行為項分析――ひとつおぼえ
◆あらすじ
昔あるところにお母さんと馬鹿な息子がいた。魚売りが来たのでお母さんが魚を買ってあぶって息子に猫の番をしていろと言って出かけていった。すると、猫が来たので見ていると、猫は魚をくわえて逃げた。お母さんが帰ってみると魚が無いので訊くと、息子は魚は猫がくわえて逃げたと言った。お母さんはそんな時には追うものだと言って聞かせた。それから芋虫を見に行けと言われたので息子は畑へ行って芋虫としい、しいと追ったが逃げないので帰ってきてお母さんに話した。お母さんはそんな時には叩いて落とすものだと言って聞かせた。ある日息子がお宮へ参ってみると爺さんの頭に蠅(はえ)がとまっていたので叩き落とした。すると爺さんは怒って叩き返した。息子は泣いて帰ってお母さんに話した。お母さんはそんな時には団扇(うちわ)であおぐものだと言って聞かせた。息子はある日町へ出てみると火事があったので団扇で扇いだ。すると火はだんだん激しく燃えだしたので町の人に叱られた。泣く泣く家へ帰ってお母さんに話すと、そんなときには水をかけるものだと言って聞かせた。息子はまたある日町へ出てみると鍛冶屋がふいごで火をおこしていたので水をかけた。鍛冶屋は腹をたててゲンコツを喰らわせた。息子は帰ってそのことを話すとお母さんはそんな時にはてご(手伝い)をしてあげるものだと言って聞かせた。次の日息子が町へ出てみると、おっちゃんたちが二人で喧嘩しているので、息子は片方のおっちゃんを殴った。するとおっちゃんが腹をたててゲンコツを喰らわしたので、また泣いて帰って話すと、お母さんはそんな時には仲裁するものだと言って聞かせた。またある日息子が町へ出ると犬が喧嘩しているので中へ入って仲裁すると犬は食らいついてきたので息子はわんわん泣きながら帰った。馬鹿は幾ら言って聞かせても仕方がない。
◆モチーフ分析
・母と馬鹿な息子がいた
・母が魚がとられないように猫の番をしろと言い付ける
・息子、猫が魚をとるのを見ているのみ
・母、そういうときは追うものだと言い聞かせる
・母、畑で芋虫を見てこいと息子にいう
・息子、芋虫をしっしと追うが逃げない
・母、そういうときは叩き落とすものだと言い聞かせる
・息子、爺さんの頭にとまっていた蠅を叩き落とす
・爺さん、怒って叩き返す
・母、そういうときは団扇であおぐものだと言い聞かせる
・息子、町で火事に遭遇、団扇であおぐ
・火の勢いが強くなったので町の人に怒られる
・母、そういうときには水をかけるものだと言い聞かせる
・息子、鍛冶屋がふいごで火を起こしているところに水をかける
・母、そういうときには手伝いをするものだと言い聞かせる
・息子が町にでると大人が喧嘩していたので、片方に加勢する
・母、そういうときには仲裁するものだと言い聞かせる
・息子、犬が喧嘩していたので割って入って仲裁する
・犬が食らいついてくる
・馬鹿は幾ら言い聞かせても仕方がない
◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である
S(サブジェクト:主体)
S1:母
S2:息子
S3:爺さん
S4:町の人
S5:鍛冶屋
S6:大人
S7:馬鹿
O(オブジェクト:対象)
O1:魚
O2:猫
O3:畑
O4:野菜
O5:芋虫
O6:蠅
O7:鉄拳制裁
O8:団扇
O9:火事
O10:水
O11:火
O12:手伝い
O13:喧嘩
O14:仲裁
O15:犬
O16:教示
m(修飾語)
m1:馬鹿な
m2:怒った
m3:勢いが増した
+:接
-:離
・母と馬鹿な息子がいた
(存在)X:S1母+S2息子
(状態)X:S2息子+m1馬鹿な
・母が魚がとられないように猫の番をしろと言い付ける
(命令)S1母:S1母+S2息子
(監視)S2息子:O1魚-O2猫
・息子、猫が魚をとるのを見ているのみ
(黙認)S2息子:O2猫+O1魚
・母、そういうときは追うものだと言い聞かせる
(教示)S1母:S2息子-O2猫
・母、畑で芋虫を見てこいと息子にいう
(命令)S1母:S1母+S2息子
(監視)S2息子:O4野菜-O5芋虫
・息子、芋虫をしっしと追うが逃げない
(不発)S2息子:O4野菜+O5芋虫
・母、そういうときは叩き落とすものだと言い聞かせる
(教示)S1母:S2息子-O5芋虫
・息子、爺さんの頭にとまっていた蠅を叩き落とす
(殴打)S2息子:S3爺さん-O6蠅
・爺さん、怒って叩き返す
(激怒)S3爺さん:S3爺さん+m2怒った
(反撃)S3爺さん:S2息子+O7鉄拳制裁
・母、そういうときは団扇であおぐものだと言い聞かせる
(教示)S1母:S2息子+O8内輪
・息子、町で火事に遭遇、団扇であおぐ
(遭遇)S2息子:S2息子+O9火事
(扇ぐ)S2息子:O9火事+O8団扇
・火の勢いが強くなったので町の人に怒られる
(強化)S2息子:O9火事+m3勢いが増した
(叱責)S4町の人:S4町の人+S2息子
・母、そういうときには水をかけるものだと言い聞かせる
(教示)S1母:S2息子+O10水
・息子、鍛冶屋がふいごで火を起こしているところに水をかける
(遭遇)S2息子:S5鍛冶屋+O11火
(消火)S2息子:O11火+O10水
(制裁)S5鍛冶屋:O7鉄拳制裁+S2息子
・母、そういうときには手伝いをするものだと言い聞かせる
(教示)S1母:S2息子+O12手伝い
・息子が町にでると大人が喧嘩していたので、片方に加勢する
(遭遇)S2息子:S2息子+O13喧嘩
(加勢)S2息子:S2息子+S6大人
(反撃)S6大人:O7鉄拳制裁+S2息子
・母、そういうときには仲裁するものだと言い聞かせる
(教示)S1母:S2息子+O14仲裁
・息子、犬が喧嘩していたので割って入って仲裁する
(遭遇)S2息子:O15犬+O15犬
(仲裁)S2息子:O15犬-O15犬
・犬が食らいついてくる
(反撃)O15犬:O15犬+S2息子
・馬鹿は幾ら言い聞かせても仕方がない
(教訓)X:S7馬鹿-O16教示
◆行為項モデル
送り手→(客体)→受け手
↑
補助者→(主体)←反対者
というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。
聴き手(関心)
↓
送り手→(客体)→受け手
↑
補助者→(主体)←反対者
この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。
聴き手(息子は魚の番ができるか)
↓
送り手(息子)→ 魚(客体)→ 受け手(猫)
↑
補助者(母)→ 息子(主体)←反対者(猫)
聴き手(息子は畑の番ができるか)
↓
送り手(息子)→ 畑の番(客体)→ 受け手(芋虫)
↑
補助者(母)→ 息子(主体)←反対者(芋虫)
聴き手(息子は蠅を追い払えるか)
↓
送り手(息子)→ 蠅(客体)→ 受け手(爺さん)
↑
補助者(母)→ 息子(主体)←反対者(爺さん)
聴き手(息子は火事を食い止められるか)
↓
送り手(息子)→ 火事(客体)→ 受け手(町の人)
↑
補助者(母)→ 息子(主体)←反対者(町の人)
聴き手(息子は鍛冶屋でどう振る舞うか)
↓
送り手(息子)→ 水(客体)→ 受け手(鍛冶屋)
↑
補助者(母)→ 息子(主体)←反対者(鍛冶屋)
聴き手(息子は喧嘩の仲裁ができるか)
↓
送り手(息子)→ 手伝い(客体)→ 受け手(大人)
↑
補助者(母)→ 息子(主体)←反対者(大人)
聴き手(息子は犬の喧嘩を止められるか)
↓
送り手(息子)→ 仲裁(客体)→ 受け手(犬)
↑
補助者(母)→ 息子(主体)←反対者(犬)
といった七つの行為項モデルが作成できるでしょうか。ぼんやりした息子は買ってきた魚を猫に奪われるままとなってしまいます。そこで母が助言しますが、今度は何を言いつけてもその助言通りに行動してしまい、状況に応じた適切な行動がとれずに失敗を繰り返します。そこがおかしみとなっています。毎回泣いて帰る姿が見方によっては可愛い馬鹿息子です。
息子―母、息子―猫、息子―芋虫、息子―爺さん、息子―町の人、息子―鍛冶屋、息子―大人、息子―犬、といった対立軸が見受けられます。馬鹿/助言の図式に、何を言っても母の意図とずれた行動を起こしてしまう息子の愚かさが暗喩されています。
◆関係分析
スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。
♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者
という六つの機能が挙げられます。
☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。
これらを元に関係分析をすると、
1. 息子♌―猫♂―母♎☾(♌)
2. 息子♌―芋虫♂―母♎☾(♌)
3. 息子♌―蠅♂―爺さん♎♁―母☾(♌)
4. 息子♌―町の人♎♁―母☾(♌)
5. 息子♌―鍛冶屋♎♁―母☾(♌)
6. 息子♌―大人♎♁―母☾(♌)
7. 息子♌―犬♁
といった風に表記できるでしょうか。まずは魚を奪われないことが価値☉となります。ここでは猫が対立者♂となります。母は常に息子の援助者☾となります。また、息子の行為の是非を判断する審判者♎ともなります。次に畑の野菜が芋虫に食われないようにすることが価値☉となります。芋虫は対立者♂となります。母親は審判者♎ともなります。次は爺さんの頭にとまった蠅を追い払うことが価値☉となります。蠅が対立者♂となり、爺さんは享受者♁かつ審判者♎となります。次は町の火事を消し止めることが価値☉となります。町の人たちが享受者♁かつ審判者♎となります。その次は鍛冶屋の仕事を邪魔しないことが価値☉となります。鍛冶屋は享受者♁かつ審判者♎となります。次に大人同士の喧嘩を仲裁することが価値☉となります。大人たちは享受者♁かつ審判者♎となります。最後に犬の喧嘩を止めることが価値☉となります。犬は享受者♁となります。犬は審判者♎たり得るか難しいところです。ここでは外しました。
◆物語の焦点と発想の飛躍
グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。
このお話の焦点は「馬鹿息子は状況に応じた適切な行動がとれるのか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「馬鹿息子は母の助言を全く異なる状況下でその言葉の額面通りに実行してしまう」ことでしょうか。「母―助言/曲解―息子」の図式です。
結局、息子の間抜けさは解消されないままに話は終わります。毎回泣いて帰る姿は可愛らしくもあります。何度失敗しても諦めないお母さん像も魅力です。
◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.199-201.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)
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