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2024年9月

2024年9月30日 (月)

行為項分析――おいせ島

◆あらすじ

 高島は津田の沖合三里のところにある周囲一里の小さな島である。離れ島のことだから島のもの同士で結婚したが、ときには本土から嫁いでいくこともあった。昔、おいせという娘が対岸の津田から島へ嫁いだ。初めの内は島の生活は珍しく楽しくもあったが、そのうちに明けても暮れても同じような小さな島の暮らしに飽きてきた。それと共に、おいせには故郷のことが恋しく思われてならなかった。そしてそれは波の彼方に見えているのだった。その思いは日ごと激しくなって、いてもたってもいられなくなった。しかし、三里の海が隔てて帰ることはできない。おいせはため息をつきながら、その日その日を送るより仕方がなかった。ある日、おいせの胸に、ふといい考えが浮かんだ。それは島の周囲が一里、対岸に見える荒磯までが三里あるのだから、島の周囲を泳いで三回まわることができたら、荒磯まで帰ることができるということだ。海辺に育って、子供の時から海で泳いできたおいせに、これは必ずできるという気がした。おいせは波の静かな日を選んで、さっそく島の周囲を泳いでみた。そしてとうとう三回回ることに成功した。これで帰ることができる、おいせは三回の島めぐりで疲れていることを考える暇もなく、そのまま対岸をめざして泳ぎ出した。おいせは疲れた身体を励ましながら泳ぎ続けた。しかし、その内に疲れはだんだん酷くなった。そしてようやく土田沖二十町(二キロ)の暗礁のような小島に泳ぎついたときには精も根も尽き果てるほど疲れてしまった。おいせは必死の思いで島の上へ這い上がった。おいせはにっこりとして、苦しい息を抑えながら、高島を振り返った。波の向こうにかすんでいる島を見ると、よくここまで泳いできたものだと思った。それとともに、あとわずかだと気が緩んだためか、そのまま気が遠くなって、とうとう死んでしまった。このことを知った浦の人たちは、おいせの切ない思いを哀れに思い、泣かない人はなかった。それからこの島をおいせ島と呼ぶようになり、この島の名を聞くと人々はおいせのことを思い出すようになった。

◆モチーフ分析

・おいせという娘が対岸の津田から高島へ嫁いだ
・初めの頃はもの珍しかったが、やがて島の暮らしに飽きてきた
・おいせは故郷のことが恋しく思われてならなかった
・思いはつのって、いてもたってもいられなくなった
・だが、三里の海が隔てて帰ることはできなかった
・ふと、いい考えが浮かんだ。島の周囲が一里、対岸の荒磯までが三里だから島の周囲を泳いで三周できたら、荒磯まで帰れると
・おいせは波の静かな日を選んで島の周囲を泳いで三周回ることができた
・おいせは三回の島巡りで疲れていることを考える暇もなく、そのまま対岸めざして泳ぎだした
・おいせは疲れた身体を励ましながら泳ぎ続けたが、その内に疲労が濃くなった
・暗礁のような小島へ泳ぎついたときは精も根も尽き果てるほど疲れてしまった
・おいせはあと僅かだと気が緩んで、そのまま気が遠くなって、とうとう死んでしまった
・このことを知った浦の人たちはおいせを哀れに思い、この島をおいせ島と呼ぶようになった

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:おいせ
S2:浦の人

O(オブジェクト:対象)
O1:津田
O2:高島
O3:海
O4:暗礁(おいせ島)

m(修飾語)
m1:結婚した
m2:珍しい
m3:飽きた
m4:恋しい
m5:衝動的な
m6:周囲一里の
m7:三里隔てた
m8:三周した
m9:波の静かな
m10:疲労した
m11:精魂尽き果てた
m12:失神した
m13:死んだ
m14:哀れな

+:接
-:離

・おいせという娘が対岸の津田から高島へ嫁いだ
(存在)O1津田:O1津田+S1おいせ
(転居)S1おいせ:O1津田-S1おいせ
(転居)S1おいせ:S1おいせ+O2高島
(婚姻)S1おいせ:S1おいせ+m1結婚した
・初めの頃はもの珍しかったが、やがて島の暮らしに飽きてきた
(興味)S1おいせ:O2高島+m2珍しい
(飽き)S1おいせ:O2高島+m3飽きた
・おいせは故郷のことが恋しく思われてならなかった
(望郷)S1おいせ:O1津田+m4恋しい
・思いはつのって、いてもたってもいられなくなった
(募る想い)S1おいせ:S1おいせ+m5衝動的な
・だが、三里の海が隔てて帰ることはできなかった
(隔離)O3海:O1津田-S1おいせ
・ふと、いい考えが浮かんだ。島の周囲が一里、対岸の荒磯までが三里だから島の周囲を泳いで三周できたら、荒磯まで帰れると
(規模)O2高島:O2高島+m6周囲一里の
(距離)O1津田:O2高島-m7三里隔てた
(着想)S1おいせ:O2高島+m8三周した
・おいせは波の静かな日を選んで島の周囲を泳いで三周回ることができた
(凪)O3海:O3海+m9波の静かな
(試み)S1おいせ:S1おいせ+m8三周した
・おいせは三回の島巡りで疲れていることを考える暇もなく、そのまま対岸めざして泳ぎだした
(疲労)S1おいせ:S1おいせ+m10疲労した
(出発)S1おいせ:S1おいせ+O1津田
・おいせは疲れた身体を励ましながら泳ぎ続けたが、その内に疲労が濃くなった
(泳ぐ)S1おいせ:S1おいせ+O3海
(困憊)S1おいせ:S1おいせ+m10疲労した
・暗礁のような小島へ泳ぎついたときは精も根も尽き果てるほど疲れてしまった
(到着)S1おいせ:S1おいせ+O4暗礁
(疲労困憊)S1おいせ:S1おいせ+m11精魂尽き果てた
・おいせはあと僅かだと気が緩んで、そのまま気が遠くなって、とうとう死んでしまった(失神)S1おいせ:S1おいせ+m12失神した
(死亡)S1おいせ:S1おいせ+m13死んだ
・このことを知った浦の人たちはおいせを哀れに思い、この島をおいせ島と呼ぶようになった
(哀れみ)S2浦の人:S1おいせ+m14哀れな
(呼称)S2浦の人:O4暗礁+O4おいせ島

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

   聴き手(高島に嫁いだおいせはどうなるか)
           ↓
送り手(おいせ)→嫁ぐ(客体)→ 受け手(高島)
           ↑
補助者(なし)→ おいせ(主体)←反対者(なし)

  聴き手(故郷に帰りたくなったおいせはどうなるか)
           ↓
送り手(おいせ)→望郷の念が募る(客体)→ 受け手(津田)
           ↑
補助者(なし)→ おいせ(主体)←反対者(高島)

   聴き手(試しに泳いだおいせはどうなるか)
           ↓
送り手(おいせ)→島の周囲を三周泳ぐ(客体)→ 受け手(高島)
           ↑
補助者(なし)→ おいせ(主体)←反対者(高島)

   聴き手(海へと泳ぎだしたおいせはどうなるか)
           ↓
送り手(おいせ)→三里の海を泳ぎきろうとする(客体)→ 受け手(海)
           ↑
補助者(なし)→ おいせ(主体)←反対者(海)

  聴き手(暗礁までたどり着いたおいせはどうなるか)
           ↓
送り手(おいせ)→暗礁で休む(客体)→ 受け手(暗礁)
           ↑
補助者(なし)→ おいせ(主体)←反対者(海)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。対岸の津田から三里離れた孤島の高島に嫁いだおいせは初めは物珍しかったものの、次第に飽きて望郷の念が募ってしまいます。あるとき、島の周囲を三周すれば三里泳いだことになると思いついたおいせはそれを試します。それが上手くいったとき、おいせはそのまま海へと泳ぎだしてしまいます。島の周囲と荒海では条件が異なることに気づかなかったおいせは疲労困憊、何とか対岸近くの暗礁までたどり着くものの、そこで波に呑まれ溺死してしまうといった筋立てです。

 おいせ―津田、おいせ―高島、おいせ―海(日本海)、おいせ―暗礁、といった対立軸が見受けられます。このお話でおいせに立ちはだかるのは人ではなく自然です。島を三周/海の構図に同じ三里でも凪いだ海と荒海とでは条件が異なるのだが、おいせはそれに気づかないという浅はかさが暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

おいせ♌♁(-1)―津田☉―高島♂―海♂―暗礁☾(♌)♂―浦の人♎

 といった風に表記できるでしょうか。この伝説ではおいせに対峙するのは人ではなく自然となります。故郷の津田に帰ることを価値☉と置くと、おいせは享受者♁となります。最終的に失敗してしまいますので、マイナスの享受者♁と見なせるかもしれません。高島は孤島でおいせを縛りつける環境であり対立者♂と置けます。海(日本海)もおいせの行く手を阻む存在で対立者♂と置けます。暗礁(おいせ島)は疲労困憊したおいせがたどり着く場所で、ここではおいせの援助者☾とします。ただ、ここもすぐに波に呑まれる危険な場所で、その点では対立者♂とも置けます。死亡したおいせを憐れむ浦の人たちは審判者♎と置けるでしょうか。

◆フェミニズム分析

 対岸の津田から孤島の高島に嫁いだおいせは孤島での生活を余儀なくされます。それは自然という条件に束縛された生活で、容易に故郷に戻ることができません。その点で当時の女性の不自由な立場が語られているものと見なすことができます。この伝説は孤独を抱えた女性が自然に挑んで跳ね返されるお話であり、浅はかさも見られますが、女性特有の哀れみを催す物語となっています。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「おいせは無事故郷の津田に戻ることができるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「島の周囲を三周すれば対岸までの距離と同じになるというおいせの思いつき」でしょうか。「おいせ―島/三周/三里―海―津田」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:おいせは無事故郷の津田に戻ることができるか
         ↑
発想の飛躍:島の周囲を三周すれば対岸までの距離と同じになる

・おいせ―高島―海―津田
      ↑
・おいせ―島/三周/三里―海―津田

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「おいせ島」ですと「島を三周すれば対岸への距離と同じとなると考えたおいせだったが、疲労にも構わず荒海を泳いだので遂に溺死してしまった」くらいでしょうか。

◆余談

 この伝説では基本的に主人公一人だけで物語が進行します。島の周りを回るのと対岸に向けて泳ぐのでは潮の流れ等条件が異なるということが挙げられます。高島にはかつては人が住んでいましたが、現在では無人島となっています。なお、おいせの伝説は「まんが日本昔ばなし」でアニメ化されています。

 浜田市にも同様の伝説が残されています。娘の名前は異なっているようです。高島に住んでいるはずの女性の水死体が見つかったことからこういった伝説が生まれたのかもしれません。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.338-340.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年9月29日 (日)

行為項分析――種姫

◆あらすじ

 昔、朝鮮のソシモリに大宜都比売命(おおげつひめのみこと)という五穀を司(つかさど)る神さまがいた。目や鼻、お尻などから色々な穀物を出して農作物を豊かにしていた。ある日この神さまのところへ訪れた旅の神が大宜都比売が身体のあちこちから色々な穀物を出すのをみて不思議に思い、身体の中には素晴らしい宝物が隠してあるのに違いないと思って斬り殺してしまった。大宜都比売が一番可愛がっていた末の子に乙子狭姫(おとごさひめ)という可愛い姫がいた。身体が小さいのでちび姫と呼ばれていたが、息も絶え絶えになった大宜都比売は自分はとんだ災難にあって今死のうとしている。可愛いお前と別れてあの世で行くのは悲しいが、自分の身体から出た作物の種を持って、海の向こうの東の国へ行って安らかに暮らせ。その国は平和な所だと聞いているからと言って目を閉じた。母神にとりすがって泣いていた狭姫は気がつくと、母神の頭から土地を耕す馬、目からは蚕、鼻からは大豆、腹からは稲、お尻から小豆、女陰(ほと)からは麦が生まれていた。姫がぼんやりと見ていると、大切に飼っていた赤い雁(かり)が飛んできた。雁は母神さまの言われた東の国へ今すぐ参りましょうと言って羽を広げた。狭姫は母神の身体から生まれた物を持って雁の背に乗った。こうして狭姫を乗せた雁は青い海の上を日本へ向かって飛び続けた。やがて遙かに石見の海岸が見えてきた。赤雁は波にもまれる島を見つけて舞い降りた。すると地の下から自分の背中に降りたのは誰だと咎(とが)めた。びっくりした赤雁は自分はソシモリから狭姫のお供をして五穀の種を日本の土に植えようと思ってやって来た者だと言った。するとその声は、ここは国つ神、大山祇(おおやまつみ)足長土(あしながつち)に仕える鷹の住む島だ。自分は肉は食べるが五穀に用はない。早く立ち去れと言った。赤雁は空に舞い上がって、どこか休む所はないかと海原を見渡すと、また一つの島が見つかった。そこへ降りると、また自分の背におりた奴は誰だと叱られた。訳を言うと、ここは国つ神大山祇の大人のみ使いの鷲の住処(すみか)だ。自分は肉食だから五穀には用なない。早く立ち去れと言った。赤雁は仕方がないのでまた大空に舞い上がり、益田市大浜の亀島に辿りついてしばらく休み、ここから本土の形のよい丘を選んで舞い降りた。この丘が天道山で、丘から降りたところを後に赤雁(あかがり)と言うようになった。狭姫はそれから更に住みよい土地を探し、そこに住居を定めた。ここを狭姫の名をとって狭姫山と名づけた。比礼振山(ひれふりやま)と呼ばれているのがこれで、益田市北仙道にあり、佐比売山神社が祀られている。狭姫は山を下りて母神から貰った稲や麦、豆などの種を播いた。種はやがて豊かに実って一族は栄えた。赤雁が始めに降りた島は益田市の高島で、次に降りたのは那賀郡須津の大島だという。

◆モチーフ分析

・朝鮮のソシモリにオオゲツヒメという五穀を司る女神がいた
・女神は身体のあちこちから色々な穀物を出して農作物を豊かにしていた
・あるとき旅の神がオオゲツヒメの働きを見て不思議に思い、身体の中に宝物が隠してあるに違いないと思って斬り殺してしまった
・オオゲツヒメの末子に乙子狭姫がいた
・狭姫は身体が小さいのでちび姫と呼ばれていた
・息も絶え絶えのオオゲツヒメは狭姫に自分の身体から出た作物の種を持って海の向こうの東の国に行くように言った
・狭姫が母神にとりすがって泣いていると、オオゲツヒメの身体から五穀の種が芽生えていた
・飼っていた赤雁が飛んできて母神の言われたとおり東の国へ行こうと言った
・狭姫は五穀の種を持って雁の背に乗った
・狭姫を乗せた雁は青い海の上を日本に向かって飛び続けた
・やがて遙かに石見の海岸が見えてきた
・赤雁は島を見つけて舞い降りた
・すると咎める声が聞こえた
・赤雁は自分は狭姫のお供をして五穀の種を日本に植えようとやって来たと言った
・声は大山祇足長土に仕える鷹で肉を食うから五穀に用はないと言って追い払った
・赤雁は空に舞い上がって、どこか休む所はないかと見渡すと、また一つの島が見つかった
・そこへ降りるとまた叱られた
・声は大山祇大人の使いの鷲で肉食だから五穀に用はないと追い払った
・再び舞い上がった赤雁は大浜の亀島に辿り着いて休憩した
・それから本土の形のよい丘(天道山)を選んで舞い降りた。そこを赤雁と呼ぶようになった
・狭姫はそれから更に住みよい土地を探し、そこに住居を定めた
・狭姫の名をとって狭姫山と名づけた。比礼振山のことである
・狭姫は山を下りて五穀の種を播いた
・種は豊かに実って一族は栄えた
・狭姫が始めに降りた島は高島と須津の大島である

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:オオゲツヒメ
S2:旅の神
S3:狭姫
S4:赤雁
S5:鷹
S6:足長土
S7:鷲
S8:大山祇
S9:一族

O(オブジェクト:対象)
O1:ソシモリ
O2:五穀(種)
O3:身体
O4:農作物
O5:宝物
O6:ちび姫
O7:東の国
O8:海岸
O9:高島
O10:肉
O11:大島
O12:亀島
O13:天道山
O14:赤雁
O15:土地
O16:麓

m(修飾語)
m1:豊かな
m2:末子の
m3:体が小さい
m4:息も絶え絶えな
m5:飛んだ
m6:休んだ
m7:住んだ
m8:栄えた

X:誰か

+:接
-:離

・朝鮮のソシモリにオオゲツヒメという五穀を司る女神がいた
(存在)O1ソシモリ:S1オオゲツヒメ+O2五穀
・女神は身体のあちこちから色々な穀物を出して農作物を豊かにしていた
(産出)S1オオゲツヒメ:O3身体-O2穀物
(豊穣)S1オオゲツヒメ:O4農作物+m1豊かな
・あるとき旅の神がオオゲツヒメの働きを見て不思議に思い、身体の中に宝物が隠してあるに違いないと思って斬り殺してしまった
(目撃)S2旅の神:S1オオゲツヒメ+O2五穀
(推測)S2旅の神:S1オオゲツヒメ+O5宝物
(斬殺)S2旅の神:S2旅の神+S1オオゲツヒメ
・オオゲツヒメの末子に乙子狭姫がいた
(存在)S1オオゲツヒメ:S3狭姫+m2末子の
・狭姫は身体が小さいのでちび姫と呼ばれていた
(状態)S3狭姫:S3狭姫+m3体が小さい
(愛称)X:S3狭姫+O6ちび姫
・息も絶え絶えのオオゲツヒメは狭姫に自分の身体から出た作物の種を持って海の向こうの東の国に行くように言った
(状態)S1オオゲツヒメ:S1オオゲツヒメ+m4息も絶え絶えな
(譲渡)S1オオゲツヒメ:S3狭姫+O2種
(命令)S1オオゲツヒメ:S3狭姫+O7東の国
・狭姫が母神にとりすがって泣いていると、オオゲツヒメの身体から五穀の種が芽生えていた
(泣く)S3狭姫:S3狭姫+S1オオゲツヒメ
(死体化生)S1オオゲツヒメ:S1オオゲツヒメ+O2種
・飼っていた赤雁が飛んできて母神の言われたとおり東の国へ行こうと言った
(来訪)S4赤雁:S4赤雁+S3狭姫
(提案)S4赤雁:S3狭姫+O7東の国
・狭姫は五穀の種を持って雁の背に乗った
(持参)S3狭姫:S3狭姫+O2種
(搭乗)S3狭姫:S3狭姫+S4赤雁
・狭姫を乗せた雁は青い海の上を日本に向かって飛び続けた
(飛行)S4赤雁:S4赤雁+O7日本
・やがて遙かに石見の海岸が見えてきた
(展望)S4赤雁:S4赤雁+O8海岸
・赤雁は島を見つけて舞い降りた
(着陸)S4赤雁:S4赤雁+O9高島
・すると咎める声が聞こえた
(咎める)S5鷹:S5鷹+S4赤雁
・赤雁は自分は狭姫のお供をして五穀の種を日本に植えようとやって来たと言った
(お供)S4赤雁:S4赤雁+S3狭姫
(伝授)S3狭姫:O2種+O7日本
・声は大山祇足長土に仕える鷹で肉を食うから五穀に用はないと言って追い払った
(従属)S5鷹:S5鷹+S6足長土
(肉食)S5鷹:S5鷹+O10肉
(拒否)S5鷹:S5鷹-O2五穀
(追い払う)S5鷹:O9高島-S4赤雁
・赤雁は空に舞い上がって、どこか休む所はないかと見渡すと、また一つの島が見つかった
(捜索)S4赤雁:S4赤雁+m5飛んだ
(発見)S4赤雁:S4赤雁+O11大島
・そこへ降りるとまた叱られた
(着陸)S4赤雁:S4赤雁+O11大島
(咎める)S7鷲:S7鷲+S4赤雁
・声は大山祇大人の使いの鷲で肉食だから五穀に用はないと追い払った
(従属)S7鷲:S7鷲+S8大山祇
(肉食)S7鷲:S7鷲+O10肉
(拒否)S7鷲:S7鷲-O2五穀
(追い払う)S7鷲:O11大島-S4赤雁
・再び舞い上がった赤雁は大浜の亀島に辿り着いて休憩した
(捜索)S4赤雁:S4赤雁+m5飛んだ
(発見)S4赤雁:S4赤雁+O12亀島
(休憩)S4赤雁:S4赤雁+m6休んだ
・それから本土の形のよい丘(天道山)を選んで舞い降りた。そこを赤雁と呼ぶようになった
(降臨)S4赤雁:S4赤雁+O13天道山
(呼称)X:O13天道山周辺+O14赤雁
・狭姫はそれから更に住みよい土地を探し、そこに住居を定めた
(探索)S3狭姫:S3狭姫+O15土地
(移住)S3狭姫:S3狭姫+m7住んだ
・狭姫の名をとって狭姫山と名づけた。比礼振山のことである
(命名)S3狭姫:O15山+O15狭姫山
(別名)X:O15狭姫山+O15比礼振山
・狭姫は山を下りて五穀の種を播いた
(下山)S3狭姫:O15山-S3狭姫
(播種)S3狭姫:O16麓+O2種
・種は豊かに実って一族は栄えた
(実り)O2種:O4農作物+m1豊かな
(繁栄)S3狭姫:S9一族+m8栄えた
・狭姫が始めに降りた島は高島と須津の大島である
(島の名)S3狭姫:S3狭姫+O9高島
(島の名)S3狭姫:S3狭姫+O11大島

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

   聴き手(ヒメを斬った結果何があるか)
           ↓
送り手(旅の神)→ヒメを斬る(客体)→ 受け手(オオゲツヒメ)
           ↑
補助者(なし)→ 旅の神(主体)←反対者(オオゲツヒメ)

   聴き手(種を受け取った狭姫はどうするか)
           ↓
送り手(オオゲツヒメ)→五穀の種(客体)→ 受け手(狭姫)
           ↑
補助者(赤雁)→ オオゲツヒメ(主体)←反対者(なし)

   聴き手(東の国へ向かった狭姫はどうなるか)
           ↓
送り手(赤雁)→狭姫を乗せて東の国へ向かう(客体)→ 受け手(狭姫)
           ↑
補助者(なし)→ 赤雁(主体)←反対者(なし)

  聴き手(休息を拒否された赤雁と狭姫はどうなるか)
           ↓
送り手(鷹)→島での休息を拒否(客体)→ 受け手(赤雁)
           ↑
補助者(足長土)→ 鷹(主体)←反対者(狭姫)

  聴き手(休息を拒否された赤雁と狭姫はどうなるか)
           ↓
送り手(鷲)→島での休息を拒否(客体)→ 受け手(赤雁)
           ↑
補助者(大山祇)→ 鷲(主体)←反対者(狭姫)

   聴き手(東の国に到着した狭姫はどうするか)
           ↓
送り手(赤雁)→天道山に降臨する(客体)→ 受け手(狭姫)
           ↑
補助者(なし)→ 赤雁(主体)←反対者(なし)

   聴き手(種姫となった狭姫をどう思うか)
           ↓
送り手(狭姫)→五穀の種を広める(客体)→ 受け手(一族その他)
           ↑
補助者(赤雁)→ 狭姫(主体)←反対者(なし)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。母神であるオオゲツヒメが旅の神によって無意味に斬殺されてしまいます。狭姫は母神の遺言を受け止め、母神の死体から生えてきた五穀の種をとって飼っていた赤雁の背に乗って海の向こうの東の国へと旅立ちます。途中、疲れた赤雁は島に降りて休憩しようとしますが、そこの支配者である鷹や鷲に拒否されてしまいます。亀島で何とか休憩した狭姫と赤雁は本土に上陸し、天道山に降臨します。そこから今の比礼振山に入り、麓を開いて五穀の種を蒔き、広めていくという筋立てです。

 オオゲツヒメ―旅の神、オオゲツヒメ―狭姫、狭姫―赤雁、赤雁―鷹、赤雁―鷲、といった対立軸が見受けられます。死体/五穀の種の図式に死体から生命の糧となるものが生じるという神話的要素が暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

狭姫♌☾(☉)―オオゲツヒメ☉♎―旅の神♂―赤雁☾(♌)―鷹♂―鷲♂―一族♁

 といった風に表記できるでしょうか。五穀の種を東の国(日本)に伝えることを価値☉と置くと、オオゲツヒメはその源泉となります。自分の死を悟って、娘に後事を託すオオゲツヒメは審判者♎と置けるでしょうか。狭姫は死体から生えた種を持って旅立ちますのでここではオオゲツヒメの援助者☾と置きます。最後に狭姫の一族は栄えたとありますので享受者♁と置きます。狭姫を乗せて東の国まで飛んでいく赤雁は狭姫の援助者☾と置けるでしょう。旅の神、鷹、鷲はいずれも対立者♂です。背景には足長土、大山祇といった巨人の存在があるのですが、この伝説の中では明示的に語られていませんので、割愛します。

◆神話学的分析

 女神の死体から穀物の種が芽生えるという型の神話は死体化生型神話と呼ばれています。海外ではハイヌウェレ型神話と呼ばれているようです。東南アジアに広く分布する神話型のようです。オオゲツヒメは本来は古事記に登場する女神で、スサノオ命をもてなしますが、その姿を盗み見られて汚らわしいと斬り殺されてしまうといった筋立てとなっています。この狭姫伝説ではそのオオゲツヒメに娘がいたという設定となっています。

◆元型分析

 オオゲツヒメはユングの元型(アーキタイプ)として解釈すると太母(great mother)とおけるでしょうか。身体の穴から自在に食物を取り出すことができ、更に殺されてもその死体から五穀の種が芽生えてくるという点で生命力の源となっています。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「狭姫は五穀の種を無事日本に届けることができるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「古事記に登場する女神であるオオゲツヒメに娘がいた」「オオゲツヒメの死体から五穀の種が芽生える」「狭姫は赤雁の背に乗って海を越える」でしょうか。「狭姫―五穀の種―オオゲツヒメ」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:狭姫は五穀の種を無事日本に届けることができるか
        ↑
発想の飛躍:古事記に登場する女神であるオオゲツヒメに娘がいた
      オオゲツヒメの死体から五穀の種が芽生える
      狭姫は赤雁の背に乗って海を越える

・狭姫/赤雁―五穀の種―東の国
      ↑
・狭姫―五穀の種―オオゲツヒメ
・オオゲツヒメ/死体―五穀の種―狭姫
・狭姫/赤雁―島―鷹/鷲

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「種姫」ですと「オオゲツヒメの死体から芽生えた五穀の種を末娘の狭姫が赤雁に乗って日本に届けた」くらいでしょうか。

◆余談

 狭姫伝説については拙書『石見の姫神伝説』で詳述しています。「種姫」で語られているのは伝説の前段部分に当たります。本文では馬や蚕も生まれたとしています。蚕は運べなくもないと思いますが、馬はどうやって運んだのでしょう。また、四穀しか登場していません。なお、伝説の後段に登場する巨人の足長土や大山祇の名もさりげなく挙げられています。鎌手の亀島には亀がいたのかもしれません。狭姫の一族は栄えたとありますが、身体の小さい狭姫はどうやって結婚したのでしょうか。

 狭姫は何度も拒絶された後でようやく正しい目的地に到着します。幼い狭姫にとっては大きな冒険譚ともなっています。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.335-337.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年9月28日 (土)

未来社『石見の民話』分析二周目、那賀編まで終わる

未来社『石見の民話』分析二周目、那賀編まで終わる。残すは石西編のみだが、数えてみると56話だかある。最後ら辺は非常に短いものもあるのだけど、コンスタントにやっても二か月はかかるだろう。ここからが踏ん張りどころという感じである。

<追記>
行為項分析は細かくやり過ぎずおおざっぱでいいのかもしれない。どうもグレマスが想定していたものからズレてきたような気がする。

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行為項分析――閻魔になった彦八

◆あらすじ

 彦八が死んで閻魔(えんま)さんの前へ行った。閻魔さんがお前は娑婆(しゃば)で何をしていたか訊いた。彦八は面白い話をして人を楽しませていたと答えた。閻魔さんは嘘を言え、面白い話ではない。いつも人を騙していたではないか。お前は地獄へ行くより仕方がないと言った。そんなことはない。あなたにも聞かせる。それはとても面白い話だと彦八が言うと、そんなに面白い話ならひとつ聞かせてもらおうかと閻魔さんが言った。彦八は話は高い台の上へあがらねば話せない。それから装束もつけねばやはりいい話ができないと言った。装束も何もないからそのままで話したらよいではないかと閻魔さんが言うと、装束はあなたの着物を貸していただけば結構ですと彦八が言ったので、閻魔さんは台から降りて着物を脱いだ。彦八はその着物を着てすぐ台の上へあがって話を始めた。ちょうどその時地獄から鬼が出て今来た罪人はどれじゃと言った。閻魔さんは罪人は閻魔の着物を着て台の上にいると言った。彦八は台の上から閻魔さんを指して罪人はそこにおると大きな声で叫んだ。わしは閻魔だ。台の上におるのが罪人だと閻魔さんは言ったが、偽りを言うなと言って鬼は閻魔さんを捕まえて地獄へ連れていってしまった。それから閻魔さんは彦八になったので罪人の取調べもやさしいそうである。

◆モチーフ分析

・彦八が死んで閻魔さんの前へ行った
・閻魔さんがお前は娑婆で何をしていたか訊くと、彦八は面白い話をして人を楽しませていたと答えた
・閻魔さんがお前はいつも人を騙していたでないか。地獄へ行くより仕方がないと行った
・彦八はそんなことはない。あなたにも面白い話を聞かせると言った
・閻魔さんはそんなに面白い話なら、ひとつ聞かせてもらおうと言った
・彦八は話は高い台の上へあがらねば話せない。装束もつけねばやはりいい話ができないと言った
・装束も何もないからそのままで話したらよいではないかと閻魔さんが言った
・彦八はあなたの着物を貸していただけば結構ですと言った
・閻魔さんは台から降りて着物を脱いだ
・彦八はその着物を着てすぐ台の上へあがって話を始めた
・その時地獄から鬼が出て今来た罪人はそれかと言った
・彦八は台の上から閻魔さんを指して罪人はそこにいると大きな声で叫んだ
・閻魔さんは台の上にいるのが罪人だと言ったが、偽りを言うなと言って鬼は閻魔さんを捕まえて地獄へ連れていった
・閻魔さんは彦八になったので、罪人の取調べもやさしいそうである

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:彦八
S2:閻魔
S3:鬼

O(オブジェクト:対象)
O1:娑婆での行為
O2:面白い話
O3:人々
O4:地獄
O5:高い台
O6:装束
O7:罪人

m(修飾語)
m1:死んだ
m2:楽しんだ
m3:騙された
m4:やさしい

+:接
-:離

・彦八が死んで閻魔さんの前へ行った
(死亡)S1彦八:S1彦八+m1死んだ
(対面)S1彦八:S1彦八+S2閻魔
・閻魔さんがお前は娑婆で何をしていたか訊くと、彦八は面白い話をして人を楽しませていたと答えた
(質問)S2閻魔:S1彦八+O1娑婆での行為
(回答)S1彦八:S1彦八+O2面白い話
(回答)S1彦八:O3人々+m2楽しんだ
・閻魔さんがお前はいつも人を騙していたでないか。地獄へ行くより仕方がないと行った
(指摘)S2閻魔:S2閻魔+S1彦八
(指摘)S1彦八:O3人々+m3騙された
(決定)S2閻魔:S1彦八+O4地獄
・彦八はそんなことはない。あなたにも面白い話を聞かせると言った
(否定)S1彦八:O3人々-m3騙された
(提案)S1彦八:S2閻魔+O2面白い話
・閻魔さんはそんなに面白い話なら、ひとつ聞かせてもらおうと言った
(受諾)S2閻魔:S1彦八+O2面白い話
・彦八は話は高い台の上へあがらねば話せない。装束もつけねばやはりいい話ができないと言った
(条件)S1彦八:S1彦八+O5高い台
(条件)S1彦八:S1彦八+O6装束
(提案)S1彦八:S1彦八+O2面白い話
・装束も何もないからそのままで話したらよいではないかと閻魔さんが言った
(対案)S2閻魔:O2面白い話-O6装束
・彦八はあなたの着物を貸していただけば結構ですと言った
(提案)S1彦八:S2閻魔-O6装束
・閻魔さんは台から降りて着物を脱いだ
(退座)S2閻魔:S2閻魔-O5高い台
(脱衣)S2閻魔:S2閻魔-O6装束
・彦八はその着物を着てすぐ台の上へあがって話を始めた
(着座)S1彦八:S1彦八+O5高い台
(開始)S1彦八:S1彦八+O2話
・その時地獄から鬼が出て今来た罪人はそれかと言った
(出現)S3鬼:O4地獄-S3鬼
(質問)S3鬼:S3鬼+O7罪人
・彦八は台の上から閻魔さんを指して罪人はそこにいると大きな声で叫んだ
(騙す)S1彦八:S2閻魔+O7罪人
・閻魔さんは台の上にいるのが罪人だと言ったが、偽りを言うなと言って鬼は閻魔さんを捕まえて地獄へ連れていった
(証言)S2閻魔:O7罪人+O5高い台
(否定)S3鬼:S3鬼-S2閻魔
(連行)S3鬼:S2閻魔+O4地獄
・閻魔さんは彦八になったので、罪人の取調べもやさしいそうである
(なり替わり)S1彦八:S1彦八+S2閻魔
(性質)S1閻魔:S1閻魔+m4やさしい

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

   聴き手(閻魔の断罪に彦八はどう応じるか)
           ↓
送り手(閻魔)→生前の彦八の行いを断罪する(客体)→ 受け手(彦八)
           ↑
補助者(なし)→ 閻魔(主体)←反対者(彦八)

   聴き手(彦八の提案に閻魔は応じるか)
           ↓
送り手(彦八)→面白い話をすると提案(客体)→ 受け手(閻魔)
           ↑
補助者(なし)→ 彦八(主体)←反対者(閻魔)

   聴き手(閻魔の行為はどういう結果となるか)
           ↓
送り手(閻魔)→高座から降り装束を交換(客体)→ 受け手(彦八)
           ↑
補助者(なし)→ 閻魔(主体)←反対者(彦八)

   聴き手(閻魔が消えた結果どうなるか)
           ↓
送り手(鬼)→閻魔を罪人として連行(客体)→ 受け手(閻魔)
           ↑
補助者(彦八)→ 鬼(主体)←反対者(閻魔)

   聴き手(閻魔となった彦八をどう感じるか)
           ↓
送り手(彦八)→彦八が閻魔となった(客体)→ 受け手(閻魔)
           ↑
補助者(なし)→ 彦八(主体)←反対者(閻魔)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。死んで冥界に送られた彦八ですが、閻魔と対面したところ、お前は生前嘘ばかりついて人を騙していたと断罪されます。彦八は反論してこれから面白い話をしてみせると宣言します。話をするには高座に上らなければならず、装束も必要だとして閻魔と装束を交換してしまいます。話を始めたところに鬼がやって来て、装束を脱いだ閻魔を罪人と取り違えてしまいます。閻魔は抗弁しますが認められず、そのまま地獄へ連行されてしまった。それで今後は彦八が閻魔役となったという筋立てです。

 彦八―閻魔、彦八―鬼、閻魔―鬼、といった対立軸が見受けられます。高座/装束の図式に立場がそれらしく人を見せるといった思い込みが暗喩されています。鬼は装束を脱いだ閻魔を閻魔と認識できなかったのです。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

彦八♌♁―閻魔♂☉―鬼♎(-1)

 といった風に表記できるでしょうか。彦八は最終的に閻魔に成り代わってしまいますので閻魔であることを価値☉と置くと、彦八は享受者♁となります。閻魔は対立者♂として彦八に対峙しますが、鬼に罪人と誤認されて地獄へ連行されてしまいます。この点で、鬼は審判者♎と置けますが、彦八に欺かれた結果とも言えますので、マイナスの審判者♎(-1)とすることも可能でしょうか。

◆元型分析

 彦八はユングの提唱した元型(アーキタイプ)だとトリックスターに分類されます。知恵者ですが物語を引っ掻き回すいたずら者の役割です。彦八を嘘つきと断罪する閻魔に対して堂々と反論し、逆に騙して閻魔の立場にすり替わり、鬼を欺いて閻魔を地獄に連行させてしまいます。ここでは裁判官と被告との入れ替わり劇が痛快な形で描かれています。
◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「閻魔と彦八が立場を入れ替えたらどうなるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「彦八が舌先三寸で閻魔さまと入れ替わってしまう」でしょうか。「彦八―高い台/装束―閻魔」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:閻魔と彦八が立場を入れ替えたらどうなるか
        ↑
発想の飛躍:彦八が舌先三寸で閻魔さまと入れ替わってしまう

・鬼―罪人/閻魔―彦八
     ↑
・彦八―高い台/装束―閻魔

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「閻魔になった彦八」ですと「言葉巧みに閻魔さまと入れ替わった彦八は自分が閻魔さまとなってしまう」くらいでしょうか。

◆余談

 彦八は死んでも彦八であるという面白みがあります。地獄の閻魔さまは恐怖の存在ですが、それが彦八に入れ替わったら、厳しい取調べも優しくなるという安心感を与えます。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.326-327.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年9月25日 (水)

行為項分析――八匹の馬

◆あらすじ

 彦八の旦那のところへ商人が一夜宿を借りた。夕飯を食べながら色々話すうちに商人が、旦那様、今日自分が来る道でタノキのマタへ烏が巣をかけていたと言った。旦那がそんな馬鹿げた話をしなさんなと言った。いや、嘘ではない。本当であると商人が言ったので、もし本当でなかったら、お前の荷をみんな置いていけ。もし自分が負けたら八匹の馬がいるから皆あげようと旦那が言った。旦那と商人は手を打って約束をした。朝になると旦那と商人は飯も食わずに出かけた。旦那が商人について行くと、田の中に木があって、木の股に烏が巣をかけていた。旦那、あれを見よ。田の木の股に烏が巣を作っておろうと商人が言った。旦那は狸はどこにいるかね。狸なんぞいはしないじゃないかと言うと、商人は狸の話など誰もしはしない。自分が言ったのは田の木の股と言ったのだと言った。旦那の負けになった。そこで旦那はこっそり彦八を呼びにやった。そして訳を話し、お前はこれの下男ということになって上手くやってくれと頼むと、彦八はポンと膝を打って、それは自分が引き受けようと言って、本当の下男を呼んで駄屋から一番痩せた馬を出させ、庭の植木鉢に縄をかけて引っ張らせ、商人さん、さあハチヒキの馬をあげるから受け取れと言った。商人は話が違うが、まあいいと思って馬を引っ張って出ると、商人さん、お前の荷は置いていけ、八引く二(荷)が残るということがあるからと言って、とうとう商人の荷を取り上げてしまった。

◆モチーフ分析

・彦八の旦那のところに商人は一夜宿を借りた
・商人が今日自分が来る道でタノキのマタへ烏が巣をかけていたと言った
・旦那がそんな馬鹿げた話をしなさんなと言った
・もし本当でなかったら商人の荷をみんな置いていけ。旦那が負けたら八匹の馬をあげようと賭けをした
・朝になると旦那と商人は出かけた
・旦那が商人について行くと、田の中に木があって木の股に烏が巣をかけていた
・狸はどこだと旦那が言った
・狸の話などしてはいない。自分が言ったのは田の木の股と言ったのだと商人が言った
・旦那の負けとなった
・旦那はこっそり彦八を呼びにやって訳を話した
・彦八は自分が引き受けようと言った
・下男を呼んで駄屋から一番痩せた馬を出させ、植木鉢に縄をかけて引っ張らせ、ハチヒキの馬をあげるから受け取れと言った
・商人は話が違うが、まあいいと思って馬を引いて出た
・彦八が八引く二(荷)が残るということがあると言って商人の荷を取り上げた

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:旦那
S2:商人
S3:烏
S4:彦八
S5:下男

O(オブジェクト:対象)
O1:宿
O2:タノキのマタ(田の木の股、狸)
O3:巣
O4:商人の荷(荷、二)
O5:八匹の馬(ハチヒキの馬)
O6:痩せ馬
O7:植木鉢(八)

m(修飾語)
m1:朝の

+:接
-:離

・彦八の旦那のところに商人は一夜宿を借りた
(宿泊)S2商人:S2商人+(S1旦那+O1宿)
・商人が今日自分が来る道でタノキのマタへ烏が巣をかけていたと言った
(謎かけ)S2商人:S2商人+S3烏
(謎かけ)S3烏:O2タノキのマタ+O3巣
・旦那がそんな馬鹿げた話をしなさんなと言った
(制止)S1旦那:S1旦那-S2商人
・もし本当でなかったら商人の荷をみんな置いていけ。旦那が負けたら八匹の馬をあげようと賭けをした
(賭け)S1旦那:O4商人の荷+O5八匹の馬
(賭け)S1旦那:S1旦那+S2商人
・朝になると旦那と商人は出かけた
(時間経過)T:T+m1朝の
(出発)S1旦那+S2商人:(S1旦那+S2商人)-O1宿
・旦那が商人について行くと、田の中に木があって木の股に烏が巣をかけていた
(実態)S3烏:O2田の木の股+O3巣
・狸はどこだと旦那が言った
(詰問)S1旦那:S1旦那+O2狸
・狸の話などしてはいない。自分が言ったのは田の木の股と言ったのだと商人が言った
(回答)S2商人:S2商人-O2狸
(回答)S2商人:S2商人+O2田の木の股
・旦那の負けとなった
(敗北)S1旦那:S2商人-S1旦那
・旦那はこっそり彦八を呼びにやって訳を話した
(相談)S1旦那:S1旦那+S4彦八
・彦八は自分が引き受けようと言った
(引き受け)S4彦八:S4彦八+S2商人
・下男を呼んで駄屋から一番痩せた馬を出させ、植木鉢に縄をかけて引っ張らせ、ハチヒキの馬をあげるから受け取れと言った
(準備)S4彦八:S5下男+O6痩せ馬
(準備)S4彦八:O6痩せ馬+O7植木鉢
(詭弁)S4彦八:S2商人+O5ハチヒキの馬
・商人は話が違うが、まあいいと思って馬を引いて出た
(受領)S2商人:S2商人+O5ハチヒキの馬
・彦八が八引く二(荷)が残るということがあると言って商人の荷を取り上げた
(頓智)O4荷:O7八-O4二
(取り上げ)S4彦八:S2商人-O4商人の荷

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

  聴き手(謎かけに旦那はどんな反応をするか)
           ↓
送り手(商人)→謎かけをする(客体)→ 受け手(旦那)
           ↑
補助者(なし)→ 商人(主体)←反対者(旦那)

   聴き手(賭けの結果はどうなるか)
           ↓
送り手(旦那)→賭けをする(客体)→ 受け手(商人)
           ↑
補助者(なし)→ 旦那(主体)←反対者(商人)

  聴き手(謎かけに旦那はどんな反応をするか)
           ↓
送り手(商人)→詭弁を弄してかけに勝つ(客体)→ 受け手(旦那)
           ↑
補助者(なし)→ 商人(主体)←反対者(旦那)

   聴き手(彦八はどう対応するか)
           ↓
送り手(旦那)→彦八に収拾を委ねる(客体)→ 受け手(彦八)
           ↑
補助者(なし)→ 旦那(主体)←反対者(商人)

   聴き手(彦八の頓智を商人はどう受け止めるか)
           ↓
送り手(彦八)→鉢を引いた痩せ馬を寄越す(客体)→ 受け手(商人)
           ↑
補助者(なし)→ 彦八(主体)←反対者(商人)

  聴き手(この続きはまだあるか)
           ↓
送り手(商人)→やむなく受け取る(客体)→ 受け手(彦八)
           ↑
補助者(なし)→ 商人(主体)←反対者(彦八)

   聴き手(機知による事態の収拾に満足するか)
           ↓
送り手(彦八)→詭弁を弄して荷を取り上げる(客体)→ 受け手(商人)
           ↑
補助者(なし)→ 彦八(主体)←反対者(商人)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。旦那の家に宿をとった商人が田の木を狸とすり替えて謎かけしたのに旦那は乗って賭けをしてしまいます。翌朝、現場に行ってみると、狸ではなく田の木に烏が巣をかけていただけと判明しますが、旦那の勘違いで負けとなってしまいます。賭けた八匹の馬を失いたくない旦那は彦八に相談します。彦八は痩せ馬に植木鉢を引かせてハチヒキの馬と詭弁を弄します。自分も詭弁を弄したのですから、やむなくそれを受領した商人ですが、彦八は更に詭弁を弄して商人の荷を取り上げてしまったという筋立てです。

 旦那―商人、八匹の馬―商人の荷、狸―田の木、旦那―彦八、彦八―下男、彦八―商人、八匹―鉢引き、鉢―八、荷―二、といった対立軸が見受けられます。タノキ/狸/田の木の図式にささいな聞き違えが重大なミステイクとなるという危険性が暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

彦八♌♎☾(♁)―旦那♎♁☉―商人♂☉♎―下男☾(♌)

 といった風に表記できるでしょうか。旦那の八匹の馬と商人の荷をそれぞれ価値☉と置くと、旦那は最終的にそれらを取り戻し、かつ取り上げますので享受者♁となります。彦八はその援助者☾とみることができるでしょう。商人を対立者♂と置くと、商人に賭けを挑まれた旦那の役割をどう解するべきでしょうか。商人の詭弁にやむなく負けを認めますので、ここでは審判者♎とします。彦八も詭弁を弄して馬を守り商人の荷を取り上げますので審判者♎と置けるでしょうか。商人も負けを認めますので審判者♎と置けるでしょうか。下男は単なる彦八の援助者☾です。

◆元型分析

 彦八はユングの提唱した元型(アーキタイプ)だとトリックスターに分類されます。知恵者ですが物語を引っ掻き回すいたずら者の役割です。賭けに負けた旦那に駆り出された彦八ですが、詭弁を弄して旦那の財産である馬を守り、更に商人の財産である荷を取り上げてしまう逆転劇を演じます。それはこの物語の痛快さに繋がります。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「彦八はどんな手管で旦那の財産を取り戻すか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「狸と田の木のすり替え」「鉢引きの馬」「八引く二で荷」等でしょうか。「旦那―狸/田の木―商人」「彦八―鉢引き/八匹―商人」「彦八―荷/二―商人」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:彦八はどんな手管で旦那の財産を取り戻すか
        ↑
発想の飛躍:鉢引きの馬
      八引く二で荷

・旦那―彦八―馬/荷―商人
      ↑
・彦八―鉢引き/八匹―商人
・彦八―荷/二―商人

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「八匹の馬」ですと「商人が田の木を狸と勘違いさせたから、お返しに彦八は八匹の馬は鉢引きの馬にすり替える」くらいでしょうか。

◆余談

 彦八は八引く二(荷)のロジックで荷物も取り上げてしまいます。彦八は痩せ馬をあてがうことで肝心な財産である八匹の馬は保全し、更に詭弁を弄することで商人から荷を取り上げます。商人が詭弁を弄したことから財産を守るだけでなく、その詭弁を逆手にとって手痛い仕返しをすることで商人に痛手を負わせます。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.324-325.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年9月24日 (火)

行為項分析――話は彦八

◆あらすじ

 「話は彦八」と言われるくらいに話上手な彦八という男がいた。その話はみな作り話で、それがまたまじめくさって話すので本気で聞いていると、しまいになって、ああ、かつがれたと気がつくのであった。彦八はある時さる物持ちの楽隠居のところへ行った。入るとすぐ隠居が彦八、何か話せと注文した。いや、話すまい。旦那は聞いた後で、いつでも彦八それは嘘ではないかと言うから、自分にとっては張り合いがないと彦八は断った。いや今日は決してそのような事は言わない。証として、違約したらこの大判を彦八にやると隠居は机の上にあったピカピカする大判を一枚、彦八の前へ出した。しからば話そう。これはつくり話などではなく、また聞いた話でもなく、自分の実見談だから、そのつもりで聞くように。先日自分が浅利の長良屋へ用事があって参る途中、江川の川端で渡し舟を待っていた。ところが自分より先に侍が一人、供を連れて両掛に腰をかけて同じく渡し舟を待っていた。すると松の枝にとまっていた烏(からす)が糞をして侍の羽織を汚した。汚らわしいと侍はその羽織を脱ぐが早いか江川に投げ捨てて、両掛から羽織を出させてきちんと着て待っている。ところがまた烏が糞を手の甲にぺたんとやった。汚らわしいと侍は腰の刀を抜くが早いか、自分の手首をすぱっと切って江川に投げ込み、両掛から手を出してぺったり継いで泰然と腰を掛けて待っている。ところがまた烏が糞を、ところもあろうに侍の頭に落とした。侍はむっと腹をたてて、またぞろ一刀抜くが早いか、えいっと首を打ち落として、これまた汚らわしいと江川に投げ入れ、両掛から替えの首を出し、ぐっと継いで泰然自若、待っていた。その有様はいかにも昔物語の英雄豪傑の態度、ものに驚かぬ自分も感嘆、待った渡し舟が来たのも気づかず眺めていたと言った。彦八、それは嘘ではないかと隠居が思わず言ったので、はい、この大判、まことにありがたく頂戴いたしますと言って、彦八は大判を懐にしまった。

◆モチーフ分析

・話は彦八と言われるほど話し上手な彦八という男がいた
・その話はみな作り話で、まじめくさって話すので本気で聞いていると、終いになって、ああ、かつがれたと気がつくのだった
・彦八はあるとき物持ちの楽隠居のところへ行った
・隠居が彦八に何か話せと注文した
・旦那はそれは嘘ではないかと言うから張り合いがないと彦八が断った
・今日はその様なことは決して言わない。証として違約したら大判をやると差し出した
・ならばと彦八が話しはじめる
・これは作り話ではなく、聞いた話でもなく、自分の実見談だから、そのつもりで聞くようにと彦八が言う
・先日、浅利の長良屋へ用事があって参る途中、江川の川端で渡し舟を待っていた
・彦八より先に侍が両掛に腰を掛けて舟を待っていた
・烏が糞をして侍の羽織を汚した
・侍は汚らわしいと羽織を江川に投げ捨てて、両掛から羽織を出して着た
・また烏が侍の手の甲に糞をした
・侍は汚らわしいと自分の手首を刀で切って江川に投げ込み、両掛から手を出してぺったり継いで待っていた
・また烏が侍の頭に糞を落とした
・侍は汚らわしいと首を打ち落として江川に投げ入れ、両掛から替えの首を出して、ぐっと継いで待っていた
・その有様は昔物語の英雄豪傑のごとくで、彦八は舟が来たのも気づかず眺めていた
・隠居が思わず彦八、それは嘘ではないかと言った
・彦八は大判をありがたく頂戴した

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1;彦八
S2:皆
S3:隠居
S4:侍
S5:烏

O(オブジェクト:対象)
O1:作り話
O2:大判
O3:江川
O4:川端
O5:渡し舟
O6:糞
O7:羽織
O8:両掛
O9:手の甲(手首)
O10:頭(首)

m(修飾語)
m1:話上手の
m2:かつがれた
m3:物持ちの
m4:嘘の
m5:実見した
m6:そのつもりの
m7:汚れた
m8:豪傑のような

X:どこか

+:接
-:離

・話は彦八と言われるほど話し上手な彦八という男がいた
(存在)X:S1彦八+m1話上手の
・その話はみな作り話で、まじめくさって話すので本気で聞いていると、終いになって、ああ、かつがれたと気がつくのだった
(作話)S1彦八:S1彦八+O1作り話
(聴く)S2皆:S1彦八+O1話
(気づく)S2皆:S2皆+m2かつがれた
・彦八はあるとき物持ちの楽隠居のところへ行った
(訪問)S1彦八:S1彦八+S3隠居
(状態)S3隠居:S3隠居+m3物持ちの
・隠居が彦八に何か話せと注文した
(注文)S3隠居:S1彦八+O1話
・旦那はそれは嘘ではないかと言うから張り合いがないと彦八が断った
(拒否)S1彦八:S1彦八-O1話
(理由)S3隠居:O1話+m4嘘の
・今日はその様なことは決して言わない。証として違約したら大判をやると差し出した
(否定)S3隠居:O1話-m4嘘の
(提示)S3隠居:S1彦八+O2大判
・ならばと彦八が話しはじめる
(同意)S1彦八:S1彦八+O1話
・これは作り話ではなく、聞いた話でもなく、自分の実見談だから、そのつもりで聞くようにと彦八が言う
(提示)S1彦八:O1話+m5実見した
(心構え)S1彦八:S3隠居+m6そのつもりの
・先日、浅利の長良屋へ用事があって参る途中、江川の川端で渡し舟を待っていた
(待機)S1彦八:S1彦八+(O3江川+O4川端)
(待機)S1彦八:S1彦八+O5渡し舟
・彦八より先に侍が両掛に腰を掛けて舟を待っていた
(待機)S4侍:S4侍+O5渡し舟
・烏が糞をして侍の羽織を汚した
(排便)S5烏:S5烏+O6糞
(汚損)O6糞:O7羽織+m7汚れた
・侍は汚らわしいと羽織を江川に投げ捨てて、両掛から羽織を出して着た
(廃棄)S4侍:S4侍-O7羽織
(投げ込む)S4侍:O7羽織+O3江川
(取り出す)S4侍:O8両掛-O7羽織
(着用)S4侍:S4侍+O7羽織
・また烏が侍の手の甲に糞をした
(排便)S5烏:S5烏+O6糞
(汚損)O6糞:O9手の甲+m7汚れた
・侍は汚らわしいと自分の手首を刀で切って江川に投げ込み、両掛から手を出してぺったり継いで待っていた
(切断)S4侍:S4侍-O9手首
(投げ込む)S4侍:O9手首+O3江川
(取り出す)S4侍:O8両掛-O9手首
(付け直し)S4侍:S4侍+O9手首
・また烏が侍の頭に糞を落とした
(排便)S5烏:S5烏+O6糞
(汚損)O6糞:O10頭+m7汚れた
・侍は汚らわしいと首を打ち落として江川に投げ入れ、両掛から替えの首を出して、ぐっと継いで待っていた
(切断)S4侍:S4侍-O10首
(投げ込む)S4侍:O10首+O3江川
(取り出す)S4侍:O8両掛-O10首
(付け直し)S4侍:S4侍+O10首
・その有様は昔物語の英雄豪傑のごとくで、彦八は舟が来たのも気づかず眺めていた
(感心)S1彦八:S4侍+m8豪傑のような
・隠居が思わず彦八、それは嘘ではないかと言った
(反論)S3隠居:S1彦八+O1作り話
・彦八は大判をありがたく頂戴した
(取り上げ)S1彦八:S3隠居-O2大判

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

  聴き手(大判を賭けた彦八はどんな話をするのか)
           ↓
送り手(隠居)→何か話をせよと依頼(客体)→ 受け手(彦八)
           ↑
補助者(なし)→ 隠居(主体)←反対者(彦八)

  聴き手(彦八の話に隠居はどんな反応をするか)
           ↓
送り手(彦八)→侍の作り話をする(客体)→ 受け手(隠居)
           ↑
補助者(なし)→ 彦八(主体)←反対者(隠居)

  聴き手(約束を違えた隠居に対して彦八はどう振る舞うか)
           ↓
送り手(隠居)→思わず作り話だと言ってしまう(客体)→ 受け手(彦八)
           ↑
補助者(なし)→ 隠居(主体)←反対者(彦八)

   聴き手(彦八の頓智をどう感じるか)
           ↓
送り手(彦八)→隠居の大判を取り上げる(客体)→ 受け手(隠居)
           ↑
補助者(なし)→ 彦八(主体)←反対者(隠居)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。裕福な隠居が彦八に何か話をするよう依頼します。彦八はすぐ作り話だと言われるからと拒みます。そこで隠居は大判を賭けて話をしてもらうことになります。彦八がしたのは、江川のほとりで渡し舟を待つ侍の話でしたが、あまりの荒唐無稽さに隠居は思わずそれは作り話ではないかと反応してしまいます。賭けに勝った彦八は隠居から大判を取り上げたという筋立てです。

 彦八―隠居、彦八―侍、侍―烏、といった対立軸が見受けられます。作り話/大判の図式に、決して彦八の意図には乗せられないぞという決意が見られますが、結局無意識に反応してしまう滑稽さが暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

彦八♌♁―隠居♂☉―侍☾(♁)―烏☾(♁)

 といった風に表記できるでしょうか。大判を価値☉と置くと、それを隠居から取り上げた彦八は享受者♁となります。話をせがむ隠居は対立者と置けるでしょう。侍と烏は彦八の話の中に登場する人物ですので、彦八の援助者☾と置けるでしょうか。

彦八♌☉―隠居♂♁(±)―侍☾(♌)―烏☾(♌)

 彦八に話をしてもらうことを価値☉と置くと、隠居は享受者♁となりますが、代償として大判を取り上げられてしまいますので、ここではプラスマイナスの享受者♁(±)としてもいいでしょうか。

◆元型分析

 彦八はユングの提唱した元型(アーキタイプ)だとトリックスターに分類されます。知恵者ですが物語を引っ掻き回すいたずら者の役割です。彦八は言い訳をして中々話をしようとしません。そこで隠居は大判を持ち出して賭けることで彦八の企みに乗ってしまう訳です。こうして彦八はずる賢く大判を儲けてしまいます。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「彦八と賭けをした隠居はどうなるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「侍の荒唐無稽な有様」でしょうか。「侍―羽織/手首/首―糞―烏」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:彦八と賭けをした隠居はどうなるか
        ↑
発想の飛躍:侍の荒唐無稽な有様

・彦八―話/大判―隠居
      ↑
・侍―羽織/手首/首―糞―烏

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「話は彦八」ですと「彦八が嘘話をしたところ、隠居が思わずそれは嘘ではないかと言ってしまったので、彦八はまんまと賭けていた大判をせしめた」くらいでしょうか。

◆余談

 侍が汚れた羽織を取り換えるまでは普通の話ですが、その後、侍は手首を斬ったり首を斬ったりして挿げ替えます。その意外さが面白さに繋がっています。隠居が思わずそれは嘘ではないかと口を滑らせてしまったのも納得の話しぶりです。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.322-323.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年9月23日 (月)

行為項分析――鬼は外、福は内

◆あらすじ

 ふくという魚が死んで地獄へ行った。ふくは鬼に頼みがあると言った。自分はいつも水の中にばかりいたので冷たくてならなかった。それでいつか湯の中に入りたいものだと思っていた。幸い地獄に来たので湯の中へ入られるから嬉しくてたまらない。どうか、これからどんな勤めでもするから、一遍極楽を見せてくださいと。鬼はこれは中々面白い奴だ。ふくの言うようにしてやろう。また面白いことも聞かせるだろうと思って極楽を見せに連れていった。鬼よ、まだ見えない、もっと先が見たい。まだ見えないと言うので鬼が少しずつ先へ入れると、ふくはまだ見えないと言って先へ先へと行く。鬼はふくの尾を持っていたが、止めようとすると手がつるつる滑るので、放すまいとするのに顔が真っ赤になった。ふくはまだ見えないと言ってまだ先へ行こうとする。尾がつるつる滑って抜けそうになったので、鬼が慌てて握りかえようとすると、ふくはついと極楽へ滑り込んでしまった。ちょうどその時日が暮れたので、極楽は戸が閉まった。鬼が待って下さいというと、極楽には鬼は用事がないと言って門番は戸を閉めてしまった。そして鬼は外、福は内と言った。それがちょうど大歳の晩であったので、それから節分には鬼は外、福は内と言うようになった。

※石見地方では河豚(ふぐ)をふくと言う。

◆モチーフ分析

・ふくという魚が死んで地獄へ行った
・ふくは鬼に頼みがあると言った
・水の中にいたので冷たくて仕方がなかったが、地獄に来て湯の中へ入られるから嬉しい
・どんな勤めでもするから、一度極楽を見せてください
・鬼は面白い奴だ、ふくの言う通りにしてやろうと極楽を見せにいった
・ふくがまだ見えない、もっと先が見たいと言うので鬼が少しずつ先へ入れると、ふくは先へ先へと行く
・鬼はふくの尾を持っていたが、止めようとするとツルツル滑るので放すまいと顔が真っ赤になった
・ふくはまだ見えないと言ってまだ先へ行こうとする
・鬼は滑って抜けそうになったので、慌てて握りかえようとする
・ふくはついと極楽へ滑り込んでしまった
・日が暮れたので極楽の門の戸が閉まった
・鬼が待って下さいと言うと、極楽には鬼は用事がないと言って門番が戸を閉めてしまった
・そして鬼は外、福は内と言った
・ちょうど大歳の晩だったので、それから節分には鬼は外、福は内と言うようになった

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:ふぐ
S2:鬼
S3:門番

O(オブジェクト:対象)
O1:地獄
O2:水
O3:湯
O4:勤行
O5:極楽
O6:その先
O7:尾
O8:門
O9:鬼は外、福は内
O10:節分

m(修飾語)
m1:死んだ
m2:冷たい
m3:嬉しい
m4:面白い
m5:滑る
m6:顔が赤い
m7:日が暮れた
m8:戸締りした
m9:大歳の晩

T:時刻

+:接
-:離

・ふくという魚が死んで地獄へ行った
(死亡)S1ふぐ:S1ふぐ+m1死んだ
(地獄行き)S1ふぐ:S1ふぐ+O1地獄
・ふくは鬼に頼みがあると言った
(依頼)S1ふぐ:S1ふぐ+S2鬼
・水の中にいたので冷たくて仕方がなかったが、地獄に来て湯の中へ入られるから嬉しい
(生前)S1ふぐ:O2水+m2冷たい
(死後)S1ふぐ:O3湯+m3嬉しい
・どんな勤めでもするから、一度極楽を見せてください
(厭わない)S1ふぐ:S1ふぐ+O4勤行
(要望)S1ふぐ:S2鬼+O5極楽
・鬼は面白い奴だ、ふくの言う通りにしてやろうと極楽を見せにいった
(評価)S2鬼:S1ふぐ+m4面白い
(案内)S2鬼:S1ふぐ+O5極楽
・ふくがまだ見えない、もっと先が見たいと言うので鬼が少しずつ先へ入れると、ふくは先へ先へと行く
(希望)S1ふぐ:S1ふぐ+O6その先
(許可)S2鬼:S1ふぐ+O6その先
・鬼はふくの尾を持っていたが、止めようとするとツルツル滑るので放すまいと顔が真っ赤になった
(確保)S2鬼:S2鬼+O7尾
(性質)O7尾:O7尾+m5滑る
(変化)S2鬼:S2鬼+m6顔が赤い
・ふくはまだ見えないと言ってまだ先へ行こうとする
(先行)S1ふぐ:S1ふぐ+O6その先
・鬼は滑って抜けそうになったので、慌てて握りかえようとする
(すっぽ抜ける)S2鬼:O7尾-S2鬼
(握る)S2鬼:O7尾+S2鬼
・ふくはついと極楽へ滑り込んでしまった
(脱出)S1ふぐ:S1ふぐ+O5極楽
・日が暮れたので極楽の門の戸が閉まった
(日暮れ)T:T+m7日が暮れた
(閉門)O8門:O8門+m8戸締りした
・鬼が待って下さいと言うと、極楽には鬼は用事がないと言って門番が戸を閉めてしまった
(制止)S2鬼:S2鬼+S3門番
(相手にしない)S3門番:O5極楽-S2鬼
(閉門)S3門番;O8門+m8戸締りした
・そして鬼は外、福は内と言った
(宣言)S3門番:S3門番+O9鬼は外、福は内
・ちょうど大歳の晩だったので、それから節分には鬼は外、福は内と言うようになった
(時刻)T:T+m9大歳の晩
(由来)O10節分:O10節分+O9鬼は外、福は内

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

  聴き手(ふくから依頼された鬼はどうするか)
           ↓
送り手(ふく)→極楽が見たい(客体)→ 受け手(鬼)
           ↑
補助者(なし)→ ふく(主体)←反対者(鬼)

  聴き手(勝手に進むふくに鬼はどうするか)
           ↓
送り手(ふく)→先へ先へと進む(客体)→ 受け手(鬼)
           ↑
補助者(なし)→ ふく(主体)←反対者(鬼)

  聴き手(極楽に逃げたふくに鬼はどうするか)
           ↓
送り手(ふく)→極楽の門内に逃げ込む(客体)→ 受け手(鬼)
           ↑
補助者(なし)→ ふく(主体)←反対者(鬼)

  聴き手(極楽に逃げたふくをどう思うか)
           ↓
送り手(門番)→門を閉ざす(客体)→ 受け手(鬼)
           ↑
補助者(なし)→ ふく(門番)←反対者(鬼)

といった行為項モデルが作成できるでしょうか。地獄に落ちたふくが鬼に一目極楽が見たいと要望します。応じた鬼はふくを極楽へと連れていきます。ふくはまだ先、まだ先と勝手に先へ進んでいきます。鬼は制止しようとするものの、ふくの尻尾が滑って上手く捕まえられません。そうする内にふくは極楽の門の中に逃げてしまいました。鬼は連れ帰そうとしましたが、極楽の門番が制止して門は閉ざされてしまいます。それから鬼は外、福は内と呼ばれるようになったという筋立てです。

 ふく―鬼、尾―手、鬼―門番、といった対立軸が見受けられます。滑る/尾の図式に鬼の束縛から何とか逃れようとするふぐの知恵が暗喩されています。また、鬼の顔/赤いの図式には中々ふぐを捕まえられない鬼の苛立ちが暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

ふく♌♁―鬼♂☾(♌)(-1)―門番♎☾(♌)

 といった風に表記できるでしょうか。極楽行きを価値☉と置くと、ふくはその享受者♁です。鬼はふくを当初は極楽まで案内しようとしますので、援助者☾と置くこともできますが、ふくに上手く利用されてしまいますので、マイナスの援助者☾と置けるかもしれません。鬼はふくを極楽から地獄に連れ帰そうとしますので対立者♂でもあります。極楽の門番は鬼を追い払いますので、ここでは審判者♎としていいでしょう。

◆元型分析

 ふくはユングの提唱した元型(アーキタイプ)でいうトリックスターに近い存在となったとも考えられます。知恵者で物語を引っ掻き回す役割です。自身の滑りやすい体を利用しながら先へ先へと進み、極楽の門内についと逃げ込んでしまいます。鬼のある種の親切さを利用し、自分の思い通りにことを運び、地獄での秩序を乱します。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「ふくは極楽入りできるか、また鬼はそれを阻止できるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「ふくが先へ先へと勝手に進む」「ふくの尾が滑る」でしょうか。「ふく―先へ―鬼」「ふく―尾/滑る―鬼」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:ふくは極楽入りできるか、また鬼はそれを阻止できるか
        ↑
発想の飛躍:ふくが先へ先へと勝手に進む
      ふくの尾が滑る

・ふく―極楽/門番―鬼
     ↑
・ふく―先へ―鬼
・ふく―尾/滑る―鬼

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「鬼は外、福は内」ですと「極楽を見たいと先へ先へと進むふぐだが尾が滑るので鬼は止められず、まんまと極楽の門の中に逃げ込まれてしまった」くらいでしょうか。

◆余談

 ここではふくは知恵者とは描かれていませんが、ちゃっかりと極楽へ滑り込んでしまいます。また、節分の由来譚、鬼の顔が赤くなった由来譚でもあるようです。

 もうちょっと先、もうちょと先というふくの言い分から、ほんの少しずつでも自分の言い分を通そうとする意図が透けて見えます。鬼もまんまとその意図に引っかかってしまいます。思い通りにならない鬼の顔は真っ赤となってしまいます。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.320-321.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年9月22日 (日)

行為項分析――馬が軒へあがる

◆あらすじ

 昔ある家に寝小便する小僧がいた。いくら注意しても治らないので、旦那もたいそう困って、ある晩小僧にあんなに寝小便してくれては困る。もう家の中では寝させられないから、今晩から駄屋の軒へあがって藁を敷いてその上へ寝なさい。そうすれば寝小便しても下は馬の駄屋だから構わない。肥やしもよくできる。お前も安心して寝られると言った。小僧はその晩から言われた通りに駄屋の軒へあがって寝た。なるほど小便は藁から板を通って駄屋へ落ちるので、小僧は安心して寝られた。馬こそいい災難で、眠っていると上から温い小便が落ちてくる。ところが、その内毎晩のことで、軒の板が腐って折れて、小僧も一緒に馬の鼻先へどすんと落ちた。小僧はそれでも知らずにぐうぐう寝ていると、馬が息を吹きかけながら鼻の先で転がした。小僧は目を覚まして、びっくりして大きな声で叫んだ。旦さん、旦さん、早く来てください。馬が軒へ上がりました。

◆モチーフ分析

・ある家に寝小便する小僧がいた
・いくら注意しても直らないので、旦那が小僧を駄屋の軒で藁を敷いて寝るように言った
・寝小便しても下は馬の駄屋だから構わない
・肥やしもよくできる
・小僧も安心して寝られる
・小僧はその晩から言われた通りに駄屋の軒へ上がって寝た
・馬はいい災難で、温い小便が藁から板を通って駄屋へ落ちてくる
・毎晩のことで、軒の板が腐って折れて、小僧も一緒に馬の鼻先へ落ちた
・小僧はそれでも知らずに寝ていると、馬が息を吹きかけながら鼻の先で転がした
・小僧は目を覚まして、旦さん、馬が軒へ上がりましたと大声で叫んだ

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:小僧
S2:旦那
S3:馬

O(オブジェクト:対象)
O1:家
O2:寝小便
O3:駄屋
O4:軒
O5:藁
O6:肥やし

m(修飾語)
m1:改善されない
m2:安眠した
m3:迷惑した
m4:腐食した
m5:折れた
m6:目を覚ました

+:接
-:離

・ある家に寝小便する小僧がいた
(存在)O1家:S1小僧+O2寝小便
・いくら注意しても直らないので、旦那が小僧を駄屋の軒で藁を敷いて寝るように言った
(注意)S2旦那:S2旦那+S1小僧
(改善されず)S1小僧:S1小僧+m1改善されない
(命令)S2旦那:S1小僧+(O3駄屋+O4軒+O5藁)
・寝小便しても下は馬の駄屋だから構わない
(無問題)O2寝小便:O3駄屋+S3馬
・肥やしもよくできる
(生成)O2寝小便:O2寝小便+O6肥やし
・小僧も安心して寝られる
(安眠)S1小僧:S1小僧+m2安眠した
・小僧はその晩から言われた通りに駄屋の軒へ上がって寝た
(変更)S1小僧:S1小僧+(O3駄屋+O4軒)
・馬はいい災難で、温い小便が藁から板を通って駄屋へ落ちてくる
(滴下)O2寝小便:O2寝小便+O3駄屋
(迷惑)S3馬:S3馬+m3迷惑した
・毎晩のことで、軒の板が腐って折れて、小僧も一緒に馬の鼻先へ落ちた
(繰り返し)S1小僧:S1小僧+O2寝小便
(腐食)O2寝小便:O4軒+(m4腐食した+m5折れた)
(転落)S1小僧:O4軒-S1小僧
(接近)S1小僧:S1小僧+S3馬
・小僧はそれでも知らずに寝ていると、馬が息を吹きかけながら鼻の先で転がした
(覚醒せず)S1小僧:S1小僧+m2安眠した
(接触)S3馬:S3馬+S1小僧
・小僧は目を覚まして、旦さん、馬が軒へ上がりましたと大声で叫んだ
(覚醒)S1小僧:S1小僧+m6目を覚ました
(呼ぶ)S1小僧:S1小僧+S2旦那
(寝ぼけ)S3馬:S3馬+O4軒

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

   聴き手(寝場所を移された小僧はどうするか)
           ↓
送り手(旦那)→駄屋の軒で寝させる(客体)→ 受け手(小僧)
           ↑
補助者(なし)→ 旦那(主体)←反対者(小僧)

   聴き手(寝小便が止まらない小僧はどうなるか)
           ↓
送り手(小僧)→寝小便を垂れ流す(客体)→ 受け手(馬)
           ↑
補助者(なし)→ 小僧(主体)←反対者(馬)

   聴き手(寝小便が止まらない小僧はどうなるか)
           ↓
送り手(小僧)→軒の板が腐って転落(客体)→ 受け手(馬)
           ↑
補助者(なし)→ 小僧(主体)←反対者(馬)

   聴き手(寝ぼけた小僧をどう思うか)
           ↓
送り手(小僧)→寝ぼける(客体)→ 受け手(旦那)
           ↑
補助者(なし)→ 小僧(主体)←反対者(馬)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。寝小便が止まらない小僧がいて、たまりかねた旦那は小僧を駄屋の軒で寝させるようにします。寝小便したい放題となった小僧ですが、やがて小便で軒の板が腐って、駄屋に寝たまま転落してしまいます。目覚めると目の前に馬がいたので、小僧は馬が軒に上がってきたと寝ぼけて勘違いしてしまったという筋立てです。

 小僧―旦那、小僧―馬、家―駄屋、軒―駄屋、小便―馬、といった対立軸が見受けられます。軒/駄馬の突然の入れ替わりの構図に意図せず転落してしかもそれに気づかないという滑稽さが暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

小僧♌♁(-1)―旦那♎―馬♂

 といった風に表記できるでしょうか。寝小便の習慣が止まることを価値と置くと、旦那はそれを諦めています。小僧もお構いなしです。ここでは小僧をマイナスの享受者♁と置いてみます。小僧の癖にたまりかねた旦那は小僧の寝場所を駄屋の軒に移しますので、審判者♎と置けるでしょう。馬は小僧の寝小便で迷惑を被り、小僧は馬の鼻先に転落して寝ぼけてしまいますので、ここでは対立者♂と置きます。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「寝小便が止まらない小僧はどうなるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「馬が軒に上がってきたと小僧が寝ぼける」でしょうか。「小僧―軒/駄屋―馬」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:寝小便が止まらない小僧はどうなるか
        ↑
発想の飛躍:馬が軒に上がってきたと小僧が寝ぼける

・旦那―駄屋―寝小便―小僧
      ↑
・小僧―軒/駄屋―馬

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「馬が軒へあがる」ですと「寝小便が重なって軒の板が腐って駄屋に落ちてしまった小僧は馬が軒に上がってきたと寝ぼけた」くらいでしょうか。

◆余談

 自分が転落したのに思い至らず、馬が軒に上がってきたと勘違いする滑稽さが見どころです。私自身は寝小便をしたという記憶がありません。が、中学生の頃に夢精をしたときは寝小便をしたと大いに焦りました。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)p.319.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年9月21日 (土)

行為項分析――大きな話

◆あらすじ

 昔、ある若者が大阪へ出て、初めて宿に泊まった。女中が来てガラガラと雨戸を閉めた。若者はそれを見て、この家の雨戸は簡単でいい。自分のところでは、朝から昼まで中かかって雨戸を開け、夕方には昼から中かかって雨戸を閉めると言った。夕食の時給仕に出たさっきの女中が、明日この後ろの畠を見ろ。随分広い畠に粟が沢山播いてあると言うと、若者は自分のところには粟三斗蒔きの畠があると言った。女中がこの上へ行ってみましょう。向こうにとても長い橋ができたと言うと、若者は自分のところの前の川には十日渡りの橋があると言った。女中が何を言っても若者は大きなことを言うので、これは大した家らしいと思った。若者は女中に自分のところに来ないか。うちへ来てくれたら、米を搗(つ)くこともいらない。水を担ぐこともいらないと言った。すると、それでは明日一緒に行きましょうということになって、女中は若者について来た。行ってみると。粟三斗蒔きという畠は小さい、草のいっぱい生えた畠で、三斗蒔きというのは一度蒔いたが生えない。二度蒔いたが生えない。三度蒔いたらようやく生えた。それで三度蒔きで、昼までかかって雨戸を開け、昼から中かかって閉める雨戸というのはたった一枚で、上に引っかかり下に引っかかりガッタンピッシと中々動かない。長い橋というのはどこにあるかと訊くと、この下の谷川にかかった赤い橋で、毎月十日になると金比羅さんの祭りに皆が渡るから十日渡りの橋と言うのだ。米は搗かせないというのは、袋を下げてあっちこっちで貰って歩くから搗く必要がない。水は担がせないというのは、水はたごが一つしかないから担がれない。片手で下げてくるのだと言った。

◆モチーフ分析

・ある若者が大阪へ出て、初めて宿に泊まった
・女中が来てガラガラと雨戸を閉めた
・若者は自分のところでは朝から昼までかかって雨戸を開け、昼から夕方までかかって雨戸を閉めると言った
・夕食の給仕に出たとき、女中が後ろの広い畠に粟が沢山播いてあると言った
・若者は自分のところには粟三斗蒔きの畠があると言った
・女中が向こうにはとても長い橋があると言った
・若者は自分のところの前の川には十日渡りの橋があると言った
・女中が何を言っても若者は大きなことを言うので、大した家らしいと思った
・若者は女中にうちへ来ないか、米を搗くことも水を担ぐこともいらないと言った
・翌日、女中は若者について行った
・行ってみると、粟三斗蒔きは三度蒔いたらようやく生えたということだった
・雨戸はガタピシ動かない
・毎月十日になると金比羅さんの祭りがあるから十日渡りの橋と言う
・米は袋を下げてあっちこっちで貰って歩くから搗く必要がない
・水はたごが一つだけあるから担がれない。片手で下げてくるのだと言った

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:若者
S2:女中

O(オブジェクト:対象)
O1:大阪
O2:宿
O3:雨戸
O4:夕食
O5:畠
O6:粟
O7:粟三斗蒔きの畠
O8:長い橋
O9:川
O10:十日渡りの橋
O11:大言壮語
O12:米搗き
O13:水汲み
O14:金比羅さんの祭り
O15:米
O16:たご

m(修飾語)
m1:初めて泊まる
m2:開閉に多大の時間を要する
m3:大きな家の
m4:痩せた土地の
m5:閉まらない
m6:毎月十日に
m7:一つの
m8:片手で下げる

+:接
-:離

・ある若者が大阪へ出て、初めて宿に泊まった
(上京)S1若者:S1若者+O1大阪
(宿泊)S1若者:S1若者+O2宿
(初体験)S1若者:O2宿+m1初めて泊まる
・女中が来てガラガラと雨戸を閉めた
(戸締り)S2女中:S2女中+O3雨戸
・若者は自分のところでは朝から昼までかかって雨戸を開け、昼から夕方までかかって雨戸を閉めると言った
(自慢)S1若者:O3雨戸+m2開閉に多大の時間を要する
・夕食の給仕に出たとき、女中が後ろの広い畠に粟が沢山播いてあると言った
(給仕)S2女中:S1若者+O4夕食
(自慢)S2女中:O5畠+O6粟
・若者は自分のところには粟三斗蒔きの畠があると言った
(自慢)S1若者:S1若者+O7粟三斗蒔きの畠
・女中が向こうにはとても長い橋があると言った
(自慢)S2女中:X向こう+O8長い橋
・若者は自分のところの前の川には十日渡りの橋があると言った
(自慢)S1若者:O9川+O10十日渡りの橋
・女中が何を言っても若者は大きなことを言うので、大した家らしいと思った
(大言壮語)S1若者:S2女中+O11大言壮語
(想像)S2女中:S1若者+m3大きな家の
・若者は女中にうちへ来ないか、米を搗くことも水を担ぐこともいらないと言った
(求婚)S1若者:S1若者+S2女中
(安楽)S1若者:S2女中-(O12米搗き+O13水汲み)
・翌日、女中は若者について行った
(同行)S2女中:S2女中+S1若者
・行ってみると、粟三斗蒔きは三度蒔いたらようやく生えたということだった
(実態)O7粟三斗蒔きの畠:O5畠+m4痩せた土地の
・雨戸はガタピシ動かない
(実態)O3雨戸:O3雨戸+m5閉まらない
・毎月十日になると金比羅さんの祭りがあるから十日渡りの橋と言う
(実態)O10十日渡りの橋:O14金比羅さんの祭り+m6毎月十日に
・米は袋を下げてあっちこっちで貰って歩くから搗く必要がない
(物乞い)S1若者:S1若者+O15
()S2女中:S2女中-O12米搗き
・水はたごが一つだけあるから担がれない。片手で下げてくるのだと言った
(欠如)O16たご:O16たご+m7一つの
(担げず)S1若者:S1若者-O16たご
(持ち運ぶ)S1若者:O16たご+m8片手で下げる

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

   聴き手(女中は大きな話をどう受け止めるか)
           ↓
送り手(若者)→大きな話をする(客体)→ 受け手(女中)
           ↑
補助者(なし)→ 若者(主体)←反対者(女中)

   聴き手(女中は若者の求婚を受けるか)
           ↓
送り手(若者)→家に来ないかと誘う(客体)→ 受け手(女中)
           ↑
補助者(なし)→ 若者(主体)←反対者(女中)

   聴き手(実態を知った女中はどうするか)
           ↓
送り手(若者)→実態がバレて言い訳する(客体)→ 受け手(女中)
           ↑
補助者(なし)→ 若者(主体)←反対者(女中)

といった行為項モデルが作成できるでしょうか。ある若者が田舎から出て初めて大阪に宿をとりました。給仕の女中が宿の自慢をすると、若者は更に大きな話をしていかに自分が裕福か見せつけます。若者を裕福な家の人間だと思い込んだ女中は若者の誘いに応じて田舎に同行します。ところが、若者の家はとんでもなく貧しく、大きな話というのはその貧しさを巧みに言い換えたものだったという筋立てです。おそらく若者は女中に求婚し、女中は承諾したのでしょうが、実態がバレた後に即離縁したかもしれません。

 若者―女中、宿自慢―大きな話、大きな話―その実態、といった対立軸が見受けられます。大きな話/その実態の図式に貧しさを笑いのめす諧謔の精神が暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

1. 若者♌☉(-1)―女中♂♁♎
2. 若者♌♁―女中♂☉♎

 といった風に表記できるでしょうか。若者の見せかけの豊かさを価値☉と置くと(※-の価値としてもいいかもしれません)、女中はその享受者♁となります。女中はおそらく当初は若者を田舎から出てきたお上りさんと見て宿や大阪の自慢をするのでしょう。そういった点では対立者♂とも置けます。若者に同行した結果、女中は若者の実態を目の当たりにすることになりますので審判者♎とも置けます。

 一方、女中を連れ帰ることを価値☉と置くと、若者が享受者♁となります。いずれにせよ、審判者♎は女中と置けるでしょう。若者との生活を継続するか否か、その後は語られていませんが、女中自身が判断することとなります。

◆マルクス主義的分析

 この昔話をマルクス主義的に分析すると、無産者である田舎の貧しい若者が大言壮語することで、自分を上位の有産者と見せかけ、まんまと女性を獲得してしまう話とみることも可能です。ですが、若者自身は自分が無産階級であることを恥じているようには見えません。それは身分が固定的な時代の心理かもしれませんが、貧しさが必ずしも怒りやルサンチマンに結びついていない点は重要です。女中の宿自慢や大阪自慢に対して若者はその貧しさを大きな話に転化することで切り返し、意中の女性を見事に射止めたとも考えられます。大きな話とそのあまりな実態は笑いに繋がります。この昔話を考案した人はむしろ貧しさを諧謔的に捉え、笑いに転化してしまうセンスの持ち主だったと考えられます。

 なお、筆者はマルクス主義にはシンパシーを全く抱いておりません。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「若者の大言壮語を聞いた女中はどうするか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「大きな話とその実態の落差」でしょうか。「大きな話―雨戸/粟田/橋/米搗き/水汲み―実態」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:若者の大言壮語を聞いた女中はどうするか
        ↑
発想の飛躍:大きな話とその実態の落差

・若者―大きな話/宿自慢―女中
        ↑
・大きな話―雨戸/粟田/橋/米搗き/水汲み―実態

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「大きな話」ですと「大きなことを話してばかりの若者だったが、着いていってみると、実態はとてもみすぼらしいものだった」くらいでしょうか。

◆余談

 実態が判明しても若者は特に悪びれたそぶりは見せません。この後女中は大阪に帰ったのでしょうか。その後は語られていません。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.317-318.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年9月20日 (金)

行為項分析――大かん狐

◆あらすじ

 昔、大かんの大岩の辺りに大かん狐というよく人を化かす狐がいた。日が暮れてここを通るとよく化かされた。それを問屋の主人が大層自慢にして、来る船頭毎に大かん狐はよく人を化かす。誰でも彼でも皆化かすと言った。一人の船頭がそれを聞いて自分なら化かされないと言った。それなら賭けをしようということになって、船頭は日が暮れるのを待って大かんへ出かけた。そして大岩に腰をかけていると、向こうから殿さまの行列がやって来た。下に、下にという声に船頭はやれしまった、殿さまのお通りとは知らなかったと小さくなっている内に先払いが来て、やい無礼者、殿さまのお通りというのにそこにおるとは不届き者、手打ちにしてやると言った。船頭がどうなることかと震えていると、これでこらえてやると言って頭をくりくり坊主に剃ってしまった。やれ助かったと思ってみると、侍も殿さまもいない。これはしまった。狐に化かされたと思って問屋へ戻ったところ、これは自分の勝ちだ。それでは約束通り船をもらうと言って、乗ってきた船を取られてしまった。船頭は仕方ないので何里もある道を歩いて帰って布団を被って寝ていた。三日経っても起きないので女房が心配して訳を尋ねた。それを聞くと女房は、それなら自分が仇をとってやろうと言って千石船を準備してそれに乗って出かけた。そして問屋の主人に自分なら化かされないと言った。そこで千石船と問屋の家財全部とで賭けをすることになった。女船頭は日が暮れるのを待って大かんの大岩へ出かけた。間もなく下に、下にという声が聞こえてきた。女船頭は侍に化けている狐に向かって、まだまだ化け方が下手だ。目で直せと怒鳴りつけた。狐どもは化けの皮が剥がれたと思って、どのようにすれば化けられるかと尋ねた。女船頭が唐鐘へ行って木綿と針と糸をとってくれば言うて聞かすと言うと、狐どもはすぐ唐鐘へ行って盗んできた。女船頭はそれで大きな袋をこしらえて、この袋の中へ入れ、そうしたら言うて聞かすと言った。狐どもは皆袋の中へ入ったので女船頭は袋の口をしっかり結んで問屋へ引きずって帰った。問屋の主人はびっくりしてしまった。女船頭は多くの若い衆を使って狐を猫島の沖へ沈めてしまったので、それから大かんで狐に化かされる者はいなくなった。女船頭は勝ったので、問屋の家財を全部もらって大金持ちになった。

◆モチーフ分析

・大かんの大岩の辺りに大かん狐という人をよく化かす狐がいた
・それを問屋の主人が自慢にしていた
・一人の船頭が自分なら化かされないと言った
・それで賭けをすることになった
・日が暮れるのを待って船頭は大かんへ出かけた
・大岩に腰掛けていると、向こうから殿さまの行列がやって来た
・先払いが不届き者、手打ちにしてくれると言った
・船頭は坊主頭にされて、これでこらえてやるとなった
・助かったと思ってみると侍も殿さまもいない
・狐に化かされたと思って問屋へ戻ったところ、乗ってきた船を取られてしまった
・船頭は仕方なく何里もある道を歩いて帰った
・布団を被って三日ほど寝ていた
・女房が心配して訳を尋ねたので話した
・女房はそれなら自分が仇をとると言って千石船を準備して出かけた
・問屋に自分なら化かされないと千石船と問屋の家財全部とで賭けをした
・女船頭は日が暮れるのを待って大かんの大岩へ出かけた
・間もなく下に、下にという声が聞こえてきた
・女船頭は侍に化けている狐に向かって、まだまだ化け方が下手だ、目で直せと怒鳴りつけた
・狐たちは化けの皮が剥がれたと思って、どのようにすれば化けられるかと尋ねた
・女船頭が唐鐘へ行って木綿と針と糸をとってくれば言うて聞かすと答えた
・狐どもはすぐ唐鐘へ行って盗んできた
・女船頭はそれで大きな袋をこしらえて、この袋へ入れ、そうしたら言うて聞かすと言った
・狐どもが皆袋の中へ入ったので女船頭は袋の口をしっかり結んで問屋へ引きずっていった
・女船頭は若い衆を使って狐を猫島の沖へ沈めた
・それから大かんで狐に化かされる者はいなくなった
・女船頭は賭けに勝ったので問屋の家財を全部もらって大金持ちになった

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:狐
S2:問屋
S3:船頭
S4:女房

O(オブジェクト:対象)
O1:大かん
O2:手打ち
O3:船
O4:自宅
O5:千石船
O6:唐鐘
O7:木綿
O8:針
O9:糸
O10:袋
O11:家財

m(修飾語)
m1:人を化かす
m2:自慢した
m3:丸坊主の
m4:消滅した
m5:起きられない
m6:下手な化け方の
m7:正体が暴かれた
m8:口を縛った
m9:海に沈んだ
m10:勝利した
m11:大金持ちの

+:接
-:離

・大かんの大岩の辺りに大かん狐という人をよく化かす狐がいた
(存在)O1大かん:S1狐+m1
・それを問屋の主人が自慢にしていた
(自慢)S2問屋:S1狐+m2自慢した
・一人の船頭が自分なら化かされないと言った
(反論)S3船頭:S3船頭-S1狐
・それで賭けをすることになった
(賭け)S3船頭:S3船頭+S2問屋
・日が暮れるのを待って船頭は大かんへ出かけた
(出発)S3船頭:S3船頭+O1大かん
・大岩に腰掛けていると、向こうから殿さまの行列がやって来た
(遭遇)S3船頭:S3船頭+S1殿さまの行列
・先払いが不届き者、手打ちにしてくれると言った
(脅迫)S1先払い:S3船頭+O2手打ち
・船頭は坊主頭にされて、これでこらえてやるとなった
(頭を剃られる)S1先払い:S3船頭+m3丸坊主の
(放免)S1先払い:S1殿さまの行列-S3船頭
・助かったと思ってみると侍も殿さまもいない
(視認)S3船頭:S3船頭+O1大かん
(消滅)S3船頭:S1殿さまの行列+m4消滅した
・狐に化かされたと思って問屋へ戻ったところ、乗ってきた船を取られてしまった
(帰還)S3船頭:S3船頭+S2問屋
(没収)S2問屋:S3船頭-O3船
・船頭は仕方なく何里もある道を歩いて帰った
(徒歩)S3船頭:S3船頭+O4自宅
・布団を被って三日ほど寝ていた
(傷心)S3船頭:S3船頭+m5起きられない
・女房が心配して訳を尋ねたので話した
(質問)S4女房:S4女房+S3船頭
・女房はそれなら自分が仇をとると言って千石船を準備して出かけた
(準備)S4女房:S4女房+O5千石船
(出発)S4女房:S4女房+O6唐鐘
・問屋に自分なら化かされないと千石船と問屋の家財全部とで賭けをした
(宣言)S4女房:S4女房-S1狐
(賭け)S4女房:S4女房+S2問屋
・女船頭は日が暮れるのを待って大かんの大岩へ出かけた
(出発)S4女船頭:S4女船頭+O1大かん
・間もなく下に、下にという声が聞こえてきた
(遭遇)S4女船頭:S4女船頭+S1殿さまの行列
・女船頭は侍に化けている狐に向かって、まだまだ化け方が下手だ、目で直せと怒鳴りつけた
(威嚇)S4女船頭:S1狐+m6下手な化け方の
・狐たちは化けの皮が剥がれたと思って、どのようにすれば化けられるかと尋ねた
(認識)S1狐:S1狐+m7正体が暴かれた
(質問)S1狐:S1狐+S4女船頭
・女船頭が唐鐘へ行って木綿と針と糸をとってくれば言うて聞かすと答えた
(命令)S4女船頭:S1狐+(O7木綿+O8針+O9糸)
・狐どもはすぐ唐鐘へ行って盗んできた
(直行)S1狐:S1狐+O6唐鐘
(盗む)S1狐:S1狐+(O7木綿+O8針+O9糸)
・女船頭はそれで大きな袋をこしらえて、この袋へ入れ、そうしたら言うて聞かすと言った
(裁縫)S4女船頭:S4女船頭+O10袋
(誘導)S4女船頭:O10袋+S1狐
・狐どもが皆袋の中へ入ったので女船頭は袋の口をしっかり結んで問屋へ引きずっていった
(罠にかかる)S1狐:S1狐+O10袋
(縛る)S4女船頭:O10袋+m8口を縛った
(連行)S4女船頭:O10袋+S2問屋
・女船頭は若い衆を使って狐を猫島の沖へ沈めた
(溺死)S4女船頭:S1狐+m9海に沈んだ
・それから大かんで狐に化かされる者はいなくなった
(平和)O1大かん:O1大かん-S1狐
・女船頭は賭けに勝ったので問屋の家財を全部もらって大金持ちになった
(勝利)S4女船頭:S4女船頭+m10勝利した
(没収)S4女船頭:S2問屋-O11家財
(富到)S4女船頭:S4女船頭+m11大金持ちの

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

   聴き手(船頭と問屋の賭けはどうなるか)
           ↓
送り手(船頭)→賭けをする(客体)→ 受け手(問屋)
           ↑
補助者(なし)→ 船頭(主体)←反対者(狐)

   聴き手(化かされた船頭はどうなるか)
           ↓
送り手(狐)→化かされる(客体)→ 受け手(船頭)
           ↑
補助者(なし)→ 船頭(主体)←反対者(狐)

   聴き手(財産を失った船頭はどうなるか)
           ↓
送り手(問屋)→船を没収する(客体)→ 受け手(船頭)
           ↑
補助者(なし)→ 船頭(主体)←反対者(問屋)

   聴き手(事情を知った女房はどうするか)
           ↓
送り手(女房)→事情を訊く(客体)→ 受け手(船頭)
           ↑
補助者(なし)→ 女房(主体)←反対者(なし)

   聴き手(女房と問屋の賭けはどうなるか)
           ↓
送り手(女房)→賭けをする(客体)→ 受け手(問屋)
           ↑
補助者(なし)→ 女房(主体)←反対者(問屋)

   聴き手(女房と狐の化かし合いはどうなるか)
           ↓
送り手(女房)→逆に騙して退治する(客体)→ 受け手(狐)
           ↑
補助者(なし)→ 女房(主体)←反対者(狐)

   聴き手(逆転した女房をどう思うか)
           ↓
送り手(女房)→家財を没収する(客体)→ 受け手(問屋)
           ↑
補助者(なし)→ 女房(主体)←反対者(問屋)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。自分は狐に騙されないと自慢した船頭は唐鐘の問屋と賭けをしますが、大かんの狐にまんまと化かされてしまい賭けに負け、船を没収されてしまいます。そこで今度は船頭の女房が乗り出します。再び問屋と賭けをした女房ですが、大かんの狐を逆に欺き唐鐘の沖で溺死させてしまいます。賭けに勝った女房は問屋の家財を没収し裕福になったという筋立てです。

 船頭/女房―問屋、船頭/女房―狐、といった対立軸が見受けられます。殿さまの行列/坊主頭の図式に狐の悪さが暗喩されています。また、船/家財の図式に互いに譲れないものを賭ける真剣勝負という構図が暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

船頭♌♁―女房(女船頭)☾(♌)♌♁―狐♂☉―問屋♎♂☉―若者たち☾(♌)

 といった風に表記できるでしょうか。船頭も女房も主体♌であると考えられます。この場合は主体が船頭から女房に入れ替わると見ていいでしょう。女房は船頭の援助者☾ですが、自身が船を取り返すと決断して女船頭に姿を変えてからは主体♌となります。価値☉を何に置くかですか、狐を退治することと、奪われた財産を取り返すことと併存しているでしょう。その点では狐も問屋も対立者♂と置けます。更に、問屋は狐に化かされないか否かで賭けをしますので審判者♎とも置けます。女船頭が賭けに勝つことで財産を取り戻しますので、船頭も女房も享受者♁と置けるでしょう。最後に、袋に詰められた狐を海に沈めるのは唐鐘の若者たちですが、これは女船頭の援助者☾としていいでしょう。

◆元型分析

 船頭の女房は自ら女船頭へといでたちを変えることで、ユングの提唱した元型(アーキタイプ)でいうトリックスターに近い存在となったとも考えられます。知恵者で物語を引っ掻き回す役割です。狐という人を化かす存在をその知恵で逆に欺き、見事に退治してしまいます。更に問屋からは敢えて危険な賭けにのることで、奪われた財産(船)と問屋自身の家財とを没収します。その決断力と知恵と行動力が賞賛される訳です。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「女房は奪われた財産を取り戻せるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「女船頭が狐を騙して退治する」でしょうか。「女船頭―袋―狐=殿さまの行列」といった図式です。狐関連の昔話としては珍しくヒトが狐に勝ちます。その点で意外性を感じさせます。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:女房は奪われた財産を取り戻せるか
        ↑
発想の飛躍:女船頭が狐を騙して退治する

・女房/船頭―船/家財―問屋
      ↑
・女船頭―袋―狐=殿さまの行列

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「大かん狐」ですと「狐に騙されないと賭けをした船頭は化かされてしまい船を没収されてしまうが、女房が逆に狐を騙して退治し、賭けに勝って財産を取り戻す」くらいでしょうか。

◆余談

 狐を騙して袋に入れて退治する点で「博労と狐」と同じモチーフを持っています。唐鐘の地名が出ますので浜田市の話だと思われますが、大かんという地名は知りません。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.313-316.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年9月19日 (木)

行為項分析――はんだの馬場の尻焼狐

◆あらすじ

 小路の爺さんは度胸のいい人だった。ある日日が暮れてから山の内の方から牛を引いて帰った。寂しいはんだの馬場に差しかかると、年頃の娘がひょっこり出てきて道連れになった。そして、爺さん、足がだるいがその牛に乗せてくれないかと言った。爺さんは来たなと思ったが、そしらぬ顔で、乗せてやるともと言い、鞍にかき乗せて、しっかりと綱でくくりつけた。娘はそんなに締めたら痛いと言う。いいや、落ちると悪いからと構わずにしっかり縛りつけて歩き出した。その内に村の近くになった。娘は、爺さん、降ろしてください。歩くからと言ったが、いいや、もうじきに村だから、ついでに乗ってらっしゃいと答える。小便がしたいから降ろして下さいと言うと、もうじきだから、ついでにそのままにしなさい。娘は降りようと思ってもがいたが、しっかり縛りつけてあるのでどうにもならない。爺さんはいくらもがいても何と言っても取りあわず、とうとう自分の家まで帰った。そして門口から、婆さん、お客さんを連れてきたから足を洗う湯をもってきなさい。うめないでよい。なるたけよく沸かして熱くしてもってきなさいと言った。婆さんは変なことだと思ったが、ぐらぐら煮える熱い湯をたらいに入れてもってきた。爺さんは娘をしっかり抱きかかえて降ろし、それお客人、足を洗ってあげますと言って湯の中へ入れたので、娘はたちまち正体を現し狐になって、尻を焼かれて逃げていった。

◆モチーフ分析

・小路の爺さんは度胸がよかった
・日が暮れてから牛を引いて帰ってきた
・はんだの馬場に差しかかると年頃の娘と道連れになった
・娘は足がだるいから牛に乗せてくれと言った
・爺さんは応じて、娘を鞍に乗せて綱でくくり付けた
・娘が痛いといったが、爺さんは落ちると悪いからと取りあわない
・村の近くになって娘が降ろしてくれと言ったが、爺さんは取りあわない
・娘は降りようともがいたが、しっかり縛りつけられているのでどうにもならない
・爺さんは家に着くと婆さんに足を洗う湯を頼んだ
・婆さんが煮えた熱い湯をたらいに入れて持ってきた
・爺さんが娘を降ろして足を洗おうとして湯の中に入れると、娘は正体を現し狐になった
・尻を焼かれて狐は逃げていった

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:爺さん
S2:娘(狐)
S3:婆さん

O(オブジェクト:対象)
O1:小路
O2:牛
O3:馬場
O4:綱
O5:村
O6:家
O7:熱湯
O8:たらい

m(修飾語)
m1:度胸がよい
m2:帰路についた
m3:だるい
m4:痛い
m5:火傷した

+:接
-:離

・小路の爺さんは度胸がよかった
(性質)O1小路:S1爺さん+m1度胸がよい
・日が暮れてから牛を引いて帰ってきた
(帰路)S1爺さん:S1爺さん+O2牛
(帰路)S1爺さん:S1爺さん+m2帰路についた
・はんだの馬場に差しかかると年頃の娘と道連れになった
(経過)S1爺さん:S1爺さん+O3馬場
(遭遇)S1爺さん:S1爺さん+S2娘
・娘は足がだるいから牛に乗せてくれと言った
(疲労)S2娘:S2娘+m3だるい
(希望)S2娘:S2娘+O2牛
・爺さんは応じて、娘を鞍に乗せて綱でくくり付けた
(乗せる)S1爺さん:S2娘+O2牛
(縛る)S1爺さん:S2娘+O4綱
・娘が痛いといったが、爺さんは落ちると悪いからと取りあわない
(主張)S2娘:S2娘+m4痛い
(スルー)S1爺さん:O2牛+S2娘
・村の近くになって娘が降ろしてくれと言ったが、爺さんは取りあわない
(帰村)S1爺さん:S1爺さん+O5村
(希望)S2娘:O2牛-S2娘
(スルー)S1爺さん:S2娘+O4綱
・娘は降りようともがいたが、しっかり縛りつけられているのでどうにもならない
(もがく)S2娘:O2牛-S2娘
(固定)S2娘:O2牛+S2娘
・爺さんは家に着くと婆さんに足を洗う湯を頼んだ
(到着)S1爺さん:S1爺さん+O6家
(依頼)S1爺さん:S3婆さん+O7熱湯
・婆さんが煮えた熱い湯をたらいに入れて持ってきた
(持参)S3婆さん:O7熱湯+O8たらい
・爺さんが娘を降ろして足を洗おうとして湯の中に入れると、娘は正体を現し狐になった
(洗う)S1爺さん:S2娘+O7熱湯
(発覚)S2娘:S2狐-S2娘
・尻を焼かれて狐は逃げていった
(火傷)S2狐:S2狐+m5火傷した
(逃走)S2狐:S1爺さん-S2狐

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

   聴き手(娘を牛に乗せるとどうなるか)
           ↓
送り手(娘)→牛に乗せてもらう(客体)→ 受け手(爺さん)
           ↑
補助者(なし)→ 娘(主体)←反対者(爺さん)

   聴き手(縛られた娘はどうなるか)
           ↓
送り手(爺さん)→牛に乗せて縛る(客体)→ 受け手(娘)
           ↑
補助者(なし)→ 爺さん(主体)←反対者(娘)

   聴き手(縛られた娘はどうなるか)
           ↓
送り手(爺さん)→娘の苦情を聴かない(客体)→ 受け手(娘)
           ↑
補助者(なし)→ 爺さん(主体)←反対者(娘)

   聴き手(熱湯に入れられた娘はどうなるか)
           ↓
送り手(爺さん)→娘を熱湯に浸ける(客体)→ 受け手(娘)
           ↑
補助者(婆さん)→ 爺さん(主体)←反対者(娘)

   聴き手(狐を罰した爺さんをどう思うか)
           ↓
送り手(狐)→逃走(客体)→ 受け手(爺さん)
           ↑
補助者(なし)→ 狐(主体)←反対者(爺さん)

といった行為項モデルが作成できるでしょうか。ある日、牛を連れて帰路についた爺さんがはんだの馬場に差し掛かると、娘と遭遇します。娘は疲れたので牛に乗せてくれと願います。応じた爺さんは娘を牛に乗せ、綱で縛ります。娘は抵抗しますが逃れられません。そのまま家に連れ帰った爺さんは婆さんに熱湯を沸かせ、娘を熱湯に浸けます。すると狐が正体を現し逃げていったという筋立てです。

 爺さん―娘/狐、牛―娘、爺さん―婆さん、という対立軸が見受けられるでしょうか。牛/綱という図式に、一度捕まえると二度と放さないという爺さんの狙いが暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

爺さん♌♎♁―娘(狐)♂☉―婆さん☾(♌)☾(☉)

 といった風に表記できるでしょうか。狐を懲らしめることを価値☉と置くと、爺さんはその享受者♁となります。また、娘の正体を見抜いて懲らしめますので審判者♎とも置けるでしょう。娘は対立者♂となります。婆さんは爺さんのサポート役ですので援助者☾となります。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「縛られた娘はどうなるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「爺さんが狐に勝つ」でしょうか。「爺さん―湯―娘=狐」といった図式です。狐関連の昔話としては珍しくヒトが狐に勝ちます。その点で意外性を感じさせます。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:縛られた娘はどうなるか
        ↑
発想の飛躍:爺さんが狐に勝つ

・爺さん―牛/娘―狐
      ↑
・爺さん―湯―娘=狐

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「はんだの馬場の尻焼狐」ですと「馬場で道連れになった娘が牛に乗せてくれるよう依頼し、爺さんが応じるが、しっかり縛りつけて問答無用で家まで連れ帰る。煮えた湯を尻につけると狐は正体を現した」くらいでしょうか。

◆余談

 昔話では狐に化かされる話がほとんどなのですが、この話では珍しく爺さんが狐を懲らしめます。本文では、娘に化けた狐の方言でのセリフが可愛らしいです。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.311-312.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年9月18日 (水)

行為項分析――池の峠の狐

◆あらすじ

 昔、小角(こづの)の池の峠に人を化かす狐がいた。村に何でも自慢する男がいて、自分なら狐に化かされたりしやせんといつも言っていた。その男がある晩そこを通りかかると、道のほとりに美しい女が立っていた。男はこいつが例の狐に違いないと思って、いきなり腕をひっ捕まえると、おのれ、狐め。俺を化かそうと思ってもそうはいかない。連れて帰って火あぶりにしてやるからそう思えと言ってずるずる引っ張って帰った。女は驚いて自分は狐ではない。助けてください、手を放してくださいと言ったが、男は何、放すものかといってどうしても放してくれない。女は泣く泣くもう右の腕はちぎれるから左の腕と取りかえてくださいと頼むので、それなら取りかえてやろうと言って左の手を引っ張って帰った。男は家の前まで帰ると、おい、かかあ、お客さんを連れて帰ったから火をどんどん焚け、これから火あぶりにしてやると大きな声で怒鳴った。すると、いきなり手が軽くなって男はすとんと尻もちをついた。しかし握った手は放さないで、しまった、狐は逃がしてしまった。それでも手だけは引き抜いてやったからこれを見よと言って女房にそれを見せた。女房はそれを見るとくすくす笑い出したので、火の灯りでよく見ると胡瓜(きゅうり)を一本しっかり握っていた。

◆モチーフ分析

・小角の池の峠に人を化かす狐がいた
・ある男は自分は化かされないと自慢していた
・ある晩、池の峠を通りかかると、道のほとりに美しい女が立っていた
・男はこいつが例の狐に違いないと思って、女の腕を捕まえた
・女は驚いて自分は狐ではないと許しを請う
・男が手を放さないので女はせめて左の腕と取りかえてくださいと言う
・応じた男は女を家まで連れてくる
・男は女房に火を焚けと言い、火あぶりにしてやると怒鳴った
・すると、手が軽くなって男は尻もちをついた
・握った手は放さないで、手だけは引き抜いてやったと女房に見せた
・女房はくすくす笑い出す
・よく見るとそれは胡瓜だった

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:狐(女)
S2:男
S3:女房

O(オブジェクト:対象)
O1:池の峠
O2:女の片腕
O3:もう片方の腕(胡瓜)
O4:家
O5:火

m(修飾語)
m1:人を化かす
m2:驚いた
m3:尻もちをついた
m4:可笑しい

+:接
-:離

・小角の池の峠に人を化かす狐がいた
(存在)O1池の峠:S1狐+m1人を化かす
・ある男は自分は化かされないと自慢していた
(自慢)S2男:S2男-S1狐
・ある晩、池の峠を通りかかると、道のほとりに美しい女が立っていた
(通過)S2男:S2男+O1池の峠
(遭遇)S2男:S2男+S1女
・男はこいつが例の狐に違いないと思って、女の腕を捕まえた
(確信)S2男:S1女+S1狐
(捕縛)S2男:S2男+S1女
・女は驚いて自分は狐ではないと許しを請う
(驚愕)S1女:S1女+m2驚いた
(要請)S1女:S2男-S1女
・男が手を放さないので女はせめて左の腕と取りかえてくださいと言う
(放さず)S2男:S2男+O2女の片腕
(依頼)S1女:S2男+O3もう片方の腕
・応じた男は女を家まで連れてくる
(応じる)S2男:S2男-O2女の片腕
(応じる)S2男:S2男+O3もう片方の腕
(連行)S2男:S1女+O4家
・男は女房に火を焚けと言い、火あぶりにしてやると怒鳴った
(命令)S2男:S3女房+O5火
(意図)S2男:S1狐+O5火
・すると、手が軽くなって男は尻もちをついた
(脱出)S2男:S2男-S1女
(尻もち)S2男:S2男+m3尻もちをついた
・握った手は放さないで、手だけは引き抜いてやったと女房に見せた
(放さず)S2男:S2男+O3もう片方の腕
(自慢)S2男:S3女房+O3もう片方の腕
・女房はくすくす笑い出す
(笑う)S3女房:S3女房+m4可笑しい
・よく見るとそれは胡瓜だった
(気づく)S2男:O3もう片方の腕+O3胡瓜

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

  聴き手(女を狐と思って捕縛してどうなるか)
           ↓
送り手(男)→女を捕縛する(客体)→ 受け手(女)
           ↑
補助者(なし)→ 男(主体)←反対者(女)

  聴き手(腕を取り換えたらどうなるか)
           ↓
送り手(女)→腕を取り換えることを要請(客体)→ 受け手(男)
           ↑
補助者(なし)→ 女(主体)←反対者(男)

  聴き手(腕を取り換えたらどうなるか)
           ↓
送り手(男)→腕を取り換える(客体)→ 受け手(女)
           ↑
補助者(なし)→ 男(主体)←反対者(女)

   聴き手(女は火あぶりとなるか)
           ↓
送り手(男)→火を焚くことを要請(客体)→ 受け手(女房)
           ↑
補助者(女房)→ 男(主体)←反対者(狐)

  聴き手(女房が笑うのはどんな意味か)
           ↓
送り手(女房)→笑う(客体)→ 受け手(男)
           ↑
補助者(男)→ 女房(主体)←反対者(狐)

   聴き手(結局騙された男をどう思うか)
           ↓
送り手(男)→胡瓜だと気づく(客体)→ 受け手(狐)
           ↑
補助者(女房)→ 男(主体)←反対者(狐)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。池の峠で女と遭遇した男はこの女こそが人を化かす狐に違いないと確信します。普段から自分は狐には騙されないと豪語していた男は女の腕をとって捕縛します。女は自分は狐ではないと訴えますが男は耳を貸しません。女は痛いので腕を取り換えることを要請します。応じた男は女を自宅まで連行します。女房に火を焚けと命じたところで力が抜け、女は姿を消してしまいます。だが、腕は放していないと思った男でしたが、握っているのは胡瓜だったという筋立てです。

 男―女(狐)、男―女房、男―右の腕、男―左の腕、といった対立軸が見受けられます。右の腕/左の腕の図式にせっかく狐を捕縛したものの腕を取り換えることで胡瓜にすり替えられてすんでのところで取り逃してしまうミステイクが暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

男♌♁(-1)―女(狐)♂☉―女房☾(♌)♎

 といった風に表記できるでしょうか。人を化かす狐を捕まえて懲らしめることを価値☉と置くと、男は享受者♁となりますが、腕を取り換えることでまんまと逃げられてしまいますので、マイナスの享受者♁としてもいいかもしれません。女(狐)は対立者であり価値☉です。男の女房は火を焚くことを命じられますので男の援助者☾ですが、男が必死に握ってるのが狐の腕でなく胡瓜だったことに気づいて笑いますので、ここでは審判者♎と置きます。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「男は女の正体を暴くことができるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「腕が胡瓜にすり替えられた」でしょうか。「胡瓜/左の腕―右の腕」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:男は女の正体を暴くことができるか
        ↑
発想の飛躍:腕が胡瓜にすり替えられた

・男―腕―女=狐
     ↑
・胡瓜/左の腕―右の腕

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「池の峠の狐」ですと「狐が出るという池の峠で遭遇した女の腕を強引に掴んで家まで連れていった男だったが、掴んだ腕を取り換えた際に胡瓜にすり替えられ逃げられてしまった」くらいでしょうか。

◆余談

 狐には騙されないと自慢していた男の鼻っ柱がへし折られて赤っ恥をかく展開となっています。

 那賀郡に小角や池の峠といった地名があるのか知りません。伝説的要素を持ちますが、内容的には昔話でしょうか。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.309-310.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年9月17日 (火)

行為項分析――大公

◆あらすじ

 昔、大公という若者がいた。近所に金持ちの旦那がいた。旦那は欲張りで評判がよくなかった。大公は時々雇われて旦那のところへ働きに行った。ある日旦那の供をして山奥へ猟に行った。昼になったので昼飯を食べて休んでいる内に大公は木に登って遠方をあっちこっちと見ていたが、旦那様、大変ですと言って慌てて下りてきた。お家の方に当たって火の手が見える。火事かもしれないから自分が帰って様子を見てくると言って走って帰った。そして家へ帰ると、奥様、大変でございます。旦那さまが崖から落ちて頭に大怪我をした。それには女房の髪を黒焼きにしてつけると聞いているので自分が取りに帰った。すぐ髪を切って下さいと言った。奥様はびっくりして大急ぎで髪を根元からぷっつり切って大公に渡した。大公は山へ行くと、旦那様、大火事です。火事で奥様が大怪我をした。火事の怪我には何でも旦那の髪の黒焼きがよいということだ。早くそのまげを切るように言った。旦那は慌てて髪を根元からぷっつり切って大公に渡した。大公はそれを持って一散に駆けだした。旦那も大公について駆けだした。そして家へ帰ってみると家は何の事もなく、入って見ると奥さんが丸坊主になっていた。旦那は大公に騙されて二人とも髪を切られたことを知ると、大いに腹を立て、下男にいいつけて大公を捕らえてこさせた。そして大きな箱を作ってその中に入れ、首ほど出して大川へ流してこいと言いつけた。二人の下男は箱をかついで大川へ来た。土手におろして川へつき落とそうとすると、大公が箱の中から何も思い残すことはないが、これまで溜めた金がどこそこに瓶にいっぱい埋めてある。お前らに形見にやるから人に知られぬように早く掘れと言うと、下男たちは箱をそのままにして自分が掘ろうと思って我先に走って帰った。大公は穴から首を出してみると、目の悪い男が杖にすがって通りかかった。大公は大きな声であなたは目が悪いらしいが、この箱へ入るとじきよくなる。自分も目が悪くてこの箱へ入れてもらったらすっかりよくなった。これから出ようと思っているところだと言った。目の悪い男はそれではというので縄をといて大公を出し、代わって自分が入った。大公はそれに縄をかけて逃げた。下男たちは大公に言われたところへ走っていって掘ってみたが何も出ない。ようやく騙されたことに気がついて帰ってくると、物も言わずに箱を川へ突っ込んでしまった。三日ほど経って大公は旦那のところへ言った。旦那さま、自分はこの間川へ流してもらったが、あれから竜宮へ参った。立派な御殿で、お姫様の美しいこと、旦那様のことを話しましたら是非お連れしてこいとのことで迎えに参ったと言うと、旦那は大喜びで夫婦づれで大川のほとりへ来た。そして、一、二、三で飛び込むのですよと言って二人を川へつき落とした。それから自分が旦那のところへ帰って楽に暮らした。

◆モチーフ分析

・大公という若者がいた
・近所に金持ちの旦那がいたが欲張りで評判がよくなかった
・大公は旦那のところへ時々雇われた
・旦那の供をして山奥へ猟にいった
・旦那の家の方向に火の手が見える。火事かもしれないから帰って様子を見てくるといって走って帰った
・家へ帰ると奥さんに旦那が怪我をしたと言って髪を切らせた
・大公は山へ戻ると、旦那に火事で奥さんが怪我をしたと言ってまげを切らせた
・家へ帰ると、家は何事もなく、奥さんが丸坊主になっていた
・騙されて腹をたてた旦那は下男に大公を捕らえさせ、箱の中に入れ、川に流してこいと言った
・下男が川へ突き落とそうとすると、大公は溜めた金が埋めてあるから形見にやると言う
・下男たち、箱をそのままにして走って帰る
・目の悪い男が通りがかった
・大公はこの箱に入るとじきに良くなるといって入れ替わらせた
・騙されたと知った下男たちが箱を川へ突っ込んでしまった
・大公は三日ほど経って旦那のところへ行き、竜宮へ行ったと語った
・旦那を招いていると騙し、旦那と奥さんを川に突き落とした
・大公、自分は旦那のところへ帰って楽に暮らした

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:大公
S2:旦那
S3:奥さん
S4:下男
S5:目の悪い男

O(オブジェクト:対象)
O1:世評
O2:猟
O3:山奥
O4:旦那の家
O5:火
O6:髪(まげ)
O7:箱
O8:川
O9:金
O10:竜宮

m(修飾語)
m1:若い
m2:金持ち
m3:欲張り
m4:評判が悪い
m5:怪我をした
m6:無事
m7:丸坊主の
m8:立腹した
m9:視力の回復した
m10:安楽な

X:どこか

+:接
-:離

・大公という若者がいた
(存在)X:S1大公+m1若い
・近所に金持ちの旦那がいたが欲張りで評判がよくなかった
(存在)X:S2旦那+m2金持ち
(性質)S2旦那:S2旦那+m3欲張り
(評価)O1世評:S2旦那+m4評判が悪い
・大公は旦那のところへ時々雇われた
(雇用)S2旦那:S2旦那+S1大公
・旦那の供をして山奥へ猟にいった
(供)S1大公:S2旦那+S1大公
(猟)S2旦那:S2旦那+O2猟
(入山)S2旦那:S2旦那+O3山奥
・旦那の家の方向に火の手が見える
(嘘)S1大公:O4旦那の家+O5火
・火事かもしれないから帰って様子を見てくるといって走って帰った
(離脱)S1大公:S1大公-S2旦那
(帰宅)S1大公:S1大公+O4旦那の家
・家へ帰ると奥さんに旦那が怪我をしたと言って髪を切らせた
(報告)S1大公:S2旦那+m5怪我をした
(断髪)S1大公:S3奥さん-O6髪
・大公は山へ戻ると、旦那に火事で奥さんが怪我をしたと言ってまげを切らせた
(引き返す)S1大公:S1大公+O3山奥
(報告)S1大公:S3奥さん+m5怪我をした
(断髪)S1大公:S2旦那-O6まげ
・家へ帰ると、家は何事もなく、奥さんが丸坊主になっていた
(帰宅)S2旦那:S2旦那+O4旦那の家
(無事)S2旦那:O4旦那の家+m6無事
(視認)S2旦那:S3奥さん+m7丸坊主の
・騙されて腹をたてた旦那は下男に大公を捕らえさせ、箱の中に入れ、川に流してこいと言った
(立腹)S2旦那:S2旦那+m8立腹した
(捕縛)S2旦那:S4下男+S1大公
(命令)S2旦那:S1大公+O7箱
(命令)S2旦那:O7箱+O8川
・下男が川へ突き落とそうとすると、大公は溜めた金が埋めてあるから形見にやると言う
(落とす)S4下男:S1大公+O8川
(嘘)S1大公:S1大公+O9金
(嘘)S1大公:S4下男+O9金
・下男たち、箱をそのままにして走って帰る
(放置)S4下男:O7箱-S4下男
(欲望)S4下男:S4下男+O9金
・目の悪い男が通りがかった
(遭遇)S5目の悪い男:S5目の悪い男+S1大公
・大公はこの箱に入るとじきに良くなるといって入れ替わらせた
(嘘の効能)O7箱:S5目の悪い男+m9視力の回復した
(すり替え)S1大公:O7箱-S1大公
(すり替え)S1大公:O7箱+S5目の悪い男
・騙されたと知った下男たちが箱を川へ突っ込んでしまった
(騙される)S4下男:S4下男-O9金
(落とす)S4下男:O7箱+O8川
・大公は三日ほど経って旦那のところへ行き、竜宮へ行ったと語った
(訪問)S1大公:S1大公+S2旦那
(嘘)S1大公:S1大公+O10竜宮
・旦那を招いていると騙し、旦那と奥さんを川に突き落とした
(招待)O10竜宮:O10竜宮+(S2旦那+S3奥さん)
(落下)S1大公:(S2旦那+S3奥さん)+O8川
・大公、自分は旦那のところへ帰って楽に暮らした
(悠々自適)S1大公:S1大公+O4旦那の家
(悠々自適)S1大公:S1大公+m10安楽な

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

  聴き手(大公と旦那の関係はどうなるか)
           ↓
送り手(旦那)→雇用(客体)→ 受け手(大公)
           ↑
補助者(なし)→ 大公(主体)←反対者(旦那)

  聴き手(騙された奥さんはどうなるか)
           ↓
送り手(大公)→髪を切らせる(客体)→ 受け手(奥さん)
           ↑
補助者(なし)→ 大公(主体)←反対者(奥さん)

  聴き手(騙された旦那はどうなるか)
           ↓
送り手(大公)→髪を切らせる(客体)→ 受け手(旦那)
           ↑
補助者(なし)→ 大公(主体)←反対者(旦那)

  聴き手(捕らわれた大公はどうなるか)
           ↓
送り手(旦那)→箱に入れて川に流す(客体)→ 受け手(大公)
           ↑
補助者(下男)→ 旦那(主体)←反対者(大公)

  聴き手(騙された下男はどうなるか)
           ↓
送り手(大公)→埋めた金を譲る(客体)→ 受け手(下男)
           ↑
補助者(なし)→ 大公(主体)←反対者(下男)

  聴き手(騙された目の悪い男はどうなるか)
           ↓
送り手(大公)→埋めた金を譲る(客体)→ 受け手(目の悪い男)
           ↑
補助者(なし)→ 大公(主体)←反対者(目の悪い男)

  聴き手(危機を免れた大公はどうなるか)
           ↓
送り手(下男)→箱を川に流す(客体)→ 受け手(目の悪い男)
           ↑
補助者(なし)→ 下男(主体)←反対者(目の悪い男)

  聴き手(旦那を葬った大公はどうなるか)
           ↓
送り手(大公)→竜宮に案内すると騙す(客体)→ 受け手(旦那、奥さん)
           ↑
補助者(なし)→ 大公(主体)←反対者(旦那、奥さん)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。大公という若者がいて、評判の悪い旦那に雇われていました。あるとき、旦那が山に猟に出かけたのに同行した大公は旦那の家が火事だと偽ってその場を離れ、旦那の奥さんを騙して丸坊主にし、今度は引き返して旦那を騙して丸坊主にさせます。怒った旦那は大公を箱に入れて川に流そうとしますが、大公は下男を騙してその場を離れさせ、目の悪い男とすり替わってしまいます。危機を免れた大公は再び旦那の許を訪れ、旦那と奥さんを竜宮に案内すると騙して川に流してしまうという筋立てです。

 大公―旦那、大公―奥さん、大公―下男、大公―目の悪い男、といった対立軸が見受けられます。大公/旦那の図式に評判の悪い支配者を知恵者が懲らしめる姿が暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

大公♌♁―旦那♂♎―奥さん☾(♂)―下男☾(♂)―目の悪い男☾(♌)

 といった風に表記できるでしょうか。大公は最後に旦那の富を奪ってしまいますので、旦那の富を価値☉と置くと、大公は享受者♁となります。旦那は対立者♂であり自分を騙した大公を殺そうとしますので審判者♎でもあります。奥さんや下男は旦那の援助者☾です。目の悪い男は大公に騙されて身代わりとされてしまいますので大公の援助者☾と置けるでしょうか。

◆元型分析

 大公はユングの提唱した元型(アーキタイプ)だとトリックスターに分類されます。知恵者ですが物語を引っ掻き回すいたずら者の役割です。旦那という権威者を騙して顔色を失わしめ、更に報復されそうになると逆にやり返す側面を見せます。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「大公の嘘はどんな結果をもたらすか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「大公の悪知恵」でしょうか。「大公―火事―旦那/奥さん」「大公―箱―下男」「大公―箱―目の悪い男」「大公―竜宮―旦那/奥さん」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:大公に騙された者はどうなるか
        ↑
発想の飛躍:大公の悪知恵

・大公―騙す―旦那/奥さん―下男―目の悪い男
      ↑
・大公―火事―旦那/奥さん
・大公―箱―下男
・大公―箱―目の悪い男
・大公―竜宮―旦那/奥さん

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「大公」ですと「大公は旦那夫婦を騙して丸坊主にさせ、川に流されそうになるも免れ、更に竜宮に行ってきたと騙し、旦那夫婦を川へ突き落とす」くらいでしょうか。

◆余談

 原話はアンデルセンの「小クラウスと大クラウス」だそうですが、読み比べてみると、かなりローカライズされています。ここでは思い込みによる模倣が見られます。毒を以て毒を制す的な雰囲気のあるお話でもあります。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.306-308.
・大庭良美「石見の民話―その特色と面白さ―」『郷土石見』八号(石見郷土研究懇話会、一九七九)五八―七一頁。
・『民間説話―理論と展開―』上巻(S・トンプソン, 荒木博之, 石原綏代/訳, 社会思想社, 1977)pp.248-249.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年9月16日 (月)

行為項分析――渡廊下の寄附

◆あらすじ

 あるところに分限者(ぶげんしゃ)がいた。とてもけちで少しでもお金を出すことが嫌いで出そうとはしない。お寺の寄附なども言い訳をしてなかなか出さなかった。檀那寺の方丈はこんなことでは良くない、何とかして功徳をさせて救ってやらないと死んでから罪におちると思い、いろいろ考えた末に、近頃お寺の渡廊下が傷んで歩くのに危ない様になったが一つ寄附をしてくださらないかと言った。主人はいやな顔をして、一体どれくらい出せばいいだろうと訊いた。一両もあれば充分だろうと方丈が言うと、主人は渡廊下を直すと言えば五両や十両はいると言うに違いないと思ったのが案外少なかったので、それでは出そうと言って喜んで一両出した。方丈もこれで功徳ができたと喜んだ。ところがそれから間もなく主人は急病で亡くなった。葬式の日は分限者の旦那さまが亡くなったというので大勢の人が来て、幸い天気も良かった。坊さんもたくさん呼ばれていて、お経をあげて順々に焼香した。すると、その時今までよく晴れていた空がにわかにかき曇り、真っ黒い雲が棺を狙って舞い降りてきた。檀那寺の方丈は持っていた鉄の如意をふりかぶり、廊下、廊下と叫んで黒雲めがけて投げつけた。すると黒雲は直ちに天上へ舞い上がり、空は元のように晴れた。黒雲は火車で、棺の中の死体をさらうために来たのであった。火車は強欲な人が死ぬと死体をとって食う魔物である。居合わせた他の坊さんたちは、方丈の廊下廊下という一喝の威力に驚いて教えてくれるように頼んだ。方丈はそこで、この主人が強欲で死んだら火車にとられる様なことになってはいけないと思い、渡廊下に寄附をさせて、その功徳で救ったのだと教えたということである。

◆モチーフ分析

・あるところにけちな分限者がいた
・お寺の寄附も言い訳をしてなかなか出さなかった
・檀那寺の方丈は、何とかして功徳をさせないと死んでから罪に落ちると考えた
・方丈は分限者にお寺の渡廊下が傷んでいるので寄附してくれないか言った
・分限者は嫌な顔をして、どれくらい出せばいいか訊いた
・一両もあれば充分だと方丈が言うと、五六両と見積もっていた分限者は喜んで一両だした
・方丈はこれで功徳ができたと喜んだ
・それから間もなく分限者は急病で亡くなった
・葬式の日は大勢の人が来て、天気も良かった
・坊さんもたくさん呼ばれていて、お経をあげ順々に焼香した
・空がにわかにかき曇り、真っ黒い雲が棺を狙って舞い降りてきた
・方丈は黒雲めがけ鉄の如意をふりかぶり、廊下、廊下と叫んで黒雲めがけて投げつけた
・すると黒雲は直ちに天上へ舞い上がり、空は元の様に晴れた
・黒雲は火車で、棺の中の死体をさらうために来た
・火車は強欲な人が死ぬと死体をとって食う魔物である
・居合わせた他の坊さんたちは、方丈の一喝の威力に驚いて教えてくれるよう頼んだ
・方丈は分限者が強欲で死んだら火車にとられる様なことにならない様、渡廊下に寄附をさせて、その功徳で救ったのだと教えた

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:分限者
S2:方丈
S3:人々
S4:坊さん
S5:遺族
S6:黒雲(火車)

O(オブジェクト:対象)
O1:お寺
O2:寄付
O3:功徳
O4:地獄
O5:渡り廊下
O6:一両
O7:葬式
O8:読経
O9:棺
O10:如意棒
O11:廊下の功徳
O12:死体(強欲な人の死体)


m(修飾語)
m1:けちな
m2:傷んだ
m3:嫌な
m4:充分な
m5:死んだ
m6:晴れた
m7:曇った
m8:感嘆した

X:どこか

+:接
-:離

・あるところにけちな分限者がいた
(存在)X:S1分限者+m1けちな
・お寺の寄附も言い訳をしてなかなか出さなかった
(けち)S1分限者:O1お寺-O2寄付
・檀那寺の方丈は、何とかして功徳をさせないと死んでから罪に落ちると考えた
(功徳なし)S2方丈:S1分限者-O3功徳
(地獄落ち必至)S2方丈:S1分限者+O4地獄
・方丈は分限者にお寺の渡廊下が傷んでいるので寄附してくれないか言った
(状態)O1お寺:O5渡り廊下+m2傷んだ
(依頼)S2方丈:S1分限者-O2寄付
・分限者は嫌な顔をして、どれくらい出せばいいか訊いた
(状態)S1分限者:S1分限者+m3嫌な
(質問)S1分限者:S2方丈+O2寄付
・一両もあれば充分だと方丈が言うと、五六両と見積もっていた分限者は喜んで一両だした
(回答)S2方丈:O6一両+m4充分な
(支払う)S1分限者:S2方丈+O6一両
・方丈はこれで功徳ができたと喜んだ
(安堵)S1方丈:S1分限者+O3功徳
・それから間もなく分限者は急病で亡くなった
(死去)S1分限者:S1分限者+m5死んだ
・葬式の日は大勢の人が来て、天気も良かった
(来訪)S3人々:S3人々+O7葬式
(天気良好)X:X+m6晴れた
・坊さんもたくさん呼ばれていて、お経をあげ順々に焼香した
(出席)S5遺族:S4坊さん+O7葬式
(読経)S4坊さん:S1分限者+O8読経
・空がにわかにかき曇り、真っ黒い雲が棺を狙って舞い降りてきた
(曇天)X:X+m7曇った
(襲撃)S6黒雲:S6黒雲+O9棺
・方丈は黒雲めがけ鉄の如意をふりかぶり、廊下、廊下と叫んで黒雲めがけて投げつけた
(投げつけ)S2方丈:S6黒雲+O10如意棒
(提示)S2方丈:S6黒雲+O11廊下の功徳
・すると黒雲は直ちに天上へ舞い上がり、空は元の様に晴れた
(退散)S6黒雲:S6黒雲-O9棺
(快晴)X:X+m6晴れた
・黒雲は火車で、棺の中の死体をさらうために来た
(正体)S6黒雲:S6火車+O12死体
・火車は強欲な人が死ぬと死体をとって食う魔物である
(性質)S6火車:S6火車+O12強欲な人の死体
・居合わせた他の坊さんたちは、方丈の一喝の威力に驚いて教えてくれるよう頼んだ
(驚愕)S4坊さん:S2方丈+m8感嘆した
(依頼)S4坊さん:S2方丈+S4坊さん
・方丈は分限者が強欲で死んだら火車にとられる様なことにならない様、渡廊下に寄附をさせて、その功徳で救ったのだと教えた
(教え)S2方丈:O11廊下の功徳-S6火車

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

  聴き手(分限者のケチさでどうなるか)
           ↓
送り手(方丈)→寄付の依頼(客体)→ 受け手(分限者)
           ↑
補助者(なし)→ 方丈(主体)←反対者(分限者)

  聴き手(火車の登場でどうなるか)
           ↓
送り手(火車)→死体を奪おうとする(客体)→ 受け手(分限者)
           ↑
補助者(なし)→ 火車(主体)←反対者(方丈)

  聴き手(火車を撃退した方丈はどう振る舞うか)
           ↓
送り手(方丈)→教訓の教示(客体)→ 受け手(坊さん)
           ↑
補助者(なし)→ 方丈(主体)←反対者(なし)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。ケチな分限者がいて村の困りごとにも中々金を出さなかった。功徳を積まないと死後に地獄に落ちると考えた方丈は分限者に寺の渡り廊下の修理代を寄付するようもちかける。方丈が安い金額を提示したので喜んで応じた分限者だった。それから分限者は急死してしまった。葬式の際、大勢の坊さんたちが集まった。そこに天から火車が現れ、強欲だった分限者の死体をとって食おうとした。方丈は渡り廊下の功徳を強調して火車を退散させることに成功したという筋立てです。

 分限者―方丈、坊さん―分限者、火車―分限者、火車―方丈、方丈―坊さん、といった対立軸が見受けられます。葬式/火車の図式に分限者のケチさが暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

方丈♌☾(♁)―分限者♁―火車♂♎―坊さん☾(♁)☾(♌)―人々☾

 といった風に表記できるでしょうか。分限者が火車の襲撃(地獄行き)を免れることを価値☉と置くと、分限者はその享受者♁となります。方丈は分限者に少額ながらでも寄附を促し火車を退散させますので分限者の援助者☾でもあります。火車はケチな分限者を狙う対立者であり、また渡り廊下の寄付を認めて退散しますので審判者♎でもあります。坊さんたちは本来は分限者の葬儀のために集まったので分限者の援助者☾ですが、方丈の教訓を引き出す役割を果たしますので主体の援助者☾とも置けます。葬儀に参列した人々は騒動を目撃するのみですので、ただの援助者☾としておきましょう。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「分限者の寄附はどんな結果をもたらすか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「渡廊下の寄附が一両のみ」「火車の登場」でしょうか。「方丈―渡廊下/寄附=一両―分限者」「葬式―火車―棺」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:分限者の寄附はどんな結果をもたらすか
        ↑
発想の飛躍:渡廊下の寄附が一両のみ
      火車の登場

・方丈―渡廊下/寄附―分限者
     ↑
・渡廊下―寄附=一両
・葬式―火車―棺

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「渡廊下の寄附」ですと「ケチな分限者がいたが生前、少額ながら渡廊下への寄附を行っていたため、その功徳で火車に食われることを免れた」くらいでしょうか。

◆余談

 火車は妖怪ですが『石見の民話』では他のお話「山椒九右衛門」「化け猫」にも登場します。

 この昔話はアニメ「まんが日本昔ばなし」の出典としてクレジットされています。そうすると、石見の昔話が源流と思われるかもしれませんが、山形県のお寺の伝説ともなっているそうです。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.304-305.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年9月15日 (日)

行為項分析――山小屋の不思議

◆あらすじ

 昔、門田の明比谷(あけひだに)という大きな山で木挽(こび)きが三人で小屋を作って泊まり込んで毎日木を伐ったり板にしたりしていた。ところがある晩、一人が死んだので、近くの集落へ知らせに出ることになった。死んだものを一人おいて二人で出かける訳にはいかないので、一人が死んだ人の番をして、もう一人が出かけることにした。何しろ人里離れた山の中であり、夜のことだから、残って死人の番をしている方も、夜道を一人で出かける方も気持ちの悪いことで、どちらも山には慣れていて度胸がよいので、一人が死人の番をし、一人が出かけた。残った方は囲炉裏(いろり)の火を消えないように焚きながら仲間が帰ってくるのを待っていた。すると、死人がむくむくと起き上がった。番をしていた木挽きはびっくりした。こんなことは生まれて初めてだ。しばらくすると死人はばったり倒れた。番をしていた男は思わずほっとして胸をなで下ろした。ところがしばらくすると、死人がまた起き上がった。おや、と思って見ているとしばらくするとまた倒れた。いくら度胸のすわった男でも気持ちのいいことではない。それでもどうしようもないので火を焚きながら仲間の帰るのを今か今かと待っていた。知らせにいった方は小屋ではさぞ待っているだろうと思って、一生懸命急いで村へ下りて手前の家に知らせて頼んでおくとすぐ引き返した。そうして小屋の前まで帰ってくると、戸口のところに何か変なものがいて、のびあがったりしゃがんだりしている。男はこっそり裏へ回って、ソマを持ってくるといきなり戸口にいるものに切りつけた。するとギャッという叫び声がして動かなくなった。留守番をしていた木挽きが火をもって出てみると、大きな狸が肩口を切られて死んでいた。それで死人が起きたり倒れたりしたのは狸のしわざだと分かった。

◆モチーフ分析

・門田の明比谷という山で三人の木挽きが小屋を作って泊まり込んで毎日木を伐ったり板にしたりしていた
・ある晩、一人が死んだので、近くの集落へ知らせに出ることになった
・一人が死んだ者の番をして、もう一人が出かけることにした
・二人とも度胸があって、残った方が囲炉裏の火を消えないように焚きながら仲間が帰ってくるのを待っていた
・すると、死人がむくむくと起き上がった
・番をしていた木挽きはびっくりした
・死体はしばらくすると、ばったり倒れた
・番をしていた男はほっと胸をなで下ろした
・すると、死人がまた起き上がって、また倒れた
・気持ち悪いが、どうしようもないので火を焚きながら仲間の帰ってくるのを今か今かと待っていた
・知らせに行った男は一生懸命に急いで村へ下りて知らせると、すぐに引き返した
・小屋の前まで帰ってくると、何か変なものがいて伸び上がったりしゃがんだりしている
・男はこっそり裏へ回ってソマで戸口にいるものに切りつけた
・ギャッという叫び声がして動かなくなった
・留守番をしていた木挽きが火をもって出てみると、大きな狸が肩口を切られて死んでいた
・それで狸のしわざだと分かった

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:木挽き(死者)
S2:木挽き(番)
S3:木挽き(使い)
S4:狸(変なもの)

O(オブジェクト:対象)
O1:明比谷
O2:小屋
O3:伐採
O4:製材
O5:集落
O6:囲炉裏
O7:裏手
O8:悲鳴

m(修飾語)
m1:死んだ
m2:度胸がある
m3:起きた
m4:驚いた
m5:倒れた
m6:安堵した
m7:気味が悪い
m8:変な挙動の
m9:動かない

+:接
-:離

・門田の明比谷という山で三人の木挽きが小屋を作って泊まり込んで毎日木を伐ったり板にしたりしていた
(生活)O1明比谷:(S1木挽き+S2木挽き+S3木挽き)+O2小屋
(仕事)(S1木挽き+S2木挽き+S3木挽き):(S1木挽き+S2木挽き+S3木挽き)+(O3伐採+O4製材)
・ある晩、一人が死んだので、近くの集落へ知らせに出ることになった
(死亡)S1木挽き:S1木挽き+m1死んだ
()(S2木挽き+S3木挽き):(S2木挽き+S3木挽き)+O5集落
・一人が死んだ者の番をして、もう一人が出かけることにした
(番)S2木挽き:S2木挽き+S1死者
(使い)S3木挽き:S3木挽き-O2小屋
・二人とも度胸があって、残った方が囲炉裏の火を消えないように焚きながら仲間が帰ってくるのを待っていた
(性質)(S2番+S3使い):(S2番+S3使い)+m2度胸がある
(囲炉裏番)S2番:S2番+O6囲炉裏
(待つ)S2番:S3使い+O2小屋
・すると、死人がむくむくと起き上がった
(起立)S1死者:S1死者+m3起きた
・番をしていた木挽きはびっくりした
(驚愕)S2番:S2番+m4驚いた
・死体はしばらくすると、ばったり倒れた
(倒れる)S1死者:S1死者+m5倒れた
・番をしていた男はほっと胸をなで下ろした
(安堵)S2番:S2番+m6安堵した
・すると、死人がまた起き上がって、また倒れた
(起立)S1死者:S1死者+m3起きた
(倒れる)S1死者:S1死者+m5倒れた
・気持ち悪いが、どうしようもないので火を焚きながら仲間の帰ってくるのを今か今かと待っていた
(不審)S2番:S2番+m7気味が悪い
(待つ)S2番:S3使い+O2小屋
・知らせに行った男は一生懸命に急いで村へ下りて知らせると、すぐに引き返した
(報告)S3使い:S3使い+O5集落
(引き返す)S3使い:S3使い-O5集落
・小屋の前まで帰ってくると、何か変なものがいて伸び上がったりしゃがんだりしている
(到着)S3使い:S3使い+O2小屋
(視認)S3使い:S4変なもの+m8変な挙動の
・男はこっそり裏へ回ってソマで戸口にいるものに切りつけた
(迂回)S3使い:S3使い+O7裏手
(攻撃)S3使い:S3使い+S4変なもの
・ギャッという叫び声がして動かなくなった
(悲鳴)S4変なもの:S4変なもの+O8悲鳴
(停止)S4変なもの:S4変なもの+m9動かない
・留守番をしていた木挽きが火をもって出てみると、大きな狸が肩口を切られて死んでいた
(視認)S2番:S4狸+m1死んだ
・それで狸のしわざだと分かった
(判明)(S2番+S3使い):S4狸+S1死体

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

  聴き手(使いが戻ってくるまでにどうなるか)
           ↓
送り手(番)→死者の番をする(客体)→ 受け手(死者)
           ↑
補助者(なし)→ 番(主体)←反対者(なし)

  聴き手(使いはいつになったら戻ってくるか)
           ↓
送り手(使い)→死者が出たことを知らせにいく(客体)→ 受け手(集落)
           ↑
補助者(なし)→ 使い(主体)←反対者(なし)

   聴き手(異常事態に番役はどうするか)
           ↓
送り手(死者)→ひとりでに動く(客体)→ 受け手(番)
           ↑
補助者(なし)→ 番(主体)←反対者(死者)

   聴き手(得体のしれないものに対しどうするか)
           ↓
送り手(使い)→斧で切りつける(客体)→ 受け手(変なもの)
           ↑
補助者(なし)→ 使い(主体)←反対者(変なもの)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。三人の木挽き(木こり)が山中に小屋を作ってそこで仕事をしていましたが、あるとき一人が死んでしまいました。残された二人の内、一人が番をしてもう一人が村へ使いに出ることになりました。死者の番をしていた木挽きですが、死んだはずの木挽きが急に動き出して驚きます。すぐに死者は動かなくなりますが、番の者は驚き不審に思い、使いの者が帰ってくるのを待ちます。使いの者は村へ報告した後、すぐに引き返しますが、戻ってみると、小屋の外で何か変なものが伸びたり縮んだりしているのを目撃します。こっそり忍び寄った使いの者は斧で切りつけます。それは狸の仕業だったという筋立てです。番の者と使いの者との勇気が強調されています。

 死者―番の者、使いの者―集落、使いの者―変なもの(狸)、といった対立軸が見受けられます。死者/狸の図式に狸は悪さをする動物でもあるという民間信仰が、狸/ソマの図式には悪しきものを成敗する力が暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

番の者♌♎☾(♌)♁―使いの者♌♎☾(♌)―死者☾(♂)―変なもの(狸)♂

 といった風に表記できるでしょうか。番の者と使いの者とは互いに協力しあっていますので、援助者☾同士とみることもできます。狸は対立者ですが、死者を使役します。使役される死者は対立者の援助者☾(♂)と置くことができるでしょうか。価値☉を何に置くかですが、ここでは使いの者が戻るまで死者の番を務めることでしょうか。すると、恐怖に耐え続けた番の者が享受者♁と置くことができるでしょうか。また、番の者と使いの者とは結果的に狸の仕業だったと知りますので審判者♎とも置けるでしょう。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「死者の番で無事一晩過ごせるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「狸が死体を操る」でしょうか。「木挽き―死者―狸」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:死者の番で無事一晩過ごせるか
        ↑
発想の飛躍:狸が死体を操る

・番の者―死者―使いの者
     ↑
・木挽き―死者―狸

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「山小屋の不思議」ですと「死体がひとりでに動くので不気味に思ったところ、狸の仕業であった」くらいでしょうか。

◆余談

 木挽き(木こり)は山の中で孤立して生活していますので、彼らの小屋には様々な非日常的な存在が訪れます。それは時には死をもたらす妖怪だったり、逆に彼らを守護する土地神だったりします。「山小屋の不思議」では彼らを助ける存在は登場しません。自力救済ですが、彼らは自分自身の勇気で異常事態を乗り越えるのです。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.302-303.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年9月14日 (土)

行為項分析――「空」の塔婆

◆あらすじ

 昔あるところに大変貧乏な親子がいた。父親が死んだが、貧乏なので法事をすることができなかった。ある夕方、坊さんが一夜泊めてくれと言ってきた。息子は自分は親父が死んでも法事もよくできない程で、あなたを泊めても食べさせるご飯もないと言った。坊さんはそれなら今晩泊めてくれ、そうしたら親父さんの法事をしてやろうと言った。息子はたいそう喜んで坊さんを泊め、食べさせるものがないので、自分の粗末な食べ物を食べさせた。坊さんはそれで結構と言って夕飯を済ますと、何でもよいから木を一本削ってこいと言った。息子は一本の木を鉋(かんな)できれいに削ってくると、坊さんは筆を出して塔婆にして字を書いて、お経を読んでくれた。坊さんは朝出るときこれを墓へ持っていって立てなさいと言ってどこへともなく行ってしまった。するとそこへ友達がやって来た。息子が昨夜坊さんが来て法事をしてもらったと言って塔婆を出して見せた。友達は手にとって見ていたが、お前、坊さんにお布施をあげなかっただろうと言った。金がないからあげなかったと言うと、そうだろう、塔婆には悪口が書いてあると言って塔婆の字を読んで聞かせた。それには「斎(とき)ばかり布施はなにわの白塔婆 手向けに書くぞ 空の一字を」として「空」という字が一字書いてあった。息子はそれを聞くと腹を立てて、塔婆は裏の小川に投げた。その晩息子が寝ていると、父親が夢枕に立って、あの塔婆のおかげで自分は成仏した。塔婆は井手にかかっているから拾ってきて立ててくれと言った。息子があくる朝小川を探していくと、塔婆は少し川下の井手にかかっていたので大事に拾って帰って、父親の墓に立てた。

◆モチーフ分析

・貧乏な親子がいた
・父親が死んだが貧乏なので法事をすることができなかった
・ある夕方、坊さんが一夜泊めてくれと言ってきた
・息子は法事もできない程貧しく、食べさせるご飯もないと断った
・坊さんはそれなら親父さんの法事をしてやろうと言った
・息子は喜んで坊さんを泊め、自分の粗末な食べ物を与えた
・坊さんはそれで結構と夕飯を済ませると、木を一本削ってこいと言った
・息子が鉋で木を削ってくると、坊さんはそれを塔婆にしてお経を読んだ
・坊さんは塔婆を墓へ持っていって立てなさいと言って、どこへともなく行ってしまった
・友達がやって来て、息子は塔婆を見せた
・友達は塔婆に悪口が書いてあるといって読んできかせた
・歌が一首と「空」の一字が書いてあった
・腹をたてた息子は塔婆を裏の小川に投げた
・その晩息子が寝ていると父親が夢枕に立った
・父親は塔婆のおかげで自分は成仏できた。塔婆を拾ってきて立ててくれと言った
・明くる朝、息子は小川を探すと塔婆は川下の井手にかかっていた
・息子は塔婆を大事に拾って帰って父親の墓に立てた

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:息子
S2:父
S3:坊さん
S4:友達

O(オブジェクト:対象)
O1:法事
O2:食事
O3:家
O4:木
O5:塔婆
O6:経
O7:墓
O8:悪口
O9:歌
O10:空の字
O11:お布施
O12:小川
O13:井出

m(修飾語)
m1:貧乏な
m2:死んだ
m3:削った
m4:立腹した
m5:就寝した
m6:成仏した

X:どこか

+:接
-:離

・貧乏な親子がいた
(存在)X:(S1息子+S2父)+m1貧乏な
・父親が死んだが貧乏なので法事をすることができなかった
(死亡)S2父:S2父+m2死んだ
(挙行不能)S1息子:S2父-O1法事
・ある夕方、坊さんが一夜泊めてくれと言ってきた
(来訪)S3坊さん:S3坊さん+S1息子
・息子は法事もできない程貧しく、食べさせるご飯もないと断った
(断り)S1息子:O1法事-m1貧乏な
(断り)S1息子:S3坊さん-O2食事
・坊さんはそれなら親父さんの法事をしてやろうと言った
(提案)S3坊さん:S2父+O1法事
・息子は喜んで坊さんを泊め、自分の粗末な食べ物を与えた
(宿泊)S1息子:S3坊さん+O3家
(譲渡)S1息子:S3坊さん+O2食事
・坊さんはそれで結構と夕飯を済ませると、木を一本削ってこいと言った
(食事)S3坊さん:S3坊さん+O2食事
(依頼)S3坊さん:S1息子+O4木
(依頼)S1息子:O4木+m3削った
・息子が鉋で木を削ってくると、坊さんはそれを塔婆にしてお経を読んだ
(譲渡)S1息子:S3坊さん+O4木
(見立てる)S3坊さん:O4木+O5塔婆
(読経)S3坊さん:S2父+O6経
・坊さんは塔婆を墓へ持っていって立てなさいと言って、どこへともなく行ってしまった
(命令)S3坊さん:S1息子+(O5塔婆+O7墓)
(退去)S3坊さん:S3坊さん-S1息子
・友達がやって来て、息子は塔婆を見せた
(来訪)S4友達:S4友達+S1息子
(提示)S1息子:S4友達+O5塔婆
・友達は塔婆に悪口が書いてあるといって読んできかせた
(指摘)S4友達:O5塔婆+O8悪口
(提示)S4友達:S1息子+O8悪口
・歌が一首と「空」の一字が書いてあった
(内容)O5塔婆:O9歌+O10空の字
(意味)O10空の字:S3坊さん-O11お布施
・腹をたてた息子は塔婆を裏の小川に投げた
(立腹)S1息子:S1息子+m4立腹した
(投棄)S1息子:O5塔婆+O12小川
・その晩息子が寝ていると父親が夢枕に立った
(就寝)S1息子:S1息子+m5就寝した
(登場)S2父:S2父+S1息子
・父親は塔婆のおかげで自分は成仏できた。塔婆を拾ってきて立ててくれと言った
(夢告)O5塔婆:S2父+m6成仏した
(回収依頼)S2父:S1息子+O5塔婆
・明くる朝、息子は小川を探すと塔婆は川下の井手にかかっていた
(捜索)S1息子:S1息子+O12小川
(発見)S1息子:O5塔婆+O13井出
・息子は塔婆を大事に拾って帰って父親の墓に立てた
(回収)S1息子:S1息子+O5塔婆
(修復)S1息子:O5塔婆+O7墓

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

  聴き手(貧乏な息子はどうするか)
           ↓
送り手(息子)→法事を行えない(客体)→ 受け手(父)
           ↑
補助者(なし)→ 息子(主体)←反対者(なし)

  聴き手(法事を行ってもらった結果どうなるか)
           ↓
送り手(坊さん)→宿泊と法事の交換(客体)→ 受け手(息子)
           ↑
補助者(なし)→ 息子(主体)←反対者(なし)

  聴き手(歌の意味を知った息子はどうするか)
           ↓
送り手(友達)→塔婆の歌の意味を教える(客体)→ 受け手(息子)
           ↑
補助者(友達)→ 息子(主体)←反対者(坊さん)

  聴き手(夢のお告げで息子はどうするか)
           ↓
送り手(父)→捨てた塔婆を拾うよう告げる(客体)→ 受け手(息子)
           ↑
補助者(なし)→ 息子(主体)←反対者(なし)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。貧乏な息子は父親が死んでも法事を行うことができませんでした。そうしたところに旅の坊さんが訪れ、一夜の宿と法事とを交換条件にして読経してもらいます。坊さんは塔婆を残して去りましたが、その塔婆を友人に見せたところ、お布施がなかったことが皮肉として詠まれていました。怒った息子は塔婆を投げ捨ててしまいますが、夢枕に父が現れ、自分はあの塔婆のおかげで成仏できたのだから元に戻して欲しいと頼みます。小川を探すと井出に引っかかっていたので回収して墓に立てたという筋立てです。

 息子―父、息子―坊さん、息子―友達、息子―塔婆、父―塔婆、といった対立軸が見受けられます。空/お布施という図式に貧乏なのでお布施すら払ってもらえなかったという皮肉が込められています。ただ、お布施の欠如がきっかけで書かれた「空」の一字が成仏に繋がるという皮肉さ/有難さが暗喩されてもいます。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

息子♌―父♁♎―坊さん☾(♁)☾(♌)(±)―友達☾(♌)(-1)

 といった風に表記できるでしょうか。成仏することを価値☉と置くと、死んだ父はその享受者♁となります。また、坊さんが詠んだ歌の皮肉に怒った息子は一旦塔婆を捨ててしまいますが、「空」の字で成仏できたと夢告しますので審判者♎とも置けるでしょう。坊さんは息子と父両者の援助者☾となります。お布施を払えなかった息子に対しては皮肉を残しますのでプラスマイナスの援助者☾±としていいかもしれません。友達は息子の援助者ですが塔婆に書かれた歌の真意を告げますので、これもマイナスの援助者☾としていいでしょう。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「一夜の宿と法事を交換した貧乏な息子はどうなるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「塔婆に皮肉が書いてあった」でしょうか。「坊さん―空/塔婆―息子―友達」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:一夜の宿と法事を交換した貧乏な息子はどうなるか
        ↑
発想の飛躍:塔婆に皮肉が書いてあった

・坊さん―一夜の宿/法事―息子
       ↑
・友達―悪口/塔婆―息子

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 『「空」の塔婆』ですと「坊さんから貰った塔婆の意味を知り怒りで捨てた息子だったが、塔婆に書かれた空の一字のおかげで父が成仏できたと知り、塔婆を探して墓に立てた」くらいでしょうか。

◆余談

 執筆の一月ほど前に母方の叔父の葬儀がありました。親族として参列したので何もなかったのですが、いざ自分が当事者となったら幾らくらい費用がかかるのか知りませんので、そのときに適切に振る舞えるかなという不安感はあります。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.300-301.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年9月13日 (金)

行為項分析――河野十内

◆あらすじ

 昔、鍋石に河野十内(こうのじゅうない)という力の強い人がいた。これは天狗に力を授かったものと言うことで、向う倍力と言ってどんな力の強い人が来ても十内はその倍の力がでるのだった。あるとき大阪から三人の力持ちが十内と力比べをしようと言ってやって来た。ちょうど十内は留守で奥さんが一人留守番をしていた。力持ちは十内が留守だということを聞くと、玄関に腰を下ろして休んでいた。すると、そこに曲がった大きな鉄の棒が立てかけてあった。奥さんは旦那さまと言ったら杖を曲げておいてと独り言を言いながら手でつるつるとしごいた。すると曲がっていた棒は何のこともなくまっすぐになった。三人の力持ちはそれを見て、おかみさんさえあの通りなら、主人はとても我々の及ぶところではないと言ってこそこそと逃げ帰った。十内は「もとよのみや」という家に住んでいたが、家を普請する時、奥さんは青竹をすこいで縄のようにして、竹の節がめきめきと割れるのを差し出すと、十内はそれで屋中竹を縛りつけたと言うことで、近年まで竹で縛った屋中竹が残っていたという。昔、芸州の八幡(やはた)では毎年広島へ萱(かや)を年貢の代わりに納めていた。十内は、お前たちは萱を丈夫な輪をもって荷造りしておけ、自分が一荷に負うていってやると言った。皆は十内のいう通りにしたが、中に一人、とても手に合うまいと思って、そのおいこ縄(背負う縄)を自分の家の柱に引っかけておいた。十内は道中の村々に何月何日河野十内が萱を負うて出るから用心しておれとふれをしておいた。その日になると、十内は八幡中で納める萱を一まとめにして、ごっそごっそ負うて出たので、道ばたの木や小屋などは皆箒で撫でたように倒れ、おいこ縄を家の柱に結わいつけておいた家は家ごとどんどん引きずって広島の町へ出たので、広島の町も大変傷んだ。それから広島へ萱を出すことは止めになった。漁山(いさりやま)の浅間(せんげん)さんの足ガ鞍(くら)にはうわばみがいた。ある日十内はうわばみ退治に出かけた。すると大きな木が倒れていたので、それに腰をかけて休んでいた。十内は鉄砲を足先にかけていたが、小さな蛇が指先を舐めていると思っていたところ、いつの間にか膝まで呑んでいた。そこで十内はドカンと一発鉄砲を口の中へ撃ち込んだので、うわばみは一発で死んでしまった。うわばみの死骸の下には白銀の花が咲くといって、下の土まで人が金を出して買って帰ったという。あるとき百姓が「とりのす」で堆肥を一荷ずつ負うていくのを見て十内は自分が蹴散らしてやろうといって足で田毎に蹴散らしてやった。ところが十内の力はその時から無くなってしまった。堆肥は不浄の物だから、それを天狗が嫌って力を取り上げてしまったのだった。

◆モチーフ分析

・鍋石に河野十内という力持ちがいた
・天狗に力を授かったもので、どんな力の強い人が来ても十内はその倍の力がでる
・大阪から三人の力持ちが十内と力比べするためにやって来た
・十内は留守で奥さんが一人で留守番していた
・力持ちは十内が留守だというので、玄関で休んだ
・奥さんが曲がった鉄の棒をしごいてまっすぐにさせた
・三人の力持ちが奥さんでこうなら主人はとても力の及ぶところでないと逃げ帰る
・芸州の八幡では毎年広島へ萱を年貢に納めていた
・十内は自分が一荷で負うてやると言った
・一人、おいこ縄を自分の家の柱に引っかけておいた
・十内は何月何日に萱を負うて出るから用心せよとふれを出した
・その日になると十内は八幡中で納める萱を一まとめにして、ごっそり負うて出た
・道ばたの木や小屋は萱で撫でられたように倒れた
・縄を家の柱に結わえていた家は家ごと引きずられた
・広島の町も傷んで、広島へ萱を出すのは止めになった
・漁山の浅間さんにうわばみがいて、十内はそれを退治に出かけた
・小さな蛇が指先を舐めていると思ったら、いつの間にか膝まで呑まれていた
・十内は鉄砲を蛇の口の中に撃ち込んだので、うわばみは一発で死んだ
・百姓が堆肥を一荷ずつ負うていくので、十内が自分がやろうと言って、足で田毎に蹴散らしてやった
・十内の力はその時から無くなってしまった
・堆肥は不浄のものだから、天狗が嫌って力を取り上げてしまったのだった

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:十内
S2:天狗
S3:力持ち
S4:奥さん
S5:ある男
S6:うわばみ(小さな蛇)
S7:百姓

O(オブジェクト:対象)
O1:鍋石
O2:力
O3:十内の家
O4:鉄棒
O5:八幡
O6:広島
O7:萱
O8:年貢
O9:縄
O10:柱
O11:家
O12:布告
O13:木
O14:小屋
O15:もとあった地
O16:漁山
O17:銃弾
O18:堆肥
O19:田

m(修飾語)
m1:力持ちの
m2:倍の
m3:休んだ
m4:まっすぐ
m5:まとめた
m6:倒れた
m7:傷んだ
m8:死んだ
m9:不浄の

+:接
-:離

・鍋石に河野十内という力持ちがいた
(存在)O1鍋石:S1十内+m1力持ちの
・天狗に力を授かったもので、どんな力の強い人が来ても十内はその倍の力がでる
(由来)S2天狗:S1十内+O2力
(倍力)S1十内:S1十内+S3力持ち
(倍力)S1十内:O2力+m2倍の
・大阪から三人の力持ちが十内と力比べするためにやって来た
(来訪)S3力持ち:S3力持ち+O1鍋石
(来訪)S3力持ち:S3力持ち+S1十内
・十内は留守で奥さんが一人で留守番していた
(不在)S1十内:S1十内-O3十内の家
(留守番)S4奥さん:S4奥さん+O3十内の家
・力持ちは十内が留守だというので、玄関で休んだ
(休憩)S3力持ち:S3力持ち+m3休んだ
・奥さんが曲がった鉄の棒をしごいてまっすぐにさせた
(怪力発揮)S4奥さん:O4鉄棒+m4まっすぐ
・三人の力持ちが奥さんでこうなら主人はとても力の及ぶところでないと逃げ帰る
(劣後)S3力持ち:S1十内-S3力持ち
(逃散)S3力持ち:O3十内の家-S3力持ち
・芸州の八幡では毎年広島へ萱を年貢に納めていた
(貢納)O5八幡:O6広島+O7萱
・十内は自分が一荷で負うてやると言った
(宣言)S1十内:S1十内+O7萱
・一人、おいこ縄を自分の家の柱に引っかけておいた
(仕掛け)S5ある男:(O11家+O10柱)+O9縄
・十内は何月何日に萱を負うて出るから用心せよとふれを出した
(警告)S1十内:O5八幡+O12布告
・その日になると十内は八幡中で納める萱を一まとめにして、ごっそり負うて出た
(荷造り)S1十内:O7萱+m5まとめた
(出発)S1十内:S1十内+O7萱
・道ばたの木や小屋は萱で撫でられたように倒れた
(倒壊)O7萱:(O13木+O14小屋)+m6倒れた
・縄を家の柱に結わえていた家は家ごと引きずられた
(牽引)(O7萱+O9縄):O15もとあった地-O11家
・広島の町も傷んで、広島へ萱を出すのは止めになった
(被害発生)O7萱:O6広島+m7傷んだ
(中止)O5八幡:O6広島-O7萱
・漁山の浅間さんにうわばみがいて、十内はそれを退治に出かけた
(存在)S6うわばみ:S6うわばみ+O16漁山
(狩り)S1十内:S1十内+S6うわばみ
・小さな蛇が指先を舐めていると思ったら、いつの間にか膝まで呑まれていた
(接触)S6小さな蛇:S6小さな蛇+S1十内
(危機)S1十内:S6うわばみ+S1十内
・十内は鉄砲を蛇の口の中に撃ち込んだので、うわばみは一発で死んだ
(狙撃)S1十内:S6うわばみ+O17銃弾
(死亡)S6うわばみ:S6うわばみ+m8死んだ
・百姓が堆肥を一荷ずつ負うていくので、十内が自分がやろうと言って、足で田毎に蹴散らしてやった
(背負う)S7百姓:S7百姓+O18堆肥
(手伝い)S1十内:S1十内+S7百姓
(蹴散らす)S1十内:O19田+O18堆肥
・十内の力はその時から無くなってしまった
(喪失)S1十内:S1十内-O2力
・堆肥は不浄のものだから、天狗が嫌って力を取り上げてしまったのだった
(性質)O18堆肥:O18堆肥+m9不浄の
(嫌悪)S2天狗:S2天狗-m9不浄の
(剥奪)S2天狗:S1十内-O2力

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

  聴き手(怪力を得た十内はどうなるか)
           ↓
送り手(天狗)→怪力(客体)→ 受け手(十内)
           ↑
補助者(なし)→ 天狗(主体)←反対者(なし)

 聴き手(奥さんの怪力を目の当たりにした力持ちたちはどうなるか)
           ↓
送り手(奥さん)→鉄棒をまっすぐに直す(客体)→ 受け手(力持ち)
           ↑
補助者(なし)→ 奥さん(主体)←反対者(力持ち)

   聴き手(萱をまとめて背負ったらどうなるか)
           ↓
送り手(十内)→年貢の萱をまとめて背負う(客体)→ 受け手(八幡)
           ↑
補助者(なし)→ 十内(主体)←反対者(なし)

  聴き手(うわばみ退治に出かけた十内はどうなるか)
           ↓
送り手(十内)→退治する(客体)→ 受け手(うわばみ)
           ↑
補助者(なし)→ 十内(主体)←反対者(うわばみ)

  聴き手(不浄のものに触れた十内はどうなるか)
           ↓
送り手(十内)→代わりに堆肥を撒く(客体)→ 受け手(百姓)
           ↑
補助者(なし)→ 十内(主体)←反対者(なし)

  聴き手(天狗に嫌悪された十内はどうなるか)
           ↓
送り手(天狗)→怪力の剥奪(客体)→ 受け手(十内)
           ↑
補助者(なし)→ 天狗(主体)←反対者(十内)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。天狗から怪力を授かった十内はどんな力持ちと対峙してもその倍の力が出る力持ちでした。あるとき大阪の力自慢が三人十内を訪ねてきましたが、十内は不在で、休憩中に奥さんが何気なく鉄棒をまっすぐにしごいてしまったところ、力自慢たちはとても敵わないと退散してしまいます。十内が年貢の萱をまとめて背負ったところ、萱に触れた木や小屋が倒壊し、萱に縄をかけていた男の家は家ごと引きずられてしまいました。漁山のうわばみを退治しに出かけた十内でしたが、いつの間にかうわばみに膝まで呑み込まれかけていました。十内は冷静に銃口をうわばみの口に差し込み射殺します。あるとき百姓が堆肥を背負っているのを見た十内は代わりに堆肥を足蹴にして田にまき散らします。ところが、堆肥は不浄のものだったため、それを嫌った天狗に十内は怪力を剥奪されてしまったという筋立てです。

 天狗―十内、奥さん―力持ち、十内―萱、十内―うわばみ、十内―百姓、十内―堆肥、といった対立軸が見受けられます。不浄/怪力の図式に穢れを嫌う心性が暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

十内♌♁―天狗☉♎―奥さん☾(♌)―力持ち♂―ある男♂―うわばみ♂―百姓☾(♌)(-1)

 といった風に表記できるでしょうか。怪力を価値☉とすると、それを十内に授けたのは天狗です。十内は享受者♁となります。また、不浄を嫌った天狗は十内から怪力を剥奪してしまいますので審判者♎でもあります。十内の奥さんは不在の十内の代理役となりますので援助者☾となります。力持ち、縄を萱に引っ掛けた男、うわばみは対立者♂となります。百姓をどうするか悩みます。百姓は十内に手伝われる立場ですからマイナスの援助者☾(-1)というところでしょうか。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「怪力を授かった十内はどういう風に力を発揮するか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「不浄のものに触れて十内が力を失う」でしょうか。「天狗―怪力/不浄―十内」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:怪力を授かった十内はどういう風に力を発揮するか
        ↑
発想の飛躍:不浄のものに触れて十内が力を失う

・天狗―怪力―力持ち/萱/うわばみ/堆肥―十内
      ↑
・天狗―怪力/不浄―十内

◆ログライン

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「河野十内」ですと「十内は天狗から怪力を授かって様々なことで力を発揮したが、不浄のものに触れて力を失ってしまった」くらいでしょうか。

◆余談

 漁山は浜田市では標高の高い山です。山頂に浅間神社があるそうですが、独りで登山するのは熊と遭遇する危険性がある等で禁止されているそうです。私は登山する体力が無くなりましたので、お参りするのは無理と諦めています。

 本文では「すこぐ」という方言が聞き慣れないなと思いました。また、十内の家で竹を縄のようにして縛りつけたという表現が上手くイメージできませんでした。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.297-299.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年9月12日 (木)

下北沢の本多劇場で演劇を鑑賞 2024.09

下北沢の本多劇場に行く。キ上の空論「獣三作 三作め 緑園にて祈る その子が獣」を見る。タイトルの獣はキリスト教、聖書的な意味での獣に近いニュアンスかもしれない。タイトルからすると三部作の第三作目と思えるので、ストーリーを把握できるか不安だったが、その点では問題なかった。上演時間約2時間15分の一幕もの。

下北沢・本多劇場
下北沢・本多劇場

舞台は孤島。語り部は主人公の娘。主人公の母はカルト宗教の熱心な信者か教祖らしく、主人公は母親の強い抑圧下にある。そういう状況で小3→小6→高校生と主人公の人生のステージが進んでいき、やがて主人公は島を出て東京に行き……というような粗筋。

主人公の人生のステージが次々と入れ替わっていく。なので、舞台装置は基本的には最小限で構成されている。椅子と机、その他毛布など。他に天井から吊るされるものもあるが。ステージ奥でギターがBGMを奏でている。時々爆音になってドキッとする。

事前に情報を仕入れないで映画を観たりするのだけど、本作は登場人物も多く、内容を把握するのに時間がかかった。特に難解な作品という訳ではないが、僕のような一見さんには優しくなかったかもしれない。

本多劇場は中規模クラスの劇場。舞台専用の施設だった。天井は同じくらいの規模の映画館よりも高かった。それにどういう意味があるのかは分からない。これくらいの規模が演劇にはちょうどいいのだろうか。昼の上演だったが客席は9割がた埋まっていた。ただ、施設そのものは古いと思われ、シートの座面がクッションの厚みの割に具合が悪く、尻がすぐ痛くなってしまった。

下北沢の演劇も駅前劇場、本多劇場各一回とアリバイ程度にしか経験できなかった。もしかして自分は自分で思っているよりもライブパフォーマンスが好きなのではないかと思うようになったのがここ数年だから仕方ないのだが。

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行為項分析――猫やだけし

◆あらすじ

 昔、たいへん身上のよい家があった。その家は旦那さんと奥さんが痩せ猫を一匹飼っていた。旦那さんはその猫をとても可愛がっていたが、奥さんは猫が嫌いで何かといえばいじめていた。ある日、奥さんが魚を買っておいたところ、猫がそれを見つけて取って食べた。それを見た奥さんは傍にあった庖丁(ほうちょう)を投げつけた。庖丁は猫の目に当たったので猫は鳴きながら逃げた。旦那さんは魚は昔から猫の好くものだから、しまっておかないと猫が喰うと言った。猫はそのままどこへ行ったものか、とうとう帰ってこなかった。それから何日か経って、旦那さんは旅に出かけた。途中道に迷って山の中へ入ったが、その内とうとう日が暮れてしまった。家がないので困ってとぼとぼ行く内に向こうに火が見えてきたので喜んで行ってみると一軒の家があった。そこで道に迷った旨伝えて泊めてくれるよう頼むと、中から白髪のお爺さんとお婆さんが出てきて快く泊めてくれた。奥の一間で寝ていると、夜中頃になって人がぞろぞろ集まってきた。そして口々に今晩はお客さんがあるそうで結構でございますと挨拶するので旦那さんは気味が悪くなってきた。すると障子が開いて、一番しまいにやってきた手拭いを被った女の人が入ってきて旦那さんの顔をじっと見ていた。その内にだんだん夜が更けて皆寝てしまった。すると手拭いを被っていた女が旦那さんと言って小さな声で旦那さんを揺り起こした。目を覚ますと、私は旦那さんに小さい時から可愛がって頂いた猫です。ここは猫やだけしと言って猫の家です。今皆があなたを食べる相談をしているところですから一時も早く逃げて下さい。ここから家まで八里ほどありますが、私が連れて出てあげます。私の背中に負われてくださいと言った。旦那さんは驚いて猫の背中に負われた。猫は一生懸命に走って、ようやく家の近くまで来た。そして、ここからはすぐ家ですからお帰り下さい。私は帰ると他の猫から殺されますからこの松の木へ登って死にますと言った。旦那さんはどうもありがとうと言って別れて家へ帰った。そして明くる朝早く松の木の下へ行ってみると猫が木から落ちて死んでいた。よく見ると片目が潰れていたので旦那さんのところにいた猫だと分かった。

◆モチーフ分析

・身上のよい家があった
・その家では旦那さんと奥さんが痩せ猫を一匹飼っていた
・旦那さんは猫を可愛がっていたが、奥さんは猫が嫌いでいじめていた
・奥さんが魚を買っておいたところ、猫が取って食べてしまった
・奥さんは庖丁を投げつけ、猫の目に当たった
・旦那さんは魚は昔から猫の好くものだから、しまっておかなければ猫が食うと言った
・猫はどこへ行ったものか、帰ってこなかった
・何日か経って旦那さんが旅に出かけた
・途中、道に迷って山の中へ入った
・日が暮れてしまった
・灯りが見えたので行ってみると一軒の家があった
・旦那さんが泊めてくれるよう頼むと、白髪の爺さんと婆さんが出てきて快く泊めてくれた
・奥の一間で寝ていると、夜中頃になって人がぞろぞろ集まってきた
・口々に今晩はお客さんがあることで結構でございますと挨拶した
・気味が悪くなった旦那さんだったが、最後にやってきた手拭いを被った女が入ってきて旦那さんの顔をじっと見ていた
・夜が更けてきて皆寝てしまった
・手拭いを被った女が旦那さんを揺り起こした
・自分は小さい時から可愛がってもらった猫であると言った
・ここは「猫やだけし」と言って猫の家であると言った
・今皆があなたを食べる相談をしているから一時も早く逃げなさいと言う
・ここから家まで八里ほどあるが、自分が連れて出てあると言う
・驚いた旦那さんは猫の背中に負われた
・猫は一生懸命に走って、ようやく家の近くまで来た
・猫は自分は帰ると他の猫から殺されるから、松の木に登って死ぬと言った
・旦那さんは感謝して猫と別れて家へ帰った
・明くる朝、松の木の下へ行ってみると、猫が木から落ちて死んでいた
・片目が潰れていたので、旦那さんのところにいた猫だと分かった

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:旦那
S2:奥さん
S3:猫(女)
S4:爺さん
S5:婆さん
S6:人々(他の猫)

O(オブジェクト:対象)
O1:家
O2:魚
O3:包丁
O4:目
O5:旅
O6:山中
O7:灯り
O8:一軒家(猫やだけし)
O9:正体
O10:八里
O11:松

m(修飾語)
m1:身上のよい
m2:痩せた
m3:猫が好む
m4:道に迷った
m5:日が暮れた
m6:就寝した
m7:気味の悪い
m8:起きた
m9:死んだ
m10:片目が潰れた

X:どこか

+:接
-:離

・身上のよい家があった
(存在)X:O1家+m1身上のよい
・その家では旦那さんと奥さんが痩せ猫を一匹飼っていた
(飼育)(S1旦那+S2奥さん):(S1旦那+S2奥さん)+S3猫
(痩身)S3猫:S3猫+m2痩せた
・旦那さんは猫を可愛がっていたが、奥さんは猫が嫌いでいじめていた
(愛育)S1旦那:S1旦那+S3猫
(嫌悪)S2奥さん:S2奥さん-S3猫
・奥さんが魚を買っておいたところ、猫が取って食べてしまった
(購入)S2奥さん:S2奥さん+O2魚
(奪取)S3猫:S3猫+O2魚
・奥さんは庖丁を投げつけ、猫の目に当たった
(投げつけ)S2奥さん:S3猫+O3包丁
(命中)O3包丁:O3包丁+O4目
・旦那さんは魚は昔から猫の好くものだから、しまっておかなければ猫が食うと言った
(好み)S1旦那:O2魚+m3猫が好む
(隠す)S2奥さん:O2魚-S3猫
(結果)S3猫:S3猫+O2魚
・猫はどこへ行ったものか、帰ってこなかった
(行方不明)S3猫:S3猫-X
・何日か経って旦那さんが旅に出かけた
(旅行)S1旦那:S1旦那-X
・途中、道に迷って山の中へ入った
(迷う)S1旦那:S1旦那+m4道に迷った
(入山)S1旦那:S1旦那+O6山中
・日が暮れてしまった
(日没)O6山中:O6山中+m5日が暮れた
・灯りが見えたので行ってみると一軒の家があった
(目視)S1旦那:S1旦那+O7灯り
(たどり着く)S1旦那:S1旦那+O8一軒家
・旦那さんが泊めてくれるよう頼むと、白髪の爺さんと婆さんが出てきて快く泊めてくれた
(交渉)S1旦那:S1旦那+(S4爺さん+S5婆さん)
(成立)S1旦那:S1旦那+O8一軒家
・奥の一間で寝ていると、夜中頃になって人がぞろぞろ集まってきた
(就寝)S1旦那:S1旦那+m6就寝した
(来訪)S6人々:S6人々+O8一軒家
・口々に今晩はお客さんがあることで結構でございますと挨拶した
(挨拶)S6人々:S6人々+(S4爺さん+S5婆さん)
・気味が悪くなった旦那さんだったが、最後にやってきた手拭いを被った女が入ってきて旦那さんの顔をじっと見ていた
(不審)S1旦那:S6人+m7気味の悪い
(登場)S3女:S3女+S1旦那
・夜が更けてきて皆寝てしまった
(就寝)S6人:S6人+m6就寝した
・手拭いを被った女が旦那さんを揺り起こした
(起こす)S3女:S1旦那+m8起きた
・自分は小さい時から可愛がってもらった猫であると言った
(打ち明ける)S3女:S1旦那+O9正体
・ここは「猫やだけし」と言って猫の家であると言った
(解明)S3女:S1旦那+O8猫やだけし
・今皆があなたを食べる相談をしているから一時も早く逃げなさいと言う
(警告)S3女:S1旦那-O8猫やだけし
・ここから家まで八里ほどあるが、自分が連れて出てあると言う
(距離)O10八里:O8猫やだけし-X
(提案)S3猫:S1旦那+X
・驚いた旦那さんは猫の背中に負われた
(背負う)S3猫:S3猫+S1旦那
・猫は一生懸命に走って、ようやく家の近くまで来た
(到着)S3猫:S3猫+O1家
・猫は自分は帰ると他の猫から殺されるから、松の木に登って死ぬと言った
(予告)S3猫:S6他の猫-S3猫
(予告)S3猫:S3猫-S3猫
・旦那さんは感謝して猫と別れて家へ帰った
(別れ)S1旦那:S1旦那-S3猫
(帰宅)S1旦那:S1旦那+O1家
・明くる朝、松の木の下へ行ってみると、猫が木から落ちて死んでいた
(訪問)S1旦那:S1旦那+O11松
(状態)S1旦那:O11松-S3猫
(状態)S1旦那:S3猫+m9死んだ
・片目が潰れていたので、旦那さんのところにいた猫だと分かった
(状態)S1旦那:S3猫+m10片目が潰れた
(確認)S1旦那:O1家-S3猫

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

  聴き手(旦那の飼っている猫はどうなるか)
           ↓
送り手(旦那)→可愛がる(客体)→ 受け手(猫)
           ↑
補助者(なし)→ 旦那(主体)←反対者(奥さん)

  聴き手(魚を盗まれた奥さんはどうするか)
           ↓
送り手(猫)→魚を奪う(客体)→ 受け手(奥さん)
           ↑
補助者(なし)→ 猫(主体)←反対者(奥さん)

  聴き手(目を怪我した猫はどうするか)
           ↓
送り手(奥さん)→包丁を投げる(客体)→ 受け手(猫)
           ↑
補助者(なし)→ 奥さん(主体)←反対者(旦那)

  聴き手(奥さんを諭した結果どうなるか)
           ↓
送り手(旦那)→諭す(客体)→ 受け手(奥さん)
           ↑
補助者(なし)→ 旦那(主体)←反対者(奥さん)

  聴き手(道に迷った旦那はどうなるか)
           ↓
送り手(旦那)→一夜の宿を乞う(客体)→ 受け手(爺さん、婆さん)
           ↑
補助者(なし)→ 旦那(主体)←反対者(爺さん、婆さん)

   聴き手(集まった人たちは何者か)
           ↓
送り手(人)→旦那の来訪を喜ぶ(客体)→ 受け手(爺さん、婆さん)
           ↑
補助者(なし)→ 人(主体)←反対者(旦那)

  聴き手(猫屋敷に泊まってしまった旦那はどうなるか)
           ↓
送り手(女)→一軒家の正体を明かす(客体)→ 受け手(旦那)
           ↑
補助者(なし)→ 女(主体)←反対者(人、爺さん、婆さん)

   聴き手(旦那は無事帰宅できるか)
           ↓
送り手(猫)→家まで送り届ける(客体)→ 受け手(旦那)
           ↑
補助者(なし)→ 猫(主体)←反対者(人、爺さん、婆さん)

   聴き手(旦那は猫の恩返しにどうするか)
           ↓
送り手(旦那)→死んだ猫を確認する(客体)→ 受け手(猫)
           ↑
補助者(なし)→ 旦那(主体)←反対者(なし)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。裕福な家で猫を飼っていました。旦那さんは猫を可愛がっていましたが、奥さんは猫を嫌っていました。ある日、猫が魚を盗んだので奥さんは包丁を投げつけます。すると包丁が猫の目に当たって片目が潰れてしまいます。猫はそのまま姿を消しました。しばらく後、旦那が旅をしていると道に迷い山中の一軒家にたどり着きました。泊めてもらうことになったのですが、寝ていると来客が次々と訪れて一軒家の主人に挨拶します。気味悪く思った旦那に一人の女が話しかけます。女は旦那が可愛がっていた猫で、ここは猫屋敷だから逃げろと促します。猫の背に乗せられた旦那は無事家にたどり着きます。仲間を裏切った猫は松の木から飛び降りて自殺すると言い残します。翌朝行ってみると片目の潰れた猫が死んでいたという筋立てです。

 旦那―猫、奥さん―猫、旦那―奥さん、旦那―爺さん/婆さん、旦那―人々、旦那―女、といった対立軸が見受けられます。一軒家/猫やだけしという図式に猫は人を喰らう妖怪ともなり得るという思考が暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

旦那♌♁―猫(女)☾(♌)―奥さん♂(☾)―爺さん/婆さん♂☾(♌)(-1)―人々♂

 といった風に表記できるでしょうか。旦那の生還を価値☉と置くと、旦那自身は享受者♁となり、猫はその援助者☾となります。一軒家の爺さんと婆さんの正体は猫で旦那の命を狙う対立者♂ですが、道に迷った旦那を快く泊める風を装いますので、マイナスの援助者
☾とみることも可能でしょうか。集まってくる人々も旦那を食うために集まってきたもので、対立者♂と置けます。難しいのは奥さんの役割で、旦那にとっては日々の生活の援助者☾ですが、猫にとっては大怪我をさせ追放する対立者として振る舞います。援助者の対立者♂(☾)と置けるでしょうか。これはスーリオが想定していなかった役割です。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「猫屋敷に迷い込んだ旦那は無事生還できるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「猫やだけし」「可愛がっていた猫が仲間を裏切り救う」でしょうか。「旦那―一軒家/猫やだけし―爺さん/婆さん=猫」「女=猫―旦那―人々=猫」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:猫屋敷に迷い込んだ旦那は無事生還できるか
        ↑
発想の飛躍:猫やだけし

・旦那―一軒家/猫やだけし―爺さん/婆さん=猫
      ↑
・一軒家/猫やだけし
・女=猫―旦那―人々=猫

◆ログライン

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「猫やだけし」ですと「猫屋敷に宿をとって喰われそうになった旦那だが可愛がっていた猫が手引きしてくれ無事脱出した」くらいでしょうか。

◆余談

 猫もヒトをとって食う話があるという事例です。主人公である旦那は日常→非日常→日常へと還るのです。

 猫の片目が潰れる、ここでは他の猫と旦那が飼っていた猫を区別するための印として用いられているようです。片目が失われたから何か特別なものが見えるといったようなことは起こりません。

 猫の報恩的なお話ですが、お話は旦那が自分を助けてくれた猫が自分の飼い猫だったと認識するところで終わります。猫には大いに感謝したはずですが、丁寧に弔った等の描写はされていません。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.294-296.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年9月11日 (水)

行為項分析――茗荷

◆あらすじ

 ある夕方に金持ちのお客が宿屋へ着いた。お客は沢山の金を持っていたので、これを亭主に預けた。亭主は茗荷をたくさん食べると物を忘れるということを聞いていたので、あちらこちらで茗荷を買い集めて、そのお客にご馳走した。お客はまた大の茗荷好きであったので、出した茗荷をみんな食べた。あくる朝、亭主はお客が預けた金を忘れてたつと良いがとそればかり祈っていた。ところが、お客は旅支度を済ますと、たいへんお世話になりました。では預けておいたお金を頂きましょうと言ったので、仕方なく出して渡した。亭主はあんなに沢山茗荷を食べさせたのだから何か忘れるはずだがと思って気をつけていたが、お客は何一つ忘れるものもなく、皆持って出ていった。亭主はすっかり当てが外れたので嫌な顔をして帳場の机にもたれている内についうとうとと眠ってしまった。昼前になって目を覚まし、皆の者、さっきのお客は大きな忘れ物をしたでと言った。皆はびっくりして預けた金を忘れていったのかと訊くと、宿賃を払うのを忘れていってしまったと言ったが、もう後の祭りだった。

◆モチーフ分析

・ある夕方、金持ちの客が宿屋へ着いた
・客は沢山の金を亭主に預けた
・亭主は茗荷をたくさん食べると物を忘れるというので、あちこちで茗荷を買い集めて客にご馳走した
・客は茗荷好きだったので、出した茗荷をみんな食べた
・あくる朝、亭主は客が預けた金を忘れてたつと良いがと祈っていた
・ところが客は旅支度を済ませると、では預けておいたお金を頂きましょうと言ったので、仕方なく出して渡した
・亭主はあんなに沢山茗荷を食べさせたのだから何か忘れるはずだと思って気をつけていたが、客は何一つ忘れるものなく、皆持って出ていった
・当てが外れた亭主は嫌な顔をして帳場の机にもたれえうとうと眠ってしまった
・昼前になって目を覚まし、皆の者、さっきのお客は大きな忘れ物をしたと言った
・皆びっくりして預けた金を忘れていったのかと訊くと、宿賃を払うのを忘れていってしまったと言った
・後の祭りだった

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:客
S2:亭主
S3:皆

O(オブジェクト:対象)
O1:宿屋
O2:金
O3:茗荷
O4:記憶
O5:忘れ物
O6:宿賃

m(修飾語)
m1:金持ちの
m2:嫌な
m3:眠った

+:接
-:離

・ある夕方、金持ちの客が宿屋へ着いた
(到着)S1客:S1客+O1宿屋
(性質)S1客:S1客+m1金持ちの
・客は沢山の金を亭主に預けた
(預ける)S1客:S2亭主+O2金
・亭主は茗荷をたくさん食べると物を忘れるというので、あちこちで茗荷を買い集めて客にご馳走した
(準備)S2亭主:S2亭主+O3茗荷
(もてなし)S2亭主:S1客+O3茗荷
(企み)O3茗荷:S1客-O4記憶
・客は茗荷好きだったので、出した茗荷をみんな食べた
(消費)S1客:S1客+O3茗荷
・あくる朝、亭主は客が預けた金を忘れてたつと良いがと祈っていた
(願望)S2亭主:S1客-O2金
・ところが客は旅支度を済ませると、では預けておいたお金を頂きましょうと言ったので、仕方なく出して渡した
(要求)S1客:S2亭主-O2金
(返却)S2亭主:S1客+O2金
・亭主はあんなに沢山茗荷を食べさせたのだから何か忘れるはずだと思って気をつけていたが、客は何一つ忘れるものなく、皆持って出ていった
(期待)S2亭主:S1客-O4記憶
(忘れず)S1客:S1客+O4記憶
(出立)S1客:S1客-O1宿屋
・当てが外れた亭主は嫌な顔をして帳場の机にもたれえうとうと眠ってしまった
(心外)S2亭主:S2亭主+m2嫌な
(入眠)S2亭主:S2亭主+m3眠った
・昼前になって目を覚まし、皆の者、さっきのお客は大きな忘れ物をしたと言った
(覚醒)S2亭主:S2亭主-m3眠った
(発言)S2亭主:S1客+O5忘れ物
・皆びっくりして預けた金を忘れていったのかと訊くと、宿賃を払うのを忘れていってしまったと言った
(質問)S3皆:S3皆+S2亭主
(失念)S1客:S2亭主-O6宿賃
・後の祭りだった
(失念)S2亭主:S2亭主-O4記憶

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

  聴き手(亭主は預かった金をどうするか)
           ↓
送り手(客)→金を預ける(客体)→ 受け手(亭主)
           ↑
補助者(なし)→ 客(主体)←反対者(亭主)

  聴き手(茗荷を食べた客は物忘れするか)
           ↓
送り手(亭主)→茗荷(客体)→ 受け手(客)
           ↑
補助者(なし)→ 亭主(主体)←反対者(客)

  聴き手(当てが外れた亭主はどうするか)
           ↓
送り手(客)→金の返却を要求(客体)→ 受け手(亭主)
           ↑
補助者(なし)→ 客(主体)←反対者(亭主)

  聴き手(物忘れの主体が入れ替わってどうなるか)
           ↓
送り手(亭主)→宿賃の請求を失念(客体)→ 受け手(客)
           ↑
補助者(なし)→ 亭主(主体)←反対者(客)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。金持ちの客が宿をとり、持ち金を亭主に一晩預けます。亭主は食べると物忘れが激しくなるという茗荷を客に食べさせてもてなします。それは客が預けた金のことを失念することを期待してのことです。ところが一晩明けると、客は失念することもなく預けた金の返却を求めましたので亭主は仕方なく応じます。当てが外れた亭主はうたた寝してしまいますが、目覚めると、自分が宿賃を請求することを忘れていたと気づくという筋立てです。

 客―亭主、亭主―皆、といった対立軸が見受けられるでしょうか。茗荷/金の図式に物忘れをする主体が客から亭主に入れ替わってしまう滑稽さが暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

亭主♌♁(-1)♎―客♂☉―皆☾(♌)

 といった風に表記できるでしょうか。客が預けた金を価値☉と置くと、亭主はそれを奪うことを企んでいますので享受者♁となり得ますが、最終的に失敗してしまいますので、マイナスの享受者♁と置けるでしょうか。亭主を主体♌と置くと、客は対立者♂となります。皆は宿屋の使用人と思われますので、亭主の援助者☾となります。最終的に亭主は客が宿賃を支払うことを失念し損害を被ったことに気づきますので審判者♎と置けます。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「茗荷を食べた客はどうなるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「茗荷を食べると物忘れする」「物忘れの主客が逆転する」でしょうか。「客―金/茗荷―亭主」「客/亭主―忘れる―宿賃」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:茗荷を食べた客はどうなるか
        ↑
発想の飛躍:茗荷を食べると物忘れする

・客―金/茗荷―亭主
    ↑
・茗荷―忘れる
・客/亭主―忘れる―宿賃

◆ログライン

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「茗荷」ですと「大金を預けた客に預けたことを忘れさせようと亭主は茗荷を食べさせるが、客は宿賃を払うのを忘れてしまった」くらいでしょうか。

◆余談

 昔は宿泊客は枕の下に財布を入れて寝るといった描写が見られることがありますが、このお話では客は宿屋の主人に金を預けています。そういう慣行もあったと思われます。亭主自身は茗荷を食べていないと思われますが、預け金の返却に気をとられて宿賃の請求を失念してしまうところに面白みがあります。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.292-293.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年9月10日 (火)

行為項分析――鼻かけそうめん

◆あらすじ

 馬鹿聟が姑の家へ初めて呼ばれていった。姑の家ではそうめんをご馳走することにした。聟が見ていると、姑がそうめんが湯だったか箸に一本引っかけて頃合いを見ようとすると、つい鼻の上に落ちた。それを指で落として口に入れたので聟はそうめんはああして食べるものかと思った。そうめんのご馳走が出たので、一本すくい上げては鼻の上にのせ、それを口にかき込んで長い時間をかけて食べた。夕飯も済んだので、明日の朝はテウチ(手打ち:蕎麦)にしようか半殺し(ぼたもち)にしようかと相談されたので、聟はいつも女房を大事にしているのに、初めて来てテウチにされては困ると思って半殺しを望んでおいた。それから疲れたろうと蚊帳(かや)を吊って屏風を立てて床を敷いてお休みと言われた。聟が蚊帳の中に飛び込むと、屏風がくるりと廻った。屏風を右に回すと左があき、左へ廻すと右があいた。今度はまた蚊帳の中へ飛び込んで、また出て屏風を廻している内に夜が明けた。聟は朝は半殺しをするに違いない。昨夜も寝ずに廻り屏風に飛び込み蚊帳に、今朝は半殺しとは情けないと思って二階の庇(ひさし)に小さくなって隠れていた。姑は聟が寝床にいないので、どこへ行ったかと思って戸を開けると聟は庇に小さくなってガタガタ震えていた。そして半殺しはこらえてくださいと細い声で泣きながらいったので、そんなに嫌いなら食べなくてもよいと優しく言われて聟はようやく家へ入った。聟に昨夜はよく寝られたか姑が言うと、眠るどころか鼻かけそうめんに油をとられ、廻り屏風に引きずられ、蚊帳に出たり入ったり、半殺しは気にかかるし、眠れなかったと言ったので姑は何が何やらさっぱり分からない。娘よ、何か聞いてみよ。昔の者とは違うし、田舎にもこんな分からず屋がいるか。子供よりまだ酷いと姑が言ったので、女房が優しく尋ねると、来るまいと思っていたのに無理に行ってくれと連れてきて、鼻かけそうめんに油をとられ、廻り屏風に引きずられ、蚊帳に出たり入ったり、今朝は半殺しと言われたり、自分はこんな難儀とは知らずに寝ておられようか。思えば早く去(い)にたくて庇の上に出て下ばかり見て夜を明かした。お前は親と組んで下の方から笑ったり、自分はおる気がしなかったと言って泣いた。それで女房も全く呆れて、それきり離縁してしまった。

◆モチーフ分析

・馬鹿聟が姑の家へ初めて呼ばれていった
・そうめんをご馳走することになり、姑がそうめんが湯だったが箸に一本引っかけて頃合いを見ようとすると鼻の上に落ちた
・姑はそれを指で落として口に入れたので、聟はそうめんはああして食べるものかと思った
・そうめんのご馳走が出たので、すくい上げては鼻にのせ、それを口にかき込んで長い時間をかけて食べた
・夕飯が済んだので明日の朝は手打ち(蕎麦)にするか半殺し(ぼたもち)にするか相談されたので、聟はいつも女房を大事にしているのに初めて来て手打ちにされては困ると思い半殺しを望んだ
・それから蚊帳を吊って屏風を立てて床を敷いてお休みと言われた
・聟が蚊帳の中に飛び込むと屏風がくるりと廻った
・それを繰り返している内に夜が明けた
・聟は朝は半殺しにするに違いない。昨夜は寝ずに今朝は半殺しとは情けないと思って二階の庇に小さくなって隠れていた
・姑は聟が寝床にいないので、どこに行ったかと思って戸を開けると聟は庇に小さくなってガタガタ震えていた
・そして半殺しはこらえてくださいと細い声で泣きながら言ったので、そんなに嫌いなら食べなくともよいと優しく言われた
・昨夜はよく寝られたか姑が訊くと、眠るどころか鼻かけそうめんに廻り屏風、半殺しは気にかかるしで眠れなかったと答えた
・姑は何が何やらさっぱり分からない。田舎にもこんな分からず屋がいるか、子供より酷いと言った
・女房が優しく尋ねると、来るまいと思っていたのに無理に行ってくれと連れてきて鼻かけそうめん、廻り屏風に半殺し、こんな難儀に寝ておられようか、早く去にたくて庇の上に出て下ばかる見て夜を明かした。お前は親と組んで下の方から笑ったりで自分はおる気がしなかったと言って泣いた
・女房も全く呆れて、それきり離縁してしまった

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:聟
S2:姑
S3:女房

O(オブジェクト:対象)
O1:姑の家
O2:そうめん
O3:鼻
O4:指
O5:手打ち
O6:半殺し
O7:蚊帳
O8:屏風
O9:床
O10:庇

m(修飾語)
m1:馬鹿な
m2:回った
m3:徹夜した
m4:泣いた
m5:呆れた

X:どこか

+:接
-:離

・馬鹿聟が姑の家へ初めて呼ばれていった
(存在)X:S1聟+m1馬鹿な
(招待)S2姑:S1聟+O1姑の家
・そうめんをご馳走することになり、姑がそうめんが湯だったが箸に一本引っかけて頃合いを見ようとすると鼻の上に落ちた
(ご馳走)S2姑:S1聟+O2そうめん
(味見)S2姑:S2姑+O2そうめん
(ひっつく)O2そうめん:O2そうめん+O3鼻
・姑はそれを指で落として口に入れたので、聟はそうめんはああして食べるものかと思った
(すくう)S2姑:O4指+O2そうめん
(学習)S1聟:S2姑+O2そうめん
・そうめんのご馳走が出たので、すくい上げては鼻にのせ、それを口にかき込んで長い時間をかけて食べた
(提供)S2姑:S1聟+O2そうめん
(食べる)S1聟:O4指+(O3鼻+O2そうめん)
・夕飯が済んだので明日の朝は手打ち(蕎麦)にするか半殺し(ぼたもち)にするか相談されたので、聟はいつも女房を大事にしているのに初めて来て手打ちにされては困ると思い半殺しを望んだ
(質問)S2姑:S1聟+(O5手打ち+O6半殺し)
(忌避)S1聟:S1聟-O5手打ち
(注文)S1聟:S2姑+O6半殺し
・それから蚊帳を吊って屏風を立てて床を敷いてお休みと言われた
(蚊帳吊り)S2姑:S2姑+O7蚊帳
(立てる)S2姑:S2姑+O8屏風
(床を敷く)S2姑:S2姑+O9床
(勧め)S2姑:S1聟+O9床
・聟が蚊帳の中に飛び込むと屏風がくるりと廻った
(飛び込み)S1聟:S1聟+O7蚊帳
(回転)O8屏風:O8屏風+m2回った
・それを繰り返している内に夜が明けた
(繰り返し)S1聟:S1聟+(O7蚊帳+O8屏風)
(夜明け)S1聟:S1聟+m3徹夜した
・聟は朝は半殺しにするに違いない。昨夜は寝ずに今朝は半殺しとは情けないと思って二階の庇に小さくなって隠れていた
(恐怖)S1聟:S1聟-O6半殺し
(隠れる)S1聟:S1聟+O10庇
・姑は聟が寝床にいないので、どこに行ったかと思って戸を開けると聟は庇に小さくなってガタガタ震えていた
(不在)S2姑:S1聟-O9床
(発見)S2姑:S1聟+O10庇
・そして半殺しはこらえてくださいと細い声で泣きながら言ったので、そんなに嫌いなら食べなくともよいと優しく言われた
(懇願)S1聟:S2姑-O6半殺し
(許可)S2姑:S1聟-O6半殺し
・昨夜はよく寝られたか姑が訊くと、眠るどころか鼻かけそうめんに廻り屏風、半殺しは気にかかるしで眠れなかったと答えた
(質問)S2姑:S2姑+S1聟
(回答)S1聟:S1聟+m3徹夜した
・姑は何が何やらさっぱり分からない。田舎にもこんな分からず屋がいるか、子供より酷いと言った
(訳が分からない)S2姑:S2姑-S1聟
・女房が優しく尋ねると、来るまいと思っていたのに無理に行ってくれと連れてきて鼻かけそうめん、廻り屏風に半殺し、こんな難儀に寝ておられようか、早く去にたくて庇の上に出て下ばかる見て夜を明かした。お前は親と組んで下の方から笑ったりで自分はおる気がしなかったと言って泣いた
(質問)S3女房:S3女房+S1聟
(告白)S1聟:S1聟-(O2そうめん+O5手打ち+O6半殺し+O8屏風)
(泣く)S1聟:S1聟+m4泣いた
・女房も全く呆れて、それきり離縁してしまった
(呆れ)S3女房:S3女房+m5呆れた
(離縁)S3女房:S3女房-S1聟

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

 聴き手(そうめんの食べ方を勘違いした聟はどうするか)
           ↓
送り手(姑)→そうめん(客体)→ 受け手(聟)
           ↑
補助者(なし)→ 姑(主体)←反対者(なし)

 聴き手(手打ち/半殺しを勘違いした聟はどうするか)
           ↓
送り手(姑)→手打ち/半殺し(客体)→ 受け手(聟)
           ↑
補助者(なし)→ 姑(主体)←反対者(なし)

  聴き手(回る屏風に聟はどうなるか)
           ↓
送り手(姑)→蚊帳/屏風(客体)→ 受け手(聟)
           ↑
補助者(なし)→ 姑(主体)←反対者(なし)

  聴き手(聟の馬鹿さに女房はどうするか)
           ↓
送り手(聟)→泣く(客体)→ 受け手(女房)
           ↑
補助者(なし)→ 聟(主体)←反対者(なし)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。姑の家に招かれた馬鹿聟はそうめんの食べ方を勘違いし、変な食べ方をしてしまいます。特に怪しまれなかったようですが、翌朝の朝食を手打ち(蕎麦)にするか半殺し(ぼたもち)にするか訊かれて恐怖してしまいます。床を用意されると屏風が回転するため気になって眠れず、結局徹夜して朝を迎えて半殺しにされるのが怖くて隠れてしまいます。姑が見つけて訳を尋ねますが、聟の答えは要領を得ません。代わりに女房が訊きますが、聟のあまりの馬鹿さに呆れてしまってそのまま離縁してしまう筋立てです。

 聟―姑、聟―女房、聟―そうめん、聟―半殺し、聟―屏風、聟―庇、といった対立軸が見受けられます。手打ち/半殺しは調理の仕方をそう呼んだものを自身に対する仕打ちと勘違いしてしまう間抜けさを暗喩しています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

聟♌♁(-1)―姑☉♂☾(♌)―女房☾(♂)♎

 といった風に表記できるでしょうか。姑は聟をもてなすことで様々な価値☉をもたらします。その点で聟は享受者♁ですが、その意図を悉く勘違いしてしまいますので、マイナスの享受者♁(-1)とした方がいいかもしれません。また、本来、姑は聟にとって援助者☾となる立ち位置ですが、聟からは対立者♂に見えてしまっているでしょう。女房は姑の娘で、姑の代わりに聟の考えを聞き出そうとします。そしてその愚かさに呆れてしまいますので審判者♎の役割を果たすことになります。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「姑のもてなしを馬鹿聟はどう勘違いするか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「聟の馬鹿さ加減」でしょうか。「姑―鼻/そうめん―聟」「姑―手打ち/半殺し―聟」「姑―蚊帳/屏風―聟」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:姑のもてなしを馬鹿聟はどう勘違いするか
        ↑
発想の飛躍:聟の馬鹿さ加減

・姑―聟―馬鹿/離縁―女房
      ↑
・姑―鼻/そうめん―聟
・姑―手打ち/半殺し―聟
・姑―蚊帳/屏風―聟

◆ログライン

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「鼻かけそうめん」ですと「馬鹿な聟が姑の家に呼ばれて頓珍漢な行為を繰り返す。大丈夫か訊いた姑と女房だったが、聟の馬鹿さに離縁する」くらいでしょうか。

◆余談

 聟は日常から(単なる思い込みによる)非日常に入り、そこで唐突に打ち切りされてしまいます。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.289-291.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年9月 9日 (月)

行為項分析――舌切雀

◆あらすじ

 正直な爺さんと欲の深い婆さんがいた。爺さんは一羽の雀(すずめ)を可愛がって買っていた。いつも山に行くときには、雀や雀、行ってくると我が子に言うように別れをして行った。ある日婆さんは糊(のり)を煮ておいて川へ洗濯に行った。その留守に雀は糊をみんな食べてしまった。婆さんは帰ってみると糊がないので腹をたてて雀の舌を切って追い出した。爺さんは山から帰って今帰ったと何遍も呼んだが、雀の姿が見えないので婆さんに訊くと、婆さんは糊を全部食べてしまったので腹がたったから舌を切り取って追い出したと言った。爺さんは可哀想なことをした言って泣きながら舌切雀、舌切雀と言って山へ雀を訪ねに出かけた。すると馬を洗っている男がいたので、ここを舌切雀が通らなかったか尋ねると、馬を洗った汁を馬桶にいっぱい飲んだら舌切雀の行った方角を教えてあげると言った。爺さんは馬を洗った汁など何でもないと言って、その汁をガブガブ飲んだ。馬洗いは向こうの藪へ行ったと教えた。爺さんは藪へ行って探したがいないので、また山を越えて先へ進んでいった。すると谷川の傍で牛を洗かっている男がいたので、ここを舌切雀が通らなかったか尋ねると、牛洗いは牛を洗った汁を牛桶にいっぱい飲んだら教えてあげると言った。爺さんは牛を洗った汁くらい何でもないと言ってその汁を飲んだので、牛洗いはこの曽根を下りて向こうの竹藪でタラタラ血を流した雀がいると教えてくれた。爺さんは喜んで、雀、お宿はどこだと訪ねていった。すると雀は口から血をたらしながら、お爺さんおいで、こちらでござると言って雀の宿へ案内した。そしてお茶やお菓子、色々とご馳走を出して、しまいに土産につづらをあげると言って重いつづらと軽いつづらを出した。爺さんは年をとったから軽い方がよいと言って小さいつづらを貰って帰った。婆さんはそれを見ると、長らく置いた雀だから、自分も行ったらつづらをくれるだろうと訪ねていった。途中婆さんはつづらが欲しいばかりに馬の洗い汁を馬桶にいっぱい、牛の洗い汁を牛桶にいっぱい飲んで雀の所へ行った。雀は婆さんを見ると、婆さん舌を切られて苦しい。今度あなたの傍へ寄ったら、羽でも切られてしまうかもしれないと言ってとりあわない。わざわざ訪ねてきた婆さんは雀のご馳走も食べられず、馬の洗い汁と牛の洗い汁で腹をだぶだぶさせながら、ようやく重いつづらを見つけ出し、これこれと言って取り上げて背負って帰った。早速開けてみると、中には汚いスズや茶碗のかけらに蛙や蛇の骨ばかり。宝どころか命が助かったのが何よりであった。しかし、悪いことをした婆さんはそれから病気になって死んでしまった。

◆モチーフ分析

・正直な爺さんと欲の深い婆さんがいた
・爺さんは一羽の雀を可愛がって飼っていた
・ある日婆さんが糊を煮ておいて川に洗濯に行くと、雀が糊を全部食べてしまった
・腹をたてた婆さんは雀の舌を切って追い出した
・爺さんが山から帰って何度呼んでも姿が見えないので、婆さんに訊くと舌を切って追い出したと言う
・爺さんは可哀想なことをしたと言って山へ雀を訪ねに出かけた
・馬を洗っている男に訊くと、馬を洗った汁を桶にいっぱい飲めば教えてやると言われる
・爺さんそんなことは何でもないと言って、汁をガブガブ飲んだ
・教えられた通り向こうの藪へ行ったがいないので、また山を越えて先へと進んだ
・牛を洗っている男に訊くと、牛を洗った汁を桶いっぱいに飲んだら教えてやろうと言われる
・爺さんはそれくらい何でもないと牛を洗った汁を飲んだ
・牛洗いに教えてもらった通りに向こうの竹藪に行くと、タラタラ血を流した雀がいて雀の宿へ案内した
・色々とご馳走をふるまわれ、土産につづらをあげると言われた
・雀は重いつづらと軽いつづらを出した
・爺さんは年をとったから軽い方がよいと小さいつづらを貰って帰った
・それを見た婆さんは長らく置いた雀だから自分も行ったらつづらをくれるとだろうと訪ねていった
・婆さんは馬の洗い汁と牛の洗い汁を飲んで雀の所へ行った
・雀は今度あなたの傍へ寄ったら羽を切られてしまうかもしれないと取り合わない
・婆さんは腹をだぶだぶさせながら重いつづらを見つけ出して背負って帰った
・つづらを開けてみるとスズや茶碗のかけらに蛙や蛇の骨ばかりであった
・宝どころか命が助かったのが何よりだった
・悪いことをした婆さんはそれから病気になって死んでしまった

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:爺さん
S2:婆さん
S3:雀
S4:馬洗いの男
S5:牛洗いの男

O(オブジェクト:対象)
O1:糊
O2:洗濯
O3:舌
O4:山
O5:汁
O6:藪
O7:雀の宿
O8:ご馳走
O9:土産
O10:重いつづら
O11:軽いつづら
O12:がらくた
O13:病

m(修飾語)
m1:正直な
m2:欲深い
m3:立腹した
m4:不憫に思った
m5:血を流した
m6:不幸中の幸い
m7:死んだ

X:どこか

+:接
-:離

・正直な爺さんと欲の深い婆さんがいた
(存在)X:S1爺さん+S2婆さん
(性質)S1爺さん:S1爺さん+m1正直な
(性質)S2婆さん:S2婆さん+m2欲深い
・爺さんは一羽の雀を可愛がって飼っていた
(飼育)S1爺さん:S1爺さん+S3雀
・ある日婆さんが糊を煮ておいて川に洗濯に行くと、雀が糊を全部食べてしまった
(準備)S2婆さん:S2婆さん+O1糊
(離席)S2婆さん:S2婆さん+O2洗濯
(横取り)S3雀:S3雀+O1糊
・腹をたてた婆さんは雀の舌を切って追い出した
(立腹)S2婆さん:S2婆さん+m3立腹した
(切断)S2婆さん:S3雀-O3舌
(追放)S2婆さん:S2婆さん-S3雀
・爺さんが山から帰って何度呼んでも姿が見えないので、婆さんに訊くと舌を切って追い出したと言う
(帰宅)S1爺さん:S1爺さん-O4山
(応答せず)S1爺さん:S1爺さん-S3雀
(質問)S1爺さん:S1爺さん+S2婆さん
(回答)S2婆さん:S2婆さん-S3雀
・爺さんは可哀想なことをしたと言って山へ雀を訪ねに出かけた
(感想)S1爺さん:S1爺さん+m4不憫に思った
(探索)S1爺さん:S1爺さん+O4山
・馬を洗っている男に訊くと、馬を洗った汁を桶にいっぱい飲めば教えてやると言われる
(質問)S1爺さん:S1爺さん+S4馬洗いの男
(条件提示)S4馬洗いの男:S1爺さん+O5汁
・爺さんそんなことは何でもないと言って、汁をガブガブ飲んだ
(飲む)S1爺さん:S1爺さん+O5汁
・教えられた通り向こうの藪へ行ったがいないので、また山を越えて先へと進んだ
(訪ねる)S1爺さん:S1爺さん+O6藪
(不在)S1爺さん:O6藪-S3雀
(山越え)S1爺さん:S1爺さん+O4山
・牛を洗っている男に訊くと、牛を洗った汁を桶いっぱいに飲んだら教えてやろうと言われる
(質問)S1爺さん:S1爺さん+S5牛洗いの男
(条件提示)S5牛洗いの男:S1爺さん+O5汁
・爺さんはそれくらい何でもないと牛を洗った汁を飲んだ
(飲む)S1爺さん:S1爺さん+O5汁
・牛洗いに教えてもらった通りに向こうの竹藪に行くと、タラタラ血を流した雀がいて雀の宿へ案内した
(訪ねる)S1爺さん:S1爺さん+O6藪
(発見)S1爺さん:S3雀+m5血を流した
(案内)S3雀:S1爺さん+O7雀の宿
・色々とご馳走をふるまわれ、土産につづらをあげると言われた
(もてなし)S3雀:S1爺さん+O8ご馳走
(土産)S3雀:S1爺さん+O9土産
・雀は重いつづらと軽いつづらを出した
(提示)S3雀:S1爺さん+(O10重いつづら+O11軽いつづら)
・爺さんは年をとったから軽い方がよいと小さいつづらを貰って帰った
(選択)S1爺さん:S1爺さん+O11軽いつづら
(帰宅)S1爺さん:S1爺さん-O7雀の宿
・それを見た婆さんは長らく置いた雀だから自分も行ったらつづらをくれるとだろうと訪ねていった
(強欲)S2婆さん:S3雀+O9土産
(訪問)S2婆さん:S2婆さん+S3雀
・婆さんは馬の洗い汁と牛の洗い汁を飲んで雀の所へ行った
(飲む)S2婆さん:S2婆さん+O5汁
(到着)S2婆さん:S2婆さん+O7雀の宿
・雀は今度あなたの傍へ寄ったら羽を切られてしまうかもしれないと取り合わない
(忌避)S3雀:S3雀-S2婆さん
・婆さんは腹をだぶだぶさせながら重いつづらを見つけ出して背負って帰った
(獲得)S2婆さん:S2婆さん+O10重いつづら
(帰宅)S2婆さん:S2婆さん-O7雀の宿
・つづらを開けてみるとスズや茶碗のかけらに蛙や蛇の骨ばかりであった
(開封)S2婆さん:S2婆さん+O12がらくた
・宝どころか命が助かったのが何よりだった
(不幸中の幸い)S2婆さん:S2婆さん+m6不幸中の幸い
・悪いことをした婆さんはそれから病気になって死んでしまった
(病死)S2婆さん:S2婆さん+O13病
(死亡)S2婆さん:S2婆さん+m7死んだ

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

  聴き手(爺さんに可愛がられている雀はどうなるか)
           ↓
送り手(爺さん)→慈しむ(客体)→ 受け手(雀)
           ↑
補助者(なし)→ 爺さん(主体)←反対者(なし)

  聴き手(洗濯の邪魔をした雀はどうなるか)
          ↓
送り手(雀)→糊を食べてしまう(客体)→ 受け手(婆さん)
          ↑
補助者(なし)→ 雀(主体)←反対者(婆さん)

  聴き手(舌を切られた雀はどうなるか)
           ↓
送り手(婆さん)→舌を切って追放(客体)→ 受け手(雀)
           ↑
補助者(なし)→ 婆さん(主体)←反対者(なし)

 聴き手(爺さんは雀を見つけることができるか)
          ↓
送り手(爺さん)→探す(客体)→ 受け手(雀)
          ↑
補助者(男)→ 爺さん(主体)←反対者(婆さん)

  聴き手(土産のつづらの中身は何か)
          ↓
送り手(雀)→もてなす(客体)→ 受け手(爺さん)
          ↑
補助者(なし)→ 雀(主体)←反対者(なし)

  聴き手(婆さんは雀を見つけることができるか)
           ↓
送り手(婆さん)→探す(客体)→ 受け手(雀)
           ↑
補助者(男)→ 婆さん(主体)←反対者(なし)

  聴き手(重いつづらの中身は何か)
          ↓
送り手(雀)→重いつづら(客体)→ 受け手(婆さん)
          ↑
補助者(なし)→ 雀(主体)←反対者(婆さん)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。飼っていた雀を可愛がっていた爺さんですが、その雀が婆さんが作った糊を食べてしまって洗濯の邪魔をします。怒った婆さんは雀の舌を切って追放してしまいます。いなくなった雀を探しに爺さんは山中に入ります。牛や馬の洗い汁を飲むことを条件に雀の居場所を教えられます。雀の宿にたどり着いた爺さんは雀から様々なもてなしを受けます。そして土産に小さなつづらを持たされます。それを見た婆さんはつづら欲しさに自分も雀の宿を訪ねていきます。大変な思いをして辿り着いた婆さんでしたが、雀はつれない態度をとります。それでも土産に重いつづらを持ち帰った婆さんでしたが、中身はがらくたでした。そのことで病を得た婆さんは死んでしまったという筋立てです。

 爺さん/婆さん―雀、爺さん/婆さん―馬を洗う男、爺さん/婆さん―牛を洗う男、爺さん/婆さん―軽いつづら/重いつづら、といった対立軸が見受けられます。重いつづら/軽いつづらという図式に物事の大小は中身とは関係がないという教訓が暗喩されています。欲深さは却って身の破滅をもたらすことになります。

 馬や牛を洗った汚い水を飲み干すのはとんでもない難題ですが、爺さんは何でもないと全て飲んでしまいます。ここにも雀に対する愛情が表現されています。逆に婆さんはつづらを得るために無理やり飲み干しますが、これは婆さんの欲深さを表しているでしょう。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

爺さん♌♁―雀☉☾(♌)―婆さん♂♁(-1)♌(-1)―馬を洗う男☾(♌)☾(♂)―牛を洗う男☾(♌)☾(♂)

 といった風に表記できるでしょうか。雀の存在を価値☉と置くと、雀と再会しもてなしを受けた爺さんは享受者♁となります。雀は贈与者と見なせますので、ここでは爺さんの援助者☾と置けます。婆さんは雀を罰して追放しますので対立者♂と置けますが、重いつづらを選ぶことで罰を受けますので、マイナスの享受者♁(-1)とも見なせるでしょうか。馬を洗う男と牛を洗う男は洗い汁を飲ませることで道を教えますので、爺さん婆さんどちらにとっても援助者☾となります。

 ここで、婆さんは爺さんの模倣者と見ることも可能です。そういう観点からは婆さんはマイナスの主体♌(-1)と見なすことも可能ではないでしょうか。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「爺さんは無事雀と再会することができるか」「つづらの中身は何か」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「罰として雀の舌を切ってしまう」「洗い汁を飲む」「軽いつづらと重いつづら」でしょうか。「婆さん―切る/舌―雀」「男―馬/牛―洗い汁/飲む―爺さん/婆さん」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:爺さんは無事雀と再会することができるか
      つづらの中身は何か
          ↑
発想の飛躍:罰として雀の舌を切ってしまう
      洗い汁を飲む
      軽いつづらと重いつづら

・爺さん―婆さん―舌きり/追放―雀
・雀―軽いつづら/重いつづら―爺さん/婆さん
        ↑
・婆さん―切る/舌―雀
・男―馬/牛―洗い汁/飲む―爺さん/婆さん
・雀―重いつづら/がらくた―婆さん

◆ログライン

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「舌切雀」ですと「軽いつづらを持って帰ってきた爺さんの真似をして重いつづらを持って帰った婆さんだったが中身はきたないものだった」くらいでしょうか。

◆余談

 つづらには「開けてみるまで中身が何か分からない」という期待感をもたせる効果があります。つづらの大小で中身に差があることを予想させ、実は小さい方に価値あるものが入っていたという結末は謙譲の美徳を示唆しているかもしれません。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.285-288.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年9月 8日 (日)

行為項分析――桃太郎

◆あらすじ

 昔々、お爺さんとお婆さんがいた。二人の間には子供がなかったので、毎朝神さまに子供を授けてくださいと祈っていた。そうする内に一年過ぎ、二年過ぎた。ある日、お爺さんとお婆さんがいつものように神さまに祈っていると、どこからともなく、ここより北へ北へと進む内に大きな川の渕に出る。そこに大きな桃の木があって桃がなっているが、その中に一つ大きな桃がある。それを川へ落とさないように取って割ると子供が出るという声が聞こえてきた。お爺さんとお婆さんは喜んで、早速北へ北へと歩いて行った。しばらくすると大きな川があって、ほとりに大きな桃の木があった。桃が沢山なっていて、中に一つ大きな桃があった。お爺さんが木へ登って、桃を取ろうとすると枝が折れて、桃は川の中へ落ちて流れていったので、お爺さんとお婆さんはがっかりして家へ帰った。それからしばらく経って、ある日お爺さんは山へ木こりに、お婆さんは川へ洗濯に行った。お婆さんが洗濯をしていると、そこへ桃が流れてきた。

◆モチーフ分析

・お爺さんとお婆さんがいた
・二人の間には子供がなかったので、毎朝子供を授けてくださいと神さまに祈っていた
・一年過ぎ、二年が過ぎた
・いつもの様に神さまに祈っていると声がした
・ここから北へ進むと大きな川の渕に出る。そこに大きな桃の木があって桃がなっているという
・その中に一つ大きな桃がある。それを川へ落とさないように取って割ると子供が出るという
・喜んだお爺さんとお婆さんは早速北へ歩いていった
・しばらくすると大きな川があってほとりに大きな桃の木があった
・桃が沢山なっていて、中に一つ大きな桃があった
・お爺さんが木へ登って桃を取ろうとすると枝が折れて、桃は川へ落ちて流れていった
・がっかりしたお爺さんとお婆さんは家へ帰った
・しばらくしてお爺さんは山へ木こりに、お婆さんが川へ洗濯しに行くと、そこへ桃が流れてきた

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:お爺さん
S2:お婆さん
S3:神さま

O(オブジェクト:対象)
O1:子供
O2:声
O3:川の渕
O4:桃の木
O5:桃(大きな桃)
O6:北の方向
O7:山
O8:川

m(修飾語)
m1:数年経過した
m2:北に
m3:大きな
m4:喜んだ
m5:沢山の
m6:失望した

X:どこか

+:接
-:離

・お爺さんとお婆さんがいた
(存在)X1:S1お爺さん+S2お婆さん
・二人の間には子供がなかったので、毎朝子供を授けてくださいと神さまに祈っていた
(子なし)(S1お爺さん+S2お婆さん):(S1お爺さん+S2お婆さん)-O1子供
(祈願)(S1お爺さん+S2お婆さん):(S1お爺さん+S2お婆さん)+S3神さま
(祈願)(S1お爺さん+S2お婆さん):(S1お爺さん+S2お婆さん)+O1子供
・一年過ぎ、二年が過ぎた
(時間経過)X:(S1お爺さん+S2お婆さん)+m1数年経過した
・いつもの様に神さまに祈っていると声がした
(祈願)(S1お爺さん+S2お婆さん):(S1お爺さん+S2お婆さん)+S3神さま
(声)(S1お爺さん+S2お婆さん):(S1お爺さん+S2お婆さん)+O2声
・ここから北へ進むと大きな川の渕に出る。そこに大きな桃の木があって桃がなっているという
(お告げ)X2:O3川の渕+m2北に
(お告げ)X2:O3川の渕+O4桃の木
(お告げ)X2:O4桃の木+O5桃
・その中に一つ大きな桃がある。それを川へ落とさないように取って割ると子供が出るという
(お告げ)O4桃の木:O5桃+m3大きな
(お告げ)(S1お爺さん+S2お婆さん):(S1お爺さん+S2お婆さん)+O5大きな桃
(お告げ)(S1お爺さん+S2お婆さん):O5大きな桃-O1子供
・喜んだお爺さんとお婆さんは早速北へ歩いていった
(喜び)(S1お爺さん+S2お婆さん):(S1お爺さん+S2お婆さん)+m4喜んだ
(行動開始)(S1お爺さん+S2お婆さん):(S1お爺さん+S2お婆さん)+O6北の方向
・しばらくすると大きな川があってほとりに大きな桃の木があった
(到達)(S1お爺さん+S2お婆さん):(S1お爺さん+S2お婆さん)+O3川の渕
(視認)(S1お爺さん+S2お婆さん):(S1お爺さん+S2お婆さん)+O4桃の木
・桃が沢山なっていて、中に一つ大きな桃があった
(視認)O4桃の木:O5桃+m5沢山の
(視認)O4桃の木:O4桃の木+O5大きな桃
・お爺さんが木へ登って桃を取ろうとすると枝が折れて、桃は川へ落ちて流れていった
(試み)S1お爺さん:S1お爺さん+O5大きな桃
(破損)O4桃の木:O4桃の木-O5大きな桃
(獲得失敗)(S1お爺さん+S2お婆さん):(S1お爺さん+S2お婆さん)-O5大きな桃
・がっかりしたお爺さんとお婆さんは家へ帰った
(失望)(S1お爺さん+S2お婆さん):(S1お爺さん+S2お婆さん)+m6失望した
(帰宅)(S1お爺さん+S2お婆さん):(S1お爺さん+S2お婆さん)-O3川の渕
・しばらくしてお爺さんは山へ木こりに、お婆さんが川へ洗濯しに行くと、そこへ桃が流れてきた
(労働)S1お爺さん:S1お爺さん+O7山
(労働)S2お婆さん:S2お婆さん+O8川
(遭遇)S2お婆さん:S2お婆さん+O5大きな桃

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

   聴き手(爺さん婆さんの祈願は神さまに届くか)
             ↓
送り手(爺さん婆さん)→子供を授かる(客体)→ 受け手(神さま)
             ↑
補助者(なし)→ 爺さん婆さん(主体)←反対者(なし)

  聴き手(神さまのお告げで爺さん婆さんはどうするか)
            ↓
送り手(神さま)→お告げ(客体)→ 受け手(爺さん)
           ↑
補助者(なし)→ 神さま(主体)←反対者(なし)

  聴き手(桃の実を逃した爺さん婆さんはどうするか)
             ↓
送り手(爺さん婆さん)→桃の実の獲得失敗(客体)→ 受け手(桃の木)
             ↑
補助者(神さま)→ 爺さん婆さん(主体)←反対者(なし)

  聴き手(流れてきた桃の実を婆さんはどうするか)
             ↓
送り手(桃の木)→大きな桃の実(客体)→ 受け手(婆さん)
             ↑
補助者(なし)→ 婆さん(主体)←反対者(なし)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。子供のいない爺さんと婆さんは日夜神さまに祈願していました。その願いが通じたのか、ある日、北の川の渕に桃の木があって、そこに桃の実がなっているとお告げがあります。早速行動を開始した爺さんと婆さんは一際大きな桃の実を見つけます。ところが、それを取ろうとしたところ枝が折れて桃の実は川へ落ちてしまいます。落胆した爺さん婆さんですが、後日、婆さんが川で洗濯しているとその桃の実が川から流れてきたという筋立てです。

 爺さん/婆さん―神さま、爺さん/婆さん―桃の木、爺さん/婆さん―大きな桃の実、といった対立軸が見受けられます。桃/子供の図式に桃は本来は若返りの妙薬であったことが暗喩されています。現在知られている以前の「桃太郎」では桃を食べて若返った爺さんと婆さんが子づくりして桃太郎が生れたという筋立てとなっていました。折れる/落ちるの図式は桃の獲得に失敗するという試練が与えられたことを暗喩しています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

爺さん♌♁―婆さん♌♁―神さま♎―桃の木♂☾(♌)☾(☉)―大きな桃の実☉

 といった風に表記できるでしょうか。桃の木と桃の実は登場人物(サブジェクト)ではなくモノ(オブジェクト)ですが、物語上では大きな役割を果たします。子供を授ける桃の実を価値☉と置くと、爺さんと婆さんは享受者♁となります。神さまは爺さん婆さんの願いを聴き遂げて導く訳ですから審判者♎と置けるでしょう。桃の木ですが、爺さん婆さんの援助者☾と置けるでしょう。桃の実が存在するには元となる木が必要です。その点では桃の実の援助者☾とも置けるでしょう。また、枝が折れて桃の実が川に流れてしまうという失敗を犯してしまいます。ここでは桃の木は爺さんに対して対立者♂的に振る舞い試練を課しているとみることも可能です。

◆元型分析

 桃太郎はユングの提唱した元型(アーキタイプ)に照らすと、始原児(the miracle child)と考えることができます。このお話では桃太郎はまだ誕生していませんが、後に大活躍することになる桃太郎の誕生前のエピソードが詳細に語られているという形となります。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「爺さんと婆さんはお告げの桃の実を入手することができるか」でしょうか。一度はそれに失敗して聴き手の期待を高める訳です。それに対する発想の飛躍は「枝が折れて桃の実を川に落としてしまう」でしょうか。「爺さん―川/桃の実―桃の木」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:爺さんと婆さんはお告げの桃の実を入手することができるか
          ↑
発想の飛躍:枝が折れて桃の実を川に落としてしまう

・爺さん/婆さん―桃の木/お告げ―神さま
         ↑
・爺さん―川/桃の実―桃の木

◆ログライン

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「桃太郎」ですと「神さまのお告げで桃の実を取りに出かけた爺さんと婆さんだったが、桃の木の枝が折れて川に落としてしまう」くらいでしょうか。

◆余談

 桃太郎の前日譚的お話です。爺さんと婆さんは子供が欠落していることになり、桃の実で充足されることになります。日常→非日常→日常と還った末に桃が流れてきます。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)p.284.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年9月 7日 (土)

行為項分析――山婆

◆あらすじ

 三人の子供がいた。お母さんは用事があって町へ行くときに、この辺は山婆の出るところだから気をつけないといけない。山婆はいつもしおから声をして、ざらざらした手をしているから、お母さんだと言っても戸を開けてはいけないと言って聞かせた。三人の子供たちはいくら待ってもお母さんが戻ってこないので、迎えに行こうと出かけた。途中で柿が熟れていたので、それをとって背負って迎えに行った。すると山婆が出てきて、母だよ、今帰ったよ。何を負うてきたかいと言った。よく見るとお母さんとは違うので、お母さんではない。お母さんには顔に七つのあざがあるがお前にはないと言うと、顔に糠(ぬか)がかかって見えないのだと言った。子供たちは本当にしない。本当にしないなら堤へ行って顔を洗ってくると言って、子供たちを堤に連れていき、顔を洗うときに岩の角で顔に傷をつけて、これを見よ。母に違いなかろうと言った。子供たちはなるほどお母さんかも知れないが、あざのつき所が少し違うと言った。わしのお母さんは右の頬に三つ、左の頬に三つ、額に一つあざがある。それなら左の頬の糠がまだ落ちないと言って谷底へ下りて小石を一つつけてきた。その内に日が暮れてしまった。山婆は暗くなったから、ここで一夜寝ようと言って大きな洞穴へ子供たちを連れて入った。どれでも肥えた子供を抱いて寝る。この辺りは山婆が出るから皆わしにすがりついて寝よと言って一番小さい弟を抱いて寝た。夜になって何だかかりかり音がしはじめた。兄は弟を揺り起こして弟の手を引きながら、ちょっと小便に行ってくると言った。山婆がそこにしろと言うと寝小便はできないと言って二人が出ていくと山婆は逃さぬように縄で結わえて、見てやるから待っておれと言った。二人は淋しくないから大丈夫といって出て、縄を松の木に結わえて柄鎌で跡をつけ松の木の上に登った。山婆が早く帰れと言うとはいはいと返事はしても二人は帰らない。出てみると縄は松の木をチクチク引っ張っているのだった。これはしまった。二人を逃したかと言って空を見上げると松の木のてっぺんにいるので、なして下りぬかと言うと、わしはここが好きだと言った。早く降りねば山婆が二人を隠すかもしれない。どうして登ったと訊くと、松の木に油をつけて登ったと一郎が言った。山婆は油を松の木につけて登ろうとしたが、つるつる滑って登られない。そこで若者を沢山呼び出して次から次へ肩へ登らせて子供を捕まえようとしたが、まだ手が届かない。自分はここで見ているから、もっと沢山若者を誘ってこいと言って若者を連れに行かせた。するとそのとき天から綱が下りてきて一郎と二郎がそれに捕まると、綱はするすると上がって二人を谷の向こうへ送りつけた。そこへ若者が沢山来たので次から次へと登らせ、おいそれが一郎だと山婆が怒鳴った。若者が手をかけると、それは一郎の着物ばかりであった。今度は二郎へ手をかけるとそれも着物ばかりであった。若者たちは腹をたて、この大嘘つきめと言って、よってたかって山婆を叩き殺してしまった。

◆モチーフ分析

・三人の子供がいた
・お母さんが用事で町へ行くときに、この辺は山婆が出るから気をつけよ。山婆がお母さんだと言っても戸を開けてはいけないと言って聞かせた
・三人の兄弟たちはいくら待ってもお母さんが戻ってこないので迎えにいこうと出かけた
・山婆が出てきて、母が今帰ったよと言ったが、よく見るとお母さんとは違うので、お母さんには顔に七つのあざがあるがお前にはないと言う
・山婆、顔に糠がかかって見えないのだと言う
・山婆、兄弟たちを堤に連れていき、顔を洗うときに岩の角で傷をつけて、母に違いなかろうと言った
・兄弟たち、あざのつき所が少し違うと答える
・日が暮れてしまい、ここで一夜寝ようと言って洞穴へ兄弟たちを連れていった
・山姥、一番下の弟を抱いて寝る
・夜になってかりかり音がし始めた
・兄は弟を揺り起こして小便に行ってくると言った
・山婆がそこにしろと言うと、寝小便はできないと言って出ていく
・山婆は二人を逃さないように縄で結わえた
・二人は縄を松の木に結わえて松の木の上に登った
・山姥が早く帰れと言うと、はいはいと返事だけして帰らない
・山姥が出ると縄は松の木に結わえられており、空を見上げると二人は松の木のてっぺんにいた
・どうして登ったと山婆が訊くと、松の木に油をつけて登ったと一郎が言った
・山婆は油を松の木につけて登ろうとしたが、つるつる滑って登られない
・山婆、若者を沢山呼び出して、次から次へと肩へ登らせて捕まえようとするが、まだ手が届かない
・山婆、もっと若者を誘ってこいと言って若者を連れに行かせた
・天から綱が下りてきて、一郎と二郎が捕まると、綱はするすると上がって二人を谷の向こうへ送りつけた
・若者が沢山来たので次から次へと登らせ、それが一郎だと山婆が怒鳴った
・若者が手をつけるとそれは一郎の着物だった
・次に二郎へ手をかけると、それも着物ばかりであった
・若者たち、腹をたて、山婆を叩き殺した

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:長男(一郎)
S2:次男(二郎)
S3:三男
S4:母親
S5:山婆
S6:天
S7:若者たち

O(オブジェクト:対象)
O1:家
O2:七つのあざ
O3:糠
O4:洞窟
O5:異音
O6:小便(排泄)
O7:縄
O8:松の木
O9:油
O10:綱
O11:谷の向こう
O12:着物

m(修飾語)
m1:日が暮れた
m2:怒った

+:接
-:離

・三人の子供がいた
(存在)X:S4母親+(S1長男+S2次男+S3三男)
・お母さんが用事で町へ行くときに、この辺は山婆が出るから気をつけよ。山婆がお母さんだと言っても戸を開けてはいけないと言って聞かせた
(禁止)S4母親:S5山婆-(S1長男+S2次男+S3三男)
・三人の兄弟たちはいくら待ってもお母さんが戻ってこないので迎えにいこうと出かけた
(帰宅せず)(S1長男+S2次男+S3三男):(S1長男+S2次男+S3三男)-S4母親
(禁止の侵犯)(S1長男+S2次男+S3三男):(S1長男+S2次男+S3三男)-O1家
・山婆が出てきて、母が今帰ったよと言ったが、よく見るとお母さんとは違うので、お母さんには顔に七つのあざがあるがお前にはないと言う
(登場)S5山婆:S5山婆+(S1長男+S2次男+S3三男)
(似ず)S5山婆:S5山婆-S4母親
(否定)(S1長男+S2次男+S3三男):S5山婆-O2七つのあざ
・山婆、顔に糠がかかって見えないのだと言う
(言い訳)S5山婆:S5山婆+O3糠
・山婆、兄弟たちを堤に連れていき、顔を洗うときに岩の角で傷をつけて、母に違いなかろうと言った
(自傷)S5山婆:S5山婆+O2七つのあざ
・兄弟たち、あざのつき所が少し違うと答える
(否定)(S1長男+S2次男+S3三男):O2七つのあざ-O2七つのあざ
・日が暮れてしまい、ここで一夜寝ようと言って洞穴へ兄弟たちを連れていった
(日暮れ)X:X+m1日が暮れた
(連行)S5山婆:(S1長男+S2次男+S3三男)+O4洞窟
・山姥、一番下の弟を抱いて寝る
(確保)S5山婆:S5山婆+S3三男
・夜になってかりかり音がし始めた
(異音)(S1長男+S2次男):(S1長男+S2次男)+O5異音
・兄は弟を揺り起こして小便に行ってくると言った
(起こす)S1長男:S1長男+S2次男
(報告)S1長男:S1長男+S5山婆
(報告)S1長男:S1長男+O6小便
・山婆がそこにしろと言うと、寝小便はできないと言って出ていく
(排泄強要)S5山婆:S1長男+O6排泄
(拒否)S1長男:S1長男+O6排泄
(脱出)(S1長男+S2次男):(S1長男+S2次男)-O4洞窟
・山婆は二人を逃さないように縄で結わえた
(拘束)S5山婆:(S1長男+S2次男)+O7縄
・二人は縄を松の木に結わえて松の木の上に登った
(結び替え)(S1長男+S2次男):O7縄+O8松の木
(よじ登る)(S1長男+S2次男):(S1長男+S2次男)+O8松の木
・山姥が早く帰れと言うと、はいはいと返事だけして帰らない
(呼びかけ)S5山婆:(S1長男+S2次男)+O4洞窟
(流す)(S1長男+S2次男):(S1長男+S2次男)-O4洞窟
・山姥が出ると縄は松の木に結わえられており、空を見上げると二人は松の木のてっぺんにいた
(視認)S5山婆:O7縄+O8松の木
(視認)S5山婆:(S1長男+S2次男)+O8松の木
・どうして登ったと山婆が訊くと、松の木に油をつけて登ったと一郎が言った
(質問)S5山婆:S5山婆+S1長男
(嘘)S1長男:O8松の木+O9油
・山婆は油を松の木につけて登ろうとしたが、つるつる滑って登られない
(塗布)S5山婆:O8松の木+O9油
(滑る)S5山婆:S5山婆-O8松の木
・山婆、若者を沢山呼び出して、次から次へと肩へ登らせて捕まえようとするが、まだ手が届かない
(呼び出し)S5山婆:S5山婆+S7若者たち
(捕獲の試み)S5山婆:S7若者たち+(S1長男+S2次男)
(届かず)S7若者たち:S7若者たち-(S1長男+S2次男)
・山婆、もっと若者を誘ってこいと言って若者を連れに行かせた
(追加)S5山婆:S7若者たち+S7追加の若者たち
・天から綱が下りてきて、一郎と二郎が捕まると、綱はするすると上がって二人を谷の向こうへ送りつけた
(天の助け)S6天:O10綱+(S1長男+S2次男)
(移送)S6天:(S1長男+S2次男)+O11谷の向こう
・若者が沢山来たので次から次へと登らせ、それが一郎だと山婆が怒鳴った
(指摘)S5山婆:S7若者たち+S1長男
・若者が手をつけるとそれは一郎の着物だった
(不発)S7若者たち:S7若者たち+O12着物
・次に二郎へ手をかけると、それも着物ばかりであった
(指摘)S5山婆:S7若者たち+S2次男
(不発)S7若者たち:S7若者たち+O12着物
・若者たち、腹をたて、山婆を叩き殺した
(怒り)S7若者たち:S7若者たち+m2怒った
(撲殺)S7若者たち:S7若者たち-S5山婆

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

  聴き手(母親の課した禁止をどうするか)
            ↓
送り手(母親)→山婆との接触の禁止(客体)→ 受け手(兄弟)
            ↑
補助者(なし)→ 母親(主体)←反対者(山婆)

  聴き手(禁止の侵犯の結果はどうなるか)
            ↓
送り手(兄弟)→探しに外出(客体)→ 受け手(母親)
            ↑
補助者(なし)→ 兄弟(主体)←反対者(山婆)

  聴き手(山婆と接触した兄弟たちはどうなるか)
            ↓
送り手(山婆)→母親を装う(客体)→ 受け手(兄弟)
            ↑
補助者(なし)→ 山婆(主体)←反対者(母親)

  聴き手(洞窟に拉致された兄弟たちはどうなるか)
            ↓
送り手(山婆)→洞窟に拉致(客体)→ 受け手(兄弟)
            ↑
補助者(なし)→ 山婆(主体)←反対者(なし)

  聴き手(逃げ出した長男と次男はどうなるか)
            ↓
送り手(山婆)→追跡(客体)→ 受け手(長男と次男)
            ↑
補助者(若者)→ 山婆(主体)←反対者(天)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。母親は外出時に三人の兄弟にこの辺りは山婆が出るから決して外に出るなと禁止します。しかし、母親がいつまで経っても戻らないため兄弟たちは禁止を破って家の外に出てしまいます。案の定、山婆と遭遇してしまいます。山婆はあれこれと理由をつけて自分がその母親であると兄弟たちを騙そうとします。まとわりつかれた兄弟たちは結局山婆に洞窟に拉致されてしまいます。どうやら三男は山婆に喰われてしまいます。それを察知した長男と次男は理由をつけてその場を離れます。松の木によじ登った長男と次男ですが、山婆が追跡してきます。そのとき天の助けで綱が降りてきます。綱につかまった長男と次男は谷の向こうへと逃れます。山婆の指示が的外れなのに怒った若者たちは山婆を殺してしまったという筋立てです。

 母親―長男/次男/三男、長男/次男/三男―山婆、長男/次男/三男―天、長男/次男/三男―若者たち、山婆―若者たち、という対立軸が見受けられます。かりかりとした音/夜の図式は三男が山婆に捕食されてしまったことを暗喩しています。その点では残酷なお話です。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

長男♌♁―次男♌♁―三男♌―山婆♂―母親☾(♌)―天♎―若者たち☾(♂)☾(♂)(-1)

 といった風に表記できるでしょうか。山婆から逃れることを価値☉と置くと、生き残った長男と次男は享受者♁となります。山婆は恐ろしい捕食者ですから対立者♂となります。母親は兄弟たちに外出しないよう禁止を課しますので兄弟たちの援助者☾と置くことができるでしょうか。窮地に陥った長男と次男に天が助けの手を差し伸べますので、天は審判者♎と置けるでしょうか。若者たちは山婆に使役される存在で山婆の援助者☾ですが、最後に態度を一変させ山婆を殺害しますので、マイナスの援助者☾(-1)とみることも可能です。

◆元型分析

 山婆はユングの元型(アーキタイプ)として解釈すると太母(great mother)とおけるでしょうか。超自然的な力の象徴である山婆は人を騙して喰らう恐ろしい存在であります。慈愛の側面はこのお話では見受けられません。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「禁止を破った三人の兄弟は山婆の魔の手から逃れられるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「山婆が母のふりをする」「若者たちが肩車をして追ってくる」「天から助けの綱が降りてくる」でしょうか。「長男/次男/三男―あざ/傷―山婆」「若者―肩車/着物―長男/次男」「天―綱―長男/次男」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:禁止を破った三人の兄弟は山婆の魔の手から逃れられるか
          ↑
発想の飛躍:山婆が母のふりをする
     若者たちが肩車をして追ってくる
     天から助けの綱が降りてくる

・長男/次男/三男―母親/山婆
         ↑
・長男/次男/三男―あざ/傷―山婆
・若者―肩車/着物―長男/次男
・天―綱―長男/次男

◆ログライン

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「山婆」ですと「母親の課した禁止を破って外出した三人兄弟は山婆と遭遇して洞窟に拉致されてしまうが、天の助けで難を逃れる」くらいでしょうか。

◆余談

 山婆があれこれと理屈をつけて自分が母親だと誤認させようとする場面も面白い箇所です。若者たちが肩車をする場面は千匹狼を連想させます。三人兄弟と呼ばれる話型でヨーロッパに広く分布する様です。すると、日本へは書承で入って来たお話かもしれません。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.280-283.
・『民間説話―理論と展開―』上巻(S・トンプソン, 荒木博之, 石原綏代/訳, 社会思想社, 1977)
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年9月 6日 (金)

行為項分析――蛇聟入り

◆あらすじ

 昔あるところに大きな百姓がいた。ある年酷い日照りで田が干上がり稲も今にも枯れそうになった。そこで百姓は田の近くにある蛇渕へ行ってこの田へ水を当ててくれれば娘が三人いるから一人をやろうと言った。明くる朝起きてみると広い田に水がなみなみと当たっていた。百姓は喜んだが、昨日約束したことを思い出して心配になって寝込んでしまった。すると姉娘が来て起きて茶を飲みなさいと言ったので、田が干上がってしまったから昨日蛇渕へ行って田に水をためてくれたら娘をやろうと言ったら今朝見るとどの田にも水がいっぱい当たっておる。それで娘をやらねばならないことになって心配していると言うと、姉娘はそんな恐ろしいことはできないと言って逃げてしまった。今度は中の娘が来て茶をおあがりと言ったので訳を話すとこれもやれ恐ろしやと言って逃げた。末の娘が来て茶をおあがりなさいと言ったので訳を話すと、それでは私が行きましょうと言った。その晩蛇が迎えに来たので妹娘は頭のまげに針を三本刺して蛇の頭に飛び乗って行った。蛇の家には広い座敷に青畳が敷いてあって、お婆さんが一人いた。お婆さんはようこそと言って喜んだ。ある日お婆さんが嫁に虱(しらみ)をとってくれと言った。嫁はとってあげようと言ってお婆さんの髪を見ると蛇がいっぱいいた。娘は頭に刺していた針を蛇に投げた。お婆さんはあまり気持ちがいいので、お前、国へ帰りたくはないかいと言った。それは帰りとうございますと言うと、それならば息子は天へ昇って今頃帰るから出逢った時にはこれを被ってニャーゴ、ニャーゴと言って道のほとりへ伏せていろと言って猫化けをくれた。嫁はそれを貰って家へ帰ろうと思って道を急いでいると、天から蛇が下りてきたので猫化けを被って道のほとりに伏してニャーゴ、ニャーゴと言っていた。すると蛇はそのまま通り過ぎてしまったので、家へ帰ってお父さんと仲良く暮らした。

◆モチーフ分析

・昔あるところに大きな百姓がいた
・ある年酷い日照りで田が干上がり、稲も枯れそうになった
・百姓は田の近くにある蛇渕へ行き、田に水を当ててくれれば三人の娘の内一人をやろうと言った
・明くる朝起きてみると田に水がなみなみと当たっていた
・喜んだ百姓だったが、昨日約束したことを思い出して心配になって寝込んだ
・姉娘が来て茶を飲むようにいう
・百姓が訳を話すと姉娘はそんな恐ろしいことはできないと逃げてしまう
・中の娘に訳を話すと、これも逃げた
・末の娘に訳を話すと、それでは自分が行こうと言った
・その晩蛇が迎えに来たので妹娘は頭のまげに針を三本刺して、蛇の頭に飛び乗っていった
・蛇の家には広い座敷があり、そこにお婆さんが一人いた
・お婆さんはようこそと言って喜んだ
・ある日お婆さんが嫁に虱をとってくれと言った
・嫁がとってあげようとしてお婆さんの髪を見ると蛇がいっぱいいた
・娘は頭に刺していた針を蛇に投げつける
・お婆さんは気持ちがいいので、お前、国へ帰りたくはないかと言った
・帰りたいというと、息子は天へ昇って今頃帰るから猫化けをくれて、それを被ってニャーゴと言って道のほとりへ伏せる様に言った
・嫁はそれを貰って家へ帰ろうと道を急いでいると、天から蛇が下りてきたので猫化けを被って道のほとりに伏してニャーゴと言うと、蛇はそのまま通り過ぎた
・嫁は実家へ帰って父親と仲良く暮らした

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:百姓
S2:蛇
S3:姉娘
S4:中の娘
S5:末の娘
S6:おばあさん

O(オブジェクト:対象)
O1:日照り
O2:田
O3:稲
O4:蛇渕
O5:娘の一人
O6:茶
O7:針
O8:蛇の家
O9:虱
O10:蛇
O11:天
O12:猫化け
O13:実家

m(修飾語)
m1:大きな
m2:干上がった
m3:枯死寸前の
m4:水の張った
m5:喜んだ
m6:寝込んだ
m7:独りで
m8:気持ちいい
m9:不在の
m10:伏せた

+:接
-:離

・昔あるところに大きな百姓がいた
(存在)X:S1百姓+m1大きな
・ある年酷い日照りで田が干上がり、稲も枯れそうになった
(日照り)O1日照り:O2田+m2干上がった
(枯死寸前)O2田:O3稲+m3枯死寸前の
・百姓は田の近くにある蛇渕へ行き、田に水を当ててくれれば三人の娘の内一人をやろうと言った
(来訪)S1百姓:S1百姓+O4蛇渕
(約束)S1百姓:S2蛇+O5娘の一人
・明くる朝起きてみると田に水がなみなみと当たっていた
(回復)S1百姓:O2田+m4水の張った
・喜んだ百姓だったが、昨日約束したことを思い出して心配になって寝込んだ
(喜び)S1百姓:S1百姓+m5喜んだ
(思い出す)S1百姓:S1百姓-O5娘の一人
(寝込む)S1百姓:S1百姓+m6寝込んだ
・姉娘が来て茶を飲むようにいう
(声かけ)S3姉娘:S1百姓+O6茶
・百姓が訳を話すと姉娘はそんな恐ろしいことはできないと逃げてしまう
(説明)S1百姓:S3姉娘+S2蛇
(逃走)S3姉娘:S1百姓-S3姉娘
・中の娘に訳を話すと、これも逃げた
(説明)S1百姓:S4中の娘+S2蛇
(逃走)S4中の娘:S1百姓-S4中の娘
・末の娘に訳を話すと、それでは自分が行こうと言った
(説明)S1百姓:S5末の娘+S2蛇
(同意)S5末の娘:S5末の娘+S2蛇
・その晩蛇が迎えに来たので妹娘は頭のまげに針を三本刺して、蛇の頭に飛び乗っていった
(迎え)S2蛇:S2蛇+S1百姓
(準備)S5末の娘:S5末の娘+O7針
(移乗)S5末の娘:S5末の娘+S2蛇
・蛇の家には広い座敷があり、そこにお婆さんが一人いた
(存在)O8蛇の家:S6おばあさん+m7独りで
・お婆さんはようこそと言って喜んだ
(歓迎)S6おばあさん:S6おばあさん+S5末の娘
・ある日お婆さんが嫁に虱をとってくれと言った
(依頼)S6おばあさん:S6おばあさん-O9虱
・嫁がとってあげようとしてお婆さんの髪を見ると蛇がいっぱいいた
(視認)S5末の娘:S6おばあさん+O10蛇
・娘は頭に刺していた針を蛇に投げつける
(投げつけ)S5末の娘:O10蛇+O7針
・お婆さんは気持ちがいいので、お前、国へ帰りたくはないかと言った
(快感)S6おばあさん:S6おばあさん+m8気持ちいい
(質問)S6おばあさん:S5末の娘-O8蛇の家
・帰りたいというと、息子は天へ昇って今頃帰るから猫化けをくれて、それを被ってニャーゴと言って道のほとりへ伏せる様に言った
(希望)S5末の娘:S5末の娘+S1百姓
(不在)S2蛇:S2蛇+m9不在の
(授与)S6おばあさん:S5末の娘+O12猫化け
(助言)S6おばあさん:S5末の娘+m10伏せた
・嫁はそれを貰って家へ帰ろうと道を急いでいると、天から蛇が下りてきたので猫化けを被って道のほとりに伏してニャーゴと言うと、蛇はそのまま通り過ぎた
(帰宅)S5末の娘:S5末の娘+O13実家
(遭遇)S5末の娘:S5末の娘+S2蛇
(隠匿)S5末の娘:S5末の娘+O12猫化け
(通過)S2蛇:S2蛇-S5末の娘
・嫁は実家へ帰って父親と仲良く暮らした
(再会)S5末の娘:S5末の娘+O13実家
(生活)S5末の娘:S5末の娘+S1百姓

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

  聴き手(百姓の願いはどんな結果をもたらすか)
            ↓
送り手(百姓)→田に水を張ったら娘を嫁にやる(客体)→ 受け手(蛇)
            ↑
補助者(なし)→ 百姓(主体)←反対者(蛇)

  聴き手(願いが叶った百姓はどうするか)
            ↓
送り手(蛇)→田に水を張る(客体)→ 受け手(百姓)
            ↑
補助者(なし)→ 蛇(主体)←反対者(百姓)

  聴き手(百姓と蛇の約束を知った娘はどうするか)
            ↓
送り手(百姓)→蛇の嫁になる(客体)→ 受け手(姉娘)
            ↑
補助者(なし)→ 百姓(主体)←反対者(蛇)

  聴き手(百姓と蛇の約束を知った娘はどうするか)
            ↓
送り手(百姓)→蛇の嫁になる(客体)→ 受け手(中の娘)
            ↑
補助者(なし)→ 百姓(主体)←反対者(蛇)

  聴き手(百姓と蛇の約束を知った娘はどうするか)
            ↓
送り手(百姓)→蛇の嫁になる(客体)→ 受け手(末の娘)
            ↑
補助者(なし)→ 百姓(主体)←反対者(蛇)

  聴き手(蛇の嫁となった末の娘はどうなるか)
            ↓
送り手(末の娘)→蛇の嫁になる(客体)→ 受け手(蛇)
            ↑
補助者(蛇)→ 末の娘(主体)←反対者(百姓)

  聴き手(末の娘の行動はどういう結果に繋がるか)
            ↓
送り手(末の娘)→髪の中の蛇に針を投げる(客体)→ 受け手(おばあさん)
            ↑
補助者(おばあさん)→ 末の娘(主体)←反対者(蛇)

  聴き手(猫化けを得た末の娘はどうするか)
            ↓
送り手(おばあさん)→猫化け(客体)→ 受け手(末の娘)
            ↑
補助者(おばあさん)→ 末の娘(主体)←反対者(蛇)

  聴き手(猫化けを得た末の娘はどうするか)
            ↓
送り手(末の娘)→猫化けでやり過ごす(客体)→ 受け手(蛇)
            ↑
補助者(おばあさん)→ 末の娘(主体)←反対者(蛇)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。日照りのため干ばつとなり田の水が枯れ稲も枯れてしまいそうになった。そこで蛇渕の主に田に水を張ってくれるよう祈願したところ、その通りに水を張ってくれたが、引き換えに三人の娘の内一人を嫁として差し出さなくてはならなくなった。姉娘と中の娘はいずれも拒んだ。末の娘に事情を話したところ、それなら自分が行くと蛇の屋敷へ行った。嫁となった末の娘は針を三本持参していったが、それでおばあさんの髪の中の蛇に針を投げたところ、大変喜ばれた。おばあさんは末の娘に猫化けをくれた。猫化けを得た娘は猫に化けて夫の蛇が天から戻ってくるところをやり過ごして実家に帰ったという筋立てです。

 百姓―蛇、百姓―姉娘、百姓―中の娘、百姓―末の娘(嫁)、末の娘(嫁)―蛇、末の娘(嫁)―おばあさん、といった対立軸が見受けられます。針/蛇の図式におばあさんの髪の中のかゆみをもたらす蛇を退治する様が暗喩されているでしょうか。針/猫化けの図式には針を嫁入り道具として持参したところ、猫化けと交換されたという図式が暗喩されているでしょうか。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

1. 末の娘♌―百姓☾(♌)(-1)♁―蛇♂☉―おばあさん☾(♂)☾(♌)―姉娘☾(☾)(-1)―中の娘☾(☾)(-1)
2. 末の娘♌♁―百姓☾(♌)(-1)♁―蛇♂―おばあさん☉☾(♂)☾(♌)―姉娘☾(☾)(-1)―中の娘☾(☾)(-1)

 といった風に表記できるでしょうか。田んぼの稲が枯れないことを価値☉と置くと、百姓はその享受者♁となります。また、末の娘を無理に嫁に行かせてしまいますので、マイナスの援助者☾と置けるかもしれません。蛇は対立者♂であり、水をもたらす価値☉となります。おばあさんは蛇の母親でしょうから本来は対立者♂の援助者☾ですが、末の娘に猫化けを与えることで末の娘が実家に帰ることを助けますので主体の援助者☾でもあります。主体と対立者の援助者であることがここでは併存しています。姉娘と中の娘は百姓の願いを断りますのでマイナスの援助者☾の援助者☾と置けるでしょうか。

末の娘が実家に帰ることを価値☉と置くと、猫化けをもたらすおばあさんが価値☉となります。末の娘はその享受者♁となります。百姓もその享受者♁となるでしょう。

◆フェミニズム分析

 この話をフェミニズム的観点から分析すると、家長である父の百姓が娘たちの結婚の決定権を握っているとみることができます。姉娘と中の娘は拒否しますので絶対ではないのかもしれませんが、末の娘は結婚に同意します。これは末の娘の自己犠牲とみることも可能です。田に水を張るという家の利益が末娘の自己犠牲によって達成されるという点では前時代的なものを感じさせます。ただ、それは昔はそういうものだったということであって、物語として語ることまで拒否するのはお門違いとなるでしょう。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「百姓の約束で蛇の嫁となった末の娘はどうなるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「おばあさんの髪の中の蛇に針を投げる」「猫化けで猫に化けて蛇をやり過ごす」でしょうか。「末の娘―針/蛇/虱/髪―おばあさん」「末の娘―猫化け/猫―蛇」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:百姓の約束で蛇の嫁となった末の娘はどうなるか
          ↑
発想の飛躍:おばあさんの髪の中の蛇に針を投げる
     猫化けで猫に化けて蛇をやり過ごす

・百姓―田の水/娘―蛇
     ↑
・末の娘―針/蛇/虱/髪―おばあさん
・末の娘―猫化け/猫―蛇

◆ログライン

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「蛇聟入り」ですと「父の約束を守って蛇の家に嫁に行ったが、そこでお婆さんに気に入られて猫化けを貰い、蛇をやり過ごして実家へ帰る」くらいでしょうか。

◆余談

 針を三本持っていきますので、それで蛇を殺すのかと思いましたが、おばあさんの髪のかゆみを取って気に入られるという筋立てとなっています。娘から嫁に呼称が変わるのでしばらくの間、嫁となったものと考えられます。同じ属性の三人の登場人物の内、三人目が活躍する話型でもあります。また、日常から非日常へ、そして日常へ還る話でもあります。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.277-279.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年9月 5日 (木)

歌舞伎座に行く 2024.09

銀座の歌舞伎座に行く。今回も開場の約一時間前に現地に着いて近くの喫茶店で時間を潰す。銀座・歌舞伎座
座席は三階席で西の14番。席が分からないと思って係員さんに訊くと、劇場の側面の席だった。劇場全体は見渡せて歌舞伎座という大劇場がどのような感じなのかはよく見渡せたが、下手が見切れてしまう。下手側の花道は全く見えない。

演目は「妹背山婦女庭訓」と「勧進帳」。「妹背山婦女庭訓」は情報を事前に仕入れずに見たらセリフがほとんど聞き取れず、演技で何をやっているかは分かるが具体的なストーリーは分からずという結果になった。「入鹿」は分かったので蘇我入鹿に由来する話ということまでは分かったが。「勧進帳」は粗筋は知っていたので大まかには分かったが。歌舞伎も実はセリフは聞き取れていなくて、事前に知っている粗筋で脳内補完しながら鑑賞しているのだろうかと思わされた。

「妹背山婦女庭訓」の吉野川の場では舞台の中央に吉野川を描き、舞台の上手と下手にそれぞれ屋敷を置いて男女それぞれのストーリーが展開されるという構成だった。三階席だったので、舞台を俯瞰することができてその点では良かったのだが、何せ下手が見切れてしまう。A席を買ったらこうなったのだけど、これならB席の方が良かったかと思った。「勧進帳」も幕が引かれた後の飛び六方か、それは全く見えなかった。

その他、幕間にめで鯛焼きを食す。

ここ数か月、夜9時頃に寝て朝3時頃に起床する生活をしているので、「勧進帳」では眠くて仕方なかった。幸い、帰りの電車では座ることができた。

……という訳で、能/狂言と歌舞伎はアリバイ程度には見ることができた。横浜には三十年近く住んでいた訳だけど、ご縁がないとこんなものだろうか。

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行為項分析――三匹の猿

◆あらすじ

 昔ある所に猿の村があった。ある日向こうの猿が三匹連れ立って通った。その中で、一番前の猿はもの言わず、また後の猿ももの言わず、中の猿が一番ものをよく言うので上人さまに褒められた。褒美にいわしを三尾もらった。それを煮て食べても塩辛い、焼いて食べても塩辛い。あんまり塩辛いから水が欲しくなって、前の渕に飛び込んで水をぐうぐう飲んだ。その音があまりに大きくて町へ聞こえた。小笠原の松が三本倒れた。豆腐屋の豆腐が三丁めげた(壊れた)。

◆モチーフ分析

・昔ある所に猿の村があった
・ある日向こうの猿が三匹連れ立って通った
・一番前の猿はもの言わず、後の猿ももの言わず、中の猿が一番よくものを言うので上人さまに褒められた
・褒美にいわしを三尾もらった
・煮て食べても塩辛い、焼いて食べても塩辛い
・あまりに塩辛いので水が欲しくなって前の渕に飛び込んで水をぐうぐう飲んだ
・その音があまりに大きくて町へ聞こえた
・小笠原の松が三本倒れた
・豆腐屋の豆腐が三丁めげた(壊れた)

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:前の猿
S2:後の猿
S3:中の猿
S4:上人

O(オブジェクト:対象)
O1:村
O2:猿
O3:いわし
O4:水
O5:渕
O6:音
O7:町
O8:松
O9:豆腐

m(修飾語)
m1:通過した
m2:無口な
m3:ものを言う
m4:塩辛い
m5:煩い
m6:倒れた
m7:壊れた

+:接
-:離

・昔ある所に猿の村があった
(存在)X1:O1村+O2猿
・ある日向こうの猿が三匹連れ立って通った
(通過)X2:O2猿+m1通過した
・一番前の猿はもの言わず、後の猿ももの言わず、中の猿が一番よくものを言うので上人さまに褒められた
(無口)S1前の猿:S1前の猿+m2無口な
(無口)S2後の猿:S2後の猿+m2無口な
(饒舌)S3中の猿:S3中の猿+m3ものを言う
(賞賛)S4上人:S4上人+S3中の猿
・褒美にいわしを三尾もらった
(授与)S4上人:S1前の猿+S2後の猿+S3中の猿+O3いわし
・煮て食べても塩辛い、焼いて食べても塩辛い
(味)S1前の猿+S2後の猿+S3中の猿:O3いわし+m4塩辛い
・あまりに塩辛いので水が欲しくなって前の渕に飛び込んで水をぐうぐう飲んだ
(欲求)S1前の猿+S2後の猿+S3中の猿:S1前の猿+S2後の猿+S3中の猿+O4水
(飛び込み)S1前の猿+S2後の猿+S3中の猿:S1前の猿+S2後の猿+S3中の猿+O5渕
(痛飲)S1前の猿+S2後の猿+S3中の猿:S1前の猿+S2後の猿+S3中の猿+O4水
・その音があまりに大きくて町へ聞こえた
(騒音)O6音:O6音+m5煩い
(届く)O6音:O6音+O7町
・小笠原の松が三本倒れた
(倒木)O8松:O8松+m6倒れた
・豆腐屋の豆腐が三丁めげた(壊れた)
(壊れる)O9豆腐:O9豆腐+m7壊れた

 ナンセンスな結末ですが、行為項として分解してみると、一応、分析はできています。

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

  聴き手(褒美にいわしをもらった猿たちはどうするか)
            ↓
送り手(上人)→いわし(客体)→ 受け手(猿)
            ↑
補助者(なし)→ 上人(主体)←反対者(なし)

  聴き手(辛いので水を飲むとどうなるか)
            ↓
送り手(猿)→水を飲む(客体)→ 受け手(渕)
            ↑
補助者(なし)→ 猿(主体)←反対者(なし)

  聴き手(あまりに煩い結果どうなるか)
            ↓
送り手(音)→うるさい(客体)→ 受け手(松、豆腐)
            ↑
補助者(なし)→  猿(主体)←反対者(なし)

といった行為項モデルが作成できるでしょうか。中の猿がよくしゃべるので上人さまに褒美にいわしを三匹もらったところ、とても辛かったので渕に飛び込んで水をぐうぐう飲んだ。その音がうるさかったので松が倒れて豆腐が壊れたという筋立てです。こういったナンセンスな話では変化を見せるのが登場人物とは限らず、モノであることもあり得るようです。

 前の猿―中の猿―後の猿、中の猿―上人、猿―いわし、猿―渕、音―松、音―豆腐、といった対立軸が見受けられます。いわし/松/豆腐の図式に本来全く無関係なものが猿という媒介項を通じて結びつくという点でナンセンスさが暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

前の猿♌♁―中の猿♌♁―後の猿♌♁―上人♎♂―松♁(-1)―豆腐♁(-1)

 といった風に表記できるでしょうか。上人からもらった褒美のいわしを価値☉と置くと、猿たちは享受者♁となります。特に上人は饒舌な中の猿を誉めますので審判者♎と置けます。一方で、褒美のいわしがあまりに辛いため猿たちは水をぐうぐうと飲むはめとなりますので、その点では対立者♂と見ることができるかもしれません。松と豆腐とはモノ(オブジェクト)で登場人物ではありませんが、猿たちの行動の影響を被ってしまいます。その点では作中で変化する存在です。マイナスの享受者♁と解釈してもよいかもしれません。ナンセンスな結末のお話では変化するのが登場人物とは限らないという点で、スーリオの構想した関係分析に修正を迫る結果かもしれません。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「猿たちの行動はどんなナンセンスな結果をもたらすか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「饒舌な中の猿が上人に褒められ褒美にいわしを貰う」「水を飲む音が煩いので松が倒れ豆腐が壊れる」でしょうか。「猿―いわし―上人」「いわし/辛い―水/煩い―松/豆腐―/倒れる/壊れる」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:猿たちの行動はどんなナンセンスな結果をもたらすか
          ↑
発想の飛躍:饒舌な中の猿が上人に褒められ褒美にいわしをもらう
     水を飲む音が煩いので松が倒れ豆腐が壊れる

・猿―いわし/褒美―上人
    ↑
・いわし/辛い―水/煩い―松/豆腐―/倒れる/壊れる

 結果のナンセンスさが意外性を生み、面白さに繋がっています。

◆ログライン

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「三匹の猿」ですと「中の猿がよくものを言ったので上人に褒められ、褒美にいわしをもらったが塩辛いので水を痛飲したところ、煩いので松が倒れ豆腐が壊れた」くらいでしょうか。

◆余談

 例えば神話で天照大神、月読命、スサノオ命の三貴神が語られる場合、月読命についての記述が少ない様に、主要な登場人物が三名いる場合、真ん中の登場人物は省略されがちです。ですが、この昔話では真ん中の猿が褒められるといった具合になっています。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)p.276.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年9月 3日 (火)

行為項分析――身がわり地蔵

◆あらすじ

 昔、浜田にとてもわがままな殿さまがいた。わがままで贅沢で始末がつかないので家来たちも困っていた。ことに女中はとても勤めができないで、来る女中も来る女中も一週間もすると皆暇をとって帰ってしまった。今度来た女中もまた同じように暇をとったので殿さまは門番を呼びつけて、また城中で女中が一人いるからどこかで探してこいと言った。門番は困ってしまった。何せ殿さまのわがまま贅沢は知らぬものの無いほど城下に知れ渡っていたから、中々女中にあがる者はない。門番は仕方がないので町へ出て、あてもなくぶらぶら歩いていると、橋の上で十六くらいの娘が川を見ていた。どうしたのか訊くと、娘は田舎から出てきてどこでも良いから何か仕事はないかと探しているが、中々雇ってくれる人がいないので思案していると言った。門番はこれはちょうど良い女中が見つかったと思って話してみると、娘は喜んで承知してくれたので早速城へ連れて帰った。殿さまの前へ連れていくと、殿さまは女中になってもらうことにして、城に入ったからには決して勝手に城外へ出てはならないと固く言いつけた。娘はこれまでの女中より人一倍よく働いた。とこるがある晩台所の方で物音がするので家来が行ってみると、娘が外へ出るところだった。家来は早速殿さまに告げた。娘は殿さまの前に呼び出された。勝手に城外へ出てはいけないと言いつけておいた。どうして自分の言うことが聞けないのかと殿さまは叱りつけた。娘は自分は殿さまがもっと良い殿さまになられる様に毎晩地蔵さまにお願いにいったのだと言った。しかし、殿さまは言いつけに背いたからにはこのままでは済まない。手討ちにするといってとうとう娘を手討ちにしてしまった。そして早くこれを埋めてこいと言いつけたので家来たちは山へ持っていって埋めた。ところが翌朝、台所の方で何かことこと音がするので、行ってみると娘が何事もなかったようにそこを片づけていた。家来たちはびっくりして殿さまのところへ飛んでいった。殿さまもびっくりして昨夜娘を埋めたところを掘ってみよと言いつけた。そこで家来たちは掘ってみたがそこには何もなかった。ところが近くの長安寺の地蔵さまが頭から斜めに切られて血がたらたらと流れていた。それを聞いた殿さまは初めて娘が地蔵さまであったことに気づいた。殿さまは地蔵さまの前へ行って心から詫びを言った。そしてそれからはとても良い殿さまになった。

◆モチーフ分析

・浜田にとてもわがままな殿さまがいて家来達が困っていた
・女中も勤めが続かないで、一週間もすると皆暇をとって帰ってしまった
・殿さま、門番を呼びつけ、また城中で女中が一人いるから探してこいと命令した
・門番は仕方なく町に出てぶらぶらしていると、橋の上で娘と出会った
・娘は田舎から出てきたが、雇ってくれる人がなく思案中だった
・門番はちょうど良い女中が見つかったと思って話してみると、娘は承知したので早速城へ連れ帰った
・殿さまは女中になってもらうことにして、城に入ったからには決して勝手に城外へ出てはならないと言いつけた
・娘はこれまでの女中より人一倍よく働いた
・ある晩台所で物音がするので家来が行ってみると娘が外へ出るところだった
・家来は早速殿さまに言いつけた
・娘は殿さまの前に呼び出され、勝手に城外へ出たと叱りつけた
・娘は殿さまが良い殿さまになられる様にお地蔵さまにお願いに行ったと答えた
・殿さま、言いつけに背いたと娘を手討ちにしてしまった
・家来たちに命じて山の中に埋めさせた
・翌朝、台所で音がするので行ってみると娘が何事もなかったように片づけをしていた
・びっくりした殿さまは昨夜娘を埋めたところを掘らせたが何もなかった
・近くの長安寺の地蔵さまが頭から斜めに切られて血がたらたらと流れていた
・それを聞いた殿さまは娘が地蔵さまであったことに気づいた
・殿さまは地蔵さまの所へ行って詫びを言い、それからはとても良い殿さまになった

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:殿さま
S2:家来たち
S3:女中
S4:門番
S5:娘

O(オブジェクト:対象)
O1:浜田
O2:勤め
O3:城
O4:町
O5:田舎
O6:雇用者
O7:台所
O8:地蔵
O9:山中

m(修飾語)
m1:わがままな
m2:困惑した
m3:承諾した
m4:勤勉な
m5:埋葬された
m6:生存していた
m7:切られて血を流した
m8:名君の

+:接
-:離

・浜田にとてもわがままな殿さまがいて家来達が困っていた
(存在)O1浜田:S1殿さま+m1わがままな
(困惑)S2家来たち:S2家来たち+m2困惑した
・女中も勤めが続かないで、一週間もすると皆暇をとって帰ってしまった
(勤続困難)S3女中:S3女中-O2勤め
(離職)S3女中:S3女中-O3城
・殿さま、門番を呼びつけ、また城中で女中が一人いるから探してこいと命令した
(呼びつけ)S1殿さま:S1殿さま+S4門番
(命令)S1殿さま:S4門番+S3女中
・門番は仕方なく町に出てぶらぶらしていると、橋の上で娘と出会った
(外出)S4門番:S4門番+O4町
(遭遇)S4門番:S4門番+S5娘
・娘は田舎から出てきたが、雇ってくれる人がなく思案中だった
(来訪)S5娘:S5娘+O1浜田
(未雇用)S5娘:S5娘-O6雇用者
・門番はちょうど良い女中が見つかったと思って話してみると、娘は承知したので早速城へ連れ帰った
(交渉)S4門番:S4門番+S5娘
(承諾)S5娘:S5娘+m3承諾した
(案内)S4門番:S5娘+O3城
・殿さまは女中になってもらうことにして、城に入ったからには決して勝手に城外へ出てはならないと言いつけた
(雇用)S1殿さま:S5娘+S3女中
(禁止)S1殿さま:S5娘-O3城
・娘はこれまでの女中より人一倍よく働いた
(勤勉)S5娘:S5娘+m4勤勉な
・ある晩台所で物音がするので家来が行ってみると娘が外へ出るところだった
(確認)S2家来:S2家来+O7台所
(外出)S2家来:S5娘-O3城
・家来は早速殿さまに言いつけた
(報告)S2家来:S2家来+S1殿さま
・娘は殿さまの前に呼び出され、勝手に城外へ出たと叱りつけた
(呼び出し)S1殿さま:S1殿さま+S5娘
(叱責)S1殿さま:S1殿さま+S5娘
・娘は殿さまが良い殿さまになられる様にお地蔵さまにお願いに行ったと答えた
(回答)S5娘:S5娘+O8地蔵
・殿さま、言いつけに背いたと娘を手討ちにしてしまった
(手討ち)S1殿さま:S1殿さま+S5娘
・家来たちに命じて山の中に埋めさせた
(命令)S1殿さま:S1殿さま+S2家来たち
(埋葬)S2家来たち:S5娘+m5埋葬された
・翌朝、台所で音がするので行ってみると娘が何事もなかったように片づけをしていた
(確認)S2家来:S2家来+O7台所
(生存)S2家来:S5娘+m6生存していた
・びっくりした殿さまは昨夜娘を埋めたところを掘らせたが何もなかった
(命令)S1殿さま:S2家来たち+O9山中
(不存在)S2家来たち:O9山中-S5娘
・近くの長安寺の地蔵さまが頭から斜めに切られて血がたらたらと流れていた
(発見)S2家来たち:O8地蔵+m7切られて血を流した
・それを聞いた殿さまは娘が地蔵さまであったことに気づいた
(気づき)S1殿さま:O8地蔵+S5娘
・殿さまは地蔵さまの所へ行って詫びを言い、それからはとても良い殿さまになった
(謝罪)S1殿さま;S1殿さま+O8地蔵
(名君化)S1殿さま:S1殿さま+m8名君の

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

  聴き手(難題を申し付けられた門番はどうなるか)
            ↓
送り手(殿さま)→女中を探す(客体)→ 受け手(門番)
            ↑
補助者(なし)→ 殿さま(主体)←反対者(なし)

  聴き手(門番の提案に娘はどう答えるか)
            ↓
送り手(門番)→女中となる(客体)→ 受け手(娘)
            ↑
補助者(なし)→ 門番(主体)←反対者(なし)

  聴き手(外出禁止に娘はどうするか)
            ↓
送り手(殿さま)→外出禁止(客体)→ 受け手(娘)
            ↑
補助者(なし)→ 殿さま(主体)←反対者(なし)

  聴き手(外出を目撃された娘はどうするか)
            ↓
送り手(家来)→外出を目撃(客体)→ 受け手(娘)
            ↑
補助者(なし)→ 家来(主体)←反対者(なし)

  聴き手(手討ちにされた娘はどうなるか)
            ↓
送り手(殿さま)→手討ち(客体)→ 受け手(娘)
            ↑
補助者(なし)→ 殿さま(主体)←反対者(なし)

   聴き手(埋葬された娘はどうなるか)
            ↓
送り手(家来)→山中に埋葬(客体)→ 受け手(娘)
            ↑
補助者(なし)→ 殿さま(主体)←反対者(なし)

   聴き手(生きていた娘はどうなるか)
            ↓
送り手(家来)→台所で目撃(客体)→ 受け手(娘)
            ↑
補助者(なし)→ 家来(主体)←反対者(なし)

 聴き手(地蔵が身代わりとなったと知った殿さまはどうするか)
            ↓
送り手(家来)→地蔵から血が流れている(客体)→ 受け手(殿さま)
            ↑
補助者(なし)→ 家来(主体)←反対者(なし)

 聴き手(地蔵に詫びを入れた殿さまはどうなったか)
            ↓
送り手(殿さま)→謝罪(客体)→ 受け手(地蔵)
            ↑
補助者(なし)→ 殿さま(主体)←反対者(なし)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。あまりにわがままなため女中が次々と暇乞いをし城中から去っていくのに困った殿さまは門番に女中になりそうな娘を町で見つけてくるよう命じます。困った門番がぶらぶらと町を歩いていると橋のたもとで田舎から出てきた娘と遭遇します。利害が一致した娘と門番。門番は娘を城へ連れていき、娘は城で働き始めます。ところが殿さまは娘に決して城中から外出しないように命じるのです。娘はよく働きました。あるとき家来が台所を覗くと、娘が外出していくところを目撃します。殿さまに報告すると、殿さまは娘に詰問します。娘は殿さまがよい殿さまになるように地蔵さまに祈っているのだと答えますが、怒った殿さまは娘を手討ちにしてしまいます。娘の遺体を山中に埋めさせた殿さまでしたが、翌朝、家来が台所を覗いてみると娘は何事もなかったように働いていました。調べさせてみると、長安寺の地蔵さまが切られて血を流していました。地蔵さまが娘の身代わりになったのだと悟った殿さまは地蔵さまに謝罪し、それからはよい殿さまになったという筋立てです。

 殿さま―女中、殿さま―家来、殿さま―門番、門番―娘、殿さま―娘、家来―地蔵、殿さま―地蔵、といった対立軸が見受けられます。娘/地蔵の図式に身代わりとなることで殿さまの罪を免れさせ、善導する地蔵の姿が、また、娘の信心深さが暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

殿さま♌♎―娘♂♁―地蔵☾(♂)―家来☾(♌)♁―門番☾(♌)♁―女中☾(♌)♁

 といった風に表記できるでしょうか。殿さまが改心することを価値☉と置くと、娘、家来、門番、女中たちのいずれも享受者♁となります。娘を対立者♂と置くべきか考えどころですが、娘は殿さまの禁止を破りますので、ここでは対立者♂と置きます。身代わりとなる地蔵は娘の援助者☾と考えられます。家来、門番、女中たちはいずれも殿さまの援助者☾と置けます。最終的に自分の非を認めますので殿さまを審判者♎と置くことができるでしょう。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「殿さまの禁止を破って手討ちにされた娘の運命はどうなるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「娘の代わりに地蔵さまが身代わりとなって斬られる」でしょうか。「娘/地蔵―手討ち―殿さま」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:殿さまの禁止を破って手討ちにされた娘の運命はどうなるか
          ↑
発想の飛躍:娘の代わりに地蔵さまが身代わりとなって斬られる

・殿さま―手討ち/禁止/外出―娘
       ↑
・娘/地蔵―手討ち―殿さま

◆ログライン

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「身がわり地蔵」ですと「わがままな殿さまが言いつけに背いた娘を手討ちにしたところ、地蔵さまが身代わりになっていた」くらいでしょうか。

◆余談

 長安寺は松平周防守家の菩提寺ですので、周防守家の誰かがモデルでしょう。長安寺は浜田市には現存せず、長安院跡に周防守家の墓所があります。長安寺の建物は三隅の龍雲寺に移築されました。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.273-275.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年9月 2日 (月)

行為項分析――牛鬼

◆あらすじ

 昔、那賀郡の浅利村に神主がいた。ある晩一人で海へ夜釣りに行ったが、とてもよく釣れるので一生懸命に釣っていた。すると髪も着物もびしょ濡れになった女が赤児を抱いて出てきた。神主がびっくりしていると、この子に食べさせるから魚を一尾くれと言った。神主が一尾やると赤児はむしゃむしゃと頭から尻尾まで骨ごとみんな食べてしまった。そうしてもう一尾、もう一尾というのでやる内に籠の中の魚は一尾もなくなった。すると女は今度は、お腰のものをと言った。この女に言われるとどうしても嫌ということが出来ない。神主は仕方がないので腰の脇差しを抜いてやると赤児はそれもパリパリと食べてしまった。びっくりしていると、女はちょっとこの児を抱いてとってくれといって赤児を神主に渡すと海に入っていった。神主はその間に釣り道具を投げ捨てて駆けだしたが、抱かされた赤児は石になってどうしても離れない。その内に女が後ろから追いかけてきた。神主は一生懸命走ったが女はだんだん間を縮めてくる。そして既に手が届きそうになったとき、前の方から何か光るものが矢の様に飛んできて女の頭へグサリと突き刺さった。女はそれで足を止めたので、神主はようやくのことで自分の家の前まで逃げてくると、そこには心配そうに妻が待っていた。神主の妻は夫が釣りに出た後で縫い物をしていた。すると神主の居間にある二本の刀の中で、どれか一本シャンシャンと音を立ててしきりに鳴るものがある。不思議なことなので、もしか夫の身の上に何か変わったことがあるのではないかと心配して外へ出てみた。その時表の戸を開けると一本の脇差しがひとりでに鞘を抜け出して戸の間を飛鳥のように通り抜け、海の上の方へ飛んでいった。不思議なこともあるものだと妻はますます心配になって、そのまま戸の外へ立っていたところだった。明くる朝神主は村の人たちと昨夜女の出てきたところへ行ってみた。すると磯のほとりに血の流れた跡があったが、女も脇差しも見えなかった。多分女は頭に刀を突き刺したまま海の中へ入っていったものだろうと皆は話した。

◆モチーフ分析

・浅利村に神主がいた
・一人で夜釣りに出かけたが、よく釣れるので一生懸命に釣っていた
・すると髪も着物もびしょ濡れの女が赤児を抱いて出てきた
・濡れ女、神主に赤児に食べさせるから魚を一尾くれと言う
・神主がやると赤児は魚を頭から尻尾までむしゃむしゃと食べてしまった
・もう一尾とやる内に籠の中の魚が無くなった
・濡れ女、今度は腰の脇差しを要求した
・この女に言われると拒むことができず、脇差しを渡してしまう
・赤児、脇差しをパリパリと食べてしまう
・びっくりしていると、濡れ女はこの赤児を抱いてくれと言って赤児を神主に渡すと海に入っていった
・神主は釣り道具を投げ捨てて駆けだしたが、抱かされた赤児が石になって離れない
・女がだんだん間を縮めてくる
・手が届きそうになったところ、何か光るものが矢の様に飛んできて濡れ女の頭へグサリと突き刺さった
・女が足を止めたので神主はようやく自分の家の前まで逃げた
・すると妻が心配そうに待っていた
・神主の妻は夫が釣りに出た後で縫い物をしていた
・すると神主の居間にある刀がシャンシャンと音を立ててしきりに鳴った
・不思議なことなので、もしや夫の身の上に何か変わったことがあるのではないかと心配して外へ出た
・その時表の戸を開けると一本の脇差しがひとりでに鞘を抜け出して戸の間を通り抜けそのまま戸の外へ飛んでいった
・妻、不思議なこともあるものだと心配になって、そのまま戸の外へ立っていた
・あくる朝、神主は村人たちと昨夜濡れ女の出てきたところへ行ってみた
・磯のほとりに血の流れた跡があったが、女も脇差しも見えなかった
・女は頭に刀を差したまま海の中へ入っていったものだろうと皆が話した

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:神主
S2:濡れ女
S3:赤子
S4:妻
S5:村人

O(オブジェクト:対象)
O1:浅利村
O2:釣り
O3:魚
O4:脇差
O5:海
O6:釣り道具
O7:光るもの
O8:自宅
O9:縫い物
O10:刀
O11:異変
O12:血痕

m(修飾語)
m1:石化した
m2:足を止めた
m3:鳴動した
m4:心配な
m5:立ち尽くした

+:接
-:離

・浅利村に神主がいた
(存在)S1神主:S1神主+O1浅利村
・一人で夜釣りに出かけたが、よく釣れるので一生懸命に釣っていた
(釣り)S1神主:S1神主+O2釣り
(釣果)S1神主:S1神主+O3魚
・すると髪も着物もびしょ濡れの女が赤児を抱いて出てきた
(出現)S1神主:S2濡れ女+S3赤児
・濡れ女、神主に赤児に食べさせるから魚を一尾くれと言う
(要求)S2濡れ女:S2濡れ女+S1神主
(要求)S2濡れ女:S3赤児+O3魚
・神主がやると赤児は魚を頭から尻尾までむしゃむしゃと食べてしまった
(与える)S1神主:S3赤児+O3魚
(完食)S3赤児:S3赤児+O3魚
・もう一尾とやる内に籠の中の魚が無くなった
(払底)S1神主:S1神主-O3魚
・濡れ女、今度は腰の脇差しを要求した
(要求)S2濡れ女:S1神主-O4脇差
・この女に言われると拒むことができず、脇差しを渡してしまう
(譲渡)S1神主:S2濡れ女+O4脇差
・赤児、脇差しをパリパリと食べてしまう
(食)S3赤児:S3赤児+O4脇差
・びっくりしていると、濡れ女はこの赤児を抱いてくれと言って赤児を神主に渡すと海に入っていった
(抱かせる)S2濡れ女:S1神主+S3赤児
(入水)S2濡れ女:S2濡れ女+O5海
・神主は釣り道具を投げ捨てて駆けだしたが、抱かされた赤児が石になって離れない
(捨てる)S1神主:S1神主-O6釣り道具
(逃走を図る)S1神主:S1神主-O5海
(石化)S3赤児:S3赤児+m1石化した
(吸着)S3石:S3石+S1神主
・女がだんだん間を縮めてくる
(接近)S2濡れ女:S2濡れ女+S1神主
・手が届きそうになったところ、何か光るものが矢の様に飛んできて濡れ女の頭へグサリと突き刺さった
(妨害)O7光るもの:O7光るもの+S2濡れ女
・女が足を止めたので神主はようやく自分の家の前まで逃げた
(停止)S2濡れ女:S2濡れ女+m2足を止めた
(逃走)S1神主:S1神主+O8自宅
・すると妻が心配そうに待っていた
(待機)S1神主:S1神主+S4妻
・神主の妻は夫が釣りに出た後で縫い物をしていた
(留守番)S4妻:S4妻+O9縫い物
・すると神主の居間にある刀がシャンシャンと音を立ててしきりに鳴った
(鳴動)O10刀:O10刀+m3鳴動した
・不思議なことなので、もしや夫の身の上に何か変わったことがあるのではないかと心配して外へ出た
(不審)S4妻:S1神主+O11異変
(外出)S4妻:S4妻-O8自宅
・その時表の戸を開けると一本の脇差しがひとりでに鞘を抜け出して戸の間を通り抜けそのまま戸の外へ飛んでいった
(飛翔)O10脇差:O10脇差-O8自宅
・妻、不思議なこともあるものだと心配になって、そのまま戸の外へ立っていた
(不安)S4妻:S4妻+m4心配な
(立ち尽くす)S4妻:S4妻+m5立ち尽くした
・あくる朝、神主は村人たちと昨夜濡れ女の出てきたところへ行ってみた
(合流)S1神主:S1神主+S5村人
(探索)S1神主:S1神主+O5海
・磯のほとりに血の流れた跡があったが、女も脇差しも見えなかった
(発見)S1神主:S1神主+O12血痕
(不存在)S1神主:S1神主-S2濡れ女-O10脇差
・女は頭に刀を差したまま海の中へ入っていったものだろうと皆が話した
(噂)S5村人:S2濡れ女+O10脇差
(噂)S5村人:S2濡れ女+O5海

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

   聴き手(濡れ女と遭遇した神主はどうなるか)
            ↓
送り手(神主)→魚や脇差を与える(客体)→ 受け手(赤児)
            ↑
補助者(なし)→ 神主(主体)←反対者(濡れ女)

  聴き手(赤児を抱かされた神主はどうなるか)
            ↓
送り手(濡れ女)→赤児(客体)→ 受け手(神主)
            ↑
補助者(なし)→ 濡れ女(主体)←反対者(神主)

   聴き手(刀が飛んできてどうなるか)
            ↓
送り手(神主)→刀が飛んできて刺さる(客体)→ 受け手(濡れ女)
            ↑
補助者(妻)→ 神主(主体)←反対者(濡れ女)

   聴き手(飛び出した刀はどうなるか)
            ↓
送り手(刀)→刀がひとりでに飛び出す(客体)→ 受け手(濡れ女)
            ↑
補助者(なし)→ 妻(主体)←反対者(濡れ女)

   聴き手(濡れ女と赤児はどうなったか)
            ↓
送り手(神主)→捜索(客体)→ 受け手(濡れ女)
            ↑
補助者(村人)→ 神主(主体)←反対者(濡れ女)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。浅利の神主が夜釣りをしていたところ、赤児を抱いた濡れ女と遭遇します。神主は濡れ女の言われるままに釣れた魚や脇差を差し出します。赤児はそれを丸ごと食べてしまいます。魚を骨ごと食べる、金属でできた刀を食べてしまうところに赤児の異常性が示されています。赤児を抱いたところ、赤児は石へと変化し、神主から離れなくなり、神主を拘束します。濡れ女が迫りますが、そこにどこからともなく刀が飛んできて濡れ女の額に刺さり、濡れ女は海へ逃げた。その刀は神主の家にあった脇差が持ち主の異変を察知してひとりでに飛んでいったものだということが神主の妻の口から明らかにされます。翌日、村人たちと共に海辺を捜索した神主でしたが、血痕以外のものは見つからなかったという筋立てです。タイトルは「牛鬼」ですが、牛鬼自体は直接は登場しません。おそらく濡れ女と牛鬼はセットで語られる存在なのでしょう。

 神主―濡れ女、神主―赤児、濡れ女―刀、刀―妻、神主―村人、といった対立軸が見受けられます。赤児/石の図式に狙った獲物を動けなくしてしまう濡れ女の恐ろしさが暗喩されています。また、話中では登場しませんが、濡れ女/牛鬼の図式も予感させるものであり、牛鬼の登場を期待させる展開となっています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

神主♌♁―濡れ女♂―赤児☾(♂)―脇差☾(♌)♎―妻☾(♌)♁―村人☾(♌)

 といった風に表記できるでしょうか。濡れ女の追跡から逃れることを価値☉と置くと、神主は享受者♁となります。神主の妻も享受者♁と置けるでしょう。また、自宅に飾っていた脇差がひとりでに飛んで行った状況を説明する役割を担っていますので援助者☾とも置けます。神主に対して濡れ女は対立者♂として立ちはだかります。赤児は濡れ女の援助者☾と置けます。濡れ女の追跡を阻止する刀は登場人物ではありませんが、神主の援助者☾であり、神主の危機を察知する点で審判者♎とすることができるでしょうか。村人は神主の援助者☾と置けます。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「濡れ女と遭遇してしまった神主の運命はどうなるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「飛んできた脇差しが濡れ女の頭に刺さる」「赤児が石と化して神主の動きを封じる」「赤児が脇差を食べてしまう」でしょうか。「神主―自宅/脇差―額/濡れ女」「濡れ女―赤児/石―神主」「赤児―食べる/脇差―神主」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:濡れ女と遭遇してしまった神主の運命はどうなるか
        ↑
発想の飛躍:飛んできた脇差しが濡れ女の頭に刺さる
     赤児が石と化して神主の動きを封じる
     赤児が脇差を食べてしまう

・神主/夜釣り―濡れ女/赤児
       ↑
・神主―自宅/脇差―額/濡れ女
・濡れ女―赤児/石―神主
・赤児―食べる/脇差―神主

◆ログライン

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「牛鬼」ですと「濡れ女と赤児に遭遇して窮地に陥った神主だったが、家から飛んできた脇差しが女の頭に刺さり、間一髪、助かる」くらいでしょうか。

◆余談

 この伝説はアニメ「まんが日本昔ばなし」でアニメ化されています。アニメでは主人公が神主から浪人へと変更されています。また、濡れ女の額に刀が刺さった後で海中から牛鬼が姿を見せるシーンがあったと記憶しています。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.271-272.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年9月 1日 (日)

行為項分析――えんこうの石

◆あらすじ

 那賀郡今福村宇津井の河上家に仁右衛門という人がいた。中原と宇津井の田を開いた人であった。仁右衛門が中原の田を開拓している頃、川岸に馬を繋いでおいたところ、えんこうが来て川の中へそろりそろりと引いていった。だいぶ深いところへ行ってもう少しというところで馬が気づき、いきなり岸へ駆け上がると一散に家へ帰った。えんこうは不意のことなのでどうすることもできない。綱を身体へ巻きつけていたので、そのまま駄屋まで引きずっていかれた。その際頭の皿の水がこぼれてしまったので、ようやく綱をほどくと馬のたらいの中へ隠れていた。仁右衛門はしばらくして馬を連れて帰ろうと思って川岸へ来てみると馬がいない。不思議に思って家へ帰ってみると、馬は主人より早く駄屋に帰っている。変に思って辺りをよく見ると、餌をやる馬のたらいの中に変なものがしゃがんでいる。仁右衛門はこの野郎と思って引っ張り出すと散々にぶん殴った。それからしばらく経って仁右衛門は病気になった。中々よくならない。ある日病床に臥していると外から仁右衛門、仁右衛門と呼ぶ声がする。仁右衛門は枕元の刀をさげて障子を開け、縁に出てみたが誰もいない。そういうことが何回もあった。それから四五日経って仁右衛門が寝ていると、また仁右衛門、仁右衛門と呼ぶ声がする。何の気もなしに刀を持たずに外へ出てふらふらと夢中で歩いていると、ざあざあと川瀬の音がする。我に返って辺りを見ると、いつの間にか宇津井の橋床まで来ていた。言うまでもなく、えんこうの為に夢中におびき出されたのだった。仁右衛門は気づくと辺りを見回した。するとすぐ傍に、この前酷くこらしめたえんこうが歯をむき出して今にも飛びかかろうとしている。剛胆な仁右衛門はしばらく橋の上で格闘したが、遂に膝の下に組み伏せた。えんこうは、これからは宇津井川では人に害をなすことはしないから命だけは助けてくれと言った。そして、もしこの橋の上に四十雀(しじゅうから)が三羽遊んでいたら、他の川の同族が来て遊んでいるから注意してくれと言った。仁右衛門は十分こらしめた上でえんこうを許してやった。仁右衛門は格闘したとき、えんこうを大きな石に打ちつけたので石の角が壊れた。現在河上家にある靴ぬぎ石は、その石を運んだものと言われている。

◆モチーフ分析

・宇津井の仁右衛門は中原と宇津井の田を開いた人だった
・仁右衛門が中原の田を開拓している頃、川岸に馬を繋いでおいた
・えんこうが来て、馬を川の中に引きずり込もうとした
・驚いた馬が川岸へ駆け上がり、一散に家へ帰った
・えんこうは綱を身体へ巻きつけていたので、そのまま駄屋へ引きずられた
・頭の皿の水がこぼれてしまい、綱をほどいてたらいの中へ隠れていた
・仁右衛門は馬を連れて帰ろうと思って川岸へ来てみると馬がいない
・家へ帰ってみると、馬は主人より先に駄屋へ帰っている
・たらいの中にえんこうがしゃがんでいたので散々にぶん殴った
・しばらくして仁右衛門は病気になった
・病床に臥していると、仁右衛門を呼ぶ声がする
・枕元の刀をさげて障子を開け、縁に出たが誰もいない
・それが何度も続き、四五日経って寝ていると、また仁右衛門を呼ぶ声がする
・刀を持たずに外へ出て夢中で歩いていると宇津井の橋床までやって来ていた
・えんこうの為に夢中におびき出された
・気づくと、えんこうが歯をむき出しにして今にも飛びかかろうとしている
・仁右衛門は橋の上で格闘し、膝の下にえんこうを組み伏せた
・えんこう、これからは宇津井川では人に害をなすことはしないと助命を願う
・橋の上で四十雀が三羽遊んでいたら、別の同族が来ているから注意しろと言う
・仁右衛門、えんこうを許してやった
・仁右衛門が格闘したとき、えんこうを大きな石に打ちつけ、石の角が壊れた
・河上家にある靴ぬぎ石はその石を運んだものと言われている

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:仁右衛門
S2:えんこう

O(オブジェクト:対象)
O1:宇津井
O2:中原
O3:馬
O4:川岸
O5:川の中
O6:家(駄屋)
O7:綱
O8:頭の皿
O9:水
O10:たらい
O11:床
O12:刀
O13:縁側
O14:橋床
O15:助言
O16:岩
O17:岩の角
O18:靴ぬぎ石

m(修飾語)
m1:驚いた
m2:病気の
m3:夢うつつの
m4:威嚇した
m5:制圧した

+:接
-:離

・宇津井の仁右衛門は中原と宇津井の田を開いた人だった
(開拓)S1仁右衛門:S1仁右衛門+O1宇津井+O2中原
・仁右衛門が中原の田を開拓している頃、川岸に馬を繋いでおいた
(係留)S1仁右衛門:O3馬+O4川岸
・えんこうが来て、馬を川の中に引きずり込もうとした
(悪戯)S2えんこう:O3馬-O4川岸
・驚いた馬が川岸へ駆け上がり、一散に家へ帰った
(驚愕)O3馬:O3馬+m1驚いた
(反転)O3馬:O3馬+O4川岸
(帰宅)O3馬:O3馬+O6家
・えんこうは綱を身体へ巻きつけていたので、そのまま駄屋へ引きずられた
(巻きつけ)S2えんこう:S2えんこう+O7綱
(牽引)O3馬:S2えんこう+O6駄屋
・頭の皿の水がこぼれてしまい、綱をほどいてたらいの中へ隠れていた
(無力化)S2えんこう:O8頭の皿-O9水
(ほどく)S2えんこう:S2えんこう-O7綱
(隠れる)S2えんこう:S2えんこう+O10たらい
・仁右衛門は馬を連れて帰ろうと思って川岸へ来てみると馬がいない
(来訪)S1仁右衛門:S1仁右衛門+O4川岸
(不在)S1仁右衛門:O4川岸-O3馬
・家へ帰ってみると、馬は主人より先に駄屋へ帰っている
(帰宅)S1仁右衛門:S1仁右衛門+O6家
(確認)O3馬:O3馬+O6駄屋
・たらいの中にえんこうがしゃがんでいたので散々にぶん殴った
(発見)S1仁右衛門:O10たらい-S2えんこう
(殴打)S1仁右衛門:S1仁右衛門+S2えんこう
・しばらくして仁右衛門は病気になった
(発病)S1仁右衛門:S1仁右衛門+m2病気の
・病床に臥していると、仁右衛門を呼ぶ声がする
(伏せる)仁右衛門S1:S1仁右衛門+O11床
(呼び声)S2えんこう:O11床-S1仁右衛門
・枕元の刀をさげて障子を開け、縁に出たが誰もいない
(帯刀)S1仁右衛門:S1仁右衛門+O12刀
(起床)S1仁右衛門:S1仁右衛門+O13縁側
(不在)S1仁右衛門:S1仁右衛門-S2えんこう
・それが何度も続き、四五日経って寝ていると、また仁右衛門を呼ぶ声がする
(継続)S2えんこう:S2えんこう+S1仁右衛門
・刀を持たずに外へ出て夢中で歩いていると宇津井の橋床までやって来ていた
(帯刀せず)S1仁右衛門:S1仁右衛門-O12刀
(夢遊)S1仁右衛門:S1仁右衛門+m3夢うつつ
(来訪)S1仁右衛門:S1仁右衛門+O14橋床
・えんこうの為に夢中におびき出された
(おびき寄せ)S2えんこう:S2えんこう+S1仁右衛門
・気づくと、えんこうが歯をむき出しにして今にも飛びかかろうとしている
(威嚇)S2えんこう:S2えんこう+m4威嚇した
・仁右衛門は橋の上で格闘し、膝の下にえんこうを組み伏せた
(格闘)S1仁右衛門:S1仁右衛門+S2えんこう
(制圧)S1仁右衛門:S2えんこう+m5制圧した
・えんこう、これからは宇津井川では人に害をなすことはしないと助命を願う
(助命嘆願)S2えんこう:S1仁右衛門-S2えんこう
・橋の上で四十雀が三羽遊んでいたら、別の同族が来ているから注意しろと言う
(助言)S2えんこう:S1仁右衛門+O15助言
・仁右衛門、えんこうを許してやった
(許し)S1仁右衛門:S2えんこう-m5制圧した
・仁右衛門が格闘したとき、えんこうを大きな石に打ちつけ、石の角が壊れた
(棄損)S1仁右衛門:O16岩-O17岩の角
・河上家にある靴ぬぎ石はその石を運んだものと言われている
(伝承)S1仁右衛門:O16岩+O18靴ぬぎ石

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

    聴き手(仁右衛門の馬はどうなるか)
            ↓
送り手(えんこう)→川に引きずり込む(客体)→ 受け手(馬)
            ↑
補助者(なし)→ えんこう(主体)←反対者(仁右衛門)

   聴き手(皿の水を失ったえんこうはどうなるか)
            ↓
送り手(馬)→逆に引きずる(客体)→ 受け手(えんこう)
            ↑
補助者(なし)→ えんこう(主体)←反対者(仁右衛門)

   聴き手(懲らしめられたえんこうはどうなるか)
            ↓
送り手(仁右衛門)→懲らしめ(客体)→ 受け手(えんこう)
            ↑
補助者(なし)→ 仁右衛門(主体)←反対者(えんこう)

  聴き手(夢うつつで誘導された仁右衛門はどうなるか)
            ↓
送り手(えんこう)→橋床へ誘引(客体)→ 受け手(仁右衛門)
            ↑
補助者(なし)→ えんこう(主体)←反対者(仁右衛門)

   聴き手(再度制圧されたえんこうはどうするか)
            ↓
送り手(仁右衛門)→制圧(客体)→ 受け手(えんこう)
            ↑
補助者(なし)→ 仁右衛門(主体)←反対者(えんこう)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。宇津井周辺を開拓中の仁右衛門が飼い馬を川岸に繋いでいたところ、えんこうが馬を川に引きずり込もうとします。驚いた馬は逆にえんこうを引っ張って馬小屋に戻ってしまいます。その際、えんこうは頭の皿の水を失ってしまい、力を喪失してしまいます。たらいの中に隠れていましたが仁右衛門に見つか手しまい、殴打されます。そのことを恨みに思ったえんこうは何とかして仁右衛門に復讐しようとしますが、仁右衛門は刀を近くに置いているため金気を嫌うえんこうは近づけません。病床にある仁右衛門を夢うつつの状態で橋のたもとまでおびき寄せたものの、再び仁右衛門に制圧されてしまいます。えんこうは助命を嘆願、二度と悪戯はしないと約束し、助言も与えます。仁右衛門とえんこうが格闘した際に欠けた岩は現在仁右衛門の子孫の家の靴ぬぎ石となっているという筋立てです。

 仁右衛門―えんこう、馬―えんこう、刀―えんこう、といった対立軸が見受けられます。病床/刀の図式に金気を嫌い近づけないえんこうの姿が暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

仁右衛門♌♎♁―えんこう♂―馬☾(♌)

 といった風に表記できるでしょうか。えんこうの悪さが止むことを価値☉と置くと、享受者♁は宇津井の民となり、物語には登場しません。仁右衛門も馬を川に引きずり込まれそうになっていますので享受者♁と言えるでしょう。また、仁右衛門は制圧したえんこうに二度と悪さはしないと約束させ、他のえんこうに関する助言も得ますので審判者♎でもあります。えんこうは仁右衛門に対する対立者♂として登場します。馬には意思が見られないので行為項分析ではサブジェクトとはせずオブジェクトとして分析しましたが、えんこうを引きずって頭の皿の水を失わせ無力化させていますので、仁右衛門の援助者☾と見なすこともできます。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「仁右衛門に制圧されたえんこうはどうなるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「馬を川に引きずり込もうとして却って引きずられて頭の皿の水を失う」「病床の仁右衛門を刀を持たせずに夢うつつでおびき寄せる」「えんこうとの格闘の際に欠けた石が仁右衛門の子孫の家の靴ぬぎ石となっている」でしょうか。「馬―綱―えんこう―水/皿」「病床/刀―仁右衛門―呼び声―えんこう」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:仁右衛門に制圧されたえんこうはどうなるか
          ↑
発想の飛躍:馬を川に引きずり込もうとして却って引きずられて頭の皿の水を失う
      病床の仁右衛門を刀を持たせずに夢うつつでおびき寄せる
      えんこうとの格闘の際に欠けた石が仁右衛門の子孫の家の靴ぬぎ石となっている

・仁右衛門―助命/嘆願―えんこう
       ↑
・馬―綱―えんこう―水/皿
・病床/刀―仁右衛門―呼び声―えんこう
・えんこう―格闘/欠ける―石/靴ぬぎ石―家/仁右衛門

◆ログライン

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「えんこうの石」ですと「えんこうは復讐のため仁右衛門を宇津井川までおびき寄せ戦いを挑むが組み伏せられ助命を願う」くらいでしょうか。

◆余談

 別の本ではえんこうは金気を嫌うため、仁右衛門が刀を持っているときは姿を現さなかったとあります。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.268-270.
・『島根県の民話 県別ふるさとの民話(オンデマンド版)』(日本児童文学者協会/編, 偕成社, 2000)pp.192-196.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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