行為項分析――蛤姫
◆あらすじ
昔、一人の若い漁夫がいた。毎日海へ出て魚を獲って、それを町で売って生計を立てていた。ある日、いつもの様に舟で漁をしたが、一尾もかからなかった。もう一度釣ってかからなかったら今日はやめようと思って最後の糸を投げ込んだ。
しばらくすると手応えがある。やっとのことで引き上げてみると、見たこともない様な珍しい蛤(はまぐり)だった。びっくりして見とれていると、蛤が二つに割れて中からきれいな女の子が出てきた。漁夫は喜んで家へ連れて帰り、蛤姫と名をつけて大切に育てた。
姫は大きくなるにつれてますます美しくなった。そして姫は機を織ることが大変上手で、その織物は何ともいえぬ美しさだった。漁夫はそれからは漁をやめ、姫の織った反物を町に売りに出て、たくさんの金を儲け、楽しく暮らした。
姫は美しい反物を織るばかりでなく、機を織る音がまるで美しい音楽のようだった。それを聞いた人たちが姫の機を織る様子を見ようと漁夫の家に押しかけてきたが、姫はなぜか一室に閉じこもって、戸を固く閉め、機を織る姿を誰にも見せなかった。
ある日、漁夫はいつも通り、反物をもって町へ出かけた。ある一軒の大きな家で呼び止められ、たくさんの金で買い取られた。よい物を買った。お礼にと座敷に上げ、ご馳走やお酒でもてなした。漁夫はよい気分で酔い潰れてしまった。
家では蛤姫が今日も一人、一室で美しい音をたてながら、とんとんからりと機を織っていた。すると近所の人たちがやって来て、今日は漁夫が帰っていないから、戸を開けてみようではないかと相談して、部屋へそっと近寄るといきなり戸をあけてのぞき込んだ。
蛤姫はびっくりして機を織る姿を見られたら、もうここにいることはできない。蛤の中へ帰ると言って消えてしまった。
◆モチーフ分析
「蛤姫」は蛤女房が艶笑譚なのを子供向けに改作したものと考えられます。
・昔、一人の若い漁夫がいた
・漁に出た漁夫だったが不漁だった
・これで駄目なら引き返そうと釣り針を海に入れたところ、珍しい蛤が釣れた
・蛤の中から可愛い女の子が出てくる
・蛤姫と名づけられる
・蛤姫は機を織るのが得意で美しい反物を織った
・また、機を織る音は美しかった
・だが、機を織る姿は誰にも見せなかった
・漁夫は反物を売りに町へ出かける
・反物が高く売れる
・反物を売ったお屋敷で漁夫は宴席によばれる
・漁夫は酔い潰れてしまう
・漁夫がいない隙に近所の者たちが蛤姫がいる部屋の戸を開けてしまう
・機を織る姿を見られた蛤姫はもうここにはいられないと消えてしまう
◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である
S(サブジェクト:主体)
S1:漁夫
S2:姫
S3:金持ち
S4:人々
O(オブジェクト:対象)
O1:魚
O2:蛤
O3:反物
O4:町
m(修飾語)
m1:美しい
+:接
-:離
・昔、一人の若い漁夫がいた
(存在)S1漁夫:S1漁夫+X1村
・漁に出た漁夫だったが不漁だった
(不漁)S1漁夫:S1漁夫-O1魚
・これで駄目なら引き返そうと釣り針を海に入れたところ、珍しい蛤が釣れた
(釣果)S1漁夫:S1漁夫+O2蛤
・蛤の中から可愛い女の子が出てくる
(出現)S2姫:O2蛤+S2姫
・蛤姫と名づけられる
(命名)S1漁夫:S1漁夫+S2姫
・蛤姫は機を織るのが得意で美しい反物を織った
(織機)S2姫:S2姫+O3反物
・また、機を織る音は美しかった
(美音)S2姫:S2姫+m1美しい
・だが、機を織る姿は誰にも見せなかった
(謝絶)S2姫:S2姫-S1漁夫
・漁夫は反物を売りに町へ出かける
(出立)S1漁夫:S1漁夫+O3反物
・反物が高く売れる
(販売)S1漁夫:S1漁夫-O3反物
・反物を売ったお屋敷で漁夫は宴席によばれる
(誘い)S3金持ち:S3金持ち+S1漁夫
・漁夫は酔い潰れてしまう
(酩酊)S1漁夫:S1漁夫-S1漁夫
・漁夫がいない隙に近所の者たちが蛤姫がいる部屋の戸を開けてしまう
(覗き)S4人々:S4人々+S2姫
・機を織る姿を見られた蛤姫はもうここにはいられないと消えてしまう
(消失)S2姫:S2姫-S1漁夫
◆行為項モデル
送り手→(客体)→受け手
↑
補助者→(主体)←反対者
というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。
聴き手(関心)
↓
送り手→(客体)→受け手
↑
補助者→(主体)←反対者
この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。
聴き手(禁忌は破られないか)
↓
送り手(漁夫)→ 機を織る姿を見ない(客体)→受け手(姫)
↑
補助者(金持ち)→ 漁夫(主体)← 反対者(人々)
といった行為項モデルが作成できるでしょうか。姫と漁夫の間に機を織る姿を見るなという約束が取り交わされたという言及はありませんが、あったものと考えました。結局、漁夫ではなく近所の人々が覗き見してしまうことで禁忌は破られます。
漁夫―姫、蛤―姫、姫―機織り、機織り―反物売りといった対立軸が見出せます。反物売りにいった隙に機織りの姿を覗かれてしまうという筋となっています。
◆関係分析
スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。
♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者
という六つの機能が挙げられます。
☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。
これらを元に関係分析をすると、
漁夫♌♁―姫☉♎☾(♌)―近所の人々♂
といった風に表記できるでしょうか。姫が価値☉そのものであり漁夫の生活を支援する援助者☾でもあります。また、禁忌を漁夫たちに課すことから審判者♎であると見なせます。
◆元型
蛤姫をユングの提唱した元型(アーキタイプ)に当てはめるとアニマでしょうか。男性の中にある理想の女性像です。「蛤姫」は異類婚姻譚ですが、姫は漁夫のために美しい反物を織ります。夫の生活を支えるかいがいしい妻とも見ることができます。そういった女性像は男性のある種の理想像と言えるかもしれません。
◆発想の飛躍
発想の飛躍は蛤から生まれた蛤姫であることでしょうか。「蛤―姫」の図式です。
◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.46-48.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)
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