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2024年9月 1日 (日)

行為項分析――えんこうの石

◆あらすじ

 那賀郡今福村宇津井の河上家に仁右衛門という人がいた。中原と宇津井の田を開いた人であった。仁右衛門が中原の田を開拓している頃、川岸に馬を繋いでおいたところ、えんこうが来て川の中へそろりそろりと引いていった。だいぶ深いところへ行ってもう少しというところで馬が気づき、いきなり岸へ駆け上がると一散に家へ帰った。えんこうは不意のことなのでどうすることもできない。綱を身体へ巻きつけていたので、そのまま駄屋まで引きずっていかれた。その際頭の皿の水がこぼれてしまったので、ようやく綱をほどくと馬のたらいの中へ隠れていた。仁右衛門はしばらくして馬を連れて帰ろうと思って川岸へ来てみると馬がいない。不思議に思って家へ帰ってみると、馬は主人より早く駄屋に帰っている。変に思って辺りをよく見ると、餌をやる馬のたらいの中に変なものがしゃがんでいる。仁右衛門はこの野郎と思って引っ張り出すと散々にぶん殴った。それからしばらく経って仁右衛門は病気になった。中々よくならない。ある日病床に臥していると外から仁右衛門、仁右衛門と呼ぶ声がする。仁右衛門は枕元の刀をさげて障子を開け、縁に出てみたが誰もいない。そういうことが何回もあった。それから四五日経って仁右衛門が寝ていると、また仁右衛門、仁右衛門と呼ぶ声がする。何の気もなしに刀を持たずに外へ出てふらふらと夢中で歩いていると、ざあざあと川瀬の音がする。我に返って辺りを見ると、いつの間にか宇津井の橋床まで来ていた。言うまでもなく、えんこうの為に夢中におびき出されたのだった。仁右衛門は気づくと辺りを見回した。するとすぐ傍に、この前酷くこらしめたえんこうが歯をむき出して今にも飛びかかろうとしている。剛胆な仁右衛門はしばらく橋の上で格闘したが、遂に膝の下に組み伏せた。えんこうは、これからは宇津井川では人に害をなすことはしないから命だけは助けてくれと言った。そして、もしこの橋の上に四十雀(しじゅうから)が三羽遊んでいたら、他の川の同族が来て遊んでいるから注意してくれと言った。仁右衛門は十分こらしめた上でえんこうを許してやった。仁右衛門は格闘したとき、えんこうを大きな石に打ちつけたので石の角が壊れた。現在河上家にある靴ぬぎ石は、その石を運んだものと言われている。

◆モチーフ分析

・宇津井の仁右衛門は中原と宇津井の田を開いた人だった
・仁右衛門が中原の田を開拓している頃、川岸に馬を繋いでおいた
・えんこうが来て、馬を川の中に引きずり込もうとした
・驚いた馬が川岸へ駆け上がり、一散に家へ帰った
・えんこうは綱を身体へ巻きつけていたので、そのまま駄屋へ引きずられた
・頭の皿の水がこぼれてしまい、綱をほどいてたらいの中へ隠れていた
・仁右衛門は馬を連れて帰ろうと思って川岸へ来てみると馬がいない
・家へ帰ってみると、馬は主人より先に駄屋へ帰っている
・たらいの中にえんこうがしゃがんでいたので散々にぶん殴った
・しばらくして仁右衛門は病気になった
・病床に臥していると、仁右衛門を呼ぶ声がする
・枕元の刀をさげて障子を開け、縁に出たが誰もいない
・それが何度も続き、四五日経って寝ていると、また仁右衛門を呼ぶ声がする
・刀を持たずに外へ出て夢中で歩いていると宇津井の橋床までやって来ていた
・えんこうの為に夢中におびき出された
・気づくと、えんこうが歯をむき出しにして今にも飛びかかろうとしている
・仁右衛門は橋の上で格闘し、膝の下にえんこうを組み伏せた
・えんこう、これからは宇津井川では人に害をなすことはしないと助命を願う
・橋の上で四十雀が三羽遊んでいたら、別の同族が来ているから注意しろと言う
・仁右衛門、えんこうを許してやった
・仁右衛門が格闘したとき、えんこうを大きな石に打ちつけ、石の角が壊れた
・河上家にある靴ぬぎ石はその石を運んだものと言われている

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:仁右衛門
S2:えんこう

O(オブジェクト:対象)
O1:宇津井
O2:中原
O3:馬
O4:川岸
O5:川の中
O6:家(駄屋)
O7:綱
O8:頭の皿
O9:水
O10:たらい
O11:床
O12:刀
O13:縁側
O14:橋床
O15:助言
O16:岩
O17:岩の角
O18:靴ぬぎ石

m(修飾語)
m1:驚いた
m2:病気の
m3:夢うつつの
m4:威嚇した
m5:制圧した

+:接
-:離

・宇津井の仁右衛門は中原と宇津井の田を開いた人だった
(開拓)S1仁右衛門:S1仁右衛門+O1宇津井+O2中原
・仁右衛門が中原の田を開拓している頃、川岸に馬を繋いでおいた
(係留)S1仁右衛門:O3馬+O4川岸
・えんこうが来て、馬を川の中に引きずり込もうとした
(悪戯)S2えんこう:O3馬-O4川岸
・驚いた馬が川岸へ駆け上がり、一散に家へ帰った
(驚愕)O3馬:O3馬+m1驚いた
(反転)O3馬:O3馬+O4川岸
(帰宅)O3馬:O3馬+O6家
・えんこうは綱を身体へ巻きつけていたので、そのまま駄屋へ引きずられた
(巻きつけ)S2えんこう:S2えんこう+O7綱
(牽引)O3馬:S2えんこう+O6駄屋
・頭の皿の水がこぼれてしまい、綱をほどいてたらいの中へ隠れていた
(無力化)S2えんこう:O8頭の皿-O9水
(ほどく)S2えんこう:S2えんこう-O7綱
(隠れる)S2えんこう:S2えんこう+O10たらい
・仁右衛門は馬を連れて帰ろうと思って川岸へ来てみると馬がいない
(来訪)S1仁右衛門:S1仁右衛門+O4川岸
(不在)S1仁右衛門:O4川岸-O3馬
・家へ帰ってみると、馬は主人より先に駄屋へ帰っている
(帰宅)S1仁右衛門:S1仁右衛門+O6家
(確認)O3馬:O3馬+O6駄屋
・たらいの中にえんこうがしゃがんでいたので散々にぶん殴った
(発見)S1仁右衛門:O10たらい-S2えんこう
(殴打)S1仁右衛門:S1仁右衛門+S2えんこう
・しばらくして仁右衛門は病気になった
(発病)S1仁右衛門:S1仁右衛門+m2病気の
・病床に臥していると、仁右衛門を呼ぶ声がする
(伏せる)仁右衛門S1:S1仁右衛門+O11床
(呼び声)S2えんこう:O11床-S1仁右衛門
・枕元の刀をさげて障子を開け、縁に出たが誰もいない
(帯刀)S1仁右衛門:S1仁右衛門+O12刀
(起床)S1仁右衛門:S1仁右衛門+O13縁側
(不在)S1仁右衛門:S1仁右衛門-S2えんこう
・それが何度も続き、四五日経って寝ていると、また仁右衛門を呼ぶ声がする
(継続)S2えんこう:S2えんこう+S1仁右衛門
・刀を持たずに外へ出て夢中で歩いていると宇津井の橋床までやって来ていた
(帯刀せず)S1仁右衛門:S1仁右衛門-O12刀
(夢遊)S1仁右衛門:S1仁右衛門+m3夢うつつ
(来訪)S1仁右衛門:S1仁右衛門+O14橋床
・えんこうの為に夢中におびき出された
(おびき寄せ)S2えんこう:S2えんこう+S1仁右衛門
・気づくと、えんこうが歯をむき出しにして今にも飛びかかろうとしている
(威嚇)S2えんこう:S2えんこう+m4威嚇した
・仁右衛門は橋の上で格闘し、膝の下にえんこうを組み伏せた
(格闘)S1仁右衛門:S1仁右衛門+S2えんこう
(制圧)S1仁右衛門:S2えんこう+m5制圧した
・えんこう、これからは宇津井川では人に害をなすことはしないと助命を願う
(助命嘆願)S2えんこう:S1仁右衛門-S2えんこう
・橋の上で四十雀が三羽遊んでいたら、別の同族が来ているから注意しろと言う
(助言)S2えんこう:S1仁右衛門+O15助言
・仁右衛門、えんこうを許してやった
(許し)S1仁右衛門:S2えんこう-m5制圧した
・仁右衛門が格闘したとき、えんこうを大きな石に打ちつけ、石の角が壊れた
(棄損)S1仁右衛門:O16岩-O17岩の角
・河上家にある靴ぬぎ石はその石を運んだものと言われている
(伝承)S1仁右衛門:O16岩+O18靴ぬぎ石

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

    聴き手(仁右衛門の馬はどうなるか)
            ↓
送り手(えんこう)→川に引きずり込む(客体)→ 受け手(馬)
            ↑
補助者(なし)→ えんこう(主体)←反対者(仁右衛門)

   聴き手(皿の水を失ったえんこうはどうなるか)
            ↓
送り手(馬)→逆に引きずる(客体)→ 受け手(えんこう)
            ↑
補助者(なし)→ えんこう(主体)←反対者(仁右衛門)

   聴き手(懲らしめられたえんこうはどうなるか)
            ↓
送り手(仁右衛門)→懲らしめ(客体)→ 受け手(えんこう)
            ↑
補助者(なし)→ 仁右衛門(主体)←反対者(えんこう)

  聴き手(夢うつつで誘導された仁右衛門はどうなるか)
            ↓
送り手(えんこう)→橋床へ誘引(客体)→ 受け手(仁右衛門)
            ↑
補助者(なし)→ えんこう(主体)←反対者(仁右衛門)

   聴き手(再度制圧されたえんこうはどうするか)
            ↓
送り手(仁右衛門)→制圧(客体)→ 受け手(えんこう)
            ↑
補助者(なし)→ 仁右衛門(主体)←反対者(えんこう)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。宇津井周辺を開拓中の仁右衛門が飼い馬を川岸に繋いでいたところ、えんこうが馬を川に引きずり込もうとします。驚いた馬は逆にえんこうを引っ張って馬小屋に戻ってしまいます。その際、えんこうは頭の皿の水を失ってしまい、力を喪失してしまいます。たらいの中に隠れていましたが仁右衛門に見つか手しまい、殴打されます。そのことを恨みに思ったえんこうは何とかして仁右衛門に復讐しようとしますが、仁右衛門は刀を近くに置いているため金気を嫌うえんこうは近づけません。病床にある仁右衛門を夢うつつの状態で橋のたもとまでおびき寄せたものの、再び仁右衛門に制圧されてしまいます。えんこうは助命を嘆願、二度と悪戯はしないと約束し、助言も与えます。仁右衛門とえんこうが格闘した際に欠けた岩は現在仁右衛門の子孫の家の靴ぬぎ石となっているという筋立てです。

 仁右衛門―えんこう、馬―えんこう、刀―えんこう、といった対立軸が見受けられます。病床/刀の図式に金気を嫌い近づけないえんこうの姿が暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

仁右衛門♌♎♁―えんこう♂―馬☾(♌)

 といった風に表記できるでしょうか。えんこうの悪さが止むことを価値☉と置くと、享受者♁は宇津井の民となり、物語には登場しません。仁右衛門も馬を川に引きずり込まれそうになっていますので享受者♁と言えるでしょう。また、仁右衛門は制圧したえんこうに二度と悪さはしないと約束させ、他のえんこうに関する助言も得ますので審判者♎でもあります。えんこうは仁右衛門に対する対立者♂として登場します。馬には意思が見られないので行為項分析ではサブジェクトとはせずオブジェクトとして分析しましたが、えんこうを引きずって頭の皿の水を失わせ無力化させていますので、仁右衛門の援助者☾と見なすこともできます。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「仁右衛門に制圧されたえんこうはどうなるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「馬を川に引きずり込もうとして却って引きずられて頭の皿の水を失う」「病床の仁右衛門を刀を持たせずに夢うつつでおびき寄せる」「えんこうとの格闘の際に欠けた石が仁右衛門の子孫の家の靴ぬぎ石となっている」でしょうか。「馬―綱―えんこう―水/皿」「病床/刀―仁右衛門―呼び声―えんこう」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:仁右衛門に制圧されたえんこうはどうなるか
          ↑
発想の飛躍:馬を川に引きずり込もうとして却って引きずられて頭の皿の水を失う
      病床の仁右衛門を刀を持たせずに夢うつつでおびき寄せる
      えんこうとの格闘の際に欠けた石が仁右衛門の子孫の家の靴ぬぎ石となっている

・仁右衛門―助命/嘆願―えんこう
       ↑
・馬―綱―えんこう―水/皿
・病床/刀―仁右衛門―呼び声―えんこう
・えんこう―格闘/欠ける―石/靴ぬぎ石―家/仁右衛門

◆ログライン

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「えんこうの石」ですと「えんこうは復讐のため仁右衛門を宇津井川までおびき寄せ戦いを挑むが組み伏せられ助命を願う」くらいでしょうか。

◆余談

 別の本ではえんこうは金気を嫌うため、仁右衛門が刀を持っているときは姿を現さなかったとあります。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.268-270.
・『島根県の民話 県別ふるさとの民話(オンデマンド版)』(日本児童文学者協会/編, 偕成社, 2000)pp.192-196.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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