行為項分析――馬ほめと仏壇ほめ
◆あらすじ
昔、馬鹿な聟がいた。嫁の里に泊まりに行くことになったので、家を出るときに嫁が「行ったらお爺さんは馬を買ったから見てくれと言うから、その時には、どっこもさすってみて、これは良い馬だ。どっこも不足はないが、ちとぎり(つむじ)が高いから噛みつかねばよいが」と言いなさいと教えた。聟は嫁の里に行くと嫁が教えた通りにお爺さんが「馬を買ったから見てくれ」と言った。聟はあちこちさすって「これは良い馬だ。どっこも不足がないが、ちとぎりが高いから、噛みつかねばいいが」と言った。お爺さんはそれを聞いて、この聟は馬鹿だと聞いていたが、まんざら馬鹿でもないと喜んで、今度は家の中へ入って「聟どの、良い仏壇を買ったから見てくれ」と言った。そこで聟は仏壇の前へ行って、あちこち撫でていたが「これは良い仏壇だ。どこも不足はないが、ちとぎりが高いから噛みつかねばいいが」と答えた。
◆モチーフ分析
・馬鹿な聟が嫁の里に泊まりにいくことになった
・嫁が聟に爺さんが馬を買ったから尋ねられたかかくかくしかじかとこたえろと教える
・嫁の里に行った聟、爺さんに馬を見て欲しいと言われる
・聟、嫁に教わった通りに答える
・爺さん、聟をまんざら馬鹿でもないと喜ぶ
・爺さん、今度は仏壇を見せる
・聟、馬にするのと同じように答える
◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である
S(サブジェクト:主体)
S1:聟
S2:嫁
S3:爺さん
O(オブジェクト:対象)
O1:嫁の里
O2:入れ知恵
O3:馬
O4:仏壇
m(修飾語)
m1:馬鹿な
m2:馬鹿でない
+:接
-:離
・馬鹿な聟が嫁の里に泊まりにいくことになった
(存在)X:S1聟+m1馬鹿な
(宿泊)S1聟:S1聟+O1嫁の里
・嫁が聟に爺さんが馬を買ったから尋ねられたかかくかくしかじかとこたえろと教える
(入れ知恵)S2嫁:S1聟+O2入れ知恵
・嫁の里に行った聟、爺さんに馬を見て欲しいと言われる
(評価)S3爺さん:S1聟+O3馬
・聟、嫁に教わった通りに答える
(解答)S1聟:S3爺さん+O2入れ知恵
・爺さん、聟をまんざら馬鹿でもないと喜ぶ
(喜ぶ)S3爺さん:S1聟+m2馬鹿でない
・爺さん、今度は仏壇を見せる
(閲覧)S3爺さん:S1聟+O4仏壇
・聟、馬にするのと同じように答える
(繰り返し)S1聟:S3爺さん+O2入れ知恵
◆行為項モデル
送り手→(客体)→受け手
↑
補助者→(主体)←反対者
というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。
聴き手(関心)
↓
送り手→(客体)→受け手
↑
補助者→(主体)←反対者
この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。
聴き手(聟は爺さんに馬鹿とばれずに済むか)
↓
送り手(聟)→ 回答(客体)→ 受け手(爺さん)
↑
補助者(嫁)→ 聟(主体)←反対者(なし)
といった行為項モデルが作成できるでしょうか。嫁は父である爺さんが馬を買ったことは知っていましたから、どう答えればよいか予め聟に言い含めることには成功しますが、爺さんが仏壇を買ったことまでは知りませんでした。聟は嫁に入れ知恵された通りに馬に対するのと全く同じに答え、爺さんに馬鹿であることがばれてしまうという筋立てです。ここでは繰り返しによるおかしみを表現しています。嫁は夫が馬鹿であることを身内である家族にすら知られたくないと思っていますが、情報の非対称性(※仏壇購入の不知)によってその狙いは外れてしまう訳です。
聟―嫁、聟―爺さん、聟―馬、聟―仏壇、といった対立軸が見受けられます。馬/仏壇という図式に対象が全く異なるのに同じ受け答えをしてしまう間抜けさが暗喩されています。
◆関係分析
スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。
♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者
という六つの機能が挙げられます。
☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。
これらを元に関係分析をすると、
聟♌♁―爺さん♎―嫁☾(♌)
といった風に表記できるでしょうか。馬鹿と悟られないことを価値☉と置くと、聟は享受者♁となります。が、自分自身の愚かさでばらしてしまいますのでマイナスの享受者♁(-1)とも置けるでしょうか。爺さんは聟が馬鹿か否か見極める立場ですので審判者♎となります。嫁は婿の援助者☾となります。対立者♂は存在しないパターンのお話となります。
◆物語の焦点と発想の飛躍
グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。
このお話の焦点は「聟は馬鹿であることを爺さんに悟られずに済むか」といったところでしょうか。それに対する発想の飛躍は「馬でも仏壇でも全く同じに答えてしまう聟の足りなさ」でしょうか。「嫁―聟―馬/仏壇―爺さん」の図式です。
馬鹿婿の話は昔話ではよくあります。それは結婚が親の意向によって決められていた時代性を反映したものでもあります。自由恋愛の現代なら馬鹿婿はおそらく結婚相手を見つけられないでしょう。
◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.197-198.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)
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