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2024年6月

2024年6月26日 (水)

行為項分析――一本草

◆あらすじ

 夫婦の狐がいた。ところが雄狐が猟師にとられてしまった。これを悲しんだ雌狐は何とかして夫の仇をとろうと思って、女に化けて猟師のところへ訪ねていった。そして妻にして欲しいと頼んだ。猟師は独り者だったから妻にした。そのうちに子供ができた。子供はすくすくと大きくなった。ある日いつものように男は猟に出た。そして夕方になって帰って家へあがると何か大きな尻尾のようなものを踏んだ。すると女房がキャッといって急いで尻尾を隠した。男はびっくりしてお前は獣だろうと言った。女房は自分は男に殺された狐の妻である。何とかして夫の仇を討ちたいと思って人間に化けて男の妻にしてもらった。そして隙を狙って殺そうと思ううちに可愛い子供が生まれて、それもできず今日までこうして暮らしていた。しかしこうなってが仕方がない。男を騙したことはお詫びする。子供はどうか立派に育てて欲しい。きっと恩返しすると言ってコンコンと啼いて逃げていった。そのうち田植え時期になった。妻がいなくなった男は小さい子供を連れて一人で田植えをしなければならない。代(しろ)をかいて苗を配って昼飯を食べて来て見ると、田にはいつの間にかきれいに苗が植えてあった。次の日もその次の日も同じことが続いた。不思議に思って誰が植えてくれるのか見ようと思って、山へ登って弁当を食べながら見ていると狐がたくさん出てきて箒柴をかついでまたたく間に植えてしまった。女房になった狐が仲間をつれて来て植えてくれるのかと男は喜んだ。秋になると余所の稲は皆穂が出たがこの男の稲には穂が出ない。そこで地頭がお前の田は穂が出ないから年貢はいらぬと言った。男はその稲を刈ってこいでみると穂がないのに籾(もみ)がどんどん出て大変な収穫であった。それが一本草という稲で、一本草の稲の穂は袴(はかま)より上には出ないのだそうだ。

◆モチーフ分析

・夫婦の狐がいたが、雄の狐が猟師にとられてしまった
・雌の狐、仇をとるため女に化けて猟師の嫁になる
・子供ができ、すくすくと成長した
・男が猟から戻ると大きな尻尾を踏んだ
・男、女房にお前は獣だろうと言う
・女房は訳を話して騙したことを詫びる
・狐、逃げていく
・男、独りで田植えをしなければならなくなる
・代をかいて苗を配って昼飯を食べるといつの間にか苗が植えてある
・山へ登ってみると、狐が苗を植えていた
・秋になったが男の稲には穂がでなかった
・地頭が年貢を免除する
・男、稲をこぐと籾がどんどん出て大収穫だった
・それが一本草である

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:雌の狐
S2:雄の狐
S3:猟師
S4:狐
S5:地頭

O(オブジェクト:対象)
O1:子供
O2:尻尾
O3:経緯
O4:田植え
O5:代掻き
O6:山
O7:稲
O8:年貢
O9:一本草

m(修飾語)
m1:狩った
m2:化けた
m3:健やかな
m4:人外の
m5:詫びた
m6:完了した
m7:穂が出ない
m8:籾が沢山

+:接
-:離

・夫婦の狐がいたが、雄の狐が猟師にとられてしまった
(存在)X:S1雌の狐+S2雄の狐
(狩り)S3猟師:S2雄の狐+m1狩った
・雌の狐、仇をとるため女に化けて猟師の嫁になる
(変身)S1雌の狐:S1雌の狐+m2化けた
(結婚)S1雌の狐:S1雌の狐+S3猟師
・子供ができ、すくすくと成長した
(出産)S1雌の狐:S1雌の狐+O1子供
(成長)S1雌の狐:O1子供+m3健やかな
・男が猟から戻ると大きな尻尾を踏んだ
(発覚)S3猟師:S3猟師+O2猟師
・男、女房にお前は獣だろうと言う
(指摘)S3猟師:S1雌の狐+m4人外の
・女房は訳を話して騙したことを詫びる
(説明)S1雌の狐:S3猟師+O3経緯
(謝罪)S1雌の狐:S1雌の狐+m5詫びた
・狐、逃げていく
(逃走)S1雌の狐:S3猟師-S1雌の狐
・男、独りで田植えをしなければならなくなる
(孤独)S3猟師:S3猟師+O4田植え
・代をかいて苗を配って昼飯を食べるといつの間にか苗が植えてある
(代搔き)S3猟師:S3猟師+O5代掻き
(田植え完了)X:O4田植え+m6完了した
・山へ登ってみると、狐が苗を植えていた
(登山)S3猟師:S3猟師+O6山
(田植え)S3猟師:S4狐+O4田植え
・秋になったが男の稲には穂がでなかった
(実らず)S3猟師:O7稲+m7穂が出ない
・地頭が年貢を免除する
(免税)S5地頭:S3猟師-O8年貢
・男、稲をこぐと籾がどんどん出て大収穫だった
(大収穫)S3猟師:O7稲+m8籾が沢山
・それが一本草である
(命名)X:O7稲+O9一本草

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

  聴き手(雌の狐は仇を討てるか)
           ↓
送り手(雌の狐)→ 嫁になる(客体)→ 受け手(猟師)
           ↑
補助者(なし)→ 雌の狐(主体)←反対者(猟師)

  聴き手(正体を知られた雌の狐はどうするか)
           ↓
送り手(猟師)→ 正体を知る(客体)→ 受け手(雌の狐)
           ↑
補助者(なし)→ 雌の狐(主体)←反対者(なし)

  聴き手(離縁された猟師はどうなるか)
           ↓
送り手(狐)→ 田植えを手伝う(客体)→ 受け手(猟師)
           ↑
補助者(狐)→ 猟師(主体)←反対者(なし)

  聴き手(収穫を終えた稲はどうなるか)
           ↓
送り手(地頭)→ 免税(客体)→ 受け手(猟師)
           ↑
補助者(狐)→ 猟師(主体)←反対者(なし)


といった四つの行為項モデルが作成できるでしょうか。猟師に撃たれた雄の狐の仇をとるため女に化けて猟師の嫁になった雌の狐ですが、子供が生まれて決心が鈍ってしまいます。その内に正体が知られて猟師の許を去ることになります。ですが、子供という絆ができていますので、狐たちの一族は本来は仇であるはずの猟師を援助することとなるという筋立てです。

 猟師―雄の狐、猟師―雌の狐、猟師―嫁、猟師―狐、猟師―地頭、といった対立軸が見受けられます。一本草/豊作の図式に背が低く荒天に強い稲という暗喩が見て取れるでしょうか。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

猟師♌♁―子供☉―雌の狐♂/♂(-1)―雄の狐☉―狐♎☾(♌)―地頭♎

 といった風に表記できるでしょうか。ここでは猟師と雌狐の間に生まれた子供を価値☉と置きました。雄の狐も狩られる対象ですので価値☉と置けるでしょうか。雌の狐は当初猟師の命を狙いますので対立者♂と置きました。子供が生まれることで心境が変化しますのでマイナスの対立者♂(-1)とも置けるかもしれません。仲間の狐たちは猟師を自分たちの親族と認めて援助しますので審判者♎かつ援助者☾としました。地頭は猟師に収穫はないと判断して免税しますのでこれも審判者♎としました。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 このお話の焦点は「子供が生まれた猟師と雌の狐との関係はどうなるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「仇をとるため猟師の嫁になるも、子供が生まれて情が移ってしまう」でしょうか。「雌の狐/嫁―子供―猟師」の図式です。狐の植えた一本草も発想の飛躍でしょうか。一見不作に見えるものの豊作をもたらします。「一本草―不作/免税―豊作」の図式です。

 このお話は異類婚姻譚の一種ですが、見るなの禁止を破ることで結婚生活が破綻する訳ではありません。ですが、やはり正体を悟られることで雌狐は異界に帰還してしまうのです。ただ、絆となる子供の存在があって交流は続くという筋立てとなっています。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.206-207.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年6月24日 (月)

行為項分析――きまった運

◆あらすじ

 浜田の方ではずっと奥の山手の地方を奥方と言う。昔、奥方の者は西へ出て浜田まで戻ってくると日が暮れた。そこで三宮(さんくう)さんの宮で宿を借りて寝ていると、夜が更けてから外を馬に乗ってくる人があった。三宮さんの前まで来ると行ってきましょうじゃないかと声をかけた。三宮さんはどこへ行きなさると言った。奥方の何兵衛のもとにお産があると答えた。三宮さんは今晩はお客があるから行くことができない。あんた頼むと言った。すると馬に乗った人は奥方の方へ行った。それは人が産まれるときには必ず立ち会う杓子の神さまだった。しばらくすると、また馬の足音がして、外から同じように声をかけた。それは産(うぶ)の神さまだった。しばらくするとまた馬の足音がして運勢の神さまが声をかけた。しかし三宮さんは今晩はお客があるから行けないからよろしく頼むというので奥方の方へ行った、明け方になって奥方へ行った神さまたちが戻ってきて今戻ったと三宮さんに挨拶をした。お産はどのようだったと訊くと、お産は主の方にも家来の方にも何れも安産で、主の方は息子、家来の方は娘と外から言った。運勢はと訊くと、主の方は運勢がない。家来の方は西東の蔵の主と答えた。それを聞いていた男は自分の女房が子を産んだのに違いないと思って、急いで家へ帰ってみると、自分のところに男が、下作のところに女の子が生まれていた。男はこれは二人を夫婦にさせるより他はないと思って、どちらも同じ晩に安産であったのはめでたい。三日の名つけもこっちでしてやる。十五になったら嫁にとろうと言って何から何まで世話をした。下作の方でも親方の言うことではあるし、いいことなので何でも親方の言う通りにした。そして十五になると二人は夫婦になったが、親が死ぬとだんだん身上が悪くなり、とうとう何もなくなってしまった。そこで夫婦別れをして女は旅に出た。一軒の家で泊めてやるというので泊めてもらった。ご飯の仕度をしようとすると、亭主が米びつの中に米はあるからそれを三升炊いてくれと言った。女が米びつをみると四斗くらい入る米びつに白米がいっぱい入れてあった。それを食べると亭主はうたた寝してしまった。それから寝る時になると亭主が奥の戸棚に布団があるから自分に一枚かけてくれ。お前も一枚かけて寝なさいと言った。女が戸棚をあけてみると大層な布団があった。それで一枚を亭主にかけ一枚を自分が着て寝た。明くる朝亭主は米を二升ほど炊いてくれというので、それを炊いて食べると女は暇乞いをして出たが、途中で後戻りした。そして、昨晩泊まった家の亭主と夫婦になれば長者になるという夢を見たから夫婦になってくれと言った。すると亭主も自分もそんな夢をみたが、自分から言い出すのもおかしいから黙っていた。ここにおれと言うので二人は夫婦になった。そうして暮らしている内にめきめき身上が良くなって間もなく長者になり西東に蔵を建てた。はじめの男は夫婦別れをしてからも暮らしはだんだん悪くなって、箕(みの)売りになって長者の家へ来た。女中が箕などは余るほどあるからいらぬと言った。先の亭主の声なので女房が出ていって、裾の長者の家に箕の五枚や十枚はないと不自由だから買ってやりなさいと言って箕を五枚買わせた。また四五日経つと先の亭主が箕を売りにきた。女中が断ると、女房が出て長者の館には箕の五枚や十枚は新しいのがなければいけないと言って今度は十枚買ってやった。男はそれを買ってもらって喜んで門の外まで出ると倒れて死んでしまった。女房は旦那に頼んで丁寧に葬式をしてやったが、家はますます栄えた。

◆モチーフ分析

・奥方の者が浜田の三宮神社に泊まったところ、杓子の神、産の神、運勢の神がやってくる
・三宮の神は来客があるから行かれないと答える
・奥方に行って戻ってきた神々、主人に男、家来に女が生まれたと言う
・男は衰運、女は盛運と奥方の者は聞く
・奥方の者、自分のところに違いないと思う
・奥方の者、帰って自分の息子と下作の娘の縁組みをする
・十五になって息子と娘、結婚する
・ところが親が死ぬと衰運になる
・夫婦別れして女は旅に出る
・女、一夜の宿を求める
・女、亭主にここの亭主と結婚すると盛運となるという夢を見たと打ち明ける
・亭主も同じ夢をみたといい、二人は夫婦になる
・二人は盛運で蔵が建つ
・そこに前の夫が箕を売りに来る
・女、理由をつけて箕を五枚買ってやる
・次に女、理由をつけて箕を十枚買ってやる
・男、屋敷を出ると急死してしまう
・女、男を丁寧に弔う
・家はその後も繁盛した

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:奥方の者
S2:神々
S3:三宮の神
S4:家来
S5:息子
S6:娘
S7:亭主

O(オブジェクト:対象)
O1:三宮神社
O2:お産
O3:奥方
O4:男児
O5:女児
O6:一夜の宿
O7:夢
O8:箕

m(修飾語)
m1:衰運
m2:盛運
m3:死んだ

+:接
-:離

・奥方の者が浜田の三宮神社に泊まったところ、杓子の神、産の神、運勢の神がやってくる
(宿泊)S1奥方の者:S1奥方の者+O1三宮神社
(来訪)S2神々:S2神々+O1三宮神社
・三宮の神は来客があるから行かれないと答える
(回答)S3三宮の神:S3三宮の神-O2お産
・奥方に行って戻ってきた神々、主人に男、家来に女が生まれたと言う
(帰還)S2神々:S2神々-O3奥方
(報告)S2神々:S2神々+S3三宮の神
(誕生)S2神々:S1奥方の者(主人)+O4男児
(誕生)S2神々:S4家来+O5女児
・男は衰運、女は盛運と奥方の者は聞く
(聴聞)S1奥方の者:O4男児+m1衰運
(聴聞)S1奥方の者:O5女児+m2盛運
・奥方の者、自分のところに違いないと思う
(自覚)S1奥方の者:S1奥方の者+m1衰運
・奥方の者、帰って自分の息子と下作の娘の縁組みをする
(縁組)S1奥方の者:O4男児+O5女児
・十五になって息子と娘、結婚する
(結婚)S1奥方の者:S5息子+S6娘
・ところが親が死ぬと衰運になる
(死去)X:S1奥方の者+m3死んだ
(衰亡)S5息子:S5息子+m1衰運
・夫婦別れして女は旅に出る
(離縁)S5息子:S5息子-S6娘
(出立)S6娘:S6娘-X
・女、一夜の宿を求める
(依頼)S6娘:S6娘+O6一夜の宿
・女、亭主にここの亭主と結婚すると盛運となるという夢を見たと打ち明ける
(告白)S6娘:S7亭主+O7夢
・亭主も同じ夢をみたといい、二人は夫婦になる
(告白)S7亭主:S6娘+O7夢
(結婚)S7亭主:S7亭主+S6娘
・二人は盛運で蔵が建つ
(盛運)S7亭主+S6娘:S7亭主+S6娘+m2盛運
・そこに前の夫が箕を売りに来る
(来訪)S5息子:S6娘+O8箕
・女、理由をつけて箕を五枚買ってやる
(購入)S6娘:S6娘+O8箕
・次に女、理由をつけて箕を十枚買ってやる
(購入)S6娘:S6娘+O8箕
・男、屋敷を出ると急死してしまう
(急死)S5息子:S5息子+m3死んだ
・女、男を丁寧に弔う
(弔問)S6娘:S6娘+S5息子
・家はその後も繁盛した
(繁栄)S6娘+S7亭主:S6娘+S7亭主+m2盛運

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

  聴き手(奥方の者が聴く話はなにか)
           ↓
送り手(神々)→ 予言(客体)→ 受け手(奥方の者)
           ↑
補助者(三宮の神)→ 奥方の者(主体)←反対者(なし)

  聴き手(奥方の者は息子の衰運を避けられるか)
           ↓
送り手(奥方の者)→ 縁組(客体)→ 受け手(家来)
           ↑
補助者(神々)→ 奥方の者(主体)←反対者(なし)

  聴き手(離縁された娘はどうなるか)
           ↓
送り手(息子)→ 離縁(客体)→ 受け手(娘)
           ↑
補助者(なし)→ 息子(主体)←反対者(なし)

  聴き手(娘と亭主の関係はどうなるか)
           ↓
送り手(娘)→ 盛運の夢(客体)→ 受け手(亭主)
           ↑
補助者(亭主)→ 娘(主体)←反対者(なし)

  聴き手(落ちぶれた元夫に娘はどう振る舞うか)
           ↓
送り手(娘)→ 箕を買う(客体)→ 受け手(息子)
           ↑
補助者(亭主)→ 娘(主体)←反対者(なし)

  聴き手(死んだ元夫に対してどう振る舞うか)
           ↓
送り手(娘)→ 弔い(客体)→ 受け手(息子)
           ↑
補助者(亭主)→ 娘(主体)←反対者(なし)


といった七つの行為項モデルが作成できるでしょうか。神社に泊まって夢に神々の声を聞いた奥方の者は息子が衰運だと知り、その運命を回避するため下作の盛運の娘を嫁に迎えます。しかし、奥方の者が亡くなると果たして息子は衰運となり娘と離縁してしまいます。旅に出た娘は一夜の宿を求めた先で盛運の夢を見て、そこの亭主と結婚します。果たして盛運となった娘ですが、あるとき落ちぶれた衰運の息子が箕を売りにやって来ます。娘は理由をつけて箕を買ってやる優しさを示します。結局、衰運の息子はそこで死んでしまいます。盛運の娘は衰運の息子を弔ったという筋立てです。

 奥方の者―三宮の神、奥方の者―杓子の神さま、奥方の者―産の神さま、奥方の者―運勢の神さま、衰運の息子―盛運の娘、盛運の娘―亭主、といった対立軸が見受けられます。衰運/盛運の図式ですが、息子の衰運の方が強いようです。娘の盛運は息子と離縁してから発揮されます。悪縁から解放されることで運命が開けることが暗喩されているでしょうか。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

1. 奥方の者♌♁―神々♎―三宮の神☾(♌)―家来☉
2. 娘♌☉♁―亭主♁―息子☉(-1)―女中☾(♌)

 といった風に表記できるでしょうか。奥方の者にとって息子の衰運を回避することが価値☉となります。そのため神々の予言に従って家来の盛運の娘と結婚させます。奥方の者が泊まった三宮神社の神は奥方の者に神々の声を聞かせますので援助者☾と置けるでしょうか。対してお産に立ち会った神々はこれから先の運命を予言する審判者♎と置けます。対立者♂は存在しません。息子の衰運こそが回避すべき対立軸となる訳です。

 そして成長した衰運の息子と盛運の娘は結婚しますが、親が死ぬと次第に衰退し離縁してしまいます。娘は旅に出て亭主と出会います。ここでは盛運をもたらす娘こそが価値☉となります。亭主はその享受者♁となります。娘自身も享受者♁となります。女中は単なる援助者☾です。衰運となった息子をどうとるかですが、対立者♂と置くよりもマイナスの価値☉(-1)とした方が適切かもしれません。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 このお話の焦点は「いかに予言された衰運を回避して盛運を手に入れるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「神社に泊まったところ、偶然お産に立ち会った神々の声を聴く」ことでしょうか。「奥方の者―声―神々」という図式です。

 運定めの話では息子と娘が結婚するものの離縁してしまうパターンが多いようです。盛運より衰運の方が強い傾向にあると言えるでしょうか。予言された運命を回避するために前もって行動するものの、結局運命からは逃れられない。別の人生を歩みはじめたところ、盛運のきっかけを掴むという内容となっています。

 三宮神社は島根県浜田市に実在する神社です。毎週土曜の夜神楽定期公演で知られています。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.202-205.
・前田久子「運定めの昔話『男女の福分』―『立ち聞き』モチーフをめぐって―」『鼓:伝承児童文学・近代以前日本児童文学研究と資料』(1)(2005)pp.101-138
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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初心者向け公式マニュアル――樋口耕一、中村康則、周景龍『動かして学ぶ! はじめてのテキストマイニング フリー・ソフトウェアを用いた自由記述の計量テキスト分析』

樋口耕一、中村康則、周景龍『動かして学ぶ! はじめてのテキストマイニング フリー・ソフトウェアを用いた自由記述の計量テキスト分析』を読む。KH Corderの公式マニュアル。初心者向けに分かりやすく書かれていたので助かった。

気づいたのは無償版だと共起ネットワークと対応分析機能を使用する際にはコーディング・ルールを記述したファイルを読み込ませることが必須であること。このマニュアルの画面ではファイル指定する箇所が見当たらないので無償版と有償版とで若干仕様が異なるのかもしれない。

テキストマイニングを上手く実施するにはコーディング・ルールの設定が重要になってくるが、これといった解決法はない。抽出語リストをじっくり観察して設定する他なさそうである。

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2024年6月23日 (日)

行為項分析――ひとつおぼえ

◆あらすじ

 昔あるところにお母さんと馬鹿な息子がいた。魚売りが来たのでお母さんが魚を買ってあぶって息子に猫の番をしていろと言って出かけていった。すると、猫が来たので見ていると、猫は魚をくわえて逃げた。お母さんが帰ってみると魚が無いので訊くと、息子は魚は猫がくわえて逃げたと言った。お母さんはそんな時には追うものだと言って聞かせた。それから芋虫を見に行けと言われたので息子は畑へ行って芋虫としい、しいと追ったが逃げないので帰ってきてお母さんに話した。お母さんはそんな時には叩いて落とすものだと言って聞かせた。ある日息子がお宮へ参ってみると爺さんの頭に蠅(はえ)がとまっていたので叩き落とした。すると爺さんは怒って叩き返した。息子は泣いて帰ってお母さんに話した。お母さんはそんな時には団扇(うちわ)であおぐものだと言って聞かせた。息子はある日町へ出てみると火事があったので団扇で扇いだ。すると火はだんだん激しく燃えだしたので町の人に叱られた。泣く泣く家へ帰ってお母さんに話すと、そんなときには水をかけるものだと言って聞かせた。息子はまたある日町へ出てみると鍛冶屋がふいごで火をおこしていたので水をかけた。鍛冶屋は腹をたててゲンコツを喰らわせた。息子は帰ってそのことを話すとお母さんはそんな時にはてご(手伝い)をしてあげるものだと言って聞かせた。次の日息子が町へ出てみると、おっちゃんたちが二人で喧嘩しているので、息子は片方のおっちゃんを殴った。するとおっちゃんが腹をたててゲンコツを喰らわしたので、また泣いて帰って話すと、お母さんはそんな時には仲裁するものだと言って聞かせた。またある日息子が町へ出ると犬が喧嘩しているので中へ入って仲裁すると犬は食らいついてきたので息子はわんわん泣きながら帰った。馬鹿は幾ら言って聞かせても仕方がない。

◆モチーフ分析

・母と馬鹿な息子がいた
・母が魚がとられないように猫の番をしろと言い付ける
・息子、猫が魚をとるのを見ているのみ
・母、そういうときは追うものだと言い聞かせる
・母、畑で芋虫を見てこいと息子にいう
・息子、芋虫をしっしと追うが逃げない
・母、そういうときは叩き落とすものだと言い聞かせる
・息子、爺さんの頭にとまっていた蠅を叩き落とす
・爺さん、怒って叩き返す
・母、そういうときは団扇であおぐものだと言い聞かせる
・息子、町で火事に遭遇、団扇であおぐ
・火の勢いが強くなったので町の人に怒られる
・母、そういうときには水をかけるものだと言い聞かせる
・息子、鍛冶屋がふいごで火を起こしているところに水をかける
・母、そういうときには手伝いをするものだと言い聞かせる
・息子が町にでると大人が喧嘩していたので、片方に加勢する
・母、そういうときには仲裁するものだと言い聞かせる
・息子、犬が喧嘩していたので割って入って仲裁する
・犬が食らいついてくる
・馬鹿は幾ら言い聞かせても仕方がない

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:母
S2:息子
S3:爺さん
S4:町の人
S5:鍛冶屋
S6:大人
S7:馬鹿

O(オブジェクト:対象)
O1:魚
O2:猫
O3:畑
O4:野菜
O5:芋虫
O6:蠅
O7:鉄拳制裁
O8:団扇
O9:火事
O10:水
O11:火
O12:手伝い
O13:喧嘩
O14:仲裁
O15:犬
O16:教示

m(修飾語)
m1:馬鹿な
m2:怒った
m3:勢いが増した

+:接
-:離

・母と馬鹿な息子がいた
(存在)X:S1母+S2息子
(状態)X:S2息子+m1馬鹿な
・母が魚がとられないように猫の番をしろと言い付ける
(命令)S1母:S1母+S2息子
(監視)S2息子:O1魚-O2猫
・息子、猫が魚をとるのを見ているのみ
(黙認)S2息子:O2猫+O1魚
・母、そういうときは追うものだと言い聞かせる
(教示)S1母:S2息子-O2猫
・母、畑で芋虫を見てこいと息子にいう
(命令)S1母:S1母+S2息子
(監視)S2息子:O4野菜-O5芋虫
・息子、芋虫をしっしと追うが逃げない
(不発)S2息子:O4野菜+O5芋虫
・母、そういうときは叩き落とすものだと言い聞かせる
(教示)S1母:S2息子-O5芋虫
・息子、爺さんの頭にとまっていた蠅を叩き落とす
(殴打)S2息子:S3爺さん-O6蠅
・爺さん、怒って叩き返す
(激怒)S3爺さん:S3爺さん+m2怒った
(反撃)S3爺さん:S2息子+O7鉄拳制裁
・母、そういうときは団扇であおぐものだと言い聞かせる
(教示)S1母:S2息子+O8内輪
・息子、町で火事に遭遇、団扇であおぐ
(遭遇)S2息子:S2息子+O9火事
(扇ぐ)S2息子:O9火事+O8団扇
・火の勢いが強くなったので町の人に怒られる
(強化)S2息子:O9火事+m3勢いが増した
(叱責)S4町の人:S4町の人+S2息子
・母、そういうときには水をかけるものだと言い聞かせる
(教示)S1母:S2息子+O10水
・息子、鍛冶屋がふいごで火を起こしているところに水をかける
(遭遇)S2息子:S5鍛冶屋+O11火
(消火)S2息子:O11火+O10水
(制裁)S5鍛冶屋:O7鉄拳制裁+S2息子
・母、そういうときには手伝いをするものだと言い聞かせる
(教示)S1母:S2息子+O12手伝い
・息子が町にでると大人が喧嘩していたので、片方に加勢する
(遭遇)S2息子:S2息子+O13喧嘩
(加勢)S2息子:S2息子+S6大人
(反撃)S6大人:O7鉄拳制裁+S2息子
・母、そういうときには仲裁するものだと言い聞かせる
(教示)S1母:S2息子+O14仲裁
・息子、犬が喧嘩していたので割って入って仲裁する
(遭遇)S2息子:O15犬+O15犬
(仲裁)S2息子:O15犬-O15犬
・犬が食らいついてくる
(反撃)O15犬:O15犬+S2息子
・馬鹿は幾ら言い聞かせても仕方がない
(教訓)X:S7馬鹿-O16教示

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

  聴き手(息子は魚の番ができるか)
           ↓
送り手(息子)→ 魚(客体)→ 受け手(猫)
           ↑
補助者(母)→ 息子(主体)←反対者(猫)

  聴き手(息子は畑の番ができるか)
           ↓
送り手(息子)→ 畑の番(客体)→ 受け手(芋虫)
           ↑
補助者(母)→ 息子(主体)←反対者(芋虫)

  聴き手(息子は蠅を追い払えるか)
           ↓
送り手(息子)→ 蠅(客体)→ 受け手(爺さん)
           ↑
補助者(母)→ 息子(主体)←反対者(爺さん)

  聴き手(息子は火事を食い止められるか)
           ↓
送り手(息子)→ 火事(客体)→ 受け手(町の人)
           ↑
補助者(母)→ 息子(主体)←反対者(町の人)

  聴き手(息子は鍛冶屋でどう振る舞うか)
           ↓
送り手(息子)→ 水(客体)→ 受け手(鍛冶屋)
           ↑
補助者(母)→ 息子(主体)←反対者(鍛冶屋)

  聴き手(息子は喧嘩の仲裁ができるか)
           ↓
送り手(息子)→ 手伝い(客体)→ 受け手(大人)
           ↑
補助者(母)→ 息子(主体)←反対者(大人)

  聴き手(息子は犬の喧嘩を止められるか)
           ↓
送り手(息子)→ 仲裁(客体)→ 受け手(犬)
           ↑
補助者(母)→ 息子(主体)←反対者(犬)


といった七つの行為項モデルが作成できるでしょうか。ぼんやりした息子は買ってきた魚を猫に奪われるままとなってしまいます。そこで母が助言しますが、今度は何を言いつけてもその助言通りに行動してしまい、状況に応じた適切な行動がとれずに失敗を繰り返します。そこがおかしみとなっています。毎回泣いて帰る姿が見方によっては可愛い馬鹿息子です。

 息子―母、息子―猫、息子―芋虫、息子―爺さん、息子―町の人、息子―鍛冶屋、息子―大人、息子―犬、といった対立軸が見受けられます。馬鹿/助言の図式に、何を言っても母の意図とずれた行動を起こしてしまう息子の愚かさが暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

1. 息子♌―猫♂―母♎☾(♌)
2. 息子♌―芋虫♂―母♎☾(♌)
3. 息子♌―蠅♂―爺さん♎♁―母☾(♌)
4. 息子♌―町の人♎♁―母☾(♌)
5. 息子♌―鍛冶屋♎♁―母☾(♌)
6. 息子♌―大人♎♁―母☾(♌)
7. 息子♌―犬♁

 といった風に表記できるでしょうか。まずは魚を奪われないことが価値☉となります。ここでは猫が対立者♂となります。母は常に息子の援助者☾となります。また、息子の行為の是非を判断する審判者♎ともなります。次に畑の野菜が芋虫に食われないようにすることが価値☉となります。芋虫は対立者♂となります。母親は審判者♎ともなります。次は爺さんの頭にとまった蠅を追い払うことが価値☉となります。蠅が対立者♂となり、爺さんは享受者♁かつ審判者♎となります。次は町の火事を消し止めることが価値☉となります。町の人たちが享受者♁かつ審判者♎となります。その次は鍛冶屋の仕事を邪魔しないことが価値☉となります。鍛冶屋は享受者♁かつ審判者♎となります。次に大人同士の喧嘩を仲裁することが価値☉となります。大人たちは享受者♁かつ審判者♎となります。最後に犬の喧嘩を止めることが価値☉となります。犬は享受者♁となります。犬は審判者♎たり得るか難しいところです。ここでは外しました。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 このお話の焦点は「馬鹿息子は状況に応じた適切な行動がとれるのか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「馬鹿息子は母の助言を全く異なる状況下でその言葉の額面通りに実行してしまう」ことでしょうか。「母―助言/曲解―息子」の図式です。

 結局、息子の間抜けさは解消されないままに話は終わります。毎回泣いて帰る姿は可愛らしくもあります。何度失敗しても諦めないお母さん像も魅力です。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.199-201.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年6月22日 (土)

行為項分析――馬ほめと仏壇ほめ

◆あらすじ

 昔、馬鹿な聟がいた。嫁の里に泊まりに行くことになったので、家を出るときに嫁が「行ったらお爺さんは馬を買ったから見てくれと言うから、その時には、どっこもさすってみて、これは良い馬だ。どっこも不足はないが、ちとぎり(つむじ)が高いから噛みつかねばよいが」と言いなさいと教えた。聟は嫁の里に行くと嫁が教えた通りにお爺さんが「馬を買ったから見てくれ」と言った。聟はあちこちさすって「これは良い馬だ。どっこも不足がないが、ちとぎりが高いから、噛みつかねばいいが」と言った。お爺さんはそれを聞いて、この聟は馬鹿だと聞いていたが、まんざら馬鹿でもないと喜んで、今度は家の中へ入って「聟どの、良い仏壇を買ったから見てくれ」と言った。そこで聟は仏壇の前へ行って、あちこち撫でていたが「これは良い仏壇だ。どこも不足はないが、ちとぎりが高いから噛みつかねばいいが」と答えた。

◆モチーフ分析

・馬鹿な聟が嫁の里に泊まりにいくことになった
・嫁が聟に爺さんが馬を買ったから尋ねられたかかくかくしかじかとこたえろと教える
・嫁の里に行った聟、爺さんに馬を見て欲しいと言われる
・聟、嫁に教わった通りに答える
・爺さん、聟をまんざら馬鹿でもないと喜ぶ
・爺さん、今度は仏壇を見せる
・聟、馬にするのと同じように答える

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:聟
S2:嫁
S3:爺さん

O(オブジェクト:対象)
O1:嫁の里
O2:入れ知恵
O3:馬
O4:仏壇

m(修飾語)
m1:馬鹿な
m2:馬鹿でない

+:接
-:離

・馬鹿な聟が嫁の里に泊まりにいくことになった
(存在)X:S1聟+m1馬鹿な
(宿泊)S1聟:S1聟+O1嫁の里
・嫁が聟に爺さんが馬を買ったから尋ねられたかかくかくしかじかとこたえろと教える
(入れ知恵)S2嫁:S1聟+O2入れ知恵
・嫁の里に行った聟、爺さんに馬を見て欲しいと言われる
(評価)S3爺さん:S1聟+O3馬
・聟、嫁に教わった通りに答える
(解答)S1聟:S3爺さん+O2入れ知恵
・爺さん、聟をまんざら馬鹿でもないと喜ぶ
(喜ぶ)S3爺さん:S1聟+m2馬鹿でない
・爺さん、今度は仏壇を見せる
(閲覧)S3爺さん:S1聟+O4仏壇
・聟、馬にするのと同じように答える
(繰り返し)S1聟:S3爺さん+O2入れ知恵

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

 聴き手(聟は爺さんに馬鹿とばれずに済むか)
           ↓
送り手(聟)→ 回答(客体)→ 受け手(爺さん)
           ↑
補助者(嫁)→ 聟(主体)←反対者(なし)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。嫁は父である爺さんが馬を買ったことは知っていましたから、どう答えればよいか予め聟に言い含めることには成功しますが、爺さんが仏壇を買ったことまでは知りませんでした。聟は嫁に入れ知恵された通りに馬に対するのと全く同じに答え、爺さんに馬鹿であることがばれてしまうという筋立てです。ここでは繰り返しによるおかしみを表現しています。嫁は夫が馬鹿であることを身内である家族にすら知られたくないと思っていますが、情報の非対称性(※仏壇購入の不知)によってその狙いは外れてしまう訳です。

 聟―嫁、聟―爺さん、聟―馬、聟―仏壇、といった対立軸が見受けられます。馬/仏壇という図式に対象が全く異なるのに同じ受け答えをしてしまう間抜けさが暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

聟♌♁―爺さん♎―嫁☾(♌)

 といった風に表記できるでしょうか。馬鹿と悟られないことを価値☉と置くと、聟は享受者♁となります。が、自分自身の愚かさでばらしてしまいますのでマイナスの享受者♁(-1)とも置けるでしょうか。爺さんは聟が馬鹿か否か見極める立場ですので審判者♎となります。嫁は婿の援助者☾となります。対立者♂は存在しないパターンのお話となります。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 このお話の焦点は「聟は馬鹿であることを爺さんに悟られずに済むか」といったところでしょうか。それに対する発想の飛躍は「馬でも仏壇でも全く同じに答えてしまう聟の足りなさ」でしょうか。「嫁―聟―馬/仏壇―爺さん」の図式です。

 馬鹿婿の話は昔話ではよくあります。それは結婚が親の意向によって決められていた時代性を反映したものでもあります。自由恋愛の現代なら馬鹿婿はおそらく結婚相手を見つけられないでしょう。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.197-198.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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浜田駅裏のジャストも閉店に

浜田駅裏のジャスト(ジュンテンドー系列)も閉店になるとの報が。僕自身、電子書籍にシフトしてから書店の前を通りかかってもスルーすることが増えた。困るのはネット通販を使えなさそうな中高生か。浜田では唯一の書店とは書いてなかったのでゆめタウン辺りにまだあるのかもしれないが。

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2024年6月19日 (水)

歌舞伎座に行く 2024.06

銀座の歌舞伎座に行く。銀座についたのは午後3時前で開場は4時からだったので、歌舞伎座の裏通りの喫茶店で時間を潰す。アイスコーヒーとグレープフルーツジュース(白)とで約2000円した。銀座なので倍の価格がする。ジュースは甘かった。

東銀座の歌舞伎座
歌舞伎座・意外と奥行がある

歌舞伎座は中に入ってみると、巨大な劇場だった。ステージの幅は通常のステージの倍ほどはあるだろうか。全く予想していなかった。座席は6列目。ステージのほぼ中央の位置だった。

六月大歌舞伎、

・南総里見八犬伝
・山姥
・魚屋宗五郎

の三演目が上演された。歌舞伎の殺陣はやられると前転してステージに着地する。痛そうだが、怪我しないのだろうか。

南総里見八犬伝では最初に殺される姫が女形なのにあたかも女性に思えた。女形の声はどうやって発声しているのだろう。最後は八犬士が勢ぞろいする華やかさだった。ステージ中央と花道の地下からステージに昇降台が設けられていて、そこから登場人物が出る場合があった。

山姥は怪童丸が中村家の児童だった。八重桐を演じる中村萬壽は今回襲名。それまでの名を息子に引き継いだ。息子さんは姫役で登場。綺麗な女形だった。中村獅童さんの息子さん二人も初舞台を踏み、渡辺綱、もう一人の四天王役を演じた。劇中、襲名のご挨拶があった。

次の上演までは時間があり、観客の多くが弁当を食べていた。ちなみに左隣は若い女性だった。

魚屋宗五郎は妹のお蔦が殺されてしまった宗五郎が禁酒を破って酒を飲んでしまい、酒癖の悪さが徐々に出てくる描写が面白かった。約一時間半ほどの上演だった。セットが回転して入れ替わる大仕掛けな舞台だった。

歌舞伎座は1500人ほど収容できる大劇場だが、役者さんたちは肉声で声を客席に届けていた。

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2024年6月18日 (火)

行為項分析――化物退治

◆あらすじ

 昔あるところに一人暮らしの猟師がいた。度胸のすわった男で近くの山に化物が出るというので退治に出かけた。猟師は日が暮れるのを待って山に入り、たき火を焚いていた。夜が更けて丑三つ時になった頃、大きな牛のようで目がぎょろぎょろと鋭く光っている怪物が現れた。猟師は度肝を抜かれたが、ここで度胸をすえねば自分の命がないと思って、ここにきてたき火に当たれと言った。怪物は少し当たらしてくれと言ってたき火の側へ来た。猟師は何もご馳走はないが団子があるから食わないかと言うと、一つよばれるとしようとなった。猟師はじゃあ口を開けておれ、団子を放り込んでやると言って鉄砲の筒口を怪物の口に突っ込んで引き金を引いた。ズドンと大きな音がして、この一発で怪物は倒れると思ったところが、怪物は平気で団子を皆出せと言った。そこで猟師は持っているだけの玉を皆怪物の口の中に撃ち込んだ。が、怪物はけろりとして皆食ってしまった。そして今度はわしがお前に団子を食わせてやろうと言ったので猟師は震えだした。怪物に食い殺されると思って八幡大菩薩に祈った。すると猟師はまだ守り玉があったのに気がついた。それを込めてドンと一発撃つと、怪物はきゃーと血を吹きながら山奥へ逃げ込んだ。その内に夜が明けたので、血の跡を追って山奥へ行ってみると、大きな岩穴があって中でウンウンうめく声が聞こえた。そこで岩穴をそっと覗いて様子を見ると大きな男の狒々(ひひ)が女の狒々の傷口を一生懸命手当をしている。そして自分が仇をとってやる。あの猟師は独り者で女房がいないから自分が女に化けて食い殺してやると言っていた。猟師はこれを聞いて油断ならないと度胸を決めて狒々のやって来るのを待った。すると間もなく、ある夕方にきれいな女がやってきて一晩泊めてくれないか、そして自分を嫁にしてくれないかと頼んだ。猟師は承知した。そこで隣近所や親類を呼んで宴会となった。しかし猟師は油断せず、こっそり鉄砲に玉をこめ外に出て障子の穴から女を撃った。すると嫁が血だらけになって倒れたので大騒ぎになった。人殺しだというので役人が来て取り調べ、猟師は人殺しの罪で連行されることになった。猟師は訳を話して、三日もすれば化けの皮がはげて元の狒々になるからと言って三日間の日延べを願った。そこで四日目に来たときにこのままであったらお前を人殺しとして打ち首にするぞと言って役人は帰った。四日目に役人が来て見ると、女は狒々になって牙をむいて死んでいたので、役人は猟師の勇気を褒めた。

◆モチーフ分析

・一人暮らしの猟師が化物退治に出かけた
・猟師が山の中でたき火を焚いていると怪物が現れた
・猟師、怪物にたき火に当たらせる
・猟師、怪物に団子を食わせると言って怪物の口に銃口を突っ込み発砲する
・が、怪物、死なない
・猟師、玉を打ちつくしてしまう
・怪物、今度は自分が猟師に団子を食わせると言う
・驚愕した猟師だったが、八幡に祈ると守り玉が残っていることに気づく
・猟師、守り玉で怪物を撃つ
・怪物、手傷を負って逃げ出す
・跡を追った猟師、岩穴に辿り着く
・中で雄の狒々と雌の狒々が話していた
・狒々の会話を聞いた猟師、家に戻る
・女が訪ねてきて嫁にしてくれと頼む
・結婚式で猟師は女を撃ち殺す
・殺人となり役人に取り調べられる
・猟師は事情を説明し、三日後には正体が明かされると言う
・それで猟師は一時的に解放される
・四日目に役人がやってくる
・果たして狒々の正体が明かされる
・役人、猟師の勇気を褒める

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:猟師
S2:怪物
S3:雄の狒々
S4:女
S5:役人

O(オブジェクト:対象)
O1:たき火
O2:団子
O3:鉄砲玉
O4:八幡
O5:守り玉
O6:岩穴
O7:自宅
O8:事情

m(修飾語)
m1:死んでいない
m2:驚愕した
m3:負傷した
m4:有罪の
m5:正体が明かされた
m6:賞賛された

+:接
-:離

・一人暮らしの猟師が化物退治に出かけた
(出発)S1猟師:S1猟師+S2怪物
・猟師が山の中でたき火を焚いていると怪物が現れた
(たき火)S1猟師:S1猟師+O1たき火
(出現)S2怪物:S1猟師+S2怪物
・猟師、怪物にたき火に当たらせる
(もてなし)S1猟師:S2怪物+O1たき火
・猟師、怪物に団子を食わせると言って怪物の口に銃口を突っ込み発砲する
(嘘)S1猟師:S2怪物+O2団子
(射撃)S1猟師:S2怪物+O3鉄砲玉
・が、怪物、死なない
(不発)S2怪物:S2怪物+m1死んでいない
・猟師、玉を打ちつくしてしまう
(玉切れ)S1猟師:S1猟師-O3鉄砲玉
・怪物、今度は自分が猟師に団子を食わせると言う
(報復の予告)S2怪物:S1猟師+O2団子
・驚愕した猟師だったが、八幡に祈ると守り玉が残っていることに気づく
(驚愕)S1猟師:S1猟師+m2驚愕した
(祈願)S1猟師:S1猟師+O4八幡
(気づき)S1猟師:S1猟師+O5守り玉
・猟師、守り玉で怪物を撃つ
(射撃)S1猟師:S2怪物+O5守り玉
・怪物、手傷を負って逃げ出す
(負傷)S2怪物:S2怪物+m3負傷した
(逃走)S2怪物:S2怪物-S1猟師
・跡を追った猟師、岩穴に辿り着く
(追跡)S1猟師:S1猟師+S2怪物
(発見)S1猟師:S1猟師+O6岩穴
・中で雄の狒々と雌の狒々が話していた
(盗聴)S1猟師:S3雄の狒々+S2怪物(雌の狒々)
・狒々の会話を聞いた猟師、家に戻る
(帰宅)S1猟師:S1猟師+O7自宅
・女が訪ねてきて嫁にしてくれと頼む
(求婚)S4女:S1猟師+S4女
・結婚式で猟師は女を撃ち殺す
(結婚)S1猟師:S1猟師+S4女
(射殺)S1猟師:S4女+O3鉄砲玉
・殺人となり役人に取り調べられる
(罪を負う)S1猟師:S1猟師+m4有罪の
(取り調べ)S5役人:S5役人+S1猟師
・猟師は事情を説明し、三日後には正体が明かされると言う
(説明)S1猟師:S5役人+O8事情
(予告)X:S4女+m5正体が明かされた
・それで猟師は一時的に解放される
(解放)S5役人:S5役人-S1猟師
・四日目に役人がやってくる
(再訪)S5役人:S5役人+S1猟師
・果たして狒々の正体が明かされる
(判明)S5役人:S3雄の狒々+m5正体が明かされた
・役人、猟師の勇気を褒める
(賞賛)S5役人:S1猟師+m6賞賛された

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

 聴き手(鉄砲玉の通じない怪物を猟師は倒せるか)
           ↓
送り手(猟師)→ 鉄砲玉(客体)→ 受け手(怪物)
           ↑
補助者(八幡)→ 猟師(主体)←反対者(怪物)

   聴き手(狒々の復讐を猟師は逃れられるか)
           ↓
送り手(猟師)→ 鉄砲玉(客体)→ 受け手(女)
           ↑
補助者(なし)→ 猟師(主体)←反対者(女)


といった二つの行為項モデルが作成できるでしょうか。怪物退治に出かけた猟師ですが、鉄砲玉は通じず、却って報復されそうになります。とっさに守り玉が残されていることを思い出し、それで怪物を撃退します。その後、怪物を追跡、怪物の正体は狒々であることが判明します。その後、猟師の許を訪れた女を嫁としますが、猟師は嫁を狒々と疑い結婚式で射殺します。殺人事件となり役人に捕らえられますが、数日後に正体が判明すると主張し、その通りとなり無罪放免となるという筋立てです。この話では八幡の功徳と猟師の勇気が称えられていると言えるでしょう。

 猟師―怪物、団子―鉄砲玉、鉄砲玉―守り玉、怪物―守り玉、猟師―女/嫁、猟師―役人といった対立軸が見受けられます。団子/鉄砲玉という図式に油断させて確実に撃ち殺そうという意図が暗喩されています。また、守り玉/怪物という図式には鉄砲玉も通じない怪物をも倒す守り玉の霊的な力が暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

猟師♌♁―怪物(雌の狒々)♂―女/嫁/雄の狒々♂―役人♎―八幡☾(♌)

 といった風に表記できるでしょうか。怪物を倒すことを価値☉と置くと、猟師は怪物を倒した勇気を役人から賞賛されますので享受者♁と置けるでしょう。一方、役人は審判者♎の機能を果たします。雄雌の狒々は対立者♂となります。八幡自身は物語に登場しませんが、八幡に祈ることで守り玉の存在を思い出しますので援助者☾と置くことも可能でしょう。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「鉄砲玉が通じない怪物を猟師は倒せるか」あるいは「狒々の復讐を猟師は逃れることができるか」でしょうか。発想の飛躍は「鉄砲玉が通じない怪物を守り玉で倒す」でしょうか。「猟師―守り玉―怪物」の図式です。団子を食わせると言って銃口を口に入れ発砲するのも発想の飛躍と言えるでしょう。「猟師―団子/鉄砲玉―怪物」の図式です。

 守り玉は一度使うと猟師を辞めなければならないという制約がある場合が多いですが、この話ではそうではありません。見知らぬ女が嫁にしてくれと訪ねてくるのは異類婚姻譚的です。女に化けてやってくるのは雄の狒々ですが。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.193-196.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年6月17日 (月)

行為項分析――粟の飯

◆あらすじ

 昔、鴻池に聟がいることになった。大金持ちだから聟にしてくれという人は沢山あった。そこで鴻池では「粟(あわ)ばかりのご飯を茶碗いっぱい盛り付けて何杯でも出しておいて一粒もこぼさぬ様に食べた者を聟にする」と立札を立てた。そこで我こそはという者がどんどん出かけて食べかけるが、ご飯があまりにこわい(かたい)ので、ぽろぽろこぼれて皆失敗した。ここに息子をもった父親がいた。この話を聞いて何とかして自分の息子を聟にやりたいと思って「中、食うちゃあへりをいれ 中、食うちゃあへりをいれ」という歌を作って、その歌を歌いながら歌の通りに中を食べてはほとりを中へ入れて食べる様にしつけた。そうして長いことやっている内に粟を一粒もこぼさずに食べられるようになった。そこで息子は鴻池へ行って粟飯を食べることになった。そしてこれまで教えられた通りに口の中で歌いながら食べたところ、見事一粒もこぼさずに食べることができた。それでめでたく鴻池の聟になった。我が子を出世させるためには、親はこうまで苦心をし、一粒のご飯もこぼさぬようなものでなければ出世はできない。

◆モチーフ分析

・鴻池で聟をとることになった
・粟ばかりで茶碗一杯に盛り付けて一粒もこぼさない者を聟とするとした
・我こそはと挑戦するが皆失敗する
・父親が息子に歌に合わせて飯を食べるようにしつける
・息子は教えられた通りにして一粒も残さず食べてみせ、聟になる
・子を出世させるにはこうまで苦心しなければならない

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:鴻池
S2:挑戦者
S3:父親
S4:息子

O(オブジェクト:対象)
O1:聟
O2:課題
O3:歌

m(修飾語)
m1:躾けられた
m2:苦心した

+:接
-:離

・鴻池で聟をとることになった
(婿取り)S1鴻池:S1鴻池+O1聟
・粟ばかりで茶碗一杯に盛り付けて一粒もこぼさない者を聟とするとした
(条件提示)S1鴻池:X+O2課題
・我こそはと挑戦するが皆失敗する
(失敗)S2挑戦者:O2課題-S2失敗
・父親が息子に歌に合わせて飯を食べるようにしつける
(教示)S3父親:S4息子+O3歌
(躾け)S3父親:S4息子+m1躾けられた
・息子は教えられた通りにして一粒も残さず食べてみせ、聟になる
(達成)S4息子:S4息子+O2課題
(婿入り)S1鴻池:S4息子+O1聟
・子を出世させるにはこうまで苦心しなければならない
(教訓)S3父親:S3父親+m2苦心した

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

   聴き手(息子は果たして聟となることができるか)
           ↓
送り手(息子)→ 粟粒を漏らさず食べる(客体)→ 受け手(鴻池)
           ↑
補助者(なし)→ 父親(主体)←反対者(なし)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。大阪の豪商である鴻池が婿取りすることになったが、難題が提示され、それをクリアできる者は誰もいなかった。そこにある父親が息子に知恵を授けて難題を克服させ、立身出世の道を開くという筋立てです。

 鴻池―人々、鴻池―息子、父親―息子、といった対立軸が見出せます。粟/歌の図式に難題を感覚的に克服する知恵が暗喩されています。

 本来であれば、鴻池が望んでいるのは知恵者の聟でしょう。ですが、この話では父親が知恵を働かせることで息子を躾けるという展開となっています。息子自身が知恵者かどうかは明らかにされていません。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

父親♌☾(♁)―息子♁―鴻池☉♎―挑戦者♂

 といった風に表記できるでしょうか。価値を鴻池に婿入りすることと置くと、息子が享受者♁であり、父親はその援助者☾となります。鴻池はまた難題を課す審判者♎でもあります。他の挑戦者たちは対立者♂ではありませんが、直接親子に対峙する訳ではありません。鴻池が課す難題が関係分析では上手く記述できないことは指摘できるでしょうか。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「息子は果たして鴻池へ婿入りできるか」でしょうか。発想の飛躍は一粒もこぼさずに粟飯を完食すること、またその際に歌われる歌でしょうか。「鴻池―粟/歌―息子―父親」の図式です。粟飯に限りませんが、茶碗に盛られた飯を一粒もこぼさずに完食するという難題は昔話でよく見受けられます。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.191-192.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年6月16日 (日)

行為項分析――山椒九右衛門

◆あらすじ

 昔、この辺り(石見町)に山椒(さんしょう)九右衛門という者がいた。非常に強欲な男だった。たたらの親方になって沢山の人を使っていたが、一日に一升の飯を三回に分けるところを一回二合七勺ずつに減らして、三勺ずつ三回、一日九合の米を浮かせていた。そういうことで極めて評判が悪く本当の名を呼ぶ者はなく山椒というあだ名をつけていた。ある年の大晦日の夕方にある貧しい家へ借金の催促に立ち寄った。いつもの調子で厳しく返済するように言ったが、もちろん返す金は無いので、明年は必ず辛抱してお返しするから今宵一夜をあかさせてくださいと家内一同頭を地にすりつけて頼んだが、九右衛門は承知しない。ちょうどそのとき竈(かまど)の上に年越しのご飯が煮えていたが、九右衛門はいきなりその鍋を取り上げると庭先の藁を叩く石の上にぶちまけ、鍋だけを片手にこれを貰って行くと言って得意げに帰っていった。夫婦子供は年越しの夜にようやく手に入れた年に一度か二度しか食べることにできない米のご飯の煮えかけを土の上にぶちまけられては食べることができない。泣きながら天を仰いで、もしこの山に主があるなら何とかしてこの仇をとってください。このご飯は山の主に差し上げると祈った。ところが不思議なことに山椒は昨日までの繁盛は夢のように消えて、その夜からひどい熱病にかかって苦しんだ。医者を呼んだり祈祷してもらったりしたが一向によくならない。とうとう骨と皮ばかりになって息を引き取った。葬式の日に市木の浄泉寺の院家(いんげ)が坂の峠の上まで来た時、怪しい風が吹いて胴は猫に似て頭は鷲のような怪物が空を舞っているのが見えた。院家は供の者に光西寺にある火車品(かしゃぼん)(傘にお経を書いたもの)を借りてくるよう言い付けた。院家は供の者が帰ってくるのを待っていたが、山椒の家ではもう皆が待っているのでお経をはじめた。お経が済んで焼香になると坂の上でみた怪物が羽音凄まじく舞い降りてきて棺の蓋をとると屍体を抱えて空へ上がった。後から見ると、屍体は喰い裂かれて足だけは丸原の三本松の枝に掛かっていた。昔から棺の蓋は外に出す前に釘づけにしなければいけないと言われるのは、こうしたことがあるからだということである。また光西寺の火車品は火事で焼けて今は無いということである。

◆モチーフ分析

・山椒九右衛門という強欲な男がいた
・使用人の食べ物の米を減らして金を浮かせていた
・評判が悪く山椒というあだ名をつけられていた
・大晦日に借金の取り立てに赴く
・借り手はすぐには返せないので来年まで待ってもらうよう懇願する
・山椒、煮え掛けの米を土にぶちまける
・山椒、鍋だけを持って帰る
・借り手、山の主に天罰を祈念する
・山椒、激しい病に冒され死亡する
・葬式に火車が現れる
・院家、火車品を借りに供の者を走らせる
・葬式は始まってしまった
・火車が現れて棺の中の山椒の屍体を取ってしまう
・山椒の屍体は食い荒らされていた
・こういうことがあるので、棺の蓋は釘で打つのである
・火車品は火事で焼けてしまった

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:山椒
S2:使用人
S3:人々
S4:借り手
S5:山の主
S6:火車
S7:院家
S8:供の者

O(オブジェクト:対象)
O1:米
O2:儲け
O3:あだ名
O4:返済
O5:鍋
O6:天罰
O7:葬儀
O8:火車品
O9:山椒の屍体
O10:棺
O11:釘
O12:火事

m(修飾語)
m1:強欲な
m2:悪評の
m3:激しく病んだ
m4:死んだ
m5:開始した
m6:食い荒らされた
m7:焼失した

+:接
-:離

・山椒九右衛門という強欲な男がいた
(存在)X:S1山椒+m1強欲な
・使用人の食べ物の米を減らして金を浮かせていた
(不正)S1山椒:S2使用人-O1米
(蓄財)S1山椒:S1山椒+O2儲け
・評判が悪く山椒というあだ名をつけられていた
(不評)S3人々:S1山椒+m2悪評の
(命名)S3人々:S1山椒+O3あだ名
・大晦日に借金の取り立てに赴く
(取り立て)S1山椒:S1山椒+S4借り手
・借り手はすぐには返せないので来年まで待ってもらうよう懇願する
(懇願)S4借り手:S1山椒-O4返済
・山椒、煮え掛けの米を土にぶちまける
(廃棄)S1山椒:S4借り手-O1米
・山椒、鍋だけを持って帰る
(帰宅)S1山椒:S4借り手-O5鍋
・借り手、山の主に天罰を祈念する
(祈念)S4借り手:S1山椒+O6天罰
・山椒、激しい病に冒され死亡する
(り患)S1山椒:S1山椒+m3激しく病んだ
(死亡)S1山椒:S1山椒+m4死んだ
・葬式に火車が現れる
(葬儀)S3人々:S1山椒+O7葬儀
(来訪)S6火車:S6火車+S1山椒
・院家、火車品を借りに供の者を走らせる
(使い)S7院家:S8供の者+O8火車品
・葬式は始まってしまった
(葬儀)S3人々:O7葬儀+m5開始した
・火車が現れて棺の中の山椒の屍体を取ってしまう
(奪取)S6火車:S6火車+O9山椒の屍体
・山椒の屍体は食い荒らされていた
(確認)S3人々:O9山椒の屍体+m6食い荒らされた
・こういうことがあるので、棺の蓋は釘で打つのである
(慣例)S3人々:O10棺+O11釘
・火車品は火事で焼けてしまった
(焼失)O12火事:O8火車品+m7焼失した

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

   聴き手(山椒のケチぶりはどんなものか)
           ↓
送り手(山椒)→ 米を減らす(客体)→ 受け手(使用人)
           ↑
補助者(なし)→ 山椒(主体)←反対者(なし)

   聴き手(山椒の容赦なさはどんなものか)
           ↓
送り手(山椒)→ 借金の督促(客体)→ 受け手(借り手)
           ↑
補助者(なし)→ 山椒(主体)←反対者(借り手)

   聴き手(山椒の行為の帰結は何か)
           ↓
送り手(借り手)→ 強い恨み(客体)→ 受け手(山椒)
           ↑
補助者(山の主)→ 借り手(主体)←反対者(なし)

   聴き手(山椒の生前の報いはどうなるか)
           ↓
送り手(火車)→ 死体の奪取(客体)→ 受け手(山椒)
           ↑
補助者(なし)→ 火車(主体)←反対者(院家)

   聴き手(火車の狙いを院家は阻止できるか)
           ↓
送り手(火車)→ 奪取の阻止(客体)→ 受け手(山椒)
           ↑
補助者(供の者)→ 院家(主体)←反対者(火車)


といった五つの行為項モデルが作成できるでしょうか。山椒は途中で死んでしまいますので、主体が途中から入れ替わります。使用人の食事の量を減らして蓄財し、借金の借り手からは容赦なく取り立てる山椒の苛烈さが描かれます。借り手の憤りが山の主に通じたのか山椒は急病で急死してしまいます。そして、葬式に火車という妖怪が現れて山椒の死体を奪取してしまうという筋立てです。

 山椒―使用人、山椒―借り手、山椒―山の主、山椒―火車、院家―火車、といった対立軸が見受けられます。米/恨みといった図式に食べ物を粗末に扱った山椒への天罰が暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

山椒♌―火車♂♎―院家☾(♌)―借り手♂―山の主♎―使用人☾(♌)―人々♁

 といった風に表記できるでしょうか。このお話における価値☉を何と置くか考えどころです。山椒自身が因果応報で死んでしまいますので、マイナスの享受者♁(-1)と置くこともできます。ここでは「苛烈な山椒がいなくなること」を価値☉とし、人々を享受者♁と置いてみました。山椒の死体を奪取に現れる火車は対立者♂であり、生前の行いがよくなかった者を狙う妖怪ですから審判者♎の性格も有しています。火車の奪取を阻止しようとする院家は山椒の援助者☾と置けるでしょう。借金の借り手は対立者♂、借り手の願いが山の主に通じたのか明言されていませんが、山の主も審判者♎と置くことができるでしょう。使用者は山椒の援助者ですが、搾取されていますので、マイナスの援助者☾(-1)と置くこともできます。

 この話では明確な価値☉は存在しません。別当は本来であれば享受者♁ですが、数々の間抜けな行為を繰り返しますのでマイナスの享受者♁(-1)と置けるでしょうか。檀家と医者は別当の勘違いを見抜きますので審判者♎とおけるでしょう。援助者☾でもあります。坂本の知人と馬子は勘違いして別当をもてないしてしまいますので、マイナスの援助者☾(-1)とおけるでしょうか。近所の人は医者を呼んでくる役割を果たしますので審判者の援助者☾(♎)と置けます。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「山椒の行いはどんな因果応報と帰結するか」でしょうか。これに対する発想の飛躍は「借り手の鍋の煮えた米を土間にぶちまける」でしょうか。「借り手―米/恨み―山椒」の図式です。食べ物を粗末にすると罰が当たるという因果応報を説いています。また、妖怪火車の登場の発想の飛躍でしょう。「火車―死体/奪取―山椒」の図式です。

 昔話の機能として「Aという行いをしたらBという帰結となる」という因果を含めることが挙げられるでしょうか。一種の条件文ですが、こういった因果応報を学ぶことで子供たちは社会のルールを学んでいると考えられます。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.189-190.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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石見の牛鬼伝説を試験的にテキストマイニングしてみる

未来社『石見の民話』には石東地方編に「うしおに」が、邑智地方に「狼と牛鬼」が、那賀地方編に「牛鬼」がそれぞれ収録されている。「うしおに」には四つのエピソードが収録されているとも見ることができる。合わせて六つの牛鬼に関連するエピソードが収録されていることになる。これらをcsv形式でマトリクス化した形でファイル化した。それをKH Corderに読み込ませて試験的にテキストマイニングを行ってみた。

あらすじ 地名 地域
波路浦に一人の漁師がいた。ある日の漁は大量であった…… 波路浦 石東
波路浦の大下という家の何代も前の主人が三人の仲間と一緒に四月のある晩釣りに出た…… 波路浦 石東
日祖の漁師に友村清市という人がいた…… 日祖 石東
日祖である晩いわしの地引き網を入れた。ところが…… 日祖 石東
狼は人間が牛鬼や狐に危害を加えられようとするときは…… 川戸 那賀郡
昔、那賀郡の浅利村に神主がいた。ある晩…… 浅利 那賀郡

……といった表を作成する。ファイル形式はcsvでもxlsxでも構わない。

KH Corderでよく利用されるのは共起ネットワークと対応分析とのことである。csv化したのは、対応分析を行うためである。

で、実際に分析した図を表示する。共起ネットワークに関しては、まあこんな感じかなというところである。

牛鬼・共起ネットワーク

対応分析では外部変数を地名とした。赤字で表示されているのが地名である。三つほどのグループに分かれて分布しているように見てとれる。これは、要するに、収録された各エピソード毎にキーワードがまとまっているということである。そういう意味では極めて当たり前の結果が出力された。

牛鬼・対応分析

ちなみに同じセルのデータは共起関係があると判断されるそうである。

昔話の分析は本来であれば類話を収集して行うものである。当ブログではとにかく数をこなすという方針で『石見の民話』に収録された多彩な昔話/伝説をそれぞれ単品として分析している。『石見の民話』であれば、牛鬼、影ワニ、桃太郎、西行法師、彦八といった民話に関しては類話的な分析も行えるのではないかと考えた。で、試験的に行ってみたのだが、基本的にテキストのボリュームが足りないせいだろう、意外な結果が浮上するといったようなことは起きなかった。目視で足りるような関係しか見いだせていないということである。研究者じゃないから成果がでなくてもお気楽にその記録を残しておくことはできるのである。

ちなみに、コーディング・ルールは下記の通りである。

*牛鬼
牛 or 牛鬼
*日祖
日 or 日祖
*波路浦
波路 or 波路浦
*那賀郡
那賀 or 那賀郡
*魚
魚 or さかな
*火箸
箸 or はし or 火箸
*仏飯
仏 or お仏飯
*濡れ女
女 or 濡れ女
*出雲大社
出雲 or 出雲大社
*狼

*神主
神主
*刀

*櫂

*椿
椿
*たらい
たらい
*妻

*怪物
怪物

本来であれば、OR条件の付されていない項目は無くても構わないはずなのだが、テキストのボリュームが足りないためか、こうしないと思うような結果が出力されないのである。

うーん……、やり方さえ分かってしまえば、分析そのものは短時間で作業できるのだけど、コーディング・ルールに関しては一度寝て頭をリセットさせないと客観的に見られないかもしれない。一作品に最低二日かかることになるか。約160話あるから、本格的にやるとしたら一年くらいかかることになる。

テキストマイニングは従来だと情報学の専門家、ないしは統計学の知識、プログラミングのスキルがないとできなかったことを素人でもボタン一発でイメージ化できるようにしたという点では分析の敷居を下げた凄い技術だと思う。

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2024年6月14日 (金)

下北沢の小劇場で演劇を鑑賞 2024.06

下北沢の駅前劇場に行き、劇団チョコレートケーキの「白き山」を観劇する。

脚本:古川健
演出:日澤雄介
舞台美術:長田佳代子
照明:和田東史子
音響:佐藤こうじ

斎藤茂吉:緒方晋
斎藤茂太:浅井伸治
斎藤宗吉:西尾友樹
高弟:山口茂吉
賄い婦:守谷みや

駅前劇場は高架をくぐってすぐガストが入居したビルがあるが、その三階にある。昼の回だったがほぼ満席だった。当日券があるだろうと軽く考えていたのだが、遅れていたら入場できなかったかもしれない。観客層は中年から老年層。男女比は半々くらいか。キャパは180人ほど。小劇場のカテゴリー。席は折り畳み椅子だがクッションは敷かれている。僕の席は一番奥だった。二時間の劇なので二幕構成かなと思ってトイレ休憩のとき出入りが大変だなと思っていたのだが、二時間通して演じられた。このところ頻尿の度合いが増したのだが、何とか耐えられた。

下北沢・駅前劇場
駅前劇場・ポスター

ストーリーは歌人の斎藤茂吉が疎開した山形の山荘が舞台となる。下手奥が茂吉の書斎となっている。終戦直後、息子二人と門人(出版社の編集か)が訪ねてくる。他、茂吉の身の回りを世話する中年女性がいる。敗戦によって価値観が180度転換、戦争を賛美する歌を詠んでいた歌人たちは非難に晒されることになる。劇中ではそうなるだろうと息子から指摘されるのみ。息子は二人とも医師である。弟は後の北杜夫と思われるが文学を志している。「戦争詠みはつまらない」と断言する。これは茂吉だけの問題ではなく劇中では高村光太郎の名も言及される。最終的に茂吉は東京へ戻るのを延期し、生まれ育った故郷の風景を詠む方向性が示される……というような内容。

小劇場なので実験的な作風の劇も上演されると思うのだけど、今回は本格的な劇だった。下北沢では小学生のときに姉に連れられて小劇場に行ったことがあるが、そのときは劇ではなくて舞踏だった。僕は首都圏の神楽はちょこちょこ見ているのだが、神楽は基本的に黙劇で、セリフのある近代演劇をライブで鑑賞するのは実質的に初めて。これまで行こう行こうと思っていて、いざとなるとどこで何を見ればいいのか分からなくて手をこまねいていた。ようやく願いが叶った次第。

演者は5名。僕は演技の良しあしは分からない口なのだけど、皆、上手いなと感じた。アンケートに「冗長性が削ぎ落された2時間をどう考えるべきか? 今の自分にはまだ分からない」と記入した。これは別に不満があった訳ではなく、一幕で2時間という長丁場で無駄のない緊密な劇が展開されているということである。裏を返すと、お遊びの要素はないなと感じたということである。観客を笑わせる場面ももちろんあるが、それも計算されたものである。

……残るは歌舞伎だが、そろそろ梅雨入りだしどうしよう。

<追記>
門人役の人が茂吉が云々と言っていたのは役者さんの実名が茂吉だったことに由来すると後でリストを書き写していて知る。鑑賞時は事前情報なしで見たので気づかなかった。

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行為項分析――仁王寺の別当

◆あらすじ

 昔、久喜(瑞穂町)の近くに仁王寺があった。そこの住持はお金の勘定もろくに分からず人並みはずれたことをする人で、今でもおかしなことをすると「まるで仁王寺の別当のようだ」と笑う。この別当があるとき真綿を買った。あとで使おうと思ってほぐしてみると中へ天保銭が入っていた。普通の人なら売った人に談判して余分に払った代金を取り返すが、別当は天保銭を儲けたと大喜びだった。そこへ檀家の人が来て、真綿は軽いもので目方で売り買いする値段の高いものだから天保銭のような重いものを入れて売れば売る方は得だが買う方は損である。住持は一杯食わされたのだと教えた。別当は騙されたと気づいたが後の祭りだった。しばらくして寺へ小豆を買いに来た者があった。別当はこの間の損を埋め合わせるのはこの時だと思って小豆の中へ天保銭を四五枚入れて売った。あとで檀家の人にこの話をすると、小豆一升はわずか二百か三百なのに天保銭の四五枚も入れては損の上の損だと教えた。ある時別当は三里ばかり離れた坂本町の知人のところでよばれてご馳走になった。ふきのとうの味噌和えが出された。別当はこれが嫌いで見るのも嫌だったが、箸をつけないでは主人に無礼になるので、まず嫌いなものは先に食べてしまおうと思って、目をつぶって一気に呑み込んでしまった。するとふきのとうの味噌和えが好きと誤解されて山のように出された。別当はやせがまんをして食べた。すると、どうぞご遠慮なくとまたどっさり盛ってくれた。このことが世間に知れて嫌いなものを強いられるのを仁王寺の別当のふき味噌と言って笑うようになった。別当が帰りかけた時はもう日が暮れていた。半分ばかりも歩いた時、馬子に出合った。帰り道だからお乗りなさい。駄賃はいくらでもいいからと勧めた。別当は足も疲れていたので乗ることにした。別当は馬の上でうつらうつらしながら帰った。着いたので別当は馬から下りて駄賃を払った。どうも様子がおかしいので、ここはどこかと訊くと坂本だと馬子は答えた。駄賃は安かったが、坂本へ戻ったのでは仕方ない。どうしようもないので宿屋を探して泊まり、明くる日歩いて帰った。それで今でも「仁王寺の別当の返り馬」といって笑い話になって。秋の末の寂しい頃だった。別当はある晩夜中に便所に行った。静かな山寺のことだから小便の落ちる音がたちたちと聞こえる。それが中々止まないので別当は帰ることができない。突っ立っている内にとうとう夜も明けた。あとで気がついて見ると小便の音と思ったのは宵に軒下に置き忘れた傘へ雨の降りかかる音であった。こうして変なところで夜を明かしたので別当は一日中ぐっすり眠った。目を覚ましてみると月の光が窓から差し込んでいた。これは寝過ぎたと思って裏庭へ出て柿の木の下をそぞろ歩きしていると、何者か後ろから来て頭を叩いた。別当はびっくり仰天してばったりと倒れ、そっと手をあげて頭をさすった。何かべっとりと手をついたので月の明かりに透かしてみると真っ赤な血だった。別当は仰天して家へ駆け込むと白木綿を出して頭をぐるぐる十重二十重に巻いて、うんうん唸って寝ていた。近所の人は仁王寺は二三日戸をたてたまま別当も見えないので、不思議に思って四五人連れ立って戸を開けて中へ入ってみると、別当は頭をぐるぐる巻きにして寝ている。どうしたのか訊くと、誰かに闇打ちにされて頭を五寸ばかり割られたと息も絶え絶えに言った。村の人たちは人から恨みを受けるような人ではなし何人の仕業だろう。とにかく医者に診せなければと早速医者を呼んできた。医者が白木綿とすると別当が痛いから構わずにと言うのをいろいろなだめて解いてみると、まるまると剃った頭のてっぺんに熟しきった柿が一つべったりとくっついて潰れていた。

◆モチーフ分析

・久喜の仁王寺の別当は金勘定もできず、おかしなことをする人だった
・真綿に天保銭を入れたのを売りつけられたが天保銭を儲けたと喜ぶ
・檀家の人にそれでは損だと教えられる
・小豆に天保銭を四五枚入れて売りつけた
・小豆は安いからそんなことをしたら損だと檀家の人に教えられる
・ご馳走をよばれたがふきのとうの味噌和えを出された
・味噌和えが嫌いな別当は先に片付けてしまう
・味噌和えが好物だと勘違いされて更に盛られる
・帰り道で馬子に馬に乗るように進められる
・気づくと元に戻っていた
・宿を借り翌朝歩いて帰った
・小便にいったがいつまでもポタポタ音がするので切り上げられなかった
・傘に雨の雫が垂れている音だった
・一晩明かしたのでぐっすり眠る
・起きると夜だったので裏庭に出る
・頭を叩かれたので見ると出血していた
・真綿で頭を巻いて寝込む
・近所の人々が医者を連れてくる
・出血と思ったのは熟した柿だった

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:仁王寺の別当
S2:商人
S3:檀家
S4:知人
S5:馬子
S6:何者か
S7:近所の人
S8:医者

O(オブジェクト:対象)
O1:久喜
O2:奇行
O3:真綿
O4:天保銭
O5:小豆
O6:ふきのとうの味噌和え
O7:馬
O8:坂本
O9:宿
O10:便所
O11:ポタポタした音
O12:傘
O13:雨
O14:裏庭
O15:頭
O16:熟し柿

m(修飾語)
m1:金勘定ができない
m2:損な
m3:安い
m4:熟睡した
m5:起きた
m6:出血した
m7:寝込んだ

+:接
-:離

・久喜の仁王寺の別当は金勘定もできず、おかしなことをする人だった
(状態説明)O1久喜:S1仁王寺の別当+m1金勘定ができない
(存在)O1久喜:S1仁王寺の別当+O2奇行
・真綿に天保銭を入れたのを売りつけられたが天保銭を儲けたと喜ぶ
(詐欺)S2商人:S1仁王寺の別当-O3真綿
(誤認)S1仁王寺の別当:S1仁王寺の別当+O4天保銭
・檀家の人にそれでは損だと教えられる
(教示)S3檀家:S1仁王寺の別当+m2損な
・小豆に天保銭を四五枚入れて売りつけた
(売却)S1仁王寺の別当:O5小豆+O4天保銭
・小豆は安いからそんなことをしたら損だと檀家の人に教えられる
(教示)S3檀家:O5小豆+m3安い
(教示)S3檀家:S1仁王寺の別当+m2損な
・ご馳走をよばれたがふきのとうの味噌和えを出された
(ご馳走)S4知人:S1仁王寺の別当+O6ふきのとうの味噌和え
・味噌和えが嫌いな別当は先に片付けてしまう
(完食)S1仁王寺の別当:S1仁王寺の別当+O6ふきのとうの味噌和え
・味噌和えが好物だと勘違いされて更に盛られる
(勘違い)S4知人:S1仁王寺の別当+O6ふきのとうの味噌和え
(追加)S4知人:S1仁王寺の別当+O6ふきのとうの味噌和え
・帰り道で馬子に馬に乗るように進められる
(勧誘)S5馬子:S1仁王寺の別当+O7馬
・気づくと元に戻っていた
(逆行)S5馬子:S1仁王寺の別当+O8坂本
・宿を借り翌朝歩いて帰った
(宿泊)S1仁王寺の別当:S1仁王寺の別当+O9宿
(帰宅)S1仁王寺の別当:S1仁王寺の別当-O8坂本
・小便にいったがいつまでもポタポタ音がするので切り上げられなかった
(用便)S1仁王寺の別当:S1仁王寺の別当+O10便所
(聴音)S1仁王寺の別当:S1仁王寺の別当+O11ポタポタした音
(出られず)S1仁王寺の別当:S1仁王寺の別当+O10便所
・傘に雨の雫が垂れている音だった
(判明)S1仁王寺の別当:O12傘+O13雨
・一晩明かしたのでぐっすり眠る
(睡眠)S1仁王寺の別当:S1仁王寺の別当+m4熟睡した
・起きると夜だったので裏庭に出る
(起床)S1仁王寺の別当:S1仁王寺の別当+m5起きた
(出入り)S1仁王寺の別当:S1仁王寺の別当+O14裏庭
・頭を叩かれたので見ると出血していた
(殴打)S6何者か:S6何者か+S1仁王寺の別当
(出血)S1仁王寺の別当:S1仁王寺の別当+m6出血した
・真綿で頭を巻いて寝込む
(処置)S1仁王寺の別当:O15頭+O3真綿
(休息)S1仁王寺の別当:S1仁王寺の別当+m7寝込んだ
・近所の人々が医者を連れてくる
(診察)S7近所の人:S1仁王寺の別当+S8医者
・出血と思ったのは熟した柿だった
(診断)S8医者:S1仁王寺の別当+O16熟し柿
(勘違い)S1仁王寺の別当:O16熟し柿+m6出血した

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

   聴き手(別当は騙されたことに気づくか)
           ↓
送り手(商人)→ 天保銭入り真綿(客体)→ 受け手(別当)
           ↑
補助者(檀家)→ 別当(主体)←反対者(商人)

   聴き手(別当は損を取り返せるか)
           ↓
送り手(別当)→ 天保銭入り小豆(客体)→ 受け手(誰か)
           ↑
補助者(檀家)→ 別当(主体)←反対者(なし)

   聴き手(別当は嫌いなものを食べられるか)
           ↓
送り手(知人)→ ふきのとうの味噌和え(客体)→ 受け手(別当)
           ↑
補助者(知人)→ 別当(主体)←反対者(なし)

   聴き手(別当はちゃんと帰宅できるか)
           ↓
送り手(馬子)→ 馬(客体)→ 受け手(別当)
           ↑
補助者(馬子)→ 別当(主体)←反対者(なし)

  聴き手(別当の小便はいつになったら止むか)
           ↓
送り手(別当)→ 小便の音(客体)→ 受け手(別当)
           ↑
補助者(なし)→ 別当(主体)←反対者(なし)

  聴き手(別当の怪我の理由は何か)
           ↓
送り手(医者)→ 熟し柿(客体)→ 受け手(別当)
           ↑
補助者(近所の人)→ 別当(主体)←反対者(なし)


といった六つの行為項モデルが作成できるでしょうか。仁王寺の別当は変人で間抜けな行為を繰り返します。ただ、それ故に周囲の人々に愛されているとも言えます。小便の音のくだりの行為項モデルでは送り手と受け手とがどちらも別当としか置けないケースとなります。これは行為項モデルでは本来想定していないケースと考えられるでしょう。

 別当―真綿、別当―天保銭、別当―小豆、別当―ふきのとうの味噌和え、別当―小便の音、別当―熟し柿、別当―綿商人、別当―檀家、別当―坂本の知人、別当―馬子、別当―医者、といった対立軸が見受けられます。真綿/頭の図式が金勘定のできない別当が出血の真の原因を確かめないまま応急処置してしまったうかつさを、天保銭/損という図式で金勘定のできない別当の頭の回らなさを暗喩しています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

別当♌♁―綿商人♂―檀家♎☾(♌)―坂本の知人☾(♌)―馬子☾(♌)―医者♎☾(♌)―近所の人☾(♎)

 といった風に表記できるでしょうか。この話では明確な価値☉は存在しません。別当は本来であれば享受者♁ですが、数々の間抜けな行為を繰り返しますのでマイナスの享受者♁(-1)と置けるでしょうか。檀家と医者は別当の勘違いを見抜きますので審判者♎とおけるでしょう。援助者☾でもあります。坂本の知人と馬子は勘違いして別当をもてないしてしまいますので、マイナスの援助者☾(-1)とおけるでしょうか。近所の人は医者を呼んでくる役割を果たしますので審判者の援助者☾(♎)と置けます。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「別当はどんな奇行を繰り返すのか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は仁王寺の別当の奇特な人物像でしょうか。「別当―天保銭―真綿」「別当―天保銭―小豆」「別当―味噌和え―ご馳走」「別当―馬―馬子」「別当―小便の音―便所」「別当―出血―熟し柿―医者」といった図式です。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.183-188.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年6月 9日 (日)

橘樹神社の奉納神楽を鑑賞 2024.06 二日目

橘樹神社の例大祭、加藤社中の奉納神楽二日目を見学に行く。番組表を送ってもらっていたのだが、巫女舞はうっかり見落としていた。

まず「天浮橋」を見る。まず天御中主神が登場する。翁面。僕は天御中主神は人格のない神、もっと言えば宇宙の究極原理的な神と考えていたので意外で面白かった(※なんでこんなことを考えているのかというと、過去に読了はしていないが、青土社の『シク教』という本を読んだことがあるため)。後で家元に尋ねたところ、思金神とする解釈もあるとのことだった。後はイザナギ命とイザナミ命の国生みの演目。途中、子役の蛭子神や加具土命が登場する。この際、後ろで見学していた若い子連れの夫婦がまだ園児にもなっていなさそうなお子さんに「あれは火の神さまで」と説明していた。日本神話の知識のある人だった。お子さんはまだ理解できる年齢ではなさそうだが、幼少時に郷土芸能に触れることは非常に大切なことだと思うので、一人でもそういう人がいればいいのかもしれない。

天浮橋:天御中主神
天浮橋:イザナギ命とイザナミ命
天浮橋:蛭子神
天浮橋:加具土命

次は「黄泉醜女」。初見の演目。坂戸市の大宮住吉神楽では「黄泉醜女」があるそうだが、たとえば石見神楽には存在しない。鬼女が登場する演目だからあってもよさそうなものだけど、ないのである。黄泉醜女自身の登場場面は意外と短く、むしろ桃の精、大神実命が大活躍する。

黄泉醜女:黄泉国で再会したイザナギ命とイザナミ命
黄泉醜女:鬼女の姿を露わにしたイザナミ命
黄泉醜女:鬼女となったイザナミ命が再登場
黄泉醜女:桃の精と争う鬼女イザナミ命

「禊三筒男」「式三番叟」。これは「黄泉醜女」の展開を受けた内容で、黄泉国から帰還したイザナギ命が川で身を清めて住吉三神が誕生するという筋立て。そこから連続して二人三番叟となった。三番叟が出るとは聞いていたのだが、続けて出るとは思っていなかった。

禊三筒男:黄泉国から帰還したイザナギ命
禊三筒男:イザナギ命の禊によって誕生した住吉三神
禊三筒男:黒尉(底筒男命)の扇の舞
式三番叟:二人三番叟

黒尉が扇二枚をひらひらと扇ぐのが魅力的に映る。

「熊襲征伐」、言いつけの場では小碓命、後のヤマトタケル命のみ登場する。萩原社中で見た際は大碓命も登場し、父の景行天皇の怒りを買い追放されるという内容だった。社中によっても内容が若干異なっている。

熊襲征伐:景行天皇
熊襲征伐:衣を被いた小碓命(ヤマトタケル)

本編はユーモラスな内容。父に疎まれたヤマトタケル命の神話は悲劇的な色合いが濃いのだが、「熊襲征伐」は熊襲建が主役と言ってもよく、この演目だけ別人によって創作されたものと考えられる。

熊襲征伐:もどきと酒盛りをする熊襲建
熊襲征伐:もどきに身だしなみを整えてもらう熊襲建
熊襲征伐:衣を被いた小碓命を少女と勘違いして招き入れる熊襲建
熊襲征伐:小碓命に倒され身動きできなくなった熊襲建、もどきに引かれて退場

ヤマトタケル命を演じたのはまだ小学生の男の子。将来、社中のエース的存在となるかもしれない有望株。

本編は雨除けで神社の軒下から撮ったのだけど、気が付くと、シャッターをバシャバシャ切っていた。思ったより没入していたのかもしれない。

最後は「大室屋土蜘蛛退治」。イワレ彦(神武天皇)とその従者(高倉下)とが一夜の宿を求めたところ、宿の主の姫の正体は土蜘蛛だったという内容。クモを投げて妖術を表現している。土蜘蛛は斬られてしまうのだけど、最後に再びクモを投げて退場する。死んではおらず逃げただけなのかもしれない。一応、日本書紀(現代語訳)は読んでいるのだけど、このエピソードは憶えていなかった。確認すると新作とのことであった。

大室屋土蜘蛛退治:酔って眠ってしまったイワレ彦と従者
大室屋土蜘蛛退治:土蜘蛛の姫が妖術を使う
大室屋土蜘蛛退治:従者を踏みつけにする土蜘蛛
大室屋土蜘蛛退治:イワレ彦に斬られた土蜘蛛

八雲神詠と土蜘蛛では立ち回りの場面で大蛇や土蜘蛛が身をくるりと翻すというか旋回するような派手な所作が見られた。裾を翻して旋回するイメージである。以前はそういうのあったかな? とも思ったりした。

八雲神詠:くるりと旋回するオロチ

カメラのバッテリーはイワレ彦が退場したところで切れた。SDカードの残量も残り70枚ほどで何とか持ちこたえた。後で確認すると、二日間で約1800枚撮影していた。

帰り際、楽屋に挨拶して帰る。家元曰く、神楽も変わっていかなければならないとのこと。どこまでが神楽なのか。あれも神楽、これも神楽かもしれない。誰が何をしようがその人の勝手ではあるのだけど、一定の節度は求められるというところか。といっても関東の神楽師がやろうとしていることなら全然無問題だろうけど。関東の場合は家元、元締めといった存在がいて家業で価値観を継承しているので、一定の線引きはしている。広島の芸北神楽になると、そういった線引きをする人はいないので良くも悪くもフリーダムになってしまっている。

関東の神代神楽の奏楽の魅力は軽快なリズムと笛の技術の高さ。

以前、横浜市歴史博物館で神楽を講演を聞きにいって、別の日に神楽の上演会があったのだけど、寝過ごして行けなかったという話をしたら、それには参加していたとのこと。横浜の面は横浜市歴史博物館に所蔵されているとのこと。

橘樹神社はかつての保土ヶ谷宿に近いそうだ。そういった伝統も残していきたいとのこと。

「天浮橋」「黄泉醜女」「大室屋土蜘蛛退治」は初見の演目。神楽鑑賞歴そのものは長くないので未見の演目だと「やった、ラッキー」という気分になる。

これまでは神楽を鑑賞した当日中に写真をピックアップしてSNSに掲示したりしていたのだけど、今回は疲労感が強く、さすがに後日に回した。実年齢より10歳くらい老化しているかもしれない。

今回、「お話がよく分からない」という声を聞いた。基本、黙劇なので日本神話の知識があることが前提になっている。僕も「稲荷山」を見たときはストーリーが把握できなかった。まあ「自分に合った古事記の本を読んだらいいですよ」と言う他ないのではあるが。

多分、僕は「神楽の写真を撮っている人」と認識されているだろう。実際カメラは好きなのだけど、撮影していると肉眼で見なくなってしまう。言うほどちゃんと見ていないのが実態なのである。一眼レフだとレンズを通した素通しの光なのでまだいいのだけど、ミラーレスだとセンサーを通した映像を見ている形となる。とはいえ、写真に撮っておかないと記憶はすぐに薄れてしまう(※決定的な場面は撮りたいという欲もある)ということで中々に悩ましい問題だったりするのである。

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2024年6月 8日 (土)

橘樹神社の奉納神楽を鑑賞 2024.06 一日目

土日が横浜市保土ヶ谷区天王町の橘樹神社の例大祭で、加藤社中の奉納神楽を見学に行く。途中、横浜駅のホームを撮影しようと思って寄り道する。電子書籍の表紙に使えないかと思って。神社に到着したのは11時20分過ぎで最初の演目は終わっていた。「面を新調したのに」と家元に言われる。

合間に南京玉すだれや忍者ショーが催された。ただのすだれにしか見えないのに、あんなに変化するのが面白い。忍者ショーは園児くらいの年齢の子が男女問わず参加していた。

今日の演目は「神逐蓑笠(かみやらいみのかさ)」という演目で、天照大神に保食神(うけもちのかみ)から五穀の種を受け取ってくるよう命じられたスサノオ命だったが、保食神の差しだした種が臭いと怒りだし、保食神を斬ってしまう。保食神はスサノオ命の暴虐を天照大神に訴える(※なので死んでいない)。天照大神とスサノオ命は互いに武器を向け合う一触即発の事態となる。正気を取り戻したかに見えるスサノオ命だが、姉には敵わず、蓑笠を着せられて追放されてしまう……という筋立て。

神逐蓑笠:翁面の保食神
神逐蓑笠:保食神を斬るスサノオ命
神逐蓑笠:天照大神にスサノオ命の暴虐を訴える保食神
神逐蓑笠:天照大神と対峙するスサノオ命

スサノオ命と保食神との組み合わせなので、記紀神話とは微妙に異なったストーリーとなっている。違っていた方が解釈の余地が広がって面白かったりもする。他所の社中がビデオ撮影して自身の演目として取り入れることもあるのだとか。今回は「言いたての場」から見ることができた。

なお、「勘当の場」の前に大黒舞を挟んで飴を撒いていた。

最後の演目は「八雲神詠」。ヤマタノオロチ退治である。関東の神代神楽では蛇胴は用いず、ヒトの衣装を来たオロチが登場する。そういう観点からすると、蛇胴開発以前の上演形態が残されている貴重な演目と言える。

八雲神詠:ヤマタノオロチ
八雲神詠:眠るオロチとスサノオ命、背後に奇稲田姫
八雲神詠:スサノオ命とオロチとの大立ち回り
八雲神詠:倒したオロチから天村雲剣を取り出すスサノオ命

天王町→牛頭天王→蘇民将来→スサノオ命という流れで、橘樹神社のご祭神がスサノオ命なのだそうだ。それで今日はスサノオ命にちなんだ演目となったようだ。

上演の合間には楽屋に呼んで頂いて、ビールをご馳走してもらったりした。「土蜘蛛」をやるとのことだったので、謡曲の胡蝶さんが頼光さんを毒殺しようとするお話ですか? と訊いたところ、神武天皇の土蜘蛛とのことだった。家元によると、関東では「紅葉狩」など一部の例外を除いて古事記に載っていないお話はやらないとのこと。それで五郎王子もやらないのかと得心がいく。

おそらく、記紀神話以外をやらないというのは明治期の神楽改正の影響の名残ではないかという気がするが、それはそれとして現在までそういう見識で臨んでいるということである。

保食神の面は厳めしい翁面だったので質問してみる。関東では男ですとのこと。前回見たときは媼の面だったと記憶しているが。

家元はサンカ(山の漂泊民)にご興味がおありとのこと。裏日本史とでもいうか、敗者の側からの歴史も研究してみたいそうだ。『童の神』という小説を紹介していただく。とりあえず電子書籍版をAmazonで購入。積読がたまりにたまっているのでいつ消化できるかという状況だが、いつでも読めるようスタンバイ。

サンカについては語れることがないので、出雲の四隅突出型墳丘墓の話をする。大国主命のモデルとなったと思われる古代出雲の首長たちの墓が現存しているという話である。出雲神話には実体がないと考えられていた時期が長いそうで、そういう意味ではよく残っていたなという感じである(※隣の敷地は商業高校の校庭である)。

家元のご母堂と挨拶する。僕と同年齢くらいの女性と思ったので意外だった。非常に若く見える。

広島出身の人は他にもいた。浜田にはよく海水浴に行っていたそうだ。

天気は晴れ。気温はそこまで高くなかったが、日差しは強く。座っていると、ズボンの布が熱くなった。夕暮れを過ぎると気温は下がった。6月初旬だとまだ肌寒いときもある。帰宅して風呂に入ると、見事に日焼けしていた。

座って見ていただけなのだが、かなり疲労した。体力が落ちている。

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2024年6月 6日 (木)

行為項分析――皿皿山

◆あらすじ

 昔、姉妹がいた。姉は継子(ままこ)で妹は自分の子だった。ある日姉が磯端で青菜を洗っていた。そこへ伯耆(ほうき)の殿さまがお国巡りをして「磯端で青菜を洗う小女子(こうなご)や 打ちくる波の数を知りたまえ」と歌を詠んだ。娘は黙っていた。どこの国の殿さまかは知らないが、きっと帰りがけにここをお通りになるに違いない。その時に仇を打ってあげようと思って待っていた。しばらくして殿さまがお帰りになったので「いかなる国の大名かは知らねども 歩く駒の足の数を知りたまえ」と詠んだ。殿さまは次の宿でお休みになって磯端で青菜を洗っていた娘を呼んでこいと言った。家来が呼びに行くと継母は自分の子がやりたくなって、妹に立派な着物を着せて出した。妹は姉には差し支えがあるので自分が代わって参ったと述べた。殿さまは皿の中に塩を盛って塩の中に松を植えて出した。これを歌に詠めと言った。妹は「皿の中に塩を盛り 塩の中に松を植え」と詠んだ。殿さまは妹ではつまらない。姉と代われと言って追い返した。継母は悔しがったが仕方ない、姉はぼろ着を着せられて殿さまのところに言った。姉は妹を使わしたことを詫びた。殿さまは同じ題を出した。姉は「ぼん盆や、さらさらという山に雪降りて 雪を根にして育つ松かな」と詠んだ。殿さまは感心して、偉い娘だ。連れて帰って部屋住まいをさせると言って風呂をたてて入らせ、立派な衣装を着せた。継母は悔しくてそこにあった鍬(くわ)や箒(ほうき)を投げた。姉はそこで「親とても 重ね重ねのはなむけに 箒の殿の知行取り」と詠んだ。

◆モチーフ分析

・継子の姉と実子の妹がいた
・姉が磯端で青菜を洗っていると殿さまが通りかかって歌を詠む
・姉、殿さまの帰りがけに返歌する
・殿さま、姉を呼び出した
・母親、姉の代わりに妹を送り出した
・殿さま、歌のお題を出す
・妹、歌を詠むがつまらないと返されてしまう
・姉、ぼろ着を着せられ送り出される
・姉、お題に沿った歌を詠む
・気に入った殿さま、姉を部屋住まいの扱いとする
・母親、悔しがる
・姉、それに返歌する

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:姉
S2:妹
S3:殿さま
S4:継母
S5:家来

O(オブジェクト:対象)
O1:青菜
O2:和歌
O3:返歌
O4:立派な着物
O5:ぼろ着
O6:箒

m(修飾語)
m1:継子の
m2:実子の
m3:つまらない
m4:気に入った
m5:部屋住みの
m6:悔しい

+:接
-:離

・継子の姉と実子の妹がいた
(存在)X:S1姉+S2妹
(状態)X:S1姉+m1継子の
(状態)X:S2妹+m2実子の
・姉が磯端で青菜を洗っていると殿さまが通りかかって歌を詠む
(労働)S1姉:S1姉+O1青菜
(遭遇)S1姉:S1姉+S3殿さま
(詠歌)S3殿さま:S1姉+O2和歌
・姉、殿さまの帰りがけに返歌する
(返歌)S1姉:S3殿さま+O3返歌
・殿さま、姉を呼び出した
(呼出)S3殿さま:S5家来+S1姉
・母親、姉の代わりに妹を着飾らせて送り出した
(装飾)S4継母:S2妹+O4立派な着物
(代理)S4継母:S1姉-S3殿さま
(代理)S4継母:S2妹+S3殿さま
・殿さま、歌のお題を出す
(出題)S3殿さま:S2妹+O2和歌
・妹、歌を詠むがつまらないと返されてしまう
(返歌)S2妹:S3殿さま+O3返歌
(評価)S3殿さま:O3返歌+m3つまらない
(交替要求)S3殿さま:S3殿さま-S2妹
・姉、ぼろ着を着せられ送り出される
(着替え)S4継母:S1姉+O5ぼろ着
(送出)S4継母:S1姉+S3殿さま
・姉、お題に沿った歌を詠む
(返歌)S1姉:S3殿さま+O3返歌
・気に入った殿さま、姉を部屋住まいの扱いとする
(感心)S3殿さま:O3返歌+m4気に入った
(取り立て)S3殿さま:S1娘+m5部屋住みの
・母親、悔しがる
(悔悟)S4継母:S4継母+m6悔しい
(投棄)S4継母:S4継母-O6箒
・姉、それに返歌する
(返歌)S1姉:O3返歌+S4継母

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

   聴き手(姉の返歌はどう受け止められるか)
           ↓
送り手(姉)→ 返歌(客体)→ 受け手(殿さま)
           ↑
補助者(なし)→ 姉(主体)←反対者(なし)

   聴き手(継母の企みは成功するか)
           ↓
送り手(継母)→ 妹(客体)→ 受け手(殿さま)
           ↑
補助者(なし)→ 継母(主体)←反対者(殿さま)

   聴き手(姉は殿さまとどうなるか)
           ↓
送り手(姉)→ 返歌(客体)→ 受け手(殿さま)
           ↑
補助者(なし)→ 姉(主体)←反対者(継母)

   聴き手(姉は継母にどう意趣返しするか)
           ↓
送り手(姉)→ 返歌(客体)→ 受け手(継母)
           ↑
補助者(なし)→ 姉(主体)←反対者(継母)


といった四つの行為項モデルが作成できるでしょうか。洗い物をしていたところ、殿さまとすれ違った姉は殿さまの帰りがけに返歌します。その返歌が気に入った殿さまは姉を呼び出しますが、継母が妹を差し向けます。ところが、妹には歌心がなく殿さまの眼鏡に適いません。姉が呼び出されると、姉は返歌で殿さまを感心させ、そのまま部屋住みの身分として引き立てられるという筋立てです。悔しがった継母に姉は返歌します。これまで辛い目に遭ったこともあったかもしれませんが、あくまで歌で返すのです。

 盆に盛った塩をさらさらと振りかけることと皿とを掛けています。

 姉―妹、姉―継母、姉―殿さま、妹―殿さま、立派な着物―ぼろ着、といった対立軸が見受けられます。返歌/部屋住みの図式に才能で人生を切り開く生き方が、継子/部屋住みの図式に不幸な境遇から抜け出して身分が上昇する様が暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

姉♌♁―殿さま☉♎―妹♂―継母♂―家来☾(♎)☾(☉)

 といった風に表記できるでしょうか。殿さまは姉の和歌の才能を認めて部屋住みに引き立てるという点で審判者♎であり価値☉をもたらす者でもあります。姉はその享受者♁となります。妹と継母はどちらも対立者♂と置くことができるでしょう。家来は殿さまの援助者☾となります。

◆元型分析

 「皿皿山」に登場する殿さまはユングの元型(アーキタイプ)でいうアニムス(女性の内面にある理想の男性像)とすることができるかもしれません。殿さまは権力者でありながら歌心があり、身なりに惑わされない本質を見抜く力を有しています。そして継子の境遇にあった姉を引き立てるのです。江戸時代であれば理想的な為政者と呼べるでしょう。才気煥発な女性を引き上げるという点では現在でも理想的な権力者と言えるかもしれません。

◆フェミニズム分析

 しかし、「皿皿山」をフェミニズム的な観点でみるとどうでしょう。姉は引き立てられますが、部屋住みの身分となるということであり、つまり妻妾の一人としての立場に過ぎません。正妻ではないのです。もちろん男子を産めば、お部屋さまとしてその立場は強固なものとなるでしょう。そういったことから江戸時代の人々はともかく、現代のフェミニストたちは殿さまを封建的な身分制に立脚した開明的な独裁者と見なすかもしれません。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「和歌の才能に恵まれた姉が風流を解する殿さまに出会うことでどうなるか」といったところでしょうか。一方で、発想の飛躍は姉が詠んだ返歌でしょうか。「姉―返歌―殿さま」の図式です。継子の境遇だった姉は当意即妙な返歌をすることで殿さまの関心を惹き、部屋住みの身分に取り立てられるのです。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.180-182.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年6月 5日 (水)

行為項分析――オミユキの竹

◆あらすじ

 あるところに夫婦がいた。女房は夫の留守に旨いものをこしらえて一人で食べていた。夫はそれを聞いていたので、ある日のこと山へ行くふりをして別の道を通って戻ってきて天井裏へ上がって女房のすることを見ていた。すると女房は寿司屋から刺身を取り寄せて酒を飲み始めた。夫は今自分が帰ると夫婦げんかになるが、何かよい工夫はないものかと天井裏を歩いていると煤(すす)で真っ黒になった竹の筒が見つかった。それを磨きながらいろいろ考えた。この竹を帝釈(たいしゃく)さんがら貰ったといって嬶(かか)の顔を赤らめてやろうと思い、そっと天井裏から降りて、今戻ったふりをした。神さまから天のオミユキの竹を貰った。この竹で見るとどんなに隠していることでも分かると言うと、女房は震えだして謝った。このことが隣近所の評判になった。近所の意地の悪い夫婦はあの親父が嬶を騙したのよ。オミユキの竹なんて、そんなものがあるかと思って自分の家で鉈(なた)が無くなったといってオミユキの竹で見て貰うことにした。親爺は今日は都合でいけないので明日の朝行くと答えた。親爺は二人が帰るとそろっと隣の家の周りに行ってしゃがんで内輪話を聞いた。すると土の中の芋釜の底がよかろうと聞こえた。翌朝。親爺はオミユキの竹を風呂敷に包んで持っていった。そしてしばらく竹の筒で見ていたが、これは土の中に入っていると答えた。土の中というと芋の穴しかないとなって近所の夫婦も感心して、いよいよ不思議な竹だと大評判になった。それがお殿さまの耳に入った。その頃城内で千鳥の香炉が失せて探しているところだったのでオミユキの竹で見て貰おうということになった。親爺は困ったが仕方ない。心配しながら出かけた。途中で暑くて仕方ないので稲荷堂へ入って昼寝をした。みるとお稲荷さまに小豆飯が供えてあるので頂戴した。そこへ人が来て、小豆飯を食ったのは太郎狐だ。あれが殿さまの香炉も前の池へ投げ込んだという夢を見た。よい夢を見たと喜んで殿さまの所へ出かけた。そしてオミユキの竹を出して方々を見て歩いたが、蓮の池の所へ来て、どうもこの底が怪しい。この池を干してみて下さいと答えた。仰せによって池の水を干してみると、池の底から香炉が出てきた。これはでかしたと親爺は褒美を貰って帰った。それから十日も経たない内にまた殿さまから使いが来た。また千鳥の香炉が無くなったから見てくれとのことだった。親爺は困ったが断る訳にもいかない。駕籠(かご)で迎えが来たので仕方なく駕籠に乗ったが、半里ばかり行った時、山奥へ入って果てる覚悟で大事な品物を忘れたと駕籠を止めさせた。親爺は家に帰るふりをして山の奥へ入った。すると炭がまがあって人の話声がする。耳をそばだてて聞いていると、殿さまの香炉を二千両で買えという声が聞こえた。この炭焼きたちが盗んでいると思いながらまた元のところへ帰ってきた。そして待っていた駕籠に乗ってお殿さまのところへ行った。親爺は二丈八尺もある高い櫓(やぐら)を作らせて、櫓に登って見ていたが、これより八九里先の山奥の炭焼きが盗んでいる。日が経つといけない急ぐのがよいと答えた。殿さまは捕手の役人を二三十人仕立てて、親爺の案内でその山に入った。炭焼きは捕らえられて白状したので香炉は無事戻ってきた。殿さまは喜んで追って沙汰があるので待つように言った。それからしばらくしてまた駕籠で迎えに来た。今度は若殿が九つになるが、未だにものを言わない。易者に見てもらっても分からない。どうした訳か聞きたい。殿中評議の上で迎えに来たとなった。親爺は覚悟を決めて駕籠に乗った。殿さまに頼まれた親爺は気晴らしに散歩に出ることにした。城山へ登りかけると途中で爺婆の狐が二匹いた。親爺は気味悪がったが恐る恐る近づくと、狐の方から話しかけてきた。今日あなたのオミユキの竹で見ると若殿の唖の原因がよく分かる。それは自分たちの父親の皮が殿さまの刻(とき)の太鼓に張ってある。太鼓を打たれると自分たちは五臓六腑が張り裂けるばかりに苦しい。それでそれを恨んで若殿を唖にしているのだ。オミユキの竹で見破られると狐狩りとなり、長い間住んだこの山を去らねばならない。どうか自分たちの仕業ということを明かさないで欲しいと狐は頼んだ。親爺は狐に困った節には助力してくれるように約束させ、山から下りてくると、オミユキの竹を見てから刻の太鼓の皮を張り替えたらよいと答えた。早速太鼓が張り替えられた。太鼓を叩くと若殿は太鼓の音というものは何と面白いものかと初めてものを言った。殿さまは大変喜んで、親爺夫婦に八万石の知行を与えて、二人は一生安楽に暮らした。

◆モチーフ分析

・女房が夫の留守に旨いものを一人で食べている
・夫、山へ行くふりをして天井裏に登る
・夫、煤けた竹筒を見つけ、オミユキの竹と名づける
・夫、女房にどんな隠し事でも分かるのだと騙す
・女房、謝る
・近所の意地の悪い夫婦が親爺に探し物の依頼をする
・親爺、こっそり夫婦の会話の盗み聞きをする
・隠していた場所を言い当てる
・評判が広まる
・殿さまから香炉の探し物の依頼が来る
・親爺、城へ向かう途中、稲荷堂で昼寝する
・夢で香炉の行方が語られる
・親爺、香炉の場所を言い当てて褒美を貰う
・また香炉が無くなった
・駕籠で迎えが来て止むなく乗る
・途中で山奥に入ったところ炭焼きの会話を聞く
・それを殿さまに報告、香炉が取り戻される
・若殿が声を出さないことについて尋ねられる
・時間を貰って城山を歩いていると狐夫婦に逢う
・狐夫婦、若殿の唖の原因を語る
・親爺、その事は口外しない代わりに困ったときの助力を約束させる
・親爺、太鼓の皮を張り替えるよう進言する
・若殿の唖が治る
・親爺夫婦、八万石の知行を授かる

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:夫
S2:女房
S3:夫婦
S4:村人
S5:殿さま
S6:炭焼き
S7:若殿
S8:狐夫婦

O(オブジェクト:対象)
O1:旨いもの
O2:山
O3:オミユキの竹
O4:隠し事
O5:探し物
O6:会話
O7:城
O8:稲荷堂
O9:夢
O10:褒美
O11:香炉
O12:駕籠
O13:山
O14:原因
O15:太鼓の皮
O16:知行

m(修飾語)
m1:声が出ない

+:接
-:離

・女房が夫の留守に旨いものを一人で食べている
(不在)S1夫:S1夫-S2女房
(独占)S2女房:S2女房+O1旨いもの
・夫、山へ行くふりをして天井裏に登る
(騙し)S1夫:S1夫+O2山
(潜伏)S1夫:S1夫+O3天井裏
・夫、煤けた竹筒を見つけ、オミユキの竹と名づける
(入手)S1夫:S1夫+O3オミユキの竹
・夫、女房にどんな隠し事でも分かるのだと騙す
(騙し)S1夫:S2女房-O4隠し事
・女房、謝る
(謝罪)S2女房:S2女房+S1夫
・近所の意地の悪い夫婦が親爺に探し物の依頼をする
(依頼)S3夫婦:S1夫+O5探し物
・親爺、こっそり夫婦の会話の盗み聞きをする
(盗聴)S1夫:S3夫婦-O6会話
・隠していた場所を言い当てる
(明答)S1夫:S3夫婦+O5探し物
・評判が広まる
(評価)S4村人:S4村人+S1夫
・殿さまから香炉の探し物の依頼が来る
(依頼)S5殿さま:S1夫+O5探し物
・親爺、城へ向かう途中、稲荷堂で昼寝する
(登城)S1夫:S1夫+O7城
(昼寝)S1夫:S1夫+O8稲荷堂
・夢で香炉の行方が語られる
(夢見)S1夫:S1夫+O9夢
(予知)S1夫:S1夫+O5探し物
・親爺、香炉の場所を言い当てて褒美を貰う
(明答)S1夫:S5殿さま+O5探し物
(褒章)S5殿さま:S1夫+O10褒美
・また香炉が無くなった
(再紛失)X:S5殿さま-O11香炉
・駕籠で迎えが来て止むなく乗る
(搭乗)S1夫:S1夫+O12駕籠
・途中で山奥に入ったところ炭焼きの会話を聞く
(入山)O12駕籠:S1夫+O13山
(盗聴)S1夫:S1夫+S6炭焼き
・それを殿さまに報告、香炉が取り戻される
(報告)S1夫:S1夫+S5殿さま
(奪還)S5殿さま:S5殿さま+O11香炉
・若殿が声を出さないことについて尋ねられる
(質問)S5殿さま:S1夫+S7若殿
・時間を貰って城山を歩いていると狐夫婦に逢う
(散策)S1夫:S1夫+O7城
(遭遇)S1夫:S1夫+S8狐夫婦
・狐夫婦、若殿の唖の原因を語る
(証言)S8狐夫婦:S1夫+O14原因
・親爺、その事は口外しない代わりに困ったときの助力を約束させる
(封殺)S1夫:S5殿さま-O14原因
(助力)S1夫:S8狐夫婦+S1夫
・親爺、太鼓の皮を張り替えるよう進言する
(進言)S1夫:S5殿さま-O15太鼓の皮
・若殿の唖が治る
(治癒)S7若殿:S7若殿-m1声が出ない
・親爺夫婦、八万石の知行を授かる
(授封)S5殿さま:S1夫+S2女房+O16知行

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

   聴き手(夫は女房を出し抜けるか)
           ↓
送り手(夫)→ オミユキの竹(客体)→ 受け手(女房)
           ↑
補助者(なし)→ 夫(主体)←反対者(女房)

   聴き手(夫は隣人を出し抜けるか)
           ↓
送り手(夫)→ 探し物(客体)→ 受け手(隣の夫婦)
           ↑
補助者(なし)→ 夫(主体)←反対者(隣の夫婦)

   聴き手(夫は香炉を見つけられるか)
           ↓
送り手(夫)→ 香炉(客体)→ 受け手(殿さま)
           ↑
補助者(稲荷)→ 夫(主体)←反対者(太郎狐)

   聴き手(夫は香炉を見つけられるか)
           ↓
送り手(夫)→ 香炉(客体)→ 受け手(殿さま)
           ↑
補助者(なし)→ 夫(主体)←反対者(炭焼き)

   聴き手(夫は若殿を癒せるか)
           ↓
送り手(夫)→ 太鼓の皮(客体)→ 受け手(若殿)
           ↑
補助者(狐夫婦)→ 夫(主体)←反対者(なし)


といった五つの行為項モデルが作成できるでしょうか。夫(親父)はオミユキを竹を入手したと女房を騙して反省させます。また、夫(親父)は隣人の会話を盗み聞きすることで隣人の難癖を切り抜けます。ここに夫(親父)の知恵が示されています。また、夫(親父)は殿さまの香炉を二度も取り戻すことで殿さまの信用を得ます。更に若殿の唖の原因を突き止めることで若殿を癒します。そして後に同様の問題が発生したら狐夫婦の助力を得られるよう協力を取り付けるという抜け目のなさも示します。こうして殿さまの信頼を獲得した夫(親父)は知行持ちに出世するのです。

 夫―女房。夫―隣の夫婦、夫―殿さま、夫―炭焼き、夫―若殿、夫―狐夫婦、といった対立軸が見受けられます。オミユキの竹/探し物の図式に夫(親父)の機知と知恵とが暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

夫(親父)♌♁―女房♂♁―隣の夫婦♂―殿さま♎☉―太郎狐♂―炭焼き♂―若殿♁―稲荷☾(♌)―狐夫婦☾(♌)

 といった風に表記できるでしょうか。女房は旨い料理を独り占めしますので夫にとって対立者♂でもありますが、改心し最後は夫と共に知行持ちとなりますので享受者♁ともなります。隣の夫婦、太郎狐、炭焼きは対立者♂となります。殿さまは夫(親父)の行いを評価し知行を与えますので価値☉の源泉であり審判者♎ともなります。若殿は唖が癒されますので享受者♁となります。稲荷堂の稲荷と狐夫婦は夫(親父)を助けますので援助者☾となります。援助者がどちらも狐に関連していることも興味深いです。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 このお話の焦点は「夫(親父)はいかにして難題を切り抜けるか」でしょうか。一方で、発想の飛躍は「どんな隠し事も見抜くオミユキの竹」でしょうか。「夫(親父)―オミユキの竹―女房/隣の夫婦/殿さま/炭焼き/狐夫婦」といった図式です。

 こうして難題を切り抜けるためのアイテムとして登場したオミユキの竹ですが、実際は古い竹筒に過ぎず、夫(親父)は己の機知と知恵とで難局を切り抜けるという筋立てとなっています。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.171-179.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年6月 3日 (月)

テスト――「えんこうの一文銭」の共起ネットワーク図を描画・分析する

 テキストマイニング用のツールであるKH Coder(無償版)を用い、未来社『石見の民話』より邑智郡の昔話である「えんこうの一文銭」について共起ネットワーク図をテスト的に作成してみた。

■あらすじ

 昔あるところに川の東の岸と西の岸に一軒ずつ家があって、それぞれ爺さんと婆さんが住んでいた。東岸の爺さんは正直者で一匹の猫を飼っていたが貧乏なので十分食べさせることができなかった。ところがある日、竜宮さまがえんこうの一文銭をやるから天井の裏へ下げて祀れとお告げになった。朝起きてみると果たして爺さんの枕元にえんこうの一文銭がおいてあった。その一文銭を天井の裏に吊すと、これまで貧乏だった爺さんの家は日増しに身上が良くなった。反対に西岸の欲張り爺さんの家は次第に身上が悪くなっていった。女はとかく口さがなく東岸の爺さんがえんこうの一文銭を授かってから日ごと身上が良くなったということを西岸の婆さんに話したので、これを聞いた爺さんは早速東岸の家へ行ってえんこうの一文銭を貸してくれないかと頼んだ。正直者の爺さんは長い間は貸せられないが一時なら貸してあげようと言って貸した。西岸の爺さんはその一文銭を持って帰って天井裏に吊しておくとその日から身上が次第に盛り返してきた。東岸の家は一文銭を貸した日からまた昔のように目に見えて貧乏になっていった。そこで西岸の爺さんに貸した一文銭を返してくれと催促にいったが、何とか理由をつけてどうしても返さないので、爺さんは困って戻ってきた。婆さんは考えあぐねた末に家の飼い猫に一文銭をとって来るようにいいつけた。猫は川が渡れないので困っていると、一匹の犬が来た。犬に訳を話して川を背負って渡してくだされと頼んだので、猫は犬に負われて川を渡ることができた。猫が西岸の家に行ってみると、鼠がいたので猫はすかさずこの鼠を捕って、お前の命を助けてやるから天井裏にある一文銭を取ってこいと頼んだ。鼠は天井裏に上がって一文銭を落として持ってきた。猫はそれを貰って、また犬に川を渡してもらうように頼んだ。犬の背に負われて川の中程まで来たとき、犬がくわえた物を落とすなよと言ったので猫はハイと返事した。その調子で一文銭が水の中へ落ちた。猫は泣かんばかりになって思案した。そうしたら空から一羽の鳶(とび)が下りて来たので猫は鳶を狙って咥えた。そして命を助けてやるからこの川に落ちた一文銭を探してこいと頼んだ。鳶は川の底にあるものは見えないので、川の上を泳いでいた鵜(う)を咥えて、お前は水の底にいる鮎(あゆ)でも捕るのだから水の底に落ちた一文銭を拾ってくれと頼んだ。そこで鵜は川の端を上下したがちっとも見えないので大きな鮎を咥えてお前の命をとるのではない。この川に落ちているえんこうの一文銭を取ってくれ。お前は水の底を歩いて蟹(かに)とえびでさえ餌にするくらい水の底のことは達者だからと頼んだ。鮎は水の底を泳いでいくと果たしてえんこうの一文銭があった。それを拾い上げて鵜に渡した。鵜はそれを鳶に渡して鳶はそれを猫に渡した。猫はとうとう水の底から一文銭を拾い上げることができたので、喜んで歌にうたった。「猫に鼠に空たつ鳶に 川で鵜の鳥、鮎の魚」。犬は川を渡してくれたが大切な一文銭を水の中に落とすようなことをさせたので、この歌の仲間に入れていないそうだ。猫はえんこうの一文銭を持って帰って爺さんに渡したので東岸の家はまた次第に身上がよくなった。

■その1

えんこうの一文銭・共起語ネットワーク図

 出現頻度が最も高い(※円が大きい)のは「一文(一文銭)」。線が最も太く表示されている(※関連性が強い)のは「天井」だが、「天井」自体の頻度は高くない。「川」と「東」の出現頻度が同等と見られるが、これは元々、東岸の家にあった一文銭を川向こうの西岸の家に奪われることからはじまるお話であり、更に回収途中に一文銭を川底に落としてしまい、その回収が更なるミッションとなるという筋立てから来るものである。

■コーディング・ルールその1

 共起ネットワーク図作成の実行にはコーディング・ルールを記述したファイルが必要である。ファイル自体はテキスト形式で構わない。試してみて、このコーディング・ルールの設定が共起ネットワーク図生成の肝であると感じた。なお、有償版では設定用の画面の構成が異なるようだ。

*一文
一文 or 一文銭
*東
東岸 or 東岸の家 or 東岸の爺さん or 東岸の婆さん
*西
西岸 or 西岸の家 or 西岸の爺さん or 西岸の婆さん
*川
川 or 川底
*天井
天井 or 天井裏

 形態素解析を行うと、「一文銭」は「一文」と「銭」に分解されてしまう。こういった複合語については予め登録する機能もあるが、無償版では一件しか登録できない仕様となっている。

■その2

えんこうの一文銭・共起語ネットワーク図

 出現頻度が最も高いのは「一文(一文銭)」。次いで猫。これは猫がえんこうの一文銭を回収するミッションを帯びる話だからそうなる。

 「一文」と繋がっているのは「天井」「鼠」「西」。これらのJaccard係数はいずれも0.2を超えているので強い関連がある。特に「天井」と「鼠」は太線で結ばれているが、0.33ととても強い関連がある。「西」は一文銭を奪った西岸の家/爺さんを指すので、やはり関連性が高くなっている。

 なお、Jaccard係数に関しては、テキストマイニングの参考書を参照して頂きたい。

 「猫」は「犬」「川」との関連性が高い。これは泳げない猫にとって川が行く手を阻む障害となり、犬の背に乗って渡河することによって向こう岸にたどり着くことが可能となることの裏づけとなっている。また、一文銭を回収した後で再び犬の背に乗って帰還しようとすることも反映している。

 なお、本来であれば「猫」と「鼠」の間も繋がっていなければならないのだが、図では線は結ばれていない。

 「鳶」「鵜」「鮎」の関連性も高い。猫が一文銭を川底に落としてしまい、自力では回収できないため他の動物を捕まえてその動物に回収を命じるというリレー形式の回収劇となっていることを反映している。

■コーディング・ルールその2

*一文
一文 or 一文銭
*東
東岸 or 東岸の家 or 東岸の爺さん or 東岸の婆さん
*西
西岸 or 西岸の家 or 西岸の爺さん or 西岸の婆さん
*川
川 or 川底
*天井
天井 or 天井裏
*猫

*犬

*鼠

*鳶

*鵜

*鮎


 コーディング・ルールに変更を加えると、出力結果にかなり変動が生じた。よってコーディング・ルールの作成に関しては抽出語リストをEXCEL形式で出力し、その内訳をよく確認した上で考えて試行錯誤する必要がある。

 本来ならば、猫、犬、鼠、鳶、鵜、鮎などは含めなくてもよいはずなのだが、含めないと出力されなかった。そこら辺がよく分からないのだが、とりあえずこう対応すれば結果として出力されるらしいことは分かった。

 YouTubeで解説動画を配信している人に質問してみたが、やはり抽出語リストを地道に確認する他ないようだ。

■その3

 その点では、「猫は一文銭を無事回収できるか」というのが物語の焦点となっており、まずどうやって渡河するか、更に西岸の家でどうやって天井裏に吊るされた一文銭を回収するか、そして次に帰途で川底に落としてしまった一文銭をどうやって回収するかという解決しなければならない問題が次々と発生することで聴き手の興味を引きつけている。

 以上から、「えんこうの一文銭」の共起ネットワークは物語の焦点をかなりの程度反映していると考えることができるだろう。「鳶」「鵜」「鮎」の相互の関連性については、一文銭を運ぶ動物のリレーとして発想の飛躍的な要素を見て取ることが可能である。

 ただ、上位の結果のみが概念図化されており、お話の発端となった東岸の爺さんと西岸の爺さんとの諍いと互いの繁栄/窮乏化に関しては図示されておらず、手作業で行う箇所も依然として必要であると認識させられた。

 なお、既に形態素解析で品詞別に単語を抽出し、手作業でキーワード間を紐づけて、一次元の文字列として物語の図式を概念化する作業は行っている。が、それらは全て手作業でやったもので、キーワード間の関連性の強さに関しては考慮されていない。当初、以前の記事に付加することを考えたが、それだと混同されてしまう怖れがあるので、新たに別途記事を新規作成した方が望ましいと判断した。

 KH Coderでは対応分析と共起ネットワークがよく利用されるらしいが、対応分析について試してみたところ、エラーが返ってきた。これはテキスト文を指定したからで、対応分析については、csv形式など表計算形式のファイルでないと駄目なようだ。

 分析については、これまで同じ題材について、モチーフ分析、行為項分析、関係分析と繰り返してきたので、外形的な要素に関してはある程度解像度を上げることができているのではないかと思う。

KWICコンコーダンス
コロケーション統計
KWICコンコーダンスおよびコロケーション統計に関しては、実際にソフトを操作しながら確認するのが望ましいので以後は掲示しない予定。

<追記>

えんこうの一文銭・共起語ネットワーク図
描画する共起関係を上位10件から20件に修正すると、大分ましな内容になった。

えんこうの一文銭・共起語ネットワーク図
上位30件に変更。相互の関係がより明らかになっている。

_05
上位40件に変更。ここまで来ると、逆に分かりにくくなるか。

共起ネットワークを確認してみると、これまで分析したことと特に大きな相違はない。短いお話なので意外な結果が現れるということはなさそうだ。ただ、それはそれでデータとして裏付けを得られたのでOKというところか。

■ユーザーローカルのAI分析

ユーザーローカル・AIテキストマイニング
https://textmining.userlocal.jp/

というWEBサービスでは下記のような多彩な分析が行える。下処理を行う間に前に解析を実行してしまったので共起ネットワークが思ったような結果になっていないが、その他は問題ないだろう。

・共起ネットワーク

ユーザーローカル・共起ネットワーク

・ワードクラウド

テキストマイニング・ワードクラウド

これはSNSでもよく見かける。スコアが高い単語が大きく表示されているらしい。やはり「東岸」「西岸」「一文銭」「爺さん」辺りが目立つ。逆に「猫」が目立たないのはよく分からない。


・単語出現頻度

テキストマイニング・名詞・単語出現頻度
テキストマイニング・動詞・単語出現頻度
テキストマイニング・形容詞・単語出現頻度

名詞・動詞・形容詞について表示した。感動詞は外した。やはり「猫」が出現頻度の割にスコアが低いのがよく分からない。


・二次元マップ

テキストマイニング・二次元マップ

これは図解された中で距離の近さに意味が持たされている。パッと見、傾向が上手く把握できないが、主なキーワードは表示されているようである。


・係り受け解析

テキストマイニング・係り受け解析・名詞―形容詞
テキストマイニング・係り受け解析・名詞―動詞
テキストマイニング・係り受け解析・名詞―名詞

「名詞―形容詞」「名詞―動詞」「名詞―名詞」について結果が表示されている。それぞれの対応関係が分かりやすく表示されている。


・階層的クラスタリング

テキストマイニング・階層的クラスタリング

この樹形図は見方がよく分からない。


・感情分析・サマリー

テキストマイニング・感情分析・サマリー

文中に含まれる感情を図示している。感情はポジティブ・ネガティブ・中立の三種に分類されている。おそらく形容詞ないしは形容動詞辺りについてそれ用の辞書を内蔵していると思われる。「えんこうの一文銭」はあらすじを解析したため、感情はあまり表に出ていないようだ。


・感情分析・ポジネガ推移

テキストマイニング・感情分析・ポジネガ推移

文章の進行における感情的要素の度合いを図示している。「えんこうの一文銭」においてはネガティブな感情からポジティブな感情に推移していくようだ。


・感情分析・感情推移

テキストマイニング・感情分析・感情推移

「喜び」「好き」「悲しみ」「恐れ」「怒り」といった感情の起伏の推移を図示している。「えんこうの一文銭」では後半「怒り」の感情が強くなる。これはせっかく回収した一文銭を犬の不用意な言葉で川底に落としてしまうことによるものと思われる。


……以上のように、KH Corder無償版では提供されていない多彩な分析が可能である。これはテキストマイニングについて専門的な知識を有しないユーザーでも多面的な分析を可能とする点で魅力的である。ただ、コーディング・ルールについては事前にしっかり設定する必要があることには変わりがない。

僕が起こした『石見の民話』のあらすじは大体1000~2000字程度のボリュームなので、統計によって意外なデータが浮上してくることはまずないと思う。長編小説だとそういったことは多々あると思うが。やはりこれまでに行った分析の裏付けといった使い方になりそうである。

昔話でテキストマイニングを行うのであれば、今回のようなやり方ではなく、類話を収集してcsv形式にまとめて分析を行うのが望ましい方向性だろう。『日本昔話大成』シリーズなどであれば類話は収録されている。ただ、それだと類話は要約されてディテールは失われているのが難点である。類話の収集はこれはこれで難しい問題である。

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KH Coderをインストールする

KH Coderをインストールする。共起ネットワークを実行するとエラーが出るので困ったが、コーディング・ルールの記述の仕方に問題があった。なんとか成功する。しかし、解釈が難しい。

チュートリアルのデータは問題なく描画できたので、問題はコーディング・ルール周りにあることは分かり、修正する。何とか描画までたどり着けた。

KH Coderの正規版は約6万円する。アカデミック版は約半額。他に毎年アップデート料金が必要。6万円という価格づけは昔のAdobeのPhotoshopやIllustrator並みの値段である。そう一般に普及するソフトでもないので仕方ないが。

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2024年6月 2日 (日)

掲示板にはじめてコメントがつく

ホームページに掲示板(BBS)を設置していたのだが、初めてコメントがついた。山口の方で狛犬の研究をしているらしい。僕のホームページには島根県石見地方の神社の狛犬の写真が約70社くらい掲示してある。その方によると須佐も狛犬の産地なのだそうだが、島根県西部に伝わったものもあって、それでうちのホームページを閲覧したとのこと。

残念ながら僕は狛犬の様式や産地、石材の産地などは判別できない。ただひたすら写真を撮っただけである。まあ、他の方の役に少しでもたったならいいことである。

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概要を把握する――川上成年『テキストマイニングでできる特許データ分析入門 図で解説! KH CoderとJ-PlatPatで特許データを分析してみよう。』

川上成年『テキストマイニングでできる特許データ分析入門 図で解説! KH CoderとJ-PlatPatで特許データを分析してみよう。』をKindle Unlimitedで読む。これでKH Coderの大まかなイメージは掴めた。KH Coderでは対応分析と共起ネットワークがよく利用されるようだが、ある程度解像度を高めることができた。最後の応用編では共起ネットワーク図をベースにPower Pointなどのツールで描画した独自の概念図が提示される。僕はこういう概念図を作成するのが不得手なので、上手く取り入れられないか。

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2024年6月 1日 (土)

行為項分析――葬式の使い

◆あらすじ

 昔あるところに猟の好きな六兵衛という男がいた。毎日いろいろな鳥獣を獲ってくるので女房が嫌がって猟を止めるように頼んだが、六兵衛は猟が面白くて止めようとしない。いつも女房と口げんかをしていた。ある日のこと、また口げんかをして山へ鉄砲を担いでいった。そして山の中をあちこち獲物を探したが、その日に限って獲物が獲れない。山奥深く探していく内に道に迷ってしまった。六兵衛は大きな木に登って夜を明かすことにした。すると、夜中頃になってどんどん人の足音がしてきた。六兵衛を呼ぶ声がして、女房が腹痛で苦しがっている。帰るようにと告げた。六兵衛が黙っていると、そこにいるのは分かっているんだ。早く帰りなさいと告げた。それでも黙っていると、これほど言っても戻らんなら死んだって知らない。集落の者まで集まって相談しているのにと言ってぶつぶつ言いながら帰った。六兵衛は変な事を言ってきたと思っていた。すると提灯の火が見えてきた。また六兵衛に家に戻るように告げた。六兵衛が黙っていると、女房が死にそうなのに猟に憑かれた者は訳が分からないとぶつぶつ言って帰ってしまった。しばらくすると、また提灯の火が見えてきた。女房がとうとう死んだ。葬式のことがあるから早く戻るようにと告げた。それでも黙っていると、帰ってしまった。しばらくして夜が明けたら帰ろうと思っていると、今度はぞろぞろと人が棺を担いで来た。六兵衛が戻らないから死人を一人おく訳にもいかないから棺をこしらえてここまで持ってきたと告げた。六兵衛は一晩の内にこしらえて持ってくるはずはないから何かが化かそうとしているのだと思ってずっと動かずにいた。その内だんだん夜が更けてしんとしてきたら柩がバリバリと音をたてて裂けた。そして中から女房が出てきた。女房が六兵衛に呼びかけたが黙っていると木へ登りはじめた。だんだん近づいてきて手が届くかと思ったところで六兵衛は鉄砲を構え、足に手が触ったのでズドーンと撃つとドッタンと落ちた。その内に夜もしらじらと明けたので、やれやれ変なことがあったが何が化かしたのだろうかと思って下へ降りてみると、ずっと血の跡が続いているので、その跡をつけていくと自分の家へ帰っていた。おかしなことだ。本当に女房が死んだのだろうかと思って帰ってみると、女房が鉄砲で撃たれて死んでいた。これは仏さまが見せしめのためにやってくださったのだろうと思って、はじめて六兵衛も目が覚めて、それから猟をすっぱりと止めた。

◆モチーフ分析

・六兵衛という猟が好きな男がいて、殺生を諫める女房と喧嘩ばかりしていた
・ある日、山に入ったが獲物が一匹も撮れない
・その内に道に迷ってしまった
・大きな木に登り、一晩明かすことにする
・夜が更けると、足音がして女房が腹痛で苦しんでいると告げる
・六兵衛は黙ったままやりすごす
・今度は提灯の火が見え、女房が死にそうだと言い六兵衛に家に帰るように告げる
・六兵衛は黙ったままやり過ごす
・今度は女房が死んだ、葬式のことがあるから帰るようにと告げる
・六兵衛は黙ったままやり過ごす
・今度は棺を運んでくる
・六兵衛は黙ってやり過ごす
・棺から女房が出てくる
・女房、木に登ってくる。手が触れそうになる
・六兵衛、女房を鉄砲で撃つ
・六兵衛、血の跡を追うと自宅に戻る
・女房が鉄砲に撃たれて死んでいた
・六兵衛、改心する

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:六兵衛
S2:女房
S3:声

O(オブジェクト:対象)
O1:猟
O2:山
O3:獲物
O4:道
O5:木
O6:葬式
O7:棺
O8:血痕
O9:自宅

m(修飾語)
m1:死んだ
m2:改心した

+:接
-:離

・六兵衛という猟が好きな男がいて、殺生を諫める女房と喧嘩ばかりしていた
(存在)X:S1六兵衛+O1猟
(諫言)S2女房:S1六兵衛-O1猟
(喧嘩)S1六兵衛:S1六兵衛-S2女房
・ある日、山に入ったが獲物が一匹も撮れない
(入山)S1六兵衛:S1六兵衛+O2山
(不猟)S1六兵衛:S1六兵衛-O3獲物
・その内に道に迷ってしまった
(迷う)S1六兵衛:S1六兵衛-O4道
・大きな木に登り、一晩明かすことにする
(停泊)S1六兵衛:S1六兵衛+O5木
・夜が更けると、足音がして女房が腹痛で苦しんでいると告げる
(告知)S3声:S1六兵衛+S2女房
・六兵衛は黙ったままやりすごす
(黙殺)S1六兵衛:S1六兵衛-S3声
・今度は提灯の火が見え、女房が死にそうだと言い六兵衛に家に帰るように告げる
(再告知)S3声:S1六兵衛+S2女房
・六兵衛は黙ったままやり過ごす
(黙殺)S1六兵衛:S1六兵衛-S3声
・今度は女房が死んだ、葬式のことがあるから帰るようにと告げる
(再告知)S3声:S1六兵衛+O6葬式
・六兵衛は黙ったままやり過ごす
(黙殺)S1六兵衛:S1六兵衛-S3声
・今度は棺を運んでくる
(搬入)S3声:S1六兵衛+O7棺
・六兵衛は黙ってやり過ごす
(黙殺)S1六兵衛:S1六兵衛-S3声
・棺から女房が出てくる
(登場)S3声:S2女房-O7棺
・女房、木に登ってくる。手が触れそうになる
(接近)S3声:S2女房+S1六兵衛
・六兵衛、女房を鉄砲で撃つ
(射撃)S1六兵衛:S1六兵衛-S2女房
・六兵衛、血の跡を追うと自宅に戻る
(追跡)S1六兵衛:S1六兵衛+O8血痕
(帰宅)S1六兵衛:S1六兵衛+O9自宅
・女房が鉄砲に撃たれて死んでいた
(認識)S1六兵衛:S2女房+m1死んだ
・六兵衛、改心する
(改心)S1六兵衛:S1六兵衛+m2改心した

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

   聴き手(六兵衛は無事朝を迎えられるか)
           ↓
送り手(声)→ 黙殺(客体)→ 受け手(六兵衛)
           ↑
補助者(なし)→ 六兵衛(主体)←反対者(声)

といった行為項モデルが作成できるでしょうか。猟で殺生することが好きな六兵衛はそれを諫める女房と喧嘩したまま山に入ります。道に迷った六兵衛は木に登り一晩明かそうとしますが、そこに声がして女房の不幸を告げ、六兵衛を木から降ろそうとします。黙殺する六兵衛ですが、棺が運ばれていて中から女房が現れ六兵衛に接近すると、女房を撃ってしまいます。血痕を追うと自宅に戻り、そこで女房が撃たれて死んでいたという筋立てです。この話には別バージョンがあり、それは狸の仕業だったという結末になっていますが、『石見の民話』に収録されたバージョンでは声の正体を明らかにせず怖い話として描いています。

 六兵衛―女房、六兵衛―声、六兵衛―仏、昼間―夜、といった対立軸が見受けられます。夜/声という図式は夜が魔物の出没する時間帯である暗喩となっています。

 この行為項モデルでは、客体が黙殺という不作為になっていることが指摘できるでしょうか。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

六兵衛♌♎♁―女房☉☾(♌)―声♂

 といった風に表記できるでしょうか。これは何に価値☉を置くか難しい問題です。六兵衛自身の命を守ることかもしれませんし、六兵衛の日常を守ることかもしれません。ここでは結末に沿って女房を価値☉と置きます。すると、六兵衛は女房を撃ち殺してしまいますので享受者♁(-1)とでもおけるでしょうか。また、六兵衛は帰宅することで真相を知りますので審判者♎と置いていいでしょうか。女房は六兵衛に諫言するなど援助者☾としての側面も持ちますが、死体となった女房は援助者☾(-1)とも置けるでしょうか。

◆発想の飛躍

 発想の飛躍は得体の知れない声が六兵衛を木から降ろそうとあの手この手を尽くすことでしょうか。「声―女房―六兵衛」の図式です。

 この話は、六兵衛が日常→非日常→日常と巡る話でもあります。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.166-170.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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