行為項分析――おいせ島
◆あらすじ
高島は津田の沖合三里のところにある周囲一里の小さな島である。離れ島のことだから島のもの同士で結婚したが、ときには本土から嫁いでいくこともあった。昔、おいせという娘が対岸の津田から島へ嫁いだ。初めの内は島の生活は珍しく楽しくもあったが、そのうちに明けても暮れても同じような小さな島の暮らしに飽きてきた。それと共に、おいせには故郷のことが恋しく思われてならなかった。そしてそれは波の彼方に見えているのだった。その思いは日ごと激しくなって、いてもたってもいられなくなった。しかし、三里の海が隔てて帰ることはできない。おいせはため息をつきながら、その日その日を送るより仕方がなかった。ある日、おいせの胸に、ふといい考えが浮かんだ。それは島の周囲が一里、対岸に見える荒磯までが三里あるのだから、島の周囲を泳いで三回まわることができたら、荒磯まで帰ることができるということだ。海辺に育って、子供の時から海で泳いできたおいせに、これは必ずできるという気がした。おいせは波の静かな日を選んで、さっそく島の周囲を泳いでみた。そしてとうとう三回回ることに成功した。これで帰ることができる、おいせは三回の島めぐりで疲れていることを考える暇もなく、そのまま対岸をめざして泳ぎ出した。おいせは疲れた身体を励ましながら泳ぎ続けた。しかし、その内に疲れはだんだん酷くなった。そしてようやく土田沖二十町(二キロ)の暗礁のような小島に泳ぎついたときには精も根も尽き果てるほど疲れてしまった。おいせは必死の思いで島の上へ這い上がった。おいせはにっこりとして、苦しい息を抑えながら、高島を振り返った。波の向こうにかすんでいる島を見ると、よくここまで泳いできたものだと思った。それとともに、あとわずかだと気が緩んだためか、そのまま気が遠くなって、とうとう死んでしまった。このことを知った浦の人たちは、おいせの切ない思いを哀れに思い、泣かない人はなかった。それからこの島をおいせ島と呼ぶようになり、この島の名を聞くと人々はおいせのことを思い出すようになった。
◆モチーフ分析
・おいせという娘が対岸の津田から高島へ嫁いだ
・初めの頃はもの珍しかったが、やがて島の暮らしに飽きてきた
・おいせは故郷のことが恋しく思われてならなかった
・思いはつのって、いてもたってもいられなくなった
・だが、三里の海が隔てて帰ることはできなかった
・ふと、いい考えが浮かんだ。島の周囲が一里、対岸の荒磯までが三里だから島の周囲を泳いで三周できたら、荒磯まで帰れると
・おいせは波の静かな日を選んで島の周囲を泳いで三周回ることができた
・おいせは三回の島巡りで疲れていることを考える暇もなく、そのまま対岸めざして泳ぎだした
・おいせは疲れた身体を励ましながら泳ぎ続けたが、その内に疲労が濃くなった
・暗礁のような小島へ泳ぎついたときは精も根も尽き果てるほど疲れてしまった
・おいせはあと僅かだと気が緩んで、そのまま気が遠くなって、とうとう死んでしまった
・このことを知った浦の人たちはおいせを哀れに思い、この島をおいせ島と呼ぶようになった
◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である
S(サブジェクト:主体)
S1:おいせ
S2:浦の人
O(オブジェクト:対象)
O1:津田
O2:高島
O3:海
O4:暗礁(おいせ島)
m(修飾語)
m1:結婚した
m2:珍しい
m3:飽きた
m4:恋しい
m5:衝動的な
m6:周囲一里の
m7:三里隔てた
m8:三周した
m9:波の静かな
m10:疲労した
m11:精魂尽き果てた
m12:失神した
m13:死んだ
m14:哀れな
+:接
-:離
・おいせという娘が対岸の津田から高島へ嫁いだ
(存在)O1津田:O1津田+S1おいせ
(転居)S1おいせ:O1津田-S1おいせ
(転居)S1おいせ:S1おいせ+O2高島
(婚姻)S1おいせ:S1おいせ+m1結婚した
・初めの頃はもの珍しかったが、やがて島の暮らしに飽きてきた
(興味)S1おいせ:O2高島+m2珍しい
(飽き)S1おいせ:O2高島+m3飽きた
・おいせは故郷のことが恋しく思われてならなかった
(望郷)S1おいせ:O1津田+m4恋しい
・思いはつのって、いてもたってもいられなくなった
(募る想い)S1おいせ:S1おいせ+m5衝動的な
・だが、三里の海が隔てて帰ることはできなかった
(隔離)O3海:O1津田-S1おいせ
・ふと、いい考えが浮かんだ。島の周囲が一里、対岸の荒磯までが三里だから島の周囲を泳いで三周できたら、荒磯まで帰れると
(規模)O2高島:O2高島+m6周囲一里の
(距離)O1津田:O2高島-m7三里隔てた
(着想)S1おいせ:O2高島+m8三周した
・おいせは波の静かな日を選んで島の周囲を泳いで三周回ることができた
(凪)O3海:O3海+m9波の静かな
(試み)S1おいせ:S1おいせ+m8三周した
・おいせは三回の島巡りで疲れていることを考える暇もなく、そのまま対岸めざして泳ぎだした
(疲労)S1おいせ:S1おいせ+m10疲労した
(出発)S1おいせ:S1おいせ+O1津田
・おいせは疲れた身体を励ましながら泳ぎ続けたが、その内に疲労が濃くなった
(泳ぐ)S1おいせ:S1おいせ+O3海
(困憊)S1おいせ:S1おいせ+m10疲労した
・暗礁のような小島へ泳ぎついたときは精も根も尽き果てるほど疲れてしまった
(到着)S1おいせ:S1おいせ+O4暗礁
(疲労困憊)S1おいせ:S1おいせ+m11精魂尽き果てた
・おいせはあと僅かだと気が緩んで、そのまま気が遠くなって、とうとう死んでしまった(失神)S1おいせ:S1おいせ+m12失神した
(死亡)S1おいせ:S1おいせ+m13死んだ
・このことを知った浦の人たちはおいせを哀れに思い、この島をおいせ島と呼ぶようになった
(哀れみ)S2浦の人:S1おいせ+m14哀れな
(呼称)S2浦の人:O4暗礁+O4おいせ島
◆行為項モデル
送り手→(客体)→受け手
↑
補助者→(主体)←反対者
というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。
聴き手(関心)
↓
送り手→(客体)→受け手
↑
補助者→(主体)←反対者
この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。
聴き手(高島に嫁いだおいせはどうなるか)
↓
送り手(おいせ)→嫁ぐ(客体)→ 受け手(高島)
↑
補助者(なし)→ おいせ(主体)←反対者(なし)
聴き手(故郷に帰りたくなったおいせはどうなるか)
↓
送り手(おいせ)→望郷の念が募る(客体)→ 受け手(津田)
↑
補助者(なし)→ おいせ(主体)←反対者(高島)
聴き手(試しに泳いだおいせはどうなるか)
↓
送り手(おいせ)→島の周囲を三周泳ぐ(客体)→ 受け手(高島)
↑
補助者(なし)→ おいせ(主体)←反対者(高島)
聴き手(海へと泳ぎだしたおいせはどうなるか)
↓
送り手(おいせ)→三里の海を泳ぎきろうとする(客体)→ 受け手(海)
↑
補助者(なし)→ おいせ(主体)←反対者(海)
聴き手(暗礁までたどり着いたおいせはどうなるか)
↓
送り手(おいせ)→暗礁で休む(客体)→ 受け手(暗礁)
↑
補助者(なし)→ おいせ(主体)←反対者(海)
といった行為項モデルが作成できるでしょうか。対岸の津田から三里離れた孤島の高島に嫁いだおいせは初めは物珍しかったものの、次第に飽きて望郷の念が募ってしまいます。あるとき、島の周囲を三周すれば三里泳いだことになると思いついたおいせはそれを試します。それが上手くいったとき、おいせはそのまま海へと泳ぎだしてしまいます。島の周囲と荒海では条件が異なることに気づかなかったおいせは疲労困憊、何とか対岸近くの暗礁までたどり着くものの、そこで波に呑まれ溺死してしまうといった筋立てです。
おいせ―津田、おいせ―高島、おいせ―海(日本海)、おいせ―暗礁、といった対立軸が見受けられます。このお話でおいせに立ちはだかるのは人ではなく自然です。島を三周/海の構図に同じ三里でも凪いだ海と荒海とでは条件が異なるのだが、おいせはそれに気づかないという浅はかさが暗喩されています。
◆関係分析
スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。
♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者
という六つの機能が挙げられます。
☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。
これらを元に関係分析をすると、
おいせ♌♁(-1)―津田☉―高島♂―海♂―暗礁☾(♌)♂―浦の人♎
といった風に表記できるでしょうか。この伝説ではおいせに対峙するのは人ではなく自然となります。故郷の津田に帰ることを価値☉と置くと、おいせは享受者♁となります。最終的に失敗してしまいますので、マイナスの享受者♁と見なせるかもしれません。高島は孤島でおいせを縛りつける環境であり対立者♂と置けます。海(日本海)もおいせの行く手を阻む存在で対立者♂と置けます。暗礁(おいせ島)は疲労困憊したおいせがたどり着く場所で、ここではおいせの援助者☾とします。ただ、ここもすぐに波に呑まれる危険な場所で、その点では対立者♂とも置けます。死亡したおいせを憐れむ浦の人たちは審判者♎と置けるでしょうか。
◆フェミニズム分析
対岸の津田から孤島の高島に嫁いだおいせは孤島での生活を余儀なくされます。それは自然という条件に束縛された生活で、容易に故郷に戻ることができません。その点で当時の女性の不自由な立場が語られているものと見なすことができます。この伝説は孤独を抱えた女性が自然に挑んで跳ね返されるお話であり、浅はかさも見られますが、女性特有の哀れみを催す物語となっています。
◆物語の焦点と発想の飛躍
グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。
この物語の焦点は「おいせは無事故郷の津田に戻ることができるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「島の周囲を三周すれば対岸までの距離と同じになるというおいせの思いつき」でしょうか。「おいせ―島/三周/三里―海―津田」といった図式です。
◆昔話の創発モデル
下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。
物語の焦点:おいせは無事故郷の津田に戻ることができるか
↑
発想の飛躍:島の周囲を三周すれば対岸までの距離と同じになる
・おいせ―高島―海―津田
↑
・おいせ―島/三周/三里―海―津田
◆ログライン≒モチーフ
ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。
「おいせ島」ですと「島を三周すれば対岸への距離と同じとなると考えたおいせだったが、疲労にも構わず荒海を泳いだので遂に溺死してしまった」くらいでしょうか。
◆余談
この伝説では基本的に主人公一人だけで物語が進行します。島の周りを回るのと対岸に向けて泳ぐのでは潮の流れ等条件が異なるということが挙げられます。高島にはかつては人が住んでいましたが、現在では無人島となっています。なお、おいせの伝説は「まんが日本昔ばなし」でアニメ化されています。
浜田市にも同様の伝説が残されています。娘の名前は異なっているようです。高島に住んでいるはずの女性の水死体が見つかったことからこういった伝説が生まれたのかもしれません。
◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.338-340.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)
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