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2024年4月19日 (金)

行為項分析――鏡が渕

◆あらすじ

 鳴美の堤から切り立った岩の上に登ると、小さな祠(ほこら)がある。竜の明神で、祠の前の岩角に立っている松を髪かけの松という。弘安(こうあん)正応(しょうおう)の頃、阿波麻生庄の領主小笠原長親は海辺防備の功によって村之郷に移封されて海を渡った。後に川本温湯城三原丸小城を中心にして十五代およそ三百年間この辺りを治めた小笠原氏の先祖である。長親は村之郷に来ると南山城を築いて根拠地とした。重臣に何々太夫宗利という武士がいた。まだ若年であったが優れた武士だったので軍師として重く用いた。足利の勢が攻め寄せた時、川を上って魚断(いおき)りに押し寄せると味方の軍勢は天嶮によってこれを防ぎ敵は意を断(き)って引き返したので魚断りというようになった。

 この戦いで最も手柄を立てたのは軍師の宗利だった。それで長親は宗利に自分の娘を妻に与えた。ところがしばらく経って疫病にかかり生まれもつかぬ醜い女になった。その頃小間使いに美しい女があって、宗利は次第に本妻を避けるようになった。本妻はこれを恨んで、ある日宗利を動かして小間使いを連れて魚断りの景色を見に出かけた。そして景色のよい明鏡台へいって、しばらく休息していると、小間使いは懐中から小さな鏡を取り出してほつれた髪をかきあげた。その時後ろから忍び寄った本妻はいきなり小間使いを岩の上から突き落とした。

 この時小間使いは手鏡に映った本妻の顔からそれと察したので、本妻の袖をしっかり掴んだ。それで、あっという間に二人の女は相重なって落ちていった。驚いた宗利が駆け寄ってみると、数十丈の岩壁を悲鳴をあげて落ちていく二人の黒髪はどちらも竜となって互いにもつれ争いながら途中の松の枝にかかって抜け、二人はそのまま遙か谷底の深さも知れぬ渕に呑まれてしまった。宗利は意外のことに驚くとともに、深く嘆き悲しんで蟇田まで帰り、自刃して果てた。二人の女を呑んだ渕を鏡が渕といい、以来二人は竜となって永遠に相戦ったと言われている。古くから三人を神に祀ってあったのを昭和九年の明神勧請のときに合祀した。

◆モチーフ分析

・足利との戦いで宗利、軍功を挙げる
・宗利、小笠原長親の娘を賜る
・宗利の本妻、疫病で醜い容姿になってしまう
・宗利、美しい小間使いに心を移してしまう
・本妻、宗利と小間使いを魚断りに誘う
・小間使い、髪のほつれを直そうとして背後に本妻が迫っていることに気づく
・本妻の裾を掴んだ小間使い、共に崖から転落する
・二人の髪が竜となる
・二人は渕に飲み込まれる
・衝撃を受けた宗利、自刃する
・本妻と小間使いは竜となって永遠に争った
・三人を祀った祠が建った

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:宗利
S2:小笠原長親
S3:本妻
S4:小間使い

O(オブジェクト:対象)
O1:足利
O2:軍功
O3:疫病
O4:魚断り
O5:崖
O6:竜
O7:渕
O8:祠

m(修飾語)
m1:醜い

+:接
-:離

・足利との戦いで宗利、軍功を挙げる
(戦功)S1宗利:S1宗利+O2軍功
・宗利、小笠原長親の娘を賜る
(結婚)S2小笠原長親:S1宗利+S3本妻
・宗利の本妻、疫病で醜い容姿になってしまう
(変貌)S3本妻:S3本妻+m1醜い
・宗利、美しい小間使いに心を移してしまう
(浮気)S1宗利:S1宗利+S4小間使い
・本妻、宗利と小間使いを魚断りに誘う
(勧誘)S3本妻:S4小間使い+O4魚断り
・小間使い、髪のほつれを直そうとして背後に本妻が迫っていることに気づく
(接近)S4小間使い:S4小間使い+S3本妻
・本妻の裾を掴んだ小間使い、共に崖から転落する
(転落)S4小間使い:S4小間使い+S3本妻-O5崖
・二人の髪が竜となる
(変身)S4小間使い+S3本妻:S4小間使い+S3本妻+O6竜
・二人は渕に飲み込まれる
(水没)S4小間使い+S3本妻:S4小間使い+S3本妻+O7渕
・衝撃を受けた宗利、自刃する
(自害)S1宗利:S1宗利-S1宗利
・本妻と小間使いは竜となって永遠に争った
(闘争)S3本妻:S3本妻+S4小間使い
・三人を祀った祠が建った
(祭祀)S2小笠原長親:S2小笠原長親+O8祠

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

   聴き手(長親は宗利にどう報いるか)
            ↓
送り手(宗利)→ 軍功(客体)→ 受け手(小笠原長親)
            ↑
補助者(なし)→  宗利(主体)← 反対者(足利)

  聴き手(本妻と小間使いの関係はどうなるか)
             ↓
送り手(本妻)→ 崖から突き落とす(客体)→ 受け手(小間使い)
             ↑
補助者(宗利)→  本妻(主体)← 反対者(小間使い)

といった行為項モデルが作成できるでしょうか。小間使いに心を移した宗利を補助者とするのは疑問含みですが、一応そうしました。小間使いを妬んだ本妻は小間使いを崖から突き落とそうとしますが、鏡でその姿を見られてしまい道連れにされてしまうという筋立てです。嫉妬は深く、二人は竜となって永遠に争い続けたという話でもあります。

 本妻―小間使い、宗利―本妻、宗利―小間使い、といった対立軸が見出せます。髪/竜から女の情念の激しさといった暗喩を同定できます。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

1. 宗利♌♁―本妻☉―小笠原長親♎

2. 本妻♌♁―小間使い♂♁―宗利♎☉

 といった風に表記できるでしょうか。小笠原長親は宗利の軍功に報いるため娘と結婚させますので本妻を価値☉と置くことができます。ここでは宗利は享受者♁となります。
 一方、本妻からすると、宗利の愛を小間使いに奪われてしまいますので、宗利を価値☉と置くことができます。本妻、小間使いの双方が享受者♁となります。二人の転落死によって宗利は自害しますので審判者♎とも置けるでしょうか。

◆発想の飛躍

 発想の飛躍は本妻と小間使いの双方が滝壺に転落し、髪が竜となることでしょうか。「本妻―髪/竜―小間使い」という図式です。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.99-100.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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