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2024年9月 2日 (月)

行為項分析――牛鬼

◆あらすじ

 昔、那賀郡の浅利村に神主がいた。ある晩一人で海へ夜釣りに行ったが、とてもよく釣れるので一生懸命に釣っていた。すると髪も着物もびしょ濡れになった女が赤児を抱いて出てきた。神主がびっくりしていると、この子に食べさせるから魚を一尾くれと言った。神主が一尾やると赤児はむしゃむしゃと頭から尻尾まで骨ごとみんな食べてしまった。そうしてもう一尾、もう一尾というのでやる内に籠の中の魚は一尾もなくなった。すると女は今度は、お腰のものをと言った。この女に言われるとどうしても嫌ということが出来ない。神主は仕方がないので腰の脇差しを抜いてやると赤児はそれもパリパリと食べてしまった。びっくりしていると、女はちょっとこの児を抱いてとってくれといって赤児を神主に渡すと海に入っていった。神主はその間に釣り道具を投げ捨てて駆けだしたが、抱かされた赤児は石になってどうしても離れない。その内に女が後ろから追いかけてきた。神主は一生懸命走ったが女はだんだん間を縮めてくる。そして既に手が届きそうになったとき、前の方から何か光るものが矢の様に飛んできて女の頭へグサリと突き刺さった。女はそれで足を止めたので、神主はようやくのことで自分の家の前まで逃げてくると、そこには心配そうに妻が待っていた。神主の妻は夫が釣りに出た後で縫い物をしていた。すると神主の居間にある二本の刀の中で、どれか一本シャンシャンと音を立ててしきりに鳴るものがある。不思議なことなので、もしか夫の身の上に何か変わったことがあるのではないかと心配して外へ出てみた。その時表の戸を開けると一本の脇差しがひとりでに鞘を抜け出して戸の間を飛鳥のように通り抜け、海の上の方へ飛んでいった。不思議なこともあるものだと妻はますます心配になって、そのまま戸の外へ立っていたところだった。明くる朝神主は村の人たちと昨夜女の出てきたところへ行ってみた。すると磯のほとりに血の流れた跡があったが、女も脇差しも見えなかった。多分女は頭に刀を突き刺したまま海の中へ入っていったものだろうと皆は話した。

◆モチーフ分析

・浅利村に神主がいた
・一人で夜釣りに出かけたが、よく釣れるので一生懸命に釣っていた
・すると髪も着物もびしょ濡れの女が赤児を抱いて出てきた
・濡れ女、神主に赤児に食べさせるから魚を一尾くれと言う
・神主がやると赤児は魚を頭から尻尾までむしゃむしゃと食べてしまった
・もう一尾とやる内に籠の中の魚が無くなった
・濡れ女、今度は腰の脇差しを要求した
・この女に言われると拒むことができず、脇差しを渡してしまう
・赤児、脇差しをパリパリと食べてしまう
・びっくりしていると、濡れ女はこの赤児を抱いてくれと言って赤児を神主に渡すと海に入っていった
・神主は釣り道具を投げ捨てて駆けだしたが、抱かされた赤児が石になって離れない
・女がだんだん間を縮めてくる
・手が届きそうになったところ、何か光るものが矢の様に飛んできて濡れ女の頭へグサリと突き刺さった
・女が足を止めたので神主はようやく自分の家の前まで逃げた
・すると妻が心配そうに待っていた
・神主の妻は夫が釣りに出た後で縫い物をしていた
・すると神主の居間にある刀がシャンシャンと音を立ててしきりに鳴った
・不思議なことなので、もしや夫の身の上に何か変わったことがあるのではないかと心配して外へ出た
・その時表の戸を開けると一本の脇差しがひとりでに鞘を抜け出して戸の間を通り抜けそのまま戸の外へ飛んでいった
・妻、不思議なこともあるものだと心配になって、そのまま戸の外へ立っていた
・あくる朝、神主は村人たちと昨夜濡れ女の出てきたところへ行ってみた
・磯のほとりに血の流れた跡があったが、女も脇差しも見えなかった
・女は頭に刀を差したまま海の中へ入っていったものだろうと皆が話した

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:神主
S2:濡れ女
S3:赤子
S4:妻
S5:村人

O(オブジェクト:対象)
O1:浅利村
O2:釣り
O3:魚
O4:脇差
O5:海
O6:釣り道具
O7:光るもの
O8:自宅
O9:縫い物
O10:刀
O11:異変
O12:血痕

m(修飾語)
m1:石化した
m2:足を止めた
m3:鳴動した
m4:心配な
m5:立ち尽くした

+:接
-:離

・浅利村に神主がいた
(存在)S1神主:S1神主+O1浅利村
・一人で夜釣りに出かけたが、よく釣れるので一生懸命に釣っていた
(釣り)S1神主:S1神主+O2釣り
(釣果)S1神主:S1神主+O3魚
・すると髪も着物もびしょ濡れの女が赤児を抱いて出てきた
(出現)S1神主:S2濡れ女+S3赤児
・濡れ女、神主に赤児に食べさせるから魚を一尾くれと言う
(要求)S2濡れ女:S2濡れ女+S1神主
(要求)S2濡れ女:S3赤児+O3魚
・神主がやると赤児は魚を頭から尻尾までむしゃむしゃと食べてしまった
(与える)S1神主:S3赤児+O3魚
(完食)S3赤児:S3赤児+O3魚
・もう一尾とやる内に籠の中の魚が無くなった
(払底)S1神主:S1神主-O3魚
・濡れ女、今度は腰の脇差しを要求した
(要求)S2濡れ女:S1神主-O4脇差
・この女に言われると拒むことができず、脇差しを渡してしまう
(譲渡)S1神主:S2濡れ女+O4脇差
・赤児、脇差しをパリパリと食べてしまう
(食)S3赤児:S3赤児+O4脇差
・びっくりしていると、濡れ女はこの赤児を抱いてくれと言って赤児を神主に渡すと海に入っていった
(抱かせる)S2濡れ女:S1神主+S3赤児
(入水)S2濡れ女:S2濡れ女+O5海
・神主は釣り道具を投げ捨てて駆けだしたが、抱かされた赤児が石になって離れない
(捨てる)S1神主:S1神主-O6釣り道具
(逃走を図る)S1神主:S1神主-O5海
(石化)S3赤児:S3赤児+m1石化した
(吸着)S3石:S3石+S1神主
・女がだんだん間を縮めてくる
(接近)S2濡れ女:S2濡れ女+S1神主
・手が届きそうになったところ、何か光るものが矢の様に飛んできて濡れ女の頭へグサリと突き刺さった
(妨害)O7光るもの:O7光るもの+S2濡れ女
・女が足を止めたので神主はようやく自分の家の前まで逃げた
(停止)S2濡れ女:S2濡れ女+m2足を止めた
(逃走)S1神主:S1神主+O8自宅
・すると妻が心配そうに待っていた
(待機)S1神主:S1神主+S4妻
・神主の妻は夫が釣りに出た後で縫い物をしていた
(留守番)S4妻:S4妻+O9縫い物
・すると神主の居間にある刀がシャンシャンと音を立ててしきりに鳴った
(鳴動)O10刀:O10刀+m3鳴動した
・不思議なことなので、もしや夫の身の上に何か変わったことがあるのではないかと心配して外へ出た
(不審)S4妻:S1神主+O11異変
(外出)S4妻:S4妻-O8自宅
・その時表の戸を開けると一本の脇差しがひとりでに鞘を抜け出して戸の間を通り抜けそのまま戸の外へ飛んでいった
(飛翔)O10脇差:O10脇差-O8自宅
・妻、不思議なこともあるものだと心配になって、そのまま戸の外へ立っていた
(不安)S4妻:S4妻+m4心配な
(立ち尽くす)S4妻:S4妻+m5立ち尽くした
・あくる朝、神主は村人たちと昨夜濡れ女の出てきたところへ行ってみた
(合流)S1神主:S1神主+S5村人
(探索)S1神主:S1神主+O5海
・磯のほとりに血の流れた跡があったが、女も脇差しも見えなかった
(発見)S1神主:S1神主+O12血痕
(不存在)S1神主:S1神主-S2濡れ女-O10脇差
・女は頭に刀を差したまま海の中へ入っていったものだろうと皆が話した
(噂)S5村人:S2濡れ女+O10脇差
(噂)S5村人:S2濡れ女+O5海

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

   聴き手(濡れ女と遭遇した神主はどうなるか)
            ↓
送り手(神主)→魚や脇差を与える(客体)→ 受け手(赤児)
            ↑
補助者(なし)→ 神主(主体)←反対者(濡れ女)

  聴き手(赤児を抱かされた神主はどうなるか)
            ↓
送り手(濡れ女)→赤児(客体)→ 受け手(神主)
            ↑
補助者(なし)→ 濡れ女(主体)←反対者(神主)

   聴き手(刀が飛んできてどうなるか)
            ↓
送り手(神主)→刀が飛んできて刺さる(客体)→ 受け手(濡れ女)
            ↑
補助者(妻)→ 神主(主体)←反対者(濡れ女)

   聴き手(飛び出した刀はどうなるか)
            ↓
送り手(刀)→刀がひとりでに飛び出す(客体)→ 受け手(濡れ女)
            ↑
補助者(なし)→ 妻(主体)←反対者(濡れ女)

   聴き手(濡れ女と赤児はどうなったか)
            ↓
送り手(神主)→捜索(客体)→ 受け手(濡れ女)
            ↑
補助者(村人)→ 神主(主体)←反対者(濡れ女)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。浅利の神主が夜釣りをしていたところ、赤児を抱いた濡れ女と遭遇します。神主は濡れ女の言われるままに釣れた魚や脇差を差し出します。赤児はそれを丸ごと食べてしまいます。魚を骨ごと食べる、金属でできた刀を食べてしまうところに赤児の異常性が示されています。赤児を抱いたところ、赤児は石へと変化し、神主から離れなくなり、神主を拘束します。濡れ女が迫りますが、そこにどこからともなく刀が飛んできて濡れ女の額に刺さり、濡れ女は海へ逃げた。その刀は神主の家にあった脇差が持ち主の異変を察知してひとりでに飛んでいったものだということが神主の妻の口から明らかにされます。翌日、村人たちと共に海辺を捜索した神主でしたが、血痕以外のものは見つからなかったという筋立てです。タイトルは「牛鬼」ですが、牛鬼自体は直接は登場しません。おそらく濡れ女と牛鬼はセットで語られる存在なのでしょう。

 神主―濡れ女、神主―赤児、濡れ女―刀、刀―妻、神主―村人、といった対立軸が見受けられます。赤児/石の図式に狙った獲物を動けなくしてしまう濡れ女の恐ろしさが暗喩されています。また、話中では登場しませんが、濡れ女/牛鬼の図式も予感させるものであり、牛鬼の登場を期待させる展開となっています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

神主♌♁―濡れ女♂―赤児☾(♂)―脇差☾(♌)♎―妻☾(♌)♁―村人☾(♌)

 といった風に表記できるでしょうか。濡れ女の追跡から逃れることを価値☉と置くと、神主は享受者♁となります。神主の妻も享受者♁と置けるでしょう。また、自宅に飾っていた脇差がひとりでに飛んで行った状況を説明する役割を担っていますので援助者☾とも置けます。神主に対して濡れ女は対立者♂として立ちはだかります。赤児は濡れ女の援助者☾と置けます。濡れ女の追跡を阻止する刀は登場人物ではありませんが、神主の援助者☾であり、神主の危機を察知する点で審判者♎とすることができるでしょうか。村人は神主の援助者☾と置けます。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「濡れ女と遭遇してしまった神主の運命はどうなるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「飛んできた脇差しが濡れ女の頭に刺さる」「赤児が石と化して神主の動きを封じる」「赤児が脇差を食べてしまう」でしょうか。「神主―自宅/脇差―額/濡れ女」「濡れ女―赤児/石―神主」「赤児―食べる/脇差―神主」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:濡れ女と遭遇してしまった神主の運命はどうなるか
        ↑
発想の飛躍:飛んできた脇差しが濡れ女の頭に刺さる
     赤児が石と化して神主の動きを封じる
     赤児が脇差を食べてしまう

・神主/夜釣り―濡れ女/赤児
       ↑
・神主―自宅/脇差―額/濡れ女
・濡れ女―赤児/石―神主
・赤児―食べる/脇差―神主

◆ログライン

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「牛鬼」ですと「濡れ女と赤児に遭遇して窮地に陥った神主だったが、家から飛んできた脇差しが女の頭に刺さり、間一髪、助かる」くらいでしょうか。

◆余談

 この伝説はアニメ「まんが日本昔ばなし」でアニメ化されています。アニメでは主人公が神主から浪人へと変更されています。また、濡れ女の額に刀が刺さった後で海中から牛鬼が姿を見せるシーンがあったと記憶しています。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.271-272.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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