行為項分析――丸瀬山の山姥
◆あらすじ
平安時代のはじめ、唐から帰ってきた弘法大師は金剛杖をつきならしながら宇坂峠を越えて市木の里へ入ってきた。峠から真正面にあおぐ丸瀬山の気高い姿は若い弘法大師の心をとらえた。この山を開いて道場を建て、金剛峯寺を開基しようと思った。大師はいばらの茂みを分けて丸瀬山に入った。そして谷から峯へと調査して回った。調査も大体終わって谷の数も峯の数も開基に都合のよいことが分かってきた。ところがこの事を知ってこの山に住む山姥が気をもみはじめた。このままでおくと山は開かれ大勢の人が出入りするようになって住む所が荒らされてしまう。その様な事にならぬよう細工をしてやろうと言って山姥は谷を一谷隠してしまった。弘法大師が最後の調査をしてみると、開山には四十八谷なければいけないのに四十七谷しかない。不審に思ってもう一度数えてみた。しかしどうしても四十七谷しかない。遂に諦めるより仕方がなかった。しかし、せめてこの山へ入った記念にと、大師は三体の観音さまを刻んで山に留め、次の山をもとめて三坂を超え芸州路へ向かった。こうして丸瀬山は山姥の邪魔でついに開かれることなく終わった。今でも隠しが谷といってその時山姥が隠したという谷がある。
大師はまたこのとき丸瀬山から日本海の激しい波風の有様を見て、行き交う船の安全を祈願して仏像を残された。その後丸瀬山には夜な夜な灯がともり、沖に出た船はこの灯を唯一の目印にした。ことに海の荒れる時は、どんな大荒れにも消えることのないこの灯を頼って帰れば難船を免れた。
観音さまの一体は観音寺原に、一体は麦尾に飛んで行き、一体は山に残っている。山に残った一体は昔ある人が丸瀬山の頂きの岩屋で見かけたので、明くる日に迎えて帰ろうと思っていったが、どうしても見つけることができなかったという。
◆モチーフ分析
・弘法大師、市木の里へ入ってくる
・弘法大師、丸瀬山の山並みに惹かれる
・弘法大師、丸瀬山に道場を開基しようと考える
・弘法大師、開基のための調査を行う
・調査は順調に進む
・丸瀬山に住む山姥がこのままでは丸瀬山に人が増え、自分の住処が荒らされると懸念する
・山姥、谷を一つ隠す
・弘法大師が谷の数を数えると四十七谷しかない
・四十八谷に一谷足りないので諦める
・弘法大師、市木の里を去る
・弘法大師、丸瀬山に仏像を残した
・その後、丸瀬山の漁り火によって多くの船が難破を免れた
・仏像は二体が外に流出した
・残りの一体は頂きの岩屋で見つかったが、その後見た者はいない
◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である
S(サブジェクト:主体)
S1:弘法大師
S2:山姥
O(オブジェクト:対象)
O1:市木の里
O2:丸瀬山
O3:開基の志
O4:調査
O5:谷
O6:四十七谷
O7:四十八谷
O8:仏像
O9:漁り火
O10:船
O11:難破
O12:岩屋
+:接
-:離
・弘法大師、市木の里へ入ってくる
(来訪)S1弘法大師:S1弘法大師+O1市木の里
・弘法大師、丸瀬山の山並みに惹かれる
(魅惑)S1弘法大師:S1弘法大師+O2丸瀬山
・弘法大師、丸瀬山に道場を開基しようと考える
(決意)S1弘法大師:S1弘法大師+O3開基の志
・弘法大師、開基のための調査を行う
(調査)S1弘法大師:S1弘法大師+O2丸瀬山
・調査は順調に進む
(経過)O4調査:O4調査+O2丸瀬山
・丸瀬山に住む山姥がこのままでは丸瀬山に人が増え、自分の住処が荒らされると懸念する
(懸念)S2山姥:S2山姥-O2丸瀬山
・山姥、谷を一つ隠す
(秘匿)S2山姥:S2山姥-O5谷
・弘法大師が谷の数を数えると四十七谷しかない
(検算)S1弘法大師:S1弘法大師+O6四十七谷
・四十八谷に一谷足りないので諦める
(断念)S1弘法大師:S1弘法大師-O3開基の志
・弘法大師、市木の里を去る
(退去)S1弘法大師:S1弘法大師-O1市木の里
・弘法大師、丸瀬山に仏像を残した
(安置)S1弘法大師:O2丸瀬山+O8仏像
・その後、丸瀬山の漁り火によって多くの船が難破を免れた
(効験)O9漁り火:O10船-O11難破
・仏像は二体が外に流出した
(流出)O8仏像:O2丸瀬山-O8仏像
・残りの一体は頂きの岩屋で見つかったが、その後見た者はいない
(発見)O8仏像:O8仏像+O12岩屋
(行方不明)O8仏像:O2丸瀬山-O8仏像
◆行為項モデル
送り手→(客体)→受け手
↑
補助者→(主体)←反対者
というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。
聴き手(関心)
↓
送り手→(客体)→受け手
↑
補助者→(主体)←反対者
この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。
聴き手(弘法大師は無事開基できるか)
↓
送り手(山姥)→ 谷を一つ隠す(客体)→ 受け手(弘法大師)
↑
補助者(なし)→ 山姥(主体)← 反対者(弘法大師)
聴き手(弘法大師の残した仏像はどうなるか)
↓
送り手(弘法大師)→ 仏像(客体)→ 受け手(船)
↑
補助者(なし)→ 弘法大師(主体)← 反対者(なし)
といった二つの行為項モデルが作成できるでしょうか。弘法大師は市木の里の丸瀬山で開基しようとするものの、それを危惧した山姥が谷を一つ隠すことで妨害します。
弘法大師―山姥、四十七谷―四十八谷、開基―谷、といった対立軸が見出せます。仏像/漁り火から弘法大師の高い法力による救済の暗喩が同定できます。
◆関係分析
スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。
♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者
という六つの機能が挙げられます。
☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。
これらを元に関係分析をすると、
弘法大師♌♎―山姥♂―船♁
といった風に表記できるでしょうか。丸瀬山に開基することを価値☉とおくと、弘法大師は開基の適当な場所を選定しますので審判者♎となります。船自体は登場人物ではありませんが、船乗りたちを登場人物と置くと、弘法大師が残した仏像の効験によって難破を免れますので享受者♁と見ることができます。
◆発想の飛躍
発想の飛躍は山姥が谷を一つ隠してしまうことでしょうか。「弘法大師―四十七谷/四十八谷―山姥」といった図式です。
◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.101-102.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)
| 固定リンク
「昔話」カテゴリの記事
- 行為項分析――渡廊下の寄附(2024.09.16)
- 行為項分析――山小屋の不思議(2024.09.15)
- 行為項分析――「空」の塔婆(2024.09.14)
- 行為項分析――河野十内(2024.09.13)
- 行為項分析――猫やだけし(2024.09.12)