行為項分析――魚切り渕の大蛇
◆あらすじ
昔、村里を遠く離れた山の中にぽつんと一軒の家があった。寂しいところではあったが、山越えをする人は必ずこの家へ立ち寄って、お茶を飲ませてもらったり休ませてもらったりしていた。その家にはこうした人たちの世話をする親切な女中がいた。ある夕方、他の人と同じ様に茶を所望して一人の男が立ち寄った。女性がお茶を持っていくと、ゆっくりと飲み干し、しばらく休んでから立ち上がった。そして日もすっかり落ちて暗くなりかけた山道を灯りももたずに帰っていった。後には草履の音だけがかすかに聞こえた。次の日、昨日と同じ様な時間に男はまたやってきた。そしてお茶を所望してゆっくり飲むと、何を話すでもなくしばらく休んで夕闇の中へ消えていった。それから男は毎日の様に夕方になるとやって来てお茶を飲んでは帰っていった。何日か経って女中はあの男はいったいどこに住んでいるのだろうと思った。毎日来るところを見るとそんなに遠くでもないようだし、毎日お茶を飲みに来るというのもおかしい。そういえば暗い山道を灯りも持たずに帰ってゆくのも変だ。そこである日、いつもの様にやって来た男に思い切って毎日来るが、一体どこに住んでいるのか尋ねた。男はにやにや笑いながら、この道をずっといった所だと言って家の後ろにある小さな道の方へ目をやりながら答えた。女中はここの道をずっとと言えば、魚切りという渕の辺りという事になるが、そこには昔から大蛇が棲んでいると言われているから近づく人もない。まして家などあるはずはないのだがと不審に思った。気にかかるので何とかしてこれを知りたいと思った。色々考えた末に男が帰るときにそっと着物の裾に糸のついた針をつけておき、後から糸を頼りに辿っていこうと思いついた。何も知らない男はその日もやってくると、お茶を飲んで夕闇の中を帰っていった。女中はそっと着物の裾に針を刺した。あくる朝、女中は糸を頼りにどんどん山道を登っていった。しばらく歩いたところ遙かにどうどうという水音が聞こえてきた。あれは魚切りの渕だと思いながら糸を辿っていくと糸は渕の中へ入っていった。男はこの渕に棲む大蛇であったという。
◆モチーフ分析
・村里を遠く離れた山の中に一軒家があり、山越えする人は必ずこの家へ立ち寄ってお茶を飲ませてもらったり休ませてもらったりしていた
・この家にはそうした来客の世話をする親切な女中がいた
・ある夕方、他の人と同じ様に一人の男が立ち寄って茶を所望した
・男はしばらく休んでから暗くなりかけた山道を灯りも持たずに帰っていった
・それから男は毎日の様に夕方になるとやって来て、お茶を飲んでは帰っていった
・毎日来るところを見るとそんなに遠くでもないようだし。毎日お茶を飲みに来るというのもおかしいと女中は考えた
・ある日、女中は男に思い切ってどこに住んでいるのか尋ねた
・男はにやにやしながら、この道をずっといったところだと答えた
・女中はこの道をずっといくと魚切りという渕があるが、そこには昔から大蛇が棲んでいると言われ、家などあるはずがないと不審に思った
・女中、色々考えた末に男が帰るときに着物の裾に糸のついた針をそっと刺そうと考えた
・男がやって来て、帰るときに裾に針を刺した
・翌朝、女中は糸を頼りに山道を登っていき、魚切りの渕に辿り着いた
・糸は渕の中へ入っていった
・男はこの渕に棲む大蛇であった
◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である
S(サブジェクト:主体)
S1:女中
S2:男
O(オブジェクト:対象)
O1:一軒家
O2:村里
O3:山中
O4:山越えする人(来客)
O5:お茶
O6:休息
O7:灯り
O8:場所(道の先)
O9:魚切り渕
O10:大蛇
O11:家
O12:思案
O13:針(糸)
O14:山道
m(修飾語)
m1:親切な
m2:頻繁な
m3:不審な
+:接
-:離
・村里を遠く離れた山の中に一軒家があった
(存在)O3山中:O1一軒家-O2村里
・山越えする人は必ずこの家へ立ち寄ってお茶を飲ませてもらったり休ませてもらったりしていた
(立ち寄り)O4山越えする人:O4山越えする人+O1一軒家
(休憩)O4山越えする人;O4山越えする人+O5お茶
・この家にはそうした来客の世話をする親切な女中がいた
(存在)O1一軒家:S1女中+O4来客
(性質)S1女中:S1女中+m1親切な
・ある夕方、他の人と同じ様に一人の男が立ち寄って茶を所望した
(来訪)S2男:S2男+O1一軒家
(所望)S2男:S2男+S1女中
(喫茶)S2男:S2男+O5お茶
・男はしばらく休んでから暗くなりかけた山道を灯りも持たずに帰っていった
(休息)S2男:S2男+O6休息
(帰路につく)S2男:S2男-O1一軒家
(暗がりを行く)S2男:S2男-O7灯り
・それから男は毎日の様に夕方になるとやって来て、お茶を飲んでは帰っていった
(訪問)S2男:O1一軒家+m2頻繁な
(喫茶)S2男:S2男+O5お茶
(帰宅)S2男:S2男-O1一軒家
・毎日来るところを見るとそんなに遠くでもないようだし。毎日お茶を飲みに来るというのもおかしいと女中は考えた
(不審)S1女中:S2男+m3不審な
・ある日、女中は男に思い切ってどこに住んでいるのか尋ねた
(質問)S1女中:S1女中+S2男
・男はにやにやしながら、この道をずっといったところだと答えた
(回答)S2男:S1女中+O8場所
・女中はこの道をずっといくと魚切りという渕があるが、そこには昔から大蛇が棲んでいると言われ、家などあるはずがないと不審に思った
(存在)O8道の先:O9魚切り渕+O10大蛇
(不存在)O8道の先:O9魚切り渕-O11家
(不審)S1女中:S2男+m3不審な
・女中、色々考えた末に男が帰るときに着物の裾に糸のついた針をそっと刺そうと考えた
(思案)S1女中:S1女中+O12思案
・男がやって来て、帰るときに裾に針を刺した
(来訪)S2男:S2男+O1一軒家
(印づけ)S1女中:S2男+O13針
・翌朝、女中は糸を頼りに山道を登っていき、魚切りの渕に辿り着いた
(追跡)S1女中:O14山道+O13糸
(到達)S1女中:S1女中+O9魚切り渕
・糸は渕の中へ入っていった
(確認)S1女中:O13糸+O9魚切り渕
・男はこの渕に棲む大蛇であった
(結果)S2男:S2男+O10大蛇
◆行為項モデル
送り手→(客体)→受け手
↑
補助者→(主体)←反対者
というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。
聴き手(関心)
↓
送り手→(客体)→受け手
↑
補助者→(主体)←反対者
この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。
聴き手(たびたび来訪する男は何者か)
↓
送り手(男)→茶を所望(客体)→ 受け手(女中)
↑
補助者(なし)→ 男(主体)←反対者(なし)
聴き手(印づけはどんな結果をもたらすか)
↓
送り手(女中)→裾に針を刺す(客体)→ 受け手(男)
↑
補助者(なし)→ 女中(主体)←反対者(男)
聴き手(追跡の結果、何が判明するか)
↓
送り手(女中)→追跡(客体)→ 受け手(男)
↑
補助者(なし)→ 女中(主体)←反対者(男)
といった行為項モデルが作成できるでしょうか。山中の一軒家にたびたび来訪して茶を所望する男を不審に思った女中は男の裾に針を刺して追跡します。糸を辿っていくと山中の魚切り渕に達していました。男はその渕に棲む大蛇だったという筋立てです。
山中―一軒家、一軒家―来客、女中―男、女中―大蛇、という対立軸が見受けられます。糸/渕に追跡の結果は思わぬ結果をもたらす(※男は大蛇だった)ことが暗喩されています。
◆関係分析
スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。
♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者
という六つの機能が挙げられます。
☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。
これらを元に関係分析をすると、
女中♌♎♁―男♂☉
といった風に表記できるでしょうか。男の素性を明らかにすることを価値☉と置くと、男の正体は渕の主の大蛇ですので価値☉と置けます。女中はそれを知るという点で享受者♁であります。男は女中♌に対して謎かけをしますので、対立者♂と置けるでしょう。謎を解く女中は審判者♎ともなります。
◆物語の焦点と発想の飛躍
グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。
この物語の焦点は「茶を所望しにたびたび来訪する男は何者か」「男を追跡した結果、何が判明するか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「着物の裾に針を刺して跡を追う」でしょうか。「女中―糸/針―男」といった図式です。
◆昔話の創発モデル
下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。
物語の焦点:茶を所望しにたびたび来訪する男は何者か
男を追跡した結果、何が判明するか
↑
発想の飛躍:着物の裾に針を刺して跡を追う
・一軒家/女中―茶/休憩―男/大蛇
↑
・女中―糸/針―男
◆ログライン
ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。
「魚切り渕の大蛇」ですと「毎日の様に休憩しに来る男がどこから来るのか不審に思った女中が男の裾に糸をつけた針を刺して跡を追ったが、糸は渕の中に続いていた」くらいでしょうか。
◆余談
男はよほど茶が気に入ったのでしょうか。着物の裾に針と糸を付けて追跡するのは、いわゆる三輪山神話、苧環型の伝説のパターンです。
◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.265-267.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)
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