行為項分析――弥兵衛の天昇り
◆あらすじ
天保時代に石橋弥兵衛という人がいた。ある日大風が吹いて屋根の藁が飛んだたので屋根へ上がって繕っていた。すると海から竜が上がってきて弥兵衛の背中を撫でた。弥兵衛は竜の尻尾をつかまえると、竜と一緒に天に昇った。天には雷の家があった。弥兵衛は雷の家で使ってもらうことになった。弥兵衛は拍子木を打とうとすると、うっかり雲の端を踏んでしまい、海に落ちた。海では竜宮に行った。竜宮で使ってもらうことになった。竜宮のお姫様の坊やの世話をすることになった。ある日、隣村の祭りに坊やを連れていくことになった。しかし、果物はとってはならないと言われる。あまりに旨そうなので一つ取ると漁師の罠にかかった。弥兵衛は漁師に釣り上げられた。弥兵衛の身体にはウロコが一杯ついていた。人魚かと漁師の家へ連れて帰られた弥兵衛だったが、見物人の中に隣の爺さんがいた。弥兵衛は爺さんに声をかけて助けられた。南無阿弥陀仏と念仏を唱えると身体のウロコが落ちた。
◆モチーフ分析
・弥兵衛という人がいた
・大風が吹いて屋根の補修に上がったところ、竜がやってきた
・竜のしっぽにつかまった弥兵衛は天に昇る
・天には雷の家があった。雷の家で下男として働くことになる
・拍子木を鳴らそうとしたら雲の切れ端で足を滑らせ落下してしまう
・海に落下する。竜宮にいき下男となる
・竜宮のお姫様の坊を隣村に連れて行く
・途中にある果物はとってはならないと言われていたが、つい取ってしまう
・果物は漁の罠で弥兵衛は海上に引き上げられてしまう
・弥兵衛の身体にはウロコが生えていた。見物人がやってくる
・見物人の中に隣の爺さんがいることに気づいて、事情を話して解放してもらう
・念仏を唱えると、ウロコが落ちる
◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である
S(サブジェクト:主体)
S1:弥兵衛
S2:竜
S3:雷
S4:竜宮のお姫様
S5:竜宮の坊
S6:見物人
S7:隣の爺さん
O(オブジェクト:対象)
O1:屋根
O2:竜のしっぽ
O3:天
O4:竜宮
O5:果物
O6:ウロコ
+:接
-:離
・弥兵衛という人がいた
(存在)S1弥兵衛:S1弥兵衛+X天保時代
・大風が吹いて屋根の補修に上がったところ、竜がやってきた
(接近)S1弥兵衛:S1弥兵衛+S2竜
・竜のしっぽにつかまった弥兵衛は天に昇る
(昇天)S1弥兵衛:S1弥兵衛+O2竜のしっぽ
・天には雷の家があった。雷の家で下男として働くことになる
(雇用)S1弥兵衛:S3雷+S1弥兵衛
・拍子木を鳴らそうとしたら雲の切れ端で足を滑らせ落下してしまう
(落下)S1弥兵衛:S1弥兵衛-O3天
・海に落下する。竜宮にいき下男となる
(訪問)S1弥兵衛:S1弥兵衛+O4竜宮
・竜宮のお姫様の坊を隣村に連れて行く
(子守)S1弥兵衛:S1弥兵衛+S5竜宮の坊
・途中にある果物はとってはならないと言われていたが、つい取ってしまう
(禁止の侵犯)S1弥兵衛:S1弥兵衛+O5果物
・果物は漁の罠で弥兵衛は海上に引き上げられてしまう
(捕獲)S1弥兵衛:S1弥兵衛-O4竜宮
・弥兵衛の身体にはウロコが生えていた。見物人がやってくる
(変化)S1弥兵衛:S1弥兵衛+O6ウロコ
・見物人の中に隣の爺さんがいることに気づいて、事情を話して解放してもらう
(解放)S1弥兵衛:S1弥兵衛+S7隣の爺さん
・念仏を唱えると、ウロコが落ちる
(剥離)S1弥兵衛:S1弥兵衛-O6ウロコ
◆行為項モデル
送り手→(客体)→受け手
↑
補助者→(主体)←反対者
というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。
聴き手(関心)
↓
送り手→(客体)→受け手
↑
補助者→(主体)←反対者
この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。
聴き手(弥兵衛は天上で何をするのか)
↓
送り手(弥兵衛)→拍子木(客体)→受け手(雷)
↑
補助者(竜)→ 弥兵衛(主体)← 反対者(なし)
聴き手(弥兵衛は竜宮で何をするのか)
↓
送り手(弥兵衛)→果物(客体)→受け手(竜宮の坊)
↑
補助者(竜宮のお姫様)→ 弥兵衛(主体)← 反対者(なし)
聴き手(捕らえられた弥兵衛は無事解放されるのか)
↓
送り手(弥兵衛)→ウロコ(客体)→受け手(隣の爺さん)
↑
補助者(隣の爺さん)→ 弥兵衛(主体)← 反対者(なし)
といった三つの行為項モデルが作成できるでしょうか。ただ、こうしてモデルを見ると弥兵衛が意思の主体として置かれていますが、弥兵衛本人はほとんど自分の意思では動いていないのです。物語を駆動するのはむしろ偶然です。
グレマスは物語を駆動するのは主体の強い意思と考えたかもしれませんが、そうでない主人公もいるのです。
地上―天、天―海、海―竜宮、竜宮―地上といった対立軸が見出せるでしょうか。地上―天―竜宮―地上と弥兵衛が世界を巡ることから、天―地上―海といった世界観が暗喩されています。
弥兵衛は主体ではありますが、物語を駆動する意思はほとんど発揮しません。誘惑に負けて果物(漁師の罠)を手にとってしまうくらいです。状況に流されるままに地上―天―竜宮―地上と世界を巡るのです。
◆関係分析
スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。
♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者
という六つの機能が挙げられます。
☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。
これらを元に関係分析をすると、
1. 弥兵衛♌―竜☾(♌)―雷☉♎1☾(♌)1
2. 弥兵衛♌―竜宮のお姫様♎2♁☾(♌)2―竜宮の坊☉
3. 弥兵衛♌―隣の爺さん♎3☾(♌)3
といった風に表記できるでしょうか。竜は弥兵衛を天へ誘いますし、雷は弥兵衛を雇用しますので、どちらも援助者☾(♌)また審判者♎としました。竜宮のお姫様も弥兵衛を雇用しますので、こちらも援助者☾(♌)また審判者♎としました。
竜や天の雷、竜宮のお姫様は人間界を超越した世界の人物です。彼らと出会うことで弥兵衛の人生は思わぬ展開を見せますが、最終的には地上に帰還します。
弥兵衛は天上と海(竜宮)といった異界を訪ねる訳ですが、行為項モデルや関係分析からはこの重要なモチーフが捨象されてしまっています。物語を最小単位まで還元した弊害と言えるでしょうか。
◆発想の飛躍
発想の飛躍は弥兵衛が「地上―天―海―地上」と巡ることでしょうか。「地上」は形態素解析には出てこないのですが、こちらで補いました。
◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.41-43.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)
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