◆あらすじ
狼は人間が牛鬼や狐に危害を加えられようとするときは、その人間の眉毛を一本抜いて目に当ててその人が良い人が悪い人かをみる。その人が悪い人であったら体は人間であっても頭は畜生の類いになって見えるが、良い人であったら頭も人間に見えるということである。狼は悪い人だったら決して助けないが、良い人は助けてくれて、その人の家まで送り届けてくれる。これを送り狼といって、送り狼に送ってもらったときは足を洗ったたらいの水を捨ててたらいを逆さにして伏せ「ご苦労だったのう」と礼をいうと狼は安心して帰る。もしそうしないと狼は立ち去らないでいつまでもそこにいるそうだ。
昔、川戸の小田の桜屋の爺さんが田野へズク(銑鉄)を負って行っての帰りに日が暮れて七日渕の向こうまで行ったとき、狼が袖をくわえて竹藪の中へ連れ込んだ。狼に喰われるのかとビクビクしていると、狼は爺さんをそこへ座らせて腰を下ろした。すると人臭いと言って牛鬼が出てきた。川向こうの住郷の平からも牛鬼が「よい肴(さかな)があるではないか」と言った。こっちの牛鬼は「肴はあっても守りがついていてつまらんから、これから波子(はし)の浜へ出よう」と言った。両方の牛鬼は江川を挟んで話し合っていたが、そのまま行ってしまった。しばらくして狼は爺さんの袖をくわえて道へ連れ出した。「ようこそ助けてくれたのう」と礼を言うと、狼はなおも袖をくわえて小田の家まで送ってきた。爺さんは足を洗ってその水を移して「ご苦労だったのう」と言ってたらいを伏せると、狼は安心したように山へ帰っていった。
◆モチーフ分析
・狼は人間が牛鬼や狐に襲われたときには、その人間の眉毛を一本抜いて良い人か悪い人かみる
・悪い人だったら頭が畜生の類いに見える
・良い人だったら頭も人間に見える
・狼は悪い人だったら決して助けない
・狼は良い人だったら助けてその人の家まで送り届けてくれる
・送り狼に送ってもらったときは、足を洗ったたらいの水を捨てて、たらいを逆さにして伏せて、ご苦労だったと礼を言うと狼は安心して帰る
・そうしないと狼は立ち去らないで、いつまでもそこにいる
・川戸の爺さんが銑鉄を背負って行っての帰り道で狼に遭遇した
・狼は爺さんの袖をくわえて竹藪の中へ入った
・中に入ると狼は腰をおろした
・すると牛鬼の声が聞こえてきた
・人がいるが狼がいるから獲られないと牛鬼たち会話する
・牛鬼たち去って行く
・狼、爺さんの袖をくわえて道に出る
・爺さんの家まで送り狼する
・爺さん、狼に礼を言ってたらいを伏せる
・安心した狼、去っていく
◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である
S(サブジェクト:主体)
S1:狼
S2:牛鬼
S3:人間
S4:悪人
S5:善人
S6:爺さん
O(オブジェクト:対象)
O1:眉毛
O2:畜生
O3:自宅
O4:たらい
O5:銑鉄
O6:竹藪
O7:会話
O8:道
m(修飾語)
m1:腰を下ろした
m2:安心した
+:接
-:離
・狼は人間が牛鬼や狐に襲われたときには、その人間の眉毛を一本抜いて良い人か悪い人かみる
(条件)S1狼:S2牛鬼+S3人間
(判別)S1狼:S3人間-O1眉毛
・悪い人だったら頭が畜生の類いに見える
(見分け)S1狼:S4悪人+O2畜生
・良い人だったら頭も人間に見える
(見分け)S1狼:S5善人+S3人間
・狼は悪い人だったら決して助けない
(救助せず)S1狼:S1狼-S4悪人
・狼は良い人だったら助けてその人の家まで送り届けてくれる
(救助)S1狼:S1狼+S5善人
(送迎)S1狼:S5善人+O3自宅
・送り狼に送ってもらったときは、足を洗ったたらいの水を捨てて、たらいを逆さにして伏せて、ご苦労だったと礼を言うと狼は安心して帰る
(慣習)S3人間:S3人間+O4たらい
(慣習)S1狼:S3人間-S1狼
・そうしないと狼は立ち去らないで、いつまでもそこにいる
(去らず)S1狼:S1狼+O3自宅
・川戸の爺さんが銑鉄を背負って行っての帰り道で狼に遭遇した
(仕事)S6爺さん:S6爺さん+O5銑鉄
(遭遇)S6爺さん:S6爺さん+S1狼
・狼は爺さんの袖をくわえて竹藪の中へ入った
(誘導)S1狼:S6爺さん+O6竹藪
・中に入ると狼は腰をおろした
(着座)S1狼:S1狼+m1腰を下ろした
・すると牛鬼の声が聞こえてきた
(聴聞)S6爺さん:S6爺さん+O7会話
・人がいるが狼がいるから獲られないと牛鬼たち会話する
(会話)S2牛鬼:S2牛鬼-S1狼
・牛鬼たち去って行く
(退却)S2牛鬼:S2牛鬼-S6爺さん
・狼、爺さんの袖をくわえて道に出る
(誘導)S1狼:S6爺さん+O8道
・爺さんの家まで送り狼する
(送迎)S1狼:S6爺さん+O3自宅
・爺さん、狼に礼を言ってたらいを伏せる
(感謝)S6爺さん:S1狼+O4たらい
・安心した狼、去っていく
(安心)S1狼:S1狼+m2安心した
(退却)S1狼:S1狼-S6爺さん
◆行為項モデル
送り手→(客体)→受け手
↑
補助者→(主体)←反対者
というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。
聴き手(関心)
↓
送り手→(客体)→受け手
↑
補助者→(主体)←反対者
この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。
聴き手(狼はどんな人間を助けるか)
↓
送り手(狼)→ 助ける(客体)→ 受け手(人間)
↑
補助者(眉毛)→ 狼(主体)←反対者(牛鬼、狐)
聴き手(狼と遭遇した爺さんはどうなるか)
↓
送り手(狼)→ 正体を知る(客体)→ 受け手(爺さん)
↑
補助者(なし)→ 狼(主体)←反対者(牛鬼)
聴き手(爺さんはどう狼に返礼するか)
↓
送り手(爺さん)→ 足を洗ってたらいを伏せる(客体)→ 受け手(狼)
↑
補助者(なし) → 爺さん(主体)←反対者(なし)
といった三つの行為項モデルが作成できるでしょうか。善人しか助けないと言われる狼ですが、ある日川戸の爺さんは狼と遭遇してしまいます。狼が袖を引っ張るのでなすがままに竹藪の中に入ると、牛鬼の会話が聞こえてきて、爺さんは牛鬼に狙われていたところを狼に救われたことが分かります。爺さんは送り狼に礼をして安心した狼は去るという筋立てです。
狼―人間、狼―牛鬼、狼―狐、狼―爺さん、といった対立軸が見受けられます。足を洗う/たらいを伏せるに送り狼の一連の様式が暗喩されているとみることができるでしょうか。
◆関係分析
スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。
♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者
という六つの機能が挙げられます。
☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。
これらを元に関係分析をすると、
爺さん♌♁―牛鬼♂―狼♎☾(♌)
といった風に表記できるでしょうか。ここでは川戸の爺さんの命を価値☉と置くことができるでしょうか。それを狙う牛鬼たちが対立者♂となり、阻止する狼が援助者☾となります。審判者♎はお話の前段から狼と置くことができるでしょうか。狼は爺さんを善人と判断して命を救っている訳です。
◆物語の焦点と発想の飛躍
グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。
この物語の焦点は「狼と遭遇した川戸の爺さんはどうなるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「爺さんを襲うかに見えた狼が実は牛鬼から守っていた」というところでしょうか。「狼―牛鬼―爺さん」の図式です。狼は眉毛は抜きませんが爺さんを善人と判断する訳です。送り狼に対する返礼の様式も発想の飛躍といえるでしょう。
◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.208-209.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)