« 2024年7月 | トップページ | 2024年9月 »

2024年8月

2024年8月30日 (金)

行為項分析――魚切り渕の大蛇

◆あらすじ

 昔、村里を遠く離れた山の中にぽつんと一軒の家があった。寂しいところではあったが、山越えをする人は必ずこの家へ立ち寄って、お茶を飲ませてもらったり休ませてもらったりしていた。その家にはこうした人たちの世話をする親切な女中がいた。ある夕方、他の人と同じ様に茶を所望して一人の男が立ち寄った。女性がお茶を持っていくと、ゆっくりと飲み干し、しばらく休んでから立ち上がった。そして日もすっかり落ちて暗くなりかけた山道を灯りももたずに帰っていった。後には草履の音だけがかすかに聞こえた。次の日、昨日と同じ様な時間に男はまたやってきた。そしてお茶を所望してゆっくり飲むと、何を話すでもなくしばらく休んで夕闇の中へ消えていった。それから男は毎日の様に夕方になるとやって来てお茶を飲んでは帰っていった。何日か経って女中はあの男はいったいどこに住んでいるのだろうと思った。毎日来るところを見るとそんなに遠くでもないようだし、毎日お茶を飲みに来るというのもおかしい。そういえば暗い山道を灯りも持たずに帰ってゆくのも変だ。そこである日、いつもの様にやって来た男に思い切って毎日来るが、一体どこに住んでいるのか尋ねた。男はにやにや笑いながら、この道をずっといった所だと言って家の後ろにある小さな道の方へ目をやりながら答えた。女中はここの道をずっとと言えば、魚切りという渕の辺りという事になるが、そこには昔から大蛇が棲んでいると言われているから近づく人もない。まして家などあるはずはないのだがと不審に思った。気にかかるので何とかしてこれを知りたいと思った。色々考えた末に男が帰るときにそっと着物の裾に糸のついた針をつけておき、後から糸を頼りに辿っていこうと思いついた。何も知らない男はその日もやってくると、お茶を飲んで夕闇の中を帰っていった。女中はそっと着物の裾に針を刺した。あくる朝、女中は糸を頼りにどんどん山道を登っていった。しばらく歩いたところ遙かにどうどうという水音が聞こえてきた。あれは魚切りの渕だと思いながら糸を辿っていくと糸は渕の中へ入っていった。男はこの渕に棲む大蛇であったという。

◆モチーフ分析

・村里を遠く離れた山の中に一軒家があり、山越えする人は必ずこの家へ立ち寄ってお茶を飲ませてもらったり休ませてもらったりしていた
・この家にはそうした来客の世話をする親切な女中がいた
・ある夕方、他の人と同じ様に一人の男が立ち寄って茶を所望した
・男はしばらく休んでから暗くなりかけた山道を灯りも持たずに帰っていった
・それから男は毎日の様に夕方になるとやって来て、お茶を飲んでは帰っていった
・毎日来るところを見るとそんなに遠くでもないようだし。毎日お茶を飲みに来るというのもおかしいと女中は考えた
・ある日、女中は男に思い切ってどこに住んでいるのか尋ねた
・男はにやにやしながら、この道をずっといったところだと答えた
・女中はこの道をずっといくと魚切りという渕があるが、そこには昔から大蛇が棲んでいると言われ、家などあるはずがないと不審に思った
・女中、色々考えた末に男が帰るときに着物の裾に糸のついた針をそっと刺そうと考えた
・男がやって来て、帰るときに裾に針を刺した
・翌朝、女中は糸を頼りに山道を登っていき、魚切りの渕に辿り着いた
・糸は渕の中へ入っていった
・男はこの渕に棲む大蛇であった

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:女中
S2:男

O(オブジェクト:対象)
O1:一軒家
O2:村里
O3:山中
O4:山越えする人(来客)
O5:お茶
O6:休息
O7:灯り
O8:場所(道の先)
O9:魚切り渕
O10:大蛇
O11:家
O12:思案
O13:針(糸)
O14:山道

m(修飾語)
m1:親切な
m2:頻繁な
m3:不審な

+:接
-:離

・村里を遠く離れた山の中に一軒家があった
(存在)O3山中:O1一軒家-O2村里
・山越えする人は必ずこの家へ立ち寄ってお茶を飲ませてもらったり休ませてもらったりしていた
(立ち寄り)O4山越えする人:O4山越えする人+O1一軒家
(休憩)O4山越えする人;O4山越えする人+O5お茶
・この家にはそうした来客の世話をする親切な女中がいた
(存在)O1一軒家:S1女中+O4来客
(性質)S1女中:S1女中+m1親切な
・ある夕方、他の人と同じ様に一人の男が立ち寄って茶を所望した
(来訪)S2男:S2男+O1一軒家
(所望)S2男:S2男+S1女中
(喫茶)S2男:S2男+O5お茶
・男はしばらく休んでから暗くなりかけた山道を灯りも持たずに帰っていった
(休息)S2男:S2男+O6休息
(帰路につく)S2男:S2男-O1一軒家
(暗がりを行く)S2男:S2男-O7灯り
・それから男は毎日の様に夕方になるとやって来て、お茶を飲んでは帰っていった
(訪問)S2男:O1一軒家+m2頻繁な
(喫茶)S2男:S2男+O5お茶
(帰宅)S2男:S2男-O1一軒家
・毎日来るところを見るとそんなに遠くでもないようだし。毎日お茶を飲みに来るというのもおかしいと女中は考えた
(不審)S1女中:S2男+m3不審な
・ある日、女中は男に思い切ってどこに住んでいるのか尋ねた
(質問)S1女中:S1女中+S2男
・男はにやにやしながら、この道をずっといったところだと答えた
(回答)S2男:S1女中+O8場所
・女中はこの道をずっといくと魚切りという渕があるが、そこには昔から大蛇が棲んでいると言われ、家などあるはずがないと不審に思った
(存在)O8道の先:O9魚切り渕+O10大蛇
(不存在)O8道の先:O9魚切り渕-O11家
(不審)S1女中:S2男+m3不審な
・女中、色々考えた末に男が帰るときに着物の裾に糸のついた針をそっと刺そうと考えた
(思案)S1女中:S1女中+O12思案
・男がやって来て、帰るときに裾に針を刺した
(来訪)S2男:S2男+O1一軒家
(印づけ)S1女中:S2男+O13針
・翌朝、女中は糸を頼りに山道を登っていき、魚切りの渕に辿り着いた
(追跡)S1女中:O14山道+O13糸
(到達)S1女中:S1女中+O9魚切り渕
・糸は渕の中へ入っていった
(確認)S1女中:O13糸+O9魚切り渕
・男はこの渕に棲む大蛇であった
(結果)S2男:S2男+O10大蛇

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

   聴き手(たびたび来訪する男は何者か)
            ↓
送り手(男)→茶を所望(客体)→ 受け手(女中)
            ↑
補助者(なし)→ 男(主体)←反対者(なし)

   聴き手(印づけはどんな結果をもたらすか)
            ↓
送り手(女中)→裾に針を刺す(客体)→ 受け手(男)
            ↑
補助者(なし)→ 女中(主体)←反対者(男)

   聴き手(追跡の結果、何が判明するか)
            ↓
送り手(女中)→追跡(客体)→ 受け手(男)
            ↑
補助者(なし)→ 女中(主体)←反対者(男)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。山中の一軒家にたびたび来訪して茶を所望する男を不審に思った女中は男の裾に針を刺して追跡します。糸を辿っていくと山中の魚切り渕に達していました。男はその渕に棲む大蛇だったという筋立てです。

 山中―一軒家、一軒家―来客、女中―男、女中―大蛇、という対立軸が見受けられます。糸/渕に追跡の結果は思わぬ結果をもたらす(※男は大蛇だった)ことが暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

女中♌♎♁―男♂☉

 といった風に表記できるでしょうか。男の素性を明らかにすることを価値☉と置くと、男の正体は渕の主の大蛇ですので価値☉と置けます。女中はそれを知るという点で享受者♁であります。男は女中♌に対して謎かけをしますので、対立者♂と置けるでしょう。謎を解く女中は審判者♎ともなります。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「茶を所望しにたびたび来訪する男は何者か」「男を追跡した結果、何が判明するか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「着物の裾に針を刺して跡を追う」でしょうか。「女中―糸/針―男」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:茶を所望しにたびたび来訪する男は何者か
      男を追跡した結果、何が判明するか
       ↑
発想の飛躍:着物の裾に針を刺して跡を追う

・一軒家/女中―茶/休憩―男/大蛇
     ↑
・女中―糸/針―男

◆ログライン

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「魚切り渕の大蛇」ですと「毎日の様に休憩しに来る男がどこから来るのか不審に思った女中が男の裾に糸をつけた針を刺して跡を追ったが、糸は渕の中に続いていた」くらいでしょうか。

◆余談

 男はよほど茶が気に入ったのでしょうか。着物の裾に針と糸を付けて追跡するのは、いわゆる三輪山神話、苧環型の伝説のパターンです。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.265-267.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

|

2024年8月29日 (木)

行為項分析――蛇渕

◆あらすじ

 浜田ダムへ流れ込む長見川の上流約一キロのところに深さ三メートルの渕がある。昔、ある年の夏、子供たちは親たちが止めるのも聞かずいつものように渕へ泳ぎに出かけた。渕の水は青く澄んで青葉に涼しい風が渡っている。子供たちは大騒ぎをしながら時の経つのも忘れて泳ぎまわった。その内に夕暮れになった。その時子供たちは悲鳴を上げながら我先にと岸へ駆け上がった。いつの間にか渕の底から大きな蛇が頭をもたげて子供たちの方をじっと見ていた。子供たちはわめきながら村へ通じる山道をいっさんに駆けだした。「渕、大きな蛇」と子供たちのきれぎれな言葉を聞いた村人たちはびっくりした。話は伝わって下の村は大騒ぎになった。早速村人たちは鍬(くわ)や鎌や竹槍などを手にもって長い列となって渕へ向かった。生暖かな夜風の吹く中を身じろぎもせず薄暗い水の面を見ている村人たちの頭の上ににわかに黒雲が湧き起こったと思うと、稲妻が光った。この鋭い光に照らし出された水面に大蛇の姿が見えた。男の一人が用意していた石を投げ込むと、てんでに鍬や鎌や竹槍を投げ込んだ。しかしそれは渕の面に空しく落ちるばかりであった。やがて一人の男が村に引き返すと、大きな弓と矢を持ってきた。男は弓を引き絞ると次から次に渕に向かって矢を射こんだ。村人たちがふと我に返った時には、辺りはすっかり暗くなって、渕の上がわずかに夕明かりに白く見えるばかりであった。それから何日か過ぎ、夏も終わりに近づいた。ある日真夜中から大雨が降り出し、雨は明くる日もその明くる日も夜も昼も降り続いた。長見川は濁流となって川下へ押し寄せた。その様子を見に出た一人の男はびっくりした。そこには川向こうの家の柱に巨大な尾を巻きつけて濁流から身を逃れようと必死にもがいている大蛇の姿があった。それを見ると恐ろしさを越えて、この巨大な蛇が激しい濁流と戦う痛ましい姿に心の痛みを感ぜずにはいられなかった。男は村へ駆け戻った。深い森を越えてどうどうと響く濁流の音とともに大蛇の最後のうめきがいつまでも耳について離れなかった。大蛇がそれからどうしたかは誰も知る者がない。大蛇が柱に巻き付いたという家には近頃まで大蛇の鱗を求めにくる人があったということだが、鱗は無いと言う。

◆モチーフ分析

・ある年の夏、子供たちが長見川の渕に泳ぎにでかけた
・夕暮れ、子供たちは悲鳴を上げて岸へ我先に駆け上がった
・渕の底から大蛇が頭をもたげて子供たちをじっと見ていた
・子供たちはわめきながら山道を一目散に駆け出した
・子供の言葉を聞いた村人たちはびっくり、村中大騒ぎとなった
・村人たちは鍬や鎌、竹槍をなどを持って渕へ向かった
・稲妻が光り、水面に大蛇の姿が見えた
・村人たちはてんでに鍬や鎌や竹槍を投げ込んだが、空しく落ちるばかりであった
・一人の男が村へ引き返して弓矢を持ってきた
・男は渕に向かって次から次に矢を射込んだ
・村人たちが我に返ったときには辺りはすっかり暗くなっていた
・夏も終わりに近づいたある日大雨が降り出した
・雨は何日も降り続いて長見川は濁流となった
・様子を見に出た男が川向こうの家の柱に尾を巻きつけて濁流から逃れようとしている大蛇の姿を見た
・大蛇がそれからどうしたか誰も知らない
・大蛇が柱に巻き付いたという家には近頃まで大蛇の鱗を求めに来たという

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:子供たち
S2:大蛇
S3:村人
S4:男1
S5:男2
S6:人々

O(オブジェクト:対象)
O1:渕
O2:山道
O3:鎌や鋤
O4:弓矢
O5:大雨
O6:長見川
O7:柱(家)
O8:濁流
O9:大蛇の鱗

m(修飾語)
m1:悲鳴を上げた
m2:大騒ぎの
m3:我に返る
m4:日が暮れた
m5:氾濫した

+:接
-:離

・ある年の夏、子供たちが長見川の渕に泳ぎにでかけた
(出発)S1子供たち:S1子供たち+O1渕
・夕暮れ、子供たちは悲鳴を上げて岸へ我先に駆け上がった
(逃げ出す)S1子供たち:S1子供たち-O1渕
(悲鳴)S1子供たち:S1子供たち+m1悲鳴を上げた
・渕の底から大蛇が頭をもたげて子供たちをじっと見ていた
(出現)S2大蛇:S2大蛇+O1渕
(凝視)S2大蛇:S2大蛇+S1子供たち
・子供たちはわめきながら山道を一目散に駆け出した
(逃走)S1子供たち:S1子供たち-S2大蛇
(走る)S1子供たち:S1子供たち+O2山道
・子供の言葉を聞いた村人たちはびっくり、村中大騒ぎとなった
(聴聞)S3村人:S3村人+S1子供たち
(騒動)S3村人:S3村人+m2大騒ぎの
・村人たちは鍬や鎌、竹槍をなどを持って渕へ向かった
(出向く)S3村人:S3村人+O1渕
・稲妻が光り、水面に大蛇の姿が見えた
(目視)S3村人:S3村人+S2大蛇
・村人たちはてんでに鍬や鎌や竹槍を投げ込んだが、空しく落ちるばかりであった
(攻撃)S3村人:O1渕+O3鎌や鋤
(無効)O3鎌や鋤:O3鎌や鋤-S2大蛇
・一人の男が村へ引き返して弓矢を持ってきた
(持参)S4男1:S4男1+O4弓矢
・男は渕に向かって次から次に矢を射込んだ
(射撃)S4男1:O1渕+O4弓矢
・村人たちが我に返ったときには辺りはすっかり暗くなっていた
(回復)S3村人:S3村人+m3我に返る
(日暮れ)O1渕:O1渕+m4日が暮れた
・夏も終わりに近づいたある日大雨が降り出した
(豪雨)X:S3村人+O5大雨
・雨は何日も降り続いて長見川は濁流となった
(氾濫)O6長見川:O6長見川+m5氾濫した
・様子を見に出た男が川向こうの家の柱に尾を巻きつけて濁流から逃れようとしている大蛇の姿を見た
(観察)S5男2:S5男2+O6長見川
(目撃)S5男2:S2大蛇+O7柱
(目撃)S5男2:S2大蛇-O8濁流
・大蛇がそれからどうしたか誰も知らない
(不知)S3村人:S3村人-S2大蛇
・大蛇が柱に巻き付いたという家には近頃まで大蛇の鱗を求めに来たという
(伝承)O7家:O7家+O9大蛇の鱗
(伝承)S6人々:S6人々+O7家

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

  聴き手(大蛇を目撃した子供たちはどうなるか)
            ↓
送り手(子供たち)→渕から逃げる(客体)→ 受け手(大蛇)
            ↑
補助者(なし)→ 子供たち(主体)←反対者(大蛇)

  聴き手(渕へ攻撃を加えた結果どうなるか)
            ↓
送り手(村人)→攻撃(客体)→ 受け手(大蛇)
            ↑
補助者(なし)→ 村人(主体)←反対者(大蛇)

  聴き手(濁流に呑まれた大蛇はどうなるか)
           ↓
送り手(男)→目撃(客体)→ 受け手(大蛇)
           ↑
補助者(なし)→ 男(主体)←反対者(大蛇)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。長見川の渕に遊びに出かけた子供たちは渕の底から大蛇が自分たちを狙っていると気づいて逃げ出します。そのことを聴いた村人たちは武器や農具を渕に投げ入れますが特に何も起きませんでした。その後、長見川が氾濫した際、大蛇は濁流に呑まれて流されそうになり、ある家の柱に巻き付いて難を逃れようとしているところを目撃されます。その家には大蛇の鱗が残されているという筋立てです。

 子供―大蛇、村人―大蛇、男―大蛇、大蛇―濁流、大蛇―家、といった対立軸が見受けられます。渕/大蛇の図式に深い水をたたえた水面への無意識の恐怖心が暗喩されているでしょうか。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

1. 子供たち♌♁―大蛇♂―村人☾(♌)―男1♌☾(♌)
2. 男2♌―大蛇♂☉―家☾(♂)―人々☾(☉)(-1)

 といった風に表記できるでしょうか。大蛇の伝説ですが、ここでは対立者♂と置きます。子供たちの無事を価値☉と置くと、村人たちは子供たちの援助者☾となります。大蛇に矢を射かける男1も村人の一員であり援助者☾ですが、主体とも見なせます。

 別の時系列で男2は大蛇が濁流に流されそうになっているのを目撃します。大蛇は渕の主と考えられます。主がいなくなると渕に何か不都合が生じるかもしれません。ここでは大蛇の存在を価値☉と置くと、大蛇が巻き付いた柱のある家は大蛇にとっては援助者☾となるでしょうか。また、その家に残されているとされる大蛇の鱗を求めに来た人々は大蛇の価値☉を求めて訪問している訳です。ここではマイナスの価値の援助者☾としてみました。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「大蛇に狙われた子供たちは無事か」「濁流に流されそうになった大蛇はどうなるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「渕に矢を射かける」「濁流から逃れるため大蛇が尾を家の柱に巻きつける」でしょうか。「男1―矢―渕/大蛇」「大蛇―柱/家―濁流」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:大蛇に狙われた子供たちは無事か
       ↑
発想の飛躍:渕に矢を射かける

・子供たち――渕/大蛇
    ↑
・男1―矢―渕/大蛇


物語の焦点:濁流に流されそうになった大蛇はどうなるか
       ↑
発想の飛躍:濁流から逃れるため大蛇が尾を家の柱に巻きつける

・男―目撃―濁流/大蛇
    ↑
・大蛇―柱/家―濁流

◆ログライン

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「蛇渕」ですと「長見川の渕に棲む大蛇が大雨が続いて濁流となった川から逃れようとしたが、大蛇の行方は知れない」くらいでしょうか。

◆余談

 浜田ダムまでは行ったことがありますが、その上流までは行ったことがありません。伝説の渕はダムで水没したのかもしれません。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.262-264.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

|

2024年8月27日 (火)

行為項分析――えんこう塚

◆あらすじ

 河内町を流れる浜田川のほとりにえんこう塚という石碑がひっそりと立っている。昔、ある日のこと一人の百姓が仕事を済ませて近くの川で馬の体を洗ってやった。そして日はまだ沈まないし、このまま家へ帰るには早いので、馬を川端に繋いで、もう一仕事しようと畑へ引き返していった。ところがこの様子を川の中からえんこう(河童)が見ていた。よし、今日はあの馬を川の中へ引きずり込んで捕ってやろう。えんこうは百姓がいなくなるのを待っていた。えんこうは百姓が畑へ行ったのを見澄ますと、そろりと馬に近づいて綱を杭からほどき、自分の身体に巻き付けて思い切り引っ張った。びっくりした馬は飛び上がると一目散に走り出した。慌てたえんこうは綱をほどこうとしたが、あまり強い力で引っ張られるのでほどくことができない。とうとう馬に引きずられて陸の上に放り出されてしまい、石にぶつかってやっと止まった。その騒ぎに頭の皿の水が飛び出してしまったので、えんこうは力がなくなりどうすることもできない。その時騒ぎを聞きつけた百姓が急いで川端へ引き返してみると、馬はおらずえんこうがぼんやり座っている。様子が分かった百姓は今日こそは承知しないぞと怒鳴りつけた。引っ張っていこうとすると、えんこうは涙を流して何度も何度も謝るので、それならこれからは子供を捕ったり馬にいたずらをしたりしないと約束をするなら許してやろうと言った。えんこうがこれからは絶対にそういうことはしないと言うので許してやった。そして石碑に「南無阿弥陀仏」と彫って、この字が消えない内は絶対にいたずらをしないと約束させ、河岸に立てて、この辺りでえんこうに捕られた子供たちを弔ってやった。その日から、えんこうのいたずらは全く無くなった。しかし、えんこうは早くこの字を消そうと毎日やって来て石碑の字をなでるので、反対に字はだんだん深くなったという。

◆モチーフ分析

・浜田川のほとりにえんこう塚という石碑が立っている
・ある日、一人の百姓が仕事を済ませて近くの川で馬の体を洗った
・馬を川端に繋いで、もう一仕事と畑へ引き返した
・この様子を川の中からえんこうが見ていた
・えんこう、百姓が畑に行ったのを見澄ますと、馬に近づいて綱を杭からほどいて自分の身体に巻き付けて思い切り引っ張った
・びっくりした馬が一目散に走り出し、えんこうは陸の上に放り出されてしまった
・石にぶつかったはずみに頭の皿の水が飛んで力がなくなってしまった
・騒ぎを聞きつけてやってきた百姓が川端へ引き返してみると、馬はおらず、えんこうがぼんやり座っていた
・百姓、今日こそは承知しないぞと怒鳴りつける
・えんこうが何度も謝るので、これからは子供を捕ったり馬にいたずらしたりしないと約束させた
・石碑に南無阿弥陀仏と彫って、この字が消えない内は絶対にいたずらしないと約束させ、えんこうに捕られた子供たちを弔った
・その日からえんこうのいたずらは全く無くなった
・えんこうは早くこの字を消そうと毎日石碑の字をなでるので反対に字はだんだん深くなった

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:百姓
S2:えんこう

O(オブジェクト:対象)
O1:浜田川(川端)
O2:えんこう塚(石碑)
O3:仕事
O4:馬
O5:畑
O6:杭
O7:綱
O8:石
O9:頭の皿
O10:水
O11:子供
O12:南無阿弥陀仏(字)

m(修飾語)
m1:びっくりした
m2:無力な
m3:深い

+:接
-:離

・浜田川のほとりにえんこう塚という石碑が立っている
(存在)O1浜田川:O1浜田川+O2えんこう塚
・ある日、一人の百姓が仕事を済ませて近くの川で馬の体を洗った
(休憩)S1百姓:S1百姓-O3仕事
(洗浄)S1百姓:S1百姓+O4馬
・馬を川端に繋いで、もう一仕事と畑へ引き返した
(繋ぐ)S1百姓:O4馬+O1川端
(引き返す)S1百姓:S1百姓+O5畑
(離れる)S1百姓:S1百姓-O4馬
・この様子を川の中からえんこうが見ていた
(監視)S2えんこう:S2えんこう+S1百姓
・えんこう、百姓が畑に行ったのを見澄ますと、馬に近づいて綱を杭からほどいて自分の身体に巻き付けて思い切り引っ張った
(接近)S2えんこう:S2えんこう+O4馬
(ほどく)S2えんこう:O6杭-O7綱
(巻きつけ)S2えんこう:S2えんこう+O7綱
(牽引)S2えんこう:O7綱+O4馬
・びっくりした馬が一目散に走り出し、えんこうは陸の上に放り出されてしまった
(驚き)O4馬:O4馬+m1びっくりした
(駆け出す)O4馬:O4馬-O1川端
(放出)S2えんこう:O1川端-S2えんこう
・石にぶつかったはずみに頭の皿の水が飛んで力がなくなってしまった
(衝突)S2えんこう:S2えんこう+O8石
(喪失)S2えんこう:O9頭の皿-O10水
(力喪失)S2えんこう:S2えんこう+m2無力な
・騒ぎを聞きつけてやってきた百姓が川端へ引き返してみると、馬はおらず、えんこうがぼんやり座っていた
(引き返し)S1百姓:S1百姓+O1川端
(不在)O4馬:O4馬-O1川端
(遭遇)S1百姓:S1百姓+S2えんこう
・百姓、今日こそは承知しないぞと怒鳴りつける
(叱責)S1百姓:S1百姓+S2えんこう
・えんこうが何度も謝るので、これからは子供を捕ったり馬にいたずらしたりしないと約束させた
(謝罪)S2えんこう:S2えんこう+S1百姓
(約束)S1百姓:S2えんこう-O11子供-O4馬
・石碑に南無阿弥陀仏と彫って、この字が消えない内は絶対にいたずらしないと約束させ、えんこうに捕られた子供たちを弔った
(彫る)S1百姓:O2石碑+O12南無阿弥陀仏
(約束)S1百姓:S2えんこう+O12字
(弔い)S1百姓:O11子供+O12南無阿弥陀仏
・その日からえんこうのいたずらは全く無くなった
(安全)O1浜田川:O1浜田川-S2えんこう
・えんこうは早くこの字を消そうと毎日石碑の字をなでるので反対に字はだんだん深くなった
(撫でる)S2えんこう:S2えんこう+O12字
(深化)O12字:O12字+m3深い

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

  聴き手(えんこうの悪さでどうなるか)
            ↓
送り手(えんこう)→川に引きずり込む(客体)→ 受け手(馬)
            ↑
補助者(なし)→ えんこう(主体)←反対者(百姓)

  聴き手(無力化したえんこうはどうなるか)
            ↓
送り手(馬)→皿の水を失い無力化(客体)→ 受け手(えんこう)
            ↑
補助者(なし)→ えんこう(主体)←反対者(百姓)

   聴き手(約束の結果どうなるか)
            ↓
送り手(百姓)→約束(客体)→ 受け手(えんこう)
            ↑
補助者(なし)→ 百姓(主体)←反対者(えんこう)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。えんこうは百姓がいなくなった隙に馬を川に引きずり込もうとしますが、却って驚いた馬に引きずられて頭の皿の水を失い無力化してしまいます。そこを百姓に見つかったえんこうは二度と悪さをしないと約束させられ、証文として石碑に文字を刻まれます。それでえんこうの悪さは止みましたが、えんこうは石碑の文字を早く消そうとして文字を撫で続け、却って文字は深くなったという筋立てです。えんこうはある意味では律儀に約束を守る妖怪です。

 百姓―馬、馬―えんこう、百姓―えんこう、石碑―えんこう、といった対立軸が見受けられます。南無阿弥陀仏/石碑の図式に亡くなった子供たちへの鎮魂とえんこうの悪さを封印する証文というダブルミーニングが暗喩されています。南無阿弥陀仏の字には妖怪の悪さを封じるという点で仏力の高さが示されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

百姓♌♎―えんこう♂―馬♁☾(♌)―子供♁

 といった風に表記できるでしょうか。えんこうの悪さを阻止することを価値☉と置くと、お話には直接登場しませんが、子供たちがその享受者♁となります。馬も享受者♁となります。馬はえんこうから皿の水を奪う役割を果たしますので百姓の援助者☾と置くこともできます。えんこうは百姓に対する対立者♂であり、百姓はえんこうを裁く審判者♎としての役割も果たします。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「無力化したえんこうがした約束は守られるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「石碑に南無阿弥陀仏と彫って、この字が消えない間はいたずらを絶対にしないと約束させること」「字を消そうを撫でるため却って深くなってしまう」でしょうか。「百姓―石碑/南無阿弥陀仏―封印/悪さ―えんこう」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:無力化したえんこうがした約束は守られるか
         ↑
発想の飛躍:石碑に南無阿弥陀仏と彫って、この字が消えない間はいたずらを絶対にしないと約束させる

・馬―皿/水―えんこう―約束/許し―百姓
         ↑
・百姓―石碑/南無阿弥陀仏―封印/悪さ―えんこう
・えんこう―字/石碑―撫でる/深化

◆ログライン

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「えんこう塚」ですと「えんこうは百姓の馬に悪さをしようとするが、却って皿の水を失って無力化されてしまい、二度と悪さをしないと約束させられる」くらいでしょうか。

◆余談

 浜田川沿いには実際にえんこう伝説に言及した石碑や看板があるそうですが、実見したことはありません。

 中国地方では河童を「えんこう」と呼びますが、これには「猿公」という字を当てるようです。猿の仲間と見られていたのかもしれません。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.259-261.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

|

2024年8月26日 (月)

「昔話の創発モデル」を思いつく

風呂に入っているときだったと思うが、現在手掛けている昔話の行為項分析と関係分析、これを重ねることで行為項モデルから「物語の焦点は何か」という問題意識が浮かんできた。また、それに対して「発想の飛躍」つまり論理の飛躍をぶつけることが昔話の肝ではないかと考えるに至ったのだが、「弥九郎霧」という三隅の伝説を分析していて、これらをモデル化したらいいのではないかという考えが浮かんだ。モデル化されると受容され易くなるという考えからである。

科学哲学者マイケル・ポランニーの提唱した概念である暗黙知にちなんで「昔話の創発モデル」と名づけた。潜在意識下で本来無関係であった概念と概念とが不意に結びつく、それが発想の飛躍となりまた思考のショートカットをもたらす。それが創作における大きなベクトルになるのではないかと考えた。それは作者の意図を考察する上でも有用だろう。

「弥九郎霧」における創発モデルは下記のようなものを考えている。これまで概念と概念との結びつきを線分で一次元的に記述してはいたのだが、それを二次元に展開することでより広がりをもたせるという意図によるものである(※私は描画ツールは上手く扱えませんので、三次元に展開するのは厳しいです)。


「弥九郎霧」の創発モデル:

物語の焦点:弥九郎の義憤から出た直訴はどう帰結するか
         ↑
発想の飛躍:呪詛と呪詛の応酬
      狐を憑けて弥九郎の口封じをする
      弥九郎の呪詛は濃霧となって永遠に続く

・弥九郎―義憤/直訴―役人/殿さま
        ↑
・庄屋―狐/呪詛―弥九郎―直訴/火刑―役人
・火刑―呪詛/濃霧―作物―井野

こうすれば、ログラインも見えてくるようになる。ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものである。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるという。「弥九郎霧」だと「弥九郎は庄屋の不正を役人に直訴するが、庄屋に狐を憑けられ上手く供述できず逆に火刑に処されてしまう」くらいだろうか。……ここから先は創作論となって無限に拡散してしまうので踏み込まない。

まだ、思いついたばかりであり、修正は施していくかもしれない。

物語の構造分析という手法は既に開拓され尽くしていて、ここから大きく変化することはないのではないか。物語の構成要素をこれ以上細分化することは不可能と思われるからである。そこで、人間の脳の特徴に着目した。コンピューターによる電算処理では不可能なレベルで人間には発想の飛躍が起きることがある。それは意外性をもたらす。意外性だけが面白さの全てではないが(※例えば正義が期待通り悪に勝つ勧善懲悪も面白さの一つだろう)、それが創作活動における大きな原動力ともなる。そういった点を掘り下げていけば新たな展開が生まれるのではないかと考えた。

荒唐無稽な話づくりにおいてはまず論理の飛躍が前提となる。ロジックを詰めていくのは後工程となる。

レヴィ=ストロースの神話分析の手法を社会学者の橋爪大三郎氏は名人芸的で余人には真似しがたいと評した。僕自身、『神話論理』の第一巻や『アスディワル武勲詩』を読んでみたがピンと来なかった。高田明典『物語構造分析の理論と技法』によると、やはり多数の類話を収集して比較分析を行うようだ。レヴィ=ストロースの分析は新大陸全体、つまり北米、中米、南米といった区分にこだわらずに自在に分析されている。そこでかなり自由な連想が行われているように見えるのである。ある神話では獣だったものが別のところでは鳥類だったり爬虫類だったりする。そういった手法に批判もあるようだが、レヴィ=ストロース自身は哺乳類/鳥類/爬虫類といった生物の類といった区分ではなく、物語の中で果たす役割に注目していたのかもしれない。レヴィ=ストロースの神話分析の手法については、余力が生じたら手をつけてみたい。

現在『昔話はなぜ面白いのか』上下巻を電子書籍としてセルフ出版している。つまり、「昔話はなぜ面白いのか?」という問いを立ててあれこれと分析手法を探しては試している段階だが、ある程度形になってきたかな、独自性を出せるようになってきたかなというところである。

行為項モデルを自分なりに書いていて、ここに「物語の焦点」を付け加えることを思いついたのはいつか記録していない。おそらく初期のお話で試行錯誤していた時期に思い浮かんだものと思われる。そこから「オミユキの竹」で昔話の肝は「物語の焦点は何か」という問いかけに対して「発想の飛躍」をぶつけることではないかということを思いつき、項目として付け加えた。それから「弥九郎霧」に至って、それらの構図をモデル化するべきではないかと思い至った。という訳で、まあ数をこなした意義はあったと言えるかもしれない。

関連記事:「行為項分析――弥九郎霧

|

2024年8月25日 (日)

相模原薪能を鑑賞する 2024.08

相模原薪能を鑑賞に行く。相模原方面はあまり行かないので時間が読めず、9時50分のバスに乗って出たら、11時には相模大野駅に着いてしまった。相模大野駅が町田の隣と知らなかったというオチ。開場は13時で二時間も前に着いてしまったので、とりあえず駅構内の待合室的な空間で一時間ほど時間を潰す。それから駅を出て、少し迷うが人の列を見つけて着いていくと相模女子大グリーンホールに到着した。まだ時間があったので、隣の公園の木陰で腰を下ろして休憩する。時間になったのでホールに引き返したらかなり混雑していた。座席指定なので慌てず列に並ぶ。

相模女子大グリーンホール
相模女子大グリーンホール
相模女子大グリーンホール・開場前

ステージはかなり奥行があった。クラシックコンサートも催されるので、それに対応しているのだろう。そこに能舞台が再現されていた。

座席は二列目で舞台の中央に位置する絶好の席であった。本来であれば一万円は下らない席を破格値で確保できた幸運。13時半になって開演する。初めに副市長と学長の挨拶がある。このとき疲労度がピークに達してこれで鑑賞できるのかと不安になる。

それから「船弁慶」の解説が入った。義経役は子方が演じるが、これは観客の感情移入を狙ってのものだとのこと。解説が無ければ前シテ(静御前)と後ジテ(平家の亡霊)が同じ演者によるものだと気づかなかっただろう。

仕舞「八島」
仕舞「吉野静」
狂言「惣八」
能「船弁慶」

が上演された。宝生流。冷房が効いていたからか、上演が始まると疲労感は抜けていった。普段クーラーのない環境で暮らしていて消耗しているのである。

狂言「惣八」は出家と料理人が互いのスキルを交換する滑稽な内容。間違って鯛と鯉の調理を逆にしてしまう(※鯉を刺身に、鯛を輪切りにしてしまう)。法華経はみゃーみゃーと読むだけ。最後に主人にバレて花道を駆け足で退場していく姿が好きである。

船弁慶は追われる身となった義経が静御前と別れるべきか悩む。静御前は別れたくない。その後、出航した義経と弁慶の前に平家の亡霊が立ちはだかるという内容。

船弁慶は能の中では分かりやすい演目で上演機会が多いとのことであったが、確かに分かりやすい内容であった。子方は小学校低学年くらいの男児。一時間半以上ある演目でじっとしているだけでも大変だろう。とにかく舞台の上では皆身じろぎすることすらしないのであるが、それだけでも大変なことだと思う。また、発声が大ホールでも隅々まで届く朗々としたものだったことにも驚かされる。

僕は芸能の良しあしなど分からないが、静御前は重々しい演技だったのに対し、平家の亡霊は激しい所作を見せた。能は重い演技だけではないのだと気づかされた。静御前の衣装が照明に映えてその舞が美しかった。亡霊の面は骸骨のようでもあり怖さに満ちたものだった。もしも所有したら不吉なことが起きるかもと感じさせる造作だった。

僕は日本の芸能史、演劇史を知らないが、どうしてこういう形で結実したのだろうと思う。狂言は普通にセリフのやり取りがある会話劇である。囃子や謡を含むという点では当時の総合芸術的な構成だったのだろうか。能は上流階級がみるものだったというのもあるだろう。

|

行為項分析――弥九郎霧

◆あらすじ

 今から二百年あまり前、那賀郡井野村小原の柚ノ木郷に弥九郎という百姓がいた。生まれつき賢く、人のために骨身を惜しまず世話をする人だった。その頃井野村には庄屋が一軒と蔵元庄屋が三軒あった。蔵元庄屋は郷々にあってその郷の世話をし、年貢米や上納紙をまとめていた。これらの庄屋たちの中には、いろいろ横着する者があるので百姓たちは難儀をしていた。その頃弥九郎は十九の若者だったが、これを見かねて百姓の難儀を救おうと思い、殿さまに訴えた。ところが取調べの日になって、役人から色々取調べがあったが、お上のご威光に打たれたものか、弥九郎の言うことがはっきりしない。そこでこれはお上を欺き世を乱すものだということになり、火あぶりの刑にされることになった。弥九郎の母が大層悲しんで、殿さまに訴えたことが本当であったのなら、なぜ取調べの時その事を詳しく申し上げなかったのかと言うと、弥九郎は言おうと思ったが庄屋が狐をつけて舌を動かせなかったからどうしても言えなかったと言った。お仕置きの日になった。悪事をした見せしめというので弥九郎を馬に乗せて村中を引き回した末、家々から一把ずつ薪を出させて小山の辻で焼き殺した。弥九郎は燃えさかる火の中で落ち着き払って、自分は今こうして焼き殺されるが、身体は死んでも魂は死なない。自分の魂の残る印に、ここへ白藤を咲かすから見ておれと言った。それから間もなく焼け跡に藤の芽が出て白い花が咲いた。その後庄屋たちは二度三度火事になったり、いろいろ良くないことが続いて家が絶えた。またそれ以来、百姓たちが薪を出した報いとしてであろうか、作物の上を濃い霧が覆う様になった。特に夏から秋にかけては朝日が出てから二時間くらいは全く濃い霧が谷を埋めて実に物寂しい有様になる。ただ室谷郷の中間だけは弥九郎は罪のないのに気の毒なことだ。いかに庄屋の言い付けでも人を焼く木は出せないと言って薪を出さなかった。それでこの近辺へは霧を降らせないと言う。

◆モチーフ分析

・那賀郡井野村小原に弥九郎という百姓がいた
・弥九郎は賢く人のために骨身を惜します世話をする人だった
・井野村には庄屋が一軒と蔵元庄屋が三軒あって横着するので百姓たちは難儀をしていた
・弥九郎は百姓の難儀を救おうと思い、殿さまに訴えた
・取調の日、弥九郎の言うことがはっきりしない
・お上を欺き世を乱すとして火あぶりの刑にされることになった
・母がなぜと問うと弥九郎は庄屋が狐をつけて舌を動かせなかったから言えなかったと答えた。
・お仕置きの日、弥九郎を馬に乗せて村中を引き回した
・家々から薪を出させて弥九郎を焼き殺した
・弥九郎は身体は死んでも魂は死なない、見ておれと言った
・焼け跡に藤の花が咲いた
・庄屋たちは火事になったり、良くないことが続いて家が絶えた
・それ以来、作物の上を濃い霧が覆う様になった
・室谷の中間は薪を出さなかったので霧が降らない

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:弥九郎
S2:庄屋
S3:役人
S4:母

O(オブジェクト:対象)
O1:井野
O2:百姓
O3:殿さま
O4:供述
O5:火刑
O6:狐
O7:馬
O8:市中引き回し
O9:家々
O10:薪
O11:遺言
O12:焼け跡
O13:藤の花
O14:作物
O15:濃霧
O16:室谷

m(修飾語)
m1:賢い
m2:粉骨砕身の
m3:横着な
m4:不明瞭な
m5:不埒な
m6:成就した
m7:不幸が続いた
m8:家系が絶えた

+:接
-:離

・那賀郡井野村小原に弥九郎という百姓がいた
(存在)O1井野:S1弥九郎+O2百姓
・弥九郎は賢く人のために骨身を惜します世話をする人だった
(性質)S1弥九郎:S1弥九郎+m1賢い
(性質)S1弥九郎:S1弥九郎+m2粉骨砕身の
・井野村には庄屋が一軒と蔵元庄屋が三軒あって横着するので百姓たちは難儀をしていた
(存在)O1井野:S2庄屋+m3横着な
(横暴)S2庄屋:S2庄屋-O2百姓
・弥九郎は百姓の難儀を救おうと思い、殿さまに訴えた
(救済企図)S1弥九郎:S1弥九郎+O2百姓
(直訴)S1弥九郎:S1弥九郎+O3殿さま
・取調の日、弥九郎の言うことがはっきりしない
(取調べ)S3役人:S3役人+S1弥九郎
(供述不可能)S1弥九郎:S1弥九郎-O4供述
(不明瞭)S1弥九郎:O4供述+m4不明瞭な
・お上を欺き世を乱すとして火あぶりの刑にされることになった
(判断)S3役人:S1弥九郎+m5不埒な
(判決)S3役人:S1弥九郎+O5火刑
・母がなぜと問うと弥九郎は庄屋が狐をつけて舌を動かせなかったから言えなかったと答えた
(問い)S4母:S4母+S1弥九郎
(回答)S2庄屋:S1弥九郎+O6狐
(妨害)S2庄屋:S1弥九郎-O4供述
・お仕置きの日、弥九郎を馬に乗せて村中を引き回した
(市中引き回し)S3役人:S1弥九郎+O7馬
(市中引き回し)S3役人:S1弥九郎+O8市中引き回し
・家々から薪を出させて弥九郎を焼き殺した
(供出)S3役人:O9家々+O10薪
(火刑)S3役人:S1弥九郎+O5火刑
・弥九郎は身体は死んでも魂は死なない、見ておれと言った
(遺言)S1弥九郎:S1弥九郎+O11遺言
・焼け跡に藤の花が咲いた
(開花)X:O12焼け跡+O13藤の花
(成就)S1弥九郎:O11遺言+m6成就した
・庄屋たちは火事になったり、良くないことが続いて家が絶えた
(不幸の連続)S2庄屋:S2庄屋+m7不幸が続いた
(断絶)S2庄屋:S2庄屋+m8家系が絶えた
・それ以来、作物の上を濃い霧が覆う様になった
(発生)O1井野:O14作物+O15濃霧
・室谷の中間は薪を出さなかったので霧が降らない
(拒絶)O16室谷:O5火刑-O10薪
(回避)O16室谷:O16室谷-O15濃霧

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

  聴き手(庄屋の横暴は解決されるか)
            ↓
送り手(庄屋)→徴税の不正(客体)→ 受け手(百姓)
            ↑
補助者(なし)→ 庄屋(主体)←反対者(弥九郎)

  聴き手(直訴の結果はどうなるか)
            ↓
送り手(弥九郎)→直訴(客体)→ 受け手(殿さま)
            ↑
補助者(なし)→ 弥九郎(主体)←反対者(庄屋)

  聴き手(庄屋の妨害でどうなるか)
            ↓
送り手(庄屋)→狐を憑ける(客体)→ 受け手(弥九郎)
            ↑
補助者(なし)→ 庄屋(主体)←反対者(弥九郎)

  聴き手(口封じされた弥九郎の運命はどうなるか)
            ↓
送り手(役人)→火刑の判決(客体)→ 受け手(弥九郎)
            ↑
補助者(なし)→ 役人(主体)←反対者(弥九郎)

     聴き手(呪詛は実現するか)
            ↓
送り手(弥九郎)→遺言で呪詛(客体)→ 受け手(庄屋)
            ↑
補助者(なし)→ 弥九郎(主体)←反対者(庄屋)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。弥九郎は義侠心から庄屋たちの徴税における不正行為を殿さまに直訴しようとしますが、そのことを庄屋たちに察知されてしまいます。このお話では明言されていませんが、庄屋たちは狐をつけて弥九郎を呪詛します。結果、弥九郎は舌が回らなくなり、供述は要領を得ないことになってしまいます。弥九郎の義侠心は逆効果となって役人たちは弥九郎が庄屋たちを讒訴していると見なします。火刑に処せられることになった弥九郎は死の直前、呪詛の言葉を吐きます。呪詛と呪詛の応酬が見られます。弥九郎の呪詛は成就し、庄屋たちの家は断絶し、井野は濃霧で覆われるようになったという筋立てです。義侠心から提起した直訴という非常手段が火刑という結果として返ってくるという悲劇性が強調されています。

 弥九郎―百姓、百姓―庄屋、弥九郎―庄屋、弥九郎―役人、といった対立軸が見受けられます。狐/濃霧という図式に呪詛と呪詛との応酬が暗喩されています。また、藤の花/濃霧には弥九郎の激しい憤りが暗喩されています。また、直訴/火刑という図式に直訴という行為はときに恐ろしい結果をもたらすことも暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

弥九郎♌―庄屋♂―役人♎―百姓♁☾(♎)―母☾(♌)―狐☾(♂)

 といった風に表記できるでしょうか。庄屋の横暴を阻止することを価値☉と置くと、百姓はその享受者♁となります。一方で、百姓たちは弥九郎の火刑の際に薪を供出していますので、役人の援助者☾とも置けます。庄屋は対立者♂、役人は審判者♎と置けるでしょう。弥九郎の母は狐に憑かれたという発言を引き出す役割のみですが、ここでは弥九郎の援助者☾と置きます。狐も明確に登場する訳ではありませんが、ここでは庄屋の援助者☾とします。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「弥九郎の義憤から出た直訴はどう帰結するか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「呪詛と呪詛の応酬」「狐を憑けて弥九郎の口封じをする」「弥九郎の呪詛は濃霧となって永遠に続く」でしょうか。「庄屋―狐/呪詛―弥九郎―直訴/火刑―役人」「火刑―呪詛/濃霧―作物―井野」といった図式です。そういった点では井野を濃霧が覆う由来譚ともなっています。

 「弥九郎霧」は日本標準『島根の伝説』でも取り上げられており、そちらでは庄屋の不正行為が未来社版より詳しく説明されています。また、狐ではなく大麻山の坊さんに呪詛させて口封じを行うという風に語られています。

 弥九郎が実在の人物だったのかは判然としません。顕彰碑は建っていますので、何かモデルとなる事件があったのかもしれません。実際にはお上の前に出て緊張のあまりしゃべられなくなったということかもしれません。それに対して呪詛で口封じしたという連想が生じたのでしょうか。井野には濃霧がしばしば発生するそうです。これはその土地固有の自然現象です。それを弥九郎の呪詛と結びつけるのも一つの発想の飛躍と言えるかもしれません。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。

物語の焦点:弥九郎の義憤から出た直訴はどう帰結するか
         ↑
発想の飛躍:呪詛と呪詛の応酬
      狐を憑けて弥九郎の口封じをする
      弥九郎の呪詛は濃霧となって永遠に続く

・弥九郎―義憤/直訴―役人/殿さま
        ↑
・庄屋―狐/呪詛―弥九郎―直訴/火刑―役人
・火刑―呪詛/濃霧―作物―井野

◆ログライン

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「弥九郎霧」ですと「弥九郎は庄屋の不正を役人に直訴するが、庄屋に狐を憑けられ上手く供述できず逆に火刑に処されてしまう」くらいでしょうか。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.256-258.
・「島根の伝説」(島根県小・中学校国語教育研究会/編, 日本標準, 1978)pp.28-35.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

|

2024年8月24日 (土)

行為項分析――谷田池の蛇姫

◆あらすじ

 昔、出雲国意宇(いう)郡矢田村の豪族の娘に美しい姫がいた。姫は物心つくにつれて石見国の国分村にある谷田の池を恋い慕うようになった。谷田の池は広さ十町三反(一〇・三ヘクタール)ばかり、深さは数十尋(ひろ)もある青い水をたたえた大きな池だった。姫がどうしてこの池を恋い慕うのか姫自身にも分からなかった。しかし不思議な因縁でその思いはつのるばかり、独り部屋に立て籠もって物思いに沈んでいる日が多くなった。姫が十六歳になった卯月(四月)、思い詰めた姫は、自分はどうしても心が塞いでならない。石見の谷田池のほとりにある祠は霊験あらたかであると聞いているので、ぜひ一度お参りして念願をかけたいと思うので行かせてほしいと父に願った。父や母や侍女たちも遠い石見路への長旅は大変なので口をそろえて思いとどまる様に勧めたが、姫は目に涙をためてどうしても行かせて下さいと言う。それで父や母もとうとう姫の願いを叶えてやることにした。姫の乗物と行列は日数を重ねて国分村へ着いた。ちょうど日が落ちようとして、広い池の面は音もなく静まりかえっていた。姫はほとりの祠に詣でると心も晴れ晴れとした様に、池のみぎわへ降りて水を手にすくった。と、その時、姫は吸われるように池の中へ沈んでいった。姫はもともとこの池の蛇の化身であったと言い、またこの池にすむ年ふる雄蛇に魅入られたのだとも言う。

 その後、谷田家の先祖の尾崎藤兵衛は谷田の池を埋め立てて田を開いた。この工事は中々難しく、水害のためせっかく作った新田が流れて元の池になったり土砂に埋まったりした。これは大蛇が住むところが狭くなったため田を荒らすからだというので、承応二年、谷田家の主人は池のほとりの鐘堂におこもりして工事が無事に出来上がるよう祈願をした。すると満願の夜池の大蛇が池を譲り渡す証として鱗を一枚残して立ち去った。これによって工事は無事に出来上がった。それ以来この蛇を竜神として祀ることにしたが、元禄八年には下府(しもこう)村光明寺の亮音法印や上府(かみこう)村の神職千代延直真らによって盛大な法要祭典が営まれた。すると池の上空から美しい音楽が聞こえて「石見潟千代ふる里の梢まで よくぞ守らん三つのともしび」という歌声が聞こえた。また、大蛇が水害を起こしたりして工事を妨げるのをなだめるため、一人の百姓が自分の頬の肉を切り取って池に投げ込んで大蛇に祈ると大蛇は天へ昇っていったとも言う。また、谷田の池が狭くなったので、大蛇は底の続いている上府の安国寺の門前の池に現れ、説教を聴いて涙を流し、成仏して鱗を一枚残して天へ昇った。それで門前の池を涙が池という様になったとも言われている。

◆モチーフ分析

・出雲国意宇郡矢田村の豪族に美しい姫がいた
・姫は物心のついた頃から石見国国分村の谷田の池を恋い慕うようになった
・どうして慕うのかは姫自身も分からなかったが、不思議な因縁で思いはつのり、独り部屋に立て籠もって物思いに沈むことが多くなった
・十六歳になった姫はぜひ一度谷田の池のほとりにある祠に参詣したいと父に願った
・父母や侍女たちは長旅で大変なので思いとどまる様に勧めた
・姫はどうしても行かせて欲しいと言う
・父母も止むなく姫の願いを叶えるようにした
・姫の乗物と行列は日数を重ねて国分村へ着いた
・姫はほとりの祠に詣でると心も晴れ晴れと、池のみぎわへ降りて水を手にすくった
・そのとき姫は吸われるように池の中へ沈んでいった
・姫はもともと谷田の池の蛇の化身だったとも言い、またこの池に棲む雄蛇に魅入られたのだとも言う


・谷田家の先祖の尾崎藤兵衛は谷田の池を埋め立てて田を開いた
・難工事で水害のために新田が流れたり土砂に埋まったりした
・谷田家の主人は池のほとりの鐘堂に籠もって工事が無事完了するよう祈願した
・満願の夜、大蛇が池を譲り渡す証として鱗を一枚残して立ち去った
・これで工事は無事に完了した
・下府村の法印や上府村の神職らによって盛大な法要祭典が営まれた
・すると池の上空から美しい音楽が聞こえ、歌声が聞こえた
・大蛇が水害を起こして工事を妨げるのをなだめるために一人の百姓が頬の肉を切り取って池に投げ込んで大蛇に祈ると大蛇は昇天した
・谷田の池が狭くなったので、大蛇は底の繋がっている上府の安国寺の門前の池に現れ、説教を聴いて成仏して鱗を一枚残して昇天した

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:姫
S2:豪族(父、父母)
S3:侍女
S4:池の蛇

O(オブジェクト:対象)
O1:意宇郡
O2:谷田池
O3:慕う理由
O4:旅
O5:国分村
O6:祠
O7:池の水

m(修飾語)
m1:美しい
m2:物心のついた
m3:慕った
m4:十六歳の
m5:蛇の化身

+:接
-:離

・出雲国意宇郡矢田村の豪族に美しい姫がいた
(存在)O1意宇郡:S2豪族+S1姫
(美貌)S1姫:S1姫+m1美しい
・姫は物心のついた頃から石見国国分村の谷田の池を恋い慕うようになった
(成長)S1姫:S1姫+m2物心のついた
(思慕)S1姫:O2谷田池+m3慕った
・どうして慕うのかは姫自身も分からなかったが、不思議な因縁で思いはつのり、独り部屋に立て籠もって物思いに沈むことが多くなった
(理由不明)S1姫:S1姫-O3慕う理由
(思いはつのる)S1姫:S1姫+O2谷田池
(引きこもる)S1姫:S1姫-S2豪族
・十六歳になった姫はぜひ一度谷田の池のほとりにある祠に参詣したいと父に願った
(成長)S1姫:S1姫+m4十六歳の
(願い出)S1姫:S1姫+S2父
・父母や侍女たちは長旅で大変なので思いとどまる様に勧めた
(制止)S2父母+S3侍女:O4旅-S1姫
・姫はどうしても行かせて欲しいと言う
(主張)S1姫:S1姫+O4旅
・父母も止むなく姫の願いを叶えるようにした
(許可)S2父母:S1姫+O4旅
・姫の乗物と行列は日数を重ねて国分村へ着いた
(到着)S1姫:S1姫+S3一行+O5国分村
・姫はほとりの祠に詣でると心も晴れ晴れと、池のみぎわへ降りて水を手にすくった
(参拝)S1姫:S1姫+O6祠
(接近)S1姫:S1姫+O2谷田池
(掬う)S1姫:S1姫+O7池の水
・そのとき姫は吸われるように池の中へ沈んでいった
(入水)O2谷田池:O2谷田池+S1姫
・姫はもともと谷田の池の蛇の化身だったとも言い、またこの池に棲む雄蛇に魅入られたのだとも言う
(言い伝え)S1姫:S1姫+m5蛇の化身
(魅入られる)S4池の蛇:S4池の蛇+S1姫

S(サブジェクト:主体)
S1:藤兵衛
S2:蛇
S3:法印
S4:神職
S5:百姓

O(オブジェクト:対象)
O1:谷田池
O2:土砂
O3:水害
O4:新田
O5:鐘堂
O6:祈願
O7:鱗
O8:工事
O9:法要
O10:妙なる音
O11:頬の肉
O12:安国寺の蓮池
O13:説教

m(修飾語)
m1:干拓された
m2:期日が満ちた
m3:完了した
m4:昇天した
m5:狭い

+:接
-:離

・谷田家の先祖の尾崎藤兵衛は谷田の池を埋め立てて田を開いた
(埋め立て)S1藤兵衛:O1谷田池+O2土砂
(干拓)S1藤兵衛:O1谷田池+m1干拓された
・難工事で水害のために新田が流れたり土砂に埋まったりした
(難工事)O3水害:O3水害-O4新田
(難工事)O2土砂:O4新田+O2土砂
・谷田家の主人は池のほとりの鐘堂に籠もって工事が無事完了するよう祈願した
(尾籠)S1主人:S1主人+O5鐘堂
(祈願)S1主人:S1主人+O6祈願
・満願の夜、大蛇が池を譲り渡す証として鱗を一枚残して立ち去った
(満願)S1主人:S1主人+m2期日が満ちた
(譲渡)S2蛇:S1主人+O1谷田池
(証拠)S2蛇:S1主人+O7鱗
・これで工事は無事に完了した
(完工)S1主人:O8工事+m3完了した
・下府村の法印や上府村の神職らによって盛大な法要祭典が営まれた
(法要)S3法印:S2蛇+O9法要
・すると池の上空から美しい音楽が聞こえ、歌声が聞こえた
(法悦)S3法印:S3法印+O10妙なる音
・大蛇が水害を起こして工事を妨げるのをなだめるために一人の百姓が頬の肉を切り取って池に投げ込んで大蛇に祈ると大蛇は昇天した
(妨害)S2大蛇:O8工事-O3水害
(切り取り)S5百姓:S5百姓-O11頬の肉
(祈願)S5百姓:O11頬の肉+O1谷田池
(昇天)S5百姓:S2大蛇+m4昇天した
・谷田の池が狭くなったので、大蛇は底の繋がっている上府の安国寺の門前の池に現れ、説教を聴いて成仏して鱗を一枚残して昇天した
(縮小)O1谷田池:O1谷田池+m5狭い
(繋がり)O1谷田池:O1谷田池+O12安国寺の蓮池
(出現)S2蛇:S2蛇+O12安国寺の蓮池
(聴聞)S2蛇:S2蛇+O13説教
(昇天)S2蛇:S2蛇+m4昇天した
(証拠)S2蛇:O12安国寺+O7鱗

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

  聴き手(谷田池を訪れた姫はどうなるか)
            ↓
送り手(姫)→入水(客体)→ 受け手(谷田池)
            ↑
補助者(侍女)→ 姫(主体)←反対者(父母)


理由も分からず石見国の谷田池への思慕の念が強まる姫は父母の制止を振り切って谷田池へと旅をします。到着して水際の祠に参詣した後、水面に近寄ると、そのまま入水してしまったという筋立てです。

 姫―谷田池、姫―蛇、姫―父母、姫―侍女、といった対立軸が見受けられます。池/入水という図式に蛇に魅入られてしまうことが暗喩されています。


  聴き手(谷田池の難工事は無事完成するか)
            ↓
送り手(蛇)→証拠の鱗(客体)→ 受け手(藤兵衛)
            ↑
補助者(神仏)→ 藤兵衛(主体)←反対者(蛇)

 聴き手(蛇は百姓の自己犠牲にどう応答するか)
            ↓
送り手(百姓)→頬の肉(客体)→ 受け手(蛇)
            ↑
補助者(神仏)→ 百姓(主体)←反対者(蛇)

といった行為項モデルが作成できるでしょうか。広く深い谷田池の干拓は難工事だったため、谷田の主人である藤兵衛は鐘堂に籠って祈願します。満願の日に蛇が現れ、谷田池を譲る証拠として鱗を一枚残して昇天するという筋立てです。

 藤兵衛―蛇、藤兵衛―鐘堂、藤兵衛―谷田池、藤兵衛―鱗、といった対立軸が見受けられます。鱗/証文という図式に神仏への祈願が蛇を動かしたことが暗喩されています。

 また、谷田池の難工事にある百姓は自身の頬の肉を削いで池の蛇に捧げます。祈願が通じて蛇は谷田池を明け渡します。干拓されたため小さくなった谷田池から地下を通じて安国寺の蓮池に蛇が説法を聴きに現れたという筋立てです。

 百姓―蛇、頬肉―蛇、蛇―蓮池、といった対立軸が見受けられます。頬肉/昇天の図式に自己犠牲が相手の昇天に繋がることが暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

姫♌♁―父母♎☾(♌)―侍女☾(♌)

 といった風に表記できるでしょうか。姫が谷田池を訪ねることを価値☉と置くと、姫はその享受者です。父母は姫を当初は制止しますので審判者♎と置けるかもしれません。また、最終的には姫の旅を許可しますので援助者☾とも言えます。侍女も援助者☾です。このお話には明確な対立者♂は登場しません。

藤兵衛♌♁―蛇☉♂♎

 では、谷田池を干拓することを価値☉と置くと、藤兵衛は享受者♁となります。蛇は谷田池の支配者であるため価値☉そのものであり、水害を起こして干拓を妨害しますので対立者♂でもあります。最終的には神仏への祈願が通じて池を明け渡しますので、審判者♎とも置けます。

百姓♁☾(♂)―蛇☉♂♎―法印☾(♂)―神職☾(♂)

 ここで谷田池を干拓することを価値☉と置くと、百姓は享受者♁の一人となります。蛇は谷田池の支配者であるため価値☉そのものであり、水害を起こして干拓を妨害しますので対立者♂でもあります。百姓の自己犠牲によって蛇は昇天しますので、百姓は援助者☾とも置けます。法印と神職は昇天した蛇を慰めますので、これも援助者☾と置けます。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「不思議な衝動に突き動かされた姫の運命はどうなるか」「谷田池は無事干拓されるか/蛇はどう行動するか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「姫が突然池に入水する」「蛇が鱗の証文を残して昇天する」でしょうか。「姫―入水/池―蛇」「藤兵衛―干拓/鱗―蛇」「百姓―頬肉/鱗―蛇」といった図式です。

 谷田池の伝説は私が口伝えで聴いた唯一の伝説です。谷田池と山向こうの安国寺の蓮池とは地下で繋がっているとされていました。蓮池は現在は埋め立てられて駐車場となっています。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.253-255.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

|

2024年8月23日 (金)

行為項分析――千年比丘

◆あらすじ

 昔、国分の里に裕福な家があった。そこの主人は日頃よい行いをしていた報いか、竜宮城へよばれてしばらく行っていた。そこで月日の経つのも忘れていた。ところがその内に飽きて城内をぶらぶら歩いていると料理場へ来てしまった。ふと見るとそこには大きなまな板の上に人間を裸にして載せて料理人がしきりに料理をしていた。びっくりした男はこれまでの楽しかった夢も一時に醒め、竜宮というところは何と恐ろしいところだ、人間を殺して食べるところなのかと思うと、いても立ってもいられなくなり、城門から一目散に駆けだした。これを見た竜宮の人たちは、さぞびっくりしただろうがあれは人間でない、人魚という魚でこれを食べると千年生きられるという珍しい魚だ。あなたに食べさせようと思って料理しているところだと言って引き留めようとしたが、そんなことは男の耳に入らない。そうして国分の姉が浜まで逃げてきた。必死に追いかけてきた竜宮の人たちも陸へ上がることができないので、せめて土産にと持ってきた人魚の肉を男の方へ投げた。肉は男の袴の腰板の間へ入ったが、そんなことは知らず命からがら逃げて帰った。家の人たちは大喜びで出迎えた。男は久々に家族に会い、竜宮の話をした。幼い女の子はそれを聞くと竜宮の土産をねだった。土産はないのだと言って男が袴を脱ぐと、腰板の間から人魚の肉が落ちた。女の子はそれを拾うとすぐ食べてしまった。そのため女の子は千年の長い寿命をもって生きながらえた。力が強く、大きな盤石をも易々と持ち運んだと言われ、人々はこれを千年比丘(びく)と呼んだ。昔の国府村役場の隣にあった大きな岩は千年比丘が運んだものと言われ、下府(しもこう)片山にある古墳を千年比丘の穴と言って、千年比丘の住居の跡と言っている。

◆モチーフ分析

・国分の里の裕福な男が日頃のよい行いの報いで竜宮城へ呼ばれた
・竜宮城では月日の経つのも忘れていたが、あるとき城内を歩いていると料理場へ来てしまった
・そこでは大きなまな板の上で料理人が人間を料理していた
・驚いた男は夢から醒め、一目散に逃げ出した
・竜宮の人たちがあれは人魚だ。食べると千年生きられると引き留めたが、男は姉が浜まで逃げてきた
・竜宮の人たちは陸に上がれないので人魚の肉を男めがけて投げた
・人魚の肉は男の袴の腰板の間に入った
・帰ってきた男に家の人たちは大喜びで出迎えた
・娘が竜宮の土産を欲しがった
・腰板の間から落ちた肉を娘が食べてしまった
・娘は千年の寿命を持ち、力が強かった
・片山古墳を千年比丘の住居の跡と言っている

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:男
S2:料理人
S3:人魚
S4:竜宮の人
S5:家族
S6:娘

O(オブジェクト:対象)
O1:国分の里
O2:竜宮
O3:料理場
O4:姉が浜
O5:人魚の肉
O6:土産
O7:片山古墳

m(修飾語)
m1:裕福な
m2:善行の
m3:時の経過を忘れた
m4:醒めた
m5:長寿
m6:喜んだ
m7:怪力の

+:接
-:離

・国分の里の裕福な男が日頃のよい行いの報いで竜宮城へ呼ばれた
(存在)O1国分の里:S1男+m1裕福な
(善行)S1男:S1男+m2善行の
(招待)O2竜宮:O2竜宮+S1男
・竜宮城では月日の経つのも忘れていたが、あるとき城内を歩いていると料理場へ来てしまった
(経過)O2竜宮:S1男+m3時の経過を忘れた
(訪問)S1男:S1男+O3料理場
・そこでは大きなまな板の上で料理人が人間を料理していた
(目撃)S1男:S2料理人+S3人魚
・驚いた男は夢から醒め、一目散に逃げ出した
(恐怖)S1男:S1男+m4醒めた
(逃散)S1男:S1男-O2竜宮
・竜宮の人たちがあれは人魚だ。食べると千年生きられると引き留めたが、男は姉が浜まで逃げてきた
(事情説明)S4竜宮の人:S1男+m5長寿
(無視)S1男:S1男-S4竜宮の人
(逃亡)S1男:S1男+O4姉が浜
・竜宮の人たちは陸に上がれないので人魚の肉を男めがけて投げた
(接近不可能)S4竜宮の人:S4竜宮の人-S1男
(投げつけ)S4竜宮の人:S1男+O5人魚の肉
・人魚の肉は男の袴の腰板の間に入った
(付着)O5人魚の肉:O5人魚の肉+S1男
・帰ってきた男に家の人たちは大喜びで出迎えた
(出迎え)S5家族:S5家族+S1男
(喜ぶ)S5家族:S5家族+m6喜んだ
・娘が竜宮の土産を欲しがった
(要求)S6娘:S6娘+O6土産
・腰板の間から落ちた肉を娘が食べてしまった
(落下)O5人魚の肉:S1男-O5人魚の肉
(拾い食い)S6娘:S6娘+O5人魚の肉
・娘は千年の寿命を持ち、力が強かった
(長寿)S6娘:S6娘+m5長寿
(怪力)S6娘:S6娘+m7怪力の
・片山古墳を千年比丘の住居の跡と言っている
(存在)X:S6千年比丘+O7片山古墳

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

  聴き手(竜宮へ招待された男は無事戻れるか)
            ↓
送り手(竜宮の人)→招待(客体)→ 受け手(男)
            ↑
補助者(なし)→ 竜宮の人(主体)←反対者(なし)

  聴き手(人魚を人と勘違いした男はどうするか)
            ↓
送り手(男)→目撃(客体)→ 受け手(人魚)
            ↑
補助者(なし)→ 男(主体)←反対者(料理人)

 聴き手(長寿をもたらす人魚の肉を得てどうなるか)
            ↓
送り手(竜宮の人)→人魚の肉(客体)→ 受け手(男)
            ↑
補助者(なし)→ 竜宮の人(主体)←反対者(なし)

  聴き手(人魚の肉を食べた娘はどうなるか)
          ↓
送り手(男)→人魚の肉(客体)→ 受け手(娘)
          ↑
補助者(なし)→ 娘(主体)←反対者(なし)


といった四つの行為項モデルが作成できるでしょうか。日頃の善行によって竜宮に招かれた国分の男は時の経つのも忘れていましたが、あるとき料理場で人魚が料理されているのを人が料理されていると勘違いし、逃げ出してしまいます。竜宮の人はあれは千年の長寿をもたらす人魚の肉を食べさせようとしたのだと説得しますが男は耳を貸さず姉が浜まで逃げます。そこから先は地上で竜宮の人は跡を追うことができないので人魚の肉を男めがけて投げます。人魚の肉は男の袴の腰板に付着します。家族と再会した男でしたが、土産を欲しがった娘が人魚の肉を土産と勘違いしてそれと知らずに食べてしまいます。かくして娘は千年の長寿を得、千年比丘と呼ばれるようになったという筋立てです。

 男―竜宮の人、男―人魚、人魚―料理人、国分―姉が浜―竜宮、といった対立軸が見受けられます。人/人魚の取り違えの図式に食人への恐怖が暗喩されており、更にそれが千年の長寿をもたらす秘薬であることが暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

男♌☾(♁)―竜宮の人♎♂―娘♁―料理人☾(♎)☾(♌)(-1)―人魚☉

 といった風に表記できるでしょうか。千年の長寿をもたらす人魚の肉を価値☉とすると、それを食べてしまった男の娘が享受者♁となります。男は物語の主体♌ですが、意図せず人魚の肉を地上にもたらす点で娘の援助者☾ともなります。竜宮の人は男の善行を評価し竜宮に招いてもてなしますので審判者♎と置けます。ところが料理場で人魚を目撃した男は竜宮の人たちが自分を食べようとしているのだと勘違いしますので、対立者♂ともなってしまう訳です。料理人は竜宮の人に使役される立場ですから援助者☾(♎)となります。男の勘違いをもたらしてしまう訳ですから、男にとってはマイナスの援助者☾(♌)(-1)とも解釈できるかもしれません。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「男は竜宮から無事戻れるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「男が人魚を目撃して人が調理されていると勘違いする」「意図せずに地上に人魚の肉をもたらしてしまう」でしょうか。「男―人/人魚―料理人」「男―人魚の肉―娘/千年比丘」といった図式です。

 異郷訪問譚で、非日常→日常→非日常と話は展開します。千年比丘の伝説は全国に伝播していますが、石見の伝説を特徴づけるものは千年比丘が怪力であることでしょうか。千年比丘はあまりの長寿に生きることに飽いてしまう訳ですが、この伝説ではそこには触れられていません。

 姉が浜は現在の石見海浜公園です。千年比丘が住んだとされる片山古墳は下府平野を見下ろす小高い丘の上にあります。旧国分村役場に関しては知りませんが、片山古墳の近くの民家の畑の中に千年比丘が投げたとされる大盤岩が残されています。それは古墳の石室の蓋でしょう。片山古墳は下府平野を開拓した人が平野を見下ろす場所に葬られたいという意思があったのではないかと感じます。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.251-252.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

|

2024年8月22日 (木)

行為項分析――猫島犬島

◆あらすじ

 昔、聖武天皇の勅願によって日本全国に国分寺が建てられた。石見の国でも国分の丘に建てられたが、たいそう立派なもので、その甍(いらか)の陰が遠く唐の国まで届いて田畑の陰となって作物を作る邪魔となった。そこで唐の国から一匹の赤い猫が日本へ渡って来て、国分寺を焼き払って陰を取り除こうと思って様子を窺っていた。ところが日本の犬がこれを嗅ぎだし、猫を見つけると一気にかみ殺そうと思って飛びかかった。びっくりした猫は逃げ出したが、追い詰められて畳ヶ浦の上の古登多加山(ことたかやま)から海へ飛び込んだ。犬も続いて飛び込んだが、寒中のことで、二匹とも凍え死んでそのまま二つの岩になった。これが猫島と犬島である。猫島、犬島は浜田市国府の畳ヶ浦にあって周囲四、五〇メートル、高さ三〇メートル、同じ様な大きさで海岸に近い方が犬島、遠い方が猫島である。

◆モチーフ分析

・全国に国分寺が建てられ、石見の国でも国分寺が建てられた
・石見の国分寺はたいそう立派で甍の陰が唐の国まで届いて作物を作る邪魔となった
・唐の国から一匹の赤い猫が日本へ渡って来て、国分寺を焼き払おうと様子を窺っていた
・日本の犬がこれを嗅ぎだし、猫をかみ殺そうと思って飛びかかった
・びっくりした猫は逃げたが、追い詰められて畳ヶ浦の海へ飛び込んだ
・犬も飛び込んだ
・寒中で、二匹とも凍え死んでそのまま二つの島となった
・これが猫島と犬島である

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:猫
S2:犬

O(オブジェクト:対象)
O1:石見国
O2:国分寺
O3:陰
O4:唐の国
O5:農作
O6:日本
O7:火
O8:冬の海
O9:島
O10:猫島
O11:犬島

m(修飾語)
m1:立派な
m2:凍死した

+:接
-:離

・全国に国分寺が建てられ、石見の国でも国分寺が建てられた
(建設)X1:O1石見国+O2国分寺
・石見の国分寺はたいそう立派で甍の陰が唐の国まで届いて作物を作る邪魔となった
(状態)O2国分寺:O2国分寺+m1立派な
(到達)O2国分寺:O3陰+O4唐の国
(障害)O4唐の国:O4唐の国-O5農作
・唐の国から一匹の赤い猫が日本へ渡って来て、国分寺を焼き払おうと様子を窺っていた
(渡来)S1猫:S1猫+O6日本
(計画)S1猫:O2国分寺+O7火
・日本の犬がこれを嗅ぎだし、猫をかみ殺そうと思って飛びかかった
(察知)S2犬:S2犬+S1猫
・びっくりした猫は逃げたが、追い詰められて畳ヶ浦の海へ飛び込んだ
(逃走)S1猫:S2犬-S1猫
(入水)S1猫:S1猫+O8冬の海
・犬も飛び込んだ
(入水)S2犬:S2犬+O8冬の海
・寒中で、二匹とも凍え死んでそのまま二つの島となった
(凍死)S1猫+S2犬:S1猫+S2犬+m2凍死した
(島化)S1猫:S1猫+O9島
(島化)S2犬:S2犬+O9島
・これが猫島と犬島である
(存在)X2:O10猫島+O11犬島

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

   聴き手(困った唐の国の人たちはどうするか)
            ↓
送り手(石見国分寺)→陰が農作を妨害する(客体)→ 受け手(唐の国)
            ↑
補助者(なし)→ 石見国分寺(主体)←反対者(唐の国)

    聴き手(猫の企みはどうなるか)
           ↓
送り手(猫)→焼き払う企み(客体)→ 受け手(石見国分寺)
           ↑
補助者(なし)→ 猫(主体)←反対者(なし)

    聴き手(犬と猫の争いはどう決着するか)
           ↓
送り手(犬)→猫を殺そうとする(客体)→ 受け手(猫)
           ↑
補助者(なし)→ 犬(主体)←反対者(猫)

といった三つの行為項モデルが作成できるでしょうか。石見国分寺の威容はあまりに凄く、その陰は唐の国まで差して農作の邪魔となりました。そこで唐の国の人たちは石見国分寺を焼き払うため赤猫を日本に送り込みます。猫は石見国分寺を焼き払おうと企みますが、犬が察知、猫を殺そうと追跡します。逃げようとした猫ですが逃げきれず冬の日本海に飛び込みます。跡を追った犬も海に飛び込みます。両者は凍死してしまい、そのまま島となったという筋立てです。

 石見国分寺―唐の国、陰―農作、猫―犬、猫島―犬島、といった対立軸が見受けられます。陰/唐の図式に石見国分寺の威容が暗喩されています。石見国分寺があったとされるお寺を見ると、そこまで大きな寺ではなかったように想像されます。あまり豊かとは言えない石見の国の民が話を盛ったとも言えます。猫/犬の図式に企みを持つ猫とそれを妨害しようとする忠犬という構図が暗喩されています。

 この伝説は畳が浦の犬島と猫島の由来を石見国分寺跡にかけて説いた由来譚です。石見国分寺跡からの出土物には火事の痕跡が確認できるようですので、火事の記憶が伝説の元となったのかもしれません。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

犬♌♁♎―猫♂

 といった風に表記できるでしょうか。石見国分寺へのテロを阻止することを価値☉と置くと、猫は対立者♂となります。犬は猫の企みを察知して阻止しようとしますので、審判者♎と置けるでしょうか。犬も一応享受者♁と見なすことはできるでしょうか。伝説には猫を送り込んだ唐の国の人たちの存在は明示されていませんが、いると仮定すると猫は彼らの援助者☾とも解釈できます。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「犬と猫の争いはどう決着するか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「豊かではないはずの石見国分寺の威容」「国分寺の陰が唐の国まで届いて農作の妨げとなる」「凍死した犬と猫は島となってしまう」でしょうか。「国分寺―陰/猫―唐の国」といった図式です。生き物であった犬と猫が海で凍死すると島という無機質な物体と化してしまうところにもある種のナンセンスさが隠されていると言えるかもしれません。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)p.250.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

|

2024年8月21日 (水)

行為項分析――和泉式部の腰かけ岩

◆あらすじ

 都を出て九州路へと旅だった和泉式部はなれない旅路で道もはかどらず、ようやく石見の国の国府へ辿り着いた。道の険しい山陰の旅、男の足でさえ楽ではないのに、都住まいのか弱い女の足、しかも身重の身であった。竹の杖を頼りにようやくここまで来た時には、足は痛み息がきれて、もう一歩も進めない程だった。式部は道のほとりの清水で喉を潤し、ほど近い伊甘(いかん)で旅路の平安を祈り、下府(しもこう)橋のたもとまで出た。その時激しい腹痛がおそって来た。式部は出産が間近になったことを知った。心許ない旅の空、頼むのは暖かい人の情けである。こうしてはいられぬと足を早めて橋詰にある大きな家の前まで来た。庭の隅には大きな平らな岩が据わっていた。歌と学問にかけては都でその名を謳われた和泉式部も長い旅と臨月という身重な身体でやつれ果てて、まるでみすぼらしい乞食女の様になっていた。しばらく休んで情にすがろうと、その岩に腰を下ろしてほっと一息ついた。そして何か気が遠くなるような気がしているところへ、気づいてみるとそこにその家の使用人が立っていた。式部は訳を話してこの上歩いて行くことができないので泊めてくれるように頼んだ。しかし見る影もなくやつれて、その上いつ子供が産まれるか分からない旅の女を泊めてくれようとはしなかった。早く出て行ってくれと使用人は厳しく言う。どうか哀れと思ってお泊め下さいと頼んだが、酷い剣幕でせき立てられ、式部は仕方なく重い腰を上げ、痛む腹を押さえてとぼとぼと歩いて行った。五月雨がまたひとしきり降ってきた。「鳴けや鳴け 高田の山のほととぎす この五月雨に 声なおしみそ」「憂きときは 思いぞいずる石見潟 袂の里の 人のつれなさ」これは和泉式部がこの時のことを思い出して詠んだ歌である。今も式部が腰をかけて休んだ岩はこの家の庭に残っていて「式部腰かけ岩」と呼ばれており、青柳大明神の祠もある。式部はここから多陀寺(ただじ)山を越えて袂の里で出産し、子供に産湯をつかわせたので、それから生湯(うぶゆ)と言うようになった。

◆モチーフ分析

・九州へ向けて旅立った和泉式部はようやく石見の国の国府へ辿り着いた
・女の足でしかも身重だった
・疲れ果てた式部は伊甘で喉を潤し、下府の橋のたもとまで来た
・そのとき陣痛が起きて式部は出産が間近なことを悟った
・大きな家を訪ねた式部は庭の大きな岩に腰掛けて休んだ
・その家の使用人がやって来て式部は事情を話したが、みすぼらしい姿に受け入れてくれようとしなかった
・使用人にせき立てられ、式部は止むなく歩き出す
・式部、歌を二首詠む
・式部は多陀寺の袂の里で出産し産湯をつかった
・それでそこを生湯と呼ぶようになった
・式部が腰掛けた岩は現在でも残っている

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:和泉式部
S2:使用人
S3:赤子

O(オブジェクト:対象)
O1:九州
O2:国府(石見国)
O3:水
O4:下府
O5:陣痛
O6:屋敷
O7:岩
O8:和歌
O9:多陀寺
O10:産湯
O11:生湯

m(修飾語)
m1:女性の
m2:妊娠した
m3:疲労した
m4:出産が近い
m5:みすぼらしい

+:接
-:離

・九州へ向けて旅立った和泉式部はようやく石見の国の国府へ辿り着いた
(出立)S1和泉式部:S1和泉式部+O1九州
(到着)S1和泉式部:S1和泉式部+O2国府
・女の足でしかも身重だった
(存在)S1和泉式部:S1和泉式部+m1女性の
(妊娠)S1和泉式部:S1和泉式部+m2妊娠した
・疲れ果てた式部は伊甘で喉を潤し、下府の橋のたもとまで来た
(疲労)S1和泉式部:S1和泉式部+m3疲労した
(水分補給)S1和泉式部:S1和泉式部+O3水
(到来)S1和泉式部:S1和泉式部+O4下府
・そのとき陣痛が起きて式部は出産が間近なことを悟った
(陣痛)S1和泉式部:S1和泉式部+O5陣痛
(悟り)S1和泉式部:S1和泉式部+m4出産が近い
・大きな家を訪ねた式部は庭の大きな岩に腰掛けて休んだ
(訪問)S1和泉式部:S1和泉式部+O6屋敷
(休憩)S1和泉式部:S1和泉式部+O7岩
・その家の使用人がやって来て式部は事情を話したが、みすぼらしい姿に受け入れてくれようとしなかった
(説明)S1和泉式部:S1和泉式部+S2使用人
(状態)S1和泉式部:S1和泉式部+m5みすぼらしい
(拒否)S2使用人:S2使用人-S1和泉式部
・使用人にせき立てられ、式部は止むなく歩き出す
(追放)S2使用人:S1和泉式部-O6屋敷
・式部、歌を二首詠む
(詠歌)S1和泉式部:S1和泉式部+O8和歌
・式部は多陀寺の袂の里で出産し産湯をつかった
(到着)S1和泉式部:S1和泉式部+O9多陀寺
(出産)S1和泉式部:S1和泉式部+S3赤子
(洗う)S1和泉式部:S3赤子+O10産湯
・それでそこを生湯と呼ぶようになった
(由来)X:O10産湯+O11生湯
・式部が腰掛けた岩は現在でも残っている
(存在)O4下府:O4下府+O7岩

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

   聴き手(陣痛が起きた和泉式部はどうなるか)
           ↓
送り手(和泉式部)→岩での休憩(客体)→ 受け手(使用人)
           ↑
補助者(なし)→ 和泉式部(主体)←反対者(使用人)

    聴き手(和泉式部は無事出産できるか)
           ↓
送り手(使用人)→拒絶(客体)→ 受け手(和泉式部)
           ↑
補助者(なし)→ 使用人(主体)←反対者(和泉式部)

    聴き手(赤子はどうなったか)
           ↓
送り手(和泉式部)→産湯(客体)→ 受け手(赤子)
           ↑
補助者(なし)→ 和泉式部(主体)←反対者(なし)


といった三つの行為項モデルが作成できるでしょうか。身重の体で石見国までやって来た歌人・和泉式部は下府で陣痛が起きます。下府の屋敷で休憩しようとしたところ、みすぼらしい姿だったので使用人に追い払われてしまいます。和泉式部は和歌を詠んで石見国の民のつれなさを嘆きます。その後、多陀寺付近まで進んだ和泉式部は現在の生湯で出産し、産湯をつかったとされているという筋立てです。

 実際には和泉式部が石見国を訪ねたという記録はないそうですが、出産間近の女性を追い払ったという伝説は残されている訳です。出産の穢れを嫌ったとも解釈できます。伝説には続きがあり、出産した赤子を三隅の子落で捨ててしまい、その後、九州から戻った際に再会したという伝説が残されています。

 和泉式部―使用人、和泉式部―腰掛岩、出産―産湯、産湯―生湯、といった対立軸が見受けられます。腰掛岩/和歌の図式に旅人に対する里の人のつれなさが暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

和泉式部♌♁―使用人♂♎―赤子☉

 といった風に表記できるでしょうか。赤子を価値☉と置くと、和泉式部はその享受者♁となります。無事出産できるかが物語の焦点となりますが、和泉式部が休息を求めた屋敷の使用人が対立者♂として登場します。使用人は和泉式部のみすぼらしさに拒絶してしまいますので、ここでは審判者♎ともなります。援助者☾は登場しません。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「和泉式部は無事出産できるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「歌人らしく和泉式部が和歌を詠むこと」でしょうか。「和泉式部―和歌/腰掛岩―使用人」といった図式です。

 腰掛岩は写真を掲載した本がありますので実在するようですが、民家の中にあるらしく私は見たことがありません。生湯町は行動半径の内ではあったのですが、ため池はあったような記憶はあるものの、産湯をつかうような水源は知りません。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.247-249.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

|

2024年8月20日 (火)

『石見の民話』分析二周目、邑智編まで終わる

未来社『石見の民話』分析二周目、邑智編まで終わる。約半分ほどまで来た。分析自体はかなり慣れてきた。7月は作業がほとんど進まなかったのだが、これは断捨離が本格化して酷暑もあって疲弊したため。夜に作業しようとすると疲れてとてもできないとなってしまうため、疲れていない早朝に作業を行うことにした。これで何とか作業ペースを戻すことができた。

残り80話くらいあるはずなので、順調にいっても年末くらいまでかかるだろうか。それからまたロールバック作業があるので、春ごろまでに完了すればいいかくらいの見通し。

石東編の記事を読み返したところ、まだテキストマイニングには言及されていなかった。KH Corderの基本的な操作はできるようになったので、続けて三周目の分析に入れるだろう。ここまでは見通しができていることになる。一周目を着手した頃に比べるとかなり見通しはたったことになる。

ここまで来ると、ほとんどルーチンワークなのだけど、数をこなして気づくこともある。漫然と読んでいるだけでは気づかず、手を動かすことで気づくこともある訳である。

|

行為項分析――涙がこぼれる

◆あらすじ

 彦八はいつもお金を出さずに仲間の中へ入って飲んだり騒いだりしていた。そこで皆が相談して、今度は彦八が来ても家の中へ入れないことにして戸を閉めて飲んでいた。そこへ彦八がやって来て戸を叩いて開けてくれと言った。皆はまた来たなと思って知らぬ顔をしていた。すると彦八は大声で開けてくれ、早く開けないとこぼれるよとしきりに頼むので、今度は何か持ってきたのだろうから開けてやれと戸を開けた。すると彦八は何も持ってない。そこで一体何がこぼれるのかと大声で叱りつけると、彦八は平気な顔で、早く開けてくれなければ涙がこぼれると言ったので、皆は仕方なしにまた中に入れて飲ませた。

◆モチーフ分析

・彦八はいつも金を出さずに仲間内で飲んだり騒いだりしていた
・今度は彦八が来ても家の中へ入れないことにすると皆が相談する
・皆、戸を閉めて飲んでいる
・彦八がやって来て開けてくれと言ったが、皆知らぬ顔をしている
・彦八、開けてくれ、早く開けないとこぼれるとしきりに頼む
・今度は何か持ってきたのだろうと戸を開ける
・彦八は何も持っていない
・何がこぼれるのかと叱りつける
・彦八、早く開けてくれないと涙がこぼれると言う
・皆は仕方なしに彦八を中に入れて飲ませる

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:彦八
S2:仲間

O(オブジェクト:対象)
O1:酒
O2:金
O3:家
O4:何か
O5:涙

m(修飾語)
m1:戸締りした
m2:懇願した

+:接
-:離

・彦八はいつも金を出さずに仲間内で飲んだり騒いだりしていた
(遊び)S1彦八:S1彦八+S2仲間
(飲酒)S1彦八:S1彦八+O1酒
(支出せず)S1彦八:S2仲間-O2金
・今度は彦八が来ても家の中へ入れないことにすると皆が相談する
(相談)S2仲間:S2仲間-S1彦八
(決定)S2仲間:O3家-S1彦八
・皆、戸を閉めて飲んでいる
(飲酒)S2仲間:S2仲間+O1酒
(戸締り)S2仲間:O3家+m1戸締りした
・彦八がやって来て開けてくれと言ったが、皆知らぬ顔をしている
(来訪)S1彦八:S1彦八+O3家
(無視)S2仲間:S2仲間-S1彦八
・彦八、開けてくれ、早く開けないとこぼれるとしきりに頼む
(懇願)S1彦八:S1彦八+m2懇願した
・今度は何か持ってきたのだろうと戸を開ける
(期待)S2仲間:S1彦八+O4何か
(開錠)S2仲間:O3家+S1彦八
・彦八は何も持っていない
(確認)S2仲間:S1彦八-O4何か
・何がこぼれるのかと叱りつける
(叱咤)S2仲間:S2仲間-S1彦八
・彦八、早く開けてくれないと涙がこぼれると言う
(回答)S1彦八:S1彦八-O5涙
・皆は仕方なしに彦八を中に入れて飲ませる
(諦め)S2仲間:S2仲間+S1彦八
(飲酒)S1彦八:S1彦八+O1酒

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

    聴き手(仲間は彦八をどう思っているか)
           ↓
送り手(彦八)→無銭飲食(客体)→ 受け手(仲間)
           ↑
補助者(なし)→ 彦八(主体)←反対者(仲間)

    聴き手(彦八はどう切り返すか)
           ↓
送り手(仲間)→遮断(客体)→ 受け手(彦八)
           ↑
補助者(なし)→ 仲間(主体)←反対者(彦八)

    聴き手(彦八の機知に仲間はどうするか)
           ↓
送り手(彦八)→涙がこぼれる(客体)→ 受け手(仲間)
           ↑
補助者(なし)→ 彦八(主体)←反対者(仲間)


といった三つの行為項モデルが作成できるでしょうか。無銭飲食を繰り返す彦八に仲間たちは彦八を出入り禁止処分とすることを決めます。そうとは知らぬ彦八はまたやって来ますが、仲間たちは彦八を中へ入れようとしません。すると彦八は早く入れてくれないと何かがこぼれると言い出します。今度は何か持ってきたかと期待した仲間たちでしたが、こぼれるのは彦八の涙だったという筋立てです。

 彦八―仲間、酒―涙、といった対立軸が見受けられます。酒/涙の図式に彦八の機転/機知が暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

仲間♌♁♎―彦八♂☉(-1)

 といった風に表記できるでしょうか。ここでは彦八に無銭飲食をさせないことを価値☉とし、彦八を対立者♂と置きます。すると仲間は享受者♁となります。それに対して彦八は機知で切り返します。何かがこぼれると偽の価値☉を彦八は提示します。マイナスの価値☉(-1)とします。勘違いした仲間たちは仕方なく彦八にまた酒を飲ませますが、審判者♎と置くことができるでしょう。

彦八♌♁☾(♎)(-1)―仲間♂♎

 彦八を主体♌と置くと、まんまと無銭飲食することが価値☉と置けるでしょう。すると彦八は享受者♁となり、仲間たちは対立者♂となります。ただ、この場合「涙がこぼれる」という彦八の機知/騙しをどう解釈するかが問題となります。結局仲間たちは彦八の機知を認めて受け入れますので審判者♎と置けます。すると、家の中に入ることを拒絶された彦八は仲間たちに酒か何かを持ってきたと誤認させますので、マイナスの審判者の援助者とでも置くことができるでしょうか。

◆元型

 彦八はユングの提唱した元型(アーキタイプ)だとトリックスターに分類されます。知恵者ですが物語を引っ掻き回すいたずら者の役割です。仲間たちは金を出し合うことで飲酒している訳ですが、彦八は金を出さないままで酒宴に出席し続けます。その点で仲間内の秩序をかく乱していると言えます。そしてそれに対する不満を機知で抑えてしまう訳です。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「仲間の出入り禁止処分に彦八はどう切り返すか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「涙がこぼれる」でしょうか。「仲間―何か/涙―彦八」といった図式です。何かを持参したと期待させて即裏切るところに彦八の機転/機知が表現されています。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)p.231.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

|

2024年8月19日 (月)

行為項分析――嘘ではない

◆あらすじ

 彦八が旦那のところへ呼ばれていくと、旦那は彦八に話せと言った。話すことは話すが、せっかく話すと、こんな彦八、そりゃ嘘ではないかと言う。嘘ではないかと言うともう話さない。よし、もう嘘ではないかとは言わないから話せと旦那が言うと、彦八はでは話そう、自分が雪の降っている中を通っていると、蛇が出てきて何か獲物がないかと探すが何もない。そこで蛇は自分の尻尾から食いはじめて、とうとう頭だけ残った。それでもう食べるものがないので、その頭も食べてしまったと話した。これを聞いた旦那は何気なしに彦八、それは嘘ではないか。頭が何を食ったかと言った。すると彦八は、旦那の様に分からぬことを言うから話はできない。たった今嘘ではないかと言ったではないかと帰ってしまった。

◆モチーフ分析

・彦八が旦那のところに呼ばれると、旦那は彦八に話せという
・彦八、話すことは話すが、せっかく話すと、それは嘘ではないかと言うからもう話さないと言う
・旦那はもう嘘ではないかと言わないから話せと言う
・彦八、食べるもののない蛇が自分の尻尾から食い始めて頭まで食べてしまったと話す
・旦那はそれは嘘ではないか。頭が何を食ったかと言う
・彦八、旦那の様に分からぬことを言うから話はできない。たった今嘘ではないかと言ったではないかと帰る

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:彦八
S2:旦那
S3:蛇

O(オブジェクト:対象)
O1:話
O2:自分の尻尾
O3:自分の頭

m(修飾語)
m1:嘘の
m2:飢えた

+:接
-:離

・彦八が旦那のところに呼ばれると、旦那は彦八に話せという
(呼び出し)S2旦那:S2旦那+S1彦八
(要求)S2旦那:S1彦八+O1話
・彦八、話すことは話すが、せっかく話すと、それは嘘ではないかと言うからもう話さないと言う
(話す)S1彦八:S1彦八+O1話
(否定)S2旦那:O1話+m1嘘の
(拒否)S1彦八:S2旦那-O1話
・旦那はもう嘘ではないかと言わないから話せと言う
(約束)S2旦那:O1話-m1嘘の
(要求)S2旦那:S1彦八+O1話
・彦八、食べるもののない蛇が自分の尻尾から食い始めて頭まで食べてしまったと話す
(話す)S1彦八:S1彦八+O1話
(飢餓)S3蛇:S3蛇+m2飢えた
(自食)S3蛇:S3蛇+O2自分の尻尾
(自食)S3蛇:S3蛇+O3自分の頭
・旦那はそれは嘘ではないか。頭が何を食ったかと言う
(否定)S2旦那:O1話+m1嘘の
(不可能)S3蛇:O3自分の頭-O3自分の頭
・彦八、旦那の様に分からぬことを言うから話はできない。たった今嘘ではないかと言ったではないかと帰る
(停止)S1彦八:S2旦那-O1話
(帰宅)S1彦八:S1彦八-S2旦那

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

    聴き手(彦八は応じるか)
           ↓
送り手(旦那)→話の要求(客体)→ 受け手(彦八)
           ↑
補助者(なし)→ 旦那(主体)←反対者(彦八)

  聴き手(彦八の話に旦那はどう反応するか)
           ↓
送り手(彦八)→蛇の話(客体)→ 受け手(旦那)
           ↑
補助者(なし)→ 彦八(主体)←反対者(旦那)

    聴き手(彦八はどう応じるか)
           ↓
送り手(旦那)→彦八の話の否定(客体)→ 受け手(彦八)
           ↑
補助者(なし)→ 旦那(主体)←反対者(彦八)

   聴き手(旦那はどう思うか)
           ↓
送り手(彦八)→話の打ち止め(客体)→ 受け手(旦那)
           ↑
補助者(なし)→ 彦八(主体)←反対者(旦那)


といった四つの行為項モデルが作成できるでしょうか。彦八の話が聴きたいと思った旦那が彦八に何か話すよう促しますが、彦八はすぐ嘘だと言われるから嫌だと拒否します。旦那は嘘とは言わないからと約束し、それならと彦八は応じますが、彦八の話は蛇が自分自身を吞み込んでしまったという荒唐無稽な話でした。思わずそれは嘘だと言った旦那に彦八はそら嘘だと言ったと返して話を打ち切ってしまうという筋立てです。自分自身を食べてしまう蛇はウロボロスの蛇を連想させます。

 彦八―旦那、話―嘘、蛇―循環、といった対立軸が見受けられます。蛇/嘘に循環する生命像が暗喩されていると解釈することも可能でしょうか。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

彦八♌☉♎―旦那♂♁♎

 といった風に表記できるでしょうか。彦八の面白い話を聴くことを価値☉と置くと、旦那はその享受者♁となります。一方で、彦八のほら話に旦那はそれは嘘だと思わず応じてしまいますので、ここでは審判者♎と置けます。対する彦八も旦那が嘘だと言わないという約束を破ったと話を打ち切ってしまいますので、こちらも審判者♎と置くことができます。

◆元型

 彦八はユングの提唱した元型(アーキタイプ)だとトリックスターに分類されます。知恵者ですが物語を引っ掻き回すいたずら者の役割です。ここでは決して嘘だと言わないと約束した旦那に思わず約束を破らせてしまうことで、旦那の迂闊さを暴いてしまうところに彦八のトリックスター性が表されているでしょうか。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「彦八のほら話に旦那はどう反応するか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「蛇が自分自身を丸ごと食べてしまう」でしょうか。「蛇―(食べる)―尻尾/頭」といった図式です。自分の尾を食べる蛇はよく描かれていますが、自分を丸ごと食べてしまう蛇(※自分自身の頭をいったいどうやって食べるのか?)は珍しいのではないでしょうか。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)p.230.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

|

2024年8月17日 (土)

行為項分析――博労と狐

◆あらすじ

 昔、博労(ばくろう)がいた。牛や馬を売ったり買ったりするのが商売で、なかなか悪賢い男であった。近くによく化ける狐がいた。ある日博労が狐にお前は何変化知っているか尋ねた。狐は七変化知っていると答えた。すると博労は自分は八変化知っていると答えた。狐がひとつ教えてくれんかと言うと、博労は自分は博労だからお前が良い牛に化ければ教えてやる、お前より一変化多いから狐がなんぼ変化しても見れば分かると答えた。

 狐は良い牛に化けるからひとつ教えて欲しいと頼んだ。それではずっと良い牛に化けよと博労が言い、狐は一変化多く教えて貰おうと思って良い牛に化けた。博労はそれをあれこれ言って直させて良い牛にこしらえてお金持ちの百姓のところへ連れていった。百姓の旦那はとても良い牛なので沢山の金を払った。博労は金を沢山貰って帰った。

 狐は駄屋へ入れられた。藁を与えられたが少しも食べられない。仕方ないので二三日いて抜けて帰った。

 狐は博労のところに来て、やれ苦しかった、二三日ほど何も食わないで戻ったから早く変化を教えてくれと頼んだ。博労はそういう約束だったから教えてやるから大きな袋をひとつ持ってこいと言った。

 狐が袋を持ってくると、お前に親類や子供や兄弟がいれば皆呼んでこい。そうれば皆習われる。お前一人習ってもつまらん、皆連れて知らねばいかんと答えた。狐は親兄弟、一家親類みな連れてきた。お前の兄弟親類は他にはおらんかと博労が尋ねると、狐はこれほどだと答えた。それじゃあ、この袋に入れと博労が言った。

 狐が皆袋に入ると、博労は口をしっかり縛って、教えるからよく習えよと言って大きな棒を持ってきて、袋に入っているのを「一変化」といってぶん殴った。狐は痛いので、こんなことをしてはいけない、変化を教えよと言った。博労はこれが変化だ、二変化といって叩いた。コンコン狐が言うのを三変化、四変化と言って、とうとう七変化と言って七つ叩いたときには狐はもう皆死んでしまった。

◆モチーフ分析

・悪賢い博労がいた
・よく化ける狐がいた
・博労、狐に何変化知っているか尋ねる
・狐が七変化知っていると答えると、博労は八変化知っていると答える。嘘
・狐、一変化教えて欲しいと頼む
・博労、狐に牛に化けさせる
・博労、牛に化けた狐を百姓に売って大金を得る
・狐は牛小屋に入れられるが、食べるものもないので二三日で抜けてくる
・狐、博労に一変化教えて欲しいと頼む
・博労、狐に大きな袋を持ってこさせる
・博労、狐に親兄弟、親類を呼んでこさせる。嘘
・博労、狐たちに袋に入らせる
・博労、袋の口を縛って逃げられないようにする
・博労、変化と言って袋を棒で叩く
・狐、痛い、早く変化を教えよと言う
・博労、これが変化だと言って袋を叩く
・七回叩いたところで狐は皆死ぬ

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:博労
S2:狐
S3:百姓
S4:狐の縁者

O(オブジェクト:対象)
O1:七変化
O2:八変化
O3:一変化
O4:牛
O5:大金
O6:牛小屋
O7:食物
O8:袋
O9:棒

m(修飾語)
m1:悪賢い
m2:よく化ける
m3:口を縛った
m4:痛い
m5:死んだ

+:接
-:離

・悪賢い博労がいた
(存在)X:S1博労+m1悪賢い
・よく化ける狐がいた
(存在)X:S2狐+m2よく化ける
・博労、狐に何変化知っているか尋ねる
(質問)S1博労:S1博労+S2狐
・狐が七変化知っていると答えると、博労は八変化知っていると答える
(回答)S2狐:S2狐+O1七変化
(嘘)S1博労:S1博労+O2八変化
・狐、一変化教えて欲しいと頼む
(依頼)S2狐:S2狐+S1博労
・博労、狐に牛に化けさせる
(変化)S1博労:S2狐+O4牛
・博労、牛に化けた狐を百姓に売って大金を得る
(売却)S1博労:S3百姓+S2牛
(儲ける)S3百姓:S1博労+O5大金
・狐は牛小屋に入れられるが、食べるものもないので二三日で抜けてくる
(繋ぐ)S3百姓:S2牛+O6牛小屋
(飢え)S2狐:S2狐-O7食物
(脱出)S2狐:S2狐-O6牛小屋
・狐、博労に一変化教えて欲しいと頼む
(依頼)S2狐:S2狐+S1博労
(内容)S2狐:S2狐+O3一変化
・博労、狐に大きな袋を持ってこさせる
(持参)S1博労:S2狐+O8袋
・博労、狐に親兄弟、親類を呼んでこさせる
(招集)S1博労:S2狐+S4狐の縁者
・博労、狐たちに袋に入らせる
(まとめ)S1博労:S2狐+S4狐の縁者+O8袋
・博労、袋の口を縛って逃げられないようにする
(封じ込め)S1博労:O8袋+m3口を縛った
・博労、変化と言って袋を棒で叩く
(殴打)S1博労:O8袋+O9棒
・狐、痛い、早く変化を教えよと言う
(悲鳴)S2狐:S2狐+m4痛い
(懇願)S2狐:S1博労-O3一変化
・博労、これが変化だと言って袋を叩く
(殴打)S1博労:O8狐+O9一変化
・七回叩いたところで狐は皆死ぬ
(死亡)S1博労:S2狐+S4狐の縁者+m5死んだ

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

   聴き手(狐は博労の嘘をどう受け止めるか)
           ↓
送り手(博労)→ 一変化の差(客体)→ 受け手(狐)
           ↑
補助者(なし)→ 博労(主体)←反対者(狐)

   聴き手(博労の企みはどうなるか)
           ↓
送り手(博労)→ 狐が化けた牛(客体)→ 受け手(百姓)
           ↑
補助者(狐)→ 博労(主体)←反対者(なし)

   聴き手(狐の要求は受け入れられるか)
           ↓
送り手(狐)→ 一変化の要求(客体)→ 受け手(博労)
           ↑
補助者(なし)→ 狐(主体)←反対者(博労)

   聴き手(袋に入った結果どうなるか)
           ↓
送り手(博労)→ 袋(客体)→ 受け手(狐)
           ↑
補助者(狐)→ 博労(主体)←反対者(狐)

   聴き手(狐たちの運命はどうなるか)
           ↓
送り手(博労)→ 殴打(客体)→ 受け手(狐の一族)
           ↑
補助者(なし)→ 博労(主体)←反対者(狐)


といった五つの行為項モデルが作成できるでしょうか。悪賢い博労が化け狐に自分はお前より一変化多く知っていると騙します。狐はその一変化が知りたくて牛に化けて百姓に売られます。結果博労は大金を得ますが、狐は藁を食べる訳にはいかず散々な思いをして逃げ出します。それでも一変化が諦められない狐は今度は一族ごと袋の中に入るよう促されます。従ったところ、袋の口を縛られて逃げられない様にされ、棒で殴打されます。話が違うと抗議するも「これが変化だ」と殴打され続け、とうとう狐一族は皆死んでしまったという筋立てです。一変化に執着してしまった結果、一族ごと滅んでしまったという結末で、狐を上回る博労の悪知恵が強調されます。

 この話は狐が牛に化けて売られる展開のみ記している類話もありますので、一変化の件は後に付け加えられたものかもしれません。

 博労―狐、博労―百姓、狐―牛、百姓―牛、博労―狐の一族、といった対立軸が見受けられます。七変化/八変化の図式に一つでも相手を上回ることで優位にたつといった心情が暗喩されています。今どきならマウントをとると表現するでしょうか。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

博労♌☉(-1)♎―狐♂♁―百姓☾(♌)(-1)―狐の一族☾(♂)

 といった風に表記できるでしょうか。狐が一変化を覚えることを価値☉と置くと、狐は博労の対立者♂であり、かつ一変化の享受者♁となります。博労自身がその価値☉を体現していますが、それは嘘に過ぎませんから、マイナスの価値とでも置けるでしょうか。また、博労は一変化余分に知っていることで狐に対して精神的に優位に立ちますので審判者♎とも見なせます。狐の一族は狐とともに騙されて殺されるだけの役割ですが、ここでは狐の援助者☾とします。百姓をどうするかが難しいところですが、知らずに騙されて博労を儲けさせていますので、博労のマイナスの援助者とでも置けるでしょうか。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「一変化に執着した狐の運命はどうなるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「博労が狐に一変化多く知っていると騙すこと」でしょうか。「博労―八変化/七変化―狐」といった図式です。また「狐の一族を袋詰めにして一網打尽にする」のも発想の飛躍と言えるでしょう。「博労―一変化/袋―狐の一族」の図式です。

 博労のお話ですので、牛馬市のあった阿須那のお話かと思いましたら、邑智郡でも離れた地域で採録されたお話でした。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.227-229.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

|

2024年8月16日 (金)

行為項分析――馬のおとしもの

◆あらすじ

 山寺の小僧はしごにならない(手に負えない)ものであった。坊さんは魚を食うことは禁じてあった。ところが和尚がいつも戸棚へ頭を突っ込んで何やらむしゃむしゃ食べている。小僧にはないしょで見せない。ある日和尚が門徒の家に仏事を務めにいった。その留守に小僧が戸棚を開けてみると鯛の煮付けがある。和尚めがこんな物を隠して食べやがる。よしいつか仏罰を与えてやるから見ておれと思った。和尚が帰ってきたので小僧は戸棚の中にあるものは何かと問うた。和尚は小僧に見られたと思ったので、そしらぬ顔であれは「にかんのてて」というものだと答えた。ある日和尚が馬に乗って門徒の家に行くので小僧が後からついて行った。川を渡るときに魚がたくさん泳いでいた。小僧が和尚さん、あそこに「にかんのてて」が沢山ありますと言った。和尚は見たことは見捨て、聞いたことは聞き捨てにするものだと言った。それからどんどんついて行ったら風が吹いて和尚の頭巾が脱げて飛んだ。小僧は見たことは見捨ててどんどん行くと、和尚が頭に頭巾のないことに気がついて、小僧、俺の頭巾が落ちはしなかったかと訊いた。小僧は頭巾はあんなあとに落ちていたと答えた。なぜ拾わなかったかと訊くと、和尚が見たことは見捨てにせよと言ったから見捨てにしたと答えた。和尚が早く拾ってこい。馬から落ちたものは何もかも拾ってこいと答えたので、小僧は後に戻って頭巾を拾い、頭巾の中に馬の糞をいっぱい拾って差しだした。和尚が、これは馬の糞ではないかと叱ると、小僧はそれでも和尚は馬から落ちたものは何でも拾ってこいと言ったではないかとやり返した。

◆モチーフ分析

・山寺の小僧は手に負えない
・坊さんは魚を食べることは禁止されていた
・和尚はいつも戸棚へ頭を突っ込んで何か食べている
・和尚の留守に小僧が戸棚を開けてみると鯛の煮付けがあった
・和尚に仏罰を与えてやると小僧思う
・帰ってきた和尚に戸棚の中にあるものは何か問う
・和尚は「にかんのてて」だと答える
・ある日和尚が馬に乗って門徒の家に行くので小僧がついて行く
・川を渡ると魚がたくさん泳いでいたので「にかんのてて」が沢山あると小僧言う
・和尚、見たものは見捨て、聞いたことは聞き捨てにするものだと言う
・風が吹いて和尚の頭巾が脱げて飛んだが小僧は見捨てた
・頭巾が無いことに気づき、小僧に訊く
・小僧、見たことは見捨てよと言ったので見捨てたと答える
・和尚が馬から落ちたものは何もかも拾ってこいと命じる
・小僧は後戻りして頭巾を拾い、中に馬の糞を拾って差しだした
・和尚が怒ると、小僧は馬から落ちたものは何でも拾ってこいと言ったではないかとやり返す

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:小僧
S2:和尚

O(オブジェクト:対象)
O1:山寺
O2:坊さん
O3:魚
O4:戸棚
O5:秘密の食べ物(鯛の煮つけ、にかんのてて)
O6:仏罰
O7:門徒の家
O8:馬
O9:川
O10:魚
O11:都合の悪いこと
O12:風
O13:頭巾
O14:何もかも
O15:馬糞

m(修飾語)
m1:手に負えない
m2:怒った

+:接
-:離

・山寺の小僧は手に負えない
(性質)O1山寺:S1小僧+m1手に負えない
・坊さんは魚を食べることは禁止されていた
(禁止)X:O2坊さん-O3魚
・和尚はいつも戸棚へ頭を突っ込んで何か食べている
(隠ぺい)S2和尚:S2和尚+O4戸棚
(食事)S2和尚:S2和尚+O5秘密の食べ物
・和尚の留守に小僧が戸棚を開けてみると鯛の煮つけがあった
(不在)O1山寺:O1山寺-S2和尚
(確認)S1小僧:S1小僧+O4戸棚
(発見)S1小僧:S1小僧+O5鯛の煮つけ
・和尚に仏罰を与えてやると小僧思う
(誓い)S1小僧:S2和尚+O6仏罰
・帰ってきた和尚に戸棚の中にあるものは何か問う
(帰宅)S2和尚:S2和尚+O1山寺
(質問)S1小僧:S2和尚+O5秘密の食べ物
・和尚は「にかんのてて」だと答える
(言い逃れ)S2和尚:S1小僧+O5にかんのてて
・ある日和尚が馬に乗って門徒の家に行くので小僧がついて行く
(外出)S2和尚:S2和尚+O7門徒の家
(乗馬)S2和尚:S2和尚+O8馬
(同行)S2和尚:S2和尚+S1小僧
・川を渡ると魚がたくさん泳いでいたので「にかんのてて」が沢山あると小僧言う
(渡河)S2和尚:S2和尚+O9川
(観察)S1小僧:O9川+O10魚
(報告)S1小僧:S2和尚+O5にかんのてて
・和尚、見たものは見捨て、聞いたことは聞き捨てにするものだと言う
(言い逃れ)S2和尚:S1小僧-O11都合の悪い
・風が吹いて和尚の頭巾が脱げて飛んだが小僧は見捨てた
(脱落)O12風:S2和尚-O13頭巾
(放置)S1小僧:S1小僧-O13頭巾
・頭巾が無いことに気づき、小僧に訊く
(気づき)S2和尚:S2和尚-O13頭巾
(質問)S2和尚:S2和尚+S1小僧
・小僧、見たことは見捨てよと言ったので見捨てたと答える
(回答)S2和尚:S1小僧-O11都合の悪い
(回答)S1小僧:S1小僧-O13頭巾
・和尚が馬から落ちたものは何もかも拾ってこいと命じる
(回収命令)S2和尚:S1小僧+O14何もかも
・小僧は後戻りして頭巾を拾い、中に馬の糞を拾って差しだした
(引き返す)S1小僧:S1小僧+O13頭巾
(詰め込む)S1小僧:O13頭巾+O15馬糞
(回収)S1小僧:S2和尚+O13和尚
・和尚が怒ると、小僧は馬から落ちたものは何でも拾ってこいと言ったではないかとやり返す
(怒り)S2和尚:S2和尚+m2怒った
(逆襲)S1小僧:S2和尚+O14何もかも

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

   聴き手(和尚はどう言い訳するか)
           ↓
送り手(小僧)→ 戸棚の食べ物(客体)→ 受け手(和尚)
           ↑
補助者(なし)→ 小僧(主体)←反対者(和尚)

  聴き手(和尚のでたらめを小僧はどう解釈するか)
           ↓
送り手(和尚)→ にかんのてて(客体)→ 受け手(小僧)
           ↑
補助者(なし)→ 和尚(主体)←反対者(小僧)

   聴き手(和尚はどう切り返すか)
           ↓
送り手(小僧)→ 「にかんのてて」が川にいる(客体)→ 受け手(和尚)
           ↑
補助者(なし)→ 小僧(主体)←反対者(和尚)

   聴き手(和尚の教えを小僧はどう解釈するか)
           ↓
送り手(和尚)→ 都合の悪いことは知らぬふり(客体)→ 受け手(小僧)
           ↑
補助者(なし)→ 和尚(主体)←反対者(小僧)

   聴き手(和尚の都合のよさに小僧はどう切り返すか)
           ↓
送り手(小僧)→ 馬糞の詰まった頭巾(客体)→ 受け手(和尚)
           ↑
補助者(なし)→ 小僧(主体)←反対者(和尚)


といった五つの行為項モデルが作成できるでしょうか。小僧に隠れて鯛の煮つけというご馳走を食べていた和尚ですが、和尚の留守中に小僧に知られてしまいます。小僧がそれを指摘すると和尚はでたらめな回答をします。肉食した和尚に仏罰を与えてやろうと小僧は考えます。ある日、外出した和尚に同行した小僧は先日の話を蒸し返します。和尚は都合の悪いことは知らぬふりをせよとある意味では現実的な教えを垂れます。それに対して小僧は和尚の言葉通りに脱げ落ちた和尚の頭巾を放置し、それに気づいた和尚が馬から落ちたものは何でも取り返してこいと命じると、更にその言葉通りに馬糞を頭巾に詰めて回収するという筋立てです。魚肉を食べる和尚は破戒僧と言えなくもないですが、この時代ですと別に珍しくもないでしょう。食べたのが鯛の煮つけというご馳走でしたので、食べ物の恨みは怖いというお話でもあります。

 和尚―小僧、鯛の煮つけ―にかんのてて、頭巾―馬糞、といった対立軸が見受けられます。鯛の煮つけ/にかんのてての図式に子供だましのでたらめ/言い逃れが暗喩されています。また、頭巾/馬糞の図式に言葉尻を捉えられて逆襲される構図が暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

小僧♌☾(♂)♁―和尚♂♎(-1)

 といった風に表記できるでしょうか。和尚に一泡吹かせることを価値☉と置くと、小僧は享受者♁となります。また、小僧は和尚の下働きを務めていますから援助者☾でもあります。ここでは和尚は小僧の対立者♂として現れます。また、都合の悪いことを見聞きしても知らぬふりをせよとある意味では現実的な教えを垂れるも、言葉尻を捉えられて小僧に逆襲されるという点では審判者♎とも置けます。あるいはマイナスの審判者と置けるかもしれません。

◆元型

 小僧はユングの提唱した元型(アーキタイプ)だとトリックスターに分類されるでしょうか。知恵者ですが物語を引っ掻き回すいたずら者の役割です。小僧は和尚の破戒行為を暴き、権威をひっくり返す役割を果たします。

 弟子は師匠の都合の悪いことは見て見ぬふりをするものだというのは、ある意味では現実的な教えかもしれません。ですが、このお話では小僧は和尚に仏罰を与えるべく、知恵を発揮して和尚の権威を転倒させてしまいます。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「小僧は和尚のでたらめ/言い逃れをどう解釈するか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「でたらめで煙に巻いたところ、言葉尻を捉えられて逆襲される」でしょうか。「和尚―鯛の煮つけ/にかんのてて―小僧」「和尚―頭巾/馬糞―小僧」といった図式です。

 現代では馬が移動手段として用いられることはなくなりましたので、馬糞に対するイメージは昔に比べて薄れています。当時はそこら中に落ちているものだったかもしれません。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.225-226.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

|

2024年8月14日 (水)

行為項分析――指合図

◆あらすじ

 禅寺の小僧は昔からしごにならない(手に負えない)ものであった。小僧が今日はご飯は何升炊くか問うと和尚は黙って指で知らせる。一本は一升、二本は二升。それで小僧が考えた。あるとき便所の踏板を外れるようにしておいた。和尚はいつものように朝便所に行くと踏板が外れて落ちた。びっくりした和尚は小僧を大声で呼ぶ。何事でございますかと言ってみると、和尚は便所へ落ちて両手をあげている。小僧は承知しましたとそのまま逃げてしまった。和尚はようやく上がって庫裡(くり)に行ってみると小僧は大釜に飯を炊いている。なぜそんなに飯を炊くのかと言うと、和尚が両手をあげておられたので一斗しかけましたと言った。和尚は仕方がない、干飯(ほしい)にしておけと言った。それから大分経って和尚が小僧を呼んで一斗の干飯はあるのか問うと、ほしいにせえとおっしゃったので、ほしい時に食べてしまいましたと言った。

◆モチーフ分析

・禅寺の小僧は手に負えない
・小僧が今日は飯を何升炊くか問うと和尚は指で一升、二升と知らせた
・小僧が便所の踏板を外れるようにしておいた
・和尚が朝便所に行くと踏板が外れて落ちた
・びっくりした和尚は大声で小僧を呼ぶ
・小僧が行ってみると、和尚は便所へ落ちて両手をあげている
・小僧、承知しましたと言って、そのまま逃げてしまう
・和尚がようやく上がって庫裡に行ってみると小僧は大釜で飯を炊いている
・なぜそんなに飯を炊くのかと言うと、小僧は和尚が両手をあげておられたので一斗しかけたと言う
・和尚は仕方がないので干飯にしておけと言う
・大分経って和尚が一斗の干飯はあるかと問う
・小僧はほしいにせえとおっしゃったので、ほしい時に食べてしまったと答える

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:小僧
S2:和尚

O(オブジェクト:対象)
O1:禅寺
O2:指合図
O3:踏板
O4:便所
O5:庫裡
O6:大釜
O7:飯
O8:干飯

m(修飾語)
m1:手に負えない
m2:外れる
m3:解釈した

+:接
-:離

・禅寺の小僧は手に負えない
(存在)O1禅寺:S1小僧+m1手に負えない
・小僧が今日は飯を何升炊くか問うと和尚は指で一升、二升と知らせた
(質問)S1小僧:S1小僧+S2和尚
(回答)S2和尚:S1小僧+O2指合図
・小僧が便所の踏板を外れるようにしておいた
(仕掛け)S1小僧:O3踏板+m2外れる
・和尚が朝便所に行くと踏板が外れて落ちた
(転落)S1和尚:S1和尚-O3踏板
・びっくりした和尚は大声で小僧を呼ぶ
(呼び出し)S2和尚:S2和尚+S1小僧
・小僧が行ってみると、和尚は便所へ落ちて両手をあげている
(状態)S1小僧:S2和尚+O2指合図
・小僧、承知しましたと言って、そのまま逃げてしまう
(逃走)S1小僧:S2和尚-S1小僧
・和尚がようやく上がって庫裡に行ってみると小僧は大釜で飯を炊いている
(脱出)S2和尚:S2和尚-O4便所
(来訪)S2和尚:S2和尚+O5庫裡
(炊飯)S1小僧:O6大釜+O7飯
・なぜそんなに飯を炊くのかと言うと、小僧は和尚が両手をあげておられたので一斗しかけたと言う
(質問)S2和尚:S2和尚+S1小僧
(解釈)S1小僧:O2指合図+m3解釈した
・和尚は仕方がないので干飯にしておけと言う
(命令)S2和尚:O7飯+O8干飯
・大分経って和尚が一斗の干飯はあるかと問う
(質問)S2和尚:S1小僧-O8干飯
・小僧はほしいにせえとおっしゃったので、ほしい時に食べてしまったと答える
(解釈)S1小僧:O8干飯+m3解釈した

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

   聴き手(小僧は指合図をどう解釈するか)
           ↓
送り手(和尚)→ 指合図(客体)→ 受け手(小僧)
           ↑
補助者(なし)→ 和尚(主体)←反対者(なし)

   聴き手(和尚はどうなるか)
           ↓
送り手(小僧)→ 便所の踏板を外す(客体)→ 受け手(和尚)
           ↑
補助者(なし)→ 小僧(主体)←反対者(和尚)

   聴き手(小僧はどう解釈するか)
           ↓
送り手(和尚)→ 両手を挙げる(客体)→ 受け手(小僧)
           ↑
補助者(なし)→ 和尚(主体)←反対者(小僧)

   聴き手(小僧はどう解釈するか)
           ↓
送り手(小僧)→ 一升飯を炊く(客体)→ 受け手(和尚)
           ↑
補助者(なし)→ 小僧(主体)←反対者(和尚)

   聴き手(小僧はどう解釈するか)
           ↓
送り手(和尚)→ 干飯にさせる(客体)→ 受け手(小僧)
           ↑
補助者(なし)→ 和尚(主体)←反対者(小僧)

   聴き手(小僧はどう解釈するか)
           ↓
送り手(小僧)→ 干飯を食べてしまう(客体)→ 受け手(和尚)
           ↑
補助者(なし)→ 小僧(主体)←反対者(和尚)


といった六つの行為項モデルが作成できるでしょうか。飯炊きの分量を指合図で伝えていた和尚ですが、あるとき小僧が便所の踏板を外して肥溜めに落ちてしまいます。助けを求めて両手を挙げると小僧はそれを一升飯を炊けということと曲解します。仕方がないので干飯にさせると「干飯」を「欲しい(まま)」にしろと小僧は曲解して干飯を全部食べてしまったという筋立てです。

 小僧―和尚、指合図―飯炊き、干飯―欲しいまま、といった対立軸が見受けられます。干飯/欲しいの図式にいたずらな小僧は空腹気味だったことが暗喩されているかもしれません。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

小僧♌♁♎(-1)――和尚♂♎

 といった風に表記できるでしょうか。飯を腹いっぱい食べることを価値☉と置くと、干飯を独占してしまった小僧は享受者♁となります。和尚は小僧の対立者♂として登場します。本来は小僧の援助者☾であるはずですが、ここでは手に負えないと審判者♎としての役割を果たします。小僧は和尚の合図を一々曲解しますので、マイナスの審判者♎と置けるかもしれません。

◆元型

 小僧はユングの提唱した元型(アーキタイプ)だとトリックスターに分類されるでしょうか。知恵者ですが物語を引っ掻き回すいたずら者の役割です。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「小僧は和尚の合図をどう解釈するか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「和尚が両手を挙げたことを一斗飯を炊けと勝手に解釈してしまうこと」「干飯を欲しいとすり替えてしまうこと」でしょうか。「和尚―合図/飯―小僧」といった図式です。この図式から小僧が飯を欲していること、何とかして和尚に合図をさせようと誘導を試みていることが浮かび上がってきます。

 現在はほとんどが洋式便所に置き換わってしまったため、和式便所に落ちてしまうという経験をした人は少なくなっています。その点では、この話の持つ笑いどころが通じにくくなっているかもしれません。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.223-224.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

|

2024年8月13日 (火)

行為項分析――和尚と小僧

◆あらすじ

 和尚と小僧がいた。和尚は餅が好きでよく焼いて食べたが小僧にはやらなかった。ある日、和尚は小僧がいない時にまた餅を焼いていた。そこへ小僧がひょっこり入って来たので慌てて餅を灰の中へ埋めた。小僧は何かいい匂いがすると言った。和尚は小僧に知れては大変だと思って、何でもない。枯葉がいぶっているのだと答えた。小僧は和尚がまた餅を焼いているなと思って、時に裏の屋根が壊れたから直そうと思うがと話しかけた。和尚がお前直せるかと訊くと、小僧は何でもない。こうやって太い柱を立てるのだと火箸を灰に突き立てた。すると餅が刺さった。和尚は苦い顔をして妙なところに餅がある。お前にやろうと言った。小僧はありがとうございますと言ってむしゃむしゃ食べた。それから和尚、柱をもう一本こういう風に立てると言って別のところへ火箸を突き刺した。また餅が出た。和尚はおかしい、お前が食べよと答えた。小僧はむしゃむしゃ食べた。ところで和尚、その横にもう一本こういう風に立てると火箸に餅を突き刺した。更にもう一本とやった。和尚はたまらなくなって、小僧、柱を立てるのはそれくらいでよかろうと言った。こうして小僧は和尚がせっかく食べようと思って焼いた餅をみんな食べてしまった。

◆モチーフ分析

・和尚と小僧がいた
・和尚は餅が好きでよく食べていたが小僧にはやらなかった
・ある日、和尚は小僧がいないときに餅を焼く
・そこへ小僧がひょっこり入ってくる
・和尚、慌てて餅を灰の中に埋める
・小僧、いい匂いがすると言う
・和尚、枯葉がいぶっているのだと答える
・和尚がまた餅を焼いていると察した小僧、裏の屋根が壊れていると話す
・和尚、小僧に直せるかと訊く
・小僧はこうやって柱を立てるといって火箸で灰の中の餅を突き刺す
・和尚、妙なところに餅がある。お前が食べよと小僧に言う
・小僧、餅をむしゃむしゃ食べる
・小僧、柱をもう一本立てると言って別のところに火箸を突き立てる
・餅が刺さったので小僧が食べることになる
・小僧、その横にもう一本柱を立てると言って火箸を突き立てる
・更にもう一本火箸に餅を突き立てる
・たまりかねた和尚、柱を立てるのはそれくらいでよかろうと言う
・小僧は和尚が食べようとした餅をみんな食べてしまった

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:和尚
S2:小僧

O(オブジェクト:対象)
O1:餅
O2:灰
O3:話題
O4:解決策
O5:火箸

m(修飾語)
m1:餅好き

+:接
-:離

・和尚と小僧がいた
(存在)X:S1和尚+S2小僧
・和尚は餅が好きでよく食べていたが小僧にはやらなかった
(嗜好)S1和尚:S1和尚+m1餅好き
(独占)S1和尚:S2小僧-O1餅
・ある日、和尚は小僧がいないときに餅を焼く
(不在)X:S1和尚-S2小僧
(調理)S1和尚:S1和尚+O1餅
・そこへ小僧がひょっこり入ってくる
(闖入)S2小僧:S2小僧+S1和尚
・和尚、慌てて餅を灰の中に埋める
(隠ぺい)S1和尚:S2小僧-O1餅
・小僧、いい匂いがすると言う
(知覚)S2小僧:S2小僧+O1餅
・和尚、枯葉がいぶっているのだと答える
(誤魔化し)S1和尚:S2小僧-O1餅
・和尚がまた餅を焼いていると察した小僧、裏の屋根が壊れていると話す
(察知)S2小僧:S1和尚+O1餅
(話を向ける)S2小僧:S1和尚+O3話題
・和尚、小僧に直せるかと訊く
(質問)S1和尚:S2小僧+O4解決策
・小僧はこうやって柱を立てるといって火箸で灰の中の餅を突き刺す
(提示)S2小僧:S1和尚+O4解決策
(実行)S2小僧:O1餅+O5火箸
・和尚、妙なところに餅がある。お前が食べよと小僧に言う
(譲渡)S1和尚:S2小僧+O1餅
・小僧、餅をむしゃむしゃ食べる
(食す)S2小僧:S2小僧+O1餅
・小僧、柱をもう一本立てると言って別のところに火箸を突き立てる
(提示)S2小僧:S1和尚+O4解決策
(実行)S2小僧:O1餅+O5火箸
・餅が刺さったので小僧が食べることになる
(譲渡)S1和尚:S2小僧+O1餅
(食す)S2小僧:S2小僧+O1餅
・小僧、その横にもう一本柱を立てると言って火箸を突き立てる
(提示)S2小僧:S1和尚+O4解決策
(実行)S2小僧:O1餅+O5火箸
・更にもう一本火箸に餅を突き立てる
(実行)S2小僧:O1餅+O5火箸
・たまりかねた和尚、柱を立てるのはそれくらいでよかろうと言う
(制止)S1和尚:S2小僧-O1餅
・小僧は和尚が食べようとした餅をみんな食べてしまった
(逆独占)S2小僧:S1和尚-O1餅

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

  聴き手(和尚の企みは上手くいくか)
           ↓
送り手(和尚)→ 餅を隠す(客体)→ 受け手(小僧)
           ↑
補助者(なし)→ 和尚(主体)←反対者(小僧)

  聴き手(小僧はどうやり返すか)
           ↓
送り手(小僧)→ 餅を奪う(客体)→ 受け手(和尚)
           ↑
補助者(なし)→ 小僧(主体)←反対者(和尚)


といった二つの行為項モデルが作成できるでしょうか。餅が好きな和尚は小僧に隠れて一人で餅を火鉢で焼いて食べています。それを偶然察知した小僧は偽りの話題を振って和尚の関心を誘い、解決策と見せかけて「このようにするのです」と火箸で餅を突いて奪ってしまいます。隠していたことを気まずく思った和尚はやむなく黙認しますが、小僧が何度も繰り返すのにたまりかねて、そのくらいにしておけと言います。結局、小僧は和尚の分を全部食べてしまったという筋立てです。

 和尚―小僧、餅―灰、餅―火箸、というシンプルな対立軸です。餅/灰という図式に和尚の餅を独占しようとする意地汚さが暗喩されています。一方で、餅/火箸という図式には和尚の企みを一刀両断する小僧の機知が暗喩されています。

 屋根の修理の話から小僧は和尚に頼りになる存在と見なされていると考えられますので、ある程度年齢のいった存在でしょう。信頼している相手にも餅を分け与えないところに和尚のケチさが表れています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

和尚♌♎―小僧♂♁

 といった風に表記できるでしょうか。餅を食べることを価値☉と置くと、和尚に対峙する小僧は対立者♂となります。小僧は和尚から餅を全て奪って食べてしまいますので、ここでは享受者♁となります。和尚は小僧の機知に降参してしまいますので、審判者♎と置けるでしょう。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「和尚の企みに小僧はどうやり返す」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「屋根の修理にかこつけた小僧の機知」でしょうか。「和尚―餅/灰/火箸―小僧」といった図式です。偶然火箸に餅が刺さったように振る舞うので、和尚も文句が言えない訳です。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.221-222.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

|

2024年8月12日 (月)

面芝居の資料があった

Xのポストで『大衆芸能資料集成』第八巻「舞台芸Ⅰ」(三一書房 1981)という本に厚木市の垣澤社中の面芝居の台本が収録されていることが分かった。面芝居は今は上演されることがなくなったようだが、神楽師たちがセリフのある劇にも取り組んでいたことは興味深い。僕は地芝居や面芝居は鑑賞した経験がないが、農民歌舞伎のようなものだろうか。旧那賀郡では地芝居が盛んだったと何かで読んだことはある。島村抱月と地芝居の関係はどうだったか。

で、芸北神楽の新舞とどこかで通底していないか興味がわいたのである。というのは、新舞だったかスーパー神楽だったか忘れたが、「歌舞伎化している」と評したコラムを読んだことがあるからである。実際に歌舞伎を鑑賞して言いえて妙だと思った。

神楽自体、長い時間をかけて演劇化していった地域もあるのだが、芸北神楽の場合、神話劇という枠組みを離れて説話を大幅に取り入れていっている。ライブで鑑賞したことはないが、見た感じ、より演劇に近づいてきている。そういった観点でみると、首都圏で過去に神楽師の間で面芝居が流行し、やがて何らかの理由で衰退していったという事例が既に存在していたということが興味深く思えるのである(※別に新舞が衰退すると予言している訳ではない)。

|

行為項分析――大根蒔き

◆あらすじ

 座頭の言うことは何でも信じる旦那がいた。ある日沢山の小作を雇って麻を蒔いていると、そこへ座頭が通りかかった。座頭はあの旦那は自分の言うことは何でも信じるから一つからかってやれと思った。すると仕事をしていた人が座頭に今日はどこへ行くのか訊いた。座頭は今はエダオの方からフシオの方へ行くと答えた。それを聞いた旦那は仕事を止めて枝のある苧(お)(麻)や節のある苧を作ったのでは金にならぬと言って麻を蒔くのを止めた。それから日を変えて大豆を蒔いているとまた座頭が通りかかった。何か長い物を風呂敷に包んで持っているので今日は長いものを持って行きなさるがと声をかけると座頭は長いことは長いが鞘ばかりでと言った。これを聞いた旦那はせっかく大豆を蒔いてもさやばかりできたのでは何にもならないと言って大豆を蒔くのを止めさせた。その内に時期が遅れたので大根しか植えるものが無くなった。それで旦那は小作を集めて大根を蒔くことにした。今日は座頭が通っても何も言うな。何か言うと色々な事を言って気をくじくからと言った。そこへまた座頭がやってきた。座頭がどなたもご苦労ですなと言ったが誰も一口もものを言わない。座頭は自分の言うことをそんなに気にかけなくてもよいではないか。わしの言うことは根も葉もないことだと言った。旦那はこれを聞いて根も葉もない大根を作ったとしても何にもならないと言ってまた大根蒔きを止めさせた。それで旦那は座頭の言葉を信じたばかりに一年中何も作らずじまいであった。

◆モチーフ分析

・座頭の言うことを何でも信じる旦那がいた
・麻を蒔いていると座頭が通りかかる
・小作人は座頭にどこへ行くのか尋ねる
・座頭、エダオからフシオの方へ行くと答える
・旦那、枝のある麻や節のある麻を作ったのでは金にならぬと麻を蒔くのを止める
・大豆を蒔いていると座頭が通りかかる
・持っている長い物は何かと訊くと、長いが鞘ばかりと座頭が答える
・大豆を蒔いてもさやばかりでは何にもならないと大豆を蒔くのを止めさせる
・時期が遅れたので大根を蒔くことにする
・座頭が通りかかっても声をかけるなと示し合わせる
・座頭が通りかかるが誰も口をきかない
・座頭、自分の言うことは根も葉もないことだと言う
・旦那、根も葉もない大根を作っても何にもならないと大根蒔きを止めさせる
・座頭の言葉を信じたばかりに旦那は一年中何も作らずじまいとなった

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:座頭
S2:旦那
S3:小作人

O(オブジェクト:対象)
O1:麻の種
O2:謎かけ
O3:大豆
O4:種まき
O5:大根

m(修飾語)
m1:座頭に盲目的に従う
m2:不作の
m3:時期外れの
m4:無為に過ごした

+:接
-:離


・座頭の言うことを何でも信じる旦那がいた
(存在)X:S2旦那+m1座頭に盲目的に従う
・麻を蒔いていると座頭が通りかかる
(種まき)S2旦那:S3小作人+O1麻の種
(遭遇)S1座頭:S1座頭+S3小作人
・小作人は座頭にどこへ行くのか尋ねる
(質問)S3小作人:S3小作人+S1座頭
・座頭、エダオからフシオの方へ行くと答える
(回答)S1座頭:S3小作人+O2謎かけ
・旦那、枝のある麻や節のある麻を作ったのでは金にならぬと麻を蒔くのを止める
(予想)S2旦那:O1麻の種+m2不作の
(中止)S2旦那:S3小作人-O1麻の種
・大豆を蒔いていると座頭が通りかかる
(種まき)S2旦那:S3小作人+O3大豆
(遭遇)S1座頭:S1座頭+S3小作人
・持っている長い物は何かと訊くと、長いが鞘ばかりと座頭が答える
(質問)S3小作人:S3小作人+S1座頭
(回答)S1座頭:S3小作人+O2謎かけ
・大豆を蒔いてもさやばかりでは何にもならないと大豆を蒔くのを止めさせる
(予想)S2旦那:O3大豆+m2不作の
(中止)S2旦那:S3小作人-O3大豆
・時期が遅れたので大根を蒔くことにする
(遅延)S2旦那:O4種まき+m3時期外れの
(種まき)S2旦那:S3小作人+O5大根
・座頭が通りかかっても声をかけるなと示し合わせる
(示しあい)S3小作人:S3小作人-S1座頭
・座頭が通りかかるが誰も口をきかない
(無視)S3小作人:S3小作人-S1座頭
・座頭、自分の言うことは根も葉もないことだと言う
(回答)S1座頭:S3小作人+O2謎かけ
・旦那、根も葉もない大根を作っても何にもならないと大根蒔きを止めさせる
(予想)S2旦那:O5大根+m2不作の
(中止)S2旦那:S3小作人-O5大根
・座頭の言葉を信じたばかりに旦那は一年中何も作らずじまいとなった
(信用)S2旦那:S2旦那+S1座頭
(無為)S2旦那:S2旦那+m4無為に過ごした

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

  聴き手(座頭の謎かけはどんな結末をもたらすか)
           ↓
送り手(座頭)→ 謎かけ(客体)→ 受け手(旦那)
           ↑
補助者(なし)→ 座頭(主体)←反対者(小作人)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。座頭の言葉を何でも信じてしまう旦那がいたため、座頭は意地悪をしてやろうと考えます。旦那が小作人に種まきをさせていると座頭が通りかかって謎かけめいた言葉を残していきます。それを不作の兆候と捉えた旦那は種まきを中止させます。それが何度か繰り返されて、結局何も作付けできないままに一年をふいにしてしまったという筋立てです。座頭は目が見えない分、霊感が高いとする見方がありますので、旦那が座頭を信用するのはそういった理由によるのかもしれません。

 座頭―旦那、座頭―小作人、といった対立軸が見受けられます。種まき/謎かけの図式に不作の兆候の予知が暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

旦那♌♁♎―座頭♂☾(♌)―小作人☾(♌)♁

 といった風に表記できるでしょうか。今年の収穫を得ることを価値☉と置くと、旦那と小作人はその享受者♁です。種まきに一々妨害を仕掛ける座頭は対立者♂となりますが、一面では旦那に助言を与える存在ですので援助者☾とみることもできます。ここではマイナスの援助者☾(♌)(-1)と考えるといいでしょうか。旦那は座頭の助言/謎かけに一々ネガティブな判断を下しますので審判者♎とも置けます。小作人はいい加減座頭の言うことは無視しようと動きますので、対立者の対立者♂(♂)と見なすことも可能かもしれません。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「座頭の謎かけはどんな結末をもたらすか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「旦那が座頭の言うことを何でも真に受けてしまうこと」でしょうか。「旦那―謎かけ/助言―座頭」といった図式です。旦那は座頭の所為で一年を無駄にしてしまうのですが、それに対する感情は記されていません。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.219-220.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

|

2024年8月11日 (日)

行為項分析――茶栗柿ふ

◆あらすじ

 馬鹿な息子がいた。母親が遊んでばかりでいたらいけない。少しは商いをして戻れやと言った。息子は商いとはどんなことかと訊いたので母親は何か売って戻ることだと答えた。どんなものを売りに行くと息子が訊くと、母親は茶やら栗やら柿やらふやら売って戻るんだと答えた。それから息子は茶、柿、栗、ふをこしらえてもらって「茶栗柿ふ、茶栗柿ふ」と言って歩いたが誰も買ってくれなかった。晩になって戻って、やれ、しんどいと息子が言った。多少は売れたかと母親が訊くと、いっそ売れん。誰も買ってくれんと息子が答えたので母親はどういう風に言ったと訊いた。茶栗柿ふ、茶栗柿ふと言ったと息子が答えたので、それではいけない。茶栗柿ふじゃなんのことか分からないから、そういう風には言わずに茶は茶で別に、栗は栗で別に言わないといけないと言った。息子はそれから「茶は茶で別、栗は栗で別、柿は柿で別、ふはふで別」と言って歩いた。いっこも買い手がなくて晩になって戻った。多少は売れたかと母親が訊いたので全然売れないと息子が答えた。どう言ったのだと母親が訊くと「茶は茶で別、栗は栗で別、柿は柿で別、ふはふで別」と息子は言った。それではいけない。茶は茶で別々に、栗は栗で別々に、柿は柿で別々に、ふはふで別々に言わないとと答えた。息子は明くる日に「茶は茶で別々、栗は栗で別々、柿は柿で別々、ふはふで別々」と言った歩いた。とうとういっこも売れなかった。馬鹿な息子というものはなんぼ言っても訳が分からない。

◆モチーフ分析

・馬鹿な息子がいて母親が商いでもしろと言う
・息子が母親に商いとはなにか訊く
・母親、茶や栗や柿やふを売るのだと答える
・息子、母親から言われた通りに宣伝するが全く売れない
・息子、そのことを母親に話す
・母親、別々に売るのだと教える
・息子、母親に言われた通りに宣伝するが全然売れない
・母親、別々に売るのだと教える
・息子、母親に言われた通りに宣伝するが全然売れない
・馬鹿な息子は幾ら言っても訳が分からない

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:息子
S2:母親
S3:顧客

O(オブジェクト:対象)
O1:商い
O2:茶など
O3:売り文句
O4:売上

m(修飾語)
m1:馬鹿な
m2:別に
m3:別々に
m4:訳分からん

+:接
-:離


・馬鹿な息子がいて母親が商いでもしろと言う
(存在)X:S1息子+m1馬鹿な
(奨励)S2母親:S1息子+O1商い
・息子が母親に商いとはなにか訊く
(質問)S1息子:S1息子+S2母親
・母親、茶や栗や柿やふを売るのだと答える
(回答)S2母親:S2母親+S1息子
(準備)S2母親:S1息子+O2茶など
(教示)S2母親:S1息子+O3売り文句
・息子、母親から言われた通りに宣伝するが全く売れない
(宣伝)S1息子:O3売り文句+S3顧客
(不振)S1息子:S1息子-O4売上
・息子、そのことを母親に話す
(報告)S1息子:S1息子+S2母親
・母親、別に売るのだと教える
(教示)S2母親:O3売り文句+m2別に
・息子、母親に言われた通りに宣伝するが全然売れない
(宣伝)S1息子:O3売り文句+S3顧客
(不振)S1息子:S1息子-O4売上
・母親、別々に売るのだと教える
(教示)S2母親:O3売り文句+m3別々に
・息子、母親に言われた通りに宣伝するが全然売れない
(宣伝)S1息子:O3売り文句+S3顧客
(不振)S1息子:S1息子-O4売上
・馬鹿な息子は幾ら言っても訳が分からない
(無駄)S2母親:S1息子+m4訳分からん

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

   聴き手(母親の助言は通じるか)
           ↓
送り手(母親)→ 助言(客体)→ 受け手(息子)
           ↑
補助者(なし)→ 母親(主体)←反対者(なし)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。馬鹿な息子に商いをさせようとした母親は売り物をあれこれと揃えて売り文句も指導します。ところが、息子は母親の助言を一字一句そのまま再現してしまいますので、何も売れないという結果に終わります。そのことを知った母親は再度助言しますが、今度も息子は一字一句母親の文句を再現してしまいますので失敗に終わります。それを何度か繰り返して馬鹿は訳が分からないと投げ出してしまいます。母親は息子の自立を願ったのかもしれません。初めから何種類も商品を揃えるのでなく単品で売らせれば上手くいったかもしれません。ですが、これはお話ですので、そうは上手く事が運ばなくなってしまうのです。

 母親―息子、助言―売り文句、といったシンプルな対立軸です。茶、柿、栗、麩といった商品からこの家庭が何を生業としているかが暗喩されています。比較的裕福な農家でしょうか。助言/売り文句がそのまま再現されることにこのお話のおかしみが込められています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

1. 息子♌♁―母親☾(♌)♎
2. 母親♌☾(♌)♎―息子♁♂

 といった風に表記できるでしょうか。息子と母親のどちらを主体を置くか迷うところですが、ここでは一旦息子を主体♌と置きます。価値☉は息子が自立することでしょうか。息子はその享受者♁となります。母親はあれこれと商品を用意したり売り方を助言したりと援助者☾の役割を果たしますが、息子が何度も失敗を繰り返しますので、馬鹿は訳が分からんとなってしまいます。審判者♎でもある訳です。

 母親を主体♌と置くと、息子は期待をことごとく裏切りますので、対立者♂と見ることも可能です。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「母親の助言が通じて息子は自立を果たすことができるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「息子が母親の助言をそのまま再現して失敗してしまう」ことでしょうか。「母親―助言/失敗―息子」の図式です。同じ失敗を三度繰り返しますので、こいつは馬鹿だとなってしまう訳です。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.217-218.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

|

2024年8月10日 (土)

行為項分析――母の面と鬼の面

◆あらすじ

 親孝行な娘がいた。隣の村の財産家に子守り奉公していた。あるときお祭りがあったので、子供を背負ってお宮へ行った。すると、お母さんによく似た面を売っていたので買って帰った。それからは毎晩寝るときに、その面を箱から出して「お母さん、おやすみなさい」と言い、朝起きたときには「お母さん、お早うござします」と挨拶をした。それを下男が見つけて、ある日鬼の面とすり替えておいた。娘はそんなことは知らず、いつもの様に寝る前に取り出してみると、大変恐ろしい顔になっているので、びっくりした。どうしてこんなに機嫌が悪いのだろうか、それともどこか具合が悪いのだろうかと思うと、どうしても眠ることができない。そこで夜が明けるのを待ちきれないので主人に訳を話して親元へ泊まりに行かしてもらうよう頼むと、主人は泊まりに行ってもよいが、明日の朝にしてはどうかと言ったが、娘は心配でたまらないからすぐ行かせてくれと頼んだ。主人はそれなら行きなさいと言ったので、娘は喜んで早速出発した。隣村との境に峠があった。そこへ差し掛かると山賊が五六人出て娘を捕まえてしまった。山賊は自分たちは男ばかりで女がいないので困っている。お前はこれから飯炊きをせよと言うので、娘は仕方なく火を焚きはじめたが、中々うまく燃えない。煙たくてたまらないので、娘は箱の中から鬼の面を取りだして、それを被って火を焚いていると、ようやく火がボーッと燃え上がった。その灯りで山賊たちが娘の顔を見ると、いつの間にか鬼になっているので、びっくり仰天して「鬼が来た」と言って一目散に逃げ出した。娘は山賊たちが置いていったお金を持って家へ帰ってみるとお母さんは何のこともなく、元気で迎えてくれた。

◆モチーフ分析

・親孝行な娘が隣村に子守奉公していた
・お祭りがあったので子供を背負ってお宮へ行くと母に似た面が売っていたので買った
・朝晩、箱に入れたお面に挨拶をして母の無事を祈っていた
・それを下男が見て、母の面を鬼の面と入れ替えてしまった
・それを知らずに箱を開けると鬼の面となっていた
・心配した娘は主人に訳を話して夜間に村へ向けて出発する
・途中、峠で山賊たちに捕まり、飯炊きをさせられる
・火を焚いたが煙たかったので鬼の面で顔を被った
・それを見た山賊たちが仰天して一目散に逃げ出した
・娘、山賊たちが置いていったお金を持って家へ帰る
・母親は無事だった

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:娘
S2:母親
S3:下男
S4:主人
S5:山賊

O(オブジェクト:対象)
O1:隣村
O2:お祭り
O3:お面
O4:鬼の面
O5:飯炊き
O6:火
O7:鬼
O8:お金

m(修飾語)
m1:親孝行な
m2:無事
m3:煙たい

+:接
-:離


・親孝行な娘が隣村に子守奉公していた
(存在)X:S1娘+m1親孝行な
(離別)S1娘:S1娘-S2母親
(奉公)S1娘:S1娘+O1隣村
・お祭りがあったので子供を背負ってお宮へ行くと母に似た面が売っていたので買った
(参拝)S1娘:S1娘+O2お祭り
(購入)S1娘:S1娘+O3お面
・朝晩、箱に入れたお面に挨拶をして母の無事を祈っていた
(代理)S1娘:S1娘+O3お面
(祈願)S1娘:S2母親+m2無事
・それを下男が見て、母の面を鬼の面と入れ替えてしまった
(すり替え)S3下男:S1娘-O3お面
(すり替え)S3下男:S1娘+O4鬼の面
・それを知らずに箱を開けると鬼の面となっていた
(気づき)S1娘:S1娘+O4鬼の面
・心配した娘は主人に訳を話して夜間に村へ向けて出発する
(事情説明)S1娘:S1娘+S4主人
(出立)S1娘:S1娘-O1隣村
・途中、峠で山賊たちに捕まり、飯炊きをさせられる
(遭遇)S1娘:S1娘+S5山賊
(使役)S5山賊:S1娘+O5飯炊き
・火を焚いたが煙たかったので鬼の面で顔を被った
(焚火)S1娘:S1娘+O6火
(煙い)S1娘:S1娘+m3煙たい
(装着)S1娘:S1娘+O4鬼の面
・それを見た山賊たちが仰天して一目散に逃げ出した
(勘違い)S5山賊:S1娘+O7鬼
(逃散)S5山賊:S5山賊-S1娘
・娘、山賊たちが置いていったお金を持って家へ帰る
(入手)S1娘:S1娘+O8お金
(帰宅)S1娘:S1娘+S2母親
・母親は無事だった
(無事)S1娘:S2母親+m2無事

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

   聴き手(娘の願いは通じるか)
           ↓
送り手(娘)→ 母の面(客体)→ 受け手(母親)
           ↑
補助者(なし)→ 娘(主体)←反対者(なし)

  聴き手(すり替えられた面に娘はどう反応するか)
           ↓
送り手(娘)→ 鬼の面(客体)→ 受け手(母)
           ↑
補助者(なし)→ 娘(主体)←反対者(下男)

  聴き手(山賊に捕まった娘はどうなるか)
           ↓
送り手(娘)→ 鬼の面(客体)→ 受け手(山賊)
           ↑
補助者(なし) → 嫁(主体)←反対者(山賊)


といった三つの行為項モデルが作成できるでしょうか。隣村に奉公に出た娘は祭りで買った面を母の代わりにして毎朝挨拶して無事を祈っていました。ところが、それを目撃した下男が意地悪で面を鬼の面にすり替えてしまいます。面の変化に異変を感じた娘は主人に事情を説明して村に向かいます。ところが、峠を越える途中で山賊に捕まってしまいます。飯炊きをさせられますが、焚火が煙たいので鬼の面を着けたところ、山賊たちは娘が鬼だったと勘違いして逃げ出してしまいます。娘は山賊たちが置き去りにしたお金を手に入れて母の許に帰ったという筋立てです。

 娘―母親、娘―下男、娘―主人、娘―山賊、といった対立軸が見受けられます。話のバリエーションによっては代官が登場する場合があります。その場合、拾った金は娘のものと裁定を下します。母の面/鬼の面で娘は母親の安否を感知することが暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

娘♌♁―母親☉―下男♂―主人☾(♌)―山賊♂

 といった風に表記できるでしょうか。母親の無事を価値☉と置くと、娘はその享受者♁です。一方、面をすり替える下男と娘を飯炊きとして使役する山賊は対立者♂と置けるでしょう。娘の帰村を是認する主人は援助者☾と置けるでしょう。先述しましたように、バリエーションによっては審判者♎として代官が登場する場合があります。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「娘は母親と無事再会できるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「娘が被った鬼の面がたき火の火で照らされて本物の鬼の様に見えてしまう」といったところでしょうか。「娘―面/鬼―山賊」の図式です。

 伝統芸能では怒った女性を般若面で表現したりしますので、「母―鬼の面」の図式は実はかけ離れたものではありません。母性/般若は女性の両義性を示唆していると言えるかもしれません。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.215-216.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

|

2024年8月 8日 (木)

行為項分析――肉付きの面

◆あらすじ

 昔、嫁と姑がいた。嫁は信心深くて毎晩人目を忍んでお寺参りに行った。姑はそんなこととは知らず、別に男でもあって会うのではなかろうかと怪しんでいた。そこである日、姑がお前は毎晩出るが、一体どこへ行くのか訊くと、嫁は遊びに出ているから、どうぞ遊ばしてくださいと言った。姑はいよいよ不審でならないので、ある晩そっと後をつけると嫁はお寺へ参っていた。姑はお寺へ参ることが嫌でたまらなかったので、今夜こそ嫁をおどしてやろうと思ってある。鬼の面を被って竹藪に入って嫁が帰るのを待っていた。そこへ嫁が戻ってきたので姑が飛び出したが、嫁は「南無阿弥陀仏」と唱えてびくともしなかった。姑は嫁が案外落ち着いているので力抜けがした。そして鬼の面をはずそうとしたが、面がどうしても取れない。そのまま家へ帰って布団を被って寝ていた。夜が明けても起き上がれず布団の中にいた。そこへ嫁が来て具合を尋ねた。姑は恥ずかしくてたまらず、これまでのことを話して、どうぞ勘弁してくれと断りを言うと嫁は姑を寺に連れていった。そしてお経をあげてもらって、坊さんからご法話をきかせてもらうと、姑はいよいよ恥ずかしくてたまらず、頭を垂れていると、不思議に面がひとりでに離れて下へ落ちた。それで姑は大変喜んで心を入れ替えて嫁と仲良く暮らした。

◆モチーフ分析

・嫁と姑がいた
・嫁は信心深く毎晩人目を忍んでお寺参りしていた
・姑はそれを怪しんで、嫁にどこに行っているのか訊く
・嫁はどうか遊ばして欲しいと言う
・いよいよ怪しんだ姑は嫁の跡をつけると、嫁はお寺へ参っていた
・姑は嫁を驚かしてやろうと鬼の面を被って竹藪に隠れていた
・嫁が通りかかったので姑は飛び出したが、嫁はびくともしなかった
・力抜けした姑だったが、鬼の面を外そうとしたが、取れなくなった
・そのまま家へ帰って布団を被って寝てしまう
・夜が明けて嫁が具合を尋ねたので、姑は事情を話して断りを入れた
・嫁は姑を寺に連れていった
・坊さんの読経と法話を聞くと姑は恥ずかしくて頭を垂れた
・面がひとりでに離れて下へ落ちた
・姑は喜んで心を入れ替え、嫁と仲良く暮らした

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:嫁
S2:姑
S3:坊さん

O(オブジェクト:対象)
O1:お寺
O2:鬼の面
O3:竹藪
O4:布団
O5:読経

m(修飾語)
m1:信心深い
m2:拍子抜け
m3:頭を垂れた
m4:改心した

+:接
-:離


・嫁と姑がいた
(存在)X:S1嫁+S2姑
・嫁は信心深く毎晩人目を忍んでお寺参りしていた
(性質)S1嫁:S1嫁+m1信心深い
(参拝)S1嫁:S1嫁+O1お寺
・姑はそれを怪しんで、嫁にどこに行っているのか訊く
(詰問)S2姑:S2姑+S1嫁
・嫁はどうか遊ばして欲しいと言う
(回答)S1嫁:S1嫁-S2姑
・いよいよ怪しんだ姑は嫁の跡をつけると、嫁はお寺へ参っていた
(追跡)S2姑:S2姑+S1嫁
(結果)S1嫁:S1嫁+O1お寺
・姑は嫁を驚かしてやろうと鬼の面を被って竹藪に隠れていた
(着面)S2姑:S2姑+O2鬼の面
(待ち伏せ)S2姑:S2姑+O3竹藪
・嫁が通りかかったので姑は飛び出したが、嫁はびくともしなかった
(驚かし)S2姑:S2姑-S1嫁
・力抜けした姑だったが、鬼の面を外そうとしたが、取れなくなった
(拍子抜け)S2姑:S2姑+m2拍子抜け
(吸着)S2姑:S2姑+O2鬼の面
・そのまま家へ帰って布団を被って寝てしまう
(隠ぺい)S2姑:S2姑+O4布団
・夜が明けて嫁が具合を尋ねたので、姑は事情を話して断りを入れた
(調子伺い)S1嫁:S1嫁+S2姑
(告白)S2姑:S2姑+S1嫁
・嫁は姑を寺に連れていった
(同行)S1嫁:S2姑+O1お寺
・坊さんの読経と法話を聞くと姑は恥ずかしくて頭を垂れた
(説法)S3坊さん:S2姑+O5読経
(羞恥)S2姑:S2姑+m3頭を垂れた
・面がひとりでに離れて下へ落ちた
(離脱)O2鬼の面:S2姑-O2鬼の面
・姑は喜んで心を入れ替え、嫁と仲良く暮らした
(改心)S2姑:S2姑+m4改心した
(生活)S2姑:S2姑+S1嫁

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

   聴き手(嫁は夜どこへ出かけているのか)
           ↓
送り手(姑)→ 疑いと追跡(客体)→ 受け手(嫁)
           ↑
補助者(なし)→ 姑(主体)←反対者(嫁)

  聴き手(姑の企みは成功するか)
           ↓
送り手(姑)→ 鬼の面で驚かす(客体)→ 受け手(嫁)
           ↑
補助者(なし)→ 姑(主体)←反対者(嫁)

  聴き手(外れなくなった面はどうなるか)
           ↓
送り手(嫁)→ 鬼の面を外す(客体)→ 受け手(姑)
           ↑
補助者(坊さん) → 嫁(主体)←反対者(なし)


といった三つの行為項モデルが作成できるでしょうか。毎晩どこへともなく出かける嫁に対し疑いの念を抱いた姑はこっそり跡をつけますが、嫁はお寺に参拝していただけでした。嫁の信心深さが明らかとなりますが、意地悪な姑は鬼の面を着けて驚かしてやろうと企みます。結局、嫁は全く動じないのですが、姑の着けた鬼の面が外れなくなってしまいます。布団にくるまってその晩をやり過ごす姑ですが、夜が明けると隠し切れなくなって嫁に一部始終を打ち明けます。嫁は姑をお寺に連れていき、坊さんの説法を聞かせます。すると、鬼の面が自然と外れました。姑は改心したという筋立てです。

 嫁―姑、姑―鬼の面、姑―坊さん、といった対立軸が見受けられます。姑/鬼の面の図式に意地悪な姑の内面が暗喩されています。鬼の面が外れることで姑の改心を表現しています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

姑♌♁―嫁♂☾(♌)♁―坊さん☾(♂)

 といった風に表記できるでしょうか。姑と嫁、両者が和解することを価値と置くと、嫁と姑とも享受者♁となります。嫁は一旦対立者♂として登場しますが、姑の理解者であり援助者☾でもあります。坊さんは嫁の援助者☾と解釈しました。審判者♎に相当する人物はこのお話では登場しないでしょうか。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「姑と嫁は果たして和解できるのか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「鬼の面が外れなくなってしまう」ことでしょうか。「姑―鬼/面―嫁」の図式です。精神的な仮面をペルソナと呼びますが、鬼の面はまさに姑の意地悪な内面を表しています。面が外れなくなってしまうということは、姑の内面が嫁に対する猜疑心で満たされていることを示しています。姑が改心すると鬼の面は自然と外れます。面が外れることによって姑が改心したことが表現されている訳です。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.213-214.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

|

2024年8月 5日 (月)

急遽浜田市に戻る 2024.08

母方の叔父が亡くなった。市の収入役を務めた人で、我が一族の中では出世した人である。叔母と会話していて「惣領」という言葉が出た。うちは名家でも資産家でもないが、親族のまとめ役が務まる人がいなくなったという感慨はある。

いくら親戚とは言え、そこまでする義理はなかったはずなのだが、姉の子である僕ら兄弟を何かと気にかけてくれた人だった。物心両面で支えて頂いた。叔母も理解のある人だった。結局何も恩返しができないままだったという無念さがある。

金曜日に横浜を出て浜田の実家に帰る。新幹線で広島駅まで行き、そこから浜田駅行きの高速バスに乗る。戻ってみると、居間のエアコンが故障していて、熱がこもっていてこれでは熱中症になってしまうと感じる。応接間のエアコンは生きているので、そちらに退避する。

土曜日、昼前に長沢町のキヌヤに行く。行ってみると建て替えの工事をしていて、プレハブの仮設店舗で営業していた。公民館が傍に建てられるそうである。

タクシーを呼んで式場に向かう。以前は陸軍墓地で話が通じたのだが、最近は住所と名前を伝えれば、そこまで来てくれるようになっているようだ。IT技術による進歩といえば進歩である。土曜の夜は花火大会が催されるとのことで、帰りのタクシーは呼ぶのに時間がかかるだろうとのことだった。

午後3時過ぎに竹迫町の典礼閣に入り、親族の控室に入る。長男である従弟や千葉の叔父たちが帰っていたので彼らと少しだけ会話を交わす。長女である従姉夫妻は叔父の家で用事があるとのことで合流したのは夕方になってからだった。滋賀の姉夫婦と山口の兄も夕方に合流した。

日曜は午前11時から葬儀がはじまった。上府出身の同郷の県会議員さんが出席していた。既に引退して久しいので出席者は関係者のみだったが、市長や市議会議長、市議会議員さんたちから弔電が届いていた。

喪主である従弟の挨拶によると、一年ほど前から体調を崩し、入退院を繰り返していたとのことだった。もともとは10年ほど前に体調を崩し、浜田の病院で検査したのだが原因が分からず、出雲の大学病院で検査したところ癌が見つかり摘出手術をしたという流れだった。既に転移していると聞いたので、もしかしたら長くないかもと危惧したが、抗がん剤治療が体質に合っていたのか、それからの病状は安定していた。ただ、性格は明らかに暗くなった。

いつかこの日が来ることは分かっていたのだが、せめて一度お見舞いに行っておきたかったという思いはある。

姉夫婦と兄は葬儀のみで退席した。自分たちは火葬場に向かった。火葬には1時間40分ほどかかるとのことだった。以前に来たときは火葬場の待合室で待機したが、今回は典礼閣に引き返して会食となった。なので、火葬場の裏にある崖(万年が鼻)を見る時間はなかった。それから再度火葬場に向かい、お骨を骨壺に納める。再び典礼閣に戻って解散となる。

考えてみれば、竹迫町に入ったのはこれが初めてかもしれない。山陰道より奥には入ったことがなかったはずである。

月曜の朝、浜田を出る。浜田駅の一階の裏の壁にツバメが巣を作っていた。既に雛たちは巣立っていて、寝に戻っているように見受けられた。ツバメは福をもたらすと歓迎する人と、糞で汚れるので嫌う人とがいる。長く子育てができるといいが。

帰りは伯備線経由で岡山に出た。新型やくもに乗りたかったからである。少し前にJR東日本がみどりの窓口を減らしたことが社会問題となったが、JR西日本でも人手で切符を売ることは止め、券売機のみでの販売となっていた。スーパーまつかぜからスーパーやくもに乗り換えるのだが、なぜか出雲市駅ではなく宍道駅で乗り換える選択肢しか出なかった。車掌さんと交渉するのも迷惑そうなので宍道駅で乗り換えする。岡山に着いたら着いたで、乗り換え時間が10分しかなく、慌てて新幹線口に向かう。どういうアルゴリズムなのか理解に苦しむ。本当は終点のホームでのんびりとやくもを撮影したかったのだが、それは時間の関係で叶わなかった。そんなこんなで新幹線に乗る。

そういえば姉たちが話していたが、浜田市の市内循環バス、土日はほとんど便がないそうである。バス運転手の人手不足がここでも露わとなっているということだろう。

新幹線の車内では、どこからだったろうか、同じ列に咳が止まらない若い女性がいた。そういう人に限ってマスクを着用していないのである。この酷暑に咳が止まらないのだから、おそらくコロナだろう。6月にワクチンは接種しているのだが、感染してもおかしくない状況だった。

新横浜からは市営地下鉄に乗り換え、センター南駅まで戻る。バスの時間には合わなかったので、タクシーで帰る。ひと月ほど前に空足を踏んで左足を剥離骨折しており、まだ治りきっていないので長距離を歩きたくないのである。

|

« 2024年7月 | トップページ | 2024年9月 »