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2024年8月14日 (水)

行為項分析――指合図

◆あらすじ

 禅寺の小僧は昔からしごにならない(手に負えない)ものであった。小僧が今日はご飯は何升炊くか問うと和尚は黙って指で知らせる。一本は一升、二本は二升。それで小僧が考えた。あるとき便所の踏板を外れるようにしておいた。和尚はいつものように朝便所に行くと踏板が外れて落ちた。びっくりした和尚は小僧を大声で呼ぶ。何事でございますかと言ってみると、和尚は便所へ落ちて両手をあげている。小僧は承知しましたとそのまま逃げてしまった。和尚はようやく上がって庫裡(くり)に行ってみると小僧は大釜に飯を炊いている。なぜそんなに飯を炊くのかと言うと、和尚が両手をあげておられたので一斗しかけましたと言った。和尚は仕方がない、干飯(ほしい)にしておけと言った。それから大分経って和尚が小僧を呼んで一斗の干飯はあるのか問うと、ほしいにせえとおっしゃったので、ほしい時に食べてしまいましたと言った。

◆モチーフ分析

・禅寺の小僧は手に負えない
・小僧が今日は飯を何升炊くか問うと和尚は指で一升、二升と知らせた
・小僧が便所の踏板を外れるようにしておいた
・和尚が朝便所に行くと踏板が外れて落ちた
・びっくりした和尚は大声で小僧を呼ぶ
・小僧が行ってみると、和尚は便所へ落ちて両手をあげている
・小僧、承知しましたと言って、そのまま逃げてしまう
・和尚がようやく上がって庫裡に行ってみると小僧は大釜で飯を炊いている
・なぜそんなに飯を炊くのかと言うと、小僧は和尚が両手をあげておられたので一斗しかけたと言う
・和尚は仕方がないので干飯にしておけと言う
・大分経って和尚が一斗の干飯はあるかと問う
・小僧はほしいにせえとおっしゃったので、ほしい時に食べてしまったと答える

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:小僧
S2:和尚

O(オブジェクト:対象)
O1:禅寺
O2:指合図
O3:踏板
O4:便所
O5:庫裡
O6:大釜
O7:飯
O8:干飯

m(修飾語)
m1:手に負えない
m2:外れる
m3:解釈した

+:接
-:離

・禅寺の小僧は手に負えない
(存在)O1禅寺:S1小僧+m1手に負えない
・小僧が今日は飯を何升炊くか問うと和尚は指で一升、二升と知らせた
(質問)S1小僧:S1小僧+S2和尚
(回答)S2和尚:S1小僧+O2指合図
・小僧が便所の踏板を外れるようにしておいた
(仕掛け)S1小僧:O3踏板+m2外れる
・和尚が朝便所に行くと踏板が外れて落ちた
(転落)S1和尚:S1和尚-O3踏板
・びっくりした和尚は大声で小僧を呼ぶ
(呼び出し)S2和尚:S2和尚+S1小僧
・小僧が行ってみると、和尚は便所へ落ちて両手をあげている
(状態)S1小僧:S2和尚+O2指合図
・小僧、承知しましたと言って、そのまま逃げてしまう
(逃走)S1小僧:S2和尚-S1小僧
・和尚がようやく上がって庫裡に行ってみると小僧は大釜で飯を炊いている
(脱出)S2和尚:S2和尚-O4便所
(来訪)S2和尚:S2和尚+O5庫裡
(炊飯)S1小僧:O6大釜+O7飯
・なぜそんなに飯を炊くのかと言うと、小僧は和尚が両手をあげておられたので一斗しかけたと言う
(質問)S2和尚:S2和尚+S1小僧
(解釈)S1小僧:O2指合図+m3解釈した
・和尚は仕方がないので干飯にしておけと言う
(命令)S2和尚:O7飯+O8干飯
・大分経って和尚が一斗の干飯はあるかと問う
(質問)S2和尚:S1小僧-O8干飯
・小僧はほしいにせえとおっしゃったので、ほしい時に食べてしまったと答える
(解釈)S1小僧:O8干飯+m3解釈した

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

   聴き手(小僧は指合図をどう解釈するか)
           ↓
送り手(和尚)→ 指合図(客体)→ 受け手(小僧)
           ↑
補助者(なし)→ 和尚(主体)←反対者(なし)

   聴き手(和尚はどうなるか)
           ↓
送り手(小僧)→ 便所の踏板を外す(客体)→ 受け手(和尚)
           ↑
補助者(なし)→ 小僧(主体)←反対者(和尚)

   聴き手(小僧はどう解釈するか)
           ↓
送り手(和尚)→ 両手を挙げる(客体)→ 受け手(小僧)
           ↑
補助者(なし)→ 和尚(主体)←反対者(小僧)

   聴き手(小僧はどう解釈するか)
           ↓
送り手(小僧)→ 一升飯を炊く(客体)→ 受け手(和尚)
           ↑
補助者(なし)→ 小僧(主体)←反対者(和尚)

   聴き手(小僧はどう解釈するか)
           ↓
送り手(和尚)→ 干飯にさせる(客体)→ 受け手(小僧)
           ↑
補助者(なし)→ 和尚(主体)←反対者(小僧)

   聴き手(小僧はどう解釈するか)
           ↓
送り手(小僧)→ 干飯を食べてしまう(客体)→ 受け手(和尚)
           ↑
補助者(なし)→ 小僧(主体)←反対者(和尚)


といった六つの行為項モデルが作成できるでしょうか。飯炊きの分量を指合図で伝えていた和尚ですが、あるとき小僧が便所の踏板を外して肥溜めに落ちてしまいます。助けを求めて両手を挙げると小僧はそれを一升飯を炊けということと曲解します。仕方がないので干飯にさせると「干飯」を「欲しい(まま)」にしろと小僧は曲解して干飯を全部食べてしまったという筋立てです。

 小僧―和尚、指合図―飯炊き、干飯―欲しいまま、といった対立軸が見受けられます。干飯/欲しいの図式にいたずらな小僧は空腹気味だったことが暗喩されているかもしれません。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

小僧♌♁♎(-1)――和尚♂♎

 といった風に表記できるでしょうか。飯を腹いっぱい食べることを価値☉と置くと、干飯を独占してしまった小僧は享受者♁となります。和尚は小僧の対立者♂として登場します。本来は小僧の援助者☾であるはずですが、ここでは手に負えないと審判者♎としての役割を果たします。小僧は和尚の合図を一々曲解しますので、マイナスの審判者♎と置けるかもしれません。

◆元型

 小僧はユングの提唱した元型(アーキタイプ)だとトリックスターに分類されるでしょうか。知恵者ですが物語を引っ掻き回すいたずら者の役割です。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「小僧は和尚の合図をどう解釈するか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「和尚が両手を挙げたことを一斗飯を炊けと勝手に解釈してしまうこと」「干飯を欲しいとすり替えてしまうこと」でしょうか。「和尚―合図/飯―小僧」といった図式です。この図式から小僧が飯を欲していること、何とかして和尚に合図をさせようと誘導を試みていることが浮かび上がってきます。

 現在はほとんどが洋式便所に置き換わってしまったため、和式便所に落ちてしまうという経験をした人は少なくなっています。その点では、この話の持つ笑いどころが通じにくくなっているかもしれません。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.223-224.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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