩に渡る広い田を持っていたが、その田植えは一日で済ませるのが毎年の例であった。万寿(まんじゅ)三年の田植えの時、大勢の早乙女(さおとめ)たちが一生懸命植えているところに猿回しが通りかかった。赤い着物を着て男の肩につかまっている猿を面白がって早乙女たちがしばらく手を休めたため、日はいつの間にか西に傾いたが、田植えはなかなか済みそうにない。早乙女たちは慌てて手を早めた。しかし、とうとう日が海の向こうに沈もうとする時になっても、まだ田植えは終わらなかった。そこへ長者が様子を見にやってきた。長者はまだ植え残された田が相当あるのを見ると、かんかんに怒った。斎藤長者の田植えは昔から一日で済ませることを忘れたのか、この上は長者の威勢を見せてやろうと言って、家に代々伝わる日の丸の扇をさっと開いて今にも海に半分ばかり沈んだ夕日に向かって二度三度差し招いた。すると不思議なことに夕日はぐんぐん後戻りをはじめて西の空高く登った。こうして再び日が沈む頃には田はきれいに植え終わった。その夜、にわかに激しい稲光りがして雷がとどろき酷い暴風雨となって一晩中荒れ狂い大津波となった。明くる朝、昨夜のことは嘘であったように真っ青な空に朝日が輝いたとき、豪華を極めた長者の屋敷も、昨日植えた数十町に渡る田もどこにも見えず、その辺りは一面の砂浜であった。この時津波によって運ばれた砂によってできた湖が蟠竜湖(ばんりゅうこ)で、長者の屋敷のあった所は長者ガ原という地名になって残っているだけである。

◆モチーフ分析

・高角に斎藤長者がいて数十町歩に渡る広い田をもっていた
・田植えは一日で済ませるのが慣例だった
・万寿三年の田植えのとき、早乙女たちが田植えをしているところに猿回しが通りかかった
・猿を面白がって早乙女たちが手を休めた間に日が西に傾いた
・早乙女たちが慌てて手を早めたが、日が海の向こうに沈む時になっても田植えは終わらなかった
・様子を見にきた斎藤長者が植え残された田が相当あるのを見て、かんかんに怒った
・長者は威勢を見せてやると言って日の丸の扇を開いて夕日に向かって二度三度差し招いた
・不思議なことに夕日はぐんぐん後戻りをはじめて西の空高く登った
・再び日が沈む頃には田は植え終わった
・その夜、雷が激しくとどろき暴風雨となって一晩中荒れ狂い、更に大津波となった
・明くる朝、真っ青な空に朝日が輝いたとき、長者の屋敷も数十町に渡る田もどこにも見えず、その辺りは一面の砂浜となった
・このとき津波によって運ばれた砂によってできた湖が蟠竜湖である
・長者の屋敷のあった所は長者ガ原という地名になった

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:長者
S2:早乙女
S3:猿回し

O(オブジェクト:対象)
O1:高角
O2:広い田
O3:田植え
O4:猿
O5:太陽
O6:扇
O7:津波
O8:長者の屋敷
O9:砂浜
O10:蟠竜湖
O11:長者ガ原

m(修飾語)
m1:一日で
m2:興味深い
m3:西に傾いた
m4:日没の
m5:未完の
m6:怒った
m7:威勢
m8:完了した
m9:荒天の

+:接
-:離

・高角に斎藤長者がいて数十町歩に渡る広い田をもっていた
(存在)O1高角:O1高角+S1長者
(所有)S1長者:S1長者+O2広い田
・田植えは一日で済ませるのが慣例だった
(慣例)S1長者:O3田植え+m1一日で
・万寿三年の田植えのとき、早乙女たちが田植えをしているところに猿回しが通りかかった
(田植え)S2早乙女:O2広い田+O3田植え
(来訪)S3猿回し:S3猿回し+S2早乙女
・猿を面白がって早乙女たちが手を休めた間に日が西に傾いた
(感心)S2早乙女:O4猿+m2興味深い
(手休め)S2早乙女:O3田植え-S2早乙女
(落日)O5太陽:O5太陽+m3西に傾いた
・早乙女たちが慌てて手を早めたが、日が海の向こうに沈む時になっても田植えは終わらなかった
(加速)S2早乙女:S2早乙女+O3田植え
(日没)O5太陽:O5太陽+m4日没の
(未完)O3田植え:O3田植え+m5未完の
・様子を見にきた斎藤長者が植え残された田が相当あるのを見て、かんかんに怒った
(来訪)S1長者:S1長者+O2広い田
(未完)O3田植え:O3田植え+m5未完の
(怒り)S1長者:S1長者+m6怒った
・長者は威勢を見せてやると言って日の丸の扇を開いて夕日に向かって二度三度差し招いた
(招く)S1長者:O5太陽+O6扇
(誇示)S1長者:S1長者+m7威勢
・不思議なことに夕日はぐんぐん後戻りをはじめて西の空高く登った
(逆転)O5太陽:O5太陽+m3西に傾いた
・再び日が沈む頃には田は植え終わった
(完了)S2早乙女:O3田植え+m8完了した
(日没)O5太陽:O5太陽+m4日没の
・その夜、雷が激しくとどろき暴風雨となって一晩中荒れ狂い、更に大津波となった
(荒天)O1高角:O1高角+m9荒天の
(津波)O7津波:O7津波+O1高角
・明くる朝、真っ青な空に朝日が輝いたとき、長者の屋敷も数十町に渡る田もどこにも見えず、その辺りは一面の砂浜となった
(消失)O1高角:O1高角-O8長者の屋敷
(消失)O1高角:O1高角-O2広い田
(変化)O1高角:O1高角+O9砂浜
・このとき津波によって運ばれた砂によってできた湖が蟠竜湖である
(形成)O7津波:O9砂浜+O10蟠竜湖
・長者の屋敷のあった所は長者ガ原という地名になった
(由来)O1高角:O8長者の屋敷+O11長者ガ原

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

   聴き手(大規模な田植えはどうなるか)
           ↓
送り手(長者)→田植えをさせる(客体)→ 受け手(早乙女)
           ↑
補助者(なし)→ 長者(主体)←反対者(なし)

   聴き手(田植えは一日で終わるか)
           ↓
送り手(猿回し)→手を止めさせる(客体)→ 受け手(早乙女)
           ↑
補助者(猿)→ 猿回し(主体)←反対者(長者)

   聴き手(長者の傲慢さは結局どうなるか)
           ↓
送り手(長者)→扇で招く(客体)→ 受け手(太陽)
           ↑
補助者(なし)→ 長者(主体)←反対者(なし)

   聴き手(長者が招いた結末をどう思うか)
           ↓
送り手(津波)→一面の田が砂浜と化す(客体)→ 受け手(長者)
           ↑
補助者(なし)→ 津波(主体)←反対者(長者)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。高角の長者は何町もの広い田を所有していました。そしてその田植えは一日で済ませるのが習わしでした。ある年、早乙女たちが田植えをしていると、猿回しが通りかかり芸を披露します。それに釣られた早乙女たちは思わず手を止めてしまい、田植えが遅れてしまいます。日が傾き、一日で間に合わない状況となります。それを知って怒った長者は扇を取り出して沈みかけた太陽を招きます。長者の威勢に太陽は再び上り、田植えは完了します。ところがその夜、暴風雨が吹き荒れ、更に津波が高角を襲います。一面の田は砂浜となり、一部は蟠竜湖となったという筋立てです。長者は自らの傲慢さによって身を滅ぼしてしまいます。

 長者―早乙女、早乙女―猿回し、長者―太陽、田―砂浜、といった対立軸が見受けられます。扇/太陽の図式に太陽すら招き戻す長者の威勢が暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

長者♌♁(-1)―太陽☉♎―早乙女☾(♌)―猿回し♂

 といった風に表記できるでしょうか。一日で田植えを終わらせることを価値☉と置くと、長者はその享受者♁となりますが、その傲慢さで滅んでしまいますので、マイナスの享受者♁とも見なせるでしょうか。早乙女は長者に使役される者たちですので援助者☾です。田植えを終わらせることに対する援助者☾と見ることも可能です。猿回しはその芸で早乙女たちの田植えを妨害してしまいますので対立者♂と置けるでしょう。太陽は価値☉の源でもあり、また長者を罰する存在とも見なせますので審判者♎と置くことも可能です。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「長者の傲慢さはどういう風に帰結するか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「扇で夕日を差し戻して威勢を示す」でしょうか。「長者―扇/招く―太陽」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:長者の傲慢さはどういう風に帰結するか
         ↑
発想の飛躍:扇で夕日を差し戻して威勢を示す

・長者―田植え/早乙女―猿回し
      ↑
・長者―扇/招く―太陽

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「長者ガ原」ですと「夕日を差し戻すほど勢威を誇った斎藤長者だが、暴風雨と津波で跡形もなく消えた」くらいでしょうか。

◆余談

 夕日を招く長者というモチーフの伝説は鳥取県の湖山池にもあります。全国的には湖山池の伝説の方が知られているでしょう。益田市では蟠竜湖の由来譚ともなっています。勢威を誇った長者が天体の運行を妨げた報いがくる内容です。また、伝説は万寿三年の大津波という史実にも結びつけられています。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.341-342.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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