行為項分析――一本草
◆あらすじ
夫婦の狐がいた。ところが雄狐が猟師にとられてしまった。これを悲しんだ雌狐は何とかして夫の仇をとろうと思って、女に化けて猟師のところへ訪ねていった。そして妻にして欲しいと頼んだ。猟師は独り者だったから妻にした。そのうちに子供ができた。子供はすくすくと大きくなった。ある日いつものように男は猟に出た。そして夕方になって帰って家へあがると何か大きな尻尾のようなものを踏んだ。すると女房がキャッといって急いで尻尾を隠した。男はびっくりしてお前は獣だろうと言った。女房は自分は男に殺された狐の妻である。何とかして夫の仇を討ちたいと思って人間に化けて男の妻にしてもらった。そして隙を狙って殺そうと思ううちに可愛い子供が生まれて、それもできず今日までこうして暮らしていた。しかしこうなってが仕方がない。男を騙したことはお詫びする。子供はどうか立派に育てて欲しい。きっと恩返しすると言ってコンコンと啼いて逃げていった。そのうち田植え時期になった。妻がいなくなった男は小さい子供を連れて一人で田植えをしなければならない。代(しろ)をかいて苗を配って昼飯を食べて来て見ると、田にはいつの間にかきれいに苗が植えてあった。次の日もその次の日も同じことが続いた。不思議に思って誰が植えてくれるのか見ようと思って、山へ登って弁当を食べながら見ていると狐がたくさん出てきて箒柴をかついでまたたく間に植えてしまった。女房になった狐が仲間をつれて来て植えてくれるのかと男は喜んだ。秋になると余所の稲は皆穂が出たがこの男の稲には穂が出ない。そこで地頭がお前の田は穂が出ないから年貢はいらぬと言った。男はその稲を刈ってこいでみると穂がないのに籾(もみ)がどんどん出て大変な収穫であった。それが一本草という稲で、一本草の稲の穂は袴(はかま)より上には出ないのだそうだ。
◆モチーフ分析
・夫婦の狐がいたが、雄の狐が猟師にとられてしまった
・雌の狐、仇をとるため女に化けて猟師の嫁になる
・子供ができ、すくすくと成長した
・男が猟から戻ると大きな尻尾を踏んだ
・男、女房にお前は獣だろうと言う
・女房は訳を話して騙したことを詫びる
・狐、逃げていく
・男、独りで田植えをしなければならなくなる
・代をかいて苗を配って昼飯を食べるといつの間にか苗が植えてある
・山へ登ってみると、狐が苗を植えていた
・秋になったが男の稲には穂がでなかった
・地頭が年貢を免除する
・男、稲をこぐと籾がどんどん出て大収穫だった
・それが一本草である
◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である
S(サブジェクト:主体)
S1:雌の狐
S2:雄の狐
S3:猟師
S4:狐
S5:地頭
O(オブジェクト:対象)
O1:子供
O2:尻尾
O3:経緯
O4:田植え
O5:代掻き
O6:山
O7:稲
O8:年貢
O9:一本草
m(修飾語)
m1:狩った
m2:化けた
m3:健やかな
m4:人外の
m5:詫びた
m6:完了した
m7:穂が出ない
m8:籾が沢山
+:接
-:離
・夫婦の狐がいたが、雄の狐が猟師にとられてしまった
(存在)X:S1雌の狐+S2雄の狐
(狩り)S3猟師:S2雄の狐+m1狩った
・雌の狐、仇をとるため女に化けて猟師の嫁になる
(変身)S1雌の狐:S1雌の狐+m2化けた
(結婚)S1雌の狐:S1雌の狐+S3猟師
・子供ができ、すくすくと成長した
(出産)S1雌の狐:S1雌の狐+O1子供
(成長)S1雌の狐:O1子供+m3健やかな
・男が猟から戻ると大きな尻尾を踏んだ
(発覚)S3猟師:S3猟師+O2猟師
・男、女房にお前は獣だろうと言う
(指摘)S3猟師:S1雌の狐+m4人外の
・女房は訳を話して騙したことを詫びる
(説明)S1雌の狐:S3猟師+O3経緯
(謝罪)S1雌の狐:S1雌の狐+m5詫びた
・狐、逃げていく
(逃走)S1雌の狐:S3猟師-S1雌の狐
・男、独りで田植えをしなければならなくなる
(孤独)S3猟師:S3猟師+O4田植え
・代をかいて苗を配って昼飯を食べるといつの間にか苗が植えてある
(代搔き)S3猟師:S3猟師+O5代掻き
(田植え完了)X:O4田植え+m6完了した
・山へ登ってみると、狐が苗を植えていた
(登山)S3猟師:S3猟師+O6山
(田植え)S3猟師:S4狐+O4田植え
・秋になったが男の稲には穂がでなかった
(実らず)S3猟師:O7稲+m7穂が出ない
・地頭が年貢を免除する
(免税)S5地頭:S3猟師-O8年貢
・男、稲をこぐと籾がどんどん出て大収穫だった
(大収穫)S3猟師:O7稲+m8籾が沢山
・それが一本草である
(命名)X:O7稲+O9一本草
◆行為項モデル
送り手→(客体)→受け手
↑
補助者→(主体)←反対者
というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。
聴き手(関心)
↓
送り手→(客体)→受け手
↑
補助者→(主体)←反対者
この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。
聴き手(雌の狐は仇を討てるか)
↓
送り手(雌の狐)→ 嫁になる(客体)→ 受け手(猟師)
↑
補助者(なし)→ 雌の狐(主体)←反対者(猟師)
聴き手(正体を知られた雌の狐はどうするか)
↓
送り手(猟師)→ 正体を知る(客体)→ 受け手(雌の狐)
↑
補助者(なし)→ 雌の狐(主体)←反対者(なし)
聴き手(離縁された猟師はどうなるか)
↓
送り手(狐)→ 田植えを手伝う(客体)→ 受け手(猟師)
↑
補助者(狐)→ 猟師(主体)←反対者(なし)
聴き手(収穫を終えた稲はどうなるか)
↓
送り手(地頭)→ 免税(客体)→ 受け手(猟師)
↑
補助者(狐)→ 猟師(主体)←反対者(なし)
といった四つの行為項モデルが作成できるでしょうか。猟師に撃たれた雄の狐の仇をとるため女に化けて猟師の嫁になった雌の狐ですが、子供が生まれて決心が鈍ってしまいます。その内に正体が知られて猟師の許を去ることになります。ですが、子供という絆ができていますので、狐たちの一族は本来は仇であるはずの猟師を援助することとなるという筋立てです。
猟師―雄の狐、猟師―雌の狐、猟師―嫁、猟師―狐、猟師―地頭、といった対立軸が見受けられます。一本草/豊作の図式に背が低く荒天に強い稲という暗喩が見て取れるでしょうか。
◆関係分析
スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。
♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者
という六つの機能が挙げられます。
☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。
これらを元に関係分析をすると、
猟師♌♁―子供☉―雌の狐♂/♂(-1)―雄の狐☉―狐♎☾(♌)―地頭♎
といった風に表記できるでしょうか。ここでは猟師と雌狐の間に生まれた子供を価値☉と置きました。雄の狐も狩られる対象ですので価値☉と置けるでしょうか。雌の狐は当初猟師の命を狙いますので対立者♂と置きました。子供が生まれることで心境が変化しますのでマイナスの対立者♂(-1)とも置けるかもしれません。仲間の狐たちは猟師を自分たちの親族と認めて援助しますので審判者♎かつ援助者☾としました。地頭は猟師に収穫はないと判断して免税しますのでこれも審判者♎としました。
◆物語の焦点と発想の飛躍
グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。
このお話の焦点は「子供が生まれた猟師と雌の狐との関係はどうなるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「仇をとるため猟師の嫁になるも、子供が生まれて情が移ってしまう」でしょうか。「雌の狐/嫁―子供―猟師」の図式です。狐の植えた一本草も発想の飛躍でしょうか。一見不作に見えるものの豊作をもたらします。「一本草―不作/免税―豊作」の図式です。
このお話は異類婚姻譚の一種ですが、見るなの禁止を破ることで結婚生活が破綻する訳ではありません。ですが、やはり正体を悟られることで雌狐は異界に帰還してしまうのです。ただ、絆となる子供の存在があって交流は続くという筋立てとなっています。
◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.206-207.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)
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