行為項分析――静間の狐
◆あらすじ
静間に引迫(ひきさこ)坂といってとても淋(さび)しい坂があった。ここはよく化物が出ると言われていた。ある日、雨の降る夕方に大浦の三四郎という人が坂を通りかかった。萱(かや)みのを着て、寒いので下に狐の皮を着ていた。そこへ向こうから三人若い者が来て出会った。若い者はこの辺りには化物が出るというがこやつだ。今日は三人いるから退治してやろうと相談して三四郎を捕まえた。三四郎は自分は大浦の者で大田に用事に行っての帰りだと説明しても若者たちは放そうとしない。その内に一人が三四郎の後ろに尻尾がぶらさがっているのを見つけた。三四郎は幾ら言っても駄目だと覚悟を決めた。そこまで見られては仕方がない。自分はこの坂にいる狐だ。助けてくれる代わりに守り銭を一文ずつあげようと言って、これは福の銭だから大事に持っていよ。これを廻して手を叩くと金が出るともったいらしく一文ずつ渡した。若い者たちはようやく手を放したので三四郎は家へ帰った。
若い者はそれぞれ家へ帰った。一人は得意になって帰る途中で狐を捕まえて守り銭を貰ったと話した。そして三四郎の言った通りに一文銭を廻して手を叩いた。しかし幾らやっても銭は出てこない。ただの一文銭だとなった。他の若い者の家でも同じことだった。段々その話が広がって三人の若い者は三四郎に騙されたのだと笑われた。
その話が大森の代官所の耳に入ったので、代官所では三四郎を呼び出した。三四郎はどうなることかと恐る恐る代官の前へ出た。近頃評判の一件は事実かと訊かれたので三四郎は事情を詳しく話すと、代官は三四郎の知恵で四人の命が助かったと褒美をくれた。
◆モチーフ分析
・大浦の三四郎が引迫坂を通りかかった
・雨なので萱みのを着け、寒いので狐の皮を着けていた
・三人の若者と出会った
・若者たちは三四郎を狐だと責める
・三四郎、事情を話すが聞き入れてもらえない
・三四郎、一文銭を狐の守り銭だと言って渡す
・若者たち、三四郎を解放する
・若者たち、家に帰る
・若者たち、三四郎に言われた通りにするが何も起きない
・ただの一文銭だとなる
・他の若者も同じ経験をする
・三四郎に騙されたと評判になる
・三四郎、代官所から呼び出される
・三四郎、事情を説明する
・代官所は三四郎の知恵を褒め、褒美を渡す
◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である
S(サブジェクト:主体)
S1:三四郎
S2:若者
S3:人々
S4:代官
O(オブジェクト:対象)
O1:引迫坂
O2:狐の皮
O3:一文銭
O4:家
O5:褒美
+:接
-:離
・大浦の三四郎が引迫坂を通りかかった
(通過)S1三四郎:S1三四郎+O1引迫坂
・雨なので萱みのを着け、寒いので狐の皮を着けていた
(装着)S1三四郎:S1三四郎+O2狐の皮
・三人の若者と出会った
(遭遇)S1三四郎:S1三四郎+S2若者
・若者たちは三四郎を狐だと責める
(誤認)S2若者:S2若者+S1三四郎
・三四郎、事情を話すが聞き入れてもらえない
(不問)S1三四郎:S2若者-S1三四郎
・三四郎、一文銭を狐の守り銭だと言って渡す
(譲渡)S1三四郎:S2若者+O3一文銭
・若者たち、三四郎を解放する
(解放)S2若者:S2若者-S1三四郎
・若者たち、家に帰る
(帰宅)S2若者:S2若者+O4家
・若者たち、三四郎に言われた通りにするが何も起きない
(不発)S2若者:S2若者-O3一文銭
・ただの一文銭だとなる
(判明)O3一文銭:O3一文銭-O3一文銭
・他の若者も同じ経験をする
(繰り返し)S2若者:S2若者-O3一文銭
・三四郎に騙されたと評判になる
(噂)S3人々:S1三四郎-S2若者
・三四郎、代官所から呼び出される
(呼出)S4代官:S4代官+S1三四郎
・三四郎、事情を説明する
(説明)S1三四郎:S1三四郎+S4代官
・代官所は三四郎の知恵を褒め、褒美を渡す
(褒章)S4代官:S1三四郎+O5褒美
◆行為項モデル
送り手→(客体)→受け手
↑
補助者→(主体)←反対者
というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。
聴き手(関心)
↓
送り手→(客体)→受け手
↑
補助者→(主体)←反対者
この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。
聴き手(三四郎はその場を無事逃れられるか)
↓
送り手(三四郎)→ 一文銭(客体)→受け手(若者)
↑
補助者(なし)→ 三四郎(主体)← 反対者(若者)
といった行為項モデルが作成できるでしょうか。三四郎は狐の皮を防寒具としてまとっていたため引迫坂で人を化かす狐と勘違いされています。一文銭を狐の守り銭と偽って渡すことでその場を逃れます。事実が明らかとなって三四郎の評判は高まりますが、代官に呼び出されてしまいます。ですが、事情を聴収した代官は三四郎の知恵を褒めるのでした。三四郎の機転が大事になることを防いだ。そして若者たちの間抜けさというか素朴さが浮き彫りとなるという構図です。
三四郎―狐、三四郎―若者、三四郎―代官、一文銭―守り銭、といった対立軸が見出せます。守り銭/虚偽といった暗喩が同定できます。
◆関係分析
スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。
♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者
という六つの機能が挙げられます。
☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。
これらを元に関係分析をすると、
三四郎♌☉―若者♂♁―代官♎
といった風に表記できるでしょうか。一文銭を狐の守り銭と偽りますので価値☉(-1)と表記できるでしょうか。代官は事情を聴収した上で褒章しますので審判者♎としました。
◆発想の飛躍
発想の飛躍はただの一文銭を狐の守り銭と偽ることでしょうか。「三四郎―一文銭/狐の守り銭―若者」という図式です。
◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.77-80.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)
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