« 未完――前田愛『文学テクスト入門』 | トップページ | 内向型であることと才能の有無は無関係――中村あやえもん「内向型の生き方戦略――『社会から出て、境地を開拓する』 »

2024年3月26日 (火)

行為項分析――えんこうの手紙

◆あらすじ

 明治の中頃、大田市の鳥居村に喜三郎という魚商人がいた。ある日出雲の国との境の邑智(おおち)郡の奥へ行って、帰りに小原村の江川(ごうがわ)のほとりを通ると、手ぬぐいを深く被った女がなれなれしく声をかけてきた。静間を通って大田へ帰るのかと訊くので、その通りと答えると、手紙を渡して、それを静間の神田の渕へ投げ込むように頼まれた。魚商人は手紙を受け取った。魚商人は川合の町まで帰ると、岩谷屋という店で酒を一杯飲んだ。そして主人に先ほどのことを話すと、静間川の神田の渕はえんこう(河童)の住処だと言って、その手紙を見せろとなった。そこで手紙を開くと、人間の文字ではなくみみずののたくった痕のようなものが書いてあった。これは江川のえんこうが化けたもので、魚商人をとるようにと神田の渕のえんこうに合図したのに違いないとなった。震え上がった魚商人は店主に相談して手紙を焼いてしまった。魚商人は川合から道をかえて長久を通って家へ帰った。それからは用事があっても静間川の方へは決して行かなかった。

◆モチーフ分析

 これは「河童の手紙」で有名な伝説です。「石見の民話」では明治時代の話としていて、近代民話に属するものとなっています。

・大田市の鳥居村に魚商人がいた
・出雲の国の境まで商売に行く
・帰りがけ、江川のほとりを通りかかると、女と遭遇する
・女は手紙を渡し、静間川の渕に投げて欲しいと頼む
・承知した魚商人は再び帰る
・途中立ち寄った店で先ほどの話をする
・怪しんで手紙を開いたところ、河童の手紙だった
・あやうく静間川の河童にとられるところだった
・手紙を焼却する
・ルートを変えて帰宅する
・その後も静間川には近づかない

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:魚商人
S2:女
S3:店主
S4:えんこう

O(オブジェクト:対象)
O1:手紙
O2:静間川の渕
O3:静間川

+:接
-:離

・大田市の鳥居村に魚商人がいた
(存在)S1魚商人:S1魚商人+X1鳥居村
・出雲の国の境まで商売に行く
(出立)S1魚商人:S1魚商人+X2出雲の国の境
・帰りがけ、江川のほとりを通りかかると、女と遭遇する
(遭遇)S1魚商人:S1魚商人+S2女
・女は手紙を渡し、静間川の渕に投げて欲しいと頼む
(依頼)S2女:S1魚商人+O1手紙
・承知した魚商人は再び帰る
(承知)S1魚商人:S1魚商人-S2女
・途中立ち寄った店で先ほどの話をする
(会話)S1魚商人:S1魚商人+S3店主
・怪しんで手紙を開いたところ、河童の手紙だった
(判明)S3店主:S3店主+O1手紙
・あやうく静間川の河童にとられるところだった
(危機一髪)S2女:S4えんこう+S1魚商人
・手紙を焼却する
(焼却)S1魚商人:S1魚商人-O1手紙
・ルートを変えて帰宅する
(帰宅)S1魚商人:S1魚商人-O3静間川
・その後も静間川には近づかない
(忌避)S1魚商人:S1魚商人-O3静間川

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

    聴き手(手紙の意図は何か)
          ↓
送り手(女)→ 手紙(客体)→受け手(静間川のえんこう)
          ↑
補助者(店主)→ 魚商人(主体)← 反対者(女)

    聴き手(手紙の意図は何か)
          ↓
送り手(女)→ 魚商人(客体)→受け手(静間川のえんこう)
          ↑
補助者(なし)→ 女(主体)← 反対者(店主)

といった二つの行為項モデルが作成できるでしょうか。魚商人―女、魚商人―店主、女―静間川のえんこうといった対立軸が見出せます。手紙に関しては、渡す―焼却といった図式でしょうか。

 気軽に用事を引き受けたものの、休憩で立ち寄った茶店での会話で手紙がえんこうの書いたものと露見し難を逃れるという話です。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

魚商人♌☉―女♂―店主♎☾(♌)―静間川のえんこう♁

といった風に表記できるでしょうか。魚商人の命が狙われていますので魚商人自身が価値☉となります。それを享受する♁は静間川のえんこうです。店主は手紙が怪しいと見ぬ気ますので審判者♎となります。

◆発想の飛躍

 発想の飛躍は手紙がえんこう(かっぱ)の手紙だったということでしょうか。「魚商人―手紙―女/えんこう」の図式です。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.44-45.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

|

« 未完――前田愛『文学テクスト入門』 | トップページ | 内向型であることと才能の有無は無関係――中村あやえもん「内向型の生き方戦略――『社会から出て、境地を開拓する』 »

昔話」カテゴリの記事