行為項分析――きまった運
◆あらすじ
浜田の方ではずっと奥の山手の地方を奥方と言う。昔、奥方の者は西へ出て浜田まで戻ってくると日が暮れた。そこで三宮(さんくう)さんの宮で宿を借りて寝ていると、夜が更けてから外を馬に乗ってくる人があった。三宮さんの前まで来ると行ってきましょうじゃないかと声をかけた。三宮さんはどこへ行きなさると言った。奥方の何兵衛のもとにお産があると答えた。三宮さんは今晩はお客があるから行くことができない。あんた頼むと言った。すると馬に乗った人は奥方の方へ行った。それは人が産まれるときには必ず立ち会う杓子の神さまだった。しばらくすると、また馬の足音がして、外から同じように声をかけた。それは産(うぶ)の神さまだった。しばらくするとまた馬の足音がして運勢の神さまが声をかけた。しかし三宮さんは今晩はお客があるから行けないからよろしく頼むというので奥方の方へ行った、明け方になって奥方へ行った神さまたちが戻ってきて今戻ったと三宮さんに挨拶をした。お産はどのようだったと訊くと、お産は主の方にも家来の方にも何れも安産で、主の方は息子、家来の方は娘と外から言った。運勢はと訊くと、主の方は運勢がない。家来の方は西東の蔵の主と答えた。それを聞いていた男は自分の女房が子を産んだのに違いないと思って、急いで家へ帰ってみると、自分のところに男が、下作のところに女の子が生まれていた。男はこれは二人を夫婦にさせるより他はないと思って、どちらも同じ晩に安産であったのはめでたい。三日の名つけもこっちでしてやる。十五になったら嫁にとろうと言って何から何まで世話をした。下作の方でも親方の言うことではあるし、いいことなので何でも親方の言う通りにした。そして十五になると二人は夫婦になったが、親が死ぬとだんだん身上が悪くなり、とうとう何もなくなってしまった。そこで夫婦別れをして女は旅に出た。一軒の家で泊めてやるというので泊めてもらった。ご飯の仕度をしようとすると、亭主が米びつの中に米はあるからそれを三升炊いてくれと言った。女が米びつをみると四斗くらい入る米びつに白米がいっぱい入れてあった。それを食べると亭主はうたた寝してしまった。それから寝る時になると亭主が奥の戸棚に布団があるから自分に一枚かけてくれ。お前も一枚かけて寝なさいと言った。女が戸棚をあけてみると大層な布団があった。それで一枚を亭主にかけ一枚を自分が着て寝た。明くる朝亭主は米を二升ほど炊いてくれというので、それを炊いて食べると女は暇乞いをして出たが、途中で後戻りした。そして、昨晩泊まった家の亭主と夫婦になれば長者になるという夢を見たから夫婦になってくれと言った。すると亭主も自分もそんな夢をみたが、自分から言い出すのもおかしいから黙っていた。ここにおれと言うので二人は夫婦になった。そうして暮らしている内にめきめき身上が良くなって間もなく長者になり西東に蔵を建てた。はじめの男は夫婦別れをしてからも暮らしはだんだん悪くなって、箕(みの)売りになって長者の家へ来た。女中が箕などは余るほどあるからいらぬと言った。先の亭主の声なので女房が出ていって、裾の長者の家に箕の五枚や十枚はないと不自由だから買ってやりなさいと言って箕を五枚買わせた。また四五日経つと先の亭主が箕を売りにきた。女中が断ると、女房が出て長者の館には箕の五枚や十枚は新しいのがなければいけないと言って今度は十枚買ってやった。男はそれを買ってもらって喜んで門の外まで出ると倒れて死んでしまった。女房は旦那に頼んで丁寧に葬式をしてやったが、家はますます栄えた。
◆モチーフ分析
・奥方の者が浜田の三宮神社に泊まったところ、杓子の神、産の神、運勢の神がやってくる
・三宮の神は来客があるから行かれないと答える
・奥方に行って戻ってきた神々、主人に男、家来に女が生まれたと言う
・男は衰運、女は盛運と奥方の者は聞く
・奥方の者、自分のところに違いないと思う
・奥方の者、帰って自分の息子と下作の娘の縁組みをする
・十五になって息子と娘、結婚する
・ところが親が死ぬと衰運になる
・夫婦別れして女は旅に出る
・女、一夜の宿を求める
・女、亭主にここの亭主と結婚すると盛運となるという夢を見たと打ち明ける
・亭主も同じ夢をみたといい、二人は夫婦になる
・二人は盛運で蔵が建つ
・そこに前の夫が箕を売りに来る
・女、理由をつけて箕を五枚買ってやる
・次に女、理由をつけて箕を十枚買ってやる
・男、屋敷を出ると急死してしまう
・女、男を丁寧に弔う
・家はその後も繁盛した
◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である
S(サブジェクト:主体)
S1:奥方の者
S2:神々
S3:三宮の神
S4:家来
S5:息子
S6:娘
S7:亭主
O(オブジェクト:対象)
O1:三宮神社
O2:お産
O3:奥方
O4:男児
O5:女児
O6:一夜の宿
O7:夢
O8:箕
m(修飾語)
m1:衰運
m2:盛運
m3:死んだ
+:接
-:離
・奥方の者が浜田の三宮神社に泊まったところ、杓子の神、産の神、運勢の神がやってくる
(宿泊)S1奥方の者:S1奥方の者+O1三宮神社
(来訪)S2神々:S2神々+O1三宮神社
・三宮の神は来客があるから行かれないと答える
(回答)S3三宮の神:S3三宮の神-O2お産
・奥方に行って戻ってきた神々、主人に男、家来に女が生まれたと言う
(帰還)S2神々:S2神々-O3奥方
(報告)S2神々:S2神々+S3三宮の神
(誕生)S2神々:S1奥方の者(主人)+O4男児
(誕生)S2神々:S4家来+O5女児
・男は衰運、女は盛運と奥方の者は聞く
(聴聞)S1奥方の者:O4男児+m1衰運
(聴聞)S1奥方の者:O5女児+m2盛運
・奥方の者、自分のところに違いないと思う
(自覚)S1奥方の者:S1奥方の者+m1衰運
・奥方の者、帰って自分の息子と下作の娘の縁組みをする
(縁組)S1奥方の者:O4男児+O5女児
・十五になって息子と娘、結婚する
(結婚)S1奥方の者:S5息子+S6娘
・ところが親が死ぬと衰運になる
(死去)X:S1奥方の者+m3死んだ
(衰亡)S5息子:S5息子+m1衰運
・夫婦別れして女は旅に出る
(離縁)S5息子:S5息子-S6娘
(出立)S6娘:S6娘-X
・女、一夜の宿を求める
(依頼)S6娘:S6娘+O6一夜の宿
・女、亭主にここの亭主と結婚すると盛運となるという夢を見たと打ち明ける
(告白)S6娘:S7亭主+O7夢
・亭主も同じ夢をみたといい、二人は夫婦になる
(告白)S7亭主:S6娘+O7夢
(結婚)S7亭主:S7亭主+S6娘
・二人は盛運で蔵が建つ
(盛運)S7亭主+S6娘:S7亭主+S6娘+m2盛運
・そこに前の夫が箕を売りに来る
(来訪)S5息子:S6娘+O8箕
・女、理由をつけて箕を五枚買ってやる
(購入)S6娘:S6娘+O8箕
・次に女、理由をつけて箕を十枚買ってやる
(購入)S6娘:S6娘+O8箕
・男、屋敷を出ると急死してしまう
(急死)S5息子:S5息子+m3死んだ
・女、男を丁寧に弔う
(弔問)S6娘:S6娘+S5息子
・家はその後も繁盛した
(繁栄)S6娘+S7亭主:S6娘+S7亭主+m2盛運
◆行為項モデル
送り手→(客体)→受け手
↑
補助者→(主体)←反対者
というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。
聴き手(関心)
↓
送り手→(客体)→受け手
↑
補助者→(主体)←反対者
この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。
聴き手(奥方の者が聴く話はなにか)
↓
送り手(神々)→ 予言(客体)→ 受け手(奥方の者)
↑
補助者(三宮の神)→ 奥方の者(主体)←反対者(なし)
聴き手(奥方の者は息子の衰運を避けられるか)
↓
送り手(奥方の者)→ 縁組(客体)→ 受け手(家来)
↑
補助者(神々)→ 奥方の者(主体)←反対者(なし)
聴き手(離縁された娘はどうなるか)
↓
送り手(息子)→ 離縁(客体)→ 受け手(娘)
↑
補助者(なし)→ 息子(主体)←反対者(なし)
聴き手(娘と亭主の関係はどうなるか)
↓
送り手(娘)→ 盛運の夢(客体)→ 受け手(亭主)
↑
補助者(亭主)→ 娘(主体)←反対者(なし)
聴き手(落ちぶれた元夫に娘はどう振る舞うか)
↓
送り手(娘)→ 箕を買う(客体)→ 受け手(息子)
↑
補助者(亭主)→ 娘(主体)←反対者(なし)
聴き手(死んだ元夫に対してどう振る舞うか)
↓
送り手(娘)→ 弔い(客体)→ 受け手(息子)
↑
補助者(亭主)→ 娘(主体)←反対者(なし)
といった七つの行為項モデルが作成できるでしょうか。神社に泊まって夢に神々の声を聞いた奥方の者は息子が衰運だと知り、その運命を回避するため下作の盛運の娘を嫁に迎えます。しかし、奥方の者が亡くなると果たして息子は衰運となり娘と離縁してしまいます。旅に出た娘は一夜の宿を求めた先で盛運の夢を見て、そこの亭主と結婚します。果たして盛運となった娘ですが、あるとき落ちぶれた衰運の息子が箕を売りにやって来ます。娘は理由をつけて箕を買ってやる優しさを示します。結局、衰運の息子はそこで死んでしまいます。盛運の娘は衰運の息子を弔ったという筋立てです。
奥方の者―三宮の神、奥方の者―杓子の神さま、奥方の者―産の神さま、奥方の者―運勢の神さま、衰運の息子―盛運の娘、盛運の娘―亭主、といった対立軸が見受けられます。衰運/盛運の図式ですが、息子の衰運の方が強いようです。娘の盛運は息子と離縁してから発揮されます。悪縁から解放されることで運命が開けることが暗喩されているでしょうか。
◆関係分析
スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。
♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者
という六つの機能が挙げられます。
☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。
これらを元に関係分析をすると、
1. 奥方の者♌♁―神々♎―三宮の神☾(♌)―家来☉
2. 娘♌☉♁―亭主♁―息子☉(-1)―女中☾(♌)
といった風に表記できるでしょうか。奥方の者にとって息子の衰運を回避することが価値☉となります。そのため神々の予言に従って家来の盛運の娘と結婚させます。奥方の者が泊まった三宮神社の神は奥方の者に神々の声を聞かせますので援助者☾と置けるでしょうか。対してお産に立ち会った神々はこれから先の運命を予言する審判者♎と置けます。対立者♂は存在しません。息子の衰運こそが回避すべき対立軸となる訳です。
そして成長した衰運の息子と盛運の娘は結婚しますが、親が死ぬと次第に衰退し離縁してしまいます。娘は旅に出て亭主と出会います。ここでは盛運をもたらす娘こそが価値☉となります。亭主はその享受者♁となります。娘自身も享受者♁となります。女中は単なる援助者☾です。衰運となった息子をどうとるかですが、対立者♂と置くよりもマイナスの価値☉(-1)とした方が適切かもしれません。
◆物語の焦点と発想の飛躍
グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。
このお話の焦点は「いかに予言された衰運を回避して盛運を手に入れるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「神社に泊まったところ、偶然お産に立ち会った神々の声を聴く」ことでしょうか。「奥方の者―声―神々」という図式です。
運定めの話では息子と娘が結婚するものの離縁してしまうパターンが多いようです。盛運より衰運の方が強い傾向にあると言えるでしょうか。予言された運命を回避するために前もって行動するものの、結局運命からは逃れられない。別の人生を歩みはじめたところ、盛運のきっかけを掴むという内容となっています。
三宮神社は島根県浜田市に実在する神社です。毎週土曜の夜神楽定期公演で知られています。
◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.202-205.
・前田久子「運定めの昔話『男女の福分』―『立ち聞き』モチーフをめぐって―」『鼓:伝承児童文学・近代以前日本児童文学研究と資料』(1)(2005)pp.101-138
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)
| 固定リンク
« 初心者向け公式マニュアル――樋口耕一、中村康則、周景龍『動かして学ぶ! はじめてのテキストマイニング フリー・ソフトウェアを用いた自由記述の計量テキスト分析』 | トップページ | 行為項分析――一本草 »
「昔話」カテゴリの記事
- モチーフ素の連鎖で民話を分析――アラン・ダンダス『民話の構造 アメリカ・インディアンの民話の形態論』(2025.02.07)
- 未来社『石見の民話』分析二周目、石西編が終わる。続いて三周目について(2024.11.30)
- 行為項分析――長い話(2024.11.29)
- 行為項分析――果てなしばなし(2024.11.29)
- 行為項分析――なさけない(2024.11.29)