行為項分析――母の面と鬼の面
◆あらすじ
親孝行な娘がいた。隣の村の財産家に子守り奉公していた。あるときお祭りがあったので、子供を背負ってお宮へ行った。すると、お母さんによく似た面を売っていたので買って帰った。それからは毎晩寝るときに、その面を箱から出して「お母さん、おやすみなさい」と言い、朝起きたときには「お母さん、お早うござします」と挨拶をした。それを下男が見つけて、ある日鬼の面とすり替えておいた。娘はそんなことは知らず、いつもの様に寝る前に取り出してみると、大変恐ろしい顔になっているので、びっくりした。どうしてこんなに機嫌が悪いのだろうか、それともどこか具合が悪いのだろうかと思うと、どうしても眠ることができない。そこで夜が明けるのを待ちきれないので主人に訳を話して親元へ泊まりに行かしてもらうよう頼むと、主人は泊まりに行ってもよいが、明日の朝にしてはどうかと言ったが、娘は心配でたまらないからすぐ行かせてくれと頼んだ。主人はそれなら行きなさいと言ったので、娘は喜んで早速出発した。隣村との境に峠があった。そこへ差し掛かると山賊が五六人出て娘を捕まえてしまった。山賊は自分たちは男ばかりで女がいないので困っている。お前はこれから飯炊きをせよと言うので、娘は仕方なく火を焚きはじめたが、中々うまく燃えない。煙たくてたまらないので、娘は箱の中から鬼の面を取りだして、それを被って火を焚いていると、ようやく火がボーッと燃え上がった。その灯りで山賊たちが娘の顔を見ると、いつの間にか鬼になっているので、びっくり仰天して「鬼が来た」と言って一目散に逃げ出した。娘は山賊たちが置いていったお金を持って家へ帰ってみるとお母さんは何のこともなく、元気で迎えてくれた。
◆モチーフ分析
・親孝行な娘が隣村に子守奉公していた
・お祭りがあったので子供を背負ってお宮へ行くと母に似た面が売っていたので買った
・朝晩、箱に入れたお面に挨拶をして母の無事を祈っていた
・それを下男が見て、母の面を鬼の面と入れ替えてしまった
・それを知らずに箱を開けると鬼の面となっていた
・心配した娘は主人に訳を話して夜間に村へ向けて出発する
・途中、峠で山賊たちに捕まり、飯炊きをさせられる
・火を焚いたが煙たかったので鬼の面で顔を被った
・それを見た山賊たちが仰天して一目散に逃げ出した
・娘、山賊たちが置いていったお金を持って家へ帰る
・母親は無事だった
◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である
S(サブジェクト:主体)
S1:娘
S2:母親
S3:下男
S4:主人
S5:山賊
O(オブジェクト:対象)
O1:隣村
O2:お祭り
O3:お面
O4:鬼の面
O5:飯炊き
O6:火
O7:鬼
O8:お金
m(修飾語)
m1:親孝行な
m2:無事
m3:煙たい
+:接
-:離
・親孝行な娘が隣村に子守奉公していた
(存在)X:S1娘+m1親孝行な
(離別)S1娘:S1娘-S2母親
(奉公)S1娘:S1娘+O1隣村
・お祭りがあったので子供を背負ってお宮へ行くと母に似た面が売っていたので買った
(参拝)S1娘:S1娘+O2お祭り
(購入)S1娘:S1娘+O3お面
・朝晩、箱に入れたお面に挨拶をして母の無事を祈っていた
(代理)S1娘:S1娘+O3お面
(祈願)S1娘:S2母親+m2無事
・それを下男が見て、母の面を鬼の面と入れ替えてしまった
(すり替え)S3下男:S1娘-O3お面
(すり替え)S3下男:S1娘+O4鬼の面
・それを知らずに箱を開けると鬼の面となっていた
(気づき)S1娘:S1娘+O4鬼の面
・心配した娘は主人に訳を話して夜間に村へ向けて出発する
(事情説明)S1娘:S1娘+S4主人
(出立)S1娘:S1娘-O1隣村
・途中、峠で山賊たちに捕まり、飯炊きをさせられる
(遭遇)S1娘:S1娘+S5山賊
(使役)S5山賊:S1娘+O5飯炊き
・火を焚いたが煙たかったので鬼の面で顔を被った
(焚火)S1娘:S1娘+O6火
(煙い)S1娘:S1娘+m3煙たい
(装着)S1娘:S1娘+O4鬼の面
・それを見た山賊たちが仰天して一目散に逃げ出した
(勘違い)S5山賊:S1娘+O7鬼
(逃散)S5山賊:S5山賊-S1娘
・娘、山賊たちが置いていったお金を持って家へ帰る
(入手)S1娘:S1娘+O8お金
(帰宅)S1娘:S1娘+S2母親
・母親は無事だった
(無事)S1娘:S2母親+m2無事
◆行為項モデル
送り手→(客体)→受け手
↑
補助者→(主体)←反対者
というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。
聴き手(関心)
↓
送り手→(客体)→受け手
↑
補助者→(主体)←反対者
この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。
聴き手(娘の願いは通じるか)
↓
送り手(娘)→ 母の面(客体)→ 受け手(母親)
↑
補助者(なし)→ 娘(主体)←反対者(なし)
聴き手(すり替えられた面に娘はどう反応するか)
↓
送り手(娘)→ 鬼の面(客体)→ 受け手(母)
↑
補助者(なし)→ 娘(主体)←反対者(下男)
聴き手(山賊に捕まった娘はどうなるか)
↓
送り手(娘)→ 鬼の面(客体)→ 受け手(山賊)
↑
補助者(なし) → 嫁(主体)←反対者(山賊)
といった三つの行為項モデルが作成できるでしょうか。隣村に奉公に出た娘は祭りで買った面を母の代わりにして毎朝挨拶して無事を祈っていました。ところが、それを目撃した下男が意地悪で面を鬼の面にすり替えてしまいます。面の変化に異変を感じた娘は主人に事情を説明して村に向かいます。ところが、峠を越える途中で山賊に捕まってしまいます。飯炊きをさせられますが、焚火が煙たいので鬼の面を着けたところ、山賊たちは娘が鬼だったと勘違いして逃げ出してしまいます。娘は山賊たちが置き去りにしたお金を手に入れて母の許に帰ったという筋立てです。
娘―母親、娘―下男、娘―主人、娘―山賊、といった対立軸が見受けられます。話のバリエーションによっては代官が登場する場合があります。その場合、拾った金は娘のものと裁定を下します。母の面/鬼の面で娘は母親の安否を感知することが暗喩されています。
◆関係分析
スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。
♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者
という六つの機能が挙げられます。
☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。
これらを元に関係分析をすると、
娘♌♁―母親☉―下男♂―主人☾(♌)―山賊♂
といった風に表記できるでしょうか。母親の無事を価値☉と置くと、娘はその享受者♁です。一方、面をすり替える下男と娘を飯炊きとして使役する山賊は対立者♂と置けるでしょう。娘の帰村を是認する主人は援助者☾と置けるでしょう。先述しましたように、バリエーションによっては審判者♎として代官が登場する場合があります。
◆物語の焦点と発想の飛躍
グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。
この物語の焦点は「娘は母親と無事再会できるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「娘が被った鬼の面がたき火の火で照らされて本物の鬼の様に見えてしまう」といったところでしょうか。「娘―面/鬼―山賊」の図式です。
伝統芸能では怒った女性を般若面で表現したりしますので、「母―鬼の面」の図式は実はかけ離れたものではありません。母性/般若は女性の両義性を示唆していると言えるかもしれません。
◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.215-216.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)
| 固定リンク
「昔話」カテゴリの記事
- 行為項分析――「空」の塔婆(2024.09.14)
- 行為項分析――河野十内(2024.09.13)
- 行為項分析――猫やだけし(2024.09.12)
- 行為項分析――茗荷(2024.09.11)
- 行為項分析――鼻かけそうめん(2024.09.10)