行為項分析――吉田の田部
◆あらすじ
吉田の田部(たなべ)の先祖は綿売りで綿屋と言っていた。ところが綿売りで失敗したので吉田には帰らず、大阪へ出た。住吉さまに参詣したが、賽銭をあげようとすると一両小判が一枚あるだけである。そこで初めてのことだからと小判を賽銭箱に投げ入れた。懐には一文もなくなった。ところが、そこに旦那が二人参っていて、田部が一両小判を投げるのを見て驚いた。商人らしいが並みの者ではないと感心した。それは鴻池(こうのいけ)の旦那が番頭を連れて来ていたのだった。
鴻池の旦那は番頭に言って田部に今晩自宅に泊まって貰うよう頼んだ。田部は泊まることにした。田部は山や田畑の売り込みにくるのを見ては毎日ぶらぶらしていた。田部は旦那の碁打ちの相手もした。田部は碁が強く、旦那はやはり並みの者でないとますます田部に惚れ込んだ。
ある日、七里四方の山を買う話が持ち上がった。旦那が番頭に入札に行かせた。大抵の場合なら取って戻れとの指示であった。田部は旦那があれほど欲しがっているからにはきっと儲かる。ここだと思って自分も同道することにした。入札したところ田部に落札した。番頭が雲州の客に落札したと報告した。旦那は雲州の客ならよいと答えた。
帰る気になった田部は引き留められたが吉田へ帰った。帰りの旅費は旦那が出してくれた。
大きな買い物をした田部は吉田へ戻ってきた。そして吉田の家々に少しずつ金を分けてやって家にも土蔵にも提灯にも(綿)の印を入れさせた。七里四方の山を買った田部は大勢の木こりを入れて山稼ぎを始めた。月日が流れて三年経った。
鴻池ではあれから三年になるが金を送ってこぬし便りもない。一つ様子を見てこいと番頭が旦那の命を受けて吉田へやって来た。見ると村中(綿)の印なので驚いて、こんな大家に金の請求をすれば鴻池の恥じになると何も言わずに帰って旦那に報告した。旦那も番頭を褒めた。それから十年稼いで田部は大金を儲け、鴻池に返した。こうして田部家は今日の様に栄えた。
◆モチーフ分析
・吉田の田部は綿売りで綿屋と言った
・綿売りで失敗して大阪に出た
・住吉さんに参詣する
・一両小判を賽銭にする
・その姿をみていた鴻池の旦那と番頭が今晩泊まるように言う
・田部、泊まることにする
・ぶらぶらして数日が過ぎた
・田部、碁が強かった
・鴻池の旦那、ますます並みの者でないと感じる
・七里四方の山を買う話が持ち上がる
・鴻池の旦那、番頭を入札に行かせる
・儲かる話だと思った田部、同行する
・田部、落札する
・鴻池の旦那、雲州の客ならと諦める
・田部、引き留められるにも関わらず吉田へ帰る
・吉田に戻ってきた田部、吉田の家々に金を配り、(綿)印を入れさせる
・七里の山に木こりを入れ稼ぎはじめる
・三年が経過、鴻池の番頭が様子を見にやってくる
・見ると村中、(綿)の印だった
・大家に金を請求すると鴻池の恥になると番頭、引き返す
・十年稼いだ田部は大金を儲け、鴻池に返す
・田部家は栄えた
◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である
S(サブジェクト:主体)
S1:田部
S2:鴻池の旦那
S3:番頭
S4:吉田の家々
S5:木こり
O(オブジェクト:対象)
O1:綿
O2:大阪
O3:住吉神社
O4;小判
O5:碁
O6:山
O7:吉田
O8:綿印
O9:金
m(修飾語)
m1:繁栄
+:接
-:離
・吉田の田部は綿売りで綿屋と言った
(存在)S1田部:S1田部+O1綿
・綿売りで失敗して大阪に出た
(上京)S1田部:S1田部+O2大阪
・住吉さんに参詣する
(参詣)S1田部:S1田部+O3住吉神社
・一両小判を賽銭にする
(奉納)S1田部:O3住吉神社+O4小判
・その姿をみていた鴻池の旦那と番頭が今晩泊まるように言う
(目撃)S2鴻池の旦那:S3番頭+S1田部
・田部、泊まることにする
(宿泊)S1田部:S1田部+S2鴻池の旦那
・ぶらぶらして数日が過ぎた
(経過)S1田部:S1田部-S2鴻池の旦那
・田部、碁が強かった
(碁打ち)S1田部:S1田部+O5碁
・鴻池の旦那、ますます並みの者でないと感じる
(評価)S2鴻池の旦那:S2鴻池の旦那+S1田部
・七里四方の山を買う話が持ち上がる
(商談)S2鴻池の旦那:S2鴻池の旦那+O6山
・鴻池の旦那、番頭を入札に行かせる
(入札)S2鴻池の旦那:S3番頭+O6山
・儲かる話だと思った田部、同行する
(同行)S1田部:S3番頭+S1田部
・田部、落札する
(落札)S1田部:S1田部+O6山
・鴻池の旦那、雲州の客ならと諦める
(放棄)S2鴻池の旦那:S1田部+O6山
・田部、引き留められるにも関わらず吉田へ帰る
(帰郷)S1田部:S1田部-O2大阪
・吉田に戻ってきた田部、吉田の家々に金を配り、(綿)印を入れさせる
(押印)S1田部:S4吉田の家々+O8綿印
・七里の山に木こりを入れ稼ぎはじめる
(開山)S1田部:S5木こり+O6山
・三年が経過、鴻池の番頭が様子を見にやってくる
(来訪)S3番頭:S3番頭+O7吉田
・見ると村中、(綿)の印だった
(発見)S3番頭:S4吉田の家々+O8綿印
・大家に金を請求すると鴻池の恥になると番頭、引き返す
(撤退)S3番頭:S3番頭-O7吉田
・十年稼いだ田部は大金を儲け、鴻池に返す
(返金)S1田部:S2鴻池の旦那+O9金
・田部家は栄えた
(繁栄)S1田部:S1田部+m1繁栄
◆行為項モデル
送り手→(客体)→受け手
↑
補助者→(主体)←反対者
というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。
聴き手(関心)
↓
送り手→(客体)→受け手
↑
補助者→(主体)←反対者
この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。
聴き手(事業に失敗した田部は復活できるか)
↓
送り手(田部)→ 切れ者であるとの認識(客体)→受け手(鴻池の旦那)
↑
補助者(住吉神社)→ 田部(主体)← 反対者(なし)
といった行為項モデルが作成できるでしょうか。田部は小判をお賽銭とすることで鴻池の旦那の目を惹きます。その後も碁打ちや山の入札、綿印で只者でないと思わせます。そのは後の田部の成功に繋がります。
小判―賽銭、田部―住吉神社、田辺―鴻池、田辺―綿印、綿印―番頭、といった対立軸が見出せるでしょうか。小判を賽銭とすることで、住吉神社/繁栄といった暗喩が同定できます。
◆関係分析
スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。
♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者
という六つの機能が挙げられます。
☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。
これらを元に関係分析をすると、
田部♌♁―鴻池の旦那☉♎☾(♌)―番頭☾(☉)
といった風に表記できるでしょうか。対立者♂は不在と考えることができるでしょうか。鴻池の旦那は田部を高く評価しますので審判者♎また援助者☾と見なすことができます。また、田部の価値☉の源泉でもあります。
◆発想の飛躍
発想の飛躍は小判を賽銭にすることと、吉田の家々に綿印を入れさせることでしょうか。「小判―賽銭―住吉神社―繁栄」「吉田の家々―綿印―番頭」といった図式です。
◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.65-68.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)
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