行為項分析――どぶの主
◆あらすじ
昔ある村に長い間住職のいない荒寺があった。あるとき一人の侍がこの村を通りかかって、茶店の主人にあの荒寺はどういう訳であんなに荒れているのか尋ねた。すると主人はあの寺には夜になると化物が出るので誰も住む者がいない。それで荒れているのだと答えた。それを聞いた侍はそれでは自分が退治してやろうと言った。主人が無事に帰った者はいないと引き留めたが侍は荒寺へ入っていった。
侍が本堂に上がってみると、足の踏み場もないほど荒れていた。真夜中になると、何ともいえぬ鬼気が迫ってきた。そのうちに激しい邪気を催してきた。侍は眠気をこらえてじっと見張っていると、何ともつかぬさまざまな形をした化物がぞろぞろと現れた。
侍は出てくる化物をかたっぱしから斬った。が、化物は後から後から出てくる。そのうちに化物がお待ちくださいと言った。侍が刀を引くと、化物は訳を話しだした。この寺の住職と家内が物を粗末にし、茶碗や皿、箸、しゃもじその他の道具や品物を少し使ってはどぶに流し込んだ。我々はどぶに流されたので、きたない泥水の中で長い間苦しんでいる。それを知ってもらうために変化になったのだが、誰もすぐ逃げ出してしまい、話を聞いてくれるものがいないと。
侍が承知すると化物たちはすっと消えてしまった。夜が明けると侍はお寺の裏に出てみた。裏には台所から流しの水の出るところに小さなどぶ池があって、ぶつぶつと泡だって嫌な臭いがする。ここだと思って棒きれでまぜ返すと、椀や杓子などが沢山でてきた。侍は人々に訳を話し、どぶ池をさらって埋まっている道具類を引き上げて焼き捨てた。それから化物は出なくなった。
◆モチーフ分析
・昔ある村に住職のいない荒寺があった
・一人の侍が村を通りかかり、荒寺の訳を聞く
・化物が出る戸知った侍は自分が退治すると乗り出す
・村人の制止にも関わらず、侍、荒寺に入る
・夜になると邪気が襲ってくる。化物登場
・侍、化物を斬る。化物が待ってくれと言う
・化物、事情を話す。住職たちが家財をどぶに捨てていた
・夜が明け、侍はどぶを浚う
・やってきた村人たちに事情を話し、出てきた家財を焼却する
・それで化物は出なくなった
◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である
S(サブジェクト:主体)
S1:住職
S2:侍
S3:茶店の主人
S4:化物
S5:村人
O(オブジェクト:対象)
O1:村
O2:荒寺
O3:どぶ
O4:道具類
+:接
-:離
・昔ある村に住職のいない荒寺があった
(存在)O1村:O2荒寺-S1住職
・一人の侍が村を通りかかり、荒寺の訳を聞く
(到来)S2侍:S2侍+S3茶店の主人
・化物が出る戸知った侍は自分が退治すると乗り出す
(決意)S2侍:S2侍+S4化物
・村人の制止にも関わらず、侍、荒寺に入る
(入山)S2侍:S2侍+O2荒寺
・夜になると邪気が襲ってくる。化物登場
(遭遇)S2侍:S2侍+S4化物
・侍、化物を斬る。化物が待ってくれと言う
(制止)S4化物:S2侍-S4化物
・化物、事情を話す
(開示)S4化物:S4化物+S2侍
・住職たちが家財をどぶに捨てていた
(廃棄)S1住職:S1住職-O4道具類
・夜が明け、侍はどぶを浚う
(調査)S2侍:S2侍+O3どぶ
・やってきた村人たちに事情を話し、出てきた家財を焼却する
(焼却)S2侍:S5村人-O4道具類
・それで化物は出なくなった
(成仏)S4化物:S4化物-O2荒寺
◆行為項モデル
送り手→(客体)→受け手
↑
補助者→(主体)←反対者
というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。
聴き手(関心)
↓
送り手→(客体)→受け手
↑
補助者→(主体)←反対者
この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。
聴き手(侍は無事朝を迎えられるか)
↓
送り手(侍)→ 化物の真の願いを知る(客体)→受け手(化物)
↑
補助者(茶店の主人)→ 侍(主体)← 反対者(化物)
といった行為項モデルが作成できるでしょうか。侍は茶店の主人の制止を振り切り荒寺に乗り込みます。夜となり果たして化物が現れますが、侍は恐れることなく化物を切ります。侍の勇気を認めた化物が事情を話し、侍は真相を知るという筋となっています。
住職―荒寺、荒寺―化物、侍―化物、どぶ―道具類といった対立軸が見出せます。化物/道具類という付喪神的な暗喩が同定できます。
◆関係分析
スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。
♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者
という六つの機能が挙げられます。
☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。
これらを元に関係分析をすると、
侍♌―化物♂♎☉―茶店の主人☾(♌)―村人♁☾(♂)
といった風に表記できるでしょうか。化物は対立者♂ですが、荒寺を元に戻すという観点からは価値☉の裏返し的存在と考えました。村人たちは荒寺が元に戻ることの享受者たち♁です。価値の裏返しというのが上手く表記できませんが、ここではそのまま☉と表記しました。あるいは☉(-1)といった表記もあり得るかもしれません。
◆発想の飛躍
化物が現れて寺が荒寺となってしまっていたのは元いた住職たちが物を粗末に扱ったからというのが発想の飛躍でしょうか。「住職―道具―どぶ―化物」の図式です。
◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.49-51.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)
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