行為項分析――化物退治
◆あらすじ
昔あるところに一人暮らしの猟師がいた。度胸のすわった男で近くの山に化物が出るというので退治に出かけた。猟師は日が暮れるのを待って山に入り、たき火を焚いていた。夜が更けて丑三つ時になった頃、大きな牛のようで目がぎょろぎょろと鋭く光っている怪物が現れた。猟師は度肝を抜かれたが、ここで度胸をすえねば自分の命がないと思って、ここにきてたき火に当たれと言った。怪物は少し当たらしてくれと言ってたき火の側へ来た。猟師は何もご馳走はないが団子があるから食わないかと言うと、一つよばれるとしようとなった。猟師はじゃあ口を開けておれ、団子を放り込んでやると言って鉄砲の筒口を怪物の口に突っ込んで引き金を引いた。ズドンと大きな音がして、この一発で怪物は倒れると思ったところが、怪物は平気で団子を皆出せと言った。そこで猟師は持っているだけの玉を皆怪物の口の中に撃ち込んだ。が、怪物はけろりとして皆食ってしまった。そして今度はわしがお前に団子を食わせてやろうと言ったので猟師は震えだした。怪物に食い殺されると思って八幡大菩薩に祈った。すると猟師はまだ守り玉があったのに気がついた。それを込めてドンと一発撃つと、怪物はきゃーと血を吹きながら山奥へ逃げ込んだ。その内に夜が明けたので、血の跡を追って山奥へ行ってみると、大きな岩穴があって中でウンウンうめく声が聞こえた。そこで岩穴をそっと覗いて様子を見ると大きな男の狒々(ひひ)が女の狒々の傷口を一生懸命手当をしている。そして自分が仇をとってやる。あの猟師は独り者で女房がいないから自分が女に化けて食い殺してやると言っていた。猟師はこれを聞いて油断ならないと度胸を決めて狒々のやって来るのを待った。すると間もなく、ある夕方にきれいな女がやってきて一晩泊めてくれないか、そして自分を嫁にしてくれないかと頼んだ。猟師は承知した。そこで隣近所や親類を呼んで宴会となった。しかし猟師は油断せず、こっそり鉄砲に玉をこめ外に出て障子の穴から女を撃った。すると嫁が血だらけになって倒れたので大騒ぎになった。人殺しだというので役人が来て取り調べ、猟師は人殺しの罪で連行されることになった。猟師は訳を話して、三日もすれば化けの皮がはげて元の狒々になるからと言って三日間の日延べを願った。そこで四日目に来たときにこのままであったらお前を人殺しとして打ち首にするぞと言って役人は帰った。四日目に役人が来て見ると、女は狒々になって牙をむいて死んでいたので、役人は猟師の勇気を褒めた。
◆モチーフ分析
・一人暮らしの猟師が化物退治に出かけた
・猟師が山の中でたき火を焚いていると怪物が現れた
・猟師、怪物にたき火に当たらせる
・猟師、怪物に団子を食わせると言って怪物の口に銃口を突っ込み発砲する
・が、怪物、死なない
・猟師、玉を打ちつくしてしまう
・怪物、今度は自分が猟師に団子を食わせると言う
・驚愕した猟師だったが、八幡に祈ると守り玉が残っていることに気づく
・猟師、守り玉で怪物を撃つ
・怪物、手傷を負って逃げ出す
・跡を追った猟師、岩穴に辿り着く
・中で雄の狒々と雌の狒々が話していた
・狒々の会話を聞いた猟師、家に戻る
・女が訪ねてきて嫁にしてくれと頼む
・結婚式で猟師は女を撃ち殺す
・殺人となり役人に取り調べられる
・猟師は事情を説明し、三日後には正体が明かされると言う
・それで猟師は一時的に解放される
・四日目に役人がやってくる
・果たして狒々の正体が明かされる
・役人、猟師の勇気を褒める
◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である
S(サブジェクト:主体)
S1:猟師
S2:怪物
S3:雄の狒々
S4:女
S5:役人
O(オブジェクト:対象)
O1:たき火
O2:団子
O3:鉄砲玉
O4:八幡
O5:守り玉
O6:岩穴
O7:自宅
O8:事情
m(修飾語)
m1:死んでいない
m2:驚愕した
m3:負傷した
m4:有罪の
m5:正体が明かされた
m6:賞賛された
+:接
-:離
・一人暮らしの猟師が化物退治に出かけた
(出発)S1猟師:S1猟師+S2怪物
・猟師が山の中でたき火を焚いていると怪物が現れた
(たき火)S1猟師:S1猟師+O1たき火
(出現)S2怪物:S1猟師+S2怪物
・猟師、怪物にたき火に当たらせる
(もてなし)S1猟師:S2怪物+O1たき火
・猟師、怪物に団子を食わせると言って怪物の口に銃口を突っ込み発砲する
(嘘)S1猟師:S2怪物+O2団子
(射撃)S1猟師:S2怪物+O3鉄砲玉
・が、怪物、死なない
(不発)S2怪物:S2怪物+m1死んでいない
・猟師、玉を打ちつくしてしまう
(玉切れ)S1猟師:S1猟師-O3鉄砲玉
・怪物、今度は自分が猟師に団子を食わせると言う
(報復の予告)S2怪物:S1猟師+O2団子
・驚愕した猟師だったが、八幡に祈ると守り玉が残っていることに気づく
(驚愕)S1猟師:S1猟師+m2驚愕した
(祈願)S1猟師:S1猟師+O4八幡
(気づき)S1猟師:S1猟師+O5守り玉
・猟師、守り玉で怪物を撃つ
(射撃)S1猟師:S2怪物+O5守り玉
・怪物、手傷を負って逃げ出す
(負傷)S2怪物:S2怪物+m3負傷した
(逃走)S2怪物:S2怪物-S1猟師
・跡を追った猟師、岩穴に辿り着く
(追跡)S1猟師:S1猟師+S2怪物
(発見)S1猟師:S1猟師+O6岩穴
・中で雄の狒々と雌の狒々が話していた
(盗聴)S1猟師:S3雄の狒々+S2怪物(雌の狒々)
・狒々の会話を聞いた猟師、家に戻る
(帰宅)S1猟師:S1猟師+O7自宅
・女が訪ねてきて嫁にしてくれと頼む
(求婚)S4女:S1猟師+S4女
・結婚式で猟師は女を撃ち殺す
(結婚)S1猟師:S1猟師+S4女
(射殺)S1猟師:S4女+O3鉄砲玉
・殺人となり役人に取り調べられる
(罪を負う)S1猟師:S1猟師+m4有罪の
(取り調べ)S5役人:S5役人+S1猟師
・猟師は事情を説明し、三日後には正体が明かされると言う
(説明)S1猟師:S5役人+O8事情
(予告)X:S4女+m5正体が明かされた
・それで猟師は一時的に解放される
(解放)S5役人:S5役人-S1猟師
・四日目に役人がやってくる
(再訪)S5役人:S5役人+S1猟師
・果たして狒々の正体が明かされる
(判明)S5役人:S3雄の狒々+m5正体が明かされた
・役人、猟師の勇気を褒める
(賞賛)S5役人:S1猟師+m6賞賛された
◆行為項モデル
送り手→(客体)→受け手
↑
補助者→(主体)←反対者
というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。
聴き手(関心)
↓
送り手→(客体)→受け手
↑
補助者→(主体)←反対者
この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。
聴き手(鉄砲玉の通じない怪物を猟師は倒せるか)
↓
送り手(猟師)→ 鉄砲玉(客体)→ 受け手(怪物)
↑
補助者(八幡)→ 猟師(主体)←反対者(怪物)
聴き手(狒々の復讐を猟師は逃れられるか)
↓
送り手(猟師)→ 鉄砲玉(客体)→ 受け手(女)
↑
補助者(なし)→ 猟師(主体)←反対者(女)
といった二つの行為項モデルが作成できるでしょうか。怪物退治に出かけた猟師ですが、鉄砲玉は通じず、却って報復されそうになります。とっさに守り玉が残されていることを思い出し、それで怪物を撃退します。その後、怪物を追跡、怪物の正体は狒々であることが判明します。その後、猟師の許を訪れた女を嫁としますが、猟師は嫁を狒々と疑い結婚式で射殺します。殺人事件となり役人に捕らえられますが、数日後に正体が判明すると主張し、その通りとなり無罪放免となるという筋立てです。この話では八幡の功徳と猟師の勇気が称えられていると言えるでしょう。
猟師―怪物、団子―鉄砲玉、鉄砲玉―守り玉、怪物―守り玉、猟師―女/嫁、猟師―役人といった対立軸が見受けられます。団子/鉄砲玉という図式に油断させて確実に撃ち殺そうという意図が暗喩されています。また、守り玉/怪物という図式には鉄砲玉も通じない怪物をも倒す守り玉の霊的な力が暗喩されています。
◆関係分析
スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。
♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者
という六つの機能が挙げられます。
☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。
これらを元に関係分析をすると、
猟師♌♁―怪物(雌の狒々)♂―女/嫁/雄の狒々♂―役人♎―八幡☾(♌)
といった風に表記できるでしょうか。怪物を倒すことを価値☉と置くと、猟師は怪物を倒した勇気を役人から賞賛されますので享受者♁と置けるでしょう。一方、役人は審判者♎の機能を果たします。雄雌の狒々は対立者♂となります。八幡自身は物語に登場しませんが、八幡に祈ることで守り玉の存在を思い出しますので援助者☾と置くことも可能でしょう。
◆物語の焦点と発想の飛躍
グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。
この物語の焦点は「鉄砲玉が通じない怪物を猟師は倒せるか」あるいは「狒々の復讐を猟師は逃れることができるか」でしょうか。発想の飛躍は「鉄砲玉が通じない怪物を守り玉で倒す」でしょうか。「猟師―守り玉―怪物」の図式です。団子を食わせると言って銃口を口に入れ発砲するのも発想の飛躍と言えるでしょう。「猟師―団子/鉄砲玉―怪物」の図式です。
守り玉は一度使うと猟師を辞めなければならないという制約がある場合が多いですが、この話ではそうではありません。見知らぬ女が嫁にしてくれと訪ねてくるのは異類婚姻譚的です。女に化けてやってくるのは雄の狒々ですが。
◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.193-196.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)
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